「稽古」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 稽古とは

2012-01-24

学者権力者に憎まれるのは、それを学ぶというだけで政治にくちばしを入れることになるからだ。権力者にとって政治自分たちだけの聖域だ。批判する市内に関係なく、政治という独占物に触れてくるものを決して許さない!蛮社の獄は現代も続いているのだよ、勝君・・・


「何時の時代もそうだが為政者悪事を企むとき、それを決して表沙汰にはせず、関係ないものとさも関係があるように結びつける。まさに蛮社の獄がそれだった。庶民のキリシタンに対する畏怖心や、幕府始まって以来の大塩平八郎クーデター事件。世間が騒然となっているさなか、警戒心などを巧みに煽りそれは実行された。科学的な精神の持ち主である学者たちは、国家転覆を企む妖術師の集団であるかのようなイメージ作りが行われたのだ」


「立ち向かう心ある人はいなかったんですか?」


「そうなったら、インテリほど臆病なもんでな、関わり合いになるのを恐れ、ほとんどの学者が口をつぐんだ。本気で戦ったのは松崎慊堂先生位なもんだろう。決定していた渡辺崋山殿の刑がかろうじて軽減されたのも、松崎先生の同等たる正論の結果だ。」



「発言するってなぁ、大事な事ですねぇ・・・勇気もいるけれど」


※思想の自由が全くなかったかのように言われている江戸時代でも、公儀がプライバシーをほじくり出してわざわざ謀反人を創りだすなどという形で罪人を仕立て上げたのは、この蛮社の獄の時を除いて他にはない。(最も過酷思想統制が庶民に向けられたのは、日本太平洋戦争突入していった昭和年代である


「洋学を汚らわしいと申されるが、たとえばどの点が汚れておると?ほう、わからんし分かりたくもないと? 無知を自慢されるとは珍しい。中身も知らず、洋夷に武士道が負けるはずがないとお考えなら、剣術稽古の必要もありますまい。大和魂ここにありと胸を張って西洋の砲弾を受けてご覧なさい。」

「忠義には上中下がございます。主君に背かず言いなりになる。これは下の下なり。主君の望みを叶える、これが中。上は主君を真の名君にする。そのためにはたとえ不忠者と罵られようと命をはって諫言する。主君が諫言を受け入れねば天下万民のため主の非を止め、然る後腹を切って主君に詫びるほかありませぬ。」

2012-01-04

綾瀬はるかの『ICHI』がクソすぎ

ソ映画だとわかってて見たのにそれでも見てられないぐらいの凄さだった。

一応全部見なきゃいけないと思い録画して早送りしながらなんとか最後まで見た。

メモする価値あるぐらいのクソ加減だったので以下備忘。




綾瀬はるかが全く演技をしない

他の映画での綾瀬の演技を見た事がないので断定できないが

おそらくはそもそも度を越えた大根なのだろう。

が、『ICHI』では演技が下手っていうレベルを超えているのでまるで演技する気がないように見える。

一瞬何か意図的な演出なのかと思ってしまうほど演技をしない。




だいたい綾瀬演じる市は

極度に感情も表情も乏しく能動性の無い女、というつまんない人格に設定されていて

ほとんどのシーンでただ周囲の人の話を無表情無反応に聞いてるだけということになる。

こんな役を大根にやらせるので、本当に「ただ立ってるだけ」「座ってるだけ」をしていて、演技する気がさらさら無い。

(このただ座ってるだけの女にオッケーをだす監督も凄い。

 そんなのモブでもあっちゃいけない筈だが綾瀬は主役だ。)




アイドル映画ならもっと必死に頑張るような役をあてるべきで、

そういう役ならちょっと大根でも客もわかってるので楽しめる。

静かな役なんかだけはやらすなと言いたい。




まりの異様さに「こいつなんなの……!?」と違和感を覚えるのも最初だけで、

視聴者はすぐに市がどうでも良くなる。

他の登場人物も全くキャラが立ってないにもかかわらず。

まり映画全体がどうでも良くなってくる。

眠くなるのとも違う新感覚




お話幼児向け以下

悪役は中村獅童演じる「万鬼」という剣客が頭目の不良グループだが、

この万鬼は顔の火傷で仕官出来ないのを悩んでるだけのしょっぱい奴で

万鬼党は狂気破壊衝動で暴れるだけの、バカが好んで描くタイプの悪役。

経済観念すら乏しくわざわざ住み心地悪そうな岩場に男だけで住んでおり

唯一の寄生である宿場無意味殺戮を始めるようなアッパッパーから

話の溜めもクソも何も無い。




悪い親分のところに市が上がりこんで行って

下手に出たりとぼけたり脅したりするような駆け引きも全く無い。

ほとんどショッカーレベルの悪役なので中学生以上だとシラフで見ていられない。

日曜朝の30分戦隊物でも『ICHI』よりはマシな脚本を書いている。マジで




(一方、善良な民衆側の宿場の顔役は復帰直後の窪塚洋介がいつものあの抑揚で演じているが

 全てが意味不明な『ICHIワールドの中では大変好感の持てる常識的なアンちゃんに仕上がっている。

 この映画を見た人間はみんなちょっと窪塚洋介を好きになれる。)




多分時代劇も全く知らない

・八州周りが宿場にやってくると街道民衆が総出で土下座大名か。

・八州様を宿場の顔役達が供応してるところに脈絡も無く万鬼党襲来。

 よりにもよって八州様の目の前で住民の殺戮を始める。

時代劇ではヤクザと結託するワル八州が珍しくないので、

「やや展開が無茶だけど万鬼党に抱きこまれてる八州だったかー」と思って見ていたら

 血刀下げた万鬼党は震える八州の胸倉を掴み「見なかったことにしろよな!」恐喝




無頼の主人公が八州周りを殺しちゃうトンパチ展開も時代劇では稀にあるが、

田舎ヤクザが八州周りを単純に脅しつけて帰す展開は何気に史上初なんじゃないだろうか。

カツアゲ現場を目撃した下級生ぐらいのノリで扱われる八州様。

脚本書いてる奴〇ね。




そもそも市は盲人なのか?

綾瀬演じる市はただ杖持って伏し目がちにしてるだけ。

盲人の剣客、という役作りが物凄く大雑把に、

1「ちゃんと盲人の挙動研究し真似する」

2「その上で自分なりの市の癖を作る」

だとして、

1すらやる気が全く無い。




歩き方も話掛けられたときの反応も何もかもが健常者。

一応目をはっきり相手に向けないことだけはしているが

内向的な市の性格なので多分目が見えても同じような動作になる。

平時でも修羅場でも、耳や全身で周りを窺う演技がまったく無い。

製作陣にも綾瀬にも多分その発想すらない。

市の挙動は常に、ただ物事への反応が鈍い重度の鬱病さんかなんかにしか見えない。




というか、これさあ、製作陣は盲人を描く気なんか無かったんじゃないか

なんか意図があっての事か、単にめんどくさかったのか、なんだかわからないが。

(少なくとも市の盲目設定を取り除いても『ICHI』には全く支障が起きない。

 ただの性格暗いいじめられっこ女剣客、で成立する。)





