はてなキーワード: 固有名詞とは
NHKとかのテレビを始め、新聞やラジオとか雑誌や書籍ぐらいにならでたことがある。別に何かをするわけでもなくそこにニュース性があれば取材っていうのは来てしまうものだ。でも取材される側にメリットがあるということはあまり無い。
新聞に自分の写真がのった切り抜きを爺ちゃんにあげると喜んでもらえるぐらいだ。NHKとかに出ると地方の久しい人から電話がきたりする。3分でれば1~2本。
売りたいパッケージやサービスがあって、メディアに登場するのであれば効果はあるのかもしれないが、業界紙で一面に乗って朝一から十件だとかそんなもの。それを多いととるか少ないととるかは人それぞれ。四大新聞だかの一面に自分の固有名詞がでるぐらいの経験はあるが、そんなものがきっかけでうまく回る商売なんてものはない。メディア掲載は結果のひとつの形でしかないから載るために努力なんかすんな。
メディアはそれを見聞きする人は多いので、もともとの知り合いが、こないだ見たよ!ぐらいの話題にはなる。
少し考えてみて欲しい。知り合いがメディアに乗っているのに気がついたことは? いままでで新聞などの記事をみて具体的に問い合わせたことがある? この一年ではどれくらい? 一日に何人の名前が新聞に乗っているのかを考えると、よほど繰り返しでないと人々の記憶にも残ることなんてないよね。そして喩え数万人の目にふれていようが、そういうところを辿ってまで調べるモチベーションがあるのはこちらを食い物にしたい営業だけなんだ。あ、そういう意味では抜群に効果はあるよ。営業電話ががんがんかかってくるの。先物だとかそういう金融商品会社からだけどね!
メディアに露出することで高まる信用もあるよね。でも、それで与信がついて金が借りられるわけでもなし、そういう信用があなたのビジネスにとって必要?
効果があるなと思うのは書籍。これは比較的重要。アーカイブ性があるので、それについて調べようと動機を持ったひとが調べるのでお客さんにもなるし長く効果がある。また、雑誌なども、大手は基礎情報や写真を関連で使いまわすので最初にきちんとした取材対応が必要。
他?
むしろ、乗らないほうがいいんじゃない? だからメディアジャーナリスト対策は考えておく必要がある。
1つ、ジャーナリストのことを知ること。
理論(笑)?非倫理的な人達もいるので数字のチェックどころか、名前のチェックすらしてこないことがある。記者会見とかで対応してしまうと、いろいろなところが同時に記事を書くのでコントロールできない。Web記事などで名前が間違っていることを申し出ても治らねぇんだ。他がほとんどコピペなのに唯一文脈を変えるだけに手打ちしたっぽいところが間違っているってどいうことだよと思う。どこでだれに取材したらそんな情報がでてくるんだ?と不思議でならない記事になってしまうことが日常ちゃめし。お茶漬けでも食いながら書いのかと・・・・・・。
雑誌社の記事の場合は掲載前に校正チェックがある。新聞もテレビも基礎情報の確認はしっかりある。5分の報道のために一時間とか半日取材がある。え? Web? 他のメディアの記事をきっかけにメールや電話で聞いてくるだけなんじゃないの? うっかり名刺なんかわたそうものなら問い合わせ先はこちらと会社の電話番号や個人のメールアドレスが全国公開されてしまうなんてこともあった。基礎情報の確認もしてこないようなメディアは相手にするべきではない。掲載前の記事は公開しないだって? 取材元に情報の確認をすることはありませんという宣言でなくて?
当方側の言ったことの意味を理解せず、全くの逆にしてしまったり、脳内補完や勝手にストーリーをでっちあげ記事を書かれることが嫌だったら、こちらから手取り足取り情報を案内してあげなければならない。プレスリリースをコピペするだけでそれなりの記事になると思うと彼らは記事にしたがる。仕事が楽だからね。
でもね、そこまでしてメディアにとりあげられて何かいいことあるかな?って少し考えなければいけないかもしれない。なぜなら、取材をうけるあなたはすでにスタートアップをしているわけで目立ていいシーンかそうでないシーンかの見極めは重要。自分の手持ちのカードを見せてポーカーに勝つのは結構大変よ? 役満テンパッてるときに目立つバカがどこに居る?アホの子か?アホの子なんだな??
まわりの会社で商品を扱っているところは事前チェックを取材条件にするところもある。取材する側からすると煩わしいのかもしれないけど、会社からすると記事ひとつが致命傷になることもあるので必然。記者がよかれと思って書いたことがネガティブなことだってあるんだ。そういうところがチェックできない会社は滅びる。既存のお客さまに悪影響がでることだってあるんだから。
ベンチャー誌などで特集記事を組まれた社長の2年後の敗退率聞いたら驚くぜ。そういう意味では2年前の記事を拾い読みして、その雑誌などがどちらへの試金石なのか確認してみると面白いかもしれない。たとえば日経ビジネスなんかがやはり凄いなと思うのは例えば初音ミクのリリース前にきちんとページを割いてクリプトンの会社の記事を組んでたりするところなんだよね。単純に取材力と審美眼の差だと思うんだけど、メディア対策がうまくいったから初音ミクができたわけじゃないじゃない?そんなもんだよ。たまに、売れないタレントひっぱってきて、取材費くださいとか、こっちがかね払うのかよ!?的なものまであるし、なんかもうちょっと怖いよね。営業か税務署がやってくるよ!
目立ったら商売の難易度はあがる。弾丸飛び交う最前線に踊りでて武勲をあげられる新兵がいたら相当なもんだよ。おまえさまはデコイなのかい? 嚢中の錐っていってね、目立たないようにしてても目立ってしまうこともあるんだ。生き残りたければ、できるだけ目立つな。身を屈めてできるだけ頭を低くしろ。ここは戦場なんだぜ!
ウェブ上で、読んだ後非常にモヤモヤする文章を見つけることがあります。この言葉にならない感覚は一体何なのか…書くことで言葉に変換して正体を突き止めたい!
ということで以下に絶好のサンプルを引用し、モヤモヤしないと思う文に脱臭してみたいと思います。
20才の頃、お金も無く、良くてユニクロ、下手するとジャスコで服を買ってた。いや、ジャスコでは正確には買っていない。帰省した時に、親が僕の服装のみすぼらしさを不憫がって、近くのジャスコに夕ご飯の買い物に行ったついでに、安売りの服を買って恵んでくれてただけだ。当時、今で言う「リア充」は、わざわざバイトして、そのお金で好きな服を丸井や伊勢丹で買って、お洒落少年をやっていた。リア充爆発しろ、とはこのことだ。当時の僕は、バイトしてまで服を買う程ファッションに興味が無かったし、そんなお金が有ったら、少しでも出たてほやほやの初代Pentiumマシンのメモリを増やしたかった。
【脱臭後】20才の頃はお金がなかったのでユニクロで服を買っていた。親が僕の服装を見かねて夕飯の買い物ついでにジャスコで安売りの服を買ってくれることさえあった。当時のおしゃれな友達はアルバイトしたお金でデパートの服を買っていて、妬ましかった。一方僕はそこまでおしゃれに興味がなく、服よりもPCの部品を買いたいと思っていた。
※20才の頃はユニクロやジャスコの服を着ていた。だけでも良いと思いますが、お金のなさの強調にジャスコは外せない一方で、親の話を入れてさすがにジャスコで買うほどはダサくなかったと言いたいのだと考え、残しました。親に対する「恵んでくれた」という表現は、卑屈なうえ親を小馬鹿にするようで、反感を覚えました。後半、あえてネットスラングを使ったり、Pentiumマシンという単語をわざわざ出すことにあざとさを感じました。できれば、PC部品の方が欲しいのにも関わらず服を買う友人を妬ましく思う心理にもう少し詳しい説明がほしいです。両方同程度に欲しいが自分はアルバイトでそこまで稼ぎきれなかったというもどかしさで、苛立っていたのでしょうか。
25才の頃は社会人3年目。デパートにはバーゲンなるものが有り、その時期だと安くお洒落な服を買える事をやっと発見した僕は、なけなしのボーナスを手に、デパートで服を買う様になった。しかし、その頃同世代のリア充は更に先に行っていて、バーニーズやVIA BUS STOPとかの、やや高級なセレクトショップで服を買っていた。デパートで買うDCブランドの服は、自己主張が強く、どことなくDQN感が漂う時も有ったが、リア充達がセレクトショップで買う服は、大人の余裕に溢れていて、僕はそこにファッションのスキルの差を感じざるを得なかった。
【脱臭後】25才、社会人3年目になる頃にはボーナスも入り、デパートのバーゲンがお得なことに気づいて、デパートで服を買えるようになった。しかしその頃、おしゃれな友達はもっと先を行っており、高めのセレクトショップやで服を買っていた。デパートのブランドはこれ見よがしでかっこ悪い気もして、おしゃれな友達に対し相変わらず劣等感を覚えた。
※「なるものが有り」「やっと発見」「なけなしの」等がうるさい印象を受けました。後半は単に劣情を述べていると思うのですが、固有名詞や言い回しでおしゃれに精通していると強くアピールしているように感じられ、鬱陶しく思いました。
30才になると、そこそこお金も出来て、時代もバブってくる事になる。この年代になってやっと、ストラスブルゴやアリストクラティコみたいな通っぽいセレクトショップで買うようになり、欧州の古いメゾンのオーナーデザイナーが来日しての採寸オーダー会みたいなのをチェックして買ったり、ディオールやドルチェ&ガッバーナなど、自分のスキニ―な体型でこそ生きる服を多く揃える店によく行って、しまいには自分の担当が出来たり、いつしか服の買い方に関する変な劣等感は無くなった。
【脱臭後】30才になると収入がずっと増え、通好みのセレクトショップの服やヨーロッパのデザイナーのオーダーメイドを買ったり、超高級ブランドに通い詰めてお得意様扱いしてもらえるようになり、劣等感を克服した。
※この部分は特に鼻についたため、思い切って大幅に割愛しました。特にこれ見よがしなファッション用語が嫌らしいと思いました。
その頃、手練れのプロ独身みたいな洗練された女性と知り合った。外資系企業に勤め、日本版SATCみたいな感じの子だった。ある時彼女は、服を買いたいときはニューオータニに行くと言っていた。余り意味が分からなかった。少なくとも、これまで僕が経験してきたプライスタグともろもろの質が正比例するマッチョな世界とは違う軸の話なのだろうとは感じた。正直、服を買いにホテルに行くのは、想像力の範囲外の事柄だったので、その言葉に対し、僕は極めて曖昧な返事をした覚えがある。
【脱臭後】その頃、外資系企業に勤める独身の、非常に洗練されたおしゃれな女性と知り合った。彼女は服を買いたいときはニューオータニに行くと言っていた。当時はホテルで服を買うなど考えてみたこともなく、彼女の真意もわからず、曖昧に返事をするしかなかった。きっと、高い服ほどおしゃれに違いないという僕の考え方とは次元が違う話なのだろうと思った。
※「プロ独身」とはどういう意味なのか、ぜひ説明してほしいです。「プライスタグともろもろの質が正比例するマッチョな世界」という表現も、何度も読み返さないと意味がわかりませんでした。高尚な雰囲気を醸し出そうとしすぎだと思いました。
そして、35を少し過ぎた今、やっと彼女が言っていた事が何となくは分かる。確かに、オータニやオークラは服を買いに行くには快適な場所だ。静かで、邪魔されず、店員は控え目な一方、二回目の訪問なのに僕が前に買ったものと、何とどういう軸で迷ったかを覚えてくれている。古いホテルに入っている、いつも客が入っていないアパレル系のお店は、なぜ成立しうるか長年の疑問だったが、プロ独身女性みたいな「お金のある、うるさ方」が太い顧客なのだろう。こういう人は服はもう十分に持っている。だから、服そのものだけが買い物の目的では無く、服を買うプロセスにもこういう人はスペシャルを求め、そのプロセスを消費している。そうすると、単に服の品揃えが良い店より、自分の好みを知っている店、静かに買える店、客筋がいい店、みたいな所の評価が上がり、結果的に高級ホテルに入るに相応しい接客レベルのお店が、その種の人々に刺さることになる。
【脱臭後】そして今、35才を少し過ぎて、彼女の言った事がわかるようになった。ホテルに入っているアパレルショップは静かで、店員も控えめで、落ち着いて服を選べる。そのうえ一度の買い物でも、次に行ったとき前回どの服を迷ったかまで覚えていてくれる。なぜホテルのアパレルショップはいつも空いているのに商売が成り立つのか、長年疑問に思っていたが、お金持ちで服にこだわりがある少数の独身女性が単価の高い買い物をするために赤字にならないのだろう。そのような客層は服はもう十分に持っており、服そのものよりも服を買う過程を楽しみ、消費している。このため品揃えの良さよりも、接客レベルの高さを求めて店を選ぶことになる。
※「太い顧客」という表現が一般的ではなかったため、少々無理に直してしまいました。「お店が刺さる」という言い方は、変ではないのでしょうか?
