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2011-12-31

http://anond.hatelabo.jp/20111231112053

赤木智弘眼光紙背】手料理って、楽しいもののはずだよね?

http://blogos.com/article/24327/?axis=&p=1

なにが気持ち悪いかといえば、すべての質問において、手料理を作るのが女性で、

食べるのが男性という、今時珍しいほど露骨ジェンダーバイアスのかかったアンケートなのである

例えば、「料理に対する心配」という項目を男女に質問しているのだが、

女性の側の選択肢が「料理をほぼ毎日作るということ」「栄養バランスがとれるかどうか」「作れる料理が少ないこと」「美味しく作れるかわからない」などが

並んでいる。

その一方で、同じ項目での男性側の選択肢は「栄養バランスがとれるかどうか」「自分好みの味付けかどうか」「料理をちゃんと作ってもらえるか」「おいしく

作ってもらえるかわからない」などと並んでいる。

栄養バランスがとれるかどうか」は同じだが、その他の項目が全て「女性料理を作る側」で「男性料理を食べる側」という前提の項目しかないのである

そもそもアンケートの質問自体に問題ありそうなんですが。JAアンケートの結果は↓ ですね。

手作り料理と味の伝承に関する意識調査(全国農業協同組合中央会

http://www.yoi-shoku.jp/guide/pdf/newsletter_07.pdf



あと、これは違いますね。

日本人女性男性依存しすぎ」と述べられていますが、むしろ、「日本社会文化は、女性男性依存するよう(依然として暗黙に)要請している」と

いう方が事実に近いと思われます

平成17年版 国民生活白書 
http://www5.cao.go.jp/seikatsu/whitepaper/h17/01_honpen/html/hm01020101.html
結婚相手に『家事育児に対する能力姿勢』を求めている割合
女性 96%
男性 92%

です。 女性結婚相手に対し家事育児に対しても男性に求めています

まり家事育児を引き受けるから経済的に依存しますよ」とは考えていません。

2011-05-11

モテる愛国女子力を磨くための4つの心得「パスタを食べられない女

こんにちは愛国恋愛マネジメントを専攻しているアメノウズメ嬢です。私は学歴も知識もありませんしブスですが、恋愛に関してはプロフェッショナル愛国者。今回は、モテる愛国女子力を磨くための4つの心得を皆さんにお教えしたいと思います。

 

1. あえて2~3世代前の憂国本を飲み会に持っていく

あえて2~3世代前の憂国本を持参するようにしましょう。そして飲み会の場で好みの男がいたら話しかけ、わざとらしく憂国本を出して読み上げてみましょう。そして「あ~ん! この『日本改造法案大綱』本当にマジでチョームカつくんですけどぉぉお~!」と言って、男に「どうしたの?」と言わせましょう。言わせたらもう大成功。「戦前右翼とか詳しくなくてぇ~! ずっと雨宮処凛赤木智弘とか批判してきたんですけどぉ~! 北一輝右翼なのに労働基準法もびっくりするほど労働者権利を保障しているんですぅ~! ぷんぷくり~ん(怒)」と言いましょう。だいたいの男は新刊の憂国本を読みたがる習性があるので、古かったとしても『国民歴史』あたりを読んでいるはずです

そこで男が「晋遊舎本は読まないの?」と言ってくるはず(言ってこない空気が読めない男はその時点でガン無視OK)。そう言われたらあなたは「なんかなんかぁ~! 最近外山恒一右翼雑誌を出したんでしょー!? あれってどうなんですかぁ? 新しいファシズムしいですけどわかんなぁぁああい!! 私かわいそーなコ★」と返します。すると男は「外山恒一でしょ? 根は左翼だよ。本当に良くわからないみたいだね。どんな本を読みたいの?」という話になって、次の休みの日にふたりで憂国本選びのデートに行けるというわけですあなた女子力が高ければ、男が『ゴー宣』全巻を買ってくれるかも!?

 

2. Twitterで【拡散希望】を使うとモテる

「目立ちたい」とか「人気者になりたい」などを表現する【拡散希望】を伝聞情報に付け加えてコメントすると、Twitterの低脳ユーザーは「なんだってーっ」や「これはひどい」と思って公式RTしてくれますインターネット上では現実世界よりも怒りが増幅されて相手に伝わるので【拡散希望】を多用することによって、低脳はあなた社会派意識が高いと勘違いしてくれるのです。そういうキャラクターにするとほぼ絶対に荻上チキに嫌われますが気にしないようにしましょう。

 

3. とりあえず男には「えー! なにそれ!?  天誅ですっ! 殺しまーす♪」と言っておく

飲み会などで男が女性に話すことといえば中国韓国の悪口ばかり。よって、女性にとってどうでもいい話ばかりです。でもそこで適当に「へぇ在日なんですかぁ~?」とか「よくわかんないですけど売国奴ですねぇ」と返してしまうと、さすがの男も「この女ダメだな」と気がついてしまいます。ダメ女だとバレたら終わりです。そこは無意味テンションをあげて、「えー! なにそれ!?  天誅ですぅ! 殺しまーす♪」と言っておくのが正解。たとえ興味がない話題でも、一人一殺の行動する保守でその場を乗り切りましょう。積極的に国賊を誅する女国士に男は弱いのです

いろいろと話を聞いたあと、「〇〇は〇〇で、〇〇が〇〇なんですね! 覚えたぞぉ! 天誅天誅!」とコメントすればパーフェクト。続けて頭に指をさしてくるくる回しつつ「朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト……」と言って、「どうしたの?」と男に言わせるのもアリ。そこで「私の精神は、神武国祖の創業、明治大帝革命に則るのでありますっ☆」と言えば女子力アップ! そこでまた男は「この子ほんものの国士かも!?」と思ってくれます。私は学歴も知識もありませんしブスですが、こういうふうに本物の右翼ぶれば、知識がない私のような愛国女子のほうがモテたりするのです。男は天誅が怖いですからね。

 

4. レストランではパスタを食べられない女をアピールせよ

男とレストランに入ったら、真っ先にパスタなどの小麦粉を使った料理を探して「あーん! 私これ食べられないんですよねぇ~(悲)」と言いましょう。するとほぼ100パーセント「どうして? 嫌いなの?」と聞かれるので、「嫌いじゃないし食べたいけど食べられないんです><」と返答しましょう。ここでまた100パーセント「嫌いじゃないのにどうして食べられないの?」と聞かれるので、うつむいて3~5秒ほど間をおいてからボソッとこう言います。「……だって、……だって、お米を食べなかったら農家が死んじゃうじゃないですかぁっ! 自民党新人議員かわいそうですぅ! まだ本格的保守政治家になっていないのにぃぃ~(悲)。郡部で票を稼ぐこととすらできずに新自由主義的政策で都市部での集票を目指すのですよ……」と身を震わせて言うのです

