はてなキーワード: 藤子とは
http://anond.hatelabo.jp/20140323160041
元増田の「累進課税をやめて消費税を増やせ」というのは凄く正論だと思う。
(書き方がアレなので反発が多かったのが残念だったが)
★★★
高所得者は低所得者だった時の気持ちがわかる場合も多いが、逆は少ない。
高所得者にとって日本の税金はひじょーーーーーーーーーーーに理不尽なんだ。
4.トップレベルの能力が必要な職種(上場企業役員、天才プログラマなど)
※漫画家やプロ野球選手なんかは2・3・4などの複数が当てはまる
上記のどれもが大抵「激務」というデメリットなオプションがついてくるし、
「継続」するのが難しく、絶え間ない努力が必要で、将来が不安になる職種。
「良い波」のときにごっそり税金を持っていかれて、波が落ちた時の理不尽な事よ!
(翌年の住民税はとんでもない額になっているし、経営者は失業手当を1円たりとも貰えない!)
これらの職業についている人たちは、貯金をするモチベーションがはたらくのは当然。
貯金する行動を抑制したいなら、所得が下がった時に還付される仕組みがあるべきと思う。
取られるだけ取られて知らんぷりなこのシステムは、非常に不安で納得がいかないものだ。
★★★
低所得者が「消費税」の議論をするときに、なぜ「外国の消費税」と比べないのかが不思議。
労働時間は毎回のようにヨーロッパと比べるくせに、消費税はなぜヨーロッパと比べないのか?
他国を「参考」にすると、同じ消費税でも生活用品は消費税をゼロにする国はいっぱいあるし、
まだまだ調整する余地は残っていると思う。
個人的に、最も恣意を入れにくく公平にできる税は消費税だと思っている。
人にはそれぞれ事情があるんだよ。
★★★追記★★★
転職活動にいそしんで、大企業入って政治力を尽くして役員目指すとか。
高所得者はみんななれればいいと思ってるけど、リスクと天秤にかけると
そんなに目指すものでもないんだよな。
日本で起業家やチャレンジャーをもっと増やすには、インセンティブと、
この日本は高所得者にはちょっと不公平なので、もう少し中和されることを祈る。
★★★追記2★★★
星がいっぱいついている人の一部に返答します。
id:Ayrtonism不安定な高所得者より、不安定な低所得者の方がずーーーっと不安定だってこと忘れてない? それに、個々の事情に勘案するのは限度があるから、所得の額だけで累進課税するやり方は割と合理的だと思う。
経営者は個人が担保になって、借金を被るリスク背負って会社やってるし、
漫画家目指す人は、それに成るために膨大な時間(人生)を賭けている。
「賭けてない人が、負けた後で不公平だ!と文句を言うおかしな社会」って藤子F先生のSF短編に載ってるよ。
今の税率はどうかと思うよ。
id:charliecgo研究者もこの項目複数当てはまるけど高所得者には普通なれないなあ。/あとこの議論だったら、高所得者からたくさん税金をとってセーフティーネットを構築するのがベストに思えるが。
僕はコンビニバイトだから詳しくわからないけど、大学教授をしつつ研究者である知り合いは高額所得者だよ。
あと研究者の中でも神戸のとある機関の人たちは稼いでいるって、先週の週刊文春が言ってた。
漫画家と一緒で、なりたい人が多くて一部の人しか食えない業界なのかな。
一般的なセーフティネットに賛成なのは当たり前だけど話がそれるので、
今はリスクを取った人に対するフォローやインセンティブがなさすぎるので、そこの仕組みが重要だと思ってる。「失業の際の給付金」や「累進課税の還付」とかね。
貯金よりも消費にお金を回す高所得者が増える方が、社会にとってもいいでしょ?
