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はてなキーワード: ツイッター廃人とは

2020-07-19

三浦春馬さんの訃報で起こった心境の変化

私はツイ廃ツイッター廃人だ。

日中、暇があればスマホを握り、ツイッターを眺め、くだらないことを呟き、フォロワーと会話したり互いにいいねを付け合い馴れ合っている。

絵師でもない、

インフルエンサーでもない、

ただのひっそりとした非公開の愚痴垢だ。

そんな私は昨日の三浦春馬さんの訃報Twitterタイムライン上で知った。

別段三浦春馬さんにこれと言った思い入れはない。

演技の上手い美しい人で、

時折バラエティなどに出るとその真面目さや繊細さが目立つ素敵な人だと認識していたくらいで、

彼が出演している作品をチェックしたり映画舞台に足を運んだ事もない。

しかしたら出演していたドラマちゃんと見た事すらないかもしれない。

私にとって彼はそれくらいの人だ。

だが、それくらいの人のはずなのに、私はいま彼の死にものすごくショックを受けている。

今まで自分は軽くサイコパスなのではと思っていた。

三月の暮れ、志村けんさんが亡くなったときも「あぁ残念だな」と思った程度で、

志村けん訃報を聞いて泣いている」

「悲しくて仕事が/家事が手につかない」と言っている一般人の呟きやインスタのポスト理解できなかった。

もともと身内の通夜葬式でもお経の最中うたた寝をしてしまうくらいの人間なので、

私は今後芸能人訃報を聞いても対岸の火事という感じで心が揺さぶられることなどないのだろうと達観していた。

そんな私がなぜか今ものすごいショックを受けて、ツイッターで一切くだらないことが言えなくなっている。

なぜだろう。

昨日の音楽の日城田優さんの歌唱ももらい泣きしてしまった。

もちろん城田優さんのファンでもない。

Twitterを開く気になれずなんとなく5chの芸スポスレを見てみると、

志村けん訃報を聞いたときの私のように

ファンでもないのになんでそんなに悲しんでるの?」という書き込み散見していた。

今もモヤモヤは晴れず、なぜだかずっと落ち込んでいる。

有名人自殺の後には後追い自殺が増えるというけれど、

後追いなんかではなく、

ただ何の思い入れも接点もない私がここまで落ち込み引きずるんだから

これがトリガーになり向こう側へ自分もという気持ちになる人が出てくるのはわかる。

何の責任とか誰のせいとか、原因なんて本人にしかからない。

しかしたら本人もわかっていないかもしれない。

私が今理由がわからないまま落ち込んでいるように、

誰にも本当の事なんてわからない。

綺麗事を並べても、汚い事実を探し出しても、もう真実なんてわからないのだ。

いろいろな意味で、出来るだけ多くの人が早く日常を取り戻せますように。

私はこのままTwitterをやめてしまうかもしれないけど。

2020-03-24

女性と関わる自分恐怖症になって8年

昔はそんなんじゃなかった。

高校の頃なんかは、人より性欲が薄くて、恐怖とか以前にあんまり女に興味が無かった。

周りの友達彼女居たり、彼女居なくても彼女欲しいとか、童貞捨てたいとか、よく言ってたけど

自分は正直彼女がどうとかよりも、当時熱中していたビートマニアスコアを伸ばす方がよっぽど重要問題だった。

AV見てシコっては居たけど、女でシコってるというよりもAVでシコってるという概念?みたいな

同級生でシコったとかそういうのは一度も無かったと思う。

大学に入って、彼女ができて、色々あって別れて、そこから、女が全員「次の彼女候補」としか見る事が出来なくなった。

ゼミサークルで喋るだけでなんとかワンチャン持っていけないかみたいな考えに行ってしまうし

ただその割に度胸も行動力も無かったから何も起きなかったけど、「こいつキモいな」くらいには思われていたと思う。

元々友達だった女子にもあまりにも露骨に話し過ぎたせいで全員と疎遠になった。

当時はツイッター廃人でもあったが、女垢を見かけるだけでワンチャン想像してしまうし、それがものすごく疲れるし、ワンチャン想像どころかその後付き合ってフラれるところまで妄想してしまって、精神的に持たなくなってツイッターの垢を消した。

そして俺はそういう自分自身が心底キモかったし、更に女の子を迂闊に好きになってしまう事が怖くてリアルはおろかネット上ですら女子コミュニケーションを取るのが無理になった。

