はてなキーワード: ノーパンとは
先月に俺の誕生日をお祝いしてくれた女の子に彼氏が出来たのを知って、鬱勃起がヤバすぎたので風俗行くことにした。
やっぱネトラレは最高だな、息子のモチベーションが違う!
さておき、ちょっと風俗行く前に適当に飲んでから行こうと思って、せっかくだから女の子のいる店を、と思ったんだ。
で、何を思ったかおっパブに初めて行ってみた。結構ヤケだったから、適当にキャッチに捕まって適当に入っておっぱい揉みまくってた。
そしたらVIPルームで二人っきりになりたいとかおっぱいちゃんが言うので、「でもそれってお高いんでしょう?」とか言いながら結局入った。
二人っきりになった途端、膝の上に乗ってきて上半身裸になってくれた。帰ってきてから調べたけど、おっパブって普通は嬢を膝の上に乗せるものなのな、隣で肩抱いたりしながら乳揉んでたわ。ちなみに足の血が止まってしんどかった。
で、ひとしきり乳揉みまくってたけど、嬢がパンツ脱いだ。スカートは着用のノーパンスタイル。
当たり前だけどズボンにベタつく何かがついた。おいこれ、俺この後この服で公共交通機関で帰るんだぞオイ!とか思いながらも、ちんこ押し付けてた。悔しい!けど感じちゃう!!ってこういうのなんだな。
そのまま早漏気味の俺は出そうって言ったら寸止めされてズボン脱がされた。
で、本当の素股された。ほえー、ここまでしてくれるんか? とか思ってたらそのまま入れてきた。
……この場合、入れてきたって表現はおかしいな、入れさせられたか? けどさせられたって言うほど被害的じゃないし。
まあ表現の話は置いておこう、とにかく普通に本番させてくれた。あれ? 本番ってソープの特権なんじゃないんだっけ?? とか思ってる間に早漏の俺は限界を迎えた。
で、ズボン脱いで即なので当たり前だけど生だったので中出し。正直鬱勃起からのドスケベゆきずり女との生おせっせとか、エロ漫画の世界よな、最高過ぎたわ。
よくわからんうちに場内指名とか諸々上乗せされてた。多分VIP入ったら場内扱いなんだろうな、そこそこ高くついた。
幼少期から転勤を繰り返し、コミュニケーション能力が周りよりも著しく低い(例えば突拍子もないようなことを喚く、声が大きすぎるなど)のでいじめに遭い不登校になった。
体型は太く、モテるなどとは無縁の生活のまま中学に入り、軽い気持ちで(当時ミスフルが好きだったので)中途半端な気持ちで野球部に入ったら運動神経ゴミカスな自分は誰よりもトロく鈍臭く、馬鹿にされ続けた。もちろん学校のカーストなど推して知るべしといったところ。
高校に入って卓球部で心機一転と思ったが三年生最後の大会で同級生の中で自分だけがスタメン落ちするというカスっぷり(しかも同級生のうちの一人は自分よりも練習に来てなくて態度も悪かったのに、自分は選ばれなかった)。中学の頃好きだった身長が小さくてか弱そうな子に告白したら想像したこともないような声で否定されて次の日から学校で噂されたりなどもした。
勉強は親のスパルタ教育でアホちゃんな自分の頭でもなんとかそれなりの大学には入れ、しかしその大学でハメを外しすぎたか所属した部活動でも問題児扱いされ、同級生からガチめに説教されるなどのことをされ、もちろん彼女など出来ず夜な夜な画像サイトでシコり倒すと言う毎日であった。
そんな増田にも理解のある同性の友達がいた。彼は自分よりも異性の交際に長けており、彼女もいた。その彼女とのアレコレ(彼女を大型犬用の檻に入れて一日監禁プレイした、ノーパンで大通りを歩かせたなど)を聞かされたりなどし、妬ましいという気持ちもあったがアニメオタクであり、当時のアニメの話を語り合うことができる本当に唯一と言ってもいいほどの大切な友達だった。
あの声優いいよね……とかそういう会話を何気なくできる存在は彼だけだった。彼には自分が童貞で部活では置いてけぼりにされているという情けない話も言えた。大抵彼は「よっ、アスペルガー」と茶化していたが、その茶化しが本当にありがたくて涙が出てくるほどに嬉しかった。彼も性病を患っており、二人で「アスペと性病のコンビじゃ」とかなんとか言って笑い合ってた。
そんな彼が、ミソジニーになった。
きっかけは彼の就職だった。自分は理系大で院に入ることが決まっている頃で、彼は大卒で就職活動中だった。彼は活動がうまくいかず、イライラが目に見えてわかるほどであった。彼女のエロい話を露骨にしなくなったので、多分その頃には別れていたのだろうと思う。
そんな彼が、会うたびに女がいかに恵まれているかという話をするようになった。会話の中身はテンプレみたいな話なので割愛するが、ともかくそんな話が会話の大半を占めた。
あんなに彼が愛していたはずの女性声優ですら貶すようになっていき、流石にうんざりするようになった。自分はただ好きなコトを話して盛り上がりたいのに、投げかけれる話題は常に怒りで満たされていた。
彼との付き合いは自然と少なくなってしまった。会っていてもストレスが溜まるだけだから。一緒にミソジニーになりかけた時期もあったが、彼からは「童貞が女の何を知ってんだ」と言われ、一緒の道に進むことすら拒まれた。
