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2011-10-15

書評 救世の法

大阪駅一風堂当りで演説してる人からただでもらったので読んでみた。

ひとことで言うと「大人のためのセカイ系中二病のススメ」という感じ。



誤解がないよう、本の内容の前にwikipedia引用しておく。

設立当初は霊言集の刊行などによる「霊知識」の普及を中心とした啓蒙活動が展開され、信仰に関することが説かれることはあまりなかった。後に、教団内で組織ができるようになるが、多くの会員は入会する前に持っていた信仰に従い、会を指導(支援)しているとされた「高級霊」(例:日蓮宗系の人は日蓮浄土真宗系の人は親鸞)を信仰していた。1989年からは、「三宝帰依」など信仰心について説かれるようになり、1990年信仰伝道」の法話が説かれ、1990年から組織的な伝道活動が開始されるようになった。また、宗教法人となった1991年には、『月刊Asahi』4月号で幸福の科学の紹介記事が掲載されたほか、東京大学での野外講演「黎明時代」(5月)、東京ドームでの「御生誕祭」(7月)、講談社フライデーへの抗議行動(9月)などで世間の耳目を引いた。1992年12月には、会員でも代理本尊の一つである「家庭御本尊」を安置することが可能となった。1994年4月10日には、主宰により「方便の時代は終わった」と宣言され、根本経典や基本書の『太陽の法』が改訂され、教団の運営体制の整備が進むとともに、三宝帰依を中心とする信仰へと移行し、1994年6月から三帰誓願式が始まっている。

現状は、仏教の中でもとくに浄土真宗ベースとした教義を説いている印象を受けた。

他力信仰、来世での救済をベースとした互助組織のようなカタチをとっている。

言ってみれば戦国時代における石山本願寺から、武力的要素を引いたようなものである。ってそれ引いたらもう別物か?





キャッチフレーズは「史上初の地球レベル宗教による地球平和の実現」

今までの宗教は、仏教しかイスラムしかり、発祥した地域の束縛を受けているとし、

それゆえに争いが絶えない。特に旧いものを新しいものが倒そうとしてしまう傾向があるとして諫め、

そういったものを、より広い視野から、至高存在エル・カンターレ」によって調和調停させる。

これによって未来最終戦争を防ぎ、地球平和を実現しようというのが最上目的



要するにセカイ系




中二病世界観を大人に適用するための工夫が面白い

ただし、普通ラノベと違って、そこそこ現実感覚があるため主人公一人だけというのは無理があると理解している。

また、大人は若者と違って基本的に殺し合いや戦争といったものに憧れよりも嫌悪を抱く。

そのために補足が行われている。

・その一は「一人で戦わない」こと

 「大勢の人間が一つに集まって、セカイ系の主人公の役割を一緒に果たそう。みんなでセカイの敵と戦おう」と促す。

・そのニは「武力を持って戦わない」こと。

 平和目的とし、手段にしても「争いの調停者」という形を取る。武力介入しないソレスタル・ビーイング・・・うーん。

・その三は「支配するのではなく模範となる」ことを目的とする。

 世界宗教によって世界統合し、争いをなくすことが目的なのだが、自らが世界に広がろうとはしない。

 あくまで日本理想宗教国家をたて、モデルケースとして運営することで、世界がソレに倣うように仕向ける。

 なぜ日本モデル国家を建国するかというと、日本は未熟ながら、最も理想を実現するのに適した下地から、だそうです



こうやって中途半端自分のコトを賢いと思っている大人の心をくすぐるのが上手だな、と感じた。

何事も斜めに構えてケチを付けるけれど、ちょっと合理的な説明を返されるところっと信じてしまタイプの人ははまっちゃうんだろうな。





共産主義と創○学会以外にはとても寛容

成り立ちからして明確な教義を持ってスタートしたわけではないことから信仰によって他者を排斥するということはあまりない。

唯一のルール教祖である大川隆法信仰することであり、ソレ以外を強要されることはない。かなり自由。

(逆に言えば、他の「個人崇拝」型の宗教論理的に厳密な人間を極端に嫌う)


