はてなキーワード: 体外受精とは
男女ともに40歳を過ぎた頃から、なんとなく人生の到達点がぼんやりと見え始める。仕事を持つ人は、その立場や職責からそろそろ定年を見据える年齢となるだろう。頑張っても先は知れてる、頑張りすぎると体を壊す、そんな年齢。でもほどよく頑張らないと、人生がドンドン先細って行くのを肌に感じる年齢だと思う。
さらに女性は、機能的に子供を作れなくなる事で、産むか産まないかを決心する年齢であり、より人生の進むべき方向性や選択肢が狭くなる気がする。
働きながら子を作るか、家庭に入るか、作らないで生きるのか。そんな苦しい設問に頭を悩ますことが無くなる変わりに、選択肢自体がなくなり「子供を作らなかった自分」が、のさばってくるのだ。
アラフォーって、女性が「産めるのに産まない」選択をする境界年齢であろうと思う。もちろん子を既に持つ人にとっても、最後の子を宿そうかどうかと考える時期だと思う。
アラフォーになって、(産まない選択をしたが既に子供のいる方や産めなくて産まなかった人は別として、)理由はどうあれ「産めるのに一人も産まない選択」をした女性にとっては、この年齢以降は産めるのに産まな「かった」人生が、今後一生待ちうけている。
結婚する時「子供の無い人生を歩もう」と決心した2人なのに、女性が産めない体になってから「別に子が出来たから離婚」なんて、どんなに辛い一生が彼女を待っているか。
そんな男性を選んだ女性の自己責任なんて、口が避けても言うべきでない。それほど一生をかけた精神的な暴力を受け続けなくてはならないのだから。
少し脱線するが、子供が欲しくて不妊治療を頑張る女性の、その辛さは男性には分かるまい。夫に「も」不妊検査を切り出すだけで、また体外受精の精子提供を提案するだけで「そんなにまでして子供は要らない。」なんて男性はシレッと言ってのける生き物だから。
出来るかもしれない可能性にかけることすら簡単に拒否されて。それなのに、妻が出来ない年齢になってはじめて「オレは子供が欲しかった」「子の命には代えられない」などと、どの口が言うセリフで自分を正当化して自分の罪をごまかし、子供を宿せなくなった女性をいとも簡単に捨ててしまう。
そういう意味では、男性には子供を持つことに年齢のリスクは伴わない。
女性が子供を作らないこと。その決意と年齢の関係にはリスクが伴う。
「作れるのに作らない」女性に「子供を作れ作れ」と、周囲がおせっかいを言うのは、そのリスクを知っているからだと思う。
「作れるけれど作らない」人は、作れなくなってから作っておけば良かった、と後悔しないよう色々と、作れるときに準備や調査や保険をかけておいてほしいなぁと思う。
夫は、別に子供が欲しいわけではない。どちらでもいいと言っている。
それは嘘でも思いやりでもなく、本当に、心底どちらでもいいらしい。
できたら楽しいと思うけど、夫婦二人でも楽しいし、僕はそれでいい。
君がどうしても欲しいなら不妊治療するのは構わないし協力するけど、
3回体外受精をして、3回目で着床したものの、8週、心拍確認後に流産。
ホルモン補充でうつっぽくなる体質らしく、1年間常に後ろ向きな精神状態。
正直、これを続けるのはかなり気が重いが、可能性がある以上、もう少し取り組まないと、後で後悔しそうだとは思う。
そんな状態でも仕事を続けていられるのは、私がフリーに近い仕事だから。
ペースを落としても、今のところ誰にも迷惑かけない。
もっと集中して取り組みたいことがある。
その間、精神的にも肉体的にも負担が重く、仕事はおろそかになっていいのか?
それとも、もう子供を持つことはあきらめて治療をやめ、仕事に集中するのか?
