はてなキーワード: コードレスとは
今期はあんまり見てないので、棚上げにしてた以下のアニメを見てる。
そんな環境の中10年ついてきてくれた掃除機君がゴリュンゴリュンという怪音を立てて死んだ。
正直掃除機に4、5万円も払いたくなく、1万円位で中古の買えればいいやタイプの人種なのだが、先日ふと立ち寄ったヨドバシカメラでコードレス掃除機の軽さと便利さを体験してしまい衝撃を受けた。
これ下さいと店員さんに声をかけようとしたら視界に何か凄いかわいらしい物が視界に飛び込んできた。
掃除機売り場になぜかわいらしい物が?と首をかしげながらフクロウのような眼差しを向けると、そこにはミーレたんと萌え的な要素を与えたくなるようなかわいらしい掃除機がいた。
え?これ掃除機なん?
という言葉が思わず出たかは分からないが、私の戸惑いに気付いた店員さんはあれかわいいですよねと声をかけてくれた。
しかしミーレたん重い。おまえなんでそんな重いの?あとコードレスじゃないんかい!
でもかわいい。
デスクトップはWindows自作PCで最新の高性能CPUとGPU、大容量高速なストレージとワークメモリを搭載。WSLのUbuntuによってPOSIX環境を構築。
デスクトップの周辺機器は英語配列ゲーミング系、もしくは静電容量方式の英語配列キーボード。好みによってはトラックボール、作業用にゲーミング左手キーボード、フットスイッチ。ディスプレイは4Kで複数枚。音声の入出力はオーディオインターフェイス経由。
ラップトップはMac。使用するアプリは可能な限りクロスプラットフォームとして提供されているものを使用。処理性能の低さはeGPUで補完。
テキストエディタはVim、WebブラウザはChrome、オフィススイートはGoogle Documents、チャットはSlackとDiscord。
ルータは高速なゲーミング系、もしくはGoogle Wi-Fiをメッシュ運用、YAMAHAも良いけど手軽さには敵わない。
スマートフォンはiPhone Xを裸運用。動画撮影時にZHIYUNのジンバルを使用。気分で超広角やNDフィルタ系のスマホレンズを使う。
タブレットはiPad Pro、Smart Keyboard装備、手書き系はApple Pencil。
スマートデバイスの周辺機器はAnker。オーディオ関連はAirPodsかBeats。
iTunesはゴミ。そのためAndroidを頻繁に検討してしまう。ただやっぱりAndroidはイヤ。
スマートウォッチは他に選択肢が無くてApple Watch。PebbleがFitbitに買収され絶望している。
電子決済は交通系かApplePay、ApplePayの中身はiD。
電子書籍はAmazon Kindle、音楽はSpotifyとApple Music、動画はYoutubeとNetflix、通販はAmazon、食材はネットスーパー、服はZOZOTOWNおまかせ定期便。
SNSはTwitter、ログイン頻度が非常に落ちてるがFacebook、次の楽園としてMastodonに注目。視覚デザインアイディアのプールとしてPinterestは優秀。
ブログは静的サイトジェネレータを使って構築。プラットフォームはGithub PagesやAWS。WordPressは古い。
VLOGを嗜み、普段使いの動画カメラはiPhone XやGoPro、SONY RX100。本気を出すときデジイチとZHIYUNのジンバルを持ち出す。
空撮ドローンはDJIの中型ドローンかRyzeTech Tello。
スマートスピーカーはGoogle HomeとGoogle Home Mini、HomePodは現状で選択肢に入らずHomePod買うならGoogle HomeMaxを買う。
Amazon Echo派も居る。Amazon Echo Spotを実家に置こうか検討してる。
ホームIoTとして連携しやすいのでテレビはSONYの4Kテレビ、電灯はPhilips Hue、赤外線制御はNature Remo。掃除機はDysonやiRobot Roomba、マキタのコードレスクリーナー。
調理関係は電子調理で電子レンジオーブントースターやホットクック、ヌードルメーカー、Vitamixなどで省力時短調理をする。食器洗いは食洗機。