そしてなんとは無しに、ミソジニーの反対のことをするように心がけるようになった。ミソジニーの結果の彼の姿を見たからと言うのもあるが、ややヒステリー気味でもあったと思う。とにかくああなりたくない、という強迫観念のようなものに取り憑かれた。唯一の友達を失ってしまったというショックもあったと思う。好きなオタクの話で盛り上がって楽しかった思い出が、ミソジニーというものに全部奪われたという被害者意識があったのだろうと思う。
その頃から女性がかかえる問題をやんわりと「そうなんだ」という感じの気持ちで捉えるようになった。女性専用車両など、まあ必要なんだろうなという受け取め方をするように心がけた。特に夫のちんぽが入りませんという本を読んだ時はかなり心にキた。親に支配されて苦しんでいるというのは女性にも同じなのだというのを知ってそれがすごい嬉しかった(当時は親が本当に憎かったので、同族がいたという嬉しさもあったと思う あんまり友達とか男性同士で親が憎いとかそんな話はしないので まあそりゃそうだという話だが)。
とは言いつつも結局就職まで彼女なぞ出来ず、女性の苦しみに共感する童貞という訳の分からない存在のまま何年かが経った。
これまでの振る舞い方を大きく見直して社交的な態度を取るようになり、今は会社の同僚と旅行したりするほどのコミュニティの形成力を築けるようになった。
そして数年前に結婚相談所で女性と交際し、結婚した。交際から結婚生活まで、あの時の唯一の友達がミソジニー全開で喋っていたことの全てを逆張りした結果、存外なほどに良好な関係を維持している。元々アホアホな性格だったので、自立しているしゃんとした人と結婚したいと思っていたので、その通りの人のおかげでもあるが、家事や体調のケアなどをするとありがとうと言ってくれたりして、互いに支え合うということができている。
こんな未来はきっと、ミソジニーの彼は思い描けなかっただろう。元々女性を軽蔑しているのだから、何か女性側に不備が一つでもあると憤りを隠さずに喚く。どんなに優れた女性が目の前に現れても、優しくて愛嬌のある人でも、彼の目には全ての女性が劣って見えるのだろう。
そんな色眼鏡を持たないでいられたおかげで、自分は今の嫁の個性を、性格を、人格を、心から受け入れられる。
ミソジニーになった彼へ。
俺は幸せになる。
これが釣りならどんなにいいことか
同じように困ってる人に届け
電車で2時間かけて私立に通っていたのだけど、初めての定期テストでの緊張+生理+長時間通学で腹が死んだ。
トイレに並んでる時に出た。この時はナプキンに救われて、ほとんど被害もなく済んだ。
ごめんなさいと思いながら汚れたパンツとナプキンを汚物入れにいれてトイレを出た。本当にごめんなさい。言い訳だけど13歳の自分にはどう処理したらいいか分からなかった。
ノーパンのまま学校へ行き、テストを受け、ノーパンで帰宅して母に全てを話して泣いた。
その後、3年に1回くらいのペースで漏らすようになった。
大抵はやばいと思ってトイレへ行って、順番待ちをしている時に間に合わず出るパターン。
漏らすのは立っている時で、普段はほとんどスカートで生活しているのでパンツとスパッツだけ捨てればなんとかなることが多かった。2回目に漏らしたとき(高校生)の時も泣いたし、汚物入れに放置してしまった。
それ以降は「自分は漏らしやすいのかもしれない」と自覚して、出先に小さなビニールを数枚持っていくことにした。汚れたパンツを放置するのはもう辞めたかったからである。
そんなこんなで大学生となり、何回か漏らし、もう漏らすことに慣れてきた。
漏らすことに慣れるのならその前にトイレへ行けと言われるだろうが、「ヤバいな」となってから1分くらいで降りてきてしまうのだ。1分以内にトイレに駆け込めればセーフ、それ以降はアウト。
何度も野糞をした。田舎で人もいないし、すみませんと思って野糞をした。
全部出し切った後に自販機で水を大量に買って、近くの排水溝まで流したりもした。
そして仕事をはじめた。思ったよりもストレスがあり、ついに冬場に毎週漏らすようになった。
(夏場もクーラーがキツいとお腹を下すので、冷えがトリガーになるのだと思う)
ここまで来るともう慣れっこで、普段から次亜塩素酸水(キッチンハイターと水で手作りし、)を車に常備し、多少うんこが拭き取れなくて車のシートについても綺麗に掃除をした。
車のトランクには次亜塩素酸水、新聞紙、ビニール、(新聞紙の上にビニールを引いてから座ると車が汚れない、またビニールに汚れた服を入れられる)、替えの洋服一緒(靴も含む)、タオル、キッチンペーパー、ラブホに駆け込むための現金1万円を入れて、毎日漏らす恐怖と闘いながら通勤した。
毎年冬になると頻繁に漏らすようになり、もうダメだと思った。
そして、今年の春仕事を辞めた。
今は在宅ワークで、便意を感じて15秒でトイレに行ける。今年に入ってから一度も漏らしていない。
ただ、この急な寒さがどうしても過去の記憶を思い出させたので、ここに炊き上げることにする。
よく漏らす人、大丈夫だよ
悲しい気持ちの人に、仲間がいるよと伝えたい