2人の子のはずだけど、夫の意思はどこにもないので、私が決めるしかない。
もし、彼が「子供が欲しい」とひとこと言ってくれれば、1年といわず2年でも3年でも頑張れるのに、と思う。
でも、そんなこと強制できないし、それは仕方がない。
自然に授かれば考える必要などなかったこの問いを、突きつけられている。
僕も男性不妊ぎりぎりの線で、自然妊娠と体外受精試して駄目で顕微授精を妻にお願いした。
でね、とても勝手な言い分だけど、凄く情けなかった。
何処かしらマチズモには毒されているらしく、どうしても否定される気分は拭えない。
あなたも書いているように、本当に女性にだけ一方的な負担を強いる。
自分の欠陥で、妻に負担を強いる情けなさ。
なので、僕は「一緒に頑張ろう」とは言えなかった。「頑張ってくれ」も嫌だった。
だから、終わったときに「大丈夫?」としか聞けなかった。
夫の人も、なんと言っていいのかわからないのかも知れない。
だから、変に悩むより、気持ちをぶつけてみた方が良いよ。
タイトルに不適切な表現がありますが、あえて使わせてもらいます。不愉快な人はごめんなさい。
3年前の今頃、夫が重度の男性不妊だと分かり、現在まで子供なし。今年中に体外受精をしようと夫婦で決めていたので先週の私の誕生日(土曜で夫の仕事が休み)に不妊専門の病院へ行ってきた。
本当はもう少し早くに不妊外来へ行く予定だったんだけど、婦人検診の乳がん検査にひっかかってしまい、精密検査に時間がかかってしまった。
エコーで腫瘍が左胸に1つと右胸に2つみつかり、そのうち1つは問題なし、残り2つは「異型細胞」で癌ではないが正常でもなく、今後癌化する可能性もあるので半年毎の経過観察ということに。体外受精をする予定だとあらかじめ伝えていたので、主治医は今後はホルモンの影響等も考えて経過観察する予定だと言ってくれた。
エコー、マンモグラフィー、MRI、針生検と、癌の可能性がなければしない検査(針生検)までしたので、結果が出る前に乳がんの覚悟はしていた。30歳になる前1ヶ月間は乳がん検査と結果待ち。まだ20代だし3つの腫瘍が全部癌ならすぐに全身に転移して死ぬのかな・・・と、とても不安だたけど、私を不安がらせないようにか、夫は「絶対癌じゃないよ」と言うだけだった。
3年前、夫の精子検査の日、夫は結果を聞く前に仕事に戻ったので私は一人で結果を聞いた。
先生:「はい、○○さんの奥さんね?えーっと、ご主人とは自然妊娠は無理ね。精子が少なすぎるから。体外受精でも無理だろうね。子供ほしいなら顕微授精以外無理ね。」
私:「え・・・・?」
先生:「顕微授精の説明は看護師から聞いて帰ってください。はい、お疲れ様でした。」
私:「え・・・、先生、無理って絶対に無理なんですか?」
先生:「絶対とは言えないけどこの数字じゃねー、考えても仕方ないよ。」
徐々に自分の体から血の気が引いていくのを感じて、意識がボーっとして、大して何も質問が出来なかった。ただ、先生の言い方が冷たくて冷たくて、平常心を保つのがやっとだった。何で夫は帰ったんだろう、一緒に居てほしかったと強く思った。今考えれば、同情した言い方をすると泣いてしまうかもしれないから、淡々と言ってくれたのかもしれない。
なので、今回は自分の検査だったけど、結果を聞く時は一緒に居てほしかった。癌じゃないと思うけど、もしも癌だと言われた時には、夫に隣に居てほしかったから仕事を休んで一緒にきてとお願いした。有給があまってるので休めたけど、「結果聞くだけなら一人で行けるでしょ?」って言われた。夫は私がお願いしたら嫌でもお願い事を聞いてくれるのでそれはありがたい。だけど、自分の本意じゃないことも口にするので、時々傷つく。
乳がん検査の結果を聞いた帰りの車の中で、「今は癌じゃないけど、来年には癌になってるかもしれないから、早く子供、作らないとね。もし癌になったらしばらく子供作れないもんね。」って私が言ったら、「見つかってないだけで、俺の体のどこかにも癌あるかもしれないし。」って言われた。夫にとってはその程度の事なんだ・・・と思った。
今までは、夫が不妊で子供が出来ないから自分に引け目はなかった。だけど、自分が癌になって夫の子供が産めなくなるのは申し訳ないと思った。だからすぐに体外受精の病院へ行くことにした。
