はてなキーワード: 「恋」とは
悪口は言わず誰に対してもにこやかに笑って「遊ぼうよ」という子だったそうです。
女の子とも遊んでいましたがスカートめくりといったイタズラとは無縁にすごしていました。
とても感受性豊かでいろんな事に感動するのか、すぐ泣く泣き虫でした。
どうやらクラスのリーダー格の子に気に入られなかったんでしょう。
靴は隠されました。
「放課後oo公園集合な」と言われていくとそこには誰もいませんでした。
2時間くらい待っていたら遠くから遊ぶはずだった友達が見ていました。
いじめ、というものを経験するとぼくの何かが変わったようでした。
転校先ではうまく馴染めました。
このころもまだ、男の子とも女の子とも分け隔てなく遊んでいました。
その先ではあまり友達ができませんでした。
もうすでにグループができている学校で「転校生いじめ」を受けました。
無視、教科書がなくなる、机に落書き等、典型的なものは受けました。
だから家でピアノを弾き、一人でリフティングをし、趣味としてギターをはじめました。
それもいじめの対象になったのかもしれません。
特に歴史(日本史)が大好きで、ずっと資料集を読んでいました。
身長は高くなかったのですがなぜか運動神経はよかったようでした。
ぼくはたまたま持っていてその子もたまたま持っていただけでした。
「好き」ってなんだろう。そう考えるようになりました。
ぼくもその時は思春期で、AVやエロ本を読んでいてそこで間違った知識を得ていました。
その本には『「好き」な人としかエッチはしない』と書いてあったのです。
今思えばなんて馬鹿げていたのでしょうか。
ぼくはその子の顔が好きなわけでも性格が好きなわけでもなかったのです。
ただ、その子の中1にしてはちょっと成長した身体を好きになっていたんだと思います。
コンドームを先輩にもらい家にその子を呼びなんなく童貞を捨てました。
これがよくなかったのでしょう。ぼくはエッチにハマってしまったのです。
その子に特別な感情が湧くことはなく、思春期のそのエネルギーをただただその子にぶつけていただけでした。
キスはしました。キスが特別なものであるという感覚もありませんでした。
ただ、目をつぶってしまえば同じ。そう考えていたのだと思います。
その子と別れたのは中3の夏です。
その頃はもう親公認の仲になっていましたがふとしたことで喧嘩しました。
ただ、「本当にわたしのこと「好き」なの?」と言われたので「今はどっちでもいい」
正直な話、もうその子に「エッチしたい」と積極的には思わなくなっていたのです。
エッチはオナニーと違って、相手も楽しませなければいけないものです。
それがおっくうになっていたんだと思います。
だからもう積極的に「きみが「好き」だよ」とは言えなかったのです。
ぼくはこの子と付き合うことにしました。ぽっちゃりしている中2の子でした。
高校生になると髪も染めれるようになりました。でもそれより大きかったのは
顔がちょっとかっこよくなったことです。「イケメン」と言われるようになりました。
そして高校では「好き」だと思った子に積極的に告白することにしました。
どうしても二番目にいた小学校のあったところの高校に行きたいと親に頼みました
そこまでは越境なので転校が必要でした。
親の仕事で今の場所に住んでいたので結果は
一人暮らしをする
1年生の時に4人に告白しました。そのうち3人がOKしてくれました。
その3人ともとエッチをしました。そして3人とも別れた後も関係が続きました。
2年生の時に学年で一番可愛い子に告白したら何とOKもらいました。
それでその子とは長く続きましたが、さすがに1年付き合うと「好き」じゃなくなってきました。
その時に当時はまだ単なる出会い系だったモバゲーを使ってみました。
そこである子と出会いました。それは幼稚園のときに一緒によく遊んでいた子でした。
その子とメールをして10年ぶりくらいに会うととても可愛くなっていました。
この時すでにその子を「好き」になっていました。家においでよと誘うとついてきました。
このときぼくは初めて、その日のうちに女の子とエッチしました。
3年生になり受験勉強を一生懸命やりました。学年で1番可愛い子とも付き合ったままで
一緒の塾にかよって、帰りにぼくの家で復習をするという毎日でした。
けっか、ぼくは第二志望の私立大学に、彼女は第一志望の国立大学にいくことになりました。
もう「好き」ではなくなっていてちょうどいい機会なのでわかれました。
ぼくはその名前は知っていましたが具体的にどんなことをするとことろなのか知りませんでした。
そこで驚愕しました。お金を払えば「エッチができる」つまり「好きになる」のでした。
ぼくは困り果てました。今までの「好き」の概念がぶっこわれてしまったのです。
ぼくはこのときまで「好き」は「エッチしたい」と同じだと思っていました。
でも、世間のみんなは「好き」を違う意味で考えていたようでした
だから、食事がのどを通らないほど「好き」、とか、「好き」すぎて胸が苦しいとか
「好き」なくせに告白しないなんて頭腐ってるんじゃねぇの、とか思っていたのです。
「好き」って何なんだろうと考えるようになりましたがこたえはでませんでした。
女の人をみて「エッチしたいな」と思う人はいてもそれ以外の意味で惹かれる人はいませんでした。
どの子も頭が弱く中身はからっぽで「エッチしたい」とは思ってもそれ以外の目的では会話もしたくありませんでした。
「愛している」とか「好き」とかの言葉は道具として使っていました。
そうぼくがいえば女の子は安心したりよろこんだり「エッチさせて」くれたりするということを知っていたからです。
サークルに入ったら逆に、お持ち帰りしたことを誇っている頭悪そうな男ばっかりでした。
経験人数の多さがステータスとか童貞喪失年齢が低ければいいとかエッチした回数がステータスとか。
残念ながら、ぼくより早く童貞を捨てた男もエッチした回数が多い男もいませんでした。
「ねぇ、「好き」って何かな?」そうぼくは友達に聞いてみました。
だれも正解を教えてくれませんでした。
http://anond.hatelabo.jp/20101122004732
なんだーみんな「カノジョ=エッチする相手」って考えているんだって納得はしました。
しかし
思春期に燃え上がるようにあった性欲のことを「恋」だと思っていました。
だから「「恋」しちゃったんだー多分ー気づいてなーいでしょー」という歌の意味もわかりませんでした。
純愛もわかりません。
「恋」や「好き」が目に見えるものなら良かったのに。
多分ぼくは幼いころにいじめにあって、この部分の気持ちをなくしてしまったんでしょう。
何が正しいのかなんて分かりません。
「好き」ってなんなんでしょうか。「恋」ってなんなんでしょうか。
そしてそれらは性欲と切り離して考えることができるものなのでしょうか。
書かないと気持ちがおさまらないと思ったので、初めて匿名ダイアリーで俺の恋の話と人生最大のザンゲをしたいと思う。
たった2ヶ月たらずの出来事だけど、すごく長くなると思う。
