はてなキーワード: ことなとは
昨日の面接で言われたこと。
「君はもし仮に私の彼女になったとしても、謎が多いままでいそうだよね。つまり、好きでも付き合えないような感じ」
いわんとすることは、よくわかる。自分が自分の生々しい"御社への気持ち"を話していないのが原因である。
なにを言ってもだめなのである。"御社の○○という仕事に特に興味があり、私の○○という力を利用して御社に貢献したい"なんていう感じで話してしまい、それは結果的に周りくどく、しかも薄っぺらく発言になってしまう。
私はただ、御社で仕事したいという感覚になったのである。面接をしてくださるあなたの印象がとてもいいと感じるからである。ただ単にそういう理由。理論的な理由があるわけではなく、感覚的なものなのである。
その感覚的なものを言葉にする手段を持ち合わせてなくって、伝えられないだけなのである。
具体的な業務内容に関してのことを発言したところで、実際に仕事をしたことのない学生身分が具体的な話を出来るはずもないと思ってしまう。仕事をし始めてから御社の業務範囲の中で自分の特性にあったものを探していきキャリアを積みたい、というのはいささか甘い考えではあると思うが、そうしたいのである。例えば、○社と△社の営業という仕事における仕事の差を説明しろなんていわれたって、取引する相手が違うことや勤務形態が違うとか、営業手法が違うとかそういうだれでも思いつくようなことしかおもつかないし、そんなことを発言しても全く意味がないと思ってしまう。学生が学生目線で考えた業務内容についての発言をしたとき、面接官はどんな気持ちを抱くのだろうか。そこで、学生の想像と実際の仕事像がうまく合った人を採用するということなのだろうか。
ということは、最初から仕事内容なんてやってみないとわからないという私の就活に対する姿勢は、無回答と同じような状態なのか。
感情的なものが大半を占めており、感情を言葉にのせることが下手な私は、当たり障りのないようなことしか発言できない。思ってもないことをたくみに話す学生も周りにいなくはないが、私にはそういうマインドコントロール力や知識は残念なことに備わってないし、彼らとは仕事に求めるものが違うと思うので実行しようとも思えない。
ただ、単に仕事がしたい感覚なのである。仕事をする場の雰囲気がいいと学生視点で想像するし、私自身のやりたい仕事であると実際に仕事をやったこともない学生が想像して感覚的に思うのである。
もちろん今後の生活を考えている面もあるが、世の中に対する認識が甘い私は現在のところ、金銭的にはとりあえず3職食べられるだけ貰えればいいなんていうスタンスである。
天職に就きたい。。。
P.S.ふと思ったが、質問項目の中身なんてどうでもいいのかな。話し方や仕草など、それこそ面接担当者も感覚的に選別しているのかな。。。
娘が結婚した。娘が言うには、相手はなんだか頼りなさそうなのだが、同じ頃合いの若者にしてはよくできたほうで、稼ぎもいいという。
一応このときは娘を信じたし、娘のその言うところにおいては全面的に正しいようだ。若者が車を持たなくなったと言うが、彼は30を前にして持ち家と車を持っている。
ローンも心配しなくていいらしい。40を前にして完済できると意気込んでいた。草食系とは言ったものだが、彼は見た目より猛禽類のそれに近いのかもしれない。ヒョウヒョウとしている割に、眈々と獲物を狙っているのかもしれない。猛禽類だけに。ちったあやるじゃないか。猛禽類だけに。
で、そうも言うなら子供に期待せざるをえない。鳶は鷹を産まぬと言うが、蛙の子は蛙である。弱々しいタマではない、そう考えていた。オタマジャクシだけに。
もう十数回を数える帰省。何度目かは覚えていない。彼の入浴する合間に、恥を省みず娘に直截聞いてみた。
「こどもはどうだ?」
嫁が怪訝な顔をする。しかし、父としては確認しておかねばならない。それに、もう退けない。娘は、
「どうしたの、急に?」