幸福の科学」という言葉にあるように科学についても寛容、というより手段や戒律に厳格な要素は少ない

あくまでも幸福を実現することが目的であり、その目的にかなうのであればそれは全てエル・カンターレの意に沿うものである

幸福とは人が未来への希望をもって生きられる世界であり、

それは他者への愛(作中では「慈悲」)と大いなる存在への感謝(作中では「信仰」)によって成し遂げられる。

要するに目的が正しいならなんでもありってこと。

大事なのは信仰心=大いなる存在を信じ、その愛に感謝すること」をもって生きることだけであり、

その基礎さえできていれば他の宗教についても非常に寛容。

自らの宗教はより上位でそれらを束ねる存在という認識らしい。

社会全体の幸福を増大させる限りにおいて自由を尊重し、格差社会も肯定する。

ただし、共産主義と創○学会については否定的。

彼らは「みんなで不幸になりましょう」という教義を持った異端なんだそうです。詳しい説明はなし。



セカイ系の文脈で見れば、明確に戦うべき敵が存在する。それは「世界幸福量を減らす存在である

非常に漠然としているが、それだけ個人によって想像力を働かせる余地があるということでもある。

幸福実現党の人たちが、実にいろんなバラエティに富む政策提言をしているのはこのあたりのユルさがポイントか。



精神を至上とし、肉体は重要ではないとする 

人間を霊的な存在と捉え、より高次な視点から世界全体を把握する

あくまで天上界から見ての善悪を重視する。一番大事なのは信仰を持つことであるとする。


ちなみに、人間が霊的な存在であるということを認識し、ソレを極めると過去の偉大な霊との交信なども可能になるらしいです

世間一般では「幸福の科学大川隆法が○○の霊との対話をしてなんかテキトウなこと言ってる」というイメージがあると思うが

あの対話はこの「人間は霊的な存在」=「霊的な存在には制約がない」=「現世と来世の境界も超えられる」という教義によるらしい。




まとめいろんなものごった煮宗教マニア衒学好きにはたまらない残念なエヴァという印象

現代の日本世界情勢の分析について、中途半端現実的で、そこからはじまる怒涛のオカルト臭い説明がなんとも言えない。

アニメで言うとエヴァンゲリオンを見てる時と同じ感覚

ただし、主人公はシンジ君でもなければ碇ゲンドウでもなく、大川隆法というところがとても残念な感じ。

蛇足として、詳しくは語らないが、今回この本を読んで、なるほど創○学会と仲が悪いわけだと得心した。

2011-06-06

http://anond.hatelabo.jp/20110605040229

アメリカだとキリスト教徒イスラム教徒とか、仏教徒キリスト教徒とか、異教徒カップルがたくさんいるから、可能だと思う。

むしろぜんぜん違う価値観くらいだとよさそうな。

この間、キリスト教過激派コーランを焼いたりしたけど、基本的には良好な関係じゃん。

むしろ同じ宗教だけど宗派が違うと戦争状態ってほうが多いような。

日蓮宗日蓮正宗創価顕正会みたいに。

近親憎悪みたいなものなんだろうか。

http://anond.hatelabo.jp/20110605004806

日蓮真宗信仰すればいいんじゃない創価は破門された信徒集団でしかない

ほら、こういうふうにさ。

2011-04-28

刑事事件で起訴されると信者が湧くのは何故か

著名人が何かの犯罪やらかし逮捕起訴されると、

「あの人は権力に闘いを挑んだから権力の手先の検察に潰されたんだ」

などと真顔で言う反権力信者がたくさん湧いてくるのは何故なんだろうか。

堀江信者小沢信者宗男信者植草信者、等々…

逮捕前は信用してなかったが、逮捕されたから信用できる、という位の勢い。



そういう信者を利用して、「俺が逮捕されたのは権力陰謀だ」という犯罪者もいる。

いや、犯罪者が「陰謀だ」というのをまともに信じてしまから信者になるのか?

日蓮大聖人は正しい教えを説かれたからこそ法難に遭われたのだ!」

とか言ってる創価学会員と全く違いが見当たらないのだが、「反権力教」という宗教なのだろうか。

2011-04-21

どこに落とし穴が?

いつまでたっても結婚出来ない職場男性結婚相談所に連れられ、試しに一度だけということで登録してみたら、高学歴で有名企業に勤める資産家令嬢に見合いを申し込まれた

そんな甘い話あるはずがない!と思っていが、思いのほかまともな人がきた

仲介した結婚相談所の人も、自分結婚相談所に連れていった人も、その女性に連れ添ってきた向こうの結婚相談所の人も、みんな絵に書いたような怪しさなんだが(見た目にも、言動も)、その人だけとてもまとも

とりあえず2時間ほど会話してみたが、とてもまとも

てっきりアムウェイの勧誘をされたり日蓮の素晴らしさについて語られるくらいのことは覚悟していたんだが

で、なんか交際することになったんだが、なにこの都合がいい話?

2010-05-10

http://anond.hatelabo.jp/20100510190516

心ひらいたら日蓮大聖人の人が来たよ。友達が出来そう! やったね!

2009-09-23

宗教の勧誘

新しい職場、突然同僚に誘われ、出かけてみると宗教の勧誘

主な発言は次のとおり

新型インフル国立戒壇を建立しないせい。

創価学会国立戒壇を諦めたから悪。

日蓮宗釈尊も崇めるから間違い。崇めるべきは日蓮大聖人ただ一人。

釈尊日蓮上人の出現を予言するためにこの世に生まれたんですよ。

南無妙法蓮華経と唱えるといいことが起きる。

・全国民帰依しないと中国が攻めてくる。

・どうですか?歴史観がひっくり返ったでしょう?

・人が不幸になる最大の原因は間違った宗教を信じることなんです。お守りとか、十字架とか持ってたら今すぐ捨ててください。

Koeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee!

2009-08-09

彼女創価学会員だった(形式上は)

つきあいはじめてもう数年にもなる、結婚も考えてるような彼女が、ある日こういう話をした。

「おばあちゃんの家には鶴のマークの仏壇があってさあ。ちっちゃい頃はあれが我が家家紋なのかと思ってたさ」

「おばあちゃんといっしょになんみょーほーれんげきょーって唱えてたさ」

鶴のマークってなんぞ、と詳細を希望したところ、創価学会様式の仏壇なんですってね。なんでも彼女の父方の祖母が創価学会にころんで、祖父も巻き込んだのだという。その祖父が亡くなった頃は(まだ日蓮正宗から破門を喰らう前なので)お坊さんも呼んで結構大きな規模の葬式をしたのだが、祖母が亡くなるころには(破門後なので)お坊さんを呼べなくなったのをいいことに伯父がめっちゃケチくさい葬式を出してそれでよしとしていたので腹が立った、とかなんとか。

法事を創価学会式でやる、てこたあ、祖父母個人に止まらず、家族全体が創価学会に属してるってことになる。少なくとも、形式上は。

だからといって彼女やその親御さんが世間のイメージにあるような、折伏だとか公明党選挙とかいうような「濃い」創価学会員かというと全然そんなことはない。というか、彼女自身は創価学会日蓮宗系統の何かだってことはうっすら承知していても、じゃあその唱えてた「なんみょーほーれんげきょー」はどういう意味かだとか、日蓮本仏云々とか、そも学会日蓮正宗から別れたもので対立した経緯があってだとか、そういう教義的なあたりはまるで理解してないのであった。ていうか俺が当の彼女にそのあたり説明しててどうすんだよ、とか。

