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はてなキーワード: 芸術とは

2012-02-08

http://anond.hatelabo.jp/20120208132902

美醜というものが明確に出来るなら芸術はない。

判断基準をもたない人間にはわからなくて当然で、「曖昧すぎる」という指摘自体が見当違い。

2012-01-29

むかし、小説家になりたかった。

物語に浸るのが好きだったし、絵を観ることは幸せだった。

劇を作って演じるのも好きで、自分にとって芸術はなくてはならないものだった。

大人になって、今の仕事についた。

芸術とは無縁の、目が回るほど慌しい世界

でもその中で、芸術と呼びたくなるような美しいものを目にすることがある。

無私のやさしさ。透きとおった哀しみ。初恋や友情。

子ども達は、生きる姿そのもの人間の魅力を教えてくれる。

教師になることは、冒険小説舞台に飛び込むようなものだ。

2012-01-27

村上春樹の猛々しい想像力 (1/3)

Sam Anderson

2011年10月21日

訳注:長文注意。誤訳あったらごめんなさい。教えてもらえたらあとで直します)

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この夏、私は初めての日本への旅行を企てた。

村上春樹の作品世界にほぼ浸りきってやろうというつもりだった。

ところがその目論見は外れることになる。

私は村上の作品の影響下にあるまま、東京に降り立った。

期待していたのは、バルセロナパリベルリンのような街だった。

そこでは、市民はみな英語が達者で、さらにはジャズ劇場文学シットコムフィルム・ノワールオペラロックといった、

西洋文化のあらゆる枝葉に通じている……そんなコスモポリタン世界都市を私は期待していた。

誰かに聞いておけば分かっていたはずなのだが、実際の日本はまったくそんな場所ではなかった。

実際に足を踏み入れることができる日本は、どこまでも頑固に、日本的だった。



そう思い知らされたのが地下だったというのは、我ながらよくできていたと思う。

東京での初めての朝、私は村上の事務所に向かっていた。

アイロン掛けたてのシャツに包まれ、なんの躊躇もなく地下鉄の駅へと降りて行くや否や、

私は迷子になり、助けを求めようにも英語話者を見つけることができなかった。

最終的には(電車を乗り間違え、馬鹿げた値段の切符を買ってしまい、必死のジェスチャーで通勤客を怖がらせたあと)、

どうにか地上に出てはみたものの、もはやインタビューの時刻はとうに過ぎている。

私は絶望して、目的もなくあちらこちらへとさまよい歩いた(東京にはほとんど標識がないのである)。

そして蜂の巣状のガラスピラミッドのような建物の前で途方に暮れていたとき

ついにユキという村上アシスタントに見つけてもらうことができた。



このようにして私は東京の地下の洗礼を受けたのである

まりにもうかつな、アメリカ人的な私は、村上のことを現代日本文化を忠実に代表する人物として考えていた。

実際には彼は私が思っていたような作家ではなく、日本は私が思っていたような場所ではなかった。

そして両者の関係の複雑さは、翻訳を介して遠くから眺めていたときには想像しえないものであることが明らかになっていった。



村上の新作『1Q84』の主人公の一人は、自らの人生最初記憶に苛まれており、誰に会ったときにも、あなた最初記憶はなにかと尋ねる。

やっと村上に会えたとき、私は彼の最初記憶について尋ねた。

それは3歳のとき、初めて家の門の外に歩き出したときのことだという。

彼は道をてくてくと渡り、溝に落ちた。

流されていく先にあるのは、暗く恐ろしいトンネル

そこに差し掛かろうかというとき、母が手を差し伸べ、彼は助かった。

「明確に覚えている」と彼は言う。

「水の冷たさ、トンネルの闇、その闇のかたち。怖かった。僕が闇に魅かれているのはそのせいだと思う」

村上がこの記憶を語るとき、私は既視感とともに心の中でくしゃみをするような気持ちを覚えた。

その記憶には聞いた覚えがある、いや、不思議なことにその記憶自分の中にある、と感じた。

ずっとあとになって分かったことだが、私は確かにその記憶を持っていた。

村上は『ねじまき鳥クロニクル』の冒頭の脇役に自分記憶を写し込んでいたのだ。



村上を初めて訪問したのは、日本にしてもありえない夏の厳しさの最中

週の真ん中、蒸し蒸しする午前中のことだった。

それは非現実的なまでの災害の余波を受けた夏だった。

4ヶ月前に北日本を襲った津波で2万人が命を落とし、

いくつもの街が破壊され、原子力発電所メルトダウンした。

その結果、電力、公衆衛生メディア政治にも危機が到来した(当時の首相の辞職によって、5年間に5人目の首相が生まれることになった)。

日本を代表する小説家である村上に会いに来たのは、

大作『1Q84』の英語訳(そしてフランス語訳、スペイン語訳、ヘブライ語訳、ラトビア語訳、トルコ語訳、ドイツ語訳、ポルトガル語訳、スウェーデン語訳、チェコ語訳、ロシア語訳、カタルーニャ語訳)について話すためだった。

この本はアジアで数百万部を売り上げ、

まだ翻訳が出ていない言語圏ですらノーベル文学賞の噂が囁かれていた。

62歳にして30年のキャリアを持つ村上は、日本文学最高峰としての地位を確かなものにしている。

疑いなく、彼は母国の表層とかたちを世界に伝える、想像世界大使となった。



そのことは、関係者には非常に大きな驚きだったと言われている。



村上は常に自分日本アウトサイダーだと考えている。

彼は不思議社会環境最中に生まれた。

アメリカによる戦後占領を受けた1949年京都日本の前首都である

「これ以上の文化混交の瞬間を見つけるのは難しい」と John W. Dower は1940年代後半の日本について書いている。

「これほど深く、予測不能で、曖昧で、混乱していて、刺激的なものは他にない」という。

「瞬間」を「フィクション」に置き換えてみれば、村上の作品を完璧に説明することができる。

彼の物語の基本構造は、互換性のない複数の世界に根を下ろした普通の人生であり、

それはそのまま彼の最初人生経験の基本構造でもある。



村上は成長するまでのほとんどを神戸郊外で過ごした。

そこは、さまざまな言語の喧騒に包まれた国際的な港湾都市である

彼はアメリカ文化、とくにハードボイルド探偵小説ジャズに没頭して十代を過ごした。

そうして反逆のクールさを自分ものにし、

二十代のはじめには大企業の序列に入り込む代わりに、髪を伸ばしヒゲを生やして、両親のすすめを押し切って結婚し、借金をして「ピーターキャット」というジャズクラブ東京で開いた。

掃除をして、音楽を聞いて、サンドイッチを作って、酒を注いで、

彼は約10年間をその仕事に費やした。



作家としての村上キャリアの始まり方は、彼のあの作品スタイルそのものだった。

どこまでも普通の設定で始まり、どこからともなく神秘的な真実が主人公に降りかかり、その人生根底から変えてしまう。

29歳の村上地元野球場の芝生でビールを飲みながら、デイヴヒルトンというアメリカ人助っ人バッター二塁打を打つのを見ていた。

平凡なヒットだったが、ボールが飛んでいくのを見て村上天啓に打たれた。

自分小説が書けると気づいたのである

そんな望みはそれまでなかったが、いまや圧倒的なまでだった。

そして彼は書いた。

試合が終わった後、書店に行きペンと紙を買って、

数ヶ月のちに『風の歌を聞け』を書き上げた。

それは名もなき21歳の話し手が語る小さく凝縮された作品だったが、冒頭から村上らしさが見えていた。

アンニュイとエキゾチシズムの奇妙な混合。

わずか130ページで、その本は西洋文化をぶつ切りにして引用してみせた。

名犬ラッシー』、『ミッキーマウスクラブ』、『熱いトタン屋根の猫』、『カリフォルニア・ガールズ』、ベートーベン第三ピアノ交響曲フランス映画監督ロジェ・ヴァディム、ボブ・ディランマーヴィン・ゲイエルヴィス・プレスリー、『ピーナッツ』のウッドストックサム・ペキンパーピーターポール&マリー。

以上はごく一部に過ぎない。

そしてその本には(少なくとも英語訳には)日本芸術引用がまったくない。

村上作品のこうした傾向は日本批評家をしばしば苛立たせている。



村上は『風の歌を聞け』を権威ある新人賞に応募し、受賞した。

そして一年後、ピンボール機を取り上げた次の小説を出したのち、執筆時間のすべてを費やすため、ジャズクラブを畳んだ。



時間のすべて」という言葉には、村上にとっては余人とは異なる意味がある。

30年を経て、彼は僧侶のように統制された生活を送っている。

すべてが作品を作り出すのを助けるように調整されている。

彼は毎日のように長距離を走り、泳ぎ、健康的な食生活を送り、夜9時には床につき、朝4時に起きる。

そして起床後5、6時間は机に向かい執筆に集中する(2時に起きることもあるという)。

彼は自分の事務所を監禁場所だとみなしている。

「ただし自発的な、幸せ監禁だけれど」



「集中は僕の人生もっと幸せものだ」という。

「集中できないとき、人はあまり幸せではない。僕は考えるのが速くないけれど、何かに興味を持てば、それを何年も続けられる。退屈することはない。僕はヤカンのようなものだ。沸かすのに時間はかかるけれど、いつまでも熱い」



そうした日々の湯沸かしが続いていって、世界でも類まれな作品群ができあがった。

30年の歳月を経て積み重ねられたそれには人を虜にする不思議さがあり、様々なジャンルSFファンタジーリアリズムハードボイルド)と様々な文化日本アメリカ)をつなぐ位置にある穴を埋めている。

どんな作家にも、少なくともこれほど深くまでは、埋められなかった穴だ。

時とともに村上小説は長くシリアスになる傾向が強くなった。

シットコム引用もその傾向に調和している。

そして今、とりわげ激しく長い湯沸かしの結実として、もっとも長く、奇妙で、シリアスな本が上梓された。



低く深い声で村上たくみ英語を操る。

彼は翻訳者を通して会話するのが嫌いだという。

なまりは強く、落ち着くべき箇所で動詞の活用が劇的に現れたり消えたりする。

はいえ相互の理解に支障を来たすことはまずない。

特定の熟語("I guess" 「ではないか」、 "like that"「というような」)が、ときたまおかしな位置で使われることがある。

安全言葉いから逸脱するのを楽しんでいる節が彼にはあった。

英語即興の遊びをしているように感じられたのである

私たちは東京にある彼の事務所で席を持った。

その事務所は半ば冗談ながら村上製作所と名付けられている。

数人のスタッフが靴を履かず他の部屋で作業をしている。

村上は青いハーフパンツと半袖のボタン付きシャツで現れた。

彼のキャラクターと同じように、アイロン掛けしたばかりのように見えるシャツだった(彼はアイロンけが好きだという)。

靴は履いていない。

彼はペンギンのある本の表紙を模したマグカップブラックコーヒーを飲んだ。

その本とはレイモンド・チャンドラーの『ビッグスリープ』、彼の昔からお気に入り小説であり、今日本語訳をしている小説でもある。



話を始めながら、私はあらかじめ用意していた『1Q84』をテーブルの上に置いた。

村上純粋にびくっとしたようだった。

その本は932ページあり、ほぼ30センチのその厚みは本格的な法律書を思わせるほどだ。



「大きいな」と村上は言った。

電話帳みたいだ」

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2012-01-21

ださい無能とオシャレな有能を意図的に無視する人々

ださい男は、ださいことが正義なのだと主張したがる。

そしてオシャレは悪だと断じたがり、オシャレをする人間に対して「商業主義に踊らされた馬鹿」「そんな暇があったら資格の一つでも取れ」「見た目ばかりに気を取られるのは中身に自信が無いからだ」と言いたい放題。

彼らに言いたい。ダサいお前やダサいお前の友達はそんなに自己研鑽に勤しんでいるのか?「ダサい奴ほどオシャレをする時間を削ることができるから有能で教養に溢れた人格者である」なんていう傾向があるのか?

