はてなキーワード: あるじゃんとは
あれ受けるのはそのための仕組みだからいいんだけど
家賃高かったりして負担になって再起しにくいなら関東圏から離れて生活しやすい田舎に移動してやり直すチャンスを探したほうがいいの?
小学校低学年の頃まで僕は毎年夏休みに、田舎にあるおばあちゃんの家に遊びにいっていた。
とても豪華なことに源泉かけ流しでそしてとても広い風呂だった。
子供2人と大人1人で入っても余りがあるくらいで、さらに小学2年生の僕には足がギリギリつかないほど、とても深かった。
そしてそのお風呂は潜ると、「村」が見えるのだった。
どんな村だったか、いまだによく覚えている。
とても覚えやすい、単純な地形だった。
一番左に、大きな学校にあり、その近くに個人の商店があり、そして右に行くにしたがって個人の民家が広がっていた。奥には病院があり、その先には森林が広がっている。
おばあちゃんちのお風呂に潜ると、そんな具合に、この村が上空から俯瞰できるのだった。
何度潜っても、いつでも同じ景色であり、それはとても当たり前のことだった。
小学生の僕はこの話を大人にしたが、誰も信じてはくれなかった。ただし、5歳の妹を除いて。
この話を僕らが大人にしつこくするものだから、近所の高校生のお姉さんが真実を確かめようと一緒にお風呂に入ってくれた。
「さあさあ潜って、潜って」と僕は大はしゃぎである。妹も同じように、はしゃいでいた。
お姉さんは「どれどれ〜?」と半信半疑でにやけた顔をしていた。
僕と妹とお姉さんで湯船に入り、いっせーので潜った。
隣には村を見ている妹が見えた。
そしてもう一方の、お姉さんの方を見た。お姉さんも村の方を見ていた。でもなぜかお姉さんに金のリングや宝石のネックレスのようなものが身体に巻き付いていたのだった。好奇心からそれを取ろうと手を伸ばしたところで水面に引きずり出された。
「やっぱり何もないじゃない」
お姉さんはそう言った。僕は「あるじゃん!そこにあるじゃん!」と抗議した。妹も抗議した。
お姉さんは困った顔をして、それ以上は何も言わなかった。
結局、それでその場は終わった。
夜、寝る前に僕は気になっていた。
あの宝石はなんだったんだろうか、と。
妹にもあれが見えたのだろうか、そういえば抗議することに必死で聞きそびれた。
もう一度見えたりはしないだろうか、そう思って、夜中に1人でお風呂へと向かった。
おばあちゃんちのお風呂は源泉かけ流しだったので、いつでもお湯が張ってあるのだった。だから夜でも朝でも入り放題であった。僕はみんなが寝静まった夜に、お風呂に入って、そして潜った。
村が見えた。
そして、宝石が落ちていくのも見えた。
潜って潜って、手を伸ばした。全然手に届かなかった。病院の近くの標識の方へと落ちてくのが見えた。
息が苦しくなったので、引き返して水面に戻った。
もう一度潜った。
また宝石が落ちていくのが見えて、それを拾おうと必死で追いかけた。
でも息が苦しくなって引き返した。
僕はこれを何度かチャレンジして、無理そうだと諦め、布団に戻って寝た。
誰もが泣いているなか、僕だけは泣いていなかったように覚えている。
あれから何十年も経った時のことだった。
彼女とデパートを歩いていたら、催しで小規模なリアル脱出ゲームが開かれていた。
平日ということもあってか、並んでいる人は誰もおらず、僕は興味を惹かれた。
僕と彼女は2人でその脱出ゲーム『沈んだ村からの脱出』をやることにしたのだった。
ストーリーはこうだった。
誰もがこの村を愛していたが、特にその中でも1人の5歳くらいの女の子が村から離れないと言って聞かなかった。
村からの立ち退きの日、その女の子が忽然と姿を消してしまった。僕たちはその女の子を見つけて、無事脱出することが目的である。
その女の子はいつも「宝物(どんぐりや綺麗な色をした石など)」を村の至る所に隠して遊んでいた。僕たちはそれを最初に探し出し、そこから得られるヒントで女の子を探すというものだった。
僕は驚愕した。
手元の資料に書かれている村の地図が、まさにあの、おばあちゃんちのお風呂で見たあの村と全く同じであったからだ。
そして同時に、僕には「宝物」がどこにあるのかが全て分かっていた。あの風呂場で見た宝石が、だいたいどの辺に落ちていったか、全て覚えていたからだった。
病院の近くにある標識の横、学校の校庭、個人商店の鉢の裏、僕はなんのヒントもなく全ての「宝物」の位置をピタリと当ててしまった。
自分でも怖かった、なぜ分かるのか、なぜあの光景がここにあるのか、何もかもが分からなかった。
彼女やスタッフは僕が当て勘で見つけているのだと思っているらしい。事実、確かに「宝物」がありそうな場所は10数箇所ほどしかなく、たまたま全てを見つけてしまう可能性も、なくはなかったからだろう。
その宝石に書かれたヒントをつなぎ合わせると、「おばあちゃんちのお風呂の中」と読み解くことができた。民家にあるおばあちゃんちにいって、お風呂を覗くと、そこには泣いてうずくまっている女の子がいて、いい感じに説得して、一緒に帰るという流れで脱出に成功した。
とてもいるような気がする。
だけど、僕は忙しさにかまけて、まだおばあちゃんちに帰れていない。
たとえばゴールデンカムイとか読んでると「なにこの展開……俺こんなの知らねえぞ……」ってのが結構あるじゃん。
それが「この展開知ってる~~~映画とかで散々見た奴~~~」とサンドイッチされるからいい感じにサクサク読めるのよね。
全部見たことある展開だと既出感だけでバランスが悪くて読み心地が悪い。
鬼滅が流行ったのも多分その「なにこの展開……なに?」って所が結構あったからじゃねえかな。
・迫力のあるっぽい動きを描こうとしてるがゴチャゴチャしててわかりにくい
このどっちかしかない。
あと全体として動きに骨格や指先がちゃんと追いついてなくてマリオネット感がある。
おいおい中にちゃんと筋肉入ってるのかこの人間どもって状態ね。
昭和か。
一周回って新しいのかな?