とまあ、俺が創価学会に入れとか公明党投票しろとか言われることはないので、その限りに於いては彼女らがどういう宗派でも構わないんだ。だがこれが(仮に首尾良く彼女結婚したとして)彼女の家の法事とか葬儀とかになると、学会の流儀で執り行うしかないのよな。そうすると、学会って日蓮正宗から破門喰らってて坊さん呼べない(ことになってる)から、法事や葬儀のたびに「濃い」学会員呼んできて執り行わせることになるので、それは俺の身にも布教とか求められそうでやだなあ、とは思うのだ。それを避けるには彼女の親御さんを学会以外の何らかの「まともな」仏教檀家にさせるくらいしか思いつかないんだが、それもどうなんだろうか、とか。

 

……ということを↓読んで連想したのさ。

http://anond.hatelabo.jp/20090809174151

2009-04-05

なんか突然冊子をわたされた

無料でさしあげてるんで読んでください。」

女性がポンと置いていって去っていった。

本の表題は「日蓮大聖人に背く日本は必ず亡ぶ」

・・・。

なんだこれ。

創価かなんかか?

と思ってペラペラめくてみたら池田という名前が、やっぱり創価学会か?

なんか池田猊下猊下って連呼。

どうしちゃったの??

とおもったら創価じゃないのか???

顕正会だって。

数ページ読んでものすごい怖いものを感じました。

つか宗教戦争じゃんねこれ。

創価学会vs共産党vs日蓮宗

P200もあるので、まとめる気はないけど面白いのでタイトルだけ紹介しておく。


序章 日本国はいま亡びんとす

第一章 日蓮大聖人とはいかなる御方か

1 末法下種の本仏

(略)

6 「日蓮によりて日本国の有無はあるべし」

第二章 亡国の二因

1 日本一同の仏法違背

2 創価学会仏法違背

結章 日本に残された時間は少ない


いや、ほんと宗教家が国を語るのは勘弁してほしい。

2008-11-30

今どき仮面ライダーを見るのは別の意味でみっともないと思ってしまう

はてダに、

という記事があったのだけれど、これを読んで、そう言えば平成ライダー見ている人は本当に少なくなったなあということに思い至った。

ぼくは、毎日サークルで新入部員とよくおしゃべりをしているのだけれど、最近は「昨日、キバで次狼さんがさ」なんて平成ライダーの話題を持ち出す人というのをとんと見かけない。特に若い人ほどそうだ。

よく出るのはやっぱりYouTubeとかニコニコ動画で仕入れてきた話題だ。一番はゴッドマンとか東映スパイダーマンの話だ。ハヌマーンがどうしたとか、ウルトラファイトみたいな円谷の話題を持ち出す人もいる。

次によく見るのが昭和ライダーの話で、ライスピかS.I.C.から入った人も見る。これはけっこういい歳をした大人も話題にのってくる。普通の勤め人が「ライダー必殺技キックしか認めない」「悪のライダーなんて論外」とか熱弁したりして、昭和ライダーの素晴らしさが広く一般に普及しているというのがあれを見るとよく分かる。

それからたまにゴジラの復活を望んだり牙狼などの深夜作品を例に出して本来特撮は大人のものだと語ったり、あるいは宇宙船バックナンバーを読んで知ったマイナー特撮の知識を持ち出す人を見かけるのだけれど、平成ライダーの話をする人というのはほとんど見かけなくなった。

かく言うぼくは、昔は本当に仮面ライダーを見た。特に学生の頃は、朝から晩までライダー漬けだった。

その頃のぼくは、ほぼ毎日、もう何百回も見たお気に入りのシーンをコマ送りで再生して、大野剣友会殺陣コピーするのが習慣となっていた。当時、ぼくはサークルの先輩と一緒に暮らしていたのだけれど、彼はどちらかと言えばライダー戦隊に否定的で、崇高な特撮ファンがジャリ番ばっかりを見るのは、みっともないと言って眉をひそめた。そうしてぼくには、この時代はまだロクにビデオリリースされてないからぎりぎり許されるけど、大人になってまでまさか「日蓮蒙古大襲来」や「ハワイ・ミッドウェイ大海空戦 太平洋の嵐」を見ないようなことはないよね?と、遠回しに釘を刺してくるようなところもあったりした。

しかしその頃のぼくは、次世代メディアが普及して特撮オタク純粋な知識量が重宝されない時代になったらどうなるかなどというのはちっとも考えたりしなかったので、そんなふうに言われても、何かを思ったり考えたりすることはなかった。

それから長い歳月が過ぎて、東映はいつの間にか電王を三度も映画化していたのだが、気がついてみると、全くと言っていいほどライダーを見なくなっていたのである。つまり、先輩が望むような特撮オタに、一応はなれたわけだ。

ところで、ぼくがライダーを見ない理由は一つしかなくて、それは面白くないからである。ぼくは今、本当に見たい思える特撮ヒーローというのがほとんどなくて、最近の大人の鑑賞に堪えうる特撮ヒーローは「仮面ライダー響鬼」と「ウルトラマンネクサス」と「特捜戦隊デカレンジャー」だけだ。評論同人誌を作るなんて本当になくなった。だから、ネットや飲み屋で仮面ライダーディケイドのネタバレ画像を面白そうに語るオタを見かけると、「最近特撮ファンは……」とは思わないけれども、面白さの感性みたいなものは疑ってしまうのである。「どうしてあんなくだらないジャリ番に、貴重な時間を使えるのだろう?」と。

面白さなんて人それぞれという考え方もあるけれども、スーパーヒーロータイム視聴率は本当に落ちているらしいから、単純に「人それぞれ」で済まされる問題でもないと思う。どうひいき目に見たって、やっぱり今の平成ライダーは面白くなく、だから見る人が減ってるのだろうし、ぼくも見なくなったのだろう。