また、斬り合いだったら斬り合いで、

どんな大根でも大根なりにやるような、

息を詰めたり飲みこんだりするような演技も綾瀬は全くやらない。実力伯仲の命懸けの斬り合いでも。

クールビューティとかそういう問題ではなく、もはや製作陣は脳や神経に障害がある。

こいつらが持ってる感情演出手法は目の端からポロリと流れるふざけた一粒涙だけ。

映画の山場に凄くいい加減なラッシュで明かされる市の過去

 ダイジェストレイプされる市の目の端から同じ涙がポロリと流れるのはもう完全にギャグ




殺陣シーンが無茶苦茶

酷すぎる。

下手とかじゃなくてもはや意味不明

監督剣劇なんてもんに全く興味が無い上に勉強する気すら無いのが雄弁に伝わってくる。

ピンポン』の卓球シーンでもスローモーションの絵さえあれば

動きの流れにケレンミ・リアリティどっちも求めない凄い奴なのはわかっていたが

ICHI』ではそういう酷さが悪化している。




例によって綾瀬はるか大根を越えた大根であるうえに

その綾瀬の棒みたいな動きばっかりクローズアップする撮り方するので

もうどういう攻防なのか誰にもわからない動きをする。

手傷を負うシーンは必ず腕や腿がアップになって服が破れるカットで説明し

どういう流れでそこを斬られたかは多分考えるつもりすらない。




時代劇を見てれば殺陣の下手糞な役者なんかはいくらでも出てくるし

アクション映画見てれば動きの悪い役者もいくらでも目にするが

ICHI』はそういうのとは次元の違うことが起きている。




スローモーションでバチャバチャと血を出すのだけはお気に入りみたいで、

 市も蹴られて盛大に血を吹くがあれはどう見ても内臓破れてるレベルの量。

 何も考えて無いからどうでもいいんだろうが。)




主役は大沢たかお

市が能動性皆無なので

実質的な主人公は大沢たかお演じる浪人

稽古中の事故母親に怪我させてから真剣が抜けなくなった」という

万鬼の顔面コンプレックス匹敵するぐらいしょーもないトラウマでグジグジ悩む男で

万鬼党との戦いに加勢しては刀と鞘を持って「抜けないいいい」とパントマイムをするのが持ち芸。




毎度渾身の力で刀を抜こうとするが

鞘が磁石でくっついているかのように1ミリも抜けない。

いや、真剣が抜けない」ってそういうことじゃないだろ。

この演技指導した奴も素直に従う大沢たかおも、脳腐ってんのか。





一応筋を最後まで書くと

この浪人は市に「心を閉ざすな!」とか説教をして

それを綾瀬はるかはお得意の何も演技をしてない「本当の無表情」で聞き流し、

でもなんか心が動いて戻ってきて

大沢と相討ちになった万鬼にごっつぁんトドメを刺します。

宿場は救われた!終わり。




だんだん浪人に惹かれていった(ような描写は乏しいので鑑賞者が補わないといけないけど)市の脳裏一杯に

フラッシュバック的に大沢たかお笑顔が映し出されるとこが感動シーンの最高潮ですが

盲人の市がどうして浪人の顔を知ってんでしょうね。

そこは聞き覚えた声とかかつて握った手とかで演出しろよと感じます

前述の通り市の盲人性を真面目に扱わない製作陣にはどうでもいいことだった。




やっぱり市の性格おかし

根本的な間違いとして、

盲人という重要感覚器が一個閉じてる主人公に、

更に自閉的な性格をあててしまったらどうにも話が成り立たない。




もともとの勝新太郎座頭市

なんだかんだ言いつつ相当な世話焼きで、

腰は低いけど欲も意地もあるし優しいしよく怒る。

性根の悪いヤクザからかったり脅したりもする。

これぐらい濃い人格が噴出してくるから目の見えない体と釣り合いが取れる。

北野武座頭市だって勝版とは相当に色々違うが、

 主役の人格はやはりアクの濃い悪い奴になっている。)




いっぽう綾瀬はるか座頭市

中学生が初めて書いた小説の主人公みたいにおもしろみのなーい傷心由来の内向的性格

こんなもんを目の見えない体に入れたらそりゃ話が動かずつまらん事になるのは当たり前。

監督脚本は何考えてたんだろう一体。

おわり。

2011-12-03

芝居をやっていますが、下手でもいいか一生懸命!っていうのをよく聞く。

ただ、やっている芝居が下手でも一生懸命かどうか、稽古において判断するのは演出家の訳です

今いる劇団演出家自分の要求に答えてくれる器用な人を好む。つまり基礎がちゃんとある人。

多分、中学・高校と毎日部活で芝居をやっていてある程度どんな役も出来るって人じゃないとキツイ(もしくは役者を目指している人)

から、いやそれって下手じゃないじゃん、って思ってしまうわけです

モチベーションがあっても中々要求に応えられない人に対してはうーんって言う。

それってようはうまい人なんじゃね。みたいなー。

何か、そういうことを聞くたびにモチベーションがどんどん下がります

多分相性が合わないんだろうなと思うわけで。別にプロを目指しているわけでもないので。

2011-07-11

企業の年齢構成的な問題点

http://anond.hatelabo.jp/20110710190800

一行まとめ:「ゆとりが使えぬと嘆く前にゆとりへ知識継承しましょう」

  

人間は段階的にしか発達できない。って断言するほど発達について詳しい訳じゃないが日頃そう感じている。

人間は、いわば空っぽのコップみたいなものだ。

日々経験学習を経てコップの中身である液体を蓄えていく。

ある日そのコップから液体があふれるときがその人にとっての成長の1段階だ。

コップは1サイズ大きなものに取り替えられ再び液体を満たしていく作業に戻る。

  

さてこの液体を満たす作業だが、上記のとおり経験学習が主なのだが、先人たちの知識の口伝を受けるのも良い方法だ。

稽古ごとで言えば良い師匠も必要だが、ここでは兄弟子的な意味だ。

インターネットで答えをググってくるような方法だけだと、課題に対する複数の解決手法間の善し悪しを探る能力が育たない。あるいは複数の解決手法が存在することに気づかない。

兄弟子であれば、同じような問題に突き当たったときどのように考え、どのように悩み、どのように解決したか教えてもらえる。

解法を得るためのプロセスそのもの学習ができる。これは非常に効率的な学習方法だ。

  

ただ私の職場ではこの約20年間で全社員の4分の1にあたる100人が減員となった。「兄弟子」たちが大きく減っている。逆に「弟弟子」がプロセス学習する余裕もなくなっている。

社員の減少には業務の効率化によるものももちろんあるだろうが、効率化により失われたテクノロジーを本当になくしたままでいいのかという思いがある。効率化によって置換された元の知識(あるいは技術・規則・法律の理解等々なんでもいいけどスタートポイントになったもの)を知らずしてこの先の時代にどこに向かって進んでいくのか分からなくなりはしないか?私の勤め先は50年以上続いている企業なので過去の知識の蓄積も馬鹿にできない。あと書類も。

アメリカさんならこんな悩み一切ないんだろうね。

  

これらの「失われた知識」を一番持っているのは団塊の世代から下10年くらいの人たちか。

この人たちからしっかり技術継承していかないと企業によっては突然死する。

技術革新ももちろん重要なのだが、継承することもまた大事継承するのは人間なので人間を育てることもまた大事

30〜40代はあてにならない。上記の段階的発達理論wになぞらえて言えば、ゆとりの方達をもっとしっかり育てて早くコップの大きさを大きくしてもらいましょう。時間は限られている。

ゆとり使えねー」というのは、言ってる側の焦りの表れかもしれない。

2011-02-13

相撲はなぜ叩かれるのか

プロレスだって八百長してるじゃない。なんだって相撲がたたかれるっていうの?