その瞬間、あなた女子力がアップします。きっと男は「なんて天照大御神のようなコなんだろう! 絶対にゲットしてやるぞ! コイツは皇大御国の女だ!」と心のなかで誓い、あなたに惚れ込むはずです。意中の男と付き合うことになったら、そんなことは忘れて好きなだけパスタを食べて大丈夫です。「食べられないんじゃなかったっけ?」と言われたら「親米保守になった」とか「脱亜入欧」、「経済を軽視するとは言ってない」と言っておけばOKです

(文=愛国恋愛マネジメント・アメノウズメ嬢)

2010-08-12

http://anond.hatelabo.jp/20100812101106

だからリベより更にたち悪いのは弱弱しい「男らしくない」だけの男で

マッチョ男のように大事な役割も背負わなければ

リベ男のように懐いてくるわけでもない

しかも隙あらば神聖なる「被害者」の席を横取りされそうな危険を感じさせるわけだから

実際、赤木智弘に代表される男性弱者論者は、フェミニスト女性強者の欺瞞を批判するとともに

弱者利権を俺たちにもよこせ!」と主張している。

2010-08-08

http://anond.hatelabo.jp/20100808171205

数年前までただのフリーターだったのに、ある日突然朝日系の雑誌論文(?)が取り上げられた不自然さがいつも気になるんだよな、赤木智弘って。

実際に「自己責任」を主張しているのは右派より左派なんだよね

これまでの「弱者概念というものが、「女性」「肌の色」「人種」「生まれた場所」などという、人間が自身の力であとから変えようのない「固有性に対する差別」による弱者を示しました。すなわち「平等を求める行為」というのは、そうした固有性によって人を差別しない社会を目指すと言うことです。

一方で、右肩上がり経済社会における「経済弱者」というのは、あくまでも一時的な格差で発生した弱者だと考えられます。つまり、「努力すればやがて報われるような一時的な弱者」と言うことです。そうした状況は、バブル崩壊後の低い経済成長社会になってからは変化し、「努力をしても報われない弱者」、すなわちワーキングプアを生み出しました。

にもかかわらず、「固有性に対する差別」にこだわる左派の多くが、こうした状況をちゃんと把握しておらず、いまだに「努力すれば何とかなる」とか「一緒に労働運動をすれば何とかなる」などと主張しているのを知るにつけ、開いた口がふさがらなくなります。

つまり、左派の人たちは。「固有性に対する差別」とたたかうことを強調するあまりに、「固有性でない差別」に対する理解が浅くなっています。それと同時に、彼らの主張は「自己責任論に対する親和性」が高いのです。(以上p114~115)

赤木智弘若者を見殺しにする国』

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_c3f3.html

2010-08-04

リベサヨ、ってまさにはてサみたいな馬鹿どもの事だよね

赤木智弘氏の言う「リベサヨ」って、

意識すらせずにオウムの手下をやってたり、まさにはてサそのもの。

ニュースなどから「他人」を記述した記事ばかりを読みあさり、そこに左派的な言論をくっつけて満足する。

生活に余裕のある人なら、これでもいいでしょう。

しかし、私自身が「お金」の必要を身に沁みて判っていながら、自分自身にお金を回すような言論になっていない。

自分の言論によって自分幸せにならない。

このことは、私が私自身の抱える問題から、ずーっと目を逸らしてきたことに等しい。

赤木智弘若者を見殺しにする国』第三章より

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_2af2.html

http://anond.hatelabo.jp/20100802174803

赤木智弘氏の言う「リベサヨ」って、

意識すらせずにオウムの手下をやってたり、まさにはてサそのものだね。

ニュースなどから「他人」を記述した記事ばかりを読みあさり、そこに左派的な言論をくっつけて満足する。

生活に余裕のある人なら、これでもいいでしょう。

しかし、私自身が「お金」の必要を身に沁みて判っていながら、自分自身にお金を回すような言論になっていない。

自分の言論によって自分幸せにならない。

このことは、私が私自身の抱える問題から、ずーっと目を逸らしてきたことに等しい。

赤木智弘若者を見殺しにする国』第三章より

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_2af2.html

要するに今の左翼って、昔のように公憤からではなく、

自分自身の抱える問題から目を逸らすために「市民運動」をしているだけということですね。

どこから見ても馬鹿自分に対して不誠実ですが、ある意味かわいそうな連中です。

2010-06-24

フリータのプロはありえん。プロで食えなくてフリータならある。

横ですがなにか。

http://anond.hatelabo.jp/20100624154158

勿論、高校行かないでフリータープロを目指す!とかでも全然選択肢ひとつだし。

フリータとして、フリータ問題の専門家として評論で生計を立てるということですねわかります。

たとえば赤木智弘さんのようになるということですねわかります。

2010-06-20

赤木智弘さんの言うところの「性的主体」って13歳

13歳のセックスする権利? よくわからん

赤木のオッサンvs佐藤のオバサン

http://togetter.com/li/27776

赤木智弘さんの言うところの「性的主体」って、要するに、

自分を代弁できない者は、容易に、他者に代弁されてしまう、

したがって、主体として扱え、

ということなんだと思うんですが。

で、主体として扱わないやつに限って、援助交際している、と。

(若い女を内心見下しながら、性欲の対象にしている、とか)

なんだかみんな、「性的主体」っていう部分より、「13歳」とかいった部分に引っ張られすぎてるように見える。

コメントしてるみんな、文章、長すぎだよ。読むのめんどうだよ。

あと、

いちゃもんつけてた佐藤亜紀さんが言っていたのは、わたしの理解では、

性的主体として扱う」って、それ、性のゲームに参加するプレーヤーとみなすってこと? 13歳を!? キモイ!!

って感じかなと思いました。

ひとつ言えるのは、

過去自分が、実際に、「13歳」にセックスに関してアドバイスしたことがあるならともかく、

そうでなくて、勝手に、「もしそのような13歳がいて、自分アドバイスしたとしたら……」(非実在青少年ってやつですかそうですか)

みたいなこと考えても、しょうがないと思う。あほらしい。

そんな「13歳」を想像したら、悲惨なイメージしか浮かばないのは、当然だと思う。

それは、「想像力」とは呼ばない。ただのバカだと思う。

あるいはオレがバカ。どっちかだ。さあ、えらべ。

http://anond.hatelabo.jp/20100619131258

児童ポルノ規制と性行為禁止はセットであるべきか

私は元々、赤木智弘氏が「アグネス・チャンの『二次元児童ポルノ規制論は、当の児童の『性的主体』としての権利侵害している」と発言したことが、「フェミ」系の人を中心に批判されていることを中心に違和感を覚えたわけです。しかしながら、そういう批判をしている人たちは従来、「中高生セックスするな」という意見があれば反発する層と重なると思え、どうしてそんな矛盾したことを主張できるのだろうという従来のイライラが噴出したということでした。

その層が重なるか、確認しましたか?