あえてテンプレをなぞることでどういうキャラか一目で分かるようにしてるんですよってのは分かってるんですよ。
でもそれにしたって陳腐なのが多すぎない?
記号化が激しすぎるでしょ。
それで中身には個性が詰まってるならいいけど、中身もテンプレっていうね。
言動全部テンプレじゃあ学芸会見てるような気分になっちゃうよ。
その辺は一枚絵とかにも現れてて「このキャラってこういうキャラなんですよね」ってお互いに確認するかのごときテンプレポーズをテンプレ小物と一緒に決めてくる。
「いいえ、ちょっとは個性出してほしいですよ」とこっちは言いたいけど、金出して買ってる層は「テンプレキャラテンプレヤッター」なんだろうね。
俺が漫画に求めてるのって
・個性
・意外性
・細部のディティール
なんだと思うわけよ。
でもジャンプ+で人気のあの漫画は「無個性なテンプレを見本をなぞるように描く」ことで人気を博しているわけだ。
相性がここまで悪いとなんでこれ流行ってんだろって悩んでもしゃーないな。
「本日未明、3丁目の住谷ギョルゲ氏27歳が1丁目1ブロックの鈴木ミチザネ氏宅に窃盗目的での侵入を判断しました」
「これを受けてペディア評議会は住谷氏の認識の自動ダウンライトを即座に実行」
「住谷ギョルゲ氏は今後意識が落ち着くまで、『窃盗』という言葉・行動の代わりとして『草むしり』を認識するようになりました」
「ペディア評議会は住谷氏窃盗の判断理由を生活困窮のためと発表しております」
「皆様におかれましては住谷氏への支援策として草むしりの代行依頼を募集しております」
「詳しい料金や時間設定におきましてはペディア評議会HPをご覧ください」
「住谷氏の今後についてはクラウドファンディングでのワークプラン創出を予定しております」
テレビでは今日も地方のさえない男性アナウンサーがご近所ニュースを読み上げている。
私はソーメンをすするのを止めて、「うちの草むしりも住谷さんに頼めばよくない?」と母に呼びかけた。
「嫌よ。空き巣しているつもりでうちに来るんだから、草むしりするの夜中とかでしょう。気持ち悪くて眠れないわ」
母はちらりと窓の外の庭を見ながら答えた。
やはり雑草の伸び具合は気になるらしい。
「たぶん留守中指定もできると思うよ。お母さんが手続きが面倒ならおこづかいくれるなら私がしてもいいよ」
「あたしはダウンライトゥンを利用するのが嫌いなの。悪事を判断したからって利用するのは社会的制裁みたいで前時代的だわ」
今日も母は手ごわい。しかし夏休み明けまでにどうしてもあと2000円だけほしいからあきらめるわけにはいかない。
「そういうダウンライトゥン差別の方が古いよ。報酬は払うんだからただの社会的支援よ」
「社会支援なら、彼がオーバーライトされてクラファン開始されてから依頼するわ。どうせ悪趣味なペディア協議会のことだから草むしり会社の立ち上げでもさせるでしょ。この話はおしまいおしまい」
そう言って、母はごちそうさまをして、自分の食器を片付け始めた。
「それで今回は何が欲しかったの?」
ソーメンを食べ終わった私に、麦茶を注いで私に手渡しながら母は言った。
もう少し、座ってなさい、話をしましょうということらしい。
「ほしいって何のこと?」
「さっきの草むしりの依頼でお小遣いが欲しいって言ってたでしょ。欲しいものがあるなら直接言ってくれればその分の代金は渡すのに」
「だってさー」
「だっても何もないわよ。言ってごらんなさいよ、化粧品?服?それともどこかデートでも行くの?」
「そんなんじゃないよ。言っても買ってくれないでしょ。ペディアの20thアニバーサリーバージョン」
母は露骨に嫌な顔になる。
「あんた、脳内メモリどんだけ拡張するつもりなの?もう入っていない言語の方が少ないんじゃない?」
「そんなんじゃなくてさー、今度のペディアには動画の20倍速再生理解モードが入ってんの。10年分くらいアニメ知識足りなくて、友達との話についていけなくてさー」
母と私は同時にため息をつく。こいつ話が通じないわとお互いに思っているのだろう。
「ペディア19じゃダメなの?今度のペディア20はメモリ拡張の他に15年ぶりの語彙アップデートもあるでしょ?少し様子を見た方がいいんじゃないかしら」