まずは俺の簡単なスペックから。
年齢は20代後半で、20代中盤あたりからから引き籠りがちだった。
もっと言えば、昔から人と関わることが苦手で、それを避けてきたと思う。
一人でいることが好きだったし、最近までそんな人生でもいいと思ってた。
結局数年前から在宅で仕事をするようになり、定収入が得られたことによって、
ずっと不安だった生きる上でのお金の心配もとりあえずなくなった。
すると、すぐに友人が少ないことや、彼女がいないことで、とても寂しくなった。
それまで一人でいることを何の苦とも思ってなかっただけに、その寂しさは尋常じゃなかった。
これまでの考えが180度変わり、20代後半にもなってやっと、人との関わりあいの大切さ、一生一人で生きていくことは
とても辛いことだとわかった。
一人暮らしを始めてすぐに、引き籠りがちな生活から脱出して友人も沢山作り、人並みの恋愛もしたいと思った。
もう手遅れかもしれないけど、ど底辺と言われる引き籠りのニートだった俺が、充実した人並みの
人生を送ってみたいなんて思ったんだ。
ちょうどその時、友人から一通のメールが届いた。
「合コン行かないか?」
これまで合コンに行ったことがなかった俺は、女性と上手く話せる自信もなかったので、一度は断った。
でも、引き籠りを脱したい。脱出する為には気乗りしない合コンにも積極的に参加していくしかないと思った。
数週間後、友人に
「まだこの前の話が残っているなら合コンへ参加する」
と返事を返した。
合コン当日、俺、友人、男幹事(初めて会う)と女の子3人で3対3の合コンをした。
「どの女の子も可愛くないな。」
だった。
居酒屋での話は結構弾んで、その後ボーリングに行くことになった。
その時点での女の子3人の印象は、
・A子(変わった子、最終的に恋した子)
・B子(マメな子)
という感じだったが、どの女の子とも恋愛には発展しないだろうって思った。
でも、彼女以前に引き籠りを脱して女の子の友達が欲しいと思ってた俺は、一人ぐらい
連絡を取り合ったり、遊びに行ける子ができればいいな、なんて思ってたんだ。
ボーリングをしていると、何故か同じチームになったA子のことを目で追っていた。
その時点で彼女のことが気になっていたわけではなく、やたらと妙な行動を取るので
自然と目で追ってしまうという感じだった。
「コンタクトしてるの?」
と聞いてみた。コンタクトがズレたり、まつ毛が入るととても痛いのは知っていたので心配だった。
その時ふと間近で彼女の目を見て、すごく綺麗な目をしてる子だと思った。
ボーリングが終わり、友人が、マメだという印象だったB子に連絡先を聞いていたのを見て、俺も誰かと番号交換したいと
思ったけど、合コンが初めてだった俺は、慣れない女の子を前にそんな勇気も出なかった。
20代後半にもなって番号聞く勇気ないとかありえないよね。
「実家に帰ったら?」
と言われたので、一人暮らしのマンションには帰らず、なんとなく実家に帰ることにした。
聞いてみると、女幹事、A子、俺の実家は同じ町にあるらしく、必然と俺+女性2人で帰りの電車を共にすることになった。
こんな体験人生で数度しかなかったけど、飲めない酒が入っていたこともあって普通に会話することができた。
その時点では、恋愛感情なんて全然なかったということもあって、
女の子2人を前に素直に会話が出来たのだと思う。
電車の乗り継ぎの時に、女幹事が急に、「特急で帰る」と言いだしたので止めることも出来ず見送った。
この時点でA子と二人で電車を待つことになった。
A子がまた目を押さえていたので、やっぱりコンタクトが痛いんだろうかと思い、気にかけた。
その時も、彼女の目を見てすごく綺麗だと思った。
「大丈夫。」
とA子は言った。
その後、二人で会話をしていると、どうやらA子は自分と同じ駅で降りるらしい。
「私も合コンは初めて」
「自分の夏は終わった」
などと言っていて、さっきまで妙な行動をとる女としか思っていなかった彼女に対し、
ウブというか、可愛い一面もあるんだなと思った。
地元の駅に着き、改札を出るとお互いの家は逆方向だった。
そのまま帰ろうかと思ったが、家が近いなら女性は家まで送っていくべきなんじゃないか?
と思ったことと、何故かもう少し彼女と話をしたいと思った俺は、
「嫌じゃなかったら家まで送っていくよ。」
と言った。
彼女は一度は拒んだものの、嫌そうじゃなかったのでそのまま会話しながら彼女の家まで一緒に歩いた。
途中、話をしていて彼女は凄く真面目な子だという印象を受けた。
彼女の妙な性格と、可愛らしい一面のギャップを知って、少し彼女のことが気になった俺は電話番号を聞きたいと思ったけど、
やっぱり勇気は出なかった。
「番号交換しませんか?」
と言ってきた。
しかし、彼女は携帯電話の使い方が上手くわからないので、ボーリングのスコア表に手書きでメモすると言った。
携帯の使い方も知らないのに番号を聞いてくれた彼女の行動を見て、やっぱりおかしな子だと思ったが、
素直に嬉しく、会話の中で徐々に彼女のことが気になっていた俺は、次の日自分から誘ってみようと決心した。
もう少し彼女のことを知りたいと思ったんだ。
と書かれていた。
事前に合コン系のサイトで女性を喜ばせる方法を得ようとする辺りが、引き籠りならではの
キモさかもしれないな。
全員に「お疲れ様」メールをした。
また、初めての合コン参加の下調べ中に、2ちゃんねるのまとめサイトには
「引き籠りには引き籠りが染みついてるからどう頑張ってもバレる」
と書かれていたのが印象的だった。
次の日彼女を誘おうとメールしてみると、彼女は出かけていて無理だという。
理由もはっきりしていたので、タイミング悪かったなと思った。
その後、メールのやり取りはなかったが、1週間後に彼女の誕生日があることを記憶していた俺は、
別に彼女を意識していたわけじゃなく、なんとなく誕生日を記憶していて、これはメールのきっかけを作るチャンスだと思ったんだ。
次の日彼女からメールが返って来て、思ったより反応が良く、いい感じでメールのやり取りが出来た。
家族からも誰からも誕生日を祝われないと言った彼女のメールを見て、少し可哀そうだと思った。
「食事は花火大会以降ですか?」
と聞かれ、食事に行ってもいいよという合図なのかもと思った俺は、いつでもいいけど今週、来週はどうかと聞いた。
しかし、今週も来週も仕事と予定があるので無理だと断られた。
後から考えてみると、おそらくこの日のメールから俺に対する彼女の印象は悪化していったんだと思う。
誕生日メールの印象は多分良かったと思うんだけど、この日がピークだったんじゃないかな。
その週の土曜日、彼女は仕事だと知っていたが、近くで花火大会があったので、仕事が終わってから
花火大会に行かないか?ともう一度誘ってみた。
「仕事の後に予定があるから。」
と断られた。
その後もメールのやり取りは続いていたが、次第に絵文字が減り、文章が短くなり、俺からのメールを最後に
俺は、
・メールをやりすぎた?
・内容がまずかった?
・短期間に誘いすぎ?
