はてなキーワード: 銀座通りとは
そんでもって築地まで歩いてみたんだけど、
移転してもう今は何もなくドブネズミみたいに美しくなりたい歌が流れている街でお馴染みの、
市場がなくなったからそこに住んでいたネズミさん達がたくさんいると思ってたんだけど、
そんな気配は一切無かったし、
それでも今でも海鮮の食べられるお店とかあるのね。
私はそういう築地場外市場でのオープンテラスでドヤ顔で振る舞われる焼きガニを突く勇気はなかったんだけど、
だってビールお代わりしたときグラスをサッと片付けてもらいたいじゃない?
この人呑兵衛じゃんって思われるのが恥ずかしいしね。
だからオープンテラスでもサッと空になったビールのグラスを引いて片付けてくれるところは私大丈夫よ!
もはや私が生まれていないぐらいの懐メロの早押しドン!の90年代のイントロには到底勝ち目がないってことなんだけど。
私その歩行者天国知らなくって、
銀座歩行者天国なん?なんそれ!ザジーさんに見慣れてもらう時間よりびっくりだわ!
すぐまた車が通るようになってたけど
なんか開放的で新鮮よね!
私思わず、
こんなに広かったら、
銭っこば貯めて銀座でベコ買うべが、
地下を制覇するものが東京の山手線移動を制覇すると言っても言い過ぎではない過言なんだけど、
案外歩いて行ける所も多くて、
たまにはブラブラ歩いてみるのもいいもんだと、
行ったらいつも思うんだけど、
いつもテレビで見る芸能人とかが東京ローカルの広告の写真でどーんと出てると、
そのなんとも言い表現することのできない、
でさ山手線の日経電子版のクイズで田中瞳ちゃんアナウンサーが出てて、
クイズ出してたんだけど、
あの三択の中の選択肢にはその「ザッピングチャンス」って言うのはなくって、
ああこれも東京なんだなぁーって三択の女王の竹下景子さんも思ってやまないほどあの電車で流れている動画をボーッと眺めていると
東京タワーでも東京スカイツリーでも森ビルの展望台でも何でもいいんだけど、
あーあー果てしない感がどこまでもどこまでも都会で
ニューヨークとか一丁前に言うけど結構東京のそれとは山手線の内側なんだって、
だから首都圏のどこまでも大都会って言うのは本当にすごいなーって思うし、
次どこ行こうかーって言ってる所なんて初々しさを感じて止まなかったぐらいよ。
いつかその子たちが日高屋デビュー出来るといいわねってことを願って私は見送ったわ。
怠慢か遠いなと思って行く前に力尽きてしまった次第よ。
とりあえず私は東京に行ったら楽しみな
よりみちかちゃんを待ち受けにするといいって地方民にありがちなそのあるあるを私も欠かさずやってる次第なのよ。
名前が「よりみちか」ちゃんなのか「駅乃みちか」ちゃんだってことすらもどっちか本当かどうだか分からないぐらいだけど。
私はいつもお世話になってる、
銭湯の番頭さんに東京のお土産をって渡してあげたら喜んでたのが嬉しかったわ、
そんな駄洒落を喰らったところで召し上がれって感じよ。
うふふ。
国産レモンの最盛期なのでレモン搾りたい放題切って冷凍したい放題!
