はてなキーワード: 風土とは
いちおう、一つだけ確認。
世の中、何事にも例外はある。言い方を変えれば多様性という奴だな。「日本企業は~」みたいな主張を、文字通り「全ての」日本企業に例外無く当てはまる話だと考えると、話がおかしくなる。
例えば、日本の大企業はダメとは言っても、名実共に日本最大最強企業であるトヨタなんかは、組織の大きさにも関わらずイノベーションを継続する能力を維持できているように見える(内情は知らないけどね)。
注目すべきは、構造と確率だ。学生が、自分の能力を活かせる職場に出会える確率は、その企業なり業界が置かれている構造に依存する。先の東大の講師が言いたかったのは、「日本で職を探すより、海外の方が能力を活かせる職場に出会える確率が高い」という主張だと解した方が良いだろう。
で、そこで「海外」と言った時に念頭に置かれているのは、君の言う通りアメリカ西海岸(シリコンバレー等)だろう。あの辺りは、相互扶助的なコミュニティーが出来上がっていて、成功者が失敗した者の再挑戦を支援する風土があると聞く。
だから、あの辺の連中は、エンジェルやベンチャーキャピタルから資金を調達してスタートアップをガンガン立ち上げ、成功すればイグジットして大金をゲットし、「ぶッ潰れ」ても再挑戦できる。
ただ当然だが、そうした場所で個人がチャンスを得るには、現地の起業家・技術者コミュニティに認められ参入できる程度の能力を持っていることが前提だろうと思う。先ほどの講師のコメントは、あくまで「東大の」「優秀で」「意識の高い」学生について述べているという点は忘れてはならない。
では、イノベーションを起こすことは日本の大企業ではもはや不可能なのか、ということなんだが、理論上は可能だろう。最近、イノベーションは「イノベーションのプロセス」から生まれる、という話がある(天才的な個人の奇抜な思いつきからではなく、という意味。ここでは説明しないので、興味があったら"The art of innovation"でググってみるといい)。そういた業務プロセスを基本に据えた組織へと作り変えれば、日本企業でもイノベーションを生み出すことはできると思う。
しかし、職場を探す(本当の意味で)優秀な学生がいた時に、日本企業の中で組織文化と戦いながら新たな業務プロセスを確立するために何十年も奮闘するのと、海外の流動性の高い土地でベンチャーに参加するのとどちらが良いか、と相談されたら、俺は明らかに後者を勧めるだろう。本人の幸せという意味でも、優秀な人材の社会全体での有効活用という意味でも。
では、それほど優秀でない奴は? まぁ、泥臭く地道に組織改革をやるしかないだろうな。
一つだけ注意点があるとすれば、「俺達には才能はなくても数で勝負だ」「皆で力を合わせて一丸となり(ry」とか絶対に考えないこと。人海戦術と親和性の高い業務プロセスこそ、君の組織の閉塞感を生み出している原因だ。ミッションをブレークダウンして組織の階層構造で業務を分割できる、という考え方は、つまり「仕事に貼り付ける人材は取替え可能である」という発想が根底にある。
専門性を尊重する評価体系を作ること。専門家同士が協同して業務を遂行するプロセスを回すこと。そうしたプロセスを回すプロジェクトに経営資源(決裁権、人事権、etc..)を委譲すること。これらが重要だと思う。
あと、「専門バカは視野が狭いからチェック機能が必要だ」みたいな意見には、間違っても耳を貸さないように。専門性の高度化がさらに進んでいる現代において、「ド素人の素朴な意見」が役に立つことは少なく、多くの場合、プロセスのスピードダウンという悪影響しか招かない。コミュニケーションコストの増大と、俊敏さ(アジリティ)の低下は、プロジェクトにとって最大のリスクであると認識すべし。
しかしだ、だからといってお前の普段を見せようと思って「アイアンマン」持ってったら、「個性を履き違えている」とかしたり顔で言われるのがオチだぜ?
ここがわかんねぇんだよ。
合わないのに、なんで就職したいの?
