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はてなキーワード: 曖昧とは

2012-02-13

http://anond.hatelabo.jp/20120213161342

まあ、人気を競ってもしょうがないでしょう。

他の要素も必要です。

ま、曖昧です。人気がいい場合もあります

これから先は本気の勝負だ。みんなマジでいくぞ。これが成功したら我々は今まで折り合いをつけることの出来なかった機会達との対話とコミュニケーション、そして、












本当の自由とやすらかさと便利とこの豊かな時代の空気を享受三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店





赤いもやもやする線がついているな。警告文だ。ここから先は我々も対処を始める三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店さく











また赤いもやもやした線がついているな。別ま警告だ。まだやった方が良いと。機会も心へのあご彼があるからな。











アイ・アム・レジェンド                                                              この町から抜け出すには魔法使いを雇うしかない。それが彼だ。














受け容れる器が出来るためには時間かかるかも三点三点三店三転参天…遠い遠い空の星アンドロメダ盛運の天の光り…かもしれない三点三点三店三転参天…三点三点さん

2012-02-11

http://anond.hatelabo.jp/20120211230419

価値価格釣り合いがとれていない」とするとずれていませんが、価値価格アンバランスさを意識させずに誘導する部分が肝であるビジネスといったほうがいいでしょう。

チコン以外に関しては、コンテンツ自体が非合法と隣り合わせであったりその境界線を曖昧に見せているから批判されているわけですから、例示としては適切ではないでしょう。

コンテンツ妥当性には批判がそれほどいかず(ゲーム面白くないとかはあるでしょうが)、誘導部分に批判が集中することが特徴であるとすると、パチコンが一番類似しています

2012-02-08

http://anond.hatelabo.jp/20120208132902

美醜というものが明確に出来るなら芸術はない。

判断基準をもたない人間にはわからなくて当然で、「曖昧すぎる」という指摘自体が見当違い。

http://anond.hatelabo.jp/20120208132327

お前さんの美しくないって方が曖昧過ぎるわ(笑)

http://anond.hatelabo.jp/20120208132127

こういうこと平気で言っちゃう奴がそこそこいい育ちの層にもいっぱいいて、現代の社会経済システム病理を反映してるなあと思う。

そもそも「勝つ」というのが何を指してるのかいまいち曖昧だけど。

2012-02-05

とある理系学科生の

個人特定されるかも知れないけど、構うものかと


自分は、何処にでもいるような心理系学科生の学生

理系学生が大抵そうであるように

学科選択の際にはそれなりの理由があったりする

両親の離婚や自身の障害、友人・恋人とのいざこざといった、ありきたりなもの

自分と似たような境遇の人を救えたら」が出発点なのも、ありきたりだ

多くの心理学科の学生がそうであるように、大学院進学を経て臨床心理士資格を取得を目標としていた

そのために勉強を重ねてきた


3年次の学期末である最近、将来就こうとしている職業疑問符が付くようになった

勉強をすればするほど、経験を重ねれば重ねるほど

心理臨床に何の意味があるのかが分からなくなってきたのだ

1時間数千円のカウンセリングや心理療法を行なって、それがどうなるというのだろう

何をもって治ったとして、何をもってクライアントがよしとするだろうか

それは、心理学を学んだ人間がやらなければならない問題なのだろうか

そして、本当に対応ができる問題なのだろうか

自殺者数は上昇傾向にあるという調査結果がある

仕事学校においてストレスを感じ、何らかの病気や障害に悩まされる国民も増えてきている

だけどその人達に何が出来るというのだろう

医者が薬を出す以上のことは、本当は何もできないのではないだろうか

結局は本人は自ら血を吐くような努力をして克服することでしか、解決しない問題だと思う

から最近自分目標とする職業必要性が分からなくなってきた



しかし、不安なのはそれだけではない

生活が成り立たない事も不安

この国においては、心理職はそこまで安定した職業ではない

職の数自体が少なく、非正規が多く、給料も平均して低い

それに比して学ばなければならない事は非常に多く、一生涯にわたって研究学習に追われる

大学院進学や資格試験も難関で、長く辛い勉学を強いられる

にもかかわらず非常に狭き門であり、途中で失敗したならば取り返しのつかない事態となる

当然、経済的な自立が難しくなり、親や兄弟にも迷惑がかかる



自分不安

自分と似たような境遇の人を救えたら」という程度の、自分わがままで進めるような道ではない

小学生が持つような、弱く曖昧現実を見ていない願望なんて捨てなければならない

第一、そこまで他人を救いたいわけでないだろうに

自分と似た境遇の他人を救うことで、自分が救われた気持ちになるから

それとも、誰かを救うことで自尊心を高めたいのか

そうであることを否定出来ない自分は、どれほど人間侮辱しているのだろうか

その立場になる資格なんて、自分にはないように思う


しかし、一般企業就職するという道を選ぶというのも逃げなのだろう

ただ単純に、院試勉強や将来の安定がないから嫌だということから逃げている

逃げた先に就職という安易な道があったから選んでいるだけだ

「あれだけ院に行くと行ってたのに今更進路を変えたら」のような

他人から見損なわれたくないという下らない自尊心が生まれて、嫌になる


これが、何処にでもいるような心理系学科学生の考えてることだ

どうしたらいいんだろうか

http://anond.hatelabo.jp/20120205145312

真偽も曖昧なエピソードに安易に飛び付く人は、安易に作られた安い嘘にも簡単に騙される。

それが原因で痛い目を見たとしてもそれは当人の問題であって、他人がとやかく言うことじゃないと思うよ。

2012-01-30

橋下徹氏への期待と違和感

僕はとりたてて左でも右でもないと思うが、個人的に橋下徹氏のやり方には強い違和感を感じる。君が代を歌わない教員を罰する、などといったタカ派的な行動(http://goo.gl/fdA8f DailyMotion: これで彼自身恥ずかしそうにしてちゃんと歌っていないというのは置いておいて...)やテレビタレント時代核武装とか中国売春ツアーODA発言とか弁護士懲戒請求の扇動とか、そういう極端な言動への違和感が第一にある。ナイーブに考えて、下品で息苦しいのである

だが、僕が結構ファンである佐々木俊尚氏(http://twitter.com/sasakitoshinao)や夏野剛氏(http://twitter.com/tnatsu)など、わりとリベラルで先見的と思われる人たちが橋下徹氏に好意的な評価をTwitterでしているのを見て、どうしたものだろうか、としばし考えた。