それで大学二年に上がるタイミングで件の彼女と別れてもうすぐ8年になるけれど、あれから一度も彼女が居た事がない。

から見たら俺は女性恐怖症なのかもしれないが、実質は女性と関わる自分恐怖症みたいな感じだと思う。

俺は趣味とか何もない。はっきり言って人生はクソつまらないし、まあ色々手を出した方だけど、どれも心から面白いとあまり思えなかった。

俺の人生思い返して楽しかったのは彼女は居なかったけど友達に恵まれて楽しかった高校時代と、彼女が居た大学一年の時。特に後者が忘れられない。

から俺の趣味は人と喋るとか遊ぶとか多分そんなんだと思うんだけど、なのに人と喋る自分が怖くて誰とも仲良くなれない。

昨日誕生日だったから、なんか暗い気分になってしまった。

まあ遺書だと思って読んでくれ。

と言ってももうこの行が最後だけどな。ちなみに遺産は無いよ。

2019-06-03

オタク的に『コブクロ』の人生ストライクすぎる話をしたい

皆さんは『コブクロ』というデュオをご存知だろうか?「ゆず」と区別のつかない人、身長差がある方です。

今やその名をインターネット検索すれば焼肉の部位よりも上位にヒットするようになった彼らは、2001年に『YELL〜エール〜』でメジャーデビュー2007年日本レコード大賞を受賞した『蕾(つぼみ)』や、卒業ソングとして知られるようになった『桜』も耳に馴染みがあるのではなかろうか。

知名度が高いゆえ、さまざまな印象を持つ方がいるかと思う。

卒業式で歌った!」という方、羨ましい。

「ゆったりした応援ソングばかりのイメージ」という方、間違ってはいない。ロックな曲も多いがヒットするのはバラードばかりなのが歯痒い。

ゆず区別がつかない」という方、わかる。私も区別がつかない歌手は山ほどいる。

自分は歌が上手いと思っているおっさんが部下を連れたカラオケで得意げに歌う歌手」という方も、まあそういう人が周りにいるのだろうから間違ってはいない。

「正直一時期流行りすぎて聞き飽きた、歌詞がサムくて胸焼けがした」と感じている人もいるかもしれない。コブクロ歌詞綺麗事が多いから、そういうのがアレルギーな人もいるだろう。ただこれに関しては、小渕さん(小さい方。詞曲ギター担当する)が「自分が落ち込んでる時に言われたい言葉を書いている」と言っていたので、そういう側面が大きい。ちなみに私は綺麗事理想論を貫くタイプ創作物が大好きな人間だ。

栄光の架橋?」、それはゆず

ケミストリー?」、顔面偏差値が違う。

スキマスイッチ?」、豆知識だがコブクロスキマスイッチはかなり仲良しだ。

ゆず?」、違う。大先輩。

はてな語で書いているので前置きが長くなったが、本題は「コブクロ人生がほぼ漫画」という話だ。

ことわっておくと私はヤバいレベルアニメオタクだ。ツイッター廃人で、ソシャゲ課金しまくり、dアニで毎日ホビアニを観て泣いている。同人誌も出している。家にはたくさんの漫画小説がある。舞台も観に行く。映画ドラマも好きだ。

つまるところ「人の作った物語」が好きなのだ。人の作った物語には「テーマ」や「意図」があり、それを直接台詞で、あるいは暗喩で伝えてくれる。「これはこういう意味で描かれたんだなぁ……」と思うのが好きだし、作品を観ていて「なるほどこれがこの話のテーマだったのか、これを伝えるためにここまでの本編の全てがあったのか」と分かったときの感動は凄まじい。そういう意味ホビアニテーマが明確なので最高だ。子供でもわかるように作ってある。

と、話がまた脱線したが、『コブクロ』という物語の持つ「テーマ」を私は「パートナーシップ」だと思っている。「パートナーシップ」というもの念頭に2人を見ているとエモくてエモくて仕方がないのだ。

まず、コブクロ誕生までのバックグラウンドを語っておこう。

小渕さん(小さい方)は宮崎県の生まれ現在42歳。18歳の時に亡くなったお母さま(有名な『蕾』の母だ)と、4年前に亡くなったお父さま(この時のことを歌った『星が綺麗な夜でした』という楽曲がある)は民謡を教えており、音楽に触れて育った。BOØWYに憧れるギター少年だった。

黒田さん(大きい方)は大阪府の生まれで同じく42歳。オトンとオカンの話はライブでも頻出するのだが、所謂ベタな"大阪人"家族だ。子供の頃から背が高く、ランドセルを背負っているとおかしいからと小学校は途中からトートバッグで登校させられていたらしい。めっちゃかわいそう。

