はてなキーワード: 共犯者とは
accomplice共犯者、ぐる L.complex(仲間)に誤ってacが付いた
compliance 順守 一緒に+L.plicare(折り重ねる)+ance
complicity 共犯、共謀 *一緒に折り重ねる)
deploy 展開する、(軍事)配備する de-=dis-=apart [離れて]重ねる
diplomat 外交官
diplomatic 外交の、外交上の 二つに折った紙が公文書
duplicate 複製する、二重にする、二倍にする du-=duo-(=two [2])
explicate 明らかにする、説明する、概念を展開する ex-(外に)重ねる= unfold(たたんであるものを開く)
explicit 明白な、明白に述べた
exploit (資源などを)開発する、(素材などを)切り開く *外に重ねる
implicit 暗黙の、含みのある *中に重ねる ⇔explicit
plight 悪い状態、苦境 plicare(重ねる、織る)
・ 登場人物がやたら多い。
1ページか、二ページそこらで、登場人物がやたら出てくる。本人の中ではしっかりとキャラクターが浮かんでいるのであるが、いざ書きだすとなかなか先に進まない。他人に読ませても「キャラクターの区別がつかない」とか言われる。他人をお話の中にすんなり引き入れるには、多くても主要キャラクターは三人か四人がベストでしょ。
・読み始めて、しばらくしても何についての話なのかよくわからない。
いきなり長編に取り掛かろうとする小説家志望にありがちなパターンである。ずーっと読んでいってもなんだかよく分からない主人公の日常が書かれてあるだけで、いつまでたっても事件が起きないのだ。セントラルクエスチョン(主人公は○○できるのか?)を提示するのが遅すぎる。遅くても10ページまでには何の話なのか提示しないと、読む方はあきてしまう可能性があるのだ。
・登場人物が画一的すぎる
女子高生が出てきたら女子高生の口調、オタクはオタクの口調や行動、ヤンキーはヤンキー、校長が出てきたら校長、婆が出てきたら婆、どれもこれも画一的で、その個人特有の人物造形ができていないのだ。女子高生だったらこんなことはしないだろうとか、ヤンキーはこんなこと言わないだろうかとか考えず、こいつ自身はどう動くかを考えるべき。
主人公が不安だと思ったときに、そのまま言葉で私は不安だと表現するのは簡単。
そうじゃなく描写で表すほうがいい。不安なら、「私の進む先に暗く淀んだ雲が漂っていた」これだけでいい。
・敵の底が浅い
これは、ダメな映画、小説、漫画すべてに言えるが、敵または悪役の底が浅すぎる。みんな似たり寄ったり、同じような口調や行動でありきたりこの上ない。書き手が主人公ばっかりに気持ちが入っていて、陰と陽の配分がなされていないのだ(不思議と悪役の存在感が薄い小説は、主人公も同じく薄いことが多い)
悪役を描くときは、どうせなら主人公より悪役の方に肩入れしてしまうくらい入念に丹精込めて造型しないと、濃密な戦いは生まれないぞ。主人公以上に、なにか独特の倫理観や、哲学を持ってないと魅力は出てこない。<リンク:共犯者 (新潮クライムファイル)>共犯者の関根元を見習ってくれ。
・退屈な生活をおくる主人公のもとに、都合良く謎の美少女が現れる。
導入で、ここまでうんざりさせられる展開は他にない。冒頭に退屈した主人公の日常が延々と描かれ、突如としてその生活に舞い降りた謎の美少女。これがラブストーリーとかになったりしたらもう最悪…。導入としてはすごくわかりやすくて、お話も運びやすいのはわかるがもう一つ何かひとひねりちょうだい!
自分の中に溜まった抽象的な[何か」を表現しました、と言う小説はたいがい、つまらない。こういう小説は冒頭にかならず自意識を垂れ流したような文章が長々と続き、ちょっと書いている本人が陶酔している。こういうのを描くのは、玄人向けというか、並外れた文章表現と客観性がないとなかなかうまくいかないのよ。最近芥川賞とった「きことわ」ぐらいのレベルなら別だけど。
なんかさらーっとしてて、自然とかそういう情景描写ばっかりの小説ってあるよね。たぶん自分の中では美しい情景が思い描けてると思うんだよ。でも他人ってそんなにあなたが感動したことに共感はしてくれないんだよ。よくありがちなのが自然と人間の死を対比させているパターンね。
・文章もテーマも立派なんだけど、全体的に大したことが起こらない、地味。
こういう小説が一番多い。文章もプロ並み、テーマも素晴らしい、でも地味なんだよってやつ。こういう人はとことん地味な話を書くべか、または自分が普段全く読まないような超エンタメ小説や劇薬小説などを買いあさって読んで、一度頭をフルチェンジしてみるのが一番ベストである。
・文章もテーマも立派だし、起こっていることもまぁまぁなんだけど、モチーフがありきたりで既視感がある。
そこらへんに転がってるような話だけじゃ駄目なんだよな。
海外の古い短編なんか読むと、こんなんでいいの!?って思うくらいシンプルなのもあるけど。それは昔の時代だから通用しただけのことであって、今の時代は「ひねり」をどんどん入れて、読者の意表をつかないと、すぐにあきられてしまう。じゃあ二転三転すればいいのかっていうとそういうわけでもないんだけど、読者を驚かせてやろうってぐらいのサービス精神がほしい。
君みたいなタイプの女を
おだてて操ったりなだめて静かにさせたりしようとしてるだけだよw
ほんとに女が強いだなんて思ってないぞあいつらはw
女性は痛みに強いからとか、精神的に強いからなんていって、自分は男で、男って弱いんですよ。
なんていうやつはしねばいい。
このように、あいつらのおべんちゃらをまともに信じて心を動かしちゃうタイプな。
君はあいつらに反発してるつもりかもしれないが実はそうじゃないからなw
まんまとおべんちゃらが効いてしまってる上でいい気になっている。
君のその反応は「私はおべんちゃらがよく効くタイプです」と告白してるに等しいから気をつけな。
このタイプは怒ってる風に見えても更におだてて押しまくればコロンと行くのでちょろい。
強い女はいるだろうけど
「女が一律で強い」わけがないことぐらい落ち着いて考えりゃわかるよね?