など色々考えたが、メールの内容も、途切れてもおかしくない文章だったので答えはわからなかった。
この辺りから、俺は完全に彼女のことを意識していると気が付いた。
その数日後、一度か二度こちらからメールを送ったが、くだらなさすぎる内容で、送った瞬間後悔した。
返事は返ってきたが、メールは数回程度で終わった。
それから一週間後、また合コンメンバーの男女6人で会い、別の花火大会に行く計画になっていたので、参加した。
彼女は前回初めて会った時よりもお洒落でスタイルも良くて、とても可愛らしく見えた。
頑張って彼女と会話を弾ませようと思って話かけたが、まるで聞こえなかったかのように無視された。
もしかすると本当に聞こえてなかったのかもしれないし、そうではなかったのかもしれない。
花火大会の日は最悪だった。
特に意識していない女幹事やB子に対しては普通に話すことができる(と言っても女の子と話すこと自体慣れてないことはバレてたと思うけど)のに対し、
A子への第一声を無視されたことや、既に彼女のことを意識していたこともあって彼女にはほとんど話しかけることができなかった。
本当の所はわからないけど、避けられているような印象も受けた。
今考えると、もうこの時彼女は俺に触れられることさえも嫌で仕方がなく、俺から最も離れて
歩くようにしていたのかもしれない。
花火の帰り際に一度だけ話かけてはみたものの、とてもくだらない内容の話をしてしまい、俺はなんてバカな奴なんだと後悔した。
その日の会話は一言か二言、本当に数える程度で、明らかにA子とその他の女の子への話す比率がおかしく、帰ってから
とても反省した。
彼女のことを全然知らないのに、「気になる」が勝手に「恋」に発展し、もう完全に恋の病に侵されていたと気付いたのも
この日だったと思う。
その日も全員に「お疲れ」メールをしたが、さすがに毎回毎回全員にメールを送るのはおかしいと思ったので、
今回で「お疲れ」メールをするのはやめようと思った。
既に彼女に避けられているのではないかと感じ始めた俺は、今回の合コンには関わっていない地元の友人Bに相談を持ちかけた。
「大丈夫だ、まだ行ける。十分挽回できる。もっとはっきり好意をアピールしていけ。」
と言われて、一度はあきらめかけていたが、数日後再び彼女にメールをした。
送信した瞬間、なんてくだらない内容だと後悔した。
この時から彼女に対する俺の気持ちをアピールするような内容が多くなっていったので、より一層キモさが増したと思う。
全く心に思っていないことも沢山言ってしまい、下手なメールを続ける程、距離は遠のいていくと思った。
返事は返ってきたものの、そのとてつもなくそっけないメールを見て、やっぱりもう無理だと思った。
でも、友人Bに言わせると
「本気で考えてるなら、はっきりと白黒つけるべき。まだ100%脈なしか、嫌われているのかわからない状態であきらめることができるのか?」
少なくとも、もう完全に脈なしだと思っていたけど、やっぱり彼女を逃したくないという想いが勝ってしまった。
電話番号を交換した日以来、彼女の方からメールが来ることは一度もなかったが、こちらから定期的にメールを送り、
数回程度のやりとりが続くという日々が続いた。(なんか凄くイタイ話になってきたな・・・)
その後、もう一度だけと思って彼女を食事に誘ってみた。
その時ははっきりと
「食事に誘いたい!」
とメールした。
しかし返ってきた返事は
「ゴメン、仕事と予定があるので無理です。」
というものだった。
これまで4度に渡って彼女を誘ったが、すべて断られていること、彼女の方から空いている日にちの提案を一度も
受けていないことから、この時点で100%脈なし、むしろやっぱり嫌われてるかもしれないなと思った。
それに、自分のメール内容の稚拙さにも嫌気がさして、2週間ぐらいメールを送るのをやめた。
花火大会で全然話せなかったくせに、つまらないメールだけは一人前に送って来る奴はやっぱりキモいだろうなと
思ったから。
それから、また6人で会うことになり自分達で花火をしようということになった。
おそらくこれが最後のチャンスだと思っていた俺は、頑張って積極的に話かけようと思ったが、やっぱり意識してしまうと
ほとんど話すことができず、終わってしまった。
どうしても大人数で会うと消極的になってしまう。
この日もやっぱり避けられていると感じたが、
・告白ではなくても、彼女のことが「気になっている」という自分の気持ちをはっきり伝えたい
・どうしても二人で食事に行くことは無理なのか聞いてみたい
・変なメールばかり送ってしまったことに対して謝りたい
ということを伝えたくて、友人Bのアドバイスを元に、次の日地元の友達と遊ぶから今日は実家に帰るということを口実にして、
女幹事、A子、俺の3人で帰るように仕向けた。
2人きりの方が話やすいし、そうでもしないとチャンスはない、メールで気持ちを伝えるのは男として良くないと思ったから。
その時点で彼女に食事に行く意思がないのなら、もう諦めようと思っていた、最後の望みだった。
しかし、ここでサプライズが訪れた。
「お茶してから帰るので」
と言いだした。
おそらく危ない奴だから俺のことを撒く目的で「お茶してから帰る」なんて言い出し、A子をかばったのだろうとすぐに感じた。
これも、本当の所は女幹事がどういう意図でそういったのかはわからない。
こんな展開予想すらしなかったと思いながら、仕方なく俺は一人で実家に帰った。
実家になんて何の用もないわけで、帰りたくもなかったし、気持ちを伝えようとしていたのに、想像もしてなかった展開
で断られ、ひどく落ち込んだ。
この時点でもう諦めようと決心した。
まさにピエロもいい所だよ、俺って最悪だなと思ったよ、ほんと。。。
その日、一人で地元に帰ってから深夜に友人Bを呼び出して、やっぱり無理だった、諦めると言った。
しかし、
「現時点ではまだわからない、脈はなくても何故そこまで嫌われてると思うんだ、おまえはネガティブな発想ばかりするから~」
と言われた。
自分の中では諦めると決めておきながらも、友人Bを呼び出していることから、今考えると
結局、強気の友人Bにもう一押しして欲しかった自分がいたのかもしれない。
その日(土曜日)は合コン組には誰にもメールせず、翌日一人暮らしのマンションに帰った。
もう諦める決心はついていたが、月曜再び彼女にメールを送った。
その内容は、
「今までメールに付きあってくれてありがとう」
という感謝の気持ちと謝罪を込めた内容だった。
既に彼女には嫌われている可能性が高いし、完全に諦めは付いていたが、メールを送った時点で1%でも可能性があれば、と思っていた自分も
おそらくいたのかもしれない。
それでも、彼女から、そっけないメールが返って来たり、無視されたらもうそれで終わりと決めていた。
でも、予想すらしてなかった人生最大のサプライズが訪れたんだ。
しかし、そのメールは届かなかった。
メールアドレスが変更されたか、俺からのメールを拒否したようだった。
この時点で、100%彼女に嫌われていることがわかり、また彼女への連絡方法も途絶えたので、俺の夏の恋は終わりを告げた。
また、それは初めての合コンが大きな失敗に終わってしまったことでもあった。
彼女と知り合ってから2ヶ月足らず、短い恋だった。
そしてたった2ヶ月で、メールを拒否される程に嫌われた俺はどれだけバカな奴なんだろうと思った。
もしかしたら、3度目6人で会う以前から彼女は拒否することを決めていたのかもしれない。
それまでは、気まずくならないようにと、気を使って嫌々ながらも返信してくれてたんだと思う。
あるいは、俺がメールをやめた3度目6人で会う2週間前から既に拒否していたのかもしれない。
だからこそ、尚更俺が一緒に帰ると言った発言が「危険な発言」と捉えられたのかもしれない。
拒否したことで俺が逆上すると思われたのだろうか。
女幹事が彼女と一緒に「お茶して帰る」と言って俺と別れたことを考えても、ストーカーじみてて相当気持ち悪い奴という
レッテルを張られているのかもしれない。
確かにすごくイタイ奴だったと思う。でも、ただただ慣れないメールをするしか彼女との関係を保つことができなかった。
実際に6人で会った時に積極的に話せなかった所なんか、本当に情けない。
早い段階で嫌われてるんじゃないか?と気付きながらも1%でも可能性があればと思い、メールを送り、食事に誘い、
それが結果的にメールを拒否する所まで彼女を追い込んでしまっていたことを考えると、申し訳なさすぎる気持ちと、
女性を喜ばせることのできなかった自分の実力不足に酷く腹がたった。
喜ばせるどころか、徹底的に嫌われるなんて、本当に彼女に対しては謝っても謝りきれない。
拒否されることは、自分の言動すべてが相手に拒否されたという意味であり、謝ることはもちろん、すべての
発言権を取り上げられたということだ。
また、彼女にとって俺はそれに値する男だったということだ。
また、引き籠りを脱したいという思いから参加した合コンの結果がこんなことになるなんて、神様は外の世界に出ようと
している奴をなんで蓋で抑え付けるんだとも思った。
こんな結末じゃ、また引き籠りたくなってしまうよ・・・
2ちゃんねるのまとめサイトにあった、「引き籠りは所詮引き籠りオーラが出てる」というのも頭をよぎった。