いや、相撲ガチでしょう。


プロレスだって結末以外はガチでやってるじゃん。死人出たりするし。


プロセスガチはなくて、結果のガチが大事でしょう。

勝負ってのは神聖なんですよ。娯楽じゃないわけ。


別にいいじゃん。

格闘技に必勝だったり不敗だったりってそうそうあるわけないでしょう。

いものをつくろうとすれば演出になる。

で、奇蹟は見たいわけじゃないですか。

ガチ楽しいかといえばそうじゃないでしょう。

大体、見てるひとはほんとにガチじゃなきゃおさまらないわけ?


神聖な勝負とは思ってないだろうなー、それは。

神聖だと思ってたら横綱負けたとき座布団投げたり、メシ食いながら見ないよね。



あとは、公益法人補助金もらってるからっていうのはひとつの理由になるかも。


そういえば補助金出ている他のスポーツ不正なんかあったら大変ですものね。

そういう意味では理由になるかもしれない。

けど、怒ってる人は、そういうところまで考えないでしょう。


やっぱ神聖だからじゃない?


勝負が?


いや、力士が。聖なるデブなんですよ。

相撲取りというのは。


え?


勝負のことしか考えてなくて、廃業後はちゃんこ屋やるぐらいしかない、社会に飼われたデブ

からこそ、地方巡業先では文字通り、「拝まれる」ぐらいの扱いをされるわけ。


えっ?


この拝まれるって言うのは大変なことで、俺の知るかぎり、名もなき一般人が拝まれるのは相撲取りになるぐらいしかないよ。


ほかはダメなの?


金さん銀さんとか、天皇とか、首相レベルにならないと無理。

拝まれる、ありがたがられる、しかもいるだけで。

これ、絶対に無理なんですよ。


動く神社仏閣?


まあ参拝客数は不動産には負けるかもわからんけど、真のありがたみ度でいえば、断然相撲取りの方が上だよね。


カリスマというか、ほんものというか。


まっすぐであるわけですよね、勝負に。

からありがたがられる。

天皇とか首相というのも、真正であることの代名詞でしょう。

その道一筋を上り詰めた、みたいな。


つまり、ほんとうらしさ、ってことが拝まれているのかな。


相撲取りの肉体ってのは、ほんとうな気がするでしょう。

プロテイントレーニングからなる精悍な格闘家よりも、

稽古努力ちゃんこからなるすこしだらしのない相撲取りの身体のほうが、

なんぼかほんとうらしいわけ。


文字情報とか映像情報に回収しきれない、ほんものらしさ、みたいなことですかね。


うそう、ショー栄えしない肉体であり、生活であり、勝負なんですよね。


かに映像的にはぱっとしませんよね。


でも、ほんものなんですよ。このほんものというのは、確かにけがえがないよね。

金さん銀さんとか天皇はなかなか替えが効かないでしょう。


しかに。皇太子雅子の組み合わせはあんまりありがたくない。


長寿日本一の男女持ってきてもあんまりありがたくないよね。


つまり、神聖性よりも真正さってことですね。


うそう。

相撲はほんものであるべきで、偽者になったとき、崇拝の対象が崩れるわけだから、そらみんな怒るよ。

俺も書いてて怒ってきたわけだし。


まあ真正さに生きるだけでほかにすることのない生活が、星取りの計算に勤しむ時間をつくりだし、八百長生活へと導いたわけですけどね。


ありあまる時間の有効活用を考えたときに、それはもう八百長と同じ、効率性やらショー栄えやら文字情報やら映像情報と同じ論理に囚われた、偽者になっていたわけですね。だって、そんなのほんものぽくないし


そういった意味では、ありがたみとは、時間の浪費に由来するのかもしれないね

そして誰もその無駄を指摘しないとき、ありがたさが守られる。


八百長は、社会からありがたさをひとつ奪ってしまったわけだね。

貴重な文化を奪ってしまったわけ。

合理的な損得勘定から、そうなったわけだよね。

金銭とトレードできる労働として勝負を見たときに、

もうほんものぽさ、愚かさ、真正さはなくなっていた。


給料の有無に問題を摩り替えようとする馬鹿が多いよね。


うそう。高い低いの話じゃなくて、

金の話を持ち出した時点でもう勝負じゃねーんだよ。

給料したところで問題は解決どころか悪化するだけだよ。

八百長の原資が幕下にも出るわけだろうから


そうだね。相撲協会の合理的運営なんかおらあ見たくないよ。


相撲取りって言うのは、部族の象徴ですからね。


部族理性的社会的基準なんか必要ねぇと思うけど、

みんな怒るだけ怒って、それで理性的に解決しようとして、

ますます相撲ダメにしていくんだろうな。


なあなあが一番だと思うんだけどな。


かなしいね。


うん、かなしい

2010-10-25

とあるtweet

日本では性犯罪をいたづら、暴行いじめ稽古かわいがりとやんわりいって思考を止める習慣がある。

前科やんちゃ、干渉をふれあい、囲い込みを友愛アルハラ飲みニケーション同調圧力協調性デートレイプを積極性、ドレイとしての使い勝手人間力従順さを尊敬力、洗脳研修、まだまだあるけど書いてて悲しくなってきた。

2010-09-20

初音ミクと見せかけの魔法

 海外blog初音ミクについて熱い(長い)文章を書き込んでいるのを見かけたので試しに翻訳してみた。無断翻訳なので匿名で。urlは以下の通り。

http://deliciouscakeproject.wordpress.com/2010/09/20/hatsune-miku-and-the-magic-of-make-believe/

=====以下翻訳=====

 初音ミクと見せかけの魔法

 初音ミク歴史は18世紀のヘタリアイタリアに始まる。

 そこにはバルトロメオクリストフォリって名前のすげえヤツがいた。こいつの得意技は楽器を作ることだった。何でも作ったわけじゃない。当時はひどく弱々しいちっこいもので、しょぼい羽柄が並んだ弦を引っかいて金属的なチャリチャリした音を出すもの、つまり鍵盤楽器を作っていた。いわゆる「バロックミュージック」ってヤツだ。クリストフォリが音楽技師として、また機械技師としてやったのは、弦を異なる強さで叩くハンマーを使った仕組みづくりで、それによって演奏家は小さい音(ピアノ)や大きな音(フォルテ)で演奏できるようになった。だもんで皆それをイタリア語ピアノフォルテと呼んだ。もちろん、今ではお前も俺もそして誰もがクリストフォリの発明品をピアノと呼んでいる。

 イタリアピアノ発明することによって、日本初音ミク発明するための扉を開いた。

  ***

 俺は今、ここサン・フランシスコの150席しかない小さな映画館で、秋のアイドル公演を待っている。チケット完売した「39[ミク][[Sankyu!]] Giving Day」コンサートの上演を見るために、愚かな時間無駄遣いをする連中が集まっている。コンサートじゃ電子的に創造されたポップアイドルつまり緑の髪をした女神が、ゼップ東京コンサート会場で生演奏するバンドにあわせて踊り歌っている様子がスクリーンに映し出されている。それはまるで、一部はライブなんだが、本当はそうではなく、「本物」のボーカロイドコンサートでお目にかかれるのに近いものだった。言ってみればゴリラズを見に行くのとそれほど違いはない。伴奏は本物のミュージシャンが作り出しているが、客が見ているのはいわば巧妙なごまかしの表層であり、音楽に命を持たせるために使われる動くペルソナだ。これがミクの魔法である。それは見せかけの魔法だ。

