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はてなキーワード: オプティミストとは

2018-05-04

1+1+1は2だと思う

Vtuberの登場で、やっぱり顔はいいに越したことはない、って証明されたよね」

 わたしたちコメダ珈琲新宿御苑前店で一服していた。いとうは爪で髪を掻きつつ続けた。

ドゥルーズは『千のプラトー』で顔は記号だけど同時に身体でもあるから政治的ものだ、って言ったわけじゃない? で、顔の美醜を問うのはポリティカルインコレクトだってことになった。けどこれは、まさに悪しき民主主義だよね。アリストテレスは『二コマコス倫理学』で、少なくとも顔の醜くないことを幸福の条件に挙げてるけど、古代ギリシャから現代までに民主主義記号化してるんだよね」

 他人がきけば白眼視するようなことを言う。そうした話ができるだけの知性を見積もられていることは心地いいが、いつもわたしがきき役だ。

 いとうは神経質そうな険のある顔をしているが、ひとによっては美人とみるだろう。わたし彼女の顔をみるたび、坂口安吾の『白痴』に書かれている、狂人の「風采堂々たる好男子で……常に万巻の読書疲れたような憂わしげな顔をしている」という描写を思い出す。

「ひとの顔をじっとみないでよ。たいぼくちゃん、繊細そうにみえて、そういうところ図太いよね」

 いとうは愁眉を寄せた。

「――お待たせ」

 倫理わたしたちに声をかける。黒のカットソーで、シースルーレースが首周りから両腕を覆う洒落た服だ。それを着こなすだけの顔立ちをしていた。アップにした髪型が、服と調和している。彼女ほど顔立ちが整っていると、髪はまとめた方が素の魅力を出せていいのだろう。

 倫理をみると、ときどき冷たくて薄い靄のような感情かられる。

「遅い」

「ごめん。バルトで『ラブレス』みてた」

セックスするとネコミミのとれるマンガ? 女子ゼロいいよね」

 わたしがいうと、倫理は苦笑した。

アンドレイ・ズビャギンツェフ監督の新作。失踪した息子を探す離婚協定中の両親のはなし。郊外舞台なんだけど、途中から延々と廃墟の場面になって、それがいいんだ」

証券って忙しい?」

 いとうが尋ねる。遅刻への当てこすりではなく、ただ気になっただけだろう。

営業そうかもしれないけど、ディーリングは定休が決まってるからそうでもないよ。うちは外資リテール部門がないしね」

 待っているあいだ、何をはなしていたか尋ねられる。いとうが説明すると、倫理は笑った。

「たしかにダナ・ハラウェイのサイボーグフェミニズムはそういう論旨だね。ただそこまでいくと、むしろチャンの『顔の美醜について』みたいに、みる側の感情操作する方が自然な気もするな。『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の〈情調オルガン〉みたいにね」

 倫理はいとうのはなしをすぐ理解して、気の利いた返しをした。そのことに体内が熱くなるような感覚をおぼえた。

 店を出て、新宿御苑沿いに新宿駅に向けて歩く。二人が話しているため、わたしはその後ろをついていく形になった。他意はないとわかっていても疎外感をおぼえる。

「でも、Vtuberアンドロイドでもただのキャラクターでもないでしょ。だからナマモノと同じようにあつかわなきゃいけないわけだし」

 そう口を挟む。いとうは歩きつつふり向いた。

カントは『純粋理性批判』で対象物自体として存在していて、人間はそれを超越論的主観性において認識するのみだといった。で、ハイデガーは『存在と時間』で、そうした直観主観性にすぎないと批判して、現象学でもって実存存在者を存在させると定義しなおした。存在論的にいえば、ヴァーチャルYouTuberという架空人格存在する、あるいは存在しないというどちらの立場も幼稚すぎる。他人人格ですら、無条件に存在するとはいえないんだから。まあ、未成熟なひとは自分理想像を押しつけることで、他人人格所与のものとしてあつかうけどね。そういうひとが勝手に本人を代弁して、ナマモノダメだとか言いだすわけ」

常識範疇なら、そういう代弁もいいと思うけどね。二次エロとか。ただ本人がナマモノを解禁してるのに頑なにナマモノ禁止するひととかは、そういう主観論に陥ってるんだろうね」

「だからVtuberについていえば、Vtuberとしてした百合営業に〈中の人〉が触発されて、それがまたVtuberとしての百合営業につながるというような、循環的な重層性があるわけじゃない。実在非実在二元論じゃないでしょ。ウンベルト・エーコの『ヌメロ・ゼロ』もそういうことを主題にしてるわけでしょ? 『存在と時間』では記号をただ指示するものでなく、それ自体がもろもろの記号構造を暗示するものとしているけどね。でも、常識範疇ってなに?」

 いとうは苛立たしげに髪を掻いた。

Vtuber自然人としてあつかうとして、どうして身体属人性を与える方向にいくかなぁ……、それなら自然人の身体人格とは別個のものとする方向にいくべきでしょ。天与のものである身体人格と同一視して自然権を認めるのは、明らかに不合理じゃん。だからグレゴリーマンキューも皮肉で〈身長税〉を提唱したりするわけでしょ。……、え? マンキューくらい専門外でも知っておきなよ」

 議論めいてきて、倫理の口調も熱をおびてきた。自然わたしは無言になる。

そもそもVtuber著作物と見なした方が簡単じゃない? 〈中の人〉はVtuber演者としての著作隣接権もつわけ。二次エロには著作隣接権著作人格権に準用して対応すればいい」

「ちがうね。マッピングで体をリアルタイムに同期させてるVtuberはVRよりARの方が近い。もちろんARみたいに空間認知人格投射するわけじゃないけど、運動感覚でも同じことがいえるでしょ」

身体人格から分離するのが進歩的なのはわかったけど、テクノオプティミズムすぎるよ。こんなことをいうと、イーガンSFに出てくる保守主義者みたいかな。けど一般論として、エロが一部のひとに不快感を与えるのは事実でしょ? 前から思ってたけど、自分に関わることだとすぐ感情的になるくせに、他人には正論を押しつけるよね」

