2024-02-14

私が北島マヤだった時の話をさせてほしい

北島マヤをご存知だろうか。

少女向けの傑作漫画、『ガラスの仮面』の主人公。千の仮面を持つ少女である

役柄の心を理解し、演じる中で役と一体化していく、憑依型の天才女優

私はあの時、確かに北島マヤだった。

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小学生の頃から大学卒業するまで、演劇クラブ演劇部、演劇サークル所属していた。

きっかけは覚えていない。確か2つ年上の友達女優になりたいとかで、一緒についていったのが始まりだったと思う。

貧乏男の子アンドロイド人魚、恋する女子高生

演じることは楽しかったし、周りからの評判も良かった。ただ所詮は役の真似事で、北島マヤのように役が憑依するということはなかった。

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それが覆ったのは、確か高校卒業公演の時だった。

私はW主演の片割れの役をもらった。離婚寸前の両親を笑わせたいからと、文化祭漫才をやる女子高生の役。結局家族は離れ離れになってしまい、転校を余儀なくされる。文化祭には出られなくなったが、相方と共に最後漫才をする……、そんな役だ。

いつも通りに読み合わせをして、台本を覚えて、軽く立ち稽古をして。

本番が近くなったからと取り組み出した通し稽古も順調に進み、ラストシーン漫才が始まった瞬間だった。

転校したくない。

そんな思いが胸を貫いて、急に涙が止まらなくなった。

大好きな友達と一緒にいたい。お父さんと離れたくない。

ぼろぼろ泣いた。泣きながら漫才をした。

ちなみに私には物心ついた時から父などいない。でも、『私』にはいた。母と不仲な父。昔は仲の良かった優しい父。

文化祭で、私たち漫才を見せたかった。笑ってほしかった。こんなに練習したのに、いっぱい頑張ったのに、これが最後だなんて。

漫才が終わってカットがかかっても、私は泣きっぱなしだった。

悔しくて辛くて悲しくて、ずっと泣いていた。

自分自分じゃないみたいだった。

共演者たちが引いていた。

最終的に、いつも役名で私たちを呼ぶ顧問が私の本名を呼んで、そこでぴたりと涙が止まった。どうして泣いていたのか分からいくらいの平常心。私が私に戻った。ものすごい体験だった。

結局、後にも先にも役にのめり込んだ経験はこれっきりだったけれど、今でも鮮明に思い出せる。

私はあの時、確かに北島マヤだったのだ。

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