服を買うという行為の目的は服だけでは無い。オフィスワーカーは弁当が好きでコンビニで弁当買っている訳じゃ無いってことと同じだ。コンビニは、「少しでも長い昼休みの自由時間」「同僚との面倒な連れランチを断る口実」を弁当という形で500円のプライスタグ付けてオフィスワーカーに売っているのだ。モノじゃなくて、イミを売る時代とは、人口に膾炙した言葉だが、きちんとその意味合いを理解すれば、正しくビジネスチャンスを捉えられる。コンビニは、より安くより美味しいお弁当を作るのではなく、より長い昼休みを提供し、より判りやすいランチを断る口実を提供する為に、オフィスワーカー向けの定時デリバリーサービスでも始めた方が、ビジネスチャンスは拡がる事だろう。外食に行って戻る45分を、コンビニで買って戻る15分にしたい人は、それが気軽にデリバリーされて0分に出来るなら、もう500円余計に払ってくれるに違いない。身の回りで、愛妻弁当とか手作り弁当とか持ってきている人種は、本当に妻や料理を愛しているのだろうか、顔を思い出して考えてみよう。節約という人は居るだろう。でも、単に一人でランチを食べたいだけという人も結構居ないだろうか?そうだとしたら、そこに市場がある。
【脱臭後】服を買う行為の目的は服だけではない。会社員は弁当が好きでコンビニ弁当を買うわけではなく、昼休みに少しでも長く自由時間を得るためや、面倒な同僚とのランチを断る口実のために、500円払って弁当を買いに行くのである。よく、物ではなく意味を売る時代と言われるが、きちんとその意味合いを理解すればビジネスチャンスにもなりうる。コンビニは、より安くより美味しい弁当を作るだけでなく、上記のような理由で弁当を買いに来る会社員のために、定時の弁当配達を始めるべきである。外食に行って戻る時間をコンビニで節約したい人は、配達弁当でさらに時間を節約できるなら、500円の弁当でも1000円で買ってくれるに違いない。愛妻弁当や手作り弁当を持ってきている人も、多くは妻や料理を愛しているのでも、ただの節約でもなく、単に一人でランチを食べたいだけなのではないだろうか。そうだとしたら、そこに市場がある。
※平易な文に直してみると、「配達で500円弁当を1000円で売る」「弁当持参派の多くは一人で食事をしたいだけ」とは随分無茶な気がしてきました。また、「物ではなく意味を売る時代」という言葉と、この最後の段落は、実は無関係なようにも思えます。配達弁当を買う人は、弁当と同時に時間を買っているのではないでしょうか。
誰でも自分の臭いはわからないといいます。ニンニクも食べてしまえば臭くない。私の文章も、どなたかによって脱臭可能に違いありません。
女子中学生を名乗るスパムメールが来て釣られてみるかと会いに行ったら本当に女子中学生だった話。あるいは日本の将来やばい。
ありのまま起こったことを話す。女子中学生を名乗るスパムメールが来て釣られてみるかと会いに行ったら本当に女子中学生だった。何を言っているかわからないと思うけれど、自分でも何が起こったのかよく分からない。とりあえず詳しい経過を書いてみる。
一昨日(9/23)の深夜、一通のスパムメールが来た。簡単に「友達になりませんか?」と。普通ならそこで削除して終わりなのだけれど、他のスパムメールと決定的に違うことがあった。送信者のアドレスが@docomo.ne.jpだったのである。
ほぼ釣りか巧妙なスパムだと思ってスルーしていたけれど、ふと「どちらさまですか」と返信してみるとすぐに「XXX(以下、仮にハルカとする)っていいます。中3です!!」と返事が来た。
99%釣りと思ったけれど、遊んでみるかとメールを続けてみた。全力で釣られるのが紳士の努めである・・・
こういったスパムの場合、考えられるのは次の3つのいずれかだろう。
おそらく 2. だと思われるが、綺麗に釣られることで盛り上がるかなあとそれなりにメールを続けてみた。すると、いろいろ不審な点がでてきて、3. が急浮上してきた。
まず、メールの書き方が拙い。もし釣りであれば、もっと話を膨らませようとしたり、こちらの墓穴を掘ろうとするだろう。自分から、「メル友になりませんか♡」と書いてきたのに、話を膨らませる気がなさそう、「部活はなにやってたの?」と聞くと「卓球をやってました。」と答えるだけ。普通、相手にも同じ質問を返すか、そこでの話をしようとすると思う。あと一部、文脈がない、質問してもそれに答えないこともあったり。マウンテン・ティムがブチギレるレベル。それでも、なんとかメールを返すとちゃんと返事をくれる。返事は早くチャット状態だった。
そしてやたら地名が生々しい。話の流れから愛知県に住んでることがわかったのだけど、そのあと、「いまはヒルズにいます」と言ってきた。六本木ヒルズのことで東京にいるのかと思い聞いてみると、ヒルズXXというローカルなショッピングセンターのことだった。
ここからおそらく、女子中学生かどうかはともかく、かなり本物と言うか素人的ななにかじゃないかという推測が立てられた。
このときは夜神月くんが偽物だろうと思いながらもデスノートを試してみたら本物だったとわかってしまったような心境。だったと思う。
その日の夜、友達と飲みながら話をしていたら、もっとメールしてみようということになって、いろいろ送ってみることにした。その中で、なんでこのアドレスにメールしたの?(どこかで見つけたの?)と質問するとはぐらかされてしまった。そのあとに文脈がわからないまま写メ見せてください☆と来て何人かで写っている写真を「この中のどれかだよ!XXXちゃんの写真も見たいな」と送ってみた。すると自分の送った写真にはなんのコメントもせずに3人で写っているプリクラを送ってきた。幼い、明らかに女子中学生・・・。念のため書いておくと自分はロリコンじゃない、けれどもし相手がこの写真に写っている1人なら、どういう経緯で自分にメールを送ってきたのか、中学生の間でなにが流行っているのか、すこし興味が湧いてきた。
そのあと、その3人で写っている中でどれが私だと思いますかと聞かれて、半ば適当に答えるとんぜか見事に正解、その流れと怖いもの見たさとお酒の勢いで「これは会いに行かないといけないな^^」とキモいメールを送るとむこうもまんざらじゃなさそう、「でも会わないほうがいいですよ」とも言ってきたり、なぜか身長と体重を聞かれたり、そのあとに年齢を聞かれて、話をしているうちに、ほんとに翌日会うことになってしまった。
会う場所は、名古屋駅にしようと連絡するとよくわからない、と来た。それもそうか、と思うと「あの...お母さんがヒルズXXXにしなさいって言ってるんですけど...大丈夫ですか?」と返信。お母さん現る・・・!?
相手のホームグラウンドに行くのは美人局的なリスクもあって恐怖もあったけれど、なんとかなるかと勢いを大事に約束を取り付けて、おやすみとメールをクローズ。
なお、自分の意志だけでなく、一緒に飲んでいた人の後押しとカンパがあったことも書き加えておく。
翌朝、いつもの仕事の時間より早く起きて新幹線に乗る。片道1万円以上、なかなか痛い出費だけど、取材費と割り切る。
ただ、約束の11時のまえ、2時間くらい前からメールをしてみたけれど返事がない。まだ寝ているのか、やはり知らない男の大人に会うのは怖くて切ったのか、と不安になる。ゆったり勉強しようと思っていた休日とお金を遣ってる分、なんとか会わないとと思いつつも会えなくてもそこを観光してその県で仕事をしている先輩とごはんを食べることが出来ればそれでいいかなと思えてくる。
待ち合わせの時間を過ぎても返事がなく、別に連絡をとっていた現地の子に連絡をとってお昼を食べることになり騙されちゃったよと言っていると急にメール「すいません汗汗 お母さんの買い物付き合っててもうすぐ帰るんですけど時間かかりそうです汗汗汗」
お母さん同伴!?
