2020年10月26日の日記

2020-10-26

anond:20201026125102

オタク側もポリコレ側も「相手を叩くために」相手陣営のふりしてる奴とかい

右翼左翼みたいになってるからねぇ

そういや鬼滅由来のコロナクラスタ発生したって聞かないな

映画館めっちゃ頑張ってるのか?

なんで日本学者って価値が低いんだろうな

海外ならDr.ってだけで上級職としてリスペクトされて大事に扱われるのに

日本だけ学者でも

ふーん、で君はいくら稼げるの?みたいなところある

anond:20201026153603

天狗と玉壺もろくでもない

でもそれ以外は大体悲惨過去披露して死んでいく

味方側も一人ずつ見せ場作りつつ悲惨過去出すというワンパターンではある

ずぼらなおじさんの美肌対策

おじさんだけど肌が汚いと老けてみられるのでケアしたい、でもずぼらだしめんどくさがり屋なので続かない。

こんな日々を送ってきたけど、以下の方法にしたら継続できるようになったし改善した。

つかうもの

やり方

最低限:お風呂上りにジャブジャブ化粧水付けて、その上に適当乳液塗りたくる。べとべとするけど10分もすればしっとりする

さらに出来たら:朝起きて顔洗ったあとに同様に化粧水乳液をつける。

大事なこと1

化粧水乳液シャンプーみたいな容器に入っているやつを選らぶ

これが一番重要。蓋の開け閉めの有無がめんどくさがり屋のおじさんにとってはとてつもなくでかいことに気づいた。

ワンプッシュで出せるだけで、めんどくささがグッと減って継続する。片手で出せるというのがとてつもなくでかい

大事なこと2

風呂場と洗面所両方に化粧水乳液を置いておく。

どちらでもできる環境を作ることがめんどくささを劇的に減らす

まとめ

日常動線なかに簡単ケアできる状態を作ると続く

おじさんは化粧もしないから、化粧水乳液適当につけてるだけ十分。やってない人と比べて劇的に肌が改善する。

とりあえず1か月やってみてほしい。

家族や周囲の反応は必ず変わる。

anond:20201026154149

販売直後じゃなかったらいいのか。

anond:20201026154420

ワイは痴呆の親の介護してるからGOTO行けないのよね

みんなワイの分も楽しんできてよね

Twitter適応しつつあるオタクの進捗

はじめに

前回、Twitter適応できないオタクの行く末(anond:20191011160414)を投稿した者である。前回の増田では、トラバ/ブコメ共に様々な意見を頂き、自身を見つめる良い機会となった。とても感謝している。

前回の投稿からもう1年近く経っているが、その間に、というかつい最近オタク的消費活動が大きく変わってきたためここに記録しておきたいと思い書くことにした。これが改善であるかどうかはさておき、これから先にまた変化があったら比較できるため、その意味でも詳しく書いておきたい。

書き終えてみて、改めて見るととても長い文章になってしまった。一応内容は節ごとにまとまっているので、読み飛ばして気になる所だけ読んでくれても構わない。

本題に入るが、まず俺はTwitter垢を作成した。俺にとってこれは大きな一歩だった。この大きな一歩に繋がる積極的な変化があったのかというと、そんな事はなく、きっかけは極めて消極的ものであったと思っている。この消極的でありながら重い腰を動かすきっかけについて簡単説明するとするなら、それは定点観測型の消費に限界を感じたためであると言える。

定点観測限界

具体的には、過剰消費による虚無と、巡回サービスの変化がある。それぞれについて軽く書いていきたい。

過剰消費による虚無

前回述べたように、俺はtwitter検索エンジンとして活用し、気に入った作品二次創作を拾っては消化、拾っては消化して楽しんでいた。自分が発信側になれない一種の「諦め」を持ちながらもそれが一番快適で自身に合っていたからだ。これについて、ブコメで「尊大羞恥心と臆病な自尊心」と指摘されたが、まったくその通りだったと思っている。消費する側として一方的評価、消化しかしなかった事が自身完璧主義にしてしまい、いざ自分が発信しようとするとそれが頭を持ち上げて邪魔をしてくるのだった。

とはいえ、それでもいいと開き直っていればよかったのかもしれない。今までそうしてきたように、これからもそうしていくことは不可能ではなかった。しかし、ここで虚無感がドッと湧いてきて、とうとう音を上げてしまうことになった。

どれだけ色んな作品を見て、なにかを感じても何も言うことが出来ない。発信する媒体もない。仮に、何か言おうとした所でどうしようもない駄文が出来るだろうが、それを流す場所も無かった。ただただ感情は吐き出される事もなく喉の奥に押し込まれSNSタイムライン同じく次のまた次の情報の波に流されていくのだった。(もっとも、どのタイムラインにも俺は文字通り存在しなかったわけだが)