自分に関わることな感情的になるのは当りまえじゃない? 正論を曲げる理由はないよ。倫理こそ、他人配慮してるようだけど、等しく他人を見下してるだけでしょ? あと、テクノオプティミストでけっこう。わたし原発推進派だし」

 感情露出して落ちついたのか、いとうは息を吐いた。

倫理のいうこともわかるよ。でも、制作者の意見もないのに他人規制しようとするのはただの自治厨だと思うな。そういうファンは決まって創作をしない側だよね。創作ができないから、その代わりに自分ルールを考えて、それをコミュニティ強制しようとすることで存在を主張しようとするんだ。まあ、そういうファンはどこのコミュニティにもいるから、無視する以上のことはできないんだけどね」

 いいながら、いとうは自分言葉でふたたびイライラしてきたようだった。いとうは神経過敏だ。紙やすりのようだと思う。

 いとうが自家中毒めいて、自分言葉で気分を荒立てているのを察したらしく、倫理は優しくいった。

自分他人のあつかいに差があるのは当然だけど、いとうの場合、それが甚だしいってことをいったつもりだったんだけどな。あんたみたいなディスコミュニケーション女にもわかるようにいってあげると、誰もがあんたみたいにコテハン擬人化されて喜ぶ人間ばかりじゃないってことだよ」

「なるほど…」

「あ。いまのでわかるんだ」

「いとうの見方個人主義的すぎるよ。後期ヴィトゲンシュタイン言語ゲームも、そういう分析哲学に対する批判としてあるわけでしょ?」

 それから、しばらく誰も話さなかった。黙々と歩く。倫理雰囲気を変えるようにいった。

「そういえば、たいぼくってウケるんだよ。前に泊まりにいったとき料理をつくったんだけどね。カレーにするつもりで牛筋を煮込んでおいておいたら、朝にたいぼくがコンソメスープだと思って飲んでたんだよ」

 いとうは爆笑した。

「たいぼくって本当に生活力ないよねー」

 倫理に囃す。「それにしても、あんマメだよね。よっ、家父長制」

 倫理は本気で不快そうな顔をしたが、いとうは気づかなかった。

都庁って変なデザインだよね。すくなくとも都の庁舎じゃないでしょ」

 遠景に都庁みえて、なんとなくいう。

「いや、あれは自生する秩序の象徴から都市役所としてふさわしい建築だよ。エッフェル塔と同じ」

 わたしが疑問に思っていると、倫理解説した。

ロラン・バルトの『エッフェル塔』だよ。『あらゆる時代、あらゆる映像、あらゆる意味に通じる純粋表徴であり、拘束のない隠喩』ってね。具体的にどういうことかは、ルイ・マルの『地下鉄のザジ』をみればいいよ。『地下鉄のザジ』ではエッフェル塔の内外から鉄塔の無機質な幾何学模様が無限に顔をもつところが撮影されているから。『地下鉄のザジ』の原作者が『文体練習』のレーモン・クノーっていえば、わかりやすいかな」

 なんとなくおもしろくなく黙っていると、いとうがいった。

「でも、そういう意味をもたないことを意図した無機質なデザインなのに、結果として都市ランドマークになってるのは皮肉だよね。そうそう、ケヴィン・リンチは『都市イメージ』で都市認知地図における主体を〈パス〉、〈エッジ〉、〈ディストリクト〉、〈ノード〉、〈ランドマーク〉の五つに分類したけど、これはプロファイリングのGCT犯罪地理探索モデル)に利用されているんだよ。〈犯人の標的捜索行動は居住地から離れるにつれて犯行に及ぶ確率が単調減少する〉、〈居住地の近隣に犯行の行われない地域存在する〉、という二つの仮説のもとで距離独立変数とする距離減衰関数を導出するんだ。もちろん、それだとただ犯行地点の二次元的な分布の平均を求めるだけだから、ここに認知地図を当てはめるわけ。たとえばエッジに近づくと距離が縮小するとかね。平山夢明の『独白するユニバーサル横メルカトル』は、これを種本にしているんだよ」

 往来でプロファイリング平山夢明について語るいとうは完全に異常者だった。

「そういう自生する秩序の象徴をもそのうちに組みこむのが、自生する秩序なんじゃないの?」

 倫理皮肉げにいった。

そもそも新宿のもの意味をもたない記号都市なんだよ。大政奉還前は飯盛女のいる宿場戦前遊郭戦後闇市復興期は赤線地帯。七一年京王プラザ建設を皮切りに七〇年代高層ビル建設されて、九一年都庁移転するまで、ここは周縁だったんだよ。都庁にふさわしい場所でしょ? ちなみに、いわゆる〈新宿二丁目〉は二丁目の北側だけで、二丁目と三丁目は御苑大通りで隔てられてて、歩行者天国地下道もそこで途切れている。で、ご存じのとおり二丁目は都市から外れて住宅街モザイクになってる。つまり、二丁目は周縁の周縁ってわけ」

 そこまでいって、倫理は表情に翳を落とした。

「まあ、これは殊能将之が『キマイラの新しい城』で六本木についていったことを、新宿転用しただけなんだけどね。〈キマイラの新しい城〉っていうのは復元された古城と同時に、六本木ヒルズのことも指してるんだ」