だって、もし妊娠中に発ガンしたら、癌の治療と中絶のどちらかを選択しないといけない。治療をしないで出産する人もいる。それで子供を残して死んでしまう人も居る。考えすぎだろうけど、やっぱり癌化する可能性があるのなら、今後の最悪の状況は頭をよぎる。
誕生日の前日、外食をしてホテルに泊まった。ちなみにホテルは会社の保養所指定先。誕生日、結婚記念日は必ず外食をしてプレゼントとカードを渡すようにお互いしてきたので、今回も夫はそうしてくれた。だけど、その渡し方が悲しかった。渡し方くらいでって男の人は思うだろうけど・・・。
今までは食事の時にバースデーソングが流れてプレゼントを渡されるとか、日付が変わった瞬間に渡されるとか、そういう演出をしてくれる人だった。
今回はホテルについてベッドに転がったら、「はいこれ」ってプレゼントとカードをベッドに置かれた。午後10時くらいで、まだ誕生日じゃなかった。
私:「え?もう?まだ誕生日きてないよw」
夫:「20代のうちに渡したいから」
私:「え?だって誕生日プレゼントでしょ?誕生日にほしかったな」
夫:「30代とかいやでしょ?20代のお前にあげたかった・・・云々・・・」
夫は同級生で、誕生日は11月。いつも私が先に年をとるけど、自分では今年30歳になるのがそんなに嫌じゃなかったから、夫が20代の私に固執した発言をしたのが悲しかった。
次の日、私の誕生日、日本でも有数の体外受精の権威の病院へ行った。夫の結果はやっぱり悪くて顕微授精以外無理だと言われたけど、私は状態がよかったらしい。
男性側が不妊の場合は、女性は正常でも不妊でもあまり関係なくて、排卵誘発剤を使ってできるだけ沢山の卵子を作って、薬で全部を一気に排卵させて、卵巣から直接卵子を採取する。自己注射になったので、誘発剤は自分で注射器で毎日打つことになった。看護士が別室で注射の打ち方を教えてくれたけど、自分のお腹に注射器を90度の角度で針の根元まで刺すなんて、グロいし怖い。いきなり練習でやってみてと言われたけど、緊張してうまく出来なくて、痛かった。針がお腹に刺さっていかなくて、「痛い、これ以上針が入らないんですけど」と私が看護士に言ったら、「大して痛くないくせに」って夫に言われた。人に刺されたら痛くないんだろうけど、自分で自分に刺すのは、うまく出来ないから痛い。どうせなら「頑張れ」とか「大丈夫大丈夫」とか、そういう励ましの言葉がほしかった。
お昼頃に病院についたけど、初診で体外受精の準備が全部整ったので、自分でする薬や注射一式を渡されて、スケジュールも説明されて、あとは自分のタイミングで始めてくださいって言われた。今度病院に行くのは、自分で誘発させた卵子を採取してもらう時。少しづつ治療が始まると思ってたのにいきなりスタートを切らされた感じがあって戸惑った。
たまたま病院が私と夫の母校大学から車で30分くらいの所にあったので、その日は誕生日だし、病院が終わったら、大学まで行って、昔し住んでたマンションを見たりよく一緒に行った居酒屋に行ったり、同級生が働いてるバーによって久しぶりに話がしたいって夫に言っておいた。子供を作る前に、少し昔しを懐かしみたかったから。
病院を出て夫に「大学近辺に行くんだよね?」って言われて「うん」って言った。病院を出た時19時を過ぎていて私は検査が多かったので疲れてたけど、誕生日なので楽しく過ごしたかった。夫は精液検査だけだったので、待ちくたびれてたのかもしれない。何だか二人とも疲れてた。
「あと2回ここくれば、それで終わりだよね?」って夫が言って、私はキレた。
これから家で注射をしたり色々準備して、病院に行くのはあと4回。そのうち2回は私は腹腔鏡手術をしないといけない。夫は1回、オナニーをして精子を出すだけ。
こんなこと思っちゃいけないんだろうけど、夫のせいで私は痛いきつい辛い思いをしてホルモン治療をするのに、夫はアダルトビデオを見てシャーレに射精すればそれで終わり。体外受精は男性と女性の精神的肉体的負担が全然違う。本当は「夫が健康だったらこんなことしなくていいのに」って思ってるけど、精子がなくて辛いのは夫だから、それは言わないようにしてた。だけど、最近の夫の思いやりのない発言に限界だった。
「2回じゃなかったっけ?」って夫がまた言った。かる~く言った。意外と大したことないねって感じで言った。私が口を開いたら醜い言葉しか出ないから、ずっと黙ってた。涙が止まらなかったけど、横を向いて気付かれないようにしてた。これから顕微授精に向けて私がなにをするのか、夫婦で説明を受けたのに、夫は聞いてなかったんだ。だって2回じゃない。
