はてなキーワード: 転載とは
無断転載批判クラスタの正義の志士の皆様を応援して居る身としては、最近の状況には憤りすら感じる。
下劣な無断転載を撲滅すべく、誰に頼まれるでもなく、金銭的な利益があるわけでもなく、毎日twitterに張り付いてエゴサーチをしては
togetterにまとめて攻撃するだけでも大変だったのに……増田や2chの監視までしなければならないなんて!
サブアカを作ってまで、無断転載という畜生にもおとる犯罪者と愚かにも無断転載批判クラスタを批判する者達と戦っている彼らを労うのが筋という物だろう!
カーテンコール氏が「無断転載してる側や批判批判の方が侮辱的な言葉かますことについては」と仰っている件について。
http://anond.hatelabo.jp/20130128213337
初っ端から初対面の人間に(ツイッター上ではあるが)「悪人」と決めつけられ、突然高圧的な態度で迫られ、相手の汚点をできるだけ収集して晒し、より醜く見えるように誇大に宣伝し挑発行為を行われる。そう言った行為で冷静でいられる人間って、殆どいないと思う。(自分が突然そういう風にされる事を、軽く想像してみればわかるはず。)
http://resistance333.web.fc2.com/newpage8.htmこちらのサイトに詳しいが(2ちゃんねるを閲覧する人間として、このサイトを参照するのは、自分でもどうかしてるとは思うが)少なくとも、「クラスタ側」の人間の中には、明らかに「相手を挑発し、怒らせて醜態をさらけ出させる」目的としか思えない言動を繰り返す人間がいるように思える。どこ誰かさんとは言わないけどね。
http://anond.hatelabo.jp/20130129135239の要約版
どうも彼らの中には、長い文章を読むのが苦手な人が居るようなので、なるべく短く要約しようと思う。
・彼らの敵は「遵法主義の敵」であり、表現の自由を脅かす、全ての表現者の敵である(という前提でなければ、彼らの活動理由そのものが存在しなくなる)
・「遵法主義」を掲げる人間に対して、懐疑的な感覚を持ってる相手は、全員が「遵法主義の敵である」という考え方を持っている。
・不特定多数の人間に閲覧されることが前提の活動なのに、自分たちに肯定的な意見以外受け入れたくないという感覚を持っている。
・そして、批判的な意見を表明した者は、全員が「遵法主義の敵」であるという考え方を持っている。(その為、攻撃対象が無差別になる)
・現実問題として「違法行為を行った人間」ばかりではなく、「自分たちに批判的な意見を表明した人間」までを、攻撃対象にしているのも事実である。
以上が、彼ら「無断転載批判クラスタ」の最大の問題点であるという事です。
異論反論があれば、増田でもツイッターでもいいので、個別の問題について、きちんと具体的に、「侮辱」以外の言葉を使って意見を表明しましょう。
無断転載批判クラスタってのは反原発クラスタとかぶるところがあるんだよな。同じタイプの人格障害なんじゃねえのか。ところで
そもそもこの部分が馬鹿じゃねえのとしか言いようがないが、http://anond.hatelabo.jp/20130129135239もここには異存がないようだし、誰も指摘しないのか。
ここ10年間の著作権法改正の歴史において、著作者の権利強化方向に動いたのってみんな条約がらみじゃん。ていうか日本の特殊な事情で著作者の権利を強くする決定なんてしたら、国際的にものすごくめんどくさくなるだろ。そんな調整ができる立法者はいないよ。
http://anond.hatelabo.jp/20130128213337
http://anond.hatelabo.jp/20130129092048
http://anond.hatelabo.jp/20130129110701
以上の3つとは別個の話として。
昨夜書いた「「無断転載批判クラスタ」から身を守る方法を考えてみたい(http://anond.hatelabo.jp/20130128213337)」から一夜明け、所謂「クラスタ側」からの反応が、ボツボツと出てくるようになった。(カーテンコール氏いわく、「リツイートされた件数も、ツイート数に加算される」らしい)
・無断転載行為が野放しになると、著作権法の強化によって、これまでの表現の自由が制限されてしまう事になる
↓
・だから我々は、断固として「無断転載行為」に対して、毅然とした態度を取る!
ここまでは、一般論として依存はない。どれだけひねくれている人間であろうと、この理屈に対して反論するつもりはないだろう。私もそう思う。
ただし、問題はこの先である。
・「無断転載批判クラスタに対して」、「無理してでも」懐疑的・批判的な意見を表明する必要性はあるのか?
