はてなキーワード: 披露宴とは
今年5件くらい披露宴出た。
こだわり過ぎてる式って呼ばれたほうは結構つまらない&疲れちゃうよ。
お色直し1回(色内掛→ウェディングドレス)
っていう式が一番楽しかったよ。ゆったりしていて品があるというか。
5回のうちちゃんとした二次会があったのは1回だけだった。
それほど構えすぎなくていいと思うよ。
受付は、5000円ぐらいの謝礼が発生するならビジネスライクに引き受けられるし、親しくなくてもそんなに負担じゃないよ
今年行った4つの結婚披露宴のうち、オフィシャルな二次会があったのは1つだけ(残り3つのうち2つは居酒屋で非公式二次会、1つは二次会なしで早々に解散)
披露宴の余興も、2つは姪たちの合唱とか新郎姉の楽器演奏とかあったけど、あとの2つはスライドショー上映だけだった
そんなにフル装備の式を基準にして考えることはないと思う
ああ、いやだ。嫌だ。やりたくない。
受付を頼むのが申し訳ない。そんな親しくないのに。
余興を頼めるほど親しい人もいないから極力余興はない方向で考えているが、さすがにゼロじゃあ呼んだ人に失礼だろう。
演出・余興・何一つ決まっていない。
ドレスも決まっていない。
こだわりもやりたい事もない。ていうかやりたくない。腹くくらなきゃいけないとはわかっている。
披露宴だけでも考えるのが嫌過ぎて2次会の事は考えないようにしているが、
もう1ヶ月半後だぞ?どうするんだ…
こんなに嫌なのにやるのは病気の親のためだが、
親不孝。披露宴やる意味がなくなってしまう。どうすればいいんだ。どうすればいいんだ。
ああ。つらい…
卒論と人間関係の破綻に悩んだ大学4年の時以来久々に真剣に辛い。
終わりが見えないけれど全てが早く終わって欲しい。
俺は、物心ついた頃から家にコンピュータがあり、MS-DOSも、Windows 3.1も、PC-9801も触ってた。小学校時代には市内にプロバイダーが一個しかない頃からダイヤルアップ28.8kbpsでインターネットしてたし(時代はテレホーダイ)、中学時代にはWeb制作やプログラミングを覚えてた。高校時代には自作プログラムを配布したりしてたし、大学時代には代行制作でお金もらったりもしていて、今はIT企業に勤めて2年目になる。つまり何が言いたいかと言うと、俺は昔からインドアの陰キャラの陰毛野郎で、コンピュータが友達みたいな奴だった。余暇のほとんどをコンピュータと共に過ごしたし、それはそれで楽しかった。
でもそのせいで、他のみんなが興味を持つことに対して興味を失ってしまった。テレビみないし、基礎体力づくりができてないからダイビングとかスノボとか誘われても行きたくないし、みんなでスマブラやろってなっても俺だけ弱い。俺がコンピュータに向き合っていた時間と同じだけ、他のみんなはテレビを見て話題づくりをしていたし、サッカーとかして基礎体力づくりをしていたし、スマブラの練習をしていた。対して俺は、人間ではなくコンピュータを友達に選んでいたのだ。この結論に達したとき、なんともいえぬ空虚感にさいなまれた。俺は、人と違うことを選んでしまったがために、人が楽しめることを楽しめない人間なんだ、と思いながら生きてきた。
先日、大学時代の友人の結婚披露宴に招待されて行ってきた。余興を頼まれていたので、得意のコンピュータを活かしてビデオレターを作って流してプレゼントした。披露宴と二次会の様子を趣味のデジイチで撮った写真を製本してプレゼントした。参加者に向けて写真とビデオをまとめて思い出サイトも作った。そしたら、ものすごく喜んでもらえた。あ、こんなにも喜んでもらえるんやったら、今まで俺がしてきた時間の使い方、一概に間違いと決めつけるのも良くないのかもな、と思った。生きてたら何かしら経験してるはずで、経験値を得てるんよな。できないことがあっても、できることがあったらええやんな。さ、今週もがんばって働こー!