洗濯は洗濯からの乾燥コースで基本畳まない。シャツのアイロンがけはアイロンいら〜ずとハンドスチーマー。
Raspberry PiでホームIoTサーバを構築し、既製品では提供されていないサービスを自作しIFTTTやSlackとも連携、リモートコントロール。ChatBotもついでにラズパイで。OSはUbuntu Server。
TVでの動画視聴はAppleTVかChromecastやテレビ内蔵AndroidTV。Amazon FireTV派も居る。これまでのメディア資産はDLNA経由で視聴。
ゲームハードはSIE PlayStation4とNintendo Switch。XBox系はWindowsでプレイしたら良いと思ってる。
スタンドアローンVRゴーグルのOculus GOで動画見たりVRChatもする。
棚はディアウォールやラブリコでDIY。一家に一台マキタのバッテリー式インパクトレンチ。
文房具はツバメノートに本革カバーか高橋手帳に本革カバー、ボールペンにJETSTREAM PRIMEかサラサグランド、万年筆はコクーンやバランスやサファリ、ハサミはフィットカットカーブツイッギー。
バッグやバックパックはカメラ向け、ブランドはPeekDesignやSUPER CONSUMER。
軽い運動にはロードバイクを使用し、そんなにガチガチなカスタムはしない。車は所有していないかスポーティなデザインのものかハイブリッド。
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追記(2018/07/04/13:14)
クリエイティブ関係でフォトレタッチは安定のPhotoshopでOSS派の人はGIMP、動画編集はAdobe PremiereでDavinci Resolveが伸びてきている。DTMはGarageBandで、当然DTM趣味の人は本格的なLogicやCubaseを使ってる。
絵描きが周囲に1人しか居ないので聞いてきた。参考にならないかも知れないが「Photoshop、Illustrator、Clip Studio Paintがメイン。最近Paintstorm Studioが面白い」と言ってる。
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ネットの情報と某大手IT企業勤めの俺の周囲の様子から平均としてまとめてみた。
思い出しながら書いたのでアッチコッチにジャンルが飛んで申し訳ない。
15年ぐらい、だましだまし使ってたドライヤーを買い替えたのが1カ月前
おとといは、だましだまし使っていたコードレスのハンドブレンダーが、どうにもパワー不足で物足りなくなったので
割としっかり目のミキサー・ブレンダーを買ったら、スムージーがやばいぐらい美味しくなった。家電、ほんとQOLが一気に上がるな。
あとは、掃除機。
10年程度使っていたのが壊れてから、もう7年経つのだが、ひょっとして化学繊維モップがあればいらないくね?って思ってそのまま買ってないのだが、部屋の隅のほこりを拭くよりは吸い取った方が楽だよなーとか思いつつ、やっぱりあんまり要らないなーとか最近の掃除機は高いなーと思いながら、まだ買っていない。
その前に冷蔵庫買い換えたいから、冷蔵庫が先かな。いやそろそろスマホがやばいからスマホの方が先か。冷蔵庫とスマホが本体価格あんまり変わらないとか、世の中ほんと面白いことになってる。
ヒーヒー言いながら回収してきたんだけど、人類には早すぎやしませんかね……?
器用に使いこなせていない私という人間に非があるのか、それとも構造的欠陥があるのかな。まあ両方だよね。
イヤホンの電源入れて子機を認識してくれるまでの僅かな時間が煩わしいし、コードレスと聴くと形式としては「いいじゃん!!人類の叡智!!コードレス最高!!」ってなるのに、実際に使ってみると存外に幻滅する。
形状にもよると思うけど、片耳ずつ分裂しているタイプのものを使っているので、
耳に合っていないせいもあってか、たまーに走ってる時とか落とした勢いで蹴飛ばして「ンガーッ!!!」ってやり場のない怒りに支配される。
遠隔で監視制御できるなら、そのうちの一部の情報でも見える化するだけでユーザ体感は向上しそうだね。よい案だと思う。というかプライベート用含め無線LAN全般でそれ見える化してほしい!