と思いつつ、まあここまで来たしお母さんと話してもよいかなあと(なぜか)思えて、一緒でもよいよと返信してみた。メールを続けるとハルカちゃんはお母さんに自分と会うことになったと言ってしまい、当然反対されたということ、でも抜けて会いにいける、となって会うことに。
わりといそうな、ちょっと日に焼けていて服装もそんな気を遣ってはいなさそうだけど伸ばした髪はちゃんと手入れしてそうな感じの子。顔つきは地味目で、そしてすごい痩せている。
まだ子ども。なんでこんなメールをしてきたのか気になるのでいろいろ話を聞いてみる。
まわりから援助交際を疑われるかも知れないけれど、手をつないだりするわけでないし親戚のお兄さんが遊びに来たように見える、はず。
ただ、これは間違い。あとから分かったのだけど、その田舎のショッピングセンターは地元の人が遊んでばかりで、知っている子もぱらぱらいたそう。知っている人、友だちに知らない大人の男と一緒にいるところを見られてもなんとも思わない、むしろ自慢する風でもあることにふとした空恐ろしさを感じる。
驚くべき内容が多くて衝撃を受けたのだけど、うまく表現できないので箇条書きしてみる。
で、このあとプリ機(プリクラのことらしい)でプリクラ撮って少し話して、ペットショップ見てそろそろさようならとしようかなと思っていた、けれど・・・
高1のお姉さんも、デートするのにはアピタかこのショッピングセンターしかないらしく、遭遇してしまった。
しかも男連れ。彼氏(?)はどうみて40歳くらい。なにが起こっているのかワケガワカラナイヨ。
ただ見た目はちょっと格好悪いおっちゃんだけど話してると地元の景気を憂いていたり、新しいプリ機とかわからないけれど高校生と一緒にいるといろいろ勉強になると語るなど意外とまとも。気まずくてちゃんと話せなかったけれどまた話みたい、かも・・。
お姉さんはモテてる、と聞いた割にそう顔立ちがいいわけでないし、かわいらい格好をしているわけでない、ただ、先ほどのハルカちゃんの話の影響からか色目を使われているような気がしてしんどかった。
そしてフードコートで美味しくない山盛りのフライドポテトを食べてだらだら話をした。さっきまですごくたくさん話してくれたハルカちゃんもお姉さんの前ではあまりしゃべらない。謎の空気が気まずくて話も盛り上がらない。そして4人でプリクラ撮って、自分の気力が萎えて解散。ああ、禍根を残してしまった・・・。
最後はなんかいきなりキスしたりエッチとかはありえないけどキスマくらいなら・・みたいなことを言われて衝撃。けれど正直、文脈も分からないし飽きてきたのでよくわからない。はいはいワロスワロスみたいな感じで聞いてさらっと別れた。たぶん、もう二度と会うことはないだろうな・・・
そうして傷心したまま、名古屋駅で麺や六三六を食べてシルバーウィーク最終日の激混み新幹線で帰宅。
http://anond.hatelabo.jp/20110714211030
まず普段から顔をあわせる相手なら覚えられるはずだが。
その定義は1週間に1〜2度顔あわせるかどうか。
それより頻度が下がるのなら忘れてもしょうがないと思うな。
それすら覚えられないのなら、他人に興味がない証拠だ。
その人の性別、好みの服装、所属、肩書き、そういうのと固有名詞は結びつく。
正直に「えっと、どちらでお会いしましたっけ」で正解。
相手も非常識でなかったら「○○でお会いした時に××のお話をしました〜」って誘導してくれる。
こっちも「だとすると□□社さんの?」「いえ、□□社さんもいらっしゃいましたが、私●●社の〜」
下手に嘘をつくと、あとでバレたときのダメージがデカくなって、一文の得にもならないぞ!
元気の種類にもよる。
精神的に参ってる時と、生死に関わることは、そういう風に装っておいたほうがいいケースもある。
ビジネスなら「P.S. 御社の新サービス●●のローンチ会見、記事で拝見しました。私も楽しみにしております」
プライベートの友達なら「P.S. デカいテレビ買ったんだって? ○○から聞いたよ〜 オレPS3持っていくから今度ゲームやらせてよ♪ じゃ(^o^)/」
で、OK。
ただし、基本的に社交辞令程度のニュアンス程度に。特にプライベートの友達は、冗談程度の雰囲気に留めておく。
自分が面倒だと感じるならかけない。
ただし、自分は気づいてないフリを通す。
こっちが気づいてるのに声をかけないってことがバレたらさすがにマズい。
注:加筆修正しました
最近商業BL作品ばっかり読んでるから、たまにはネットで同人作品も読もうかなと思い立って、某ジャンルのサーチから二次創作サイト巡りをしていたときのこと。リンクを辿っていった先に、管理人が韓国人であることを明記しているBL小説サイトがあった。日本語ネイティブじゃないとこれはムリだろと思わせる豊かな語彙の小説や日記・掲示板の内容から判断するに留学生やニューカマーなどではなくて、日本で生まれ育った在日韓国人の方であるようだった。
なんかね、これちょっとびっくりしたんですよ。在日の人もBL書くんだなぁって。
いや、こんなにもアニメや漫画の氾濫する日本社会で生きている以上、日本人だろうが外国人だろうがオタク趣味に染まる人は染まるのが当然だろうし、中にはヤオイや二次創作に興味を持って腐女子や腐男子になる在日コリアンがいるってのも理性では理解しているんだけど。実際目にしてみると、なんかこう、感慨深いものがありましてね。
そうかー、在日のBL好きってのもやっぱりいるもんなんだなー、っていうか他にもいるけど明かしてないんだろうなー、としみじみしてたんですが、途中でふと思い出した。あれ、ちょっと待てよ?よく考えてみれば、数少ないながら今までにも在日韓国人が登場するBLがあったりするし、在日朝鮮人のBL作家というのもいたりするんじゃないの?そういえば私、そういうの読んだことあったような……、と。
というわけで、今回はBLと在日と私というテーマで今まで読んだ作品を振り返ってみようと思う。長いよー。私が以下で言及している作品には18禁のものもありますのでお気をつけください。
倉科るりというペンネームで、商業誌からBLを出版している小説家がいる。正確にはいた、と言うべきかもしれない。著作の中には絶版になっているものも多く、また1996年の『王様の夏休み』を最後に10年以上発刊はしていないようだから。公式サイトにも「倉科るりの商業活動は諸々の事情から不可能だと思います。時間がないのです。」と書いてあるので、今後も商業誌でBL作品を発表する可能性は限りなく低いと思う。
けれど、在日とBLというテーマを語るなら、彼女を外すことはできない。
実はこの作家さんは、コバルト文庫で金蓮花という名義で少女小説も書いている。むしろ金蓮花(きんれんか)というペンネームの方が世間的には通りがいいだろう。私も残念ながら倉科るり名義の本は読んだことがないけれど、金蓮花名義の本は小中学生の頃にわりと読んでいる。『銀葉亭茶話』、『水の都の物語』、『月の系譜』は何度も読み返すくらい好きだった。私が金蓮花=倉科るりというのを知ったのは大学生になってからだったけれど、BL読者やコバルト読者には結構有名な情報だったようで、ネットで検索するとペンネームを使い分けるようになった経緯や、その他もろもろの噂が出てくる。それらの噂がどこまで本当かわからないのでここでは紹介しない。
さて、金蓮花は1962年生まれの在日朝鮮人3世である。東京に生まれ育ち、大学も都内の小平市にある朝鮮大学師範教育学部美術科を卒業した。作家デビューは1994年、『銀葉亭茶話-金剛山綺譚-』で集英社の第23回コバルト・ノベル大賞を受賞したのがきっかけだった。この『銀葉亭茶話』シリーズは、朝鮮半島を舞台に仙人や精霊、竜や虎、人間たちが織り成す恋愛を描いた朝鮮風ファンタジー小説で、仙境にある一軒の茶屋銀葉亭にさまざまな客が訪れ、店主の李月流(り・うぉるりゅ)に身の上話を打ち明ける、という趣向になっている。
『金剛山綺譚』の金剛山は、もちろん朝鮮半島に実在する景勝地金剛山をさす。韓国人や外国人が北朝鮮国内の金剛山観光地区に観光をしに行くニュースを見たことのある人は多いはずだ。『銀葉亭茶話』シリーズの物語に登場する実在の固有名詞は地名だけではない。例えば『蕾姫綺譚』では重要なキャラクターとして李氏朝鮮建国の王李成桂が登場するし、『舞姫打鈴』のヒーローは新羅の英雄金庚信である。
ところで、学校で歴史を習う前に本シリーズを読んだ影響で、私は現在でも「新羅」という単語を見ると反射的に「しらぎ」ではなく「しるら」と読んでしまうし、「李成桂」を見ると「りせいけい」ではなく「りそんげ」と読んでしまう。私にとって、このシリーズこそが生まれて初めて触れた‘朝鮮文化’なのだった。馬鹿な子供だったので現役読者だった小学生の頃は朝鮮半島というのがどこにあるのか知らなかったし(私は当時本気で外国=アメリカであり、世界には日本とアメリカの二国しかないのだと思っていた)、儒教文化だとか在日朝鮮人だとかさっぱり理解できない上に興味もなかったので読み飛ばしていたけれど、雪華(そら)や明蘭(みょんらん)という美しい漢字と不思議な響きの名前、美味しそうなチヂミ、ふわりとチョゴリを広げて鞦韆をこぐ明朗な少女、霊山の天辺に位置する天池(ちょんじ)の聖水……どこか好奇心を刺激する異国のイメージの数々を私は大いに楽しんだのだった。特に金剛山の壮大な瀑布や峰々が鮮やかに染まる絢爛豪華な秋の描写などは、幼心にうっとりするような綺麗な文章だなぁとドキドキしながら読んでいた。金蓮花という作家のおかげで、私は隣国と幸福な出会い方をしたのではないかと思っている。そういう意味で、『銀葉亭茶話』は私にとって印象深いお話なのだった。
金蓮花自身にとっても、作家として第一歩を踏み出したシリーズであると同時に、祖国を舞台にしたロマンスであることを考えれば、『銀葉亭茶話』はやはり特別思い入れの深い作品なんじゃないだろうか。
彼女の著作のあとがきでは、自らのルーツを意識した話題が多い。北朝鮮に観光に行って金剛山の絶景に感動した話、伯母が北朝鮮に帰国した話、親戚が日本と北朝鮮と中国に住んでいるという話、子どもたちの通う朝鮮学校のお祭りのためPTAとして準備に奔走する話など。
そんな彼女がBL小説を書くときは、金蓮花ではなく倉科るりというペンネームを用いた。倉科るり名義の本では特に朝鮮半島と関連のある物語を書いたりはしていないようだ。少女小説のコバルト作家としての自分とをきっちり分けたかったのかもしれないし、儒教を尊ぶ在日コミュニティの価値観からするとさすがにBLを在日朝鮮人と明かしている金蓮花名義で出すのは難しかったのかもしれない。少女小説家としてデビューする際も家族からかなり強硬に反対されたと聞く。少女小説を書いているのがバレて家族会議で土下座までしたそうな。ましてやBLをや。