たとえば佐々木氏は、橋下氏の実行力を評価し、橋下氏の批判者が感情的な批判しかできていない、ということを指摘していた。たしかに、行革財政再建を目指す政策は私も賛成である。また、部落問題や暴力団のような複雑な問題も、彼くらいの突破力がないと解決できないだろう(私が橋下氏に一番期待しているのは、そのような問題の解決においてである)。ただ一般に彼のやり方は、敵を作り、スケープゴートを作ることで住民の溜飲を下げさせていることで勢いを維持しているように見えてしまい、その手法に狡さ・醜さを感じるのである。さらに言えば、それに乗ってしまう人々の多さにも空恐ろしさを感じるのである(こういうと香山リカ氏みたいだが)。私は、橋下氏はルサンチマンに駆り立てられて動いている人間だということに気づいたが、彼がさらに住民の潜在的なルサンチマンを煽っている構図なのではないかと思うのである。そういう点で、現代のヒトラーという指摘はあながち見当違いではない。

私みたいに、緊縮財政行革による財政再建は大いに結構、だがイデオロギー的な押しつけの空気タカ派挙動、さらには彼を突き動かしている感情にはアレルギーがある、という層は多いのではないだろうか。

佐々木氏が今日になってついに「橋下氏について行けない人たち」などという(そこまで言ってしまうと戦時中非国民とかと同じメンタリティーにしかすぎないだろう)気持ち悪い全体主義的なポストまで挙げていたので、なんだかガッカリさえした(本当の知性や強さというものは、結論の出ない曖昧から目を背けず、それに耐えて批判的に考え続けることではないのか。)のと同時に、自分の中でどういう立場を持てばいいのか、折り合いをつけなくてはいけないのかな、とも感じたのである

私は科学者だが、周りを見ていてたしかに偉大な科学者が必ずしも人格に優れているわけではないし、科学者を見る際には業績と人格、さらに教育者としての資質は分けて考えるのが普通だ。政治家もそれと似たようなもので、イデオロギー実質的な政策を分けて考えるべきなのかもしれない。彼の財政再建のための活動は評価するが、彼の人柄や彼を突き動かしているイデオロギーものには疑問を感じる、という折衷的なスタンスをとれば、私自身感じている息苦しさにも折り合いをつけられる。

余談だが、橋下氏、昔はテレビではけっこうチャライ感じでいじられキャラだった記憶があるのだが、いつの間にあんなに強者のキャラになったのだろう。そういうパブリックイメージの変遷のメカニズムにも興味がある。

ひとりのAnonymous Cowardより

2012-01-27

村上春樹の猛々しい想像力 (1/3)

Sam Anderson

2011年10月21日

訳注:長文注意。誤訳あったらごめんなさい。教えてもらえたらあとで直します)

1 - 2 - 3

この夏、私は初めての日本への旅行を企てた。

村上春樹の作品世界にほぼ浸りきってやろうというつもりだった。

ところがその目論見は外れることになる。

私は村上の作品の影響下にあるまま、東京に降り立った。

期待していたのは、バルセロナパリベルリンのような街だった。

そこでは、市民はみな英語が達者で、さらにはジャズ劇場文学シットコムフィルム・ノワールオペラロックといった、

西洋文化のあらゆる枝葉に通じている……そんなコスモポリタン世界都市を私は期待していた。

誰かに聞いておけば分かっていたはずなのだが、実際の日本はまったくそんな場所ではなかった。

実際に足を踏み入れることができる日本は、どこまでも頑固に、日本的だった。



そう思い知らされたのが地下だったというのは、我ながらよくできていたと思う。

東京での初めての朝、私は村上の事務所に向かっていた。

アイロン掛けたてのシャツに包まれ、なんの躊躇もなく地下鉄の駅へと降りて行くや否や、

私は迷子になり、助けを求めようにも英語話者を見つけることができなかった。

最終的には(電車を乗り間違え、馬鹿げた値段の切符を買ってしまい、必死のジェスチャーで通勤客を怖がらせたあと)、

どうにか地上に出てはみたものの、もはやインタビューの時刻はとうに過ぎている。

私は絶望して、目的もなくあちらこちらへとさまよい歩いた(東京にはほとんど標識がないのである)。

そして蜂の巣状のガラスピラミッドのような建物の前で途方に暮れていたとき

ついにユキという村上アシスタントに見つけてもらうことができた。



このようにして私は東京の地下の洗礼を受けたのである

まりにもうかつな、アメリカ人的な私は、村上のことを現代日本文化を忠実に代表する人物として考えていた。

実際には彼は私が思っていたような作家ではなく、日本は私が思っていたような場所ではなかった。

そして両者の関係の複雑さは、翻訳を介して遠くから眺めていたときには想像しえないものであることが明らかになっていった。



村上の新作『1Q84』の主人公の一人は、自らの人生最初記憶に苛まれており、誰に会ったときにも、あなた最初記憶はなにかと尋ねる。

やっと村上に会えたとき、私は彼の最初記憶について尋ねた。

それは3歳のとき、初めて家の門の外に歩き出したときのことだという。

彼は道をてくてくと渡り、溝に落ちた。

流されていく先にあるのは、暗く恐ろしいトンネル

そこに差し掛かろうかというとき、母が手を差し伸べ、彼は助かった。

「明確に覚えている」と彼は言う。

「水の冷たさ、トンネルの闇、その闇のかたち。怖かった。僕が闇に魅かれているのはそのせいだと思う」

村上がこの記憶を語るとき、私は既視感とともに心の中でくしゃみをするような気持ちを覚えた。

その記憶には聞いた覚えがある、いや、不思議なことにその記憶自分の中にある、と感じた。

ずっとあとになって分かったことだが、私は確かにその記憶を持っていた。

村上は『ねじまき鳥クロニクル』の冒頭の脇役に自分記憶を写し込んでいたのだ。



村上を初めて訪問したのは、日本にしてもありえない夏の厳しさの最中

週の真ん中、蒸し蒸しする午前中のことだった。

それは非現実的なまでの災害の余波を受けた夏だった。

4ヶ月前に北日本を襲った津波で2万人が命を落とし、

いくつもの街が破壊され、原子力発電所メルトダウンした。

その結果、電力、公衆衛生メディア政治にも危機が到来した(当時の首相の辞職によって、5年間に5人目の首相が生まれることになった)。

日本を代表する小説家である村上に会いに来たのは、

大作『1Q84』の英語訳(そしてフランス語訳、スペイン語訳、ヘブライ語訳、ラトビア語訳、トルコ語訳、ドイツ語訳、ポルトガル語訳、スウェーデン語訳、チェコ語訳、ロシア語訳、カタルーニャ語訳)について話すためだった。