2人が出会ったのは1998年、小渕さん(小さい方)は音楽で食べていきたいという夢をとうの昔に諦め、故郷を離れ大阪堺市サラリーマン仕事に精を出していた。シロアリ駆除会社営業主任をしていたそうだ。当時21歳で……すごいな……。そして仕事憂さ晴らしに毎週末ストリートライブをしていた。いや元気すぎるだろ。ちなみにこのサラリーマン時代経験から会社はクソ!!!!」みたいな曲も幾つか作っている。強すぎる。

黒田さん(大きい方)はニートの傍ら(?)堺市銀座通り商店街ストリートライブをしていた。「大きい方ってギターとか弾けるの?」と思った方、実はあまり弾けない。ノリで弾いていた。冬は軍手をして弾いていたらしいがそれって音とか出るのだろうか。にわかには信じ難いが歌がうますぎるので許されていたのだろう。

2人は偶然にも同じ時期に同じ商店街ストリートライブをしており、双方声がデカすぎるので徐々に周りから他のストリートミュージシャンがいなくなっていった。そして交流し、互いの歌を認め合い、「オリジナル曲を作ってくれないか」と頼んだのは黒田さん(大きい方)だった。カバーしか歌っていないのは小渕さん(小さい方)も同じだったがせっかくだからと了承し、仕事の合間を縫って少しずつ歌を考えた。そうして手探りで出来た歌が『桜』だ。テーマはうっすらわかるが、歌詞のまとまりがあまりなく、フレーズごとの繋がりがフワフワと宙に浮いているような感じがするのもそういう経緯が理由だ。

黒田さんは曲を貰うと早速ストリートで歌った。小渕さんが気になって聴きに行くと、歌はめちゃくちゃ上手いが相変わらずのめッッッッちゃくちゃなギター珠玉名曲『桜』は歌われていた。見かねた小渕さんが「イヤイヤイヤなんじゃその演奏!!!!!貸せやい〜!!!!」(※イメージです)とギターを奪い取り、ノリでハモって一緒に歌い上げた。すると商店街の道を塞ぐほどの観客が集まり、その後二人はコンビを結成する。『桜』の歌詞カードに「こぶちとくろだだから、『こぶくろ』」と書いて配ったのが、コブクロ誕生の由来だ。

ここから先も時間があればあるだけ語れてしまうような長い道のりがあるのだが、あまり長すぎても読んでもらえないと思うので泣く泣くカットして「パートナーシップ」の話をしよう。

オタク的なデフォルメ説明をするなら、コブクロの二人は「夢を諦めた天才と、夢を直向きに追い続けてきた天才」のユニットだ。

夢を諦めてサラリーマンをしていた作詞曲の天才が、ガツンと頭を打たれたような衝撃と共に歌の天才出会い、「この声世界に届けたい、この声を一番生かせる歌を書けるのは俺しかいない」と創作意欲を刺激されて再びギターを握った(一人でストリートをしていたのでギターはずっと握っていたが、これは比喩です)物語だ。

いやもうキンプリのコウジとヒロじゃん?(オタクすぐそういうこと言う) オタクこういうの好きでしょ?うたプリ1期でもハルちゃんが言ってたじゃん、「皆さんの歌を作れるのは私しかいません!」って。まさにそれ。

1998年の夏、人生を変える出会いをしたんですよ二人は。ジョジョ4部か?

今でも小渕さんは黒田さんの歌が大好きで、ライブ黒田さんの『流星』聴いて泣くんですよ。好きすぎか?普通相方の歌聴いてステージ上で泣くか?

すごいのが、小渕さんわりと「小渕さんから見た黒田さんのことだろうな……」って歌詞を書いて黒田さんに歌わせるんですよ。黒田さんどういう気持ちで歌ってんだろうな、これ……てなる。

「夢を拾った桜の下で君に出会わなければ今ここにいない」(『STAGE』より)

子犬のようにびしょ濡れでうずくまった rainy day 心にさす傘を探し彷徨った lonely days 君の声だけがどんな雨も避けてくれたんだ

(中略)いつでも 僕らここで一つになれる 夢だけ忘れないでいたなら」(『One Song From Two Hearts』より)

「短い針が止まれば長い針も止まる 同じ痛みを分け合えることいつしか喜びに変わるから (中略)出会えてよかった」(『時の足音』より)

イメソンだ〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!!!(ニコイチに弱いオタク叫び)

いや……イメソン天才か?