まぁ、BLを書くときと少女小説やラノベや一般漫画を書くときでペンネームを変えるのはbassoや秋月こお、榎田尤利もやっていることで、金蓮花に限った話ではないけれど、少女小説では在日ネタをふんだんに出していた人がBLではそれを一切出さないというのも興味深い話ではある。
ちなみに金蓮花名義の本に一切男性同士の恋愛や性愛が出てこないか、というとそういうわけでもない。
ここでちょっと萌え語りをさせてもらうと、『銀葉亭茶話』シリーズで私が一番好きなキャラクターは長白君(ちゃんべつくん)だった。彼は、朝鮮半島の付け根、北朝鮮と中国の国境にまたがる山(朝鮮語では白頭山、中国語では長白山)の守護仙人(精霊だったかもしれない)で、シリーズ通してのキーパーソンである李氏(注:男性)に想いを寄せている男性である。李氏に冷たく拒絶されたり、周囲の神仙たちに揶揄されたりしつつも、変わらず李氏に暖かい真心を捧げ続けている好漢なのだ。李氏には他に想い人がいるのでまず間違いなく長白君の恋が成就することはないのだろうが、私は彼の男らしい包容力にときめいたのでぜひ幸せになってもらいたいと思っている。別に相手は李氏じゃなくてもいいから。というか長白君には楓英とか緋鯉の精みたいな豪胆で誠実な男性とか似合うと思うんだよね。
studio may-beを結成して仕事をしている高城響と鷹匠早紀は、BLゲームや乙女ゲームのシナリオライターとして活動している他に、連名でBL小説を書いて出版したり、漫画の原作をしたりしている。音楽業界を舞台にしたBL小説『たぶん、きみが好き』『いつか、翼を広げて』『きっと、空も飛べる』という3冊がマイクロマガジン社から発行されたのは2004年のことだった。この3作は天才指揮者と男性アイドルのカップルを描いたお話なのだが、実は高城響と鷹匠早紀がやっているサイトに長年連載していた大長編小説『KT』を手直しして発表したものだという。
そのサイトの大長編(まだ完結していないらしい)には、脇役として若手の指揮者同士のカップルが登場する。彼らを主人公にした話もサイトには掲載されており、出会いと恋人になるまでを描く『'O sole mio』、体の関係を持つまでに至る続編『hard day's night』、いちゃいちゃらぶらぶしてる『jealous guy』などがある。珍しいことにこのカップルの攻めは在日コリアンである。
『'O sole mio』と『jealous guy』では、攻めが在日であることはストーリーの主軸にはほとんど絡んでこない。民族が違うということよりも同じ夢を抱く音楽家同士であることの方が、この物語の中では圧倒的に比重が大きいのだ。
しかし、『hard day's night』の中ではそれらしいエピソードが挿入されている。演奏会の予定が突如キャンセルされてしまった攻め。晴れがましい仕事を一つ失った原因を、受けに問われた攻めはしぶしぶこう語るのだった。「オレ、在日やん」。BLで、差別に直面する在日の姿が描かれているのは大変珍しい。そもそも在日としてのアイデンティティを持ったキャラクターが登場するBL自体ほとんど見かけないんだけどね。
ところで、この物語の攻めは、大阪出身で関西弁を喋る陽気な男性だ。大らかで人懐っこい。阪神タイガースファン。長身、ガタイが良くて、美男子ではないけれど、受けから見れば十分に魅力的な容貌をしている。そして新進気鋭の指揮者である。実際、読んでいて、彼は魅力的な人物として描かれているように思った。なんとなく関東生まれ関東育ちな自分からすると良い意味で典型的な関西人という印象を受けた。
神経質で繊細、あまり感情表現が得意ではない日本人の受けは、自分と正反対の気質の攻めに惹かれていく。自分にないものを持っている相手を反発心を抱きながらも愛してしまうパターンというのはわりと恋愛物の王道だが、受けが攻めの才能に嫉妬をして苦悩したり、振り切ってもついてくる攻めに苛立ったり、励まされたりと感情をぶつけ合ううちに自分の恋心を認めざるを得ない展開になるというのは微笑ましくて良かった。
BL小説家、檜原まり子の作品の一つに『マリンブルーは密やかに』という小説がある。2008年、講談社X文庫ホワイトハートから発行された。舞台はアジア・オセアニアクルーズ中の豪華客船。そこに乗り込んだ保険会社から委託を受けた調査員の受けと、元自衛官の攻めのラブストーリーだ。
正直なところ、この物語の一番興味深いところは、ストーリーなどよりも受けの両親だと思う。
受けの母親は日本人の医師だった。そして父親は在日韓国人の寿司職人。両親が渡米して、一家がカリフォルニアにいたとき受けは生まれた。医師免許が認められなかった母親は畑違いの仕事をして受けを育ててくれたらしい。後に離婚したようだが、受けの両親の話こそ読んでみたいと思った。寿司職人と女医さん夫婦米国滞在記なんていろいろ波乱万丈なドラマがあって面白そうじゃん。
というわけで、本作の受けは間違いなく在日韓国人の血をひいているのだが、特に在日とか韓国に関するエピソードは出てこない。受けが韓国語を喋ったりキムチを食べるシーンがあるわけでもない。彼が民族的なコミュニティや朝鮮半島に思いを巡らすシーンがあるわけでもない。冒頭、地の文でさらりと受けの生い立ちが説明されているだけで、その後はとくに彼が韓国系であることには触れないまま物語は終わるのだ。
なら別に受けが在日の血を引くキャラクターである意味ってないのでは?と思わないでもないけれど、まぁ深い意味がなきゃ在日がBLに出てはいけないってこともないし、これはこれでいいのかもしれない。なんと言ってもこの作品の舞台はいろいろな国籍のクルーが働く豪華客船なのだから。南太平洋を悠々と航海する船上のキャラクターにちょっとしたマージナルな要素を付与したいと作者が思うのもわかる気がする。船長の喜屋武も、受けと同様にマージナルな人物である。米軍勤務の軍人を父に持つ沖縄出身の男性で、金髪碧眼という日本人離れした容姿だが自らを日本人だと主張する。とても珍しい韓国系の受けや、沖縄と米軍というデリケートなバックグラウンドを持つキャラクターが登場するという点において、このお話はなかなか印象深かった。
『うつしみの花』は、幻冬舎リンクスロマンスから2008年に出版された全2巻のBL漫画である。作者はタカヒサ亨。舞台は飛鳥時代の日本で、有名どころでは葛城皇子(中大兄皇子)、皇極天皇、間人皇女などが登場する歴史ロマンBLである。ちなみに中大兄皇子と受けがキスする場面もあったりする。
主人公(受け)は、百済からの渡来人で金工職人である実父を持つ美少年。攻めは、受けの父親の弟弟子で、乃楽山(ならやま)の麓に住む百済系渡来人であり以前は都随一と呼ばれた腕を持つ金工職人だった。受けが攻めの弟子となるので職人師弟ものBLであると同時に、渡来人と渡来人の子孫が出会って恋に落ちる物語なのである。
職人の村で修行をする受けは、師匠であり恋人である攻め以外の渡来系の職人たちとも交流を持つようになり、技術を磨いていく。いつか攻めの故郷である百済に帰還することを夢見るようになるし、自分たちの存在は発展させ続けていく技術に拠って立つのだという強い自負心を持つに至る。彼らのアイデンティティは明確に百済系渡来人であることにあり、ヤマトにはないんだなーと読んでいて思った。
日本が舞台なのにあえて渡来人のカップルを描くなんて随分通好み(?)だなと思う。こういうのは珍しくて面白い試みだ。同時に、ちょっと私の中の日本人としての感覚が一抹の寂しさというか疎外感を感じなくもなかったような……。この記事のテーマである在日と古代日本の渡来人はちょっと違う存在なのでこの作品には簡単に触れるだけにとどめるけれど、思いがけずヤオイを読んでいて自らのナショナリズムが浮上したという点で本作は印象深い作品だった。私が気にしすぎなだけだけなんだろうけれどさ。
もちろん、健気で頑張り屋な受けとクールで格好良い攻めは萌えたし楽しめた。
ところで、作者のタカヒサ亨は、角髪(みずら)に萌えてこのお話を描いたらしい。わかるわー私もみずら萌えです。特に青年の下げみずら姿は可愛くて良い。不評でなかなか描かせてもらえなかったとのことだが、残念だ。もっと見たかったよー。
ハテブやツイッター、増田2ちゃんねるでコメント下さった方ありがとう。せっかくだし嬉しかったので、いくつかのコメントにお返事します。
恐縮です。ありがとう。
自分のブログではこういう記事を出したことがないのでうまく書けるかわからなかったし、書いたとしてもこの記事だけ場違い感がぷんぷんして浮き上がってしまうだろうと考え増田にしました。悲しいことですが、BLも在日も荒れやすい話題ですから。
私は金蓮花の初期の作品が好きでここ7~8年の著作は読んでないのですが、作品だけじゃなくて作家自身も本当に興味深いなと思ってその動向は注目しています。ラノベ界でも稀な在日外国人であることを明かしている作家さんですよね。まして日本と関係が良好でない国を祖国に持つ人ですから、日本社会で生きる彼女自身、悲しみや自負心を含め複雑な感情はあったんじゃないかなと想像しています。日朝首脳会談が開かれ拉致問題が発覚した2002年、この年に発売された『伽椰琴打鈴』を最後に、彼女の著作の中で一番‘朝鮮’を押し出している銀葉亭茶話シリーズが発行されていないというのは、偶然かもしれないけれどなんとなく象徴的に見えたり……。
確かに文化が違う、価値観や倫理観が異なっている、と強く感じる点はいくつかありましたね。面白いなと好ましく思う相違もあれば、モヤモヤする思いを抱える相違もありました。私の場合、女性の描かれ方や女性の置かれた立場というのが結構気になりました。『蝶々姫綺譚』で、女性が子を成さずに死ぬのは罪である、罰として死後の世界で償わなければならないという設定には、儒教をベースにしたファンタジーだとこうなっちゃうのか、とびっくりしたなぁ。日本や日本よりフェミニズムの強い欧米発のファンタジーじゃそういう設定ってないでしょう。まぁ、当時の価値観を反映させた設定であることが良いという考えもあるとは思いますが、現代女性としてはファンタジーとはいえその世界の女性は生き辛そうだなという感じたのも事実でした。
ネットで読める作品もるし書店や図書館に置いてある作品もあります。個人的に、興味や関心の度合いが在日>BLという人よりは、BL>在日の人の方が楽しめるとは思いますが。
全然関係ないけど、最近アメリカのスラッシュが翻訳されて日本の書店の店頭に並び始めましたよね。日本語で海外スラッシュが読める日が来ようとは思わなかった。嬉しい。
