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↓ウイグルのプチ版みたいなことやってんな
ストを実施したベトナム人に200万円請求 生キャラメルの花畑牧場
写真・図版
ストによる損害賠償請求の撤回を花畑牧場に求めたと会見した札幌地域労組の幹部=2021年2月24日、北海道帯広市
生キャラメルで知られる「花畑牧場」(北海道中札内村、田中義剛社長)で1月、ベトナム人従業員が待遇改善を求めてストライキを起こし、会社側が従業員に計200万円の損害賠償を請求したことが、24日わかった。従業員を支援する労働組合は「労働条件改善のための正当な行為」と主張。一方会社側は、労組結成前のストで「職場放棄だ」としている。
同労組によると、花畑牧場の十勝第2工場(中札内村)で1月26日、ベトナム人従業員38人が寮の水道光熱費の値上げに抗議してストを実施。当時同社に労組はなく、従業員は会社側に25日、グループライン上で通告し、26日には田中社長にも改善を訴えたという。
労組によると、寮の水道光熱費はそれまで毎月7千円が給料から引かれていたが、今年1月には約2倍の1万5千円ほどになっていた。ベトナム人従業員たちは複数回にわたり会社側に抗議。しかし、会社が対応しないと判断し、ストに踏み切ったという。
その後会社側は、基本的に以前の光熱費の7千円に戻すとしたが、ストに参加しなかった従業員を含む40人に3月15日での契約満了を通知。うち4人には、就業規則違反を理由に7日間の出勤停止と、「他の従業員を扇動して生産ラインを止めた」などとして、計200万円の損害賠償を請求した。
映画『居酒屋兆治』のメインテーマ。まんま健さんのキャラクターが切々と歌うのは確かに味ではある。であるけど
実は映画に出てたお登紀さんやちあきなおみを差し置いて歌わせたのだ。
完全に監督降旗康男の趣味の人選だった訳で、これでちあきさんがこの歌を歌う機会が無くなったのは害悪だとしか言いようがない。
芸能界一の提供曲クラッシャー。逆に言えば名カバー製造機。この人の歌を他の人が歌うだけで名曲となる。
『アンダルシアに憧れて』では夜ヒットの古舘伊知郎に下手な気遣いを使わせ
一番彼の歌声とフィットした歌は多分『ミッドナイト・シャッフル』しかなかったのではないだろうか。
他なんかある?
手宮線の跡地を撮影していたら、休憩中のタクシーの運転手のおじさんに声をかけられた。
どこから来たのかとか他愛もない雑談をしたあと、私が手にしていた、小樽駅で配られている市内の観光マップに、昔からある、地元の人が経営しているおすすめのお店を書き込みして教えてくれた。
それなのに小樽の洋菓子屋を標榜して北海道の特産品のようなイメージを作り出して金儲けをしている。
チーズケーキで有名な「BAKE」などを手掛ける「きのとや」も同様に、元は新潟の企業である。
あとなんか同様に小樽のメインストリートで大きなお店を開いている海鮮処、オルゴールやガラス細工のお店もほとんどが小樽の外からやってきた企業で地元ではじまったお店はもうほとんどなくなってしまっている、ということを言われたんですがこのへんは詳細忘れてしまった。
正直、そのときは「そこまで怒らなくとも…」という気もしなくはなかったんだけど、アリアナグランデやブルーノマーズの件で「文化の盗用」議論が巻き起こっているのを見た時に、あの運転手の怒りもそういうことなのかなという気がした。
実際、小樽市のメインストリートは運転手が言っていた「外部の企業」が手掛ける、派手なのぼりや看板をかかげた、真新しく小綺麗で大きな路面店と、どこにでもあるようなパワーストーン屋とかいかにも外国人観光客向けって感じの、ちゃちな和風和柄の土産物屋、ケバブ屋だのタピオカ屋だのトルネードポテト屋ばかりになっていて、もっと昔、数十年前私が幼い頃に家族旅行で訪れた小樽の、異国情緒と日本の古い家屋が入り混じった街並みではなくなっていたし。
そういう土産物屋だらけのメインストリートから外れると、荒ぶれたシャッター街ばかりで明らかに寂れていたのを見ても、それらのお店が儲かっても地元には還元されていないんだろうなという気がしたし。
突然だけど、ビックリマンシールを集めるように、浮世絵を集めるようになってくれないかなと思う。
ビックリマンのなにがすごいって、ただただ美しいいからというだけでブームを作ったこと。
シールに遊び方があったというわけじゃない。
たしか「貼られたら貼りかえせ!」と書いてあったが、そんな遊びをしてるやつはいなかった。
コミックやアニメが展開したけれど、あくまでシールの人気にのっかっただけ。
今にして思うと、ビックリマンシールって、どうみても浮世絵の役者絵だと思う。
加えて、旧ビックリマンシールって、今の平板印刷じゃなくて、アキバ売られてるイルカの絵と同じシルクスクリーンだった。
インクの盛り上がりが気持ちいい、一種の版画だった。
余談だけど、浮世絵は大判が35×25だとして、ビックリマンシールが5×5cmとすると、大きさにして35倍。
ヘッドの封入率が約1/40 。
今売られている復刻浮世絵は、ヘッドシール以上に凝った細工がしてあるので、
35×40×30円=42000円
くらいまでは適正価格だと言えなくもない。
いや、4万もしちゃったら子供は買えないから、1枚1000円くらいじゃないと無理だけどさ。
特に現代木版画だと「限定○部」みたいな売り方してるけど、あれはやめたほうがいいと思う。
木版画って、ビックリマンシールと同じで、手にとって、生で見ないと美しさがわからない。
それでも、高級品として額にはめて壁に飾られたいのか?