そういう意味で、いまだに平成ライダーを見ている人とか、そんなものを作るのに人生を賭けている人に対しては、「いい歳をして」という意味ではないのだが、面白さに鈍感な人だなあという意味では、やっぱり「みっともない」と思ってしまうところはあるのである。本当に便利なテンプレートだと思う。

関連

2008-09-12

anond:20080902081633

その記事は

参考資料が、学会の公式ホームページ以外は学会に批判的立場の書籍からの出典ですよね。

見ていて外野的な主観に基づいた記述違和感を感じます。

あと、これは違うだろと思うのはいくつかありますがそのなかの一つは、国立戒壇という言葉は、日蓮宗のなかの田中智学という僧が戦争協力の為に作った造語であって、本来の日蓮の教えには国立戒壇という言葉思想もありません。

日蓮系の宗派のなかには戦争協力派と戦争非協力派がいて、学会は軍の方針に背いて神札を受けるのを拒否して戦争非協力派だったから、治安維持法違反不敬罪で投獄されたのです。(投獄されたのは新興宗教であることが理由ではない。)

なので、昔も今も学会のなかで国立戒壇という言葉は使われてはいないですよ。

2008-09-11

浄土宗キリスト教は似ている。

キリスト教は神を人間を超越した存在として人間はそれに従属化される。念仏思想阿弥陀如来もそれと同じように人間を超越した存在として人間はそれに従属化される。

両者は人間の自立を説くのではなく「神仏にすがる。」という姿勢が同じである。

その長い者には巻かれろ的な思想が、国家権力には都合上よろしくてそれぞれに文化として国に根付いて当時の封建社会を支えてきたのである。


近代に入ってからは科学技術の発達とともにマルクス主義民主主義思想が台頭して、宗教権威主義は近代哲学科学的な反証から批判をされた。

しかし、現代でも日本人は(それが念仏思想の影響)とも知らず知らずに、違う形でその名残を残している。それは、現代社会を覆う無気力と諦めと虚無主義がそれだ。


日蓮立正安国論警鐘を鳴らしたのは、この社会全体を覆う閉塞感と無気力感の元凶に対してである。

2008-09-02

公明党創価学会基礎知識2008

日本第3の政党であり自公連立政権を8年以上続けてきた公明党。そしてそれを支える創価学会。決してタブーではないはずなのに、この両者の歴史を語った本やサイトは少数。しかし有権者ならしっておくべき、必要最小限の知識をまとめてみました。



1ページ目 【創価学会の成立と発展】

創価学会の成立と迫害

創価学会は、昭和初期に教育者であった牧口常三郎が「創価教育学会」として創設したものが母体になっています。つまり、創価学会は当初、教育団体だったわけで、なんだか宗教ぽくない名前になっているのは、そのためです。

しかし牧口はその後、日蓮宗のなかの一宗派・日蓮正宗(しょうしゅう)と出会い感化され、その後次第に組織宗教化をすすめていきます(後述しますが、現在日蓮正宗創価学会関係はありません)。

そして牧口は「創価学会」の初代会長として、宗教団体としての創価学会の活動をはじめるわけですが、戦時中はこうした新興宗教などは徹底的に弾圧された時期で、創価学会もその例外ではありませんでした。

戦時中宗教弾圧は単に天皇制に背くものだけが対象ではありませんでした。むしろ天皇制原理主義のような宗教危険視されていました。宗教ではありませんが、やはり日蓮宗信者で、極端な天皇主義(天皇の他は万人平等)などを唱えた北一輝は、「2・26事件」の精神指導者として処刑されてしまうわけです。

いずれにせよ、政治実験を握り社会をすみずみまで統制しようとする軍部にとって「新興宗教」は邪魔存在以外の何者でもなく、強力な弾圧対象となったのでした。

このような世情のなか1943年に牧口ら学会幹部は逮捕起訴され、牧口は翌年に獄死します。この弾圧が、結果的に[天皇制ファシズム軍国主義反対→平和主義]という創価学会の主張を作ったと言っていいでしょう。このことは、今の創価学会公明党を知るうえでも重要なことです(新テロ対策特措法再可決に消極的なところなど)。

創価学会の発展

戦後民主化にともない、創価学会は復活します。その会長となったのが、牧口とともに捕らえられていた、戦前学会ナンバー2、戸田城聖でした。そして、彼のもとで、学会は飛躍的に発展することになります。

戸田は敗戦後学会組織の再建に努め1951年に2代会長に就任します。そのとき彼が呼び掛けたのが、「折伏(しゃくぶく)大行進」でした。

折伏というのはもともと日蓮宗の教義で、他宗派を攻撃し、人々を法華経に帰依させることをいいます。戸田は、まだまだ数百人しかいない学会を大きくするため、「75万世折伏」を実行するよう呼び掛けます。

とほうもないように見えた計画でしたが、戸田1958年に死去したときにはすでに百万世帯が学会に入っていました。東京五輪の年には公称5百万世帯です。

強引で悪評もたった(その後、学会自身も公的に反省することになる)「折伏」の姿勢が、学会拡大の1つの要因ではあるでしょう。しかしもう1つの要因は、高度成長につれて起こった日本人口構造の転換に求めることができます。

農村から若者たちが働くためにやってきて、都市が一気に過密化していったのが高度成長時代の、特に前半期の人口構造変化の特徴です。もっとも現代のように大学に入るために上京してくる若者たちと違って、就職のために上京してきた彼らには大学のような受け皿になるコミュニティがありません。

そんな彼らの孤独の中に入っていったのが創価学会と、もう1つは共産党でした。この両者が今でも都市を中心にした基盤を持っているのはこういった側面からも理解できます。いずれにせよ、こうして学会はそういった人々の「都市砂漠のなかのオアシス」となり、都会に流入していった人々をしっかり取り込んでいったのでした。

学会の国政進出はじまる

こうして創価学会に多数の会員が集まると、会長戸田はまず1955年統一地方選挙に候補を擁立、選挙活動を始めます。これで一定の成果をあげると、翌年の参院選にも参戦、学会推薦議員を3名当選させます。59年の参院選では当選は倍の6名へと急進しました。

これが後の公明党になるわけですが、なぜ戸田政治に活動の場をもとめたのでしょうか。1つの背景として、日蓮宗開祖日蓮もまた、政治に対する主張をしていった、そういう歴史的なものがあるでしょう。しかし、いくつもある日蓮宗諸団体のなかで、国会議員を自力で擁立したのは創価学会だけです。



2ページ目 【公明党の結党と田中派への接近】

社会的地位向上を狙った国政進出?

