はてなキーワード: 魚屋とは
自転車で5分のスーパー一軒とその周りの商店街を利用してますね。
スーパー行って、八百屋魚屋肉屋クリーニング屋回って1時間かからないくらいです。
コーヒー豆屋の開店が10時なので、その時間までコンビニで立ち読みして時間つぶししました。
よくわからないなぁ。俺は今家事全部終わってメシ食って大絶賛ヒマなんですけども。
スーパー、八百屋、魚屋、肉屋、それに夜の半額札狙いは当然ですよね。カネないし。
例えば今日買ってきたのは、ほうれん草(60円)、大根(90円)、白菜1/4(40円)ひき肉(100g58円)、牛乳(150円)だけど。
これに昨夜半額で買ったブリのアラがあるから、ブリ大根に白菜のじゃこ炒め、ほうれん草のチーズ焼き、大根の味噌汁、
みたいなメニューにしようかと思ってたとこです。今年はブリが安くていいですね。ただ、サケは高い。そろそろサケ食いたいんですけど。
せめて鮭のアラでもないかなーと探してるんですが、あっても法外なお値段でとても手が出ません。
スーパーも八百屋も九時から開いてるし、自転車で店4軒回っても正直一時間以上かかるとは思えない。
そもそもわかんないんですよ。主婦ってことは、5時には起きてますよね。俺のサラリーマン時代も出勤は6時でしたし。
彼女にちゃんとした弁当を持たそうと思うと、必然的にそういう時間になります。すると、買出しに行くまでに3時間は必ずあるわけで。
この三時間で、普通なら家事くらい全部終わると思うんですよ。僕は既にブリまで煮終わりました。
常備菜は色々ありますが、肉そぼろ、冷凍のおひたし(アクのない葉物野菜は解凍すれば食えるから便利ですよね)
それに最近は大体かぼちゃの煮つけがあります。ああ、そういえば彼女の実家から送られて来た筋子もイクラにしてあるな。
ついでに、大豆も煮てあります。本当は発芽させて食った方が栄養あってウマイんですが、この季節は時間かかるんで煮ただけ。
コメに放り込んでもいいし、適当に味付けしてやってもいい。大豆のチリコンカンだって作れますしね。
そろそろコタツも出すので納豆も仕込めます。それから、生姜の砂糖漬けを干した生姜糖もありますね。彼女の冷え性対策と、
今日は布団も干しました。それからシンクを磨き上げて風呂洗って、ストーブを出して来て灯油を入れて
夏の間に積もった埃を掃除しました。洗濯も終わったし、掃除機もかけた。ついでに観葉植物の手入れもしました。
正直、たかがこれっぽっちの作業量が「昼までに終わらない」ってのはわからないです。
昼までどころか10時までに全部終わりますよ、ちょっと急げば。
どこの駅前に行っても似たようなアーケードで似たような店が並んでただけで、
歴史と言っても、殆どの店は長くてもせいぜい50年くらいしか歴史がない。
それこそ昔は、駅前に個人商店が集まってるわけでもなく、住宅街の中に酒屋も八百屋も魚屋も点在してて、
仕事も自宅近辺でやってたわけで、みんな自分の住む町内で生産活動も消費活動も完結してた。
「駅前商店街」という業態は、鉄道が整備されて地方から都会へ通勤することが当たり前になった時代に、
鉄道の客を目当てに計画的に作られた商店街であって、元々そんなに古いものではない。
お医者さんは患者を治療して報酬を得るし、魚屋さんは魚を売って対価を得るわけです。
対価を払う、という行為が仕事に対置される行為なわけですね。
そういう風にして社会は廻ってます。
そこに「対価を払って利用はするが働くという行為はめんどくさいが邪悪だ」と言う人がいたところで
別段問題ないんでないですかね。払ってんだから。
社会参加の中で兌換されるものは感謝ではなくお金ですよ。なんか、すっごく勘違いしてません?
