はてなキーワード: コロコロとは
http://www.tokyometro.jp/anshin/kaiteki/poster/manner_201002.html
「イチャイチャするなら家でヤれ!」
と思ったら、「優先席を妊婦さんに譲れ」って意味らしいんだけど、
どうやら「イチャイチャ」と「妊娠」を掛けているようにしか見えないヤラシサ。
http://www.tokyometro.jp/anshin/kaiteki/poster/manner_201001.html
携帯ゲームやワンセグテレビは家でも見れるじゃない、という意味かと思いきや、
このアニキ、座席とドアの間にある空間に、自分のコロコロキャリーバックを置いて、
そのバックの上に腰掛けている。
昔、小学生ぐらいの頃にスーパーのカートを走らせて遊んだのごとく、
キャリーバックのコロコロを使って、電車ゴッコして遊ぶのは家に帰ってからやれ!
ルールや秘密を守る事に関心のない連中というのは、社会とか企業とか、自分を取り囲むシステム自体を信用してない場合が多い(気がする)。
日本人が(比較的)ルールや秘密を守るのは、そっちの方が結果的に自分の利益になると無意識に理解しているからだろう。実際その通りだし。
我々の多くが今の生活がこれからも末永く続くと考えている。それはすなわち自分の周囲に生きる人達とも永く顔を突きあわせて生きていく事でもある。そういう前提であれば、目先の利益よりも周囲から得られる信頼の方が重要視されてくる。こればかりは時間をかけないと得られないし。
だけど○国人の生まれ故郷ってのは、おそらく国がひっくり返るような動乱を比較的最近経験しているとか、もしくは現地の社会や企業にルールというものが存在しないんだろう。だから社会というものを、いつどんな理不尽な力で自分の財産や生命を奪いに来るか分からない存在だと無意識に感じているはず。そういう前提ではルールを守ることのインセンティブは非常に低くなる。ルール自体が全く守られていないか誰かの都合でルールがコロコロ変わる世界で、律儀にそれを守る奇特な人は多くないはず。
「BC級戦犯裁判で米兵捕虜にゴボウを食わせたのが虐待だとして死刑を宣告された事件の【裁判記録】を読んだ(そして涙を流した)」
というエントリを書いてその真偽をid:Apeman氏に質され、Apeman氏の態度を問題にして回答を拒否し、ブログを閉鎖する様子、そしてその周囲の反応をを横から眺めて思ったこと。
古今、こういう「嘘や間違いを指摘されても引き下がれないタイプ」って珍しくもないんだけど、ガメ氏については他の大多数の「ごめんなさいが言えないクン」とは違う点があるのが興味深い。
ふつう、この手の輩は、元々人望がないことが多い。プライドが高すぎて間違いを認めたり謝ったりすることに苦痛を感じる人は、だいたいどこに行ってもすぐに他人と摩擦を起こすので、ネットで継続して書き込みをしていると「またおまえかw」的な評判が付着していることがほとんどという印象がある。
でも、ガメ氏の場合、こうしてボロが出るまではかなりファンの多い「読ませる書き手」だった。「ごめんなさいが言えないクン」であることがバレても擁護者が出るくらい、人気があった(擁護者の「質」はさておく)。
「一目置かれているブロガー」だったらたくさんいるけど、ここまで「ファンがつく」ブロガーって珍しいんじゃないかと思う。
それから、今回の「ゴボウ事件」が起こる前から不思議だったのは、なぜガメ氏の「日本人(日本語native)ではない、英語圏で生まれ育って日本語はいま勉強中の身」という設定をまるっと信じて疑わない人がこんなに多いのかなあ、ということ。
ガメ氏が日本語nativeでないはずがない、自己申告は100%ウソ、ということは子細に検証しなくても感覚的にわかるだろうにと思ってたんだけど。たまたま私が日本語を勉強している外国人と接する機会が多いからなのかもしれない。
日本が大好きで10代のころから日本の漫画や小説やテレビを読みまくり見まくって、大学でも日本語を専攻し、日本語検定1級ももってる、という外国人とも複数接してきたけど、それでも彼/彼女らが書いた文をたくさん目にしていると、やっぱりnativeでないことははっきり分かる。
一方、ガメ氏の文章や文体。あれは「完全に日本語を自在に使いこなせる人間が、あえて崩して書いている文章」にしか見えない。どこにも文法的な破綻はない。ボキャブラリーの豊富さも、文体を崩していることによってよりクッキリと浮かび上がって見える。
「日本語学習中」の外国人の書く日本語を読んだことのある人はわかると思う。言いたいことは分かっても、うまい日本語であればあるほど、違和感を感じてネイティブチェックを入れたくて仕方なくなるんだよね。ロボットで起こる「不気味の谷」現象に似ていると思う。
ガメ氏の文章で、その「日本語版・不気味の谷」を感じることはまったくない。少なくとも私は。
もちろん、そのことは「ガメ氏が英語圏生まれの外国籍であること」とは矛盾しない。片親が日本人だったりして、生まれつきバイリンギャル教育を受けて、日本語・英語ともにnativeのレベルで操れるという可能性は残るからね。
(ただ、ガメ氏の「英作文」を読む限り、英語nativeである可能性は限りなく低いと思う。そう思っている人も少なくないようだけど)
でも、重要なことは、「ガメ氏は自己の属性について一貫して嘘をついている」ということ、そして「嘘を書いていたことを自認している」ことだと思う。
http://www.hatena.ne.jp/gameover1001/
当初は純正日本人であったが些細なことから英語国民であることがばれて欧亜混血であると自称。暫くすると、実は日本語は単に成人してから習った言語であることが露見。本当は(退屈にも)ただのコーカシアンであることが暴露される。
普通に読めば、書いてあること分かるよね。
・その後、英語圏出身であることが「ばれた(←嘘なわけだが)」ため、「欧亜混血」を自称した。
・さらにその後、「日本語は成人後に学習した」と「露見(←正しくは「自称」)」した。
・最終的に、「ただのコーカシアン(文脈から、「日本人の血を引いていない純然たる白人」の意味であろう)」だと「暴露された(←もちろん、正しくは「自称した」)」。
ここまで自己の属性をコロコロと変える人の自己申告を信じてあげるほど、性善説には立てない。少なくとも私は。
そういう意味で、ガメ氏と山本七平との類似性を指摘する意見が複数出てくるのは、ごくごく自然なことだと感じた。
で、冒頭の話とつなげると、ガメ氏がこれまでイタい人扱いされることが少なく、むしろファンが多くついていたということの理由の一つとして、「ガイジンを装っていた」ということがあるように思う。
もちろん、ベースにあるのは、ガメ氏自身の知識や体験に基づいた、面白い文章にあったことは間違いない。でも、「ガイジンが書いた」という設定によってその文章に上げ底感というかスパイスというか、プラスアルファがついてきていたこともまた間違いないと思う。