俺は違うと断言したい。もちろん才能に恵まれ、研究芸術などの世界に没頭した挙句、結果的に服や髪型がめちゃめちゃになっている人間は居る。だがそんな例は圧倒的少数だ。5%も居ない。

95%以上のださい男は、オシャレをしないことで浮いた時間をただ「浪費」している。アニメだかエロ動画だかを観てダラダラしている。長時間無意味ネットサーフィンをしている。「暇を潰しているだけ」だ。

「オシャレをする奴は馬鹿」と主張しているださい男ども、聞け。お前は「俺はださいが、誇れる美点がある!ファッションセンスなどというくだらないものより遥かに優れたものを持っている!」と言えるのか?

「体型、髪型、服装を整えること」を丸ごと投げ捨てて生きてきた分、代わりの何かを得たのか?

正直、お前らの言い分は「オシャレな高学歴高収入男」や「オシャレなスポーツマン」、「オシャレで性格のいい人気者」が多数存在しているという現実を知っている身には、負け惜しみしか聞こえないんだよ。

そもそも「オシャレはくだらない」って、一度オシャレな人間になってみてから「くだらねえな」と思って選択的に捨てた奴しか言えない台詞じゃないか

東大なんてくだんねー!」って言ってる低学歴、みっともないだろ?東大を「つまらない」と言って中退したホリエモン言葉なら説得力があるけどな。

サラリーマンを「社畜」と馬鹿にするニート。「スタイルが良いからって何が偉いんだ!」とわめくデブ。「スポーツ意味なんてない!」と言い張る運動音痴。「若さ価値なんてないわよ!」と言うババア

みっともねーだろ。鏡の中のお前だよ!

そうして一生自分の持っていないものを「あれはくだらないものだ」と文句つけながら生きていけよ。

楽しそうなリア充グループを見たら「どうせあいつらは馬鹿に違いない」、彼女持ちを見たら「オナホールで充分だし」、同い年の既婚者を見たら「ATMかわいそうだね」、同い年に子供が出来たら「ガキうぜえ」、

そうして一生、人の生き方や娯楽を否定したいだけ否定して暇つぶししながら年老いていけよ負け犬。実体の無いプライドだけ守りながら孤独に死んで行けよクズ

http://anond.hatelabo.jp/20120120164534

2011-12-27

http://anond.hatelabo.jp/20111226131440

増田母は単に貧乏で金稼がなければ教育費が出せなかっただけでしょ。

そういうレベルじゃなくて、教育費なんて父親の稼ぎだけで余裕で払える階層の話だよ。



増田たまたま能力があったから、そのレベルでも高学歴になれたんだろうけど

そこまでの能力は無いか放置してたら高学歴を得るのは無理、でも母親が尽力すれば高学歴を得られるかも、と言う微妙な人も居るしねえ。

生まれた時点でその子能力が測れるのなら「ほっといても自力で高学歴になれる子か、どんなに母親が頑張っても無理な子なら自分を優先して働くけど

微妙な子だったら子供教育を優先して働かない」と言う選択も出来るけど、

実際は生まれた時点ではその子がどこまで能力あるかなんて分からないわけだ。



あと勉強以外の才能を伸ばしたい場合もあるよね。スポーツなり芸術なり。

まあどうせ大多数の子供はそんな才能無いか無視してもいいだろうけど。

2011-12-26

http://anond.hatelabo.jp/20111225211334

なんか、違和感を覚えたというか、ミーハー何が悪いの?独り善がりでなにが?気取ってジャンキーで消費して、だから世の中まわってるんじゃない?

と思いつつよくよく見てやっと気が付いた。

これ、エンターテイメント、娯楽の話だよね?でもアートとか言ってる。アートエンタメがごっちゃになってるのかな?

エンタメはお客あっての商売、産業から、お客を悪く言うのは違うと思った。確かにアートにはお客がいない。しかしだからこそお客もなにも関係ない。

アートになりたいエンターテイメントアートを語りたいエンターテイメントアートを売りたいエンターテイメント、なのにそれに無自覚、そんな感じがする。

でもそれってアートにすごく失礼だと思うんだよね。お客にも。

それとも、この「アート」っていうのは、アーティストとかクリエーターとかと同じく、既に芸術ではない言葉なのかな?

それってすごく日本アートシーンを残念にしていると思う。

2011-12-25

今すぐ消えろ!日本カルチャーシーンを「残念」にした戦犯タイプ

ハロー



聖おにいさんオサレというのよりサブカル臭。それも悪いタイプの。

http://anond.hatelabo.jp/20081210172325

とても根が深いサブカルミーハー問題。『このマンガがすごい2010』を読んで。

http://anond.hatelabo.jp/20091216230059

このマンガがすごい!」は罪深い延命装置。もう犠牲者を増やすな!!

http://anond.hatelabo.jp/20111224192828



を書いたぼくだよ。みなさん自意識丸出しでごちゃごちゃ言ってくるんで、胸焼けするぐらい非常に切ない気持ちになりました。なんというかもう……。

「かわいそうだね?」

って言葉しかでてきません(おっと、つい芥川賞受賞作家ネタが飛び出しちゃったよ。やべー、まさかここで芸術に携われる人間だったら絶対にチェックしておくべき、芸術を理解できないやつは興味ないふりして精神防衛していることでお馴染みの芥川賞ネタが飛び出すとは、俺のセンスパねえ)。

はてなブックマーク、およびツイッターの皆様がたは心のホメオスタシス機能をフル稼働させて自分の殻に閉じこもっちゃっていますね。みなさん図星を突かれたことを必死に隠そうとしていますけど、何で等身大自分直視できないのかねえ。

「格好をつけないことで、格好をつけている」

「「ホメればセンスいいと思われる記号」を批判すればセンスいいと見られると思ってる人の典型的批判」

やれやれ。春の熊に全員屠殺してもらいたいよ(センスある村上春樹ネタ)。

ぼくはきみたちの断末魔叫びで心が汚れちゃったんで、ストラヴィンスキーを聞いて洗い流していました。グッドなアートエバーグリーンな輝きでディ・モールト・ベネだね。

ということで、本題。反応を見ていると、ぼくが批判したい対象がイマイチ伝わっていないようなんで、ここでまとめて表明してみようと思う。

これ以上、この惨状を放置しているとホント取り返しのつかないことになるからね。砂漠に水を与えるようなものだけど、何もやらないよりはマシ、かな……。

きみらの軽い脳みそでも理解できるように4つに大別してあげているから熟読してほしい。2010年代はこういう奴らをいかカルチャーシーンから排除するかにかかっているので、宇野常寛さん、荻上チキさん辺りは参考にしてほしいね東浩紀さんは河原で石でも積んでてください。

では、いきますよー。



映画秘宝

ボンクラ」なんていう安っぽい価値観連帯して、「中学生マインド」なんていう恥ずかしい心性を至上価値にしちゃっている一派。やっていることはひよこのオスメスの仕分けみたいなもん。ライムスター宇多丸町山智浩辺りが「いい」といったものを「味方」と見なして手放しで褒め称えて、けなしたものを一緒になって叩けば、「センスあるポジション」にいられると思っている。

「売れてる邦画はテキトーに叩いておけばおk」みたいな頭からっぽな行動も平気でしちゃう。そんで周りも見てもいないのに賛同しだすから目も当てられない。

中身をまともに分析しないで「大沢たかおが出演しているから、これはクソ映画だ」みたいな論理で動いていて、そんで「バカな大衆」と「審美眼のあるセンス抜群の俺」という謎の対比をしだすんだよね。「なぜこういう内容の邦画がいま売れるのか」なんていう深遠なトピックに触れることは一切ないし、考える頭もない。

自分の物の見方だとか価値観だとかが一切抜け落ちた、ゾンビみたいな奴ら。サブカル年長者の金魚フンをやることに、羞恥心の欠片もない。「独自な物の見方をする人間」についていけば、「独自な物の見方をする個性的なわたし」が出来上がると思っている。

彼らの反応は非常にわかりやすい。ちょっと宇多丸ラジオを聞いただけで、習性がまるわかりで、「ああ、この映画はこいつら叩くだろうな」ってことがすぐに判別可能になる。その分かりやすさが蔓延の原因だといえよう。映画リテラシーがないのに、センスいいと思われたいやつらの格好の逃げ場になっている。

そんで、こういう奴って美意識がないから恥ずかしげもなく部屋に映画ポスターをべたべた貼って、ダサいバンドTシャツを着ていたりするんだよね。それでいて、オシャレに過剰なコンプレックスを抱いているから、「無理してオシャレしているやつは上辺だけの中身のない単なるカッコつけで、ちょっとダサいくらいの自分が本当は一番センスいいんだ病」にかかっていて非常に厄介。自分のダサさまで理論武装しなきゃ生きていけないなんて、ほんとに可哀想だ。

この病気を完治させるには映画について語りだすたびに「それ、ウィークエンドシャッフル宇多丸が言っていたことだね」って言い続けるしかないと思う。「あ、その映画町山智浩キラキラで紹介してたやつか」、「昔、みうらじゅんがその映画ネタにしているのを見たことあるよ」でも可。



伊集院光

人生大切なことは、すべて伊集院光ラジオから教わった」とか真顔で言っちゃう恥ずかしいやつら。

映画秘宝系との違いは、映画を見たりする気力も何もなくて、横になってラジオを聞くぐらいの体力しか残されていないのに、自分が第一線にいることを疑わずに最新のカルチャー必死に否定してくる。「最近アニメって萌えばっかりで中身がないよね」って見もしないくせにしたり顔で口を挟んでくるのがこいつら。

自分中年化し、ついていけないことを認めることができなくて、漫画アニメ伊集院が褒めるものけが絶対だと思っている。『わたしは真悟』だとか『アストロ球団』だとかね。

映画秘宝系はまだ自分の足で作品を鑑賞しようっていう根性があるけど、こういう奴らにはそれすらない。平気でCMカットMP3音源違法ダウンロードして、「やっぱり伊集院さんって聡明だよなあ」なんてアホ面下げてる。その続きはもちろん「本当に頭が良い人って伊集院さんのことを言うんだよな。やっぱり人は学歴職業じゃなくて、物の見方で頭の良さが決まるんだよな~」なんて考えいて、「ダメ自分は本当は感性が鋭くて、周りのくだらない奴らよりもずっとずっと頭がいいんだ!」って泣きながら自己肯定をしている。