と、笑顔だ。しかしこの笑いは営業スマイルのそれであり、娘もまた肉食生物のそれを隠そうとはしなかった。そうだ、社会においてその美貌は武器だ。
「いや、俺も、お前の孫を見てからでないと、安心して死ねないからな」
「んー」
娘は言葉を選んでいるのだろうか。そして
「こどもは、まだ、いいかなって。シンイチとも、そういうことにしてる」
笑顔を崩さず。髄まで染みた化粧は仮面のごとく。それでこそ我が娘よ。
「そうか」
少し残念そうな顔をして牽制してみる。デリケートな話題ではあるが、やはり血の行く末は見届けてから死にたい。
しかし、わからないでもない。自分の人生を謳歌したいという気持ちも。俺も若い頃は尖っていたつもりだ。社会なんか俺達でぶち壊せるという思いもあった。
その武器のために賢くなろうとしたし、世間の言う高学歴の大学に入り、野心を温めて社会に出た。親父もお袋も泣きこそしなかったが喜んでくれた。
ただ、社会を変えることはできなかった。いや、正確に言えば変えることをいつしか拒む自分がいた。そうしていれば黙っていても財を蓄えることができたから。
「父さんは、どうして孫が欲しいの?」
娘はその顔を変えることなく尋ねる。
「どうしてっていうようなものじゃない。家族が増えることは、それだけで喜ばしいことじゃないか」
と、それらしいことを言ってみる。もしかしたら、俺は先代からの呪縛に囚われているのかもしれない。しかし、これは本意だ。孫の顔を見たい。
ここで、娘の顔が曇った。それまでの笑顔が上っ面のものだとはわかっていたが。私は娘の今よりいい顔を知っている。
少し、間ができた。嫁は娘の顔をじっと見ていた。先行く女として看過できないものがあったのだろうか。洗い物をする手を止めていた。
「私は、こどもを産みたくない」
娘は、俺が最初に尋ねたときと同じ刃をぶつけてきた。すっぴんだ。水溜めに浮かぶ皿とフォークがぶつかる。
「私が、シンイチと結婚したのは、お金じゃない。こどもを産まなくてもいいと、言ってくれたから」
「私、こどもを産まないから」
反抗期があまりなかった娘だが、なんとなく理由がわかった気がした。
間。
シンイチ、浴室の戸を開ける音。嫁は洗い物を続ける。俺と娘は視線を外さない。居間に来るシンイチ。娘が視線を外す。仲睦まじき夫婦が私の視界に。娘は自立した。
まどか☆まぎかだっけ?終わった?おわったの?
やっとこれではてブのトップページとか増田がちょっとすっきりするわ。
一日何件あがってくんだよ。
内容は見てないからなんともいえんけど。
あーよかったよかった。
脳内というか多分元増田のソースは「原発がどういうものか知ってほしい」あたりだと思う。
しかしそれにしても、原発について何も知らなくても疑問に思うと思うのだが、
問題がぽろぽろ見つかるような状態で今まで大したトラブルもなく運用してきて、1000年ぶりの地震と津波ではじめて大事故ってどういうことなのよ。
一体その問題はなんだったの?本当は問題でもなんでもなかったんじゃないの?
空気読めない奴はどこ行っても嫌われる。こいつ空気読めないわと思ったら仲間外れにされて次から誘われなくなる。
当たり前のことだ。だのに、なぜ空気読めない奴は生存し続けているのか理解に苦しむ。
自分にとって何の利益にもならないことなのに、あえて空気読まないというのか。
だとするとそれはどういう了見なんだい?空気読まないタイプでも優れた人物は存在する。
くだらない空気を壊して新しい空気を場にもたらすタイプの人間な。
新風を吹き込むでもいうか。そうなると英雄だね。みんな内心この空気くっだらねえと思ってることはよくある。
だれかこの流れ変えてくれーと誰もが思うなかそういう英雄が現れるとGJ!でかしたぜ!と言いたくなる。
ところが空気読めない奴の9割がたはそうじゃなくて何もできないくせに空気ブチ壊すときたもんだ。全く迷惑きわまりない。
壊すなら壊すで何か用意してこいよ。壊すだけ壊してほったらかしとか。
脳に障害があって空気読めないような奴に無理に空気読む能力は求めないけど、もうちょっとなんとかならんのか?