そして、そこかしこに見え隠れしていたちょっとズレた自己顕示欲やプライド、それに起因するプチ炎上なんかが看過されてきたのも、やはり「ガイジンだから」という、ある意味差別的な視線に包まれていたことによるのではないかな、と。
ガメ氏が「日本語nativeではない」と騙っていた目的や動機については、わからないし、知ったことでもない。
ただ、そうして「ガイジンを自称すること」によって発生するいろんな副次的な効果まで計算したうえで、「ガメ・オベール(Richard?)」というキャラを作っていたのだとしたら、けっこう怖いことだなあと思う。
でも、最後の撤退のヘタレっぷりを見る限り、そこまでの深謀遠慮の能力があるなら、Apeman氏に対するあの対応によって自分の信望がどれだけ失墜するかを想像できないはずがないわな、という気はする。
追記(1/31)
upした後にアカウント削除してプロフィールも読めなくなっちゃったね。改変はしてないよ。魚拓とってないけど。
ゲーム屋(ifeelgroovy.net)の「シャチョー」とガメ氏が同一人物だという説もあるようだ。
私は「シャチョー」のブログやゲーム屋のサイトはほとんど見ていなかったので論評できないが、もしそうだったとしても驚かない。
それくらい、ガメ氏の書いていた内容は荒唐無稽で嘘にまみれていることが明らか。何が本当なのかまったく見当がつかない。
まさか写真くらいはどこぞのパクリではなく自分で撮ったものなんじゃん、とは最初思っていたけど、それもわからない。
年齢も20代を自称していたけど、「ガラスの十代です」「あんたおっさんだろ」ではないが、知識の幅や深さだけでなく、世代臭というのか、雰囲気と一致しない。
「モニ」との話に関しても同様。「モニ」の描写(はてなキーワード参照)からしても胡散臭すぎて。
恋愛経験・結婚経験や社会経験などは、むしろ豊富だと思う。「最近結婚した」というのが嘘。
ただ、それにしては煽り耐性がなさすぎるんだよな。癇に障る批判をしてくる相手に対しては、人格を徹底的に貶めないと気が済まない。
でもそういう性質ってあんまり世代関係なかったりする(50代60代のオッサンなんかでもいっぱいいる。むしろ多い?)から、それはそれで矛盾はしてないというか。
別に「ガメ氏はちょっと英語ができて海外経験も豊富なゲーム屋経営のただの日本人のオッサンが中の人で、ゲームの宣伝が社長自身じゃみっともないから社員にPRさせるという自作自演をしてるうちに独り立ちしちゃった別人格」とか信じてるわけでも主張したいわけでもない。
仮にそうであったとしても驚かないくらい、ガメ氏の書いてきたことのうち「実社会に繋がっている部分」については支離滅裂だ、というだけ。
本格的に入院したり自殺未遂したりで病院のお世話になり始めたのは7年くらい前、家に泥棒が入って生活費を15~20万程盗まれて精神的ストレスと恐怖感が増大してからだが(しかも犯人は親戚だったもんだから以下あとで)、私が小さな頃から元増田の日記にあるような性格傾向があったから、多分その頃から少しずつ病を得ていたんだろうと思う。
ただ元増田の家と状況が違うのは、弟は一時期色々あって大学を中退しながらも今は仕事しながら一人暮らしをしていることと、母親が中途の盲聾者ということだ。私が中学校位まではまだ少しは見えて聞こえていたのだが、今は全く。(でも母親の部屋には双子の子供がいて、それが何かを言っているのが聞こえているそうだ)目は網膜色素変性症、耳は高熱を出したことで突発性難聴で、私と弟が生まれる間に二つの病にかかったらしい。亡き祖母の話だが)
こういう状況だったから小さい頃から母方の祖父母と同居し、祖母が母親がわりに私の面倒を見てくれた。
祖父は賃貸業をやっているから(まだまだ元気な昭和3年生まれだ)ずっと家にいて、私は幸い寂しい思いをした事がなかったが、コロコロ変わる母親の機嫌に合わせるのが苦痛で、祖父母と折り合いの悪くなった父母と弟が一時期近所にある祖父の借家に引っ越した時も、私だけは祖父母の家に残って祖父母と一緒に暮らしていた。母は祖父母よりも遠い人間だった。
あんな女性にだけはなりたくない、としか思えなかった。
ヒステリックな母親の性格がどうしても好きになれなかった。「お母さんはかわいそうだから大切にしておやり」と祖母に言われて育ったが、私には無理だ、としか思えなかった。私が小さな頃はまだ補聴器を使えば音が聞こえていたが、中学の頃には聴力がほとんどなくなったから筆談しか出来なくなり、高校時代になると、視力もほぼ無くなったから、手のひらに指で文字を書かないと意思を伝えることが出来なくなった。
何かを相談しようにも、その過程を踏むのが面倒で、自分の進路を決める時は大概、家族には事後承諾だった。
高校も大学も第一志望を決めてから話をした。
幸い大学は第一志望には落ちたものの県外に出る事が出来た。祖母が土地を一つ売って事業に失敗した父親の借金を精算し、かつ私の入学費と1年生の間の授業料にあててくれたということを後で知った。2年からは授業料免除と奨学金とバイトで、家からの仕送りがほとんどない状態で大学に通えた。18切符で東京に行ってコミケに参加も出来た。
家に母がいない、家族の事を考える必要がない、ということがどれだけ気楽か。本当に幸せな時期だった。
ただ、私は地元に帰らねばならなかった。母親の面倒を見なければならないから。
やがて就職活動の時期になる。地元で就職先を探さなければならない。その時期から37~8度の微熱が続き、一日起きられないこともしばしばだった。今にして思えば多分、逃避行動でしかなかったのだろうと思う。そして時は折しも就職氷河期。
結局仕事の見つからないまま地元に帰り、とりあえずアルバイトで食いつないで公務員試験を受けよう、と思っていた時に、祖母にガンが見つかった。余命1年。
呆然とした。祖父と伯母二人と一緒に、入院していた病院に通った。母はその頃、自分の部屋に引きこもって、食事と風呂の時以外は部屋から出ないようになっていた。私には母の相手をしている精神的な余裕はなかった。祖母は手術をしたが体力がものすごい勢いで落ちていくのが傍目にも良くわかった。私はまだ何も恩返しをしていないのに。私の誕生日から2週間後にあっけなく祖母は逝った。
「お母さんの面倒を見てあげてね」というのが祖母の願いだった。しかし母との距離感を埋める努力すら、私はしようとしなかった。
私にとって母親以上に母親である存在だった祖母を亡くして、何もかもがどうでも良くなった時期に、前述した泥棒騒ぎが起きた。
母はしょっちゅう出歩くことが出来ないから、手元に生活費を持っていた。それをごっそり持っていかれて、恐怖と悲しみに泣き喚く母と一緒に私も泣くしか出来なかった。続けて2回。父親が金銭を管理するようにし、部屋に鍵を二つつけたが、母親は昼夜を問わず「死にたい」と大声で叫ぶようになった。部屋の中にマジックで「死ね」という殴り書きがあちこちでされた。
私は母親の変化を受け入れることが出来なかった。そして家にいることが苦痛になった。事情を知っている友人の家に入り浸るようになって、家に帰るのは2週間に一度という有様だった。
