はてなキーワード: アフリカとは
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この距離は意外と果てしないよ。あなたも「アフリカでは今この瞬間も飢えた子供たちが...」って知ってるけど、「あー、もうおなか一杯。ちょっと残そう」とするでしょ。
半導体不足のせいでPS5は品薄だし、需要がありすぎてワクチンも全然足りない。
ワクチンは先進国が一人に2回とか3回とかワクチン接種させてる一方、金のない途上国はワクチンが確保できず全然ワクチン接種が進まない。供給されたところでお金がなきゃ買えない。
PS5もワクチンも、お金があれば入手できるし、なければ入手できない。それだけのことなのに、金の力で買い占めたワクチンを摂取した人がPS5転売を非難しているのはダブルスタンダードな気がする。
PS5みたいにワクチンも世界中の人の中から抽選で摂取させろっていうならわかるけど。
そうなってないのはお金の力でワクチンを買い占めたから。アフリカの国はそれができない。
PS5だってお金があればいつでも買える。なければアフリカのワクチンのように買うことができない。どっちも一緒。
ワクチンのときはお金の力を最大限利用して買い占めておいて、PS5のときだけ高すぎて買えないって言う資格、我々にあるのだろうか。
新種ウイルスのパンデミックに対して「なぜかはわからないが発症予防、治療に効果があるらしい」と噂される安価な既存薬があったら、まず試してみようとするのが人情だと思うんだけど。アメリカは公式には絶対それをせず、世界最多の死者を出し続けてる。日本だって国を挙げて独自で治験してみればいいのに。ワクチン未接種者に治験協力を要請して配ってみればいいのに、しないよね。反ワク勢はタダでも協力してくれると思うよ。でもしない。まるで効果があったら困るかのように。
もし効果があることが証明されたら、新しいワクチンや治療薬が売れなくて困るからだよね。商売機会を逃すから。製造元のメルクもだんまりで、高価な新薬開発に忙しい。陰謀論なんて壮大なものじゃないかもしれないけど、今回のパンデミックが商売になってしまったことは確か。
貧しくてワクチンも新薬も買えないアフリカ諸国のほうが感染者、死者ともに少ないことが何よりの証明。彼らがアルコール消毒やソーシャルディスタンスを意識してるとは思えないからね。そもそも全員に効果がないとしても、誰かに効果があるかもしれず、もし効果がなくても大した副反応もないなら、とりあえず配っておけばいいのに。ワクチンが任意接種なように、手元に薬があったって飲むも飲まないも任意で決めたら良いだけのこと。アベノマスクよりこっちを配ればよかったのに。
このパンデミックが、もし戦後すぐにでも起こってたら。世界中の医者、科学者が藁をも掴む思いでいろんな薬を試して、一人でも多くの命を救おうとしたんじゃないかな。
アメリカは移民の国だから、何十万人死のうと新たに入れればいいだけ。アメリカに来たい移民はいっぱいいるし、上の人間からしたら痛くも痒くもないんだろうね。
ワクチン接種済みの人だってモヤモヤしてると思うよ。ワクチンに効果がないとは思わないけど、ただ「もっと副反応の少ない既存薬を使えたんじゃないの?」「本当に最善の努力をしたと言えるの?」って疑問に答えてほしいだけなのに。来年にも軽症者向けの経口治療薬ができて、ワクチンも数種類から選べるようになって、パンデミックは収束。全部有耶無耶にされちゃう。資本主義が全部悪いとは思わないけど、今回の騒動は本当に資本主義の悪い部分の極みって感じ…。
ダイエットを始めて、蒸した鳥胸肉と安くてチンするだけで食えそうな冷凍野菜を貪る日々である。
定番と言えばブロッコリーなのだが、先日業務スーパーに行ったら冷凍のオクラ(丸ごと)が安く、解凍すれば生でも食えるということで早速レパートリーに加えてみた。
冷凍ながらシャクっという小気味良い歯応えが気持ちよく、どんな味付けでも意外とマッチするため、非常に気に入った。
ちなみにオクラはいかにも日本の野菜という風体、名前をしているが、原産はアフリカで、名前も現地名の『ンクラマ』が持ち込まれた際にオクラという名称に変わったのだそうだ。
大量の丸ごとのオクラを食した翌日の昼、私は便意を催しトイレへと駆け込んだ。
元々お腹が緩い体質ではあるが、今日はいつも以上の軟度で最早液状に近いブツを噴射するかのように大量に排出した。
一仕事終えた肛門を拭き上げ、立ち上がり流そうと便器を見やると、そこには白く小さな球体が大量に浮かんでいた。
一瞬ぎょっとするも、見覚えのあるそれはオクラのたねだった。
茶褐色の液体に浮かぶ大量の白い球体は、まるで若者の好むタピオカミルクティーのようだった。
便器の中にタピオカミルクティーが入っているという何とも不可思議な光景を惜しみながらみ、私はそっとレバーを引き、自分の体内から出た栄養の絞りカスを見送った。
