はてなキーワード: スキージャンプとは
既に「高額賞金を出せないから出せるようにしてやる」って発足理由が誤りである以上、
ライセンス協会は何を持ってライセンスを発行するのって話じゃないの
プロゲーマーとしての有り方や定義付けをするなら当然内部にプロゲーマーとしての実績のある理解者を最低1人は置かないと駄目でしょ
ゲームだからあなたは理解できないというなら、スポーツ経験のないど素人のパンピーにスポーツマンライセンスを定義させるようなもんだぞ
あなたはスキージャンプの選手なのでレスリングのライセンスに関してはわかんないでしょ!みたいなレベルではない
ゲームに触ったこともないようなおじさんたちが集まってきて文書上だけで理解したつもりになって勝手に定義して押し付けてくることになる
だから戻って「お前ら誰なの?」って話になるの
プロゲーマーの権利とeスポーツ促進・発展のためというならそれこそ理解者を集めないと駄目だろ
そんなコネがろくにない行政がどうやって経験者を集めて協会を作れるんだよ
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一部スポンサー付きが焦点になってるっぽいけど自分的にはこれと似てるなと。
はてなブックマーク - トランペット奏者が指摘する三ツ矢サイダーCMの問題点「とても危険なので絶対マネしないで」 - Togetterまとめ
第一印象が別にいいじゃん、その後コメント等の丁寧な指摘によって危険な行動であることがわかり、じゃあ駄目じゃんってなるのも同じ。
異なる点も後付でいろいろ。
など。まだキリがないくらいあると思う。
自分もこれはアウトだろと思ったが、「見る人が真似をすると危険である」という理由だと、スキージャンプだって同じことが言えるわけだし、テレビでもっとやばいやつあるやろ。真似のしやすさ? うーん。なんだろ。
http://b.hatena.ne.jp/entry/s/travel.spot-app.jp/toyama_i-lohas_yoppy/
スキージャンプはK点越えをプロスキーヤーがやってるのであって「熟練者だからこそこういう芸当ができるんだろう、我々素人はマネできない」といった感じで文句も出にくいと。だから、脱水記事は素人ではなく脱水のプロ(ボクサー?)にやらせればよかったのでは。
医者も医者で「医者の友達がやばくなったらやめろって言ってた(意訳)」とかのんきなのじゃなくて、医者を隣に付き添わせた上で聴診器画像載せまくりでおちょこで水をやりつつコンダケカーッとか文句言わせる記事にしてたら脱水の危険性アピールにも繋がってクレームも少なかったのでは。そんな適当でも最後の水うまいだろうし。
また逆に、トランペットタックルCMも「この行為は危険です、歯が欠ける恐れがあります」などと警告を入れつつ逆再生→肩をトントン(一昔前に流行った過去をやり直す系演出)などと変更を加えれば大丈夫だったのでは、とも。
見てて思ったことで、これらの出来事の良し悪しを言う気はないです。
あるスポーツで日本人が活躍すると、ルールが日本人に不利になるように改正されることがよくあるという話を聞いた
スキージャンプの板の長さが、背の低い日本人は短くなってしまった、など
http://www.ismac.co.jp/archives/kiji/2002/msn020123.html
ただ、たとえば柔道では両手刈りや朽木倒しなどいきなり足を取りに行くのを反則とした
そういうプレーをしていたのは主に外国人選手で、このルール改正は日本人選手には基本的には良い方向へ向いている
このように日本人にとって有利にルールが変わったこともいくらでもあると思う
はてな界隈だと、東京オリンピックなんてさっさと返上しろというのが意見の主流だけれど、
なんだかんだいって、4年後の夏には、それなりに盛り上がるだろうし、
選手が活躍さえしてくれれば、「やっぱり東京オリンピックをやって良かった」というのが、世論の主流になると思う。
なぜ、そう思うかといえば、長野オリンピックの時のことを思い出すからだ。
長野オリンピックの招致が決定したとき、今回の東京とは比べ物にならないくらい、盛り上がってはいなかった。
1991年のことだから、すでに、バブルは崩壊の兆しが見えていて、
まあ「失われた20年」がそのあとやってくるとは思っていなかったけれど、
不景気の入り口で、あんな土建屋がもうかるだけのプロジェクトやって大丈夫なんかという雰囲気があったし、
西武鉄道のグループ総帥、堤義明を中心にした政財界の利権のためだと、みんな思っていたからだ。
しかも当時、ウインタースポーツのスターといえば、フィギュアスケートの伊藤みどりくらいで、
(実際、92年のアルベールビルで銀メダルは取ったが、長野には出てない)、
日本で冬季オリンピックを見たい、という需用自体が、それほどなかったんではなかろうか?
それでも、東北・上越以来、久しぶりの開通となる長野新幹線の工事が進んだり、
志賀高原では、難易度が高く見せ場のあるコースをつくりたいスキー連盟と、コース設営が自然破壊だとする地元環境団体がもめて
そもそも、長野というのは、当時、冬季オリンピックの開催地としては最南端で、
年によっては、十分に雪が降らないこともあったりしたもんで
「利権のためにオリンピックなんか呼びやがって、まったく、今からでもやめられないのかね?」という世論は
それなりに蓄積されていた気がする。
当時は今ほどネットが成熟してなかったから、今ほどそれが顕在化することもなかったけれど。
そうこうするうちに開会式の日を迎えたのだが、それでもまだ、盛り上がりには欠けていた。
放映時間の時差の関係で真昼間に開会式を挙行しなければならなかったので
花火や照明をつかった鮮やかな演出が使えなかったというのは、確かに気の毒なのだが、
大体、浅利慶太がなぜ総合演出を手掛けることになったかといえば、
自民党の御用文化人だったから、というのはみんな分かっていたことで、
そもそも、あの人は、確かに政治権力に近づきつつ、日本においてミュージカルを「ビジネスとして成立する」ものにまで育て上げたのは
物凄い功績だと思うけれど、まあ、芸術家(演出家)としての評価は推して知るべしである。
ちなみに、先ごろ亡くなった蜷川幸雄は、すでに80年代には「世界のNINAGAWA」の名声を得ていたんだけれど。
これも、「オリンピックなんて、偉い人の利権とコネで進められている」ことの一つの証拠と思われていた。
開会式当日、なぜか、現代風にアレンジした巫女風の衣装をきて聖火台に点火する伊藤みどりの姿は、
なんだか、見てるこっちが恥ずかしくって、
日本女子フィギュア初の銀メダルをとった偉大な選手に、なんてことをさせるのかと憤ったものだ。
なぜかBGMにはプッチーニのオペラ、「蝶々夫人」のアリア「ある晴れた日に」が流れていたが、
あれは、かつて政治力を駆使して、イタリアでこのオペラを演出したことのある浅利慶太の自己顕示欲とコンプレックスがないまぜになった
選曲だったと信じている。
当時、伊福部昭は存命だったし、坂本龍一も、今ほど政治的な色もなくて純粋に「教授」として尊敬されていたし、
久石譲だって、すでに「宮崎アニメの作曲家」として評価を得つつあったのに、なんでそういう人たちに作曲させないで、
そんなこんなで、開会式を迎えても盛り上がらなかった(当社調べ)長野オリンピックだが、
日程を重ねるにしたがって、日本中の人々をテレビにくぎ付けにすることになった。
それは、日の丸飛行隊の、活躍であったり、キング・オブ・スキー荻原の雄姿であったりの、素晴らしいドラマがあったからだ。
スキージャンプ団体で、大雪が降りしきる中、原田雅彦が大ジャンプを決め、後続の船木選手を、
今にも泣きそうな顔で「ふなき~! ふなき~!」と見守っていた映像をご記憶の方も多かろう。
このとき、団体メンバーから外されメダルを取れなかった悔しさが、
結果としてレジェンド葛西紀明を生んだ、ともいえる。
閉会式の司会が萩本欽一、というのも、当時、「オリンピックについて決めている偉い人たち」のずれ具合を
如実に示す出来事だと思われていて、
すでに萩本欽一は「テレビ的に過去の人になるつつあるタレント」だったし、
欽ちゃん的なボケとかツッコミっていうのは、日本人同士で通じるもので、
あのノリを世界に向けて発信したら壮大に滑るんじゃないかと、自分の周りの人たちはみな心配していたが、
なにしろ、競技自体が盛り上がって、会場に集った選手たちが盛り上がってくれたせいか、