この本はアジアで数百万部を売り上げ、

まだ翻訳が出ていない言語圏ですらノーベル文学賞の噂が囁かれていた。

62歳にして30年のキャリアを持つ村上は、日本文学最高峰としての地位を確かなものにしている。

疑いなく、彼は母国の表層とかたちを世界に伝える、想像世界大使となった。



そのことは、関係者には非常に大きな驚きだったと言われている。



村上は常に自分日本アウトサイダーだと考えている。

彼は不思議社会環境最中に生まれた。

アメリカによる戦後占領を受けた1949年京都日本の前首都である

「これ以上の文化混交の瞬間を見つけるのは難しい」と John W. Dower は1940年代後半の日本について書いている。

「これほど深く、予測不能で、曖昧で、混乱していて、刺激的なものは他にない」という。

「瞬間」を「フィクション」に置き換えてみれば、村上の作品を完璧に説明することができる。

彼の物語の基本構造は、互換性のない複数の世界に根を下ろした普通の人生であり、

それはそのまま彼の最初人生経験の基本構造でもある。



村上は成長するまでのほとんどを神戸郊外で過ごした。

そこは、さまざまな言語の喧騒に包まれた国際的な港湾都市である

彼はアメリカ文化、とくにハードボイルド探偵小説ジャズに没頭して十代を過ごした。

そうして反逆のクールさを自分ものにし、

二十代のはじめには大企業の序列に入り込む代わりに、髪を伸ばしヒゲを生やして、両親のすすめを押し切って結婚し、借金をして「ピーターキャット」というジャズクラブ東京で開いた。

掃除をして、音楽を聞いて、サンドイッチを作って、酒を注いで、

彼は約10年間をその仕事に費やした。



作家としての村上キャリアの始まり方は、彼のあの作品スタイルそのものだった。

どこまでも普通の設定で始まり、どこからともなく神秘的な真実が主人公に降りかかり、その人生根底から変えてしまう。

29歳の村上地元野球場の芝生でビールを飲みながら、デイヴヒルトンというアメリカ人助っ人バッター二塁打を打つのを見ていた。

平凡なヒットだったが、ボールが飛んでいくのを見て村上天啓に打たれた。

自分小説が書けると気づいたのである

そんな望みはそれまでなかったが、いまや圧倒的なまでだった。

そして彼は書いた。

試合が終わった後、書店に行きペンと紙を買って、

数ヶ月のちに『風の歌を聞け』を書き上げた。

それは名もなき21歳の話し手が語る小さく凝縮された作品だったが、冒頭から村上らしさが見えていた。

アンニュイとエキゾチシズムの奇妙な混合。

わずか130ページで、その本は西洋文化をぶつ切りにして引用してみせた。

名犬ラッシー』、『ミッキーマウスクラブ』、『熱いトタン屋根の猫』、『カリフォルニア・ガールズ』、ベートーベン第三ピアノ交響曲フランス映画監督ロジェ・ヴァディム、ボブ・ディランマーヴィン・ゲイエルヴィス・プレスリー、『ピーナッツ』のウッドストックサム・ペキンパーピーターポール&マリー。

以上はごく一部に過ぎない。

そしてその本には(少なくとも英語訳には)日本芸術引用がまったくない。

村上作品のこうした傾向は日本批評家をしばしば苛立たせている。



村上は『風の歌を聞け』を権威ある新人賞に応募し、受賞した。

そして一年後、ピンボール機を取り上げた次の小説を出したのち、執筆時間のすべてを費やすため、ジャズクラブを畳んだ。



時間のすべて」という言葉には、村上にとっては余人とは異なる意味がある。

30年を経て、彼は僧侶のように統制された生活を送っている。

すべてが作品を作り出すのを助けるように調整されている。

彼は毎日のように長距離を走り、泳ぎ、健康的な食生活を送り、夜9時には床につき、朝4時に起きる。

そして起床後5、6時間は机に向かい執筆に集中する(2時に起きることもあるという)。

彼は自分の事務所を監禁場所だとみなしている。

「ただし自発的な、幸せ監禁だけれど」



「集中は僕の人生もっと幸せものだ」という。

「集中できないとき、人はあまり幸せではない。僕は考えるのが速くないけれど、何かに興味を持てば、それを何年も続けられる。退屈することはない。僕はヤカンのようなものだ。沸かすのに時間はかかるけれど、いつまでも熱い」



そうした日々の湯沸かしが続いていって、世界でも類まれな作品群ができあがった。

30年の歳月を経て積み重ねられたそれには人を虜にする不思議さがあり、様々なジャンルSFファンタジーリアリズムハードボイルド)と様々な文化日本アメリカ)をつなぐ位置にある穴を埋めている。

どんな作家にも、少なくともこれほど深くまでは、埋められなかった穴だ。

時とともに村上小説は長くシリアスになる傾向が強くなった。

シットコム引用もその傾向に調和している。

そして今、とりわげ激しく長い湯沸かしの結実として、もっとも長く、奇妙で、シリアスな本が上梓された。



低く深い声で村上たくみ英語を操る。

彼は翻訳者を通して会話するのが嫌いだという。

なまりは強く、落ち着くべき箇所で動詞の活用が劇的に現れたり消えたりする。

はいえ相互の理解に支障を来たすことはまずない。

特定の熟語("I guess" 「ではないか」、 "like that"「というような」)が、ときたまおかしな位置で使われることがある。

安全言葉いから逸脱するのを楽しんでいる節が彼にはあった。

英語即興の遊びをしているように感じられたのである

私たちは東京にある彼の事務所で席を持った。

その事務所は半ば冗談ながら村上製作所と名付けられている。

数人のスタッフが靴を履かず他の部屋で作業をしている。

村上は青いハーフパンツと半袖のボタン付きシャツで現れた。

彼のキャラクターと同じように、アイロン掛けしたばかりのように見えるシャツだった(彼はアイロンけが好きだという)。

靴は履いていない。

彼はペンギンのある本の表紙を模したマグカップブラックコーヒーを飲んだ。

その本とはレイモンド・チャンドラーの『ビッグスリープ』、彼の昔からお気に入り小説であり、今日本語訳をしている小説でもある。



話を始めながら、私はあらかじめ用意していた『1Q84』をテーブルの上に置いた。

村上純粋にびくっとしたようだった。

その本は932ページあり、ほぼ30センチのその厚みは本格的な法律書を思わせるほどだ。



「大きいな」と村上は言った。

電話帳みたいだ」

1 - 2 - 3

別にいいじゃん

hyde身長は161cmだとhyde自ら公言しているんだけど、何故かネット上では156cmという事になってて、しか事実との相違に対して特に異を唱える人をあまり見かけない。