あいつらおべんちゃら野郎どもは「女は一律で無能」とか言いたがる男が
ちょっと知恵をつけた存在に過ぎないわけ。
俺はおべんちゃら野郎は嫌いだよ。
一定数の君みたいな知恵の浅い人間が延々とそれを需要し引っかかるからだよ。
なにより
君達おべんちゃらコミュニケーションの共犯者集団が幅利かせてる限り
女にまともに向き合おうとする男やその逆も減るわけだ。
君はおべんちゃら男の言うことに心動かす前に周囲の女を見たほうがいい。
まともな知性の女なら「女は強い」なんてくだらない言説には眉ひとつ動かしてないぞ。
http://anond.hatelabo.jp/20110807224419
隠し子に母親はどうしているのかと聞きました。
「母親は数年前に自殺した。それ以降は母方の実家で暮らしている。
私が父親に面会を求めて無視された後、父が母に公衆電話から電話をかけてきて、
『子供をよこすな、勝手に産んだくせになぜ関らせようとするか、そんな子供殺してしまえ』と罵倒していた。
母親は早い段階、おそらく出産以前から、私を産んだことが正しいことか間違いなのかとずっと苦悶して精神を病んでいた。
それに父親の反応が拍車をかけた。
私自身もまさか実の父親がそんなことを言うと思っていなかったから、絶望し、
母親になぜ望まれていないのに産んだのか、私は生まれてこなかった方が良かったではないかと問い詰めた。
母親は私を殺して自分も死のうと考えていたらしいが、手をかけられず、自分ひとりで死んだ。
存在してはならない人間を産んだ罪を犯した自責の念に堪えられない、というようなことを言っていたからそれが自殺の動機だ。」
「母が自殺して保険金が数百万おりた。自殺では保険に加入してから数年しないと保険金がおりないから保険金を与えるために自殺したわけではないと思うが、
母は早い段階から死を願望していたようだったから、もしものときのために私のために保険に入っていたのだと思う。」
「最終的な目標は父親に私を殺させること。殺さずにいられなくなるまで父親を徹底的に苦しめる。
実際父親は私への殺意で沸騰しているからちょっとしたきっかけがあれば手を下すだろう。
責任をとりたくないために実子を殺した殺人鬼として死ぬまで罪を背負わせる。」
「ただあなたたち母子に罪はない。
私が認知訴訟したために旦那・父親との絆を失ったことに対しては申し訳ないと思っているから、罪滅ぼしとしてひとついい手を提案する。
あなたが私と養子縁組して私に生命保険をかけて、受取人はあなたたち母子にしたらいい。
父親には受け取らせない。あなたが父親と共同ではなく単独で養子縁組すれば、あなたがた母子だけに私が死んだ時の保険金を受け取らせることができる。
旦那に私を殺すようそれとなくほのめかし続けろ。
それで旦那が私を本当に殺したら保険金が手に入るし、私がいなければ旦那の相続はすべてあなたがたのものになる。
それであなたから夫を、子供たちから父親を奪ったことの償いとさせてもらいたい。」
「これから徹底的に過去の父親の行状を世間に暴く。そのための材料はそろっている。
耐えかねた父親が私を衝動で殺したら、私もあなた方も願ったりだ。悪い提案じゃないでしょ?」
養子縁組なんて簡単にできるわけないでしょう、第一夫の同意がないと無理でしょうと言ったら、
「私が成人したら旦那と共同で養子縁組をする必要はない。旦那の同意は必要だが。
あなたが単独で養子縁組すれば私はあなたの嫡出子になるが、父親にとって私は非嫡出子のままだ。
遺産狙いで私が提案しているわけではないことは分かるな。
どっちにせよ父親が死ぬころには非嫡出子の相続分も嫡出子と同額になるからそもそもこの議論は無意味だし。
父親には『隠し子に保険金をかけておいて何かあれば受け取れるように準備しておく。
渋々認知したのだから怪我したり死んだりした時ぐらい役立ってもらいたい』と言って同意をもらえばいい。
そのことが頭の隅にあれば一層私を殺す衝動に駆られやすくなるかもしれないしな。
まああのクズは考えなしに暴力に訴える野獣だから、本当に私を殺すとなればそんなことまで計算せずに実行するはずなので、
「旦那の同意を得るのが難しいなら娘が希望するとおり旦那と離婚して単身になってから養子縁組するのでもいい。
「まああなたの嫡出子になればあなたの相続は引き継ぐことになるが、
だからこそあなたは『馬鹿な夫が孕ませて認知もしなかった隠し子をわが子として育てようとする慈悲ある母親』
として世間に評価される。あなたにデメリット一つもないでしょ?」
「今の提案を父親に話してもいいけど、父親がそれを聞いて策謀にはまらないために理性を働かせて私を殺そうとしなくなったら、
結局保険金を受け取れなくて損をするのはあんたたち母子だから、よく考えて旦那と交渉しろ」
自分の命を失ったら何も意味がないではないか、一体何が望みなのかと聞くと、
「父親が『お前なんて生まれてこなければよかった、いなくなれ』って何度も言っていた、聞いただろ?
『父親から生まれてくるなと言われている子供を産むなんて無責任だ、間違っていた』と。
「母親は十分私を作り生み出したことへの責任を果たし罪を償った。今度は父親の番だ。
私が発生したのは両親双方の責任だ。
母親は命をかけて責任を果たしたのに、父親がなにも責任を負わないのはおかしい。
お前なんて存在しなければよかったんだと自ら言っているんだから、
存在すべきではない人間を作り出した罪を償うために、私を殺すべきだ。
中絶しろと再三言っていたんだ、母親の胎内にいるか外に出てきているかだけの違いであって、私を殺せと言っていることに変わりはない。
法律の網を拭って合法的に人殺しをしようとするなんて卑怯な真似は許さない。
父親自ら私を殺させる。それで初めて父親の罪は贖われる。」
『あなたが隠し子を殺してくれて、私たちは手を汚さずに保険金を受け取ることができてラッキーだわ』
と嘲笑われた時の絶望感を体験させたい。
それはかつて父親が私の母親にやったことだ。
『俺は手を汚さずにお前が子供を殺して俺を責任から解放しろ』と奴は私の母親に言った。
隠し子の母親とは連絡をつけられないという夫の発言は、母親が自殺したことを隠すための嘘だったようです。
私たち母子と夫はどうするべきなのか、分かりません。
夫は離婚したくないし子供たちを手放したくないと言っていますが、
隠し子を養子にすることについても、今はどうすべきか考えられないと言っています。
隠し子の言うとおり、私たち母子は、夫に騙されていたのでしょうか?
また、隠し子の「私を父親に殺させる、あなたたち妻子は私と養子縁組して保険金を受け取れ」という考えに対して、どう対処したらいいのでしょうか?
傘の端から滴り落ちる雨粒を見やりながら、ぼんやりとAのことを思い出していた。ぼってりとした雨雲が犇めき合う季節になると、彼は眉間に深い渓谷を刻んでしきりに舌を打ち鳴らしていた。
至る所で蛙が鳴き声を上げている。あの日も同じだった。夥しいほどの蛙が、姿も見せずあちこちで喉を震わせていた。
あの日、Aはいつにもまして苛立っていた。いつになく舌打ちの回数が多かったし、形相までもが歪み始めていたのだ。
家路を共にしていたわたしは気が気ではなかった。狂おしいほどの不快感というものを、生まれて初めて目の当たりにしていたのだ。両目が釣り上がり、眉間はもちろんのこと鼻筋にまでしわを寄せたAの容貌は、この世のものではない黒々とした悪意に乗っ取られてしまったかのようだった。
なんとかしなければならない。少し後ろを歩きながらわたしはそう考えていた。早急にAの不快感を発散させなければならない。いつその矛先がわたしに向くかわからなかったのだ。
梅雨空の下、わたしは沈黙したまま歩き続けた。つかず離れずAとの間に一定の距離を保ったまま進み続けて、不意に先生の話を思い出したのだった。
それは先生が子供の頃に行っていたという遊びのことだった。パン、と弾けるのだという。ひどいことをしていたものだと、先生は苦笑交じりに語っていた。
わたしは先をゆくAにおずおずと話しかけてみた。ねえ、蛙に爆竹を仕込んでみない。