それとも「仕事人」とやらは「わたしの行為に感謝しろ、尊いと思え、わたしの仕事を尊ぶべきものと扱え!」と
胸のうちでつぶやきながら、対価以上の何かを求めて仕事してんですかね。
怖いなぁ、仕事人。特に医者なんか最悪だ、ぶちぎれたら怖いぞそういう人。メスぶっさされそう。
まぁ、ニートさんはお金が続かなくなって人との縁も切れたら死ぬんでしょうけども。
なんていうか、「労働を尊いと思うことが社会システム利用の条件だ!」みたいな
なんかどこかで何かをとんでもなく取り違えた価値観を持ってる人って、きもちわるいなぁ。
感謝なんかなくてもお金があればいいんですよ、その逆は許されませんけど。馬鹿じゃなかろうか。
お金で統制されてる社会をそのなんかきもちわるい思想で統制しなくてもいいっすよ。
ちなみに、金融業に勤めるわたしにとって
世界のあらゆる金融業は、クソ喰らえでウンコ同然で邪悪で人殺しでクソ蟲のたまり場です。
でも、カネを得るために仕事してますよはい。仕事なんて邪悪でクソ、そういう価値観で何が悪いのかと。
「仕事人」なんざ所詮、賃金を貰ってメシ食うために働いてるだけのモンです。そこに感謝を要求するとか、どんだけと。
おまえや俺がいなくても社会が回る分際で、なに吹き上がってんだよ。
目当ての一つは東2ホールO39aの「西理件」。私の愛読している「唐沢俊一検証blog」のサークルである。
スペースの近くまで行くと、男性が三人立っており、真ん中の人が大声で呼び込みをしていた。
「本物はあちら!」「連載は終了、雑誌は休刊、(以下よく思い出せず)」「書店で買うと送料がかかります!」一字一句覚えているわけではないがこんな内容のことを叫んでいた。
私はこういう呼び込みは大嫌いだし(以前これで嫌な思いをしたことがある)、その内容もちょっとまずいんじゃないかと思った。隣の島とはいえ唐沢本人のスペースも近くにあるのである。
本を手にとってちょっと中を見てみる。内容はブログとほぼ同じである。紙媒体でいつでも見られるのは捨てがたい……でも四冊全部買うと四千円で、ちょっと財布が厳しいなぁ……そんなことを考えつつ本をめくっていると、と書きたいところだが、耳元で呼び込みの人が叫び続けているので気が散る。「ちょっと静かにしてもらえますか」と言いたくなったがぐっとこらえ、vol.2とvol.0を買ってスペースを後にした。
24日、検証ブログに待ちに待った夏コミレポートがアップされた。
それによると、例の呼び込みをしていたのは「猫遊軒猫八」という人で、kensyouhan氏もその行為に驚きつつも止めなかったようである。
これは責められないことだと思う。今回の夏コミで氏は「高森圭」という人物から「トラップを仕掛けました」という脅迫メールを送られており、自分の身のみならず周囲に気を配らねばならない状況だったのだ。まして売り子もいない一人参加なら手伝ってくれる人がいるのはありがたい。
さて、その猫八氏の行為について、コメントで触れた方がいた。
>まりお 2010/08/25 15:43
>いつも楽しく読ませていただいております。
>
>大声で呼びこみをするタイプのサークルさんは迷惑と感じます。
>ちゃんと注意して止めるべきではなかったのでしょうか?
>お疲れ様でした。
>お役に立てたようでなによりです。
>
>>まりおさん
>10:30~14:00まで私が売っておりました。
>コミケットのスタッフさんや近在のサークルさんに何度も確かめたのですがなんとも言われませんでしたが……。
>何分、私が独断でやっていた事なのでご容赦ください。
>
>あと、面倒でなければ私のほうのブログにもコメントしておいて下さい。
>売っていたの私なので。
>http://d.hatena.ne.jp/london2008/
コメント歓迎のようだったので、猫八氏のブログに「るりるり」の名でコメントした。
>るりるり 2010/08/25 19:55
>
>コミケで検証ブログの呼び込みをなさっていたのが主様とのこと。
>申し訳ありませんが、正直「うるさいなぁ・・・」と思っていました。
>周囲のサークルさんも「やめてもらえます?」とは言いづらいと思います。
>(私はサークルでの参加経験があります。ただしこれは私個人の意見であり
>ジャンルによって呼び込みが普通であるところもあると聞きます)
ただ「うるさかったよ」と書くのはちょっとキツいかと思ったので、「個人の意見ですが」「それが普通なジャンルもあるらしい」と添えておいた。
「うるさい思いをさせてゴメンね」みたいなコメントが返されるのだろうと予想していたら……
>>るりるりさん
ハァ?
