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2012-02-06

足手まといが欲しい

なんかここんとこ増田で、専業主婦の嫁が自炊に興味なくて困るとか鬱の嫁が休んでいてくれなくて困るとか読んでいた。

話に加わる気になれなかった。

なぜか。

私はとても羨ましいと感じていたからだ。

どちらの元増田も、きっと真面目に深刻に困っている。でも私は、それが羨ましい。

だって、君たちは守るものがある。頼ってくれるものがある。それは、君たちを強力に現世につなぎ止め、君たちを君たちの主観で強烈に承認するものだ。

君たちは勇者で主人公だ。君たちがいなければ、二人の専業主婦の命が危ない。それはセカイの危機だ。

そして、本来優秀な嫁が社会に再進出したり、鬱な嫁が寛解したりするのが君たちのストーリーで、嫁の役割はそれまでは穀潰しだったり等身大ドールだったりペットだったり病人だったりするわけさ。

ところが私は、大変に存在が軽い。唯一仕事だけで社会と繋がっていて、今の仕事に別の担当が就いたり会社が無くなったりしたら、財産が尽きて路頭に迷う前にまず自分存在意義が無くなる。「xx担当増田さん」でしかない直結した存在なのだ

私はこれが大層怖い。

勇者増田はきっと私みたいなのを見ると苦労を知らない癖に馬鹿なことを言っていると思うだろう。確かにそうなのかも知れない。

でも私は、今の身軽すぎる自分が恐ろしい。

から今すぐにでも、足手まといが、欲しいのだ。

2012-02-01

心の抵抗力

下がっている気がする

いつもなら刺さらないはずの言葉が刺さる

刺しているのは、いつだってほとんどが自分だけれど

思うに、心の病気は全てが免疫力とか抵抗力にも作用するよね

身体的な意味で、風邪とかだって一時的には抵抗力を下げるけどさ

でも、長くはないでしょ

けど、心の病気場合は違うんだよ

抵抗力を下げて

免疫力を下げるか自己に向けさせようとする

AIDSとか膠原病の類だと感じられる

そして、不治の病であって寛解もしない

直接の致死性はないが、間接的にはあらゆるルートで死に至らしめ、それぞれのルートに大きな影響力を持つ

社会生活を送る事に対しては特に大きな影響を与えるだろう

2011-10-11

知人が小学生の子供を亡くしました。病気発見から約1年の闘病を経てのことでした。その子病気はグレードⅢの脳腫瘍で手術ができないタイプのがんだったので、放射線抗がん剤による治療しか選択肢がなかったそうです

知人は子供の死後にブログで1年間の闘病生活の成行きを公表しはじめました。そこには、最初はただの体調不良でかかりつけの小児科にかかったこと、すぐさま大学病院検査入院することになったこと、がんとわかって別の大学病院に転院したこと、日に日に悪化していく我が子の体調への不安絶望、なにか打てる手はないものかという知人夫婦の苦悩、インターネットで見つけた「統合医療」で「重大な脳疾患の子供が完治した」ことに一縷の望みをかけるさま、(医師の制止を振りきって)大学病院退院し遠方の統合医療医師のもとに向う様子、などが綴られています

ブログに登場する「西洋医学」の医師たちは、当時の病状と治療方針、薬の効果副作用治療限界、今後のあり得る成行きについて、最大限誠実に説明しているようですしかしその誠意は知人には届きません。知人に届くのは「決して大丈夫といってくれない」「我が子の今この時の苦痛を取り除けない」「強い副作用のある薬をたくさん飲ませなければいけない」「我が子が次第に元気をなくしていくのに、医師は何もできない」といった、ただただ西洋医学先生が執り行う西洋治療限界とそれへの不信や不満、であったようです

一方の「東洋医学漢方勉強統合医療のクリニックを立ち上げた名古屋のO先生」は、電話で経緯を聞いただけで「なんとかなります、一度いらっしゃい」と請け合います。そしてクリニックに赴いた知人に対して「この程度なら大丈夫」「原因不明の脳の難病の子供を助けた」と話すのです。そして知人は続けます。「先生不思議機械で体のあちこちに金属の棒を当ててあらゆる臓器の数値を測定しました」「遠赤外線で体を温め免疫力をアップする施術を受けました」と。

知人は以前からいわゆる代替療法や「ナチュラルもの」への親和性が高い人でしたから、このような成行きはある意味当然のことだったのかもしれません。もとより治癒の見込みの殆ど無い病気ですから、なにをやっても(やらなくても)所詮は同じことだったのかもしれません。であれば、残されたものが「できることは全てやった」「これでよかった」と悔いを残さないことこそが一番大事なのかもしれません。

しかしやはりぼくには件の「統合医療医師」の悪辣さがどうにも我慢なりません。彼(女)はいったいどんな心持ちで「大丈夫、なんとかなる」と言ったのか、何百キロも離れた土地に「一度いらっしゃい」と軽く呼び寄せたときいったい何ができるつもりでいたのか、「不思議機械金属の棒」を子供の体に当てながらなにを思ったのか、何の効果ももたらさないだろう「施術」を施して高額の治療費を受け取ることに何の良心の呵責も感じなかったのか。

ブログはまだ半年前の日付までしか進んでいません。なので、半年から今日までの間に事態がどう進展したのか、ぼくはまだ知りません。それでも最終的に知人の子供は亡くなりました。それが事実です。もしも例えば彼らが根気よく「西洋医学」の治療を続けていれば、治癒はともかく寛解の時期が訪れて、短いながらも一時的にでも学校に戻れる日がきたかもしれない、そうでないかもしれない。ぼくには「統合医療医師」がなんの裏付けもなしに、ただ己の商魂からいい加減な安請け合いをすることで、一人の子供の一縷の可能性を奪ったように思えてなりません。

知人は子供の死後、同じような難病を抱えた子供たちとその親を支えるボランティアに参加しています自分と同じ境遇の親子と関わりながら、我が子にしてやってよかったこと、できなかったこと、してやりたかったことをひとつずつ思い起こしながら伝えること。それはきっと今の知人に必要なことなのだと思います子供を亡くした親の気持なんてぼくにはきっとわからないし共感もできません。だけど知人にはできるだけ早く、元気に穏やかに暮らせるようになってほしい。今ぼくが望むのは、知人が己の確かな経験をもとに、他所の誰かに「西洋医学限界」や「統合医療の素晴らしさ」を軽々しく吹聴しないことです

2011-03-31

境界性パーソナリティ障害の苦しさから逃れるためのメモ

少しずつ寛解してきた時期に書いたメモ


  • 自分を虐げる考え方はさっさと消して、漫画でも読もう、娯楽を楽しむ事に罪悪感があるなら、掃除でもしよう
  • 自分のことは、時が経ったら分かるから、今自分がどうなってるのか必死に考えたりしなくても大丈夫
  • 他人のことを深く考えるのはやめて、自分がどうした幸せになれそうかを深く考える
  • 自傷は後々めんどくさい!
  • 過去にとらわれて嫌な気分になる時は、今の自分に不満があるだけだったりするから今を工夫すれば解決できる
  • なんでも工程を楽しんでみる、工夫できたら喜んでみる
  • 普通の人を目指すのは曖昧すぎて難しい、心が何にも捕われない、心の自由な人を目指す