1955 年からの高度経済成長は、学会員たちにもとうぜん恩恵をもたらしました。豊かになった彼らとしては、次に社会的地位がほしいと思うわけです。学会員社会的地位の向上、それを示す手っ取り早い方法が「学会議員」を作ることだったのではないかとガイドは考えています。

折しも創価学会は特に左翼革新勢力から「折伏(しゃくぶく)大行進」に対する非難を浴びていた時期でもあります。左翼革新勢力が大きな力を持っていた時代、学会学会員社会的地位を向上させることは、そういう意味でも大きな目標だったのかもしれません。

いろいろ言われているように、戸田国立戒壇、要するに僧侶日蓮正宗の戒律を授ける場所を国に設けようとか、あるいは日蓮正宗の国教化とか、ここまでのことをどこまで「本気で」思っていたかどうかはわかりません(国立戒壇設置はしばらく主張するのですが)。

公明党誕生池田会長の就任

しかし戸田学会の政界進出がはじまった矢先に死去します。しかし、学会の政界進出はさらに続きます。1961年には公明政治連盟が設立され、さらに 1964年には公明党が結成されました。そして1967年衆院総選挙で25議席を獲得して第4政党としての勢力を誇るまでにいたるのです。

この間、会長池田大作に変わりました(1960年)。池田は、57年の参院選公職選挙法違反にあたる戸別訪問をするように学会員に指示したとされ、逮捕されていますが、下された司法判断は無罪判決でした。

この一連の出来事、特に投獄→信念を曲げず無罪獲得、というストーリーによって彼のカリスマ性が高まったことは否定できません。そのためなのか、彼はかなりの若さ頭角を現わすことになったのです。池田会長就任は実に32歳の時です。

そして公明党と学会はさらに勢いを増し、69年の総選挙では衆院議席を47議席にまで増やし、さらには雑誌『潮』『第三文明』を立ち上げたり、「民音民主音楽協会)」をつくってここを拠点に多数の芸能人を送りだしました。学校法人も作り、大学まで設立します。

こうして創価学会公明党は、その社会的地位の向上という目標を十二分に実現するのでした。

言論弾圧事件」と自民への接近

公明党の利害は自民党の、特に主要派閥である田中派との利害と一致し、連携が始まった。

しかし1969年公明党は1つの岐路を迎えます。それは、明治大学教授(当時)・藤原弘達が書いた『創価学会を斬る』の刊行を、公明党が妨害しようとして、逆に藤原に暴露された、いわゆる「言論弾圧事件」です。

このとき活躍したのが、当時自民党幹事長だった田中角栄です。このことは、その後のNHKの討論番組でも「よけいなおせっかいをしました」と事実上本当であることを認めています。

自民党は、1960年代を通じて絶対安定多数の議席を維持していましたが、実のところ得票率はゆるやかに低下していました(1960 年:41.9%→1969年:32.3%)。なかでも所得の高くない都市労働者市民たちの支持獲得はうまくいっていませんでした。彼らは、公明党共産党の強力な支持層でした(社会党の支持者は移ろいやすい「無党派層」のさきがけ的な人たちが多かったのです)。

さて、田中角栄は地方への「利益誘導政治を形作った人です。つまり、農村を基盤とした地方に、中央から予算などをつけることによって、地方を豊かにしていく。地方はその見返りに、田中派などの自民党議員に票を集める。今でも批判されているこの図式を確立したのが田中です。

もともと、学会員たちの多くは地方出身なわけで、彼らの生まれ故郷を豊かにしてくれる自民党田中派と、自身の都会での生活を豊かにしてくれる公明党とは結びつく存在になる。……こうして、いつのまにか田中派公明党学会関係が補完関係になり、親密さを増していた。それを明らかにすることになったのも田中が介入した「言論弾圧事件」だったといえるでしょう。

また1972年には、竹入義勝・公明党委員長首相となった田中の依頼を受けて訪中田中訪中日中国交正常化の地ならしを行っています。

学会公明党の「政教分離

さて、「事件」でバッシングされた公明党創価学会は、大きなショックを受けます。池田会長は「お詫び」をし、学会公明党のいわゆる「政経分離」を宣言・実行しますが、それでも公明党は72年総選挙議席を半数近くまで落とします。

もちろん公明党創価学会は「国立戒壇設置」なる政策を降ろさざるを得なくなり、池田の政界入りも閉ざされ、池田創価学会はこれ以降ひたすら、外部に対してはとにかく低姿勢で臨むようになります。実際、今日池田大作という人は雑誌などを見る限りでは極めて穏やかな宗教家です。

また、どういうわけか創価学会はライバルであった共産党との結びつきを強めます。いわゆる「創共10年協定」というもので、これは公明党幹部にとっても実に寝耳に水の話でした。

学会共産党支持基盤を奪い合うライバルであったわけですが、戦時中ファシズムの中でともに弾圧され構成員が獄中にあったという共通する過去も持っていたわけです。これに目をつけたのが作家松本清張で、彼は池田宮本顕治共産党委員長を引き合わせ、この学会共産党の「同盟」を実現させたのでした。

もっとも、自民接近を行っていた公明党はこれに反発。ここに「政教分離」をし自立しようとする公明党の姿があります。しかし、結局は学会の意向を無視することができませんでした。公明党学会なしには存在し得なかったからかもしれません。