「いいじゃん。ロラン・バルトによれば日本のものが『記号帝国』らしいし」

殊能将之って『波よ聞いてくれ』に引用されてたよね」

 倫理は頷いた。

「『黒い仏』だね。柔むげさんがさ、いつか『殊能将之読書日記』に感動してたじゃん。わたしはそれがわかるんだよね」

 歩きながら、倫理Kindleの端末を開いた。

「『殊能将之読書日記』ではフリッツ・ライバー長編への見方が顕著かな。殊能将之は〈ほとんどエロゲーの世界〉とか腐しながら読んでいるんだけどね……。その皮肉さがわかりやすいのが『A Spectre Is Haunting Texas』だよ。殊能将之は『幽霊テキサスに取り憑く』と訳しているけどね。月周回軌道ステーションまれ主人公が、第三次世界大戦後のアメリカにきたら〈テキサス国〉になってたってはなし。日本でいうと〈「第3次世界戦後大阪日本支配するようになった時代大阪人は全員きんきらきんの漫才師ルックで、『なんでやねん』『そんなアホな』などとしゃべっている」みたいな設定〉ってこと。テキサス国の首都テキサステキサスダラスで、街にはケネディ暗殺を記念した黄金モニュメントが建ってるの。教科書倉庫の窓から突きだす銃身とオープンカーのシャーシのやつ。で、テキサス国の政権交代大統領暗殺でおこなうのが慣例なの。爆笑じゃない? で、まあギャグ小説なんだけど〈A nation nurtured on cowboy tales and the illusion of eternal righteousness perpetual victory. カウボーイ神話永遠に正しくつねに勝利しつづけるという幻想に養われた国。〉とか書いてあって、痛烈にアメリカ批判しているわけ。だからアメリカでは出版できなくて、タイトルだけイギリス英語の〈spectre〉の綴りになってるんだけどね。ちなみに日記には追記があって、このタイトルは『共産党宣言』の〈ヨーロッパ共産主義という亡霊が徘徊している〉のパロディだと教えられたからってタイトルの仮訳を訂正してるんだけどね。教えたのは中村融なんだけど」

 倫理はひと息ついた。

世界にこういう視座をもっているひとは生きるのが辛いよね。そういうひとを理解してしまうひともね。ナボコフの『ロリータ』もそういうはなしだよね。嫌味で文学趣味スイス人が、延々とアメリカ呪いながら一人の少女を愛するはなし。柔むげさんは、そういうところに感じたんじゃないかな。で、わたしもそういうひとたちに片足を踏みこんでいるからそれがわかるんだよね。だからわたしは『程』では灯が好き」

「あ。そこにつながるんだ」

 まったく予期しない展開だったためにおどろいた。が、いとうは思うところがあったらしく、無言で前を見つめていた。

 新宿駅みえてくる。

「そういえばたいぼくちゃんお酒買った?」

キリンをまとめ買いしておいたけど。あ、あとポテチカップラーメンも買っておいた」

 そういうと、いとうは爆笑した。

大学生じゃん」

 倫理も苦笑しながら言う。

「ここの成城石井ワインチーズを買っていこう。あ、でも、それならクラッカースモークサーモンハムを買っていって、ムースをつくった方がいいな。素材の味が出るから、いいものじゃないとおいしくないんだよね」

 買物をしてからJRのコンコース階に移動する。倫理カードで決済して、わたしお金を使うことはなかった。

「ごめんね。一応、ホストなのに」

 いとうは笑って「出世払いにしなよ」といった。

 倫理は微笑していった。

「それにたいぼくちゃんからモラトリアムの気配をもらってるところがあるからね。わたしも……、わたしたちもこうして社会人鋳型にはまってるけど、それが仮初めのものだってことを思い出させてくれる」

 コンコースでは大勢のひとが行き来していた。天井からは各路線を案内する表示板が大量に下がっている。これらの記号が指示するものなかにわたしたちのいく先もあるのだな、と思った。

2018-02-02

友達友達じゃない?