これらの曲以外にもコブクロはめちゃくちゃ自分たちのことを歌ってくれてるので、私オタクコブクロのことを「二人のパートナーシップを題材にした少年漫画」と勘違いしてしまうんですよね。音楽コンテンツみたいな。

前述したように私はテーマや作り手の伝えたいことが見えるものが好きなので、こうもはっきりそれを伝えられてしまうと大歓喜をしてしまう。先程歌詞を挙げた『時の足音』なんかは特に顕著。

「誰もが一人 一つ 一瞬 一秒 一度きり 巻き戻せない時を躊躇わず生きていける そんな出会いを探してる」

という歌詞、まじで、コブクロのことじゃん……自分がそういう出会いをできたから、こんな歌が書けるんだ……てなって泣くんですよ。

私は常々「誰か一人に向けたたった一つの強い感情が一番多くの人の心に届く」と思っていて、まあこれも実は小渕さんに気付かされたことなんですけど。

小渕さんが以前インタビューで「千人に向けて歌っても誰も振り向いてくれない。だけどたった一人に向けて歌えば、千人が千通りの受け取り方をしてくれる」と仰っていたことがあって。全然違う場所だけど、映画ボヘミアンラプソディ』でもQueenが『Bohemian Rhapsody』をレコード会社に「意味わからん」と言われた時に「意味聴く自身が受け取ってくれる。聴き手はみんな自分のことだと思ってこの歌を聴くんだ」みたいなことを言ってて、マジでそれ〜!!!!と思った。

コブクロNo. 1ヒット曲の『蕾』もそう。ただ一人、世界でたった一人しかいない自分母親に向けて作った曲だからこそたくさんの人の心に届いた。うたプリの初期曲だって春歌のためだけに作ったラブソングがめちゃくちゃ私たちの胸に響くし、伏見弓弦の『ずっとそばで…』とかたった一人の愛しい人に向けてるからこそ強い力を持った曲になってる。大衆向けにぼんやり作られた歌は、やっぱりぼんやりとしたメッセージしか持てない。

そういうわけで、コブクロの曲っていうのはメッセージを伝えたい相手がたった一人であることが多い。小渕さんが自分自身に向けてのメッセージを書いてることも多い。ファンに向けて書いてる曲も。他人の歌じゃなく、自分たちの中にある物語を歌ってる。

から私はコブクロが大好きだし、コブクロの歌を「胡散臭」と思っている人たちにこの『コブクロ』という物語イメージソングとして聴いてみてほしいと思っている。

コブクロファンが 『桜』のことをやたら大切にするのは、この曲がヒロとコウジで例えた時の『pride』だからだ。あんスタで例えた時の『ONLY YOUR STARS』だからだ。うたプリで例えた時のオーディションソングからだ。

二十代の女が40過ぎのおっさん達に2次元アイドルさながらのコンビ萌えをしているのもどうかと思うが、ここで語ったことはコブクロに強く心惹かれる要因うちの一つであって、黒田さんの歌の強さ、声のすごさ、トーク面白さなどなど複合的な理由で私は一生コブクロオタクをやめられないと思うし爆音コブクロを聴いては「歌がうめえ……歌詞エモい……イメソンじゃん……歌うま……ここのしゃくりが最高……」と一生泣いてると思うし、これからライブに行きまくると思うし、とりあえず大阪移住したい。

何言っとんのか分からなくなってきたけど、とりあえず終わり。今年のツアーのオープニング映像を見て生きてる人間同士の映画のような奇跡出会い、共に20年歩んできたパートナーシップへの尊さが爆発して書きなぐったオタクの長話でした。