まさに善意だろ。それ以上でも以下でもない。
独創性を求めてるのか、最低限の技術や知識を求めてるのか、単なる人足を求めてるのか、そりゃ企業によって違うんだから、
企業側が選びたいのは当たり前だし、就職する側は選ばれるべきだろ。
人ひとり養うのにいくらかかると思ってんだ。
んで、3年後に使えない(合わない)と判って首切る身にもなれよ、リストラが流行った頃、ストレスで体壊した奴がいるくらいなんだぞ。
しかもブログでは上から目線で「あの企業風土は僕には合わなかった(キリッ」とか書いちゃうんだぜ?
勘弁してくれよ。
>何かできないことがあったときに「あぁ…早生まれだから。他の子より育ちが遅いから」「仕方ないね」「かわいそうに」と親から言われることによって、それが本人の中にも内面化されるんではないかという分析だった。
えー、ご存じの通り(ですよね?)早生まれの私ですが、敢えて「異議あり!」と言わせて頂きます^^;というのは僕の場合、親から言われたことはなくて、自分で後から「早生まれは損だ」と思ったからなんです。もし敢えて親のせいにするのであれば「早生まれなんだから仕方ないよ」ぐらい言って欲しかったな、ということになるのかもしれません。
経験談の一例ですが、幼稚園から小学校にかけて、周囲に比べてダントツで運動能力が低かったんです。ですが、高校を出る頃にはいつの間にか体力テストなんかでは全国平均を普通に超えられるようになってました。まあ元々運動や外遊びが好きな子供ではなかったですけど、別にその後人と比べて特に運動していたわけでもなかったので。で、子供の頃は実年齢の差がかなり大きかったのではないかなということに気づいたのはかなり後になってからでした。無駄に運動苦手コンプレックスを持ってたもんだと後悔したものです。
ところで、N さんが誰だか見当がつかない私です。
そういえば、悪名高き私の母校では全学年を通して異様に4・5・6月生まれが多かったです。僕はどちらかというと年齢以上にガキなので、周囲のマセ具合に余りついて行けなかった記憶があります(苦笑)
あと聞いた話だと、少年サッカー英才教育の世界では、選手がやはり4・5・6月生まれに偏っていたので、選抜に誕生月を考慮するようになったとかいう話も聞いたことがあります。
そういうことから、すくなくとも一部の分野においては、無視できない程度の影響があるのかなとは思っています。ただ、どれも男の場合の話であるのは事実ですね。女性はその辺どうなのか、面白いデータがあれば欲しいですね。たぶん誰か既に研究してるんでしょうけれど。
例のあだ名ゆえにあのお方が「Nさん」であることを完全に失念していました^^;まあ、何となく「先輩」が女性であるという先入観があったのも事実ですが(何でだろう?)。まあでも確かに、女性だったらおめでたの話があるのにもかかわらずお酒を飲んでいるはずがありませんね。
いずれにせよ、おめでたいことで。
そういえばドイツでもシュレーダー政権ができたてのとき、首相が党の実力者を追放して一波乱という一幕がありましたね。そのときの状況と今の日本の状況は似ているのかどうか……。
たぶん noctifer さんの同期の「実家が尼崎の人」がデジタル化したデータ持ってると思いますよ。僕も自分が 3 回生のときの録音をその人にもらったので。
ちなみにこれ、一年掛けて準備したのに散々ボロクソに言われた演奏で、僕の中ではまさに「黒歴史」だったんですけど、5 年ぶりに聴いてみたら意外にも、自分としてはそれなりに納得のいくものだったので愕然としました。あれ以来自信なくして楽器にだんだん触れられなくなってたのはいったい何だったんだろう……、と。というか音楽以外すべてにおいても自信喪失してしまう悪循環に陥ったきっかけみたいな一件だったので、あれをもっと早く聴いてればひょっとしたら少しぐらい人生変わったかもなー、なんて思ってます。要はその録音を聴かなかったこと自体が「黒歴史」でしたという情けないお話ですが(苦笑)。