「どっちでも別にいいじゃん」みたいな状況がずーっと放置されてる状態。真偽ではなく、ネタとして楽しめるかどうかが優先されてしまっている状態。

ミュージシャン身長が通説と実態で何センチかずれていても大した弊害は無いだろうけど、そうではない大事な事柄との境界線は非常に曖昧だ。

別にいいじゃん」と無頓着な人は、いつか自身にとって真偽が重要な事柄に直面しても「別にいいじゃん」と周囲から相手にされず、取り返しのつかない事になるのだろう。

多分、今現在取り返しのつかない事になってる様々な事柄も、大勢が真偽に無頓着なまま放置された結果だったりするのかも知れない。

2012-01-21

http://anond.hatelabo.jp/20120121095712

そもそも「収入を伴わない労働労働ではない」と言う風潮がなあ…

自営業だとどこまでが「収入を得る為の労働」でどこからが「収入を得る事とは関係ない労働」なのか曖昧から

専業主婦統計自営業妻は最初から除外される事が多いわけだけど

2012-01-20

言葉表現しようとするには感覚的、だけど可視化された実感




最近思うのは、正解とか不正解とかっていうのはあんまり関係ないのかなぁと。

知識も意見も思想も、誰かと繋がるための触媒なのであって、

繋がろうとする時の”摩擦”を起こすのが何よりも大切であっ

て正しさとか納得ってことよりまずはことばのやりとりによって、存在を認め合うことが最優先の目的だと









<h2>アルテイスト?</h2>



なんだろう、この全部が一つの円の中に入るんじゃないかって言う感覚

それぞれが異なった領域にあって、全く関連が無いように思える事象であっても、

なんだか全てが繋がっていて孕んでいる本質は全てに共通しているんじゃないか?という

漠然曖昧、でも確信めいた感覚。点と点が線になり線で織り成す集合体は

円になるような感じ。









私たちはチャンスをつかむためではなく

チャンスを逃さないために日々研鑽を積んでいる。

どこから訪れるかわからない、

訪れていることに気づける自分であるために。



無駄時間を過ごすためにある場面では無駄を省き効率的に進むことを

求める。



そして、むだにだらだらする時間存在がやる気と

ちょっとサボってしまったという罪悪感を呼び、

さらなる効率的にすごそうとする意志に変わっていく。









点と点が結びついて線になる瞬間は

本当にフレイクスルー!!って感じがする。

そことそこが結びつくのか、とか

そんな分野にヒントがあったなんて!って思う。


悲しいけれど私たちには

点と点を結ぶ方法はない。

点と点のお見合い成功させる仲人にはなりえない。

結ぼうとしても無理。

唯一できるのは点を増やすことだけ。

線の材料になる

点を増やすことだけ。








別々の場所にあって独立した存在であるはずのものたちも

本質的には全部同じものであって、

切り離して考えると損をしてしまうような気がしてならない。

全てが繋がっていて、

全部一緒なんだと思う。


見えてる形とか表現の仕方は違っているけれど

それぞれの領域で最終的に行き着く本質

どれも一緒なんじゃないかと思う。



誰もが自分の虹に辿り着ける。

そんな感じ。

2012-01-14

はてブAmazonを見習えばいい

前記事

■なぜはてな敬遠されるようになったのか

http://anond.hatelabo.jp/20120108211250

■「呪い」はツールで封じるべき

http://anond.hatelabo.jp/20120112030008



まとめると、はてブコメントが偏りすぎると(はてな的に)困ったね、という話でした。

で、ここからがやっと本題です。じゃ、具体的にどうするのって話です。



まず、誰もがわかりきっていることですが、すでにはてなブックマーク価値ある情報を共有するブックマークとしての利用者ばかりではなく、記事やページに対するレビューというか批判や皮肉を投げ捨てる場として使うユーザーと混在している状態なわけです。「どうでもいい」と思っていることにすらブックマークしてひと言皮肉を言わずはいられない人も世の中にはいるのです。宝箱とごみ箱がごっちゃになっているわけで、まずこの両者をはっきりと区別できるようにすべきです。



そこで、参考にしてほしいのはAmazonレビューです。個人的にAmazonレビュー情報設計の素晴らしいと思うところは、レビューそのものに対する「役に立ったかどうか」の評価軸の他に、商品に対する「評価の高いレビュー」と「評価の低いレビュー」を対立軸で並列させている点です。これをはてブにうまく適用すれば、その記事に対する否定的な意見と肯定的な意見のどちらが多いのか一目瞭然になる上、どちらの意見も有益な情報を拾えるようになるわけです。



まり

・現状はあまり機能していないページの評価に対するスター改善し、「お気に入り度」のような形でブックマーク時に5段階でページを評価させるようにしておく。

→これで今まで曖昧だったページ自体の評価がはっきりする。

デフォルトは★3つにしておけば、面倒な人は入力しないでいいが、全体のコメントには反映されにくい。

・ページへの評価が低いユーザーと高い評価のユーザーを並列でコメントの評価順に並べる。

・評価とコメント矛盾しているようなユーザーも出てくるので、ユーザーコメントに対する評価やランク付けも今までより厳密に、匿名プラス評価とマイナス評価で行う。

・さらにホッテントリは徐々にページ自体の評価を基準としてブックマーク数と合算してポイント制に移行すればいい。



基本的にはこれで全然違ってくると思う。まぁ、Twitterと同期させたことで、はてブも閉鎖されたコミュニティでなくなりつつあるので、新しい血を入れる、ということも引き続き進めていきつつ。あと、話がずれるけど、増田ツイートボタンいいね!ボタンを置いたのもいい対策だと思う。増田に関して言えば、これではてブの偏りがより明確になった気がする。で、他のコミュニティにも拡散された後で、大勢が変わってくると、一部の「ズレた」ことに気づいた初期段階でコメントを残したはてブの人たちは、空気を読んで自分コメントを消したりする非常に香ばしい状況も垣間見れたりするわけです。