↓
・我々に対して懐疑的・批判的なツイートをするのは、奴ら自身に後ろめたい部分があるからだ!
↓
どうも、彼らの行動原理そのものは、ここにあるようなのである。(彼らの中には、後半二つの項目を否定する向きもあるようだが、だとすれば、「違法行為を行っていない単なる批判者」に対して執拗な攻撃を続ける根拠について、是非お答え頂きたいところである。)
彼ら「無断転載批判クラスタ」に対して集まってる批判的な意見は、「断固とした遵法啓蒙活動」そのものではなく、「攻撃対象の無差別化と、その攻撃手段」(エゴサーチ→リツイート→ストーカー行為→炎上ないし追跡)に対してである。
※参考
http://anond.hatelabo.jp/20121030074057
http://anond.hatelabo.jp/20130127175005
度々(主にカーテンコール氏から)「我々の行動に対して、懐疑的・批判的な意見を表明する必要性があるのか?」という意見が出る。
だが考えて欲しい。彼らの(建前上の)本質が「無断転載撲滅の啓蒙活動」である以上、彼らの活動実績を(少なくともツイッター上では)拡散させる必要がある。その為にも「悪人」(無断転載行為を行った人間)を絶対悪として晒し上げ、二度と同じ行動を起こす人間が現れないように、徹底して「叩き潰す」(←先日、松下響氏が使用した言葉でもある)必要が生じる。もしそうでなければ、「あんたら何のために活動してんの?」って言われても仕方がないであろう。
「拡散」させる以上、「彼らの活動実績」そのものが、詳細に「数多くの不特定多数」の人間に晒される事になる。(彼ら自身がそれを望まないのであれば、それこそ「あんたら何のために」って話になる)
「我々の行動に対して、懐疑的・批判的な意見を表明する必要性があるのか?」と、彼らは考えているようだ。
その一部始終を目にした人間の、全員が全員、我々に肯定的な感情を抱く筈だし、抱くべきだ!
彼らはそう思っているのだろうか?
彼らの行動原理として
「無断転載行為が野放しになると、著作権法の強化によって、これまでの表現の自由が制限されてしまう事になる」
という考えを紹介させていただいた。
「無断転載批判クラスタ」に対し、懐疑的・批判的な感情を抱くこと。そしてそれを表明すること。それ自体を制限する根拠は、一体どこに存在するのだろうか?彼らが「遵法主義の啓蒙活動家」である以上、法律に基づく根拠であるのなら、日本の法律のどこの条項によって定められているのか?前回も書いたが、その正当な根拠があるのだとすれば、後々の為にも是非ご教授頂きたいものである。
余談だが、紅蓮の猫 (@lotusredcat)氏曰く「社会の規範を破っておいて、同じ(ルールは破って良いという)意見の人としか交流しないというのはただの甘え」なのだそうだ。
自らに対する懐疑的な意見の存在を受け入れず、その相手を(違法行為を行ったという明確な証拠がないまま、違法行為を行った人間と同様の罪を持つとして)執拗な攻撃を続けるという行為は、彼らにとっては「甘え」ではないという事なのだろうか?甚だ疑問に思うところである。
http://anond.hatelabo.jp/20130129092048書いてる途中に気がついたことがあるのだが、手短に。
関連キーワードで検索してみたところ、所謂「クラスタ側」の人間の中にも、こちらの意図を汲み取ってくれてる人もいるようではある。
だが(こちらは、違法行為の正当性の話なんか一言もしていないのに)、相変わらず「著作権法を守らないやつが何を言ってるんだ!」と、発言している人間も多いようである。
(むしろそちらの方が大多数のようではある)
「どうも、こちらの文章については殆ど目を通さずに、「無断転載批判クラスタ」に対する批判ってだけで、脊髄反射しているのでは?」という疑問が生じたので、敢えて「追記の追記」って事で手短に記そうと思う。(長文になると、彼らも読むのが億劫になるのかもしれないので)
何だったら、我慢して過去ログを読むことをオススメする。普通に中学卒業程度の読解力があれば理解出来るはずだ。
ところで、中には「だったら俺たちの行動について、言及すんじゃねぇよ!」と言ってる人もいるようである。
あなた方の行動に対して、(合法の範囲内で)批判的な意見を提示すること。それ自体を制限できるとする、正当な法的根拠が存在するのだろうか?