これを書いた3年後の今、また悪い方向に向かっていてつらい。

だけどこんな考え方ができていたという事実が励ましになる。

2010-12-15

うつ病をめぐるツイートはくだらなかった

うつ病をめぐるツイートのまとめ http://togetter.com/li/79120

完全に抜け落ちているのが、ストレスの原因を取り除くという手段。

薬を用いようが、別の何かを用いようが、大きなストレスの原因に

なっていることを取り除かない限り絶対に寛解は無理。

こんな糞みたいな世の中で糞みたい仕事があふれていて、それで

休んだら犯罪者たいな扱いを受ける世の中で、ストレスを軽減する

なんて無理でしょ。即効性のある薬に頼るのは必然かと。

アンチ薬漬けは、別の方法で治せってツイートしているけど、

仕事にしろ、学校にしろ、歩みをとめられない、レールから外れたら

終わりという状況で、長い期間をかけて、治療に専念するなんて

きれいごと過ぎる。

だって好き好んで薬づけになっているわけじゃないし、布団に

横になっていい時間半年もあれば、良くはなるよ。でもそれって

社会が許してくれるの?

2010-12-01

悪徳勧誘電話がかかってきた

過去トラウマで、実は電話恐怖症です

最近、ひっきりなしに悪徳不動産業者からの勧誘電話(リダイヤル逆ギレタイプ)が職場にかかってきます

その都度、気分はどん底に落ち込みます

仕方なく、セルシンデパスの混合服用で誤魔化そうとしている。が、なんの解決にもなりゃしない。

こういう電話対応方法は分かっている。

電話が来るのは止められない(こんな悪徳業者が法律を守るはずがない)。

アニメ攻殻機動隊SAC」の中の台詞にこんなのがある。

「世の中に不満があるなら自分を変えろ。ソレが嫌なら目を閉じ耳をふさぎ、口をつぐんで孤独に暮らせ」

これを聞いた時は、もっともだ、と思った。

周りを変える事は出来ない。

出来る事は「自分を変える」だけ。

薬では解決は出来ない。

如何にこの「嫌だな」とかわき出てくる怒りをどうするか、が最大の課題

せっかく、鬱から脱出し、寛解に向かいつつあり、持ち上げようと努力しているのに、この【人災】が蹴落としていく。

これが恐くて、職場にいる事自体が苦痛・恐怖になってきた(それでなくてもパワハラ職場にいるというのに)。

嵐が来るのは避けられない。

しかし、嵐はいつかは通り過ぎるもの、というのも分かっている。

こういう電話も数分~数十分過ぎれば通り過ぎるというのも分かっている。

でも、嫌な気分・怒りはどうしてもわき出てくる。

「被害」と思うからいけないのであって、「こんな嫌がらせスルー」というくらいの心持ちが必要なのだろう。

無理にこの感情を処理しよう・コントロールしようと意識するから、嫌な気分が増幅するのも分かっている。

森田療法」のように、それを受け入れ、時間が経てばひとりでに治まっていくのを感じ、慣れていくしかない。

しかし、前述の台詞のように

こんな心労を抱えて暮らすなら「孤独に暮らす」のも良いのかもしれない、と思う事もある。いわゆる「ひきこもり」だな。(宗教出家という手もあるかもしれん)

もっとも、金銭的にそれは許されないが。

いくつか、森田療法の本を読んでみた。基本的には入院療法なのだが日記をつけて医者と交換するとか、通院でやるとか、色々方法はあるらしい

でもやはり、医者サポートが必要なのかもしれない。自助グループ存在するようなので、探してみよう。

しかし、森田療法の真骨頂である「あるがまま」を理解するのは、実のところ、もっと時間がかかりそうだ。

まぁ、悪徳勧誘電話が怖いというのには、別の理由もある。

どの程度相手が情報を握っているかが分からないからだ。実はそれが怖い。こいつらは法律違反してる事も、他人が嫌がる事をやっている事も百も承知でやっている社会の底辺だからだ。即ち、自分からすると「こいつらは何をしでかすか分からなくて」怖い。

職場電話がかかってくるという事は、職場ダイヤルインと会社名、名前(氏名)は握られているのは確定している。自宅の住所や電話番号はどうだろうか。こっちには電話がかかってきた事は無いし来た事も無いから、もしかするとそこまでの情報は持っていないのかもしれない。希望的憶測でしかないが。

ダイヤル攻撃してくるのも常だが、1日何百件も電話をかけないとならないのだろう?この底辺共。放置ガチャ切りされてる相手にリダイヤル攻撃してるくらいなら、次から次へと対象を移していった方がいいと思うのだが、それは我々民間人論理なのかもしれない。この手の底辺共の考えでは、リダイヤル攻撃をし、精神的に追いつめて契約またはアポを取らせるようし向けるのが目的なのかもしれない。

ところが自分スパムメールに関しては、何の痛痒も感じていない。同じ自分の望んでいないスパム系でありながら不思議な感じがする。架空請求メールが届いたりする事はあれども、悪徳勧誘電話ほど恐怖感は覚えない。むしろ、何も感じない。スパムメール機械(またはボット)がやってるからかなぁ?というのと、自分ネットワークの仕組みを知っているから、なのかもしれない。

まぁ、その他、リダイヤル攻撃を喰らうと、職場内の電話が全滅してしまう事や、取り次ぎする同僚に手間をかけさせてしまうのが申し訳ない等、あるんだけどね。

せっかくアルゴリズムを考えてプログラミングに集中している最中に悪徳勧誘電話がかかってくると、嫌な気分になるし、何より、考え中だったりまとまりかけた脳内作業が雲散霧消してしまうのがムカツク

警察は、実際に被害が発生しない事には動いてくれないので役に立たないし消費者生活センター等ではテンプレートが用意されているだけで、全く機能しない。「毅然と断り、電話を切りましょう」とかなんとか書かれていて、法律では「再勧誘の禁止」が定められています、とか、個人情報保護法による対応等、テンプレートが用意してあるが、実情は、電話を切れば、この社会の底辺共は、実際にリダイヤル逆ギレ恐喝はするし、社名、担当者名を変え、あの手この手でしつこく電話をしてくる。

そりゃぁ、希望を言えば、こんな底辺共の事務所など、航空自衛隊支援戦闘機から500ポンド爆弾を投下してもらってこの世から消滅させて欲しいと思う。

が、実際問題、悪徳勧誘電話がかかってくる事は止められない。行政官公庁も何も出来ないのだから。

前述した通り、自分を変えるしかない。如何に早く気持ちを切り替えて持ち上げるか。トラウマの処理をしてからじゃないとだめかなぁ……。

2010-11-18

私が読んだうつ病に関する本まとめ

はじめに

私は現在心療内科通院中です。通い始めてからだいたい3年くらいかかってなんとか上向いてきました。

通院するようになってから、うつ病に関する新書文庫など、手に入りやすい本を何冊か読みました。

そのうち、個人的にいい内容だなと思ったものを挙げます。

素人感想なので、異論反論多々あると思いますが、何かのお役に立てれば幸いです。


ツレがうつになりまして。(幻冬舎)