乳がん検査の時、「もしも癌でも、自分のことを第一に考えて、子供は無理して作らなくてもいいよ」って言ってほしかった。
誕生日の日、「30歳おめでと。30代も一緒に楽しく過ごそうね」って言ってほしかった。
注射が痛いって言った時、手を握ってほしかった。
帰りの車で、「体外受精で辛い思いをするかもしれないけど、一緒に頑張ろう」って言ってほしかった。
きっと私がこうしてほしいって言ったら、そうしてくれる。夫は優しい人だ。だけど、自発的に思ってるわけじゃないのがわかって辛い。
「何で心配してくれないの?」って言った後「大丈夫?」なんて言われても嬉しくない。
体外受精までして子供を作っていいのかも不安だし、答えが出ない。もしかしたら子供は作らないほうがいいのかなって時々思う。
ありのままの出来事を人に言うと、単なる夫への愚痴・悪口になるので友達にも言えない。
最近こんなことが続いてたけど、本当は夫は優しい人だし大事にしてくれてると思う。夫のことが大好きだし夫も好きだと言ってくれる。
毎日一緒に夕食を食べてくれるし、週末も一緒にいてくれる。いつもパソコンばかりしてるけど、外でも手をつないでくれるし、夫を知ってる人はみんな「愛妻家だよね」って言ってくれる。
ただ、すごく鈍くて察することをしないだけ。私が普通の声のトーンで怒ったら気付かない鈍い人。
自分たちの事は客観的に見れないけど、客観的には幸せな夫婦です。自分でも幸せだと思ってる。
今回、色々とヘビーなことが短期間に集中したので誰かに愚痴りたくて増田に思いを綴ったけど、こういうことを乗り越えて他人が夫婦になっていくんだと思う。
そう思いたい。だから頑張ろう。
不老長寿の時代は間違いなくやってくる。だが問題が一つある・・
不老長寿が可能になれば、まず最初に利用するのは死を恐れる老人達だろう。彼らはだいたいが金持ちなので、若者と比べれば簡単に費用を出せる、病院にとってはありがたい客だ。
そうなると、老害がいつまでも死なないということになり、今まで老害が死ぬことで前に進んできた文明が停滞する可能性が高まる。
老害は過去に固執する性質をもつやっかいな人種だ。高齢化が進めば、確実に老害率も高まるはず。困った。
対策を少し考えてみた。
若者重視の政策をよりいっそう推進する。これがまず第一だろう。高齢社会とは子供が少なく老人が多い社会。ということは、手厚く保護されるべきは少ない子供。今までのように、5,6人産んで3人死ぬのが当たり前という社会ではないのだから、子供手当をはじめとして子供重視の政策は重要だ。
次に、体外受精の推進。現在はまだ発展途上だが、より優れた子供を産み出すデザイナーチャイルドも社会にはたくさん必要になるはず。優れた人間がたくさん誕生すれば、老害を社会から蹴り落とすことも可能なはずだ。
次に、それと関連したエリート教育の徹底化。哲人政治ではないが、社会は真に優れた人間が動かすことでより発展できる存在だ。現在もエリート教育は行われているが、問題はエリートではない人間への待遇が悪すぎること、選択権がないことだ。私が描く社会とは、エリートだけが社会を動かすために要職に就き、それ以外の人間は就けないというものだ。もちろん、働かない自由も認められる。エリートではない人間達は一定水準の生活を保障される。現在の社会は欠陥だらけである。まず、働かない人間を守る術がないこと。人権という言葉がにわかに注目を浴びてきてはいるが、それならば生まれてきただけで生存権が完璧に保証されなければならない。働かざる者飢えるべからずとは小飼弾の言葉だが、本当に人権という概念を追求していきたいなら、人が生きるのに条件をつけてはならないのである。
そして、不老、若返り技術の発展が必要だ。老害がなぜ生まれるのか、簡単なことだ。老害は脳が正常に働かなくなっているから老害なのだ。つまり、脳の衰えを防ぎ、若返り出来るようなテクノロジーが求められる。
これはデザイナーチャイルドとエリート教育によって発展することが望まれる。人権がますます強大な権利となれば人を殺すことは出来なくなる。加えて不老長寿技術がある。ならば、老害を排除するというより、無害化する方向に持って行くのが一番いい。罪を憎んで人を憎まずである。老害は生得的なものではなく老化の弊害に過ぎないのだから。