もしあるのだとすれば、後々の為にもご教授いただきたいものだ。
・追記の追記の追記
昨日書いたhttp://anond.hatelabo.jp/20130128213337の追記。
どうも20件程度ツイートされているようだが、トラックバックされてるわけでもないので、実際どういう反応があるのかまだよく解らない。
2ちゃんねるの「無断転載批判クラスタヲチスレ」(http://uni.2ch.net/test/read.cgi/twwatch/1358512080/l50)でも話題には上がらないようで、ひょっとしたら、丸っきり相手にされていないのかな?とも思う。それならそれでも別にいいのだが・・・
色々調べてみたら、同じように「エゴサーチで見つけた相手に喧嘩を吹っかけ、延々と粘着をし続けるユーザー」は、思いのほか多いらしい。
1日中(曜日や時間帯とかで、ある程度の法則はあるようだが)ツイッターにはりついて、一体何をやってるんだか・・・とも思うのだが。
とは言っても、「エゴサーチ」という手段そのものまでは否定できない。それを、商業的な宣伝活動の一環として行ってる人も、中にはいるからだ。
以前に、とある地方の劇団について言及してみたら、その劇団関係者から「ぜひ見に来てください」という返信が来たこともあった。
「バカとハサミは使いよう」って事なのだろうか。その劇団の公演は実際に見に行ったのだが、思いのほか楽しめたのも事実である。
というわけで、ツイッターで、「「無断転載批判クラスタ」から身を守る方法を考えてみたい」というキーワードで検索してみた。
20件のツイートがあるとは言え、実際に表示されたのは5件だけだった。日記タイトルを外してツイートしている人の方が、むしろ多いのだろう。
その中に、2ちゃんねるの「無断転載批判クラスタヲチスレ」にも度々名前が登場する、チコラブ(not絵師)(@chico_love)という人物のツイートがあった。
前回の日記でも書いた通り、また以前から、増田でも度々指摘されている通り、
1.問題なのは、「直接的な著作権違反行為を行った者」ではなく、「無断転載批判クラスタの手段」そのものを批判している人までが、攻撃対象にされている事
2.「無断転載批判クラスタの攻撃手段」を批判した人間は、「著作権の違反行為」を行っていないということ。
3.その攻撃手段そのものが、ネット上における人格攻撃のテンプレートそのものであるということ。
(徹底した挑発を行い、相手の汚点をできるだけ収集して晒し、より醜く見えるように誇大に宣伝するといった行為)
4.何よりも、その議論(と彼らは言うが、一方的な攻撃行為である事は明確である)そのものが、批判者が自ら望んだモノではないという事。
http://anond.hatelabo.jp/20121030074057でも言及されていることだが、「俺を煽った親玉が許せない」と言う思いに至った経緯に関しては、私は一定の理解を示す。それが実質的な「人格攻撃を前提とした、単純な挑発行為」であれば、そういう風に思うのも当然だからだ。
彼らの中には、「自分たちを批判する人間=遵法主義に挑戦する人間」という方程式が出来上がっているのだろうか?
「俺たちこそが法律だ!」という、薄ら寒い思考そのものまでが透けて見えてくるわけだが・・・
(「著作権法違反行為を行っていない人間」が、「無断転載批判クラスタ」の「手段」や「方向性」を批判すること自体は、それが名誉毀損罪や侮辱罪に該当しない限り、違法行為ではない。)
もっとも、前回の日記でも言及したとおり、単純に「攻撃対象を求め続けたいだけ」なのだとすれば、そういった面倒くさい前提など必要ないのかもしれないが。
ってな事を、ツイッターでアカウント作ってやろうとしたけど、文字制限とかうざったいのでこちらでやってみることにした。
あらかじめ言っておくけど、ここでは「法律的な解釈」については論じない。
最近、彼らの攻撃対象の拡大っぷりが、はっきり言って度を過ぎていると思う。
無断転載を行った本人やそれを擁護した人間ばかりではなく、彼ら「無断転載批判クラスタ」に対して、批判的な考え方をつぶやいた人間ですら彼らの攻撃対象になっている。
もっともそれ自体は、彼らにとっての「おいしい標的(直接的な無断転載行為を行った人間)」が、それほど簡単に見つかるわけではない事を表しているのかも知れない。彼らが活動を活発にすればするほど、彼らの批判対象が減っていくのも当然だからだ。
駐車監視員が頑張って取り締まり件数を稼ぐほど、それに反比例して駐車違反が減る=彼らの取締件数が減っていくのと同じだ。
それ自体は、彼らにとって(本当に無断転載という行為の撲滅が目的ならば)喜ばしい現実のはずだ。
