はてなキーワード: 金髪とは
小学校の頃に、時々デブで頭も悪く馬鹿にされていた同級生が椅子振り回してた事を思い出す。
デブの家はちょっと貧乏臭く、親は金髪でピアスのある人たちだった。デブに粘着して虐めていたのもまた、馬鹿なヤンママの息子みたいな奴らだった。
田舎の公立校は親の仕事でぼんやりとグループが分かれていて、医者教授公務員の子供の層と、地元出身の親の層は、住むところも交友も何となく違っていた。
だから下層の方の争いは、下層で起きることで、大抵皆無関心だったのだけど、デブが椅子を振り回す時だけは、我々にも被害が及んだ。
10代、20代の頃は最高のオカズだった。エロアニメ(エロ漫画)はとにかく『抜く』事に特化しているので、股間にダイレクトに呼びかけてくる
都合の良いストーリー、ありえないスタイル、限りない性欲、もれなくモリマン、謎の湿気、断面図、とてつもない量の精液
おかげで日に何度も抜いた事もあった。だが、20代半ば以降からは全く抜けない。AVの方が興奮する。大好きな褐色金髪爆乳ビッチな女子高校生でも無理だった
童貞じゃなくなったからか、結婚したからか、子供ができたからか。一時期は「こんなん誰が見るの?」とまで思ってたAVを今では楽しんでいる
なんとなくだが余裕が出てきたのが大きいかも。AVは当たり外れが激しい。それを許容できる心を持てたのかもしれない
失敗したくない!確実にヌキたい!って思ってた若い頃は自然と間違いのないエロアニメ(エロ漫画)に興奮していたのかもしれない
ほとんど競泳水着に防具を付けただけでは、と言いたくなるようなセクシーなコスチュームがいい
おっぱいドーンだし肩だしで、ほんと見せびらかし感がよい
たぶん衣装はレースクイーンがすごくかわいく見えるのと同じ動作原理
まあ、FGOやったことなくてエロ同人誌でしか知らないキャラなんだけれどね
なんというか、着衣フェチ成分というか「抜くためのデザイン」という確固たる意志みたいなものを感じる
しっかりオタクの性欲に寄り添って、的確にツボを突かれている
最近、基本的に服を着ている状態のキャラに対してしか欲情できなくなってきたので、本当にありがたい
ほんと、こういうキャラデザしてくれる作者さんには感謝しかない
まじで、ありがとう
醜男ほど女尊男卑と言う傾向にあると思う。だから彼らの言う俺たちは女に虐められてきたんだ、という主張は自分の魅力の無さを棚に置いて、自分の評価を上げろと騒ぐ荒唐無稽なものと思ってきた。
でも最近ちょっと、何が彼らにとって虐めだったのかわかってきたかもしれない。
私は大学生で、工学部ではないけれど、少しだけ工学部の授業も履修している。当然工学部には知り合いもいない。だから授業にはギリギリに行って、空いている席に適当に座る。あまり先生の正面の席は嫌だが、黒板が見えないのは困る、狭いのは嫌だから隣の席は空席がいい、そんな事を考えながら、男子学生で埋まった席の中から、居心地が良さそうな席を探す。
今日は丁度良い席が見つからず、男同士のグループとグループの隙間の一席に座る事になった。講義終了後、講義室から出た先の廊下で、隣座ったグループが「お前の隣絶対女子こないじゃん」「どーていwwwww」「俺今日隣女だったからw」というような事を話していたのを耳にした。(ので追い越すに追い越せなかった)
こんなやり取りを聞いたのは、初めてではない。教養の頃も、うっかり講義資料を素っ気なく後ろに回してしまったときに、後ろの席の男は、お前女子から避けられてんじゃんwというような弄りを受けていた。
席を選ぶときに、隣の男が魅力的かどうかなど気にしたことはない。でも、彼らにとっては、隣に座られること=異性から認められる事であり、隣に座られない事は避けられているという事になる、そんな価値観がなんとなくあるのだろうと思う。異性と関わりの少ない彼らにとっては、挨拶されるか、話しかけられるか、笑顔でお礼を言われるか、そんな些細な対応全てが異性からの評価を測るファクターなのかもしれない。彼らがそのような価値観の中で生きているとするならば、異性と接することは常に異性からの不躾な評価に晒されることであり、異性が意識していないような些細な「低評価」も心に引っかき傷を作るのかもしれない。(逆に、ほとんど話した事もないのに突然2人飲みに誘うようなタイプは些細な「高評価」を盲信してしまっているからああなのかもしれない。)
電車通学だった高校時代、1席空いた複数の2人がけシートの中から自分の席を見つけるとき、真っ先に選んだのは女性の隣だった。そして、次に普通のサラリーマン、普通高校の男子、初老の男性、金髪の作業服の人、変なジャージのおじさん。大学と違って、似たような人達の集団ではないから、そんな何となしの優先順位を、勝手につけて隣の席の人を「選んで」きた。それは、高校の頃にクラスの男子が陰で作っていた事が女子にバレて非難轟々だった、可愛さランキングのようなものかもしれない。勝手に評価されるのは腹立たしいし、低評価がつけば悲しい。
肌の色、国籍、性的指向、たったそれだけからその人を判断してしまうことが差別だ。だから、たった一目見て隣席の人を選ぶのも広義には差別的行動かもしれない。