こうして老害もいなくなり、人々は生まれながら生活を保障され、エリートが社会を動かす。次の時代はどうなるだろうか。
エリートにも限界はある。エリートは所詮人間でしかない。人間は機械には絶対に勝てない。だから、次は機械の時代になるだろう。
エリートは人を超える機械を作るだろう。人を超えた機械は、エリートという最後の人間を労働から解放する。そして人類は労働から解放される。
労働から解放されれば娯楽の時代が到来する。現在も「暇つぶし」というジャンルの娯楽が存在するが、おそらくこの時代以降はすべての娯楽が暇つぶしとなるだろう・・
ものがあふれれば人は飽きやすくなる。たとえば今目の前に20枚の映画DVDがあるとしよう。正直うんざりするはずだ。それら全てはだいたい平均して1時間半~2時間人間を拘束する。よほどの映画好きでもない限り、1、2本観れば飽きてしまう。そういった時代がくれば、娯楽は使い捨てが主になっていくはずだ。
現在あるゲームがブームとなっている。それはソーシャルゲームと呼ばれるものだ。ゲームファンからすれば、なんだこれはと憤慨されそうなお手軽かつ短時間でプレイ出来るゲームが大半を占めている。
ソーシャルゲームは隙間時間で楽しむことを目的としたものだが、未来の娯楽はこれに似たものになる。
ただし、このような不完全な娯楽ではない。VRが普及することでよりリアルに、臨場感をもってゲームを体感出来るようになるだろう。それも、ゲームセンターではなく個人の家で。
たとえば仮想空間で愉しむスポーツ。カーレースなどもいいだろう。このようなゲームは、いくら見た目だけを立体的にしてもしょせんはゲームでしかなかった。スポーツは体全体に楽しむものだからだ。VRによって、自宅にいながら大海原でマリンスポーツを楽しんだり、雪山でスキーをしたりということが出来るようになる。
それだけではない。リアルなゲームといっても、能力が伴わなければつまらないものとなる。そこで、プロのプレイを体感できるものが流行るようになるはずだ。以前世にも奇妙な物語で殺人を追体験出来るメディアが流行るという物語があったが、あれと同じようなものだ。現実にはありえないような巨大なゲレンデを縦横無尽に滑るプロのスーパープレイをまるで自分がやっているように体感出来たら、本当に気持ちのいい体験となるはずだ。このように、未来の娯楽はなるべく手軽で受動的なものが中心となっていく。
1年間に現代の5年で作られる全ての娯楽作品が消費されるような時代になるだろう。芸術というジャンルは生き残るだろうが、規模は小さくなるだろう。人々は娯楽を高尚なものだとは思わない。娯楽とは使い捨てるものである。そこには誰でも気軽に作れるようなテンプレートが出回り(現在のRPGツクールのようなもの)、星の数より多くの娯楽が出回るだろう。
それが良い時代か悪い時代かは分からない。
夫(私)37歳、妻35歳、長女5歳。
排卵誘発剤の投与と基礎体温の測定を基にしたタイミング療法を続けてきたが全く効果が出ず、先日ついに体外受精専門の産科を紹介されることになった。
タイミング療法を続け、生理が来るたびに落胆を繰り返した2年間は、妻にとって実に辛い期間だったそうだ。
不妊の原因について妻が自虐的な言葉を吐くことも多かったが、私はむしろ自分に原因があるのではないかとも考えていて、自分の検査(精液検査など)もやらせて欲しいとたびたび伝えていたが、今までにそれがかなうことはなかった。だから今回の体外受精への挑戦は、不妊の原因を夫婦双方の視点から探るいい機会でもあった。
―まずご主人ですが、精子の量は正常です。精子の運動性も十分ですから、通常の体外受精法で問題ないと思います。
明るい光が差した気がした。何とかなりそうじゃないか。
―続いて奥様ですが。
―あくまで数値上の話ですが、卵巣の機能がかなり弱っています。これは、ちょっと苦労するかもしれません。
―奥様は35歳ですが、これは40歳くらいの数値です。(事前に見せられた資料では、たとえ体外受精でも40歳を過ぎた時点で妊娠率は35歳時の3分の1以下に下がるとのことだった)
そもそも、5年前にはちゃんと産めてるではないか。なぜそんなことに。
妻がおずおずと尋ねた。卵巣の機能は、直したりできないんでしょうか…。