ああなるほど、定演以外の録音でしたか。そりゃさすがに尼崎の人に頼んでも持ってないですよねえ。
ところで全然関係ないですが、今日聴講した某研究会で、僕の2年下の「ヘアスタイルが独特の人」に会いました。彼は今年D3でしたっけ?月日が経つのはなんとやらとはこのことですね。
都合が許さず彼の晴れ舞台を見られなかったのはなんとも残念です。こんど会ったらよろしくお伝え下さい。
前回までの大会と違って、今回は自分が主力選手と同世代だから身につまされるものがありました。仮に自分にあの方面の才能があったとしても、この段階で最盛期なんてとても無理だろうなとか思うと、前回大会までとは違った意味で感慨深いです。
それでよく考えてみれば、サッカーの選手生命から考えて、僕らと同世代の選手のほとんどは今回が最後のチャンスだったわけですよね。今までよりも、負けて悔しがる選手の姿が一歩だけとはいえ身近に感じられて、その分切なくなりました……。
論文を添削するには内容を理解できないといけないわけですから、それをタダでやってくれる人となると本当に貴重ですよね……。
思うに、大人に言語を教えるのは経済的にも効率がよくないですよね。色々な場に応じてそれなりの言葉づかいができて、なおかつ幅広いスタイルの文章を読んで書ける人なんて、なかなか語学教師をやろうとは思わないでしょうし、そういう人を雇うには相当なお金がかかって当然、生徒の側もそれだけの教師を探すには苦労するわけですから。
子供の頃から、母語の習熟に準じて第二言語を(できれば複数)学べると、言語というものを相対化できるという意味でいいんでしょうけどね。(現状は英語崇拝と英語憎悪の二極化およびその裏返しとしての日本語特殊論、そしてそれ以外の外国語への無関心がはびこっていて本当によくないと思う今日この頃。
こんにちはー。
「絶対音感」って能力、実は個人的には言語能力と近いんじゃないかなと思ってるんですよね。少なくとも僕の場合は、ですが。実際、無調性に近い音楽を聴いていると途中で音がわからなくなったりずれてしまうことが多いですし、無調性は無調性でもそれなりに慣れているウィーン学派系よりも、あまり聴かないブーレーズとかのフランス現代音楽系とかのほうが苦手だったりするので。
あと、E-dur と F-dur を間違えることはほとんどないのに D-dur と Des-dur の区別にはたまに自信がなくなることがあるなど、多分にピアノの鍵盤(というか頭の中でつけている「読み仮名」的な音名)に引きずられる傾向があるんですね。いってみれば、日本人は /t/ と /d/ の区別には苦労しないが /l/ と /r/ には苦労するというような話なんですが、まいさんはそういう傾向ってないですか?
そういえば、高校生ぐらいの頃は基準音を 2Hz ぐらいの単位で聴きわけられたものでしたが、古楽を聴くようになって以来その能力はほぼ完全に破壊されてしまいました。
ちなみに僕も音に「色」のイメージがありますけど、その正体はかなり情けないものでして、おそらく子供の頃に買ってもらったおもちゃの鉄琴です。一音ごとに色分けされていたのですが、その印象を未だに引きずっているんですよね。
個人的には欧米でどうして "Hentai" 文化があんなに抑圧されてるのかが気になりますねー。ホラーの世界では日本よりよっぽどどぎつい表現が社会的に許容されている風土で、ポルノの方面になるとフィクションであってもある種の表現はまかりならぬ!というのは、日本に生まれて暮らしている限り根本的にどこかで理解できない面があると思うのですが、だからといって「ピューリタニズムの伝統」で片付けてしまうのも一方では乱暴な気がするんですよね。
似たようなことは、捕鯨問題とかその他の文化摩擦のときにも色々感じることではありますが、その辺のことで「住んでみてわかったこと」って何かありました?