マンガ。続編の『その後のツレがうつになりまして。』ともに文庫化(幻冬舎文庫)されています。

「休養」環境を整備するために家族にはある程度病気を理解してもらった方がよいと思います。

発病したての頃、家族うつ病についてよくわかっていないようだったので、家族向けに買いました。


最近文庫になった『こんなツレでゴメンナサイ。』は(単行本文藝春秋文庫文春文庫)、ツレさんの立場から、内面を詳しく書いています。

こちらを読んで共感したのは、自責感や体のつらさ、治りかけの時に「性格が悪くなる」というあたりです。


最先端医療現場から3 うつ病新時代 その理解とトータルケアのために(平凡社新書)

うつ病、心の病気には未知の部分があります。たとえば、薬は存在するのですが、「なぜ効くのかわかっていない」らしいです。

だから私はできるだけ新しく、また上手に整理された内容の本を求めていました。

この本は(おそらく現時点で)最新の見解を載せています。医師によりいろいろな立場があるので、一概に「最高」とはおすすめしませんが、

発病原因(内因性・心因性)と症状(精神症状が強いか身体症状が強いか、また重傷度)から治療方針を考えている実例が参考になります。

薬についても整理されていてわかりやすいとおもいます。また、「偽うつ」などと断じられやすい「新型(非定型)うつ病」も

治療と本人の精神的な成長で改善するであろうという見解も、ただ「困った若者」として排除する立場よりは理性的だと思いました。

友人知人にならば、最初に読む1冊として勧めるだろうと思います。


うつは薬では治らない(文春新書)

薬に対する反応性がいまいちで、何種類も薬を変えてきているので気になって読みました。

抗うつ薬は「中程度までの」患者にはあまり効果がないという研究があるようです(インターネット検索してみてください)。

また、製薬会社SSRIPRの時期とうつ病患者数が増加した時期が一致する点は、気になってしまうところです。

ですが、医者や薬を悪者にしようとしているかのような煽りタイトルはちょっと誤解を招くように思います。

この本は「薬だけでは」治らない、と主張しているように思います。「患者化」つまり、患者であることにあぐらをかき、

周りの手助けをあたりまえと思う思考を戒めています。

治ろうという意志がなくては治らない、という思いを深めた1冊でした。


会社で心を病むということ(新潮文庫)

私は来春から就職しますが、まだ寛解していない病気とつきあっていくのには不安があります。

この本は「産業医」の立場から、働きながら病気を治す、病気を治して働く、

そもそも仕事ストレスが高じて病気にならないようにするには、ということを書いた本です。

社会人の方には、病気であろうとなかろうと、使われる立場でも使う立場でも、読んで欲しいと思いました。

管理職へのアドバイス」という部分が、患者でない人向けです。


いやな気分よさようなら(星和書店)

薬に対する反応がイマイチのため、医師に「認知行動療法」をしてみることを勧められました。その良書がこれとのことです。

分厚い翻訳書で高いです。それと、後半の難しい部分は読むのが辛いです。

一応読みましたが、アメリカーンな感じ(前向きに生きてればハッピー信仰は持ってるよね当然)がするので、なんとなく馴染めませんでした。

認知行動療法は、医師に出される宿題をやって、採点(みたいなことを)してもらって、自分の考えのクセを自覚していくもののようですが、

そんな手間をかけられるほど時間のある医師日本にはたぶんほとんどいません。臨床心理士も数が少ないと思います。

自力でこの本のワークシートをやってもいいのでしょうが、まるで『絶対内定』みたいな分厚さなので断念しました。


こころが晴れるノート うつと不安認知行動療法自習帳

『いやな気分よさようなら』に挫折して、レイアウト優先で(とっつきやすさで)これを求めました。

ほんとうに自分でできる構成になっていると感じます。

ワークシートは1枚ずつしか印刷されていないので、コピーをとらなければいけませんが、見やすくわかりやすく、

どのシートをどういう順番にやればいいのか絞り込まれているのでよいと思います。

私は残念ながら本書を買った後に下向きの波が来てしまい、ワークシートは書かずに読むだけでした。


おわりに

上記に挙げた以外にも、トンデモだなあと思う本や、スピリチュアルが入っている本、

わかりやすさを求めるあまり表面的な内容になっている本、内容が古くあまり役に立たない本など、

10冊以上は読んでいると思います。中でも、私が腑に落ちた本を挙げました。

いま、改善しつつあるのは医師や薬のおかげばかりでなく、これらの情報に接して考え方が変わったからだと思います。

自分ばかりがなぜという思い、どうして長引くのかという不安は、知識を得ることによってある程度軽減されます。

また、私が「治ることに前向きになった」と感じたのは、卒業年限となり、苦しいながらも就職活動をやり終えた頃からでした。

就職活動で、他人に伝わる言葉表現せねばならなかったこと(今までは自分の気持ちを、ニュアンス優先の自分語彙で表していました)、

仕事をするという目標ができたことが前向きに作用したのだと思います。

私はあきらめずに進みます。

同病の皆様、そのご家族の皆様、患者の方と同じ会社で働く皆様。

発病自体は過ぎたこととして、これからを歩んで参りましょう。

2010-07-13

手足口病の不気味な蔓延

プール熱だとか、ヘルパンギーナ(急性ウイルス咽頭炎、水疱性咽頭炎)と言われているが、実体は、ピコルナウイルス科のエンテロウイルスと呼ばれるウィルスであり、このうちのA型が、人に感染する。このウィルスの近接種であるピコルナウイルス科のアフトウイルス属は宮崎畜産を壊滅させた口蹄疫ウィルスである。

エンテロとアフトの差によって、口蹄疫人間には感染しないとされていたが、口蹄疫蔓延国である中国では、人に感染する口蹄疫が発生しているという未確認情報が流れてきている。これは、口蹄疫が豚に感染し、豚は人間用の薬品や美容品原料の生産に使われるくらいに、人間に近い部分がある事から、人間感染する型に変異してもおかしくない為である。

鳥インフルエンザが豚に感染すると、人間感染する型に変化する可能性が発生するように、アフトも豚に感染する事で、人に感染する形に変化するのではないかという仮説である。

アフトが人に感染するようになるという可能性や、アフトに感染している豚がエンテロに二重感染する事で、エンテロがアフトの特徴を取り込んで、より強力な、人間感染する口蹄疫が発生するという可能性もある。

いずれも可能性の状態であって、実現しているかどうかは、中国で発生しているという新しいタイプ手足口病ウィルスを分離・検定してみなければわからないが、間違いなく人間感染するウィルスである事から、検疫体制が整った状態でなければやれない。

口蹄疫は、経済動物である家畜感染した場合、肥育効率が悪化する上に、食味が落ちて商品価値が無くなる為に殺処分されるが、非食用である人間場合、肥育効率は関係ないし、採算を度外視した治療が行われる事から、寛解する。問題は、寛解した人はウィルス保有者であり、スプレッダーとなりうるという点であろう。