常に蚊帳の外である事を自覚させられ、これは「お前はずっと傍観者で、何にも関われないし、誰もお前を知らないだろう」といった気持ちを起こさせるのに十分すぎるものだった。

これを読んで考えすぎだろうと思う人も居るだろう。実際そうだと思う。おそらく、一人で消費するということ自体が、考えすぎてしまう原因なのだと思う。自問自答は、最終的には問題から目を背けさせてくれない。そしてこれはコロナ禍の状況によって更に悪化した。そういうわけで、最終的にこれと俺は向き合うことになる。

巡回サービスの変化

Twitterをメインにした定点観測はいくつかの方法があるが、俺は専らRSSリーダーSlackを用いて情報を集約していた。なぜTwitterクライアントを用いずにこれらを用いるかと言うと、Twitterタイムラインは9割以上ノイズからだ。要らない「いいね」が表示され、知らないユーザおすすめされ、加えて不安を煽ってくる広告ツイートも混入してくる。どうでもいいご飯写真が上がる。クソつまらない診断メーカー。とにかくノイズノイズノイズ。それがタイムラインだと思っていた。(過去形なのは、この認識が変化していった為だが、それは後述する。)

で、これの何が限界になったかといえば、観測に用いていたツールが軒並み使えなくなったことが大きい。特に影響が大きかったのがIFTTTとintegromatの一部有料化である。どちらも、ベビーユーザーとして利用していた。(あまり知られていないintegromatについて説明しておくと、IFTTTと同様の作業自動化サービスである。)

これらの主な利用方法としては、該当ツイート巡回検索だった。IFTTTツイート検索の定期巡回に優れており、integromatは特定ユーザいいねしたツイートの取得で便利だった。この二つのサービスがほぼ同タイミングで一部有料化を掲げたため、俺は快適な創作ツイート巡回を諦めることになる。

(IFTTT有料化について : https://internet.watch.impress.co.jp/docs/yajiuma/1276755.html )

(integromatについては記事にされていないが、今年Twitter連携機能のみ有料化された。)

結局は無料サービスフリーライドしていただけなので文句は言わないが、IFTTT依存しない情報収集を考える事はいきっかけだったのかもしれない。

Twitterで某界隈に入るまで

こうして心理的、仕組み的に方向転換を強いられてTwitter垢を作成してみることになった。どうせ作るなら少数の人でいいか交流してみたいな…くらいのお気持ち。ちょうど追っていたコンテンツの専用垢としてそれっぽい推しアイコンを用意し、無難プロフィールを何度も書き直しながら書いた。恥を忍んで #○○と繋がりたい タグを付け、初心者のフリをしたツイートをした。勢いがあるそのコンテンツは凄まじくて、数時間ツイートは数百のいいねが付いていて、少し怖くなった。恐る恐るフォローすると、フォローを返してくれて、なぜかそれだけで安心した。大げさかもしれないが、久々に新しいアカウントを作って界隈に入るのは、そういうことである

ツイートいいねした人をフォローしていくうちに、俺は巨大な相互フォロー網(以下、巨大FF網と書く)に取り込まれている事が理解できた。プロフィールを開く度に見る「○○さん、他○人がフォローしています」みたいな数字フォローするたびに雪だるま式に大きくなっていく。タイムライン自分が思った通り煩雑になっていき、一度の更新シークバーが小さくなった。更新の度に米粒のような大きさになるそれは、俺の心のようだった。

あたふたした俺はくそまらない無難ツイートしか出来なかったが、それでも反応してくれる人が居てくれたため、徐々に萎縮が和らいでいった。推しについて拙い言葉を書くと、誰かがいいねを送ってくれた。恥を忍んでアホらしいタグを付けたツイートをすると、誰かが返信してくれた。界隈の巨大FF網、その集団意識はそのようにして俺を取り込んでいった。そしていつしか、俺も誰かのどうでもいいツイートいいねリプライを送るようになる。しかし、ふとした瞬間に定点観測時代の俺がこう囁いてきた。「それって互助会と何が違うの?」と。

快適なTLは互助会のものである

定点観測時代推し関連のタグツイート巡回してる時によくこう思ったものだった。「なんでこのツイートいいねが沢山付くの?」「この人のイラスト、毎回同じ人が持ち上げてるな」「定型文のような褒め文句互助会みたい」

はてブにおいては互助会は悪とされている。互助会の人たちで持ち上げられた記事は大体つまらないし、並ぶコメントも「参考になりました!」ばかり。これと同じ感情定点観測時にTwitterでも感じていた。いいねの数でツイート巡回していたので、価値のあるツイートだけ伸びてほしかった。どうでもいいツイートが伸びて、それを拾うと、ゴミを拾った気がして、イライラしていた。