  ***

 クリストフォリがピアノ発明した頃、J・S・バッハ平均律クラヴィーア曲集を書いた。そこでは要するに鍵盤楽器の各音程間で一通り数学的な調整をすれば、突然どのような調号でも十分演奏できるようになるということが言われている。言い換えれば、何か妙なことをしようとした際にいつも調子はずれの音を出すのではなく、初心者から中級までのピアノの生徒がやらかす糞を抑えるような5フラットとか7シャープとかそういったことが完全にできるようになる。これによって18世紀の鍵盤楽器は初めて、いちいちくそったれな調律をしなおすことなく新しい楽想を試すことができる原始的なワークステーションとなった。

 数十年後、ようやくピアノ価格が下がり十分なほど生産できるようになったことで、それは非常識なほどの大金持ちだけの特別な楽器ではなくなった。代わりにそれは有名な王族たちのような常識的な程度の金持ちが購入できるものとなり、彼らは好んで地元作曲家を雇い自分たち(とその客)を楽しませるために音楽を書かせた。こうした作曲家の一人があのヴォルフガング・A・モーツァルトであり、彼の特別な才能は主に下ネタ女性音楽生徒に対する性欲の面で発揮された。もちろん鍵盤楽器からふざけた音を引き出す才能もあり、その短い人生の間にモーツァルトは最も好きな楽器ピアノに決定した。彼が書いた27のピアノ協奏曲(本当に素晴らしいのは最後の10曲ほど。アニメシリーズのようにモーツァルトレパートリーは後半になるほど良くなった)は、単に協奏曲形態にとって画期的な礎石となっただけでなく、ピアノ音楽の基礎を築いた。モーツァルト協奏曲はこう言っているようなものだ。「これこそピアノにできることだ! ピアノだけでなく、オーケストラと一緒でもいい! まさか今更ハープシコードに戻ろうってんじゃなかろうな?!」

 モーツァルトより後の時代の人間は皆彼に同意した。ひとたび音量の大小を調整できる鍵盤楽器を手に入れてしまえば、弱々しいチャリチャリした機械になぞ戻れっこない。これが230年ほど前の出来事だ。ミクへの道は一日にして成らず。

  ***

 ミクの公演にやって来たファンの男女はいろんな連中の寄せ集めだ。彼らの5分の1ほどは当然ながらボーカロイドコスプレをしている。何人かはケミカルライトまで持ち込んでいる。コンサート全長1080ピクセルの巨大なスクリーンで始まり、全劇場サウンド・システムが炸裂し、観衆は最初はためらいがちに見ていたが、最初のいくつかの歌の後は雰囲気が盛り上がってきた。彼らはスクリーンの中の群衆と一緒にリズムに合わせてケミカルライトを振り、曲が変わると歓声を上げ、各ナンバーが終わると拍手をした。単なる録音と録画じゃねえか、などというたわ言は知ったこっちゃない。理論的にはゼップ東京の群衆だって同じように録画を見ていたんだ。本当に「ライブ」で演奏される音楽など、現代においてはクラシックオーケストラ民族音楽演奏くらいしかないし、それにシンフォニーホールですら今日ではマイクが使われている。誰もが電子的な助けを借りて音楽を聴いている。ひとたび電子機器楽器として受け入れることを覚えてしまえば、ミクを愛するのは簡単だ。彼女モーツァルト魔笛アリアを歌っている動画を聞いてみよう。

http://www.youtube.com/watch?v=gr9fbQzNpqA

  ***

 19世紀欧州で、もしお前がピアノ演奏ができない作曲家だったとしたら、お前は存在していなかっただろう。それはもはや単に大小の音量で演奏できる楽器にとどまらず、巨大な和音構造物であり、多音パッセージワークであり、一人の演奏家の手で「あらゆる音符を見ることができる」ものとなっていた。もしピアノがなければきっと「2人のバイオリニストビオラ及びチェロ奏者各1人をかき集めて旋律が上手く行くかどうか調べにゃならん」てなことが起きていただろう。そしてもちろんチェリストは、ある音符について「どぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅん」と演奏するようお前が何度も何度も何度もお願いするのにうんざりして1時間後にはそこを立ち去ったことだろう。

 少なくともピアノがあれば、お前の小さな指以外に迷惑をかけることなく「どぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅん」とやることができる。

 かくして1800年代においてピアノは中心的な作曲道具となった。そして同時に社会中産階級が暇と屑な時間を持つところまで進化し、そしてもし彼らがスポーツゲーム発明しなければ、彼らは音楽その他を演奏したいと望み、そんでもって家に持ち込むためピアノを注文できるようになった。欧州だけでなく日本でも、少なくともウィリアムペリーが彼らを開国して西洋化が始まった後には、同じことが生じた。基本的にピアノ文明化の証と見なされ、そして有名な山葉寅楠ってヤツがイケてる連中のため日本製ピアノを作り始めた。

 19世紀末20世紀音楽制作にとって黄金時代だった。楽譜を買って他人の歌を演奏する方法で「音楽を作る」こともできたし、あるいは作曲理論について十分に学び自分の曲を創造するというやり方で「音楽を作る」こともできた。そうした取り組みの多くはピアノの周辺で起きた。ピアニストが力を得た。鍵盤があれば、お前はスターになることができた。

 そして、とんでもないことが起きた。

  ***

 ミクだけじゃない。巡音ルカとリンとレンも公演に出てきたぜ! 全ボーカロイドパーティだ。彼らの異なる声質と、ミクと組む様々なやり方は、見事な音の見本集になっている。他のキャラクターが登場するのを見た観客たちは熱狂している。異なるシンセサイザープログラムマスコットに過ぎないにもかかわらず、彼らはまるで我々の友であり家族であるかのようだ。ようつべニコ動を使って彼らを我が家へ招待しよう。彼らの声を我らの生活のサントラにしよう。電子的に作られたアニメキャラが本当のミュージシャンになれるのかって? おk、ならお前に聞いてみよう。魂のない箱がお前の周囲の空気を震わせているけど、それは本当の音楽なのかい?

  ***

 それこそが実際に起きたとんでもないことだ。録音された音楽。録音された音楽こそ、音楽史の中で起きた最悪の出来事だ。

 ひとたび蓄音機を、ラジオを、レコードプレイヤーを、カセットプレイヤーを、CDプレイヤーを持ってしまえば、音楽を楽しむのに「音楽を作る」必要はない。コンサートホールチケットを手に入れる必要もない。単に座って、電気を使った箱にお前を楽しませればいい。ピアノ専門家のための道具に成り下がった。それは淑女が結婚に必要な才能を覚えるためのものに、あるいは子供が(1)それを憎んでいることに気づく(2)両親が子供に才能があることに気づいてプレッシャーを積み上げ始める――まで稽古を受けるものとなった。もし(2)の現象が起きたなら、最後にはピアノを本当の演奏楽器あるいは作曲用の道具として使うようになるだろう。しかしそれはもはや「音楽制作」の中心にはない。

 さらに悪いことにロックギターをポピュラーにしてしまった。ギターが人気になり、ピアノは役立たずとなった。お前が鍵盤楽器を学ぶのは、ビートルズにしてくれるものを持てずバッハベートーベンにしがみつくしかないある種の意気地なしだからだ。誰が決めたルールか知らねえが最低だ。10代のころ、俺はピアノを使ってランキング上位40の曲を弾けたおかげで女の子たちに「いくらか」いい印象を与えられた。けど、結局はクラスの野郎どものうちその曲をギターで弾けるヤツがいつも勝ちやがった。くそったれ。