ある日たまたま家に帰った時。2階から父親が大声で私を呼んだ。母親の部屋に入ってみると血だらけだった。母は手首を切ってわんわん泣いていた。
見舞いに行くことすら苦痛だった。しかし投薬を始めて、母親の精神状態は嘘のように落ち着いた。最初はリスパダール頼みだったのが、徐々にいらなくなった。私は相変わらず家に近づくことがしんどいから父親に任せっきりにしていた。
後日わかった事だが、盗んだのは従兄弟だった。従兄弟の母親である伯母は、母の頼みで買い物に出かけたりしてくれていた。
何もかもうんざりだった。
…とりとめがなくなった。そんなこんなで私もパニック持ちだ。今もストレスがかかることがあると寝入りばなに死にそうな気持ちになって飛び起きるし、コーヒーを飲むと発作が出やすくなるからあまり飲まないようにしている。
20代の頃は早く死にたいと思っていた。
でも30代になって厄年を超えて、「とりあえず生きててもいいんじゃね」とちょっとずつ思えるようになってきた。
ちょっと前にも母親が首吊って死にそうになって入院した。鬱血した顔を見て泣けてはきたが、「母が生きててよかった」と思えるようになった。
私には元増田さんのような情の深さはないし自分かわいいし懐も広くはないから、母親を受け入れることは一生出来ないだろうと思う。父親には任せっぱなしで済まないと思うけど、なかなか家に帰れない。ごめん。
網膜色素変性症は遺伝の可能性があるから、私も発症するかもしれないし、子供に遺伝するかもしれないと考えると結婚&出産はする気がないけれども、人生の伴侶を見つけた元増田さんが羨ましいな~と思ってしまう。私、心狭いなあ。私の分も幸せになれよこんちくしょう!
でも人をうらやんでても自分は自分だからしょーがない。私は事情を知って受け入れてくれている友人に心から感謝するしかない。
私に生きる場所をくれた人だ。ここがあるから、私はとりあえず生きていようと思える。公務員にはなれなかったけれど、正社員でもないけれど、とりあえず働いて生きてる。働ける体がある。仕事とは別に一生続けられる技術も身につけた。
そしてオタクバンザイ。漫画とアニメとゲームと小説がなければ、私はとうに死んでいただろう。
死んでも世間的には害がないんだろうけど、ここで死ぬのはシャクだからもっと生きてもっと働いてもっと本読んでWEB見てゲームして遊ぶよ。
私には支えてくれるものがたくさんある。けれども母にはない。今年は私にとっては正念場だ。後悔したくないからちょっとだけ頑張ってみる。
母の世界は、母の中にしかないのだ。目を閉じて耳を塞いでも、目も見え耳も聞こえる私では想像出来ない世界に母は住んでいるのだから。
それを肝に銘じておかないといけないなあと思う。
人格者にはなれない人間が、過去を整理するためにつぶやいてみた。
…こうやって並べてみてみると、自分本当にキャパ狭いな…。だから増田で書いたんだが。
ごめんねばあちゃん。頑張ってもう少しだけ母親に優しくしてみるよ…出来るといいなあ。
やあ!おいら、オッサンレゲーマー。
あんまり読みたいFF13論がないなあ、と思ったので、自分で書くよ!
「FF13」はゲームシステムとか遊んだことがないので分からないので、設定のみに注目するよ!
まず、主人公が女性。
おいらはこれが全てを象徴していると思う。
いわゆる「邪気眼」というのは、「自分が特別だ」という根拠の超現実を自分でねつ造することだよ。そして、女性って、みんな「自分が特別だ」と思いたい(これに対し、私は違うと反論もある訳だけど、女性としてひとくくりにされたくない、女性の中の例外になりたいという意味では、やはり、「特別な存在になりたい」んだよね)。
霊とか持ち出す人が多いのも似ている、と書くと怒られちゃうかな。
だから、少年漫画雑誌(以下、少年誌)と女性も割と相性がいいんだよね。
必殺技とか超現実的だし、友情とかも別の意味で楽しむ女性が多いんじゃないかな。
もっとも、それに対する後ろめたさ?みたいな物は非難する気にはなれないけどね。エロゲやエロ漫画は別に意味でえげつない物があるしさ。
じゃあ、結局、何が言いたいかというと、「FF13」というのは、逆ベクトルからJRPGにおける「テニスの王子様」に近いんじゃないか?ということ。
JRPGの基礎を作ったドラクエの作者、堀井雄二は「ゲーム界のジャンプ(漫画雑誌のね)」を目指して、ドラクエを作ったらしい(という記事を見た記憶があるけど、定かではないよ。誰かエロい人の補足を待つよ。その後、実際「ファミコンジャンプ」というゲームが出たというオチがあったと思ったけど)。
要するに、JRPGというのは「漫画世界の体験装置」を目指していた訳だよ。
それに対して、WRPG(Western RPG(洋物RPG))は、目指しているのは、システムによる異世界の表現、つまり、TRPGが当初目指していた物を未だに目指しているようにも見える。
つまり、JRPGとWRPGは、全く違う方法論で現実世界との間に緩衝材を入れてファンタジー世界としての適温を作り出しているのではないかな。
例えるなら、
JRPGは、(万能的な)漫画的世界観を緩衝材にして現実をフィルタリングし、異世界体験を生みだそうとしている。
WRPGは、ある一つの(万能的な)システム(例えば、FPSシステムとか)を緩衝材にして現実をフィルタリングし、異世界体験を生みだそうとしている。……ように見える(ごめん。逃げました!)。
で、なんで「テニスの王子様」が出てきたかというと、FFの場合、主人公が「女体化」した時点で、ある一線を越えてしまったような気がするんだよね。
例えば、「テニスの王子様」と「FF13」の楽しみ方って、買わないで、ネタ的、というかお笑い感覚で楽しんでいる人も多い。それって、両性的な感性がおいらたちを変な気分にさせるからなんじゃないかな。誤解を招く言い方かも知れないけれど、「ドラゴンボール」には落ちるけど、「ワンピース」が少年漫画の王道とすると、少年漫画の変態進化形が「テニスの王子様」だと思う。これに対して、FC時代の「ドラゴンクエスト」には落ちるけど、「ドラゴンクエスト9」がJRPGの王道とすると、JRPGの変態進化形が「FF13」なのではないかな。
「逆ベクトルから」というのは、「FF13」は、作者の男性が「(自分のなりたい)女性の主人公を中心とする人間関係」により近づこうとすることに対し、「テニスの王子様」は、作者の女性が「(自分の見たい)少年の主人公達の人間関係」により近づこうとするように見えるからだよ。
だから、関係ないかも知れないけど、個人的には、ジュブナイル小説ブームの終わりくらいに、末期症状的に「織田信長がアンドロギュヌスだった!」みたいな小説が出たように、JRPGもそろそろ終わりに近づいているんじゃないかと思う(少年漫画もそう)。
結局、JRPGは、ジャンプ世代が作ったゲーム群のようにも見える。
とすると、その後コロコロ世代がオモチャっぽいゲームを作った後、いろんな勢力の入り乱れるカオスになる可能性も高いとか?
