はてなキーワード: ロマンチックとは
昨日ジャンプを読んでたら25歳の新人の読み切りが載っていたんだけど
自己紹介欄によると彼は既婚者で、読み切りを執筆中も大いに奥さんに支えてもらったらしい。
羨ましい。
支えてもらっていることがというより
若い頃から苦難の道を一緒に歩む相手が居るのが羨ましい。
奥さんの方も漫画家志望で、励まし合い支え合っているのかもしれない。
これで彼が漫画家として身を立てて、奥さんによい生活をさせるようになったり
いろいろ贈り物したり旅行連れて行けるようになったら、大変ロマンチックだと思う。
一方31歳のわが身を振り返れば
完全に足場が固まったとは言い難いが、だいたい固まっている。
それと同時にこの一年ほどの間に、若い既婚者を羨む気持ちが芽生えてきている。
少なくとも駆け出し漫画家の彼とそ奥さんのような絆のある相手はもう手に入らないのだ。
せいぜい一緒に緩慢な老病死苦に立ち向かうための連れ合い。
自分も相手もさぞつまんないだろうなと思うと
想像するだけでゲッソリとする。
「あの時あの人と結婚していれば」というような身を切るような後悔ではないんだけど。
悲しくなってきた
また、別の話なので
続きのトラバはしない
なんで夢が見られるところで夢が見られないのか
恋愛(か性欲かわからん部分はあるとしても)市場の、需要に供給が追いつかないのを利用して、昔から少年漫画などでも、恋愛マンガがあったんだと思う。恋愛学園モノのような。
あれ・でもそうすると少女マンガはどうなる?! ( 将来の色々な事より恋愛を考えた方が将来に繋がるという女の人の置かれている特殊な情況もあるから、このあたりは置いておこう )
性欲にしてもさ、何だかわからないけど、人はロマンチックな夢を思い描いたりする事もあったり、ほのぼのとした夢を思い描いたりする
私には無いものだ
こんにちは、新婚です。タイトルはホッテントリメーカーから。
いや結婚はいいよマジで。仕事終わってクタクタで帰るだけで好きな人にくっつく特権が!そして相手も満更でもなさそうな顔でニヤニヤしてたりして!それより何より家に男の人がいるってだけですごく安心するよ。ありがとう夫、愛してる夫!
……そんな幸せいっぱいの三十路喪女ですが(ええ、結婚しても喪は喪です)、かつては婚活なんかもしておりました。結婚を意識して動き出して結婚まで7年ほどかかりましたよ。何しろ喪ですから。そんでも!そんでも!アタシいま愛されちゃってるしぃ~、幸せのおすそ分けに?これは効果あったんじゃないかなぁって思ったことを増田に書いてみるよ。だって自分が結婚できたからってリアル友人に上から目線でアドバイスするの恥ずかしいんだもん。
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喪の婚活には当然のリスクヘッジでしょう。結婚しなくても生きていけるけど、お金が無いと生きていけない。タダでさえ喪というハンデを負った身、婚活が絶対に成功するとは限らないことは折り込まないと。別に勝間和代にならなくても、自分一人食べていけるだけ稼げればそれでいい。どんな有名企業に勤めていても永久就職希望オーラを出すだけで男は逃げ出す。“別に結婚までしていただかなくてもお付き合いしてもらえればいいですよ”くらいの軽さを出す役には立ったと思う。
私の場合、ブラック企業のいじめられ事務(あの頃本当に卑屈だった)を辞め、介護職→ホームヘルパー→家政婦として個人契約して今に至る。家政婦いいよ家政婦。学歴要らないし、性別が女で普通に家事が出来ればとりあえず食べていける。ありがとうお母さん私に家事と敬語を教えてくれて。身体を売らなくても、ババアになってもなんとか食いつないでいけそうです。
結婚願望が強い男に仕事の話をすると、すごい家事能力を期待されてしまってげんなりするけどな!(そーゆーのが顔に出ちゃうから婚活長引いたんだと思う)
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あるマニュアル本には美のためなら何でもする!って位の覚悟でお洒落しろって書いてあったな。その割にコスメフリークにメンヘラが多いのはなんで……まあいい。性別が女である事をアピールしないことには始まらない。髪を伸ばして、スカートはいて、産毛剃ってメイクしてプチネックレスつける、ってくらいには頑張った。ありがたい事にブラック企業と肉体労働のお陰でダイエットはしなくて済んだ。未だに友達にはお洒落しろって言われるレベルだけど(だから婚活長引いたんだと思う)
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あったら喪なんかやってねぇよ(゚Д゚#) ゴルァ ……と卑屈になるのは大得意。だけど、なんとか売りになりそうな自分の特徴について自己分析してみた。