声を聞きピタリと立ち止まったAは、しばらくの間前を向いたまま立ち尽くしていた。やがてゆっくりと振り返ると、わたしが口にした言葉の意味が掴めないといったような表情で虚ろな視線を寄越し始めた。わたしはそのとき、意味もなく愛想笑いを返した。だけに留まらず、沈黙に耐えられなくなった末、その背中を押し出してしまった。
よくわからないけどさ、イライラしているんでしょう。だったらやってみようよ。嫌いな蛙を懲らしめてやろうよ。
本当に、その程度の思いつきだったのに。
わたしはAの眼の色が変わっていく様をまじまじと見つめてしまった。
それも、そうだな。
ぞっとするほど酷薄な表情を浮かべたAがそう言った。彼のものとは思えないほどに冷え切った声色だった。わたしは思わず鳥肌の立った二の腕を抱いていた。ねっとりとした暗黒色の感情が、形をなしてAの背後に立ち込めているかのようだった。
わたしは今すぐにでもその場から立ち去りたくて堪らなかった。とてつもなく嫌な予感がした。「絶対を破ってしまった後ろめたさ」のような感情が、怒涛のごとく押し寄せてきていて呼吸をするのが苦しかった。
今なら当時わたしが呑み込まれた感情が何であるかがはっきりとわかる。あれは呆れるほどに純度の高い恐怖だったのだ。生理的本能的な原始の恐怖。それが驚くべきほどの奔流となってわたしに流れこんだのだ。お陰でわたしはその場からぴくりとも動き出すことができなかった。Aと向き合ったまま、両足が地面に縫い付けられてしまっていた。
にっ、とAが笑った。
何も言わずに再び前を向いたAは、歩き出しながらわたしに指示を出した。ありったけの蛙を捕まえて公園まで待ってきてくれ。口調は穏やかそのもので頼みを聞いてもらうときのそれに近かったものの、内実その根底には逆らいようのない高圧的な意図が宿っていた。反故にすることなど、できるわけがない。恐怖に支配されたわたしの首はほとんど自動的に頷いていて、わかったと端的な服従の誓いまで口にしてしまっていた。
絶対だぞ。
念を押されたわたしは、帰宅するや否やプラスティック製の小さな水槽を抱えて再び雨の町へと飛び出した。
蛙を捕まえなければならなかった。一匹や二匹では足りない。胸に抱えた水槽から溢れんばかりに捕まえなければならなかった。そうでなければ、どうなるかわからない。どこかたがが外れてしまったような様子のAが、何をしでかすともわからない。
かえるかえるかえる。わたしは死に物狂いで蛙を探し続けていた。大きいものから小さなものまで、見つけたら片っぱしから水槽に突っ込んでいった。かえるかえるかえるかえる。まだ足りない。まだ足りない。全然足りない。
ただ、恐慌状態にあったわたしは少しだけ運が良かった。Aが指定した公園には小さな溜池とそこに向かって流れる側溝があって、そのため草むらや生垣の中から途切れることなく蛙を見つけることができたのだった。加えて、その年は例年になく蛙が以上発生していた。わたしの右手は次から次へと蛙を捕まえていった。
十五分くらいで水槽の半分ぐらいが蛙で埋まった。随分な量だった。抱える左手が重たくて辛かったことを覚えている。しかしながら、それでもまだ蛙が足りなかった。こんな量じゃ満足してもらえないと思い込んでいた。
狂おしいほどの強迫観念だった。ストレスからくる吐き気まで催していたと思う。Aという圧倒的な恐怖に苛まれていたわたしは、グロテスクな体を所狭しと寄せ合った蛙たちの上に、捕まえていたのと同等かそれ以上の蛙を詰め込んでいった。
それからもう二十分ほど探し続けて、わたしはようやく水槽の蓋を閉じた。見れば、限界まで詰め込まれた蛙が壁面に抑えつけられながらもぞもぞと動いている。腹を向けていたり、背を向けていたり。ある蛙は押し付けた眼球が潰れかかっていたし、最初の方に捉えた蛙にいたっては、底のほうで身動きも取れないまま胃袋を吐き出しているようだった。
わたしは右手に傘を左手に水槽を抱えたままAが来るのを待っていた。早く公園に来て全てを終わらせてほしいと願う一方で、どうかこのまま絶対に来ないでくださいと望まないわけにはいかなかった。
雨は途切れることなく傘を叩き続けていた。根こそぎ集めたつもりだったのに、依然として蛙の鳴き声は四方八方から鳴り響き、傘に反射して頭上からも降り注いでいた。
どれほどの時間立ち尽くしていたのだろう。じっと足元に落としていた視線を持ち上げたわたしは、雨にくすんだ公園の入り口に現れたAの姿を目にすることになった。ドクンと心臓が脈打つ。血流が速くなって、外気が急に寒くなったように感じられた。
Aはゆっくりとわたしの方へ歩み寄ってきた。手には買い物袋。大きな大人用の傘を差して、これから行う行為にふさわしい服装であるかのような暗い色の服に着替えていた。ただ一点、スカイブルーの長靴だけが場違いに目立っていた。そこだけが異質なまでに邪気がなく、わたしは急にぞっとしなくなった。
たくさん集めたな。Aはわたしが抱えた水槽を見下ろして満足そうに言った。十分過ぎるくらいだ。思う存分楽しめる。にやりと歪んだ笑みが目の前に広がった。喜んでもらえたから、取り敢えずはほっとすることができたから、わたしも笑顔を返そうと思った。けれど、こちこちに強張った表情筋はぎこちなく伸縮することしかできなくて、声さえ口に出せなかった。
やるか。Aは素っ気なく口にした。わたしは命令を受け取ったロボットのように水槽の蓋を開ける。蛙を一匹取り出すと、彼の右手に手渡した。洗練された無駄のない無機質な動作だったと思う。蛙を受け取った彼は、買い物袋の中から小さなダイナマイトを取り出し、無理やりこじ開けた蛙の口に詰め込んだ。
がそごそと左手に持った薄いビニール袋を騒がせて、取り出したライターをわたしに差し出す。
点けてくれ。両手が塞がってて、何も出来やしない。
わたしはこくんと頷いて彼に従う。ライターを受け取り、石火をジャリジャリならして、揺らめく小さな炎を作り出した。
やろうか。そう、彼が言った。わたしはまたこくんと頷いて、そっと導火線に火を近づけた。
シュッと小気味いい音が聞こえて、細かな火花が飛び散った。Aはすぐさま蛙を放り投げた。
口の中に爆弾を放りこまれた蛙は、降り注ぐ雨の中、カタパルトみたいに宙空へ飛び出して、緩やかに下降していきながら、途中で、唐突に、弾けた。
乾いた音だった。蛙は空中で四散した。緑色の体から、予想もしていないほどの赤をまき散らして、四肢と臓腑をズタズタに引き裂かれた生命は、何の理由もなしに爆散したのだった。
べちゃり、と砕け散った血肉が地面を穿つ音が聞こえた。前にも増して雨は強く振り続いているのに、その音だけはしっかりと耳まで届いた。
べちゃり。
わたしは隣に佇むAに眼を向けた。
彼は声を上げず、身動ぎもせずに、じっと散り散りになった蛙の残骸を見つめていた。異様なまでに見開かれた瞳孔は、直前まで意思を持っていたはずの残骸を網膜にさんさんと焼き付けているようだった。
ぽっかりと半開きになった口に微かな笑みを浮かばせていたような気がする。その口元にだけ笑みを浮かべて、Aは食い入るように死体を眺めていた。自らの行為に心から耽溺した怪物のようだった。
ゆらりとこちらに向き直ったAは、もう一回やろうぜ、と言ってきた。わたしはこくんと頷くと、再び蛙をAに手渡した。それ以外に選択肢がなかったのだ。ライターに火をつけて導火線に近づけた。
蛙が弾けた。何匹も何匹も爆ぜて死んでいった。殺されたのだ。Aとわたしは殺戮を繰り返していた。雨降る公園が血肉に染まり、地表を覆う水たまりまでもが真っ赤になり始めても、わたしたちは蛙を殺し続けていた。
途中から爆竹を使うのが面倒になったらしいAは、おもむろに残りが半分前後になった水槽に手を突っ込んだ。そのまま躊躇いもなく手を握る。ぐーぱーぐーぱーと、ハンバーグをこねるかのように蛙たちを握りつぶしていった。
惨劇にわたしは小さな悲鳴を上げた。抱え込んだ水槽の中で生々しく蠢く蛙たちがいとも簡単に圧死していくのである。Aが右手を開閉するたびに、ぐちゃぐちゃと凄惨な音が鳴り響いた。ぷちぷちと気泡が潰れるような、密に詰まった組織が圧迫されて破裂していく音が断続的に聞こえてきていた。