 だがここで思い出してくれ。俺は、イタリアピアノ発明したことが日本初音ミク発明への扉を開いたと言ってきただろ? ピアノ21世紀に飛び込むときに今一度変革に見舞われたんだ。

http://www.youtube.com/watch?v=-7EAQJStWso

  ***

 もし音楽を生み出す小さな電気の箱が「本物」であるなら、録音済みのコンサートに向かって「アンコール! アンコール! アンコール!」と叫ぶのは極めて正常だ。その音楽はお前を感動させたんじゃないのか? もっと聞きたいと思わないのか? というわけで映画館の観衆はもっともっとと叫び、そして彼らはアンコールを聞けることが分かっていた。なぜならそういう風に録音されていたから。ミクが公演を終わらせるため最後舞台に出てきた時、もう一度鑑賞力のある人々から歓声が上がった。それは人工的なものだが、とことん楽しむため我々はそれを本物だと見なした。まるでドン・コッブが[ネタバレ注意!!]インセプションラストで回転するコマから歩み去るかのように。ミクは夢のような存在だ。サウンド・エンジニアCGアーティスト音楽家が作り上げた美しい夢であり、決して卒業することも年を取ることもスキャンダルを起こすことも業界から追放されることも惑星上から姿を消すこともない完璧アイドルだ。彼女は実際、いくつもの「映像」を持っている。我々は皆、この音楽的見せかけの共犯者だ。過去の聴衆がモーツァルトオペラを、ガーシュウィンミュージカルを、あるいはかのすさまじいレ・ミゼラブルを本物であると信じたように。我々は十分深く信じられるようになるまで偽りの世界を本物だと信じるふりをする。その世界を感じるまで、見せかけの魔法を感じられるようになるまで。

  ***

 ピアノ最後の変革とは、もちろん電子化のことだ。

 真空管からトランジスタを経て迷宮のような電子回路まで。もしピアノの鍵盤が「あらゆる音符を見る」ことのできるインターフェイスだとしたら、それは作曲家に最も未来を感じさせるインターフェイスだ。そして我々にはシンセサイザーキーボードとMIDIコントローラーワークステーション世界が与えられており、そこでは遂にピアノが単なる「楽想を試す場所」から超越した。ちょっとした波形の調整によって、ハンマーと弦の機構に制限されることなくこれらの楽想を正確に響かせることができる。新しい音を作り上げることもできる。楽想の断片を記録し、他の楽想をその上に並べて電子キーボードを個人的な架空オーケストラに仕立てることもできる。ピアノピアノを超えた。それは作曲家の手の延長どころか、作曲家の心の延長となったのだ。

 一つだけ欠けているものがあった。声だ。

 そして、ご存知の通り、日本日本であり、彼らはやってのけた。彼らは人工物を誰よりも巧みに操った。彼らは本物の料理だと見栄えが悪くなるからという理由でプラスチック製の小さな食品サンプルを作った。本物の労働者は間違いを犯しがちだから製造ライン用のロボットを作った。本物の音楽家を家に入れるのは大変だから編曲家のために電子キーボードを作った。そして、人間の声を合成する技術が十分に発達した時、そしてそれが人工音声のためのペルソナ創造するというアイデアと衝突した時、ミクが見せかけの音楽における21世紀スーパースターになるのは当然のことだった。

 中にはボーカロイドというアイデア音楽家の全てを破壊するという人もいるだろう。全ての仕事ソフトウエアがやってくれるのに、誰が人間を必要とするんだ? 俺が思うに、ボーカロイドってのは偉大なる民主化の旗手であり、音楽家のために沢山の扉を開いてくれるカギなんだ。過去において、もしお前が作曲家編曲家あるいはプロデューサーなりたければ、まず自分の曲を書いてそれから演奏家を探し見つけ出すしかなかった。何しろお前の傑作に生命を吹き込みたければ、5人編成のバンド、20人編成のオーケストラ、そして3オクターブ半の音域を持つ歌い手がいないとどうしようもなかったのだから。マジ悲惨。だがミクがいれば誰もが作曲家になれる。誰もが自宅のスタジオで曲を作り、正しい機材があれば、電子機器を使った完全なポピュラーソングを生み出せる。ボーカロイド音楽家仕事を奪うわけじゃない。それまでミュージシャンには決してなれないと思っていた人々の中からミュージシャンを作り出すんだ。動画投稿サイトで毎日そうしたことが起こっているし、こうしたコンサートではそれまで決して聞いたことのないような人々が突然電子王国の宮廷音楽家になれる。非常識なほどの大金持ちだった王家の人々の手にあった手製の楽器から、平民たちの手に握られた緑の髪の女神へ。それがこの大きな3世紀の違いだ。

 何であれ多くの人々が音楽を作ることは、単に大人しく聞いているだけよりもいいことだと俺は信じる。俺は魔法を、ボーカロイドを、ミクを信じている。

=====以上翻訳終了=====

 誤訳は当然あると思う。でも面倒なので修正はしない。

2010-07-17

ジャニーズ初心者アラサー男)が見た「KAT-TUN東京ドーム公演」雑感

機会があって、東京ドームKAT-TUNコンサートを見に行った。一部の人を除いてほとんど見たことがない世界だと思うので、雑感を。

ちなみに自分KAT-TUN田中聖名前と顔がギリギリ一致するくらいしか知らない(鉄道なんとかいうドラマCMを見たことがある)。亀梨ですら名前しか知らないし、赤西が脱退しそうだということもよく知らない。そういう感じ。アイドルコンサートに行くのも初めて。

で、結論から言って、3時間くらいの公演を見て5人の顔と名前がしっかり把握できた。亀梨田口田中上田中丸。これはすごいことだと思う。逆に田中聖自分の知っている坊主頭じゃなかったので、序盤よくわからなかったくらい。

印象的だったのは、想像以上に腐女子向けというか、明確に男色意図した振り付けがとても多いということ。向き合った2人がクネクネと接近しながら、股間近辺をさらっと触ってみたり、吸血鬼衣装で男が男の首筋に噛み付いてみたり。手を握り合ってみたり、MCの途中にも汗まみれの自分タオルでぐしゃぐしゃと他の男の顔を拭いてみたり。メンバー同士がそういうことをやるたびに会場がどっと沸く。6万人がそういう風景に「ぎゃああ!」と嬌声を上げるのだから、それは壮観だった。

それと、歌、ダンスMC、進行、その他もろもろ、中丸リーダーシップがすごい。この5人のなかでは中丸が頭ひとつ抜けた能力を備えたタレントだな、というのがとてもよくわかる。亀梨上田はとても華があって、ソロでも雅やかな見世物を見せてくれるのだけれど、場をつないだり、まとめたり、落としたり、そういう汚れ役を中丸が全部背負っている。顔面的には一番地味というか、男前でも何でもない中丸だけど、やっぱりトップアイドルグループに籍を置くだけの理由はあるんだなぁ、と。

それと、体調が悪かったのか、上田は30分ほどの中MCの間(長い!)、イスを持ち出して座っていた。それでもソロパートではチャキチャキ動くので、このへんもさすがだなぁと思う。

当然ドーム公演だから巨大なモニターが設置されていて生の映像が流れるわけだけど、カット割など普通にライブDVDを見ているよう。すごく稽古と打ち合わせが綿密に行われているのがわかる。まさにモンスター公演なんだよな。前述の男色シーンも「待ってました」とばかりにアップで捕らえている。