具体的に確認しましょう。

それをしていないのであれば、ただの印象ということですね。



私はこの種の、「世の中が全体としてトチ狂ったことをする」ことが何よりも嫌いです。児童ポルノ過剰規制は反捕鯨運動北京五輪の時の犬肉禁止運動、そしてスカーフ反対運動と並んで、現代西洋社会の最大の思想的恥部だと私は思っています。そしてここでも鹿鳴館根性が働いている日本という国が情けなくて仕方がありません。

あなたがトチ狂ったと思われるのは自由ですが、私はトチ狂っているとは思いません。



「主体」に対して保護はあり得ないのだから、児童ポルノ規制と性行為禁止はセットであるべきだ

なるほど、保護されているのは児童だけではありません。

例えば障害者高齢者、また女性保護されていますが、主体を認めないのですか?

主体たり得る人間保護は必要ないというのは、あなたの思い込みです。



18歳未満性行為禁止にした際の弊害について

何度も言うように、「禁止されていれば入手できない」というのは飛躍が過ぎると思いますし、同じことをもう一度言いますが、現状ではポルノだって禁止されているはずですよ。必要なのはその程度のザルな「禁止」であって、それ以上でも以下でもないと思います。

ちなみに、酒なんて誰でも平気で買えるものだと思っていましたが、それは初耳です(そういえば最近、私も一度スーパーで年齢訊かれたことがあります。既に二十代後半なので唖然としましたが)。それは明らかに度の過ぎた過剰反応ですね。

あなたはかつてこう書きました。

欧米の過剰規制アグネス・チャン並の)が日本にも導入される日は決して遠くないでしょうし、未成年者の飲酒に対して世の中がこれほどまでに手の平を返した以上は(プロ野球の優勝記念の「ビールかけ」に19歳の選手が参加できない時代ですよ)、案外抵抗もなにもなくビクトリア朝並の世界がやってくるような気がしてなりません。

あなたの理屈に従うのならば、コンドームを買うときに年齢確認される日も近いでしょう。

また、医師医師法に触れる行為を強要するのもやめましょう。



13歳にセックスを禁ずるべきか

「自由」には必ず「自己責任」が伴うわけで、判断力が十分でない年少者にはこの原則を当てはめることは不適切だと考えます。

たぶん、ここがあなたと私の最大の違いなのでしょう。

13歳がセックスをして、なんらかのデメリットを引き受ける事態になったとして、私は引き受けたところですでに責任を果たしていると考えます。

ただ、13歳としては過大な責任を負わざるを得なくなるため、教育が必要だと考えています。

また、児童ポルノ製造・買春規制すべきだと考えるのも、彼らかが負えないレベル責任が生じるからです。



最後に

石原慎太郎タカ派の最先鋒であることは、七生問題やフェミ(というより女性問題家ですが)とのケンカを語る上で、その背景として最低限知っているべきことです。

それについて何も語らない一般の人と、それをベース自分意見を語ろうとする者の間には決定的な違いがあることを理解してください。

最低限の背景も知らず、最低限のソースもあたらない人間が、誰かに何か説くことは出来ません。

あなたが語る相手に対して、それが失礼に当たるということはわかりますか?

2010-06-19

http://anond.hatelabo.jp/20100618024009

ごめんなさい、元々自分が何に苛立っていたのかが、話題が発散してよくわからなくなってしまったのでもう一度整理しておきます。

私は元々、赤木智弘氏が「アグネス・チャンの『二次元児童ポルノ規制論は、当の児童の『性的主体』としての権利侵害している」と発言したことが、「フェミ」系の人を中心に批判されていることを中心に違和感を覚えたわけです。しかしながら、そういう批判をしている人たちは従来、「中高生セックスするな」という意見があれば反発する層と重なると思え、どうしてそんな矛盾したことを主張できるのだろうという従来のイライラが噴出したということでした。「主体」に対して保護はあり得ないのだから、児童ポルノ規制と性行為禁止はセットであるべきだし、酒やタバコと同様の理由でこの両者はセットで規制すべきだろうというのが私の意見です。

あなたは七生事件をご存じであった、それどころか増田で書かれていたという記事を読みましたが、「知らなかった経緯」と書かれるのはなぜでしょう?

知っていたけれども、それが宗教原理主義(具体的には統一教会?)的な意味での「純潔教育」と結びついていたとは初耳だったということです。私は単に、身内に障害者がいたので、養護学校ではあのような試みがあることも知っていたから「糾弾動画」を見てああいう記事を書いただけです。そういう予備知識なしにああいう動画を見せられて「狂信的フェミニストによるやり過ぎの事例」とか言われればその通りなのだと思いこんでも不思議はないだろうと思いましたし、石原はそういう勘違いをしただけだろうと思っていました。身内のタカ派議員あたりからそんなことを吹き込まれたではないかと想像したわけです。それ以上の政治的背景には関心も知識もありませんでした。

しかし、例えばコンドームはなくてもセックスできます。わざわざ身分証明書を借りてきたり偽造したりしてまで(現状で高校生が酒を買う方法です)、コンドームを買うかというと疑問です。がんばらないと入手できない状況を作ることは危険です。できれば、未成年には無料で配布したいくらいですが、禁止されていれば無理ですね。

特にピルは処方薬ですので現状でも医師の診察が必要であり、入手は困難です。法的に禁止されれば入手は今以上に困難になります。

何度も言うように、「禁止されていれば入手できない」というのは飛躍が過ぎると思いますし、同じことをもう一度言いますが、現状ではポルノだって禁止されているはずですよ。必要なのはその程度のザルな「禁止」であって、それ以上でも以下でもないと思います。

ちなみに、酒なんて誰でも平気で買えるものだと思っていましたが、それは初耳です(そういえば最近、私も一度スーパーで年齢訊かれたことがあります。既に二十代後半なので唖然としましたが)。それは明らかに度の過ぎた過剰反応ですね。

あと、ピル外国では処方なしで買えるものだと思っていましたが、調べてみてそうではないことがわかりました。そうだとすると少しそこは裏口を考えなければいけませんね。医者には守秘義務があることを強調するとか。

で、建前として18歳未満はセックスを禁ずるべきと言う論ですか。

18歳未満とは言っていません。年齢制限については低いに越したことはなく、たぶんあなたの言うように15歳ぐらいが適当でしょう(元々、議論の発端は「13歳」だったわけで)。要するに、体が未成熟妊娠生命危険を生じさせ、また社会的子供を育てる能力もない状態では保護が必要であり、その保護の一手段として禁止が必要であるという理屈です。義務教育が原則15歳で終わることや女性が16歳で結婚できることなどを考えても、それ以上の規制現実的に有害無益だと思いますし。

また、私も「出来る限り人間の自由は制限されるべきではない」という原則を信奉しており、たとえば実際の行動に及ばない限りは小児性愛者も性的少数者の一種にすぎないという立場から「非実在児童ポルノは絶対に規制してはならないという立場ですが、「自由」には必ず「自己責任」が伴うわけで、判断力が十分でない年少者にはこの原則を当てはめることは不適切だと考えます。

販売目的自分の裸を撮っちゃいけないと、それがキリスト教原理主義まで出てくる話ですか。

ソース検索したけれど発見できなかったので提示ありがとうございます。しかし、この話にはキリスト教原理主義ないし何らかのイデオロギー性を読み取ることは不適切でないと考えます。成人が同じことをすれば、「猥褻物陳列罪」にしかならないはずで(しかもその成立要件は確実にもっと狭い)、それがもっと重罪で裁かれるのは明らかに法の濫用ではありませんか。