どうだろう。個人的には、ネットが人を大人にしてしまうような気もするなあ。もう、おいらは村一番の神童、という時代ではないし。ネットを見れば、自分よりも頭の良いやつが幾らでもいるのが分かるしねえ。
そう言う意味では、「ハンターハンター」の上には上がいる、という洋ゲー的な、自分は特別ではないという世界観がそれなりにリアリティがあると思うね。上は上で訳の分からない戦いをしている、みたいな。
結局、おいらはおいらの手持ちの武器を磨いていくしかないや。
あとは、知恵と勇気がおいらの全てよ!
インターネット時代のリアリティはこんな感じじゃないかな。
(とは言え、MMOも問題が沢山あるしなあ)
ちょっと余談を入れると、JRPGにおける物語と自由度のジレンマというのは有名だけど、なぜ、JRPGでは物語が重要視されるか、という点で、最近は「開発工数を削減するため」という視点もあるんじゃないかな。
例えば、面白い漫画のアニメ化や、面白い小説のアニメ化というのは、面白い漫画のゲーム化や面白い小説のゲーム化よりも楽だと思うよ。なぜかというと、アニメの場合、ストーリーという骨格が使い回せるから、脚本の出来が良くなる可能性が高いけど、ゲームの場合、純粋なゲームの駆け引きの面白さというのは、ストーリーとまた別の物だしね。
で、そこで出てきたのがJRPGで、ゲームにストーリーを付加することにより、大体のゲームは、純ゲーム的な駆け引きは緩めのバランス調整にし、ゲームの展開(=ストーリー)で(?)楽しめるようにしたわけ、多分。
ただ、最近は、開発工数削減のためにプレイヤーに自由度を与えないようにするストーリー展開、という気もするなあ。
と、グダグダと書いてきたけど、建設的提案はあえてしなかったよ。
……うそです。出来なかったよ!
数日前に、人が少なめでのんびりできそうってことで
年下の子と初詣してきたんだ。
その前からメールのやり取りはしてて、
こちらが質問して、向こうはそれに答えるってのが多かった。
会ったときに思ったのはどんよりとしたオーラ。
短いだけの返事とか多かったよね・・・
うーーん
メールの時は間を空けたりできるから良かったけど
実際の会話で、はい。いいえ・・・だけはキツいです
これが表情がコロコロ変わりつつならいいけど
もちろん話上手くないとか年齢に差があるとか
考慮すると私に悪い部分が多いんだろうけど・・・
会話する気がない人といるのは辛いね。
忠告したげた方が良かったのかな・・・人付き合い難しいです、ぬぅ
鳩山首相の年頭会見(要旨)
【抱負】百年に一度の改革のため、政権交代を実現したが、これからがスタート。正念場の1年と覚悟を決めている。補正予算と本予算を一刻も早く成立させ、国民の暮らしを少しでも豊かにしたい。
【参院選・内閣改造】今、考えることは、予算を成立させ、国民の命を守る政治をすることだ。(参院選の)勝敗ラインを申し上げる立場ではない。(衆参)同日選も念頭に置いていない。内閣改造も一切考えていない。閣僚がコロコロと代わることで、国としての存在感が薄くなる。国益のうえから安易に改造を行う発想をとるべきではない。
【政治主導・事業仕分け】内閣の中に政治家がしっかり働いてもらえるような準備を行う。規制改革、制度改革に広げて事業仕分けをやる。独立行政法人や公益法人改革、天下り禁止もさらに徹底する。
【外交安全保障】普天間(飛行場)移設を解決していかなければいけない。決してムダに時間浪費させるつもりはない。期限を切って理解いただいて結論を出す。(日米安全保障条約締結50年は)大きな年、チャンスとして活用したい。言うべきことを言いながら、信頼関係を高めていく。重層的な形で、日米同盟を進化させるのが大事だ。
【憲法改正】政治家だから「憲法かくあるべし」は一人ひとりが持ち合わせるべきだ。私も安全保障以上に、地域主権のあり方を抜本的に変える発想に基づく試案を世に問うた。民主党の考え方をまとめていくことが肝要。与党、超党派でしっかりと議論し、与野党との協議で決めていくのが筋だ。
【献金事件】昨年末に知りうる範囲の中で説明し尽くした。検察は結論を出し、決着がついた。私自身もなぜという思いがあり、国民にストンと落ちない部分があると思う。国会の中で議論があれば、自分なりに丁寧に答える。(献金の)使い道をどこまで把握できるかはあるが、説明したい。
保留玉ランプが4個点いているときに玉が入っても賞球はありますが、4つ以上保留はされません。
⇒ 保留玉のランプが4個点いている時に打っていると、回してナンボのパチンコでは損になる。
⇒ まして長いリーチになったりするとなおさらです。
⇒ ここで登場するのがハンドルの左の部分についているウェイトボタンです。
⇒ このボタンを押してる間は玉の発射が止まるのでハンドルの強さを変えずに玉を止めることが可能です。
演出用のボタンは大当りには一切影響しません。
スタートチャッカーに玉が入ると3個の玉が払い出される。これを賞球と呼ぶ。
シールに「3&4&14」のような小さな数字が書いてありますが、これはスタートチャッカーの賞球が3個、アタッカーの賞玉が14個という意味。
大当り中はアタッカーに10個玉が入る毎に1秒ほどアタッカーが閉じてまたすぐに開きます。アタッカーが開いてから閉じるまでを「ラウンド」と呼びます。ラウンド中はアタッカーに玉が9個入るか、9個入らなくても約30秒経過するとアタッカーが閉じて次のラウンドに進みます。ラウンドは15ラウンドまで続きます。
賞球として払い出された玉はまず上皿に出てきます。上皿が一杯になると次は下皿に玉が出てきます。大当りは約3分程度で終わり、大当り1回でちょうどドル箱1杯分の出玉が出ます。
アタッカーに1個玉が入る毎に14個の賞球。1ラウンドで9個×賞球14個=126個、1ラウンド126個×15ラウンドで1890個で、打って減る玉とチャッカーの賞球を考慮に入れて約1800発です。交換率が「35個で100円」とすると大当り1回で約5000円となります。ドル箱は約2000個の玉が入るので大当り1回分です。
確率変動中という言葉からは、確率がコロコロ変わっているかと想像するかもしれませんが、実際は確変中の確率は1/60くらいの確率で固定されています。要するにデジパチには低確率(1/300~1/400程度)と高確率(1/50程度)の2つの確率があって高確率の状態を確変中と呼ぶわけです。
確変中は電動チューリップがよく開くため、玉が減りにくくなります。玉が減りにくいので確変中は保留玉を気にせずおやじ打ちで構いません。確変中は大当りするかどうかではなく、次の大当りが単発か確変かどうかでハラハラします。