彼女のことをまだ何も知らないのに、いつの間にか恋という所にまで発展してしまった自分の気持ちの浅さ、
気になってまともに話すことすらできない弱さ、拒否される程のキモいメールの内容、嫌われていると分かって
いながら自分本位でアタックし続けたこと、そしてそれが結果的に彼女に大きな迷惑をかけたこと。
どれをとっても悔みきれない後悔と、彼女に対するザンゲの気持ちで一杯です。
これまでほとんど女性を避け、10年ぶりの恋愛だったというツケが回って来たんだと思う。
今回の件で猛烈に反省して、10年の恋愛ブランクを挽回したいと思うし、絶対に引き籠りがちだった生活ともおさらばしたい。
今はショックが大きいけど、時が経てば傷も癒えるだろうし、彼女のこともそのうち忘れるだろう。
彼女と出会うことはもう二度とないだろうけど、今より何百倍も自分を磨いて、例え5年かかろうと10年かかろうと、
これまでの人生にケリを付け、新しい自分に生まれ変わりたいと強く願う。
本当にごめん。
心のなかではきっと彼女欲しいとかセックスしたいとかでも現実の女はクソまじビッチ死ねとか、まあある種こういった人種特有(といっていいのか分かりませんが)の鬱屈とした感情を抱えつつもいろいろ否定して生きてきた。
だからなのか、恋というものが解らなかった。本質として。
いやまあ話の中ではよく見るし切ないって感情も解ってたつもりだったけどね。体験してみると違うもんだ。
キモいけど自分かわいくてしょうがない傷つきたくないATフィールドばりの鉄壁を張り巡らしていた自分だったけど、それをぶちこわす奴がいた。
バイト先の後輩だった。
毎日メールするようになって、一日100通を超えたあたりかなあ。
毎日バイトの送り迎えするようになってからかなあ。
ふたりで雪合戦したときかなあ。
呑み行ったときかなあ。
俺がバイトやめるとき、泣いてくれたときかなあ。
俺にはちょっと分かんないけど、気づいたら好きになってたなあ。
最初はそうでもなかったけど、ほんと可愛く見えてしょうがないよね。話するのとか楽しくてしょうがないし。
いつでも会いたくなるってのもわかる。メールの返信が返ってこないと不安でしょうがない。
夜寝る前に必ず彼女のことを考えてたなあ。夢に出てこられると会うとき恥ずかしいよね。
でも、彼氏いたんだよね。まあ最初からなんだけど。知ってたけど。
彼氏いるっていう前提での友人だったけど、でもおかしいよね。
なんで彼氏いんのに毎日メール送ってくんのかな。おはようからおやすみまで。
なんで送ってけっていつも言うの。好きだといか気楽に言わないでよ。
だいたい夜中に電話って卑怯じゃない?寂しいとか、ただ声が聞きたかったとか。
そんなん、俺のこと好きなんじゃないの。気にかけてくれてるんじゃないの。
だからまあ、望みはあんのかなーって思ってた。
ばかだよね。そんなんあるはずないのに。
・・・友達はやっぱり友達だったみたい。
境界線ってどこにあんのかな。俺分かんないよ。
女友達にこの話したら、「ただ遊ばれてるだけだったんじゃない?キープ的な?」ことを言われた。
まあほんとそのとおりかもね。いや何もしてないけど。
でもその子、間違いなく自覚ないんだよなあ。まあ自覚ないからこそ厄介、って話なんだけど。
あーつらいなあ。しにたいなあ。
まあ前に比べると随分気持ちも落ち着いて楽になったんだけどね。
でもこれだけは言いたいんだけど、「恋」という感情を知れたことにはすごい感謝してる。
少し、人間に近づいた気がした。
フォロー数<フォロワーな程度に自分からはあまりフォローはしなかったが、かわいい女性のアイコンの子がいたので久々に自分からフォローした。
フォローして数日、その子のアイコンは本人だということが判明。
別にそこでD飛ばして「メアド交換してください」なんて出会い厨みたいなことはしないで普通にしてたんだけどね。
その子はメガネ男子萌えらしく、おれの写っている写真をみたのか「〇〇くんかっこいいね」とReplyくれるようになった。
そりゃおれも嬉しいからね。 おれも同じように結構アレなReply飛ばしたり。
今思えばその時期が一番楽しかったのかな、とも思う。
「Skypeでもチャットでもいいから、二人だけで連絡取れないかなぁ」
Skypeのアカウントは持っていなかったので勇気を出して「Skypeアカウントないから電話しようぜw」なんて中学生みたいなこと言った。
それが意外とOK貰えて電話。 相手は年上。最初はガチガチで緊張して敬語だった。そんな感じで毎日電話した。(ただとも制度に感謝!!)
「好きだよ」
そんな流れは突然やってきたわけで。まだおれは完璧に"好き"という感情ではなかったけど「あぁ..おれも..!」みたいなこと言ってた。
しかし別に付き合う、というわけでもなく毎晩一時から好き好き言ってすごしてた。Twitterでは公表せずにね。
そんな生活が続いてる間におれはだんだん気がついてきた。おれはこいつが好きなんだと。
まさか。写真でしか見たことない人を好きになるなんて。と自分でも驚いたが、これは紛れもない好き、という気持ち。
彼女と俺の住んでいる所は残念ながらすぐ行き来出来ないない距離。詳しくは書けないが、飛行機使って二時間ぐらい。
会えないぶん、電話でいろいろな事を話して、色々なことをした。今思うと俺の人生でこの先体験しないような体験も。そこらへんは割愛させてもらう。
「私、もう〇〇の彼女でいいかな」と言われても迷いもなくOKした。そしてビデオチャットもした。
おれは彼女のTwitterHomeを常にタブで表示させていて、他の男の人とReplyを交わしているのを見ると嫉妬するようになった。 外出先でも彼女のTwitterHomeを確認。あの頃はもうネットストーカーだったって自分でも思う。嫉妬、嫉妬。 しかし電話すると安心する。 もう完全に「恋」だなぁと。
おれには一人気になる存在の人がいた。彼女が俺をフォローする前からフォローしていた男の人。
その男をAと置き換えるが、Aと彼女は結構いい感じになっていたらしい。 他の人から付き合っちゃえと言われてたレベルだし。
彼女にそのことを言うと「あはは、〇〇だけだよ」なんて言われてたけど、俺と知り合う前はAのことが好きだったんじゃないか、そしてAも彼女のことを好きだったんじゃないか、とか思ってたり。
脱線したが、そんな甘い付き合ってるような生活が一ヶ月過ぎた頃。 おれのリアルの環境も、そして彼女も忙しくなり、彼女との電話の頻度も減ったり、つぶやきが減ったりしていた。 心の中でもうダメなのかなという気持ちが出てきていたのはこのころからかもしれない。
このままだと彼女を幸せにしてやれない。きっと寂しいだろうな。
と考えるようになり、その思いはだんだん強くなってきた。そして気になるAの存在。
Aは彼女より年上。俺は彼女より年下。 年上が好きと言ってたこともあり、もう嫉妬や寂しさや彼女を守ってやれない、満足させてあげられてないという現状に嫌気がさしてきた。そしてAのほうが彼女を幸せにしてやれそうだなという気持ち。
そんなこんなで友達に戻ろう、と彼女に告げた。「うん」とだけ反応されて、それ以降電話もメールもしていない。 電話したらまだ未練が出てきそうだから俺自身電話はする気はなかった。もう忘れてお互いの道を進んでいこう、と思っていた。
そんな彼女は俺をRemoveした。気になって彼女のHomeに行ってみるとプロテクトユーザーになっていたためpostが見えなかったけどな。
きっと遠距離恋愛なんて俺には向いてないんだろうなー。なんてことを思いながらこの文章を書いている。
いろいろな体験ができたし、色々学ぶこともあった。付き合ったっていえるかどうかは知らないけど、付き合って良かったと思う。
ありがとう。大好きでした。
男が女に求めるのはセックス、女が男に求めるのは金、そう割り切っちゃえば話はシンプルだ。
完全にその理屈でみんなが動けば市場原理に基づいた売買春が綺麗に成立するよね。
でも、厄介なのが承認欲求なんだよな。
人によってはあんまりそこに飢えてないのもいて、元増田とか、あんまりそういうの他人に求めるタイプじゃなさそうに見えるけどね。
とはいえ、まあ、たいがいの男女は付き合ってる異性から他の異性よりも特別な存在として承認してもらいたいと思うだろうし、さらに言うと、うらやましがられるような異性と付き合うことによって社会から承認されたいと思ってたりもするわけで。で、単純な性欲より、ある意味そっちのほうが根が深い欲求かも知れない。
たとえば、若い美女を抱く性的な気持ちよさよりも、実は、他人がうらやむような美女と付き合える俺でありたいという欲求のほうが強かったり、金持ちのイケメンにもらうプレゼントやら豪華なデートそのものより、それにふさわしい女として男から認められているという事実のほうが重要だったりするんじゃないの。
セックスしたいだけだったら、いわゆるビッチと付き合うことには何も問題ないだろうと思うんだけど、たいていの男は相手の女の愛人何号みたいな立場に甘んじることはできない。ただ一人の男になりたい(あるいは処女と付き合って相手の人生でただ一人の男になりたい)って思う気持ちは性欲とはまた違うもんじゃないのかね。
初恋した らしい
何?これが俗に言う「恋」なの?