この匿名ダイアリーは、ある二人のすれ違いを片方の視点から書いた非常に不平等ものだということを前提に置いてほしい。

私は同人作家で、文章を書いている。今回話題に出す友達同人作家で、そっちは漫画を描く人だ。

数えるのも億劫なので適当に記すが、数年の仲になる。結構長い方だ。

2ジャンルほど一緒にいて、互いの感想を言いあったり、合宿をしたり、楽しい日々を過ごしていた。

ある時、彼女は別のジャンルに行った。我々が今までいたジャンルマイナーで、あちらはドがつくほどのメジャー人口は勿論、優秀な人材の数だって違う。

その中で、彼女は大きく変わった。

階段飛ばしと言いたくなるほどの勢いで、どんどんうまくなっていった。

彼女処女作と最新作を並べると、ストーリー人物、背景諸々が別人では?と思うほどだ。

私は寂しかったし、どんどん飛翔していく彼女に対して素直に祝福できなかったけれども、表向きは称賛を惜しまなかったし、陰で努力を始めた。

変わったのはもう一つ。当然だが、目が肥えた。

合宿をしたときに、彼女がぽつりと言った。「A×Bのカップリング小説で、上手なものを読みたい」と。

そのカップリングは私との共通のもので、「じゃあ私が何か書くよ」と言いたかったけれども、日和見をして「●●さん(同じCPの人)なら書いてくれるよ」と答えた。

そうしたら、彼女は「美味いA×Bの小説が読みたい」と言った。それで話は終わった。

「私が書く」と言えばきっと彼女は「書いて」と言ってくれるだろう。だが、私が黙ればそれきりだったことを考えると、私は「下手なA×B書き」だったのだろう。

生憎オプティミストではないのだ。

そのジャンルでの他の彼女は、あまり思い出したくないことが多い。

私の住む都市でのイベントがあった時、彼女は私の家に泊まって、私を置いてジャンル人達と遊びに行ってしまった。持って帰ってきたのは食べかけのお菓子。まあ、ゴミだ。

遊ぼうと思ってどこに行こうかとか考えていたけれども、どうやらうちはホテルだったらしい。

逆に、彼女忌避するジャンルに私が参入して、電話で何度もやめておけと言われたこともある。モラル的な意味では彼女は間違っていないことだけは、明記しておく。

他にもたくさんの嫌なことがあった。良かったことなんて数えるほどだろう。

そして、ある時、私の新しいジャンル彼女が様子を見にきた。

正直なところ、このジャンルキャラクター以外はあまりよいものではない。

なので、彼女を前にして、不満をぶちまけてしまった。

彼女は人であり、不満をぶちまけるためのバケツでないとわかっているのに。

それでも彼女は話につきあってくれて、カップリングの話になった。

私が好きなのはα×β、彼女が好きなのはγ×βとしよう。

彼女考察が好きで、その末でのγ×βが好きなのは否定しない。

そして、α×βが成立する理由を何度も何度も聞いてきた。

私はフィーリングカップリングを決めるから、その辺りの相性は悪いのだろう。

だんだんつらくなってきて、責めるのはやめろ、人のカップリング否定するな、議論時間無駄だ、などと言ったと思う。よく覚えていない。

彼女議論なんてするつもりはなかった、といって、しばらく連絡を絶った。

しばらくかっかしていた私も、段々寂しくなって、何が問題だったかからないままに、なんとなく謝罪した。

そこで今に至る。

今、私たちは時折戯れる程度の連絡を取るだけだ。

互いに互いを傷つけあって、何が友と言うのだろう。

これ以上何かが起こる前に、相手と縁を切るべきか。

他にいないくらいに大好きな気持ちのまま友達で居続けるか。

答えはいまだ出ていない。だって、おばかだもん。

何があってもあの子が大好きという、究極のおばかだ。

はずかしい追記

修正方法自己解決しました。ご迷惑をおかけしました。

2016-02-14

男性女性のどっちがオプティミスティックなのか

自分男性だが、過去に付き合ってきた女性の事を「現実を全く知らない人だな」と思うこともあれば、「冷淡なリアリストだな」とほぼ半々で思っている。

最近は、性差関係なく、それまでの人生での幸せの量、愛され具合などで変わるのではないかと思っている。

概して愛されて育ってきた人、チヤホヤされてきた人はオプティミスティックであり、その反対はダークサイドを否応なくみているので冷淡なリアリストの傾向があると思う。

自分はどうかというと、正直半々でリアリスティックな部分と、前広に考える傾向も大体、半々で状況によりけりで、付き合ってきた相手からも、その見方でどっちにも指摘される。

どちらと付き合うほうがいいのかというと、これまた難しいというのが本音

リアリストの方が現実的だが、正直付き合っていて、話をしていても「つまらない」の一言に尽きる。何のために人生を生きるのか分からないのだ。

例えば子供がほしいというと、収入が…とか、うちの両親多分介護出そうとか、そういう話に終始しがちである

一方でオプティミスト楽しいが、「それでいいの?」と思うことも多く、晴の日に傘を準備する発想がないので、それはそれで結婚考えると負担が大きい。何しろ人生、何もせずとも楽して生きてきているもんだから、彼らは。

はて。どうさ。

2015-08-11

http://anond.hatelabo.jp/20150809122447

オプティミストは悩まない。軽いんだ。

Oh!!

なんてこったい。その視点を忘れていました。

色々と回り道をした人の方が人生の面積が広くなる、というのは私の持論だったのに、なぜそれを忘れていたのかw

 

恐怖心や不安感などによって辛い日常を生きている私だからこそ、オプティミストの充実した人生を素晴らしいものだと認識できたのかもしれない。

その羨望があまりに強くて、持論を忘れるという残念さorz

 

確かに、苦しんで苦しみ抜いて、そのあとに何かを悟った人の凄みというのはありますね。

そういう人にも合いましたし、感銘を受けたのだった。

その人はSNSなどをやってないので、今その人が何をやってるかもわからないし、携帯も持ってなかったので連絡先も知らないのが残念。

 

ただ、やはり私としては、そんな苦しみは体験せずに、楽しく暮らしながら、余裕をもって何かを成し遂げたい。

苦しみぬいて壊れてしまった人の方をより多く見てきたのもありますし、私も壊れた側の人間から、よりそう思う。

 

でも、まあ、無いものねだりをしても仕方が無いので、自分にできることでやっていくしかないですね。

2015-08-09

http://anond.hatelabo.jp/20150809100309

それと「そんな状態がデフォルトになるのは恐ろしい」との事ですが、その「恐ろしい」という感覚が減るので、不快不安感はなくなり、すごく快適に暮らせます

それはそういう人間になってしまうことも恐ろしいでしょう。

実際、俺にも君がオプティミストと呼ぶタイプの友人がいる。5,6年付き合って確かに楽しかったけど、ずっと違和感があった。

それは何なのかなと思ったけど、彼らはたぶん、そういった恐怖に類する感情に欠損があるんだ。

から、話をしていても楽しいんだけど、面白くはない。

自分の中のネガティブな部分とがっぷり四つに組んだことがないから、圧倒はされても、素朴な敬意は抱けない。

ぐちゃぐちゃ悩む人は、歪みであったり厚みであったりの、何かしらを精神に築けるんだけど

オプティミストは悩まない。軽いんだ。

その軽さは長所だけども、屈折がないので面白味がない。

岡村靖幸が「本当に大事なことはひとりぼっちの夜にしか起きないんだぜ」と言っていたけど

オプティミストには、そういう大事な夜が他人よりも少なかったんじゃないかと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20150809023023

他人に対する恐怖心に欠けるのは、危機感に欠ける。そんな状態がデフォルトになってしまうのは恐ろしい。

それこそ堀江を見れば分かるだろう。

あいつは本当のところでは、何であそこまで嫌われ、あの程度のことで実刑を食らって刑務所暮らしをすることになったのか、たぶん理解できてない。

 

あー、なるほど。確かにそういう側面はありますね。

私も、オプティミスト以外の人との人間関係は一部だけど、かなり悪化しました。

 

でも、堀江さんが逮捕された件は、ちょっと極端過ぎる例の気もします。

それと「そんな状態がデフォルトになるのは恐ろしい」との事ですが、その「恐ろしい」という感覚が減るので、不快不安感はなくなり、すごく快適に暮らせます

私が例に出した人選がそもそも悪かったとは思うけど、あんまり有名じゃない人の実名を書いても、わかる人は少ないし、そもそもここで書いてはいけないと思う。

でも、堀江さん達も、あまり有名じゃない人も、当時知り合った人はみんな人生を楽しく謳歌していて、それを羨ましいと思う私の感覚はそこまで変ではないと思う。

 

たぶん人類の長い歴史の中では、他者本質的危険存在である期間が長く、警戒心がある人間が生き残ったのだと思う。

現代でも、危険地域は多いし、先進国でも驚くようなおぞましい事が裏で実行されていたりもする。

しかし、それを踏まえても、この恐怖心は現代特に日本ではデメリットの方が圧倒的に大きいと思う。

 