ところが、「彼ら自身の批判者」すら攻撃対象にするという事は、彼らにとっては、必ずしもそうではないという事を明確に表していると思う。
知られているとおり、彼らは、概ね一定のパターンで行動している。
1.まず、エゴサーチで「索敵」を行い、リツイートで「仲間内の回覧」を行う。
2.当然彼らは、自身らの行動に対する批判的言動に対し、脊髄反射で「敵」と認定する。
3.そしてその敵に対して、挑発行為を行うようになる。相手の汚点をできるだけ収集して晒し、より醜く見えるように誇大に宣伝する。
ここで相手が応戦してきた場合は、概ねみなさんが予想通りの「泥沼の炎上祭り」となるわけだが、中には面倒な議論を避けるために逃げ出す人間もいる。(むしろ、その判断の方が賢明であるとは思えるのだが)そんな相手を追撃するために、別のアカウントを用意している人間すらいるようである。
彼らの行動の原理は、おそらく彼ら自身が表明している以上「法律遵守の為の啓蒙活動」なのであろう。
(繰り返しになるけど、法律に対する解釈についてはここでは言及しない)
彼らの最大の問題点は、「日本の法律」と「ツイッターのルール」さえ守っていれば、「後はどんな手段を使っても構わない」という考えを抱いているという点である。
エゴサーチで「索敵」し、そして「ストーカー紛いな行為」(ご存知のとおり、日本の法律では「恋愛感情に関するもの」以外のストーカー行為は違法ではない)で「敵」を精神的に追い詰め、そして逃げ出した「敵」をもう一方のアカウントで追撃する行為、更にネット上で「私刑」するという行為は、彼らにとっては「法律を遵守するための正しい行動」なのだそうだ。
確かに、いずれの行為も、日本の法律では「違法行為」には該当しない。モラルとして、人としてどうなの?とは思うが。
(日本における、mixiのような既存のSNSに慣れてきた人間にしてみたら、複数のアカウントを所持することが、モラルに反しないかどうかについては、議論の余地があるとは思うが)
ところで本題の「無断転載批判クラスタ」から身を守る方法だが、「自らの発言が、彼らのエゴサーチに引っかからないように気をつける」以外思いつかない。
例えば文字間に空白を入れるとか、任意の文字列を入れるとか、もしくは隠語を利用するとか・・・(因みに「人が描いた絵を勝手に使った人間に対して、勝手に怒り狂ってる連中」という表現ならば、彼らのエゴサーチには引っかからないらしい。今後は解らないし、ツイッターの文字数制限上無理があるんだが。)
余談になるが、「無断転載批判クラスタ」(なんか長いから略さね?「ムテクラ」とか「ムヒクラ」とかみたいなの)と一言で言っても、決して一枚岩ではないらしい。
中には、話せばある程度話のわかる穏健派もいるし、ゴリゴリの価値観で思考停止し、やたらとヒステリー起こしまくってる鬼女もいるようだし、ただ単に騒ぎたいだけのガキも混ざっているようだ。
乱暴な話だが、「内ゲバ起こして内部分裂起こしてくれれば、それが一番だよね」とも心底思っていたりもする。
http://anond.hatelabo.jp/20130128054910
言わんとすることは分かるんだけど、現に無断転載被害者を救っている部分もあるわけで……
もちろん攻撃対象に成って嫌な思いをした人も多いんだけどさ。
http://anond.hatelabo.jp/20130127191304
落ち着け。
使い慣れてないのか? 重複分は削除しとけよ。
あと、その発言には突っ込みどころがまだ有ると思っていて、
彼ら『わら人形』って言葉を使いたがるでしょ? わりと広い対象に対してその言葉で論破した気になってる。
阿呆ですね。
過激派の誰かが使いはじめて便利だったから特に考えることもなく使ってるんだろうけどさ、ここら辺に過激派らしさが有ると思うのですよ。
わら人形論法のことを言ってるはずなんだけど、わら人形とだけ言われても身内にしか通じない罠。
こういう風にスラングに近い表現を多用するのって正に意識が内向きになってる証拠なんだよ。
感情にポジティブフィードバックがかかって、身内内で相互に自分の正しさを保障するようになると、もう手遅れだ。
http://anond.hatelabo.jp/20130127175005
@tikuwa_ore
またわら人形か。繰り返すが無断転載批判批判は『無断転載批判批判の奴等は著作権の敵だ』ではなく「ただのバカ」だとオレは断定しているのだが、名前使うならそう読み解けるツイートURLくらい貼っとけ/ヾ〜〜╋┓/いわゆる無断転載批判批判へのエール http://anond.hatelabo.jp/20130127175005
まあまあ、顔真っ赤にすんなって。
自分達が本物だと思ってる姿勢こそが、あんたらが過激派扱いされる理由じゃねーの?