わたしは水槽の中の地獄をじっと見下ろしていた。眼を閉じることができなかった。背けることも。かと言って、Aと視線を合わせることも怖かった。Aが目の前にいたから、ただじっと耐え忍ぶことしかできなかったのだ。目撃者として、共犯者として、わたしは蛙が死にゆく様子をありありと見せつけられなければなからかった。
水槽からは生温かい臭気がねっとりと立ち上ってきていた。時折血肉が勢いよく噴き上げて、わたしの服に付着していった。胃が痙攣を繰り返す。喉の奥から逆流してきた酸っぱいにおいが生臭さと入り交じって、如何ともしがたい臭気を醸しだす。滲んだ涙でわたしの視界は霞み始めていた。鼓膜には、依然としてミンチをこねる水っぽい怪音がこびりついている。
とうとう堪らなくなって、わたしは水槽を手放してしまった。地面にぶつかって、どろどろに潰された真っ赤な流動物が地面に広がっていく。中にはなんとか生き残っていた蛙が数匹残っていた。彼らは変わり果てた同胞の海から這い出すと、懸命に逃げ延びようと地面を跳ね始めた。
その一匹一匹を、Aは踏みつぶして回った。何度も何度も足を振りあげて、全体重を掛けて踏み躙った。ぐりぐりと擦りつけられた蛙は、すり鉢にかけられたかのごとく原型を留めない。それが蛙であったという事実さえ蔑ろにしながら、Aはわたしが捕まえた全ての蛙を、一匹残らず殺し尽くしてしまった。
わたしは公園から逃げ出した。Aのいないところへ行きたかった。走って、走って、全力で走って、全身水浸しになりながら家に帰った。しばらくしていから傘を忘れてきてしまったことを思い出したが、取りに戻ろうなんてことは考えられなかった。
その日わたしはほとんど一睡もできなかった。雨はなおも振り続いていて、蛙の鳴き声はそこかしこから聞こえてきていた。
翌日。Aはどこにもいなくなっていた。
あの日の出来事は、いまでもわたしを縛り付けている。蛙が苦手で仕方が無くなってしまったし、雨が振るたびにあの水槽から沸き立っていたにおいを思い出すようになってしまった。
けれど、それも当然の報いなのかもしれない。結果としてAに加担し、わたしの蛙を殺しまくったのだから。恨まれて当然なのかもしれない。
梅雨になるたびに、意味なく奪われる命のことを考える。供養し、謝り続けようと、心に決めている。
http://b.hatena.ne.jp/entry/www.asahi.com/national/update/0324/TKY201103240364.html
kyo_ju 天皇制, ブコメがきもい ←右翼でもないのにありがたがる素振りを強要される空気が。/毎日「自家発電」と空目した私は非国民でいいですよ。 2011/03/24
俺は貴様らはてサがかもし出す「自分らがウヨ認定・ゲス認定した者・物を蔑め罵れ罵らなければ
"○○の言動を看過している以上、この人も○○の共犯者であり、実質的には擁護者"
とみなすぞ」、と強要する空気が殺意がわくほど気持ち悪いんだがなあ。おえーwww
まあ日ごろ蔑むことでオナニー道具にしてた自衛隊と米軍大活躍の上に皇室にまでこう度量の広さを見せられては、サヨちゃんの立つ瀬はせいぜい反原発で「トーダイはゴヨーガクシャのソークツニダ!!!アイゴー!!!」だもんなwwww
あ、広瀬隆や広河隆一の言動を看過している以上、貴様らも反原発トンデモの共犯者であり、実質的には擁護者だからなwwwwおまえらの理屈で行くとwwww
確かに彼はえがみの「行動力」だけを評価していたんだろうけど、今や昔のような「自分の作ったサービスで炎上」じゃなくて「他人を陥れて炎上」に切り替わってるんだから、それまで評価してしまったら「レイプは元気があってよろしい」と同レベルになっちまうぞ?
えがみはあんたらに無垢な子供の様な顔で近付いてその力を吸って成長し、今や自分より弱い者を食い散らかすだけのクズになり果ててんだよ。
別にあんたらに責任があるとは言わないが、あんたらの厚意が巡り巡って弱者を潰してるってのも事実なんだ。
ある程度知名度のあるブロガーなんかは、こういった揉め事になると大抵だんまりを決め込む。
なぜか?下手に炎上したら自分の立場が危うくなるし、第一面倒だ。実に「常識的」だね。
えがみはそういう常識に囚われて動けない連中をカモにしている。
そう考えると、今ターゲットにされてる弱者と、以前擦り寄られていたあんたらは同じく被害者なんだ。
"人間はいつかどうせ死ぬんだから、別に死刑執行しなくてもいい気がする"と、言ってしまったらしい。
死刑執行しなくてもいいならば、殺人を罪として裁く必要も無くなる。国家の存在意義の一つである治安の維持という重責を、いきなり放り投げる発言である。遺族に向かって、それを言えるのだろうか。被害者の人権を踏みにじったことが、法廷において確定して死刑判決が下った以上、死刑囚の人権は、同じように踏みにじられるべきである。それに対して配慮するのは、被害者の人権を重ねて冒涜する行為であるという認識が無いのであろう。そんなに死刑執行命令を出したくないならば、仇討ち合法化という対策を主張した上でやるべきであろう。
死刑執行を法務大臣が命じるのは、法務大臣に死刑判決を否定させる為ではない。死刑囚は、死刑判決が確定してから半年以内に執行命令をださなければならないと、法律で決まっている(刑事訴訟法475条2項)。ただし、共犯者がいるときには、死人にくちなしと、死人に全責任を押し付ける行為が出てくるから、共犯者の罪が確定するまで、証人として生かしておかなければならない。これを合法的に実現する為に、あえて、半年以内に執行命令という原則を、法務大臣が多忙でサインが間に合わないからという理由で、捻じ曲げているのである。
共犯者の罪が確定した時点で、粛々と死刑は実行されなければならないし、共犯者がいないのであれば、法律の規定どおり、6ヶ月以内に刑の執行を命令しなければならない。
法務大臣が死刑執行命令を出さないのは、厳密にいえば、職務怠慢である。しかし、この職務怠慢には、罰則規定がわざと作られていないという点にこそ、意味がある。
死刑執行命令を法務大臣が出さずに放置できるというのは、死刑を執行してしまうと証人がいなくなり、全責任を死者に押し付けて無罪を主張する犯罪者が出てくるという欠陥を、未然に防ぐ為の意図的な法網の穴であって、決して、死刑制度の是非を法務大臣に考えさせる為ではない。立法府の側が、制度の是非を論じるのは当然であるが、行政府に入った者が、対策も出さずに好悪の感情を並べるだけの書生論をぶっている暇は無い。それが嫌ならば、閣僚指名の段階で拒否するべきである。
法務大臣はいずれ辞めるんだから、今の法務大臣には今すぐ辞めてもらってもいい気がする。いや、今の内閣自体に、今すぐ辞めてもらって、総選挙してもらったほうがいい気がするのであった。
もし流した人物が民間人だったらどうなるんだろう。
流出源が海保か検察か知らんが、管理してた機関の不備は問われるとは思う。しかし刑事罰に問えるようなもんだろうか。捜査資料を「事故」で漏らして警察官が逮捕された事例ってあったっけ。
もしこの件が計画的だとしたら、たとえば海保の内部の人間(共犯者)が尖閣ビデオのデータを自宅に持ち帰り、「うっかり」P2Pとかに流出させ、示し合わせた部外者(実行犯)が速攻でダウンロードしてyoutubeにsengoku38のアカウント作ってアップロード、みたいな流れを辿ってるんじゃないかなあ。
だとしたら、今もP2Pネットワーク上に尖閣ビデオの原本データが、誰も興味も関心も持たないようなファイル名で今も漂っていたりして。
海外のblogで初音ミクについて熱い(長い)文章を書き込んでいるのを見かけたので試しに翻訳してみた。無断翻訳なので匿名で。urlは以下の通り。
http://deliciouscakeproject.wordpress.com/2010/09/20/hatsune-miku-and-the-magic-of-make-believe/
=====以下翻訳=====