人の態度は自分の態度の鏡写し、みたいな話はそのとおりだと思う。
人と親しくなれないのは結局、自分が相手に興味がない、親しくなりたいと思っていないということだろう。
一人がいるのが楽で好きで、人と話している時は当たり障りなく、でも一刻も早く会話を終わらせたいと思っている。
一人が好きなことを別にしても会話は苦手だし好きではない。
だから会話の内容は上の空で、とりあえずやり取りが破綻しないよう、内心冷や汗で必死だ。
できるだけ一人でいたい…
でもそれは人として間違っているのかなぁ。
近々結婚で、今披露宴の準備を進めているが、呼べる友人がほとんどいない。
一応招待はできても、友人挨拶頼める人がほんとにいない。頼んだら相手も困るだろうし私もいたたまれなくて消えたい。
当然2次会準備をお願いできる友人などいるはずもなく、途方に暮れている。
飲み会などにはたまに誘われるが、どうも私一人打ち解けられない。
そういう時はダメ人間感や寂しさがあるが、打ち解けず相手に踏み込まないのは私だ。
割り切って一人でいればいいと思っていたけれど、今回の結婚のような、社会的に困る局面が今後色々と出てくるんだろうか。
披露宴準備は今まで自分が楽していた罰のように思えるよ。正直あまりに辛い。
考えを改めて態度や人付き合いを変えるしかないのか。
http://anond.hatelabo.jp/20110414103921 を書いて4ヶ月、
せっかく死の身近さに気付いたので、ブラック企業を辞めてフリーランスとして独立することにした。
独立準備を進めていたところ、父の末期がんが発覚し、独立準備と同時進行で結婚式・披露宴準備を進めることになった。
やることが多すぎてどこから手をつけていいかわからなくなり、やる気もなくなっていた。
とりあえず愚痴ってみた。ここで↓適当さが好きでよく愚痴ったり励ましたりしている。
気の向くままに愚痴ったらいろんな人に励まされまくった。
励ましっていいね。親身な励ましはもちろん、適当な一言でも癒された。
根本的解決ではないんだけれど、心が楽になったー。
真剣さ適当さよりも、その言葉がリアルタイムであればあるほど。
助かりました。ネット上のどこかの皆様ありがとうございます。
従業員20名余の我が社で、彼男と後輩のカノ美が結婚秒読みらしいという事を聞いた。
彼男は私の同期、カノ美は後輩で、しばらく新卒を採用してなかった我が社のひさしぶりの新卒。
カノ美が右も左もわからない頃から彼男が色々教えていて、それがキッカケで親しくなった模様。
しかしこのカノ美、入社3年の間、色々水面下でやらかしてくれた。
私が知っているだけで
その他にも
などなど。出るわ出るわー。
なんで私がこんなことを知っているかというと、既婚者B→社員C→私と情報が筒抜けだから。
年寄りで喪でコミュ力ゼロ(口外しないと思われているのだろうか)の私には話やすいらしい。
おっぱいキャバ、G○EEの件は、検索したら出てきた本人のmixiに乗ってた。そんなん消しとけ。
分母が大きければいいってもんじゃないけど、社員100人以上の大企業とかならともかく、
僕は中学一年生、まだ12歳だった。いいことばかりではなかったはずだが、今振り返ってみると、毎日笑ってばかりいたことだけが思い出される。部活に熱中し、友達にも恵まれ、告白なんてできなかったけれど、小さな恋もしていた。楽しい日々だった。未来のことなんて考えもしなかったけれど、ただ明日も、その次の日も、今日のように、昨日のように、笑って生きていくのだと思っていた。
夏休みに入る前の週くらいに、小学校一年生の従姉妹がやってきて、夏の間中、うちに滞在することになった。
小さな従妹ははにかみ屋で、しばらくはもじもじしていたけれど、すぐにうちにも馴染んで、僕のことを「お兄ちゃん」と呼んで、まとわりつくようになった。僕の両親も、姉も、従妹を可愛がり、相手をしてやったが、そういう点では一番邪険な僕に特になついていたのが不思議だった。僕もそう意地悪な少年ではなかったと思うけれど、少年は少年なりに忙しかった。部活もあれば男同士の付き合いもあり、そうそう従妹の相手をしているわけにはいかなかった。
夏のある日、ふと空いた一日に、だらだらと寝転がってテレビでも見ていたら、暇ならば従妹を映画につれていけと母が僕に命じた。従妹は最近、公開されたばかりのアニメ映画「となりのトトロ」を見に行きたいのだという。たまたま僕以外の人の手がふさがっていて、まあ僕としても、いつもいつも愛想よく従妹に付き合っていたわけではないから、罪滅ぼしの気持ちもあって、従妹と二人、映画館に出かけた。