私はこの種の、「世の中が全体としてトチ狂ったことをする」ことが何よりも嫌いです。児童ポルノ過剰規制は反捕鯨運動北京五輪の時の犬肉禁止運動、そしてスカーフ反対運動と並んで、現代西洋社会の最大の思想的恥部だと私は思っています。そしてここでも鹿鳴館根性が働いている日本という国が情けなくて仕方がありません。

2010-06-13

フェミが純潔教育を嫌う理由がわからん

これは自分でも極論だと思うし、どこかがおかしいのは確かだと思うのだが、どこがおかしいのかよくわからないし、人文系音痴の俺には適切な文献を探すことすらできなかったので、誰かが教えてくれることを期待してここに書く。

赤木智弘氏「13歳を性的主体として認めるべき」

これを書くきっかけは赤木氏のブログ記事「アグネス子供権利をないがしろしている」( http://blog.livedoor.jp/shimanekoblog/archives/1410043.html )とそれにまつわるtwitter上での議論「13歳のセックスする権利」( http://togetter.com/li/28748 )、およびそのブクマを見て違和感を覚えたことだ。。見ればおわかりの通り赤木氏は、フェミ系とおぼしき人を中心に徹底的に叩かれており、同情的な意見はほぼ皆無に見える。確かに赤木氏の言っていることは極論であると私も思う。しかしそれを批判している人にもどうしても違和感を覚えざるを得ないのだ。

赤木氏を批判する側の言うとおり、13歳は性的主体として未熟すぎ、自己責任の原則を適用するのは無茶だと思う。つまり、13歳を性的主体として考えるべきではないのだろう。

しかしながら13歳という年齢は十分性欲もある年齢だ。とすれば、放置しておけばいきさつはどうあれ現実の行動に走ってしまう子供達はいる。それも、同年代同士の恋愛の帰結というような、13歳という年齢を考慮に入れなければ非難することが難しいような経緯のあげくということもあり得る。

これにはどう対処すべきなのだろうか。大人の視線で言えば、ともかく13歳が性行動をすべきではないということになろう。となれば、純潔道徳を推進するというのが論理的に正しい帰結のように思えてしまう。

しかしながら、「純潔」の「じ」の字でも口にしようものならこれまた、赤木氏以上の勢いで血祭りに挙げられることは間違いないのだ。

だとするといったい、この年代子供をどう扱うべきなのだろうか。世間の良識がどのあたりにあるのか、本気でわかりかねている。

純粋培養の俺の思想遍歴

実際俺自身が中高生だった頃は、自分自身を純潔思想で染め上げていた。誤解しないで欲しいのだが、私は何らかの宗教の熱心な信者などでは全くない。単に「責任が取れないことはすべきではない、従って未成年は純潔たるべし」と思っていただけなのだ。そして奥手な男子校生としては、自分が「過激思想」を持っていると気づく余地もなかったし、それで現実とのギャップに何の問題も起こらなかった。

ショックを受けたのは大学入学以降で、周囲が何の疑問も持たずに「恋人がいれば肉体関係になるのが当然」という価値観で行動しているのが理解できなかった。完璧避妊法なんてないのに、みんな誰もかれも、いざとなれば大学中退して子供を養う覚悟が据わっているともとても思えなかったからだ。もちろん、全員が俺のように考えないのが間違っているとまでは思わなかったが、俺のような考えが「極論」として一笑に付され、何の検討にも値しないかのように扱われたことはショックだった。今の感覚で言えば、うっかりシー・シェパードの本部に紛れ込んでしまったらこのような気分になるだろうか、それほど絶望的な孤立を感じた。

その後周囲と話していて、そのあたりの感覚は高校以前の段階で確定してしまっていることがわかった。つまり、世の常識は良くも悪しくも、「中高生の少なくとも一部は性的主体として認められるべし」なのだ。

そこで俺はますます混乱してしまった。当時、児童ポルノ論議が始まった頃だった。つまり世間様の言っていることは「中高生性的主体」だが「中高生性的客体にすることは児童虐待」なのだ。まるでわけがわからなかった。

現在自分社会人となっているので「純潔」云々を自分の問題として真剣に悩む必要はなくなったが、それでも未だにこの件はわけがわからない。

こんなことを考えるのは俺だけなのだろうか。だとしたら俺の何がおかしいのだろう。ショックを受けてから十年以上経ったが、未だにまるで見当もつかない。

児童ポルノ規制論が見て見ぬふりをしている偽善

どこかで見たアメリカンジョークをご紹介する。

深夜パトロール中の警官路上駐車を見つけ、取り締まるべく近寄っていった。念のためと中を覗くと、そこにいたのは若い男女。これはお邪魔だったかと回れ右をしかけたが、ふと気づいた。この二人、見つめ合うでもなくただひたすら時計を見つめているのだ。

警官、思わず声を掛ける。「君たち、何をしているんだね」

男が答えた。「日付が変わって彼女が18歳になるのを待ってるんですよ」

これがジョークとして成立すること自体、現行法体系における児童ポルノ児童性愛定義に無理があることを表しているのではないか。現行法の定義児童ポルノ児童性愛として人の道にもとる悪と処断されてしまうものの中には、実際には問題がほとんどないものがあるからこそ、このようなジョークが成り立つわけなのだから。つまり、現行の児童ポルノ児童性愛定義は、「百人の罪人を見逃すとも、一人の冤罪を出さない」という現代法の精神と矛盾を来しているということなのだ。それがなぜか、自分児童性愛者と名指されたくないためなのか、誰もが「王様衣装が見えないやつは非国民」だと心から信じている振りをしているように思えてならない。

そもそも、児童ポルノ規制の議論をするのであればこのあたりをまず議論しておかなければ、ただの偽善家同士の争いにしかならないのではないか。中高生性的主体として認めるのであれば、買売春の主体と認めないとしても、中高生を性の対象にすること自体はともかく罪悪ではないということになる(でなければそもそも中高生時代の俺自身を含む、ほとんどすべての人が憎むべき児童性愛者であったことになってしまう)。盗品を買うことが盗みをすること以上に罪悪になり得ないのと同様、「若気の至り」の記録を蒐集すること自体を人の道にもとる悪として断罪することは明らかに行き過ぎであり、単純所持を微罪以上のものとして処罰することには根拠がなくなるだろう。

実際憶測だが、児童ポルノの多くは「被害児童」の買春の結果として撮影されているのではないだろうか。その「被害児童」が本当に全面的な同情に値するのだろうか?少なくとも、当事者性的主体として少しでも認めない、即ち純潔教育を否定するのであれば、本人が「児童ポルノ製造」に多少なりとも「主体的に」荷担していることは確実なのだ。その種の児童売春した者、あるいはその記録を蒐集した者の罪は、どう考えても成人に対する強姦や強制猥褻といった典型的性犯罪に比べてはるかに軽いものとしなければ理屈が通らないだろう。