そこにはバルトロメオ・クリストフォリって名前のすげえヤツがいた。こいつの得意技は楽器を作ることだった。何でも作ったわけじゃない。当時はひどく弱々しいちっこいもので、しょぼい羽柄が並んだ弦を引っかいて金属的なチャリチャリした音を出すもの、つまり鍵盤楽器を作っていた。いわゆる「バロック・ミュージック」ってヤツだ。クリストフォリが音楽技師として、また機械技師としてやったのは、弦を異なる強さで叩くハンマーを使った仕組みづくりで、それによって演奏家は小さい音(ピアノ)や大きな音(フォルテ)で演奏できるようになった。だもんで皆それをイタリア語でピアノフォルテと呼んだ。もちろん、今ではお前も俺もそして誰もがクリストフォリの発明品をピアノと呼んでいる。
イタリアはピアノを発明することによって、日本が初音ミクを発明するための扉を開いた。
***
俺は今、ここサン・フランシスコの150席しかない小さな映画館で、秋のアイドル公演を待っている。チケットが完売した「39[ミク][[Sankyu!]] Giving Day」コンサートの上演を見るために、愚かな時間の無駄遣いをする連中が集まっている。コンサートじゃ電子的に創造されたポップアイドルつまり緑の髪をした女神が、ゼップ東京のコンサート会場で生演奏するバンドにあわせて踊り歌っている様子がスクリーンに映し出されている。それはまるで、一部はライブなんだが、本当はそうではなく、「本物」のボーカロイド・コンサートでお目にかかれるのに近いものだった。言ってみればゴリラズを見に行くのとそれほど違いはない。伴奏は本物のミュージシャンが作り出しているが、客が見ているのはいわば巧妙なごまかしの表層であり、音楽に命を持たせるために使われる動くペルソナだ。これがミクの魔法である。それは見せかけの魔法だ。
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クリストフォリがピアノを発明した頃、J・S・バッハは平均律クラヴィーア曲集を書いた。そこでは要するに鍵盤楽器の各音程間で一通り数学的な調整をすれば、突然どのような調号でも十分演奏できるようになるということが言われている。言い換えれば、何か妙なことをしようとした際にいつも調子はずれの音を出すのではなく、初心者から中級までのピアノの生徒がやらかす糞を抑えるような5フラットとか7シャープとかそういったことが完全にできるようになる。これによって18世紀の鍵盤楽器は初めて、いちいちくそったれな調律をしなおすことなく新しい楽想を試すことができる原始的なワークステーションとなった。
数十年後、ようやくピアノの価格が下がり十分なほど生産できるようになったことで、それは非常識なほどの大金持ちだけの特別な楽器ではなくなった。代わりにそれは有名な王族たちのような常識的な程度の金持ちが購入できるものとなり、彼らは好んで地元の作曲家を雇い自分たち(とその客)を楽しませるために音楽を書かせた。こうした作曲家の一人があのヴォルフガング・A・モーツァルトであり、彼の特別な才能は主に下ネタと女性の音楽生徒に対する性欲の面で発揮された。もちろん鍵盤楽器からふざけた音を引き出す才能もあり、その短い人生の間にモーツァルトは最も好きな楽器をピアノに決定した。彼が書いた27のピアノ協奏曲(本当に素晴らしいのは最後の10曲ほど。アニメのシリーズのようにモーツァルトのレパートリーは後半になるほど良くなった)は、単に協奏曲の形態にとって画期的な礎石となっただけでなく、ピアノ音楽の基礎を築いた。モーツァルトの協奏曲はこう言っているようなものだ。「これこそピアノにできることだ! ピアノだけでなく、オーケストラと一緒でもいい! まさか今更ハープシコードに戻ろうってんじゃなかろうな?!」
モーツァルトより後の時代の人間は皆彼に同意した。ひとたび音量の大小を調整できる鍵盤楽器を手に入れてしまえば、弱々しいチャリチャリした機械になぞ戻れっこない。これが230年ほど前の出来事だ。ミクへの道は一日にして成らず。
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ミクの公演にやって来たファンの男女はいろんな連中の寄せ集めだ。彼らの5分の1ほどは当然ながらボーカロイドのコスプレをしている。何人かはケミカルライトまで持ち込んでいる。コンサートは全長1080ピクセルの巨大なスクリーンで始まり、全劇場用サウンド・システムが炸裂し、観衆は最初はためらいがちに見ていたが、最初のいくつかの歌の後は雰囲気が盛り上がってきた。彼らはスクリーンの中の群衆と一緒にリズムに合わせてケミカルライトを振り、曲が変わると歓声を上げ、各ナンバーが終わると拍手をした。単なる録音と録画じゃねえか、などというたわ言は知ったこっちゃない。理論的にはゼップ東京の群衆だって同じように録画を見ていたんだ。本当に「ライブ」で演奏される音楽など、現代においてはクラシックのオーケストラと民族音楽の演奏くらいしかないし、それにシンフォニー・ホールですら今日ではマイクが使われている。誰もが電子的な助けを借りて音楽を聴いている。ひとたび電子機器を楽器として受け入れることを覚えてしまえば、ミクを愛するのは簡単だ。彼女がモーツァルトの魔笛のアリアを歌っている動画を聞いてみよう。
http://www.youtube.com/watch?v=gr9fbQzNpqA
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19世紀欧州で、もしお前がピアノの演奏ができない作曲家だったとしたら、お前は存在していなかっただろう。それはもはや単に大小の音量で演奏できる楽器にとどまらず、巨大な和音構造物であり、多音パッセージワークであり、一人の演奏家の手で「あらゆる音符を見ることができる」ものとなっていた。もしピアノがなければきっと「2人のバイオリニストとビオラ及びチェロ奏者各1人をかき集めて旋律が上手く行くかどうか調べにゃならん」てなことが起きていただろう。そしてもちろんチェリストは、ある音符について「どぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅん」と演奏するようお前が何度も何度も何度もお願いするのにうんざりして1時間後にはそこを立ち去ったことだろう。
少なくともピアノがあれば、お前の小さな指以外に迷惑をかけることなく「どぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅん」とやることができる。
かくして1800年代においてピアノは中心的な作曲道具となった。そして同時に社会の中産階級が暇と屑な時間を持つところまで進化し、そしてもし彼らがスポーツやゲームを発明しなければ、彼らは音楽その他を演奏したいと望み、そんでもって家に持ち込むためピアノを注文できるようになった。欧州だけでなく日本でも、少なくともウィリアム・ペリーが彼らを開国して西洋化が始まった後には、同じことが生じた。基本的にピアノは文明化の証と見なされ、そして有名な山葉寅楠ってヤツがイケてる連中のため日本製ピアノを作り始めた。
19世紀末と20世紀は音楽制作にとって黄金時代だった。楽譜を買って他人の歌を演奏する方法で「音楽を作る」こともできたし、あるいは作曲と理論について十分に学び自分の曲を創造するというやり方で「音楽を作る」こともできた。そうした取り組みの多くはピアノの周辺で起きた。ピアニストが力を得た。鍵盤があれば、お前はスターになることができた。
そして、とんでもないことが起きた。
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ミクだけじゃない。巡音ルカとリンとレンも公演に出てきたぜ! 全ボーカロイドのパーティだ。彼らの異なる声質と、ミクと組む様々なやり方は、見事な音の見本集になっている。他のキャラクターが登場するのを見た観客たちは熱狂している。異なるシンセサイザー・プログラムのマスコットに過ぎないにもかかわらず、彼らはまるで我々の友であり家族であるかのようだ。ようつべとニコ動を使って彼らを我が家へ招待しよう。彼らの声を我らの生活のサントラにしよう。電子的に作られたアニメキャラが本当のミュージシャンになれるのかって? おk、ならお前に聞いてみよう。魂のない箱がお前の周囲の空気を震わせているけど、それは本当の音楽なのかい?