心臓がドキドキしてなんか身奇麗で居たくてあの姿見るだけで嬉しくて
20年と数十ヶ月生きてて初めて異性に感じたもので、(複数名と)一緒に居た約一ヶ月ずっとそんな状態で、
何だかよく分からないけどとにかく自分の体にリアルで異変が起きました。
終盤では隣に並んだだけでドキドキして頭が真っ白になって、肩とかポンポンされても全く嫌悪感が無いどころか嬉しくて。
浮かれちゃって馬鹿なの死ぬのと頭では考えるんだけど心と頭がバラバラです。
年齢=彼氏居ない暦で二次元万歳で「三次元に興味無いっすサーセンwww」だった筈なのに何だこれ。
自分が女という性別であることもロクに考えてなくて諦めてる様だったのに何だこれ。
相手はあと10年もせず顔に皺が出るであろうという位に年が離れてて、諸事情でもう一生会えないかもしれないのだけど、よく分らないけどそれがとても辛くて考えるだけで増田に書いてる今も涙が出てくるのだけど、吊り橋効果の様な尊敬や憧れなのか恋なのかよく分からないけど、辛い。
恋なのか何なのか本当によく分からなくて、でも時薬に頼るしかないだろうと思う位に辛くて苦しくて、
http://anond.hatelabo.jp/20100212220657
内心は確定不可能である、という前提が生きていれば出来てくると思うんだけれども。
他人がどのように自分を思っているかなんてのは、わかりようがないよね。
でも、恋愛というのは基本的に「相手に自分を押し込む」場だと思うんだ。
だってね、相手は本当にイヤになったらイヤだと意思表示すればいいんだから。
相手が「現在」自分と「差し向かいでメシはちょっといやだな」と思っていても、
「差し向かいでメシを食いたい」のが、恋する側なのだから。
そして、ある種の頑張りを経ないで「この人と一緒にいたいな」なんて、少年誌的な恋愛状況に
いたるのは、非常に稀なことだ。なんとなーく一緒にいたり、あるいはちょっとめんどいけど一緒にいたりするうちに
人は人を、なんとなーく好きになるもんなんだ。所謂、非モテを自称する人はまるで少年誌の「愛」や「恋」のような
二元論の地平で恋愛が進むと思っている。でも違う、恋愛というのは
たとえ、自分がそれほど愛されていないことを自覚しながらも、それでも「求愛」するしかないんだよね。
もちろん、これは「求める」のであって「脅迫する」ではないことを自覚しなければならないけれども。
こうして、「相手がどう思っていようと自分は相手がすきなのだ、ということを伝えるしかない」
みたいなことを言えば、「性犯罪者」と言われてしまう。
しかしね、恋愛とは基本的に愛を乞うものであって、ある日突然二酸化マンガンとオキシドールが反応するみたいに
フラスコの中で起こるわけではないんだよ。そういうことがたまにある、というだけで。
嫌われていようがなんだろうが、恋っていうのは起こるもんだ。
最善を尽くすしかないんだよ、最善も尽くさず「俺はどうせダメだ」なんてね。
自殺を勧めるほかないじゃないか。
目の前に希望なんて無かった。光なんて見えなかった。
友達だって少なかったし、自分が一体何を好きなのかさえ分からなかった。
高校時代のぼくは、空っぽだった。
小沢健二を知ったのはそんな時だった。
テレビ画面に映っていたダウンタウンとじゃれ合う痩せっぽちのその青年は、見た目の弱々しさとは裏腹に、自分がどれだけ凄いかを自信満々に、それでいて、嫌味なく語っていた。
そして、その歌声は決して、上手いとは言えないか細いもので、けれど何か幸福感に満ちていて、ぼくには何だか眩しすぎるような気がした。
でも、ぼくはなぜだか分からないけど、小沢健二を好きになろうと思った。
たぶん、背伸びをしたんだと思う。
ありとあらゆる種類の言葉を知って 何も言えなくなるなんてそんなバカなあやまちはしないのさ!
鬱屈した日常に一筋の希望の光を与えてくれる存在だと思ったのかも知れない。
確かに彼の音楽は心地よく、何度聴いても飽きなかったけど、正直いって、ぼくの大事な部分を刺激するような体験はなかった。
小沢健二にはすべてがあったけど、ぼくには何もなかった。
彼の曲や詞は、ぼくの憧れと嫉妬のフィルターにかかって耳から耳へと通り抜けて行った。
程なくして、小沢健二はテレビ出演を控え始め、同時にぼくも彼の曲を聴くことが少なくなっていた。
やがてぼくはひとりの女の子が気になり始めた。
言ってみれば初恋だった。
けれど、正確に言えば、いる気がしていただけだった。
別段「好き」ではないけど、みんな誰々が好きだとかいうから、ぼくも誰かが好きじゃないといけないんじゃないかと思って、手近な女の子を好きだと思い込んでいたような気がする。
だから、断じて「恋」とは違っていたんだと思う。
その子が気になりだして、初めてそれに気がついた。
明らかに今までの感覚と違っていたから。
ぼくが彼女と話すことはほとんどなかったけど、彼女が微笑んでいる姿を見つめるだけで胸が一杯になった。
ただの事務的な会話を一言三言交わすだけで胸が踊った。
そして、ぼくのような人間が彼女に振り向いてもらえるわけがない現実を勝手に作り上げて胸が痛くなった。
そんな時、何の気なしに再び小沢健二を聴いた。
妙に瑞々しく感じられていた。
いつの間にか、ぼくはその曲と、その歌声に聴き入っていた。
神様を信じる強さを僕に 生きることを諦めてしまわぬように
信じられないことに、涙がこぼれていた。
「おはよう!」と。
彼女は最初一瞬戸惑った感じだったけど、「あ、おはよ」と返してくれた。
「◯◯くん」と名前を呼ばれるだけで、ある光が射した気がした。
左へカーブを曲がると 光る海が見えてくる
僕は思う! この瞬間は続くと! いつまでも
友だちとは言えないけれど、日常会話くらいは交わすようになった。
けれど、自分の好意を伝えることはできなかったし、もちろんそれ以上発展することもなかった。
噂では、彼女も小沢健二のファンだったらしいけど、そんなことはどうでもいいことだ。
ぼくにとって小沢健二とはそういう存在なんだ。
いままで誰かを好きになったことはなかったし、誰かに好きと言われたこともなかった。だから当然、女性と付き合ったことはない。
恋愛してみたい、とは思っているけど、なにぶん恋愛経験がないので、たとえるなら「フォアグラって何それおいしいの?食べてみたい!」みたいな感覚だ。切実さはない。
職場には女性がほとんどいないので、これまでも何回か出会いを求めて合コンに参加してみたりしたけど、メールが3往復することはなかった。僕からメールを送らなければ決してメールは来ないし、送ったって一度の返事すらもらえない事もよくあった。
それが、先月の合コンで出会った女性は、ちょっと今までの展開と違った。
メールは3往復以上続き、何回かデート(二人で逢ったんだからデートだよね?)をし、そして何より僕がメールを出さなくても向こうからメールが送られてくる!