やはりはっきりとした答えが返ってきた。現代の医学では、それはどうしようもありません―。
とはいえ可能性はゼロではないという補足説明を得て、ともかく体外受精に挑戦することにした私たちは今後の予定を確認し、産院をあとにした。
帰りの車の中で、妻は泣いたり取り乱したりはしなかった。
―結局私の卵巣がダメなんだよね。
乾いた笑いとともにこぼれた言葉のあと、車内にはただただ重い空気が流れていた。
ダメとは言ってないじゃないか。とにかくやるだけやってみようよ…
私にはそう言うのが精一杯だった。それ以上の言葉を継ぐことができない自分が、どうしようもなく無能な人間に思えて仕方がない。
不妊という問題について、私たち夫婦よりも遥かに辛い状況にある人はたくさんいる。なんといっても、私たちにはすでに1人の子がいるのだ。
しかしそうだとしても「今後あなたは子供を産めない可能性が極めて高い」と宣告された妻の気持ちは、男の私には察するに余りある。
体外受精には、1回あたり総額で最低でも50万円程度の費用がかかる。「だめもと」で気前よく支払えるような額ではない。どうせダメなんだ、という気持ちで取り組むべきではないだろうと思う。しかし、少ない可能性を一途に信じて挑戦し、その結果が失敗に終わったとき、妻と私の気持ちはどうなってしまうのか。残念だったね、で終われるのだろうか。
妻は今も、言葉少なに夜なべ仕事をしている。彼女にどう向き合っていけばいいのか。そして、不妊治療に挑戦する意味。
自分の中では結論がまだ出そうにない。苦しくて仕方がない。
僕は33歳。奥さんは35歳。
特別子供がほしいというわけでもないけど、
年齢的にも、そんなこといってられないお年。
今月初めての体外受精をしたのだが、
今朝、奥さんが「整理がくる、お腹がいたい。」とつぶやいていた。
それは、体外受精がうまくいかなかったということ。
うまくいかないことになるとは、わかっていたはずだけど、
正直、ショックを受けた。
医者によると、体外受精の5回目以降は、確率がほとんどあがらないらしい。
残るは、4回。これから、1つ1つ数が減るのだけど、
そのたびに、ショックと不安は大きくなるんだろう。
奥さんは4回もできるのだろうか。そして、4回であきらめられるのだろうか。
好きな彼は、前の結婚で奥さんにパイプカットしてくれ、といわれしたそうです。
わたしは子供一人いますが、できたら兄弟をつくってあげたい、という気持ちと
彼とも家族になりたい、という野望もあって、子供を望んでいます。
そして、彼も、子供をのぞんでいます(彼は元奥さんとの間に1子おり、奥さんがひきとっています)。
が、パイプカットして数年たつと、再結合の手術をしたとしてもそもそも精子がつくられなくなってしまっていたり、
で、体外受精だと妊娠するのに1割くらいの確率で、しかも、毎回全身麻酔をしたり、副作用のある
卵子誘発剤とか使って、母体への心理的&肉体的負担が大きい、と最近
本を読んで知ってびびってしまっています・・・。
不妊治療している世のおかーさんたちは、むっちゃ苦労しているんだなぁ、と実感しました。
わたしは、子供ほしーし、子供産むならぜひ彼と再婚したい、と思っているけど、
子供をつくらないなら、再婚する必要はない気もします。(二人共稼ぎで事実婚でやっていけばいいし)
もう、36歳なので、ハイリスク出産で、ダウン症の子供が生まれる確率も年々高くなってくるので
産むなら早い方がいい、とわかっていますが、不妊治療の件でびびっていて、
正直、彼の元妻が「パイプカットしろ」といわなかったら、と愚痴も言いたくなってしまいますが、
彼と家族をやっていきたい、と思っているので、ミニマム3人でやって、経済的にも余裕がでてきたら
養子をもらうなりすればいいんですかね。
ネット上でのこと。
自らが生殖能力を持っていて、嫁との間に子供をしっかり作っている男が、体外受精に関して「通常の命の営みに反してまで子供を作る技術」と批判していました。
ああ、本当のクズだ。
自分たちが当たり前に持っていて、しかもそれを使って何かを得た人間が、それを持っていない人間がそれを手に入れられる手段をただ気に入らないと言うだけで批判する。
世の中で最低の行為の一つだと思う。「通常の命の営み」ってなんだ?お前の嫁が生んだ子供にだって生んだ直後に医療技術がふんだんに使われて生存率が上げられてるんだぞ?