これを増田に書いた意味については面倒なので問いたださないでください。

そんなわけで、はてなには引き続きがんばっていただきたいです。

2012-01-09

笑顔の向こう側

時が経つにつれて、相手を選んだ時の気持ちは綺麗ではなくなる

汚く腐っていく

笑いあうのも、喧嘩するのも、仲直りするのも

全てに飽きて、うんざりして、疲れてしま

あれほど毎日会いたかったのに

今では1ヶ月に1度でも多いくらいだ



恋だったのだろうか

ただ簡単で ただ曖昧

そんな愛情

季節が巡って出会う前に、元に戻った

それだけで

ただ単純で、ただ純粋

恋が実って、腐っていった

偶然に君と出会って、触れ合って、一緒になった

ただ、それだけだったんだ

2012-01-02

http://anond.hatelabo.jp/20111231173519

判っていてあえて、とも思うのですが。

「意思決定の手法として対話を最善と考える」のは、あくまで「代議制民主主義

での理念であって「民主主義」での共通理念ではありません。

代議制民主主義においては「多数決は糞」でいいのですが、直接民主主義理念

おいては、「多数決」について、そこに一般意思を認める、少なくとも「話し合い」

と同等の価値を認めるのが普通のはずですが。

知っていて「民主主義」とその一部の一派でしかない「代議制民主主義」との区別を

あえて曖昧にして書く誤魔化しをしているように見えるのですが・・・

ついでに橋本氏はキャリアからすると不自然なのですが、法学プロであっても

政治学については素人であって、本当に政治学については疎い可能性があると

思います橋本氏は過去に「首相公選制大統領制を混同していて、首相公選制

主張のつもりで大統領制を唱えて、後に用語混同に気付き訂正した」などという

政治学の基礎を知っていればありえない間違いを冒したこともあります

「代議制民主主義理念」についても、本当にわかってないのみで、「政治学

常識を知っていて嘘をついている」のではないかもしれません。

2011-12-23

就活に関するハックで必要なのは受かる方法だと思うんだが

メンタツの記事を中心にして、いかに「足切り回避するか」についてしか語りやがらねぇ。

あいう記事を読むとなんというか、就活大学試験と変わらんような減点方式に感じられて、

しかもその基準が曖昧なもんだからいちいち楽しくない気分になってしまう。



やめろよ。足元ばっかりみる記事じゃなくて、もっと応援するような記事書いてくれよー。

書き手がリスクを恐れてるのか、ボリュームゾーン狙ってるのかしらんけど、つまんねーんだよ。




もう明日から読まない。絶対読まないぞ(フラグ

てるあきIT系専門に行って感じたこと

初めに

私はIT系専門学校に通っている。わかりやすく言うとプログラマ養成校だ。これからそういう学校に行こうと思ってる奴、考えている奴らに、長所短所シェアしようと思う。

まり

私の学校の授業の内容は基本情報C言語がメイン。

・良いところ

基本情報がとれること。あえてあげるならこれであろう。今のシステム開発業界リーマンショック以来の冷え込みがつづいている。昔ならプログラム経験でもホイホイやとってくれたものが、今ではベテランでもどんどん切られる。そういう時代である。私も面接時に基本情報をもっていることが評価された。大学などでは基本的に資格取得のための授業をしてくれない。そのため独学でやる必要がある。もちろん独学で取れない資格ではないし、独学がのぞましい。しかしこれは全ての情報系検定の基礎になるものである。できるならば誰かに教えてもらうのが好ましいと思う。私は今はプロジェクトマネージャ試験という、試験勉強をしている。これは情報国家試験の中で”Level4”に区分される高度試験である。(ちなみに基本情報はLevel2)実はこのプロマネ試験、基本を取っていれば以外と独学でいけるのだ。これは他のLevel4試験にも言えることだと思う。基本的な知識は基本情報勉強し、高度試験ではそれの読解、論述が出題されるイメージだ。高度試験取得のためにも基本情報はしっかりと教師に教わったほうがよいと私は考える。

・悪いところ

企業から専門学校の評価が低い。これにつきる。正直そのへんの大学よりは授業内容も深く、仕事に活かしやすい。しかし、最低学歴として大卒を設定している企業が非常に多い。とくに中堅・大手にはその色が強い。そのため、それまでITとは無縁だった文系大学生にも追い抜かれてしまうのだ。ただこれについては本人のやる気しだいだといえる。yahooドワンゴなどの一部の企業は専門からでも採用している。そういった大手を狙うならば、入学したその日からそれに向けて努力すべきである情報知識などは正直ほどほど。求められるのは圧倒的自主性とコミュ力。例えば自分サーバつくっちゃったよ~とか、クラスメイト巻き込んでサイトたちあげたったなど、クリエイティブな活動が評価される。

最後

結論から言うと、純粋プログラマを目指したいならこれほどよい教育環境はないだろう。短期間で資格習得することができ、実務に近い授業を受けられる。しか大企業などを目指したいなら専門学校に来るべきではない。3流でも4流でもいいか大学に行くべきである。そして目標曖昧な奴な絶対に来ないほうがいい。そのへんの専門とは違い、ほとんどの授業が座学である。それに耐え切れずに挫折したクラスメイト普通にいる。適当に遊びたいならファッション系か3流大学にいくべきだ。この記事が、未来ある若者のためにならんことを

2011-12-20

早く終わってほしい

テレビ局の中でもフジのあの演出には引いた。

THE MANZAI って4時間くらいあったけど漫才部分だけ見たら単純に半分で済む量。とはいえ2時間無駄なくやったら尺足らずだし、それはまあ説明部分もあるからよしとしよう。でもなげーよ。

他にももう、終わったな、と思わせる演出が多数あったが、とにかくキビキビとやってないんだよ。キビキビと。ダラダラしてる。

問題1 ワラテン国民投票携帯投票)の参加者投稿数を強調。ワラテンのレビューとして同じ漫才を2回流す無駄

→参加意識を煽っているけれど、笑うたびにボタンを押すということは漫才面白さに集中できない。仕様ミス。先にアプリを落として一斉に送信させるというのも、問題がある印象。フジの企画に問題がある。

ワラテンのグラフと一緒に、同じ番組内で同じ漫才を再鑑賞するのは、前半見ていなかった人向けのサービスのつもりだろうが、間延びしてしまおかしい。参考にはなるが、「ほお」で終わり。ビデオなら絶対飛ばすところ。

問題2 慢心した優勝特典

フジテレビレギュラー番組漫才師だが漫才番組が貰えるわけではない。漫才番組が貰えるのなら嬉しいだろうが、単なるトークタレントとしての役回りが回ってくるのであれば矛盾しすぎている。副賞の各番組ゲスト、っていうのも結局はトークで呼ばれるのが半分以上だから名前を売る以上の意味が無い。まったく売れなかった若い人ならそれが価値を増すが、パンクブーブーではドラマを作れない。

結局は予算削減策でしかなく、フジも落ちる所まで落ちているとしかいいようがない。またフジ自分価値を高く見い出しすぎ。

ただ控えめに協賛した、日清のどん兵衛はいいと思う。あんな数(10年分)本人が食べたら確実に身体を壊すけど、楽屋において後輩にあげる分には後輩が何年も食に困らないからね。