歌は、たぶんだけど、口パクが7~8割、実際に歌ってるのが2~3割くらいかな。最後のほうは普通に歌っていたと思うけど、さすがに踊りながら高音を伸ばすところなんかは、無理が出てた。それでもアドリブっぽいアレンジもあったりして、これもたぶんだけど、コンサート用に録音している音源があるんだろう。歌いながらメンバー同士がからんで、ちょっと吹き出してしまったりというハプニング演出も実に綿密。この完成度というのは、ちょっとすさまじいものがある。

お客さんは、まあ想定の範囲内だけど、やっぱり熱狂的。自分の後ろに、バックダンサーを務めていたキスマイフット(すごい名前だと思ったら、これもメンバーの頭文字を取っているみたい)のソバージュ男の子のファンがいて、その子がモニターに写るたびに「カッコイイ!カッコイイ!カッコイイ!カッコイイ!カッコイイ!カッコイイ!」と連呼。でも、メンバーが「座ってー」と声をかけると、一斉におとなしく座ったりする。6万人が。

それと、これがもっとも印象的だったのだけれど、それだけ熱狂しているのに、エンディング拍手がほとんどない。メンバーが去っていって、「Thank you」なんてメッセージが流れて、自分もいちおうパチパチと拍手をしたのだけれど、それでも浮いてしまうくらいにみんな拍手をしない。その後のアンコールが規定路線だとしても、もう少し拍手をするものじゃないだろうか。満足してないわけじゃないのだろうけど……と、そこで感じたのが、これは見世物というよりは、やっぱりサービス的なものなのかな、という。日常に澱を抱えた人が集まって、ひとときそれを発散する場。芸能は芸術であるべきなんてぜんぜん思わないけど、5人の若者が6万人の大人の女性を前に「サービスに徹する」という、そういう職業なんだな、アイドルって。6万人が集まった公演に、終了と同時に拍手が起こらないという異様な情景を見るにつけ、これはなんというか、確かに風俗女の子プレイ後に拍手を送る客はいないぞと、でも、「本当に気持ちよかったよ、ありがとう、また来るね」と言う客はいるだろうなと、そんなことを考えながら帰路についた。

あと、満員の客席にサイン色紙ブーメランみたいに投げ込んでいて危ないなあと思ったら、あれ角を折ってあるんだってね。そういう伝統だそうで。

それと、アンコールで5人が馬に乗って出てきたのは、あれはギャグなんだろうか。馬が5頭ともマスクをしていたのは、耳にサイレンサーのようなものを仕込んでいるのだろう。爆音の中、とてもおとなしかった。

2010-06-29

http://anond.hatelabo.jp/20100629085654

それはなんだかんだであの殺人は「稽古のいき過ぎ」「事故」として処理されてるからだよ

なんで野球賭博程度で相撲部屋潰れるの?

稽古中に死人が出ても部屋を潰す事態にまでは発展しなかったじゃん。

「ええ賭博してましたよ?だから何?その程度で伝統ある相撲部屋を潰す?冗談でしょ?」って堂々と興行続ければいいんじゃないの?

2010-06-17

http://anond.hatelabo.jp/20100617103812

経験者とそうでないやつとで分けて、初心者の受身訓練に重点を置くべきだよな。

実際そうやってる学校あるかもしれないけど。

初心者最初はマットの上で受身の練習だけやらせて、ほかの事は絶対やらせない。

それで投げられても大丈夫となったら普通に稽古させるようにしないと危ない。

そういう指導をできない学校柔道を教えてはいけないようにするべき。

学校で週一50分でやる柔道なんて受身の練習だけでいいよ。

そんな短い時間にそれ以上詰め込もうとするから事故が起こる。

2010-04-03

意味がわからない

適当に、適当に。

適当に、適当に。

どうか私のために狂わないで。

生き証人として生きていて。私は死にたくない。

どうしてこんなに悲しいの。

どうしてこんなにぶつかり稽古

めっとえwwwwwえっとめwwwwwwwwwwwwwwwwwww

メインバンクがそこにある限り!!!!!!!!!!!!!!!

そこを目指すぞ俺は!!!!!!!!!

メインバンクよ待っていろ!

マザーコンピューター

2010-02-28

http://anond.hatelabo.jp/20100209200055

ご指摘ありがとうございます。

ネットでは限界あるので公民館カルチャースクール、あとは自分の足で近所に看板出てないかとか

電話帳も見たし楽器店でも尋ねてみた。

でも平日昼間の時間稽古時間でなかなか都心まで出ないとダメっぽい。

>>

技術を教わる以上は、自ら能動的に動けなくてはならない。

1から10まで憧れる事が出来るような、

教わる上で全て納得できるような、

そんな師匠を探す事から、

趣味は始まっているのである。

<<

これは納得しました。

自分は下手なので本当に一から十まで教わることになるから

それを面倒であと適当にって人だと辛い。

師匠の側にも上達に時間がかかるのを辛抱してもらうことになるので

その辺を繰り返しやってもらえるような個人教授に近いものを探しています。

2009-12-03

引っ込み思案を直すには

http://readingmonkey.blog45.fc2.com/blog-entry-131.html

自分の場合は、芝居をやった。

大学時代漫画研究部、社会人になってからは一日中デスクワークと、人前に出ることなんてしなかった。

高校時代は暗かったし、予備校時代は友達なんていなかった。まぁ引っ込み思案の、典型的パターン人生を歩んでいました。

このままではやばい!と思い、今までと真逆のことをやろうとしたわけです。

声を出さなきゃいけない、人前で表現しなきゃいけないっていう環境に身を置こうと考えた。

その方が効率的だし手っ取り早いもんね。そして、チョイスしたのが芝居だった。

市民サークル系の劇団は、団員が少ないためか初心者でも大歓迎しています。

ワークショップ(体験会みたいなもん)とかに参加してもいいと思う。

検索すればたくさん出てくると思うので探してみて。

で、やると決めたら本番までやりきること。

もう無理ですとか、台本が覚えられませんと言って逃げ出す人がいるらしいが(僕の劇団でもいました)、それは単に努力不足と可能性を自分で閉じてるだけだったりする。

つか、そんな簡単に今までの自分を変えることなんて出来ないよ。

10年以上も続いた引っ込み思案の垢を落とすためには努力しなきゃいけないと思った。

やると決めたらから、公演までの3ヶ月間土日は全部稽古(9時間)に費やした。

平日もひたすら会社から帰ってから練習練習。特に自分の役は難しい台詞オンパレードで苦労したが、それでもお客さんの前で本番をやりきった後は何かしら自分の中で吹っ切れたものがあったように思います。

カツゼツがよくなった、声が大きくなった、人前で何かすることにためらいがなくなった。

これだけ変われば十分だと思いますが。

自分の場合は芝居という選択だったけど、人前で表現するようなことなら何でもいいと思う。

音楽ダンスetc...出来れば人と何かをするやつの方がいいな。楽しいし。対人スキルも身につくんじゃないかしら。

で、絶対に本番までやりきること。これが一番大事。

2009-11-04

剣道(笑)

痛いニュース(ノ∀`):剣道部顧問、厳しい稽古でふらふらの部員を「演技だ」と疑って蹴る→熱中症で死亡

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1333291.html


最近の剣士は面や防具をつけて竹刀で叩き合うというバーチャルな戦い=試合に熱中しすぎて、現実の体験が乏しくなったために人の痛みについて鈍感になっている。

命の尊さを学ぶために、真剣で「死合」をするべきじゃないだろうか。

そもそも、屋内に閉じこもってないで外で遊べ。

2009-06-20

http://anond.hatelabo.jp/20090620210151

最近毎日4000kcal近く食べているのに太らない


なぜ?