ただ、キャリアがお金取って提供する通信サービスで「いま機器の調子悪いです」じゃねーよって感じするな。接続数過多で通信速度低下しています、とかなら納得できるね。
あと今さら思い出したけど、飲食店って電子レンジだとかコードレス電話だとかもめっちゃ使うから、その電磁波ががっつり電波干渉になることもあるよ。そういうときはBluetoothも途切れるからわかるよ。これは2.4GHz帯という免許不要の電波帯を使ってるからだよ。無線LANは2.4GHz帯と5GHz帯というのがあって、後者の方が新しい規格で、電子レンジの干渉がないよ。新しいPCは大体前者後者両対応してるけどスペックみた方がいいかも。公衆無線LAN親機側は対応してるかはわからない!5GHz帯は一部チャネルが屋外使用禁止されてるからなんとなく公衆無線LAN向きではない気もする。
せっかくなので、通信メディアの個人史を書いてみたい。自分のブログでやっても良いのだが、わざわざ誘導するのも申し訳ないので増田で書くことにする。あと、前半部分は「通信メディア」の話ではない。
ぼくが初めてパソコンに触れたのは小学校4年生のころだった。当時、既に型落ちだったNECのPC-6001を買ってもらったのだ。当時はまだ「パソコン」か「マイコン」かで名称が統一されていなかった時代でもある。記録媒体はカセットテープ。ゲームをするためにはまず、何十分もかけてロードをしなくてはならない。あとちょっとでロード完了というところでエラーが出たりすると泣きそうになった。
市販のゲームは高価だったので、ぼくは当時の多くのパソコン少年と同じく、雑誌の載っていたプログラムをよく入力していた。姉の使っていた譜面台にパソコン雑誌を乗せ、そこに掲載されたプログラムを延々と入力していく。もちろんミスが多発する。エラーが出ると雑誌とにらめっこをしながら、どこが間違えているのかを必死で探す。デバッグがすべて完了するころにはゲーム自体に飽きているということもよくあった。
当時はまだ、パソコンのメーカーがそれぞれの独自の規格でPCを開発していた時代だった。しかも、同じメーカーのパソコンであっても機種が違えば互換性がないことが多かった。だから、NECのパソコンのソフトがシャープのパソコンで動かないのは言うまでもなく、PC-6001はPC-8001よりも新機種であったにもかかわらず、後者のプログラムは前者では動かない。パソコン雑誌で他の機種用の面白そうなゲームプログラムを見ては悔しい思いをよくしていた。移植をする技術はぼくにはなかった。
その後、中学校に上がると、ぼくのパソコンはPC-8801mkII FRになった。名機と言われたPC-8801mkII SRの後継機だ。記録媒体は5インチのフロッピーディスクになり、一瞬でセーブやロードができるようになった。ただし、中学生にとってフロッピーディスクは高価な代物で、500円で10枚入りという安売りのものを愛用していた。ちなみに、安いディスクだとドライブに入ただけでシャカシャカシャカシャカ…という音がする。仲間のあいだでは「シャカシャカディスク」と呼ばれていた。
せっかくの新マシンではあったが、やはり用途はゲームだった。雑誌に掲載されるプログラムも徐々に高度になり、マシン語を使ったものも多かった。01 C3 AA 90…みたいな文字列を果てしなく入力していく作業はかなりの苦行で、エラーが起きると手に負えなくなることも多く、挫折ばかりしていた。
なお、当時はすでにパソコン通信が始まっており、PC-VANやアスキーネットなどの大手もすでにサービスを開始していた。当初は音響カプラという装置を使っていたのではないかと思うが、詳しくはわからない。ぼくにとってパソコン通信は遠い世界の話で、雑誌でたまに見る程度のものだった。
中学3年生になり、高校受験を控えたぼくは、何を思ったかパソコンで受験勉強をしようと思いついた。受験RPGなるものをN88-BASICで作ろうとしたのだ。街を歩いているとモンスターに遭遇する。そのモンスターが出してくる問題に正解すれば、プレイヤーは経験値を稼げる。最終目標は名門ナダール高校への合格という、ゲームと勉強の両立を目指したものだった。結果はまあ、書く必要もないだろう。世の中にそんな都合のいい話はないのである。
