はてなキーワード: 自己評価とは
身近に数人いる実体験程度の母数の話なので全体に普及するつもりはないんだが、身近な弱者男やフェミニズムにいちいち食ってかかる男、反フェミたちが救われる未来がどう頑張っても見えないなという日記。
一生童貞、女性から嫌われる、会話成立不可、頼みの綱の女性蔑視的エロ表現は全部焼かれる。(描いてるやつも似たような拗らせキモオタなのか?女性が主体的で性的客体化されず女性蔑視が入らないエロを描ける絵師がいない、それじゃないと抜けない成熟した精神性を持つ人たちの市場がないのかも)
彼らは四面楚歌に感じているが、どうやら自己評価と客観的評価にかなりの乖離がある。
よく似た光景を別の場所で見たことがある。ADHDの無能社員が周りから常にフォローと尻拭いをされて、福祉の一環で会社が面倒を見てあげていて人材としては役には立ってないのに、自分が優秀だと勘違いをしていて、自分に大きな仕事を回してくれない、評価が低すぎると怒っている場面だ。
30近いのに小学生と話してるんじゃないかと錯覚するほど幼稚なんだよね。美味しいお菓子をもらって褒められてるだけなら、家事を手伝ってママにカーネーションを買ってきて、すごく良い子でお利口さんにできてるかもしれないが、与える側に回る力が全くない。
大人げなくて、小さな子供をスマブラでボコボコにしたり自分より下の人間を見つけてきては笑ってるのが趣味。話題が非常に幼稚。何かあるとすぐに台パンやら持ち物に八つ当たりやら、手が出ている。
精神的に弱いため、自分が劣っている現実について見せられそうになると大暴れする。
発達障害もしくはグレーゾーンなんじゃないかと思うんだが、簡単な作業と簡単な指示を少しやる程度であれば仕事ができるから、障害者雇用ではなく普通の就職を選ぶようだ。
身なりを気にすることがなく、異常に清潔感がないが、自身を客観視することはないのでそこそこイケてると思っているらしい。
このような男性が、問題を抱えていない普通の成人男性・成人女性と関われるかどうかと言われると、お付き合いは絶対に無理だと思う。なんなら友人になれるかも結構怪しい。
仕事上の付き合いをドライに続けてるだけなので関係は良くも悪くもない。他の社員から苦情がくるし、問題行動をどうにかしたいんだけど、やんわり言ってもうまく理解できてないようだった。
一応なるべく良い人生を送れるように、支援しているつもりなのだが。
彼らは現実を見るのが嫌なようなんだけど、現実を見たくない問題行動を起こす人に、どう対処すべきかの解答をまだ見つけられていない。
35歳女オタクの日記、創作か事実かは分かりませんが、妙なリアリティと飛び火のように特定ジャンルのファンが叩かれたことで大変物議を醸していますね。
それに引っ張り出されるように32歳腐女子の話も注目を集めています。
年齢相応の服を着ろと説教されているようなその内容に優しい人は言ってくれます。「服に年齢なんて関係ないよ!好きな服を着たらいいよ!」と。
じゃあお前ら35歳の私が好きな格好してたらそれがどんなに似合ってなくても素敵!お洒落!35歳にみえなーい!って持ち上げてくれるのかよ!!違うだろ!!せいぜい自分貫いててカッコいいよ!くらいだろ!そういう言葉を求めてるんじゃないんだこっちはよ〜〜〜〜〜!!!