人がたくさん集まると必ずそういう迷惑人間がおるだろ?そういう人間は自分が迷惑人間だと自覚してないのだろうか?
自覚してるならすっこんでろよな。場に積極的に関わろうとしてもブチ壊しにするだけ。
迷惑だと自覚してない奴も、何度か周りから空気読めクソメガネとかガツンと言われたら気づくだろ。何年人生生きてきたんだと言いたい。
というか、普通は空気と違うことするのは、飽きてきたから違うことしようぜとかそういう時だろ?
クソくだらねえ流れにみんなが無理して乗っかってるの見え見えだから、ちょっと違う面白いことしようぜと提案する。
この提案というのがポイントな。何も提案できない奴に文句を言う資格はない。
ところが無能なくせに場を乱す奴って提案する気がハナからないんだよな。
そもそも場を乱してる自覚がない。乱してる自覚がないから提案もしないということなんだろうな。
悪気が無いからこそ厄介という典型例だ。
遊びだったら即仲間外れで終了なんだが、仕事だとそうもいかない。
付き合いたくないけど付き合わないといけない。勘弁してくれよ。
節電した結果として原発を止められる余裕が生まれるなら、どんどん止めて保守点検するのが良いだろう。
節電に反対している奴など見たことがない。
思い上がりかもしれないけど、男である以上女には優しくしたいと思ってた。でもどうしても無理だった。
だから、理由もなくイライラしたり、怒ったり、わがままを言うのは許す。
いや、男が許すとか許さないの問題じゃない。仕方が無いことだと受け入れるしかない。
どうしようもないから、と甘えてくれればこちらだって可愛いと思えたかもしれない。何とかしてあげたいと思ったかもしれない。
でも、弱さを見せるのがそんなに嫌なんだろうか。弱さを見せたらそこにつけこむ男だと思われたんだろうか。
イライラをぶつけるとき、、いちいち何かこちどの落ち度を見つけたりこちらが悪い、償いにこれしろとか言われ続けるのは辛かった。
正気に返ったあと「あの時俺が悪いと言っちゃじゃないか」「あの時約束したでしょう?」と詰め寄ってくるようならすべてはねのけるしかない。
甘えたくないなら好きにしてくれればいい。ただ、なら自分で自分のことくらい制御しろ。
自分がまともだと言いたいなら、こちらも理不尽なことは一切受け入れる必要はないよね。
事あるごとに男と張り合おうとしたり、男より優位にたとうとしてるくせにクレクレ言われても何も出来ません。
悔しくてだんだんこっちまでイライラして、ケンカばっかりで、何一ついいことなかったよ。
泣きそう。
鳩山・山岡氏ら「菅降ろし」勉強会、60人出席
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110426-OYT1T00369.htm
民主党の鳩山前首相、山岡賢次副代表ら菅政権に批判的な同党議員が26日午前、東日本大震災への政権の対応を検証することなどを目的とした勉強会「震災に対応できる連立政権に向けた総調和の会」を発足させ、国会内で初会合を開いた。
党内では「倒閣目的の会」(幹部)との見方が強く、党内の「菅降ろし」が加速する可能性も出ている。
初会合には、原口一博前総務相、松野頼久元官房副長官、松木謙公前農林水産政務官ら小沢一郎元代表に近い議員を中心に約60人が出席した。
勉強会を主導する山岡氏は会合冒頭のあいさつで、統一地方選での敗北に関し、「両院議員総会を開き、議員による真摯な総括を行い、党を立て直していくべきだ」と述べ、執行部の責任を追及するため両院議員総会の開催を求める考えを強調した。会合では、両院総会の開催に必要な党所属議員の3分の1以上の署名集めを急ぐ方針を確認した。また、鳩山氏は「己を捨てる覚悟を持った集団をつくりたい」とあいさつし、まとまって行動するよう呼びかけた。
原発問題で東京が巻き込まれてなかったら、地震のことなんかすっかり
相手にされないのかもね。
余力のある範囲でやればいいと思うし
なんであんなCM作るんだろうと思った。見て嫌な気持ちにならんのだろうか。
応援してくれる人がいるのは嬉しいけどさー。
何を持って超えるとするか、という定義づけによる
売り上げが、ということなら単純にDVDや関連商品あわせてどれが勝っているかを比べればいいし
話題が、とするなら映画化は必須条件と言えよう
これを読んでもやっとしてしまった。
Togetter - 「福島県がつぶれる」 http://togetter.com/li/127858
恣意的に纏められたのはこちら。
Togetter - 「反原発派が差別者に変貌する時」 http://togetter.com/li/127848
例えば俺自身を考えると、「福島が好きです!自分の家動きたくないので、原発の1km範囲内にずっと住んでました!」って奴見たらさすがに引く。や、それはさすがにどうかと。
んじゃ10kmはどうか?19kmはどうか?21kmはどうか?30kmはどうか?って考えるとその線引きはなんだろう?