グラスの縁に塩つけてソルティードッグ風にして飲みたいところね。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
皆さんは『コブクロ』というデュオをご存知だろうか?「ゆず」と区別のつかない人、身長差がある方です。
今やその名をインターネットで検索すれば焼肉の部位よりも上位にヒットするようになった彼らは、2001年に『YELL〜エール〜』でメジャーデビュー。2007年に日本レコード大賞を受賞した『蕾(つぼみ)』や、卒業ソングとして知られるようになった『桜』も耳に馴染みがあるのではなかろうか。
「卒業式で歌った!」という方、羨ましい。
「ゆったりした応援ソングばかりのイメージ」という方、間違ってはいない。ロックな曲も多いがヒットするのはバラードばかりなのが歯痒い。
「ゆずと区別がつかない」という方、わかる。私も区別がつかない歌手は山ほどいる。
「自分は歌が上手いと思っているおっさんが部下を連れたカラオケで得意げに歌う歌手」という方も、まあそういう人が周りにいるのだろうから間違ってはいない。
「正直一時期流行りすぎて聞き飽きた、歌詞がサムくて胸焼けがした」と感じている人もいるかもしれない。コブクロの歌詞は綺麗事が多いから、そういうのがアレルギーな人もいるだろう。ただこれに関しては、小渕さん(小さい方。詞曲とギターを担当する)が「自分が落ち込んでる時に言われたい言葉を書いている」と言っていたので、そういう側面が大きい。ちなみに私は綺麗事や理想論を貫くタイプの創作物が大好きな人間だ。
「スキマスイッチ?」、豆知識だがコブクロとスキマスイッチはかなり仲良しだ。
「ゆず?」、違う。大先輩。
はてな語で書いているので前置きが長くなったが、本題は「コブクロの人生がほぼ漫画」という話だ。
ことわっておくと私はヤバいレベルのアニメオタクだ。ツイッター廃人で、ソシャゲに課金しまくり、dアニで毎日ホビアニを観て泣いている。同人誌も出している。家にはたくさんの漫画や小説がある。舞台も観に行く。映画もドラマも好きだ。
つまるところ「人の作った物語」が好きなのだ。人の作った物語には「テーマ」や「意図」があり、それを直接台詞で、あるいは暗喩で伝えてくれる。「これはこういう意味で描かれたんだなぁ……」と思うのが好きだし、作品を観ていて「なるほどこれがこの話のテーマだったのか、これを伝えるためにここまでの本編の全てがあったのか」と分かったときの感動は凄まじい。そういう意味でホビアニはテーマが明確なので最高だ。子供でもわかるように作ってある。
と、話がまた脱線したが、『コブクロ』という物語の持つ「テーマ」を私は「パートナーシップ」だと思っている。「パートナーシップ」というものを念頭に2人を見ているとエモくてエモくて仕方がないのだ。
小渕さん(小さい方)は宮崎県の生まれで現在42歳。18歳の時に亡くなったお母さま(有名な『蕾』の母だ)と、4年前に亡くなったお父さま(この時のことを歌った『星が綺麗な夜でした』という楽曲がある)は民謡を教えており、音楽に触れて育った。BOØWYに憧れるギター少年だった。
黒田さん(大きい方)は大阪府の生まれで同じく42歳。オトンとオカンの話はライブでも頻出するのだが、所謂ベタな"大阪人"家族だ。子供の頃から背が高く、ランドセルを背負っているとおかしいからと小学校は途中からトートバッグで登校させられていたらしい。めっちゃかわいそう。
2人が出会ったのは1998年、小渕さん(小さい方)は音楽で食べていきたいという夢をとうの昔に諦め、故郷を離れ大阪堺市でサラリーマンの仕事に精を出していた。シロアリ駆除会社の営業で主任をしていたそうだ。当時21歳で……すごいな……。そして仕事の憂さ晴らしに毎週末ストリートライブをしていた。いや元気すぎるだろ。ちなみにこのサラリーマン時代の経験から「会社はクソ!!!!」みたいな曲も幾つか作っている。強すぎる。
黒田さん(大きい方)はニートの傍ら(?)堺市の銀座通り商店街でストリートライブをしていた。「大きい方ってギターとか弾けるの?」と思った方、実はあまり弾けない。ノリで弾いていた。冬は軍手をして弾いていたらしいがそれって音とか出るのだろうか。にわかには信じ難いが歌がうますぎるので許されていたのだろう。