2019-04-08

ツイ廃Twitterを辞めたわけ

自分は5年ほど前から毎日欠かさずTwitterをチェックして取り留めもない内容のツイートでじゃれ合うことを日課とするツイ廃(ツイッター廃人)だった

そんな中で自分が凄い忙しい時期があって数ヶ月ほどTwitterを見るのを辞めていた

しばらくしてTwitterに戻ってみると自分と相反する思想フォロワー同士の対立等見ていて非常にギスギスしているように感じた

見ていて疲れるというのが正直な所だった

多分ずっと前からその傾向はあって徐々にそうなりつつはあったけどしばらく自分Twitterから離れていたおかげでそれを認識出来たのだろう

昔はTwitterを見ていて楽しかったけど今は全然楽しくなくなってしまった

そんなわけで自分Twitterを辞めた

自分楽しいと感じていたTwitterは幻だったのかな

2018-06-14

フォロワへの変な感情

ひと時だって忘れられない人がいる。

その人とは二回しか会ったことがないし、LINEだってろくにしたことがない。ただ、ツイッターで繋がっているだけの間柄だ。

私はツイッター廃人だから常にツイートしている。どうでもいいことばかりだ「仕事嫌だな」「口内炎が痛いな」「疲れちゃった」

そのどうでもいいツイートほとんどに彼はお気に入りをしてくれる。普通気持ちが悪いのかな?ネトストと言われるのかな?わからないけど、彼のファボが嫌じゃない。

今日は夕暮れの空が真っ赤に染まって綺麗だったから「空がきれいだな。もう夏だね」とつぶやいた。そしたら彼のファボがあって、何だか泣いてしまいそうなくらいに嬉しかった。

別に隣にいるわけでもない、話しているわけでもない、なのに彼が隣にいるような気さえして。

多分、彼もこの真っ赤な空を見ていて「きれい」だと思ったんじゃないか。そっか、私は一人じゃないんだ。空がきれいだと、そんな何気ないくだらない感情を共有できる人間がいつでもそばにいるんだ。

彼にとっては何気ない一つのファボだったのだろうけど。深い意味なんてないのだろうけど。

前に友達がいないと嘆いていた時に「俺は増田ちゃん友達だと思っているよ。いつまで友達でいられるかわからないけど、増田ちゃん友達でいられる努力はするよ」と言ってくれたことを思い出した。

その言葉を噛みしめて、今日もファボをもらえそうなツイートをしよう。

2018-03-24

anond:20180324143458

「TLを眺める」なんて受動的な意識でいるうちは、ツイッター廃人を名乗らないでほしいわ。

ツイ廃にとって、TLを読むことが人生のすべてなんだよ。

[]考えさせられる記事だったので

考えさせられる記事だったので時々読み返したいと思った。
なのでメモ代わりにここに記録して置こうかなと。

私も最近似た様な経験したなあ…。
なので、この増田主の気持ちはよく解る。
そういう時はTwitterから離れてみるのも手かも知れないと思いつつ離れられない自分ツイ廃だなあ…と考えながら。

Re:ツイッター廃人のツイッター離れ

ツイッター廃人ツイッター離れ

※すごく長いただの愚痴

私はツイ廃である

かれこれ8年くらい前からツイッターを利用してきた。

TL警備は当たり前、食事休憩もボーッとTLを眺めて終わることがほとんど。休みの日なんてこれ幸いと一日中ツイッターしながらゲームしたり。

1日に何時間ツイッターをしているのか考えたことはないけれど、暇さえあればツイッターを見ていたように思うし、ツイッターのない人生は考えられなかった。

依存していた、と言われても否定できない。

そんな私が、受験でも就職でも転職でもないのに、ツイッターを離れている。

理由は色々あるが、一番大きいのがこれだ。

匿名暴言疲れた

ツイッターは素性を隠して利用している人が多い(そうでない人もたくさんいるが、今回は匿名性が問題になっているので除外する)。

それゆえなのか、なんとなく、昔から強い言葉を使う風潮があったように思う。

所謂クソリプ』と呼ばれる、的外れだったり非常識だったりするリプライを送る人もいる。

日常的に誰かを攻撃してばかりの過激な人もいる。

声が大きい人に左右されがち、日本人あるあるだ。だからなのか、過激発言をする人ほど信者だとかアンチだとかが集まって、大きなコミュニティ形成したりする。

そういうツイッター特性を、私は知っていた。

から、見ていて辛いものは、ブロックなりミュートなりして、自衛すれば良いと思っていた。

そうやって、何年も何年もツイッターを続けてきた。楽しかった。

あれ?

