はてなキーワード: 雑談とは
数年間あるキャラクターを推し続けている。何年も何年もいるので熱が緩やかになっているけれど未だにそのジャンルにはい続けていて、そのキャラのことが今でも好きだ。グッズが出たら何個も買うし、ガシャがきたら天井するまで回す。イベントがあったらチケットを頑張って取って参加する。
ここまでは何も問題なくオタ活できているんだけど、問題はここからで。
キャラクターには声を当てている声優さんがいる。そして自分はその声優さんのことを推していた…いや、推そうとしていた。
推しの担当の声優さんは、あまり仕事がない人だった。あまり聞いたことのないソシャゲのキャラの声を当てていたりちょい役で出ていたりと仕事がないわけではないが、目立った仕事は自分の推し関連の仕事のみだった。
でもイベントの時のトークやツイートで推しのことを話すのを見ると、キャラクターのことをしっかりわかってくれていて、愛をもって推しと向き合ってくれているのがわかり、尊敬した。
ただあまりにも他の活躍がなかったため、「いつかこの仕事を辞めてしまうんじゃないのか?」という不安があった。別のジャンルではあるがあまり人気のなかった声優さんが引退してしまい、その人が担当していたソシャゲのキャラのキャスティングが変更になった話を聞いた。
考えるだけでゾッとした。
自分が大好きでたまらない推しの一部もいつか変わってしまうかもしれない。
だから自分は推しの声優さんも応援することにした。それが推しのためにもなるから、応援する、応援しなければいけないと本気で思った。
どうでもいいような日常ツイートも欠かさずふぁぼりつした。全部にではないが欠かさずリプライを送った。手紙も時々送った。推しの声優さんが時々呟く「本当に私を好きな人がいるのが不安になる…」という言葉で自分も不安になった。
あなたを好きな人がここにいるから声優を辞めないで、私の推しの声優をやめないでほしい。必死だった。
そんなある日その声優さんが生配信を始めた。事務所に許可を取り個人で始めたらしい。
聞いた時は意欲的に活動されていて喜ばしいなと思った。これまでと同じようにコメントをしたりして応援しようと思った。
まずその声優さんは個人で生配信をしているので、事務所にやっていいか確認はしていると思うが監修しているとかはない。本人が何をするか考えてそれをそのままやる。自由な方針だった。
基本はコメントを拾って雑談をしているのだが、あまり面白い話が飛び出すわけでもない。それが2、3時間。コメントを逐一送らなければと思い手が離せないのでながら見というわけにもいかない。その間自分は拘束され続ける。しんどい。配信が終わった後、いつのまに夜中になっているのをみて、何をしているんだろうと呆然とする。
そして声優さんとファンの距離が近すぎるのが辛い。そもそものコメント数が少ないのでよく拾われ、よく名前を呼ばれる。他のコメントしている面々も見たことがある人ばかりだ。なので今日は○○さんがいないなたかがすぐにわかってしまう。声優さんも口にこそ出さないが気づいていると思う。
だからこそ、生配信を見ないと。コメントしないと。と焦ってしまう。配信を見てくれる人が少なくなったとおもったら声優さんが不安になって、そのまま声優をやめてしまうかもしれない。
投げ銭を読み上げる時に明らかにテンションが上がっているのがわかるので、モチベになればと思い一配信に一回は投げ銭をしているが、はっきり言って苦痛だ。そこにはただの義務感しかない。「○○さん投げ銭ありがとう〜」と言われても何も感じなくなっていった。
そこで自分は「推しのキャラクターは好きでも、その中の声優さんは好きになれない」ことに気づいた。遅かった。
推しのことを話している別のオタクを見ても、別に中の人に触れなくても十分に楽しく推し活をしている。早く気づけばよかった。「推しの中の人も推せないならそれはファン失格だ」、「推しの声が好きならその中の声優さんも支援しなければいけない」なんて自分勝手に思って、勝手に苦しんだ。推しの声優さんがモブで出ているという理由で興味もなくつまらないゲームを買って時間を消費するのも、必死にコメントしたり投げ銭をしたり手紙を送ったりするのも、ただの義務感だった。そこに好きな気持ちはなかった。
無理をするのはやめる。きっと生配信にいかなくなったら気付かれてしまうと思う。数人しかいつもいないから。でももう無理なんだ。好きでもないものを好きだと周りに本人にアピールするのは疲れた。推しと声優さんは同一ではない。「まるでキャラクター本人みたい!」と言われ同一視されている声優さんは他にも見かけるが、同一ではなかった。同一に見ている自分の頭がおかしかったんだ。
もう夏も終わりなので、人もそうそう集まることがないかもしれないから相対的に問題は薄くなるかもしれないけど、
でもこの夏に西武園ゆうえんちに行った人から聞いた話がやべぇと思ったので共有します。
ああ、わかりますよ。この時期にプールに行く心理がすでにやばいと。そんな奴がコロナ対策を言うなんて五十歩百歩だと。それは最もなわけだ
