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はてなキーワード: 根本とは

2012-02-15

http://anond.hatelabo.jp/20120215140059

労働価値市場が決めるのに、市場価値を根拠にしていないから、意味がないって話でしょ。

それは資本主義における評価でしょ。

なんでも市場価値ではかろうとするから出生数が増えないという流れの話を、でも労働を評価する上では金銭を尺度とする以外ないというジレンマはあるけどな。

市場価値を根拠にしない評価尺度がないってのが根本的に問題。

2012-02-14

http://anond.hatelabo.jp/20120214231444

そもそも出産自体をしたくない人が多いのでは。



たまにある代理母ニュースに異常に感情的に反発する女って、

「他人に出産丸投げして子供を持つなんてズルイ!(自分はそんな事出来る環境金も無いのに!)」が根本だと思う。

2012-02-12

『強い人間』とは?

  他人に注意を払う時もあるが、しかしそれは間接的に自分を利する時だけである

  • 心がない

  強い感情というものを持たない。腹が減ったとか、満たされたとか、そういうレベルしか物事を考えることができない。

  他人を強く愛したり、憎んだりすることもない。

  • 人の心を理解することができない

  表層的な部分――喜んでいるとか、怒っているとか――を理解することくらいはできるが、その根本的な原因を推察することができない。

  強い情熱などといった根深い欲求を持たないので、そういった強い心の動きというようなものを他者にもたらすことができない。

  • 何かを信じることができない

  自分自身の心すらも信用しておらず、人間は変化するものだと考えているので、心から誰かを信じたり、何かを根本的な部分から信用することができない。

  • 誰かを傷つけることしかできない
  • そしてそのことを通して自分を傷つけることしかできない

今更になって『あの花』をクリティークしてみる2

http://anond.hatelabo.jp/20120207002438

 以前同タイトルの文章を書いた者だが、あれから色々と考えてみた。

 それによって、『あの花』という作品に対する根本的な理解が進んだかもしれない。

 つまり、「案外あの作品のスタッフは、『あの花』のことを好きなんじゃないか?」という発想が俺の頭に浮かんだのである


 ではまず最初に、以前に書いた文章中の一文を引用したい。

 あの作品のコンセプトが如何なるものかと言えば、

“何か特別な力を持っていない虚しい人間でも(まあ霊視のことはさておき)、人生を肯定するに足る思い出なり価値なりを享受できる”

ということに尽きる


 そう、あの作品のコンセプトには、ある種の虚しさというものが含まれているのである


 ここからが文章の本題なのだが、俺は、この虚しさというものが、作品の中で具体的な形を取っていることを発見した。

 それはつまり、作中に登場するキャラクター本間芽衣子の死である

 彼女の死が、『超平和バスターズ』の中にある種の空虚を生み出した。

 そしてそれ故に、彼らは分解をきたす。彼女の死によって失われた何かが、彼らの強固な絆を分解させたのである


 しかし問題は、その空虚さとも言える部分こそが、彼ら『超平和バスターズ』の再会の原因にもなっているということなのだ


 分解していったメンバー達。彼らの中でもっとも強い喪失と、空虚を抱えていたのが、あの作品の主人公の一人でもある、宿海仁太だ。

 彼の抱えていた喪失は計り知れない。そして、その喪失を埋め合わせるかのように、ある日から彼の眼前に本間芽衣子の姿が現れるようになる。


 さて、ここから別にそう多くの量の文章を紡ぐ必要はない。というのも、この文章におけるもっと重要な部分は既に、先の部分で述べてしまたからだ。

 つまり、『喪失によって、分解をきたしたメンバーが、更にその喪失によって、再び絆を取り戻す』ということだ。

 物語の中心に空虚が据えられ、その空虚によって展開されるドラマ自体も拙いもの。でも、彼らが絆というものを取り戻したその深い原因には、彼らを分解せしめたその『空白』そのものが、当てはまっていたのである

 こういった物語構造は、中々上手くできている部分ではあるだろう。この文章を通して俺が言いたいのは、そういうことだ。


 であるからスタッフも案外この物語を気に入っていたのかもしれない。というのも、まあ具体的なストーリー自体は少々拙いものであるかもしれないが、しかしその物語構造そのものは、やはり評価するに足るものであるかもしれないからだ。

 その喪失。喪われた空白部分にこそ、『あの日見た花』は咲き得るのかもしれない。

『強い人間』とは?