私1人の隣に座らない、という些細な低評価も、沢山の女性から降り積もって「女性は誰も自分の隣に座らない」とき彼らは、彼らの言う通り虐められているのかもしれない。きっと、傷つく事だけは確かだ。
性格が悪くなった。テレビを見れば文句しか出てこなくなった。流行りのものもくだらなく見えた。駅ですれ違う人の会話も、笑い声も、浅く馬鹿らしく耳障りで不愉快だと思った。
子供の頃は良かった。空の色とか道端の草花とか、そんなものしか見えていなかった。クラスのいざこざも、親の不仲も、60点のテストも気になんかならなかった。
前を見てきちんと席について、友達の話をよく聞いて、自分の意見を持って、隣の誰かと共感し合うことが、教室の窓の外で揺れる電線より、教科書の落書きより、遠くの星に住む宇宙人よりずっと大事なことだった。
休み時間は本を読む時間ではなくて、校庭でボールをぶつけ合う時間で、噂話をする時間で、友達でいるための時間だった。
同じ色の人同士がチームになって、狭い狭い教室での居場所を奪い合うのが、「クラス」というゲームのルールだった。同じチームでだって、水面下で奪い合いは続いていた。ずっと一緒にいなければ、いない間に標的になる事を知った。誰かの陰口を一緒になって言うことが友好条約だと知った。他のチームと対立すればするほど、自分が自分のチームの一員として大事にされる事を学んだ。
顔がでかい、毛深い、笑い方がキモい、柔軟剤臭い、ほうれい線やばい、サボってばっかり、てか走り方が変、そんな粗を探してはあげつらった。時々ヒソヒソと聞こえる自分の「粗」は聞こえないふりをした。
同じ人を悪く言えば仲間だと思った。
誰かを悪く言えば、自分は良くいられると思った。
陰口で繋がれば、みんなの言う普通からはみ出さないだろうと信じた。
大人になって、優しい人と仲良くなった。人の悪口を言わない、誰のことも褒める謙虚な人だった。そんな人だから、こんな自分の事も褒めてくれた。友好条約なんて無くとも、ずっと仲良くしてくれた。その人の周りの人も、やっぱり優しい人ばかりで、誰も戦争なんかしていなかった。余裕がある人はこうなのかと思った。
それでも卑屈な自分には、誰かの粗を探さなくては、一番下になってしまうように思えて怖い。
今日も馬鹿っぽいコメンテーターが誰でも言える事を保身に保身を重ねて喋るニュースを見た。似合わない金髪のタバコ臭いブスを見かけ、大声で武勇伝を語る酔っ払った学生とすれ違った。
弱い犬ほどよく吠えるのは、吠えていないと噛みつかれると信じているからだ。自分が弱くないと、噛みつかれないと信じ切れるようなカードが一つもない自分は、見えない敵と戦い続けるしかないのだろうか。
居場所なんか無くとも人に笑われようとも、空想の世界に居続けたかった。こんな愚劣な人間として、醜い争いに興じる人生なんか要らなかった。
16歳 はじめてのエロサイト このときPCの壁紙が金髪お姉さんのオ○ンコ画像になって戻せなくなり、情報セキュリティに興味をもつ
16歳 はじめてのCプログラミング 学割でVC++を買うがまったくわからず挫折
16歳 はじめてのVBプログラミング 学割でVBを買い、メモ帳をつくったところで、それ以上のことができなくなり飽きた
18歳 HSPという言語を知り、ゲームをつくったり、エロ画像をEXEのバイナリに含めて隠したりした
20歳 Javaを触っているうちにポリモーフィズムの概念がわかってきた、ここからプログラミングが急速に伸びた
21歳 IE6があまりにもアレなので、Javaでタブブラウザを作り、エロサイト巡りをはかどらせる
〜24歳 なんやかんやで Java, PHP, C++, Python, VB6, VB.NET, C#, Oracle, MySQL, PosgreSQLを覚える (このあたりでOracle Silver,応用情報をとる)
〜30歳 なんやかんやで Go, Obj-C, Swiftを覚える 機械学習に興味を持つ
31歳 エロ画像収集AIが完成したが、風俗にはまったため活用されず
32歳 Reactで爆速エロサイトをつくったところ、なぜか東南アジアで人気になる。AWS教では月間1200万PVを月4000円でさばける。
おまえをみて、シャニマスのめぐるが如何に尊い存在がわかった。
新しいめぐるのカードのコミュに、一匹だけ違う色の金魚を見つけて、金髪碧眼のハーフで浮いている自分を重ねるというコミュがある。
めぐるは「この金魚はどういう気持なんだろう」とPに問いかけるが、彼女は「この魚の気持ちはこの魚にしかわからない」と答えを出す。
でも結局これは当たり前の話で、同じような境遇の人を「俺もそうなの」と共感してくるのって同調圧力に過ぎない。もしそうなってしまうと、永遠に「浮いた存在」というカテゴリーに属して過ごさなくてはいけなくなる。
めぐるはカテゴリーを拒否して、「個」を見出した。つまり彼女は「浮いた存在」を地面につけ「個性」にした。
これがおまえみたいに「私はあなたと一緒でマジョリティと違う」と浮いた事をいってしまうめぐるは見たくないし、きっと現実だとそれが当たり前なんだろう。