単純に距離で判断している奴が、ちゃんと線量計算して自分で判断している学者を非難できないんじゃないか?
例えば今「30km離れれば大丈夫!」と思っている人の大半は、「実はそんなことなく福島ヤバイ」的な授業を1日受ければ考え変わる程度じゃないかな、と思ってしまった。
ただこの学者も仮に東京がヤバくなったとしてたらどういう行動を取るか分らない。
まぁこれくらい立ち居地しっかりしてるなら有限実行で即引っ越すかもしれないが、この学者を支持したり福島怖いと思っている人のどれくらいが実際に引っ越すのか?自分が福島に住んでないから福島ヤバいと言えるわけで、いざ東京もヤバくなったら「まだ大丈夫」とか言って家離れないんじゃないか?そんで急に福島県も大丈夫、とか言い出したり。
いまの世の中ひどいもので、小学校なんて行くとDQNネームだらけ。いまの小学生でさえひどいのに、幼稚園以下の年代になるとそりゃもう地獄絵図。「天使と書いてミカエルと読む」なんて「本気と書いてマジと読む」の立原あゆみ先生もビックリですよ。そんな名前で大丈夫か?絶対イジメの原因なるだろ。「やーいやーいDQN」なんて。親がDQNだと子もDQNになるというのはよくあるパターンだが、親がDQNで子がメンヘラというのもよくあるパターンだ。メンヘラで親がDQNで学校ではイジメなんて最悪のパターン。これ以上にひどい生育環境があるだろうか?いやない。反語。正直、DQNなんて子作りしてロクなことない。ところが今のDQNネームの氾濫を見るにつけ、こりゃDQNばっかが子作りしてる世の中だな。世も末涼子だな、と。もっとマトモな奴が子作りすべき。しかしマトモだったら10代でデキ婚とかしない罠。DQNの平均第一子妊娠年齢が20くらいなのに対してマトモな人間の第一子妊娠年齢は30くらいだろ。こりゃDQNが栄えます罠。DQNばかりがガンガン子作りするもんだからDQN種族の遺伝子がドンドン進化してることにお気づきだろうか?DQN族が進化したらまともな人間になるかと思いきや真逆だ。「DQNでもでかいツラして生きていけるような人間」に進化していくのである。つまり、面の皮の厚さと堅さは鉄仮面レベルの厚顔無恥のコンコンチキになるということだな。ドラ息子もいいとこ。そこらじゅうでギャアスカ馬鹿騒ぎ。世の中の治安は低下する一方。DQNの進化を食い止めねばなるまい。
世界の共通言語は英語になりつつある。既に、日本語は覚える価値のない言語であり、日本人に生まれた瞬間に損をしている。
英語が出来ない我々が、英語が母語の人間と同じフィールドで戦っても勝ち目はない。
我々には、英語が母語の人間を傷つける権利はないが、英語が母語の人間を羨み、妬む権利はある。「自分たちは妬まれている」と彼らに思わせることが、我々、英語が母語でない人間が出来る最後のあがきだ。だから、英語が出来ない我々の仕事は、彼らを徹底的に羨むことなのだ。
英語が母語の人間がいかなる不平不満を述べても、彼らは英語が母語である時点で我々より優遇されているのだから、無視するべきだ。それが、英語が出来ない我々の仕事であると思う。
なんか他人の痛みや、人の気持を察することができて、素直でやさしい子供に育てるとかいうのあるじゃない。
自分の息子や娘ができたら、そう育てたい、そう育てなきゃって漠然と思ってはいるんだけど
本当にそれでいいんだろうか?って疑問も実はあったりする。
子供が居てもおかしくない年齢まで生きてきて、自分を振り返り、そして廻りを見渡してみると
素直でやさしいってのは、損な事も多い気がする。
人を貶めて、ただただ上っ面のやさしさで女を食いまくるヤツら。
騙し騙されの世界で、ピンハネ上等、嵌めこみ上等で儲けまくる人たち。