>実際には日本のエロゲの守備範囲の広さはそんなのを凌駕しうるわけですが、それでもアニメでは女性はそのように子どもっぽく可愛く描かれる事が多い(ただでさえ若く見えるアジア人をベースにしているのでなおのこと)
なるほどありがとうございます。確かに現代の日本人はおしなべて幼形成熟的なものが好きですね。女性に限らずジャニーズ系とかも結構そういう気がしますが。向こうから見れば余計子供に見えるというのは盲点でした。
しかし個人的にもっと疑問なのは、その "Hentai" 文化を変なものとして片付けるのでなしに、禁止してしまおうという考え方の方なんですよね。そしてそれを日本でも禁止せよと圧力をかける動きもあるようですし。米国は基本的に他者に寛容を是としているのだと思ったら、ときどきいきなりその逆の面が見えることがあるので、いったいあのあたりはどういう感覚なんだろうなあと思いまして。
うーん。やっぱりそれなんでしょうかねえ。だとすると捕鯨と "Hentai" はちょっと性質が異なる問題なんですね。
どうも最近、英語圏のメディアを読むようになればなるほど、日本に対する悪意や蔑視が一部高級メディアにでも平気で蔓延していることに気づいて憂鬱なんですが、その根っこは必ずしも一つではなさそうですね。
やっぱりこういうと何ですけど、欧米がアラブに違和感を持っている(あえて「蔑視している」とは言わない)のと同じような意味で日本から欧米(といっても色々温度差はあるでしょうが)を見たときに違和感があるんだなあと最近思うんですね。あんな趣味を持っているぐらいなんだから当然私は西洋かぶれ的人間なんですけど、例の "The Cove" 以来やっぱりあばたはえくぼじゃなくてあばたなんだなということにようやく気づきだしたわけでして、その背景には最近ちょっと興味を持ちつつあるんですが、どうもなかなか一筋縄ではいかなさそうですね。欧米の天地は複雑怪奇なり。
ところで話は変わりますが、意外なところで結婚ラッシュが始まりそうな噂を耳にしました。詳しくはそのうちお聞き及びになると思いますが……。お楽しみ(?)に!
あれ、あそこバーベキューだめになったんですか?「新条例」がなんなのか気になります。
>知らない人が20人以上という状態で3時間おしゃべり持ちこたえたのは我ながらよく頑張ったと思う(たぶん英語スキルというより社交スキルの問題)。
最近あちらこちらで、アメリカでは(あるいは「国際社会」では)そういう状況で人間関係を作れるかどうかがものをいう、そういう場でやっていけないと通用しない、みたいな主張をよく見るもので。
本当だとしたら語学力以上に絶望的に高い壁だなあと思いつつ、そういうことを書く人は大抵すごく社交的だから、たまたまその人の回りでそういうことが起こりやすいだけのようにも思えるし、その辺の真相が少し気になってまして。
鬼女は敵に回したくないので、ブログやツイッターではなくここに書きます
「写りこみ」から特定というのは、オークションで怪しい出品者を追う為の技術の一つ
ネットオークション界では詐欺事件が少なくないので疑わしい出品者は晒されて調べる価値があると判断されるととことん調べつくされ
る風土があります。まずネット住民が調査してから証拠をそろえて関係機関に通報するのがパターンです。
懸賞品の転売やサインも晒され出品妨害されやすいものの一つです
熱烈なファンがいる懸賞アイテムはファンや偽物が多い分、特にそういう検証の対象になると厳しいです。
怪しいと思われたら身の回りの情報を洗いざらい調べあげられます。
特に懸賞品でもない予約なしに昔店で買った通常盤のCD1枚の出品でもCDの人気が急にあがると、
ボンネットから特定した鬼女がオークション板の住人でもあるとすれば
数ヶ月前に起きたネットオークションへの多数ID不正アクセスに使われたIPの分散方法知らないというのは
考えにくい(あの事件結局犯人捕まってない)からたぶん鬼女がヘマをしない限りは捕まえるのは難しい
と思います。かなりの知識を持ってるはず。特定の知識というのは違法出品者や嫌がらせから身を守る盾にもなりますが
使う人の心一つで矛にもなるのです。
日本人を雇用しないのに「国内消費の落ち込みのせいで…」とかほざくアホがいたり
これからは優秀な外国人を雇用だ!とか言いながら待遇や商習慣、企業風土をグローバルスタンダードに合わせる気が全くないアホがいたり
そんなんだから叩かれてるんだと思うよ
ですよねー。
本格的に外国人雇用するなら、かなり抜本的な制度改革は当然伴うのに、
ラフカディオ・ハーンとかドナルド・キーンみたいな、産まれる場所間違えたような外国人だったら、