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今年は改正児童ポルノ禁止法案をはじめとして、「レイプレイ」に端を発する性暴力ゲーム問題、東京都の青少年問題の答申案問題など「創作物に対する表現規制問題」がクローズアップされた年だった
( ^ω^ )どうしてこうなった!児ポ法改正反対運動13:Human68k
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/doujin/1254503237/l50
↑表現規制問題を取り扱った2Ch上のスレッドで「表現規制反対運動においてコミックマーケットをはじめとする同人即売会側の動きが鈍い」と訴えてる人が居る。実際には訴えてる人はIDをコロコロ変えてなおかつ発言自体もかなり支離滅裂で独りよがりな意見が目立つ訳だけど、一方で今出ているコミケカタログを読んでみるとコミケ側もそれなりに危機感を抱いてる事は肌で感じる。つまりはコミケ側も手をこまねいているわけではなくおそらくは独自の手法で反対運動を展開しているのだろうとは思う、ぶっちゃけ一部の表現規制反対派が自分達の思い描いた通りの反対運動にコミケが参加してくれないのでこういう場で腹を立てているだけなのが正解なのだと思う。
しかし、この流れを見る限り表現規制問題に対してどうするべきかと言う点についてある種の対立が見え隠れするのも事実ではあるわけで、一部の規制反対派の考えとしては児童を取り扱った創作物の表現規制を求めるユニセフやエクパットに対して反対する側も「団結」を求める節がありネット上でも散見される。しかし、無理やり団結した所で意見集約をどうするかと言う問題はかなり出てくるし、それ以前に「表現規制反対」と言うだけで様々な考えを持つ人や団体をまとめきれるのかと言う問題もある。過去にされらが原因で離散したケースもあるし2000年代中盤に於いてNGO-AMIが表現規制反対運動の中心を担っていたものの動きが鈍かった印象がある。この事を踏まえるとこれからの「創作物の表現規制反対運動」は危機感を共有した上で個々の流れを拡大させつつ情報の共有や人的交流をすすめ連携を緩やかにしかし強くするという一種の分散型で良いと思うし、そうするべきだ。
そうでもないぞ。
今でも(大手系列も)男女逆(女は若い、可愛い子オンリー)でそういう会社一杯あるが
別につぶれやしない。
むしろ、若い可愛い女の子=適度に有能だけど、それ以上のスキルは求めれない人間は
モチベーション高い間だけつかえて、双方モチベーション下がったら(部下の女性が年齢上がる=モチベーション下がる)自然に消えてくれてラッキー
女の子の方も、ちゃんと就職中に出入り先とかでちゃっかりツバつけとくらしい(永久就職先もあり)
元増田は、そんなごく当たり前の社会の仕組みにアテられちゃだめだ。
これからも山ほどあるから。(勿論男女逆が大半だが)
あと、若い男という利点を生かせるのは今のうちなんだから、
さっさと使っておけ。
おばちゃん、キャリアウーマン(笑)には、アホみたいに有効だからさ。
気持ち悪い、って心の中だけで思って、商売に徹すればいいさ。
いい客だぞ?馬鹿なのは。
ビックリマンチョコを久々に買いたくなって店行ったら置いてなかった。
調べたら「ルーツ伝」てのがつい前にやってたらしいが、もう時期的にどこにも売ってないらしい。
で、ビックリマン諦めて帰ろうとしたら「神羅万象チョコ」なるものを発見、シールが入ってるものと勘違いしお試し買いした。
キャラクターデザインに小坊の時に買ってたコロコロ臭がしたので懐かしさもあって買った(実際に宣伝はコロコロがやってた、※対象年齢3歳以上)。
で、開封…シールではなくビニール袋に梱包されたプラスチックカードだった。
コレクター癖のある自分はビニール袋を開封せずウエハースのカスをはらってバインダー(やのまん)に突っ込んだ。
wikiで確認したら開封後のカードは価値がほぼ0になるのでこれは良い判断だった。
最近はアーケードカードゲーム(三国志大戦やLORD OF VARMILIONⅡ)をあんまりやらなくなったので随分資金的に余裕があったので大人買いを始めた。
揃わない…どういう事なの…もう60枚目よ…(現在王我羅旋の章、第三弾24種類のコンプを目指してウエハースと格闘中)
金銭的には大した事ないけどウエハースがきつい、ビックリマンチョコといい、何でこういった食玩はウエハースなんだろう…
此処まで書いて落とし所も何も無い、酷い日記ダナー(´・∀・`;)
自民党政権下では円高により購買力が上がり、内需が拡大するものとしてよいものとして扱っていた。典型的なのは三橋貴明。円高がよい理由を物語形式で書いた。全文は以下のサイトに載っている。
主張は例えば作中人物の次のような言葉に現れている。
「まあ、輸出企業が厳しいのは、円高よりも世界的な需要の縮小のほうが原因としては大きいと思うけど、だからこそ、世界中の政府が財政支出をして景気を下支えしようとしている。そんなときに、日本だけが何もしないわけにはいかないよ。なにしろ円高という日本の内需に対する絶好の追い風が吹いているんだから。
だいたいサブプライム危機やリーマン・ショックで、主立った国はみんな借金頼みの不動産バブルや株式バブルが崩壊して、内需がボロボロになってるんだ。そんななかで、幸運なことに日本の内需はそれほど痛めつけられていないうえ、もともと規模が世界で2番目に大きいんだよ。内需を拡大させて、輸出よりもむしろ輸入を拡大して、世界経済復活のために貢献する。これこそが世界経済に対する日本の義務であり、いま、日本がやるべきことだと思うよ」
その後の物語の展開でも日本経済は回復していた。作中では1ドル70円代になったけど、最終的には日本経済は回復したと書いてるんだぜ。それなのに民主党政権になると・・・
公約とし た財源確保のために血道をあげる一方、デフレと円高に対して有効な手を打てないままの 民主党政権の無策により、景気の「二番底」が現実のものとなる気配も見られる日本経済 の行方についてお話いただきます。
開いた口がふさがらない。同じ人物の言葉とは思えない。未だに1ドル80円代なんですが・・・・前々から思っていたけど、円高に対する右寄りの人たちの態度がコロコロ変わりすぎだろ。自分の考えの元自民党を支持するのはいいけど、こういうのはどうみてもまず自民党支持ありきです。きっと今も麻生政権だったら、円高を喜んでいたんだろうな。そんな自民党にしっぽ振ってなにが楽しいのだろう?