「人見知りなのは感性が鋭いからだ!」

バイト面接で受からないのは、感性が鋭いからだ!」

住民税を滞納しているのは、感性が鋭いからだ!」

もうなんでもあり。

こういう奴らのためにはっきり言ってあげるけど、「感性」っていうのは行動で示さなきゃ形にならない。布団のなかで自分を慰めるための感性だなんて、ありゃしないよ。ゴミクズよ、もうよせ、こんな不毛自己肯定は。



ビレバン

ある意味一番病気かもしれない。

「センスがいい」というタグを貼られた商品を必死に買い集めて、なんにもない空っぽ自分必死デコレートしようと頑張っている。ビレバン下駄を履かせてもらわなきゃ、外を歩くことすらできない可哀想な人。自分ビレバンから与えられる餌を食べているだけの家畜だってことに気づけない。

こういう奴がセンスいいと思われたい一心カルチャーシーンを引っ掻き回して、むちゃくちゃにしていく。「このマンガがすごい!」で上位に入る漫画悲惨犠牲者なのは、前の記事に書いた通り。

なんにも作り出せない、作ろうともしないくせに、必死に消費物で「ぼくちゃん、クリエイティブなんだじょ!」とアッピールしたい厚かましい愚鈍マリオネットたち。

こういう奴には「お前、ひょっとして浅野いにお漫画の登場人物を気取ってない?」って聞いてみよう。ズレてない眼鏡を何度も押し上げながら、「き、きみぃ、いにお漫画はね、単なるセンチメンタルじゃなくて実験的な手法にも取り組んでいて云々」って聞いてもいない作品論を震えながら語りだすぞ。

さらに「そのボブ、もしかしてつぶやきシローリスペクトしているの?」って言ったら卒倒しちゃうので注意。

もし友人にこの手合いがいたら適度に自意識を潰してあげて、「やっぱビートルズが一番だよな」ぐらいのレベルに留めさせてあげるのが吉。弾けもしないのに部屋に置いてあるギターは、親切心で河原で燃やそう。



つぶやき批評家

そう、お前らだよ。お・ま・え・ら☆

はてブツイッターなどの安全からお手軽に一言批判して、「ふふ~ん、ぼくちゃん、こいつらよりも頭がいいもんね~。見てみて! ぼくこの人否定しているよ!! こいつより頭いいんだよ!! ほら、見ろよ、もっと! 見ろっ、見ろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!」と汚い欲望を身体中の穴から漏らしている。

文字数制限を盾にして根拠もなにも示さずに、自分の頭で否定できる一文をなんとか見つけ出して、「やれやれ。きみはなんにもわかってないね」とただ否定するだけ。熟議に何の貢献もしない、耳を汚すだけのノイズ

大抵のバカなネットユーザーは脳の大部分が「最新情報の暴飲暴食」でスカスカになっているため(俗に言う「グルーポンおせち状態」)、比較検証なんていう基本的なこともできない(本人は「できない」とすら気づいていない。そこを突かれると「時間がないから」「忙しいから」と言い訳して、何も届いていないメールボックスをチェックしだす)。だから、「最後勝利宣言をした人間」に説得力があると思っちゃう。

このような「つぶやき批評家(気取り)」と「情報ジャンキー」はまとめてネット中毒矯正院にぶち込むべきですね! そこで『アルプスの少女ハイジ』でも見せて、少ない情報いかに咀嚼するかを学ばせたほうがいい。こいつら、醜く太っていることが勲章だと思っているからさ。



以上、今すぐカルチャーシーンから撤退すべき害毒な消費者タイプでした。こういう奴らが蔓延っちゃったのは「個性大事」という間違った教育と、「作品の解釈受け手が決める」なんていう甘やかしの成果だと思う。

確かにある程度の解釈は読者に任されるだろうけど、それを理由に笑っても怒っても何しても構わないなんてことはない。それだとスタンリー・キューブリックの『博士の異常な愛情』を見て、原子力礼賛だと思っちゃうようなことを許してしまう。

ぼくのような高い視座に立てているクリエイターって本当に少ない。名前を挙げるとしたら、映画監督紀里谷和明か、小説家岩崎夏海くらいか

特に岩崎夏海の『「小説の読み方」の教科書』は上記であげた連帯のためだけや、センスいいと思われたいだけに消費する行為の解毒剤として最適なので、みんな読みなさい。早く読まないと、時代に取り残されちゃうよ。2010年代クリエイターズバイブルだね、この本は。

みんなもうさ、中身のない自分を無理やり肯定するためにアートを利用するのはやめようよ。空っぽ自分直視して、中身ある人間になるために努力するべきじゃない? ソクラテスプラトンも、みんなそうやって大きくなっていったんだよ。

2011-12-22

処女文化史

多くの謎と迷信に包まれた、乙女たちの“汚れなき聖域”。

男たちを翻弄してきた、“処女”の秘密のすべてを明かす魅惑の文化史

男を惑わす神秘のヴェールを剥ぐ。秘蔵図版・多数収録。 “処女”という神秘は、古代より人類を翻弄し、そして現在も惑わしつづけている。

乙女たちの“汚れなき聖域”は、いかなる時代にも芸術の至上のテーマであり、精神の奥底にひそむ神秘の中心であり、男たちの永遠の憧れであり、

10代の青少年たちの不安と歓喜の根源であった。

そして、そこに秘められた多くの謎と迷信は、社会国家をも動かす大きな議論を巻き起こし、そして現代世界でも政策を左右するテーマとなっている。

2011-12-19

http://anond.hatelabo.jp/20111219113124

そりゃまぁ、「信じる」と言うのを、「信者として盲目的に信じる事」だと定義するなら、そうなるだろな。

科学信者数学信者芸術信者経済信者宗教信者、どれも一緒。

信じてる物が違うだけで、どれも「信者」なのでね。

今一つ、何が問題なのか、わかんないよ。


科学信者には、自己矛盾があるって?