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それこそが実際に起きたとんでもないことだ。録音された音楽。録音された音楽こそ、音楽史の中で起きた最悪の出来事だ。
ひとたび蓄音機を、ラジオを、レコードプレイヤーを、カセットプレイヤーを、CDプレイヤーを持ってしまえば、音楽を楽しむのに「音楽を作る」必要はない。コンサートホールのチケットを手に入れる必要もない。単に座って、電気を使った箱にお前を楽しませればいい。ピアノは専門家のための道具に成り下がった。それは淑女が結婚に必要な才能を覚えるためのものに、あるいは子供が(1)それを憎んでいることに気づく(2)両親が子供に才能があることに気づいてプレッシャーを積み上げ始める――まで稽古を受けるものとなった。もし(2)の現象が起きたなら、最後にはピアノを本当の演奏楽器あるいは作曲用の道具として使うようになるだろう。しかしそれはもはや「音楽制作」の中心にはない。
さらに悪いことにロックがギターをポピュラーにしてしまった。ギターが人気になり、ピアノは役立たずとなった。お前が鍵盤楽器を学ぶのは、ビートルズにしてくれるものを持てずバッハやベートーベンにしがみつくしかないある種の意気地なしだからだ。誰が決めたルールか知らねえが最低だ。10代のころ、俺はピアノを使ってランキング上位40の曲を弾けたおかげで女の子たちに「いくらか」いい印象を与えられた。けど、結局はクラスの野郎どものうちその曲をギターで弾けるヤツがいつも勝ちやがった。くそったれ。
だがここで思い出してくれ。俺は、イタリアがピアノを発明したことが日本の初音ミク発明への扉を開いたと言ってきただろ? ピアノは21世紀に飛び込むときに今一度変革に見舞われたんだ。
http://www.youtube.com/watch?v=-7EAQJStWso
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もし音楽を生み出す小さな電気の箱が「本物」であるなら、録音済みのコンサートに向かって「アンコール! アンコール! アンコール!」と叫ぶのは極めて正常だ。その音楽はお前を感動させたんじゃないのか? もっと聞きたいと思わないのか? というわけで映画館の観衆はもっともっとと叫び、そして彼らはアンコールを聞けることが分かっていた。なぜならそういう風に録音されていたから。ミクが公演を終わらせるため最後の舞台に出てきた時、もう一度鑑賞力のある人々から歓声が上がった。それは人工的なものだが、とことん楽しむため我々はそれを本物だと見なした。まるでドン・コッブが[ネタバレ注意!!]インセプションのラストで回転するコマから歩み去るかのように。ミクは夢のような存在だ。サウンド・エンジニアとCGアーティストと音楽家が作り上げた美しい夢であり、決して卒業することも年を取ることもスキャンダルを起こすことも業界から追放されることも惑星上から姿を消すこともない完璧なアイドルだ。彼女は実際、いくつもの「映像」を持っている。我々は皆、この音楽的見せかけの共犯者だ。過去の聴衆がモーツァルトのオペラを、ガーシュウィンのミュージカルを、あるいはかのすさまじいレ・ミゼラブルを本物であると信じたように。我々は十分深く信じられるようになるまで偽りの世界を本物だと信じるふりをする。その世界を感じるまで、見せかけの魔法を感じられるようになるまで。
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真空管からトランジスタを経て迷宮のような電子回路まで。もしピアノの鍵盤が「あらゆる音符を見る」ことのできるインターフェイスだとしたら、それは作曲家に最も未来を感じさせるインターフェイスだ。そして我々にはシンセサイザー・キーボードとMIDIコントローラーとワークステーションの世界が与えられており、そこでは遂にピアノが単なる「楽想を試す場所」から超越した。ちょっとした波形の調整によって、ハンマーと弦の機構に制限されることなくこれらの楽想を正確に響かせることができる。新しい音を作り上げることもできる。楽想の断片を記録し、他の楽想をその上に並べて電子キーボードを個人的な架空のオーケストラに仕立てることもできる。ピアノはピアノを超えた。それは作曲家の手の延長どころか、作曲家の心の延長となったのだ。
一つだけ欠けているものがあった。声だ。
そして、ご存知の通り、日本は日本であり、彼らはやってのけた。彼らは人工物を誰よりも巧みに操った。彼らは本物の料理だと見栄えが悪くなるからという理由でプラスチック製の小さな食品サンプルを作った。本物の労働者は間違いを犯しがちだから製造ライン用のロボットを作った。本物の音楽家を家に入れるのは大変だから編曲家のために電子キーボードを作った。そして、人間の声を合成する技術が十分に発達した時、そしてそれが人工音声のためのペルソナを創造するというアイデアと衝突した時、ミクが見せかけの音楽における21世紀のスーパースターになるのは当然のことだった。
中にはボーカロイドというアイデアが音楽家の全てを破壊するという人もいるだろう。全ての仕事をソフトウエアがやってくれるのに、誰が人間を必要とするんだ? 俺が思うに、ボーカロイドってのは偉大なる民主化の旗手であり、音楽家のために沢山の扉を開いてくれるカギなんだ。過去において、もしお前が作曲家、編曲家あるいはプロデューサーになりたければ、まず自分の曲を書いてそれから演奏家を探し見つけ出すしかなかった。何しろお前の傑作に生命を吹き込みたければ、5人編成のバンド、20人編成のオーケストラ、そして3オクターブ半の音域を持つ歌い手がいないとどうしようもなかったのだから。マジ悲惨。だがミクがいれば誰もが作曲家になれる。誰もが自宅のスタジオで曲を作り、正しい機材があれば、電子機器を使った完全なポピュラーソングを生み出せる。ボーカロイドは音楽家の仕事を奪うわけじゃない。それまでミュージシャンには決してなれないと思っていた人々の中からミュージシャンを作り出すんだ。動画投稿サイトで毎日そうしたことが起こっているし、こうしたコンサートではそれまで決して聞いたことのないような人々が突然電子王国の宮廷音楽家になれる。非常識なほどの大金持ちだった王家の人々の手にあった手製の楽器から、平民たちの手に握られた緑の髪の女神へ。それがこの大きな3世紀の違いだ。
何であれ多くの人々が音楽を作ることは、単に大人しく聞いているだけよりもいいことだと俺は信じる。俺は魔法を、ボーカロイドを、ミクを信じている。
=====以上翻訳終了=====
誤訳は当然あると思う。でも面倒なので修正はしない。
今日の朝日の「声」欄の一本目に、田丸安正「あの大戦の名称 統一できないか」という投書がある。内容はこうだ。
俳句の例会であの戦争をどう呼ぶか聞いてみた。結構の数出た「大東亜戦争」は敗戦後あまり使われない。「第二次大戦」では日本が関わっていない欧州の戦争も含んでしまう。「日中戦争」では対米英戦争が、「太平洋戦争」では対中戦争が含まれない。「15年戦争」も「昭和戦争」も感覚にあわない。そろそろ呼称の統一をすべきでは…
まったくもってどうしようもない意見だ。"「大東亜戦争」という答えが結構あった"のはそれが本来の統一呼称だったからであり、実態にも即しているからに決まっている。
もちろん「大東亜戦争」をあげた者たちも、あの戦争が大東亜をどうしようという「美しい」目的で行われ、かつそれが何を招いたか、を知った上であげているはずである。そして「あの戦争はすべきではなかった」と思っているはずだ。
「声」欄を引用する。
