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はてなキーワード: 産業革命とは

2012-01-28

#蝦夷松前藩の末路 →幕府直轄地#

ラックスマン来航(大黒屋光太夫が同行)時に、幕府は慌てて直接蝦夷国境警備を行おうとする。

さらに最上徳内近藤重蔵らの調査により、北方警備の怠慢・アイヌ虐待などの不祥事が明らかになり

松前藩は直轄領にされ、さらに翌年函館奉行の預りとなり、20年あまり藩を召し上げられることになった

※とはいっても、この間にアイヌ人は人口が2割以上減少するなど、それ以上に悲惨境遇だった)

※今まで騒乱が起こったレザーノフ時も、ゴローニン事件(この時高田屋嘉兵衛ロシアに行く)も、どちらも幕府直轄時代の騒動。

その後返還がかなって34年経ち、去年ようやく松前城新築が完成したばかりだったが

この松前城はいきなり時代遅れだったりしてどうしようもないので幕府が直接統治して国防拠点としようとする。

樺太が日露雑居となり函館開港となれば待つ前には荷が重い」という理由で松前藩から土地没収

松前藩の言い分としては、幕府にしたって外国上陸のさいにろくな対応ができていなかったし

 そもそも松前藩が十分に対応出来なかったのは、対応の権限が松前藩にない上、情報すらよこさなかった幕府の怠慢が原因であるし、

 今まで騒乱が起こったレザーノフ時も、ゴローニン事件(高田屋嘉兵衛)も、どちらも幕府直轄時代の騒動なのだが、そんな道理が通じる幕府ではない)

実際は、函館開港が大きな利権になること、その他蝦夷地に寄港する船舶から租税徴収権などに目を付けられた形。

松前藩領土返還、通行税回復を幕府に願い続けたがかなわず明治維新を迎える。



#福沢諭吉少年期#

親は中津藩出身の武士。家訓は「人に親切に」

勤勉実直な父と、陽気な母の性格、さらにとびきりの好奇心を受け継ぐ?

生まれは中津藩だが、育ちはずっと大阪屋敷

父の仕事会計係で、実際は商人に頭を下げて借金を頼む毎日

父は学問に優れており、四書五経を自ら子供に伝授する。

福沢諭吉の命名の所以は清国法律書「上諭条例から一文字とっている)

下士身分であったゆえ、身分の壁に悩む。諭吉も父を見て封建社会を憎むようになる。

父は諭吉が2歳になる前に病死。その後福沢一家は中津藩に戻るも福沢一家は言語・風習の違いから疎外されたりもする。

(父の死後も母が常に父の偉さを子供たちに話し続けたため、父の教えは強く受け継がれる)

幼い頃は、家事手伝いや内職をして過ごし、内職名人として有名に。

少年になってから親戚の中村家の養子に(跡継ぎが耐えないための保険にすぎず中村家に養ってもらったわけではない)

中津藩では儒学のみならず「鉄砲そろばん」の教育にも力を入れていたため諭吉儒学のみならず算術に大いに才能を発揮する。

子供の頃の諭吉の夢は「日本一お金持ちになって好きなだけお金を使いたい」であった。

諭吉西洋文明出会う前からかなりの合理精神の持ち主であった。

14~15まで一切本を読んだことがなく、当時としては勉強を始めるのが非常に遅かったが

白石塾に入門した時身分制度の障害にぶちあたり、なにくそと死に物狂いで勉強。あっという間にトップに。

しか能力で抜きん出ても認めぬ身分制度になおさら嫌気が刺していたところで、中津藩にも黒船来襲。

18の時に砲術訓練の名目で長崎行きを志願し、中津を離れ、長崎ではじめて蘭学出会う。



#クリミア戦争敗戦後のロシア#

クリミア戦争兵站補給、爆薬衛生学の3つで革命をもたらしたとされる。

ロシアノーベルの父エマニエルノーベルにより機雷発明したり戦力的には奮闘したが、

産業革命により鉄道輸送を実現したイギリスフランスとくらべて長期戦において不利を取り敗れる。

アレクサンドル2世は、国家経済中世以来の農奴制に依存してきたため産業革命が遅れ

クリミア戦争の敗北を招いたことを大反省し、農奴解放例を打ち出す。

この農奴解放例により大改革時代に入るのであるが、

大改革の過渡期には様々な矛盾が一気に吹き出すもので、逆に一揆・反乱・独立運動が続々と起こり

それらの打開策のため皇帝軍事力を強め、国外戦を起こすにいたり、大改革は、大混乱へと突入していく・・・

日本時間の余裕さえあれば、こういうことを経験できただろうということもできるし

 逆に時間の余裕がなかったために、ロシアのような悲惨な流血時間や長い内乱をある程度避けれたと考えるべきか)






#愛国心を越える原初的領土意識について#

現代の愛国心というのが観念的な薄っぺらいものであるのに対し、

間宮林蔵は、この時代の誰よりも日本全土を自分の目と足で実際に把握し抜いた。

さらにロシア船が日本沿岸を海賊のように荒らし回った時に、択捉島で直接砲火を浴びつつ応戦するという経験までした。

ここまでくると、日本という領土に敬意を示さず土足で日本に上がりこむ外国人に激しい怒りを燃やすようになった

しかし、土地のありがたさを知らず軽んじる人たちにはそう感じなかったのかな?そこまで考えてたらきりないか




#その他#

昔生きていた人たちが、この本の中では今も生きてる。そう感じられる。これはスゴイことですよ!(安彦良和

子供の頃から「こういう漫画を誰か描いてくれないかなあ」と、本気でずっと思っていました。そうしたら、ズバリみなもと先生が描き始めて下さいました。「よし!」とばかりに読み始め、「こりゃなかなか終わらないだろうな嬉しいな読みでがあるなあ」と思っていたら、本当に終わらなくて、もうずっと読み続けられて嬉しいことこの上なしです。いつまでも描き続けてください。ちなみに、小学生の頃みなもと先生キャラをソラで描けるのは、クラスで僕だけでした(京極夏彦

2012-01-21

http://anond.hatelabo.jp/20120121084810

産業革命意味分かってるか?

高度成長期とごっちゃになってる?…いやそれでもおかしいな。

ウーマンリブとかその辺と勘違いしてるとか?(最早全然違うが)

http://anond.hatelabo.jp/20120121084810

え?何言ってるの?

むしろ産業革命以前の方が女もたくさん働いていたよ

産業革命以降は若干女は家って発想が出てきたけど、日本はそれが特に顕著だった

http://anond.hatelabo.jp/20120121084357

いや、産業革命以前はどこの国でもおおむねそんな感じだったでしょ。

2011-12-13

http://anond.hatelabo.jp/20111213145106

一番問題なのはさ。彼女のような人が働くと、社会マイナスになるってことなんだよ。

人の管理ににもお金がかかる。生産性の低い彼女を雇い続けるために、彼女上司リソースが割かれる。

あなた彼女を見ていると「働けよ!」と怒るだろうけど、彼女あなた職場で働き始めたらどう?