しまいには、今度のクリスマスの夜にデートする約束までしてしまった。
友達にクリスマスに女性とデートすることになったと話したら、「相手は絶対増田に気があるから、告白しちゃった方がいいよ!」と言う。クリスマスに僕とデートするくらいだから、今付き合っている男はいないんだろう。
「僕と付き合ってください。」と言うのは簡単だ。
でも、僕にはまだ「あなたが好きです。」と言うことができそうにない。
恋愛してみたくて合コンをし、デートもしてみたけど、好きという感覚はやっぱり分からない。「好きです」と言えないのに「付き合ってください」と言うのは、女性に対して酷く不誠実な気がして悩んでいる。
(12/18 23:15追記)
ちょっと補足します。
「好きですと言えそうにない」というのは、いま僕が彼女に対して何ら感じるところがないからというわけじゃなくて、いま僕が彼女に対して抱いている感情がいわゆる「恋」なのかなんなのかがよく分からないからです。
いま僕は、彼女ともっと逢いたいし、もっと話をしたいし、もっと仲良くなりたいと思っています。恋愛を知る人からすれば、それは恋だよ、と言うのでしょうね。
でも僕は恋愛を知らない人です。そして恋愛したいと願っている人です。
でも、恋愛は手段であって目的じゃないんですよね、本当は。僕の場合、それが逆転してしまってはいないかと不安なのです。
恋愛(のようなもの)を体験することが目的なら、「付き合ってください」と言うだけで足ります。たぶん、今の状況なら、断られはしないんじゃないか。ただ、それじゃああまりにも不誠実だと思うのです。オーケーしてくれる人なら誰でも良いってことですから。
萌えの根底には必ず擬人化で成り立っているんだ。擬人化というか理想化というものか。
この擬人化、理想化、いわゆる「胸キュン」にちかいものを起こさなければならない。妄想と呼ばれる物な。このときに発生した物が「萌え」だ。
かじり知識で済まないんだが「アニマ」および「アニムス」を勉強した方がいい。「アニマ」とは男性から見た理想の女性像であり、「アニムス」とは女性から見た男性像になる。理想のキャラクタを組み上げようとすれば分かるんだが「アニマ」および「アニムス」に近い形になる。たとえば、俺などこの文体もそうだが、しばしば俺は女性を演じたくなる。しかし、それを一カウンセラーの客観で捉えて貰った場合「アニムス」に似たものと評価を貰えた。つまり、俺の理想型は「俺の女性像=女性から見た男性像=腐女子の好きな男性キャラor気(我)の強い女性」になったと言うことだ。俺だったら「萌え」はバイセクシャル気味な感情であり、対象物もそういう物から引き出されやすい(ショタと執事大好きだもんな。無理に女性に歪めてるもんな/男優役のおんにゃのこにはぁはぁ)。
「アニマ」および「アニムス」というのは一種の理想型だ。たとえば男性が少女を率先して引っ張りしたい人は幼い子に萌えを抱きやすい。逆に男性自身が率先されたい場合の「アニマ」はお姉ちゃんという寸法。このどういう物なのかという部分がいわば属性なわけで、好みに近い。好みに近いのだが、こころの奥底で求めている何かがあるから造形が組み上がる。これをいわば「萌え」というわけだよ。かなり好い加減で的外れに近いんだろうが。
つまり、「萌え」っていうのは理想の異性に近いって事なんだ。これは別に知らなくても分からなくても発生する。何となく一目惚れで「いいな」と思った物によちよちよっていくと大量の男やら女やらが祭り上げて競争していることもしばしばだ。だが、これは偶像であり架空の産物であるから発生しやすい。リアルにももちろんいるんだが、この際、その話は置いておく。つまるところ何が言いたいのかと言えば、「萌え」とは理想のモデル化を起こすための原動力なんだ。恋愛感情でも性的感情でも良い。どちらとも当てはまるときもあれば片方の時もある。広義の場合はもっとアバウト。そのどちらでもないときにも使われる。猫が可愛い、犬が可愛い、なんかいやされる。それもまた「萌え」だ。
これを俗に私たちは「恋」といいまた「愛」というのだよ。
で、OK? 細かく考えたいようにみえたから好い加減な解説をしてみた。まあ、萌え要素がある人とか言われたら、理想に近い人でFAっす。
その通り。
なんだけど最近は始めから相手に完成品を求めてて、ちょっとでもダメだとすぐに次の完成品を探すからねえ。
そして完成品(だと当初は思っていた)相手にしか「恋」が発生しないからねえ。だから発生した恋もすぐ覚める。
不完全な相手をお互いに育てていくことで愛を高めていかないと、完成品探しなんかしてたら終わりはないのに、、、。
http://anond.hatelabo.jp/20090808215805
再び元増田です。
ブコメもトラバもこれほどたくさんつくとは、全く予想していなかった。かなり圧倒されている。
なるほどと思うコメントも、いやそれはないだろうと思ったコメントもあったが(押尾学は絶対にねーよ、と思った)、どのコメントもいただけたことが非常に嬉しいし、考えるヒントになった。
本当に感謝している。みなさま、ありがとうございました。
たくさんの意見がいただけたことで、私は自分が抱えている明らかな精神的欠陥について初めて色々な角度から考えることができた。
その結果、思いもよらぬことに気づいてしまって、そのせいか昨夜ほとんど眠れずに朝を迎えてしまったので、ちょっとそのへんについて話す。
まず、彼との結婚を勧める方が多数いらっしゃるのだが、それは有り得ないことだと思っている。
なぜなら、1)私には現在彼氏がいる、2)彼にも現在彼女がいる。
私は今、彼とどうにかなりたいとは思っていない。ただ過去の自分の行為が納得できずにいるだけである。
しかし、そこまで考えたところで、私はなぜ自分が過去の一つの事例にそこまでこだわっているのか、という疑問を抱いた。今現在、彼とどうにかなるつもりがないなら、放っておけばいい話ではないか。
そして私は、自分が過去に何度も似たようなことを繰り返していることを思い出したのだ。
好ましい男性に出会って、親しくなる。その男性と私の距離がだんだん詰まってきて、二人の間の空気が甘い親密さを帯び始めてきたときに、突然私が背を向けて逃げ出す、ということを、私は何度か繰り返している。そのたびに私は自分に対する激しい苛立ちと、深い自己嫌悪を味わった。
一番酷いケースでは、つきあってほしいと言われて承諾した後、私は相手の男性の前から十日ほど姿を消した。十日後、相手の男性が怒って私に詰め寄り、私は平謝りしながら、交際を解消して欲しいと頼んだ。あのときの男性は、その後何年も私を憎んでいる様子をみせていたが、当然のことだ。ごめんなさい。ここで謝っても意味がないが、それでもごめんなさいと言いたい。
おかげで私は、年齢のわりに恋愛経験が乏しい。身持ちが堅い、という言い方も出来るが、それはごまかしだ。私がやってきたのは、心無い仕打ちの繰り返しに過ぎない。
私は自分の理由のわからない逃走癖が、嫌でたまらない。だからこそ今回、増田に件の文章を書いたのだと思う。
今回、はっとさせられたのは、上記のブコメだった。id:rnaに感謝する。
私は自分が言うところの「恋」って何なのか考えた結果、それは相手の男性とのセックスを恐れない感覚であるという結論を得て、なんだか嫌な気持ちになった。
そして私が今まで男性からの逃走を繰り返してきたのは、結局親しくなった男性とのセックスが怖かったのだということに気づいた。
私には性的欲求があり、その欲求の向かう先は男性である。だが、いざ実際に特定の男性と親しくなり、このままだとセックスするかもしれないという状況になると、私は怯えて逃げ出すのだ。そのことを私は今回初めて、きちんと認識した。
今回、「とりあえず抱かれてみれば」という趣旨のコメントを多数いただいた。私はそのコメントが心底正しいと思った。私が仮に友人に似たような相談を持ちかけられたら、同じアドバイスをすると思う。
しかし、自分自身ではこれらのアドバイスに従うことは不可能であると感じていた。私が言うところの「恋していない」とは結局「相手の男性とのセックスが怖い」ということの言い換えに過ぎないからこそ、不可能だと感じたのだと思う。
私は別に男性恐怖症ではないと、自分では思っている。男性と会話することができない、男性が傍にいると怖くて硬直する、そういうことは一切ない。男性の友人も何人かいる。