こんな読解力で他人を批判してるんだからこわいですねー
わんぱく丸 @Wampakumaru
@tikuwa_ore なんか無断転載批判批判者が無断転載批判者を批判した流れとかを無視して、「過激派は穏健派を躍起になって批判するものだ」とか、いろいろ変ですね。つか、無断転載批判"批判"者って時点で主にどっちが相手をやっきになって批判してるか表してると思うんですが…(^。^;
元増田が煩いくらいに『いわゆる』を付けている意味が分からないらしい・・・・普段から、レッテル張りに終始している連中なんてこんなもん
http://anond.hatelabo.jp/20130126165228
近頃、カーテンコール氏やチクワ氏を初めとする『いわゆる無断転載批判クラスタ』への懐疑的、反発的な意見がホットだ(少なくとも増田において)
彼らに対して主にその攻撃性や無批判性から懐疑的な意見はtwitterでも散見されていた。
そんな意見を言う人達は『いわゆる無断転載批判クラスタ』から『無断転載批判批判』と言われている。
この〇〇批判批判や反反〇〇というレッテル張りは意識的にせよ、無意識的にせよ『無断転載批判批判の奴等は著作権の敵だ』という論法に使われて、
まるで正義に仇成す者の様に扱われている……だが、本当にそうだろうか?
例えば、『いわゆる無断転載批判批判』の人達の一部は著作権法を著作権者にその全権があるとし、
部外者の批判を批判しているのであって、あくまで著作権法に『穏やかに』従っているのである。
つまり、冷静になって考えれば両者は著作権を守ると言う同じ軸に居るのではないか?
その前提の上で両者を再定義すれば、『いわゆる無断転載批判クラスタ』は『無断転載批判過激派』とでも言うべきだし、
『いわゆる無断転載批判批判者』は『穏健派の著作権保護論者』とでも言うべきだと思うのだ。
左翼だろうが、ムスリムだろうが、過激派は同軸上の穏やかな論者をやっきになって批判する。
発端は
http://anond.hatelabo.jp/20130118225049
の増田。
カーテンコール、松下響、トワットという具体名(一部伏せ字もある)が
今まで増田で批判批判をしてきた奴は複数いたけど、
批判批判側で具体名が出てきたのはいぬいぬが初めてだった(気がする)ので、
興味を持って調べてみた。
ブログ名は
「幻想郷ではたらくひとたち」
でそこらへんを色々調べていたら、
http://anond.hatelabo.jp/20130119233142
が投稿された。
題名は
ここでもまた伏せ字ではあるがいぬいぬとおぼしき人物の名前が出てきている。
でだ。
いぬいぬのツィートを見ると、あるTogetterのコメントで、
タイミングよすぎねえ?
とある個人の言葉をはてな全体であるかのように見せてるのが気に入らん。
二つの増田がいぬいぬの影響力を警戒した無断転載批判側によるものなら合点がいくが、
いぬいぬは無断転載批判側には影響力ある人物として認識されていないように見える。
http://anond.hatelabo.jp/20130122091959
感情論ねえ……いや、はっきりと言えば無断転載をしていなくても、気に喰わない意見を言った人が不快に思うようなことをし続けてきたんだから
それでも正しいものは正しいって、あんたらのように集団で陰口を叩くのは正しくないから。
出るとこに出られた場合、あんた達の正当性を担保する物は何も無いってことは覚えておいた方が良いと思うよ?