日本に適応することも可能だろうけど、一般的な外人さんが日本に適応できるかっつったらかなり厳しいですよ。
その辺の問題は先々出てくるでしょうね。
http://anond.hatelabo.jp/20110405002000
この件においては自分のまずい点を振り返るよい機会になったと思うことにして
そういう手は無理無理。
その周辺ブックマーカーの罵詈が気持ち悪いだとか
そんなことはずっと前から思ってる奴いっぱいおるよ。
でも増田でそんなこと喚いたって潮目は変わらないし内紛も起きない。
だいたいフランチェス子ってファンも多いけど敵もスゲー多いんだぜ。
多いのに、誰一人「敵の敵は味方」式にそらのやメガネの側についてくれないだろ。
スターやブクマ見てるとわかるけど、普段フランチェス子と超敵対してるような
保守系クラスタやミソジニークラスタまでこの件ではフランチェス子を応援してる。
誰かが言ってたけど
はてなは「馬鹿にだけには差別意識を隠そうとしない」という風土が合って
いがみ合うウヨクラスタとサヨクラスタさえ、お互いより馬鹿が嫌い。
だからどんなに「フランチェス子ねちこい!」とか「あのブクマカきもい!」とか喚いても、
そしてそれが事実でも、そらのやメガネだけはだーれも助けようとしない。
それでも諦められないなら顕名でやってみたらいいと思う。
増田でやるよりは何かが変わるかもしれないよ…
政治家やマスコミなどの社会的強者が利用しているだけってのが実態なのに、最近、女子供の文化やイケメンが流行ってきたから、自分らが社会の支配権を握ったんだとか勘違いしている一部の若者がうざいったりゃありゃしない。しかも言ってもたいてい理解しないからどうしようもない。大体、日本の政治風土で、女子供やイケメンが実権握るとか、天地がひっくり返ってもありえないのにね。いい加減、アニヲタや女やイケメンは体よく利用されているっていう現実に気づけよ。例えば「嵐」だってどうみてもイケメンじゃない奴をイケメンということにして、やんわりとイケメン崇拝者を馬鹿にしているだろ。
話を受けることについての「自分の気持ち」としては、「別に精子くらいやってもいいかなー」という感じで、あとはそれにまつわる(人間関係上、または心理上の)トラブルが心配なだけなのね。なら、Sexでなくあくまで「精子提供」のみ、という前提で、
→Yesなら2へ。
→NoならEND。旦那にできないような話を受ける理由がない。旦那に話を通してから出直せ、でOK。
→Yesなら先へ進んでいいじゃん。3へ。
→Noなら提供しちゃだめじゃん。END。
→そんな話できない ならやめとけ。論外END。
→今イネーヨ なら、将来この話したとき引かれないような相手を探すよう心がけて3へ。それ無理、というなら提供しないEND。
3 胸に手を当てて考えろ。最悪、その女と子どもを一生ともにする相手として選べるのか?
→Noか、仕方ないな。提供やめとけ。そこまで腹が据わってないと、将来のトラブルに対応できないと予言しとく。END。
→Yesか、そうか。それなら提供を止める理由は特にないな。提供END。
→Noか。それなら、今が切りどきだ。とりあえず返事を先延ばしつつ、別な共同体づくりに励め。非提供END。
→分からない。なら、提供したらいいだろう。どんな未来がくるかもそもそも「分からない」ものだからな。END。
別に、親子とか、血縁とか、そういうものの定義は歴史上見ればいくらでも変化していくものだと思う。子どもは「社会」のものであって、「優秀な人間」に子作りをさせ、かつ、生まれた子は優秀な環境において共同体(国家)が育てろ…という主張だって十分ありうる(余談だが、これは何もナチスのマッドサイエンティストとかの主張ではナイ。古典も古典、プラトンの「国家」における、理想とされる国家戦略についての主張ね)と思う。ただ、現代社会の思想風土はそんな風なデザインには出来ていないので、それらのコミュニティにおける主張は社会から厳しい批判を受ける可能性があることは理解して、それに対する準備をしっかりしておくべき。たとえばあなたが未婚なら、軽々しく相手を「現代社会」側から選ぶのでなく、同じコミュニティに属するか、あるいは確実に所属しうると考えられる相手からのみ選ぶ、とか、あるいは「軽々しくこういう質問を外でしない」とかね。
http://anond.hatelabo.jp/20110103135436
ちなみに俺なら、残念ながら『そのコミュニティは破綻する可能性が大きい』と考えているので、仮に4まで行ったとしてもNoと答えるけどね。
「破綻する可能性」とは何か、って?