高校に入学すると、ぼくの関心はパソコンから遠ざかっていった。部活が忙しくなったほか、当時のバンドブームにのってギターなどを始めてしまったからだ。無論、このあたりはぼくの黒歴史になっている。
ちなみに、ぼくとほぼ同年代の英国人ライター、スティーブン・プールには『トリガー・ハッピー』(2001年)というテレビゲームの歴史を扱った著作がある。この本を読んでいると、高校時代にゲームから離れてバンドをやるところまでまったく同じだった。ここには国境を越えた何かがもしかするとあったのかもしれない。
しかし、大学受験を前にして、ぼくは再びパソコンに向かい始める。3年前に挫折した一大プロジェクトである受験RPGの製作にふたたび乗り出したのだ。アホだ。予備校の夏期講習を受けながら、頭のなかで構想がどんどん膨らんでいった。
技術は全く進歩していなかったが、根気だけはついていた。ゲームの目標を大学合格に切り替え、パソコンのメモリの少なさに苦労しながら様々なアイテムやイベントまで用意した。しかし、言うまでもなく受験には全く何の役にも立たなかった。大学受験が始まる数日前、ほんの気晴らしのつもりで始めたドラクエ3を受験日程がすべて終了するまでにクリアしてしまったのが悪かったのか、1年目のぼくは受験に失敗し、浪人生活に突入したのである。
1年間の辛い浪人生活を経て、ぼくは東京の私立大学になんとか滑りこむことに成功した。入学式当日、知り合いの誰もいないキャンパスを一人で歩いていると、同じく新入生とおぼしき一団が歩いていた。彼らの一人が「あいつのポケベルの番号、いくつだっけ?」と言うのを耳にしてぼくは衝撃を受ける。東京の学生はポケベルを持っている!ぼくにとってポケベルというのはサラリーマンのためのツールであって、普通の学生が持つようなものではないと思い込んでいたからだ。
入学式の時点でグループができているということは、彼らはおそらく付属校か東京の進学校の出身者のグループだったのではないかと想像する。この時点ですでに情報メディアの利用をめぐってかなりの格差が生まれていたのかもしれない。
いずれにせよ、その後のぼくの生活にやはりポケベルは無縁だった。女子高生のあいだでポケベルが流行っているというのも別世界の話題だった。女子高生の妹がいる友人によると、メッセージが来るとすぐに返信しないと仲間はずれにされかねないということだったので、それはそれで大変そうだと思ったのを記憶している。
その一方で、大学に入学してから、ぼくは固定電話と大変に仲が良くなった。一人暮らしを始めたこともあって、友人とよく長電話をするようになったからだ。コードレスではなかったので、硬い床に寝転がりながら何時間も話をした。「いやー、今日はよく話したよね。ところで、いったい何を話していたんだろうね」などと会話を振り返り始めることで会話がまた長くなるという、まったく生産性のないことをよくしていた。ただ、こうした長電話はぼくに限った話ではなく、わりと一般的に行われていたのではないかと思う。一人暮らしの寂しさを紛らわせるうえで固定電話は重要なツールだったのではなかろうか。
あるとき、風呂にお湯を張っていると、たまたま当時好きだった女の子から電話がかかってきたことがあった。話しているうちに浴槽が一杯になった。コードレスではないので電話をしたままではお湯を止めにいくことができない。だが「お湯を止めてくる」と言えば、電話を切られてしまうかもしれない。そのため、浴槽からお湯が溢れるのをただ眺めながら会話を懸命に続けていたことを思い出す。
ぼくが「インターネット」という言葉を初めて聞いたのは国際政治の授業だった。大学2年生のころだったから1994年のはずだ。日本でもインターネットの商業利用は1992年にすでに始まっていたが、パソコンに関心を失っていたぼくには全く無縁の話だった。大学のパソコン室でタッチタイピングは修得したものの、授業で履修したC言語はあっさり挫折した。数学が果てしなく苦手だったぼくは、理解できない数式をパソコンに解かせるという作業について行けなかったのだ。
大学2年生の終わりごろ、ゼミの選考があった。メディア系のゼミを志望したせいか、志望者には新しいもの好きが多かった。面接の待機場所では多くの志望者が携帯電話を持ち、お互いの番号を交換していた。衝撃的な光景だった。彼らは無意味に相手を電話にかける遊びなどをしていたので、単に見せびらかしたかっただけかもしれない。