  他人に注意を払う時もあるが、しかしそれは間接的に自分を利する時だけである

  • 心がない

  強い感情というものを持たない。腹が減ったとか、満たされたとか、そういうレベルしか物事を考えることができない。

  他人を強く愛したり、憎んだりすることもない。

  • 人の心を理解することができない

  表層的な部分――喜んでいるとか、怒っているとか――を理解することくらいはできるが、その根本的な原因を推察することができない。

  強い情熱などといった根深い欲求を持たないので、そういった強い心の動きというようなものを他者にもたらすことができない。

  • 何かを信じることができない

  自分自身の心すらも信用しておらず、人間は変化するものだと考えているので、心から誰かを信じたり、何かを根本的な部分から信用することができない。

  • 誰かを傷つけることしかできない
  • そしてそのことを通して自分を傷つけることしかできない

2012-02-10

http://anond.hatelabo.jp/20120209223843

根本では「あの会社は景気良くて社員もいい思いしてるらしい。気に食わん」が原動力だったとしか思えない。

いや、なんというか。それってごくアタリマエのことで。そういう事が起きるから各社広報戦略とかして

たとえば、チャリティーしたり、社会貢献したりして、かわそうとするんだが?

あぁつまり、マスともなるとそういうことも起き得るので、もうそれはそういうものとして対処していくというのが一般的で、だから広報戦略とかがあるわけな。

から、気に食わんが原動力なんてヒドイって言ったって、それは起こるわけで、何の意味もないのよね。

から、そういう会社に行くなら、対処しないと叩かれるということは理解した上で行かないとダメなのよね。

2012-02-09

http://anond.hatelabo.jp/20120209222233

ごく普通の考え方じゃない?世の常だし。

Yahooにしろ楽天にしろ、当初は叩かれまくってたもんな。

ゲーム業界の話ならスクウェアバッシングブームも今考えると同じような構図。

色々理由を捏ね繰り出してたけど、根本では「あの会社は景気良くて社員もいい思いしてるらしい。気に食わん」が原動力だったとしか思えない。

(その捏ね繰り出された理由の方に乗せられてるだけの馬鹿やお子様も勿論居ただろうけど)