簡単だよ。たとえば、精子提供してそれで障害児が生まれたら(あるいは成長の過程で障害が起こってきたら)だれがどうそのことを引き受けるんだ? 「優秀な精子」で胎んだ子が「優秀に育つ」確率って、どのくらいだ? デザインベビーの決定的な問題とは、「偶然によらない結果については、責任という問題が発生する」ことだよ。
んー・・・。
いや、それこそ君に関係ない話じゃないか。俺に煽りかかって来た増田さんと俺の話なんだから。
wまで使って何かを言う動機が君にあるのがむしろ不思議だ。どうでもいい話だが、自演って案外難しいものだよな。
基本的に、俺が勤める会社(厳密には会社じゃないけど)で25歳で役職つきってのはあり得ない。
それは、俺の能力に関係なく会社の風土としてそういうもの。だから、そう煽られても俺はそういうとこに勤めているとしか
全く持って答えようがない。それは俺の能力の問題ではなく、組織の論理の問題だからね。
とはいえ、25才で部下を持ってないことがおかしいと煽って来た増田さんの勤める会社、あるいは
彼が「普通」とする業界がどこなのかは大変気になる。煽られた手前、事実関係も明らかにしたい。
そういうことになるね。
超デンジャラスな新機能を連発しては引っ込めるの繰り返しで迷走しているmixiについて小耳に挟んだ事があるのでメモがてら書いておく。
・わりと最近入社した一部のインターナショナル国際派海外志向社員がFacebookを過剰に意識しすぎてこれまでmixiを支えてきた「日本の風土に最適化されたコミュニケーションをweb上で実現する」という理念を180度方向転換させてしまった結果だと聞いている。
・末端の開発エンジニア部隊や営業族から一連の新機能について致命的な戦略ミスであるという指摘が社内で轟々と渦巻いていたにも関わらず意思決定に関わる層がそのナレッジな声を拾えなくなっている。つまり会社として大きくなりすぎた。
・ペニーオークションで一儲けしようなどと訳のわからない企画が通りそうになるほどに社内は荒れている
・会議で「21世紀型インターナショナルな〜」「世界基準のインターナショナルな機能を〜」「Facebookのようにインターナショナルに使われるSNSを志向して〜」「ユーザーをインターナショナルにする〜」などと1分に1回のペースでインターナショナルを連呼する大変トレンディーな一部の社員が力を持ちすぎたのも悪い方向に向かっている。社内はドメスティック保守派とインターナショナル革新派の真っ二つに割れて風通しが悪くなる一方。
・とある部署でトイレに長時間逃げ込むエンジニアが続出したのでトイレ休憩は3分までという規則が設けられそうになったが「そんな短時間じゃウンコは無理」「ウンコは人民の権利」と末端エンジニアの反発にあい頓挫
・ 「刺身の横にたんぽぽを延々と置き続けるような誰にでもできる簡単な仕事を社内からなくす」というミッション掲げた「mixi たんぽぽグループ」が、国内で実際にたんぽぽを刺身の横に置く仕事に従事する労働者集団から抗議を受けて壊滅的な被害を受けたという噂が流れたが真相不明
(追記:たんぽぽグループは本当に存在する ネタじゃない http://www.green-japan.com/contents/mixi/interview_morimoto.html)
ガンダムと日本人 : 小沢一郎はシャア・アズナブル? 異色のガンダム論の新書発売
「小沢一郎はシャア・アズナブル」「ザク=零戦」などのユニークな視点で、日本人や日本の風土を引き合いに出してガンダムの魅力を論じた新書「ガンダムと日本人」(文藝春秋)がこのほど出版された。240ページで819円。
著者の多根清史さんは、季刊のアニメ雑誌「オトナアニメ」のスーパーバイザーを担当したライターで、国際政治学者として有名だった故高坂正尭(こうさか・まさたか)・京大教授の門下生。ユニークな視点の記事を執筆、アニメ分野を中心に活躍している。