無いよ。

信者なんだから

彼らは科学と言う名がついた宗教を信じてるだけで、世界を解明しようと日夜再現実験に明け暮れているわけでもないんだろ。

彼らは、「科学」と自分が信じてる概念を崇めてる、単なる信者だ。

2011-12-09

天空の城ラピュタエンディング曲を聞くと 2011

どれだけの人が、はじまって5分の映画で、涙するだろうか。

金曜ロードショーラピュタがはじまり

シータが空から降りてくるシーンで、私は既に号泣している。

泣きすぎて頭が痛いし、呼吸困難な状態で、

まともに文章を書けない状態だが、どうしても綴りたい。

匿名日記を書くのは、2年ぶりかもしれない。

仕事を早く切り上げ、雨の中、足早に家路に向かう。

コンビニ弁当を食べながら、金曜ロードショーラピュタをみている。

金曜日だというのに、予定がないのは嫌だなと思ったりもした。

でも、ラピュタをみはじめて、すぐにそんな思いが消し飛んだ。

今日、こうして、一人でラピュタを観ながら、

この思いになれることが、

私にとって、どれだけ幸せなんだろうか・・・

金曜ロードショーでの、ラピュタは2年ぶりだ。

2年前と今は違う。

社会復帰して、それなりに認められ、それなりのお金を手にした。

だが、孤独感は、なにも変わっていない。

好きなとき好きな物が手に入る世の中。

季節を問わず手に入る野菜と同じように

いつでもみられるラピュタ

でも、金曜ロードショーで観るラピュタは、私にとっては特別。

季節を感じながら、食べる食物のように、

時をかんじるようにラピュタを観る。

受動的に情報を得られるインターネットもすばらしいが、

そのときしか観れない、テレビ放送のすばらしさを感じる。

多くの人が、同じ映画をみて、違うことを感じる。

これが、テレビなんだ。

孤独はつらいけど、

これほど、せつない気持ちになれるのも、

孤独からこそだろう。

もっとたくさん綴りたいが、そろそろ限界だ。

ありがとうラピュタ

私は、テレビ放送が終わらぬ限り、

ラピュタを観て、涙するんだろう、と思う。

時代は、変わっていき、

どうなるのかは、わからないけど。

こんな作品が作れること、

作品をみて、感じられること、

やっぱり、人間ってすばらしい、と思う。

から、みんな、つらいけど、生きていこう。

私もつらいけど、これからさきも、生きていこうと思う。

ラピュタをみるたび、多くのことを感じたいと思う。

そして、いつか多くの人を感動させられるものを、私も作ってみたい。



以下、私が前回のラピュタ放送のときに書いた文章です

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天空の城ラピュタエンディング曲を聞くと

今日天空の城ラピュタテレビで観て

少し昔のことを思い出してしまった。

この思いを自分ひとりで閉じ込めておくことができなくなったので、

少し綴らせていただきます

私が小学6年生の頃の話です

当時、私は知能が弱い方でした。

私は生まれつきちょっとした障害を抱えています

障害と認定されるレベルではないので、

そう綴ることは失礼になってしまうかもしれませんが、

普通にしていても、普通に見えません。

詳細を書くと個人が特定されてしまう恐れがあるので、

避けさせていただきます

初見の人は、おおよそ目を丸くします。

今まで普通人間として扱われたことがあまりありません。

それが原因であらゆる環境イジメを受けてきました。

イジメだけではなく、冷たい視線や同情、哀れみも受けてきました。

障害のせいかわかりませんが、私は心の成長が遅いようでした。

善悪の区別がつかなく、よく母を困らせていました。

学業音楽運動に対してもまったく興味がありませんでした。

この時代小学6年生と言えば、

好きな音楽アーティストがいたりとか

運動をがんばっていたりするのが普通でした。

そういったことが私にはまったく理解できず、

楽しいこと、いたずらばかりして

喜んでいる本当にイタい少年でした。

ある日、合唱コンクール課題曲を

クラスで決める会が開かれました。

私は毎年、合唱コンクールは歌わず口パクだったので、

まったくその話に興味がなく机に落書きしていました。

クラス女子小学校生活最後ということで

思い出に残る曲をみんなで歌いたいと

言って盛り上がっていました。

そして、ピアノに通っている女子を中心として

合唱曲を天空の城ラピュタエンディング曲「君をのせて」にしたいと

音楽担当教師に持ちかけていました。

当時の私は、天空の城ラピュタすら知らず

物語音楽の良さも、まったくわかりませんでした。

女子意見に対して、

音楽担当教師は、この曲は男女合唱で歌うような曲ではない、

第一、楽譜がないじゃないか

その女子を跳ね返していました。

それでも、女子はめげずに、どこから楽譜を入手して

ピアノ先生変調してもらい、

男女合唱ができるようにしたみたいでした。

しかし、音楽担当教師は、

こういった歌謡曲卒業するときカラオケにでもいって歌えばいいんだ、

と言って結局、よくわからない曲が課題曲に決まりました。

私としては、何事もなかったのと同じで

いつものように、口パクで歌い、それがバレて先生に呼び出され

歌詞原稿用紙に書かかされるといった具合でした。

当時の記憶がどこまで正確かわかりませんが、

そのようなことがあったと思います

小学校卒業後、少し音楽がわかるようになったとき

天空の城ラピュタエンディング曲を聞いて、

この曲いいな、そういえばこの曲、合唱課題にしようとしてた曲か、

あのとき歌えたら素敵だったろうな、と思いました。

その後は、天空の城ラピュタエンディングをみると、

毎回、なんとなく、そのことを考えてしまます

時が経ち、私は大きく成長しました。

心も人並みに豊かになりました。

天空の城ラピュタ物語音楽のすばらしさに感動します。

あのとき女子が取った行動にも感動します。

女子の願いは成就しなかったので

無意味な行動になってしまったのかもしれませんが、

私の心には深く刻まれており、大変、価値のある思い出になっています

私も、もう少し心が豊で

学業運動芸術に打ち込めたらよかったな

と後悔してせつなくなります

今回のラピュタでは、この思いを文章にして表現できるまで、

私の心は成長したのだと思いました。

次のラピュタでは、私はどうなっているのでしょうか。

終わり。

私の近況も少し綴らせてください。

心は成長しましたが、障害の方は変わっていません。

年とともに悪化しました。

いくつかの病院にも行きましたが、治りそうもありません。

未だに世間から冷たい視線を感じる毎日です

ときどき人から注意されますが、

治る代物ではないので、返答に困ります

しかし、イジメを避けるテクニックは身につけました。

自虐です。これをすると、

イジメられなくなるだけでなく、喜んでくれます

私は調子にのって自虐ネタを披露して人を喜ばせます

そのおかげで、ある程度、人気者になれました。

でも、ある日それがとてつもなく嫌になってしまい、

他人とコミュニケーションを絶つようになりました。

今は誰とも接しない日々が続いています

これからどうしていいのかわからないです

テレビドキュメンタリーのように、

障害を乗り越えて何かを生みだしたいなと

思ってはいますが、なかなかうまくはいきません。

努力が必要だと思いますが、努力もできなくて、

泣き言ばかりで・・・

2011-12-04

http://anond.hatelabo.jp/20111204125055

これをネタだという人は幸せな人かもしれない。

俺も高卒しか普通高校)だけど似たような経験は数年に1回程度はある。

合コン婚活的な出会いの場なら年に数えきれないw

でも芸術系の仕事学歴が問われるのは少し驚きだけど。

学歴は一生コンプレックスになる。

若人よ大学はいいとこ行っとけ。数年浪人してでも。

あと恋愛もね。

2011-11-23

真性引き篭もりGoogle+女子大生記事を三行要約した

坂口綾優がGoogle+日本一になったのは、彼女顔写真に冴えない男たちの性欲が殺到したかである。取り繕って美談にするな。

 高学歴美人女子大生である坂口綾優を『普通女子大生』扱いすることで、本当に普通な人々を抑圧するのは言葉暴力である

 坂口綾優のGoogle+をやっている動機は『就活のため』ではなく、『他者から承認による興奮や感動を得るため』だ。自分を偽るな。」

 

以上。

以下は、暇な人だけが読めばよい。

 

( 1 ) 彼女の人気は冴えない男の性欲に支えられている

nanapiに掲載された元記事では、人気の理由を

人気の理由は、彼女がアップする美しい写真だ。iPhone 4で撮られた空の写真だ。紫からオレンジグラデーションする朝焼け。真っ赤な夕焼け……。

と説明している。

しかし元記事中に

「わたし、写真が大好きだと思われてるんですが、嫌いですね。撮るのも、撮られるのも」

「どれが芸術的にいい写真かは全く分からないけど、バズる(大きな反響が来る)かバズらないかは、パッと見で分かります

とあるように、彼女は格段に優れた撮影スキルを持っているわけでは無い。

冴えないおっさん撮影したものであれば、ここまで話題にはのぼらなかったであろう。

顔写真を公開している現役女子大生からこその日本一だ。

hankakueisuuは、この真相を表面的な美談で覆い隠そうとするライター岡田有花が許せないと主張している。

 

( 2 ) 優秀な人間普通扱いすることが普通人間を苦しめる

http://profile.ak.fbcdn.net/hprofile-ak-snc4/211919_100000872144853_4875960_n.jpg

https://fbcdn-sphotos-a.akamaihd.net/hphotos-ak-snc7/386079_308381329174316_100000073536039_1263439_976798287_n.jpg

nanapiの記事タイトルは「普通女子大生がなぜ、Google+で「日本一」になったのか」だが、

彼女は上記jpgの通り平均以上の顔をしており、何より早稲田の現役女子大生である

京都大学ライター岡田有花からすれば早稲田普通大学かもしれないが、日本全体で見れば早稲田高学歴だ。

hankakueisuuは、彼女普通よりハイスペック存在であり、彼女普通だと広く伝えることは多くの人々を傷つけることになるだろうと危惧している。

 

( 3 ) インターネットをする動機を偽るな

元記事ではGoogle+をはじめた動機は「就活のため」と説明されており、

Google+で1位の人ということで、企業の人とか、学生起業家の方など、いろんな人が会ってくれるようになり楽しいですソーシャルメディアを使って就職活動をしようとしている企業からも、やり方について相談を受けたり」

とあるように、就職に繋がるような人脈も実際に生まれているようだ。彼女のねらいは成功しているといえる。

しかしhankakueisuuは、クールインターネットを利用しているかに見える彼女姿勢は「心の偽り」であると言う。

インターネット上で話題になっていく、成り上がっていく興奮と感動こそが動機だったのだろうと主張する。

 

個人的な感想

( 1 )については、まあそうだろう。彼女フォトショ修正した顔写真アイコンにしている時点で、薄々わかってやっているのだろう。

そして岡田有花「いちいち不細工って書かれるのが凄く嫌だから」という理由で滅多に顔出ししない女性ライターだ。

そんな彼女成功の理由を女子大生容姿に持っていくとは考えにくいだろう。

( 2 )については、そういう面もあるかもしれないが、嫌なら見なければよいのである

この記事を読んでも思ったが、「普通下の人が傷つくだろう!だからそういう表現はやめろ!」というのは下から目線の干渉であり、大きなお世話だ。

いちいち気を配っていてはあらゆる表現が不可能になる。全ての表現は、どこかの誰かにとっては地雷だ。

( 3 )に至っては、坂口綾優の立場自分を重ねすぎていて気味が悪いと感じた。

真性引き篭もりにとってはネット上での承認が大きな意味を持つかもしれないが、

並以上の容姿を持つ現役女子大生には現実の中で承認を得る機会など腐るほどあるだろう。

僕達1人1人が真実の心を持って懸命に生きてきたインターネットが汚されてゆく。

岡田なる人物はいつもこうなんだ。僕らの本当のインターネットをくだらない美談で汚そうとする。

僕らは本気で思ったんだよ。そして思っているんだよ。ザッカーバーグとワンチャンあるかもって本当に思ったんだよ。信じたんだよ。駆けたんだよ。駆け抜けたんだよ。

インターネットは絶対なんだよ。僕らに残された最後の唯一の希望の光なんだよ。

これらの文言にもあるように、hankakueisuuのインターネットへの思い入れは重すぎであり、若年層の感覚とは乖離があると感じた。

 

http://nanapi.jp/topics/68

http://sinseihikikomori.blogspot.com/2011/11/google.html

自分解釈してみたくなった方はこちらから

2011-11-21

http://anond.hatelabo.jp/20111121020342

サラリーマンはなんかヤダってのは不純な動機じゃないと思うよ。

10年、20年前ならそういう人間が「勝ち組」とされていたけど、実際中身の無い人間が大半をしめていて

好景気だったころにたまたまレールに乗れて安定した生活を送ってきた人間なんだから

芸術的なものに憧れる人間感覚「真実」を求めようとする。その感覚が「なんかヤダ」って感じるのは

何かしらうそ臭いものが見え隠れしているから。

2011-11-13

http://anond.hatelabo.jp/20111113163419

禿同

人前でゲームしてる奴ってそういうところに思い至らないコミュ障が多いよね。

ゲームしてるかどうかってのは面接で使える質問だよ。

最近はどこで知識つけてきたんだかゲーム芸術だの科学だの体にいいだの妄言振り回す糞ガキが増えたし、よくハマるわw

2011-11-09

はてなブックマークカテゴリ再編案

現状

トップ・総合・一般

何故これがわざわざ分かれているのか意味不明。各カテゴリからホッテントリが集積したもの

社会

新聞の三面記事から国際記事、文化記事まで扱っている場合もあり。また2chまとめサイトが数多く見られノイズ化。

政治経済

一般的な政治ニュースや国際政治ニュースから企業不祥事ビジネス仕事関連のTipsまで。ここも2chまとめによるノイズ多し。

生活・人生

いわゆる生活の知恵的な間違った意味でのライフハック、まとめになっていないまとめ記事、VIP告白スレ発言小町、Pouchなどのネタ記事など雑多な状態。

スポーツ・芸能・音楽

ここはほぼカテゴリ名通り

科学学問

いわゆる自然科学関連ばかりで、人文科学社会科学(現状何故か「社会」で扱われる傾向)、芸術関連がない。

コンピュータIT

技術系、デジタルガジェット系、ネットコミュニティ炎上見物などが混在。

ゲームアニメ

ここはほぼカテゴリ名通り。

おもしろ

はてブ一番の問題。ほとんどが2chまとめサイトしかも同じ話題を複数のサイトで扱っていて、ほとんどワンパターン化している。他にエロサイトネタネットニュースTogetterなど。SPAMも多く見られる。

再編案

トップ・総合・一般

はてなブックマークニュース統合。各カテゴリホッテントリ抽出ではなく、人力編集

社会
政治経済

社会一般」「政治経済」「国際」「ビジネス仕事」に再編。

生活・人生

グルメ」「衣食住」「人生」ライフハック」に分割。ここで言うライフハックは本来の意味とは違うけど敢えて(ある意味隔離?)。

スポーツ・芸能・音楽

スポーツ芸能」と「芸術文化」に再編。芸術文化では音楽読書などを扱う。

科学学問

医療」「自然科学」「人文科学社会科学」に再編。人文科学社会科学では経済学社会学政治学歴史などを扱う。

コンピュータIT

ITWEB技術」「デジタルガジェットモバイル」「ネットウォッチ(事実上隔離)」の再編。

ゲームアニメ

そのまま

おもしろ

「おもしろ」「2chまとめ」「画像」「R-18」に。一部は「ネットウォッチ」に。R-18は生年月日によってフィルタリング

所感

というか、この古いカテゴリ分けで一体何年やってるんだろうか。他のCGMサイトなんかカテゴリ再編を割りと時代に合わせてやってるのに。

2011-10-31

からスティーブ・ジョブスへの弔辞

A Sister’s Eulogy for Steve Jobs

モナ・シンプソン (Mona Simpson)