口蹄疫ウィルスですら日本に持ち込まれたのだから、人間ウィルス保有者となりえる"人に感染する口蹄疫ウィルス"は、簡単に持ち込まれるであろう。

手足口病乳幼児を中心に広まっており、かわいい孫が、のどの奥に水疱ができ、高熱、食欲不振嘔吐など、口蹄疫とそっくりの症状で苦しんでいるのである。

口蹄疫に罹った牛や豚は皆殺しというのが、今の政府与党の方針であり、肝心のウィルス日本への持ち込みを防ぐという発想が無い。むしろ、中国人ビザの条件を緩和して、ウィルスの持ち込みを促進しようとしているぐらいである。

[2010.7.11]

http://www11.ocn.ne.jp/~ques/diary/diary.html

2010-07-05

統合失調症というウイルス

統合失調症というウイルスに気づかず感染している人はどれだけいるだろう。

まぁ、どちらにしても統合失調症というのは自分では気づきようのない病であるのだ。

例え精神科医であっても。



現代の統合失調症は、パソコンウイルスにとてもよく似ている。

統合失調症になるとスパイウェアに侵されたように思考を抜き取られ、感覚改ざんされるように異常が起こる。

勿論統合失調症であるから原因は不明だ。

患者にとっては、人間用のウイルス対策ソフトが出来た時にはじめて本当の意味で解決したと言えるのだろう。



「何かに気付いてしまった人」や「何かを知ってしまった人」「誰かにとって不都合な人」「運の悪い人」が諸事情によって統合失調症になったり奇天烈に見える自殺をしたり(全身をロープと粘着テープで縛ってビル屋上の鉄柵を飛び越えたり、携帯電話の充電ケーブルで首を吊ったり、統合失調症患者には頭を銃で撃ち抜かれたように見える首吊り自殺をしたりなど)失踪して戻ってこないのは古来より何時の時代も変わらない。

精神科敬遠されがちでいつまでも古いルールに縛られている様に見えるのも、こんな日常の闇のごく近くにある場所であるからなのだ。



医師自殺率は一般に比べて男性で3倍女性で6倍、精神科医のそれは医師全体の2倍であるらしい。

何をかいわんやである。

精神科医は基本的に建前しか語ることはない。

だがそれはどんな職であっても多かれ少なかれあることだろう。

つまり彼らはそういう専門職でもあるのだが、自殺をしてしまうであろう人を生かすという点に於いては打率はとても低い。

運命論的になるが、自殺する人は基本的に何をしても自殺してしまうのだ。



閑話休題。話が逸れた。

つまりは統合失調症というのはややこしい病であるのだ。

病気になることで生きることを許される人もいるし、病気というワンクッションを置いてから自殺する人もいる(精神科医が実力を発揮できるとすればここだろう。自殺を少しでも遅らせ、生きている間のQOLを高められれば、統合失調症が得意な医師といえるかもしれない)。

知ってしまった情報が世に出てもいい情報となった時に寛解する人もいる。

勿論、本当の意味での統合失調症患者である人もいるだろうが、そのような人でも更に重ねて別の統合失調症である場合もあるのである。



勘違いしている人もいるようだが、インターネット現実の一部でしかなく、統合失調症はあちらこちらに潜んでいる。

つまり、神隠しや魔女狩りといった類の事は、インターネット上でも起こっている。

統合失調症というウイルスは、時代と共に変化し、宿主たちや科学技術等の研究によって進化し、脈々と生き続けているのである。



ところで統合失調症の発症率は大体0.8%と言われるが、その根拠を知りたいと思う。

現代は統合失調症と言われる範囲が拡大しているらしいが、割合が増えることはないのか?

統合失調症と言われていたが別の病気と分かった事もあったらしいが、一体いつのデータなのか?

よく語られる数字ではあるのだが、その引用元を私はついぞ聞いたことがないのだ。

2010-03-03

正社員→鬱→ニート学生フリーター教員

書くこと: 23~26歳までの私の職歴

結論: 人生ちょっと転んだって何とかなる

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BだかCランクくらいの大学に入って4年で卒業教職免許は途中でやめたので取れてなかった。

そこそこ大手のSIerに入社。色々と楽しかったりやりがい感じたりもしたが、1年も経たずに不眠や嘔吐などの症状が現れ、休職。ちなみにそれまでの人生、鬱っぽい兆候などは一切なし。明るい人間と自他共に思っていたけれどもなるときはなるものらしい。

タイトルにはニートと書いてあるが正確には休職。何もしなかったが、休職はじめた段階で、復帰したとしてもすぐに教員転職しようと思っていたので、頭働かなくて何もしない日々の中、教員免許取得のための手はずだけはしっかりこなした。具体的には、23歳冬の段階で教育実習の申込は行っていた。(実際実習を行う2年前に申請が必要)

半年程、休職手当で食いつないで、病院からも寛解っぽいから薬止めてみようと言われ、ちょうど24歳になる頃(夏)にすぐに退職。たまたま知り合いが、IT系のアルバイトを探していたので食いつく。この仕事自分にとても合っていて、楽しいし学ぶことも多かった。

秋から大学入学準備。1年間で教職免許を取るためには通信か特別課程のある大学に通う必要があり、教科的に通信じゃ取れなかった。首都圏教職の特別課程があるのは慶應工学院。どちらかに入った。

4月からアルバイト(ほぼフルタイム、但し在宅ありだったので拘束時間は長くない)しつつ、大学に通う。前期は水、金、土と通っていたが、後期は水と土午前だけ。大学自体は仕事との兼ね合いでつらいこともなかった。ただ、採用試験が夏なので、そのための勉強があるため、4月7月はそれなりにシャキッと学んだ。

それと教育実習。その期間は仕事は一切できなかったので休みをもらった。元々、「教員になるまで」という形で雇ってもらっていたので休むことは了承してもらえた。

そんな25歳、私学適正試験と公立1つだけ受験。元々、2、3年受験し続ける予定だったので最初はあんまり受けないでいいと考えた。ところが公立の試験をあっさりパスして、採用となった。4月から公務員となる。今年で26歳になる。

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真面目真面目して生きてくると、ちょっとつまずいたときにまるで詰んだかのように絶望的な気分になったりするけれども、積み重ねてきたものは掘り出してみると案外使えます。今月までのこのアルバイト(高待遇、かなりフレックス)に就けたのは、学生時代になんとなく勉強していた英語のおかげです。受験1年目であっさり合格できたのは、大学4年間科目問わず塾講師をしていたので一般教養に強かったおかげです。以前の就活面接等を沢山練習したのも勿論役立ったはずです。教員免許が1年で取れたのは、学部生時代に、途中で投げ出しはしたものの必要単位の半分以上を取得していて、専門の単位を沢山取っていたおかげです。

なんとなく絶望感を抱く事態になってしまったとき、自分の積み重ねてきたものを少し掘り返してみませんか。案外、いろんなものが可能性が見えてくると思います。

2009-09-10

医者にかかるまでが大変だが、それからも戦いは続く。

なんというか、うちの姉貴も似たようなこと言ってた。

仕事辞めてもフラッシュバックして、結局、それで8年ほど苦しんでた。

9年目にしてちょっとおちついたみたい。

12年目にして医者に行った。医者は数度変えた。

結局、統合失調症ではなく、自律神経失調症という診断におちついた。

 

医者に行くのが早ければ早いほど、寛解の段階まではやく持っていけると思う。

少なくとも今よりは苦しみが低減されるのではないかな。

医者にかかるまでが大変だが、それからも戦いは続く。

http://anond.hatelabo.jp/20090910182654

http://anond.hatelabo.jp/20090910181413

2009-08-01

http://anond.hatelabo.jp/20090801072936

> 「優しくしてもらって当たり前、でも待遇は健常者と同じ用にしてもらって当たり前。なぜなら私は病気だから」

そのくらいふてぶてしくしてないと生きていけないじゃん。遠慮してたら死ぬだけだしー。

 

> 関連日記は「健常者への罵倒」と「いかに自分悲劇のヒロイン/ヒーローなのかを綴ったポエム」満載。

健常者への罵倒なんてただの愚痴なんだから聞き流せよwww

つーか、うつ病患者なら解離性障害患者の苦しみが100%わかるか?