と思い始めたのは今年の冬。

新規フォロワーも増えて、それなりに仲良くワイワイやっていた頃のことだ。

「×××無理なんだよね」

ふと、仲の良かったフォロワーAが呟いた。

ドキリとした。

私はそれが好きだった。

たぶん、Aは何も知らずに呟いたのだと思う。

けれど、それからずっとその言葉が頭をぐるぐるして、苦しくなってフォローを外した。

仲が良かったから、Aの地雷について呟かない別のアカウントは切らずに残しておいた。

また別の日。

Aと仲の良いBの呟きが目にとまった。

「××ほんと無理。焼きたい」

以降、つらつらとその理由が続く。

私、それ、好きです。

BはAとも、私が仲良くしていた他フォロワーとも仲が良かったので、その日は見なかったフリでスルーした。

後日、Bの更に過激ツイートを見て、怖くなってミュートした。

AやBは元からキツめの発言をしていたが、ツイッターに生息する我々にありがちなキツさだったため、あまり気にしてこなかった。

けれど、それが

自分に向けられた空リプなのではないか

という疑念に繋がると、

何だか一気に怖くなった。

この人たちは、こんな風に、こんな簡単に、誰かの『好き』を貶せるんだ。

世界のあらゆる人が見ている、ツイッターという場所で、鍵もかけずに、誰かを傷つける暴言を平気で垂れ流している。

その事実に寒気がした。

私は自分にその矛先が向いたから、やっと「マズくないか?」と気がついただけで、この世界に長らく浸っていたのだから、私もまた誰かを傷つけていたに違いなかった。

AもBも、所謂『裏垢』を持っている。

ツイッター歴が長いと、無数のアカウントから裏垢を特定できるという、無駄技能が備わってくる。

勿論、私は招待されていない。

共通フォロワーが多いので、空リプなどで度々AやBの名前が上がるたび、チラッとホームに飛んだりしてはダメージを食らった。

AやBが過激発言をするたび、仲の良かった他のフォロワーも便乗するように同意したりして、場はどんどん苛烈になっていった。

あるとき、Bが決定的な発言をした。過激すぎて、気分を害する人が出るといけないので伏せておく。

このあたりで限界がきた。

創作物を軒並み非公開にして、ツイッターを閉じた。

どこで誰に何を言われているかからない。

それが、自分がそれなりに打ち解けていると思っていた人だったから、恐ろしかったのかもしれない。

仲の良かった優しい人が、好きなものを好きと言っていいのだと言ってくれた人が、平気で暴言を吐いている。

無意識言葉ナイフを振り回している。

それが耐えられなかった。

あなたのことじゃない」

私が「私はその条件に該当します」と伝えると、彼らは口を揃えてそう言った。

それを判断するのは私だ。

それが、『ツイートする』ということだ。

あなたのことじゃない」

と言うのは、その発言が人を傷つけるとわかっているからこその弁明ではないのか?

フォロワーは傷つけたらダメで、その他はどうでもいいのか?

それって、なんだかすごく無責任だ。

顔が見えない相手でも、その向こうにいるのは人間だ。

何かを好きで、何かを嫌いな誰かだ。

『主張をする』のと、『誰彼構わず傷つけてよい』のは違う。

最近、これを履き違えている人があまりに多すぎるように思えてならない。

もちろん、私を含めてだ。

ツイッターは便利だと思う。

しかも、すごく楽しい

からこそ、その恐ろしさをいつも忘れたくない。

『見たくないものを見なくてもよい』のは画期的だ。精神衛生上も良い。

けれど、それは、裏を返せば『自分に都合の良いことしか見えなくなる』ということだ。

趣味なのだから、そんな難しく考えるな、と言われるかもしれない。

けれど、趣味で人を傷つけていい道理も、趣味で傷つけられていい道理もないと、私は思う。

心の整理のために書き始めたものの、なんだかよくわからなくなってしまった。語彙力も説明力もない。しかも読んでいてまったく面白くない。ブーメランもいいところだと思う。ここまで読んでくださったあなたには土下座しかできない。申し訳ない。

ツイッターから離れてもうすぐ三日。

きっと今日も、みんなは楽しくワイワイしているのだろう。

そういえば、桜が咲いてきたと聞いたので、明日お花見をしようと家族約束している。

私も久しぶりに、憂鬱ではない休日を過ごすことができそうだ。

【追記】

たくさんの反応ありがとうございます個別に反応できないのがもどかしいです。

ただ、何やら誤解を招いているようなので、そこだけ訂正を。

ツイッターに思ったことを吐き出すことや、自分と異なる意見存在否定するつもりはまったくありません。自分と全く同じ物の考え方をしている人間なんてものは、この世に一人もいないわけですから

からふつうに嫌いだと言われても「へえ、そっか」と思うだけです。そうではないから、私はツイッターから離れました。詳しく書くと特定されてしまうため省きましたが、ありとあらゆるバリエーション知的な皮を被った罵倒想像してください。あとそこに女特有ハブグループとかの陰湿さをガンガンプラスしていってください。たぶん、その十倍くらい酷かったです。そんな感じです。