2012-02-07

産業構造が昔と大きく違っている中で、「道徳を涵養していけば、道徳に忠実にやってくれる人が多くなる」

と思うのは見当違いです。とくに若者はそんなことは考えていませんから処方箋をいくら出しても、

強制でもする以外、そうはならないでしょう。強制すれば、また違う害が出てくることは明らかですから、強制もできません。



「こういうのがいいんだ」とわかっていても、そうはできないし、そのとおりにはならないのが現在の大きな問題なのです。

やる人がいないし、耳を貸す人もいません。もしいてもそれは少数だけで、根本的な解決にはならないでしょう。



長く人生を生き、戦前・戦中・戦後一定視点人間というものを見ていると、どうも人間というのは、なかなか向上しない、

立派になりにくい宿命を背負った存在ではないかと思うことがあります戦争のような大きな悪の中では、

個人個人は倫理的で善良になり、平和の中では個人個人が凶悪になっていくという矛盾があります



かえって人間としては時代を経るにつれて低下していくような気がしないでもありません。戦争から比べると、

現在はご飯を満足に食べられ、家柄や男女にかかわらず行きたい大学に行け、やりたい仕事に就ける夢のような時代になったはずです。



しかし、欲望がすべて満たされたら満たされたで、人間はまた悩み始めているのかもしれません。



あれほど未来性を持ったマルクスのような人でさえ、人類がこのような時代に直面するとは予期していませんでした。

世界の現状や個々人の考え方や生き方がこうまで問題の多いものになるとは思っていなかったと思います



いまの状態は、社会主義国だと言っている国も、資本主義国だと言っている国も

そう変わりばえのあるようなことをしているわけではありません。ひと昔前に声高に論争しあった思想や政治システムといったものよりも、

人間性や人間本質のようなものが生み出すものや、人間性そのものが問われる時代になっているのではないでしょうか。



そういうことを考えていくと、現代は人類がかつて体験したことのないまったく新しい状態まできているということになります

しかすると、これから先、歴史の繰り返し以上に人類はだめになる危険性もあります



残念ながら誰の考えをたどっていっても、こうまでは考えていなかったろうと思います。これから先のことは、

自分たちで新しく考えていくより仕方ありません。



よさそうでかつ害のなさそうなことをやる、小規模でもやっていくということ以外にこの新しい時代対処する方法はないように思います



これは、科学的に社会のことを考えてきた人も想像していなかったろうと思います。そこが現在の一番の問題かもしれません。



一つはっきり言えるのは、いいことをいいと言ったところで無駄だということです。それは歴史が何回も証明してきました。

いかいかではなく、考え方の筋道を深く追わなければ、問題の本質が見えてきません。考え方の微細な筋道をたどっていかないと、

解決の糸口を見失ってしまうでしょう。



何はともあれ、いまは考えなければならない時代です。考えなければどうしようもないところまで人間がきてしまったということは

確かなのです。人間というのは善も悪もやり尽くさない限り新しい価値観を生むことができないのかもしれません。いま、

行き着くところまできたからこそ、人間とは何かということをもっと根源的に考えてみる必要があるのではないかと思うのです。

吉本隆明「真贋」より

2012-02-04

政治・思想関係の人に、非リアが多い理由

友人に馬鹿な奴がおりまして、「男の非モテネトウヨ予備軍、女の非モテプロ市民予備軍」などと申しておりました。

下らないことを言うんじゃないよ、などと笑ってしまいましたが、はたと気づきました。

思想・政治にのめりこむ若者の格好、服、髪型眼鏡、靴、化粧などを見ますと、確かにリア充らしいものがいない。

はてさて、どうしたものかと、無い頭を絞った考えを、今回発表させてもらいたいと思います


①非リアは、他人との絶対的な接触時間が少ない。

②a:自分価値観が揺らいだり、ひっくり返される機会が少ない

b:世界自分の頭の中で閉じているので、世の中に様々な立場利害関係存在する

 ということを実感する機会が少ない

③「絶対的な正義」なるもの存在すると信じるようになる。

④素晴らしい(と自分で思えた)考え方は、自分以外の全人類にとって素晴らしいという

 確信がある

⑤本格的な「活動」を始める


ずいぶん薄っぺらい議論でございます

根本的な誤解がある」、「既出だ」などの御批判もあるやもしれません。

しかしながら、一抹の真実はあるのではなどと、一人自画自賛する昼下がりでございます

2012-01-27

http://anond.hatelabo.jp/20120127180115

会社なんて利用してナンボでしょ。

リスクに見合ったリターンが得られないのにすぐ起業とか言う奴のがアホだと思う。

まぁ、仕事というものに対する根本的な価値観が異なるんだろうなあ。

http://anond.hatelabo.jp/20120127035431

届くか分からないけれど,ありがとうございました.

夜中に泣きながらはらはら書いた記事でしたが,

コメントをいただき,読んで,少し気持ちがラクになりました.



>「一生懸命やるのはそもそもイヤだから、ダラっと働ける場所を目指す」

というのが,いまの気持ちには近い気がします,

ただ,もしもうまく行くなら,そのうち仕事が楽しく思えてきて,

>「自分の一番とんがった能力」を「自分のやりたいことの上で」

に近づいていけばなぁ,と,なんとなく思います



公務員学校教員になればよかったのかな,という思いもありますが,

「逃げかな?」「いまさら遅い?」と,真剣には踏み出せないでいます



頭では,

「なんとかなる」「失敗する気でやればいい」

「なんとか卒業して,なんとか就職して,だめになって2年でやめたらいいじゃない」

と思うものの,

高いプライド故なのか逃避癖なのか,

就活いやだ,研究いやだ,生きていけない,死にたい」と考えてしまいがちです.



昨日も今日大学をさぼって休んだので,

土日も合わせてちょっと息抜きをして,

週明けからまた進めればと思います

(なんかまぁ,根本的に,考え方に難がある気もしますが...)

はぁ.生きるのつらい.

ユダヤ人のことわざ―ユダヤ3千年の知恵』 A. ランツベルガー

・金のために結婚する者には不良の子が育つ

・不幸を悲しむのは、不幸が起こってからでも遅くはない

・真に貧しい者としてとどまっているのは、知性のない者だけ

・敵には助言を求め、その助言の反対のことを行え

貧乏人と病人忠告はいつも真意がある

無知が支配するところでは、自分に英知があっても何の役にも立たない

金持ちとは、自分の富から収益をあげ、その富を楽しむ者である

・知者が間違うときは、恐ろしいほど根本的に間違う

・すべて金で買うことができるが、知性だけは買うことができない

・善と悪を区別できるだけでは、まだ賢者とは言えない。

 二つの悪の中から小さい方の悪を選ぶことができる者が賢者である

・すべての人に対して一様に親切な者は、たいていはまた、すべての人に対して一様に不親切である

・年をとっての破壊建設であり、若いとき建設破壊である

・一文もとらずに治療する医者は、一文の値打ちもない医者

・人は仕事がないと政治に関わり始める

利害関係ができたときにはじめて、友人かどうかが分かる

医者に尋ねるより病人に尋ねよ

貧乏自尊心は折り合わない

2012-01-23

http://anond.hatelabo.jp/20120122212612

ごめん、悪いけど本気で分からん皮肉のつもりだったの?あれ。

[オレ]労働運動のやり方、少しは考えようやー。真面目にストやってみるとかさー

 ↓

[お前]ストを真面目にやっても会社傾くだけじゃん(皮肉



??



ストやれば会社が損失を受けるのは当たり前だわな。しかし、それでも社会全体の利益を考えたとき労働者再生産とか経済規模の発展とか文化の向上とか)、労働者にストを打つ権利がないと経営の無茶に歯止めが利かないから、わざわざ憲法権利として保護されてるわけじゃん。Ok?