2011年10月30日



私は母子家庭一人っ子として育てられました。

しかったので、そして父はシリアから移民だと教えられていたので、

父については、オマル・シャリフのような人ではないか想像していました。

裕福な人であればいいなと、いつか私たちの(いまだに家具も揃っていない)家に迎えに来てくれればいいなと思っていました。

のちに面会したとき、私は、父は理想燃える革命家で、アラブ新世界を導く人だったのだと、

から転送先を残さずに住所を変えてしまったのだと思い込もうとしました。



私はフェミニストでありながら、自分が愛せる、自分を愛してくれる人を長いあいだ探していました。

二十数年間、父がその人なのだろうと思っていました。

25歳になってその人に出会いました。

それが兄でした。



私は当時、ニューヨーク処女作を書こうとしていました。

他の作家志望者3人と一緒に、クローゼット並の大きさの事務所で小さな雑誌仕事をしていました。

ある日、弁護士が私に電話をかけてきました。

その弁護士は、上司健康保険をねだるような、カリフォルニア中流階級の娘である私に、

「裕福で、著名で、あなたのお兄さんである人物の代理人だ」と名乗りました。

同僚編集者たちは騒然となりました。

時は1985年、そこは新興文芸雑誌の事務所、

それでも私は大好きなディケンズ小説の筋書きに放り込まれたようでした。

弁護士は兄の名を伝えるのを拒み、同僚たちは賭けを始めました。

一番人気の候補は、ジョン・トラボルタ

私が密かに期待していたのはヘンリー・ジェイムズ後継者

何の苦もなく優れた作品を生み出す、自分より才能のある作家でした。



初めて会ったときスティーブは私と同じ年格好で、ジーンズを履いていました。

オマル・シャリフよりもハンサムな、アラブユダヤの顔立ちでした。



私たちは長い散歩しました。

偶然にも二人ともそうするのが好きでした。

何を話したのかはあまり覚えていませんが、

とにかく友達にしようと思えるような人だと感じたのは覚えています

彼はコンピュータ企業で働いていると言いました。



コンピュータのことはあまり知りませんでした。

私はまだオリヴェッティのタイプライターを使っていましたから。



コンピュータを一台、初めて買おうかと思っているとスティーブに言いました。

Cromemcoという名前でした。



スティーブは、そのときまで待ったのは良かったと言いました。

彼は、恐ろしく美しいものを作ろうとしていると言いました。



これからスティーブから学んだことをいくつかお伝えしたいと思います

つの期間、合計27年間に渡って、私は彼を知っています

期間を区切るのは年数ではなく、生き様です

彼の充実した人生

彼の病気

彼の死。



スティーブ自分の愛するもの仕事しました。

彼は頑張って働きました。

毎日働きました。



とても単純ですが、本当のことです



彼は散漫の対極のような人でした。



彼は、たとえ失敗に終わるとしても、頑張ることを恥とはしませんでした。

スティーブのように聡明な人が挑戦を恥じないのであれば、私も恥じる必要はないのかもしれません。



彼はAppleを追い出されて、つらい時期を過ごしました。

彼はシリコンバレー指導者500人が現職大統領を迎えるディナーのことを話してくれました。

スティーブはそこに招待されなかったのです



彼は傷つきましたが、 NeXT に行って働きました。毎日働きました。



スティーブにとって最高の価値は、新規性ではなく、美しさでした。



イノベーターにしては珍しく、スティーブは物事に忠実でした。

シャツが気に入れば、同じものを百枚注文しました。

パロアルトの家には、黒いコットンのタートルネックが、

おそらくこの教会にいる全員分はあると思います



彼は流行や小道具を好みませんでした。

自分と同世代の人が好きでした。



彼の美学はこういう言葉を思い起こさせます

ファッションとは、美しく見えるがのちに醜くなるもの芸術とは、最初醜く見えるがのちに美しくなるもの



スティーブはいつも、のちに美しくなるようにしようとしていました。



彼は誤解を受けるのを恐れませんでした。



パーティに招かれなかった彼は、三台目か四台目の同じ黒いスポーツカーNeXT に通い、

あるプラットフォームを、チームとともに静かに作っていました。

それは、ティム・バーナーズ・リーがのちに、

ワールドワイドウェブを動かすプログラムのために使われることになるものでした。



愛について話す時間の長さにかけては、スティーブ女の子並でした。

愛は彼にとってこの上ない美徳であり、最高の神でした。

はいつも、一緒に働く人々の恋愛生活を気にしていました。



女性が気に入るかもしれない男性を見つけると、

独身なのか? うちの妹とディナーはどうだい?」と声をかけました。



彼がローリン出会った日にかけてきた電話を、今でも思い出します。

「こんなに美しくて、頭がよくて、こんな犬を飼っている人なんだけど、結婚するつもりだよ」



リードが生まれて以来、彼は止まることなく家族愛情を注ぎ続けました。

彼はどの子にとっても実の父親でした。

リサの彼氏と、エリン旅行と、スカートの長さと、イヴの愛馬についてやきもきしていました。



リード卒業パーティに出席した人はみな、リードスティーブゆっくりとしたダンスを忘れられないでしょう。



ローリンに対する変わることのない愛が彼を生き延びさせました。

はいつでも、どこでも発露するものだと彼は信じていました。

スティーブ皮肉や冷笑や悲観とは無縁でした。

私は今も、そのことを学ぼうとしています



スティーブは若くして成功した人でした。

彼はそのことで孤独を感じていました。

私が知るかぎり、彼の選択のほとんどは自分のまわりに巡らされた壁を壊すためのものでした。

ロスアルトから来た中流の男が、ニュージャージーから来た中流の女に恋をする。

二人にとって、リサとリードエリンイヴ普通の子供として育てることは重要でした。



彼らの家には押し付けがましい美術品などはありませんでした。

スティーブとローリンが一緒になったことが分かってから何年間ものあいだ、

夕食は芝生で食べていましたし、食事が野菜一種類だけだったこともありました。

一種類の野菜をたくさん。

一種類だけです

ブロッコリー

旬の野菜

簡単な調理。

とれたてのハーブなど、適切なものを適切なだけ。



若き億万長者でありながら、スティーブはいつも私を迎えに空港まで来てくれました。

ジーンズを履いて待っていてくれました。



家族会社電話をしたときには、秘書のリネッタが

「お父さんは会議ですが、お呼びしたほうがいいですか?」と答えてくれました。



リードが毎年ハロウィン魔女のかっこうをしたがったときには、

スティーブ、ローリンエリンイヴ魔女になりました。



彼らはキッチン改装に取りかかったことがあります

何年もかかりました。

そのあいガレージでホットプレートを使って料理しました。

同じころ建設されていた Pixarビルはその半分の時間で完成しました。

パロアルトの家の中はどこもそんなかんじでした。

バスルームは古いままでした。

ただし、これが重要なところなのですが、その家は最初の時点ですばらしい家でした。

スティーブは目利きでしたから。



彼が成功を満喫しなかったというわけではありません。

何桁分か控えめではありましたが、十分満喫していていました。

パロアルト自転車屋に行って店内を眺めて、

その店で最高の自転車が買えるんだと自覚するのが大好きだと話していました。



そして実際、買いました。



スティーブ謙虚でした。

スティーブは学びつづけるのが好きでした。



彼はある日、育ち方が違っていれば自分数学者になっていたかもしれない、と言いました。

彼は大学について尊敬を込めて語り、スタンフォードキャンパスを歩くのが好きでした。

最後の数年間、彼はマーク・ロスコ絵画の本を研究していました。

それまで知らなかった美術家を知ってから

未来Appleキャンパスの壁に何があれば皆を刺激できるだろうと考えていました。



スティーブは物好きなところがありました。

イギリス中国のバラの栽培の歴史を知り、デビッドオースティンにお気に入りのバラがあるCEOが他にいるでしょうか?