皆さんがどなたをイメージしているのか興味あるなー。私は弱小ブログを書いてますが、Twitterはやっていないんですよ。
韓国人は日本人よりも情熱的、確かにそういうイメージありますよね。こんな記事書いといて言うのもなんですが、家族友人知人に韓国人や在日の人っていないんで実際そうなのかはよく知らないけれど。
確かに作品が面白ければ作家は関係ないというのは仰る通り。私も普段は書き手には興味がないんですが、今回は冒頭で書いた某サイトにはなんだか妙に感慨深くなってしまいまして。
創作の中のマイノリティ、本当に興味深いですよね。読み専なので創作の苦しみは知らないのですが、創作物にマイノリティを登場させる際書き手さんはやっぱり慎重になるんだろうなぁ。セクシュアル・マイノリティが登場するBLは殊にそういう姿勢を求められているジャンルですし。常に政治的に正しいお行儀のよいBLである必要はないと思うけれど、読者が引くような差別的な描写が垂れ流しにされてるBLは読みたくないと思います。私はまだガチでがっつり民族問題を盛り込んだBLというのは読んだことがありません。今後もそんな作品は出ないんじゃないかなと思うし、たとえ出版されたとしても読みたいとは思わないかも、と考えています。娯楽作品には悲惨な差別とか貧困とかの要素は求めていない性質で、どちらかというとイチャイチャ、ドキドキ、ワクワク、エロエロ、アマアマ、ラブラブって感じのノリの方が好きなんですよ。なのでフレーバー的な登場のさせ方や特筆されるような描写がなくても私はOKなんですが、作家がまったくその問題の背景に無知ではキャラクターの魅力的な属性にはできないわけですしね。作家は10調べたことのうち1を書く(100調べたことのうち1を書く、だったかもしれない)と聞いたことがあります。BLを愛する者の一人として、そういうBL作家さんが今まで以上にたくさん出てくれるといいなぁと願っています。
足掛け3年、携わってきたプロジェクトが4月上旬にサービスを開始する。紆余曲折あったけどデスマは無かったし、何よりメンバーが最高だった。固有名詞は出せないけど、ここに特に印象深かった思い出を列挙していきたい。
数社が各々作り上げた計10個余りの jar ファイルが、フルコネクト型ネットワークを連想させるような循環参照を抱えていることがわかったのが1年半前。述べ数カ月に及ぶ対策会議が開かれ、最終的にはコンパイルを断念するに至った。未だに問題は未解決。
なぜBTSが3機もあるのか俺を含め誰も理解出来ていなかった。無論それの使い方も各人でまちまち。しまいにはチケットを管理するEXCELを各人が持ち始めた。「チケット起こすと管理が面倒になるので手元で管理する」やめようね傷口広げずにチケット切っておこうね。
「Subversion のローカルリポジトリを更新 → ファイルを別の場所に移して修正 → ローカルリポジトリを更新 → 修正したファイルで上書き → コミット」やめようね思いっきりデグレってるじゃん。だいたい8人くらいがそれやってた。一番最初にやり始めたのは誰だ。
「設計書はちゃんと修正しなさい」「しています……がリポジトリ更新してますか?」「どうやるんだ?」「右クリックで更新を」「おお出来た。文字が赤いがこれはなんだ?」「競合ですね。EXCELファイルが50個ほど」
ああ、この機能はリリースしても使われないのかぁ……このシステムの目玉機能だったのになぁ。
最後に、今まさに就職活動してる学生さんたちにメッセージを。日本の SIer ってほんとに楽しいよ。文系も理系も大歓迎。けど機械音痴の奴、ちょっと自分を見つめ直してみようか。まだ遅くはないからさ。
契約文書を電子化(PDF化)し、その文書データを政府(法務局)が預かり、「公証」する。
契約に疑義が出た場合は、当事者や利害関係ある第三者は、いつでも公証契約書を確認することができる。
「典型契約」(雇用契約や売買契約、不動産賃貸借契約、金銭消費貸借契約など、一定のフォーマットに従う契約形態)
できれば、国の方で「契約の条文をテンプレート化」し、極力契約当事者はテンプレ条文を利用するように
「誘導」する。
いわば「標準約款化」である。
するようにすればいい。
1)(プライバシーに配慮する必要はあるが)一定条件下で国や研究機関が
例えば、日本国内における雇用契約(5,000万本以上?)を全部データ解析できるようになれば、
売買契約は、小口の売買契約(数百円)を網羅することはできないが、
大口の契約(印紙税が発生する、数万円以上の売買契約)を網羅把握できるようになれば、
これを可視化させることによって、適切な住宅政策を打ち出すことが出来る。
テンプレに乗っからないような特約条項を行う際に「障壁を感じる」ように仕向ければ、
反社会的と思われる契約を少なくする効果が生まれると思われる。
例えば雇用契約において労働者に著しく不利な条項、賃貸借契約において賃借人に著しく不利な条項は、
テンプレ段階で「用意しなくする」ことによって、そういう契約が締結される可能性を
減じることができる。
「表向きは電子契約を締結するが、その裏で電子契約登録しないヤミ契約を結んで、
電子契約の内容を修正する」という輩が出現する危険性はあるが、
その場合「政府が公証する電子契約のみが有効であり、政府が公証しない契約は無効」という
建て付けにすれば、ヤミの裏契約はその効力が著しく減じられる。
一部上場某社の重役(A氏)が、別の一部上場会社の重役(B氏)と、
その店のマスター(D氏)が、
「A氏やB氏のような名士にお目にかかれるなんて、感激!」と
自らのツィッターで社名&肩書&人名の固有名詞付きで書き込みをした。
A氏とB氏の「飲み」は必ずしも「極秘」という性質のものではなかったが、
そうはいっても
「A氏の行動・交遊が、第三者(D氏)のツィッターを通して全世界に筒抜け」
ということで、A氏はこの事実を認知した後に、店を紹介したC氏を
「口が軽い店を紹介しやがって!!」とボコボコにやっつけたらしい。
・・・上場会社の重役は、ツィッターで第三者に行動を書かれるリスクを勘案すると、
馴染みの「口が堅い店」しか、行っちゃいけない、ということか。
最近職場にやってきた割と偉い人(三十代独身男性)が東方Project作品はまっているらしく、デスクの上に霊夢のねんどろいどとかを置いたりしていた。ちなみにうちの職場はそういうのにかなり寛容。
で、昼休み時に若い女性社員達が「可愛いですね、何かのキャラクターですか?」と尋ねた時の偉い人の説明が以下。
(ギャルゲーですかと訊かれて)ギャルゲーじゃないよ。シューティングゲームのキャラクターだよ。
かぐや姫とかが敵として出てきたりするよ。
(買ってみようかと言い出した女性社員に対して)アマチュア集団が作ったゲームだから、(近所の)ビックカメラでは売ってないよ。よければ俺のを貸そうか?
…みたいな感じで昼休みの間彼女らと談笑していた。こういうやりとりが出来るか出来ないかが大きな違いなんだろうな…。
俺が個人的に興味深いと感じたのは、相手に訊かれない限り固有名詞を全く出さなかった事。
唯一「このキャラクター、名前何て言うんですか?」→「あーこれは博麗霊夢って言うんだよ」というやりとりだけ。なので彼女らは東方Projectの「と」の字も知らないままだけれども、偉い人の話術で興味だけはがっちりと持たされていた。
初音ミク関連ニュースは今やグローバル伝言ゲームと化しているようだ。togetterのまとめによれば20言語くらいで紹介されているとか。
初音ミクみくも折に触れてまとめている。
http://vocaloid.blog120.fc2.com/
下の画像はメキシコ及びカナダの新聞。ネットだけでなく紙でも続々と取り上げられているようだ。
http://i54.tinypic.com/1r3syh.jpg
http://fc00.deviantart.net/fs70/f/2010/317/4/2/newpaper____by_izuki4chan-d32skz1.jpg
最も内容はかなりアレなものも含まれているようで、ホログラムじゃないのにホログラムってのはほぼ全ての記事がそうなっているし、中には「初音ミコ」だの「初音キク」だの固有名詞そのものを間違っている事例もあるそうだ。以下のblogがツッコんでいる。
http://blogs.itmedia.co.jp/closebox/2010/11/cnettechnically.html
初音ミクの紹介動画を作った朝日新聞の編集者も内容の不正確さを気にしている模様。ちなみにその朝日の動画はミク報道ラッシュの影響で再生ペースが急激に上がっているんだそうだ。
http://twitter.com/Tristan_Tristan/status/3453124412973056
でも朝日の動画は1年9ヶ月かけて120万再生くらいだから、そんなに出鱈目な数でもない。
http://www.youtube.com/watch?v=xBZOlipfjkQ
恐ろしいのはやはりYouTubeにあるWorld is Mineのコンサート動画。本格的な報道ラッシュ(初音ミク・バブルと呼ぶ声も)が始まった11月9日から5日間で急増し、どうやら100万再生を超えてしまったようだ。
http://www.youtube.com/watch?v=DTXO7KGHtjI
上ページの再生数はまだ100万に達していないが、mikuという言葉で検索した一覧を見ると1,000,805となっている。私が最初に再生数をチェックした11月11日昼過ぎには9万程度の再生数だったので、それから3日半で90万再生以上を記録した計算だ。
ただ、Google Updatesでmikuツイート数を調べると足元はペースダウンしている模様。YouTube動画の再生数増加ペースもようやく緩みそうだ。
判りやすくするために、単語は「ニグロ」のままでいくけれど、これは別に何でもいい、単なる文字の並びだから。
それでその文字の並びが町や、種族、ダンジョン名に割り当てられていたとするなら、中の人は絶対に「ニグロ、ニグロ」と会話する事になる。
「バカチョン」と言う単語も、別に朝鮮人蔑視のために産み出したわけじゃないって話だしね。
で、あるとき運営にクレームがつく。
「ニグロ」と言う言葉は差別的な言葉です、使うのを止めてください。
繰り返すが、もともと「ニグロ」には差別的な意味を持たせず、単なる名詞として設定されているものとする。
このとき「ストーリーの進展で流せる」から問題ないんですよね?