経営者は、「社員全員の雇用保険を払ってるけど、自分は1円たりとも貰えない」って、かわいそうだぜ。
id:qouroquis高所得者がその所得に見合う価値を「自ら」生み出しているかと言うと必ずしもそうではなく、現代の社会制度の中で他者の上前をはねる地位につけたケースが多いと思う。社会制度維持のコストを多く負担するのは当然。
一部の違法な経営者を除いて話すけど(ブラック企業問題はここでは別問題なので)、
僕の知ってる経営者は間違いなく価値を産み出している。雇用を創出し(誰でも働けるような場所を創る)、
貯金がマイナスになるリスクを背負い、新しいサービスを世に送り出す。
さらに徴税の役割も果たし(社員の源泉徴収と年末調整は法人が行う)、
昼休みには従業員の女の子たちに「あのハゲ」と悪口を言われる社会の公器。
「上前をはねる」みたいな言い方する人がいるけど、みんなが働いて価値を出せる仕組みを創るために、
どれだけの努力と苦労とプレッシャーとリスクがあるのか、想像した方がいいかもね。
それが「簡単だ」って言うなら、きみは今すぐに経営者になるべきだ。
のび太はドラえもんが来なかった世界(というか、本来の未来)ではあんまりいい学校には
行けてないものの普通に中学高校生と過ごし、どこにも就職できなかったので一念発起して起業した。
事業パァにして莫大な借金を抱えてしまい、各方面には迷惑かけまくるわ後の代まで貧乏だわで
「これは過去を改変してなんとかするしかない」と子孫が送り込んできたのがドラえもん。
ドラえもんを送り込んだ結果ごく普通のサラリーマンになり、嫁さんはしずかちゃんに改変された。
未来が改変されてるのにセワシ(のび太の子孫)の存在は変わっていないのは何故?
未来を改変したらそもそもドラえもんがやってこないのではないのか?
というのはこの作品の有名なパラドックス。
一応藤子先生も気になったのかつじつま合わせの説明はあるけど。
この辺は何年何十年と連載とアニメが進むにつれて今では半分以上”なかったこと”にされている。
1974年生まれぐらいの人から見て、手塚治虫ってこんな感じに見られてたなあっていう話。
僕が子供の時は各界に権威者つーか、記号みたいな人がいたのね。
美空ひばり=歌うまい、みたいな。石原裕次郎とかさ、リアルタイムじゃ「太陽にほえろ」しか知らんけど、あの固太りのおっさんのどこが恰好いいの?とか思ってても、裕次郎=二枚目、みたいな記号が権威をもってたんですよ。
いまさ、例えば歌姫って言っても、こーだくみも歌姫なら、浜崎だって歌姫でしょ。僕が子供頃だったら歌謡曲の女王ってたら美空ひばり、ミスタープロ野球ってたら長嶋茂雄、いや島倉千代子はどうなの、とか王貞治の方が記録を残してるよとか、そういう異論は通用しなかった時代なのね。
今だって神様だけどさ、もう当時はカテゴリー的には昭和天皇と同じカテゴリーなのよ。美空ひばりとか長嶋茂雄とか、石原裕次郎とかは皇室と同じポジションにいたわけ。
そういう意識を共有して、日本人は共同幻想体をシェアしてたのね。
タクシーに乗ってさ、いきなり運転手が「いやー昨日は巨人が負けて残念でしたね」って話しかけるみたいな、共同幻想ね。そこにはスワローズファンなんて存在しないの。いや、俺はホエールズファンだからなんてのはあってはならないの。石原裕次郎=二枚目ってのを受け入れるのはさ、天気の話をして場をつなぐ友好的な社交を受け入れるってのと同じことだったわけよ。
そういう仲でさ、手塚治虫=神様=天才=善人=医者、っていうさ、そういう受け入れられ方をしてたわけ。世間はアトムとジャングル大帝しか知らんから。
手塚の場合は、まあ、実際に天才だったわけだしさ、裕次郎が二枚目っていうのよりは実態があったけど、僕らの世代は実際には手塚漫画を読んでないのね。アニメは見たよ。
子供が多い時代だったから、しょっちゅうアニメは再放送されてて、「ジャングル大帝」「ふしぎなメルモ」「悟空の大冒険」「鉄腕アトム(リメイク版ね、♪ボクの腕と脚はジェットで空をとーべるー、の方)」「ジェッターマルス」とか観ていた。僕が一番好きだったのは「悟空の大冒険」だけどさ、まあ正直言って、藤子不二雄とか赤塚不二夫のアニメの方が面白かったなあ。