……ということで需要はある!と考えた。そう思わないとやってられなかった。
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多分、他の婚活女子を見ていて一番違うのはここを考えたことだと思う。絶対クリアしていて欲しい条件を3つ。
私の場合は
念のため一般的にはアレだけど私は許せる条件も洗いだしてみた。
で、そんな男はどこにいるのか?を考えた。ここでブス山さんメソッド発動。
ブス山さんのモテ哲学 - タケルンバ卿日記 http://d.hatena.ne.jp/takerunba/20071109/p2
スポーツ誌じゃない、男の人が読みそうな雑誌を読むように心がけた。月刊アスキーとか、MONOマガジンとか、ファミ通とかホビージャパンとか。あとDSを買ってインドア派の最大の娯楽?ゲームも始めてみた。ホッテントリの妹の人(http://anond.hatelabo.jp/20110708170527)みたいに明確なターゲットがいたわけではないし、性に合わなかったのですぐ飽きちゃったけど。
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ブス山さんメソッドで雑誌読んで見つけたイベントも、合コンもお見合いパーティーも行きました。あと用もないのに電気屋をブラブラしたりした。あと自分が興味があって男の人もやりそうな趣味のイベントとか。
合コンやお見合いパーティに関しては、結婚願望のある男女が集まるのはいいんだけどマーケットが絞りきれてないから効率が悪いしすごく疲れる。電気屋行ってもナンパなんかされないwでも引き篭っているよりはまし。
自分が興味があって男の人もやりそうな趣味のイベントはよかったと思う。別に出会いがなくても趣味が楽しめるから、婚活疲れみたいなストレスがない。気さくに話せる男友達もできたし。そういうのはmixiで探した。
ただ、これといった目的のない、ただの社会人イベサーはア○ウェイとかの温床なので気をつけろ!
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あー、これ書くと炎上するんだろうな。でも他の婚活女子があまりやってない2番目に大事なことだと思うので書いておく。
[amazon:THE RULES―理想の男性と結婚するための35の法則]
例:
こんな事やってるから婚活が長引いたんだよ(3回目)でも本当にこれはいいと思う。ネットを徘徊してルールズガール(とはいっても大体アラサー)が勧めてる関連図書と合わせておすすめ。女尊男卑とかじゃないんですよ。自分で「積極的に」行動して重たい女になって痛い目見たことがあるから言える!喪女が健気な女をやっても卑屈オーラがでるので碌なことはない!でも、外に出ていればこれをやっててもたまぁーに、ごくたまぁーに、私を複数回デートに誘ってくれる人は現れた!7年間で4人!(うち、最後の一人が夫)あと、ちょっと優しくされるとすぐ舞い上がる喪女(私)が趣味の男友達を作れたのはルールズがあったからだと思う。痛い女にならずに彼らと仲良くできたお陰で男性不信がちょっと治った。
あとはねー、私の女友達で自分からアプローチして彼氏ゲットした子に、あんまり幸せそうな子がいないんだよね。なんでだろ。an-an的メソッドに詳しい友人もまだ独身だし。
実際うまくいってみると、自分から好きになったわけじゃない男の人に好かれて優しくしてもらうのがこんなに楽しいとは思わなかった。で、じわじわと温まるように私も彼のことが好きになった。ありがとう夫、愛してる夫。
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7年ね、時間かかりすぎだよね。最初に結婚を意識した頃には婚活なんて言葉なかった。
でもその間仕事変わったりいろいろあったし、自分自身もいい方向に変わっていったと思う。諦めないでよかった。
夫への謝辞で締めくくりたいと思います。ありがとう夫、愛してる夫。
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予想以上のブクマが!ルールズあんまり叩かれなかった!ありがとうございます。
はてな記法がちゃんと効いてない気がする。なんでだろ。。。
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これは本当にごめんなさい。風俗に行かない男がよかったのと、男を見る目に自信がないのでこんな指標を使いました。
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>喪の自称をやめるべき
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>7年は短い
まじで?