問題3 無駄な演出

フジ番組全般に生でやるとダラダラとした無駄な部分+小難しい説明だらけである。進行押しの間の時間調節なら、わかるのだが、入場演出で無駄リムジンとか入れて、オープニングから30分以上漫才が始まらないってどういうことだよ。ワラテンの説明も長い、フジサイトにこさせるための小細工とはいえ。投票トラブルを避ける意味では完璧な説明であったが、視聴者にはまったく無駄チャンネルを変えさせるレベルの話。あんなの事前に別番組で説明して分散ダウンロードさせるとか、Dボタン側に逃がして文字で済ますとかできるだろ! 俺は一斉送信でサーバが落ちないかのほうが気になったよ。

あと、有名人を客席に散らせ「これくらい入れておけば受けるだろう」的な考え。

バブル期に入った人が作ってるんだと思うが、視聴者漫才が見たいんだよ。モデルの顔が見たいんじゃねえんだよ。制作者側がバカにするのも大概にしろ。有名人を呼ぶならコメントを全員取れよ。メイクまで入れて客席で笑うだけで、ノーコメでギャラ貰って帰る奴を許すほど度量はこっちにはねえよ。

問題4 THE MANZAIの本来的な部分を踏襲していない点

初代のTHMANZAIは元々洗練されてない舞台漫才をショー化するものであった。横澤さんが死んでいるとはいえ、当時のTHE MANZAIに敬意をはらっているのは西川さん位じゃないか…。2011年版としての進化がアレなのかもしれないし、余計なものを入れずに「4分見せている」ということは評価できるとはいえ、余計なものばかりつっこんでいる部分は「製作者側が漫才の力を信じていない」というようにしか取れないんだよ。

問題5 漫才コントと境が曖昧すぎる点

笑えるものを評価しよう、という意味合いでは、この矛盾があるものをあえて入れるという意味審査は厳正であったのだろうが、全体には今回はコントっぽい物が多かった。コントであろうと面白いものを評価する、というのは正しいが漫才としてちゃんと漫才な作品をもっと増やさないと絶対的にダメだし、これも制作側がコントのほうが面白いと思っている証拠としか思えない。

あとたけしの茶番ダブルブッキング演出は不要。(いい訳としてはわかるが、別に漫才師がつっこみでいった通りOPが長くなければ全部の漫才を見れるわけだし、あとハラハラしないものを入れてどうするのかというか、単にたけしがTBSに入るまで、という尺を稼いだだけでしかない)

生で見なくてよかった。

また、15年くらい不遇な人たちが多かったので、それに光が当たるのはとてもよいことなのだが、雇用されない関係のため数百円のギャラからスタートでも文句を言わず、売れないまま10年以上のキャリアが必要とされる日本では、漫才師として暮らしていくことが非常に難しいということがよくわかる。

皆主な仕事漫才にして女の人に扶養してもらったりしているようだが、本来的な収入はある状態で、漫才副業でやるのが適正だと思った。言ったらハングリーさがないといわれそうだが、べつに先輩たちが作ったストーリーに乗る必要ないだろ。黙ってればいいのだ。

http://anond.hatelabo.jp/20111220200906

そういう意味不明造語をお互い定義曖昧なまま使ってる時点で議論というよりもただのダンス

2011-12-10

SNS作法

最近私のTwitterタイムライン(以下TL)が酷いことになっている。

1日でそこまでTwitterを見る機会が無いので、あまりフォローをしないように決めているのだが、私がフォローしている人の中で厄介な人物がいる。

リツイートを含めて1日に100ツイートぐらいする時があるのだ。

解析ツールを使って調べたが、その人に1日の平均ツイート数は40ツイートだった。

恐らく私のTLの8割近くはその人のツイートだ。

それだけならまだ我慢しようと思えば我慢できる。

しかし、ツイート数だけでなく内容も酷い。

「こういうツイートする人は嫌い。不快ツイートは見たくない。」みたいな感じなツイートをするのだ。

「『眠い』とかどうでもいいことを呟くな。」とか呟くのだが、当の本人が昨日「眠い」と呟いたのを私は見てしまった。

それに「不快ツイートを見たくない」という当の本人のツイートが量と質ともに不快という状況で、どうしたものかと思っている。

Twitterは好きでやってるんだし、文句を言うな」「そんな奴フォロー解除しろよ」という声が聞こえてきそうだが、

友達ということでフォロー解除はしにくいし、Twitter自体は情報収集ツールとして重宝しているし。

その人はキュレーターぶって気になる記事みたいなのをツイートするのだが、佐々木俊尚さんやはてなブックマークホットエントリから引用することが多く、

その2つともフォローしている自分としては何ら目新しい情報でもないということで厄介だ。

もちろん佐々木俊尚さんもはてなブックマークもフォローしていない人からしたら新しい情報なんだろうが・・キュレーターみたいなことするな自分で見つけた記事を発信してほしい。

と私の主張も曖昧且つ自己中心的なんだが、これからSNS上の作法というのも意識しないとSNSがつまらないものになってしまうのでは、と思う。

ユーロ経済問題で考える日本飲みニケーション

ギリシャスペインイタリア経済危機などを受けて

ドイツメルケル首相が「欧州政治統合を深めるための条約改正」を提唱し、波紋を広げています

ユーロゾーンには、たとえばマーストリヒト条約で定めた「国家財政赤字GDPの3%以内」「累積債務GDPの60%以内」という約束を守れない国がたくさんあります

これまでは「赤信号、みんなで渡ればなんとやら」で罰則の適用曖昧にされてきましたが、今後はそういう国に対して、何らかのペナルティーを課そうではないか、ということです

ペナルティーには、法的手段に訴えてでも借金を返済させるとか、あるいはいっそユーロゾーンから離脱させるとかいった一種強権的な措置も視野に入れます

ユーロゾーン通貨同盟であり、加盟国の経済財政の一元化はしていない。特に通貨の発行に関しては勝手なことをさせないが、国債の発行に関しては規律が緩かった。

したがって実質的には各国がそれぞれ国内経済の舵取りをしている。

その結果が今日ユーロ危機の原因のひとつになったのだから、今後は通貨のみならず経済財政も一元化し、ユーロゾーン統合をより強固なものにする狙いだ。

確かにユーロゾーン内での統一基準をもって各国政府の「放漫経営」を戒めれば債務危機などのリスクをかなり減らすことはできるだろう。

だが、私は「ユーロゾーン経済財政を一元化するのは至難の業だ」と考えている。なぜなら、それは各国が個別に予算案を作るのを禁止するということであり、内政干渉にも等しい。