どっちかっていうと、自分はそういう事ができない、できても結構良心が痛むんで、あんまりできない。長続きしない。
出来ることなら他人を騙してでもお金儲けしたいとは思わないこともないが、やっぱできない。
気が弱い子と、他人を思いやれる素直でやさしい子って紙一重のような気がするんだよね。
「右の頬を殴られたら、左の頬も差し出せ」なのか、「殴られたら殴り返せ」なのか
教育方針の違いなんだろうけど、正直どっちがいいのかよくわからん。
気は強いけど優しくて人の気持が判る素直な子?
中学1年の7月のことだった。私が朝学校に行くと、仲良しだった子が近づいてきて唐突にこう言った。「もう、ごずっちと口きけないんだ」 意味が分からなかった。転校でもするのかと尋ねても違うと首を振る。「もう決まったことだから。じゃあ頑張って」 そう言って彼女は去っていった。
彼女の言葉は少なくて詳しい事情はまるで分からなかったが、悪い予感のようなものがあった。これはもしかしてあれじゃないか。どうしようどうしよう。背中を冷たい汗が伝うのを感じていた。教室へ向かう階段を登りながら、もうこのままずっと教室に着かないで欲しいと思った。知るのが怖かったのだ。
教室のドアの前に立った私は蒼白だったと思う。頭の中に色んな想像が駆け巡り、手のひらはじっとりと汗ばんでいた。ひざも少し震えていた。私は意を決して教室のドアを開ける。いつもと変わらない教室。でも私が入った瞬間、少しだけ空気が変わるのが分かった。スタートと悪魔がせせら笑った気がした。
私はいつも通り「おはよー」と声をかける。だが挨拶は返ってこない。私の存在を無視してみんなはおしゃべりを続ける。目さえ合わせようとしない。女子も男子も私がいないかのように振る舞っている。私は深く息を吐いた。泣いて騒ぎ出しそうな気持ちを必死で鎮めようとしたのだ。
昨日まで楽しかった学校が拷問のように感じられた。誰からも話しかけられない。こちらから話かけても無視されてしまう。なぜ私なのだろう。何遍も考えてみたけど思い当たる節はなかった。実際のところ大した理由もないのだろう。何となく選ばれ何となく無視されているのだ。
私はこの状況をできるだけ軽い感じで受け入れようとした。これは思春期の少年少女にありがちな他愛のないお遊びなんだ。こういうときは慌てず騒がず嵐が過ぎるのを待てばいい。恐らく長くても半年がせいぜいだろう。2年になればクラス替えもある。ちょろいちょろい。当時の私はそんな風に考えていた。
無視は1年生の間ずっと続いた。正直少し長いなと感じていたが、無視はあくまでクラス内だけの話で、他のクラスの子や部活内では普通に話をしていたので、思ったより辛くはなかった。学校は勉強をする場所だと割り切ればどうということもなく、そんな自分の強さに少し驚いてもいた。
2年生になる際にクラス替えがあった。掲示されたクラス割を見ると、1年の時同じクラスだった子は4人だった。それも大人しそうな子ばかり。私はほっと胸をなでおろした。慣れてきたとは言え、無視されるのはやはり心地良いものではない。私は解放感を胸に新しい教室へと向かった。
私は教室に入った瞬間、既視感を覚えた。空気の流れや重さが変わる感じ。暗黙の了解に支配された教室。それは9ヶ月前と同じだった。私は自分の席に着いて隣の子に話しかけた。「おはよー。私ごずって言います。よろしくね」 隣の子は目を逸らした。私は四方に話かけたが全員同じ反応だった。
血の気が一気に引くのが分かった。寒くもないのに体が震えていた。何なのこれ。怖い。怖いよ。早く教室から逃げ出したい。家に帰ってベッドに入って布団を頭からかぶって、世界からの情報を一切遮断したい。そんな気分だった。でも私は動けなかった。覚悟?諦め?違うよ。怖くて悲しかったんだ。