椎間板ヘルニアの腰の痛みと、歯根膿胞で顔の骨が溶けていくときの痛みは、明らかに別のものだ。でも苦しいのはおんなじなんだよ。死んだほうがまし、というかそんなのも思いつかないくらい痛いのだけ同じで、種類も程度も違うけど、苦しいのは苦しいんだ。それをまったく別の病気患者が100%わかるかといえばわかるはずもない。なのに、わかったものとして言葉をかけられても腹が立つだけなんだよ。

 

> 少しでも「こうすれば治るんじゃないかな?」とか否定意見を書くと

わかるはずもない苦しみをわかったものとして意見されても、腹が立つだけ。

べっつに何も言わなくてもいいと思う。敢えて何か言うのだとしたら、「うんうん」とうなずくだけでいいんじゃないか。はっきりとした言葉にするとしても、「素人には何もいえないけど、苦しいってのは理解した」くらいしか言えないんじゃないか。

 

薬飲んで寝てれば3日もすると治ってる、っていう病気ならいいんだけどね。うつ病って、だいたい重症化してから発覚するから、寛解するまで半年単位で2~3年とかざら。人によっては5年10年かかるわけで。それがものっっっっっっっすごいモドカシイ。そのモドカシサがあせりにつながる。あせりが健常者への罵倒になったりする。まわりの人間としては、見守るしかないじゃん。

 

http://anond.hatelabo.jp/20090801081747

優しいな、お前。

2009-07-27

http://anond.hatelabo.jp/20090727043127

寛解オメディウス!

4ヶ月くらいはぶり返しやすいから気をつけてな!

2009-06-23

ヤバイ感じ

あー、テンション上がらない。

自滅パターン

季節の変わり目だから?

鬱になったときの雰囲気に似てる。

頭が締め付けられるように苦しいとか。

こういうときは、ぼーっと休むのが一番。明日休めないか調整してみよう。



寛解してだいぶたつけど、あれだな。こういう状況には敏感になるな。

骨折した人が低気圧で痛むようなものか。

2009-06-10

ノイローゼ

1。アパートに、病気の弟と二人ぐらし。二年前に糖質発症。だいぶ治りつつあり、寛解しそうだがまだ気は抜けない。

2。長期アルバイト仕事。今年の秋で三年間の任期が終わるはずが、事務所ごと整理ということで年末に閉鎖することになり、それまで契約期間が延びた。

3。アルバイトの状態なのに、進行管理など同僚が気づいていない仕事を先回りして自主的にやってしまう。

ぼーっとしてる人は動きが悪い。

自分はついいろいろこなして疲れてしまう、損な性格だ。

辞めたいと思っているうちに、一人が辞め、補充の人は半分くらいしか働かないので古株に皺寄せ。

上司は頭のかたいおじいさん。

最近ノイローゼみたいになってきた。休もう休もうとしてもどんどん電話をとったりファックスをとったり雑用をしてしまう。

2009-05-10

人付き合いがめんどくさい

気心の知れた友達とか恋人なら遊んだりするのは全然苦ではないのだが、友達の友達とか 恋人の同僚とか、もう少し範囲が広がってくるとストレスが溜まってしょうがない。

自分仕事上のストレスから精神的な病にかかっていて、一応寛解に向かいつつあるが、恋人曰く恋人上司も今同じ精神病になっていて、何とか励ましてあげたいから協力してくれ、とのこと。

それを聞いた時、なんだかなぁと思った。自分って何なのって。こっちのことは気遣ってくれないのかな。

お盆休みの時に3人で旅行に行くことに何時の間になっている。何故自分も?ってか嫌なんだけど。本当に嫌だストレスでまたおかしくなりそう。

2009-03-25

http://anond.hatelabo.jp/20090325220551

妙な手合いが多いなあと思ったら、そうか春休みなのか。

みんなはてサなんて忘れてさ、本読もうよ、本。

等質は治らないんだよ。寛解するだけ。


http://anond.hatelabo.jp/20070522214634

http://anond.hatelabo.jp/20080723160725

http://anond.hatelabo.jp/20090312151427

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2009-03-18

http://anond.hatelabo.jp/20090317143004

そりゃハズレだなぁ…。

もし学生ならスクールカウンセラー学内病院(?)に行くことをお勧めします。

僕も学部4年の時にうつになって、スクールカウンセラーとか使った。パキシルメイラックス(だったかな?)も使った

それでも頑張って大学大学院に通って、今では寛解(症状が出ないというレベル)になったよ。そして頑張って就職活動してる。


なかなか難しいかもしれないけれど、個人的なお勧め法は

「思っていることをぶつける」元気があるなら、ぜひやってみてほしいなって思う。

周りに話すのもよし、日記の非公開記事として書くのもよし。

君の友達がもし本当に友達であるなら、ちゃんと悩んでいる内容を聞いてくれるはずだと思う。

もし誰も聞いてくれなくなったら、この増田を使えばいい。

反応してくれる人がいるかどうかは分からないけれど、思っていることをぶつけることはできるんじゃないかな。

焦っちゃいけない。ゆっくりゆっくり治していきましょう。

2009-03-09

親殺しの選択肢を与えない社会…か

 選びようがない親という存在だけは、社会子供に対して家出選択肢をきちんと保証してやらなきゃいかんと思うがなあ。でなくば極端な話、子供には親を殺害する権利が発生しそうなもんだが。

 私の場合、9歳までに親を意識不明より重篤な状態に叩き落さねば、まともな人生を遅れなかったと考えている。ただ残念なことに私には自らにかけられた本能的・社会的頚木たる親への服従に束縛されていたし、事故や事件などに親が巻き込まれることは無かった。

 幼少の頃に私は自身にかけた呪われた予言意味的に覚えている。曰く、「私よこの呪われた記憶を忘れるな。年齢が二桁になる前である今、私は親の束縛によって恐らく内面的な精神は崩壊している。時間が経っても消して回復や寛解することは非ず、少なくとも自立する際に内面破壊のさまをまざまざと知るであろう。」と。そして9歳の自身の予言の通りとなっている。ただひとつ違うとすれば、自らの内面破壊を知らしめた引き金をひいたのは自身ではなく親であった。