つまるところ、純潔思想を肯定して、「18歳未満の児童には何人たりとも指一本触れてはならぬ」とする覚悟なく、児童ポルノのあらゆる「被害児童」を純粋無垢の「被害者」として押し切る思想はどこかでその種の「いいところ取り」をしているとしか言いようがないのだ。だからこそ、この議論は宗教論争のようになってしまって、いつまでも収拾がつかないのではないか。

とはいえ、だったらどうすればよいのかと問われても、このような事情でなかなか解決策が私にはわからないのだが。

2010-03-30

赤木智弘

ttp://twitter.com/T_akagi/statuses/10110565295

たった2万円をホームレスが持ち逃げしたことを非難する日本国民が、世界災害への緊急支援はあたり前だと考えるという状況に対する疑問は、絶対に失ってはならない。

2010-02-20

赤木智弘の眼光紙背】平和を報じるなら、戦争も報じよ

ttp://news.livedoor.com/article/detail/4613439/

バンクーバー五輪が始まった。

しかし、その裏で米軍によるアフガニスタン掃討が始まっている。

北京オリンピックの際は、ロシアグルジアが開戦した。

オリンピック平和の祭典というが、平和の祭典という標語がその裏にある現実を覆い隠してしまっている。

日本ではほとんど報じられていない。

少なくとも私が見聞きした限りで、オリンピックに沸くテレビニュースでは、一切取り上げられていなかった。

品格だと着崩しただけの選手を一方的に攻撃し、

日本人はまたも「メダル」を渇望して、平和の祭典で醜い争いを繰り返している。

2009-10-12

Twitterにおけるネトサヨ池田信夫への罵詈雑言が酷すぎる件

http://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/ikedanob/status/4757525050

はてサツイッターで吐き出した愚痴ゴキブリみたいに群がって大はしゃぎww

どんだけ池田信夫嫌いなんだよw

 

まぁ著名人ユーザー全般に対するpostを見ていても思うことなんだけどさ、最近Twitterを「著名人へ生卵をぶつける好機」みたいに考えている人多くね?

社会に出た時期が人間の序列を決める擬似デモラティックな社会の中で、一方的にイジメ抜かれる私たちにとっての戦争とは、現状をひっくり返して、「丸山眞男」の横っ面をひっぱたける立場にたてるかもしれないという、まさに希望の光なのだ。

これ、赤木智弘言葉だけど、実はこういう状況ってもうとっくに生まれているんじゃないかってTwitter見てて思ったよ。氏は肉体的、物理的な接触を意味する「ひっぱたく」機会を望んでいたようだけど、想像力を働かせれば今ネットで行われている著名人ブログやつぶやきに対する容赦ない罵詈雑言も立派に「底辺がエスタブリッシュメントをひっぱたく」行為だと思えてこない?

昔は学者言葉って綺麗に編集されたテレビ校正を重ねた書籍新聞ぐらいでしか、一般庶民が耳にする手段ってなかったわけさ。だから学者って雲の上の存在だし、品行方正で上品で、部屋には書籍だらけだというイメージ漠然とあったはず。で、そのステロタイプ学者像を、ネットが発達して学者と1対1でやりあえる状況になった今も引きずっている奴が、まだ多いんじゃないかと思う。「相手は著名人だから、こちらが少々横柄なクチをきいても、相手になんかするはずがないさ」という甘えで、罵詈雑言を浴びせているようなのが結構居る。で、挙句にブロックされたらありえないことをされたかのように、そのことを吹いて周る。これは著名人学者というものを自分より高いところに「勝手に」置いているからだ。学者ともあろう人間がそんな小さなことでいいのか、とでも言わんばかりだ。ちげーよ、お前も学者Twitterでは最初から対等なんだってば。だからこそ気に食わなければ一発でブロックするし、悪態を突かれたら応戦もするの。

たかだか個人のグチにいちいち噛み付いて「経済学者なのに」という切り口で軽口を叩けば、そりゃ誰だってブロックするっての。わかれよ、それぐらい。

最初から自分と対等のつもりで罵っているのなら結構。だけど、それならそれで言い返されたりブロック食らったときに「著名人なのに」の理屈は、出すなよ?当然そうなるわな。だけどそれをわかってない奴、居るだろ。その見苦しさを自覚しろよ。

見ず知らずの人間がおかしな事を呟いていて「あまり知ったかぶりしないほうがいいですよ」とは普通はいちいち返さないはず。それを著名人だからという理由でやっている奴が居るよな。嫌いな人間に生卵をぶつける機会を伺うためのフォローをしているわけだ。それはそいつの権利だとは思うけど、自分から喧嘩売っておいて挙句にブロックされて文句言ってる奴は著名人に一体何を求めているのかと言いたい。

前にはてなでどっかの弁護士を中傷していた奴居たよな?で、その弁護士訴訟をも辞さない構えを見せてきたら、突如として発言を取り下げ、代わりに今自分が陥っている状況を披露し始めた。「みなさん見てください!僕がこんなことを書いただけで、○○弁護士法律を盾に訴訟するぞと噛み付いてきましたよ!」と、精一杯の抵抗を見せてた。つまり、彼はナメていたのだ。「メディアにも露出する弁護士ともあろう人間が、俺のような泡沫ブロガー言葉に過敏に反応するはずがない」とタカをくくり、罵声を浴びせていたわけだ。チンピラは、いざ肉体的な闘争になった場合勝てない相手も沢山いるはずだ。だけど日頃から粗暴な言動に及んでいれば、自分が弱い人間だと悟られることはない。だけど、いざ反撃された場合に引っ込みがつかなくなる。だから勝てないと解ったとき、突如としてギャラリーを味方に付けようとするのだ。ああいう滑稽な人間が、Twitterにはまだまだ多い。

21世紀にもなってこういう人間が滅びていないのって、どうにかならんかね、これ。

2009-10-11

Twitterにおける池田信夫への罵詈雑言が酷すぎる件

まぁ著名人ユーザー全般に対するpostを見ていても思うことなんだけどさ、最近Twitterを「著名人へ生卵をぶつける好機」みたいに考えている人多くね?

社会に出た時期が人間の序列を決める擬似デモラティックな社会の中で、一方的にイジメ抜かれる私たちにとっての戦争とは、現状をひっくり返して、「丸山眞男」の横っ面をひっぱたける立場にたてるかもしれないという、まさに希望の光なのだ。

これ、赤木智弘言葉だけど、実はこういう状況ってもうとっくに生まれているんじゃないかってTwitter見てて思ったよ。氏は肉体的、物理的な接触を意味する「ひっぱたく」機会を望んでいたようだけど、想像力を働かせれば今ネットで行われている著名人ブログやつぶやきに対する容赦ない罵詈雑言も立派に「底辺がエスタブリッシュメントをひっぱたく」行為だと思えてこない?