そして、無意味なストは労働者自身も痛い、それも当たり前だよな。給料出んもんな。でも、それ以上に雇用者は痛い。だから労働者からしたら、身を削って交渉力を得てるわけだよな。もっかい言うけど、ストやれば会社傾くのは当たり前じゃん。傾くと困るから話合いになるわけでさ。

もちろん、現行のとおり流動的な雇用市場が成立していない社会において、会社が潰れることは労働者にとって相当痛いということは大前提よ?だから軽々しくスト打つわけにはいかない。けど、だからといってストを打っていけないわけでもないし、ストが交渉戦術として有効でないわけでもない。要は使い方と使い所だろ。武器というのは、得てしてそういうもんだわな。



要は、オレの最初の書き込みは、もはや魅力的でも有効でもない武器デモ)振り回す茶番より、まだ磨けば使い所のある武器(スト)の再生をなんでやらんの? 労働組合の幹部はホント無能、という書き込みなわけ。でもってあんたの書き込み(皮肉?とやら)は「武器使ったら怪我すんじゃん」ということなわけ。それって皮肉? ねえ、それって皮肉? 根本的に話の前提が分かってないだけの、単なる無知だろ。



たとえ懐から出さないとしても、ホントに切れる武器もたにゃ交渉にも何にもならねんだよ。お子様は飴でもしゃぶってろ。




まあ、労組の連中がそこに手を出さないのは、本気で切れる武器を振るうビジョンも度胸もないからだよ。竹光でチャンバラやるような交渉芝居が主たる仕事だ(と思ってる)からそうなんだろ。まあ、そんな話はあんたにしても意味ねーがな。



ところで逆に聞きたいんだが、あんたは一体どういう立場から自分のそのお子様なご意見を述べているのかね? 社畜立場から?それとも糞タレブラック経営者立場から? それとも無職学生? まさか公務員じゃねえだろうな。その辺非常に興味あるな。少しは語ってみせてくれや。あと、「失業倒産を減らす」ビジョンについてもさ。いや、友だちのとある会社の二代目(ぼんぼん)社長が似たようなことボヤいてたから、まさか本人じゃねえだろうな、とw




ちなみにオレは、労組がスト打つ覚悟で全力を挙げて取り組むべき課題は、ワークシェアの推進に尽きると思ってるけどね。正社員給料とか雇用とか、そんなことより、命と家庭と人生を守ることの方が百倍大事からな。給料を敢然と切り下げて労働環境改善するため雇用を拡大せよ、と。何ならリストラにも協力すればいい。同一労働同一賃金の原則を厳格にして、正社員とか派遣の壁を崩してく。そういうビジョンが必要だと思うんだがな。

2012-01-22

http://anond.hatelabo.jp/20120122164816

トラバありがとうございます

私も笑うことはとてもいいことだと思う。時には無理したって笑うことだって必要だと思う。

楽しいから笑うんじゃなくて、笑うから楽しいって言葉もあるしね。

からあなたのように、個人が自分の判断で意図的に笑おうとするのは素晴らしいことだと思う。

ただ、私がキにしてるのはもう少し深刻な人たちです。

こういう意図的な笑いがあまりにも頻繁に必要なのだとしたら、ちょっとそれは自分を見直す必要があるし、

まして笑いたくないところで笑いを強制されるような場があるのではないかと思ってるんですよね。

無理やり笑うって結構しんどいと思うんですよ。しんどいかこそ価値があるんだと思うけれど

あんまり頻繁にやってると、身体の根っこの部分がくたびれるような気がしてます




富樫の話はオチです。

人のことは批判してながら、結局自分もそうやって笑ったりワクワクするきっかけを求めてる。

で、それはそれでいいじゃないか、と思うんですよ。

それが仕事じゃないから、現実じゃないから、小説じゃないから、良い作品じゃないから、ステマから

批判しようと思えばいくらでも出来ますが、本質は全部一緒でしょ?