無視は一体いつまで続くのだろうか。2年生は修学旅行をはじめ色んな行事がある。中学生活を謳歌し思い出を作るにはうってつけの学年だ。それなのに初日から無視の洗礼だ。私は肩を落としながら部室へと向かった。部活だけが私のオアシスだ。もし部活が無ければ私は登校拒否を選んでいたかもしれない。
オアシスは見るも無残に踏み荒らされていた。3年生を除いた1-2年生部員が私を無視し始めたのだ。このときの絶望は筆舌に尽くしがたい。もう学校に私の居場所はなくなってしまった。その日を境に私は部活に行かなくなった。
家に帰ってから枕に顔をうずめオンオン泣いた。枕カバーが涙とよだれと鼻水でべちょべちょになっても泣き続けた。夕食のとき目を真っ赤に腫らしていたら、お母さんが心配して「目どうした?泣いたの?学校で何かあった?」と聞いてきた。実は1年生の頃から無視されているんだなんてとても言えない。
「泣く練習してたんだ。演劇部に転部しようと思って」と私は苦し紛れの嘘をついた。お母さんは「そう…何かあったら相談しなよ」と言ってそれ以上何も聞かなかった。これは私の問題だ。お母さんを巻き込むわけにはいかない。登校拒否だって絶対するもんか。私はそう固く決意した。
私は1日も休まず学校に通った。行事があるたびに孤立していたので、担任から「牛頭さん、クラスのみんなと仲良くやってる?」と探りを入れられたが、「大丈夫です」と突っぱねた。一方で私は毎日誰かしらに話しかけるようにしていた。どこかに突破口のきっかけがあるはずだと信じていたのだ。
突破口などなかった。私とクラスメイトの間にはマジックミラーがあるのではと思うほど無視は徹底していた。正直頭がおかしくなりそうだった。何度も登校拒否を考えた。転校も考えた。でも私は何も悪いことはしていない。逃げるような真似はしたくない。無視する連中に人生を左右されたくないと思った。
恐らく3年生になってクラス替えがあっても無視は続くのだろう。そう確信した私は中学を見限り、進学する高校を考えることにした。担任に頼んでうちの中学からの進学者が少ない高校をリストアップしてもらった。どこも私の学力では難しい学校ばかりだったが、毎日の目標ができて私は嬉しかった。
それからというもの、勉強を聞くために職員室に足を運ぶことが多くなった。どの教科の先生も私の質問に快く応じてくれた。時たま内緒だぞと言ってお菓子をくれる先生もいた。考えてみればそれはごく普通のことなのだけど、 1年半以上も普通の反応をもらえない私にはそれがとても新鮮に思えた。
3年生になってクラス替えがあった。半ば覚悟していたが予想どおり無視されたときは思わず笑ってしまった。ひとり笑う私をクラスメイトは不思議そうな目で眺めている。だから私は大声で叫んでやった。「無視生活3年目!落ち込んだりもしたけれど私は元気です!」 最高に気持ち良かった。
3年生になると周りが受験モードに移るので、以前ほど孤立は気にならなくなった。休み時間に勉強したり、図書室で勉強したりする人の姿も増えてきた。その頃、私は職員室の常連になっていて、放課後は先生達とコーヒーを飲むことさえあった。先生はみんな私に優しかった。
年が明け受験シーズンに入った。滑り止めの私立高校は受かっていたが、そこはうちの中学からの進学者がそこそこ多い。絶対に行きたくはなかった。本命の公立高校は共学でレベルがやや高い。先生からは「ボーダーだからランクを下げた方がいい」と言われていたが、私が受験校を変えることはなかった。