正直、勘弁してほしいと思うでしょう。

彼女が部下になるなんて、考えただけで頭が痛くなるでしょう。

無能人間は何も生まないわけじゃなく、有能な人間の足を引っ張るんだよ。社会に参画することはマイナスなんだよ。

産業革命IT革命によって、怠惰人間無能人間ができる仕事は「効率化」の名のもとにどんどん消えて行っている。

「とにかく人手が足りない!バカでもクズでもいいから来てくれ!」なんて状況は、もう大昔の物語

その枠は、優秀で低コストな、機械システムにとってかわられたの。

今の世の中では、彼女にできる仕事なんて風俗くらいしか無いの。

風俗でも、勤怠が悪かったり客からの評判が悪かったりしたらクビになるかもしれないし、

格安風俗に金を使う層の男が皆ワープア化したら、風俗産業自体が低迷して消えていくかもしれない。

金持ち向けの高級娼婦愛人契約っていう方法以外、なくなってしまうかもしれない。

そういう場所彼女は居られないよね。

正直、需要がないのよ。どこにも枠がないのよ。ニートもそうだけど。

でもそんな人にも生きていてもらわないと、人口減により市場が縮小し、元気に働いている人の給料まで減って生活が圧迫されてしまう。

本当に、どうしたらいいんだろうね。

2011-11-07

ラッダイトらは、しあわせになれたの?

産業革命が起こり、工場機械化した。

機械が我々の雇用を奪うとして、ラッダイトらは機械打ち壊し運動を始めた。



ときに、雇用を作り出すことが是、雇用を奪うことが非と思われることがあるが、これは大きな間違い。

より少ない人数で同じ量の物を生産できるようになると、我々は豊かになる。

現在、我々の周りに溢れている物のほとんどは機械で作られている。

機械がなければ、こんなにたくさんの物にかこまれて暮らせるなんてことは決してなかった。

すべては、機械により生産効率がよくなった結果なのである



それゆえ、機械雇用を奪われるので、機械を使ってはいけないという指摘は、的外れものである

同様にTPPにより失業が増えるという指摘も的外れで、TPP失業が増えても、我々は豊かになるのである



……このへんまでは、ものすごく入門的な経済学のおはなしとして、聞いたことがあるのだけど。

さてはて。産業革命から100年だか200年だか経った現在、我々がその恩恵を受けているのは言うまでもない。

それでは、ちょうどその時代に生きていた、機械が導入されて失業した人たちは、機械がないまんまの生活よりもよくなったのだろうか?



いやはや。これがまた、入門書には載ってないんだ。

2011-10-18

素人が理解するところの自由貿易

まりは、国同士が、都道府県みたいな関係になることだと理解している。

もちろん、地理的に離れていたり、言語の壁はあったりするが、モノの流れがスムーズになり、まるで都道府県を行き来するくらいの感覚でそれができるようになる。



誰が、野菜東京で作るべきだ、東京農家を守らなければならない、なんて言うだろうか。

コメ新潟やら秋田やらに作ってもらって、東京では東京しかできないことをやればいい。そう思わないか?

自分の県の産業を守るために、東京から入ってくるもの税金をつける? そんな馬鹿げたこと、誰がやるんだ。



その考えを国家レベルでやるのが自由貿易

わざわざ国産にこだわって狭い日本農作物作るより、外国の広大な土地で作った方が効率いいに決まってるじゃないか

なんで東京産にこだわらない人が、日本産にこだわるのか。一体、その意味不明なこだわりのために、いくら損していると思ってるんだ。



そんなことしたら、日本農家やら、さまざまな産業の人が、職を失って路頭に迷ってしまう。そう言うかもしれない。

結論から言うと、確かに、今の職をやめざるを得ない人はたくさん出てくるかもしれない。

けれど、それは全く問題ではない。自分土地でできる他の仕事を探すなり、外国に出て働くなりすればいい。

田舎の人だって地元でできる仕事をするか、さもなくば上京しているだろう。それと同じことだ。



まり、それだと貧しくなって、日本生活レベルが落ちるということか? いや、むしろ上がる。

今の、都道府県を自由に行き来でき、モノを関税なしで取引できるシステムが、どれほど社会発展に貢献したかを理解すべきだ。

人間は、職を失うと聞くと、すぐに生活レベルの低下に直結させて考える。産業革命後のラッダイト運動ときからそうだ。

あのときは、機械が我々の仕事を奪い、我々の生活レベルは低下する、と感じた人々が、機械破壊する運動を行った。

機械は確かに、我々の仕事の多くを奪ったが、多くの製品が溢れかえり、我々の生活レベルは格段に向上した。

自由な取引も同じく、仕事は奪うが、生活レベルを向上させる。

自由貿易には心理的な障壁はあるが、確実に今よりもよい生活ができるようになる。



……だいたいこんな感じ。かな。

2011-09-23

http://anond.hatelabo.jp/20110923160022

俺的には、そういう考えしている人がいたって構わないけどな。

ライバルが減るから大いに歓迎するよ。



今の世の中、

初恋相手が自分に巡ってくるなんてことが

小学中学高校生なら大いにありうるけど、

大人まで...は難しいんじゃないかなぁ。

女子校の子なんて、共学校よりかえってマセてたりするし。

可能性はゼロじゃないだろうから希望は持ってたらどう??俺は、そんなこだわり御免だけど。

乱交?の懸念があるとすれば、性感染症子供を大切にしなくなることだね。あと男への変な先入観か...



ちなみに

男尊女卑みたいなのは明治時代から盛んになったんだよ。欧州産業革命以降だな。

それより前は、武家系統くらいじゃないかな?ちなみに江戸時代再婚も多かったんだよ。

から人類の基本が一夫一婦だなんて決まったものじゃないんだ。



いいこと教えちゃったね、俺。

2011-05-28

もし日本経済的成功が無かったら

もし明治日本経済的成功が無かったら

産業革命以降の先進国の発展と白人人種としての優秀性を結び付ける主張は

今でも広く受け入れられていたんじゃないか

2011-05-19

貨幣+電力供給労働力の流動化

さっき思いついたのでメモ。もう誰か言ってるだろうけど。

産業革命労働力機械化されたわけだけれども、始めは設備が大掛かりなので流動化は難しかった。

電力供給が始まったことで、初めて、労働力が流動化した

それまでは、労働力を買うということは労働者を雇う、ということだったのが、電力供給により、機械を導入すれば人を雇わずに必要な分だけの労働を手に入れることができるようになった。

