はてなキーワード: 情状酌量とは
人権的にはもちろん死刑を望むわけではないが、あまりにも政治犯としての要素が強すぎる。
もし極刑なり極めて重い刑が下ったとすれば、
「平和ボケのザル国家」という舐め腐った態度でスパイしてきている国への宣言にはなると思う。
本人もその覚悟はあるだろう。
2022-07-13
これまでのパティーンとしては「地裁」は死刑判決を出しやすい傾向にある。
・長崎市長射殺事件でも地裁は死刑判決→高裁で破棄され無期懲役→最高裁で無期懲役確定。
・2009年の松戸女子大生殺害放火事件(強盗→強姦→殺害→放火)でも、
・2007年の闇サイト殺人事件では地裁で死刑判決が出たが被告が控訴取りやめたため死刑確定。
とにかく地裁は「どうせ高裁いくやろ」感覚で社会感情を反映した判決が出やすい。
なんとなく今語っている感じからするとしなさそうな気もするが
弁護団としてはなんとしてでも控訴させたいと説得するだろうし、半々といったところ。
過去に一人殺して死刑になった案件もそれなりにあるが大体の場合、
殺し方の残虐性や動機の身勝手さが天元突破していることがほとんどである。
生きながら焼き殺したとか、強姦して殺害してバラバラにしたとか、
強姦して殺害してその写真を親に送り付けてバラバラにしてシコったとか。
今回の件において山上くんは「統一教会に人生破壊されたのでやった(意訳)」と証言しており、
動機の身勝手さは感じるものの、実際に彼の家族はぐちゃぐちゃになっており情状酌量の余地がある。
刑を回避した理由について松尾昭一裁判長は「被害者が1人にとどまっていることを十分に考慮する必要がある」と指摘。そのうえで、「民主主義に対する挑戦であるが、動機は被害者に対する恨みであり、選挙妨害そのものが目的ではない」と判断し、「死刑選択は躊躇せざるを得ない」と結論づけた
として地裁の死刑判決を破棄し無期懲役を言い渡している(最高裁もこれを支持)。
この判例を見るとやはり今回の件で山上くんを死刑にするのは中々難しいように感じる。
1.死刑
2.無期懲役
1口500円から受け付けない。
統一教会の問題と、統一教会の問題を安倍総理が知り得たか?あたりが情状酌量の論点になりそうだよね。再犯性はもちろんない。
これまでのパティーンとしては「地裁」は死刑判決を出しやすい傾向にある。
・長崎市長射殺事件でも地裁は死刑判決→高裁で破棄され無期懲役→最高裁で無期懲役確定。
・2009年の松戸女子大生殺害放火事件(強盗→強姦→殺害→放火)でも、
・2007年の闇サイト殺人事件では地裁で死刑判決が出たが被告が控訴取りやめたため死刑確定。
とにかく地裁は「どうせ高裁いくやろ」感覚で社会感情を反映した判決が出やすい。
なんとなく今語っている感じからするとしなさそうな気もするが
弁護団としてはなんとしてでも控訴させたいと説得するだろうし、半々といったところ。
過去に一人殺して死刑になった案件もそれなりにあるが大体の場合、
殺し方の残虐性や動機の身勝手さが天元突破していることがほとんどである。
生きながら焼き殺したとか、強姦して殺害してバラバラにしたとか、
強姦して殺害してその写真を親に送り付けてバラバラにしてシコったとか。
今回の件において山上くんは「統一教会に人生破壊されたのでやった(意訳)」と証言しており、
動機の身勝手さは感じるものの、実際に彼の家族はぐちゃぐちゃになっており情状酌量の余地がある。
刑を回避した理由について松尾昭一裁判長は「被害者が1人にとどまっていることを十分に考慮する必要がある」と指摘。そのうえで、「民主主義に対する挑戦であるが、動機は被害者に対する恨みであり、選挙妨害そのものが目的ではない」と判断し、「死刑選択は躊躇せざるを得ない」と結論づけた
として地裁の死刑判決を破棄し無期懲役を言い渡している(最高裁もこれを支持)。
この判例を見るとやはり今回の件で山上くんを死刑にするのは中々難しいように感じる。
1.死刑
2.無期懲役
1口500円から受け付けない。
これから嫁は用事で少し出るとの事だったので、続きをやっておいて欲しいとの事で仰せつかった。
コーヒーを沸かしつつ、ハンガーやらいっぱい挟めるやつにぽちぽち挟み終わった段階で、外はポツポツと雨が。
あらあらと思って、でもこれは最近買ったがまだ使っていない衣類乾燥機のチャンスと思い、吊るしてしまった洗濯物のうちタオルなどの綿素材のものを乾燥機に突っ込んだ。
ここまでは良かった。ここまでは良かったんだが、その中にここ数日のうちに元タオルの雑巾が含まれていた事に気づかなかった。俺はそれが雑巾だとは露知らず、ちょっとボロくなってきたな、なんて思いながら乾燥機に投入したのを覚えている。