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>7年で4人。。。
本当にねー、時間かかったね。ルールズ系の婚活ブログ読んでると常時3人くらいとデートしてる人は早くて半年~1年、大体2-3年で結婚してた。まあ新しい仕事に適応するのに忙しかったのと、女装キープする根性がなかったのと、それでも周期的にやってくる猛烈な寂しさのお陰で細々と続いた、って感じです。あまり努力した感じはしない。強いて言うなら、ルールズを自分にとって自然なマインドセットとして吸収するのがちょっと難しかったくらいか。デート1回で振られたことはありませんでした。皆さん3回はデートした。
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今までにを見る限りそうでもないと思うけど、ある程度以上の自信がある男性探し、という側面はあると思う。
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>俺もルールズ読んでみよう
男性にはお勧めしない。何の役にも立たないし、胸糞悪くなるかもしれないよ。
それより散髪して、風呂入って、サイズのあった洗濯した服を着て、いいなと思う女の子を気軽にデートに誘ってください。スタバでお茶飲むだけでもいいと思う。都市圏の夜のデートなら、モスorフレッシュネスバーガーで軽く腹ごしらえ→夜の公園をお散歩→カウンターでカクテル一杯くらいのおしゃべり、とかとか。オゴリでも安く上げることはできるはず!短いデートを3回もすれば大体の相性と相手の人となり、自分の気持ちは分かると思う。今の私があるのは夫の勇気のおかげなので、全力で応援してます。
ゲイ向けAVのジャンルとしてノンケ(異性愛の男性)ものというのがあって、中々の人気を誇っている。
ゲイがノンケを犯し、男の良さをわからせるみたいな方向性は理解できる。
でもノンケが女とセックスする様子をゲイ視点で盗撮するっていう系統のものが謎。
アオリ文句も「硬派なノンケも女を前にすると獣に!」「女相手だと勃ちが違う!」「大喜びで女を犯す!」みたいなもので、
一瞬女性向けかと思ったが、女相手に腰を振っているノンケの尻の穴がアップになる構図など、どの女も必要としていないだろう。
もっとロマンチックな演出をしている女性向けAVというのはまた別にあるし。
「清楚な大和撫子も白人男のデカマラには大喜び!」「白人ペニスに群がる日本の女たち!」みたいな動画を喜んで観るようなものだろう。
共感できる存在が出てこないし、性的に欲している存在が別のカテゴリの人間に横取りされる感じ。
腹立たんのか。とにかく意味不明。
ロマンチックなのがいいとか、刺激が欲しいとか、恋愛によって幸せになりたいとか、
そういった欲をまるで感じない。
他人から見たら薄ーく見えるかもしれないけど、二人っきりだと意外とイチャイチャドロドロヌメヌメしてるかもしれないよ。
私たちだって友人から「何十年も寄り添った老夫婦みたいな安定感があるね」「あなたたちはすごく余裕あるね」と言われるけど、
それは友人に対してそういうポーズをとって見せているだけであって二人っきりだと色々アレだよ。スイーツ(笑)並だよ。
彼も私も見栄っ張りだからできるだけ淡白に、執着のないように、恋愛に振り回されていないように見せているだけで、意外と欲深いし感情に振り回されっぱなし。
愚痴るのは本当にどうでもいいような事だけ。余裕があるように見せたいから。
それが見栄っ張りの生き方。
こんな面倒くさい事何かしら好きな要素がないとできないよ。
恋愛への欲求が生まれつき強い人と弱い人というのが居る。
私の友人に、非常に特徴の薄い正統派の美人が居るのだけど、昔からかなり恋愛への興味が薄い。
高校時代にできた彼氏と何年も安定して付き合い続けており、
ロマンチックなのがいいとか、刺激が欲しいとか、恋愛によって幸せになりたいとか、
そういった欲をまるで感じない。
「彼氏が石ころを拾ってくるのがいやだ」なんていう愚痴は出るけど、色気を感じない。
その彼氏とも二回ほど話したことがあるけど、彼からもそういった色気なり欲なりは一切感じない。