私が言いたかたことは、マウントを取って勝手優越感に浸ったり、安易に人を傷つけるようなことを言ったり、「わからない」という言い訳だとか、「あいつは悪いやつだから何をしてもいい」とかいものがまかり通ってしまう現状が、好きな人たちがそうなるのを見ているのが、ただひたすら悲しく、疲れたということです。

これはツイッターに限ったことではありません。ただ、リアルで私の顔を見て同じことを言う人は殆どいません。心の中では思っている、もしくはそれこそツイッターで吐き出したり、こういう場所で心無いことを言ったりするのでしょう。

それが、回り回って、私の知らない誰かを傷つけているのだろうな、と私は思っただけです。

そして、そういうコミュニティに居続けた自分も、きっとそうなっている筈なのです。

なんだか、話していたらとてもスッキリしてきました。自分の考えがまとまった感じです。

聞いていただいた皆さん、ありがとうございました。ここを見ることは恐らくもうないと思いますが、皆さんにたくさんの幸せが訪れますように。

それと、明日天気になりますように。

2018-02-07

ツイッター箱庭

特に好きなアカウントリストを作ると、自分が作った箱庭で生活している感じがして楽しい

リストを沢山作って絵を描く人やツイッター有名人とかを分類して整理すると、唯のフォローのみよりツイートの見逃しが少なくて便利。

気分によってみたいタイプ(絵とか)のツイートをすぐみれるのもよい。

リツイート沢山の人はリスト隔離すると暇つぶし必要としてる時だけ見れるから、TLが普段凄い勢いで流されてなくて便利。

ツイートを見るタイプツイッター廃人に優しい仕様

2016-09-11

映画ドラマ公式Twitterアカウントのすゝめ~痛い公式にならないために~

実写の映画ドラマが好きな増田です。

昨今SNSを重視するために公式ツイッター重要視されるようになりました。

公式アカウントNHKくらいしか無かった時代からツイッターをやっていると、結構不思議感覚です。

しかし、逆宣伝となる場合も多々…。

それが自分の好きな映画ドラマアカウントだった場合がっかり感&RTしたくない感はたまらないものがあります

是非とも今後のアカウントつくりに活かしてもらいたい。

そんな気持ちを込めて、この記事を書かせていただきます

この内容があのアカウントとか、このアカウントに伝わりますように。

1.絵文字を使わない

様々な形式SNSが見られていますものよっては化けます

なによりチカチカしてうざいです。

2.謎のキャラ設定をしない

その作品マスコットキャラになりきっての公式アカウントはかなり「痛い」です。脚本家でない限り、あなたのその文章二次創作です。

もし「公式宣伝アカウント」と「公式キャラアカウント」を分けるなら話は別です。面白いと思います

ただし宣伝アカウントで謎のキャラや、謎の語尾、痛い雰囲気を出さないでください。

そのキャラが本編に居る場合でも、見る方は馴染むまで時間がかかります

本当に、うざい。そう感じさせる可能性は95%です。

例外5%はTEDです。ああいキャラだと分かっているから使えたアカウントです。認知度がTEDレベルじゃないならやめたほうがいい。

普通日本語で、宣伝をしてください。

ため口もやめてください。友達じゃ無いんで。

3.タグ感情を乗せない

タグ本来便利なものです。作品タグは使い勝手が良いかと思います

しかし #まじでおもしろい とか  #明日のお楽しみ! とかタグ意味無いです。

意味が無い=謎です。謎の行為をしないでください。インスタではありません。

タイムライン無駄タグリンクを踏んでしまって、普通に邪魔

4.感想RTしない

出演者著名人関係者。ここのRTは許しましょう。するべきでしょう。

しか一般人感想RTする行為は、感想泥棒です。あなたエゴサして見つけてきた感想フォロワー押し付け行為です。

それならば公式中の人感想が聞きたい。

作品感想を知りたければ、自分検索します。みんながつぶやきたいと思うような映画を是非作ってくださいね

5.ネタバレRTしない

いくら著名人でもネタバレRTしないでください。最悪公式レッテルが貼られます

6.メディア露出情報をしっかり宣伝する

公式ツイッターはなんのためにありますか?

情報拡散するためです。

感想RTするためではありません。

そしてフォローしているのはその作品について色々知りたいと思う「ファン」が多いのです。

見てる人も見てない人も、その作品に関連する情報が欲しくてフォローしているのです。

雑誌宣伝テレビ宣伝。この宣伝絶対に怠らないでください。

広報としてしっかり機能していただきたい。


7.できれば適度に画像をください

ください。RT数が増えます

画像編集できるように撮影間中オフショット撮り溜めといて、放送日とか公開日までに公開していくスタンスどうでしょうか?