萩本欽一も、さすがに、わきまえた人なのか、
いわゆる「欽ちゃん節」は抑えて進行していたし。
かくて、無事、オリンピックは無事終了し、ウインタースポーツに新たなスターと伝説が生まれ、
テレビには「感動のオリンピック総集編」みたいな番組が溢れることになったのである。
その後、長野の財政がオリンピックのせいで、けっこう苦しいことになったらしいとか、
西武の株式をめぐるごたごたで有罪となり、表舞台から退場したはずの堤義明は、
いつの間にか日本オリンピック委員会の最高顧問になっていたらしいとか、
いろいろあるのだけれど、
選手さえ、頑張ってくれれば。
古い話で恐縮だが、近年スキージャンプの葛西がオリンピックでメダルを取った後にどこかのテレビ番組に出た時の事。
おそらくそのテレビのスタッフなどは彼に「今までのスキージャンプルールは(本来は強くなくてはならないはずの)日本に不利なルールに改正されてきたような歴史があり、それを葛西が打ち破った」みたいなストーリを葛西の口から言わせたかったんだろう。
でもさすが葛西、「いやルールは公平によくなってますよ」とサラッと言ってのけた。
話は違うが、ファンや消費者の視点と実際に戦う現場の視点はこうも違うものかと思ったのを思い出した。
スポーツをたまたま例に出したけど、ジャンルを問わずに最近、消費者からの思い込みのストーリーを強制される事が多くて辟易していたので、久々にその時の動画見て元気だそーっと。
ソトマイヨール。
人生で数えるほどしかない、路チューの現場を目撃してしまった。自宅のすぐ近くで。
走ろっかなと日課にしているジョギングのために、アパートを出てT地路を右に曲がってよし、行こう、としたときに
ばったりと現場に遭遇してしまった。一度着いた加速は止まらない。
というよりも気が動転してそのまままわれ右とできなかったのが正しい。目を離すこともできなかった。
おかげで右を抜ける三秒間、しっかりと抱き合ったまま離れない二人をいやおうなしにじっくりと見てしまった。
男性の顔はわからない。でも、夜目だけど髪型は凡庸でそこらの社会人だった。スーツだったし。
女性の横顔は少しだけ、見えてしまった。綺麗かどうかまではわからない。
でも、電車で座席を変わっても五秒後には忘れてるだろうなと思った。
自分とそれほど身長は変わらなかった。足もとに忘れられたように転がっているバックと鞄がいやらしかった。
私の住んでいるところは、ちょっと飲み屋は多いけど、大学キャンパスにほど近くて、美容師がたくさんいて、
学生の活気が絶えない、それなりに閑静な郊外型の住宅地だとは思ってる。その中心で・・・
ストップウォッチ代わりの時計を見た。まだ七時を少し過ぎたばかり。
数少ない昼ドラの記憶からあてはまるものを探してみた。どうして、待てなかったの、。。よくわからない。
忘れようとペースを上げたら顔のほてりがいつまでも止まないわ、息はそれでもたえだえになるわで大変だった。
いつもの周回コースは五分早く周ってしまって、まだいるかもしれないと余計に一周した。
六十分かけて家の前の露地に帰ってくると、二人の影はさすがに消えていた。。。
もしかしたら、電信柱の電灯の影に隠れているのかもしれない、泣きそうになって飛び込む勢いでアパートまで走りきった。
世界中で大人気! Youtubeでもランキング1位! という触れ込みだったPSYだが、ランキングをクリック重視から再生時間重視にしたら、ランク外に落ちてしまったという話。
痛いニュース(ノ∀`) : Youtubeが再生回数から視聴時間を重視するようにした途端、PSYが消滅する - ライブドアブログ
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1734805.html
スキージャンプ競技の日本代表は90年代「日の丸飛行隊」ともてはやされ大変強かったが
長野オリンピック後のルール変更により、急に日の目を見なくなった。
どちらも文字通り、game-changingな事態がおこったわけだ。
きっとPSY関係者たちも、毎夜毎夜必死になってF5連打していたと思う。(比喩表現)
そうすれば勝てるから。そうすればランク上位にきて売れるから。
AppStoreやGooglePlay、その他、電子書籍のランキングもそうだ。
結局、他人の作った基盤は、ルール変更のリスクがあるという訳だ。
「彼女いたことはあるんだよね?」
「はい。」
「恋愛に興味が無いとか言ってたけど、実際どうなの?」
「なにがですか?」
「だから、興味ないとか言いつつ恋愛してるじゃん?」
「はい。」
「それってどうなの?」
「どう、と申されましても。」
「嘘なの?」
「嘘ではありません。」
「じゃあなんで付き合ったの?前も聞いたかもしれないけど」
「そうですね。成り行きで、とでも言いましょうか。前も言ったかも知れませんが。」
「…まあいいや、成り行きで付き合った。確かどっちも告白とかしてないんだよね?」
「はい。」
「そうですね。」
「それは、いいです。」
「え?なんで?楽しかったんでしょ?」
「そう、ですね。」
「どういうこと?はっきり言ってよ」
「細かいことになってしまいますし、言い訳じみたことを言わないといけませんから。」
「はい。正直なところ、あまり覚えていません。すぐ最近の話ではないので忘れていることもありますし、特に、当時の心境などというのは、『今思い返せば楽しかった』というのと、『当時楽しんでいた』こととはまた違いますから。今思えば楽しかったんだろうな、とは思いますが、当時自分がどう思っていたかは思い出せません。」
「好きだったの?相手のこと」
「はい。当時は。」
「今は?」
「好きじゃないってこと?」
「そうですね。」
「なんとも思ってない?」
「なんとも、というわけではありません。今は友人です。」
「友達になったの?」
「そうです。一度付き合った人なので、他の友人とは少し違いますが、親しい友人です。」
「へえー…なんか変だね、それって、今まで付き合った人全員?」
「全員というわけではありません。中には連絡が取れない人もいますので。」
「だよね、全員だったら気持ち悪いよ」
「そうですか?」
「だって、また好きになったりしないの?」
「しません。」
「なんで?当時を思い出したりしないの?」
「思い出すこともあります。かといって、また付き合いたいなどとは思いません。」
「でも、当時楽しかったんでしょ?」
「はい。」
「もしかして、遠慮してる?」
「はい?」
「本当に楽しかったの?今も友達だから遠慮してるんじゃないの?いい人だし、彼女だったんだから、本当は付き合って楽しくなかったけど、楽しかったって思わなければ相手に失礼だとか思ってない?」
「思ってないです。」
「じゃあ、おかしくない?なんで楽しかったのにまた付き合いたいと思わないの?しかも今も親しいんでしょ?前は好きだったんでしょ?ちょっとぐらいそう思わない?」
「当時、楽しかったのは遠慮でもない事実です。そして、また付き合いたいなどと思わないのも事実です。」
「うーん…なんでもう付き合いたくないの?」
「え?」
「だって、前好きだったんでしょ?なんでもう付き合いたくないの?」
「え、別れたらもう好きにならないの?」
「私は、なれません。」
「なんで?」
「なんでと申されましても、じゃあ何故別れたんですか?もう無理だったから別れたんですよ?それなのに、また好きになるとか、おかしくないですか?」
「おかしくない。また好きになることもあるよ」
「…そうですか。私はありません。また好きになるぐらいだったら、別れたりしません。」
「壮絶だったの?」
「なにがですか?」
「…えっと、じゃあ別れたら絶対好きにならないの?」
「ならないと思います。」
「そこまで割り切れるの?」
「割り切るというわけではなくて、私にとっては好きになったり付き合ったりというのが、ものすごく不自然なことなのです。よくあること、ではなく、普通に生活をしていたらまず無いことなのです。それは、私の日常生活および、人生の中で、人を好きになること、恋愛をすること、というのが、初めから含まれていないから、とでも言いましょうか。
つまり、前にお話ししたように、元々関心の無いことなので、非日常なのです。異常事態なのです。ですから、一度その異常事態に突入して、別れたという形で失敗したにもかかわらず、もう一度その異常事態に突入しようと思いますか?失敗の原因が解決できているなら、それもあるかもしれません。しかし私には何が失敗だったのかもわかりませんし、もう、そういう原動力は起こりえないのです。」