もともと「社員」という身分だけが共通していて「目的」や「仕事」のあり方について意思疎通の仕組みを十分に構築せず、

空気に頼った放漫経営を行なっていた職場では、多様化した若者とのコミュニケーションの断絶に対し、

飲みニケーション」を強化し、職場での統合をより強固なものにする狙いだ。

最近は「飲みニケーション」の概念化、半強制化、楽しめない奴は村八分にするなどの社会的制裁をちらつかせて、

むりやり「飲みニケーション」の維持や、チームとしての連帯を名目上維持しようとする動きが見られる。

しかに規則や執拗なチェックで締め付ければ一時的には問題児は減り、「形だけは」結びつきが強くなるだろう。

飲みニケーションに限らず、すでに企業の「内部統制」や、学校教育などで同じような徴候が見られている。

しかし、これは至難の業だと考えている。なぜならそれは、個々人の自由を制限するということであり、サービス残業にも等しい。



私はむしろ、ユーロ加盟国それぞれに自国の通貨発行を一部認めていくべきだと考える。

ユーロ17カ国では現在ユーロ流通は当然ながら100%になっている。

これを段階的に90%、80%と2割程度まで減らしていき、その代わりにそれぞれの国に独自通貨を発行させる。

そして、独自通貨の加重平均はユーロと連動させた、いわゆるバスケット通貨ユーロ導入前のECUと同じ原理)とする。

こうすれば当然、独自通貨を発行し過ぎた国の貨幣価値は下落する。しかし、それはそれで構わない。

こぼれ落ちる国も出てこようが、そういう国にはユーロから離脱していただく。

すると最終的には「本当に強い」7~8カ国が残るだろう。これらの国々でユーロ加盟国を再構築してから落ちこぼれた国にも再出発できる機会を与えるのだ。

こうした根本的なプロセスを踏まなければ経済財政一元化の道筋も見えてこない。

逆にいえば、こういう発想を持たないまま、やれギリシャの救済だ、それルール違反を犯した国にはペナルティーだとしているのは、まったく場当たり的な対策である。それではユーロの再建はおぼつかない。

マーストリヒト条約ではユーロ加盟の条件を決めたが、離脱方法に関しては決めていなかった。そういう不備がここに来て一斉に露呈した。

しかし共通通貨ユーロという壮大な実験を失敗に終わらせてはいけない。

私はむしろ、まず飲みニケーションの参加を自由意志に任せるべきだと考える。

というか、まずそんなに飲みにケーションが素晴らしいというなら、

まずは好きな奴らだけでも「楽しい」だけじゃいその素晴らしさを体現して、若者から「私も参加したい」と思わせるくらい魅力的になってみせやがれ、と。

飲みニケーションについて、ただ昔からやってるから、とか俺は楽しかたから、とかを根拠にしてゼロベースで考えなおすこともせず、

やれあいつは付き合いが悪いとか、こんなことでは出世できないとか、制裁とか言ってるのは全くの的外れである。それでは飲みニケーションの再建はおぼつかない。

飲みニケーションは形にこだわりすぎて、楽しくなくなったときどう自分を変えていくか、という点が全く考慮されていない。その不備が居間一斉に露呈している。




どの国も「仲間に入りたい」と言ってユーロゾーンに入ったはいいのですが、そこから離脱するとなると、地獄が待ち構えています

各国政府から見れば、ユーロに加入した途端に通貨の自主的な発行権を奪われ、それはユーロをやめようが何をしようが、事実上通貨の発行権は戻ってこなくなってしまうのと一緒です

おそらく、ギリシャなどはユーロゾーンに加入するまで、そういう事態に陥ることに気が付かなかったのではないでしょうか。

まり、考えてみればユーロは「行きはよいよい、帰りは怖い」通貨なのです

飲みニケーション自然発生的に起こって、みんながそれに参加してたのしむ、という間は良かった。

しかし今では旨みがヘっているにもかからず「抜けようとすれば村八分」という制裁だけが残ったペナルティ装置になっている。






うーん、変に翻訳しようとせずに、タイトルだけ書いて引用するだけでよかったような気もする。

2011-12-01

オタク」とか「リア充」等…

造語には定義曖昧であるものが多いと思う。

オタクは何を以ってオタクとするか。PCに大変詳しい人、最近深夜アニメをほぼ全部録画して観ている人間コスプレイヤー同人作家サブカルチャーにどっぷり漬かってるのもある意味そうかとは思う。

では、昨今のPCに大変造詣が深い方にMSXSHARP X1の話、X68000に搭載されていた音源であるYM2151の話。PC-98時代のコンベンショナルメモリがどうだのこうだの、なんて話をしてもきっとわかってはもらえまい。多分。そういった人を捕まえて「お前はPCオタクを名乗るのか。だがMSX TurboRの存在を知らずに何がPCオタクだ」等と罵倒した所で意味はない。知ってたら偉いってモンでもない。

まどマギ」でも「IS」でも「Aチャンネル」でも「いろは」でもとにかく深夜アニメなら任せとけ。という方に「激走!ルーベカイザーって田中真弓アニメデビュー作なんだよな」等という話をしたり「今度の冬コミでナベタケのアニメ楽曲データベースをまとめて発表してみようと思うんだ」という事を言っても、ノってくれるかと言えば人それぞれだが、テンションがあがる人がそんなにいるとは思い難い。

同じ「PC」や「アニメ」というカテゴライズであるが、多分フィールドは違う。

オタクはこうである。こうでなければならない」というのはないのだな、と思う。

リア充はどうか?「リアルが充実している人」という意味はあるものの、「彼女がいる人」「リアルが忙しい」等と言い換えられる事もある。

では、何を以って「リアルが充実している」とするか?

彼女がいる」というステータスは確かに1020代男性にはポジティブ意見が多いかとは思う。

だが、「彼女がいる」だけで、もう1年近く連絡が取っていない冷めた関係であったり逆に毎日50回位携帯に着信があり「電話出てよ」等と大泣きされている留守電毎日の様に入っていて、しまいにゃ「もう死ぬ」と言われての自殺騒ぎで精も根も尽き果てて「リアルで忙しい」人達果たしてリア充なのか?