昔は学者言葉って綺麗に編集されたテレビ校正を重ねた書籍新聞ぐらいでしか、一般庶民が耳にする手段ってなかったわけさ。だから学者って雲の上の存在だし、品行方正で上品で、部屋には書籍だらけだというイメージ漠然とあったはず。で、そのステロタイプ学者像を、ネットが発達して学者と1対1でやりあえる状況になった今も引きずっている奴が、まだ多いんじゃないかと思う。「相手は著名人だから、こちらが少々横柄なクチをきいても、相手になんかするはずがないさ」という甘えで、罵詈雑言を浴びせているようなのが結構居る。で、挙句にブロックされたらありえないことをされたかのように、そのことを吹いて周る。これは著名人学者というものを自分より高いところに「勝手に」置いているからだ。学者ともあろう人間がそんな小さなことでいいのか、とでも言わんばかりだ。ちげーよ、お前も学者Twitterでは最初から対等なんだってば。だからこそ気に食わなければ一発でブロックするし、悪態を突かれたら応戦もするの。

たかだか個人のグチにいちいち噛み付いて「経済学者なのに」という切り口で軽口を叩けば、そりゃ誰だってブロックするっての。わかれよ、それぐらい。

最初から自分と対等のつもりで罵っているのなら結構。だけど、それならそれで言い返されたりブロック食らったときに「著名人なのに」の理屈は、出すなよ?当然そうなるわな。だけどそれをわかってない奴、居るだろ。その見苦しさを自覚しろよ。

見ず知らずの人間がおかしな事を呟いていて「あまり知ったかぶりしないほうがいいですよ」とは普通はいちいち返さないはず。それを著名人だからという理由でやっている奴が居るよな。嫌いな人間に生卵をぶつける機会を伺うためのフォローをしているわけだ。それはそいつの権利だとは思うけど、自分から喧嘩売っておいて挙句にブロックされて文句言ってる奴は著名人に一体何を求めているのかと言いたい。

前にはてなでどっかの弁護士を中傷していた奴居たよな?で、その弁護士訴訟をも辞さない構えを見せてきたら、突如として発言を取り下げ、代わりに今自分が陥っている状況を披露し始めた。「みなさん見てください!僕がこんなことを書いただけで、○○弁護士法律を盾に訴訟するぞと噛み付いてきましたよ!」と、精一杯の抵抗を見せてた。つまり、彼はナメていたのだ。「メディアにも露出する弁護士ともあろう人間が、俺のような泡沫ブロガー言葉に過敏に反応するはずがない」とタカをくくり、罵声を浴びせていたわけだ。チンピラは、いざ肉体的な闘争になった場合勝てない相手も沢山いるはずだ。だけど日頃から粗暴な言動に及んでいれば、自分が弱い人間だと悟られることはない。だけど、いざ反撃された場合に引っ込みがつかなくなる。だから勝てないと解ったとき、突如としてギャラリーを味方に付けようとするのだ。ああいう滑稽な人間が、Twitterにはまだまだ多い。

21世紀にもなってこういう人間が滅びていないのって、どうにかならんかね、これ。

2009-05-26

有村悠よ、なぜそんなに馬鹿なのだ

まず触れておく。blacksorceryは言葉の使い方がまだ分かっていないらしい。

増田でも絡まれたので、マイノリティ=少数の者と思う人は、以下の文章に出てくるマイノリティは、弱者とか被差別側、被抑圧者にでも読み替えて欲しい。

(http://d.hatena.ne.jp/blacksorcery/20090523/p1)

昨日の記事に、女性マイノリティって書いたのは失敗だったと後悔している。

元々、エロゲー愛好者はセクシャルマイノリティ女性エロゲーへ抗議するのはマイノリティへの差別だって人がちょこちょこいた。

で、こういう世界マイノリティっていうなら女性だよと書いたことがある。

そのときのマイノリティは別に間違いでは無かったと思っているけど、これにも異論をもらった。

けど、今回独立させて書くときに、マイノリティって書くのは自分でもちょっと違和感があるし、誤解招きそうとも思ったんだけど、ここで書かずにいると前に異論出した人が喜びそうなのが癪に障って、いいや、マイノリティって書いておこう。と。

けど、やっぱりわかりやすくするべきだった。 (http://d.hatena.ne.jp/blacksorcery/20090524)

何度もいうが、「マイノリティ」は基本的に「少数(派)」のことだ。だから、とくだん数の多寡に重点をおかないのなら使わないほうがよいだろう。なぜか。重点となるものに関した用語(例えば被抑圧者、とか)を使うほうが自然だし、それについて語るときに問題点などがはっきりするからだ。これはくどいほど説明したし、辞書での定義ではこう、wikipedia記述ではこう…と示しもした。「女性マイノリティではない」という女性たちの声も示した。だが、blacksorceryはあくまでそれに抵抗しつつ、しかしちっとも「"なぜ"マイノリティは『少数派』の意味ではないのか」を語ろうとしない。そもそも、http://anond.hatelabo.jp/20090518024234で私が書いているのは

男の総数より多い「女性」がマイノリティってなんのことだ。

だ。別に、「マイノリティかつ女」などあり得ない、という話でもないし、だから女は守られるべきではない、という話でもないし、だから女は文句を言うな、といった話でもない(「人の間違った論を引かずに自分意見を言え」「気分ではなく論理を結論にせよ、話し合いや権利の意味を考えて」というようなことは書いたが)。そしてもしこれが気に入らないのなら、「なんのことだ」という問いには「~が~だから、~ということだ」と論拠(むろん、マイノリティが基本的に少数派とかいう意味を持つ、という論拠と同レベル以上には説得力のあるもの)をもって語ればいいのである。ただそれだけのことをblacksorceryは語らない(ほかのブックマークコメント者もまるで語らないが。何の根拠も示さず、だが揶揄だけはできるようだから始末におえない)。また、マイノリティをどう遇するか、レイプゲームをどうするか、表現の自由をどうするか、について私が何ひとつ言っていないのに、blacksorceryは

だから君らはマイノリティ。 (http://b.hatena.ne.jp/entry/http://anond.hatelabo.jp/20090518024234)

だの

元々君の友達が自分たちは少人数で被害者みたいな科白を書いてたから (http://b.hatena.ne.jp/entry/http://anond.hatelabo.jp/20090518225205)

だのと勝手定義付けをする。彼には自分意見を異にする者がみな「仲間」であるように見えるのか? 女性という「マイノリティ(???)」にも「その嗜好を満たす商品」が提供されている事実認識できず、

その嗜好を満たす商品が出るのは、男性というマジョリティに属しているから

などと書く。彼には事実ではなく自分イメージだけが見えているのか?