三橋貴明が上の奴を書いたころはほんと大変だったんだぜ。円高と交易条件の改善は関係がないっていってもわかってもらえなかった。それどころか三橋隆明の主張を批判しただけで、民主工作員認定されたからな。まったく呆れてものがいえない。
【政治】日米首脳会談、終わる
ttp://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1258113108/
152 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 21:16:31 ID:WVnXh2Qp0
やっぱりだめだ!NHKは正視に耐えない。
153 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 21:16:41 ID:oInq7oT90
4分ってまじなの?
「世界平和のために日米で結束してがんばりましょう」
「私も同感です」
「日米同盟がとても大事だと思います」
「そうですね」
これをもうちょっと長ったらしく各1分づつ喋ったら終わりじゃねえか。
154 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 21:16:49 ID:4O1fSpV00
155 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 21:16:53 ID:6FOKQaau0
4分っていくらなんでもウソだろ?
156 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 21:17:05 ID:7wRVqg4I0
157 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 21:17:12 ID:5y/N4qEIO
»62
»124
結局実務的な話は総理でも大臣でもなく官僚クラスとやりたいのが本音だろ
まあ今回はそれに加えて、これまでの鳩の無礼で理解不能な言動で4分という夢のような会談になったのでは
158 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 21:17:18 ID:Tx96ppzz0
»153
NHKでそー言ってた
614 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 22:46:53 ID:ZrxJkll+0
目 が 死 ん で い た
まあ、キチガイと議論したらああなる罠w
元に戻るまで1週間かかった。
自分の話し方がその集団内の誰かのパクリになってしまうのをどうしても阻止できない。
用件があっても最低限の会話、というか情報交換的な話に止まり、雑談を振られても、ゾンビのような口調で一言二言返す事しか思いつかない。
もちろん自分から雑談を振ることは極めて稀である。よほど居心地が悪い時ぐらいにするぐらい。
会話をしていない大多数の時間は雑多な事柄について内省している。
で、問題が生じるのは極僅かではあれど会話をしているときで、口調やしぐさがその集団内の誰かの真似になってしまうのである。
真似する対象は一定でなく、話している相手や状況次第でコロコロ変化してしまう。茫漠とした意識でいるせいで
会話をする状態になっておらず、反射的に他人の会話パターンを真似てしまうのだと思う。
厄介なのは、一度人真似会話に陥ると、意識的に自分の喋り方を出そうとしても全然出来ず
時々自分以外にも人真似でばかり喋っているような人間がいるが、傍から見ると非常にみっともない感じである。
しかもその人は周囲から腫れ物扱いを受けているような雰囲気がある。
という事はつまり自分もそういう人間である可能性が高く、なんとか治したいと考えているうちに10年過ぎてしまった。
自分どうしようもねえ。
http://anond.hatelabo.jp/20091031051342
怖いのは、相手に自分をゆだねてしまっているからじゃないの?
元増田の気持ちはどうなのさ? 浮気したら、もう、彼はいらないの? 何があろうと彼が好きならば、その「自分の気持ち」だけしっかり見つめて、彼をどう愛そうかと考えればいいじゃないの。「愛してもらうこと」ばかり考えているから、「愛されなくなったらどうしよう」とか思うんじゃないかなあ。
人の気持ちなんてコロコロ変わるんだから(だからココロという)、彼の気持ちなんて変わりやすいものに寄り掛かるのではなくて、「私は彼のことが好き」って自分の意志を強く持つ方向で考えたほうがよくない? 怖さは無くならないだろうけれど、今みたいに受け身な気持ちからは脱することが出来ると思うよ。
日本での「祝賀」報道とは裏腹に、9日に発表された「ノーベル平和賞」受賞のニュースは、アメリカ社会にとって、そしてオバマ大統領にとっても驚きと困惑以外の何物でもありませんでした。慎重に言葉を選んだ9日午前の会見、そして12月の授賞式にノルウェーには行くが、賞金は全額寄付するという「苦渋の落としどころ」その全てがオバマの「窮地」を物語っています。
問題は2つあります。まず医療保険改革でアメリカの保守派と全面対決状態のオバマにとっては、「国際派エリートのきれいごと」を嫌う保守派をこれ以上刺激したくないということがあります。また、アフガンの戦況が思わしくない中、平和賞をもらっておきながら増派というのも国外から非難されますし、逆に平和賞をもらった勢いで宥和策などということでは、やはり国内保守派からは強硬な反対が起きるのです。
オバマの周囲は「先週の五輪が当たりで、今回の平和賞がハズレだったら良かったのに」という声が聞かれます。「北欧から2週続けて変な決定が来た」というわけです。ちなみに、世論は全く分れており、受賞賛成論、賛成だが時期尚早、反対のそれぞれが3分の1ずつという感触です。ただ、関心は高く、10日の早朝にニューヨークの空港ロビーでCNNを見ていた乗客は、このニュースになると真剣にTVに見入っていました。勿論、ニューヨークのとりあえず飛行機を待っている層では、全員が反対ではないわけだと思いますが、要は政治的なプラスマイナスについて非常に微妙な問題として関心が高いのです。
更に私がビックリ仰天したのは、11日の「広島・長崎市長」による五輪招致構想です。平和賞の衝撃どころではありません。これは本当に大変な問題です。提案した側は、オバマ大統領の核軍縮宣言に勇気づけられ、それがノーベル平和賞で世界から承認された流れを受けて、招致に自信あり、などという感覚で言っておられるのでしょう。そこに悪意は何もないと思います。ですが、これは完全に逆効果であり、オバマ大統領の足を引っ張るだけだと思います。11月の訪日へ向けても暗雲が漂ってきました。
恐らく、オバマ夫妻の個人の胸の内としては「ヒロシマ・ナガサキ」へ赴いて、自分がアメリカを代表して謝罪するようなことも、心の準備ができていると思います。そうした大統領がアメリカで在任しているというのは大変なことであり、千載一遇のチャンスとして周到に流れを組み立てなくてはなりません。ですが、まず、このオバマ大統領のヒロシマ・ナガサキ献花ということと五輪というのは、全くの別問題です。五輪というアイディアは逆効果の方が大きいと思うのです。
まず、アメリカには「日本への原爆投下は必要な作戦だった」とする世論がまだ50%弱は残っています。その一部は「本土決戦による米兵の流血、日本人非戦闘員の大量殺戮、日本の本土インフラの完璧な破壊、天皇制の崩壊、共産化」といった最悪の事態を回避したテクニカルに正当な作戦という認識です。また、そんな難しい話に興味はなく、ただ「アメリカが極悪人にされることには何でも反対」という世界中どこにでもいるナショナリズムの感覚で言っている人も多いと思います。下手をすると、「ヒロシマ・ナガサキ五輪」にはアメリカは参加できないかもしれません。そのぐらい、原爆投下の倫理的評価というのは、残念ながら国論を二分する問題なのです。