また70年代は「革新の時代」といわれるほど革新勢力の力が強かった時代。公明党ではむしろ自分たちの軸足を「保守中道」から「革新中道」に移した方が得策、との考えが広がり、結局はこの協定を許すことになるのです。

結局、これで公明党イメージ向上に成功したのか、76年総選挙で失った議席をとりもどします。反面、共産党には余り効果がなかったらしく議席を落としています。

結局、この共闘は公明党には効果があったものの、共産党には特に利がなく、結局公明党顧問弁護士宮本委員長宅を盗聴した事件があり、もともと共産党が早くからこの協定を反故にしようとしたこともあったため、この協定は終わりを告げます。以後は現在に至るまで、公明党共産党は、逆に犬猿の仲になってしまっています。



3ページ目 【自公連立への道と創価学会

公明党与党

新進党を挟んでの公明党の分解と合流の流れ。実際には公明党新進党の前に短期間だけ「公明新党」が存在する。

1970年代末から1980年代初頭にかけて、社会党を中心とする、あるいは公明党を軸とする連合政権構想が浮上するようになりました。しかし、それが実現することはありませんでした。

1992 年、公明党民社党社会党議員総辞職願いまで出して反対したPKO協力法を支持、自民党への接近を図ります。平和主義をうたっていた公明党がこれに協力したのは、当時の自民党田中派の系譜を継ぐ竹下派であったからでしょうか(もっとも公明党がPKF(平和維持軍)参加に消極的だったため、2001年まで自衛隊のPKF参加はできないようになっていました)。

また1980年代から地方議会でも公明党都市部を中心に勢力を広げ、地方政治与党の一員として存在感を増すようにもなっていきます。こうして公明党連立政権は作らなかったものの、与党的な存在になっていったのです。

公明党与党化は、1988年に2人の公明党国会議員が受託収賄罪で逮捕起訴されたことにも現れています。与党的な位置にいるからこそ、このように収賄逮捕される国会議員も出てしまったといえます。

もっともこの不祥事には創価学会学会員もそうとう反発をしたようで、それが響いたのか、公明党国会勢力は1989年参院選では前回比1議席減、1990年衆院選では11議席減となっています。

公明党の連立参加と「新進党参加」

1993 年、総選挙自民党過半数割れすると、公明党は非自民・非共産連立政権である細川内閣に加わります。しかし、創価学会がこのあたりをどう考えていたか、詳しいことはわかりませんし、考える暇もなかったのかもしれません。それくらいこの連立政権は短期間で崩壊してしまいました。

その後、公明党小沢一郎らが中心になって設立された新進党に「参加」します(1994年)。カギカッコ付きで述べたのは、公明党の地方議員参議院議員1995年選挙で改選されない議員たちが別に「公明」という政党を作り、新進党に参加しなかったからです。

結果、学会員ら旧公明党支持者は、旧公明党以外の新進党議員を熱心に支持しませんでした。そして旧公明党勢力も自民党と敵対することに躊躇(ちゅうちょ)をしていました。そのため結局「公明」の新進党への合流が不可能になり、新進党は解党しました。

その後、旧公明党衆院議員は「新党平和」を、参院議員は「黎明クラブ」を経て「公明」に合流、やがて「新党平和」も合流し「新公明党」つまり現在公明党誕生することになります。

公明党誕生自公連立

新進党当時の公明勢力はバラバラになったこともあり、一部では路線対立や学会との距離などもできていたようですが、新しい公明党誕生により学会との距離も元通りになり、両者の間で自民との連携が確認されたようです。

こうして小渕内閣(小渕首相田中派を源流)のとき、公明党自民党と本格的に連携地域振興券の実現を成功させます。さらに自民・自由の連立政権に正式参加、自由党が連立離脱すると、(自由党の分派・保守党2003年まで連立政権に参加していましたが)事実上自公連立政権スタートすることになります。

そんななかで小泉政権が発足。公明党小泉ブームに乗りながら一方で社会保障などに力を入れ、特に年金改革ではその中心となり国民政権担当能力を見せつけています。そして今日まで連立与党として8年以上の実績を積み上げてきました。

しかし、公明党としてさらなる勢力拡大という路線をとる気配はありません。あくまでも現状維持。二大政党化していくなかで、公称800万世帯を誇る創価学会母体にして、政界のキャスティングボードを握ることに徹していこうとしているのでしょうか。

また先のページで述べた「地方:自民都心公明」という連携の図式も、大都市の地方出身者割合が減少していくことによって、徐々に変化せざるを得ないでしょう。そのようななか、とりあえずは新テロ対策特措法延長をめぐって、その衆院再可決による通過を「平和主義」の観点から渋る公明党の動きが注目されます。果たしてそれでも自公なのか、それとも離反なのか……。

これからの創価学会公明党

微妙になりはじめた自公連立公明党はどのように動き、創価学会はそれを支持するか……。

この間、創価学会会長だった池田1979年日蓮正宗との紛争の責任をとって辞任し、名誉会長に就任しています(2008年8月現在会長原田稔/日蓮正宗とはその後1990年に決別)。しかし、実際には今でも池田名誉会長創価学会の最高実力者であることは、さまざまな学会系の雑誌新聞などをみても明らかです。

政教分離」をした今、創価学会公明党のあくまで主要な支持母体の1つ。非学会員公明党公明党候補に投票することももちろんあります。言われているように学会、特に池田名誉会長の指示1つで党が動くのかどうか、実際のところそれはわかりません。

ただ言えることは、公明党にとって創価学会は頼みの綱、必要な存在だけれども、創価学会にとっての公明党はどうなのかということです。学会壮年部長読売新聞の取材に対して「公明党を基軸にしながらそれ以外でもいい議員さんは応援するという人物本位」ということを述べている(2006年4月29日号)ことは注目に値します。学会公明党以外の政党とも手を組む可能性を模索しているのかもしれません。