2人は偶然にも同じ時期に同じ商店街でストリートライブをしており、双方声がデカすぎるので徐々に周りから他のストリートミュージシャンがいなくなっていった。そして交流し、互いの歌を認め合い、「オリジナル曲を作ってくれないか」と頼んだのは黒田さん(大きい方)だった。カバーしか歌っていないのは小渕さん(小さい方)も同じだったがせっかくだからと了承し、仕事の合間を縫って少しずつ歌を考えた。そうして手探りで出来た歌が『桜』だ。テーマはうっすらわかるが、歌詞のまとまりがあまりなく、フレーズごとの繋がりがフワフワと宙に浮いているような感じがするのもそういう経緯が理由だ。
黒田さんは曲を貰うと早速ストリートで歌った。小渕さんが気になって聴きに行くと、歌はめちゃくちゃ上手いが相変わらずのめッッッッちゃくちゃなギターで珠玉の名曲『桜』は歌われていた。見かねた小渕さんが「イヤイヤイヤなんじゃその演奏は!!!!!貸せやい〜!!!!」(※イメージです)とギターを奪い取り、ノリでハモって一緒に歌い上げた。すると商店街の道を塞ぐほどの観客が集まり、その後二人はコンビを結成する。『桜』の歌詞カードに「こぶちとくろだだから、『こぶくろ』」と書いて配ったのが、コブクロ誕生の由来だ。
ここから先も時間があればあるだけ語れてしまうような長い道のりがあるのだが、あまり長すぎても読んでもらえないと思うので泣く泣くカットして「パートナーシップ」の話をしよう。
オタク的なデフォルメ説明をするなら、コブクロの二人は「夢を諦めた天才と、夢を直向きに追い続けてきた天才」のユニットだ。
夢を諦めてサラリーマンをしていた作詞曲の天才が、ガツンと頭を打たれたような衝撃と共に歌の天才に出会い、「この声を世界に届けたい、この声を一番生かせる歌を書けるのは俺しかいない」と創作意欲を刺激されて再びギターを握った(一人でストリートをしていたのでギターはずっと握っていたが、これは比喩です)物語だ。
いやもうキンプリのコウジとヒロじゃん?(オタクすぐそういうこと言う) オタクこういうの好きでしょ?うたプリ1期でもハルちゃんが言ってたじゃん、「皆さんの歌を作れるのは私しかいません!」って。まさにそれ。
1998年の夏、人生を変える出会いをしたんですよ二人は。ジョジョ4部か?
今でも小渕さんは黒田さんの歌が大好きで、ライブで黒田さんの『流星』聴いて泣くんですよ。好きすぎか?普通相方の歌聴いてステージ上で泣くか?
すごいのが、小渕さんわりと「小渕さんから見た黒田さんのことだろうな……」って歌詞を書いて黒田さんに歌わせるんですよ。黒田さんどういう気持ちで歌ってんだろうな、これ……てなる。
「夢を拾った桜の下で君に出会わなければ今ここにいない」(『STAGE』より)
「子犬のようにびしょ濡れでうずくまった rainy day 心にさす傘を探し彷徨った lonely days 君の声だけがどんな雨も避けてくれたんだ
(中略)いつでも 僕らここで一つになれる 夢だけ忘れないでいたなら」(『One Song From Two Hearts』より)
「短い針が止まれば長い針も止まる 同じ痛みを分け合えることいつしか喜びに変わるから (中略)出会えてよかった」(『時の足音』より)
イメソンだ〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!!!(ニコイチに弱いオタクの叫び)
これらの曲以外にもコブクロはめちゃくちゃ自分たちのことを歌ってくれてるので、私オタクはコブクロのことを「二人のパートナーシップを題材にした少年漫画」と勘違いしてしまうんですよね。音楽系コンテンツみたいな。
前述したように私はテーマや作り手の伝えたいことが見えるものが好きなので、こうもはっきりそれを伝えられてしまうと大歓喜をしてしまう。先程歌詞を挙げた『時の足音』なんかは特に顕著。
「誰もが一人 一つ 一瞬 一秒 一度きり 巻き戻せない時を躊躇わず生きていける そんな出会いを探してる」