これまでは、あの戦争の体験者が多く、それぞれが何らかの強いこだわりを持つがために、国民の大多数が賛同できる呼称を求める余地がなかったのではないか。
違うだろう。統一呼称の「大東亜戦争」を否定する「強い拘り」のある者が、大多数を押さえつけてしまったのだ。
終戦後の一時期GHQ(実質、米軍)は原爆被害の報道も禁圧。「大東亜戦争」はその言論弾圧の一環として使用が禁止された。言論の自由を叫び、反米の姿勢の強い左翼・革新人士が米軍のこの言論弾圧の共犯者であることに彼らの不誠実と無知が表れている。
大東亜戦争を「大東亜戦争」と呼ぶことは、その評価とは別だ。他でも書いたが、私は全共闘の学生だった頃、ベ平連の指導者小田実の著作で、大東亜戦争には欧米列強からのアジア解放戦争の一面があったことを教えられた。同時に、この戦争が理念とは裏腹に内外民衆に多大な惨禍をもたらしたとの認識も揺るがない。かかる矛盾した戦争の性格は「大東亜戦争」の名称であってこそ読み取れる。
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/081004/acd0810040331001-n1.htm
国内で詐欺や強要を働く目的で米国サーバーの電子掲示板を利用したとして、組織犯罪処罰法(殺人・詐欺・強要)違反容疑で逮捕・起訴されていた小泉純一郎被告(68)の判決公判が18日、東京地裁であり、平出喜一裁判長は死刑を言い渡した。
裁判長は量刑理由として「被告が運営する電子掲示板2ちゃんねるは表現が卑劣で、社会的弱者の心を痛めつけて自殺に追い込もうという組織的殺人の故意がある上、日本社会に醸成されていた健全な風潮の破壊を狙ったもので悪影響は甚大。さらに被告らは活動に満足して犯罪意欲がなくなると共犯者同士で中傷し合うことで意欲を涵養するなど、根深く顕著な凶悪犯罪の性向は矯正不可能」と述べた。
民主党菅内閣の官房長官が、外国人記者懇談会で、日韓基本条約で解決済みの問題を蒸し返すと発言。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2010070802000074.html
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100707/plc1007072049009-n1.htm
国家間の条約を何だと思っているのであろうか。ましてや、請求権を蒸し返すのであれば、日本人や日本法人や当時の政府が南鮮に保有していた全ての権益についても、現在価値によって返還を求める事になる。当時は、軍関係を除いて53億ドルと算定されていた。南鮮は、日本の統治は歴史上最悪の植民地支配であり、それらの財産の掠奪は正当な権利であると主張しているが、日帝の統治下において、土と糞を練り固めた壁や天井に、オングルという上げ底式の床がついた縦穴式住居に住んでいた朝鮮土人に、上下水道のついた石やレンガや材木で作られた家に住むようにし、衛生の観念を教え、ハングル文字を教え、人口を2倍に増やしたのである。朝鮮半島への投資は、日本の経済を傾けた投資であり、2.26事件の発生する原因となったほどであった。それらの権益全てを、現在価値で清算させると、いったいいくらになるのやら。南鮮側が条約を破棄するのであれば、それらを請求する権利が日本に発生するが、日本側が破棄してそれらを求めるとなると、言いがかりで請求してきているとなり、筋が通らなくなる。民主党の大好きな埋蔵金と言えなくも無いが、この埋蔵金を掘り出すには、軍事的な圧力が必要であり、憲法9条の破棄と軍の強化、さらに、核保有までやらないと、おそらく手にできないであろう。米韓同盟の終了に向けて、準備をするべきであろう。南鮮を甘やかした当時の判断が問題なのだが、朝鮮半島と係わり合いを持つと損をするから、手を切りたいという思慮の浅い人々が後押しをしたのであろう。隣国である以上、手を切りたくても切れないのだから、犬をしつけるように、どちらが主人なのかを徹底的に教えなければ、付け上がるのである。
民主党は、学生運動崩れとサヨク活動家の政党なので、契約を結び、それを実行するという経験に欠けている。前首相や前幹事長が、税法を破って脱税していたように、ルールや契約を守るという意識が存在しないのである。法制局を廃止して法律の条文を解釈する権利を党が持つと変更したように、"俺がルールだ!"と公言して憚らない独裁者の集まりと言える。
自分の都合で法律や契約を勝手に変えるというのでは、土人国家と変わらない。先進国である事を、自ら放棄しようとしているのである。
先進国とは、経済的な発展によって決まるのではない。契約が守られ、明文化されたルールや常識の範疇で物事が決まる、秩序が存在する事によって決まるのである。経済的な発展は、秩序のあとからついてくる物である。
日韓基本条約で解決されていない竹島の奪還を約束するならばまだしも、妄言としか言いようのない発言を垂れ流すというのは、いかがなものか。
官房長官と言えば総理大臣のスポークスマンであり、その発言は、内閣の方針のうちの軽微な問題についての決定と取られる。
自ら契約を結び、損も利も含めて契約を全うした経験が無い、万年野党の極潰しが、国家の代表者ぶって好き勝手な事をほざくのは、はっきりいって、好ましくない。
もっとも、自民党の代議士の中にも、在日参政権を参議院選挙後に開かれる9月の国会で成立させると、ぶち上げているのが居る。比例区に立候補しているらしいが、売国法案を通すと公言していて、日本人の票を集められると思っているのであろうか。
政治家の質の低下が著しい。民主主義は、国民のレベルに見合った政治にしかならないと言うが、政治家を育てるという発想がないと、選挙のたびに、新人に入れ替えるという事を繰り返すしかなくなり、質の低下は止まらなくなる。しかし、有権者に育てて貰うという姿勢が無い政治家ばかりとなれば、それも仕方が無いのかもしれない。有権者に育てて貰うには、日頃の政治活動の可視化から、始めるべきであろう(cf.[2003.9.29])。刑事事件取り調べの可視化を求める前に、自らの活動の可視化が先なのだが、有権者に信頼され愛されるよりも、利権をばら撒き、支持団体に利益供与の約束をし、税金を私する共犯者を増やす事で選挙を乗り切ろうという輩ばかりとなってしまっているのである。
[2010.7.8]
「おまえなんか一人いきおくれて、男の人には誰にも相手にされず、友達もみんな結婚して一緒に遊んでもらえず、非正規の職しかみつからず、
ハァ?そんなん全然楽勝やがな。
まあ100均ではあんまり買わないし(つーか小物がそもそもあんまねぇよ)、しまむらじゃなくてユニクロの土日限定を狙うし、半額弁当なんか狙うより月1万以下の自炊生活で、酒なんか全く飲まない生活をしてるけど。つーかそんだけ貧乏なら発泡酒とか飲むなよ。
大体私から見たら寧ろあんたは甘いよ。人生の最底辺でも味わったつもりでいるらしいけどさ。そんでもって女はそうならないんだとか思ってるんだろうけど、私よりアンタのほうがマシだよ。
私も同じくそこから少し這い上がったけど、モテなんかしない。肩書き持ってたって男よってこないし。まあもう恋愛は随分前に放棄したからいいんだけど、あんたはモテてるだけマシじゃん。そんなんでよく「俺と同じ辛さを味わえばいい」なんて思えるよ。はっきりいって上の条件の女なんかむしろはいて捨てるほどいるんだよ。この国は男女で賃金格差が激しい、女の方が貧乏いっぱいいるんだよ。あんたはそういう女を目に入れてないだけじゃん。キラキラ輝いて人生謳歌してる女しか、最初から見て無いくせになに「悲劇のボクチン」気取ってんだよバーカ。自己陶酔きめえんだよ。
ってなんで女性だけが対象なのかわかんないな。過去モテてた男性にはそう思わんわけ??