フォロワーテンションあがりますよ。


8.顔文字を頻繁に使わないでください

センス合わないとうざい。

フォロワー数千人全員とセンスが合うわけがありません。


9.裏話をください

ツイッター醍醐味です。裏アカウントでこっそりキャスト情報を流すクズスタッフだけにはならないでください。

堂々と表で。


10.裏話を流しすぎないでください

塩梅が大切です。

作品の根幹にかかわることとか、イメージを損ないたくない場合は、無理して情報を出さないでください。


11.楽しんでしようと思わないでください

中の人がやっているツイッター、それは仕事なのです。くだけないでください。

常に大勢の人に向かって営業していると思ってください。

やりすぎも、やらなさすぎもダメです。


12.NHKPRのマネをしようと思わないでください

あれはツイッター廃人熟練スタッフの技です。中の人は変わりましたがノウハウがあると思われます

あと自分ツイッター廃人だ!!と調子に乗らないでください。大抵調子に乗った人はつまらないものです。



とにかくまじめに、真面目が大切です。

くだけたアカウントが時折話題になることがありますしかしその砕け方にセンスがある場合です。

今までくだけたアカウントで、話題にならずに、ひっそりと終わって行ったアカウントを知っています。目もあてられません。

自分センスがあると思わないでください。真面目にして真面目にファンサービスをしていたら、好感度はあがりRT数は増えます

欲しいのは純粋作品愛と、売りたいという気持ちです。

あんたの可愛さやあんたの面白さは要らないのです。

あとなんでもペラペラしゃべるプロデューサーアカウントを渡さないでくださいテレビ局

では有意義公式ツイッターをおつくり下さい。応援しています

2016-07-11

http://anond.hatelabo.jp/20160711184103

書き方わるかった

公式クライアントを使ってるツイッターユーザー初心者が多く

ベテランツイッター廃人公式は使わない(公式への不満と不具合過去経験上)

その場合公式で表示される絵がスマホPCで表示されなくなる

というかPCは高確率絵文字が潰れるので、公式アカウント絵文字を使うべきではない

2013-07-04

気持ち悪いと思われそうで人に言えないんだけど、顔も見たことない自分の専攻の大学生(後輩にあたる)のツイートをみるのが面白くてしょうがない。

もちろんフォローはしてない。実際盗み見るなんて趣味悪いし気持ち悪いよなあ。でも楽しい。鍵かけてないし、いいよな?と言い訳しながらみてる。そういうわけだからおかし大学院生にジロジロみられたくない大学生の諸君は鍵をかけることをおすすめする。

ちなみにおいらは博士後期課程でツイッターほとんど使ってない。つまんないこと書いてるのをリアルの知人に知られるのが怖いのである自意識過剰きもっ!

でも研究生活の末に心が汚れて疲れ切った大学院生はやってみるといいよ!楽しいから

みんな夢いっぱいなんだよね。○○先生すごいって連呼してたり、この分野もこの分野も面白いとか、難しすぎて頭爆発する!レポートおわらん!って騒いでたりとか。

教室変更をツイートしたり、授業のレポート形式についてツイートしてたりする人もいて、懐広いなあと思う。(自分はあまり性格が良くなかったので「来ない奴は自業自得でしょ」としか思わなかったw 友達少ないわけだよ…)

他に鉄板ネタなのは専攻ジョーク。文字媒体ならではのネタもあるので新鮮。

あとツイッター廃人みたいな人たちは学年関わりなく会話していてそれも面白い。垣根無いんだなあ。ネットでもリアルでも他の学年と関われなかった自分と比べて、とても楽しそう。

それから専攻名を表に出す学生たちはみんな一生懸命勉強してる。最近学生、というか自分同級生もそうだったけど「別に勉強したくないけど就職のために or なんとなく…」な人が多いのでなんだか安心した。でもまあ、専攻名をだすってことはそれだけその学問に対して情熱があるのだろう。だからあたりまえか。


自分たちの時も一応2chなんかに大学スレはあったけど、さすがに人数が多くはなくて専攻別ともなるといるっぽいけど確認できないみたいなレベルだった。

こういう専攻レベルでのネット上の関わりがごく普通に存在するって、今更だが時代は変わったんだなー。

それにしても俺は本当に気持ち悪いなあ。きらきらした大学生たちとの対比でますます気持ち悪さが増す。あーあ

 
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