合格発表はお母さんと見に行った。高校は受験生と報道陣で混み合っていた。私は人波の隙間から自分の番号を探した。するとお母さんが先に見つけて「あった!あったよ!」と騒ぎ始めた。私は「もー!自分で見つけたかったのにー」と言いながらも、お母さんに抱きついて一緒に喜びを分かち合った。
私もお母さんも笑顔で車に乗り込んだ。でも運転席のお母さんが「お祝いに何か食べて帰ろうか」と言った瞬間、私は感情が抑えきれなくなり、声を上げて泣き出してしまった。助手席で嗚咽を漏らす私の背中をお母さんが優しくさすってくれた。そこで私の感情のダムは決壊した。
気づくと私は今までのことを洗いざらいお母さんに話し始めていた。話すにつれ、お母さんの顔は驚きから困惑に変わり、さらに悲哀を帯び、最後は私と同じ泣き顔になった。お母さんは何度も私にごめんねと侘び、私も同じようにお母さんにごめんねと言い続けた。お母さんは痛いくらい抱きしめてくれた。
その後、私は学校に行き担任に合格を伝えた。あと一番気になっていたことを聞いた。「私以外の合格者は何人ですか?」「男子が4人で女子が牛頭も含めて3人だな」 念のため名前も聞いたが、同じクラスになったことがない人ばかりだった。もう大丈夫だ。これでもうお母さんを泣かせなくてすむ。
卒業式は何の感慨もわかなかった。私の卒業式は合格発表の日、あの車内で終わっていたからだ。式が終わって教室に戻ると、クラスメイトはアルバムに寄せ書きをしたり写真を撮り始めた。その様子を尻目に私はさっさと教室を後にした。私に声をかける人はいなかった。
下駄箱で靴を履いていると「牛頭さん」と声をかけられた。1年生のとき私に「もう、ごずっちと口きけないんだ」 と言った子だった。この期に及んで私に一体何の用だろうかと思っていると、彼女は「あのね…ごめんね」と言った。なぜかその言葉で、私とお母さんが流した涙が汚されたような気がした。
「ごめんねってそれあんたの自己満足でしょ!自分が後腐れなく卒業したいからって今更ごめんねは無いでしょ!こっちはようやく解放されたのに最後の最後で味噌つけないでよ!」 私は思い切り啖呵を切って、走るようにその場を後にした。
帰り際、校庭脇の焼却炉に卒業アルバムを投げ込んで、私の中学校生活は幕を閉じた。…なお、高校に入学してから10ヶ月近く経つが、無視されることもなく、バカな友達に囲まれ毎日楽しく過ごしている。おしまい。
マルクスの演説
新しい労働の組織をうちたてるためには、労働者はやがては政治権力をにぎらなければならないが、われわれは、この目標に到達するための手段はどこでも同一だと主張したことはない。
「われわれは、それぞれの国の制度や風習や伝統を考慮しなければならないことを知っており、アメリカやイギリスのように、そしてもしわれわれがあなたがたの国の制度をもっとよく知っていたならば、おそらくオランダをもそれにつけくわえるであろうが、労働者が平和的な手段によってその目標に到達できる国々があることを、われわれは否定しない。
だが、これが正しいとしても、この大陸の大多数の国々では、強力がわれわれの革命のてことならざるをえないことをも、認めなければならない。労働の支配をうちたてるためには、一時的に強力にうったえるほかはないのである。」
かれこれ10年近く前からプロテインとビタミン剤とかを海外から買ってる。
だいぶ価格差は縮まってきたけど、当時は日本と米国で価格差がすごくて、たとえばプロテインは日本で350gで1500円くらいだったやつが2.27kgで35$くらいだった。
一日4錠とか書かれているやつを、半分に割って一日一錠飲んでる。
いくつか注意点。
発送用の専用のダンボールがあるわけじゃなくて、適当にそのへんにあるダンボールに詰め込まれる。