ファイザーからは年内に軽症者向けの飲み薬が出る予定で、いま治験中
更に来年になると不活化や組み換え蛋白など、今あるmRNAワクチンよりも副反応が少ないワクチンが出てくる
多分これらがそろったあと、期限切れてないmRNAがあるようであれば、それはアフリカとかのワクチン後進国に飛ぶと思うんだわ
低接種国は大半がアフリカ諸国で、アフリカの問題はコロナワクチンに限らず日本での報道・議論が薄い。
コロナの場合は、不平等とか人権の倫理教室のお題目だけではなく、
アフリカがコロナウイルス温存地となりその中で変異型が生まれたり、接種国に波状的にウイルス進入して
うちら2回接種したからもう大丈夫、他国は捨て置け、で済む話じゃないんだけどね。
だが、国に金がない、医者が少ない、反ワク迷信多数、物流・政情不安定。みたいなところに鮮度管理
ほぼアフリカ問題https://graphics.reuters.com/WORLD-CORONAVIRUS/VACCINATION-TRACKER/jznvnyzjqpl/
セネガルの首都ダカールはアフリカ大陸の西端に突き出た半島の港湾都市で、その位置故に大西洋横断貿易の重要な拠点らしい。
そこに、2010年に「アフリカ・ルネサンスの像」という高さ49mの巨像が完成した。若い男女と乳児からなる像である。
この像の利権構造については批判があるところだが、全てを差し置いて見事なのは母像の官能的な肢体である。(そのこともセネガルで多数派であるイスラム教徒の批判の対象らしい。)
造形の素晴らしさは、画像検索よりも最初にこの写真、特に2枚目を見て欲しい。
https://twitter.com/hideto328/status/1009110224215728128
巨像であるが故に、下乳や両足の内腿を見上げる形となるフェティッシュな画角は、見るものをして勃起させざること無しといえよう。像の製作は北朝鮮らしいが、共産国らしい巨像製造技術の高さが存分に発揮されている。
なお、この像は中に入ることができ、男性像の頭部の展望台から女性像の顔を見ることができるが、頭部は私の好みではない。Google画像検索だと頭部が真っ先に出てしまうため、画像検索の後回しを推奨する理由である。
俺がこの国に期待すぎなのか。
日本がスゴイとか思っている奴らが漏れなく、アフリカを見ろとか東南アジアを見ろとか韓国のスラムを見ろとか
反論してくるんだよなぁ。
国語警察です。増田の書き込みにはいくつも間違いがあり、看過できません。
1つめ。まずお茶のペットボトルに書いてあったのならそれは川柳ではなくおーいお茶の伊藤園が主催する新俳句大賞です。夕立という季語を入れているので、作者は俳句としての読み取りを求めていると解することができます。俳句の解釈にはいくつかフォーマットがあるので、読み取りにはある程度それを知っておく必要があり、簡単に云々するのは適切ではありません。
2つめ。件の句は大変面白い句です。やや読み口が未熟ではありますが、賞に選ばれるだけの作品だと言えます。以下、少しだけ解説をします。
まず、夕立を季語として用いているので、季節は夏。象は「夕立」が降る日本でよくいる動物ではありませんから、場所は動物園とほぼ確定できます。夏の夕方に作者は動物園を訪れているわけです。事情はさまざま、ですが、一般的にいってどんな心境だと想像できるでしょうか。夏休みの家族連れ?詠み手は子供?親? 確実に言えるのは、詠み手はそう不幸な状況にあるわけではないと考えられるということです。不幸な人は、夏のさ中に動物園に来たりしませんし、夕立の中でぼーっと象を眺めたりもしません。むしろ想像できるのは、それなりに幸福な人で、新鮮な心と驚きをもって周囲に向き合っている人だということです。そこで、そういう心で、目の前の情景に向き合ってみましょう。
何も心配することのない子供のころの心で、夏のさ中に動物園にやってきた状況を想像してみてください。いろいろな動物のむせかえるような匂いに少しへきえきしながらも、非日常感に心躍らせる思いで時間はあっという間に過ぎ、気づけばもくもくと黒雲が辺りを覆っていて、不意に夕立が訪れます。象はいつも動物園の人気上位です。目の前の象の圧倒的な非日常感は、この日一日の中でもとりわけてあなたの心を喜ばせたでしょう。そして、夕立。遮るもののない中で、夕立は普段よりもいっそう激しく感じられます。雷もなってあなたは少しひるんだかもしれないし、あるいはワクワクしたかもしれません。ですが、目の前の象はどうでしょう。象舎に入るでもなく、動じるでもなく、まるで心地よいシャワーでも浴びるかのように、何物にも動じません。そんな象の姿は、あなたの心を揺さぶらないでしょうか。それが、象への感動なのか、夕立への感動なのか、二つが混ざった状況は、目の前の柵の存在すら忘れさせて、ふと見たこともない遠いアフリカでスコールを浴びる象の野生すら幻視させるかのようです。象が夕立を浴びている風景を、主語を逆転させ、夕立が象を洗っている、と見たのは、夕立に象に劣らぬ存在感や主体性を詠み手が感じたことを表しています。そして、夕立というあまりにもありふれた題材が、象という、俳句にはなりにくそうな題材と出会うことで、なんと生き生きと、生々しく荒々しい存在感を生み出していることでしょうか。異質な二つが出会うことで取り合わせの妙が生まれる、つかず、離れず、のこの関係を「不即不離」と言います。上質な俳句に欠かせない、新鮮な感動だけが生み出す言葉のマジックです。