あの二人は恋愛資本や人間的魅力を人より多く持っている方だと思うけど、
もしかなり少なく生まれていて、恋愛するのが難しい状況におかれていたとしても、
趣味に打ち込んでまったり淡々と生きていたのではないかと思う。
恋愛資本を一切持っていなくても、恋愛に興味が無ければ何の不幸も無く安定して生きていける。
モテにあらず。恋愛したいという欲求をそもそもあまり持っていない人。
喪女板の安定感と面白さは、欲求がそもそも無いので欲求不満にもならない、というところから来ていると思う。
先ほど例に挙げたカップルも、恋愛欲が少ないので精神的には非モテに近いところに居ると思う。
欲が少ないがために安定していてこその「非モテ」だ。
逆に、恋愛への興味や欲求が強いのに、恋愛資本を持たない人間は不幸だ。
ものすごく恋愛や性交をしたいのに、性的承認を得たいのに、相手をしてくれる人間が居ない。
これらの人々を的確にあらわす言葉を作るべきだと思う。
作らない限り「非モテ」という言葉が誤用され続け、議論に齟齬が生じ続けることになる。
そもそもあまり恋愛をしたくない人々と、したいのにできない人々は区別して語られなければいけない。
異性とのロマンチックな関係を夢見まくりと言う点で女性のスイーツ族に近い。
オタクとか腐とかリア充とかDQNなどという表層的カテゴリを横断して存在する。
おれはこれに対して、恋愛だけ特別なんてこたねぇよって話をしたいだけだから、擁護はお好きにどうぞ。
恋愛だけ「特別に」二次元で置換可能とか、バカバカしくて話にならないって言いたいだけだしさ。
本当に無理やりな方向で笑える。
仮にSFを疑似体験できるとして、それは現実の何を置換するの?
ホラーとかSFはエンタメとして割り切って、恋愛だけ疑似体験にマジになんの?
支離滅裂でしょ。
なんで、恋愛だけ「特別」なのよ。
恋愛にロマンチックな感情やイベントやエンタメ性や理想主義を求めれば求めるほど
三次元の立場は不利になる。
今まだ太刀打ちできるとしても、技術の進歩と同じぐらいの速度で生物が進化出来ない以上
技術が進歩したときには、外装からオタク的な特徴が廃された二次元というものが出来てくる。
そうなると、これから逃れられるのは恋愛自体と折り合わない人間だけだ。
異性とのロマンチックな関係を夢見まくりと言う点で女性のスイーツ族に近い。
オタクとか腐とかリア充とかDQNなどという表層的カテゴリを横断して存在する。
今はオタクカルチャーに近い人間以外は二次元のナントカカントカと距離があるが
恋愛妄想が好きな種の男女は未来では軒並み二次元にからめとられて行くだろう。
遠くない未来、
個人主義でロマンチック主義の個体達は恋愛ソフトにずっぱまりで終生大変幸せに独身で生きる。
一方で恋愛に興味ないとか没入できないタイプの個体達が、まあ「現実」の中に生きて子供を産み育てる。
後者はやがて断片的に「イエ」的価値観などを復活させるだろう。
今いる人類は全部「恋愛」に免疫があった人間の子孫なんだよ。”
ニコニコ動画にしてみても、2ちゃんねるにしてみても、ツイッターにしてみても、というかありとあらゆるインターネットの形態として、どうしてコメントを残すことが流行っているのだろう。例えば面白い動画なり書き込みがあったときに、そのレスポンスとして草を生やす行為にいったい何の意味があるのだろう。あるいは短い一言、「泣いた」とか「ご飯食べてる」とかそういうもの。その発言は、本当にする必要があるものなんだろうか。何の意図があってそんな発言をするのだろう。
無論、その一言を誰かに伝えたいというのが根底にはあると思う。そういった伝える誰かを想定した書き込みならまだ理解できる。腑に落ちないのは、そういった誰かを想定していない文章、いや文章ならまだわからないこともないのだけれど、突発的な反応とか予定なんかを発言することだけはどうにも度し難い。何で「私はここで笑いましたよ」「ここが面白いと思いましたよ」なんていう感情を記号で表さんといかんのか。表さないと気が済まないのか。その一言を書きこむ前に、その一言を書きこんでどうしたいのか疑問に思わないのだろうか。