要するに、みんな何かで感情揺り動かしたい。自分が生きてるって実感を得たいわけじゃない。

そう思うと、何か親しみを感じます。愛しい気分にすらなります

自分は理解出来ないけど、他の人はとにかくわらをもつかむ思いで恋空とかゲーセン女とかもしドラとかをその日の自慰に使うんでしょう。

私は私で違うもの使いますよ、と。

そして、お互い賢者モードになってから話をしましょうよ、と思ったり。



ただ、不安とか神経症に悩まされている人が、

眠れないから安酒を飲んで、くたびれるまではしゃいで、くたくたになって、

それで日中ろくに動けなくて、ますます不安になるとか

何かに追われるように、自分を追い詰めるようにそういうものにしがみつくのはやめたほうがいいと思う。

不安で神経が高ぶって眠れぬ時には、おとなしくクスリを飲んで寝ることです。医者相談すべきです。

根本的に治したいなら、安い話を読むのをすっぱりやめてセルフヘルプの本に真剣に取り組むべきです。


孤独のグルメの例のセリフは、本当に自分にとって真理だと思う。

モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ、独り静かで豊かで・・・

2012-01-21

http://anond.hatelabo.jp/20120121090647

いや、日本は大した事ないよ。

日本は一度も既婚女性専業主婦率が過半数を超えた事は無いが、例えばアメリカは既婚女性の8割が専業主婦だった時代もある。

それくらい差がある。

所詮輸入された文化から根本的には根付かなかったんだろう。

採用戦略

日本経済武器は分厚い中流層だった。

彼らがマスコミ扇動によって共通の消費を行い、そこそこ付加価値の高い商品を大量に購入し、日本企業は潤っていった。

分厚い中流層が崩れ、二極化を始めたら、今まで日本国内需要で潤っていた企業ビジネスモデルの大きな構造転換を強いられるだろう。

そういう社会で売れる商品は2種類だから

下層向けの、低付加価値大量生産・薄利多売の企業と。

上層向けの、高付加価値オーダーメイド・少数販売の企業と。

中流層向けの、そこそこ良い商品を大量に売ることで利益を得ていた企業は、消費者を失い崩壊せざるを得ない。

じゃあ日本の分厚い中流層を支えていた根本はなんだったのか?

それはかなりまずい学生でも意外性に期待する企業採用姿勢だった。

一握りの超優秀な人間が、同じ企業に勤めるだめ人間を養い、企業の中でそれなりに利益を配分し、中流層を作っていたのだ。

そして彼らのマス消費が還流し、二次請け三次請けの中小まで潤していたのだ。

じゃあ、もし、企業が「優秀な学生しか取らねえからおまえらざまぁww」と言ったら?

それは企業単独では最善の戦略かもしれないが、すべての企業がそれをやったら、今の大企業は軒並みアウトだ。

典型的合成の誤謬

だめ学生採用する、その一見愚かな戦略が、企業根本を支えているのだ。

優秀な学生以外はいりませんから、とふんぞり返るバカ人事は、その戦略自分の首を締めていることに気づいていない。

2012-01-19

http://anond.hatelabo.jp/20120119120220

根本的に勘違いしているようだが、子供ってのは=女の付属物じゃない。

例え妻と離婚して子供の親権が妻に渡ろうと、子供は父親にとって「子供」のままだ。一生身内だ。

子供には親の事情は関係ないんだから、親が離婚たからと言って子供生活水準を変えていい理由にはならない。

殆どの一般庶民は離婚の子供の生活水準を保てるだけの養育費なんて出せないから無い袖は振れない理論で出さなくても許されているだけ。

それを出せる財力があるなら出せっつー話だよ。

2012-01-16

途中でボツ。 もうちょっと具体的事例とかわかりやすさとか考慮シないといけない。私自身勉強が足りない。




橋下さんは学者意見を実効性がないとか現場を知らぬ机上論といって批判するが、学者機能できないのはあなたのせいです

森岡孝二が6年前に出版した『働きすぎの時代』にたいして、「働きすぎの要因の考察については「よくわかる」が、働きすぎ防止の指針については「実効性に欠ける」という」批判があったという。本書にたいしても、同じような批判があるかもしれない。しかし、それを大学研究者に言うのは酷である。「実効性に欠ける」のは、そもそも就職協定を守らない、企業コンプライアンス根本が問われるようなことを考慮に入れなければならない現状があるからだ。多少なりとも「守ってくれる」なら、研究者としてももっと違った対応の仕方がある。

学者原理原則を大事にする。積み重ねられた原理原則を元に

このチェックを受けることを拒否し、はなっからルールのことなんて考えずに好き勝手振る舞う政治家学者ができることなどない。

もしそれに置いて役に立つ学者がいるのだとしたら、それは学者という肩書きだけ持ってるが、学者としての仕事をしていない人である

ルールを守らないモヒカンにどもが「ルールの話なんかいいか野球やろうぜ!」と言われたら、審判仕事などできないのだ。

御用学者を好む人間には、まともな学者など何の貢献もできないし、原則としてゃ領分を越えてルール無視に加担すべきではない。外側でみんながルールに気づくのを待つしかない。




そもそも繰り返される現場重視のフレーズが、典型的日本人ビジネスマン勘違いにうまく便乗していていやらしい。

現場力」やら「現場第一主義」という言葉に対する根強い誤解は何とかしなければいけない。

日本の、この手の勉強に熱心でないサラリーマンは、文字ヅラだけ観て、あるいは自分たちに有利だからと積極的に誤読をする。

現場主義って言葉意味を聞いたらどういうふうに解釈するか100人アンケートをとってみたら

トップ現場を知らない。そんな奴のいうことを聞かなくてもいい」「現場意見こそが絶対」「現場を知ってる奴vが偉い」などと都合の良い解釈をするのだろう。

これは非常によろしくないことだと思う。


この手の「現場は偉い」思想の誤解は2点ある。

現場は確かに大事だが、本当に大事なのは、問題と顧客であって、現場で働いている人間ではない。

問題と顧客をうまく取り扱うために、間接的に現場で働く人間大事にされることはあるが、現場人間が大切にされることは目的ではない。

現場人間がこれを勘違いして、自己主観で好き勝手にして、結果として問題と顧客の扱いを誤るなら、その人は現場を知ってる「だけ」であり無能である

あくまで、現場において問題と顧客をよく理解し、彼らのために何ができるかを提示できる人が現場力のある人である

極論すれば、現場に一度も顔を運んだことがなくても、これが出来る人がいるなあ、その人が最も現場を知っている人である


橋下さんの今までの発言を見ていると、全然現場力がある人には見えない。(ただし「それ以上に」大阪教育委員会などは現場力が低いこともあわせて指摘しておく)