みたいなことを80年代に手塚は言ったらしいんだけど、晩年の手塚は権威を利用して、また新しいチャレンジをしてたね。
僕がリアルタイムで、手塚の「連載」を読んだのは「アドルフに告ぐ」なんだけど、これ、週刊文春に連載されてたんだよ。一般週刊誌だよね。週刊文春読んでる中学生もやな感じだけど、漫画が一般雑誌に掲載されたのは大昔にはあるかも知れないけど80年代の文脈で言えば手塚だけだったね。で、「火の鳥」と「ブラックジャック」がハードカヴァー版で刊行されたんだけど、漫画のハードカヴァー版も多分、手塚が最初。
権威を利用してたけどさ、最晩年の頃の手塚はむちゃくちゃ現役作家でさ、現役作家として再ブレイクしてたんだよ。ま、あの人、現役じゃなかった時代はないんだけど、藤子F先生が「ドラえもん」に専念して、赤塚先生がかろうじてコロコロとかに細々と連載してる中でさ、手塚は社会のど真ん中で新作でブレイクしたんだよ。
その最中に亡くなったんだけど、「アトム期」「レオ期」「どろろ期」「ブラックジャック期」って連続してるけど、それぞれ別の顔、別の座標軸でブレイクしてるんだよ。で80年代にもブレイクの山をもひとつこしらえたっていうかさ、死んだときは神様じゃなくて現役作家だったんだよ。
「ブラックジャック」とか「火の鳥」の名声で食ってたんじゃなくてさ、多くの読者に早く来週の掲載作品を読みたいって思われる作家だったんだよ。
まあ、おっさんのむかしばなしなんだけどね。
当初は著作権者である小学館および藤子プロ側は黙認していたが、絵柄が原作と酷似しているため「藤子・F・不二雄の真作」であると勘違いし、小学館に問い合わせる者が出るなど、あまりに広まりすぎたために「想像していた以上に深刻な事態」[3]と受け止め、男性に著作権侵害を通告。
「これまでも、そこそこのことであれば見過ごしていたが、ネットで野放図に拡大されていくことには強い危機感を覚える。もしドラえもんに最終回があるとすれば、それは亡くなられた藤子先生の胸の中だけであり、この『ドラえもん 最終話』によって、先生が作り上げた世界観が変質してしまうようなことがあってはならないと思っている」
昨日行ってきました。
すごく楽しかった。
しかしそこはオレ、10時の開館から18時の閉館まで居座ったね!
はじめにおはなしデンワとやらを渡されるから、まずは見て回ろう、と思うのが素人
オレたち玄人はわけが違う!
まずはカフェ
そんで朝食、これだね
最初にカフェに来る人は少ないし10時の開館直後だから待たずに入れる
ちょっとゆっくりしたら、1階に舞い戻っておはなしデンワを受け取る
その頃には展示スペースも空いてきててゆっくり見られる
おっと、展示スペースの休憩エリアを忘れずに
きれいなジャイアンが見られるぜ
それだけじゃない
外をみると小さいのび太が寝てるし、さらに手前の木の上には…
展示スペースを見終わったら1階受付でもらった切符を渡してFシアターへ
映画が終わると何かが起こる…!
シアターから直接外に出られるんだ
だがオレたち玄人はそんなことじゃあいけない、わかってるだろ?
少し小さめで見つけずらいが、階段があるんだ
そいつで3階へ行こうか
3階にはオバQ、どこでもドア、ピー助が目立っているが、柵の外にも眼を向けて欲しい
黒べえはすぐわかるだろう
すべて見終わったら小休止
おやつもある
休憩が終わったらじゃあどうしよう?
見るだけでも楽しい、でもいっぱい買え
こいつは100円入れて鍵をかけるんだが、なんてこった、開けたらお金は戻ってくる!
お土産を買い込んだ上で手ぶらになったら、今度は2階へ行ってクイズでもやろうか
目指せ全問正解!
ま、楽勝か
そしたら夕食までマンガを読もう
大体16時、ちょっと手前くらいがいい
一度カフェへ行って予約をとる
カフェに入れたら夕食だ
しおから、たくあんだのもついてるぜ
これがうまいんだ
夕食は17:30くらいに終わらせよう
夕食がすんだら外はすっかり暗くなってる
外へ出てみるとライトアップされてることに気づくはずだ
18時閉館だから夏場は明るくて見られないだろうな
1周したらそろそろ帰ろう
ロッカーに預けた荷物を忘れないように!