確かに初めこそ真新しさから書き込みをしたくなることもあるとは思う。でも、次第に飽きてくるものでしょうに。いや、もしかしたら飽きている人が大勢いるのかもしれない。そして、そういった何気ない意図を持たない(あるいは今のところ理解出来ない)コメントをしなくなっている人が増えてきてるのかもしれない。その減少傾向よりも新規のコメンターが多いのかもしれない。ツイッターなんてその最たるものなのかもしれない。
はっきり言って、自分が今何をしているのかとか何をどう思ったのかなんてことを呟くことに価値は見いだせない。逆に、よくそれだけの呟きに自分の思いをまとめられるものだと感動する。更に逆説的(使い方間違ってるかもしれない)に考えるに、やはりその呟きというものは突発的な短絡的な発言でしかないのである。突発的ないし短絡的な発言は、その時そのタイミングで本当にしなければならないものなのだろうか。もっと後から考えてみて整理して、そうして発言するに値するか考えてもいいんじゃないのかな。
まあそういった発言をする行為を否定するわけではないけれども。
自分個人としては、ここまで書き込んだこのチラ裏にしてみても削除を検討してしまうので理解がしにくいだけなのだ。だって、どう考えても音声だとか感情に生まれた「呟き」なり「発言」は、それを文にする際に客観的にならざるを得ないものでしょう。今現在私がどのようなことをしようとしているのかが目の前に提示された際、それに何の意味があるのか――違うな。本当はわかってるんだなあ。意味なんてないけどそうしてしまう時の心情というものが。文字にすることは自分には無理だけど、感覚的にわかっている。少し落ち着いて考えて見れば、少なくともわかったような気にはなれる。そして、そのことに疑問を呈する不毛さもわかる。馬鹿馬鹿しいことだよなってわかる。
さて、ここでよっぽど問題にしたほうがいい事柄が持ち上がってきた。けど、一瞬のことだったので忘れてしまった。何につけても自分は忘れっぽいのが良くない。←この一文を書いてしまったことによって、いよいよ本格的に思考の流れとでも言うべきものが全くの別方向を向き始めてしまったので始末に終えない。上に書いてある、よっぽど問題にしたほうがいい事柄ってなんだったんだろう。なんとなく持ち上がってきたけど、また沈みやがった、ちくしょう。こんな築一経過を報告したチラ裏を発言するつもりなのかどうか、それはまた別問題なのでこの際横に置いておく。なんていうか、かくあるべき発言みたいな問題は今は考えないようにしたいし、そもそもそんなものはあり得ないのでどうでもいい(とか言いつつ、理想のあり方みたいなのを考えてみて、結局それにも欠点というか、見方によって性格ががらりとかわることがあるのでどうでもいいなんていうゴミクズじみた結論にしか達しないのだろうなあ)。また忘れた。推敲ってした方がいいのかしらん。仮にもこれは不確定多数の誰かに見てもらうことを想定した、あるいは見られてしまうことが確定的な文章なのに、こんな破茶滅茶な形態でいいのだろうか。良くないと思う自分と、これはこれで味があっていいのではないかしらんなどとふざけたことをぬかしおる自分がいる。
ああ、問題点。何となく当て嵌まる適切な言葉を見つけた気がする。
『不確定』。これこそが、先に記述したよっぽど問題にした方がいい事柄であり、ありとあらゆる物事に対した時に生じる自分の問題点だ。問題点とするとネガティブすぎるかもしれない。厄介な性分としたほうがいい。そのほうがより適切。それともう一つ。ころころ興味が移り変わること。泡沫の種のようなものが次から次へと沸き上がってくるくせに、そのひとつひとつを発芽させることができない愚図であるということ。それから適切という解決策についても。不確定に対する今のところ思いつける唯一の解決策。自分という個人が不確定な波のような人間であるなら、最適を求めるのは酷(というか無理)であるので、より適切なものを探すという方向性でいいのではないのだろうか。
はあ。それにしても結局最後は内省的なことになってしまうなあ。太田光みたいだ。こんなことを書くと氏に迷惑か。いや、迷惑になるほどのものでもあるまいて。
自己分析ついでにもうちょっと自己嫌悪じみたことを続けようかしらん。無計画と計画と呆気無さとハードルとか、そんな諸々のことについて。あー、でもそれっぽいキーワードを並べたら、頭の中でそれっぽい答えが出てしまったからもういいかなあ。面倒だ。でもそれでいいのかしらん。それっぽい答えで満足してしまうことが自己分析なのかしらん。