だから私は自分が男性とのセックスを恐れていることに気づかなかったのだろう。
どうして私は男性とのセックスが怖いのだろうということを考え始めたとき、頭の中にぶわっと黒い靄が広がった。
私は眠れなくなって起き上がり、水を飲んだ。もう一度横になって、うとうとし始めたとき、夢の中で泣きながら小さな女の子が走っていくのが見えた。
そして私はそこでもう一度目を覚まし、今この文章を書いている。
これは生涯、語ってはいけないことだと思っていたが、増田という場所があってよかった。ここに書かせてもらう。
私は子どもの頃、性的ないたずらに遭ったことがある。私はそのことを、長い間、誰にもいえなかった。家族は私がそのような経験をしたことを知らない。
私にいたずらをしたのは、両親の親友の息子さんだった。仮にAくんとしておく。
Aくんは私より七つほど年上だった。Aくん一家は我が家と家族ぐるみの付き合いをしており、私はAくんによく懐いていた。私はAくんの家族もみな大好きで、彼らが遊びに来るのをいつもとても楽しみにしていた。
Aくんは知的障害者だった。子供だった私はそのことがよくわかっていなくて、ただAくんは病気なのだと聞かされていた。
知的障害者であっても、七つ年上の少年は、幼稚園児よりもずっと色んなことが出来る。本当に幼かった私は、Aくんを心から尊敬し、慕っていた。自分を尊敬する存在というのは、Aくんにとって稀だったのだろう。Aくんも私を可愛がってくれたし、たくさん遊んでくれた。Aくんは優しい少年だった。
ある日、Aくんがお医者さんごっこをしようと言った。私はそれまでお医者さんごっこというものをしたことがなかったので、新しい遊びを教えて貰えるのだと思って、喜んだ。
私は患者役となって横たわり、Aくんの診察を受けた。服が脱がされかけ、体のあちこちを彼の手が動き回り、私は恥ずかしくなって、Aくんの手から逃れようと身をよじらせた。
そこで初めて、私は自分の体が自分よりもはるかに力の強い他者によってがっしりと押さえつけられ、身動きがとれない状態になっていることに気づいたのだ。
そこから先のことは正直あまりよく覚えていない。
私は完全にパニックを起こして泣き喚いた。けれどあのとき、たまたま大人は近くにいなかった。
「たすけて、やめて、たすけて!Aくんやめてお願い!痛いよ痛い痛い痛い!」
Aくんは優しい少年だったので、私を別に痛めつけようとは思っていなかったのだろう。私の叫びに驚いた彼の手が緩んだとき、私はなんとか逃げ出すことに成功した。
私は走ってクローゼットの中に隠れた。外でAくんが私を探している声が聞こえた。涙が次々とあふれたが、私は泣き声を必死に殺し、大人が帰ってくるのを待った。
クローゼットの中で私は、自分のこの経験を誰にも語ってはならないのだと気づいた。
その頃の私は、既に少しずつAくんの病気のことを理解し始めていた。Aくんには全く悪気がなく、私を怖がらせたり泣かせたりするつもりはなかったのだということも、それゆえにわかっていた。
私はAくんもAくんの家族のことも大好きだった。両親にとってAくん一家が大切な友人であることも理解していた。
私が今日あったことを誰かに告げれば、Aくん一家と我が家の家族ぐるみの付き合いは、おそらく終わってしまうだろう。両親は大切な友人を失う。
Aくん一家はみな良い人たちで、Aくんも優しい少年だ。Aくんの行動は病気のせいで、Aくんは悪くない。悪い人は誰もいない。みんな仲良く楽しく良い関係を築いている。
その関係を私が壊すわけにはいかない。
悪い人間がいるとしたら、それは私だ。
Aくんの病気がどんなものなのか、私はわかっている。それなのに用心しなかった私が、一番悪い。
だから私は、このことを誰にも喋らない。全部なかったことにする。
私はクローゼットの中でそう心を決めた。その後私は涙を拭いてクローゼットを抜け出し、顔を洗った。
大人たちが戻ってきたとき、私はいつもどおりAくんと遊んでいて、にこにこ笑っていた。
この経験をなかったことにする。私は自分が決めたことを、かなりうまくやりおおせたと思う。
Aくんのことも、お医者さんごっこのことも、私はずっと忘れていた。
たまに、たとえば白木のクローゼットの扉を見たとき、一瞬嫌な気持ちになることはあった。けれど、自分がなぜ嫌な気持ちになるのかは、考えないようにしていた。
何かをなかったことにするために必要な技術は、思考停止だ。嫌だなと思ったとき、なぜ嫌なのかを突き詰めて考えないようにすることだ。私はそれを、今までずっとうまくやってきた。
好ましい男性と親しくなる。そのたびに私は何か嫌だなと思って、逃げてきた。何が嫌なのか、考えることはしなかった。「恋をしていない」というのは、考えることを避けるために、非常に便利なフレーズだった。何が恋だ、と思う。私の思考停止は、間違いなく害悪だった。
私は自分が思考停止していることに気づかないまま、ずいぶん長い時間を過ごしてしまった。この歳になってやっと気づいたことが、情けなくてたまらない。
辛いことがあって思考停止した、というのは言い訳だ。私がやったのは全て、人でなしの仕打ちだ。申し訳ない。本当に申し訳ない。
それでも死ぬまで気づかないということにならなくてよかったと思う。そうならなかったのは、今回増田に書き、みなさんにたくさんのコメントをいただいたからだ。本当にありがとう。
今まで男性から逃げ出したとき、私はいつも惨めで悲しい気持ちになった。中でも件の彼から逃げ出したときが、一番惨めだった。この人が相手ならば逃げ出さずに済むと思っていたのに、それでも逃げしまって、自分はこれからどうやって生きていくのだろうと思った。
だからこそ、他の男性のときは自分が逃げたことを忘れることが出来たのに、彼との一件は忘れることが出来なかったのだろう。私が今回、自分の思考停止に気づくための引き金となったのは、紛れもなく彼の存在だ。
面と向かって感謝することはできないので、この場で感謝し、そして謝罪する。
ありがとうございました、そしてごめんなさい。こんなことをこの場で言っても、決してあなたに届くことはないとわかっています。これが無意味な自己満足であることもわかっています。
それでもありがとう。ごめんなさい。
今現在、私には彼氏がいる。この人とするセックスは怖くないかもしれないと思えた初めての人だ。
なぜ怖くなかったのかはわからない。たまたま、タイミングの問題なのかもしれない。それでもそういう人にめぐり合えたのは、僥倖だったと思う。この幸運を大切にしたい。
ありがとう。
http://anond.hatelabo.jp/20090316120147
「シラノ・ド・ベルジュラック」とか「いとしのロクサーヌ」とか、そこらへん読んで勉強してみ。「好きだから」と「抱かせてくれ」はけっして繋いではならない。関係ないから。マジで男として意識して欲しかったら「何があっても、自分がこの人を守る」って意識を持つことのほうが大事だよ。草食だとか言って逃げないほうがいいよ。結局のところ、人は支え合わないと生きていけない。女性にとって「この人がいれば、自分を支えていられる」と感じられる相手がいることは、とても重要なことなんだ。だから、今の元増田のポジションは、彼女と末永く付き合っていきたいのならベストポジションだよ。あとは、もう、何があっても愛し抜く覚悟をするだけだと思う。「恋」は熱病だけど「愛」は貫くものだ。意志の力で。
がんば。
追記。20090317
※「胸糞が悪くなるような上から目線ありがとう。」ってコメントなんだけど、大変申し訳ないんだけど本気でわからないんだ。このメッセージのどこをどう読めば「上からものを言ってる」の? マジ困るんで。だって、本人、まったく「上から見てる気」ないんだもの。同士よ、がんばってって、応援のつもりなんだけども。
※「男が女を守る」って、一般化されると困る。元増田が「男として意識されない」と言ってるから、じゃあ「一般的に男らしいと言われる行動してみれば?」と言っているだけで、これが「人として認めてもらえない」だったら、「相手の人格を尊重すれば?」となるだけのこと。
※「人を守る」ということは、相手が社会で居心地よく暮らせるように配慮するってことだよ。落ち込んでたら「なぐさめる」。一人で苦しんでたら「ここにいるよ」とメッセージを贈る。そして、誰かに悪口言われてたら、「かばう」ということ。他にもいろいろあると思うんだけど、他人を守りたいと思ったことがないの?