そもそも知能があるので、恐怖心なんか無くても、危険な人には近づかないようにはする。

あれもこれも(やりたいのに)出来ない、つまらない人生を送る人は確かにオプティミストに比べて危険な目に合うリスクは少ない。

でも、オプティミストは恐怖心があまり無いので、実際に怖い場面に出会っても、嫌だなと感じることは少なく、冷静に頭を使って行動でなんとか危険回避したりもできる。

それに危険な目に合ったことなんて、あれだけ活動していても一度も無かったので、人生の楽しさという意味では、圧倒的にオプティミストの方が上だというのは断言できる。

 

ただ、あの楽しさは体験しないとわからないし、普通の人は体験する事がほとんど無いので、よほど想像力を働かせないと私の言っていることが理解できないのもわかる。

体験してしまった上で、もう二度とあの楽しさが手に入らない可能性があることを知っている私が一番の地獄なのかもしれない。

http://anond.hatelabo.jp/20150809021912

他人に対して気をもんだり、気にしすぎて喋れなかったりするのは、根本的には他人に対する恐怖心からだ。

敵になり得ると判断するから神経を尖らせることになる。

人によって子供あるいはペットなどに対して気楽でいられるのは、敵になり得ないと判断するからだ。

オプティミストはこの点、他人を恐れる気持ちに欠ける。

これは単純に他人を舐めているのかもしれないし、人間関係に恐怖を感じる心そのものがないのかもしれない。

他人を恐れすぎて身動きが取れなくなるのは問題だが、

他人に対する恐怖心に欠けるのは、危機感に欠ける。そんな状態がデフォルトになってしまうのは恐ろしい。

それこそ堀江を見れば分かるだろう。

あいつは本当のところでは、何であそこまで嫌われ、あの程度のことで実刑を食らって刑務所暮らしをすることになったのか、たぶん理解できてない。

(そもそもここで挙げられている有名人堀江ひろゆき家入のどれに対しても「あんな風になりたい」と思えん。)

http://anond.hatelabo.jp/20150809014204

じゃあhttp://anond.hatelabo.jp/20150808104621増田オプティミストと呼ぶ人種

まあ社会生活に支障をきたしていないので病名はつかないのだろうけども、

一般の人と比べて、一線を越えて「他人とのコミュニケーションに心理的抵抗がない」人種がいる。

普通の人なら躁状態といってもいいくらい、心理的な負荷をもたない状態が常態化している人。

こういう人たちを指す呼称って何かないのかな?

いろいろ訊いてわるいんだけど。

2015-08-08

http://anond.hatelabo.jp/20150808105335

ウェーイ系の人も居るには居たけど、オプティミストは、そういう人とはちょっと違う。

うまく説明できない。時間がある時にまた改めて分析してみよう。

躁うつ病になって悟ったこと

うつ病発症し、そのリバウンド躁病になった。

毎日が楽しくなって活動しまくった。

SNSで知らない人が何か面白そうなイベントをやると告知したら、すぐに参加したりしていた。

それで悟ったことがある。

 

人生を本当に楽しめているのは、一部の人間だけだということに。

 

もちろん大多数の人もそれなりには人生を楽しめるのだが、

ある種の人の楽しみ方は、それ以外の人とは全く次元が違う。

 

彼らをオプティミスト(楽観主義者)と言えば、イメージに近いが、

それとも少し違う気がする。

 

しかし、ここでは便宜上彼らをオプティミストと呼ぶ。

それらの人は、他人交流する時に

「気まずいなぁ」とか「どう思われてるだろう」とか「何を話せば良いんだろう」などと気をもんだりしない。

普通の人は気まずい場などに居ると偽物の笑顔の下で冷や汗タラタラ胃はキリキリという事が結構あるが、

オプティミストは、どんな現場でもあまり気まずさや居たたまれなさを感じない。

から、思いついたアイデアをすぐに試せる。

普通の人は何か楽しそうな事を思いついても、関係者がどう思うかを心配して、実行しなかったりする。

 

例えば街を歩いていて、たまたま空き店舗を見つけたとする。

すぐに不動産屋に電話して、賃料などを確認し、立地などからできそうな事を想像し、

その場でスマートフォン関係するキーワードSNS検索して、初対面の人に連絡を取り、

日程を調整し1週間後には飲み会主催して、情報を集める、

などという事が、何の心理的抵抗もなく行える。「自分素人から。。。」などというマイナス思考は一切ない。

別に本気で起業しようと思ってるのではなく、単に面白いから、という理由だけで実行できてしまう。

から街をダラダラ歩くだけでも、誰か知らない人と話をするだけでもワクワクしっぱなしなのだ。

普通の人では上記のことは、よほどアイデアに自信があったり、何か逼迫した事情がないと実行できないだろう。

 

見ず知らずなのに、いきなり「飲みませんか?」などと誘ってくる人に乗っかる人はたいてい

オプティミストのケがあるので、そういう人で集まって飲むと、すぐに具体的な話がどんどん進んで行く。

その過程で、情報収集の為に一緒に旅行に行ったり、イベントに参加したりする中でフィルタリングされ、

本物のオプティミストだけのグループ形成される。

なぜなら「最初アイデアたまたますごく興味があって参加した普通の人」は、

話し合いの中で出てくる、ほとんど本筋と関係ないようなイベントには参加しないからだ。

オプティミスト目的が違う。成功することが目的ではなく、その過程を楽しむことが目的なのだ

からわざとそういう人だけが残るように最初の呼びかけと関係ないイベントを発案して実行したりしていた。

単なる好奇心でそうしていた。

 

私はその途中で躁状態が解除され、普通の人に戻ってしまったので、

今では当時知り合った人のSNS情報を見るだけなのだが、

流れて来る情報には偽物の「楽しんでますよ」感が全くなく、

本当に心から人生を楽しんでいることがわかる。

全員が全員社会的成功しているのも面白い

当時はただの学生だったり、サラリーマンだったりした人も、

あれから数年経って、みんな職業は違うが、

経営者だったりエリートサラリーマンだったり議員だったり、

みんなそれぞれ成功したり、成功しつつある。

最初から有名だった人も多勢いた。

堀江さんとかひろゆきさんとか家入さんとか。

(彼らには思考文体からすぐにバレるだろう。突然連絡取れなくなった奴が私です。当時は失礼しました)