新しいものを批判したい、保守的な位置にいる自分に安心したいだけのクズ野郎。
人が普通に持っているものを持てなかった人、失ってしまった人に対して、技術の力でそれに近いものを提供できるのなら十分にやればいい。
「向井亜紀が代理出産に使った金を里親プロジェクトに回せば沢山の子が救われた」と言っているゴミもいた。
個人の権利とか気持ちとか頭に無いんだろうな、自分の権利や自分の気持ちだけは大事なんだろうけど。
二人ともリアル友達とも当たり前にマイミクしてるような奴らだった。
そんな状態でこういう意見を書ける奴らが普通にいるmixiは魔窟だと思った。
>id:jt_noSke
この場合の倫理観なんてものは個人の好き嫌いと変わらんよ。いくらだってクズと切り捨ててやる。
宗教観に関しては話がめんどくさくなるからとりあえず逃げとく。
>id:Gelsy
「しなければならない」って何?しなければならない義務なんて最初からどこにもないよ。
ところで「これはひどい」タグって人格批判にならないのかな。「単純におかしい」と言っている以上のイメージを与えると思うんだけど。
>id:yukikeiichi
「説得力」なんてものはそれこそ正しさと同一のものじゃないと思うんだが。
そもそも俺が何のためにこれを書き込んだかって怒りを吐き出すためになんだけど。
「八つ当たりと一緒」が「「殺人犯は頃されて当然」という遺族の訴えに近い感じ」に書き換わってるけど、
俺は単に「おかしいことを言ってるそいつらがむかつく」と言っているだけだよ。
追記部分に関しては結局は程度の問題になる思うので何も言うつもりはないが。
お前のやってるのは「必死だなw」と煽るのとあんま変わらんよ。気味が悪い。
>id:sqrt
しなきゃいいよ。
>id:ngsw
その視点は大事だよね。
>id:imo758
執筆者って俺だよな?子供を親の専有物だなんて言うつもりはないよ。
ただし、「子供を産む」という行為は親側の行為だし、「出産の喜び」「子供を持つ喜び」に関してはどうやったって親のもの。
それを否定しても仕方が無いだろ。
正確に言うとmixi(っていうか大規模SNS)のシステムが怖いと思ったね。
ネットサービスってそのシステムによってそれぞれ色んな恐ろしさが発現するものだと思うから。
2chには2chのシステムによって現れる恐ろしさがあるし、はてブには(略 増田にも(略
はてブの一つ一つに反応していくと心の健康にも悪いからとりあえずこの辺にしとく。
気になった意見があったから反応。「とりあえずこの辺」って曖昧な逃げ言葉使っておいてよかった。
id:nakag0711の考え方はものすごい危ない。少し応用すれば、というか応用しないでも他の病気や障害にあてはめれば、
http://anond.hatelabo.jp/20081001222029
の増田さんへ
33歳、6ヶ月の女の子の父です。
誰かも書いていますが、この手のことは考えても答えは出ない気がします。
そして、必要なのは覚悟とおもいます。
たぶん、誰かに肩をポンと押してもらうか、自ら腹をくくるかのどちらかではないでしょうか。
女性が子供を作ることができる期間、チャンスには限りがあります。
要は、時間の余裕なんて無い”かも”しれないのです。
男にはまったくもって理解不能でしょうけど。わたしも自ら経験するまではまったくの無知でした。
子供なんて、いくらでも、すぐにできてしまうものとタカをくくっていたのです。
ですが、子供が生まれるということは、本当に奇跡みたいなことかもしれないのです。
そして、子供が育っていくということも。
さして問題もなく無事に子供ができる、または、意図もせずに子供ができてしまうこともあると思いますが
そうでないケースも世の中には多々あるということ、そのときに、ある程度の覚悟が必要となること
そういうことを伝えたいと思っています。
子供を作るかどうかということから、すこし外れていますが、
その先にあるかも知れないということ、そういう位置づけで呼んでいただければ幸いです。
また、私の視点は、覚悟ということが時として、非常に重いものということをお伝えしたいというものです。
判断にはいい面、悪い面、両方の視点が必要と思います。
「一歩踏み出せばOK。」
そういう意見も間違いではないと思います。しかし、ある程度の覚悟は必要です。
妻は一歳年下で、約4年前に僕たちは結婚しました。
その後、約2年の不妊治療を経て、結局は体外受精をし、幸運にも今の子供を授かることができました。