 私の親は焼肉で包んだ氷ばかり食わせるようなものだった、世間の方が遥かに暖かい

http://anond.hatelabo.jp/20090309143851

2009-02-05

http://anond.hatelabo.jp/20090205093001

これは…非モテが突然モテたことによる一時的な高揚状態ですね。

モテたい患者彼女ができると比較的よく見られる現象です。

特効薬はありませんが、恋人以外の身近な人間とのコミュニケーションが有効です。

周りから痛い奴って思われてたんだな…と自覚できてくれば症状は寛解してきたと言えるでしょう。

しかし、体質を変えていかないと症状の完治には至りません。

たびたび発作に襲われることがあるかもしれません。

周囲もただの人間です。あなたもただの人間です。

決して自分が強者ではないことを意識して生きていきましょう。

既婚子持ち無職増田5

増田ができてからうつ病についていろいろと体験というか思いを書いてきた。ちょっとまとめてもよいかと思って今までのエントリをまとめてみた。まあ、統一性はない。切羽詰まって書いたような物もあるし。

未だうつ病は治らない。早く寛解したい。ドクターを変えたいのだけれど、自立支援法自己負担の関連で病院を変えると再申請せねばならず、そうすると多額の治療費が必要になるのでちょっと薬を貯めておこうかなとか思う。

今年になって、この病気に対してどう対応していこう、どう社会復帰していこうか考えている。思い切って小学校教育へ戻ってみたら案外辛いけれども続くかも知れない。しかし、教員自分には向いていないと思う。非コミュだしなぁ。

しかし、子供がもうすぐ一歳となる。妻は育児で働けない。何とかせねばと焦る。

私が敬愛するブロガーであるid:finalvent氏にはいくつかのエントリを取り上げて貰っている。匿名で書いているからだろうとは思うが、有り難い。しかし、言われていることがなかなか実践できない。実践するものというとらえ方が間違っているかも知れない。そうせざるを得ないでしょうみたいなものかも知れないな。

2009-01-24

http://anond.hatelabo.jp/20090122230347

↑のブ米から

hiro7373 idコールはやめておこう。信じていればプラセボ効果が発揮されることもあるかも。実際にプラセボでガンがすごくみるみる小さくなった人とかいるそうだし。(ちなみにプラセボと知らせたらまた大きくなってしまった)

かくかくしかじかという人がいる、という話と全体としての傾向の話ぐらい区別しろ。

わかりやすい例をあげよう。

ガンは全く医学治療しなくても寛解する人がいるのは非常によく知られている。

だからといって全く自然治癒に任せるのが正しいか?それを標準的な選択肢として揚げていいかというと否だ。なぜなら自然治癒する人はまさに奇跡のような確率でしか存在しないからだ。

プラセボ効果というのは集団を観測したときにこのくらいある、と言えることは言えるが個々の人にどの程度あるか、というのは通常の薬の効果以上に不確かだ。そんなものがどれだけあてになるか、患者の方があてにしていいものか少しは考えろ。

さらに言うとプラセボはいい方だけではなく悪い方にでることもある。

あてにできるなら、すでに標準的な医療として確立してるんだよ。

2009-01-07

毒親というやつ

前からわかってはいた。母親の仕掛けてくるあれこれに翻弄されて心を病みながらもそれを認められずに生きてきて、去年の夏やっと病名がついた。ほっとしたというよりも恐怖だった。

医者がずいぶん前からかかっていたようだと言った時正直やっぱりなと思うのと同時に安堵した。よく頑張って普通の生活を送ってきましたね、ともいわれた。考えてみれば心を病みながらも大学入試を乗り越え、大学卒業しようとしているのだから心の病にかかってるとは言い難いのかもしれない。自分ではよくわからない。ただ、母親存在自分の毒になっているということがはっきりしたことだけが嬉しかった。


考えてみれば、母親とはまともな会話をしたことがない。いつも物の置き方や歩き方、扉の締め方で機嫌を伺っていた。突然スイッチが入るのだ。それは例えば、あのころはまだ小さかった妹が粗相をしたとか、皿を割ったとか、あるいは父親がへまをしたとかそういう負の原因の矛先が自分に向いていることもあった。たとえば運動会で一番になれなかったとか、マラソン大会で後ろの方を走ってたとか、勉強しているとかそういう自分に原因のある場合もあった。あるいは表情が変わらないとか、びくびくして隠れてばかりいるとかそういう環境による原因から来た自分の状態を責められることもあった。時には鍋が焦げ付いたからとか買ってきたものを間違えたからとか庭の植木剪定がうまくいかなかったからとかそういう母親ミスが原因でスイッチが入ることもあった。いつどこでどういう風にスイッチが入るかはわからなかった。とにかく機嫌が悪ければ、自分に矛先が向いた。うまくことが収まらなければ、ちまちまとためているお小遣いを没収されたり、教科書などの学用品を捨てられたり、あるいは着の身着のままで追い出されたりもした。折檻も受けた。いまだに残っている傷跡もある。でも一番きつかったのは給食費修学旅行費などの学費を出さないと言われることだった。それが一番弱った。

スイッチが入っていなければ普通の、ごく普通の家庭だったと思う。大学にまで行ってるのだから、と人は言うからおそらくは幸せだと考えなければならないんだろう。感謝しなければならないんだろう。そうずっと思ってきた。


学費のことはよく言われた。困らせようとしているのはある程度大きくなったらわかっていたが、しかし実際困った。中学卒業してしまえば、金を出さない働けと言われてしまうとそうするほかなかった。そうしなければならないんだろうと何度か学校をやめようとしたこともあるが、そのたびに誰かに止められた。先生だったり友達だったり、恋人だったり。お金を出してあげるからと言ってもらったこともある。金を出さないという脅し文句は一番卑怯で最も子供に言ってはいけないことなんだから自分が悪いと思う必要はないと諭してくれた人もいた。その中で毒親という言葉を知り自分母親がそうであるということも理解した。

よく考えてみれば、何を言っても言い訳になるようになっている。うまいこところころと人の発言を自分の思う通りに解釈してそれを掲げて人を糾弾するのが得意な人だ。自分が悪いような気がしてしまう。誰かを責めるためなら直前にいったことと180度逆のことも恥ずかしげなく言える人だ。しかしそれはうまくコーティングされて、それが正しいような気がしてしまう。そういう能力に関しては長けている人だ。生きてきた年数分うまいのだろう。


去年の夏ごろ、父親が病気になった。体に多少不自由が残っているが、自分身の回りのことはできる。思うように動けないせいかややひがみっぽいことを言うことが増えたが、命に別条はない。父親も被害者のようなものだった。昔はそうでもなかったような気がするのだが、最近は呆けたような顔をすることが増えた。長年人格を否定され罵声を浴びせられ続けるとあんな空虚な顔になるのだろうと思う。その父親を母親は親の敵のように嫌っている。いや、母親が親に恩など感じているわけがないし自分でもそう言っているのだから、犬猿の仲とでも言えばよいのか。物心ついた時には母親が父親をいつものやり方で責め立てているのが日常風景だった。

正月、正直実家に戻る気にはなれなかった。卒論もあるし、家に帰ったらそれどころではなくなるのはわかっていたのだ。でも帰らなければまたうるさいということもわかっていた。最大限の妥協をして年末の数日実家に帰り年が明けてすぐ下宿先に戻ろうと思っていた。でもやっぱりそうは問屋がおろさなかった。