最後の「またたく間」もとても素晴らしい。夕立は短いものですが「またたく間」というほどかというと少し誇張なので、このあたりやや詠み手の未熟さ若さと捉えられるかもしれません。しかし、この「またたく間」は、まさに瞬きも忘れるほどこの情景に見入っていたこども心の「またたく間」であり、必ずしも一瞬とは限らないとも言えます。また、ウォッシュされた結果クリーンになるのがまたたく間だった=それほど激しい夕立だった、と取ることもできますし、さらに読みを深めれば、これらの幻視、ひいてはこの日一日の非日常の全てがこの瞬間に込められており、夕立とともに非日常ははかなく消え去っていく、ただし、後に残るのは夕立の後のような爽やかさで、この一言とともに、象と夕立の幻視に閉じ込められていた詠み手が再び現世に返り、我々読者もその爽やかな読後感を共有できる…そんな終わり方です。幻は一瞬であり、一瞬であるがゆえに永遠。この句はそんなことまで感じさせてくれます。
そんな、まるで壮大な幻を一編の短編映画に仕立てたような幻想を、わずか17字に詰め込む、これこそが俳句の妙であり、これはそんな俳句という表現形式の魅力を存分に発揮した作品だと言えるでしょう。実に見事というほかはありません。
3つめ。これは一番勘違いを修正いただきたく、返信をしようと思った最大の理由ですが、「分け入っても分け入っても青い山」は、種田山頭火の俳句です。川柳ではありません。無季自由律であってもそこに俳句スピリットがあればそれは俳句だ、というのが彼らの主張であり、その主張自体をどう取るかは人それぞれの考え方にもよりますが、「あれは俳句ではない」と主張するならまだしも違うジャンルの呼び名で呼ぶのは、俳句に対して、川柳に対して、そして山頭火に対して、あまりにも失礼で不当です。この勘違いは、即刻修正していただきたいです。
最後に、俳句と川柳の面白さはまた違うところにありますが、川柳の面白さはもっと言葉の響きや並びの妙といった所にあるので、「情景が浮かばないとダメ」といったような狭い(ある意味俳句的な)縛りの下にあるものではありません。その点も、増田は勘違いを修正された方がよいと思います。俳句の世界、川柳の自由さは、それぞれに面白いものであって、それぞれの特長をきちんと知ることで、それらの作品をより深く味わうことができるようになります。知らないで否定することは簡単ですが、それはあなたの世界を狭くしてしまいます。分かったつもり、の人生より、世の中にはまだ知らないことがたくさんある、という人生の方が、楽しいと思いませんか。お茶のペットボトルを飲み捨てることなく、そこに書かれた一言に目を向ける精神は素晴らしいと思います。どうかそのように、物事を簡単に切って捨てるのでなく、小さなところにも発見のある人生をお送りください。
経済発展すると少子化に向かう傾向にあるのはアフリカでも同じ。多産多死は言い過ぎたかもしれんが、それはこちらの主張の枝葉でしかない。増田の案では仮に子供が増えても社会は貧困化するので少子化対策としては本末転倒だというこちらの主旨は変わらん。もっとまともな反論があると期待したが…
1950年以降の合計特殊出生率の推移を見ると、ほとんどのエリアで著しく下落している。「2015~2020年」では4.72と最も合計特殊出生率が高水準にある「サハラ砂漠以南のアフリカ」は、「1950~1955年」には6.51であった。「北アフリカ・西アジア」は現状2.93だが、「1950~1955年」には6.57であった。
世界の合計特殊出生率が今後どうなっていくかと言えば、国連の中位推計では「2045~2050年」は2.21と置換水準を上回るものの、「2070~2075年」になると2.05となり、「2085~2090年」には1.98と「2」台を割り込む。その後も下げ止まらず、「2095~2100年」には1.94となる。多くの国・地域で社会が豊かになっていくことの裏返しであるが、世界人口の減少は止まらなくなる。
https://news.yahoo.co.jp/articles/2e60ea8299080cb41652da01e9f5d536e6d2dc72
アフリカでも子供死ななくなって人口大爆発なのになに言ってんや?
そんな時代には戻りません