「はい。ハードルなんて生易しいものではありません。私にとって宇宙旅行のようなものです。」
「なにそれ、それは言いすぎでしょ、意味わかんない」
「それぐらい難しいということです。第一、私は恋愛したいなどとは思いませんから」
「でも楽しかった」
「どちらかと言えば、やはりいい経験だったと思います。でもまたしたいとは思いません。特に同じ相手とは無いでしょう。あなたにもそういうことあるでしょ?」
「恋愛ではなくて、いい経験だったけれど、二度とごめんだという事です。すごく厳しかった習い事とか、アルバイトとか、受験勉強とか、そういうのありますよね?」
「あー、そうだねー、就職活動とかかな?二度とやりたくないけど、自分を見つめなおす機会になったし、勉強にもなったかもしれない。就活中に友達になった人もいて、楽しいこともあったけど、やっぱり二度とやりたくない」
「それと同じよなものです。」
「え?、違うでしょ?だって就活は、できればやりたくないけどみんな仕方がなくやってるものだよ?基本的に楽しくもなんともないよ?みんな嫌々やってるし」
「そうですね。その点は違います。そこまで深刻ではありません。でも似ています。」
「恋愛と?」
「私にとっては。」
「何がそんなに嫌なの?」
「嫌、というわけではないんですが。単純に関心が無いだけで。」
「でも嫌だったんでしょ?」
「でももう二度としたくないんでしょ?」
「そういうわけではありません。恋愛については、したいもしたくないもありません。ただ同じ人と付き合うことはもう無いだろうってだけの話です。」
「なんで?」
「別れた、という結果を経ているからです。もう一度同じ事をしたとしても結果が見えているからです。それはあまりに不毛なことでしょう?そのために傷ついたりするのはごめんです。」
「傷つくの?」
「はい。だって、異常事態ですから、負荷や圧力は尋常ではありません。ましてや、一度別れるに至るまで冷め切った間柄なのですから、それを乗り越えてもう一度付き合うなどということは、私個人の心情としてはあり得ません。」
「じゃあ、あなたから見て、一度別れた人とまた付き合ったりしている人はどう思うの?」
「くっついたり離れたり、というやつですか?」
「そうそう」
「そうですね。私から見て、彼らの付き合うことに対するハードルは、私に比べると非常に低いものだと思われます。軽いという意味ではありません。彼らの中には恋愛というものが日常に組み込まれているのではないでしょうか。私にとって異常事態でも、彼らにとっては普通のことなのかもしれません。ですから、私のように恋愛に対して脅えることもなければ、血圧を上げることも無いのかもしれません。失敗も成功も、それも日常的なのかもしれません。私にとっては宇宙旅行ですが。」
「よくわからないけど、恋愛が好きか嫌いかってことね?好きだから簡単に付き合うけど、嫌いな人は付き合ったり別れたりするのも嫌ってことね。」
「じゃあ、好きになったりしないの?」
「そうですね。その好きというのがよくわかりませんから。」
「女の子に興味ないの?」
「語弊があるかもしれませんが、飽くまで本能的には反応します。理性的には、女だからというだけで特別興味を示すことはありません。」
「どういうこと?」
「ですから、これも前回の繰り返しになりますが、女性を性欲の対象としてみることは出来ます。その時以外は、ただ人間としてみるだけです。」
「惚れたりしないってこと?」
「うーん…簡単に言えば、興味持つってことじゃないの?」
「興味ですか。」
「うん」
「どっちも含めて。でも、普通付き合いたいと思う相手を最初っからただセックスの対象としてだけは見ないよね?」
「そう、でしょうね。」
「だから、人として興味を持つことと、惚れることって同じじゃないの?」
「なんで?」
「だって、ヘテロセクシャルの人間でも、同性にも興味は持つでしょう?」
「あ、そうだね。じゃあ相手のことをもっと知りたいって思うこと?」
「それも、同性にだって思うことはありますよね。」
「あるね。じゃあなんだろう、相手と一緒にいたいと思うことかな?」
「それだって、同性にも思うじゃないですか。家族にも思いますよね。それが惚れるとか付き合うとかと同じですか?」
「違う違う!、なんて言えばいいんだろう。」
「私が思うには、」
「なになに?」
「はい。私が思うには、これはとても単純なことで、本当は言うまでも無いと思いますが、」
「うん」
「恋愛というのは、やはり、根源的には人類が子孫を残す上で必要な、ボカシ、マヤカシに過ぎないんですね。神聖なものでも高等なものでもなく、とても純粋な、ただ子孫を残すためだけの、言い訳とでも言いましょうか。それが人間心理、知能の発達に比例して、他の動物よりやや複雑になったというだけなのでしょう。結婚という制度もその上で出来上がったのでしょう。
人間特有の芸術や文明といった、子孫繁栄に直接不要なもの、とは少し違いますが、同様に発展した、子孫繁栄という目的を完遂することだけに囚われなくなった、文化の一つだと思います。」
「例えば?」
「例えば、有名な話で、スキージャンプという競技がありますよね?」
「うん、冬季オリンピックってもう終わったの?」
「すみません、それは知りません。」
「まあいいや」
「はい。スキージャンプという競技、もともとは刑罰だったと耳にした事があります。」
「そうなの?刑罰って、鞭打ちとかと同じ?」
「そうです。スキーを履かせて高いところから飛ばせる刑です。」
「恐ろしいね」
「なんで?」
「なぜかは知りません。囚人が面白がって病みつきになったんじゃないですか?それはともかく、もともとの、刑罰という目的から外れて、スキージャンプは競技として、オリンピック種目になるほど発展しました。」
「そう考えるとすごいね」
「何が?」
「どこが?」
「子供を作る言い訳だったのが、子供を作るという本来の目的だけに囚われることがなくなり、その言い訳の部分だけ人類の叡智と長い年月を経て文化的に発展を遂げたことです。」
「急にわからなくなった」
「私にもよくわかりません。」
「何が言いたかったんだっけ?」
「うん、そうだね」
「ですから、私で言えば性欲が存在しますので、その点ではズレは生じておりません。」
「子孫繁栄だけで見ればそうだね」
「そうです。そして、恋愛とは、その子孫繁栄に付属する要素の発展系です。」
「なにそれ、どういう意味?」
「はい。私にとっては、スキージャンプは刑罰以外のなにものでもないのと同様に、私にとって、子孫繁栄にとりまくごまかしというのは、スキージャンプのオリンピック競技までの発展についていけませんでした。」
「わかりにく!」
「子孫繁栄だけに囚われなくなった、発展した概念として、そこに存在はするのはわかりますが、理解や関心の対象とならなかったということです。」
「…ううん」
「ですから、惚れるということがよくわかりません。」
「ごめん、やっぱりわからない」
「私も言っていてわかりません。」
「じゃあ、恋愛についてどう思った?」
「経験してみて、どう思うの?楽しいって言ったり、もうしたくないって言ったり、どうでもいいって言ったり、結局どう思ってるの?」
「ええと、ちょっとまってください、それぞれ言ってることを整理してもいいですか?」
「どーぞ」
「はい。まず、私はもともと関心がありません。」
「恋愛に?」
「恋愛に。」
「うん、それで?」
「はい。元々関心はありませんが、何度か付き合うことになりました。」
「うん」
「そうだね、今独りだもんね」
「はい。楽しかったから、といって、やはり興味をひくものではありませんでした。」
「え、ちょっとまって、」
「はい。」
「それはどういうこと?」
「はい。楽しいと感じたからといって、全てにおいて興味を持ちますか?そんなこと無いですよね?」
「うーん、どうだろう」
「例えば、私はスノーボードを2回だけやったことがあります。」
「2回?なにその2回って」
「なんかそういう機会があったのです」
「うん…そうなんだ。それで?」
「はい。それでですね、スノーボード2回だけやったんですが、楽しかったです。でもその2回しかやったことはありません。」
「それって最近の話?」
「2年前です。」
「もう行きたくないってこと?」
「そういうわけではありませんが、楽しいと感じたからといって、興味は持てなかったという意味です。」
「うーん、めんどくさいって事かな?」