流動化すると、必要な分だけ買えば良いので、設備投資無駄がなくなる、小口でも買えるようになる。

ついでに言うと、

電力+コンピュータ頭脳労働の流動化

労働力の流動化は、はじめは動力として、最近頭脳労働(人の認知機能)として実現した

2011-05-07

ジョエル・モキア 「THE LEVER OF RICHES」 (http://amzn.to/iPSsCV)

・1990年刊。直訳すれば「豊かさのてこ」だが、内容を勘案して邦訳するなら「技術革新文明史」かな。日本にはあまり紹介されていないが、著者は経済史分野では世界的に著名な研究者。「THE LEVER OF RICHES」はその代表作で、世界経済史に対する独自の解釈と、包括的サーベイとしてのまとまりのよさを両立させている名著だ。



・「なぜ近代技術革新西洋(特にイギリス)で起こって、他の国々ではなかったのか」がテーマ。この問題を解明するためにまずは過去2500年分の人類文明史を振り返って検討する。次に、このテーマについて検討する。



西洋世界の勃興に関しては、様々な人が様々な観点から評論しているが、本書では技術革新というファクターを重視する。なぜならば経済学研究がしめすように、技術革新こそが経済成長の主たる要因であったからだ。イノベーションは、労働資本などの具体的な資源制約とは無関係に人々の富を拡大させる「フリーランチ」なのである



古代(B.C.500~A.D.500)。ローマギリシャ、ヘレニズム文化の時には革新的な発明はあった。たとえば紀元前活躍したアレクサンドリアのヘロンは今でいう蒸気機関自動ドア自動販売機に近い装置発明して、オーパーツとすら言われている。しかし、そうした発明の多くは未発達のままにとどまったか破壊されたか、忘れられた。ローマ人は高度な文明をもっていたと言われるが、その技術はかなり未発達で、革新速度も遅かった。



中世(A.D.500~1150)。農業面での革新は、農業効率を向上させる重すきと三圃制。エネルギー利用も多様化し、水車や風車も工具の研磨やビール醸造や皮のなめし用などいろんな分野で使われた。11世紀の南イギリスには、50世帯にだいたい1つは水車があったというから驚きだ。馬や船はそれまで戦争の道具としてつかわれていたが、商業目的にも利用されるようになった。そのため蹄などの馬具の改良や積載能力の向上が図られた。



・紙は西暦100年頃に中国で生み出され、イスラム社会には8世紀頃に到来し、西洋にはそのあとに伝わった。時計や冶金などの金属加工技術も、東洋西洋への技術移転の流れだった。この頃は自らがあみした技術というよりも、ローマ期の技術の遺産か、東洋技術を拝借したもも多かった。ヨーロッパ世界はそうして先進技術を異文明から柔軟に吸収し、それを自己流に応用していた。ヨーロッパ中世は停滞といわれるが、実はその後の技術発展に向けた種まきがされていた時代でもあった。



近世(1500~1750)。ヨーロッパ技術レベルはだいたい1500年頃に中国など東洋文明圏に追いついた。その後、中国などとの差を徐々に広げていった。この時期のヨーロッパは、若干の航海術の発展と、トマトポテトなど新たな作物の導入などぐらいで大きな技術革新はなかったが、人々の間で技術進歩可能性を信じ始めた時代でもあった。(※言っておくとグーテンベルク活版印刷(1450年)なんかは世界史的にみると革新的ではないから。紙への印刷(木版)は7世紀には中国で始まっていた)



近世期は技術ブレークスルーというよりも国民国家の発達が、その後の近代技術革新を準備したことの方が大きかったかもしれない。たとえば今でも有名なリヨンにおけるシルク産業の発展はもともと、ルイ11世がイタリア専門職をそこに住まわせたことに端を発する。このように各国のトップは次々と、産業振興策を打ち出した。他国から有能な専門職人材を呼び寄せるだけでなく、新しい技術奨励するため補助金を与えて開発を促し、寡占を奨励した。また特許権の制定もこのころなされた。たとえばイタリアベニスでは16世紀には特許権がある程度は普及していたと言われる。もちろん、こんな”民間活力”をいかした技術進歩奨励なんかは、イスラム社会中国社会では到底考えられないことだった。



近代(1750~1830)。そんな下敷きをすでにひいていたから、この頃、次々と新たな技術が実用化されたのは自然な流れだった。むしろ、この頃には、まったくのゼロから生まれた技術なんて何一つなかったと言っても言い過ぎではないかもしれない。たとえば、ワットが蒸気機関発明にはたした役割はせいぜいコスト低減や耐久性向上などの実用的な貢献であって、蒸気機関の元アイデア自体は17世紀ヨーロッパにすでに存在していた。ただ、そうした数々の新技術の卵が社会全体に広まったことに大きな違いがあった。繊維産業で言えば、教科書でも取り上げられているような数々の綿加工技術機械化による生産性向上はめざましく、イギリスにおける綿布の値段は1780~1850年の間になんと85%もダウンしたという。



蒸気機関の発展・普及によってその後から熱力学が生まれたようにその頃の技術とは、科学的知見を基礎としたものではなくて、もっぱら経験的にもとづいて進められたものであった。1850年より前は、科学技術は別の存在だったと言ってよい。1850年以降、科学数学物理学技術分野に本格的に応用され始めた。



技術革新自体はランダムとも言える現象で、特定の新技術がなぜ他でもない西欧でおこったかを具体的に説明するのは難しいが、どんな条件が西洋近代の飛躍的革新可能したかを検討するのは意味のあることだろう。もちろん「必要は発明の母」なんて諺を持ち出す気はない。当然、革新技術ニーズはいつでもどこでもあるのであって、要はそのニーズ発明によって掬い上げ、実用技術として広めるのに、何が効いていたのか、である



・「化石燃料資源豊富さや、地理的要因」に西欧世界の勃興を求める「環境決定論」はナンセンスだ。たとえば北ヨーロッパはよく雨がふるから水車の技術が発達したという意見がある。しかし、これではなぜ水車がイギリスでよく普及したのにアイルランドはまったく普及しなかったかを説明することはできない。同じようにイギリス国内にあった豊富石炭資源産業革命可能したという意見がある。しかし、そもそも石炭資源を上手に利用出来るようになったこと自体が技術革新の果実ではなかったか。この説明は物事の原因と結果を取り違えている。木炭資源の枯渇による価格上昇がイギリスでの石炭利用の革新をもたらしたという議論もある。しかし、木炭から石炭への代替自体は16世紀からすでに模索されており、部分的に成功をおさめていた事実を無視している。第一、その頃の中国だって森林資源は枯渇していたのに石炭利用は19世紀になっても進まなかったではないか