 

私だけが何もできない泥沼のような中を無為にダラダラと過ごしている。

当時の連絡先を使えば、容易に成功が手に入ることはわかっているが、

恐ろしくて実行できない。

当時の知り合いから連絡が来ることもあるが、

電話番号を変えて、メールSNSにも一切反応しない。

すぐに色んなことに誘われて面倒だからだ。

今では、ただただ、ひっそりと無難に生きて行きたい。

 

でもたまに当時のことを思い出して、みんなが羨ましくなる。

 

あ、素人童貞だった自分がやっとの事でゲットしたモデル彼女には、すぐに振られました。

 

8/9 1:50 追記

ホッテントリ入りしてるのに気が付いたので、多勢に変に誤解されないように追記。

 

リバウンド躁病になった」というのは確かにおかしいかも。医者にも「躁転してますね」って言われたんだった。

当時は「これは躁じゃないよ。本来自分だよ」と思って気にもしてなかった。病院にもすぐに行かなくなったので、ちゃんとした病名は不明

躁鬱の人がこんな文章を書けないってのは、どういう意味かよくわからないけど、今はうつ病ではないです。普通の状態です。

強いて言うなら、生活不活性病気味ではありますが。

即行動でウェーイの人が孤独ってのは、意味がよくわからない。私の知人は、心の中まではわからないけど、心底人生を楽しんでいるようにしか見えない。

あと私自身がウェーイ系の人と相性が良くないので、あまりウェーイな人とつるんでる認識は無い。ウェーイの人の事はよくわからない。

ハイテンションというのも、ちょっと違う。大声を出したり騒いだりは、みんなしなかった。「カンパーイ!!!」とかほとんど無かった。

ただ「これどうですかね?」「へー、面白いね。やってみよう」みたいな方向でノリノリではあったけど。

一部シェアハウスに出入りしてた時期に「あー、これがウェーイ系かー」と感じたことはある。そういう人は確かに空虚な感じがした。話もあまり面白くなかった。うるさいだけ。

急に性格変わったって人はひとりだけ知ってる。大学生のころに何かを悟ったらしいけど、その後も彼女はその性格10年以上維持してるので躁病では無さそう。謎。

でも、そんな人はひとりしか知らない。たぶん1000人以上に会ってるし、けっこう深い話(好きなんです、そういうのが)をしたが、自己啓発みたいなので性格が変わったって人はひとりも会った事ない。無理してるなーって人には結構会ったけど。

失敗してる人も多そうって言うけど、オプティミストから深刻な失敗の話は聞いた記憶がない。借金して大変って話は噂も聞いた事がない。軽い失敗は、楽しいからぜんぜん問題なしって感じだし。そういう小さい失敗なら、成功の数十倍はある感じ。

逆に普通性格だけど、頭が良かったり、少し意識が高くて行動力がある程度の人は、深刻な失敗をしてる人が多かった印象。

あと、オプティミストの人に共通するのが、すごく自然体なこと。変にテンションを上げたり緊張したり力が入ったり、他人攻撃したりする人はほとんど居なかった。

例えば堀江さんとかひろゆきさんがテレビとかで他人攻撃してるのを見るとわかるけど、あまり怒ってないんだよね。

不快感は示すけど、根に持たないし、すごく付き合いやすい。躁状態自分はけっこう失礼なことを言ったりやったりするけど、

普通の人は二度と会ってくれなくなったり、陰でグチグチ言ったり、サディスティックな表情で嫌味を言ってきたりするけど、

オプティミストはそんな事を一切しなくて、すごいサッパリしてたのが印象に残ってる。

2009-11-12

ポジティブテスト

ここにちょうど半分まで水の入ったグラスがあります。

これを見てどう感じるかで、あなたが心理的傾向を知ることができます。

2009-08-06

書籍から見るゼロ年代

今年でゼロ年代が終わる.2000年が始まったときはミレニアム!と晴れ晴れしい気分であり,まさかゼロ年代なんてカタカナで時代が表されるだなんて思っても見なかった.そんなことを近頃思っていると「そういや,2000年とか2001年ってどんな本が平積みにされてたっけ?」と思ったので,簡単にまとめてみた.これは客観的な統計データのまとめではないし,選んだ本やその解説には恣意性だって含まれてると思うけど,はてブ等でフォローしてもらえたらと思う.

一般書では『だから,あなたも生き抜いて』がベストセラーであった.閉塞感のあった90年代において日本経済社会システムも崩壊が始まり,これまでのような一億層中流社会は望めなくなった.そんな時代に単なるサクセスストーリーとしてだけでなく,「生き抜く」ことを薦めるこの本がゼロ年代最初の年のベストセラーであったことは興味深い.

経済書では『経済ってそういうことだったのか会議』がよく書店平積みされていた.お金のことは銀行専門家にまかせておけばよい,といった価値観から自分の身は自分で守ろう,そのためには少しずつでも知識をつけようという価値観へ既に変化し始めているように思える.

また,9.11以前に文明の衝突論を展開していたという点でハンチントンが後にもてはやされた.『文明の衝突』は1998年

また,ソーカル事件を発端とする科学論者と科学者間の間の論争である『サイエンスウォーズ』『知の欺瞞』が出版された.一連の流れにより,科学は正しいものという固定観念が崩れ始めるが,その悪影響として疑似科学が隙間に入ってくることとなる.

2001年は一般書・自己啓発本として『チーズはどこへ消えた?』や『金持ち父さん貧乏父さん』がベストセラーとなった.これらは自分探しブームの終焉でもあり,ありのままの全肯定でもある.その他の一般書では『声に出して読みたい日本語』のような日本語ブームが始まる年である.

ゼロ年代を象徴する批評家東浩紀が『動物化するポストモダン』を出版し,アカデミズムからサブカルへの転向,遅れてやってきたエヴァ批評として有名となった.その後の現代思想批評界は東浩紀とそのフォロワーによって進められることとなる.