公明党はこれからも創価学会の支持をいかにとりつけるか、個々の国会議員学会員の支持をどのように得るかが課題となっていくのではないかというのがガイドの考えです。創価学会公明党なしでもやっていけるが、公明党創価学会なしにはやっていけないわけですから。

さて2008年池田名誉会長は80歳を迎えました。彼に後継者はいないといわれています。長男の池田博正・創価学会理事長がいますが、池田名誉会長や幹部は世襲に反対しているとも言われています。その一方で待望論もあるようですが……。

いずれにせよ現在創価学会組織力は一見「宗教官僚」ともいわれるほど強固なものとなっていますが、「その後」の創価学会は、そのままなのか、それとも急激に変化していくのでしょうか。その予想は非常に難解だといわざるをえません。

人名について一部敬称略とさせていただきました。


参考書籍サイト

SOKAnet:創価学会公式ホームページ http://www.sokanet.jp/sg/sn/index.html

2008-07-14

入信拒否の意志を示したにも関わらず強引な勧誘。

増田。自分のトコに書くわけにもいかんので。

先週の土曜日の朝、いきなりやってきたおっさんから

強烈に入信の勧誘を受けた。

一度不要品を叔父の家に持ってきた時に顔を合わせたおっさん。

叔父が集会とかに出ているのは知っていたし、

親戚にもいるので、抵抗はない。その人が信じていることには。

しかし、私に勧誘活動を行われるとなると話は別だ。

断固拒否。その時は心構えが出来てなかったので

相手の勢いに負けた感があった。その時に出来なかった反論を

ここに記す。



入信拒否の意志を示したにも関わらず強引な勧誘。



まず、私を侮辱しましたね。

土曜の午前中に勝手押しかけてきて、ウチでダラダラしていると決め打ち

そんなことではいかんですって。ほっといてください。

相手の迷惑を考えないでいきなり押しかけてくる人間にそんな説教される謂われはない。



次に私を脅迫しましたね。

確かに私は職を探していますし、叔父に金銭的にお世話になっています。

だから、入信しろという理屈がわからない。

叔父の優しさにつけ込んでいると私を非難しましたね。

その非難を叔父本人から受けるならともかく、

赤の他人のあなたに言われることが心外ですし、

なにより、金銭的な対価として入信を勧めるという考え方がおかしい。



こういった私の負い目を突くことにより入信を迫るというのは

脅迫以外の何物でもない。



次に亡くなった叔母を勧誘のダシに使いましたね。

それもまた許せない。



そして、いきなりこういう言動をするあなたに恐怖を感じます。

あなたはこの部屋のカギを叔父から預かっていますね。

そのことも私にはとても怖い。

その日、土曜の夜は叔父が明日の仕事量が多いために仕事場に

泊まることにしたとメールしてきました。私は怖くて眠れませんでした。

精神的苦痛を感じました。



あなたが何を信じるかはあなたの自由です。

それと同様に私が何を信じるかは私の自由です。

あなたの信じるモノを他人に押しつけないでください。



次回また勧誘に来たときには

これを読み上げつつ、録画する予定。

言質はきっっちり取っておかないとな。


この時、ちょっと日蓮がどうとかちらっといって

宗教議論で懐疑的なことを示そうとしたら、

食いついてきたので、この方向は無しにする。

そういう対策が取られていると見た方がいいな。



あれだけ拒否したんだから次回は無いことを期待するが

土曜が怖いな。



それよりも早く就職決めなきゃ……orz

2008-06-29

法華経久遠実成の釈尊=一切衆生(全民衆)

と、日蓮は言っている。

法華経久遠実成の釈尊と一切衆生の3つには差別が無いと。

しかし、他の宗派では釈尊と一切衆生の間に差別化を図っている。

日蓮仏法において成仏という意味では一切衆生釈尊も仏であることに差別は無いけど、では本仏とは何か?と考えるときに、本仏というのはその一人をして手本となるべき存在となる。

手本であるという存在師匠であっても、教祖様的な階級とは違った存在だ。

あくまでも対等な立場でありながら手本となる存在が本仏だ。

しかし、対等でないものを有り難かって深遠ぶって釈尊を神格化して人間として見ることが出来なくなったのが多くの仏教団体である。

人間を超えた存在なんてこの世に必要ないのさ。

人間を超えた存在を作るとき、その名において人間を犠牲にすることも厭わなくなる。

仏とは生命なり。

2008-04-20

http://anond.hatelabo.jp/20080420170102

さいきん、どうぞ持っていってください! みたいな感じで、

聖教新聞を玄関先においてる一般家庭を、よくみる。


野次馬的な興味はあるが、取ってるところ人に見られたら面倒そう。

で、一面の見出しだけ、通りすがりに何となくみるんだが、

よくあれは、毎日毎日、池田大作賛美のネタがつきないな。

仏陀」とか「日蓮」とかは、見た記憶がない。

何十万人だか数百万だか信者がいて、ちょっとこれはおかしいんじゃないの? 

というふうには、どうしてならんのだろうね。

2008-03-08

親鸞」と「親鸞会」。「日蓮」と「日蓮会」

親鸞のことを調べようと思ってググったら、やたらと「親鸞会」を批判するサイトが上に来る。

邪魔くさい。

人物名を会の名前にしていると、こういうことが起きるんだな。

日蓮」でググると、「創価学会」系のサイトは意外にも出てこないね。

以前、「日蓮会」という会はあったらしいが、今は無いそうだ。

2008-02-19

公明党キリスト教徒と手を組んで創価学会から縁を切りたいそうです

児童ポルノ 根絶へ厳しい規制が必要(公明新聞)

 公明党の最大の支持母体仏教日蓮系である創価学会であるわけだけど、最近丸谷佳織衆議院議員が中心となって取り組んでいる児童ポルノ関連で漫画アニメ規制しろとけしかけてると思われる団体はおそらくECPAT/ストップ子ども買春の会(以下ECPAT東京)だと思われる。そのECPAT東京日本基督教矯風会の下部組織だ。つまりキリスト教徒仏教徒である公明党創価学会に乗っ取りをかけてるように見えても仕方が無いわけで、善意と良識を利用した宗教戦争と捉えていいのではないだろうか、キリスト教徒どもに占領される日蓮側があまりに無頓着すぎて笑うしかないのだが。

2008-01-09

○○はなかった! ○○はいいこともした!