なら良いじゃないですか。
そういう運用を前提としたシステムがあって、そのためにすべき運用をするのだから。
ユーザーさんはしばし混乱するかもしれないけれど、「ニグロ」という単語を使わないことを優先するのですよね。
それが前提の話であれば、議論の余地はないのでは?
一度振り返ってみたくなった。あまり具体的に書くと特定されそうだから適当に大筋が変わらない範囲で固有名詞やなにやらはぼかす。
ろくに友人も出来ずに6年になってしまった俺に色々と構いに来たのが、友人TとH子だった。
友人TとはH子を取り合いした。取り合いと言っても殺伐としたものではなくて、待ち合わせにどっちが早くいけるか、どっちが先に遊びに誘えるかというレベル。俺はまったく男女関係と意識していなかったが、友人Tとのライバル意識はあった。これを恋愛とするなら、自分からアプローチした最初で最後の恋愛。
色々ケンカっぽいこともしたけど、大抵最後は三人で仲良くしてた。
中学校始まってすぐ、友人Tが自殺した。理由はわからない。友人Tの家は近かったが違う中学校だった。葬儀にはいけなかった。全てが漠然としたのだと思う。
そしてH子は友人Tの事が好きで、自殺には俺が関係してると考えているのではないかと、俺は思い込んでしまった。多分このとき、女性に対して能動的に恋愛アプローチするという回路が吹っ飛んでしまった。これは今でも変わらない。
自然とH子との距離も離れていき、いや俺が避けまくって、彼女どころか友人の一人も作らないまま中学校1年目は終わった。
クラス内で存在感が無くスルーされていた俺に、何故か隣のクラスのA美が話し掛けてきた。理由はさっぱりわからない。俺は半ば強引に彼女の家に連れて行かれた。そしていきなり飯を食わされた。旨かった。
A美の家は中学校から歩いて2分の距離にあり、母子家庭で殆ど親がいなかった。俺の家も一度家庭崩壊してるせいか極端に放任主義で、彼女の家に長時間いりびたる原因になった。A美は料理が上手く、彼女の家に行って何をするって飯を食うくらいだった。けど、実の母親にろくに母親らしいことをしてもらえなかった俺にとってA美の存在は大きなものになっていった。
A美にはヤンキーになりかけの弟がいた。弟は何故か俺に好意を持ち、俺が着てる服や髪型を真似するようになった。結果的にヤンキーの道を極めないで済んだらしい。
そして俺はA美と肉体関係を持った。どうやってそこに至ったのかは雰囲気としか言いようがない。
しかし、A美にとって俺は彼氏ではなく、俺自身も恋愛感情が吹っ飛んでたので好きという気持ちはなかった。不思議な関係だった。お互い一緒にいると気が楽という関係なのは間違いなかったが、A美には好きな人が別にいたのだ。高専に通うS先輩だった。
S先輩は打ち込み系の音楽をやっていた。中学生にとっては高値の花だった基材を俺らはバイトして買った。このとき初めてプログラミングというものに触れたが、のちのちそれを仕事にするとは当時思ってもいなかった。俺はS先輩から多くを学んだ。そんな三人の不思議な関係に違和感を感じることも無く、俺らは高校生活を迎えた。
S先輩は高専を卒業し就職して上京した。A美は女子高へ進学、電話でやりとりは時々したものも、ゆるい関係のまま二人の距離は離れていった。ただ、仲たがいしたということはなく、今でも友人として連絡を取り合っている。S先輩とA美の事についてはまた後半で触れると思う。
高校は一応進学校だったが、自由な校風で有名で、とにかく色んな意味でフリーダムだった。確か服装規定が下駄とノースリーブがダメ、くらいしかなかった。
そんな高校内でお嬢様として噂されているT波という女子がいた。T波は365日絶対に同じ服を着てこないので校内で有名だった。お嬢様かどうかは別としても、金持ちの娘であることは確実だった。ある日、俺が学校の食堂で一人で昼食をとっていると、そのT波が向かいに座った。このとき何を話したのかいまいち覚えていないのだが、そのあと彼女が所属している部活の部室に行き、作業を手伝った記憶がある。
T波は本気でお嬢様かもしれないと思うほどに世間知らずだった。例えば卵や小麦粉の値段を知らない。そんな彼女がお嬢様学校に行かずこの高校に来たのは、経験の為に親がそうさせたらしい。それが本当かどうかはともかく、彼女は純粋で世間の汚さを知らなかった。
その純粋さゆえに、T波にどうして欲しいと言われると俺は断れなかった。まあ、そのお願いも「~という画材店に一緒に来て欲しい」とか「~からの風景を見たい」とかそんなことだった。始めはそんなふわふわしたT波に別段どんな感情も抱いていなかったが、あまりにも彼女が常識と金と労働の価値を知らない事に、俺は少しずつストレスをためていった。俺自身のとにかく貧乏だった子供時代のコンプレックスと相まって、彼女と親しくなればなるほど相容れない気持ちはエスカレートしていった。
高校二年の夏、学校の敷地内にあるうっそうとした林の中で、俺はT波を校舎の壁に向かって押し倒そうとした。衝動的な出来事だった。彼女の顔が複雑にゆがみ、それに一瞬思いとどまった瞬間、俺は平手打ちを喰らっていた。
T波との関係はそれで完全に終わった。後悔はしていない。
色々変な噂をたてられたせいもあって、俺は学校の連中と極力触れ合わなくなった。放課後は即ゲーセンに行って深夜に帰宅する生活になった。ゲーセンでは良くつるむ仲間が出来たが、その中でY野という女が俺によく話し掛けてきた。Y野のことをゲーマーとしていいダチだとは考えていたが、俺はそもそ恋愛感情が吹っ飛んでいたし、正直女性として見た事は無かった。だからこそ、Y野にゲームを買ったから家に遊びに来てくれだの新しい店に食いにいこうだの言われると気軽にダチのノリで付き合っていた。
ゲーセンの仲間で色々と無茶をして、山に行ったり海にいったりもした。高校卒業が近づいたある日、俺らが通っていたゲーセンは閉店することになった。店員さんの計らいで閉店後にちょっとしたパーティをした。Y野も俺も、卒業したら別々の土地に行くことになった。
とにかく家が貧乏で高校進学にかかった金も即返さなければならなかったので、俺はすぐ働きに出た。ゲーセンへもちょくちょく行っていて、ゲーマーや走り屋の知り合いが増えた。その中で知り合った女性といくつか軽い関係を持った。
ある日、そんな成り行きの彼女N山と自宅で過ごしていると、突然の訪問者があった。それはなんと高3の頃にゲーセンで知り合ったY野だった。どうしてY野がここに来ているのだ。住所は実家に聞いたのかもしれないが、Y野が住んでる所からは500km以上離れてるっていうか、船か飛行機じゃないと来れないだろ。どういうことだ。なんだかわからないがY野はヒステリー状態になっていて、ドアをガンガンしているし叫びまくっている。このままでは住人に迷惑がかかる。仕方ないのでドアを開けると、N山が玄関に来てしまった。
そこからは、
そこからはもうカオスで女にマジで手をあげるわけにもいかないし、二人になすがままふるぼっこにされたあと、俺の女性関係は一度リセットされた。
あとで知った事実はこうだった。Y野は何度か俺に"手書きの"手紙を送っていたのだが、それを俺の部屋に通っていたN山が読んで捨てていたのだった。
A美は高校在学中にS先輩と同じ仕事をする為に、いくつかの会社に作品を送りまくっていた。その努力叶って卒業後に即上京し、就職した。本当にすごい。A美の就職したそのソフトハウスは吸収されて事実上なくなったが、ちょうどそのときS先輩は独立して事務所を持とうとしていた。A美はとうとうS先輩の作った会社で働く事になった。S先輩は既に結婚していたようだが、職場のパートナーとして二人はいまでも良い関係らしい。S先輩とA美には、俺も今でも仕事面でも先輩としても時々お世話になっている。本当に良い縁だと思う。すまないが、この辺は詳しくかくとマジでばれそうなのでかなりぼかして書かざるを得ない事をご了承頂きたい。
後にS先輩からの遠い縁が関係してベンチャーのスタートアップに誘われ、今に至っている。今の彼女は、俺が怪我で以前の仕事をやめたときに世話をしてくれたのがきっかけで深い関係になった。俺の関係の中では今までで一番長続きしている。
人生で一度だけ、浮気をしたことがある。だけど、人によってはそんなのは浮気ではないと言うのかもしれない。私がしたことは、単に彼氏以外の男と一緒に寝たというだけだったから。セックスなんかせずに、文字通り一緒に寝ただけだった。
彼氏と付き合ってからは3か月が過ぎていた。最初は毎日のようにメールが届いたけれど、徐々にその頻度は減っていった。だけど、私の心の平衡を崩すのはその頻度の減少ではなかった。少しずつ、メールの文面に彼の体温が感じられなくなっていくということ。あるいは、別れる間際に特有の、あの他人行儀な距離感。焦燥ははやばやと諦めに変わる。ああ、もう終わったんだ。
さみしい、というのはこういうことなのか、と思った。さみしい、というのは、単にそこに何かが無いからさみしいのではない。そうではなく、自分の手元にあることが想像可能である事物を喪失しているからさみしいのだ。私はさみしかった。だけどそれは固有名詞で表わされる彼氏の不在によるものではなかった。私にとって耐え難かったのは、一般名詞で表わされる彼氏の不在だった。それはさまざまな事象の欠落、たとえば人から気にかけられるということ、人の体温を感じるということ。
そんなとき、男友達と酒を飲む機会があった。彼は人との距離をとるのがうまい、と私は思う。他人が抱える心のすき間に、欠けたピースをさりげなく差し込んでいくような人だ。彼は他人の論理的整合性の欠如には素早く反応するけれど、思想信条の違いについては他人を否定することがない。私は彼のそういうところが好きだった。