愚痴を聞くだけなら、かまわなかったのだ。病人を抱えていればそれなりにたまってくるものはあるだろうということは簡単に予想できるから、それを聞くのはやぶさかではないと思っていた。忙しくてあまり帰らず申し訳ないとも思っていた。夏はちょうど私自身も心を病んでいてどん底にいたのであまり父親の病気には関わらなかった。関われなかった。それでもできる限りのことはしようといろいろしたのだ。しかし、それが足りなかったらしい。まずその不満からだった。母親自分のしゃべっていることでどんどん興奮していくたちなのでなだめながら聞いていたが、でもやっぱり駄目だった。父親に向けられなくなった分こちらに向かってくるエネルギーがすさまじかった。私は疲弊した。そんな私を好きなように攻め立て、あらゆる事実を捻じ曲げ、母親は私を糾弾した。薬をいつもより多めに飲んでもそれでも駄目だった。気分が落ち込んでいくのは止められなかった。そんな私に母親はあんたの性格が悪いから病気になるんだといった。薬を飲むのをやめろと言った。医者なんか信用するなと言った。そして、その医者はあんたの好みなのかと聞いて嗤った。それでもおさまらなかったらしく、離婚してやると喚いた。離婚して父親の面倒を押しつけてやるといった。離婚したら結婚も難しくなるあんたはみかけもたいしてよくないし、と言った。父親の面倒をみたら仕事にも支障がでるだろうねと笑った。親が離婚していてさらにその親の介護をしているあんたは嫁にいけないよと言った。仕事にも集中できないから貧しい暮らしになるに違いないと言った。そういいながら笑った。ずっと私は正座し黙っていた。10時間。ひどい正月だった。卒論は進まなかった。たぶん留年すればいいとでも思っているのだろう。そういう人だ。留年したら就職は難しくなるから、これからも矛先を向け続けることができるし、そして逃げ出せなくなるとわかってやっているのだ。わかっていた。だから黙っていた。もう何度死んでくれたらいいのにと思ったかわからない。頭の中でぐるぐるとどうやって殺してやろうかと考えていた。そう考えるだけでずいぶん楽だった。どうやって苦しめてやろうかと考えていた。静かな気持ちになれた。


母親は私を捨ててやるとよく言った。母親は私を不幸にできることを信じて疑わなかった。子供のころはそうだった。しかし、いつまでもそうではないのだ。私は卒業し、就職したら母親を捨てるだろう。徐々に不自然でないくらいゆっくりと捨てるだろう。性急になってはいけない、勘付いて何もかも元の木阿弥になってしまう。母親は困らせればすがりついてくると思っている。またいつもの手を使って絡め取ろうとしてくるに違いない。だが、私は捨てるのだ。なにもかも。親もきょうだいも何もかも捨てて過去は断ち切るのだ。まともな生活を普通人間関係を、得てもいいといろんな人が言った。幸せになっていいんだとたくさんの人が言った。母親が私を評したのとまるで逆のことをいつも他人から言われる。居場所を奪わない人がいる。失敗したら許してくれる人がいる。泣き言を言っても聞いて慰めてくれる人がいる。怒りを向けてもそれを受け止めてくれる人がいる。私のことを思い、傷つかないように言葉を選んで忠告をしてくれる人がいる。世の中にはそういう人がいてそういう人たちにたくさん助けられてきた。普通の、ごく当たり前のこと、そういう幸せを私に与え、私が差し出すものを受け入れてくれる人がいることを私は知っている。ふつうになりたい。いつも切望している。



追記:

わわわ、ありがとうございます。がんばって逃げます。

icloud 幸せになってほしい。あまり大きな声でいえないけど、計画がうまくいくといいな・・ ・・・・・ところでうちの母もこのような感じ(ここまでではない)のだけど・・・病院につれていってみるかな・・

残念ですが毒親本人はおそらく病院に連れて行ってもせいぜい境界線人格障害と診断?される程度じゃないかと思います。それだったら距離を置いてしまうのがよいのでは。程度によりますが少し距離を置いた方がうまくいったり環境を変えることで寛解することもあるらしいです。

お母様が毒親に苦しめられているということだとしても病院病気になってる人しか助けられないので病名はつけてくれるかもしれませんが原因が取り除かれないことには…。穏やかな日々が来るといいですね。がんばりましょう。


私が飲んでるのはデパスじゃなくてリーマスなんですよね…正真正銘メンヘラです。はぁ。でもたぶんきっと本当に必要なのは、薬じゃなくて簡単になくならない信頼関係なんじゃないかと思うのです。たとえば私は無自覚に誰かを傷つけたり怒らせたりすることはあるわけだけれども、そういう状況になった時にあぁ生活すべてがめちゃくちゃになるこれで何もかも終わりだっていう絶望感にとらわれなくてもよい、という思えることが本当は必要なんです。そういう信頼関係が築ける相手がいることが必要なんです。対立しても怒らせても、ちゃんといいたいことは言って嫌だと思うことは伝えて、そういうことができる関係というのが。

母親自分存在を確かめるために、自分が必要な人間だと思われているということを確認したいがために私を使ってきたわけで、私はあくまでも母親自尊心を確保するための道具だった。必要な道具だったからそこにおいていただけなんですよ。私じゃなくてもよかった。ただちょうどよかっただけで、そのために手入れもしたんだろうし金もかけたから手放すのは嫌なんでしょう。でももし代わりになる道具がでてきて私が必要なくなれば簡単に捨てるだろうってことを私は知ってる。

道具が持ち主を愛さなきゃいけないんでしょうか。しなくてもいいですよね。理解すらしなくていいと思う。泣かせてもエグいとすら最近は思わないです。やりこめることはできる(そのあと包丁が出てきたりとか面倒なことになるので避けることが多いですが)。だって私は道具だし。都合のよいように使えなかったから泣いてるだけでただの子供なんです。あの人は私にとって脅威ではない。ただの面倒な子供で、縁を切ってしまいたい。でもあの面倒な子供は生きてきた年数分だけ聡く狡賢いやり方を知って、攻撃力は半端ないし、私も痛いのは嫌だし職や住まい恋人を奪われるのは嫌なので空気のように消えていくしかないんだと思います。中途半端はよくない。やるなら徹底的に消息を絶たないと、たぶんいろんな意味で殺されるから。

2008-12-27

http://anond.hatelabo.jp/20081227154807

http://www.geocities.jp/botsuwan/newpage4.htm

「双極型」の躁うつ病についてです。「双極性障害」とも言います。躁状態(躁病相)とうつ状態うつ病相)が繰り返し現れます。20??30歳くらいと、50代以上の高齢者に発病しやすく、精神分裂病統合失調症)が遅くても40歳くらいまでの発病なのに比べると、高齢で初発することもありうる病気です。