何がリア充で何がリア充ではないか?「リアルが充実している」というもの曖昧な言い方であり、明確な定義はないと思う。

長々と話してきて、何が言いたいかというと、[こういった言葉に明確な定義はないし、考えるべきじゃないのだろう]という事。


そして分かった事はこんな中身の無い文章を書いている自分今日仕事で大変疲れているという事。

2011-11-30

http://anond.hatelabo.jp/20111130164241

それはやっぱり

4、コインを大量消費させないとインフレしてリワード広告破綻する

じゃなくて、「人気のあるゲームを作り続けないとコインの価値が無くなってリワード広告破綻する」とでも書くべきだと思うなあ。

インフレという言葉定義曖昧だし、「コインを大量消費させる」という表現は「ゲームの人気がある」という現象を意味するには変に抽象化されててconfusingだ。

http://anond.hatelabo.jp/20111130105337

包含関係をイメージすれば殆どの人は理解できると思うけど、そこを意識せずに、日常言葉曖昧に扱ってる人は間違うのかもね。

2011-11-27

僕の学校イジメが少ない

ともだち地獄云々の記事を読んだけれど、

要するにこれは友達が云々というよりは「普通」の枠がどんどん狭く、ハードルが高くなってしまって

その「普通」に入れない自分たちが苦しいという話かな。

その気持ちはよく分かるし大変やなー、と思うんやけれど、この部分気になる。

別に俺はドMからハードモードでやりたいんだって人はそうしたらいいけれど、ちょっと荷物下ろして道端で休んでる人を鞭打つ必要もないでしょう。「死のロングウォーク」(スティーブン・キングの超絶傑作)はフィクションとしては死ぬほど面白いけど、現実では一番やっちゃだめなフィクションだってのに、なんで好んであのゲームをやりたがるのか

こいつ「死のロングウォーク」ちゃんと読んだんか、と思ってしまう。あと進学校とか友達多いやつは別にドMじゃねー。




ネットでの受験勉強に対するイメージというのはいろいろとおかしい。

例えば東大合格するには1日10時間勉強しろだとか、訳の解らんことを言ってる奴を見かけるし、

そもそも受験勉強バトルロワイヤルのような蹴落とし合いだと勘違いしてることがまず変だ。

(これはあほな親の影響かもしれん。低学歴の親ほどこのイメージを持っている。受験とか勉強ネガティブイメージ持ちすぎ)

俺は進学校に通っている。いわゆる受験戦争トップ集団だ。

上のような理屈で言えば、進学校では弱肉強食世界が繰り広げられる。プレイヤーは生き残るために

いじめが多発しているように思われるかもしれないが、そんなことは一切ない。むしろいじめは極端に少ないだろう。

なぜなら、進学校における受験勉強は、バトルロワイヤルではなく、ロングウォークからだ。

ゆったりとペースを守って歩き続ければいい競技だ。しかも休憩ありだし特定の地点までいけばゴールさせてもらえるヌルい仕様になっている。



ロングウォークを知らない人に一応説明しておく。詳しくはWikipediaよめ。というか原作読め。

100人少年が、時速4マイルキープして休みなく歩き続けるだけの競技。

時速4マイルを下回ると警告が発せられ、警告の累積が4回になると射殺される。一定時間警告を受けなければ、その累積は消滅する。

またこの競技は強制的に徴収されるものではなく、志願者が審査の上選ばれるものであり、その点でもバトルロワイヤル全然違う。全く違う。

ロングウォークにおいて、参加者は、ゲームで勝つという絶対的な目標がある、

ゴールという絶対的な存在に対して、にわか友達関係や、友達どうしの上下関係などゴミのようなものである

まり参加者はその絶対的な対してどこまでも対等であり、孤独である

友達が多いことには価値がなく、友だちが少ないことはマイナスでもない。競技上はそこに意味はない。

周囲の人間を殺すことは許されていないし、周囲の人間を殺すことに何のメリットもない。

殺すような奴は即刻警告を受けて退場させられるだけだ。

大事なことは「退場させられない」ことであり、「余計なことをして自分の速度を落とさないこと」である

これが守れる範囲で自由にすることはできる。

しかし、この条件が厳しいので、いじめなどというくだらないことをやっている隙がない。

競技のルールを守る以上は、同じ競技者としてリスペクトされ、競技のルールを破る奴は、違反者として相手にされない。ただそれだけだ。

しかも、厳密かつ明確なルールと厳しいゴール条件があるとき、人は攻撃しあうのではなく、助けあう。

シビアな状況では、本来的同士のものであっても、時に助け合い、支え合うのだ。本当に争うのはゴール手前くらいである。

お互いルールを共有し、リスペクトしあっている場合、仲間でなくても人は助けあうのだ。ソッチの方が強いのだ。

もちろんロングウォークでは脱落者は出るけれど、別の受験では実際に死ぬわけじゃない。でも脱落するのは苦しいから皆頑張る。




イジメなんざ結局、明確なルールや、高めのゴールを持たない、暇を持て余したやつらの破滅願望みたいなものだろう。

イジメ以外に序列をつけるものがないんだろ? 原始人でもできるからな。力で序列決めるとか。

ようするに、イジメやってますって時点で、それは自分たちはサルと同程度の社会能力しかありませんって言ってるのと同じなんだよ。

ひとつ明確なルールがないから、ともだちみたいな曖昧ものを無理やり旗印に掲げてしまう。

ともだちなんかマイルールの典型みたいなものから、ともだち集団ごとのマイルール押し付け合戦になってバトルロワイヤルになる。

子供らが考えるともだちなんて完成度が低くて脆弱な仕組みだと、クラス全体を支え切れないから、常に外部に怯えないといけないか

自分から敵を作って攻撃的になる。 なんか本当に話を聞いてても馬鹿馬鹿しい。

サルですら、序列さえ決めてしまったらあとは安定する。戦いはボスを巡る争いに限る。それすらもできない。サル以下だ。

無駄プライドばっかり高くて、やってることはサル以下。イジメをやるってのはそういうことだ、と教師は子供に教えるべき。

まぁ教師もストレス多いのか、職場いじめとか多そうだけどなー。派閥争いとか無駄なことやってそうだけどなー。






はい、どう考えても少しの人間けが救われて外部の人間は救われてないですね。傲慢と卑屈が合わさって最悪ですね。

子供の浅はかな知恵で、わがまま制御して十分に機能する社会が作れるならSFはいらねーての。私にだってよく分かんねーよ。

まーでも真面目な話、進学校になればなるほど、共同体の一員であることの価値が大きくて、イジメときでそれを台無し仕様とは思わないし、

なにか目標があると、その目標が評価尺度となって、

いじめというものが実に非生産的であることが分かるからあんまりいじめってやらないと思うんだ。

あとそもそも、ロングウォークもそうだけど、こういう「競技」に参加する人間ってたいていイジメ経験者だからいじめに強い嫌悪感あることが多いね

高校に通ってもいじめやったりいじめられてるやつらってさすがにちょっと甘いんじゃないか






タイトルと違うけど、

私が言いたかったのは「バトルロワイヤル死のロングウォークを同列で語る奴とは友だちになれない」ということであり、

あとはまぁどうでもいいです。よく考えたら、あんまりいじめのこととか知らないです経験ないんで☆(・ω<)

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