それで本望なの?
でも、それって、希少だから貨幣価値が高まったというだけで、作品の芸術性が高まったわけではないでしょう?
手軽に聞けるウォークマンやラジカセが普及して、高級オーディオは衰退の一途を辿った。
結果は今の通り。
いい音を多くの人に届けていれば、そうやって品質をアピールしていけば、もしかしたら生き残れたかもしれないのに。
印刷技術が発達して、写真やディスプレイで見るぶんには区別がつかなくなった。
高級品として額に入れて紫外線をさけてアクリル板を挟んで飾ることを推奨するような売り方をする理由がわからない。
そもそも、市場は死んでる。
ネームバリューのある作家以外は、限定部数にしようがしまいが、ヤフオクでの値段は知っての通り。
財テクとして買うんだったら、絵なんかじゃなくて株券でも買うだろ。
常識的に考えて。
ビックリマンシールが廃れた原因が、公取委の指導でヘッドカードの封入率が上がり、レア度が下がったからという意見がある。
自分はそうは思わない。
レア度が下がったからではなくて、封入率が高くなったことで原価を圧迫して、シールのクオリティが低下したからだ。
流行りモノ好きが飽きたら、信者から搾り取るものがなくなったらそこで終了だ。
田中義剛が、
「発想の転換であえて少なく作る」
みたいなことを言っていたが、ぜんぜん同意できない。
ここ十年くらいは、
「品質がいいだけじゃ売れない」とかなんとかで、ブランディングが人気のように思う。
私は北海道に生まれ育っているのだがSNSとかで「今日は15度だったか、流石に寒かった」とか言う輩が多い。本当に多い。わざとマイナスをつけない。それで「え? 15度もあったの? あったかいね」という本州人(特にあったかい地域の)の突っ込みを待ってる。クソボケな道民のお国自虐風自慢だ。道民同士の自然な会話ではこういう表現はあってもいいし実際語られることも多いのだが、道民以外も居る不特定多数の空間でのドヤリングに使用される場合もまた多い。これが「10度だったわ、寒くなってきた」とかだと余計にたちが悪い。プラスの10度でも寒いと感ずる人もいるからだ。ドヤリングする道民にとってはチャンスな温度である。 「いやいやwマイナスですよ」ドヤァ 的な。
この温度にわざとマイナスつけないドヤリングは割と年配の人間がやるイメージだったが、最近は結構若い人がやっているの見かける。なんというか、どっちかというとサブカルクソ野郎andサブカルクソ女がドヤる。これで。そしてわたしはイライラする。その心性がムカつくのだ。道民の、いかにも田舎な、悪い意味での田舎な感覚。田中義剛がテレビでおどけて見せるような道民性。こうした田中の姿勢は道民にとって厳しい批判の対象になる。しかし一方で、実はその道民も田中の心性に通ずるものを持っている。悪い意味で。「おらが村」的な心性をだ。
マイナスをつけないドヤリングはその表出に思える。サブカルに傾倒しているはずの人間がそうした心性を露呈するのは、見ていて甚だしく滑稽だし、所詮道民だったか、と悲しくもなる。そして私も北海道で生まれ育ったからにはこの軛から逃れられないだろう。これも悲しいことだ。
専門家集団で議論させたいという意図とは別に、大選挙区で記名にしたら、全国ネットワークのある党が有利だなと思う。
大地とか減税日本みたいな地域政党、みんなとか国民新党みたいな小政党は淘汰されるだろうな。
いくら創価学会員がいるっていったって、日本全体で1選挙区しかなくなったら、学会員の数なんてゴミみたいなもんだ。
バイバイ公明党。(と思ったが、後述のタレント議員でけっこう議席を取りそう。ぐぬぬ。)
正確な数は覚えてないけど、20も議席があれば1議席くらいとれるんじゃないかな。
もし政党を作ればの話だけど。
民主がここ数年で株を落としまくってボロボロだから、ほぼ自民が寡占しそうだけど。
その筋の専門家が当選してくるかっていったら、そりゃ疑問だな。