また,疑似科学論争の大きなきっかけとなる『水からの伝言』がブームとなり,教育界では道徳の授業で使われたり,科学者集団がその疑似科学性を啓蒙したりする騒ぎとなった.

2002年は一般書では『生きかた上手』や『声に出して読みたい日本語』,『常識として知っておきたい日本語』がベストセラーとなった.また,『本当の学力をつける本』で陰山メソッドが有名となり,公立校進学校化など各々が一律である必要がなく,教育にも個性や多様性を認めるような社会風潮となっている.とはいえ,これらの風潮は後の格差社会と繋がらないとは言い切れない.

格差社会といえば,玄田の『仕事のなかの曖昧な不安』は社会安定を失った日本の将来を予見する内容であり,当時の日本社会空気を表す本としてピックアップすることができる.

不況下における人々の意識を表すかのように森永の『年収300万円時代を生き抜く経済学』がベストセラーとなった.この年を前後してエコノミストと呼ばれる人々が盛んにマスメディアに出るようになり,銀行に預けるのではなく,個人が投資する時代になったと盛んに喧伝した.

9.11以降の社会を分析するかのように,ネグリハートの『<帝国>』やチョムスキーの『メディアコントロール』などが読まれた.特に『<帝国>』は左派に大きな影響を与えたといえる.

2004年は『バカの壁』が大いにベストセラーとなり,養老孟司ブームが到来する.その続編でもある『死の壁』も同様にベストセラーとなり,これらと時期を同じくして,新書ブームが到来.多くの出版社新書に力を入れ始める.

仕事のなかの曖昧な不安』を受ける形で『13歳のハローワーク』が出版され,自分探し(何がやりたい?)と自己肯定(何をやっても自分らしい)が同時に薦められるような時代となった.その一方で堀江貴文『稼ぐが勝ち』が売れ,Tシャツ姿で六本木ヒルズで新進気鋭の社長となっているホリエモンが多くの若者共感と多くの大人の反感を買った.この共感した若者は『希望格差社会』において希望が持てない若者たちであり,株取引による一発逆転という大平光代サクセスストーリーとは別の形の逆転劇を夢想させた.

新書ブームを背景に『頭がいい人、悪い人の話し方』,『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』がベストセラーとなった.特に『さおだけ屋~』はタイトル売りという技を駆使し,その後多くのフォロワーを生んだ.また,これまで『仕事のなかの曖昧な不安』『希望格差社会』といった「労働」というジャンルハードカバー本であった内容がついに『下流社会』と新書の形をすることで大衆化し,格差社会というゼロ年代キーワードを体現した.

また,東一辺倒であった批評界において,『嗤う日本ナショナリズム』によって社会学の北田が登場し,2ちゃんねる批評というものが生まれた.これはゼロ年代が徹底的にサブカル批評へ偏ることを決定づけた.

相変わらずの新書ブームで『国家の品格』『人は見た目が9割』等がベストセラーとなった.『国家の品格』は養老孟司から続く理系人ブームを引き継ぐとともに,後の品格ブームを起こした.『人は~』は『さおだけ~』のフォロワーであるタイトル売りであり,『なぜ、社長ベンツは4ドアなのか?』といったフォロワーも生まれた.

また現在まで続く重要な流れとして『ウェブ進化論』『Google』『「みんなの意見」は案外正しい』といったWeb論が生まれ,Web2.0玉石混淆,群衆の英知といった言葉がよく聞かれるようになった.これらの著書により,これまでYahooを使っていた人々がGoogleに移行したり,Wikipedia大衆化したりするようになった.これらのWeb論はあまりにオプティミスティックであると当初から批判されたが,アーリーアダプターにしか知られていなかったWebの様子を大衆化したその社会的影響は計り知れない.また,『フラット化する世界』がベストセラーとなり,インドの台頭が認知され始めた.

品格ブームを引きずって『女性品格』,○○力ブームを引きずって『鈍感力』などが一般書としてベストセラーとなった.また,理系人による本として『生物と無生物のあいだ』が読まれた.

データ重要となったことを示すような本として『その数字が戦略を決める』がよく書店平積みされていた.Web時代においてGoogleが大規模DBデータをため込むようになり,既存の専門家よりもデータが多くを語るような時代が幕開けしたことを告げた.

その一方で,「炎上」という言葉が一般用語化し,梅田オプティミストによるWeb論に対して,Webの負の面を大衆化させるような本として『ウェブ炎上』や『フラット革命』が登場した.

また,格差社会論は「ワーキング・プア」や「ロスト・ジェネレーション」といった言葉を生み出し,ワープア論壇やロスジェネ論壇と呼ばれるものが生み出され始めた.特に「『丸山眞男』をひっぱたきたい----31歳、フリーター希望は、戦争。」という赤木の論考は衝撃的であった.

どういう流れからか,『×型 自分説明書』という血液型本がバカ売れした.これも疑似科学ブームの一端なのだろうか.そして,はてなー大好きの勝間本『効率が10倍アップする新・知的生産術 自分グーグル化する方法』がついにベストセラー化した.いつの頃からかライフハックという言葉がよく聞かれるようになり,多くの自己啓発本書店平積みされていた.また,サブプライム問題までは外資系コンサルが重宝され『地頭力を鍛える 問題解決に活かす「フェルミ推定」』が売れた.

批評界では東にケンカを売る形で宇野ゼロ年代の想像力』が,東のフォロワーとして濱野『アーキテクチャ生態系』が現れたが,どちらも東の影響を多分に受けており,ゼロ年代批評が東一辺倒であることを決定的にした.

ロスジェネ論壇ではその名の通り『ロスジェネ』という雑誌が創刊し,蟹工船ブームが生まれた.また,秋葉原通り魔事件が起こったことにより,多くのメディアによって事件が消費され,それらは常にロスジェネ論壇,フリーター論壇とともに語られた.

##せっかくISBN記法したのに,増田だと使えないのね.

文字ばっかりでごめんなさい.