・「産業革命前の科学技術の発展」を求める意見もある。しかし、前もいった通り(真理や総合的把握を求める)サイエンスと(実用を求める)技術は1850年以前にはほとんど別々のものだった。たとえば製鉄法や食料保存法などの技術は人々がその仕組みを把握するずっと前から使用されていた。発明家科学の知識はなく、科学者は実用の世界に降りてこなかった。両者の融合が始まったのは1850年ごろからだ。たとえばトマスエジソン科学的知識がなかったため、自己インスピレーションを補強するために数学者を雇った。



・むしろ重要なのは技術にたいする政治社会の寛容さ。人々が技術進歩に向けて継続的に取り組めることを社会が担保できているかどうかにある。この意味において、専政的政治制度よりも多元主義的なものの方が好ましいダグラスノースの言う所有権の制定も、この意味では一面の真理がある。



中国西欧比較した場合、その差は際立つ。それは、中世まで技術リーダーだった中国近世になって急速に停滞した理由を説明する。中国はもともと”one-party state”で、技術進歩は漢の時代からほとんど”お上”主導で行われていた。宗の頃は農民の創意工夫活動を促すための金融インセンティブも行われていた。しかしこうした活動は近世から弱まっていき、清の時代になってから中国政府技術進歩につながるような政策(度量衡の基準化、商業法、警察道路)をとりやめてしまった。一方で社会的にも明(14c~17c)代からとくに中央集権的要素を強めていき、多様な民の活力はまます脇に追いやられた。このために中国の歴史には、新たな技術が十分に伝播しなかった例で溢れている。たとえば複数の車輪を搭載した紡ぎ車はカラムシ繊維産業では見られても、それが綿産業に伝播することはなかった。社会構造の上部に官僚があり続けたこともまずかった。成功して裕福になった実業家はだいたい子供官僚機構に入れたがり、天才エリートが(一般的にコンサバな立場を好む)官僚機構に吸い込まれていった。



・これに対して欧州はちがった。前述のとおりヨーロッパ技術開発は民間が主であって、政府は従であった。第一、(言語宗教、生活様式や歴史などいろんな意味で共通点があるにも関わらず)複数の国家が乱立し中国のような中央集権はなかった。それぞれの国が富を張り合っていたから、結果的に技術世界でも競争が促された。人の移動も頻繁だった。だから技術の才ある人は、彼の国で抑圧的な政策が取られたら、別の国に移るだけでよく、西欧全体で見たら一つの技術は断絶せずに繋がりを維持することができた。こうした好条件にある社会西欧を除いて他はなかった。まさしく、世界技術リーダーになるべくしてなったと言えよう。


http://twitter.com/#!/zaway/status/66580272551968769

2011-04-10

http://anond.hatelabo.jp/20110410040048

産業革命が「欧米的な侵略戦争」を招いたのであって、東洋西洋は関係ないんじゃないかなとか。想像だけど

2010-12-23

斎藤修「プロト工業化の時代」(日本評論社

久しぶりのアクション書評

今回のテーマ斎藤修「プロト工業化の時代」。刊行は1985年と私が4才のころ。結構前の本だが、興味がある比較工業化というトピックを扱っていることと、サントリー学芸賞受賞作ということで読んでみた。



まずはじめに、「プロト工業化」についての定義が与えられる(p52)。一言で述べると、

「広域的な市場存在」を前提に、「農村内の特定地域で集中的に」、「農村工業組織的に商業化させる」現象。

 つまりそれは単なる農村工業化の話ではなく、農村部での分業形成のプロセスに関する議論ともいえる。農村工業に対して、現在資本主義社会オリジンとしての性格スポットを当てるのが、プロト工業化の理論なのだと見てよいだろう。


 プロト工業化論を提唱したメンデルスは1970年代研究で、18世紀フランドル地方においての次のような事実を指摘したフランドル地方を沿岸部と内陸部とに区別すると、人口の稠密度合いは明らかに内陸部の方が高かった。一方でフランドル地方リンネルの工業が発達していったのは、(沿岸部よりも土地が痩せていた)内陸部だった。


 ここからメンデルスは、フランドル地域間で比較優位法則のようなものが働いていたと議論する。沿岸部で農村工業が発達したなかったのは相対的に肥沃な土地だったため農業から転換する理由がなかったためである。一方、農業に向いていない内陸部は、(相対的に人口稠密で)、低賃金労働力が利用できるため工業が発達するインセンティブがあった、と。

 工業産業構造移転させることができる多くの人員と、地質的に従来型農業への比較劣位をもっていたことが、フランドル地域内陸部で農村工業を発展させるドライバーとなったのである


 ヨーロッパ全体を見渡しても、農村工業がある特定の地域に集中して発展していったという事実は観測できる(p26)。それでは、なぜ農村工業は特定の地域に定着して、他の地域根付かなかったのか。プロト工業化論を敷衍すると、偶然にしろ必然にしろ、(人口多寡土地の肥沃さなどの)初期パラメータがそうなっていたからだ、ということになる。環境決定論スレスレだが、そうなる。


 こうした議論を読んで、すぐに思い出したのは市場の勃興を経済学的なインセンティブ原理から説明したジョン・ヒックスの「経済史の理論」だった。プロト工業化の理論もまた同様、インセンティブに従って動く人々や、既存産業へのロックイン効果が働いている状況といったような、経済学的な議論がかなり下敷きになっているように見える。実際、メンデルス自身、「プロト工業化」を初めてタイトルに用いた1972年の論文をジョン・ヒックス引用からはじめている。


 だから、本書の後半で著者が展開したプロト工業化論の解釈と反論は、私にはやや奇異にうつった。著者は19世紀日本における出生率結婚人口成長などを用いた分析にかなりのページ数を割き、日本人口成長は農村工業の盛んな地域で特に高いわけではなく、(従来産業の)穀物生産人口成長の主因であったことを示し、日本場合プロト工業化論は当てはまらないと強調している。そうだろうか。著者自身が上述の通りに定義したようにプロト工業化とは、工業化の前提条件と工業化のプロセス経済学の知見を借りながら説明する議論である人口パターンが先行研究整合的でないからといって、日本ではプロト工業化は当てはまらないと主張するならば、おそらく人口動態に議論を引きつけすぎて考えすぎなのである


 確かに人口データは、当時においては珍しくアベイラビリティのある定量データで、それが重みのある議論を可能にしている。しかし、「プロト工業化」を論じる上で本当に議論の中心に据えるべきは人口学ではな経済学的の理論だったような気がしてならない。本書を読んで決定的に惜しいと感じたのはそこだった。