うつ状態うつ病相)の症状については既に述べましたので、躁状態(躁病相)の症状についてお話しします。躁状態では易刺激性(些細なことで怒りっぽい)、多弁、多動、行為心迫(次々と何かをせずにはいられない)、不眠(眠れないのではなく眠らなくても平気)、観念奔逸(話すことのまとまりが悪くなる)、誇大性などが見られ、周囲に多大な迷惑を及ぼします。しかし放置していても自然寛解自然に病状がおさまる)する場合も少なくないため、性格の問題(時々怒りっぽくなる人etc.)の問題として長年(何十年と)治療を受けずに放置されている場合も少なくありません。単極型のうつ病と同じく病状がおさまれば普通に生活ができ、人格変化などを残すことが少ないため、一見して精神病気と気づかれにくいのでしょう。

しかしさすがに躁状態のひどい時は周囲に迷惑、被害を及ぼしますので、警察などが介入して精神病院入院のやむなきに至ります。このときは本人は自分がどう悪いかがわからなる一方で(病識欠如)、強制入院させられたことだけは覚えていて、入院させた病院家族に不満を持つことになります。このため寛解後は通院、服薬を中断しがちです(どう悪いかがわからず強制入院させられた訳ですから無理もありませんが・・・)。したがって急性期の強制入院はやむを得ないことながら、できるだけ早い、軽症なうちの精神科受診が望まれます。(H16.2.2??2.3)。

躁うつ病治療躁状態うつ状態治療はもちろんですが、長期的にみて大切なのは躁とうつの波を小さくする「病相予防効果」「再燃予防効果」のある薬を長期にわたり服用してもらうことです。

躁病相ではイライラ、興奮などが目立ちますので鎮静作用の強い薬を使います。うつ病相では抗うつ薬と休息を中心としたうつ病治療を行います。しかしこれでは躁病相、うつ病相が現れたときにその場しのぎの治療をするだけになってしまいますので、「ムード・スタビライザー(mood stabilizer)」と呼ばれる薬を長期にわたり服用してもらい、病相予防、再燃予防をはかります。この薬は躁病相でもうつ病相でもない時期すなわち「中間期」でも服用が必要です。


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俺の見たてではありむーの病状は

単なる寝不足

2008-11-18

大荒れもいいところだ。恥ずかしい。

寛解できなくてもかまわないと思っている。一生憎んでいこうと思ってる。自分はそれでいいんだ。許せないならそれはそれでいい。許すのが怖いのかもしれない。


昨日も一日からだが冷たくていつまでたっても寝付けなかった。体中が凝って緊張しているのがわかった。何とか明け方頃に寝入ったけれどもすぐ起きてしまい、今日は一日頭が冴えなかった。元々胃腸が弱いが、飲み物だけで吐けるほど弱っている。別に多分風邪ではない。気から来るってやつだ。



街中で小さな子供を見かけるたびに考える。自分はどういう子育てをするんだろう。いずれちゃんと考えなければならないことはわかっているけれども、いつも怖くて途中で苦しくなってやめてしまう。子供は多分好きだ。いやでもわからない。毎日夜泣きされたら、わがままを言われたら、どうするだろう。どう思うだろう。自分はなにをするだろう。時々止まらない感情があることはわかっているのに、それをどうにかしないうちに親になってしまったらどうしよう。どうなるのだろう。怖すぎる。だから許してはいけないのだ。あれにはならないという意志を強固にもって些細な自分の制御できない部分に触れるたびにあれを思い出してそして自分自身を止めねばならない。あれになってはいけない。だから私は許してはいけないのだ。絶対に許してはならないのだ。



あるひとにじっくりと話し合えば寛解できる、できないわけがないといわれたことがある。そうかもしれないと思った。一時は少しましな関係になったかのようにも思えた。だがそういった彼自身が私を裏切り傷つけ、ずたずたにしたとき自分で築いた幾重ものバリケードの向こうにかわらないあれがいた。きけばきくほど吐き気がした。理解しようと思えば思うほど理解できなかった。もしかしたら彼の影がさしているだけかもしれないと判断を保留して数年たったがあれはあれのままだった。理解できなくてもいい、今はまだ許さなくてもいい、そう自分で思ったときもあれはあれのままだった。変わることはないのだと思った。

寛解できる人もいるだろう、よく話し合って理解できる人もいるだろう。でもあれは無理だった。理解は、した。多分したと思う。でも許すことはできないと思った。過去を水に流すことはできないと思った。大切なひとだということはできなかった。


何気ない言葉に傷ついている。言ってる人たちは悪くないし、普通はそういうものだろうと黙って笑っていることにしている。勝手に傷つくのが悪い。黙っていればそれでいい。誰にでも言わなくてもいい。弱いところを突かれるだけだから自分のために黙っておいた方がいい。

あれは自分の心の安寧を保つためだけに周囲に人間がいると思っていた。あれにとってはすべてが自分を満足させるために存在しているものでそれ以外は排除すべきものだった。愛情はあれを都合よく根拠なく肯定することによってしかありえなかった。あれはいつも言っていた。勝手に生まれてきたくせに育ててもらってる感謝をしろと言った。おまえを養わなきゃいけない理由なんてどこにあるんだろうと心底不思議そうに言った。その言葉通りいとも簡単に存在をけそうとし、大量の血が流れたが病院にかかったことはない。言葉で何度殺されたかわからない。何度も何度も死んでついに何も感じないようになり、すべての人にとって都合のいい人間になった。誰にも逆らわなかった。誰からも存在を認められなかった。


私が苦しかったかつらかったかどうか人と比べるのは無意味だ。恵まれているかどうか不幸か否か人と比べることは無意味だ。私がそうだと思う事実だけが過去には存在していてそれでかまわないのだ。私は言ってもよかったのだ。反発をしてよかったのだ。相手のせいだと一方的に言ってもよかたのだ。今となってはできないが、そうすべき時があったのだ。そうすべき時を経て、自分は悪くないという感情とだがそうとは限らない自分にも非があるという冷静な思考を養わねばならなかったのだ。でも私にはそれができない。まずすべて自分が悪いのだと思い、それから苦労して自分が悪くないという屁理屈をこね上げなければならない。でもそれでもいいのだ。それでも自分がどういう人間かわかっているならそれでいいのだ。自分がまずすべて悪いと思い込んでしまうと言うことを理解してくれる相手がいるなら、それでかまわないのだ。理解した上で立ち止まってくれる相手がいるならそれでいいのだ。私が悪いと思い込んでいるのをいいことにすべて私にかぶせてしまう人でないなら、ちゃんと対話することができる。立ち止まって思い込みをただしお互いに冷静なまま話をしていくことが可能であるのならば、それでかまわないのだ。そういう信頼を置ける人がいるなら、それで十分なのだ。



こうして一つ一つ文字にして自分に言い聞かせることでしかまだやっていけない。無意識の思考の中ではまだ自分自身の思考を整理できない。それでも一歩を踏み出したのならいつか幸せになれると信じている。恐れないで自分とは何かを表現して傷つくことを恐れずに進んでいけば、いつか普通が何かがわかると信じている。もしかするとそれは青い鳥かもしれないが、実際に探し回る過程こそが必要なのだからそれでいいのだろう。

私はあれを許さないしあれにまつわるすべては捨てようと思う。罵られても非難されても、それで弱気になっても、それでも行くしかないのだろうと思う。次の世代に渡さないために。連鎖を一つずつ断ち切っていくために捨てなければならないのだ。すり込まれた恐怖も何もかも。

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