乾燥機で40分くらいだろうか、何事もなく乾燥は終わり、ホクホクとしたタオルやらの衣類(下着類など)が出現した。
普通ならこういう曇と雨が混じったような気分の重たい日は洗濯も億劫で、浴室乾燥でやってもイマイチ乾いたような乾いていないような状態にしかならなかった洗濯物が、たかが1時間足らずの時間と多少の電気代で、手触り良く乾燥しきった状態で現れることの感動に打ち震えていた。買ってよかった衣類乾燥機。
乾いた物を畳み、しばらくして嫁が帰ってきた。
「やっておいてくれた?」との問いかけに、「雨降ってきたから乾燥機使ってみたんだ。やっぱり買ってよかったね、あれ。」なんて話したら、全てのタオルが畳まれしまわれていることに気づき、冒頭の雑巾の件に行き着いた。
もちろん嫁は怒った、信じられないと。
とはいえ俺も用途を変えたとは知らないままだったし情状酌量の余地はあろうと口添えたものの、雑巾とタオルを(洗ったとはいえ)一緒にするのは許せない、もう1回洗濯し直すと言い放ち、嫁は怒りそのままにふわふわのタオルをまた洗濯機に投げ入れるかのように突っ込んだ。今は雑巾だけが部屋干しで、タオルについては乾燥機に投入され、乾くのを待っている。
めちゃくちゃ内心の話をすると、洗った後のものであれば別に一緒くたでもいいんじゃないかなのラインで独身時代は生活していたので、そこまで怒らんでも……と思わなくはないが、そういうことは言える訳もないのでこうしてここに書き込んでいる。
やっぱり嫌だったよな、次は気をつけないと。
皆さんどうなんでしょうか。
https://twitter.com/mosumiharuto/status/1525091629085777920
このツイートに対して「個別に判断すべき」とか「表面的なデータしか見ていない」という批判のブコメがついてるのマジ?
「個別の事象を集めたら全体としてこれこれの傾向があります」という主張に対して「個々の情報を精査すべき」という意見は的外れに思える。
各事件はどれも情状酌量の余地があるのは理解してるがその結果「女性の実子殺し」は量刑が軽いというのは事実ではあるしこれを放置していいとは思えない。
このデータを使って「女性が優遇されている社会」とは間違っても言えないが、議論の出発点としておかしなものとは言えないのでは?
「後でやり返されるかもしれない」とか、露ほどにも思わないんだろうか。
そこまで考えが至らない短絡的な人間だから、そんなことやってんだろうけどさ。
「自分より位の低い奴がやり返してくるはずがない」っていう、その揺るぎない自信はどっから来るのか。
自分なら相手からの報復が怖くて、そんな類の事は到底出来ない。いや、最初からする気も無いけどさ。
自分自身子供の頃から理不尽が嫌いだったので、体罰・パワハラ・いじめの類は目上とか関係なく徹頭徹尾やり返してきたんだけど、
大抵の加害者は思わぬ反撃喰らうと、まさに「鳩が豆鉄砲を食った」ような顔をして、笑っちゃうくらい狼狽するんだよな。
そしてそれを境に加害者側が変によそよそしくなって、体罰・パワハラ・いじめの類はピタッと止むんだ。こちとら何回も経験がある。
さらに悪化したパターンもわずかばかりあったけど、加害者側の体罰・パワハラ・いじめのヒートアップに比例して、必然的にこちら側の
報復行為も周囲に伝わるレベルで段々酷くなっていくので、流石に見るに見かねた第三者が放っとけずに介入してきて最終的には丸く収まった。
結局さ、加害者側って付け上がってんだよな。被害者側に甘えてんだよ。
どうにも腹に据えかねたら、ウィル・スミスみたいに加害者の横っ面でも急に張り倒してみろ。大体解決するぞ。
「暴行罪じゃないの?」アホか。情状酌量されるように体罰とかパワハラの証拠集めしてから、満を辞して張り倒すんだよ。
加害者側だって相当面の皮が厚くなければ、自分の過去に積み上げてきた悪事が露見することを恐れて、易々と暴行被害を訴えることもできまい。
「諸外国(非儒教影響下圏)では日本のようなパワハラ・セクハラはありません!」っていう出羽守言説も、ある意味正しいと思うよ。
だって向こうで恨みを買えば、日本とは比べ物にならないくらいカジュアルに鉄拳・ナイフ・拳銃が出てくるからな。そらやらないよ。怖いもん。
日本人も目上とか関係なくもっとブチ切れてやり返すべきなんだよ。そうすりゃもうちょっと世の中の風通しが良くなる。自殺者も多分減る。
(続き)教育に悪いと思うのはまさしく偏った価値観に基づく考えだ。
100万年前とかに生まれていたら裸でほっつき歩いていても何も感じるものはないはずだからだ。