実のところ、その2年間は、私たち夫婦にとって、暗黒時代でした。
まず、私自身が不妊治療ということにためらいがありました。始める覚悟を決めるのに苦労しました。
体外受精なんて、考えたこともありませんでした。
それでも、どんな結果になろうとも、やっていくしかない。そう覚悟するに至ったのです。
不妊も扱う、一般の婦人科に二人で受診しました。これが最初の覚悟でした。
タイミング法は排卵の周期を薬で整え、コントロールし、排卵日のタイミングを計るものでした。
1ヶ月に一度、それを繰り返していきますが、たった、1ヶ月に一度なのです。
そして、だめだった場合、次は翌月です。
時がたつにつれ、妻は焦り、不満を自分にぶつけてきます。
妻はもともとお酒は強いほうですが、中毒になるかと思うくらい、お酒に溺れたような時期もありました。
当時は賃貸マンションの11階に住んでいましたが、酔った妻が、自殺しようと飛び降りようとしたことさえありました。
タイミング法を始めて1年ぐらいの時期がまさにどん底だったのです。
自分は、つらい妻を強く支えなくては、と必死でしたが、自分もかなり危ない精神状態だったと思います。
正直、その当時の隣近所様には、毎晩毎晩、騒音でご迷惑をおかけしてしまっていました。
そんな時期、体外受精をする決心、覚悟をし、不妊治療の病院を変えました。
転院した後、何度かタイミング法でしたが、最後の手段として体外受精をしました。
体外受精は、最初に薬でなるべくたくさんの卵子を採取し、その卵子に受精させた後、凍結保存して
何回か受胎を試みるというものでした。
妻は、たくさんの卵子を取るため、約2週間か1ヶ月ぐらい、毎日病院に注射を受けに通いました。
1年以上、タイミング法をしていたときも、月に何度か病院を訪れ、そして、体外受精のときは毎日です。
妻は、仕事を続けることもできず、治療方針を変更する際に退職しました。
費用もそれなりにかかりました。今思えば、大学病院での出産以上のお金がかかりました。
それでも、妻は、子供ができることにかけていたのでした。
そして、これまた幸運にも、1回の採卵で最終的には10個の受精卵が確保でき、
うち、1つを子宮に戻し、残りは凍結保存としました。
さらに幸運が続き、一回目の体外受精で今の子ができてくれました。
子供ができたとわかったとき、妻は、体外受精後の検査から5日前に、妊娠検査薬で検査していました。
私は仕事場で電話を受けたのですが、何度と無く、見てきた棒切れの窓に線が出ていると、妻が、震える声で話したとき、自分も震えてしまいました。
そして、今年4月に娘は生まれてくれました。
本当に元気に泣き、まったくもって健康で、バラ色だ。
満ち足りている。。。そう思った矢先。
明日、娘の片目を摘出する手術を受けます。
目のガンです。1万5千人に1人、そう、万に一つという確立の病気が目の前に起こりました。
万に一つのことは、実は現実になることがあるのです。
目を残すべく、抗がん剤などの治療をここ4ヶ月ほど試みましたが、残念ながら目を摘出するということになりました。
親として、目の摘出という、子供の未来に大きな負担となるかもしれない決断を下すことになりましたが、
命の危険をこれ以上冒せないという視点からやむなく決断をしたしだいです。
ここ1ヶ月、妻とは意見が対立し、また大変な時期を過ごすこととなりました。
しかし、時間は待ってくれません。時間がかかれば、娘の命の危険は増すばかりです。
じっくり考える、、、それは考えましたが、未来はわかりません。
実のところ、最後には、覚悟を決めざるをえない、そういう状況になりました。
以上、わたしの経験を書かせていただきました。
私などより、もっとすごい経験をされている方もこの世の中には大勢いると思います。
そして、たぶん私は幸運なほうだと思います。
だからどうした。そう思うのが普通でしょう。
その予測不可能な未来に立ち向かう力、それが覚悟なのではないかと私は思います。そう信じています。
時間の余裕のなさ、予測不能さ、そういうことを何とか覚悟で乗り切ることが重要と思うしだいです。
そういう視点で、奥様とじっくりお話をされてはいかがかとおもいます。たとえ少しずつでも。
お二人の幸せを心からお祈り申し上げています。
最後に、勝手に私の思いを吐き出したこのような文章を読んでいただける方がいらっしゃれば非常にうれしく思います。
誰かに伝えたい、そういう思いがあった際、きっかけとなった増田さんの記事を見て、どうしても書きたくなってしまったのです。
ありがとうございました。