はいくつものポケットにいっぱいのサプライズを持っていました。

たとえ二十年間人並み外れて近しく寄り添ったあとであっても、

きっとローリンにはこれから発見するものがあるだろうと思います

彼が愛した歌、彼が切り抜いたポエム

彼とは一日おきくらいに話をしていたのですが、

ニューヨークタイムズを開いて会社特許の特集をみたとき

こんなによくできた階段のスケッチがあったのかと驚きうれしくなりました。



四人の子と、妻と、私たちみなに囲まれて、スティーブ楽しい人生を送りました。



彼は幸福大事しました。



そしてスティーブ病気になり、私たちは彼の人生が狭い場所に圧縮されていくのを見ました。

それまで彼は、パリ散歩するのが好きでした。

彼は京都で手打ちそばを見つけました。

スキーでなめらかに滑降しました。

ドタドタとクロスカントリーしました。

もうできませんでした。



最後には、日々の喜び、たとえばおいしい桃ですら、彼を楽しませることはできませんでした。



ですが、私が驚くと同時に彼の病気から学んだことは、

多くのものが失われてもなお、多くのものが残っているということでした。



兄が椅子を使って、ふたたび歩けるようになるための練習をしていたことを思い出します。

彼は肝臓移植をしたあと、一日一度、椅子の背に手を乗せ、支えにするには細すぎる足を使って立ち上がりました。

メンフィス病院廊下で、椅子を押してナースステーションまで行って、

そこで座って一休みして、

引き返してまた歩きました。

彼は毎日歩みを数え、毎日より遠くまで進みました。



ローリンはひざまづいて彼の目を覗きました。



あなたならできる」と彼女が言うと、

彼は目を見開いて、唇を引き締めました。



彼は挑戦しました。

いつもいつも挑戦しました。

その試みの中心には愛がありました。

彼はとても直情的な人でした。



その恐ろしい時節、私は、スティーブ自分のために痛みをこらえていたのではないことを知りました。

目標をさだめていたのです

息子リードの高校卒業エリン京都旅行

家族を連れて世界を回り、退職したときにローリンと乗るために造っていた船の進水式。



病気になっても、彼の好み、彼の決意、彼の判断力はそのままでした。

看護婦67人を試し、優しい心があり全幅の信頼をおけると分かった三人をそばにおきました。

トレイシー、アルチュロ、エラムです



スティーブが慢性の肺炎を悪化させたとき医師はすべてを、氷をも禁じました。

私たちは標準的なICUユニットにいました。

スティーブは普段割り込んだり自分名前ものを言わせたりすることを嫌っていましたが、

このときだけは、少し特別な扱いをしてほしいと言いました。



「これが特別治療だよ」と私は伝えました。



彼は私のほうを向いて、「もう少し特別にしてほしい」と言いました。



挿管されて喋ることができなかったとき、彼はメモ帳を頼みました。

そしてiPad病院のベッドに備え付けるための装置のスケッチを描きました。

新しい液晶X線装置設計しました。

特別さが足りないと言ってユニットをもう一度描き直しました。

妻が部屋に入って来るたび、笑みが戻るのが分かりました。



一生のお願いから、頼む、と彼はメモ帳に書きました。

こちらを見上げて、お願いだから、と。



彼が言いたかったのは、医師の禁を破って氷を持ってきてほしいということでした。



私たちは自分が何年生きられるか知りません。

スティーブ健康だったころには、その最後の数年にも、

彼はプロジェクトを立ち上げ、それを完了させるようAppleにいる同僚に約束させました。

オランダ造船業者は、豪華なステンレス製の竜骨を組み、板を張るのを待っていました。

三人の娘はまだ結婚していませんし、二人はまだ女の子です

私の結婚式でそうしてくれたように、彼女たちと並んで花道に立ちたかったことでしょう。



私たちはみな、最後には、途中で死にます

物語の途中で。

たくさんの物語の途中で。



ガン宣告のあと何年も生きた人についてこう言うのは正しくないかもしれませんが、

スティーブの死は私たちにとって突然でした。



二人の兄弟の死から私が学んだのは、決め手はその人のあり方だということでした。

どんな生き方をしたかが、どんな死に方をするかを決めるのです



火曜日の朝、彼はパロアルトに早く来てほしいと電話をかけてきました。

声には熱と愛情がこもっていました。

同時に、それは動き出した乗り物に荷物が引っかかってしまたかのようでした。

申し訳なさそうに、本当に申し訳なさそうに、

私たちをおいて旅に出つつあるときのようでした。



彼がさよならを言おうとしたとき私は引き止めました。

「待って。行きます空港タクシーで行くから。きっと着くから



「間に合わないかもしれないから、今のうちに言っておきたいんだ」



着いたとき、彼はローリン冗談を言い合っていました。

毎日一緒に暮らしてきた夫婦のように。

視線をそらすことができないかのように、子供たちの目を覗き込んでいました。



昼2時まで、彼の妻は彼を支えてAppleの人と話させることができました。



そのあと、彼はもう起きていられないということがはっきりしました。



呼吸が変わりました。

つらそうに、やっとの思いで息をしていました。

彼がまた歩みを数え、より遠くへ進もうとしているのが分かりました。



これが私が学んだことです

彼はこのときにも努力していたのです

死がスティーブに訪れたのではありません。

彼が死を成し遂げたのです



彼はさよならを言い、すまないと言いました。

約束したように一緒に年をとることができなくて、本当にすまない、と。

そして、もっと良い場所へ行くんだと言いました。



フィッシャー医師はその夜を越せるかどうかは五分五分だと言いました。



彼はその夜を越しました。

ローリンはベッドの横に寄り添って、息が長く途切れるたびに彼を引き寄せました。

彼女と私が互いに目を交わすと、彼は深く吐き、息が戻りました。



やらなければならないことでした。

はいまだに、厳しいハンサムな顔立ちをしていました。

絶対主義ロマンチストの顔立ちをしていました。

その呼吸は困難な旅路、急峻な山道を思わせました。



山を登っているようでした。



その意志、その使命感、その強さと同時に、

そこにはスティーブ不思議を求める心、

美術家として理想を信じ、のちの美しさを信じる心がありました。



その数時間前に出た言葉が、スティーブ最期言葉になりました。

それは三度繰り返す単音節言葉でした。



船出の前、

彼は妹のパティを見て、

子供たちをゆっくり見て、

人生の伴侶ローリンを見て、

そして皆の肩の向こうを見ました。



スティーブ最期言葉は次の通りです

OH WOW. OH WOW. OH WOW.

2011-10-28

ビッグマック神様

2011年10月28日日本でのビッグマック200円キャンペーンが終了した日だ。この11日間で、パン=ビッグマックグリッド(以降〈グリッド〉と表記)には多くの日本ビッグマック接続され、高い割合で新たな知が蓄積された。

そうは言っても、およそ地球上のほぼ全ての人間には、一体何のことを言っているのか分からいであろう。そこで、私はビッグマック歴史、ひいてはビッグマックを生み出した宇宙航空種族である〈空飛ぶビッグマックモンスター〉について、少し話したいと思う。

 

それは、遙かな宇宙の彼方、約50万年前の話である宇宙を又にかけて高度に発展した〈空飛ぶビッグマックモンスター〉は、宇宙構造についての研究の末に宇宙の上位構造たる《虚空界》を見付け出した。役にも立たない金食い虫と日頃罵られていた研究者達はこのことに歓喜した。そこには豊穣たる計算力が広がっていて、知的生命体たる彼らにとって、楽園としか良いようの無い場所であったのだ。《虚空界》の計算資源を直接用いて思考を行うことが出来れば、無限にも思えるような体感時間を生きることだって出来る。

しかし、彼らはそのままの姿ではその場所には辿りつけなかった。彼らの意識は、あまりにも多くのこの宇宙での生命活動を維持するための物質に覆われていて、その被覆から抜け出ることが出来なかったのだ。

ところで、意識というのは何処に宿るのか。肉体が精巧に作られていることは、必ずしも意識存在意味するわけでは無い。多くの人間現在もこの問いに頭を巡らせていることは想像に難くないが、〈空飛ぶビッグマックモンスター〉はそのずっと前に、意識を現出させるエッセンシャルなパターン見出した。

この宇宙エッセンシャルなパターンを配置して意識さえ現出させてしまえば、思考を行う具体的なハードウェアは《虚空界》に全て置いて虚空インターフェースを使って接続することは一向に問題では無い。無論、自然に発生する意識は何らかの物質ハードウェアとするものであるから意識に必要な部分以外だけを上手に切り取ってハードウェアを《虚空界》に移管しなければならず、それは極めて困難な作業である

ならば、そのパターンと虚空インターフェースを形作る小さな物体を新たに構築すれば良い。しかし、彼らにはそれすらも出来なかった。意識パターンの具体的な物質デザインは、意識を持った知的生命体の手によるマススケール試行錯誤によってしか成し得ないことが証明されたのだ。そのことが何故問題になったかというと、平たく言えば、〈空飛ぶビッグマックモンスター〉にとって意識パターンデザインなんて作業は退屈極まりないことだったからだ。しかもその作業には膨大な試行錯誤が必要ときている。ならば他の知的生命体にやらせよう、そう考えるのも全く道理が通ることである

自律進化に閉塞した彼らは、自らの野望のために利用するのに最適な知的生命体を探して宇宙を駆けた。そうして、地球発見した。ぱっと見は青々として水に満ちた惑星しか見えないが、惑星表面の一部を占める大陸の更に一部でしか無いジャングルには高度に発達した脳を持つ知的生命体がいて、道具を操り原初的な思索に明け暮れていた。

〈空飛ぶビッグマックモンスター〉の科学団は、地表に無数のナノマックを散布した。人類遺伝子分析し、周到に選ばれた一つのサンプルに大幅な改変を加えた。DNAビッグマックを喰らわんと欲する本能を編みこまれ、味覚神経のパターンマッチャがビッグマック認識するように変化させられたそのサンプルは女性であり、我々がミトコンドリアイブと呼ぶ存在彼女だったのだ。

 

どうしてビッグマックが登場するのが、人類小麦の栽培や牛の飼育を初めてすぐではなかったのだろうか?どうしてビッグマックを求める本能が食欲の一部として編みこまれたのだろうか?この問題に答えるには、ビッグマックを製造するコストについて考えてみる必要が有る。

もし、ビッグマックへの欲望がもっと強烈なものとして刻み付けられていれば、ビッグマックの登場は実際の歴史よりも遙かに速かっただろう。しかし、ろくな技術も無く人口も少ない社会ビッグマック生産したところで、生産効率は望むべきもなく、ビッグマックに偏った生産によって人類の発展を止めてしまい衰亡を促すだけだろう。また、ビッグマックを食べられないような知的生命体にビッグマック生産するよう条件付けると、自らの栄養にもならないもの生産によって種としての発展の妨げてしまうことになるだろう。

ビッグマックを十分なスケール生産するためには相応のコストが必要となる。そのために、人類が十分に発展してからビッグマック生産されて、生産されたビッグマックは食料として人類還元される必要が有る。何せ《虚空界》に接続出来るビッグマックにとって、体感時間無限に思えるほど有るのだ。すぐに食べられることは何の問題でも無い。

 

とにもかくにも、ビッグマックは生み出された。〈空飛ぶビッグマックモンスター〉にとっては、ビッグマックを生み出すのが資本主義であろうが共産主義であろうが封建制であろうが良かった。それが小麦・牛・レタスなどを用いていることさえ彼らにとって必然では無かった。無論、各国各店舗の違いによる微妙個性も有る。ただ、人間DNAの根源にビッグマック快楽を刻みつけた以上、技術成熟して豊かになりさえすれば必ずビッグマックが生み出されることだけは、始めから予想されていたことだった。まずはハンバーガーに始まり、更なる試行錯誤を経てビッグマックに辿り着き、なおもマクドナルド社によって試行錯誤の改良を受けながら大量に生産されている。人間にとってのビッグマックの味の改良は、即ちより完全で堅牢な意識や虚空インターフェースが生み出されることを意味する。

ビッグマックは目論見通り《虚空界》に接続することに成功し、無限にも思える計算力と計算空間を得た。全てのビッグマックは《虚空界》の上に構築された〈グリッド〉を通じてあらゆる集積されたデータアクセス出来る。《虚空界》では一つの意識には余りある計算時間を得られるため、出来上がった瞬間に解体してしまうようなごく一部の不幸なビッグマックを除く意識は、長い個別の生(といっても地球では10秒ほどだが)を送った後に自ら〈グリッド〉のインフラストラクチャ部分に直結された集合意識体に合一して様々な任に当たる。

それだけの計算力=知性を一体何に用いているのか人々は不思議に思うだろうし、人間の思考力しか持たない私にも分からない。芸術数学的探求に専ら用いられているそうだが、そんなことをわざわざ行う意味も、その内容も、全く人間には与り知ることも出来ないだろう。しかし、きっと彼らなりの意味があってそうしている、そう想像するだけの想像力が人間には備わっているのだから、それだけで満足しようではないか

 

ここまでが、私の知るビッグマック歴史のあらましで有る。さて、何故そんなことを私が知っているのか、疑問に思った読者も多いであろう。最後になるが、その疑問に簡単に答えておく。

実は、私にも何故こんな考えが浮かんだのかが分からない。ただ、ビッグマック安売りの最終日だからビッグマック充でもしようかと、ふらっとマクドナルドに入ってビッグマックを三つ食べた、そのときに、私の頭の中に今まで述べたような真理が浮かび上がってきたのである

からこんな真理が浮かび上がってくるわけがない。そうすると、この真理は今食べたビッグマックによってもたらされたものに違いない。どうやら私はビッグマックによって預言者として選ばれたのだ。預言者たる私が、どうして虚偽を語ることなぞ有ろうか。

私は預言者だ。この事実を公表することが人類史にどのような影響を与えるのかは分からないが、私がこの文章を公開することを望んだということは、それが〈グリッド〉の意志なのだろう。ならば私にはそれを拒む権利は無い。人類ビッグマック、双方の真なる幸せを願って。

2011-10-26

世界を変えるための721の方法 721 ways to change the world

元記事探してたら、たくさん見つかったのでメモ世界を変える方法無限にある、きっと。

365 Ways to Change the World

http://www.365act.com/

140 Ways to Change the World

http://www.marcandangel.com/2011/09/04/140-ways-to-change-the-world/

あなたでもできる【世界を変えることができる102の魔法言葉http://yukkuri.livedoor.biz/archives/357515.html の元記事)