「 で は 普 通 で す 」?
「耳元で叫ばれてうるさかった」と言われて謝罪も無し?
こいつ(もうこいつ呼ばわりする)、私が「呼び込みは非常識です」と書いたら何て答えてたんだろう?
なんだか「斜め上を行く」とはこういうことか、とか、どこから突っ込んでいいのかわからない。
反論しようかと思ったが、脱力しすぎたのでやめておいた。
書いている途中で思い出したが、本を買うとき、「2000円です」と言われお金を猫八に渡したら「お金はそっちです」とkensyouhan氏のほうを指された(本をどちらから渡されたのかは記憶にない)。
猫八は「売っていたのは私」と言っていたが、金の受け渡しをしていなくても売っていたことになるのだろうか?
26日、検証ブログにコミケで隣のスペースだった「綾波書店」の代表者からコメントが書き込まれた。
内容は「呼び込みは迷惑だった」「確認はされていない」「コミケスタッフにも苦情を入れた」というもの。
それに対してkensyouhan氏はコメントと記事で謝罪した。
謝罪内容はまっとうなもので、氏はこれによってサークル代表者としての責任は果たしたと思う。
が、その後事態は混迷する。
「綾波書店」氏の過去の発言から、以前から検証サイドの人々を批判しており、唐沢俊一ファンであることが判明したのである。
で、唐沢スレにはこんな書き込みが……
>510 :無名草子さん:2010/08/27(金) 11:20:46
>コメ欄で猫八を嗜めていた「るりるり」とか「まりお」も綾波の配下のモノだろ
>532 :無名草子さん:2010/08/27(金) 11:45:00
>今となってはあやしいものだしね
>先に「まりお」や「るりるり」にコメさせ
>553 :無名草子さん:2010/08/27(金) 12:06:08
>ブログのコメ欄で苦情を言っているのは「まりお」と「るりるり」だけだしね
>こいつらも綾波の配下かもしれないし
私が誰かの配下だなど、馬鹿にするにもほどがある。こういうのを表現するために「下種の勘繰り」という日本語があるのだ。
だいたい、私のコメントに猫八がああいうコメントをするなんて誰が予想できたというのか?
「大変申し訳ございませんでした」とコメントしたらどうなっていたのだろう?
検証サイドに関係のある人に少しでも批判的なことを言うと「擁護派」とレッテルを貼る人がいる状況、何なんだ。
(綾波書店氏の正体が判明する以前だが、「穏やかに窘めていた」と言って下さった方もいた。ありがとうございます)
なんだかダラダラ書いてしまったが、私のことはどうでもいい。
猫八はmixiではなく自分のブログか検証ブログのコメントで謝罪なり釈明なりをすべきである。
※8/31追記
猫八は一旦ブログを閉鎖し、その後再開して「お詫び」を掲載した(閉鎖と再開の正確な日時はわからないが、お詫びの日付は8/27)。
>私はコミケについては経験が浅く、当日販売のお手伝いのつもりでやっていた呼び込み
>は、私の職業上の経験からすればそれほど五月蠅くはないという認識でした。
・周囲がやっていない呼び込み
・ある人物を揶揄するような内容
・客の耳元で叫び続ける
これらが「では普通です」な職業というのが何なのかわからないが(殺伐とした商店街の魚屋とか?)、世の中は広いから多分そういう職業も存在しているのだろう。
>>るりるりさん
>申し訳ありません。
(今更だが、「悪しからず」というのは「相手の意に添えず申し訳なく思う」という意味である)
>謝るのは大事だけど、
>自分の発言を削除して無かった事にするのは
>よろしくないのではないでしょうか。
それに対する猫八の回答は、
>>areさん
>以後、注意します。
わかるのは、削除した理由は、考えが変わったからでも、反省したからでもないということくらいである。
唐沢スレによると、一時閉鎖の前にコメントが承認制になり、ブログだかツイッターだかに「自らに厳しい罰を課す」という一文があったらしいが、私は見ていないので何とも言えない。