元寇はなかった。日蓮一派のプロパガンダ

信長一向宗焼き討ちはなかった。そんなに大人数を殺せるが訳ない

ソンミ虐殺はなかった。ヴェトコンプロパガンダ

ホロコーストはなかった。そんなに大人数を殺せる訳がない

チベット虐殺はない。資本主義陣営のプロパガンダ

徳川幕府キリシタンにいいこともした

ソ連シベリア抑留者にいいこともした

北朝鮮拉致被害者にいいこともした

中国チベットにいいこともした

南京大虐殺論争はなかった。アルファーブロガーを貶めるためのはてなサヨク陰謀

まぁボクは○○なんか本当は関心ありませんけどね。それよりも女の子(ry

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://bogusne.ws/article/77280369.html

2007-11-21

絶対売れる無双シリーズの新作考えた

日蓮無双

迫り来る元寇をちぎっては投げちぎっては投げ。

隠れキャラは現代からタイムスリップした池田先生

まさに大作アクションゲームってやかましいわ!

2007-08-01

http://anond.hatelabo.jp/20070801223355

普通の話に見せかけて、

じゃあ今度どっかいこっかー→おはよーじつは合わせたい人が→アムウェイの上の人

とかいうのがよくあるから気をつけて。

俺は少しだけ居たサークルの3、4回上の先輩から2年位のインターバルあけてちょっと会わないかと言われて、のこのこついてったら日蓮系の新宗教だった。ファミレスに4時間ぐらい閉じ込められた。周りの客みんなその宗教の人でさ。ああいうのって店ごと教団員なのな。

2007-07-18

予言・預言の件

別に当たるか外れるかはどっちでもいいんだよね。

あと自然災害予言・預言も一般人にはどうしようもないことだからどうでもいい。まあ政治家は起こることを想定して事前準備をして被害を最小限に食い止めるつもりでいることが必要だろう。それは予言・預言の有無に依らない。

大切なのは、今のままの浪費と大量生産・大量廃棄を(あと過剰な人権屋・権利要求屋・動物権屋の活動も)続けていると、いつだとは言わないがいつか破綻して、滅亡とは言わずとも大被害を被ることになる、ということだ。これは間違い様のない真実だ。正しいか誤っているか分からないことの結末を予言・預言で知らせて貰えるのならありがたいが、予言・預言ってのはいつも決まって、冷静に論理的に考えれば誤りだと分かるが、見て見ぬ振りをしていることに対する「警告」だ。それ以上でもそれ以下でもない。

予言・預言は自分達の行為の愚かさの再認識の為にあると思うべきだ。「どうせ外れるから何をしても/しなくてもいい」訳でもないし「どうせ死ぬから何をしても/しなくてもいい」訳でもない。

今俺が言っているようなことを過去あらゆる予言預言者教祖となった人間が、あの手この手を使って、語弊が有るかもしれないが「神」だとか「地獄」だとか「悪魔」だとか言う言葉まで使って騙すようにして、言い聞かせて来ただけだ。それが宗教であり、本来は道徳倫理的(定義は曖昧)な生き方をして欲しいと望む人間が作り上げた、見本的生き方(主に争いを避ける為のルール)に過ぎない。それを解釈改憲的に現代の宗教家共が自分達の私利私欲・憎しみに任せて都合のいいように行った解釈を説いてそそのかしているから宗教戦争になる…ってのも既に日蓮とかが言ってたりしたよな(「自分が正しい」と言ったのはやりすぎ)。

予言・預言によって提示された未来を回避したいのであれば、各人がそれぞれ行動しよう。自分の行動を改めよう。宗教を信じる必要は無い。そんなことをしなくても優秀な人間ならば理解出来るだろう。

ちなみに予言・預言によって大災害戦争によって社会機能の崩壊した世界を提示されたとして、自分は生き残る側になりたいと思うだろうか?おそらく死にたくはないだろうが、生きていたいというのも、今の、この、日常的にありふれた平和と豊穣がある世界での話だろう。崩壊して力がある者のみ生存を許される世界で生きていきたいだろうか。

予言・預言によって提示された「事件」から、自分だけを避けようとするんじゃない。この世界を維持する為に、「事件」そのものを避けるように行動するべきだ。

2007-06-21

anond:20070621190732

その時代の法華宗は、本来の日蓮の弟子の道から外れてしまったんだよ。

その論拠は日興上人の五人所破抄と日興上人遺戒置文にあるんだけど、弟子の中には真言宗やら天台宗の教えに迎合し派閥を作った弟子がいたとの事です。

これは師匠とは違い弟子が権力からの迫害を恐れたからだよ。

師匠と同じ想いに立ち師匠と同じように行動したのは日興上人だけだった。

どんな組織でもそうだけど、栄枯盛衰を決めるは後継者だよ。

こんなカキコ日蓮宗の人がみたら怒るかもしれないな。

どっちもどっち

日蓮が当時取り立てて平和主義者であった、という直接的な典拠もないわな。

「正法に帰する」ことによって異国侵略の禍から免れるという言説は九条主義者に似ているけど、別に無防備マンだったわけではないし。

後世では一向一揆法華一揆戦争京都焼け野原になっている。

日蓮責任じゃない、というのなら親鸞一向一揆とは無関係ということになるわけで。

anond:20070621185121

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