という歌詞、まじで、コブクロのことじゃん……自分がそういう出会いをできたから、こんな歌が書けるんだ……てなって泣くんですよ。
私は常々「誰か一人に向けたたった一つの強い感情が一番多くの人の心に届く」と思っていて、まあこれも実は小渕さんに気付かされたことなんですけど。
小渕さんが以前インタビューで「千人に向けて歌っても誰も振り向いてくれない。だけどたった一人に向けて歌えば、千人が千通りの受け取り方をしてくれる」と仰っていたことがあって。全然違う場所だけど、映画『ボヘミアンラプソディ』でもQueenが『Bohemian Rhapsody』をレコード会社に「意味わからん」と言われた時に「意味は聴く人自身が受け取ってくれる。聴き手はみんな自分のことだと思ってこの歌を聴くんだ」みたいなことを言ってて、マジでそれ〜!!!!と思った。
コブクロNo. 1ヒット曲の『蕾』もそう。ただ一人、世界でたった一人しかいない自分の母親に向けて作った曲だからこそたくさんの人の心に届いた。うたプリの初期曲だって春歌のためだけに作ったラブソングがめちゃくちゃ私たちの胸に響くし、伏見弓弦の『ずっとそばで…』とかたった一人の愛しい人に向けてるからこそ強い力を持った曲になってる。大衆向けにぼんやり作られた歌は、やっぱりぼんやりとしたメッセージしか持てない。
そういうわけで、コブクロの曲っていうのはメッセージを伝えたい相手がたった一人であることが多い。小渕さんが自分自身に向けてのメッセージを書いてることも多い。ファンに向けて書いてる曲も。他人の歌じゃなく、自分たちの中にある物語を歌ってる。
だから私はコブクロが大好きだし、コブクロの歌を「胡散臭」と思っている人たちにこの『コブクロ』という物語のイメージソングとして聴いてみてほしいと思っている。
コブクロファンが 『桜』のことをやたら大切にするのは、この曲がヒロとコウジで例えた時の『pride』だからだ。あんスタで例えた時の『ONLY YOUR STARS』だからだ。うたプリで例えた時のオーディションソングだからだ。
二十代の女が40過ぎのおっさん達に2次元アイドルさながらのコンビ萌えをしているのもどうかと思うが、ここで語ったことはコブクロに強く心惹かれる要因うちの一つであって、黒田さんの歌の強さ、声のすごさ、トークの面白さなどなど複合的な理由で私は一生コブクロのオタクをやめられないと思うし爆音でコブクロを聴いては「歌がうめえ……歌詞がエモい……イメソンじゃん……歌うま……ここのしゃくりが最高……」と一生泣いてると思うし、これからもライブに行きまくると思うし、とりあえず大阪に移住したい。
何言っとんのか分からなくなってきたけど、とりあえず終わり。今年のツアーのオープニング映像を見て生きてる人間同士の映画のような奇跡の出会い、共に20年歩んできたパートナーシップへの尊さが爆発して書きなぐったオタクの長話でした。
私には恋人がいる。
「大人になってから恋をはじめるのは難しい」と周りの人は言うけど、そんなことはない。
彼と出会ったのは、去年の冬だった。彼は友人の友人だった。この世で最も邪悪な空間である新宿三丁目の居酒屋のボックス席で、彼と私は邂逅した。はじめまして、お仕事は何されてるんですか、今おいくつですか、どちらにお住まいですか。あたりさわりのない会話は、私たちの距離を縮めない。彼は私よりひと回り年上の会社員で、東横線沿いに暮らしているらしかった。2時間ほど飲んだあと、彼のほうから私に電話番号を聞いてきた。私はここで初めて、はじめから彼のことを好ましく思っていたことに気がついた。
彼とふたりで出かけたのは、出会って1週間目の、土曜の晩だった。彼が選んだ店には一枚板のカウンターがあり、真っ赤な丸椅子には背もたれがなかった。くるくると回転する丸椅子は座りにくかったので、私はしばしば彼の膝に自分の膝をぶつけてしまった。机上に置かれたスプーンはよく磨かれていて、私たちの横顔が曲がったまま映っていた。彼が食べたいと言うので、私たちは牡蠣のアヒージョを頼んだ。私は牡蠣にいちど当たったことがあり、普段自分からすすんで牡蠣を食べることはないが、その日は無理をして牡蠣を食べた。食事を初めてすぐ、私は牡蠣に当たる不安に苛まれ、ソワソワしながら彼が酒を飲む様子を見ていた。よかったらもう一軒行きませんか。食事の最後に彼はささやいたけれど、私は断った。おなかの中に牡蠣がいると思うと、なんだか落ち着かない気分だったからだ。こんなに牡蠣を気味悪く思っているのに、彼の好みに合わせて3つも食べてしまった自分のことが滑稽で、帰りに中央線の車内でこっそりと思い出し笑いをした。この日から1週間たって気が付いたのだが、私はアヒージョに入っていた牡蠣に当たっていないようだった。