 最後に、著者が提示した、非常に興味深いが本書では語りつくされなかった課題を紹介しておく。それはどのようにして農村工業の局面から工場工業の局面へと移行したか、という点であるプロト工業化は農村工業の発達に関しては雄弁だが、そこから事業者達が設備投資して機械を導入し、工場制度へと移行するプロセスについては上手く説明してくれない。「本格的工業化の開始を説明する理論としてみた場合プロト工業化論は決定的なところでその資格に欠ける」(p269)という著者の指摘はまっとうだ。この移行を説明することは、産業革命経験する地域があった一方で工業が衰退した地域があったのはなぜかを説明することにもつながる、非常に有望な論点でもある。



http://twitter.com/#!/zaway/status/17654592619675648

 

2010-12-22

http://anond.hatelabo.jp/20101222104925

農家に限らず、絶対的な仕事量は殆どの市民から官僚に至るまでそれほど多くなかったはずだろ。市民平等になってかつ労働奴隷と化すようになるのは17世紀の産業革命以降だ。

2010-10-28

雇用を増やしたいんなら発明しろ発明

第一次工業産業革命

第二次情報産業革命

第三次産業革命が起こらない限り雇用なんて増えないんだから、発明しろ発明

2010-09-06

http://anond.hatelabo.jp/20100906162117

産業革命直後くらいまでの水準までは我慢して欲しい。

なんでお前のために我慢しなきゃならんのよw

2010-09-03

2冊のアクション書評 ピーター・ドラッカー堺屋太一

http://twitter.com/zaway/status/22888381585

ドラッカー堺屋太一。2人にはある1つの共有点がある。

それは、未来経済社会のあり方についての「ビジョン」についてである。それを堺屋太一は「知価社会」とよび、ドラッカーは「知識社会」と呼ぶ。キーワードは「脱工業化」、そして「知」だ。従来型の産業構造の転換が求められているという議論は、今も日本で話題になっているが、これは新しいようで古い。そこで今回は、彼らの著作の紹介を通じて、過去の議論をざっと見てみようと思う。



堺屋太一「知価革命

1985年に刊行された、堺屋太一未来予測本。

当時はかなりの反響があった。鉄鋼やエレクトロニクスなど日本製造業が絶頂期にあった中、周囲からのひんしゅくを恐れずに堂々と脱工業社会の到来を予言した。ある意味で、時代を先取りしすぎた本と言えるかもしれない。



まず著者は、古代以来の世界史の「精神史」的側面を振り返りつつ、現在世界が直面している変化を位置づける。むかしは、カネや領土を追い求めた「物質」尊重型の古代文明ローマ帝国中国漢王朝のような)、古代の巨大帝国が崩壊すると今度は、信仰に篤く慎まやかな生活をおくる「精神」尊重型の中世が到来した。それが、産業革命以後の近代ではまた「物質」を追い求める時代へと転換した。その意味では、現代社会価値観古代帝国が基底にある。



しかし、足下ではこれが中性的な「精神」尊重型の社会に立ち戻る動きが見られる。2度の石油ショックが起こり、これで資源が有限であることに人々は気づき環境意識が高まっている。「このまま大量生産、大量消費を続けたら我々はまずいのではないか」、そうみんなが確実に思い始めている。この流れの延長線上にある社会の姿と位置づけるのが、「知価社会」である。



知価社会とは「デザイン性やブランドイメージ、高度な技術、あるいは特定の機能の創出といったことが、物財やサービス価格の中で大きな比重を占めるようになる社会」と定義する。ここで、単に情報産業サービス産業などという特定の業種転換より広い意味をもっていることに注意したい。むしろ、強調されているのは製品としての「コモディティ」の終焉である。彼は確かにこう書いている。「安い規格品よりも高級なブランド品が、より長く使われる「知価」の部分が肥大化した価格攻勢が一般化する」(文庫版p225)。



すでにアメリカでは知価社会への適応が進んでいる。単純な製造業が衰退する一方、ブラディング、マーケティングサービス産業の比率が高まっている。翻って、我々日本にとられるべき選択肢は2つ。知価社会への移行を推し進めるか、それとも従来の工業社会の基盤に固執するか、だ。日本が取るであろう道について、彼は製造業での成功体験が忘れられず従来型産業構造維持型の政策を取り続ける可能性は高いと予測している。しかし、その道は安易であり、長期的に有利とは限らない。国際環境の変化に適用できない硬直化に陥る危険性があると警鐘を鳴らし、締めくくる。




ピーター・ドラッカーポスト資本主義社会

原著は1993年刊。この時齢83歳。

ドラッカーといえばマネジメントだが、 本来は政治社会批評家である。彼がマネジメント研究に入っていったのは、その思想を実践するための手段としてマネジメントが有効だと気づいたからにすぎない。



彼はまず産業革命が起こった要因について振り返り独特の解釈をする。産業革命を起こったのは、生活水準資本の変化意外に、1700年以降から変わったある決定的な要因があった。それは職業組合などの内部のみで、数千年に渡って発展してきた秘伝としての技能が、初めて収集され,体系化され、公開された。技術学校や「百科全書」のような書物によって経験は知識に、徒弟は教科書に、秘伝は方法論に置き換わった。この「知識」こそ、道具,工程製品への応用の連鎖をうみイノベーション加速度的な発展を促したものだった。



そして、今、知識の役割はさらに重要になっている。放射線治療機器CTスキャナ、高度なCVD装置、超高速のスパッタリン装置。今の製造業の基盤になっているこうした生産手段は、労働者の高度な知識があって初めて動く。昔の資本主義がそうであったように、けっして労働者歯車のように資本家に所有された代替可能な機械ではなくなっている。従来の資本主義にあったような「資本家労働者」という次元は今や完全に消滅している。今や富の創出の中心は、資本労働土地から、人間の知識そのものへと移行している。



ドラッカーは、このような形で変化しつつある社会を「知識社会」と称した。そうした社会では、労働者達の知識を効率的に活用し、いかに収益にむすびつけていくか(これをドラッカーは「知識の生産性」といっている)がこれまで以上に国,産業企業競争力にとって重要になってくる(p244)だろう。それはこれまでもそうだったし、これからはさらにそうなっていくだろう。イギリス過去CTスキャナコンピュータ抗生物質ジェット機を開発したが、それを製品サービス仕事転嫁できず、アメリカに抜かれていった。他方、アメリカアメリカマイクロチップコピー機、工作機械などのパイオニアだったにもかかわらず、日本企業がそれらの市場を奪取するのを指を加えてみるしかなかった。そして、日本は、自らが事業の先鞭をつけたほとんどの主力産業液晶テレビカーナビ、電池)で韓国中国企業の強烈なキャッチアップを受けている。



では、いかにして知識の生産性を高めることができるのか?それを実現する手段が「組織が成果を生み出す機能を高めること」。つまり、マネジメントなのである。この結節点において、社会学者としてのドラッカー経営学者としてのドラッカーとががっちりと連結される。