すこし過剰な意味を含むような言い方で、私は彼に告げる。たぶん、そろそろ別れると思うよ。そうか、とだけ彼は答える。どうせあんたたち、いずれくっつくんでしょ、と目の前にいる女の子が言った。その言葉を黙殺して、私たちは視線を交錯させる。それはないな、と私は思った。顔は好きだけど、もうちょっとわがままでいてくれないと、私はちょっと、ときめかない。
夜明け近く、ね、ちょっと膝かしてよ、と言って私は人目もはばからずに彼の膝の上で目を閉じた。泊まっていく、と彼が訊ねる。私は無言で同意を示す。これから起こるであろう出来事を考えても、罪悪感は感じられなかった。私と彼氏の関係は、既に私にとっては脳死状態にあったから。定義上は生きていても、実質的によみがえることのない。
彼と一緒のベッドに入る。彼は私を抱いた、けれどそれは社交辞令以上の意味を含んでいなかった。それ以外、彼は私に何もしなかった。ただひとこと、俺、彼氏いる人に手出さないことにしてるから、とだけ彼は言う。それが駆け引きを優位に進めるための言葉なのか、それとも本心から出た言葉なのか、そのとき私にはわからなかった。
結局、彼氏からは、そのあと1週間くらい後に「友達に戻ろう」というメールが届いた。果たして戻る地点などあるのだろうかと思ったものの、それは表に出さず、今まで楽しかっただとか、今まで言えなかったことを後悔の無いように伝えた。
すぐに返事が来た。その文面からは、この人はまだ自分のことが好きなのだということが伝わってきたけれど、それなのになぜ別れようとするのか私には理解ができなかった。そのメールには、返事を返さなかった。返せなかった。
1か月くらい経った後、別れた彼氏から唐突に、会いたい、というメール。後輩の女の子に、これどう思う、と聞くと、さびしくなったんですね、会うなんて言っちゃ駄目ですよ、と返された。いつだって適切なリアクションをする子だと思ったけれど、間抜けな私は既に会おうと返事をしてしまった後だった。結局、付き合っていた頃と何ら変わりのない時間の過ごし方をして、それから終電の無くなった彼を家に泊めた。
同じベッドの中で、私は彼に背を向けて眠る。彼が私に後ろから抱きつく。あのさ、もう別れたんだから、そういうの、やめようよ、と言いかけて、彼が泣いていることに気付く。泣きながら何度もごめんね、ごめんね、と謝っている。それは、聞いているこちらが苦しくなるような、泣き方だった。ごめんね、もう、さみしい思いはさせないから、だから、もう一度。
私を部屋に泊めた彼と、その後、また会う機会があった。そういえば、彼氏とやり直すことになったよ。私がそう切り出すと、そうなんだ、よかったね、と口を開いたのは彼ではなく、別の男友達だった。すこし時間をおいて彼は、俺、お前のこと、すこし好きだったのに、と言う。
すこし、って何だろう、と思った。それがすこしではなくて我慢できないほど好きだったら、彼氏と別れている間に君とくっついていたかもしれないけれど、と思ったけれど、やっぱり言えなかった。
それから半年くらい経った頃、学校から家に向かう途中、彼氏から電話の着信。初めてだった。いつもなら、いま電話していい、とメールで確認をしてから電話をする彼が、何の前触れもなく電話するなんてことは今までになかった。
自転車を降りて、電話に出る。どうしよう、俺、Oの浮気相手と勘違いされてる。そんな内容の言葉を彼は私に伝えた。Oは私と彼の共通の知り合いで、彼氏がいるにもかかわらず手当たり次第に手を出す女として知られていた。どうせあんたたち、いずれくっつくんでしょ、と私に向かって言った女。彼は私の言葉をさえぎるように喋り続ける。でも、俺、本当にやってないから、お願いだから、信じてよ。
ああ、そうだったのか、と私は自分の鈍さをいまいましく思った。今まで理由のわからなかった彼やOの言動の意味が、その瞬間にはっきりとする。たとえばOが私に向かって、何であんたきれいでもないしかわいくもないのに、と吐き捨てたこと。それは単に、彼が体を許しても心まではついにOのものにならなかったことからくる嫉妬だったのだろう。そう思い当たるまでに時間はかからなかった。
私は彼に言う。状況がぜんぜん飲み込めないよ、なんで浮気を疑われる状況になってるかよくわからないし、とりあえず後でOの彼氏に聞いてみるから。彼は、それだけはやめて、と言った。お願いだからそれだけはやめて、もしそうしたら、俺、別れるから。
家に帰り、Oの彼氏にMixiでメッセージを送る。メールアドレスは知らなかった。返ってきたメッセージには、よかったら電話して、と家の電話番号が記されていた。
その電話で、なぜ浮気を疑ったかその根拠を告げられた。彼とセックスしたことを得意気に吹聴していたということ、ご丁寧に手帳にもその記録があったこと。私は訊ねた。いつくらいの出来事だったのかと。彼の回答によれば、それは私が別れを告げられるちょうど1か月前のことだった。
どうするの、Oと別れるの、と私は訊ねる。涙声を装いつつも、それはほとんど尋問に近いやり方だった。どうしようかなって迷ってる。そんな答えが返ってきたことに苛立ち、私は彼らを別れさせようと、たったひとこと言葉を加える。別れた方がいいよ、なんていうものではなく、Oの彼氏が最も強く罪悪感を持つような言葉を、最も彼が傷つくようなタイミングで、私は彼にささやく。
その後、彼氏に会い、隠してること、あるでしょ、と問い詰めた。長い沈黙の後、彼はOとの間にあったことを話す。それにしても、と彼は続ける。君は俺のこと何でも知ってるね、でも俺には君のこと、何にもわからないよ。
私は思う。私は君のことなんて、何も知らない、ただ、知っている振りを装うことができるだけ、だって昔の私のメンタリティーとよく似たものを君は持っているから。けれど、その言葉は口にするには少し重すぎる、と思って口を閉ざす。
私の横で彼が眠る。夜中、目を覚ますと、また彼が泣いていた。だけどそれは、私には聞こえないように声を押し殺し、心の底に沈殿した澱を洗い流すような、そんな泣き方だった。私は彼を許したのに、なぜ泣いているのかわからなかったけれど、それでも彼がいとおしくて後ろからそっと抱きしめる。彼はひとこと、そういうことするから泣けるんだよ、と言って私の手を払いのけようとする。私は、離さないようにと、彼を抱く手に力を込める。
2週間くらいした後、Oの彼氏からメールが届いた。その内容は、Oと別れることにした、私には背中を押してもらって感謝している、という簡潔なものだった。思わず、舌打ちした。確かに私は彼らが別れることを望んだけれど、だけどあまりにもタイミングが悪すぎる、と思った。
次に彼と会ったとき、家に寄っていい、と彼が訊いた。私の部屋で彼は何か言いかけて、それを口に出せずにいる。私は、別れたいんでしょ、と訊ねた。だけど、それは既に疑問文ではなかった。彼は、やっぱり君には何でもお見通しなんだな、と言って唇の端に歪んだ笑みを浮かべる。だけど目は笑っていなかった。
私は彼に理由を訊ねる。だって、俺といると、君の価値が落ちる、なんて意味のわからないことを彼は言う。きっとOに何か言われたのだろう、と思った。だって、そんな語彙は彼の中には無いはずだったから。だけど、何を言われたのかは見当がつかなかった。
何言ってるか、よくわからないんだけど、と私は言う。
もう、罪悪感に耐えられない、と彼は言った。
そっか、じゃあ別れたらいいよ。
引き留めてくれないんだ。
引き留めても戻ってこないことくらい知ってる。
ね、最後にひとつだけ、わがままきいてもらっていいかな。そう言って、彼は私に体を預けた。初めて会ったときに付けていたのと同じ香水の、少し甘い匂いがした。ここで体を離せば、もう、こうやって肌を合わせることもないのだろう。だけど、自分で幕を引かなければいけないのだと思い、もういいよね、と言って私は彼を自分の体から引き離す。
彼は、今までありがとう、と言って部屋のドアを閉める。私は、返事をしなかった。
その後になって知ったところによれば、Oの彼氏にOの浮気を知らせていたのは、私を部屋に泊めたあの男だった。彼は言う。だって、Oの彼氏があまりにもかわいそうだったから。この嘘つき、と私は思った。かわいそうな人間に、より残酷な事実を告げることは、さらにかわいそうなことではないのか。
私はそれ以来、いかなる男の知り合いに対しても「友達」という呼称を与えるのをやめた。だけどごくたまに、「知り合い」と呼ぶにはいささか親密すぎる人間関係に、何という名前を与えようか、すこし悩んで、そして結局口を閉ざす。
(追記 7/30)
そろそろこの文章を新しく目にする人もいないかな、と思って追記してみます。
世間でベストセラーになる小説が自分にはちっとも面白いと思えなくて、そして自分が面白いと思う小説は世間では全く受けなくて、だからきっとこんな文章を書いても目にとめる人なんてほとんどいないだろう、と最初は思っていました。それなのに、被ブックマーク数がいつの間にか自分のブログでも見たことない数字になっていて驚いています。こんな真性かまってちゃんの文章に付き合っていただいて、褒めてくれた方にもdisってくれた方にも、どうも、ありがとうございました。
特に、読みづらい、と思われた方には申し訳なく思っています。普段、読みやすい文章が良い文章だと思っていないため、リーダビリティに気を配らない書き方をしてしまいました。こんなに多くの人の目に触れるのだったら、もう少し気を遣った書き方をすべきだったと反省しています。
なお、トラックバックにも書いたのですが、僕は男で、僕以外の人間も全員、ほんとうは男です。tweeterやブックマークコメントを見る限り、トラックバックはあまり読まれていないようなので、今一度書いておきます。ですが、ブックマークコメントに書かれているような、「おっさん」と呼ばれるほどの年ではありません。おそらく、コメントを残してくださったほとんどの人よりも年下です(僕には理解しがたかったのですが、「女でないのに女の振りをして文章を書く」というのは、社会通念として「おっさん」とみなされるのでしょうか。それとも、僕の文体が学生くさくなかった、ということなのでしょうか)。