運動はまあ、毎日三時間セックスくらい。在宅デスクワークだし。

性別男性現在70kg。半年前は65kg、二ヶ月前70kg、一ヶ月前67kg。

食べるものは、脂肪大量、ジャンクフード菓子パンチョコレートなど。

ダイエットのためにやってることは、ヘルシアと食前のゼリーくらい。

睡眠も不規則。昼夜逆転は当たり前。

昔から太らない体質だったが、最近食生活が乱れて4000kcal近くも食べているので気になるが、いっこうに太らないのでやっぱり気にならない。

以前は2700kcalくらいで済んでたのに最近食欲も性欲も怪物級。

体型はかなり筋肉質ではある。何かラグビーとかやってたと訊かれるが帰宅部だった。

P.S.

一日に4000kcalくらい食べています。 - BIGLOBEなんでも相談室

http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa4186844.html

現役力士などは、5000~10000kcalも摂取しますが、激しい稽古があるため、皮下脂肪こそあれ内臓脂肪はごく少ないです。

P.S.

馬鹿者のオンパレードなので説明しておく。

吸収の良悪はダイエット関係ねえよ。

吸収が悪いと消化が遅れはすれど食べ物カロリーはほぼ全て身体に利用されることには変わりないんだよ。

栄養学知らないくせに知ったか乙。

最近毎日4000kcal近く食べているのに太らない

なぜ?

運動はまあ、毎日三時間セックスくらい。在宅デスクワークだし。

性別男性現在70kg。半年前は65kg、二ヶ月前70kg、一ヶ月前67kg。

食べるものは、脂肪大量、ジャンクフード菓子パンチョコレートなど。

ダイエットのためにやってることは、ヘルシアと食前のゼリーくらい。

睡眠も不規則。昼夜逆転は当たり前。

昔から太らない体質だったが、最近食生活が乱れて4000kcal近くも食べているので気になるが、いっこうに太らないのでやっぱり気にならない。

以前は2700kcalくらいで済んでたのに最近食欲も性欲も怪物級。

体型はかなり筋肉質ではある。何かラグビーとかやってたと訊かれるが帰宅部だった。

P.S.

一日に4000kcalくらい食べています。 - BIGLOBEなんでも相談室

http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa4186844.html

現役力士などは、5000~10000kcalも摂取しますが、激しい稽古があるため、皮下脂肪こそあれ内臓脂肪はごく少ないです。

P.S.

馬鹿者のオンパレードなので説明しておく。

吸収の良悪はダイエット関係ねえよ。

吸収が悪いと消化が遅れはすれど食べ物カロリーはほぼ全て身体に利用されることには変わりないんだよ。

栄養学知らないくせに知ったか乙。

2009-05-21

糞○○はだいたいこういう流れで乙る系まとめ

本家ネタ

糞ゲーはだいたいこういう流れでプロジェクトが進む。 http://anond.hatelabo.jp/20090519230327

以下派生

システムはだいたいこういう流れでプロジェクトが進む。 http://anond.hatelabo.jp/20090520173951

論文はだいたいこういう流れで研究が進む。 http://anond.hatelabo.jp/20090520183012

日本はだいたいこういう流れで国政が進む。 http://anond.hatelabo.jp/20090520211517

ニートはだいたいこういう流れで就職に失敗する http://anond.hatelabo.jp/20090520213122

法科大学院は大体こういう流れで勉強する http://anond.hatelabo.jp/20090520223130

アニメはだいたいこういう流れで制作が進む。 http://anond.hatelabo.jp/20090521130235

学生演劇はだいたいこういう流れで稽古が進む。 http://anond.hatelabo.jp/20090521130732

学生演劇はだいたいこういう流れで稽古が進む。

http://anond.hatelabo.jp/20090519230327

とりあえず演出担当が作りたい芝居を語る。酒の席だったりする。

それを何となく脚本担当に伝えてミーティング用資料を作る。この過程で何度も何度もあーでもないこーいうつもりでもないと言いながらもできあがる資料は抽象的でなんとなくそれっぽいプロットとどこかで見たような演出プランに独自っぽい名前を付けてるだけのすっからかんペラい物になる。本音を言うと「大人計画を演る」と言われる方が楽だ。「作りたい本人が説明できない、今までにないような独自の芝居」を作る事になると脚本とか演出とか以前に完成しない。

そのペラい資料をもってミーティングを行うがすんなりは決まらない。この間はいい感じだねって言ってたじゃんって展開も。そのまま下にも同じ事を言われる。

決まらないがとりあえず作り始めてと役者と裏方に投げられる。とりあえず公演タイトルくらいしか決まっていないので色々聞きながら作ってみる。もちろん面白いとかつまらない以前の内容になる。

稽古が始まると政治的なパワーバランスなどの都合により今まで作っていた何物かはゴミ箱に行くことに。でも「もう半分くらい作ったんだから簡単にできるハズ」等と言われる。80年代の小劇場だったハズが90年代の静かな演劇になったのに。(極端だけど劇場変更はザラ。あまり大きな問題はない)

脚本担当はまた初めと同じように内容を伺う。日を跨ぐと違うことを言うので出来るだけ素早く箇条書きにしてる。なかなかまとまらないが役者と裏方はまた何かを作り出す。何を作るかは分からないが何となく配役とか場面転換の枚数を妄想して分担表とかをつくる。裏方も仮想舞台装置を作る。

放っておくと大量の配役、大量の大道具、大量の小道具、仕様の演出、労力の割に効果があまりないような話、壮大な計画がブチ上がってくるので必死で止める。

仕様演出は仕様見ただけで分かるような無茶な物のこと。例えば100人の登場人物から3人を合成してすべて違う登場人物が錬成されて全部に名前と設定と配役が付くとか。16万通りもある事を理解できていない)

脚本担当はこの段階で死にそうになっている。一応存在する脚本担当の締め切りが迫ってくると当然毎日徹夜して脚本を作成していくのだが、なんど書き直しても「つまらない」「ここはこういうつもりじゃなかった」「字にすると面白そうに見えないから演技プランを考えて」「(仮の)名前が気にくわないからインスピレーションが~」「やっぱこうの方がいい」「昨日いいこと思いついた」等の必殺技返り討ちにされる。仮脚本を演出に見て貰っている場合は演出に頭を何度も下げに行く。脚本担当の締め切りはもちろん守れられない。その分のしわ寄せは役者と裏方がかぶることになる。毎日毎日両部門に目に隈を作った脚本担当が「間に合わなくて済みません」と謝っている。ただし役者も裏方も怒らない。脚本担当が遊んで遅れてる訳じゃないし。一緒に仕様固めを手伝う。演出担当は怒る。

何となくあがってきた脚本担当脚本を眺めながら稽古する。ただし細かいことは何にも書いてない。ト書きに一言だけ書かれているならましで、ト書き存在が伝えられていない事もザラ。その当りは必要そうな設定を裏方が洗い出して役者が全体の空気を読んだ場面設定を構築して己のインスピレーションを信じて勝手演技する。とりあえず作った物を見せると、演出に「俺の指示と違う」等と言われることが多い。指示なんかないのに。ただしこれがそのまま使われることも良くある。