目糞が鼻糞を笑っている状態なのに、私は現場を知っていると言われても正直ひくわ。



現場はたしか大事だが、まず組織原理原則や理念が守られることが大事である

というか、議論のレイヤー自体が全く別である

現場顧客・問題)の論理組織って動いてないよね。

トップが考えるべきことと現場人間が考えるべきことは、単にレベルが違うというものではなく、考え方の性質そのものが違う。

現場人間意見だの情報などは、直接の判断材料ではない。

現場がこうだからトップの政策はこうなりました」というものではない。


あなた現場を知らないから頓珍漢な政策批判をする」という主張は論理的に成立しない。





とにかく、現場正義も、絶対的な権利もないのに、あれだけ自信たっぷりに喋ってれば

なぜかマスコミは「こっちが勝ち組だ」と誤解して尻馬に乗り、マスコミ報道は片面的だからすでに勝敗が決したかのように報道されてしまうと。

学者意見について実効性がないと批判するのはある種日本のお家芸であるが、これはアメリカだったらただの無能証明である

民衆に訴えかける段階ならともかく、政策論議段階で学者のチェックを受けない政治家などゴミである

日本ダメ政治慣習を錦の御旗にしてすでに勝ったつもりで官軍振る舞いをしている橋下さんはかなり気持ち悪い。

2012-01-15

増田

思うんですけどね、ぼく、脳にチップを埋め込んで知識を頭に直接ダウンロード的な世界が本気で到達しないかなーと思ってるんですよ。でも一言で知識といっても。全知識のことでは無く、いわゆる理科学系的な知識のこと。

そのような未来感に対して在野の方は「知識を頭に叩き込んでも知識の使い方を覚えられない」という文句がでるんですが、僕はそんなもの詭弁に過ぎないと思うんですよね。

何故ってそもそも人ってあなたみたいな偉そうな人が言うほど馬鹿じゃないよって思うし、論理とやらは数学でも良く出来た人文系の本でも読めば会得できるものだと思うからです。

加えて理系的知識のみ頭に直接叩きこんでも構わないというのは、理系的知識が(複雑系的な言説が代表する最先端の知を除いて)すべてがファクト(らしい)だからです。

例えそれが原理的に「ファクトらしい」ことであるはいえ、少なくとも恣意的では無いんですよね。それでですね、そしてそんなファクトらしいことをファクトとして扱って科学はここまで技術化され人類進歩発展に帰依してきた(ここれ辺が人文知とは異なるところです。人文知はその恣意性が暴力的な力を持っている。そしてその暴力性が人文知の力。すなわち文脈を書きかえること。個人にとって一見関係無かったものを一つの視座を持って関係づけ、切実なものにする。それが人文知の力、だと思ってます。)(一方理化学的な知識にも別種の暴力性が当然あります。そのことに自覚的でない科学者はみんな根本的には自分勝手なクソ野郎なんだと思います。残念ながら。)

うう、かっこの中の話で本筋から遠ざかった…。

ぐだぐだ言ってきましたが、ここまで言ってきたことは一言です。基本的な理系知識というものは大抵が世代を超えて一個の人間がまた改めて一から学ぶほど価値があるわけではないということ。

いわゆる理系学生の中に以下の現実に気づいて憂鬱な気分になっている人は多いと思うんだけれど、若いころの時間を使って結果の分かりきってる学生実験をする価値なんて99%以上無いんですよね。

え、実験道具の使い方?レポートの書き方?全部別プログラムやらせた方がよっぽど効率的です。だってどちらも理系的な知識を使わないじゃないですか。どちらかというと体育と国語ですよ。

そりゃ回数重ねてれば何かの偶然で新しいことが起こるかもしれないけれど、そこに若い学生時間を使うのはいかがなものかと思います。どちらかというならこれから寿命ますます伸びた年配の方がおやりになればよい。しかも年配の方々は数が増えるのは分かりきっていることなのだから。可能性の伸びしろとしてはそちらの方が全然優位なはず。

そしてぼくはそのような年配の方(時間があって、科学とかゆるく好きで、しかも高校の教科書的な所から大学の2~3年程度の知識が頭に一括ダウンロードしてある方)が自由に研究趣味的にできるような場がこれからあると良いなーと思います

知識があったとしても大抵は無駄研究もどきなるとは思いますいが、それでいいんです。無駄文化になります文化物語化されてブランド足り得ます

今までに比べてはるかに安いコストで、気軽に研究できる。しかも初めから自分の興味のある分野を。これってとてもいい社会だと思います。それにそのようなある種のハードルを下げるにはとても良くて、実際的に何がいいのかというと人材流入のハードルが下がれば在野の人の既得権の縛りが解かれる+競争激化+多様性が増しイノベーションが起こりやすくなるんですよね。(その弊害は例えばPixivなんかで散見されますね。すなわち雇用の問題。)