こんだけ満喫できて、入館料は1000円
映画に行くよりずっとお得だ
行ってよかった、また行こう
以下ネタバレあり
一番大きかった変更点はジュドの外見が改造されたこと
ミクロスの出番をジュドが奪ったこと
原作を改めて考えれば、ジュドが言うこと聞かないからって改造して味方にしてしまうというのは
藤子F先生は、良くも悪くも、ドラえもん以外のロボットは物として描いていた
藤子F先生は作中で人が死なないことを気をつけていたとどこかで聞いたことがあるが、
海底鬼岩城のバギーしかり、リルルしかり、作中で人並みの扱いを受けていてもロボットは壊れる(リルルは消滅)ことがある
ただ、改造後一言もしゃべらなくなったあたりはちょっと怖い
リメイクではジュドの頭脳だけは物から人並みの扱いに格上げされた
当然ミクロスは必要なくなったので鏡の世界以降出番がなくなった
ロボットに反応するチョークがなくなったのは、ひよこになったジュドに反応させるわけにいかないからだろう
ただ、外見を勝手に変化させるのもやはりどうかと思うわけで
どうせならボールのまま・・・無理か
一番改変して欲しかったのは、タイムマシンで創始者に会いに行くところ
根本を変えれば今の未来はないはずって、ある意味正しいけれど、魔界大冒険でそれは否定されていた
ただのパラレルワールドとして枝分かれするだけで、なんの解決にもなってない
どうせなら埋め込まれていたロボット三原則を思い出させるコードを聞くとか、そんなんでなんとか
あと、ペンダントぶっこむのはないわ・・・ただのかざりじゃねぇーか
関係ないけど、ザンダクロスを操作するときドラえもんがサイコントローラーで操作していたの疑問に思ったんだけど、
リルルが使っても動かせるための伏線だったんだな、地味だ、気づかなかった
いや三次元でも映画のキャラとかは好きになったりするし、逆に文字だけで出来ている小説の登場人物なんかも好きになるので、正確には「架空のキャラしか好きになれない」かな。
なろうと思ってそうなったわけではなく、物心付いたときからそうだった。
初恋の相手は藤子キャラ。好きになるのはいつも異性キャラなので、同性愛の気は無いみたい。
実在の人と付き合ったことは無い。だって好きにならないし、こっちが好意を抱かなくても好きになってもらえるほどのモテ要素は持ち合わせてない。
高校くらいまではよく、「好きな人居ないの? どうして居ないの?」と聞かれたりもしたけど、この場合の「好きな人」は実在の人を指すだろうってことくらいは分かったので、「どうしてか分からないけど居ない」としか答えようが無かった。
実在の人を好きになるって、どういう感覚の事を言うんだろう。
二次元キャラを好きになったときの、もうそのキャラが登場しただけで目がハート状態になって、アップの絵なんか恥ずかしくて正視できなくて、でもやっぱり見たくて、ちょっと見ては枕に顔を埋めて悶えるような(最近はそこまではあんまりしないけど)、そんな気持ち?
だとしたら、やっぱり実在の好きな人は一度も居た事がない。せいぜい仲のいい友達に抱くような、話してて楽しい、次会うのが楽しみ、という程度の感情しか抱いた事がない。
そういうのも好きの内というのなら、逆に私はバイセクシャルを名乗らなきゃいけないかもしれない。
ある豆知識を紹介するブログがあって大変参考になるのでお気に入りにしてたんだが
それほどアクセスはないらしく、コメントも1記事に2,3と言ったところだった
管理人は驚きの記事を書いていたが、マイペースで頑張りますみたいなことが書かれていた
しかし、それからすこしして、それまで一切していなかった政治の話をし始めたり
確信は持てないが、アクセスの増大が、著者を変えたのではないかと思っている
僕は、前のブログが好きだったので残念な事だと思った
藤子F不二雄のすごさは子供にたいして漫画を描き続けたことだと聞いた事がある
あるていどの発言力を手に入れると、とたんに偉そうなことを言いたがったり
これは漫画に限らずで、大人という生き物はそういうものなのだそうだ
だからこそのF先生のすごさなのか
だから、もちおですよ
ネットって怖いなと思うわけ
本もたくさん売れてしまった
しかもあの世界の任天堂の岩田社長と糸井重里と鼎談したじゃない?
メンツ見て正直もちおは場違いなやつだなと思ったの。
でもまぁ岩田社長は、はてな使ってますよとかファンでユーザーですって立場みたいだから
それもアリなのかなと思った。
でも、これでもちおは勘違いを加速したのかも知れない。
俺は発言力があるぞって
俺が言えばみんな頷いてくれるんじゃないかって
でも冷静になって、はてなみてみなよ
こんな中途半端で、きもいオタしか使わない、人気が頭打ちのサイト
海外に行ったらどうにかなるなんておもうの?