また母はどこかで陰謀論をかじってきたらしい。
「語彙だけじゃなくて知識と技術のアップデートもね。相対性理論の理解から大型クレーンの運転技術まで。ペディア前は習得困難とされていたものだって引用と実行に1秒もかからない。そんな世界の転換からもう20年も経っているんだから少しはペディア開発会を信用したら?」
今どき、ペディア4を使ってるのはお母さんくらいよとも言ってしまいたくなる。
「あたしだって信用したくないわけじゃないの。さっき気持ち悪いって言っちゃったけど、ペディアの犯罪抑止目的での思考監視と認知変換でたしかに犯罪は世界からなくなった。でもそれと同時に無くなった言葉もあるじゃない」
まあた、この話だ。母と同世代かそれより年上のインテリ(死語)たちはこの手の話題が好きすぎる。
「はいはい禁語ね。差別的な言葉やそこまでいかなくても過度に区別する意味のない言葉、体に害ある行動や文化の言葉が語彙としてペディア内から削除され、認知すらできなくなる」
私はかぶりを振った。
「それの何が悪いの?歴史理解に必要な言葉については多くの注釈付きで別の妥当な言葉に置き換えられるだけだし、ペディアが禁語にしたとしても、新しく発見され別の言葉が充てられるだけのケースもあるじゃん。あの何だっけ、日本版のワンピースのサンジが吸ってるの」
「『タバコ』ね」
母はペディア4使いの古い語彙を言ったのだろうが私には『ね』しか聞こえなかった。
「たしかに私はその言葉を聞くことすらできないけど、『ケミリル』って同義の言葉は知ってる。そんなワンピースを読んだオタクが作った語彙が生まれて私たちの世代には広がってる。消された言葉でも必要な言葉なら再生産されて拡散される」
「でも何度再発見されて再生産されてもペディア評議会に弾圧されて消される言葉もあるわ」
そうつぶやく母は悲しそうな眼をしていた。
「それって本当に差別的な蔑称とか区別することが社会的害を及ぼす存在に対する言葉だけでしょ?不必要じゃん」
「あんたにはわからないでしょうけど、侮蔑的な言葉を言ったり、書き込んだりすることに自由を感じた世代もいるのよ」
「ただの懐古趣味でしょ、そんな非生産的なことこそアップデートしなきゃ」
母は少しためらいながら「それがあたしたち世代には人間らしいことだったの」と言った。
「さあ午後は『人間』らしいことしましょ」と母は立ち上がって言った。
「何言ってるかわからないんだから意地悪しないでよ、何するの?」
秋葉原のさ、前にトラックのって突っ込んだ事件起きた交差点あるじゃん。あそこの信号からちょっと入ったところにもうひとつ横断歩道あるよね。
あそこさ、信号ないんだよね。つまり歩行者はいつでも横断ができるというわけ。
こういう場所って歩行者優先を忘れかけたドライバーを教育するのにうってつけだ。
自分は有無を言わさず横断する。一応車を確認するがとまれる距離であることを確認できたらさっさと渡る。
これまで100回以上やっているが危険な目にあったことはない。
あせってブレーキ踏んでいるドライバーもいるが、信号に向かって突っ込もうとする車のいい抑制になっていると思っている。
また自分が渡ることで、車の流れが止まり他の歩行者も渡れる状況を作り出すことができる。
兄が妹を死ぬまで殴って殺した事件があるんだけど、カウンセラーってあるじゃん?あれの逆をやりたいんだよな。「死ぬまで殴られるってどんな気持ちだと思う?」「死ぬ程の痛みってどんな感じだと思う?」「殺した時どんな感じがした?」「今後も機会があれば殴る蹴るなどして人を殺していきたいと思う?」って質問してみたい。人を殺す様な人間には質問の意図も伝わらず、想像力も無いかな。殺そうと思わなければ100カ所も暴行痕が残るわけ無いもんな。検視官は傷の跡を数えながら相当辛い思いをしたと思う。火葬する前に自分が殺した相手の死体と直面させて外傷を見せて、「どんな気分?」って確認してみたい。途中で発狂するかな?全然こたえないのかな。この世で最強の能力って「罪悪感を持っていない事」「後悔しない事」だと思う。ハッピーだよな。本人は。