しかし、後に巨大FF網に取り込まれた俺はそれを体現するように振る舞っていた。フォロワーのどうでもいいツイートに気軽にいいねRTを送り、また自身ツイートも同じように扱われていた。気軽な反応は心理的障壁を無くし、より安心感を強化していく。もはや「価値のあるツイートこそ伸びるべき」といったグツグツと煮詰まった思想は、火が消された鍋のように静かになった。会話をする当事者たちからすれば、そんな事はどうでもよかったのである

互助会が嫌われる訳-当事者観測

俺ははてブ互助会擁護したいとは思ってはいない。ただ、互助会がなぜ生まれるのか、その一端は理解出来たように思っている。

評価指標となるいいねブクマといったものは、当事者間ではカジュアル肯定に使われるが、観測者側からは質の良さでソートする時の指標として重く受け止められている。そのため価値に見合わない評価を付ける事を当事者間では歓迎され、観測者側は嫌うのではないだろうか。これが正しいかは分からないが、この価値観の違いが互助会の生まれる原因であり、またそれが害悪である糾弾される理由ではないか、と俺は薄々感じるようになった。

それでも、どこか脳裏には「質の良いツイートが伸びるべき」という意思存在したようだが、属する巨大FF網が持つ互助会文化に、それも破壊されることになる。

互助会文化との遭遇-おはツイの洗礼

ここで述べる"互助会文化"はあくまで俺の属したFF網で存在しただけで、Twitter全般で起きている事ではない事を先に明記しておく。

それは決まって形式的挨拶ツイートだった。(以下"おはツイ"と称する)夜明けと共にタイムラインが動き出す時、皆揃って、おはツイをする。これを初めて見たとき、なんだかむず痒い思いをした。形式的挨拶ツイートと、それにつくいいねインフレツイートに付けられるタグ画像から得られる情報はほぼ無だった。属する界隈は、某ソシャゲコンテンツだったため、おはツイにはそのソシャゲ推しスクショがよく貼られているのだが、これも理解出来なかった。単なるゲーム画面だ。#○○が今日も□□ みたいなタグがだいたい付いている。なんだそれは?

とにかくおはツイの絶対的特徴として挙げられるのがその情報量の無さと明らかに釣り合わない評価(いいね/リプライ)だった。これが午前中、FF網全体で再生産され続ける。インフレするいいね欄を見ていると、次第に俺は「質の良いツイート」の定義がわからなくなった。

そして、このツイート群がもたらす特異性は、その連帯感にある。すなわち、同じFF網に居たとしても、おはツイをする/しない でうっすらと交流関係に壁が出来上がっていくのだ。それもそのはず。形式的とはいえ、毎朝話すフォロワーと話さなフォロワーが居たら、自然とそうなるのだ。現実社会でそうであるように、Twitter上でも変わらなかった。どんな環境であろうと、挨拶は変わらず有効で、逃げられない

俺はこのFF網に取り込まれた時点で界隈に受け入れられた、一員だと勘違いしていたがそれは違った。毎朝行われるこの儀式じみた挨拶ツイートをこなしてこそ、この集団意識の一員となれるのである

先頭で"洗礼"と書いた意味が、ようやく理解出来たと思う。この儀式内包者のツイートへの価値観を塗り替え、統一しているのだ。誰かがこれを強制したりはしない。だが、いうならば集団意識がそれを催促しているのかもしれなかった。そしてこれを通過した頃には、俺の価値観は一新された。

自分はつまらない」を許容するために

ここまで聞くと、「おいおいそんな所、面白いのか?」も疑問が湧くだろう。先に結論を言うと、面白い

しかに、そのタイムラインは常に情報量の無いツイートで溢れていた。冗長挨拶周りが毎朝再生産されていた。しかし、これらは俺自身が発信する時の障壁を限りなく低くすることにも作用したのだ。

前回の増田までは、俺は自分の思いを発信するにあたり、「完成された感想文」が必要であると、そう信じていた。自身が求める質と同等のものを発信するべきと考えていたためである。誰が見ても分かるが、明らかにこれは長続きしない。自分理想と実際の質の乖離に耐えられないからだ。

だが自分がその"レベルの低さ"を許容すると、話は変わる。煩雑タイムラインを受け入れた時、自分煩雑な発信が出来るようになるのだ。そしてこれは、"発信したいけど出来ない"を大きく上回る。俺に必要だったのは高等な「完成された感想文」などではなく、低俗な「エモいメモ書き」で十分だったのだ。