その教育に悪いという考えで子供に性に関するあらゆることを隠すことが、子供に性に関することへの後ろめたさを植えつけることになるのだ。
そもそも法律が撤廃されると言う前提ならその未来の撤廃された世の中で裸で歩いていても全く反社会的な行動ということにはならないので、裸を見て育つことが将来裸になって歩く因子になっているのだとしても、教育に悪いということには全くならないはずである。
法改正直後には街やテレビの映像として裸が視界に入ってくることになり、それに不快感を示す人も一定数出て来ることだろう。
しかし社会の移行期には誰かしら不都合を被る層が出てきてしまうことは当然なのである。
一切の不都合を被る層が出て来ることを恐れてはより理想的な方向への変革もままならないのである。
LGBTに対する多様性を確保した次には、このような法改正をすることでより大きな多様性を確保していくべきである。
いずれネイティブに性に後ろめたさを感じる人はいなくなっていって、裸に不快感を示すことなど「お気持ち」に過ぎなくなるだろう。
ある意味で原始時代に戻るわけである。原始時代においてそんなことに不快感を感じる人など奇異な存在というものである。
どんなときでも服を着なければならないということではなくなることによって、社会はより合理的に回るようになるだろう。
それだけではなく、同意の無い他人を巻き込まない限りは街中でオナニーすることや野外セックスだって可能である。
こんなことを言えば、また教育に悪いとか言う人が出て来るだろうか。
極端な話だが目の前で殺人が起こったからといってただちにその子供の将来が殺人犯ということになっていくのだろうか。
そこらへんもひっくるめてリアルタイムで子供を矯正していくのが親の務めだと思う。
むしろ自己完結的なあるいは納得ずくの性行為と同意なき人を巻き込んだ性行為との峻別を絶えず親は教えていくべきである。
街中で他人の納得づくの二者間のセックスを見たからといって、その子供の将来がただちに強姦魔に決するというのは、殺人の一部始終を見た子供が殺人をするようになる以上の飛躍というものである。
普通に教育すればこれほどの飛躍が発生することはまずないはずである。
現代の面前DVの定義には性行為を見せることというのがあるそうだが、個人的には嫌なことを強要し続けた段階で何事もDVであると思う。
逆に、嫌なそぶりを見せたらすぐひっこめればDVには当たらないと思う。
教育用のひらがなを教えるようなビデオを見せても関心を示さない子供の首を無理やり固定してするようなことはむしろ虐待であるから、勉強とかに興味がないとわかったら、ただちにボール遊びとか、次の将来につがなるなかで子供が興味を示すようなことを模索するものである。
興味を示したらもっと見せればよく、将来AV俳優として大成するかもしれない。
性に関することについて何が処罰される社会に変わるのか少しわかりづらいかもしれない。
簡単に言えば現代でも強要罪にあてはまるものに処罰対象が限定されるようになるということである。
しかし立ち去った相手にわざと近づいてその眼前で性器をぶらさげながらとおせんぼするようなことは、公然わいせつなどが廃止されても強要罪にあたるだろう。
そういうことがしたかったなら、もし既に裸であるなら一定の離れたところから(具体的な距離はここで考えることではない)同意を求めるべきである。
事後承諾に期待するのは勝手だが、あとで同意がなかったと被害届を出されても事後承諾を図っていたことが発覚した時点で情状酌量の余地はないことに留意するべきである。
ゆるくするところはゆるくなら、きつくするところはきつくというものである。
基本的には強要罪に一元化されるが、性に関することについては厳罰化も検討されるというのは前にも書いたとおりだ。
基本的に同じ行為に対する罰則が理由なく厳罰化するということには不公平感を感じられるものだと思う。
しかし煽り運転が厳罰化したように、悪質な犯罪が増えた場合にはそのようなことになるという例はある。
悪質な犯罪が増えることが予期された場合には厳罰化の検討ということも普通に考えられるわけである。
もっともとそれが性に関する法律を一部ゆるくするという法改正によるものならば、最初からそんなことしなければ厳罰化しなくても済むじゃないかという反論もありえよう。
なので結局改正のほうを否定するのではなく、改正したのちの未来の犯罪の動向についてどう対処すればよいかという話に帰結するべきだということになるわけである。
性に関する法律がこのように緩和されて性に対する余計な後ろめたさがなくなれば、今はわいせつとかされているものに対する不快感もなくなっていくだろう。