結局は自分が気持のいいことしかしてないんだよねえ。ナルシズムに酔っているというか、僕ってこんなこと考える奴なんだよって喧伝したいみたいな。また同時にそうあるある自分を馬鹿馬鹿しくも思っていて、いやいや違うんです自分てばそんな奴じゃないんですよははは、みたいにフォローしてみたくもあったり、フォローしている自分を自慢したかったり。堂々巡りなんだな。目立ちたいというか、言葉が出んなー、そうだ誇示、誇示したいっていう欲求が大きいもんだから、それを恥じて。
なんていうか、 誇示→卑下というか否定(の振りをした誇示→卑下というか否定(の振りをした誇示→卑下というか否定(の振りをした誇示→Endless……))) みたいなことが往々にして起きていやがる。面倒くさい。こんな奴関わりたくない――みたいな書き込みをしてまたエンドレス。
これは考えているのかどうか。わからん。考えていなんじゃないのか。考えるってどういう事を言うんだちくしょー。思うことと考えることと感じること、いや感じることは違うか、思うことと考えることって具体的にどう違うんだろうなあ。ロジカル。規則に則って順序立てることが考えることならば、自分は考えることができない人間だ。いつだって思ってる。いかなる時でも考えずに思ってる。なんてメルヘン。ロマンチック。もう訳がわからんくなってきた。わからんっていう言葉は便利だよね。思考放棄にはもってこいだ。あれ、思考って言葉にはどっちもついているのね。つまりは考えることと思うこと。どちらもそれほど違いはないのかもしれないわねえ。それほど重要でもないのかもしれないわねえ。重要でもないことにどうしてこんなに時間を使ってしまうのかしらん。みんなから面倒な奴だと思われちゃうじゃない。まあそんなんはどうでもいいのだけど。でも、重要かどうかって、そんなに重要視すべき問題なのかしらん。重要じゃないことを云々唸りながら思い悩んでいたっていいじゃないねえ。そんな姿勢を馬鹿にはできない。しちゃいけないと思うわけで。いやいや、馬鹿は褒め言葉とも言うか。もうね、いいんだよ。もう全部いいよ。どんなことをバッチコイだ。あっていいよ。悪いことなんてねえよ。あ、あって悪いことって意味ですね。ありとあらゆる事象物事ははあり得ていいのです。そのことがらがそのものごとがあることには何に罪も糞もないのです。あることはもう仕方が無いのですからね。しょうがないのです。我々に出来ることといえば、それを受け止めることだけなのです。その存在を否定はできない。疎ましく思うことも、邪魔臭いと思うことも、消えてしまえばいいと思うこととも大いにあるでしょう。危険視したり、抹消してしまいたくなったり、暴力的な情動を抑えきれなくなることも多いかもしれません。でも、そんな生じ得るありとあらゆる反応レスポンスをもひっくるめて、今存在している遍く全てもの物事は存在していていいのです。というか、存在している限り仕方が無いのです。仮に今その存在を消し得たとしても、その存在があった記録は残る。記憶は残り続ける。ならば、その存在は永遠に消滅し得ないのです。あるということはそういう事。あるということは時間を超越するのです。そして、私たちはありとあらゆる在るという事象の中で存在しているのです。だから、その存在を否定することは不可能。在ることは仕方のないことなのです。であるからして、自分としては在ることが混在したカオスティックな状態を享受したいと思うわけなのです。更に言えば身勝手甚だしいことに、自分が心地いいと思う状態が続いて欲しいと願うわけです。しかしながら、自分が心地いいなどと思う状態というものは恒常的にそこに在るのでしょうか。また私が心地いいと思う状態そのものは恒久的に不変であるのでしょうか。そんなわけはないと思います。わからないけれども。ね。結局何が言いたいんだという。暴走したこの書き込みはどう始末を付けたらいいんだろう。増田に落とせば迷惑がかかるかもしれないと危惧してしまう。ならば削除してしまえばいいのだが、それはそれで悲しい。確かにこのような無為な文章を書き綴った記憶は残るかもしれないけれど、その記録が残らない。ハネムーンの写真を友達に見せびらかしたい気分だ。祝女でいつかやってた。あの新婚さんは今の自分の気持ちに似ているのかもしれない。