取り乱しましたが要約するとこういうことです。
まず35歳女オタクの話、32歳腐女子の話、どちらからもひしひしと感じたのは「自分はおしゃれだと思うし、できれば周りからもそう思われたい」という気持ち。文章の中に一度もそんなことは書いていないので私が勝手に感じてるだけといえばそうなのですが、この前提がないと話が進みませんのでこれを前提とします。暴論ですが。
この「周りからもおしゃれだと思われたい」という気持ちがかなり厄介。この気持ちさえなければ「好きな服を着ればいい」という結論で落ち着くでしょうし、こんな記事が出回ることもないのです。
この前提を踏まえた上で、この二つの記事のターゲット、つまり一番心が動かされる人は誰かを考えてみましょう。
30代〜40代の自分の服装が年齢不相応だと思う人って言われてしまってはそれまでですが、この「自分の服装が年齢不相応だと思う人」にも色んなタイプがいます。
まずは自分の信念を持って年齢不相応な服を着ている人。
偏見ですけど「好きな服を着たらいいよ」派の大半はこれなんじゃないですか?世間に迎合し自分らしさを殺すことを是とすることの方が人が離れてしまうことより苦痛!という場合にはこの選択も充分アリと思います。おしゃれ服って人のためだけじゃなく自分へのバフみたいなところあるし。
かの有名企業の社長然り、毎日服を選ぶこと自体が時間の無駄と考える価値観もあると思います。服を買うのも面倒だから学生の頃に買ったものをずっと着続けている、という時に年齢不相応な服を着ている…という事態になるのでしょう。
大学を卒業してから仕事が楽しくて、気づけば休日にデートする女性もいなかった。非モテになっていた。
そんな折、社内異動で1年間閑職に飛ばされることになった。
初めは趣味や友人付き合いに勤しんだが、少しすると、アラサー特有の旺盛な性欲に悩まされる時間が増えた。
適当に自慰で済ませるのもアレだし、せっかくだからモテてみたいと思った。
いろいろ(アプリとか、相席とか、合コンとか)チャレンジした。
どれもそれなりに出会えたけど、どうしても課金ゲーの要素が強く、「モテる」を実感するには程遠かった。
そこでナンパに興味を持った。見知らぬ女性に声をかけるのは難易度が高そうで、やりがいもありそうだと予想した。
約束の1年が過ぎて、無事に元の部署に戻ることが決まった。引退する。
ナンパをしてきたこと、周囲の誰にも話さなかった。記録代わりに増田に書く。
アラサーのリーマン。理系。ナンパ始める前の経験人数は一桁後半くらい。
元の自己評価は中の下だったが、スキンケアや身だしなみに気を使ってから褒められる機会が増えた。嬉しい。
週3〜4回、仕事終わりに街(新宿、池袋とか)に出て、多い日だと100人/日くらい声をかけた。
連絡先を交換して、後日デート。気が合えばイチャイチャする感じ。
経験人数は50〜60人増えた。お付き合いしたのは1人。
零時レイさんとかゴッホさんの本、あとは藤沢数希さんのメルマガも。
ただ、一番役に立ったのは古い本。リーマンナンパマスターさんの『もう合コンに行くな』。シンプルに読み物としても面白かった。
ナンパの難関の9割は「どうやって声をかける勇気を振り絞るか」に帰着するので、
その勇気をくれるツールであれば何でも良いんじゃないかと思っている。
ナンパ講習とか有料noteは全く使ってない。調べた限り、8割くらい情報商材か詐欺。
今もTwitterで騙される人々を見かける。弱者男性ってナンパでも搾取されるんだなと思うと、悲しくなる。
ほかに、Twitterのオフ会(合流)は数回行ったけど、すぐ止めた。
「どうやって口説くか」とか意見交換したいのに、「女はクソ」みたいな話ばっかり出るのでつまらなかった。
ナンパは周りとつるまず、こそこそ隠れてやるのが一番だと思う。
知らない人と話すのはシンプルに楽しい。口説き落としたときももちろん楽しい。
自分は今でもナンパの成功率は低くて、声をかけた女性の7〜8割には無視される。
でも、反応をくれたとき、自分の冗談で笑ってもらえたとき、素直に嬉しいなと思える。
あとシンプルに女性のことが好きになった。共感できるようになった。
昔は非モテだったのでネットのミソジニー投稿に共感してたけど、
たくさんの女の子と話すうち、彼女たちにはそれぞれ個性的な魅力があって、男性には分からない苦しみを抱いているんだなって思った。
ナンパは基本的に迷惑行為なので、その中で続けるのは正直きつかった。
自分の場合、明確な合意を取るまで絶対に関係を持たないなど、かなり気をつけていたけど、
連れ出した女性に対して強引に関係を迫ったり、どう見ても未成年の女の子に声をかけまくったり。
「貢がせ」として、口説いた女性たちに金銭をせびることを奨励する文化もある。最悪だ。
万能感に包まれて無茶なナンパをして、逮捕されてしまった人も居た。
10年続けてる人も居たが、少し喋っただけでヤバさが伝わる感じだった。
ナンパは独特の高揚感と、普通に生きている限り到底得られないほどの経験人数を与えてくれた。
ただ、それが今後の人生に役立つわけではないと思う。むしろマイナスだ。
引退後は元の部署で普段どおり仕事をしているし、プライベートが特段充実したわけでもない。
多くの女性と関係を持つことで身についてしまったものもある。中途半端な万能感と、身分不相応な勇気だ。
仕事して、趣味に打ち込んで、友達付き合いをする中で出会った女性を「口説ける」ことなんて、
日常のコミュニケーションにおいては害悪でしかない。できるかぎり、周りを色眼鏡で見ないよう努める毎日だ。
新しいことに挑戦するのは楽しかった。
講釈たれるってのは一方的にしゃべるという意味だし、情報交換だとか雑談ってのは意味不明に感じてる
そして結局、男としては普通のコミュニケーションのつもりと仮定しても、相手との力量差を考えずに女にだけ講釈たれに行く理由は対女自己評価が実態より高すぎる以外に何かあるのだろうか