まだ、ジブリ映画が国民的な動員力を獲得する前のことだ。映画館はわりあい空いていて、お菓子を食べながら僕と従妹はトトロを見た。
ラピュタは好きだったが、トトロは子供向けだなあとその時の僕は思った。その一年か二年前に、休日の父をせかせて、ラピュタを見に行った僕だったのに、もうそろそろアニメの魔法を心からは信じないようになっていた。従妹の表情はスクリーンの変化に合わせてめまぐるしく変わり、どちらかというとそちらを見ていた方が面白かった。
トトロを見終わって、僕は従妹に聞いた。
「もう一本あるんだって。えーと、ひたれるの墓?暗そうな映画だなあ。どうする?もう帰る?」
「ううん、みたい。みていっていいでしょ?」
それは僕くらいの年齢の男の子と従妹くらいの年齢の女の子の話だった。作画が公開に間に合わなかったらしく、一部が描線のまま映し出されていた。普通に考えればジブリの黒歴史と言うか、前代未聞の汚点(なにしろ未完成品を映画館にかけておかねをとったのだから)と言ってもいいと思うのだが、そんなことは気にならないくらいに僕はその映画に引きずり込まれていた。
誰が想像するだろう。トトロの次に上映される映画が、あんな作品だなんて。
今この歳になって考える。なぜジブリはあの時、あの作品を作ったのだろうかと。ああいうテイストの作品はその後はジブリは作っていない。安心安全のジブリブランドだ。他のジブリの映画の好き嫌いを僕は即座に言える。一番好きなのはラピュタだ。でも火垂るの墓は。好きなのか嫌いなのか分からない。二度と見たいとは思わない。でも、場面の細部まで、あの夏のあの映画館のように、今でも頭の中で上映できる。
とにかく、火垂るの墓を見終わった後、僕たちは疲れ切っていた。そのまま映画館の座席にうずくまっていたかったけれど、そうもいかなかったので、僕は従妹をおぶって、またバスに乗って家に帰った。帰ってすぐに、飯も食べずに僕は寝た。
8月も終わるころに、従妹の父、つまり叔父が死んだ。末期のガンだった。叔母が看病に専念するため、従妹をうちに預けていたことをその時になって僕は初めて知ったが(叔父が入院していたのは知っていたがそんなに悪いとは聞いていなかった)、従妹は知っていたのだろうか。
葬儀の際中、従妹は僕を隣に置き、ずっと手を握っていた。たったふたりきりで生きようと思ったあの少年と女の子のように。
先日、三十路のその従妹がようやく結婚した。もう結婚しないのかと思っていたが、どこからか朴訥な年下の青年を見つけてきて、あれよというまに披露宴を開いていた。花嫁衣裳を盗み見に行った時、何を思ったか、僕の手を握って、従妹が言った。
「ねえ、お兄ちゃん、あの時、手を握ってくれていてありがとう」
あの時ってどの時?と僕は疑問に思ったが、野暮なことは言わずにうなづいていた。分かったふりをするのがいいことは人生にはいくらでもある。もちろん僕は彼女に幸せになって欲しいと思ったけれども、先のことはわからない。けれども生きていればとにかく人生は続いてゆく。それはどうであれ、おしまいになるよりはいいことなんだろう。
記憶はただ頭の中にだけあるのではない。夏のにおい。まぶたに焼付くような熱い色。いつか彼女は、夏の日に夕焼けを見ると、彼女をおぶったあの夏の僕の背中を思い出すと言った。体温や匂い。いろいろを。その中に彼女は、小さな女の子だった時の、あの日々の思い出を縫い付けている。笑ったり、泣いたり、どうしようもなくてたちすくんで、ただそばの人の手を握ったりしたあの日々のことを。
いやだから、すまん言い方が悪かった。結婚する前から、デートもカラオケとかやっすい居酒屋みたいのばっかで、結婚指輪とかも普通に持ってない人もいるし、5万円くらいの人もいるし、とにかく、そういう儀式的なことにこだわりがない人が多くて、そんなたっかい指輪もらったり、ものすごい派手な披露宴とかした友達があんまいなくて。で、結婚後もそんな感じ、ってのが言いたかった。すまん。年収とかも、そこまで気にしてないというか、自分も働いてるしいっか、みたいなそんな感じで、マイホーム願望とかも薄い、そんな人が多い。ちなみに子なし夫婦が多い。別に、高い指輪や披露宴を馬鹿にしてるとかじゃなくて、そういうのに興味がないというか、うん、そんな感じ。
祝う側が見返りを期待すんのが間違ってるだろ。
祝われる側が儲かるくらいじゃないと祝ったことになんないし、
それが気に入らないなら披露宴なんて行かなきゃいいだろって思う。
祝う気ねーんだから。