<追記ここまで>
<以下は私の思い出話的なもの>
綾波書店氏の発言内容には疑問もないわけではないし、「何で今頃言うのか」というのももっともだ。
コメントでもちょっと書いたことだが、隣のサークルへの苦情というのは言いづらいものである。
私は昔、とある小さいジャンルでサークル参加をしていた。ジャンル内は知り合いでなくとも名前を言えば「ああ、あの人」とわかるくらい狭い世界だった。
あるコミケでのスペース配置で、ジャンル内でやや大手と言えるサークルの隣になった。サークル代表者とは個人的にメール交換したり、コミケ後に飲みに行ったりして親しかったので、隣になれて嬉しかった。
が、そこの売り子がちょっとアレだった。そこのサークルのメンバーではなく、私も名前だけは知っているとある人なのだが、この人が私のスペースにはみ出して本を置く、この人を訪ねてきた人が私のスペースの前に居座って延々話し続ける、私のスペースの椅子(参加経験のある方はご存知だと思うが、コミケでは1スペースにつき2つ椅子が提供される。私は一人参加だったので椅子が一つ余っている状態だった)にものを置く、等色々やらかしてくれた。
私はそれに対して注意できなかった。それどころか「あ、いいですよ~」と愛想笑いした。狭い世界で揉め事を起こしたくなかったし、友人とはいえこちらは超弱小、あちらはやや大手である。
その友人も、自分が頼んで手伝ってもらった人に注意しにくかったと思う。
だから今回のことも「まあ、言えないよね」「もし『うるさいですか?』と聞かれたとしても、『いえいえ、大丈夫ですよ』と答えちゃうだろうなぁ」と思うのである。
英語圏独特の言い回し(というかその国の文化)が判ってないと理解できない。
そして、発音は聞き取れないのが普通。
伊集院光のUp'sを日本語が母国語でない人に聞かせても理解してもらえない、笑えないというのは、主に話の背景知識が足りないせい。
「大盤振る舞いという単語にはブルマが含まれている事に気がついた天文部部長、逆噴射で寺へ」で笑えるイギリス人は想像できない。
そして、日本語でもはっきり発音したり、それを聞き取れていることはごくまれ。
でも「のっくさーん、はんこ圧縮しとくよ」と聞こえたとしても、魚屋が話しかけてきたら「おくさーん、あんこう安くしとくよ」だと変換して聞き取る。
魚屋は判子を圧縮しないし、若奥様はのっくさんじゃないからだ。
背景知識がなければ「インド人を右へ」なんて大誤植も生まれる。
もちろん、そういう要素もあるけれど。
そうじゃなくて、「ゲームの中に能動的に突っ込んで行くから楽しい」って言いたいわけ。
嫌々やるのではなく、それぞれの「ゲーム」の中に結果を抜きにした過程の面白さを見出していくっつーか。
ほら、釣りに喩えるとわかりやすいけど
「魚を手に入れる」ためなら魚屋行けばいいじゃないですか。
でも、それを敢えて「釣り」という形にすることで、それがゲーム化して面白くなる。
能動的であることは現実を「過程も楽しめるゲーム」に変える力があると思うんだよね。
少なくとも、嫌々やってるよりはマシって程度の話で。
そして、もちろん「過程も楽しむゲーム」だから、バーンアウトが起こりにくい。
魚は釣れなくても釣りは楽しいわけですよ、ある程度熟達すると。
カネを手に入れるために働くことを能動的にこなすうちに、
カネっていう目的を抜きにしても面白みが見出せるようになっていく。
口説くこと自体が面白くなってくる。
そして、これは所詮ゲームなので敗北は織り込み済みなわけです。
俺的にこの思考メソッドはバーンアウト防止もかねてるつもり。
ttp://hideyoshi.2ch.net/test/read.cgi/asia/1260261764/627
627 :日出づる処の名無し:2009/12/19(土) 22:21:41 ID:83qBHCGB
918 名前:日出づる処の名無し[sage] 投稿日:2009/12/19(土) 11:50:52 ID:UqSw3naQ