「少し違います。心が動かないとでも言えばいいでしょうか。ただ楽しいだけなのです。」
「そんなに言うほど楽しくなかったってこと?」
「そうですね、熱狂するほどではなかったですけど、楽しくなかったわけではありません。」
「なるほどねー面白いって思っても、誘われないとやらないこととかあるしね」
「…同じなんだ」
「同じです。ですから、楽しいかったですけど、関心はありません。」
「それって、もてるって言いたいの?」
「なんかそれ、前も聞かれましたね。もてませんよ。」
「まあいいや、恋愛についてはどう思っているの?関心が無いにしても経験したんだから感想ぐらいあるでしょ?」
「そうそう、どうだった?」
「はい。一経験としては楽しかったですけど、恋愛そのものは非常に苦しいものだと感じました。」
「何が苦しいの?」
「システム?なにそれ?」
「システムってなんでしょうね、何て言えばいいのでしょうか、恋愛の仕組みとでも言いましょうか、過程、ですかね、わかりませんけど、それがとても辛かったです。」
「何がつらいの?」
「うわ、苦手そう…」
※前回、前にも、
出典元
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1424349721&owner_id=959758
***********以下、転載です************
1.はじめに
私がフィギュアスケートを見るようになったのは、リレハンメル五輪のシーズンのグランプリシリーズ、NHK杯からですから、
もう17年になろうとしています。その、フィギュア観戦生活の中で、私は今、これまでに味わったことのないような、暗澹たる思いで胸がいっぱいです。
バンクーバー五輪の女子シングルの競技を終えて、一夜明けた今、寝るに眠れず、このレポートを書いています。
果たしてそれにどんな意味があるのか。私にもわかりません。ただ、いちフィギュアスケートファンとして、
この現状を諦め、口をつぐむには、あまりにも今回の出来事は悲惨すぎる。少しでも多くの人に、現状を知ってほしい。
そう思って、このレポートを書くことにしました。 もちろん、主観だらけの内容になってしまうと思います。
けれども、理解していただきたいのは、そこにあるのは、フィギュアスケートに対する愛です。
誰がなんと言おうと、私はこのフィギュアスケートという競技を愛しているのだと思います。どんなにつらい思いをしても、納得できなくても。
フィギュアファンとして、浅田真央のファンとして、今回の結果がどうにも納得できないと言ったら、ほとんどの人はこう思うでしょう。
「ミスをしてしまったのだからしょうがない」「キムヨナは完璧だったのだから」。
敗者は口をつぐむのが、日本では美徳とされています。私はそれを否定するつもりは全くありません。けれどもそれは、
フェアに競技が行われた上での結果というのが大前提ではないでしょうか。中には、フェアではなかったとしても、
それすらも納得して口をつぐんでしまう人も、日本人には少なくないと思いますが・・・。
はじめに断っておきますが、私は決してキムヨナが嫌いなわけではありません。むしろ、4年前世界フィギュアで彼女の存在を認識した時は、
浅田真央という天才にライバルができ、切磋琢磨できる状況になったということを歓迎しました。
彼女たちが、これからどのように戦っていくのか、胸を躍らせたほどです。
間違えてほしくないのは、このレポートが「キムヨナ批判」ではないということです。時には、キムヨナ本人を批判するような書き方になってしまうかも
しれませんが、私にはそのような意図は全くありません。むしろ、キムヨナもある意味では被害者であるといえると思います。世界最高点をたたき出し、
金メダリストとなったキムヨナは、素晴らしい選手だ、天才だ、と思われていることでしょう。
ですが、実はフィギュアファンの目から見れば、主観を抜きにしたとしても、稀有な才能の持ち主というには、キムヨナはあまりにも凡庸すぎる。
ジャンプにしろ、ステップにしろ、スピンにしろ、スパイラルにしろ、すべての要素において、浅田真央に迫るものですらないのです。
ではなぜ、その彼女が「世界最高点」を出すに至ったのか。たゆまない努力のたまものだから、讃えるべきだという人もいるでしょう
しかし実は、その裏には様々な理由があるのです。
あの大舞台にノーミスで滑れたこと。それくらいは讃えてもいいと思われるかもしれません。しかし、です。
前置きが長くなってしまいましたが、私なりに、今回の出来事を分析してみようと思います。潔くないといわれてもかまいません。
この腐ったフィギュアスケート界をなんとかしたいと思っている人間は、たくさんいるのです。それを、少しでも多くの人に知ってもらいたいと思います。
・キムヨナがフリーで3回も使うダブルアクセルの基礎点が突如3.3→3.5点にUP。加点をつける基準が
難しい3回転と同じなので、簡単なダブルアクセルの前後には工夫ができあっさり毎度トリプルループ以上の点に
・トリプルルッツとトリプルフリップの踏みわけが厳格化され、真央が1試合3回使う得点源であり3回転で一番基礎点の高い技トリプルルッツが
不正扱いで使う度平均2,3点も減点。修正しない限り組み込めなくなる
・真央の甘かったシットスピンの認定基準も厳格化。しかし真央即座に対応し深いシットスピンに
・実はキムヨナも3回転で2番目に基礎点の高いトリプルフリップの不正があった。
ところが何故かキムヨナの不正トリプルフリップだけは見逃され続け驚異の加点
・その直後、来シーズンから今度は回転不足の厳格化を発表。更にトリプルルッツを跳べないでる浅田に、浅田の得意な3回転半を除いた
・予想通り真央のトリプルアクセルとトリプルループ、安藤のトリプルループ、特に二人ともセカンドトリプルループが怖いぐらい全く認められなくなる
・ところがキムヨナの得意なセカンドトリプルトゥループだけは決して回転不足にならず、初戦のアメリカ戦でトリプルフリップがまた見逃される。
しかしVTRではっきりトリプルフリップの不正が映ってしまい、2戦目からエラーではない「!」の注意がつくも、
・真央がトリプルサルコウを克服しルッツもなんとか矯正してくる。対照的にキムヨナはトリプルループが跳べなくなる。
真央が文句のつけようのない演技をしてグランプリファイナル優勝。するといつの間にか5種類ボーナスの話しが立ち消えに。
・五輪シーズン、8月に韓国でルール改正決定。真央の最大の得意技トリプルフリップも、蹴る足がつま先ではなくブレード全部で蹴ってるからと減点に。
ジャパンオープンで矯正しても不正扱いされ浅田の最後の砦トリプルフリップも減点、しかもいじっていびつになり質が悪化、
・2010年度初戦で真央に回転不足4連発判定。内3つは明らかに足りてるループ。五輪シーズン、彼女のループを2回転含め全て潰す意図が明確に。
キムヨナはトリプルフリップの不正は再び注意もつかなくなり、フリーではトリプルフリップを跳ばずに世界最高得点更新。
いかがでしょうか。
浅田真央は、4年もの長きにわたって、これだけの仕打ちに耐え、乗り越えてきたのです。これだけの、浅田真央に不利でキムヨナに有利なルール改正。
浅田真央が、何十年に一度の稀有な才能の持ち主でなければ、ここまで露骨なルール改正はなされなかったかもしれません。
これでもか、これでもかと浅田真央をつぶしにかかり、それでもつぶれなかった浅田真央は、本当に頑張ったし、偉いと思います。
(http://nereidedesign.jugem.jp/?eid=205 より転載)
日本の皆さんは、「浅田真央がノーミスなら当然金メダルだったはず・・・」と思っているでしょう。
違います。
浅田真央の代わりにプルシェンコが滑って、4回転ジャンプをかましても、キム・ヨナに勝つのは無理なんです。
だから浅田真央は滑る前の、気持ちの持って行き方に迷いが出たのです。
絶対勝てない、って分かってたから。
フリー種目だけを、男子と同じPCS(*女子は×1.6、男子は×2.0)で計算すると、キム・ヨナはジャンプが1回少ないにもかかわらず、
ライサチェックの得点を超えます。
FS 168.00点 [TES 78.30(加点17.40) PCS *89.70]
FS 167.37点 [TES 84.57(加点9.64) PCS 82.80]
FS 165.51点 [TES 82.71(加点7.68) PCS 82.80]
どうしてそんな差がついたの?