これからデジタル親和性の高い世代が高齢者になったり、ある程度英語等でコミュニケーションで来て人材の移動性が高まる時代に、それを実現できたら、かなりのその地域引いてはその国のブランドになりえるし、いいことだと思うんですよね。

日本というのは自然災害がその立地条件からして根本的に多い国だし、今回の放射能ははそもそも強いと思われていた農作物ブランドの(程度はどうであれ少なくとも方向性として)下落につながった。その後の日本政府の立ち振る舞いも同様に日本全体をパッケージとして観たときブランド価値は下がったと思う。

まり日本というのは根本的に他国に比べブランド価値が強くなければ優秀な人材を引っ張ってこれない国だと思うんですよ。例えばわが身ひとつ立身出世しようと考える優秀な中南米人が「日本は色々災害とか身の危険あるけど○○があるからここで仕事をしよう」と思ってくれないとダメなんですよね。でなければきっとこれから日本という国は戦えなくなる。(経済的に豊かでなくなってくると無駄の確保ができなくなります無駄重要性は上に述べてきたとおり)。


さて、ここまでメリットばかりあげてきましたが批判も数多く考えられます。例えばその筆頭にしてもまっとうなものが「科学の発展が加速したらますます倫理の側が追いつかなくなるじゃないか」というものです。

しかし、僕はこの観点保証できます。なぜなら時間に余裕のできたものは、退屈な事実の再確認や荒唐無稽技術への信仰ばかりするのではなく、確かな今を見据える人文知的ものを学びたくなる欲求が高まるはずで、加えて言えば知識の記憶に費やす時間が短くなれば余暇が創出できるので、そのような歴史思想史哲学史を学べる機会は増えるはずなんですよね。たとえあなた時間があるから大丈夫(=自身の倫理を構築できる)とは限らないなんては思えなくとも、学生実験をやるよりはよっぽど有意義時間が過ごせるとは思いませんか?


そして最後にその実現可能性について思うところを書きます

以上のことがもっとも実現可能性の高い場はラボシェアするという理念の元運営されているいくつかの団体だと思います。なぜなら人材の流動化がこれから激しくなる時代情報系のものを除く理化学研究根本的に抱える問題とは研究ラボというその場でしかできないことで、その土地しかできないならその場にしかいられない。そこをシェアをすることでより開放するサービスが圧倒的に人々に受け入れられるだろうからです。

また実現に向けて初めに脳内に知識ダウンロード、と言いましたが、それより若干コストは高くなるかもしれないけれど海外のよく勉強したにもかかわらず文系就職しそうな元理系学生とか先生に雇って、そのサポート比較リーズナブル提供できれば十分今まで述べてきた未来の足場としては実現可能だとも思います