2010-08-27

http://anond.hatelabo.jp/20100827134139


そもそも「ニートのまま結婚」は無理じゃねえかなあ

お見合いのとき、収入ではなく親の総資産でアピールすればいい。

家同士の結婚という概念を復活させるわけです。

貧しい時代はみなそうしてきた。今も資産家はそうしています。

そもそも恋愛結婚などという常識はほんの一世代前から始まった流入西洋文化に過ぎない。

商業ドラマが植えつけた短絡的な憧れに過ぎず幻だ。生きる方法論として脆弱なのだ、

子の結婚は親が面倒を見てやることで、強靭な家系が鍛えられていくのです。


事業を起こしてたくさんの人を雇用せよ

事業自体の需要がもうないのだと思う。世の中が物資もサービスも満ち足りてしまっている。

無理やり必要もない事業をしつづけて地球環境が疲弊しているんだ。

産業革命以降の経済成長万歳思想が、無意味な事業だらけで無理やり環境を消費している、




人の生業はもっと、自然な形で人の要求ありきで、これが足りないからこれをしようという発想で行うべきだ。

賃金を稼ぐために、いかに消費心理の裏をついて騙して満足してると錯覚させて過剰消費をあおって、そんな事業ばかりあふれかえっている。



無理やり事業を起こすのは間違っていると思う。

2010-08-21

工業社会を捨てよ」論に対する疑問

 「日本工業社会を捨てよ。産業構造を転換してサービス立国を目指そう」と何の留保もなく主張する野口悠紀雄のナイーブさに思いのほか虚脱感に襲われている自分がいる。唖然としている。ダッチワイフのジェニファーちゃんぐらい開いた口が塞がらない。いったいどんな神経が、こんな大きなことをこんな不用意に言わせるのか。



 まず、まったく不確かのままに留まっている論点として、今の工業中心の産業構造を転換しろという主張が経済学的にいってどのようなことを意味するのかが、わからない。私たちは政策金利最低賃金の引き上げについて、そのありうる帰結についてかなり多様な議論を戦わせることができる。しかし、「脱工業化を進めよ」と言った場合どうなるのか、その政策を実行したときに、それが経済社会雇用経済成長に実証的にどのような効果・影響を与えるのかは、びっくりするほど整理されていない。



 そもそも、脱工業化という経済現象自体、よくわからない。一般的に、どんな経済的条件下において、どんなドライバーによって、どのようなステップでそれは促進されるものなのか。そのメカニズムが不明だ。たとえば、産業革命以後の西欧の中でも、イギリスのようにあっけなく工業が衰退した国がある一方、ドイツのように競争力のある工業基盤を普通に維持できている国があるのか。



 加えて、脱工業化する国がたどる道は、ざっとどのような種類のルートに分けられるのかも、よくわからない。1つの手がかりは40年前から指摘されている「知識社会」への移行だが、それは必ずしも金融サービス産業への一本道とどまるものではない。例えば日本メーカーが出すプラズマクラスター空気清浄機や年々進化するホームベーカリーは完全に「製造業」の枠組みながら、十分に「知識社会」としての産物になっているような気がする。この辺もっと詳しくカテゴライズしてほしい



 また、各ルートに一定の基準によって優劣を付けられるとしたルート選択は極めて重要な判断になるが、そのフラグ発生条件はどのようなものなのか。いやもっと根本的な点として、脱工業化において政策がどれだけの役割を果たせるのかもよく分からない。もし国の政策が、脱工業化の推進もしくは阻止、あるいは方向性に誘導することについて、無力にとどまるのならば(おそらくこっちの方が自然な想定だが)、野口悠紀雄のように「べき論」で脱工業化を主張する意味はない。ていうか税金無駄だ。



 つまり、指し示した指の先は真っ暗闇なのである。脱工業化への産業構造転換というのはなんなのか。そもそも政策として意味があるものなのか。YESならば、そうでない場合と比べてどのようなプラスマイナスをもたらすのか。そもそも日本イギリスのように脱工業化が要請される条件下にある国なのか。



 もちろん、日本製造業の閉塞感は確かだし、日本はこのままじゃまずいっていう点はわかるよ。共感する。だからって、僕たちをいったいどこへ導こうとしているの?教えてエライ人。


http://twitter.com/zaway/status/21684114111

2010-08-15

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ソーシャルメディア 革命2 (Social Media Revolution 2 日本語版) - YouTube

ソーシャルメディア一過性流行なのか?

それとも産業革命以来の大きなシフトなのか?

ようこそ革命

http://www.youtube.com/watch?v=IV3CjtZRwEk

http://www.youtube.com/watch?v=kj9pR_b3u4E



ソーシャルゲームブームがアタリブームに似ている3つの理由 | Generation V

第37回:ソーシャルアプリに“アタリショック”は起こるのか?:日経ビジネスオンライン

急成長続けた米ソーシャルゲーム市場に変調の兆し  :日本経済新聞

アタリショックの真実(1)「それは暴落から始まった」 - 東京のはじっこで愛を叫ぶ

アタリショック - Wikipedia

North American video game crash of 1983 - Wikipedia, the free encyclopedia

ソーシャルゲーム - Wikipedia



僕の息子が入院した日 ソーシャル・メディアと実際の友人・知人の気まずいカンケー - Market Hack

「ソーシャル」という罠 —プライバシーが消えてゆく(1/5) « WIRED.jp 世界最強の「テクノ」ジャーナリズム

SNSバブル : 投資十八番

勢いを失うジンガ - Market Hack

はてなブックマーク - CNN.co.jp:元フェイスブック社員が見つけた友達の限界



Amazon.co.jp: フェイスブック 若き天才の野望 (5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた): デビッド・カークパトリック, 小林弘人 解説, 滑川海彦, 高橋信夫: 本

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4822248372

Amazon.co.jp: facebook: ベン・メズリック, 夏目 大: 本

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903853853



Twitter創始者が語るWeb 2.0の要諦 - @IT

http://www.atmarkit.co.jp/news/200711/16/twitter.html

ウィリアム氏がOdeo内で始めた小さなプロジェクトが「Twitter」だ。

Ruby on Railsを使って2週間で最初の動くバージョンを 作り上げた



Ruby on Railsで10分で作るTwitterもどき



Ruby on Rails 2.0アプリを1分で作る - Ruby on Railsをすぐ使う:ITpro

katoy: cocolog: Rails 2.0.2 は 5 行でアプリ雛形作成/起動ができる!