ジャンプは真央の方がはるかに難しいのを完全に決めたじゃないか。キム・ヨナは10位の選手と同じジャンプしかできなかったのに。
一言でいうと、審判のおまけポイント。
気分次第で10点20点の差ができる仕様になっております。
GOE女子 GOE男子
1位 ヨナ: 17.40 9.64 : ライサチェック
3位 ロシェ: 4.42 3.20 : 高橋
4位 長洲: 8.50 2.58 : ランビエール
5位 安藤: 5.30 3.80 : P・チャン
だから
「オリンピックの試合だが、全く緊張しなかった」
などと余裕をぶちかませたのです。
色々な感情がありますが、まずは浅田真央という選手を賞賛するべきでしょう。
スキージャンプよりも酷いルール変更の連続に苦しめられて、それをたった1、2年で修正してきて、「用意された王者」を脅かす所までいったのです。
4.画像比較 バンクーバー五輪SPにおける浅田真央とキムヨナそれぞれの演技
(省略)
こうやって並べて比較すると、いかにキムヨナが浅田真央に比べて体が硬く、難易度の低いポジションでしか滑れないかがわかります。
ところが、ここでの二人のポイントは、驚くべきことに、全く同じなのです。また、キムヨナはスパイラルの途中で一瞬よろけてしまいますが、
そんなこともおかまいなしに加点がついています。
5.さいごに
この四年というもの、フィギュアスケートファンが、どれほどの憤りを抱えてきたか、おそらくフィギュアを五輪でしか
見ない人には想像もつかないでしょう。けれど、ここまでのまとめで少しだけでもわかっていただけたでしょうか。
それでも・・・と思われるでしょうか。
私たちが忘れてはならないのは、浅田真央は間違いなく、世界的に見ても何十年に一度の稀有な才能の持ち主であり、
キムヨナは凡庸な選手でしかないということです。 凡庸な選手を、何年もかけてさもものすごい選手であるかのように仕立て上げた。
キムヨナの演技というのは、フィギュアをよく知らない人から見れば、パーフェクトで素晴らしいものに見えるかもしれない(点数という後押しもあり)。
しかし、フィギュアを少しでも詳しく知る人間から見れば、キムヨナの行っている演技は、五輪10位の選手ともたいして変わらない、平凡なものです。
ただ難易度の低いプログラムを、自信たっぷりに滑っているから、素人目には素晴らしく見えるだけなのです。ジャンプ以外の要素・・・
ステップ、スピン、スパイラル。すべての要素について、それは言えることです。
では、自信たっぷりに滑れる彼女の精神力を讃えるべきだといわれるかもしれません。ですが、上記にあげたように、
キムヨナは様々なものから守られている。採点基準・審判・マスコミ・・・。 バンクーバー五輪フリーにおけるキムヨナの得点はどのようなものか、
簡単に言ってしまえば、あのプログラムから、3-3のコンビネーション+3回転を一回、すっぽぬけたとしても優勝してしまえる。
そのような異常な高得点なのです。ですが、コアなファンでなければ、そんなことはわかるはずもありません。
1回や2回転んでも優勝できると分かっている選手と、世界最高の技をパーフェクトに滑っても優勝できないかもしれない選手が、
同じプレッシャーであるわけがありません。そのような、プレッシャーのない状況ですから、キムヨナがノーミスで滑れるのは、
別に驚くべきことではないのです。
フィギュアスケートは、芸術的要素を多分に含んではいますが、スポーツです。それなのに、難易度の低いプログラムをプレッシャーのない状況で
滑った選手が勝ち、異常なプレッシャーの中で、それでも大技に果敢に挑戦した選手が負ける・・・。そんなことがあって許されていいのでしょうか?
高得点が出るのはキムヨナのほうが、表現力に優れているからでは?と思われる方は、上にある画像をもう一度見ていただきたい。
明らかに、浅田真央のほうが技術だけでなく表現力にも優れていることがよくわかるでしょう。
平凡平凡と何度も書きましたが、それは浅田真央と比べたらの話であって、キムヨナに才能がないわけではありません。トップレベルであることは間違いない。
ただ、浅田真央が天才すぎただけです。浅田真央が天才すぎなければ、ここまで念入りに、キムヨナを「世界最高」に仕立て上げる必要もなかったかもしれない・・・とも思います。ある意味、キムヨナも被害者かもしれないというのは、そういうところにあります。
「仕立て上げられた世界王者」この言葉を、私はこれからもずっと忘れないでしょう。そして、浅田真央がこの四年間で何をされてきたか、
そしてそれをいかにして乗り越えてきたか。それを、私はできるだけ多くの人に伝えていきたいと思っています。冒頭にも書きましたが、
私はフィギュアスケートを愛しているからです。
浅田真央は、間違いなく、もっともっと、世界的に評価されなければいけないスケーターです。
私は、浅田真央とキムヨナが甲乙つけがたいと評価されるだけでも我慢がならないのです。
どうか、この思いが、少しでも多くの人に伝わりますように。
そして、フィギュアスケートの現状が少しでもいいから変わりますように。
*ちょこっと加筆・修正
バンクーバーオリンピックで盛り上がってるが、98年には長野で冬季五輪があった。自国開催というのはやはり盛り上がる。ワールドカップも然り。
で、自分も長野五輪には1日だけ観戦に行った。アイスホッケー。アメリカvsカナダの試合を見たかったが、さすがに人気カードなのでチケットは売り切れていた。そこでカナダvsスウェーデンの試合を見る事に。ちょうど土曜日で休暇をとる必要もなかったし。チケットはゴール裏で15000円くらいだったと思う。まだ社会人掛けだしの自分には交通費含めいい値段だったが、オリンピックだし仕方ないと思った。
開幕する前の長野五輪はいまいち盛り上がりに欠けていたような気がする。でも開幕すると一変。スキージャンプやらスピードスケートやら、それはそれは盛り上がった。直前になって他のゲームのチケットも欲しいと思ったがその頃には既に売り切れており、あとは現地のダフ屋頼み。
当日、開通間もない長野新幹線でひとりではじめての長野に行った。試合は夜だったので、まずは街をぶらぶらした。チケット買えれば午後の試合を観ようと思ったが、意外とダフ屋はいなくて、いてもやはり値段が高くて手が出なかった。駅前でスポンサーのテントを覗いたり、善光寺にいったり、「おやき」を食べたりした。寒いながらも街は日本人、外国人入り混じってカラフルで 華やかな様相だった。
会場はビッグハット。駅前からシャトルバスが出ていた。駅まで戻ってさらにぶらぶらしていたところ、郵便局の露天が出ていて記念切手などを売っていた。外国人もいたがどうやら局員さんが言葉がわかってなかったらしい。片言の英語で通訳をしてあげたところ、無事買えた様子。お礼にピンバッチをもらった。SUOMIと書いてある。要するにフィンランドのこと。嬉しかった。
ビッグハットには少し早めに着いたので、ビッグハットの前にあるNHK長野放送センターで展示品など見て時間をつぶした。現地の人とも触れ合いがあった。ボランティアをやられているとかで、本番は見れないが練習とかリハーサルを見たとかお話を聞いた。ビックハットもNHKも新しい施設。オリンピックに向けて街や道路も整備されたという。そして別れ際、折り紙で折ったマスコットをもらった。今でも家にあるはず。
時間になったので、ビッグハットへ。ほとんどの観客は日本人だが、地元チームを応援するカナダ人やスウェーデン人もいたし、演出はNHL風で、まるで外国のようだった。席の近くに座っていたカップルとお話した。既に何試合か見ているそうだ。普段、知らない人とはあまりしゃべらない人見知りな自分だが、そうさせる高揚感がオリンピックにはあった。