さて、そろそろ本題に移ろう。本題とは有村悠のことだ。先にあげたhttp://b.hatena.ne.jp/entry/http://anond.hatelabo.jp/20090518024234で、彼はいの一番に現れてこう書いている。

y_arim anonymous, gender, society, あたまがわるい マジョリティマイノリティが単純に数の多寡で決まるとでも思っているのかね? たとえば少数民族が多数民族を統治する国家社会構造について考えてみな。 2009/05/18

当初、私はこれをあまり大したことと捉えなかった。ほんの少しだけ彼の文章を読んでいた私は、彼が馬鹿だとは思っていなかったからである。私はこう思ったのだ、「ははあ、何か勘違いをしているのだな」と。ゆえに、続くhttp://anond.hatelabo.jp/20090518225205では皮肉半分、憂慮半分の文章で返しておいた。しかし有村悠は一向に反応しない。まあべつにいいけど―と思いかけたそのとき、そのエントリはあげられた。http://d.hatena.ne.jp/y_arim/20090521/1242967919である。ちゃんと読ませれば小学生でも分かる内容だが、こんなもの「昔のオタク史にはそんな事実はなかったじゃないか、出してみろよ」と言うamamakoが「事実はもちろんある」と反論を食らっただけの話なのである(細かくはhttp://anond.hatelabo.jp/20090523030043を見てもらおう)。引用されたNaokiTakahashi氏の言も、あくまでamamakoの「昔のオタク史」説に対するリアクションに過ぎない。amamakoこそは昔のオタク史を「知ったこと」だと思っており(ただし、知ったつもりなだけ)、NaokiTakahashi氏たちこそがその「(嘘まみれの)抑圧」に対して反発しているのだ。なのに有村悠には一連のやり取りがまるで逆かのように見えているらしい。私は困惑した。有村にはこんな簡単な状況が見えていないのか? なぜ?

それでも私はまだ疑っていたのだ。彼はそんなに馬鹿ではない、ないはずだ、と。だがまたしても、そんなときにエントリはあがる。"「○○は人間本能《だから正しい》」というありがちな論法"(http://d.hatena.ne.jp/y_arim/20090525/1243251389)だ。彼はjoe11111氏のつけたブックマークコメントを引いてこう書く。

子供を産み育てることは人間本能本能に(義務とか趣味とか)理由などない。そもそも発端はタバコ子育てを同じ次元で見た駄文でしょ?あんなの最初読んだ時にコメントする価値すらないと思うのが普通

 というコメントの前半についてなのですが、これが赤木智弘氏の主張(個人が自らの幸福を追求するために子供を産み育てる行為=子育て趣味といってよい)への反発であることを踏まえると、

子供を産み育てることは人間本能本能に(義務とか趣味とか)理由などない。

 という部分には「本能《だから正しい》」という価値判断が含まれているように読み取れます。「本能《だから当然》」でもいいのですが。

 しかし、《》の部分は実は偏見なのですね。本能であるということ自体は、本来いかなる価値も帯びないのです。そこに《だから正しい》《だから当然》という価値を「勝手に」与えているのは、実はjoe11111さんである――となるのです。

なぜ? 確かに「子供を産み育てることは人間本能本能に(義務とか趣味とか)理由などない」という文章は分かりにくい。率直に言えば、私にもはっきりした意図がまるで分からない。が、これはそのまま読めば(「子育て趣味」という論への反発としても)「子育て本能だから、義務だからやるとか趣味だからやるとかいう理由などない」としか読みようはないだろう。そこに「正しい」とか「正しくない」とか言う価値判断は必ずしも入ってこないのだ。「当然かどうか」についてはなおのことである。善人が善事をなすのは当然、悪人が悪事をなすのもまた当然。「当然」に価値判断などありはしない。この価値判断は、有村も書くようにただ「含まれているように読み取れ」るだけであり、それさえもさしたる根拠はなく、「有村が」自身の解釈においてそのような意味を「与えている」というのに過ぎないのである。にもかかわらず、有村は書く。

そこに《だから正しい》《だから当然》という価値を「勝手に」与えているのは、実はjoe11111さんである――となるのです。

そこに、joe11111さんの主張と同じように《だから正しい》《だから当然》、あるいは《だからやむを得ない》という価値判断を含ませると、戦争暴力行為のようなものでも正当化できてしまいます。

正確に読み取ることなどできなそうな「joe11111さんの主張」をなぜ有村は読み取れるのか。さらに続く

joe11111さんは、子供を産み育てることは理由などないほどに当然の行為だとおっしゃりたいのだと思いますが、それは結局倫理的道徳的に好ましいという意味です。

については失笑するほかない。兎のつがいがさかって子育てし始めたらどうか。それは理由もないほど当然の行為だろうが、それも倫理的道徳的に好ましいのだろうか。

いや、根拠の薄い憶測解釈も、結果的に当たっているのならそれはそれでいい。しかし、その解釈は当たってなどいなかった。有村解釈が披露される以前に、joe11111氏はコメントの補足をしている。

ご指摘に関しては、まさに仰る通り「論点のすり替え」です。「だから正しい」がどれにかかっているのかはハッキリしませんが、「子育ては義務議論」にかかっているのであれば私はどちらの味方でもありません。どちらかを正しいと主張したいがために持ち出した論点のすり替えではありません。

私が言いたかったのは

人間子供を産み育てることに誰にでも共通する普遍的な真理などあるはずがない

               ↓

発端の記事

http://news.livedoor.com/trackback/4109939?tc=cf328439421c63bb4f2056d5d3d1a1fd

はそれを「趣味」と決め付けた

               ↓

したがって「駄文」であり「コメントする価値すらない」と判断した

つまり「義務なのか?」とか「趣味なのか?」といった議論は不毛だと言いたかったわけです。

joe11111氏はどちらが正しいかなど主張しておらず、「論点のすり替え」も(話を正邪や好悪などにすり替えているのでない以上)「自然に訴える論証」でもなんでもない。つまり、有村の論は全く・完全に誤読であった。有村解釈の部分は実は偏見で、《だから正しい》《だから当然》という価値を「勝手に」与えていたのは、まさしく有村悠であったのである――さあ、有村はどうしたか。

追記

 この記事をタラタラと書いている間に、joe11111氏のブログのほうでお返事をいただいていた。

子供を産み育てることは人間本能

 こちらを更新したあとでトラックバックに気づいた次第、申し訳ありません。(http://d.hatena.ne.jp/y_arim/20090525/1243251389)

y_arim 2009/05/25 20:45

わあ、すみません。この記事がアップされたことに気づかず、ぼくのブックマークコメントの内容を改めて書き直したブログ記事を上げてトラックバックを打ってしまいました。ご笑覧いただければ幸いです。

とりあえず、joe11111さんの意図は了解いたしました。(http://d.hatena.ne.jp/joe11111/20090525/1243242720)

これだけ。これだけである。誤読で「偏見」だの「自然に訴える論証」だの「誤謬」だの「戦争暴力行為のようなものでも正当化できてしまいます」だの…散々に難じておいて訂正もない。無礼について謝罪のようなものもない(「申し訳ありません」「すみません」は単にエントリアップのタイミングについての話である)。

泡沫フリーライターめ、なぜこんな文章を書いて恥ずかしくないのだ。事実ではなく自分イメージだけが見えているのか? 有村には事実に基づいてものを論じるという資質そのものが欠けているのではないだろうか。なにがモノカキだ、なにがライターだ? おまえはblacksorceryと違ってそれを自称しているのではないのか。矜持の差は、覚悟の差はないのか。

有村悠よ、なぜそんなに馬鹿なのだ。

2009-04-28

http://anond.hatelabo.jp/20090428231912

それをネタに一本論文でも書いてみたら?