きみはピンクレディーか
結局うごメモが大ヒットじゃない
灯台もとぐらしじゃない
任天堂に寄生しなよ
まとまり無くなにがいいたいか分からない文章ですが読んでくれてありがとう
作家になるのは無理だと思って、何でも屋なフリーライターになった。
それから、もう5年くらい。
正直、上手くいっているほうだと思う。
5000部程度とはいえ、自分の名前で単行本を何冊か出せたし、得意分野の仕事では評価もしてもらえた。
儲からない職業なのはわかっていた。雑誌は潰れるものだとわかっていた。
そもそも、この職についてから景気のいい話は、まったく聞かない。
それでも、そこそこはやっていけていたハズだ。
でも、今年になってからは酷いものだ。
とにかく仕事の依頼は減る一方だ。
先輩のライターたちから「単行本を出すと仕事が減るから気をつけろ」と言われていたけど、実際そうなった。
誰が書いてもいいようなエロ本とか実話誌のページを埋める文章で家賃分くらいは稼げていたのだけれど、そうした仕事が回ってこなくなった。
いや、自分に問題があるのかと思ったけれど、どうもそれだけじゃないみたいだ。
よく年齢が上がると、若い編集はウザがって仕事を持ってこなくなると聞いていたけど、単行本を出すと一冊あたり年齢で5歳分くらい上がるんだな。
いまの50代くらいは、ちょうど80年代の雑誌黄金時代を体験した人たちなワケだけど、早死にしている人が多いな。
こっちは、そこまで生きられるかも不安だけどね。
ま、そんなところにきて不況のあおりなのか書いてた雑誌も潰れたりして、ほんと今年は悲惨だよ。
で、現実逃避して藤子A先生の『愛・知りそめし頃に』を読んでた。(『まんが道』の続編ね)
そこで書かれていたのは、A先生が編集から自分が中堅漫画家扱いされていることを知って悩む姿なんだ。
中堅ってことは、後からは新人が追い上げてくるし、上を見れば手塚先生とか大家がいるだけ。
今更、辞めることもできないし、かといって大家になる自身なんかないわけ。
結論から言えば、藤子先生は無事に大家になれたんだけど、きっとここで挫折して消えていった人たちも多かったんだろうな。
幸いにも、この不況にもかかわらず原稿料を前借りさせてくれた編集がいたので、なんとか切りつめては暮らせそうだ。
仕事が少ないことを逆手に取って、自分の興味ある分野の取材でもやることにするよ。
なにも考えずに書いているので、文章が変でごめんね。
・萌えるという感情は、何が、生み出しているのか?
・その構造を踏まえた上で、新しいジャンルを作り出す ということを考える。
端的に言って、ヤンデレ、ツンデレ、クーデレ以外にも、新しく話題になるものを作れたら面白いかにゃー^^
それは、知的好奇心だと考える。
●1、相手に興味を持つ。
●2、相手のことをもっと知りたいと思う 作用である。
というのも、萌えるとは、
★二次元の美少女キャラに抱く、擬似恋愛・好意の感情をもとにして、そのキャラにはまること、だと考えているからである。
・あの子可愛いな~。
・あの子、俺のこと好きなんかな~ などである。
そのため、【相手に抱く好意】をきっかけにして
相手も、【自分を好きかどうか】を知りたいと思う。
★特に、【本当にこいつは、俺のこと好きなのか?】が、
もっともっと知りたくなるようハラハラさせ、キャラに、萌えさせる仕組みなのではないだろうか。
ということで、萌えさせるためには、
●【自分を好きかどうか】を、はぐらかして、もっと知りたいと思わせる必要がある。
→ シナリオ中の主人公への、好き嫌いの『言動』で決まる。
はぐらかす言動とは、興味がない・嫌いなフリをする。である。
言動に関わる構成要素を出すと、空間・時間・表現方法などあるが、今回は表現方法としておくと、
? 直接← →間接 ?
? 能動← →受動 ?
・興味がないフリ クールデレ 正常← →異常 ★嘘をつく・だますデレ。
? 直接← →間接 ?
http://www013.upp.so-net.ne.jp/gon/tundere/top.html
上記、本筋?のツンデレキャラリストによると、(歴史、分類などを扱っている)
直接・間接、能動・受動などの 様々な振る舞いも、ツンデレの
・悪友タイプ
・素直になれない
・主人公を嫌悪
などとされている。クーデレも、ある種包括されているような分類である。要研究。
★サギデレ?