2度目のデートは突然だった。仕事が早く終わったんだけど、よかったら飲みに行きませんか。私はふたつ返事でOKし、彼が待つという駅近くの居酒屋に足を運んだ。彼はカウンターで生ビールを飲んで私を待っていた。改めて遠目から見ると、彼は背が高く精悍な顔つきで、グレーのスーツもよく似合っている。私も彼に倣って生ビールを頼み、厚揚げと出し巻き卵も注文した。彼は牡蠣フライを食べたそうにしていたが、私はそれを遮った。
すると、彼はニコニコしながらメンチカツを注文してくれた。カウンターはつるつるとした塗装で細長く、真っ黒の丸椅子には背もたれがなかった。くるくると回転する丸椅子は座りにくかったので、私はしばしば男の膝へ自分の膝をぶつけた。三度目の接触のあと、男の手のひらが私の膝をぎゅっと押さえた。私たちは、居酒屋のカウンターの下で膝を合わせながら、このあとのことを考えた。よかったらもう一軒行きませんか。食事の最後に彼がささやくのを聞いて、私はふたつ返事でOKした。今日はおなかの中に牡蠣がいないからだ。その日はなにも分からなくなるまで酔おう、と思っていたが、お酒に強い私にはそれは叶わないようだった。
彼がふたたびシャツを着ようとしている後ろ姿を見ていると、さっきまで膝を合わせていた居酒屋のことが急に思い出された。
「今、2人のおなかの中にはメンチカツが2つずついるのね」
彼の背中に抱きつきながらそう言うと、彼は笑いながら「厚揚げと出し巻き卵もいるよ」と答えた。私はここで初めて、彼にすっかり恋をしてしまったことに気が付いた。
数日にいちどだったLINEのペースは、いつのまにか毎日になった。彼はきまって、早朝と夜遅くに1度ずつ連絡をくれる。通勤時間と帰宅時間に返信をしているようだった。ときどき、お昼休みや外まわりの合間に返信が来ることもあった。彼の仕事はひどく忙しく、帰宅時間が24時をまわることもたびたびあったが、翌日の早朝には時報のように朝のLINEが来る。私は夕方近くになると心の中で「センター問い合わせ」をするようになった。彼は忙しい仕事の合間を縫って月に2、3度は会ってくれた。仕事終わりに飲みに行くこともあれば、土日に映画に行ってくれることもある。私とのデートのために有休をとってくれたことさえあった。デートの後はだいたいラブホテルにも行ったが、食事をしただけでお互いの家に帰宅することも時々あった。
たった半年の関係だから、私は彼のことをまだあまり知らない。彼の部屋に行ったことはないし、彼の友人に会ったこともない。好きな食べ物や応援している野球チームは知っているけど、彼が牡蠣を好きなことも、ジャイアンツを応援していることも、私とは無関係に思える。私には決まった時間に返信してくれるLINEを、別の相手にはもっと頻繁に送る彼がいるのかもしれない。私以外にも、有休をとって遊びに行く相手がいるのかもしれない。これはあくまで私の直観にすぎないのだが、私と会っていない時間、彼は私の恋人ではないような気がする。彼が他のだれかの恋人なのか、それとも単に私の恋人ではないだけなのか、それは分からない。ただ、どんなに楽しい時間を過ごしていても、どんなに肌が触れあっていても、私はいつも思うのだ。手をつないでパルテノン銀座通りを歩き、発車前のホームで口づけする私たちは、誰がどう見ても恋人に見えるだろう。でも、この人は、私の恋人じゃないかもしれない。私の恋人は、私と会っているときだけ、私の恋人なのだ。
私には恋人がいる。
「大人になってから恋をはじめるのは難しい」と周りの人は言うけど、そんなことはない。こんな恋に夢中になるのが、ちょっと難しいだけ。