Rails 五行命令范例_土哥_百度空间



後発SNSが先発SNSを追い抜く時 - Facebook JapanInside



Twitter検索回数がいつのまにかYahooBingの遥か上をいっていた(Ev Williams' Keynoteから

http://blogs.itmedia.co.jp/waoyama/2010/04/twitteryahoobin.html



Twitter、年内に2億ユーザー到達の可能性 - ITmedia ニュース

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1011/02/news069.html



ついに月次訪問者でツイッターがmixiを抜いた!さらにツイート数で米国を逆転か?:In the looop:ITmedia オルタナティブ・ブログ

http://blogs.itmedia.co.jp/saito/2010/06/post-4bfd.html



イーベイと「ネットワーク外部性」 オークションサイトに見る「一人勝ち」の構図:日経ビジネスオンライン



Facebook Statistics by country - Socialbakers

http://www.facebakers.com/facebook-statistics/



天地はひっくり返る。MySpace、Facebookに全面降伏

http://jp.techcrunch.com/archives/20101118hell-freezes-over-as-myspace-fully-surrenders-to-facebook/



SYNODOS JOURNAL : Facebookの普及に見る米国の社会階層性と、『米国=実名文化論』の間違い 小山エミ

Facebook拡大を支えた排他性と特権性



Facebook に対する著作権侵害訴訟が法廷へ - インターネットコム

http://japan.internet.com/busnews/20070725/11.html

ConnectU を創設した Cameron Winklevoss 氏、Tyler Winklevoss 氏、Divya Narenda 氏が訴状で述べている



http://en.wikipedia.org/wiki/ConnectU

http://en.wikipedia.org/wiki/Cameron_Winklevoss

http://en.wikipedia.org/wiki/Tyler_Winklevoss

http://en.wikipedia.org/wiki/Divya_Narendra



創業者が下した3つの決断 常識覆す“Facebook販促術”(1) :日本経済新聞

http://www.nikkei.com/tech/business/article/g=96958A9C93819499E0EBE2E2EB8DE0EBE3E0E0E2E3E2E2E2E2E2E2E2



映画『ソーシャル・ネットワーク』が描く、欲望渦巻くフェースブック誕生秘話 国際ニュース : AFPBB News

http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/science-technology/2758979/6226877



http://www.newsweekjapan.jp/stories/movie/2010/10/post-1751.php



CEOのイメージダウンで、どうするFacebook:海外速報部ログ:ITmedia オルタナティブ・ブログ

http://blogs.itmedia.co.jp/burstlog/2007/12/ceofacebook_161a.html



ソーシャル・ネットワーク - オフィシャルサイト

http://www.socialnetwork-movie.jp/



Facebookの現状を知るための18の指標 - CNET Japan

http://japan.cnet.com/news/service/story/0,3800104747,20420606,00.htm



FacebookがローカルSNSを逆転する時:In the looop:ITmedia オルタナティブ・ブログ

http://blogs.itmedia.co.jp/saito/2010/08/facebooksns-166.html



世界のSNSを次々追い抜くFacebook【ループス斉藤】 : TechWave

http://techwave.jp/archives/51485713.html



日本でも3ー5年でFacebookがトップSNSに?=Zuckerberg氏【湯川】  : TechWave

http://techwave.jp/archives/51469580.html



日本からFacebookのようなサービスは生まれてくるのか、夏野剛×中村伊知哉×慶應生トークイベントレポート - GIGAZINE

http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20101025_social_network_mark_zuckerberg/



Facebookの仮想通貨がアジアのリアル店舗で購入可能に【湯川】 : TechWave

http://techwave.jp/archives/51476037.html



Facebookの2010年売上予測は1300億円,うちFacebook Credit効果は315億円か:In the looop:ITmedia オルタナティブ・ブログ

http://blogs.itmedia.co.jp/saito/2010/06/facebook-c1a7.html



SYNODOS JOURNAL : Facebookの普及に見る米国の社会階層性と、『米国=実名文化論』の間違い 小山エミ

http://synodos.livedoor.biz/archives/1482931.html



ソーシャルゲーム最大手「ジンガ」の全てが一枚の絵で分かるインフォグラフィック | SEO Japan

http://www.seojapan.com/blog/%E3%82%B8%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%81%AE%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A9%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF

2010-07-14

http://anond.hatelabo.jp/20100714100557

いや。そもそも、逆に、私の生活のためにあなたが、お金を払って不必要な高級機を買って というパターンがおかしいと。

どの産業にしろ、飽和と衰退が起きるってのは、すごい昔の経済学者が主張していた資本主義会社 社会じゃなくて会社ねの一つの形態でしょ?

予測されているんだから。

産業革命にしろ、何にしろ 技術確認によりリストラが起きるのは歴史的に繰り返されてきたことで、ごく自然歴史摂理でしょ?

なんで、たとえば家電メーカーだけが、単調増加で成長するのが正義なのかよくわからん

それが良いとは思わないけど、そういう風になるのが自然摂理なのにそれにさからってもしょうがないって事

だからどこの会社も、新規事業を立ち上げていくんでしょ。成功するかどうかは別として。

この国が一つおかしいのは、そういう、将来リストラが起きることは予測されていたことなのに、終身雇用を選んだことだろうね。

高級機を買えってはいえないから、買いたくなるような商品を作る。それはもう、メーカーとしては仕方ないと思ってる。

買う方が生活かかっているように、売る方だって生活かかってるんだから、必死だよ。だが、それは買わない消費者が悪いとは思わないって事。

2010-05-09

http://anond.hatelabo.jp/20090114200345

無能なら権利はなくていいって考えが、21世紀先進国人間とは思えない。

産業革命時代かよ。

2010-05-06

http://anond.hatelabo.jp/20100506120859

新しい概念でもないし、昔から貶められてただろ。

だけど、昔と今で違うことっていうのがあって、それが「人余り」の状況なんだよ。

昔は人が余るなんてことなかった(だろう)。いつでも人手不足で、働いて一人前なんて言葉が作られるくらい、労働社会にとって必要なものだった。ゴクツブシの割合も今よりずっと小さかったはずだろ?

それがいつの間にか、産業革命を経てこの国では「仕事を求めて必死に頭を下げる」という意味不明な状況が生まれてる。あげくの果てには、仕事がないのに無理やり仕事を作って無駄を増やしてみたり。

これおかしくね?ってことだろう

2010-04-24

アンガス・マディソン「The World Economy」メモ

2000年代世界経済史の著作の中でも、最も重要なものの1つで、バーンスタイン「豊かさの誕生」やJ.サックス貧困の終焉」のネタ本としても知られる(アマゾン情報)。その最大の特徴は1000年以上に及ぶ人類歴史を膨大な”統計データ”によって叙述していること。これだけの情報を集めるのに一体何十年かかるのか。著者の労力を想像するともはや”スゴ本”なんて生易しいレベルではない。「経済統計で見る世界経済2000年史」という名前で柏書房から出版されてもいるが、現在絶版である。以下,ポイントを列挙する。