ハーフタイムか試合前か忘れたが、周囲が騒がしかったので何かと思ったらフィンランド代表のスター選手、ティム・セラニら選手がゴール裏で観戦してた。セラニしか知らなかったもので選手が何人いたかは不明だけど。サインや写真を求めている人がいたので自分もサインをもらいにいった。そういうことは普段しないんだけど、やはり高揚していたんだろう。セラニは快く応じてくれた。ちなみにセラニはバンクーバーにも出場している。
残念ながら試合の内容は覚えていない。観に行く事が目的だったので何となくそれで満足しちゃったのかも。
試合が終わると既に22時近くで、シャトルバスで長野駅に戻る。そこからは夜行列車で東京に戻ってきた。夜行列車というのも初めてで、なんか楽しかった。
オリンピックは競技だけではなく、人との交流や街の至る所でのイベントも含め楽しかった。その後、日韓W杯やドイツW杯も現地で体験する事になるが、世界的スポーツイベントに参加することは本当に楽しい。若い頃にそういう体験が出来てよかったと思う。将来、日本でこのような機会があれば、是非皆さんも参加してイベントを楽しんでもらいたい。もちろん、外国に観に行ってもいいと思う。
以上、12年前の思い出。
忘れた頃にブクマがついたのでその後を書く。こういうニーズもやっぱそれなりにあるのね、ということで。楽しくのんびり続けることを最優先に選んでる。
NBC Today ←普通の朝のニュース、雰囲気が明るい。天気予報の黒人のおじさんがやたらテンション高い。最初にヘッドラインで言ってたニュースは「詳しくは後ほど」とか言うくせに最後までは流れなくて、どうして「30分(強)」だけなのよォオオオ~~~ッ!! と思う。続きはどっかで見れるのかな?
CBS Evening News ←かなりおカタい雰囲気のニュースだけど特集はコンテンツ的に濃かったりして見ごたえがある。
New York TimesのWorld News ←数分の、淡々としたナレーション付きのドキュメンタリーショートフィルムっぽいの。相変わらず世界の様々な話が面白い。
CNN Larry King Podcast ←いろんな人を呼んできてインタビュー。ラリーの老人っぽい声は聞き取りにくいけど、むしろ訓練にはいい。
【新しい項目】
Slate V ←短い日替わりコンテンツ。新作映画の詳しい紹介、視聴者からのお悩み相談(みのもんた級のベタな内容だが親近感はある)、その他もろもろ。
AFN Europe Video Podcast ←American Forces Network Europe。軍隊がらみの短いドキュメンタリーを毎日、数本。米軍だけでなくドイツ軍とかイタリア軍とかの話もある。イラク軍に訓練法を教えてるとか、軍隊のクリスマスとか、軍隊の中の洗濯係の女性兵士とか、各国軍一緒に砂漠でマラソンやったとか、(プロパガンダだろうけど)本当にいろんな話があるので興味深い。
TIME Magazine Video Podcasts ←日替わりコンテンツ。インタビューや取材の映像。時々How they trainという番組があって、スポーツ選手がオフシーズンにどんな練習してるの?を見せてくれる。雪の無いスキージャンプとかリュージュとか面白かった。
The CNN Daily ←かなり早口。1年前はほとんどイミフだったが、毎日見てたおかげでTOEICリスニングぐらいは余裕になった。関係ないけどメインのハイジたんは実は毎日ちょっとだけメイクや髪型が違う。
CNN News Update ←かなり早口のラジオ。歩いてる時とか画面を見れない時に聞く。
Big Ideas ←学者、作家、どっかのCEOとかが1時間程度の講演をしてる。
Monocle ←cultureとdesignの話題。ファッションや建築のデザイナーにインタビューしたり。更新が少ない。
ABC World News ←メインのチャーリーおじさんが退職しちゃって、ベテランのダイアン・ソイヤーに交代。topicごとの頭出しもできなくなったけど一応毎日見てる。
Good Morning America ←メインだったダイアンがWorldNewsの方に行って、今は若めの4人がリゾートとか週末のお楽しみ紹介とかしてる。たまにまじめなニュースもあり。
Cranky Geeks H.264 Video ←geekな話題で新しいサービスとか新しいガジェットとか紹介してる。自然な会話としてはニュースより役に立つだろうけど、複数人で同時に喋って聞き取れなかったり、話題ごとにダラダラ会話してるので短気な自分は飽きた。
Real Time with Bill Maher ←音声のみで1時間ぐらいある。通勤時間がほとんどこれだけで潰れてしまうのでやめた。
Rumor Girls ←ギャルのくだけた会話だけど内容がつまらんのでやめた。
Harvard Business Video IdeaCast ←経営やらマーケティングやらの本書いたインテリとかが出てくる10分程度のインタビュー番組。あまりにお堅い内容なので飽きた。
ブコメで教えてくれたみなさんありがとう!早速トライしてみるよー。とりあえず登録がてらチラっと内容を見た感じで書いておく。
TechCrunch ←かなり早口。音声のみ。
H&M Fashion Video ←動画。映像的に結構面白そう。
NPRのTalk of the Nation ←音声のみ。
スタンフォード大学の講演Podcast speaker ←大学のはほんとに大量にある。
Planet Japan Podcast ←コメディ?音声のみ。面白そう。
NewScientist ←動画。月に1~2本ぐらいの模様。
CNN student news ←CNNはstudentじゃない方を視聴してるので・・・ごめん。
単語をコツコツ勉強するのがめんどくさいから。スクリプト探すのもめんどいし、映像とセットの方が単語とイメージが結びつきやすいと思う。複数のニュースを毎日見ていると数日間にわたって同じ話題が続いたりするので、自然といくつかの単語が耳に残るようになるんだけど、いちいち調べないで何となく意味とつづりが推測できるようになってからまとめて調べてる。コツコツ毎回やると数が多くなって忘れちゃう。ゆっくり確実に、でも楽して覚えたい。
自然に覚えた一例(印象に残ってるもの):
ぱんじーすきーむ ←金融屋のおじさんたちが悪いことした?…Ponzi Scheme
でべすてーてぃん、でべすてーてっ ←不況とか解雇とか自然災害とか悲惨な状況でよく言ってた。…devastate
みりとぅんつ ←なんか物騒な人々と戦ったらしい。…militant
じぇぺでぃー ←なんかやばい時とか?…jeopardy
はっきりと喋ってくれる人、人前で話すことに慣れてる人の話は聞き取れるけど、一般人のボソボソした話は分からないこともある。
聞き取ることに問題は少しずつなくなってきたが、しかし全然喋れないまま。語彙が少しずつは増えてるけど自然に口からは出てこない。
あと、聞けるスピードに比べて文字を読むのがすごく遅い。Webで記事も合わせて読むといいかもしれない。
また面白いの見つけたら書こうと思う。
危険だからという理由で登山もスキージャンプも止めさせられないし、ましてや彼らに対して治療費用の税負担がどうこう言う奴もいないのだから、同様に性病の危険や医療費用の問題を持ち出すことは出来ないと思う。道徳や倫理なんてのも国や文化や時代によって異なっているのが普通だし、それをもって誰かを調伏するのは、自分に都合の良い方向へ強制するのに、もっともらしい理由を持ち出したいからに過ぎないのではと思う。そういう人を好きになるのも、そういう人に身を委ねるのも、同様に自分勝手にそれを行ったのだから、その責任はその人自身が追えば良い。
問題があるとすれば、そういう問題を隠したり、体面のみ取り繕おうとする行為であって、そういう説明責任を果たさない行為というのは、また別の問題。