しかし、ぼくが携帯電話、というよりPHSを購入したのは大学4年生も終わりに差し掛かったころだった。1996年から1997年にかけて携帯電話・PHSの普及率は25%から46%に跳ねがっているが、こうした指標では若者が先行しがちなことを考えると平均的か、やや遅いぐらいではなかったかと思う。
当時は街のいたるところでPHSの安売りをしていた。今川焼を売っている店でさえ扱っていたぐらいだ。PHSを1年ほど使い、その後はドコモの携帯電話に切り替えた。通話が途切れやすいという難点はあったものの、PHSのほうが音質は良かったのではないかと思う。
他方で、大学3年生になると、ぼくは再びパソコンに関心を持つようになった。1995年、ウィンドウズ95が発売された年である。「インターネット」という言葉が急激に人口に膾炙していった。大学のパソコン室で友人に電子メールを送るようにもなった。当時はメールが来るだけで嬉しかったものだ。ブラウザはまだモザイクを使っていた人が多かったのではないかと思う。しかし、当時のぼくはまだブラウザという概念を理解していなかった。周囲のひとが「モザイク」という言葉を口にするたび、それはエッチな何かなのかとあらぬ妄想に浸っていたのだった。
ともあれ、エプソン製のノートパソコンを購入し、自宅からインターネットに接続するようにもなった。大学の授業でホームページを作ったという友人に刺激を受け、自分でも卒業の直前ぐらいに朝日ネットでホームページを立ち上げた。いまでもそのアドレスにはぼくのホームページが置いてあるので、もうかれこれ20年近くになる。先日、インターネット・アーカイブで自分のページを探してみたところ、16年ぐらい前まで遡ることができた。若気の至りというのは本当に恐ろしいものである。
もっとも、ぼくの目線からすると、当時のインターネットはそれほど面白いものではなかった。今ほどに情報が充実していたわけでもなく、それを探すためのスキルもなかった。ぼくにとってインターネットよりも面白かったのがパソコン通信だった。当時、すでにパソコン通信の時代は終わりつつあったはずだが、それでも見知らぬ人たちとやりとりをするのが面白くて仕方がなかった。もちろん喧嘩も多く、罵り合いをなんとか仲裁したいと思いつつ、結局はうまくいかないということばかりだった。
ぼくが参加していたのは朝日ネットのフォーラムだが、恐ろしいことにいまでもログインすれば当時のログを見ることができる。「ネット上からはとうに消え去ってしまったはずの今なき父親の情報が、パソコン通信のログに残っていることを主人公が発見する」というフィクションを考えていたのだが、興味のあるひとは使ってみてください。
その後、パソコン通信は急速に退潮し、インターネットの時代が本格的にやってきた。ネット上で怪しい情報が飛び交うサイトがあるということを最初に教えてくれたのは知人だった。言うまでもなく「2ちゃんねる」である。それ以前にも「あやしいわーるど」や「あめぞう」といった掲示板はあったはずだが、それらはぼくの全く知らない領域の話だった。
…と、ここまで書いて力尽きた。ここから先は特筆すべきこともあまりないので、唐突ではあるが、このあたりで終わろうと思う。ずいぶんと長くなったが、最後まで読んでくれたひとは果たしているのだろうか…。
ライブやクラブに行くと、いつも不思議に思うことがある。フロアにいるにも関らず棒立ちの客がいることだ。ライブではほとんどいないが、フロア外の階段やラウンジでお喋りに夢中な人、しまいには寝ている人も結構多い。何しに来てるんだろうと思ってはいけない。音楽の聴き方は人それぞれだからだ。踊りたくなる人もいれば、座って聴きたい人もいる。私もどちらかと言えば座って聴きたい派だ。立ちっぱなしの勤務後のライブ見学は年齢的にも辛いのだ。膝などガクガクである。そのため、野外フェスでの寝聴きは至高である。ドラムの音でビクッと起きるのが堪らない。
では、なぜライブやクラブに行くのか?考えられる目的は、アーティストの生演奏やDJの選曲が目的の人がほとんどだろう。あとはナンパ・お酒などのコニュニケーション目的。自称音楽通のステータス(地獄のミサワ的な人)もあるかな。私が思う1番の目的は「普段聴けないような音量で音楽が聴けること」ではないかと考える。お洒落なカフェでのアコースティックライブや、コードレスヘッドフォンを着用するサイレントディスコなどは除外するとする。