家電のロゴが入ったダンボールに、ロゴだけ油性マジックで消されてなにかの商品名らしきものが書かれ(ダンボールの中の商品とは違う)、至る所にメモ書きされてたりする。
隙間を埋めるように緩衝材や紙が入っているんだが、本当に適当。
割といい緩衝材を、とりあえず適当にぶち込んで、割と高級な印刷紙を適当に丸めて、ほとんど隙間を殺す役割を果たせず小さなビタミン剤の小瓶は底に転がってる。
バイトの質が伺える。
「Hey, もうすぐ発送するところだ!あとほんのちょっとだけ待っててくれ!(英語)」
一番安い船便(一ヶ月以上かかる)でいいって言ってるのに、2週間できたことが何度もある。
料金は船便のままだった。
きっとバイトが船便のコンテナのことを考えるのが面倒くさくてこっそり航空便で送ってたんだろう。
そのうち発送方法に船便が選べなくなった。
まあ当然だろう。
オマケでついてくるTシャツのサイズはMを選ぼうがSを選ぼうがXXXLが入ってきた。
大は小を兼ねるんだから文句はないだろうってことなんだろうな。
この間、Mって書いたのにバカでかいのが送られてきたからこんどこそMで送れよ!
「OK!わかったよ!(英語)」
みたいな返事が来た。
心配だったが、やはりXXXLがダンボールの底にボロ雑巾のように丸まって入ってきた。
ま、Tシャツなんてもともといらなかったからどうでもいいんだけど。
一万円以上買うとかかると言われるが、5万以上買ってもかからなかったこともあるし、金額もわりとマチマチ。
それから、同じ商品をいくつも買うと、個人利用じゃなくて商用利用とみなされて返送されちゃうらしい。
それはまだ未体験。
http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1558107.jpg
このシーンがすごく気になるんだ。
お母さんは、まどかの腕を掴んで引っ張り上げることもできた。
でも、それをしなかった。
この前の先生とお母さんの会話で、
「あの年頃の子供はね、ある日いきなり大人になっちゃったりするものよ」
「信じてあげるしかないわね」
って言われている。
腕をあげたけど、おろすしかなかった。
だってまどかに、「今でもそう信じてくれる? 私を正しいと思ってくれる?」
って言われたから。
お母さんだって、子育てに戸惑っているし、どうしていいかわからないから、そうするしかなかったんだ。
この日急に大人になったまどかは、大人になるために階段を下りていった。
この結末は、まどかの家族にとって、まどかを大切に思う人にとって、よかったんだろうか。
まどかのお母さんはあのとき腕をおろしたことで、まどかを永久に失った。
いつもそばにいるし、希望の持てる世を作ったし、もうまどかのいたあの世界は、最初からなかったことになったのかもしれないけど、それでもあの世界のまどかの家族は、まどかを失ったことに変わりはない。
あのままの世界で、まどかを引っ張り上げたら、何も変わらない世界だけど、今のままで生きいけたかもしれない。
いくら神になったって、多くの人を救ったって、ただ娘に幸せでいて欲しいと願った母の思いは、どうなるんだろう。
事情を話もしないのに信じてくれた母に、胸をはれる?
ねえ、まどか?
お母さんの信頼に応えられた?
母を悲しませても、自分の信じた正しいことをするのが、大人になるってこと?
自分の娘がまどかのような行動をしたなら、俺はずっと悲しみ続けると思う。
もちろん、娘を誇りに思うだろうけど、それは同時にとても悲しいことで、俺が望むこととは違う。
でも、そうやって、自分で決断して、親のいるフロアーから降りることが、大人になるってことなんだろう。
二度と戻ってくることがないとしても。