「それでこれからも飯が食えるのか?」
「誰得?どう得?いつ頃から得?そのために最小限やんなきゃなんないのは何?」
おかげで何とかここまで来た。
だから対自民攻撃点はただ1つ。
「これからどうしたいか見えない」
そりゃそうだ。リアリストには夢を語る必要も暇もないからな。
魚屋に来て「夢ください」
政治にはこれからも「安全に安心して生きるためには何が最適の方策か」
を考えてもらいたいもんだ。
「日本人が」だ。
そのためのツールとして「夢」語るのはご愛敬だが。
その苦心惨澹の成果物をたった3ヶ月で小突きまわしやがって。
びっくりするぐらい考えがずれてるぜ。
元のエントリhttp://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20091111
で言いたいのは、身の丈を知れということを言いたいのだよ。
例えば、40歳過ぎた野球初心者がプロ野球目指したところで可能性は99%はプロ野球選手に成れないでしょ。
出世街道歩むために無理に頑張っても、社長まで上り詰めるのはごく一部、
だったら、無理に仕事を頑張らずに、なぁなぁにやって、そこそこ給料もらって、
仕事以外の他の楽しみを見つけた方が良いんじゃないかという話だ。
キャッチコピーのように「諦めよう」という言葉を使って煽っているのだ。
諦めとは、身の丈に合わない夢を追い続けるな若人よと言うことだ。
あんたが書いた魚屋の話で言えば、
年間6兆円の魚を売り上げたいと魚屋の親父が考えても到底無理でしょ。
そのためにガンバって四苦八苦するのは諦めようって事。
自分の身の丈をしっかり把握して、それに合わせたほうが、
俺に言わせれば糞だ。
努力しても結果がともわなくたって良いじゃないか。
魚屋さんのように自分に自信を持って生きるのがベストなんだろうな。
思い煩うから、頑張るとかあきらめる考えが出てくる。
ただ無心になって物事に取り組む。
二人とも、そしてこのエントリーも少し他に考え方があるのじゃないかと思う。
役員やらなんやらの社会的地位のある職業に就くことを目指していない事即諦めているという事になるのだろうか?
世の中には色々な職業がある。例えば魚屋さん。二人とも、この職業をどう思うだろう?
たとえ話で申し上げますと、何でもいいんですけれども、
「自信を持って私は魚屋の人生を歩むのだ」と言えれば、自分はそのためにいい魚屋になろうと努力する。
当然そうですね、魚屋として自信を持ったいい魚屋さんになろうと思います。
もうそこで良さというのが必ず出てくる。自分はこうしよう、この道を行こうと思った場合に、その道の悪いほう、最低のほうをやろうとは誰も思いません。
必ず選んだ中で、会社に入ったって自分は一生懸命やるんだというふうに考えれば、
これはもういい仕事をしようと必ず思うはずであります。
それが、皆の生きていく喜びになる。そういう喜びを持っている人は、馬鹿なことはしないわけです。
そんなことをしても、つまらないわけですから。必ず良くなるためのことを自分で選んでやっていく。
どんな仕事を選んでも、たとえば、良い魚屋さんになろうと思ったら、お客さんに怒られるようなこ
とはしないですよね。するなと言わなくたってしないです。良い魚屋さんにな
ろうと思ったら、朝早くから起きていちばんいい魚を仕入れて、一生懸命いち
ばんいいものを喜ばれながら提供しようと。これは良い魚屋さんです。
この精神の働きを諦めとか手抜きとかとは考えないとおもうのですが。
元ブログよく読んでみても、アーティストどうのこうのとか、古い町どうのこうのは感じられないが?
単にガラス張りのデザインは、六本木とかすでにあるデザインで、どっかで見た感が強いから
再開発はかまわないけど、そんなダセェデザインはやめて違うのでもっと良い物にしてくれ、再考希望って感じの意見が多いのと
地域の意見を十分に吸い上げず、オラオラの密室で決めるな、デザインに対する意見は公募にしてくれ。といった感じの主張が多くないか?