第1章では、ガンダムに登場する「ジオン公国」と戦前の日本や世界の状況を比べ、第2章では、ザクを日本の戦闘機の零戦、ガンダムを戦艦大和に例えながら、ソニーの「ウォークマン」など小さなもの好きの日本人、日本製品の「縮み志向」などにも触れている。第3章では、ガンダムの舞台となる「スペースコロニー」に言及し、62年のキューバ危機や、18世紀の経済学者マルサスの「人口論」といった意外なキーワードとともに論じた。最終章となる第4章では、小沢一郎・民主党前幹事長が、自民党が政権を失ったときのキーマンだったことにかけて、ガンダム世界の宇宙世紀を破壊しようとした主人公のライバル「シャア・アズナブル」になぞらえ、類似点などを指摘した。著者の多根さんは「絵空事にすぎないアニメに、いい年をした大人が夢中になれるのかを真剣に考えた。ガンダムを通じて日本のよさを思い出してほしい」と話している。(毎日新聞デジタル)
あとね、一応言っておくけど、君はあまり悪くない。
悪いのは会社の仕組み。
君を採るために、会社はそれなりの中長期計画を基に人材確保をしている。
当然いろいろ承認や手間も必要だし、もちろん、金も必要だ。
そういう流れで採用した人材に、他の社員が辞めろだの、使えないだの言ってる時点で、その会社の命令系統は著しくおかしい。
人事やら、上司が責任をもって、見極めたうえで採った人材に、一般社員が文句を言うってのは、会社に楯突いてるようなもの。
そもそも、新卒が既存社員と同様の働きをすぐ出来るわけがない。
既存社員のレベルにまで徐々に引き上げていくために、周りがフォローするなり、いろいろ手助けをしていく必要がある。
君の能力が発揮できないのは、君の努力不足もあるのかもしれないが、それをフォローしきれない教育管理に問題がある。
あと、新卒なのに、直接文句を言われるのもおかしい。通常、教育係なり、上司に連絡がいって、そこから君に話がくる。そこで改善が行われなければならない。
といっても、もしかするとそういう企業風土で、上から下まで頭悪いって可能性もなくもない。
そういうのを見極められなかったってのは。。。。
ここで暴れるのは勝手だけど、それで残りの人生を無駄にするのって、もったいなくないかい?
そんな頭の悪い企業のせいで暴れて、身内が悲しむのって寂しいよね
「愛国無罪」なんて言葉がふざげたAAとともに颯爽とネットの海を行く昨今。
その言葉を記したのぼりでも掲げて石垣沖をいかだで漂流するイカレた野郎が現れたら、
笑ってやるよ。
ほんとうに国を愛しているヤツなんかいるの?って思う。
国を愛しているって、なによ。
愛の対象がかぎりなくフワフワしてるんだよ。
国ってなに?
多分、自分を生み出した家族、生まれ育った地域と風土、ここで育つにつれて内面にとりこんでいった日本と呼ばれる区域にある文化的な…何かそういうものだろ。
って言葉にしようとした先からすぐにフワフワするだろ。
いったい何を愛しているのだろうか?
突き詰めたら家族、友人、地域社会など自分に直接つながるそういうものになるんじゃないの?
「愛国」してる人、「愛国」って言葉に無意識に興奮しちゃう人は、結局のところ自分が好きでたまらないんじゃないか?
と思ってしまう。
自分を愛せる人もいれば、どうしたって出来ない人もいる。
それはそれで結構。
何を愛しても、何も愛さなくても自由だ。
自分はよくわからないんだ。ずっとわからない。
「近所のねーちゃん、にいちゃんが活躍している。すごい緊張してるぽいのに、自分のベストを出そうと遠い所でがんばってる」
という感覚で競技を応援することはできる。
でも開会式や閉会式で盛んに振られる各国の旗を見ると、もうダメ。
「○○の国と地域からここ○○に集まった選手団は…」なんてアナウンスを聞いたらチャンネルを変えたくなる。
「日本に感動をありがとう!」なんて絶叫中継を聞いた日には、もう絶句。
選手は決して日本のために「日の丸を背負って」競技しているわけじゃない。
きっと自分のためだ。
どうでもいいことだけど。
だって実際問題、みんな日々の生活(つまり金)や些細な日常生活で精一杯なんじゃないの?
自分はそうだ。
結局自分が第一なんだってばよ、国とかそんなもん愛して金になるかよ。
と日本の片隅で思う。
だから「流出キター」「ようつべww」「自分がやった告白キター」「え、神戸?」などと
左でも右でもないどこか、ただ確実なのは核心から遠い所で、面白がって遠巻きに眺める。
そんな自分をクソだと思う。
この辺のモヤモヤを解消したいのに、日々の生活に追われてどうでもよくなるんだよな。
追記
何処と無く青臭さが・・・ 中高生くらいかな?