ホウリツガームダンテンサイヨウゴガー
さらにこれに追記するけど
無断転載したわけでもなく単に意見の合わない人を「確実に性的に誤解される単語」を使って仇名をつけてその仇名を公の場であるインターネットで群れてつぶやきまくるという行為を
おかしい 間違っていると言う人がいない時点で活動に対して自制心喪っている。どこかの市長を名前いじって批判するサヨクとやることが似てると思う。被害者には助け舟出さないけど。
無断転載と集団で意見の合わない人に「確実に性的に誤解される単語」を使って仇名をつけて集団でネットでつぶやくこと どっちがネットにとってより有害なのか
上のようなことしてるとその内某国立大学の中にある大学生にもろ敬遠されてるサヨク活動してるサークルみたいな感じになっていきかねないがまあ良い
そのまま活動がエスカレートしていって自滅すればいい
他増田について言えば、やっかいな問題平和な増田に持ち込まないで。頼ろうとしないで自分でフォローしてくれる人増やしてから再挑戦しなさい。
http://anond.hatelabo.jp/20130121055413
https://twitter.com/hibiki2s/status/293425559881535489
松下 響 @hibiki2s
多数に非難されるほど間違った主張を意地でも曲げないような人を助けるのは正義なのか。すごいな。 http://anond.hatelabo.jp/20130121055413
魔女狩りの心境ですね。
表だって他人を批難するにしろ、度を越えればイジメとの境界が曖昧になる。
明らかに、中傷に近いような発言をして叩いている人も居る上に、自分達に苦言を言う者=無断転載擁護だとストローマンを使う人まで存在する。
こういう風景を見て松下氏達の味方に加わりたい・賛同したいと思う人と近寄りたくないと思う人のどちらが多いか?
そういうマナーの悪さと下衆さ、品の悪さが鼻につくと言われているのがわからないのだろうか?
活動が注目されれば、されただけ品格が求められるのがわからないのだろうか。
無断転載を無くそうとする活動は正義かも知れないけど、それを嵩にかかって何もかもが許されるわけでは無い。
ある意味では、著作権を守ろうとする活動や意識を汚しているのは彼らではないか?
無断転載をすると面倒くさいことになると思わせるのが勝利条件と言っていた人が居るけど、無断転載批判をする人に関わるのが面倒くさいと思われているのではないか?
ならば、誰か無断転載の被害者が彼らに助けを求めるハードルは上がるのではないだろうか?
それはあの人たちの理念に反しないのだろうか?
無断転載批判を積極的に行う人の人数は然程、多く無い。
っていうか、敵味方に完全に塗り分ける姿勢が不気味。
大阪の桜宮高校バスケ部員の自殺で発覚した体罰問題。橋下市長が根本的な改革を図るために今年度の体育科の入試を中止にさせた。入試を中止にしなければ予算をつけない、とお金を盾に教育委員会や生徒たちに迫る姿は何かを思い起こす。
拉致問題や核開発問題にからめて、朝鮮学校が反社会的な教育をしているという理由で、高校無償化の適用外になり、大阪では補助金不支給となった。
桜宮高校の生徒は、自分たちの現在の立場が、朝鮮学校の生徒と同じと考えるといい。
体罰した顧問を擁護したり、体罰をあるものとして黙認してきた今の桜宮高校の生徒たちは、朝鮮学校で金正日の肖像画に向かって「偉大なる将軍様」と無批判に挨拶している朝鮮人生徒と同じだ。
在日朝鮮人が拉致問題を教えられないまま朝鮮学校で北朝鮮の洗脳教育を受けているのと一緒で、桜宮高校の生徒も、そこで行われてきた体育会系の指導により体罰必須の頭に洗脳された状態にあるのだ。朝鮮学校が日本社会から批判されているように、当然桜宮高校も批判される。なぜなら反社会的な卒業生を毎年送り出す反社会的機関になってしまっていたからだ。
教育評論家の尾木直樹先生が「顧問を擁護する生徒は人格がゆがんでいる」と言っているように、現在の桜宮高校を卒業した生徒は皆、体罰容認という反社会的な感覚に洗脳されていて人格がゆがんでしまっている。そうした洗脳状態にある卒業生たちは、人に教える立場にたったとき体罰を繰り返すようになり、再び今回のような自殺事件を引き起こすはめになるのだ。
こういう悪い教育の再生産を止めるためには、朝鮮学校と同じく予算行使を盾に取り兵糧攻めにして自らの誤りを正してもらうしかない。今回の入試停止の決定はその第一歩だ。在日朝鮮人問題と同じように、日本に根深く蔓延り悪しき慣例を続けている体育会系脳筋人間を一掃するために、今後もこういう抜本的な改革をしていかなければいけない。