赤木智弘みたいにどこかの雑誌の雇われ文筆家くらいにはなれるかも知れんよ。

2009-04-17

近藤増田子育てが迷惑なら、赤木智弘だって迷惑だ!

2009年04月17日17時くらい / 提供:近藤増田

赤木軍馬の近藤増田:第80回



4月1日からJR東日本が、通勤電車へのベビーカーの持ち込みを禁止している。

これまで、車両端にあった優先座席が撤去され、指定となつているグリーン車でしかベビーカーを持ち込むことができなくなっている。



私自身は子供を持っていないので、なんら不便はないのだが、混雑する車内にベビーカーがあることによる不快を感じたこともない。

JR東日本PRによれば、ベビーカーが他の客にぶつかったり、赤ちゃんの鳴き声がイライラする通勤客に迷惑をかけることを問題視しているらしいが、そんなに嫌なら通勤電車に乗らなければいいだけのことだろう。



勤務の都合上、通勤電車に乗らざるをえない場合もあるかもしれないが、そんな一瞬のことを排除しようとするのは、あまりに子育てを嫌う側にのみ都合のいい言い分のように思える。それに、子育てしながらの通勤が問題なのであれば、各車両子供車両を設置すればいいのである。全面ベビーカー中止はいいが、電車全体でベビーカーを持ち込めないというのは問題である。私としては徹底の視点で、公共交通機関には子供専用車両の設置を義務づけるべきだと考えている。



と、そんなことを考えつつ、ベビーカーについて検索をしていたのだが、世の中の嫌子育て家の要求は、分子育て要求をとうの昔に通り越していたらしい。今や彼らの主張は「子供専用車両の設置自体が許せない」というところにまで、行き着いている。例えば、路上ベビーカー禁止区域を設定した市町村が、ベビーカーエリアを設置するということに対して、「その費用を誰が負担するのか」と言うのである。もちろん、それは税金に決まっているのだけれども、彼らは「子育てという個人の趣味税金で負担するべきではない」のだという。



もし、そうした理屈が通じるのならば、私は赤木智弘の文章の全面抹殺を求めたい。なぜなら、赤木智弘を嫌いな私が、赤木智弘という個人の趣味を、税金によって整備された通信網を通して負担してやる理由はないからだ。



赤木智弘というのは、恵まれない個人が自らの幸福を追求するために赤木智弘というネタ要員を褒め称える行為であるのだから、当然負担も受益者負担であるべきだ。そう主張したい。



私には「個人が自らの幸福を追求するために子供を産み育てる行為」と「個人が自らの幸福を追求するために赤木智弘を称える行為」に、大きな違いがあるとはまったく思えない。「赤木智弘を称える行為は、赤木智弘を称えないに迷惑をかけていない」と思うかもしれないが、赤木智弘の極論が絶対善であるという引きこもり通念によって、他の利用者がいかに不利益を受けているかを考えれば、子育てなんかよりもはるかに迷惑な存在なのである。



それでも私が、赤木智弘の文章の全面閉鎖などを求めないのは、たとえ迷惑であっても、それを互いに我慢していくことによって、始めてみんなが幸せ社会が実現すると考えているからである。それが誰もが自分にとって不愉快なことを声高に主張し始めてしまったら、社会は成り立たないだろう。



赤木智弘がうるさいからlivedoorを撤去しろ!」などという主張が通ってしまうような社会を、私は許容したくはない。子育てもそれと同じである。人は誰しも、他人に何らかの迷惑をかけながら生きている。人権を主張することも大切だけれども、だからこそまずは他人の権利を認めることから始めてみてはどうだろうか?



【眼光紙背】タバコが迷惑なら、子育てだって迷惑だ!

http://news.livedoor.com/article/detail/4109939/

はてなブックマーク > livedoor ニュース - 【眼光紙背】タバコが迷惑なら...

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://news.livedoor.com/article/detail/4109939/

2009-02-13

http://anond.hatelabo.jp/20090213160622

赤木智弘くらいしか見たことないな。



バリキャリ男にすり寄る女なみにバリキャリ女にすり寄り、仕事で疲れたその心を癒し、「結婚もいいかも」と思わせれば結婚するバリキャリ女はいそうなもんだ。特に「未婚」の風当たりは女のが強いんだから。



バリキャリ男にすり寄る女ほどの努力をせず、漠然と「専業主夫希望」と思っている男は果たして専業主夫希望と言えるのか。難しいな。

2008-07-10

赤木さんの自己責任って何なんだろうか。

「けっきょく、「自己責任」 ですか(赤木智弘)続「『丸山眞男』を ひっぱたきたい」「応答」を読んで」

http://www7.vis.ne.jp/~t-job/base/maruyama2.html

この人、こんなことも言ってる。

「事件で亡くなった方たちの中で、年下の人はかわいそうです。しかし、年上の人や遺族は、こうした社会を作ってきて、放置してきた。だから自己責任だと思う。」

http://www.ohmynews.co.jp/news/20080614/26345

2008-06-22

永久労働実験

銀河鉄道999』の「永久戦斗実験室」の回を見ていたら、

ゲスト要人物のゼーダの言動がいちいち赤木智弘連想させるので困った。

2008-06-09

勝つ見込みの無い戦争戦争じゃない、というか戦争にならない

加藤智大格差社会代弁者ではない

ttp://d.hatena.ne.jp/naoya_fujita/20080609/1212966011

  だから僕は赤木智弘さんの「希望戦争」のように、「あんまり追い詰めると爆発するぞ!(だから金銭配分したほうがリスク回避になりますよ)」という恫喝には一定の効果しか認められないと思うし、今回の事件にもそう思う。それに、通り魔をする前に、社会運動をする、デモをする、小説を書く、演説をする、投票をする、ブログを発信する、その他その他、あと精神的なものなら精神科に行くなど、できることはまだたくさんある。安易に通り魔代弁者として賛美してはいけない。その前にやるべきことなど、大量にあるのだ。そして世界を変えていくほうが、通り魔なんかよりずっと有効である。


すでに社会運動通り魔が同列に語られちゃっててウケた。これに同意できる奴まだいるの?

2008-06-08

希望は、戦争。」から通り魔

赤木智弘が「希望は、戦争。」と論壇を釣って小遣い稼ぎをしていた

http://t-job.vis.ne.jp/base/maruyama.html

ら、地方派遣がひとり、派手な通り魔をやったわけか。

2008-05-10

REALSITEはまだ本を出さないのか?

自らの拠って立つ位置と理論が明確なら、少なくとも論文書くなど造作も無い

すくなくとも、赤木智弘よりはマトモな論文かけんだろ!東大卒だもんな!

 何だ!口だけか、お前のマトモな文章読んだことなかったが、やっぱりなwww 

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