いずれにしてもアメリカの保守派は、オバマ大統領の核軍縮戦略そのものも敗北主義であり、アメリカを核攻撃の脅威にさらすモノとして反対しているのです。こうした反対論に上手く対応しながら、「献花によって日米同盟がより深化する」「日米の世論が最終的な和解に至る」という演出をしながら、夫妻にヒロシマ・ナガサキ訪問を成功させるというのは、非常に難しい問題なのです。恐らく、日本の知米派、アメリカの知日派の心ある専門家の方々は、コツコツ難問を解くようにしてこの問題に取り組んでいると思います。
1つのカギは、明仁天皇、美智子皇后両陛下にハワイのオアフ島にある真珠湾の「戦艦アリゾナ記念館」で献花をしていただくことです。そこで日米の和解を長い困難の果てに完結させる輪の半分が出来、そしてアメリカ側から「オバマのヒロシマ・ナガサキ献花」という行為が輪の残り半分を完結させる、そうしたストーリーです。これでアメリカの保守派が100%納得するとは思いませんし、日本の保守派は抵抗するでしょう。憲法に禁じられている天皇陛下の政治利用になる、その論議も避けては通れません。
ですが、これなくしてコロコロ変わる日本の総理大臣がどんな言動を行っても、2つの国家が歴史の上に「和解の輪を完結させる」ことにはならないのです。それは憲法にうたう「国民統合の象徴」による行為ではない、単なる行政府の長の「事務仕事」では耐えられない重みがある問題、国外からはそう思われているからです。
残念ながら今年のカナダ・ハワイ公式ご訪問に際しては「アリゾナ」献花は実現せず、両陛下は丘の上の「太平洋平和記念碑」に献花をされただけでした。これは外務官僚、宮内庁官僚の失態ではありません。麻生政権という「弱体政権」では、こうした込み入った問題に関する世論との対話能力がなかったからでした。このままですと、この構想は時代の流れの中で実現せずに終わる恐れもあるように思います。ギブアンドテイクというのは道徳的ではない印象を与えるかもしれませんが、この「相互主義」というのは外交の基本原則です。これなくして、この種の厳粛な問題は進みません。
もう1つの問題は、五輪がヒロシマ・ナガサキで行われた場合は、アメリカは「犯罪者」として参加する位置づけになります。オバマ大統領の核軍縮が進み、国内の反対論が弱まっても尚、自分の国が「唯一何らかの謝罪をする側」に立たされる中での五輪参加ということは、アメリカとしてはまず無理でしょう。仮にアメリカが参加できたとしても、例えばの話ですが、開会式でコッソリ「エノラ・ゲイ」の旗でも振る選手でも出ようものなら、何もかもが台無しになってしまいます。
それに、アメリカ以外の国はその「非核五輪」に参加しながら自分も核廃絶をしようと真剣に思うでしょうか? 例えば中国は「これだけ反核の機運が高いのだから自分も廃絶へ努力」しようなどとは思わないでしょう。むしろ、日米の世論にヒビが入ることのメリットを感じるのではないでしょうか?
私としては、残念ですが、現実論として「ヒロシマ・ナガサキ」五輪は不可能だと思います。不可能なことを進める場合に、それでも運動を進めることに意義があるケースもあると思います。ですが、今回の一件には反対です。それはこうしたアイディアを進めること自体が、オバマ大統領の足を引っ張ることになるからです。それよりも何よりも、膨大な死の記憶を継承している慰霊の地で「運動会」ですか? 私にはどう考えても非現実的だと思うのです。
>もしあなたがゲーモクさんの友人なら、そういうことを言う資格があるとは思うが、ゲーモクさんと交友がないあなたが、そんなことを言っても、頁作さんにいちゃもんつけたいだけとしか思えないよ
もちろん自分はゲーモクさんの友人ではないし彼のこともよく知らない。人間のクズなmatakimika(頁作)がゲーモクさんとの思い出をお涙頂戴な感動話にブログで仕立てたのが不愉快だったから揶揄しただけ。「おまえみたいなヤツが善人のように振る舞うな。おまえが語るとゲーモクさんの値打ちが下がるからやめろ」そういう意味だ。
故人であるゲーモクさんをmatakimikaを叩く口実に使ったのを責めるのなら確かに悪いと思うので聞く耳を持つが、matakimikaに関してはコイツがかつて自分にした卑怯な行為への報復としてやってるので文句を言われる筋合いはない。そして改めるつもりもない。
あとやはりゲーモクさんをネタにするのは心の葛藤があった。でも(自分のやった悪事をとぼけ、ひたすらガン無視して逃げ切ろうとする)matakimikaに「罰として与える精神的ダメージ」を他には見つけられなかったので非情になりやった。「matakimikaを叩く道具には使うけど、けしてゲーモクさん自身は侮辱しない」これが自分に課した、せめてものギリギリなルールだ。
ttp://twitter.com/sukebeningen/status/3832847169
>@matakimika あ〜あ、「ゲーモクさん死んでくれてオイシイw」そう喜々として自分の株を上げるエントリーとか嘘っぽく書いてるよ、コイツ。50点。
ttp://twitter.com/sukebeningen/status/3832855156
>@matakimika 身近な知人の死さえネタ扱い。
ttp://twitter.com/sukebeningen/status/3836888336
>@matakimika ゲーモクさんじゃなくお前が死ねば良かったのにね ^^
徹底的に心を殺して残酷なコトバを使った。コイツがやったようにそのまま。
そしてkanoseの舐めたやり口にも腹が立ってる。SUKEBENINGENに対しmatakimikaがやった事は知ってる筈。何故ならお前が「こいつ(SUKEBENINGEN)をみんなで袋叩きにして遊ぼうぜ!」という提案をした時、喜々として一番にのってきたのがmatakimikaだからだ。さらにtwitterでも「こいつ(SUKEBENINGEN)をみんなでヲチして笑い者にしてやろうぜ!」というお前の提案に一番にのってきたのもやはりmatakimikaだから。
(kanoseは)全部その場にいて一部始終をみていた筈。だから「何故SUKEBENINGENがmatakimikaを叩くのか」は理解出来る筈なのに、周りのミスリードをたくらんでワザとらしくトボケた嘘(偏向した情報)をついてる。
だいたい何故当事者のmatakimikaがコメントしない?自分はtwitterでリプライしたし、kanoseのブクマも購読してるからそろそろ気付くはず。もしSUKEBENINGENがウソをついてるなら訂正すればイイだけだ。
あいつは自分の悪事がバレたくないからガン無視を決め込んでる。「勝手に周りが自分に有利な誤解とかしてくれないかな?」そういう期待をしてる。ハッキリ言って、お前ら(kanoseとmatakimika)はグルだろ。
>自分の悪事がバレたのに、とことんシラを切り通すヤツ。相手が問い詰めても知らんぷり。どうせ誤摩化し切れるとタカをくくってる。
>当然その卑怯な行いにはペナルティが課せられる。問い詰める口調もより厳しくなる。もしそれでも改めなければ過激なコトバも飛び出すし、襟首だって掴まざるを得ない。
>で、そういうゲスは「待ってました」とばかりにオーバーなジェスチャーで被害者アピールをする。「みなさーん、この人はこんな酷い事を言ってますよー!襟首を掴まれましたよー!」と。そこまでの経緯は一切、吹っ飛ばして。
コレを一人でやるとバレるから役割分担して仕事を割ったんだろ?