確かに小綺麗なデザインではあるけど、それで集客できるデザインか?といわれれば、まぁ、確かに、六本木・銀座などの丸の内に人が行っちゃいそうなデザインではあると
第3者的には思うよ?下北は近くに住んでたことがあって何回かでたけど、その時の感想も含めて、
再開発は良いと思うけど、このデザインが良いかどうかは確かにもっと検討したらと。
確かに言うように住民の好きなようにすればいいけど。特色を出せなければ、本家(丸の内)に負けるという意見には一理あると思うよ。
あと、八百屋どうのこうの、魚屋どうのこうの観たいな意見もあるけど、それは、別に小田急電鉄関係ないし。まぁ、そんな感じかね。
高校生らが「公立は定員があって落ちる子もいる。見捨てるんですか」と詰め寄ると、知事は「義務教育までは平等に扱う。その先は定員があってずっと競争。それが世の中の仕組みだと自覚しないと」と答えた。 asahi.com:橋下知事、高校生と熱く議論 財政難訴え「皆で我慢を」 - 政治
橋下知事は、このやり取りの前に「大阪府の借金を減らすためには、私学助成削減は仕方ないことだ」ともいってはいるが、私学助成金を削除する理由として、自己責任の原則を挙げている。なるほど、「義務教育以上の教育は自己責任でどうぞ」というニュアンスだ。
また、橋下知事はこうも言っている。
文部科学省や府など主催の「全国産業教育フェア大阪大会」で、開会式は約500人の高校生が出席。橋下知事は「僕は39歳だが、受けてきた教育は何でもかんでも生徒の自由。日の丸・君が代もまったく教えられなかった。結果を出しても評価されず、差がつくこともだめ。そういう教育はおかしい」などと不満をあらわにした。 橋下知事:「国旗・国歌を意識すべきだ」 高校生の大会で - 毎日jp(毎日新聞)
橋下知事によれば、日の丸・君が代の意義や歴史は公教育で教えるべきで、そのような教育を享受できなかったことが不満らしい。しかし、高等教育において自己責任の原則を挙げた橋下知事は「日の丸・君が代」の教育においてどのような自己責任を果たしたのだろうか?図書館にいけば、それこそ日の丸・君が代に関する書物には自由にアクセスできる。自衛隊の式典や一般参観に参加すれば、国旗・国歌が厳かに扱われている儀式の雰囲気をリアルに感じ取ることができるだろう。
橋下知事は、「日の丸・君が代」を重要さを学ぶためにどれだけ努力したのだろう。それこそ大学受験や司法試験なみに努力したんだろう。そうですよね。そうだと言ってください。
邪推しよう。橋下知事はこう考えているのではないか?「安定・安心して生きるために必要な高卒の資格は自己責任でどうぞ。でも無かったとしても大して不利益にならない(註1)『日の丸・君が代』教育に関しては充実させるべきだ」と。
デジャブを感じませんか?
「出来ん者は出来んままで結構、エリート以外は実直な精神だけ持っててくれればいい」「限りなくできない非才、無才には、せめて実直な精神だけを養っておいてもらえばいいんです」「魚屋の息子が官僚になるようなことがあれば不幸になる」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%B5%A6%E6%9C%B1%E9%96%80
「何番?」とかそういうフランクな接客を好むおっさんとかもいるんだよな
商店街の八百屋・魚屋なんて敬語使わなくね?普通に「どれ?」「あいよ」みたいな応答でしょ
そのへん相手見て使い分けろ、はそのおばちゃんにはレベルの高すぎる要求かな
まぁ、そのおばちゃんに対しては無難にマニュアルどおり敬語使っとけよとは思うが
いちいち指摘しないと気がすまない増田も難儀な性格だね
流すだろ普通そんなの、いちいち気にするほどのことでもない
何てウザイほど優しい奴なのかという気もするが。
俺だったら俺のほうが「○番のたばこください」て最初から言うようにするね、指摘とかめんどいから