世界経済システム)が数字の上で本格的に動き出したのは「17世紀」。

東西貿易が量、品目ともに拡大し、ヨーロッパ諸国からアジアへ向かう船便数は、16~18世紀の間に4倍へ。

その数はさらに、18~19世紀の間も2倍へ膨れ上がった(p65)。



・それでもヨーロッパの個人所得の本格的な上昇は

産業革命が浸透した19世紀をすぎるまで待たなければならなかった。

1000年から1800年までの西欧諸国の一人当たり

年平均GDP成長率はわずか0.1%台だった。

一方で1820年以降は1%を超えて急成長する(p265)。



・その一方で、アジア経済成長はとても緩やかなものだった。

かつて技術文明世界リードしていた中国の一人当たりGDPは14世紀にはヨーロッパに抜きさられている(p44)。

しかしそんなアジア諸国の例外が日本だ。江戸時代の安定政治のもと、

都市の衛生にも気を配り、着実に豊かさを増していった。

明治維新が起こる前の19世紀の前半には、日本は1人当たり所得中国を追い越していた(p264)。

(別の言い方をすれば中国は20世紀に入るまでの過去1000年、ほとんど経済成長がなかった)

また、日本に関して付言すれば、世界歴史上もっとも高いGDP成長率を謳歌した1950~73年("Golden Age")

の期間中でも群を抜いて成長率が高かった(年間8% 世界平均は2.9% p126)。



・ただ人口については、西暦以来一貫してアジア西欧を凌駕し続け、その差も拡大している。

 本書によれば地理的にインド中国世界人口のツートップである構図は、西暦が始まった頃から変わっていない。西暦0年の時点で、すでに中国人口は5000万人を超え、1500年を過ぎるころには1億人を突破していた。中国人口はそのれからさらに、2度の人口爆発経験した。1つは18~19世紀初頭の100年で、1.3億人から3.8億人へ3倍に爆発。2回目は20世紀後半、50年弱で5億人強から12億人へ爆発した。それぞれの時期について、西欧諸国の人口合算と比べると、1000年~1500年の間はだいたい2対1。19世紀~20世紀には3対1の比率だ。つまり、中国はほとんど所得成長がなくても、人口だけは西欧をこえるスピードで拡大してきた計算になる。同じ議論を、インドについても当てはめることができる。









【その他、気になったことなど】

・16世機~17世紀にかけて、欧州最大の都市ナポリ(281000人,AC1600)で、

18世紀~19世紀にロンドン(865000人,AC1800)へと移り変わる。意外と

アムステルダムリスボンなどはそうでもなかった。



第二次大戦前と大戦後で、西欧諸国は移民の排出元から流入先へと転換した(p128)

1870-1949までのうちに1800万人がアメリカなどへ移住した。

しかし、1950年以降1998年に至るまで逆に2000万人移民を受け入れている。



人類歴史に負の人口ショックを与えてきた3大要素として、マクニールなどの研究も参照しつつ「飢饉病原菌戦争」とおいている。西洋とそれ以外の発展の違いについては、「いかに」の部分は定量的にかなり明快に記述しているが、「なぜ」に言及した部分はあまり目立たない。その意味で本書は、記述西洋寄りという意味西洋中心的ではあるものの、発展の原因を西洋的なものに限定していたかどうかは議論の余地がある。



人口所得、実物取引などのデータについては各国別の詳しい時系列がある一方で、金融関連や価格データが少なかった。それと、主要地域における経済発展の速度の違いがメインテーマに上げているのならば、それぞれの都市農村との関係がどう変化したかにも踏み込む必要があると思った。欲張りすぎか




http://twitter.com/zaway

2010-03-23

脱時代宣言-2

初めから最後まで、つまり生まれてから死ぬまで「時代の意見」と自分意見を合致させて生きていくこと。それは簡単なことだし、難しいことでもあるのです。

なんとなーくだけど、そろそろ、長く続いたこの時代も終わる頃な気がします。

じゃあどうしたら社会が変わるのか。産業革命が起きて近代が始まったように、何かが起きてごろっと変わるのか、と考えたときに、やっぱりエポックメイキングなできごとはインターネットだったはずです。

インターネットは現に多くの雇用を生み出しているし、生活を便利にしている。調べ物だってサクサクだし、外国との接触も簡単になった。

でも、インターネットに対する時代の意見って、日本では特に、諸手をあげて大賛成、もっとじゃんじゃんやろーよ、という感じでもなく、付加価値くらいにしか捉えられていないです。

まさに「便利になったよねー」レベル

一部にはインターネットに朝から晩まで張り付いている人もいるわけだけれど、そういう彼らに対しては、結構冷たい視線が向けられる。引篭もりだとか。暗いとか。いかにも「あんたらは間違っている」という然で。

個人的には、インターネットに一日中張り付いていても、いいと思うんです。

そして、いっそのこと、もうインターネットの中に住んでしまえばいいのだとも思うわけです。


インターネットの中で仕事を持ち、買い物もネット上でして、人との会話だってスカイプウェブカメラを使えば出来る。

生活に関係することは結構「なんでも」出来る。

目が悪くなるとか、キーボードを打つのが疲れるだとか色々問題はでるだろうけど、そんなの「住む」方向で技術開発したら、すぐに解決しそーなもんです。

そんな風に生きていく時代。これって物語の中では悪夢のように描かれてきた「未来」だけれど、僕はそーも思わないです。

インターネットというエポックメイキングな出来事があったのに、全く新しい時代が到来しなかったことの方が、結構悪夢です。

どーせ時代が変われば教科書に「外に出ていた時代もありました」なんて書かれるし、その頃には人々の意見も、時代の意見とともに変わっているの違いない、全ては諸行無常なんだから。

時代は移り変わるものだし、移り変わるべきものなのだと思うのです。

インターネット上で家庭を持ったとしても、そこには本当の愛はない」とか思うかもしれないけれど、それも一つも迷信を信じているようなもので、イスラムの国なんかでは顔も見たことがない女の人と結婚してるし、明治の頃なんか「妻は夫に尽くす」なんていう価値観の中でそれでも「幸せでした」なんて死んでいったわけで、価値観なんて、どーにでも変わるのだから。

もっと言うと「貨幣」という価値観自体もまた変わるのかもしれない。

それはもっとあとの話だけれど……。

かつて盲信していた「神」は死んだ。

そんな重大な出来事があったというのに、人類はまだしぶとく生きているじゃあないか。

かつて大切にしていた「外の世界」がなくなって、きっと人々はしぶとく生きていくよ。

新時代、きたれ!!


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複雑な思いにさせたら申し訳ないけれど、↑のような文章を書く思いと、「それでも俺は近代という迷信を信じきるぞ!!!!!!」という強い思いもありまして。

やっぱりお外に出て実際に会ってデートしたりしたいなぁという、気持ちも強いのです……。

一つの可能性としての宣言くらいに捉えてくださいな。

終り。

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