しかしながら、現代の都会の住宅環境では「爆音」は手軽に楽しめない。一歩間違えれば、小さな音でも騒音であるからだ。当然ながら、ジャイアンの歌やしずかちゃんのバイオリンも騒音である。そもそも音楽は嗜好品であるから、本人にとって不快な音というものは騒音でしかない。「爆音」どころかイヤホンの音漏れで、電車内にて殺し合いが始まるくらいだ。音楽の力というのは恐ろしいものである。
次に、「爆音」の定義だが、通常の話し声が60dB程度であるのに対して、クラブやディスコは100~110dB程度とのこと。これは、ヘリコプターの近く・自動車のクラクションの直前と同量である。耳鳴りなどの聴覚障害が発生してしまうくらいの音量だ。一般的には60dBで騒音なのだ。「爆音」で音楽を聴くことは自虐的行為である。トラ柄大好きヤンキー風なワゴン車の窓明け爆音も恥ずかしいことこの上ない。よって、音楽好きはM体質が多いと思われる。反論は認めない。
なぜ「爆音」を求めるのか。私はカラオケと一緒で、ストレスの発散のためだと考える。耳鳴りがするくらいの高音と、パンツ(下着ではない)がビリビリ震え内臓にも響いてくる低音。身長より背の高いスピーカーの前は私にとっての定位置であり、理想郷(パラダイス)である。もちろん低音房としてはウーハーも欠かせない。新木場のagehaでは踊り台と間違えて上ってしまう人がいるくらい大きい。私はリアルタイムで経験していないが、有名な「ジュリアナとーきょー」である。そして、すぐに黒人セキュリティーに引き摺り下ろされる。黒人怖い。なんであんなにデカイのかと。
よって、以下の式が成り立つ。『「爆音」が好き=自虐的=内向的=1人が好き』。でも、現状は『クラブ・ライブハウス=オールナイト辛い=人多い不快=不良怖い・ドラック怖い・黒人怖い』である。これは敷居を高くしている理由でもあるだろう。
私にはパーティーはいらない。爆音さえがあればいいのだ。吉祥寺バウスシアターでは爆音映画祭というのも開催されている。既に第5回である。恵比寿リキッドルームでも開催された。近年の音楽フェスの多さとリンクするように、時代は「爆音」を求めているのだ。
書いててアホくさくなったので終了。
言う事を聞きつつ、正論を言ったら干されるのでぐっと堪え、
取引先のタヌキにも頭を下げつつも、さらに新人に陰口をたたかれ、
でも妻に奉仕しなきゃまた喧嘩になったり発言小町に書かれるから
安い発泡酒で我慢して、それで寝る。
起きたらまたギュウギュウの電車に揺られ、
今朝の電車で触れた女子高生の匂いを反芻する。牛のごとく何度も。
そんなこんなで稼いだ金がどこに消えるかと言うと、
ケツにぶちこんでやろうかと思ったりするんだけど、
そんな勇気はもちろんの事、クビになっても転職して成功するスキルなどがないので、
昼休みにモニタの前で、「たまごや」の弁当のおかずのすき焼きを味わい、
わずかな幸せをかみしめる。そんな日々。
「きみは資本主義奴隷だね」と言われたとしても、「はい」としか
答えることが出来ないわけで。
未来人は続けて、
「歴史の教科書で読んだんだけどさ、20世紀後半から21世紀半ばにかけて、
画期的だったんだってね。いや、むしろサラリーマンが勝ち組とか
ギュウギュウの乗り物に押し込められても文句を言わせない
と言ったとしても、私はハイとしか答える事ができないわけであって。
朝の電車で女子高生と合法的に密着できることです!と真面目な顔をして
主張したいんだけど、主張しても捕まりそうなので、言えない。
あとはオフィスグリコで「パキッツ」をゲットしたときだったり、
盗聴・盗撮されやすい・されているケースに共通して見られる状況、盗聴器・盗撮器の主な設置箇所についてまとめました。まずはチェックしてみてください。
まず下記の項目に心当たりが無いか確認
* いたずら電話が多くなっている
* 電話をそんなに使っていないのに話し中が多いといわれる
* ストーカーなどに付きまとわれている
* だれかに尾行されているような気がする
* 部屋をのぞかれているような気がする
* 部屋の近くにスモーク張りの車、ワゴン車、バイク便のバイクなどが長時間駐車している