僕にとって一番の驚きだったのが、「誰の考えも全く理解できない」というコメントがあったことでした。あるいは、「(僕の)フィルターから見た人間はみんな裏工作をしているんだね」というコメントがあったこと。ある人にこの文章を見せたときにも僕はこう言われました。
「感動したけど、他人の態度に対する過剰な意味付けとか、その反射的態度は僕にはよくわからない」
たとえば数学で方程式を解くのと同じくらいのレベルにあると思っていた行動が、他の人にとっては必ずしもそうでないということが、僕には大きなカルチャーショックでした。もし、そういう人が誰かを好きになったとしたら、どうやってアプローチするのか僕には想像もつきません。
おそらく、ですが、そういう人は、日常で不意に放たれる「自分に好意を持っている(いない)」というサインを必然的に見失うことになると思うのです。そして、自分に好意があるかどうかを些細な行動によって見極められないのだとしたら、いったいどうやって"go or no-go"の判断を下しているのか、僕には理解ができません。もし、「そんなのわからないけれど、好きだから告白するし、それでうまくいく」というのだとしたら、それは人としてものすごくハイスペックだと思うし、不確実性に立ち向かうその精神の強靱さに、僕は賞賛と羨望の眼差しを送らずにはいられないのです。
掲示板に書き込んでみようかと書いていたら部外者の癖に長文きんもー☆になったのでこっちで晒す。
http://www1.atchs.jp/test/read.cgi/heta/1/
投稿しようかと迷った文章の主張をまとめると大よそは
といったような内容だったと思う。作者本人の書くヘタリアはそれなりに好きだが、アニメは一度も見た事がないし、二次創作は積極的には見たくない。
ジャンル内のお約束もしらないが、あのジャンルは厨も自治厨もやばいらしい。そんな程度の認識だ。
なので書き込みに行くのは何か違うだろうと思ったが、消してしまうのも空しいので便所にラクガキしておこう。そんな感じだ。
自治が顕著でありながら、WEB発祥だからかその様子が外部の人間にも目に止まりやすい。そのような印象を持っている。
そんな中、自治風景を見ていると色々と考えてしまうことが多い。
彼女達の反応は、人を選ぶネタとはいえ、それこそホモ絵でもないのに過剰反応しすぎではないかと感じる。だが、そこまで反応するということはそれだけ外部から何かを言われたということだ。
今回はワールドカップネタで問題が起きたらしい。問題のタグを見て見た。正直首をかしげた。
キャラにユニフォームを着せて喜んでいるだけで、どうしてそこまで怒らなければいけないのだろう?
中には該当のタグを使って、キャラに実際の選手のプレイをトレスさせたものもあると聞いた。なるほど、そんな画像が大多数であれば不快に思う可能性はあるかもしれない。
だが、ざっとサムネを見たところ大半はキャラがユニフォームを着てやんややんやと楽しんでいるだけに見えた。サポーターだって自国のユニフォームくらい着る。漫画のキャラ、アニメのキャラにユニフォームを着せた画像だってあるだろう。
なぜヘタリアは駄目なのか。半数以上がトレス画像だったとでも言うのだろうか。執拗に言う「問題になった絵」とは全体の何割なのか?
部外者である自分が実情をよく分かっていないのはともかく、ジャンルの人間ですら全体のどの程度の絵が問題となったか把握している人間がどれほどいるのだろうか。
本当に、タグを一から分けなおさないといけないほど問題だったのか、という客観的な目線はない。仮にあったとしても、問題を一から話し合うための場所では具体的な説明がなされていない。
ただ、問題があったと言うだけ。むしろ問題を広げたいのはそっちではないかとさえ思えてくる。
書き方の問題なのかもしれない。何にせよ、もう少し具体的なデータを出してほしい。知らない人間は伝聞でしか事態を把握できないのだから。
ヘタリアを好きな人間でも、当事者でなければどの程度の範囲でどのくらい問題があったのかは分からないはずだ。
実在の試合の結果をネタに、選手の行いを下書にして、選手の功績を横取りする絵なんか
ヘタリアファン以外誰も喜ばないのですから
出てこないようにしてくださいとお願いしているだけです。
アニメのワンシーンをネタに、キャラの行いを下書きにして、キャラの功績を横取りする絵なんかその「横取りした」ジャンルのファン意外誰も喜ばないだろう。
だが実際は「ネタだから」でまかり通ってしまい、元のアニメのファンの不快感はないがしろにされ、お願いですからそのシーンの台詞やキャラの名前で検索してそんな絵が出てこないようにしてください、なんてお願いをしようものならキチガイ扱いされるだろう。
そもそも、元ネタを明記しておかないとパクリだ何だと言われる可能性がある。元ネタを提示せずどうしろと言うのか。
ヘタリアだけでそのお願いがされる理由は、いまだによく分からない。
程度問題なのだろうか、とも思うが、その程度が具体的に提示されないので不明なままだ。具体性が欠けたまま話をするから意思疎通がしにくくなっている気がする。
ヘタリアとW杯という二つの単語が使用されているのだから、マイナス検索をすればW杯という検索結果からヘタリア関係は大多数除外されるはずなのだ。
だが、彼女達が言うには「一般人様のお手を煩わせてしまうような状態ではその時点で配慮が無い」ということらしい。少なくともそう読み取った。
pixivはそんなものを求めて作られた場所ではないだろう。カオスであるからこそのpixivではないのか。
第一、たかだか一つの単語を入れたくらいで検索結果にそんな精度を期待するほうがおかしい。
検索とは、本来条件を絞って、削って、ようやく求める結果が出てくるもののはずだ。ましてそれが世界が注目する大イベントであるというなら、尚更関連したイラストは多種多様になるだろう。
余計な物が出てきたと思う程度ならまだしも、怒り出すのは少々短気すぎる。そこまで嫌ならそれこそ自衛すべきではないのか。
タグによるラベリングは検索する時に非常に助かる。住み分けも歓迎だ。だが、ここまでの要請は住み分けと言えるのだろうか。
本当の意味での普通の人はどう思うのだろう。アンチでも信者でもない人間の目線を知る方法はないだろうか。
少数派だろうが多数派だろうが、相手への考慮は必要だ。
その考慮が、マイナス検索で除外できるようにジャンル名や傾向を明記しておく、ではなぜ駄目なのか。
最初から検索に出ないようにしないといけない理由はどこにあるのか。不快に感じる人間がいる、だけでは少なくともpixivで検索除けをさせようとするには弱いと思う。
なぜこのような意見の違いが出てくるのか。それは恐らく検索というものに対する認識の違いが原因だ。
彼女達は検索で出てくるものに不快なものが無いのが当たり前と思っているのに対し、私は検索に不快なものが表示されることが当たり前だと思っている。
恐らくこの認識の差を埋める何かが無い限り、問題の根本的な解決はしないのではないだろうか。
単語を一つ放り込んだだけで都合のいい結果だけが出てくるような魔法のシステムはない。そんな当たり前のことを、ネットに関わる前にきちんと説明した方がいいのかもしれない。
それとも、それを知った上での話なんだろうか。
また、現在の検索結果に不満があるのであれば、ユーザー側の対処だけでなくシステムでの対処を希望してはどうか。
例えば、検索のシステムを全文一致にすれば、W杯のタグ検索でヘタリアでW杯のタグのついた絵が出てくることも無いだろう。
検索窓に、検索方式として「全文一致」をデフォルトとして、これまでと同じ「~を含む」のオプションも選べるようにして窓を一個追加すれば今回の問題は検索側にほとんど負荷をかけず解決できる。
ニコニコ動画のタグ検索のシステムを想像してもらうと分かりやすいだろうか。ああいったシステムはどうだろう。
元々運営の方針として、あえて色々なジャンルの絵が目に止まるように検索をゆるめの仕様にしているという噂を聞いた事があるので、受け入れられるかはわからない。
だが、そのような提案自体はあってもいいはずだ。相手にも負荷をかけないのだから。
提案がすべて上手く行くとは限らないが、姿勢の問題として、最初から諦めて口にもしないよりは、可能性が低くともとりあえず意見を出して見るほうが前向きに捉えてもらいやすい。
システムと言えば、検索避けの仕様がわかりにくいのも問題を引き起こす原因の一因となっていそうだ。
利用者の利便性の為にも、検索システム(マイナス検索だけでなく、アンド検索やor検索も実装されているらしい)はもっと大々的に告知した方がいいのではないかと思う。
それだけでpixivでのごたごたの半分は無くなるのではないか、というのはさすがに言いすぎだろうか。
余談になるが、話題の中でナマモノに関しての話題があったが、アレはルールが徹底されているのではなく叩きが徹底されているのだ。
しかもその叩きに正当性があるのかは検証されていない。仮に結果的に正しい行動であったとしても、正しいか否かを考えずに叩く風潮はいかがなものか。
彼女達の自治は、毎度毎度、その行動そのものの是非はともかくとして、結論に至るまでの過程がないがしろにされている気がしてならない。それが一番問題ではないのだろうか。
古い話だが、何かの参考になるかもしれないし、ならないかもしれない。
実際に問題のある絵が投稿された場合には毅然とした態度で対処する必要があるだろう。
難点なのは、問題がある絵の基準が一人ひとり違うことだ。客観的な視点は大事にしたいが、なら何が客観的なしてんなのかはまた難しい。
結局、今の時点では「悩み続ける事」しかないのかもしれない。