追加:
kanoseは(twitterのブロックに続いて)ブクマのお気に入りからもSUKEBENINGENを外した。おそらく「一切のコミュニケーションを取りたくない」という意思表示だと思うが、でも続ける。
ttp://twitter.com/kanose/status/4638943681
>sukebeningenさんがゲーモクさんの死をネタに頁作さん攻撃したことを、匿名ダイアリーで言い訳してるけど、こんな説明で他の人が納得すると思っているんだろうか…
言い訳とはどういう意味ですか?ココに書いたことは後付けな誤摩化しだと言いたいの?
そういう具体的なことを言わないで、ただ相手が間違ってるという印象だけを与えようとする発言はやめてください。
ttp://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20091006014033
>頁作さんがゲーモクさんとの交友をブログに書くことと、あなたの発言はまったく等価ではないのだが、それがわからないようなら永遠に同じこと言ってればいい
コッチに関しては抽象的で言ってる意味が良く分からなかった。「とりあえず自分の方が優位であるという態度だけを取り繕い逃げた」と感じてる。でもkanoseは(人間性はともかく)それなりに賢い人間だし、もしかして自分がその意図を掴み切れてないだけかもしれないので、もう少し噛み砕いて、もう一度キチンと具体的な内容にして書いてください(もしブクマに書き切れないならSUKEBENINGENのように増田に書いてidコールをしたらイイよ)。
自分は誤解がある気がするからソレらを解消するため色々な情報を書いてる。お互いの認識を擦り合せた上(事実を知ってもらった上)「もしそれでも間違ってるのなら、キチンとその理由を述べて否定をしてくれ」そう言ってる。
「ココに書かれた記述を読んでも、あなたが最初に抱いた印象とは変わらなかった?」「あなたが怒ってるのはゲーモクさんを利用したから?それともmatakimikaをDisったから?その自分の怒りの立ち位置を書かない(恣意的にコロコロ変える)から議論が詰められない」「なぜ抽象的なことを断片的にしか言わないの。相手の誤解を解いて建設的な議論をしようとするSUKEBENINGENに対し、kanoseの態度には誠実さが感じられない」
kanoseはすべてに答えない。
id:matakimika あとイイ加減にダンマリ決め込むのやめてくれませんか?あなたの幼稚なシンパが感情的な悪口をアチコチで垂れ流していて本当に迷惑なのですけど。
いよいよ明日から起案4連発です。それに加えて模擬裁判の記録も検討しなければなりません。泣きそうです。
さて、昨日に引き続き、事実認定の話をしたいと思います。
眠いので資料も見ずに殴り書き。
証拠には、大きく分けて、書証と人証の二つがあります。
書証というのは平たく言えば、書類のことです。契約書、とか、領収証とか。
ですが、現実は甘くありません。書類だけで、事実関係が全て分かるなんてまれなことです。
そういったときに、書証を補充してくれるのが、人証です。
人証というのは、つまるところ、誰かの証言・供述のことです。要するに、証言台に立つ証人の発言ひとつひとつです。
これまた非常に重要なのですが、書証と違って、人証は非常にやっかいな特徴を持ちます。
それは、証拠として固まっておらず、変動しやすいと言うことです。
たとえば、証言台に立つ証人の気持ちを考えてご覧なさい。
しっかりと準備をして臨んだとしても、慣れない法廷で、衆人環視の中、相手方当事者から詰問され、裁判官からも矛盾をつっこまれ、
そんな状況の中で、きちんと思った通りの答えを言えるとは思えません。
それに、外部から見ても、大嘘をつく証人だっています。
では、そのように儚い人証は、どのように信用できるかを判断すればよいのでしょうか。
これについては、具体的な裁判例の蓄積により、何を考慮要素とすべきかについて、ある程度の類型化に成功しています。
1.利害関係
証人の場合、どちらかの当事者に利害関係があると、そちらの当事者に有利なように発言をねじ曲げがちです。
たとえば、親子関係にあったら、普通はかばい合って、互いに有利なことを言うはずです。
そうでなくても、金銭関係や主従関係があっても同様です。
2.他の証拠との符合
真実を述べているのなら、他の動かしがたい証拠と符合する証言になるはずだ、という経験則によるものです。
実務では、非常にこれが重視されます。
3.供述の経過
供述自体の内容の移り変わり、ということです。
具体的には、発言の内容がコロコロ変わっていたりすると非常にうさんくさい。
供述の変遷といって、これもよく検討事項としてあがっています。
4.供述態度
おどおど、言葉を選びながら話している人を見ると、嘘をついているように見えます。
自信を持ってはきはきとしゃべる人は、真実を述べているように見えます。
もっとも、慎重な人は真実を述べていても前者のようになりますし、一流のペテン師は、顔色一つ変えずに嘘をつくでしょう。
なので、これはあんまりあてには出来ないとされることが多いです。
5.核心部分かどうか
証人が嘘をつく場合、まさに争いなっている部分、核心部分で嘘をつくはずです。
どうでもいい事項について嘘をついても得をしないからです。
したがって、核心部分で、上記1~4の判断要素が満たされるなら信用性は普通以上に増すことになります。
というわけで、供述の信用性についてはこのような判断をしていくのですが、さらに人証の特色を考える必要があります。
なにかというと、100%嘘をつく人も、100%真実だけを述べる人もいないということです。
あっさりと、「あいつは嘘しかつかない」と決めつけてしまうのは思考停止に他なりません。
こういう判断ってのは、ネット上で「あ、こいつ嘘ついてるw」というような場合にも応用できるかも知れませんね。