ちなみにその家族は、友人とソーシャルディスタンスを保ちながらプール際でちゃぷちゃぷして話をするというのをしたかったので遊園地に繰り出した。地元ということもあって割引券があったというのもある。
ああ、みんなが言いたいことはわかる。プール用マスクなんて水が口に入るんだから意味がないというわけだろ。それはわかる。だがプール際で飛沫が防げるならばということで買ったんだが、
なんと西武園ゆうえんちでは、プールではマスクが禁止だったんだ。
通常のマスクでは窒息するから禁止というのはわかるが、水泳に特化したマスクも禁止らしい。
そしてプールサイドはマスクが必須とされているらしいが、誰もマスクをしていない。
従業員もなんちゃってフェイスシールド状マスクで意味がない対策をしている。
更衣室が喚起されていない上に、人が多く、みんなマスクしていないで、大声で話している。
さすがにこれはやべぇってことで、プールに入ったけれども何もせずに出てきた。
ウォータースライダーに並ぶ列もマスク無しでソーシャルディスタンスもしておらず、みんなしゃべっている状態だったそうだ。
プール外の普通の遊ぶエリアもやばい。ほかの遊園施設だと消毒タイムがあったり、雑談、大声禁止などがきめられているのだが、西武園ゆうえんちはそれがないそうだ。消毒せずにどんどん人を入れていっているらしい
本題とは関係ない、雑談、近況報告、内輪ネタを延々とやるチャンネルがある。
そういうのは聞きたくないので視聴をやめるのだけど、某チャンネルを久しぶりに聞いてみたら、そのときは雑談が少な目だった。
進行役が「では次の話題に行きます」といったら、ほかの出演者が「え?もう次の話題?雑談とか少なかったし、掘り下げも少なかったんじゃない?」みたいなダメ出し。
掘り下げが少ないのはともかく、あのだらだらした雑談って良かれと思ってやってたんだ。
出演者のファンだったら雑談こそが面白いと思うんだろうけど、有名人でもなくて、ほぼ一般人だし喜ぶ人ってそんなにいるのかね。
ほかのポッドキャストでも、車に乗るときにラジオ代わりに聞こうと思って、iPhone新製品レビューみたいなタイトルの番組をみつけて再生をスタートして運転をはじめたら、これもずっと雑談。
わざわざ車をとめてほかの番組を探すのも面倒だから、そのまま聞いてたけど、30分たってもiPhoneの話題がでてこなくて、目的地につくまでずっと知らないおっさんの、子供がどうしたとか友達と飲みいったとかいう話を聞かされたわ。
この前聴いたYoutubeチャンネルでは、冒頭はさらっと自己紹介だけやって、あとはずっと本題の話題をしゃべって、終わりあたりで「はい。〇〇の話はここまでです。ここからは私の趣味の話をします」とか言ってた。
あなたの会社の研修はいまだに「現場ポットンバイバイモデル」ですか?:コロナが促進する「イベント型研修」から「伴走型研修」への大変革!?
まず、研修・ワークショップが「オンライン化」されることによって、ひとつの場所に、全員を集めるコストがなくなりました。これまで研修事務局を悩ませてきた、アゴ・アシ・マクラの事務手続きも、印刷の手続きもなくなりました。
従来の研修は、言葉を選ばずにいえば、いわゆる「集中詰め込み・現場ポットンバイバイモデル」に陥ることもあった。
コストの面から、研修はイベント的に、詰め込みで、長時間・一時期に行われる。その後は、「学習者、現場にポットン・バイバイされる(研修の終了後に、現場でそれが実践されるかどうかは、学習者任せ)」というかたちになる。研修の転移を「期待される」が、それは「確認・フォローアップされないこと」が多い。結局、人事は「研修転移を祈る(pray)」というかたちになる。
進んでないですね。研修会社はいまだに教室に人を集めますし、受講票も手渡しで、受講者間にアクリル板もない、窓も開かない斜めに向かい合った島型のテーブルに、9時17時座らせます。オンラインでも、eラーニング化はせず、必ず日中フルタイム、おっさん、おばさんの話を聞き続けなければなりません。
研修ワークショップがオンライン化されると、先に述べたように、研修と研修のあいだの間隔(インターバル)ができます。ということは、そこには「研修で学んだことを実践すること(研修転移)」の「あそび」が生まれ、当然、それが目指されます。
研修で学んだことが、どれだけ現場で実践されたかどうか、すなわち研修転移は「測定」され、それが次の会の研修に行かされたり(形成的評価)、今までもよりも解像度をあげて変化を追うことができるようになります(総括的評価)。
進んでないですね。研修会社は研修の成果を何も測定していません。「9時17時、プチ出張気分で楽しかったですか」「今日初めて学ぶことについて、素人どうしで『ディスカッション』という名の雑談をたくさんできて楽しかったですか」的な「満足度」しか聞いていません。そもそもリピーターが極めて少ないので、「次の会」も「変化を追うこと」もありません。