2012-01-13

http://anond.hatelabo.jp/20120113190732

かもしれない。



しかし、その「立ち回り」が出来ないのは根本的な性格からなのではと考えると

このまま中くらいのところでふわふわやっていたほうがいいのでは・・・とも思う。



ピンチなのと同時に良い機会だというのもわかってる。

http://anond.hatelabo.jp/20120113160307

1月13日未明東京都新宿区路上で、男性路上で倒れたまま死亡しているのが見つかり、警察は、

12日夜からの冷え込みで凍死した可能性もあると見て詳しく調べています

東京都新宿区で、13日午前7時前、無職男性(32)が路上で倒れたまま死亡しているのを、

バスの運転手が見つけ、警察に届け出ました。

男性の手には燃え尽きたマッチ棒が握られており、足元にも同様に根本まで燃え尽きたマッチ棒が散乱していたとの情報があり

警察は、事故・事件両面で捜査を続けております

警察によりますと、男性は、母親と2人暮らしで、12日夕方、母親帰宅したところ家にいなかったため、行方を探していました。

http://anond.hatelabo.jp/20120113073852

或いは自分の持っている知識=全世界常識だと思っている視野が狭いタイプとか。

狭い特定分野の話をTPO考えずに誰相手でもやり、相手がついて来れないと「頭悪いから理解できないんだ」と考える奴。

こういうのは日常会話にオタク用語が入る痛いオタク根本的には同じ。

「それは一般的には常識ではない。それを知っている同類間で話す分にはいいが、それ以外の人の前で出す話題ではない」

「それを知っているかどうかは頭が良いかいかとは別の話である」と言う事を理解していない。

これも地雷



…書いてて思ったけど、元増田と付き合いたいとか書いてる男って

オタク女なら俺のオタク話について来れるからオタク女と付き合いたい」と言ってる男と同じだよなあ。

オタク女側からしたら「オタクしか出来ないような男は、オタ友としては良くても結婚なんてできない」んだけどね。

2012-01-12

もしドラ」の内容をチャートにしてみたら

http://verieoffice.web.fc2.com/MOSHI_DORA_chart.pdf

ドラッカー引用部分だけつなげてみたら意外といい本のように思えてきた。

実際、序盤の意味不明定義と納得できないイノベーションの部分を除いて、150ページあたりまでは面白い本だと思います

後半はもうどうしようもないけど。ドラッカーから引用が急になくなり、作者が自分で文章を書き始めるあたりから

急に宗教みたいな話になってきて、話の展開も色々とおかしくなってきます。そっから先は読む必要なし。

それでも、物語と一緒にドラッカー引用部分に接していく、という部分はかなりいいと思うんだ。

あとは物語に引きずられずに、物語中で接したドラッカー引用部分を復習すると良いかと。

一度言葉に接することができた後は、物語部分はゴミと思っておけば良いです。 使い方さえ間違え無ければいい本です。




あと2点ほど捕捉。

1つめ。ドラッカー自身が野球チームのマネジメントに語ってる本があります。「未来への決断」ね。

そこではもしドラのような小手先の変化をイノベーションと呼ぶみたいなヘボい話ではなく

野球部としての定義を問うた結果、根本的な組織変革を成し遂げ、大きな成果をあげた事例が載ってる。

現実小説よりなんとやらである引用するには長いので自分で読んでください。

でも、もしドラはあくまで一つの物語を通してドラッカー理論を紹介することが目的から

もしドラ野球部物語としてはヘボいといっても、そこは問題ではないと考える。



2つめ。ドラッカーマネジメントにおいて、常にエグゼクティブの話をしてるのであって、マネジャーの話はしてない。

主人公がマネジャーという言葉からマネジメント連想してドラッカーの本にいきあたったというエピソードはおもしろいのだが

それならなおさら、ドラッカーマネジャーについて語ってなどいない、ということを早い段階で強調すべきだったと思う。

言葉について言うならば、私は「マネジャー」という言葉をあまり使いたくない。自ずと「部下」を思い起こさせるからだ。

わたしとしては「エグゼクティブ」という言葉を多く使ってもらいたい。

そのほうが、人間に対する支配ではなく、責任意味しているからだ。

ボス」という言葉は、第二次大戦中に登場したものだが、「良き指導者」という意味で使うのであれば有用だ。

2012-01-11

http://anond.hatelabo.jp/20120109010400

彼氏を信じろ


賢者モードからってだけで根本的に見え方変わらんよ

する前だって最中だってどこか冷静な視点はあるから

それ込みで愛されてると思うよ


もう一度繰り返す、彼氏を信じろ

2012-01-07

http://anond.hatelabo.jp/20120106221300

休んだほうがいいよ。 いやさ私の会社にもほぼ同時期に休職した人がいて

まぁ、別の部署だけど見てて思うのは潰れそうになっちゃう人って基本「やさしい人」なのかな、って思うよ。



やさしくて、他の人の頼みとか、希望とか吸い上げちゃって君の仕事が増えちゃう。

それが悪いとかいう話ではなく、自然とそうなっちゃう。

で、仕事の量が増えて経験も増えるもんだからスキルも身についてしまったりして

頼られたりとか、自分が役になったりするのが嬉しかったりする。



普通はさ、業務内容って決まってて、それぞれの職域ってあるでしょう? でも実際の業務は、その職域はかぶってる事が多い。

そのかぶっている領域を担当しがちな気がするんだよね。そういう人いると効率が上がったりするし。

(本来はマネージメントの問題なんだろうが、そう上手く行ってる職場ばかりでもないでしょ)

しかし続けていたとて自責の毎日だっただろう。しかも終わらない毎日

君が自責するのは別に悪いと思わないし、日常は終わらないけど

逃げた、と自分自分を責める毎日だ。

『逃げた』って訳じゃないだろ。 悪いけど休職して2週間もしたら逃げたなんて誰も思わなくなるよ。

組織って他の人間がするっと職域に入るから。 つか1人逃げて会社潰れるようなら、その会社、先は長くないよ。

そういう思考する人間は嫌いじゃないけど、「逃げた」とか考えるのは無駄だと思うよ。



可能なら散歩するようにして、少し元気になったら運動するようにして

少しでも睡眠時間を長くとるようにしてくださいな。

鬱の根本的な原因って、職場のいろいろもあるだろうけど、シンプル睡眠不足が負のスパイラル引き起こしてる場合もあるからさ。



あとこんな話はむしろ叩かれた方が健全社会だとは思うんだが、

男の場合、1度は仕事で心が折れる体験をしてみた方がいいとも思う。

1度折れた人間は折れにくくなるので。 個人的には、なんらかの絶望を味わった人間の方がわかりやすいというか信用できるように思う。

もちろん、そんな社会ではない方が良いに決まってる。ゆっくり成長できる社会の方が良い。

まぁ、君の経験無駄ではないかもよ、って話で。

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