もっとも私は、性行為は本質的に生殖を目的とする以上、自身がそれを望む人とのみ行いたいとは思うし、相手にも類似の感覚を有してほしいと望むけど。ただこれはあくまで私の感覚であって、道徳も倫理も個々人で相反するのだから、他人に強要する類のものではないと思ってる。私は性行為を軽率に扱う人と解りあうことはないだろうし、解りあいたいとも思わないけど、そういう人が存在することが悪いことだとは思わない。
相方が「ブラウン管テレビでもリモコンきくの?」とか言うから当たり前だろと言ってやりました。
電気店で購入する際「念のためブラウン管でもリモコンきくか聞いてやろうか?」と言ったら全力で拒否された。なんだよ、心配だったんだろーが。
家に帰ってセッティングをしてみる。俺もwiiについての詳細は知らず本体自体がリモコンに反応するものと思っていた。
そんで、本体をテレビにつないで電源入れる。
・・・・・
リモコン反応せず。・・・・・俺ちょっと焦る。
相方「これ使うんじゃないの?」
そう言って取り出したのはセンサーバーだった。俺はこの存在を知らなかった。
俺「あぁ、そ、そうそう、それだ!」
相方「テメーも知らねぇじゃねぇかよ!」
つーわけで、めでたく週末は二人でwiiして遊んだ。
それも大事だけれど、もっと大事な点が一つある。
(というか、自分が言いたかったのは、増田が書いてくれたそのこともあるが、主に以下のことである)
(それと、「点が思った以上に伸びなかった」については勿論3-3のミスのことも考慮に含めた上で、の話な)
「今シーズン(昨シーズンもちときつかったが)からの異常なDG判定」がそれだ。
寧ろこれがもっともタチが悪い。
これまでDG(回転不足)というのは、肉眼で分からないレベル、よほど酷くないレベルならば、大概「まあおk」ということにされてきた。そもそも女子選手の場合、3回転は大抵わずかに回転が足りていなかったりするのだ。練習でコーチが見ても分からないレベルだが。が、といっても2.9や2.8くらいの話だったために取らずに来た。
が、昨シーズンあたりから妙に厳しくなり、今シーズンの厳しさときたら鬼だ。
荒川静香などのプロが、スローで見ても、「大丈夫では?」というレベルでもわずかーに足りなければDG。
いや、厳しくDGを取る事自体はいいのだ。わずかにといっても足りていないものは足りていないといえば、確かにそうなのだから。しかし問題は、DGによる減点があまりに酷いことだ。例えば安藤選手の4Sの基礎点は10.3点だったが、回転不足とされその点は一気に2.9点となった。なぜそんなに減るか?といえば、DGと判定されたジャンプは――例えばDGくらった4Sであれば、「3Sの、まわりすぎた、質の悪いジャンプ」という解釈をなされるのだ!そうするとどうなるか?まず、3Sと捉えられるため基礎点が減る。更に、まわりすぎた質の悪いジャンプ、と見なされるため、GOEでかなり点を引かれる。その結果、わずか2.9点になってしまうのだ。
この酷い点引きぶりを、以前は、「まあ、これはだいたい飛べてるのでおk」というジャッジの判断によって相殺してなんとかやってきたところがあった。大体回れてればおk、でも流石に酷いのはこの減点法によってかなり減点すっべ、といったように。それでバランスを取ってきた所があった。しかしDGを(NHK杯のレベルにいたってはイチャモンレベルに)厳しく取り始めた結果、「プロでもよくわからないほどの回転不足」によって一気に点を失ってしまうことになった。難易度が高い技ほど、当然、きっちり全くの不足なく回りきるのは難しい。安藤や中野が見た目の割にGPFで点が奮わなかったのも、DGを物凄い勢いでとられまくったからだ(中にはまあこのくらいはDGはしかたないかな、というのもあるが、あれだけとられるのは凄まじい、とくに安藤)。
つまり今大技を決めるには、「全く文句のつかないほど完璧に」決めなければならない。そうしなければ、減点されて寧ろ足を引っ張るだけだ(ジャンプはいれる数や種類がある程度決まっているし体力の問題もあり、それが失敗したからといって、アドリブでホイホイ点とれるジャンプをいれるわけにはいかないのだ)。成功しても、増田のいったように、たいした点は稼げない。他選手よりそれでたかだか2、3点といったところか。そのくらいの点数のために、練習を始めると怪我の可能性もあり(これがフィギュア選手にとってもっとも怖い事だ。フィギュア選手はもともと選手生命が物凄く短い上、ケガをすると即引退ということも普通にある)、また、成功したとしても体力的・メンタル的に他の技に響いてきてしまう(GPFでの浅田の3-3の失敗も、主な原因は3A×2で体力を削られた故であろうし、小塚が4Tに成功したものの後のジャンプで転倒してしまったのもそれが考えられる)。それほどの思いをして得られるものは、数点でしかないのだ。今、大技というのは本当にやる意味がほとんどない。そういうルールになってしまった。とにかく無難な演技を安定して行えるものが、今一番強いのだ。昨シーズンの世界選手権でも、男子優勝者はなんと4回転をしなかったバトル選手であった。といっても、勿論、バトル選手も、キム選手も、すばらしい選手には違いない。安定性も重要な要素ではある。しかし、今のルールではあまりにそちらに偏りすぎ&大技が非常にし辛い、のだ。
また、DG判定も曖昧なところがあって、一応4分の1以上足りていないジャンプはDGをとってもよい、というものはあるのだが、その辺りが曖昧なのだ。4分の1以内にとどまっていればいいのかといえば、そういうわけでもない。といって、回転不足だけど、その不足分が4分の1以内には収まっているから、という事で減点されない場合もある。そこが大会によって、または選手によって曖昧で、キム選手も正直微妙にあやしいものはあるのだが……エッジについても増田が言っているように、微妙な線だったりする。日本選手の場合たいてい微妙な線であれば真っ先にアウトなのだが……
DGがあまりにキワドイレベルでどんどんされるために、中野は「(この点の低さは)どこかでDGがされているってことなんだろうけど、でもそれがどこでされているのか(プロトコルを見ないと)分からない」というような事を試合後に言ったことがある。まさしくそういう事なのだ。飛んでいる選手ですら、飛びながら、「今のはどうだったろう?!」と思うようなレベルのミス。解説者も、「多分いいとは思いますが…」と濁らせるレベルのミス。それで、何点も失っていく。
あと、GOEについて。
もう少し増田の説明に付け加えると、これの問題点は、そもそも「ほとんどジャッジの主観でつけられてしまう曖昧な点」の割に、「やたらと加点幅がでかい」ことにある。キムに対する加点は凄いものがある。そもそも3Aなどの難しいジャンプを成功してみせても、キムがルッツを成功させれば2点ほどの差でしかなくなったり、3A-2T(激ムズっつーか浅田くらいしかできん)と3F-3T(そこそこムズい)の基礎点が同じだったりと、増田の言うように基礎点やGOEの加点幅のつけかたも酷いものがあるのだが、そもそもそのGOEのつけかたがキムだけやたらに(不可解なレベルに)高いのだ、これはあまりいいたくないのだが。例えば2A。浅田はイーグルから入り、綺麗な2Aを決めたのちその足でステップを踏む、という高度な技を入れているのに対し、キムは美しいジャンプはジャンプなのだが、入るとき・着地時などにそういった技は特にいれてきていない。のにも関わらず、加点はキムの方が高かったりする。「ええ!?」と思うのだが、そもそもここで問題なのは、GOEはそれほど曖昧なものということなのだ。