稽古が中盤に入る頃には脚本がしっかり上がって……いない。絶対。時間だけが無情にもすぎるが未だ路線が定まらない。分からないところは逐一聞きながら作る。聞かないでも作る。運が悪いと何故聞かなかったと言われる。役者はひたすらリテイクを食らう。世界観と合わないとかこのキャラだけ浮いているとか。世界観なんて脚本の1ページ辺りに描かれてる程度にしかなかったりするし。脚本セリフが気が付くと増えている。演技プランが破られている。稽古時間が足りなくなる。各自で時間を何とかしろと言われる。もうたっぷり圧縮してる。

稽古終盤。本番に間に合わない事が確定的になってから設定をとりあえず削ってみる。最初からそれはいらないと言い続けた場所を削るが演出担当は不満顔。最初から入れなければもっと早かったのにと毎度毎度言い続けてるが変わらない。リハ期間は短くてもいいとか言い出す。それで前も本番でミスしただろうに。やっぱりあそこが気に入らないから変えてとかこの期に及んで言う。役者は本人当たりセリフ量が割とはっきりしているのでギリギリまでリテイクされる。脚本担当脚本を必死で打ち込む。演出に「演技バランスが悪い。調整してないのか」とか言われる。その時間はお前が削ったんだ。裏方は頻繁な小道具の差し替えをしながらミスを潰していく。何度言っても脚本差し替えはすぐ出来ると思われている。そろそろ劇団内の恋愛はやめて欲しい。役者も脳みそが足りないので勝手セリフを削る。劇団内の恋愛は無理矢理潰す。みんな死にそうな顔をしているが激太りもしてる。

公演前に演出担当が偉そうな顔してチラシにコメント

公演して糞芝居と言われる。世間一般的にミスれば役者と裏方のせいにされて(稽古しなかったから、裏方がミスをしたからと思われている)つまらなければ脚本担当や演出担当が批判される。(世間の(俺の)面白いと思っていることを理解できていない!とか)このために軸のぶれている演出担当脚本担当は上がってきた物が面白くないと感じると仕様変更ガンガン入れてくる。たとえ本番でミスっても内容が悪くなければ叩かれるのは自分じゃないもんね。時間と金をもって来ないのにこれをする人が時間無駄遣いさせる。裏方は本番でミスをしたくないので仕様変更が出ないよう出ないよう事前に釘を刺しに行きたがる。

終わった頃には人数が減っている。ただしそれは、だいたいが恋愛のもつれ原因。そして劇団員募集が掛かっているw

2009-02-06

どうしても条件が合うところがなくて二ヶ月もがいたけど、やっとバイトが決まった!

シフト入りすぎで嫌だとか言わないよ。だって仕事があるっていいことだもの。

どんな人たちがいて、仕事の実態がどんなものなのかまったくわからないから不安

でもまあ、なんとかなんべー。だいじょぶだいじょぶ。

作品作りがしたいから私は、こうして時間を売り渡してごはんを食べている。

時間じゃなくて、技術とか魅力?とかでお金がもらえるようになりたいな。

どんなことを追い求めていてもお金はいいものだ。

お金がなくちゃ住むとこ持てないし、ごはん食べられないし、CDとか本とか買えないし、ライヴ行けないし、稽古場借りられないし、電車乗れないし、ないし、ないし、ないし。

好きなことやってたって、霞が食えるわけじゃない。あーお金大好き。

2008-12-24

M1を見ないたった一つの理由

お笑いメタ化(=楽屋の開示)して楽しいの?

面白ければ笑えばいい、つまらなければチャンネルを変えればいい。素人にはそれだけで十分。芸人がどれだけ稽古したとか、技術的にどう優れているかなんてことは「向こう側」でやって欲しい。ただ純粋漫才コント等で笑い転げたいだけなのに、上記の要素を前面に出すことで評論家目線を強制されることがイヤ。

2008-10-14

http://anond.hatelabo.jp/20081014062750

元増田です。走り書きだったため、もし論点がずれていたらすみません・・。

どの程度フィットすべきでしょうか? 最近はわりとタイトに着るようですが。

上記の件ですが、正直、量稽古なところがあるかと思います・・・。

そういった意味でもマリカーの例で最初はユニクロジーンズメイトなどの量販店を薦めてみました。

 

「自分はガリなんで合う服を探すのが大変」と言っている方の場合はサイズ感覚があるように思えますが、

多くの人の場合、自分の体格に比べ、大きめのサイズがジャストと見てしまうことがある傾向があります。

 

そういう自分もその一人だったのですが、中学生くらいまで、身長は低いが、多少体格が良いという体格でした。

そのためか、何故か「自分はMサイズ」という思い込みがあり多くのミスしてきました。

※実際は小柄で細身なので、Sでも大きいことが多い体型です。

 

同様にある程度体格の良い方も「自分はXLだ」という思い込みが邪魔して

スラっとした着こなしが出来ない方が多くいました。(実際はLで結構キレイに見えるのに)

コンプレックス的なものは適正サイズの判断を邪魔するようです。

 

それを気にすると今度は逆に小さすぎるものを買ってしまったりするわけなんですが、

冒頭に戻り、やはり量稽古が良いというのが個人的な感想です。コレばっかりは失敗するのが一番早いですし、ユニクロなら痛手も少ないです。

 

ショップスタッフと仲良くなるという手もありますが、

スタッフの立場上、「ちょっとキツイ気がするなぁ」とお客様が言ったものはお勧めしにくいです。(例えこちらが見てジャストサイズだと思ったとしても)

なぜならば、それがお客様にとってのジャストサイズで、スタッフジャストサイズを押し付けするものではないからです。

 

本音を言ってくれ頼りになる友人や彼女がいるとベストですね。

 

他の質問にも時間をみてエントリしたいと思います。

2008-09-18

色々思い出せない

こんな事人力検索Yahoo!知恵袋に書けよと言われるかもしれないが、そこで聞くとあっさりわかってしまいそうで怖い。

思い出したいけど、わからない方がいいかもしんない、なんてかなりナルシストっぽい内容なんで、増田でゆるしてくれ。

92年か93年か、まだ小学校一年か二年の時。

なんかのお芝居のオーディション(端役)に受かって、稽古の日々。

ある日、京阪沿線にある何かのホールに出向いてデカい舞台で練習した。

その駅がどこなのか、どのホールを使ったのか全く思い出せない。

京橋から東に向かったのは確実。準急か何か、各停でなかったのは確か。

駅は、駅前がショッピングビルに囲まれバス溜まりになってるような、それなりに発展した感じの場所。

ストリートビューだと守口市寝屋川市か、でもわからない。

駅前にドムドムがあったような気がする。

途中の窓から京阪の線路の工事が見えた。

その日一緒にハンバーガー食って帰った子が初恋の子なんだが

顔が浮かばないし、当時の名簿見ても名が思い出せない。

2008-08-03

http://anond.hatelabo.jp/20080803162344

その子がどんなことを思っているかは知らないけれど、プロってほとんどが今時の言葉で言えば

エンタ芸人」みたいなもんだからね。

お笑い芸人って自分+相方ネタを作って稽古して披露するというイメージがあるけど、

エンタ」は番組スタッフが数人ついて、チームでネタを作ってるんだって。

だから古いタイプを目指している若手芸人にとっては「他人の台本をやるなんて!」と不評だが、

「とにもかくにも売れないとお話にならない」と出場する芸人もいる。

マンガ家だってほとんどが「編集者の作ったストーリーマンガ化、作品化する」仕事だろ。

この文脈でいって、「何かが違うだろ」の「何か」って何?

- 転職ならen
- 派遣ならen
2ページ中1ページ目を表示(合計:38件)