3.研修を実施する側・参加する側のスキルセットに変化が生じた
ざっくり申し上げると、これまでは、研修講師は「教える人」「ファシリテーションする人」、研修の事務局は「事務手続き・庶務を行う人」であったかもしれません。しかしオンライン研修の普及は、彼らの仕事にも変化を迫っています。
研修講師の場合は、単に「教える」だけではなく、デジタルに強いことが求められます。また、ここが最も厳しい変化だと思いますが、「現場でのパフォーマンス・ノリ」よりも「言葉・論理で伝える力」が重視されるようになります。
これまでの研修であれば、対面で、パフォーマンスを用いて、「人となり」で伝えられたことが、オンラインではそうはいきません。狭い画角で、相手にわかるかたちで、言葉を使って、伝えなくてはならない、ということになります。
研修の事務局は、これまでのスキルに加え、デジタルに強いこと、デジタル機器の設定、オンラインでのファシリテーションなどが加わってきます。
変化してませんね。研修講師はオンラインでの情報伝達に習熟せず、いまだに「語り」と「画面に手書き」です。教材を小分けしたビデオコンテンツにすることも想定せず、無意味に伏線を張ったり、後で「実は...」とか語るための「台本」から脱却できません。ディスプレイのサイズも解像度も画面の配置も理解せず、A4縦の教材をスクロールさせ続けます。マイクもカメラもZoomも理解しようとせず、400円で買えるような残念音質のマイクで9時17時語り続けます。
研修会社のような、「成長」「学び」とか語るような人たちが、1年半経って変化した世界から、まったく学ぼうとも成長しようともしないのは、紺屋の白袴を通り越して、詐欺行為だと思います。
雑スレだと適当なこと書いて何十人にスルーされても、1人が反応してくれるだけでメチャ嬉しいし3、4人くらいからレスが返ってきたらクソ楽しい
でも雑談だと1対1も間の取り方とかしんどいし、人が増えると面倒で黙っちゃうんだよね
雑に話降られるのも困るし
適応障害を持ったまま仕事をしている。どうすれば一番仕事がしやすいのか考えて試してきたけど、何をしてもだめだった。
物理出社すると、通勤で体力を持っていかれて仕事に集中できない。あと、薬の影響か適応障害の症状なのか、朝起きるのがしんどいと言うか不可能なので、出社するまでがまずキツい。オフィスに行くと、しんどい気持ちになってももはや作業をするしか選択肢がないので、結果作業が進む。進捗はめちゃくちゃ遅いけど。
だけど鬱陶しい雑談とか、チャットで済むことをわざわざ口頭で話に来るとか、人と一緒に働いてるとそういうことばかりなのでウザい。建設的な話題ならいいけど、クソどうでもいいことやちょっとした確認事項とかばっかだから。こっちはいい感じに働けてるんだから邪魔すんなや。そう思ってしまうから向いてない。
リモート出社すると、物理出社のデメリットを全て解消できる。けれど問題なのは、体調が悪いときに即座に諦めることができてしまうこと。いや、諦めて休んだほうが身のためなんだけど。オフィスに行けば、しんどくなっても結局自分のデスクにいるしかないから、ちょっとずつでも作業を進めることができる。
辞める、辞めるぞ
いずれ辞めるんだから、後悔する前に辞める
1m未満の距離でマスク下げて喋ってくるわ、鼻の下を手で擦ってそのまま俺のキーボード操作してくるわ、そんな奴がトップの職場なんて辞める
クラスターが発生して後悔する前に辞める
決めた、辞めてやる
そりゃ、感染が広がってるからと言って罹る時は運だから、うちの職場では誰も罹らないかもしれない、辞めたい気持ちは感情論かもしれない
ただもう誰も信用していない、これだけ長い時間があったのにテレワークどころか感染症対策の周知さえ出来ていない、未だに向かい合ってご飯を食べながら雑談してる
『罹らないかもしれない』という運を信じない、辞めたところで運次第では罹るかもしれない
俺は辞める
某Vtuber(かわいい)が普段の明るいトーンの雑談に交えて、
「ハーフで地毛が黒じゃないから、日本の学校で地毛証明出させられて嫌だったよ~!」
「LO読んでるって言ったら、海外からすごい勢いで怒られて怖かったよ~!」
格下は恋愛対象にならない
仮に優しく接してくれる女性がいたとしても、それは優しさではなく、格下に対する憐みである
つい心を惹かれたとしても、心から感謝するのではなく、「”介護してくれて”ありがとうございます」と心の中で己を戒め、状況を客観視しなければならない
所詮、格下で他に行く当てのない人間とカテゴライズされているに過ぎない
ゆえにどんな雑談を振ろうとしても対等に取り合わないし、
こちらから何事かの手伝いを申し出ても、相手目線からは格下が粋がっているようにしか受け取ってもらえず
「いやべつに大丈夫です」と、こちらからの気遣いへの感謝もなく淡々と断られる
格下には未来はない
格下と烙印を押された時点で、それを巻き返すのは困難を極める