* 自分の情報(携帯、PHS、ポケベル番号など)が何者かに漏れている
* 泥棒に入られた事がある、もしくはよく入られる
盗聴器の仕掛けられ易い場所の確認
* 机の周り
* タンスの裏、引き出しの中
* 押し入れの上
* 花瓶などの中
* 室内灯の上
* 玄関に付いているポストの中
* ベットの周り
* 置き時計などの裏をみてネジを外した跡がないか(不自然な小さな箱が付いていたらそれが盗聴器の可能性大)
その他の場所、物を確認
その他、電卓・時計・ボールペン・三叉コンセント・掛け時計・三叉モジュラージャック・ラジオ・ベットライト ・ぬいぐるみ・携帯電話充電器・電話機・電話のヒューズなど、全ての電気製品には盗聴器が取り付け可能です。
また、コンセントの内部や電話のモジュラージャックの内部・室内灯・天井裏なども可能性がありますが、感電などの危険を招くことがありますので、ご自身での確認はおやめください。
http://www.web-chosa.com/tocho/about_wiretapping/self_search/investigation_of_situation.html
マキタのコードレス掃除機を買ってから、本当に見違えるようにいつも部屋がきれいに保てるようになった。
で、思ったんだが、
あらゆる問題にはカンどころというものがある。
またはひっくり返る。
今回の部屋の掃除問題に関しては、
<問題>部屋が汚いのが不快
なぜ?→掃除をあまりしていない
なぜ?→めんどくさい
解決法→掃除を始める敷居を下げる
ここまでは今までもずっと思っていたことだ。
問題はその先である。
今まではクソ重いダイソンを使っていた。
このめんどくささが掃除を始めるハードルを上げ、結果的に掃除をあまりしなくなっていたのだ。
つまり、この問題の核は
・掃除機の重さ
・コードを繋ぐ面倒くささ
の2点にあったわけである。
これがわからないうちは、問題の解決が出来なかったわけだ。
あらゆる問題というものは、このように「核」を持っているのではないか。
それを解決すれば問題がバタバタと良い方に転がるような。
ある程度のリソース(お金・手間)を使い、試行錯誤として何度かの失敗をする必要があるとは思うが
そんな風に思った。
ちょっと参考
20年以上アキバを愛好している人間から言わせて貰うと、「悪い」と断言できるものって数年前、中央通りの店舗でも平気でエロゲー系のポスターやPOPが歩道に出てたときくらいじゃないかと思う。
裏に入ればそういうのがあっても仕方ない。だって売れるんだもの。あとその手の人たちは見てて楽しいんだよ。
売れなくなったから仕方ないんじゃない?
だって、売れないものをお店に出してるだけじゃ仕事にならないでしょ。
そういう風景に戻したければ、まずネットでゲームを買うシステムを失くしてDELLやAcerも含めてショップブランドのPCの値段を全て15万円以上にする必要がある。
そこまでやれば、それなりにまた自作というか組み立てPCの時代はくるだろうしネットでゲームが買えなければ少しは客足が増えるかもしれない。
時代は変わる。
個人的に秋葉原は好きだし、今でも無意味に秋葉原に通い続けてるよ。
もちろん言いたいことはわかるし下手なパフォーマーがいるよりは、スケボーやバスケしててその近くでインディーズが歌ってる風景のほうが好きだ。
でも俺が本当に好きだった秋葉原、というのはガンダムWやエヴァンゲリオンが出てきた時代より前。
エヴァンゲリオンの大型ポスターやらPOPやらが歩道に出てきたとき、卒倒ものだったね。
何て恥ずかしくてかっこ悪い街になってしまったんだと思ったよ。エヴァンゲリオンだよ? あんなの中央通りで堂々とたくさん張り出されるなんて秋葉原も狂ったかと思った。
そんなものが出てくる前の秋葉原はさ、書院やコードレス電話のポスターやらがよく目について、ゲーム機やゲームソフトは言うまでもなくバーコードバトラーとかおもちゃ系もよく見かけた。
ああいう街が一番好きだったんだ。
そして今増田が思っているようなことは10年以上前に考えて、これも時代かと悟ったわけだ。
好きなものが変わっていくのは受け入れがたいときもあるけど、ここ15年くらいは特に変化が激しかったわけだし今更そんなこと思っても楽しくないだろうから新しい秋葉原を楽しむように心がけるのが一番だよ。