の方へ
金と明晰な頭脳がないものですから、青臭いこと書いちまいました。
お目汚し申し訳ありません。
トラバが切れてたものですから、ここでお返事を。
あんた、性格悪いだろ。
大学時代からの友人がいる。
彼はドイツ人で、浮世絵の研究をしているうちに日本に留学したくなり、留学した日本の風土が気に入って永住したくなり、ドイツ語の翻訳の仕事をしながら日本人の奥さんまで貰ったというそれはもう筋金入りの日本好きだ。日本語も堪能で、電話口ではネイティブの日本人にも彼がドイツ人だとわからないほど上手い。
物腰も穏やかで、友人や奥さん相手にすら丁寧語で話すというまさにジャーマンジェントルメン。
彼が怒ったり、声を荒立てているところを見た人間は誰もいない、というくらいの温厚で優しいドイツ人なわけなのだ。
まあそんな彼とこの間、恵比寿のガーデンプレイスにエビスビール祭りに一緒に行った。
彼は日本のビールだけはあまり好きではない、と悲しそうに言っているのだが「まだエビスビールは飲めるほうだ」とも言ってくれている。
秋口の夕焼け空の下、久闊を叙しながら(この言い回しは彼に教えてもらった)ビールで乾杯したら楽しかろう、と思ったのだ。
彼と彼の奥さんと、黄昏のいい雰囲気の空の下、ビアガーデンで乾杯しようと屋台の兄ちゃんにビールを頼み、我々のテーブルに届けてもらったとき、それは起こった。
その屋台の兄ちゃんは、客へのお愛想なのか、こんな事を言ったのだ。
「ウチが一番泡の量少ないんですよ!」
要するに、ビールの実質的な量では並み居る屋台の中でも一番多いのだ、と言いたかったのだろう。
「それは違うでしょう!」
誰が言っているのか判らなかった。
その声の発された元は友人だった。
彼は一瞬、しまったという表情を見せながら、こう続けた。
「…泡も含めて、ビールなのです」
彼はびっくりしている屋台の兄ちゃんに謝罪しつつ、こう言った。
「ごめんなさい。大声を出してしまって。どうか、ちゃんとした泡の分量のビールを持ってきて頂けますか?その分の料金はキチンとお支払いします」
田中角栄以来の、無学無教養でも地元に公共事業や補助金を持ってくれば当選を重ねられるという日本の政治風土を象徴する議員が、また一人減った。喜ばしいことである。
国政を論じる為の国会議員でありながら、地元の為だけに働くという利益誘導型議員がのさばるのは、いずこの民主主義国家でも同じであるが、モノには限度がある。
こういった利益誘導型政治家の地盤となっている地域は、他の地域からは民度が低い部落・在日スラムと同じような地域と見られ、余計に、補助金や公共事業にすがりつかなければならなくなる。
負のスパイラルは、一度始まってしまうと、どんな説得も届かなくなる。福祉や年金や補助金や公共事業に依存する人々が多数派を占めてしまえば、それらの生産性がマイナスの支出をいくら増やしても国家は豊かにならないという正論は、少数派の意見として黙殺される。正しい意見であるが故に、不快な主張であり、言い方が気に食わないとか、大衆の支持を得ていない少数派の意見であるからと、無視できるようになる。
人間は、全体の利益を個の利益よりも優先する公共心や、私利私欲よりも道理や理性を優先する道徳に従うとは、限らない。むしろ、それらをいかにしてごまかして個の利益・私利私欲を充足させるかに、時間と労力を費やす傾向が強い。
人を一番怒らせるのは事実を指摘する事である以上、理性に訴えかけても通じるとは限らない。むしろ、指摘が正しければ正しいほど、反感は募り、権力の行使を正当化したり、多数を恃んで多数決による正当化を計るようになる。
暴力や権力によって間違いを正さなければ、いつまでたっても間違いから抜け出せない人が必ず発生してしまうというのが、階層型権力構造や多数決原理の欠陥である。
内政においては、暴力や権力が必要の無い状態が平和な状態であり、正しい状態である。間違いを正当化する為に権力にすがりつくのであれば、それをやめさせる為に、権力や暴力を行使しなければならなくなる。自分の為に使う権力や暴力は正しく、それを邪魔する権力や暴力の使い方は間違っているという主張は、最初の権力や暴力に依存しなければならない時点で間違っているのだ。