追記。20090318
増田でしか書けない。かなりひどい話。
かれこれ6年の付き合いの異性の友人がいる。
こちらは恋してたが既婚者だったんで節度を守って友人として付き合っていた。
東京と大阪という物理的な距離があって、会うのは他の人も交えて年3回。
付き合いのほとんどはメールかメッセンジャー状態だったから保てた節度だった。
友人とは別の話だが、1年前に元カレと再会した。25年ぶりだった。友人は元カレとそっくりな性格をしていた。
そんな昔の元カレなんて、すっかり忘れ去っていたので似ていることに気づかなかった。
結局、こちらが「恋」だと思っていたものは、ただ「昔の恋人の面影を追っていた」に過ぎなかった。
この時点で、友人は大切ではあるが、ただの友人でしかなくなり、恋心はまったく無くなってしまった。
元カレと友達づきあいを始めたものの、今度は同じ東京同士会おうと思えば30分で会える。
不倫に移行しなかったのは、元カレと付き合うのなら、元カレが2番目なのはあり得なかったから。元々嫌いで別れたわけではなく、私は元カレの将来を考えて身を引いたのだ。でも、今となっては将来も何も……。
2番目があり得ないのなら、1番目に降りてもらうしかない。
離婚を考えていたところ、夫の命があと半年と判明。
死別することがはっきりしてからは夫べったりで、友人には連絡もほとんどせず自然消滅状態。元カレとは直接会わず、メールや電話で夫の看病を支えてもらった。
死別から半年。
また友人から頻繁に連絡が来るようになった。
どうも私と付き合いたいらしい。
でも、私は、今、元カレと付き合っている。
友人にしてみれば、私の心変わりは信じられないだろう。何時間話していても話題がつきなかったのだ。元カレがいなければ、友人から恋人になっていただろうと私も思う。
単に遊ぼうという誘いなのだけれど。
ちゃんとカレシが居るという話はしたのだけれど。
夫が居る間は友人にはまったくその気はなさそうだったのだけれど。
でも、身勝手だが、友人としては失いたくない。
どう振る舞えば、友人のままでいられるのだろうと悩んでいる。
そんなに浮気したいなら風俗行けと言われるが、そこには恋心がないのでちょっと違うのだ。
あの娘とは仕事の関係でごくたまにご飯を一緒に食べる程度の関係。
体だけの関係ならやっぱり風俗でいいじゃないか、という話になるだろうが、
やはり違う。前から知っている仲だが単なる知り合い程度という相手と体だけの関係を結ぶのが微妙に「恋」的なのではないか。
若いから肌は妻よりもその娘の方がよいだろう。
妻は殆ど香水などつけないが、その娘の香りは性欲を喚起する。
その娘と食事をするときはこちらの方が遥かに年上なので偉そうに語ったりするのだが、
頭の中ではいかにホテルに連れ込もうかということしか考えていなかったりする。
仕事が長引いてギリギリ終電で帰れそうな時にも、故意に仕事を発生させ、
終電で帰れなくし、一緒に飲み屋を経由してタクシーで自宅まで送るというコースにもっていくこと数回。
この流れで近い内になんとか関係を結べないかと考えている。
妻や子供のことは愛している。
しかしちょっとした火遊びがしたいのだ。
ざっとここまで読むと、軽薄な男に思われるかも知れないが、
実際のところ、身近に浮気相手になりそうな異性がいたときにちょっと下心等が働く人間も結構多いのではないだろうか。
自分は浮気などしない男だと思っていたが、いま無性に浮気願望に突き動かされている。
こういう気持ちこそが実は健全なのではないかと最近とみに思うのだ。
続きはコチラ↓↓↓
(その2)http://anond.hatelabo.jp/20080905002320
そもそも日本では歴史的には「恋愛」という概念自体がなくて、登場するのは明治時代に欧米から輸入されて以後。当時は恋愛概念を翻訳するのに作家の多くが苦労したという逸話も残ってるぐらいで。それ以前にも「恋」「愛」という言葉はあったのだけど、今とはずいぶん違った概念であったのだとか。
つまりは、所詮は恋愛は思想・概念の産物に過ぎず、誰もが生得的に持っている感覚とは言えない。現代日本にはそれなりに恋愛概念は定着はしているけど、それに違和感を持つ人がいても別に不思議じゃない。だから自らの立ち位置に疑問を持つ必要は別にない。ただ、恋愛概念になじめないのならそれに変わる思想か何かがあったほうがいいかもしれない。
詳しいことは恋愛概念について研究した本でも読んで考えて。こんなの↓とか。
http://book-sakura.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/2006_db64.html
相手の女の子の気持ちを把握した上での恋愛というのはどうなのだろう。
実際のところ好きかはよく分からない。
周りの友人にはやし立てられていたらいつの間にやら気にかかるようになり、
気にし続けていたら「好き」っぽい感情が生まれていただけだ。
でもそれまではまともな恋愛なんてしたことがなかった。
だからこの感情が巷でうわさの「恋」なのかは断言できない。
断言はできない。しかし彼女に微笑まれたり目が合ったりすると嬉しくなる。
好意があるんじゃないかという思惑が僕の中に生まれたが故かもしれない。
僕から彼女に「好き」が向かっているんじゃない。
彼女から僕へと「好き」オーラが向けられていると感じたから、好きに近い感覚が生じたものだと思っている。
自己評価が高すぎるかもしれない。もしかするとそれは逆なのかもしれない。
僕が知らず知らずのうちに彼女に向かって「好き」オーラを出していて、
優しい彼女はそれを察知して気にかけるようになり、いつの間にやら僕に好意を抱く羽目になっていた。とか。
つまり彼女が僕に抱いているかもしれない感情は「申し訳なさから生まれる憐憫、母性」みたいなものである。
と僕は思うのだ。
つまりこういうことが言いたい。
僕がいる。女の子もいる。僕は彼女を好きかもしれない。彼女も僕を好きかもしれない。
でもどちらとも心から好きだと言ってるんじゃなく、
周りの環境、自身の理性、その他もろもろのしがらみに当てられた結果に、
双方とも勘違いめいた恋をしてしまってるんじゃないか。
だとしたら彼女に申し訳ない。せっかく好きになった相手がこんなへたれなのでは申し訳ない。
彼女はいい子だ。まれに見るいい子だ。
面食いの僕が笑顔が可愛いというだけで気になる女の子はそういない。
慢心したことを言っている気がする。でもその子の笑顔は死ねる。はにかんだ顔は死ねる。上気したほっぺたは死ねる。
もっと長身で、歌がうまくて、なおかつユーモア溢れる男が彼女の為に存在しているべきなのだ。
もしかすると、のろけみたくなっているかもしれない。両思いとも判明していないのに?
そうなのだ。ここが問題だ。
いまどきの女子高生ってやつは携帯電話でネットをめぐる。めぐるばかりかHPを作って日記を書く。
日記を書く。胸のうちをある程度、吐露し、友達からコメントをもらったりして楽しんでいる。
日記を書くのだ。コミュニティーを作り日記を書き鍵つきの掲示板で内輪話をするのだ。
思考をさらすのだ。なぜさらすんだ。さらしてしまうんだろう。
そしてプロフィールを書く。自分を事細かに書く。
ついったーめいたもので自らのリアルタイムを記載する。携帯電話でネットに流す。心のうちをぶちまける。
僕はそういうものの存在をギター侍がもてはやされていた頃は知らなかった。
だがおっぱっぴーが薄ぼんやりしてきた今は知ってしまっている。
彼女の日記を意図して探してしまった。好奇心にやられてしまった。
その頃は特に深い思いもなく探していた。
クラスメートの見えないところが顕在化しているものを見たくなったので探したのだ。
そうして探しているうちにふと気づいた。
あの子のHPもあるんじゃないか?
あさり続けて僕は見つけなくていい場所を見つけてしまったのだ。
なぜ告白したわけでもないのに、誰かのうわさを聞いたわけでもないのに、それを確信しているのか?
ここのところがこの恋愛における闇。おそらく僕が闇。
知らなくていいことを知ったままで、どうして不安定な恋愛なんてのができるだろう。
僕は彼女の日記を見た。内容から類推できるレベルで、僕は彼女の好意を確信してしまっている。
はっきりと書いてあるわけじゃない。だがそう断言してもいいほどに、書かれている内容がその答えを描いていた。
僕はこのような状況でどう動けばいいのだろう。
自分のしたことを知らぬ振りして突き通し、彼女に思いを伝えるべきなのか。
僕はそうしたい。でも良心はうずく。騙しているような気分だ。
現に騙しているといえるかもしれない。
何で書いたのか。楽になりたかったに違いない。なんでこう自分のことでも他人事のように書けるのだろう。
こんな自分じゃ彼女に悪い。とは思うがきっと言い訳なんだろうな。これも。
もう言葉はない。読んでくれたのに申し訳ない。たぶん反応を少し見た後に消す。
他の人にとっては消そうが消すまいが関係ないだろうけど。