2008-12-30

これが決定版! id性格占い

http://anond.hatelabo.jp/20081229001913

↑の記事のタイトルに釣られてガッカリした人へ送る。

【この記事に関する注意】

・長いよ。縦に。

・複数の項目に該当する場合の対処方法は各自で考えろ

・たまに性格に関すること以外に言及している時もあるさ


既存の単語(もしくはその組み合わせ)

lunaとかmoonとか『夜』を連想させる単語】

・女

・まさにlunatic

・ねちっこい

罵倒大好き

【雲・海】

メンヘラではないが、不思議ちゃん

・でも男

・あまりはてな村周辺をうろつかない

sky

SF好き

【wind】

・ガキ

【地名・何かのキャラクター由来】

空気

食べ物

・20歳以上のオタ女

・男の場合は三十代以上の健全ホワイトカラー

【色系】

自虐

・本性はナルシスト

ライトな文体

サブカる

【10文字以上(複数の単語の組み合わせ)】

  • 単語間がアンダーバーやハイフンで区切られている場合

自己主張が強すぎる

・「自分らしさ」に拘る

・時事大好き

はてな村大好き

タグを使う人はやたらユニークタグを多用。タグを使わない人は一コメの分量が多い。密度も濃い。しかし、わかりにくい。

―単語間の区切りナシ

(そもそも誰かのサブアカであることを疑った方がよい)

自己主張が強い

・ねちっこい

・口が悪い

・飽きっぽい

・ウケを狙いたがる

・「文章が上手い」ということになっている

・明らかに自ブログよりテンション落ちてるブクマ

・比較的内容の薄い(つっこまれにくい)コメントに終始する

顔文字系】

・ほとばしるほど末端消費型オタク

vipあたりから流れてきた若年層

・他人に対して淡白

・あまり知識をひけらすことを好まない

・非難の表現がストレート形容詞+名詞

・カッコつけたがり

・打たれ弱い

・夢想家

フランス語またはイタリア語

・枯れたナルシスト

文系合理主義

・吝嗇

三文字以下のフレーズミニマルに繰り返す】

・目がギラギラしてて怖い

・偏狂質

ブクマ時はタグづけのみ

コメントしても20文字以内に収まることが多い

【四文字以上の単語の繰り返し】

オプティミスト

・地味 or ゴーイングマイウェイの両極端

【IT関連用語】

・お前がパソコン通信について詳しいのはよぅくわかったから

IT戦士じゃなければ高校生

造語

【見慣れない単語(本人にとっては何かしらの意味がある)で三-五文字】

文系肌のくせに何を血迷ったか理系畑にいる

・ゆえに文学に対してやたら凝る傾向がある

・とりあえず小説が出てくればブクマ

・何故かラノベ南米文学に強い

ニックネームっぽい】

リア充

オフ充

精神的にタフ

・ダイアリに重心を置いている人が多い

和風

・似非メンヘラ

左翼

人名

苗字のみ】

(当たり前だが実際の苗字とは異なる場合が多い)

・人文系

・の皮を被ったオタク

ドライ

フルネーム

・そりゃ、お前がマイコンについて詳しいのは当然だと思うけどさ

経済にも強いよ!

新書

自分に自信を持っている方なので割とタフ

マッチョすぎて傲慢だと思われがち

【-chan、-san、-kun、-tan、-yan】

バラエティー富んだぶち壊れ方をしている

皮肉っぽい(つもり)

TPO考慮せずにオタ知識を垂れ流す

ネットにおける流行語や慣用表現を連発する

【子音】

(まず誰かのサブアカであることを疑った方が良い)

・いわゆるギーク

大学生上社会人未満

モヒカンの気がある

・とりあえずはてな村の話題には食いつきます

SFカテゴリで躍動してたりする

【頭にy_(y-)】

・紛らわしい

【y_arim】

・y_arim

【しっぽに_y】

・しっぽ

【イニシャル+名前

・がんばれ

その他

有象無象

追加属性

【2文字目以降に大文字が混ざる】

自意識過剰

コメントで他者と違いを出したがる

【尻に数字】

―数字が一桁、または西暦(1980〓)

ドライ

・飽きっぽい

・諦めが早い

アイコンデフォルト

コメントは(褒貶どちらの場合でも)素直かつ淡白な感想を吐くのみに徹する

―西暦(1960,70台)

・しつこい

・とにかくしつこい

自分の知識やロジックにすごく自信がある

・キレやすく、安っぽい挑発にも簡単に乗る

―上記以外

ネットいなご

・高ニ病

―I11

・説明不要

何? 特定個人に向けられたもののように見える? 何を仰る増田さん。あなた、はてな疲れでもしてるんじゃないですか。ハ、ハ、ハ。

http://anond.hatelabo.jp/20081230001941

・超期待してる。

 

2008-01-17

http://anond.hatelabo.jp/20080117225116

数学とか理科とか絶望的にできない上に、一年ブランクがあるから、東大は無理だ。多分、地方駅弁がいいところだろう。つか、東大とか行けるわけねぇだろ! もうあれだな、引くに引けない状況。オプティミストっていうか、俺の域までくるとただの「バカ」だ。

2007-04-06

http://anond.hatelabo.jp/20070406183301

梅田氏は今日社会の中にいないから、そういうネガティブな文脈から解放されてて、

そのフラットな目線であの文章を書いたんだと思う。

で、反発多くて”なんで?そんなこと言ってないじゃん?”と不思議がってる感じがする。

普通に読めば普通の文章だけど、

怒りを覚える人はそれほど日本社会ネガティブ思念に浸かってるってことじゃないかねぇ。

大体同感なんだけども、梅田先生のこのスットボケた感じは単にアメリカンなんだと思う。

日本云々以前に、ある種憎まれても当然の"オプティミズム"だし。

まー911とか。コレ出すのはちょっと卑怯だけども。

ちょっと前に本人が"オプティミストお気楽は全然違う"と主張していたけれども、

端からみると案外その区別って無かったりするんだよねーとか個人的には思う。

植木等先生が、ふりをした道化か周回遅れのバカかなんて誰にわかる?

そのへんふくめて釣り師としての自覚を梅田先生に持っていただくとはてなはもっと面白殺伐として良いような。

 
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