主人公を利用したり、嘘をついたり、だまして、
お前なんかに興味はないというフリをするキャラクター。
もうすこし『好きかも』という描写が付け足されたような、振る舞いだろう。
現存するキャラをいくつか調べて、上記の表は、もうすこし考えて、完成させたいと思います。。。。。
最後、ワープ航法を利用したのが良かった。
偶然なんとかなりました、より力をあわせて解決するほうがいい話になる。
それ違うんだよ。「偶然」に関して。
一般論的には正しいんだけど、ドラえもん「だけ」は違うといっていい。
どうしてか?
偶然に「納得度」(リアリティ)ともいう巧妙な伏線が張られてるからなんだよ。
例えば宇宙小戦争。最後にスモールライトの効き目が不意に切れ、突然大きくなって大逆転が起こるわけだが、これ普通に考えたら「なんだこれ? そんなのアリかよ」になるわけだ。
ところがこの展開には重要な伏線が張られていて、中盤、チータローション(かたずけラッカーだったかも)の効き目が切れることでピンチに追い込まれ、「いい加減な道具を出すな」と責められたドラえもんが抗弁して言う。「効き目が永遠に続くものなんてあるか! どんなものにだって効き目が切れる時はくるんだ!」
このやり取りがあるから、スモールライトの効き目が切れた時、読者は「あ!スモールライトの効き目が切れたんだ!そうか!これも切れるんだ!」と納得と興奮が同時にわき起こるわけ。頭の中で離れた情報が一つにつながる瞬間てすごい興奮だからね。それと物語の逆転の興奮をリンクさせてある。
さて宇宙開拓史に戻ると、タイム風呂敷が偶然コア破壊装置にかぶさり、装置のタイマーが逆転して間一髪!星は破壊を免れるわけだが、これに関してはオープニングのワンエピソードを見て欲しい。
どこか遠くの宇宙の見たこともない種類の機械を直そうとしたドラえもんが「無理」と宣言すると、のび太は言うわけだ。「この機械、壊れる前は壊れていなかったんだろ?」ドラえもん「何を当たり前のことを」のび太「タイム風呂敷で」ドラえもん「あ!」
とこういうやり取りがあって、タイム風呂敷のことをどこかで読者が認識してるから、ラストの偶然が生んだ「前に戻る」という作用に納得感と興奮が生まれるわけだ。
藤子Fをなめちゃいけない。そんじょそこらの奴が改変してどうこうなるようなテキストではない。改変しようと思い立つ奴とは地肩が違うと言っていい。
手塚治虫『人間関係が希薄な人は漫画は描けない。漫画とは読者との会話だからだ』
宮崎駿『ロクに人生経験も無いオタクを雇うつもりはない。火を表現するには火に触れないと駄目だ』
庵野秀明『アニメ・漫画に依存するのは止めて外に出て欲しい。あれはただの絵だ』
富野由悠季『オタクは日常会話が出来ない。アニメ作るならアニメ見るな』
藤子・F・不二雄『よく「漫画家になりたいなら漫画以外の遊びや恋愛に興じろ」だとか
「人並の人生経験に乏しい人は物書きには向いていない」だとか言われますが、
私の持っている漫画観は全く逆です。
人はゼロからストーリーを作ろうとする時に「思い出の冷蔵庫」を開けてしまう。
自分が人生で経験して、「冷蔵保存」しているものを漫画として消化しようとするのです。
それを由(よし)とする人もいますが、私はそれを創造行為の終着駅だと考えています。
家の冷蔵庫を開けてご覧なさい。ロブスターがありますか?多種多様なハーブ類がありますか?
どの家の冷蔵庫も然して変わりません。
「でも、折角あるんだし勿体無い・・・」とそれらの食材で賄おうします。
思い出を引っ張り出して出来上がった料理は大抵がありふれた学校生活を舞台にした料理です。
人生経験自体が希薄で記憶を掘り出してもネタが無い。思い出の冷蔵庫に何も入ってない。
全てはそこから始まる。
その気になればロブスターどころじゃなく、世界各国を回って食材を仕入れる事も出来る。
つまり、漫画を体験ではなく緻密な取材に基づいて描こうとする。
上は藤子絶賛コピペですが、手塚宮崎庵野の言葉をオタクへの攻撃としか受け取れないなら生産者側に回るのは絶対に無理です。そのまま消費するオタクにとどまっていて下さい。
藤子が支持したいと言っているのは、あくまで食材収集能力に長けた人であって、かわいそぶって空腹を嘆いている人ではありません。
手塚宮崎庵野の言葉で憤るのは、まさに空腹であるにもかかわらず食材が無いなら他所から仕入れて来ようという発想が出来ないことの証明です。