結局さ、「恨むのはお門違い」なんて分かったようなこといいつつ、お門違いに恨んでるんじゃん。
それでも希望を失わず、世界を恨まず、前向きに、自己実現とみんなの幸せのために努力し続けることができる女性ならば・・・
一緒に老人ホームに入って、一緒に墓に入ってもいい。
こっちからはそんな恨みがましい男ごめんだよ。つーかあんた、図々しいよ。自分は変わってないのに、肩書きにつられてるだけなのに、とかいっておきながらその事実忘れてるんじゃね?その通りアンタには元々何もなかったんだよ。そのあんたがなにを「結婚したっていい」だよwモテ期が到来したことですっかりのぼせあがってるんじゃんw
だいたいあんたは別にみんなの幸せのためには努力してない(それどころか女性に対しては苦しみを味わえばいいとかお門違いな恨みをぶつけてるw)くせに、相手の女にはそれを条件にいれるのかよw
昔からよくあるタイプの典型的な悩みで、典型的な「ちょっと成功した非モテ」じゃん。
結局「自分によってくる女」だけ見てる。いまだにあんたによってこない女は多量にいてむしろそっちの方が多いのにさ。モテてのぼせあがってるだけのつまらん男じゃん。
あんたの肩書きなんか無視して判断して欲しいんでしょ?だから判断してあげるけどあんたはつまらん自己陶酔男だよ。傷なめあう友達いない代わりに自分でなめまくってるから、あんたベッタベタだよ。まさか怒るわけないよね。あんたはこうしてほしかったんだからさ。これで怒るようだったら、肩書き無視して評価してほしいとかじゃなくて結局は「肩書きのないボクを丸ごと肯定してほしい」っていう赤ちゃんみたいな願望だったってことさねw
モテてんのが嫌なら女たちにそういえば?wでも甘い汁は吸いたいから言えない時点で、あんたも「共犯者」なんだよw一方的に彼女らを批判する資格なんかないねwウマイ汁吸っておいて何自分だけ純情ぶって被害者ぶってんの?美化して自己陶酔する前に己の醜さをもっと自覚しろよ。
ここ数日,マンモスラリPな被告人が保釈するのしないので,ワイドショーの話題が持ちきりです。
ですが,保釈ってなんでしょうか。正確に分かりますか。
いつ保釈が出来るのか,誰が保釈が出来るのか,保釈されるためには何が必要か。
今日は保釈について,捜査中の身柄拘束にも触れながらお話しします。
よく,何か悪いことをすると「捕まるぞ」「タイーホ」などと言ったりしますが,犯罪をすると即身柄拘束,というわけではありません。
捜査機関が容疑者(法的には被疑者といいます)を逮捕するのは,犯罪の嫌疑が相当にあった場合で,逮捕の必要があるときだけです。
逮捕の必要があるときというのは,具体的には,「逃亡のおそれがあること」と「罪証隠滅のおそれがあること」です。
たとえば,重罪を犯した被疑者の場合,重い刑罰が予想されますから,逃亡のおそれは高まります。
逃亡中の共犯者のいる事件であれば,共犯者と連絡を取って,罪証隠滅をする可能性が高まります。
逆に,身元がはっきりしていて定職もある人が,罰金刑相当の事件をしたとしても,逃亡のおそれはないから,逮捕の必要はないというわけです。
逮捕は,身柄拘束という人権侵害を伴うものなので,法律で厳しく時間が制限されています。
警察官が逮捕状に基づいて逮捕した場合,逮捕から48時間以内に検察官に送致しなければなりません。
もっとも実務では,逮捕状を執行するために警察署に「任意同行」したときから制限時間を起算しています。
これは,ゴツいポリスメン2人に挟まれてパトカーの後部座席に座らされるののどこが任意だ,という主張を踏まえてのものです。
逮捕されていなくても,警察官が捜査を遂げると,検察官に捜査書類が送付されます。
これを報道用語で「書類送検」といいます。逮捕されると「身柄送検」になるわけです(そんな用語ありませんが)。
身柄だろうが書類だろうが,被疑者を検察官に送ることを,ひっくるめて送致といっています。
ちなみに,逮捕するときには,手続として,弁解録取というものをしなければなりません。
これは,被疑者のこの段階での弁解を聴く手続です。
逮捕後の報道で,「容疑を認めている」「容疑を否認している」とあるのは,弁解録取の際の被疑者の主張な場合が多いです。
検察官は,警察から被疑者の身柄を受け取ったときには,勾留するか勾留しないかを24時間以内に決めなければなりません。
勾留というのは,被疑者を留置施設に留め置くことですが,起訴前勾留と起訴後勾留の2種類があります。
勾留をするかの判断要素は,住居不定,罪証隠滅のおそれ,逃亡のおそれの3つです。
住居不定は逃亡のおそれが非常に強い場合ですから,結局,勾留も,捜査に支障を来さないよう,罪証隠滅と逃亡を防止するために行われます。
もっとも,判断主体が検察官ですから,逮捕よりも厳密に判断されます。
勾留は10日間が原則ですが,20日間まで延長することが出来ます。
検察官は,この10日間ないし20日間に起訴しなければ,釈放しなければなりません。
逆に,起訴されると,原則として自動的に起訴前勾留が起訴後勾留に引き継がれます。
起訴後勾留は,裁判への出頭確保と,罪証隠滅のおそれを防止するためになされます。
ところで,逮捕・勾留されて起訴されると,最長で23日間の身柄拘束をされていることになります。
ここまで来ると,心身に異常を来す者も現れます(拘禁反応といいます)。
そして,起訴されてからの捜査は基本的には許されないので,罪証隠滅のおそれは少し弱まっています。
この保釈保証金は,逃亡すると没取(没収と紛らわしいので,「ぼっとり」と読みます。),すなわちチャラッチャラッチャーンされます。
このことによって心理的に圧力をかけ,逃亡のおそれを防止するという制度です。
保釈にはいくつか種類があります。
権利保釈は,重罪・罪証隠滅のおそれが強い場合でなければ,当然に認められるという保釈です。
裁量保釈は,権利保釈が認められない場合でも,適当と認めるときに裁判所が保釈するものです。
義務的保釈は,勾留が長引いたときになされます(が,あまり認められていません)
裁判官(所)は,どの保釈に当たるかを意識せず,許可を出すので,請求者は,
逃亡と罪証隠滅のおそれを判断し,これに,勾留を続けることのデメリットなど主張できることはなんでも主張すべきことになります。
請求権者は,被告人,弁護人,法定代理人,保佐人,配偶者,直系の親族,兄弟姉妹です。
これらの者が,独立して保釈請求できます。究極的には,被告人の意思に反しても出来ます。
もっとも,被告人が望まない場合に裁判所が保釈を許可するとは考えにくいですが。
数日前は,本人は,保釈をよしとしないと報道されていましたが,ここに来て,保釈して欲しいと言い出したと報道されています。
報道でもあったように,薬物犯罪の場合,勾留中おとなしくして,薬物を体から抜くべきだ,という議論があります。
現場の裁判官も言っていますし,身柄を一刻も早く解放すべき弁護人ですらそう言ってのける先生もいます。
確かにその方が情状はよくなり,執行猶予付き判決の可能性も上がると言えますが,
では,本件で保釈が許可されるか,弁護人が主張しそうなあたりを拾ってみましょう。
まず,逃亡のおそれですが,確かに彼女は逮捕前に逃亡していました。
しかし,保釈においては,保釈保証金で逃亡のおそれをカバーするので,よほどでなければ問題ありません。
覚せい剤の所持・使用は,10年以下の懲役にあたる罪ですが,初犯(ですよね?)であることもあり,まず執行猶予が認められる事案です。なので,ここからは逃げた方が損をします。
したがって,逃亡のおそれは保釈を却下するほどではないと思われます。
次に,罪証隠滅のおそれですが,これも逮捕前にやっていたわけです。
しかし,こと薬物犯罪においては,起訴前に捜査は全て終わっているのが圧倒的大多数です。
薬物犯罪は,そもそも被害者がいませんから,被害者を脅して証言を変更させる,とかがないからです。
尿検査と鑑定が終わっていれば,他にはあまり立証することもありませんし。
共犯者(?)である夫も,罪を認めています。
なので,罪証隠滅するおそれの,そもそも罪証が存在しないと考えられます。
そして,その他の事情です。
幼い子供がいること,大きく報道され,事務所を解雇されるなど,犯罪以上の社会的制裁を受けたこと,現在では罪を認めて反省していることなどが有利に働くでしょう。
他にも適切な監督者がいれば,大きく有利になります。
http://anond.hatelabo.jp/20090325012652
「浮気の共犯」ということが呑み込めないのは「浮気が悪いこと」であることが納得いかないからじゃないよね?
なんで、独身者のほうも責められるのかということだよね?
罪を犯すとわかっていて手助けをするのも罪になるということが納得いかないわけだ。
じゃ、たとえ話。
あるところに、コンビニ強盗がいました。主犯者は男です。コンビニに実際に押し入り、金を奪って逃走します。共犯者は女です。車の運転をして、男の逃亡を手助けします。分け前ももらいます。女が実際にやったのは「車の運転をする」ことだけです。別にコンビニに押し入ったわけでも、店員を脅したわけでもありません。
でも、この2人組が、強盗として逮捕されれば、女だって罪になります。もちろん主犯のほうが罪は重いし、誘われ方によっては女のほうは情状酌量の余地があるとして軽い罪で終わるかも知れません。
でも、共犯であることは否めません。なぜなら男がコンビニに強盗に入ることを知っていて、それが罪だと知っているからです。「えー、だって、あたしが金取ってきたわけじゃないのに、なんで捕まるの? 私がしたのは運転だけだし、運転免許は持ってるよ」と言っても通りません。
同じように浮気相手の女が「あたし独身だし、別に奥さんを幸せにするって約束したわけじゃないし、裏切りじゃないもん。罪なんかないよ」と言っても通りません。
コンビニ強盗が、通りがかりのタクシーを拾って逃走した場合、タクシーの運転手は罪になりません。
同じように、カレがしていることが浮気だということを知らなければ、罪にはなりません。