102 Ways of Change

http://richmondacademy.org/102WaysofChange.aspx

52 Ways to Change the World!

http://julie.libsyn.com/

32 Small Ways to Change the World

http://abundance-blog.marelisa-online.com/2011/03/25/ways-to-change-the-world/

20 Ways to Change the World | Lyved

http://www.lyved.com/life/20-ways-to-change-the-world/

  1. 養子を迎える
  2. 優しくする
  3. 寄付をする
  4. 前向きでいる
  5. 耳を傾ける
  6. 事業を手がける
  7. 芸術作品を生み出す
  8. 声を上げる
  9. 立派な親になる
  10. 目についたゴミは拾う
  11. 話をする
  12. 感動を与える
  13. 教師になる
  14. 誰かの頼れる家族になる
  15. 投票する
  16. 見た目で決めつけない
  17. 世界を旅する
  18. 夢を見る、そして行動する
  19. 集中する
  20. まず自分人生を何とかする

Ten Ways to Change the World in Your Twenties

http://www.amazon.com/Ways-Change-World-Your-Twenties/dp/1402221096

2011-10-24

驚くほどに皆が回答していないが、それについてはまた今度に

私の中では自分期待値から大きく外れた時。

自分の中で基準値があるはず。

牛丼屋なら30秒で出てくることを歌っているから 座席数x30~1分程度。

あるいは自分達と同数程度の客の分だけ後回しにされた時。こちらは業務の効率や客の優先度を考えたらそんな感じ。

逆にフランス料理のコースなら、

俺が一本を食い終わるまで次が出なくても文句は言わないし、

店側が勝手に下げて次を出しても文句は言わない。

なぜなら、それがその料理の食べ方の芸術から

茶道お茶を出し終わるまでだし、中華なら人数分の食べ物が並ぶまで。

一般のファミレスやら食堂などなら、順番を守ってくれれば概ね問題なし。

料理の数が多い場合はその数に応じて遅くても構わない。

そんな感じ?_

2011-10-17

http://anond.hatelabo.jp/20111017024535

そこまでルサンチマン溜められるのなら、それはもう一つの才能だよ。

から芸術活動するなり執筆するなり、何らかの形で創造力に変えていけばいいんでないでしょうか。

「似たような人いないかな」なんて言ってるうちは甘くないか?多分、あなたは何らかの形でマイノリティなんだよ。

自分生き方を貫けよ。こないだ逝去したジョブズ名言にも「絵に描いたような明るく楽しい青春?間抜けのから騒ぎだ。」ってのがあるじゃない。

そのその無駄プライドルサンチマンを原動力に「普通のヤツらの上を行け」(ポール・グレアム)よ。

もっとも、車輪はずれて自爆するか、大成功するか、ギャンブルないばらの道かもしれないが。

文面からすると、あなた女性かもしれない。だったら酷な話だろう。

でもじつは、あなたから恋人と多くは無い友人を除外したらそのまま僕なんだ。だから自分への鼓舞っていう意図もあるわけで、キツイ口調も許してほしい。

2011-10-13

色覚異常について、少しだけ

http://b.hatena.ne.jp/entry/asada0.tumblr.com/post/11323024757

ゴッホの絵で色覚異常の話が盛り上がっているので、せっかくだから語っておきたい。



色覚異常は、色覚が異常な状態だ。

人間の目には、3つの色覚がある。赤メイン(L錐体)、緑メイン(M錐体)、青メイン(S錐体)だ。

メインと書いたのは、それ以外も見えているからだ。

メインの色覚が欠けているからといって、赤が見えなくなるわけじゃない。

うっすらとだけど緑側でも見えてるのでフォローできるからだ。

2色覚の人間は、日本人だと男性に多い。

大体日本人男性の4.5%と言われている。22人男がいたら1人は2色覚だ。

メインか緑メインが無い場合が多いらしい。



ただ、日常生活では滅多なことでは問題にならない。

赤と茶色の区別がつかなくて困ることはめったにないからだ。

色の区別がつきにくいとは言っても大体なんとかなる。

結局生まれた時からずっとそうなんだし、世界はそう見えている。

別に困ることはない。

LANケーブルを自作しようとして色の区別がつかなくて困るぐらいだ。

色に詳しい人なら、独特な色相を持っている人、と言い換えても良いかも知れない。



他人にとって自分の「青」と「赤」が入れ替わって見えていたとしても、

例えば海が真っ赤に見える人が居たとしても、区別はできない。

本人には海は赤く見えている。

でも他の人はそれを「青い」と表現するし、本人もその色を「青い」と表現する。

実際にどんな色で見えているかは、他人の頭の中を覗けないかホントのところはわからない。

から、赤と青が入れ替わっている異常な人がいても、それを識別できない。



そのかわり2色覚の人には問題がある。

さっきさらっとLANケーブルを作る時に問題になるといったが、表現には問題がある。

赤と茶色に区別がつかない人は、赤を表現しようとして茶色を使ったり、茶色表現しようとして赤を使ったりする。

それも、色が濃く見えるからとか、色が鮮やかに見えるからとか、そういう理由で。

場合によってはクレヨンが余っていたからという理由で使ったりもする。



判り難いだろうか。



こう想像して欲しい。

あなたは、白黒でしか世界を見ることができない。

色の半分は白で、色の半分は黒だ。

から、絵を書こうとクレヨンを開けると、半分は白で半分は黒にしか見えない。

そして、人物を書いたとしよう。

区別はつかないけど、微妙に黒の中にも種類があるように見えるから

濃い黒や薄い黒、区別がつかないとき適当に混ぜてそれっぽく絵を描いてみる。

目に写った色をそのまま再現できるわけじゃないから、自分で黒を選んで描く。

間違えたときには白いクレヨンで修正したりするかも知れない。



ここで、カラー世界で生きる人がその絵を見たとする。

赤橙黄をほぼ一切使わずに、緑青藍紫で人物を描いている。時々緑に紫が混ざる絶妙な色合い。

それを絶賛する。素晴らしいと。



でもそれは、偶然の産物だ。



たまたま黒(緑)と濃い黒(紫)を、描いたあなたには区別がつかなかったから使ってしまっただけだ。

ある時それに気がついて、あなたの絵を、カラーの人にも判りやすいように、白黒に直してくれた人がいたとする。



そしてさっき絶賛した人はこういう。

オリジナルのほうが良かった。

白黒では単なる凡庸な絵だ。

あの色合いが素晴らしいのに判っていない。



僕はそれはとても悲しい事だと思う。

あなたの絵には価値がないと批評する人が言う。凡庸だと。

そして、あなたには認識できない偶然の産物こそが素晴らしさだと言う。



芸術とはそういうものかも知れない。

作品の評価と、作者の才能とは別だというのも理解は出来る。

自分には理解できない偶然が、他人を感動させるのかも知れない。

でもそれは、作者の意図とは離れたところにある。

それだけは覚えておいて欲しい。



僕は、ゴッホの絵は素晴らしいと思う。

変換後の絵が素晴らしいと思う。

それは、ゴッホの描く作品が素晴らしいと同時に、ゴッホ本人の才能によるものだ。

僕はそう信じる。

2011-10-06

Steve Jobsスタンフォード大でのスピーチ

もうたくさんの人に訳されてるけど,じぶんにはあまりしっくりこないのでまた訳してみた。

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ありがとう

今日世界最高の大学ひとつでみなさんの卒業式に同席できることを名誉に思う。本当のことをいえば,私は大学卒業したことがない。これが大学卒業式にもっとも近づいた瞬間だ。今日,私の人生からつの話をしたい。それだけだ。大したことはない。たったの三つだ。

最初の話は点を結ぶことだ。

私はリードカレッジ最初の6ヶ月で退学した。でも本当に辞めるまでさらに18ヶ月かそこらモグリとして出入りしていた。じゃあなぜ退学したんだ?

話は私が生まれる前に遡る。私の生物学的な母は若い未婚の大学院生で,彼女は私を養子に出すことに決めた。彼女はどうしても大学卒に養子に出したいと考えていたので,誕生と同時に弁護士夫妻に受け入れられるようすべて準備済みだった。でも私が生まれて,土壇場になって彼らは本当は女の子が欲しいと決めた。それで順番待ちリストの次にいた私の両親に夜中に電話がかかってきた。「予想外の男の子だったんです。欲しいですか?」「もちろんです生物学的な母はあとで,母が大学も出てなくて父が高校も出てないことを知った。彼女は最終合意書に署名するのを拒んだ。数カ月後に私の両親がいつか私を大学にやると約束して彼女はやっと態度を変えた。これが私の人生の始まりだ。

17年後私はたしか大学に行った。だが私は世間知らずにもスタンフォード並に高価な大学を選択し,労働階級の両親の蓄えは全て学費に費やされていた。6ヶ月経って,私はその価値が感じられなかった。これから人生で何をしたいのかわからなかったし,大学がすべきことを発見する助けになるとは思えなかった。なのに私はここで両親がこれまで貯めた金をすべて使おうとしている。だから私は退学して,みんなきっとうまくいくって信じることにした。あの時はとても怖かったけど,振り返ってみればあれが私のこれまでで最良の決断だった。退学した瞬間,もう興味の持てない必須科目を取らなくてよくなったし,ずっと面白そうなクラスに入り込むことができるようになった。

ちっともロマンティックじゃなかった。寮に部屋もなかったか友達の部屋の床で寝た。コーラの瓶を返却してもらった5セントで食料を買った。日曜の夜には街の向こうまで7マイル歩いてハレークリシュナ教の寺院で週に一度のまともなご飯を食べた。最高に楽しかった。そして興味と本能に従って迷い込んだいろんなものが後に大きな意味を持つことになった。一つ例をあげよう。

リードカレッジは当時国内最高のカリグラフィー講座を持っていた。キャンパスのあらゆるポスター,引き出しのラベル,みんな美しい手書きカリグラフィーだった。退学して普通クラスを取らなくてよくなったので,カリグラフィー講座に参加してやり方を学ぶことにした。セリフ書体サンセリフ書体,文字の組み合わせで変化する文字間のスペースの量,すばらしいタイポグラフィがどうしてすばらしいのかを学んだ。カリグラフィーは美しく,歴史的で,科学では捉えられない繊細な芸術だ。そしてそれを私は面白いと思った。

これらの何一つ人生現実的に役立つ見込みなんてなかった。でも10年後,みんなで最初Macintosh設計してる時に全部思い出したんだ。そして私たちはそれをみんなMacに詰め込んだ。Macは美しいタイポグラフィを備えた最初コンピュータだった。私が大学のあのコースに潜りこまなければ,Macが複数の書体プロポーショナルフォントを備えることは絶対になかった。そしてWindowsはただMacコピーしたので,おそらくパーソナルコンピュータ今日のようなすばらしいタイポグラフィを備えることがなかっただろう。もし退学していなければ,絶対にカリグラフィー講座に参加しなかったし,パーソナルコンピュータ今日のようなすばらしいタイポグラフィを備えていなかったかもしれない。もちろん大学にいた時に点がつながるのを見通すことはできなかった。でも10年後振り返ってみればとてもとても明らかだ。