定点観測だと分からないこと

ここまで書いてみて、改めて以前の考えが独りよがりであるかと痛感した。消費専門で二次創作を漁っては、一方的評価したり、ノイズイライラしたりする。これはこれで楽しかったが、視野が狭くなりすぎていた。

本当に好きなコンテンツ摂取して、発信も含めた消費を楽しむには定点観測では全然足りない。自分がつまらない事しか書けない事を自覚したうえで、色々な人の発信、二次創作を許容して楽しむ。こうした先に、もっと良い発信が出来るヒントがあるのではないかと、今はそう思っている。

先述したとおり、これが改善であるかどうかは分からない。またこの先に、「あの発想はどうかしてた」と目が覚めるかもしれない。もしそうなったらそれはそれでまた書いてみようと思う。

ここまで長い文になってしまった。読んでくれてありがとう

anond:20201026151729

冬山縦走かな。

大学時代みたいな長い山行ができる。

anond:20201023231024

野口雨情(のちに「かっぱの碑」になる詩をかいた)小川芋銭(その碑に絵をよせたかっぱばっかり書いてた画家

住井すゑ(「橋のない川」という当時有名だったのを書いた。奈良まれだが芋銭となかよく近所づきあいしてた)

https://www.hns.gr.jp/download/20190608mizunoijinlist.pdf 水の偉人137人

https://www.planetkk.net/%E8%9B%99%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E6%9C%80%E8%BF%91%E7%9F%A5%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%80%812-%E3%81%A4%E3%81%AE%E8%A9%B1%E3%82%92%E7%B4%B9%E4%BB%8B%E3%81%97%E3%82%88%E3%81%86%E3%80%82/ 水郷地帯には「~~新田」という地名の形で人名がよくのこっている

おわかりのとおり自分小学校の高学年だけ茨城県にいた人間なのだが、

移住先で高校だの大学だのが建物文化財指定をうける程度のふるさで、その開校した初代校長とかが偉人になってるケースもけっこうみかけた

ダムとかで人がいなくなると文化がなくなるって反対する人がいるのは

こういう地域特有土地に結びついた偉人のいいつたえもまるごと消えるからなんだろうな

土地とそこに住む人がなければ思い出してもらえない偉人がたくさんいるんだろう

縄文弥生時代にも字でのこってないだけで水だの農業だのを工夫した偉人はいたのかもしれない 

今や卑弥呼や壱与(漢字=今で言うローマ字表記しかのこってないけど

anond:20201026144345

それは、野党支持者が「与党に味方してる国民が悪い」と言うのと表裏一体なので。

互いに、俺は悪くない、と言っているに過ぎない。

何が正しいかの話をしてない。

anond:20081023214216

古本屋とかは別だろうけど、発売直後の本、雑誌に関しては、

から「タダ読み」って言われてて、

「ついでに買い物するからタダ読みしてもいーでしょ」は、許されねーんだよ。。

それを許してたら、本、雑誌関連は全然収益上がらねーってなるから

コンビニだけの問題じゃねーんだよ。

分かれよ。乞食増田

anond:20201026153503

ゲーム総合エンターテイメントだぞ

プログラムグラフィックサウンドインターフェースデザイン

あらゆる要素が面白さへつながる

ということはあらゆる要素がクソゲーへの道になる

素人が半端な覚悟で手を出すとあっという間にエターなる

anond:20201026000959

変節ならまだよくて

罵倒してた相手よりも自分のほうが貢献・寄与してただの相手活動無意味だっただの

歴史修正して自分の功績にしようとしてるのもいるからなー

東京BABYLONリメイク

BABYLON=「BABY」+「LON」ELY

東京BABY=昴流くん

東京LONELY=星史郎さん

若い子たちはこんなことにも気付かずに好き勝手考察しあって自己満足するんだろうね…

からその惨状が目に浮かんでつらいよ。

カラースター投げ銭できれば、と思ったが、

ブログ等によると、黄0円、緑3円、赤7円、青40円、紫500円ぐらいなのね。

実際はガチャからあくまで目安だけど。

 

この極端な比率だと投げ銭には向かないよなぁ。

10円、赤30円、青100円、紫300円、みたいに1:3ぐらいの均等な比率じゃないと。

もちろんガチャも換金性考えると法律上ダメだろうし。

 

価値を変えたら既存ユーザーから非難轟々だろうから、新しく「はてなコイン」的なのを作るしかいか

コインだのポイントだのキャッシュだの様々な単位が入り乱れているQR決済界隈っぽいけど。

あ、今さらだけどはてなQR決済参入したら、それはそれで面白そうw

インターネット老人会

言うほど古いこと知らないだろ

本当は壮年会なんじゃないのか?

80年代以前のネタほとんど聞かないぞ

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