1選挙区しかないなら、日本全国に名前の知れた人を候補者が有利だな。
議席を失った創価は必死にタレントを立候補させまくるだろうな。
花畑牧場を成功させたとかいう触れ込みで田中義剛が経済産業参議院になるのか、あるいは農林水産参議院になるのか。
どの議員になっても使えないとは思うんだが、聞いたことない学者なんかよりは票を集めて当選するんだろうな。
笑えない。
結局のところ、参議院が法案を蹴れるってことは、ねじれたらグダグダということは変わんなそうな気がする。
首相が解散か総辞職をカードに譲歩してもらうっていう構図は変わらんと思うがどうだろう。
ま、予算と赤字国債発行法案は衆議院だけってことなったら、ずいぶんマシだけど。
恒例行事の赤字国債を発行するごときで解散とか辞職とかでグダグダしてる今が異常。
えーっと、総括すると、参議院を専門家集団にするってのは無理だし、反対だわ。
専門家の意見を聞くっていう目的を達するためには、専門家に意見させることより、専門家の意見を聞く側に資質が求められると思うのだがどうよ。
小泉竹中以外に経済財政諮問会議を上手く使えなかったように。良くも悪くも。
専門家の意見を取り入れる目的なら、分野ごとに諮問会議を充実させること、諮問会議の意見がうまく反映できるような仕組みのほうが重要なんじゃなかろうか。
この前バラエティ番組を見ていたら、田中義剛の花畑牧場で生キャラメルが作られている様子が映っていた。牛乳を銅鍋で煮詰めるところがポイントだそうで、工場には多くの銅鍋があり、大勢の人が付きっ切りでヘラを使ってかき混ぜていた。で、商品の売りは『手造り』だという。
生キャラメルは品薄だと聞いていた私は、その生産の効率の悪さに驚いた。人力で牛乳を加熱するところにどれくらいノウハウがあるか正確には分からないが、現代の自動化の技術を持ってすればある程度の省力化が図れると考えたからだ。その分、生キャラメルの値段を下げたり、もっと多くの人に届けることも出来るだろう。
と、ここまで考えたところで、嗜好品=みやげ物、でそういう努力をする必要はないのかも、とも思った。『良い材料で手造りで作られた』というストーリを売り物にしている限り、資本主義の論理は成り立たない。ここで、『良い材料』というのは『十勝の厳選された牛乳』なので、他の地域の牛乳が成分が同じで安価であっても、使うことはできない。
続けて中国の工場の話を思い出した。日本では精緻な自動化ラインを構成して量産しているが、中国では人件費が安いので自動化のところを人の手でまかなうことが出来る。例えば自動化の中でも搬送系は大掛かりで、後からのカスタマイズが難しく、かつ故障も多いところだが、人力ならばそんな心配はない。
田中義剛は実業家だという。だとすれば生キャラメルのブームがいつか終焉することに気付いているだろう。もし省力化のために設備投資をする場合、生産量の予測がつかないブームはリスクでもある。一方『手造り』ならば、需要に応じて人手を調節すればよい。資本主義で感情を抜きにすれば、人間は機械もずっと安くつく、ということになるだろう。
集落で育った増田に教えてもらいたいんだけど、過去農業って労働集約産業だったのが、今では情報集約産業になったって意見をどう思う?
一応知識として遺伝子改良を勉強しているところといないところ、
バイオ燃料の会社が倒産してトウモロコシ相場が落ち着いてきたらしいけど世界の穀物相場を視野に入れているのか、
田中義剛が酪農始めたとき牛一頭から始めようとしたら周囲の酪農家が「なんだ、ペットか」って嘲笑ったっていうけど、そんな“最初の一歩”を踏み出した人への態度ってどうしたらよいか、などなど、
重労働をしないとやってけないのは解るけど、ただ重労働やってたって仕方がないからどうするか、って行動を、(なんとなくでも)何割くらいがやってそう?増田の感覚でいいから。