「そんな陰謀論みたいな」と思うかもしれないが、そもそもフィギュアは採点競技という時点でどうしてもそういったくらい部分が付き纏う。ソルトレイクスキャンダルと言う前科もあり、伊藤みどりのときの頑ななまでの下げぶりなど……言いたかないが、そういった部分があるのは事実だ。フィギュアスケートというのは、ルールで勝者が簡単に入れ替わる。今のルールは、とにかく無難な業を、回転不足とられることなく(寧ろ転倒はまだましだったりする)こなす、それだけだ。安藤はもう4Sをいれないほうがいいといったのは、そのためである。(先日の安藤の4Sは、安藤にしてはかなり見事な出来だった。トリノ時代だったらば認定されていたかもしれない)
言ってしまうと、今のルールはほとんど日本女子スケーター潰しといっても過言ではないほど狙い撃ちにしてきたルールだ。今のルールで有利になるのは誰かというと、韓国のキムヨナ選手とイタリアのカロリーナコストナー選手なのだが、ISUの会長はイタリア人で副会長は韓国人である。スキージャンプで、日本人が優勢になってきたとき、日本人に不利なルール改正がなされたのは記憶に新しいが、まさにあのようなことが起きていると思ってもらえればいい。とかく日本人は外交下手で、すぐ欧米にこういったことをされてしまうのは本当に情け無い事だ。が、最早このルールはとりあえず五輪が終わるまでは覆されないだろう。今はこのルールにあわせてやるしかないのだ。もはやルール改正をせまるには時が遅すぎる。
客もマスコミも大技を煽るが、もう今はそんな時代では無い事に気付くべきだ。
今大技に挑んでも、ほとんど利はない。「勝つ」ためには、大技は不利でしかない。悲しいが。
キム選手が強いのは、増田も言ったとおり、点を取るために最大限効率的なプログラムを組んでいるからだ。3A×2は、効率とは程遠いところにある。まあ、今季の浅田のプログラムは、五輪プレシーズンとして、色々試すためのプログラムだろうから、勝つためでなくともいいのだが。(寧ろGPFは本当によく勝ったもんだw今年はGPFが韓国開催ということもあって、これは正直ほぼ無理だと思っていたのだがw)
といって、おそらく今浅田選手がキム選手と同じプログラムをやったとしても、キム選手ほど点は伸びないだろう(浅田選手は美しくてもいまいち加点をつけてもらえないが、キム選手はその逆だ、この辺りの加点は本当に曖昧な割に影響力がでかいから困る。完全に曖昧さを消せないのはしかたないとしても、そういった性質の点はあまり影響を及ぼさないレベルにすべきだろう)。だから浅田選手は、勝つためにはキム選手より凄い技を入れざるを得ないところもある。3A×2は五輪には流石にいれてこないだろうが(と言い切れないのが浅田の怖さだがw)、今シーズンは五輪にも3Aをいれてこれるくらいに3Aを当たり前の技とするための鍛えシーズンなのだろう。
本人が勝たなくてもいいというならまだしも、やはり基本的に皆「勝ち」を狙いに行っているのだから、煽り立てたところで責任のとれない外野が、無責任に「大技大技」と煽るべきじゃないと自分は思う。ひっそり「してくれないかな」と思うくらいならいいが。
浅田の3Aはやけに安定感を増してきたから大丈夫だと思うが、安藤の4Sについては――期待したいといった人もいたし、気持ちは分かるのだが、厳しいといわざるを得ない。あれに拘りすぎていると、他のジャンプも崩れ出してしまう。それほど4Sは凄い技なのだ。
そもそも安藤が以前に認定された4Sは、おそらく今のルール下ではDGだろうし、あの時も正直言ってまぐれ的なものが大きかった(それでも凄いのだが)。もう20歳である安藤(フィギュアスケートでは結構いい年で、フィギュアのジャンプは年とともに飛べなくなる場合が多い)が、今のルール下でも認定されるような4Sを飛ぶ――というのは、ほぼ無理だ。無理してなんとかそれだけ出来たとしても、他に影響が出てしまう。今回のように。そもそも4回転ジャンプというのは男子でさえ4Tがほとんどなのだ(一般には4Sの方が難しいとされる。まあ、とはいえその辺りは個人差が大きいのだが。余談になるが浅田と安藤は、難しいジャンプは得意だが簡単なジャンプは寧ろ苦手という変わった性質を持っている。今ではそうでもないが)。今回、挑戦して、転倒もなく着氷し、シングル女子のプロトコルに4Sと表示させただけでも自分は称えたい。あんなことができるのは安藤しかいないのだ。精神力がどうこう言われやすい安藤だが、彼女は怪我に悩まされたり、上で言ってきたようなルールでなかなか思うように点があがらなくなったり、4回転の重圧があったり、そもそも忘れがちだが彼女はようやく今20歳(いや、ちょっとまて。誕生日が今日だったかもしれない。そうすると21だ。安藤おめでとう)なんだよな、トリノのときなんか女子高生だったのだから、そういった事を考慮するとあれくらいで普通なのだ。寧ろ未だくじけず続けているのは強い方だと思う。(浅田は武士だから除外)あまり安藤を責めないでやってほしいところ。彼女は4回転がなくとももともと3Lz-3Loという女子最強難度の3-3を持っていたりとレベルの高い選手なのだから、そちらを練りこんでいったほうがいい。無論飛んでくれたらその日はひっそり安藤4Sおめでとうケーキでも買いたくなるくらい嬉しいし、安藤にとってはもうスケートを続けていくモチベーションが4Sになっているところもあるため、難しいところではあるのだが。モロゾフはどうするかね。
それと安藤の話になったからついでにいうと浅田・安藤の今季のまだ解消されていない課題に「セカンド3Lo」がある。
3-3や3-2など、続けて飛ぶジャンプのことをコンビネーションジャンプというが、そのコンビネーションの二度目につけるジャンプは、実は決まっていて、トゥループというジャンプと、ループというジャンプしか実質つけられない(ルール上の問題ではなく、物理的な問題)。今更だがw、ジャンプには6種類あり、その難易度は、簡単な順番からトゥループ(T)<サルコウ(S)<ループ(Lo)<フリップ(F)<ルッツ(Lz)<アクセル(A)だが、このうちの太字にしたトゥループとループが、セカンド、二番目につけるジャンプだ。で、難しいのはこの通りループ。というか、3-3でセカンドにループをいれてくるのは浅田と安藤しかいないのだが。
これが、認定されない。ことごとくされていない。今季は安藤の一回だけか。SP序盤の浅田の3-3、あれがまさにそうなんだが、あれだけ回っていてアウト。くーっ、厳しい、厳しすぎるぜ。つうかもうこれは、ほとんどジャッジはセカンド3Loを認定する気がないと思われる。もともとDGとられやすいジャンプだからなあ、しかしなあ…
先ほど安藤と浅田は簡単なジャンプほどなぜか苦手と言う変わった性質を持っている、といったが、それがこのセカンド3Loが認定されない現象においてまたも弱みに変わってしまっている。3Loができないなら(それより簡単な)3Tをつければいいじゃない、ってな話なんだが、ことこの二人においては、「無理して3Loにしてる」わけじゃなく「寧ろ3Loの方が得意」というジャンプの天才たちなので、今まで、育っていくにつれ、特にその簡単な方のジャンプをみっちりやる必要がなまじなかったんだな。それが今ここにきて微妙に裏目にでている。3Tをやればいい、といっても、そんなに簡単には変えて来れないのだ(特に安藤)。飛べないわけじゃ決してないが、実戦で使えるほどかというとどうなのか…。
と色々心配な点はあるが、それはさておき今季の浅田のプログラムはおそらく後まで語られるような伝説のプログラムになるから、録画しておくことを推奨する。(youtube等ではやはり画像が汚いからな)個人的には浅田はプルシェンコ並に伝説のスケーターとなると思う。
つか中野や小塚のことももう少し語りたかったが流石に書きすぎた。とにかく日本選手は皆頑張っているし今はとてつもなくレベルが高いから面白いぞ。特に女子の層の厚さは異常wルールに対する不安反面、やはりワクワクする気持ちを抑えられん。