でもどうしよう。こんなもの、チラ裏にしても性質が悪すぎる。
ツリーの最初のほうまで見た(他の枝までは無理)けど
A
あれは、「かっこよさ」に属するあれこれを揶揄するようなポーズをとりつつ、
実際のところは、「かっこよさ」を求める意欲も気概もない自分たちを正当化するための慣用句だからな
B
努力してモテるようになることの、パサパサとした味気ない感じは理解できない人には
一生理解できない性質のものかもしれん。
A
B
A
B
A
自分に得られないものだとか、関係ない、興味のない領域の話を振られると
機嫌が悪くなるっていう人間と一緒だな。
ケツの穴の小ささばっかし目立つから、その考え方を表に出すのはやめとけ。
女に限らず人が寄ってこねーぞ。
絡んでるのも
口汚いのも
相手を否定したがるのも
A君のほうのように見えるよ
B「何故積極的でないかを説明すると…」
A「お前はクズ!」
B「そうではなくて、なぜそうなるかを説明すると…」
A「お前はクズ!」
っちゅーやりとりじゃん
長すぎて最後までは読まないけど
しかしこのツリーの観づらさはほんとなんとかならんかねえ
教えてgoo - 本物に匹敵する人工ダイヤモンドは作れますか?
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/1933431.html
できるでしょう。
1982年に住友電工ですでに1.2カラットのヤツを作ってる。
おそらく、ブレークスルーの話は、気相成長法(気相合成法)じゃないかと思うけど、あれは1990年ころじゃなかったっけ?他にもあるのかな。高校生のときに感心した記憶があるな。
ダイヤモンドの市場というのは、驚くほど閉鎖的だし、政治も絡んでいるし、値崩れを起こすととんでもないことになるので人工ではでかいものを作らないようにしている雰囲気があると思う。
宝飾品レベルのダイヤモンドは人工的に作成可能だが、これが普及していないのは、デビアス社等供給サイドの圧力があるからだと言われている。
デビアスは『ダイヤモンドは永遠と愛の象徴』として、婚約・結婚指輪の理想であると宣伝した。この非常に成功したキャンペーン活動は以下が有名である。
* 有名人を使い、雑誌や新聞中にダイヤモンドのロマンチックな面を想起させるストーリーを掲載する
* ファッションデザイナーや流行仕掛け人を雇い、ラジオやテレビで流行を広める
このデビアスのPR機関N.W.アイレ親子商会によって立案されたキャンペーンは、人々にブランド名を植え付けることなく、ただダイヤモンドの理想的な永遠の価値を表現するという点で、後年長く模倣される新しい広告形式(イメージ広告)であった。日本でも黒バックに「ダイヤモンドは永遠の輝き De Beers」とだけ銀文字で大書されたCMが知られる。
また、アイレによって作成されたスローガン『A Diamond is Forever(ダイヤモンドは永遠の輝き)』はマーケティングの歴史の中で最も成功したスローガンである(直訳では「ダイヤモンドは永遠に」。偶然なのか007シリーズにも全く同じタイトルの作品がある)。このスローガンの目的は、受け取ったダイヤモンドを転売しないよう女性を説得し、中古品による市場価格の下落を防ぐことにある。この結果、ダイヤモンド市場からは競争が排除され、小売業者は高値でダイヤモンドを売ることが可能になった。またそれは、デビアスが大規模にダイヤモンドの流通を操作することを可能にした。
だから、http://anond.hatelabo.jp/20101020102110で言う「そもそも関心が無かった」人間は
だから
もてなかった奴などはまさに
「ロマンチックラブとセットの結婚を求めず割り切った結婚をする」のが合理的なのに
そうせずに「ロマンチックラブとセットの結婚を求めるから結婚出来な」くなっている人達がいる
という話だろう
元増田の話は。
読み返しても特に見解が違ってるとは思えないのになんで噛み合わないかな。
「ロマンチックラブに関与したかったけど出来なかった」と「そもそも関心が無かった」で違うような。