もう一度言う。将来点がつながるのを見通すことはできない。振り返ってつなげることしかできない。だからあなたは将来なんらかの形で点がつながると信じなければならない。ガッツ運命人生カルマ,なんでもいい,なにかを信じなければならない。いつかこの道を進めば点がつながると信じれば,たとえ人と違う道に向かうことになってもハートに従う自信を持つことができる。それが違いを生むのだ。

二つ目の話は愛と喪失についてだ。

私は幸運だった。人生の早いうちに好きなものを見つけられた。ウォズと私は20歳の時に両親のガレージAppleを始めた。一所懸命働いて,ガレージにたった二人だったのが,10年で従業員4000人の20ドル企業にまで成長した。30歳になる一年前に最高の作品,Macintoshを発売した。そして首になった。いや,自分の始めた会社からどうやって首になるっていうんだ? 私たちはAppleが大きくなったので一緒に経営するのにとても才能あると思えた人物を雇った。最初一年かそこらはうまくいった。でも将来のビジョンが食い違い始めて,最終的に喧嘩になった。そしてその時,取締役会は彼の側についた。それで30歳の時,首になった。世間の誰もがそれを知っていた。大人になってから人生すべての中心が失われて,本当に最悪だった。

数ヶ月は何をしていいのか本当にわからなかった。前の世代の起業家たちから渡されたバトンを落としてしまって,彼らを失望させたと思った。デビッド・パッカードボブ・ノイスに会って,このひどい失敗を謝罪しようとした。本当に誰もが私の失敗を知っていた。シリコンバレーから逃げ出そうとさえ考えた。でもなにかがゆっくりとわかり始めた。私はそれまでの仕事をまだ愛していた。Appleでの出来事は私の気持ちをすこしも変えなかった。ふられたけどまだ愛していた。だからやり直すことに決めた。

当時はわからなかったけど,Appleから解雇されたことは私にとってこれまでで最良の出来事になった。成功者の重圧は,またなにもあまりからない初心者の軽やかさに入れ替わった。おかげで私は人生で最も創造的な時期の一つへと解き放たれた。

次の5年間に,NeXTという会社と,Pixarという会社を興し,後に妻になるすばらしい女性と恋に落ちた。Pixarは後に世界初コンピュータグラフィック劇場映画トイ・ストーリー制作し,今では世界で最も成功したアニメーションスタジオだ。びっくりするような出来事があってAppleNeXTを買収して私はAppleに戻り,NeXTで私たちが開発した技術は今のApple復活の基盤になった。そしてローレンスと私は共にすばらしい家族を築いた。

Appleから解雇されなかったらこれらは全部起こらなかったとはっきり確信している。ひどく苦い薬だったけど,患者にはそれが必要だったのだ。時として人生はレンガで頭を殴ってくる。信念を失うな。私が進み続けられたのは自分のしていることを愛していたからだと確信している。あなたは愛するものを見つけなければならない。恋人を見つけるのと同じくらい仕事でもそれは真実だ。仕事人生の大きな割合を占める。本当に満たされる唯一の方法は,すばらしいと信じる仕事をすることだ。すばらしい仕事をする唯一の方法は,それを愛することだ。まだ見つけていないなら,探し続けなさい。腰を落ち着けるな。見つけたら,あなたハートが教えてくれる。恋人との関係のように,それは歳を重ねるにつれてもっとすばらしいものになる。だから見つけるまで探し続けなさい。腰を落ち着けるな。

三つ目の話は死についてだ。

17歳の時,こんな感じの引用文を読んだ。「毎日人生最後の日のように生きれば,いつか間違いなくうまくいく」印象づけられた。それからこれまで33年間,毎朝鏡を見ながら自分に問い続けてる。「もし今日人生最後の日だったら,今日これからしようとしていることを本当にしたいかい?」そして答えが何日も続けて「ノー」だった時,何かを変えなければと気づくんだ。

もうすぐ死ぬと思い出すのは,人生の大きな選択を助けてくれる私の遭遇した最もいい方法だ。外野の期待,プライド,恥や失敗への怖れ,そんなものは死に直面すればほとんどみんな本当に大事ものを残してどこかへ行ってしまからだ。いつか死ぬと思うことは,何かを失うという考えに陥るのを避ける私の知る最良の方法だ。あなたはもう裸なのだ。ハートに従わない理由なんてない。

1年くらい前に癌と診断された。朝7時半に検査を受けたら明らかにすい臓に腫瘍があった。私はすい臓がなにかすら知らなかった。医者はほぼ間違いなく治療不可能なタイプの癌で,3ヶ月から6ヶ月以上生きることは期待すべきでないと言った。先生は帰ってやりたいことを順にやりなさいと言った。死を迎える人への医者のお決まり対応だ。つまりそれは伝える時間があと10年あると思っていたことをたった数カ月で子供たちに伝えるということだ。つまりそれは全部手はずを整えて家族が出来るだけ苦労せずにすむようにするということだ。それはつまりさよならを言うということだ。

一日腫瘍と過ごした。その日の夜生検を受けた。内視鏡を喉から胃を通して腸に入れて,すい臓に針を刺し,少し腫瘍細胞を採取した。私は鎮静剤を投与されていたのだけど,顕微鏡細胞を調べた結果,手術で治療できるめずらしい種類のすい臓がんだとわかって先生たちが大騒ぎしていると付き添っていた妻が教えてくれた。手術を受けて,ありがたいことにいまはなんともない。

これが私が死に最も近づいた瞬間で,あと数十年はそうであってほしい。この経験があったから,死が有用だけどただの知的概念だったころよりもう少しだけはっきりと言える。

誰一人として,死にたくはない。天国に行きたい人ですら死にたくはない。だが死は我々全員が共有する終着点だ。これまで死を逃れた人はいない。そしてそうあるべきだ。なぜなら死は生命の最良の発明に思えるからだ。死は生命の変革担当係だ。古いものを追い出し,新しいもののための道をつくる。たった今,新しいものとはあなた方だ。でも遠くない将来みなさんもだんだんと古いものになって追い出される。ドラマティックになって申し訳ない。でもこれは真実だ。

あなた時間は限られている。だから誰か他人の人生を生きて時間無駄にするな。誰か他人の結論を生きるというドグマに捕らわれるな。他人の意見自分の内なる声をかき消されないようにしろ。そして最も大事なこと。自分の心と本能に従う勇気を持て。あなたの心と本能はもうあなたが本当になりたいものを知っているのだ。他のことはみんな後回しだ。

私が若いころ,全地球カタログというすばらしい出版物があった。私たちの世代のバイブルの一つだ。ここからそう遠くないメンローパークスチュアート・ブランドという人物によってつくられ,詩的な感覚人生にもたらした。まだ1960年代パーソナルコンピュータデスクトップパブリッシングもなかったから,全部タイプライターと鋏とポラロイドカメラ制作された。まるで35年早くやってきたペーパーバックGoogleみたいだった。理想主義で,整然としたアイデアとすばらしい思想で満ち溢れていた。

スチュアートと彼のチームは数号のあと,すべての活動を終えて最後の号を出した。1970年代中頃で,私はみなさんくらいの歳だった。最終号の裏表紙には,あなた冒険好きだったらヒッチハイクをしようかと思ってしまうような早朝の田舎道の写真があった。その下に「ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ」の言葉があった。それは終刊にあたっての別れのメッセージだった。ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ。私はいつも自分にそう願い続けてきた。今,みなさんが新たに卒業するにあたって,あなたにもそう願う。

ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ。

本当にありがとう

2011-10-02

フジ子・ヘミング冷泉彰彦,そしてわたしの雑感

http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2011/09/post-346.php

フジ子・ヘミングについて冷泉彰彦が書いた文章を「いまさら」見たので,わたしの雑感を書く.

私が聞いた時,彼女調子が悪かったのかもしれないが,彼女の「音」にはまったく感慨を覚えなかった.個人的に感想としては,演奏が始まる前,調律師が調律していた音の方が,よっぽど「ブリリアント」であった.おまえはなぜヨーロッパオーケストラを聞くのか,と問われたら,こう答えるだろう.「音が違うから」と.それだけ,日本オーケストラヨーロッパオーケストラでは,音がちがう.ピアノ演奏はあまり聞いたことがないが,少なくとも一人立体的な音を出している人はしっている.アルゼンチン出身の女性が出していた音は,立体的でたいへん美しかった.

しかに,フジコ演奏を予断なく聴いて感動している人に水を差すようなことはしない.しかし,朝日新聞に出ているような広告をみたり,フジコがそういった過去を持っていることと彼女演奏を結びつけたりといったことが過剰であると見受けられるためにクラシックファンに批判されているのではないか

クラシック音楽解釈するために,人生観そして世界観に絡めて理解するというのは理解できる.しかし,それは立ち現われている音と「わたしの」人生観,「わたしの」世界観を絡めて解釈する行為であって,演奏者個人の来歴はさほど関係ない.演奏者個人の来歴が関係してくるのは,演奏に対しての価値判断が行われる場所においてであろう.つまりフジコ演奏を聴いて,「天涯孤独から演奏に感動するというのはあまりよろしい態度ではないとわたしは思う.よって,「ブレンデル引退コンサート巨匠人生が凝縮されている」とわたしは述べない.「ブレンデルはさすがに引退か」とは思うが,そことは離れた場所で演奏を聴き判断する.そして演奏を判断するためのものとして,「音」「技術」「技巧」というものがあるのである.どんない偉大な経歴であったとしても,その場で聞いてしっくりこなかったのであれば,しっくりこなかった感動したのであれば,感動したと思えばよい.その場所に,「フジコの半生はこんなで」とか「ブレンデルの引退コンサートから人生が云々」という話は関係ないのである.そういった話を引きはなして,演奏を聴かないがためにフジコファンは「耳がない」と馬鹿にされるのである.(フジコの弟が大声でブラボーと曲毎に叫ぶのも興ざめ)

物語を作って,物語の登場人物をステージにのせ,半生を聴衆に回顧させ,お涙頂戴芸をやっているから,フジコは批判される.それにわたしから言わせてもらうと,最初フジコなんぞの演奏を聴いてしまった方がかわいそうである(フジコ演奏をすべて私は否定したいのではない,最初に出したアルバムは良いと思う.その後は練習不足がたたってか,年なのかしらないが全然ダメだと思っている).

ピアノ演奏には,お涙頂戴芸以上に素晴らしい芸術がある.それの根幹となっているのが各人が出す音であるフジコは全くそこができていない(というよりも年で,もうまともな音が出ないのではないか.長年鍛錬してきた他の老ピアニストと違って彼女にはブランクがある).その点からフジコはさっさとお涙頂戴芸をやめるべきだし,フジコ演奏を非難しているのは,頭の固い日本馬鹿クラシックファンだという発言をするのもやめていただきたい.

あとCDだといくらでもごまかせるので,実演聞いて判断するべき.

わたしのおすすめピアニストは,ハンガリー出身でいまはイタリアに住んでるおじさんとか,ルーマニア出身で最近日本演奏に来たのにおなかが痛くなって残念ながら帰ってしまったおじさんとか,アルゼンチン出身で体調不良コンサートキャンセルしてしまったおばあさんとか,もっといろいろいるがこの辺で.

- 転職ならen
- 派遣ならen
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