はてなキーワード: 受験勉強とは
高専在学中, OB, OGの人達が高専に入ったきっかけとか、どういう系統のことが好きなのとか詳しく知りたいからできれば高専関係の方はブログに書いてほしいなーとかチラッと思った #kosen_opportunity
なんていうのがTLに流れて来てたので暇つぶしに高専入学の志望動機を思い出してみた。
なお、当時書いたであろう入学志望動機は現存してないのでやっぱり記憶を。
中2当時はご多分にも漏れず
人と違う何かをしたいとかそんなことを思ってたようで
中3で
old macを安く買ってPLLの定数変更してクロックアップに勤しんでみたり
そんな中学生でした。
ってのが育英に通うきっかけでした。
ちなみに志望学科は
航空が電子工学科→航空
にしたような。機械とかあんまし興味なかったですしね
「早慶付属中に行く意味」と題してインターエデュに300を超えるコメントが付いています
ttp://www.inter-edu.com/forum/read.php?1644,2373792,page=1
息子は現在、中高大の学生生活を楽しみに受験勉強を頑張っています。
わたしも、子どもには大学受験に縛られない有意義な学生生活を謳歌してほしい、と希望しております。
経済的にも、子沢山ではありますが、十分大学卒業まで問題ないと考えていました。
「早慶付属上がりということは、文系学部がほとんどだ。文系と言う事は、仕事は基本的には、営業だ。
営業は実力勝負で、学歴なんて関係ないし、これから文系学部は早慶とはいえ厳しい。
就職の時ちょっと有利なだけで、人脈と言ったって、昔ほど有用でもないし、
人脈を利用できるできないは本人次第だ。それに、子ども全員早慶など付属いかれたら、
経済的に大丈夫か?今の収入が続く保証はないんだぞ。青春を謳歌するためだけに、
大金を払うつもりはない。中高私立にするなら、大学は、東大、東工大、医学部とまでは、
全く希望していないが、せめて国立理系にするのを条件にしてくれ。
本心では、公立中→都立高→電通大とか首都大の理工が一番ありがたい。
とにかく、私立中高にいかせるのなら、どこでもいいから国立理系以外ダメ。
早慶付属は絶対に認めない、コストパフォーマンスが悪すぎる。これからは、理系以外ダメだ。」
何とか説得しようとは思っていますが、どうしたらいいのでしょうか? 」
公立中高一貫が乱立し始めたので、
ここの家の父ちゃんが言ってることは半分正しいと思うけれども。
1月だったのは確かだけど、第3週じゃなかったっけ。
私は10年前にセンター試験を受けた。英語の試験にリスニングは無かった。
8割以上得点でき、国立大学に現役合格できた。4年で卒業して就職して今に至る。
こうして書いてみると、就職まではレールの上を走るように順調にやってきた。
高校の先生はまずそんなことは言わないけれど、
社会に出ると(いや正確には学生時代も)、「浪人経験のある人はメンタルが強い」と言う人がよくいる。
浪人して大学に入るということは、若いうちに失敗して、乗り越えたということだから、と。
私が現役だと知っていてそれを言うということは、
「現役合格で苦労知らずのお前はちょっとメンタル不安だよね」という意味だと理解していた。
私は、ずっと腑に落ちなかった。失敗を回避する能力、努力よりも、失敗することの方がそんなに良いことなのか?と。
両親は、私は受験勉強中スランプに陥るたびに、「浪人してもいいんだから、リラックスしなさい」と励ましてくれたけれど、
本当は浪人させるほどのお金なんてなかったはずだ。やっとの思いで大学を卒業させてくれたし、私も奨学金を借りた。
高校生の頃にもそれを分かっていたから、何が何でも現役で合格するつもりだった。
あの努力、プレッシャー、親に余計な負担をかけさせたくないという気持ちが全部無になって、苦労をしらない人間になってしまうの?
若い頃に失敗する方がいいの?親のお金を使ってする、失敗体験が?
そりゃあ、社会に出て会社に損失を与えるような失敗をするよりはマシかもしれない。
なら尚更、いずれ失敗の許されない世界に出て行くために、失敗しないことを考える人間である方が良いのではないか、と。
お察しの通り、私はそういう下らないことで嫌味を言われる程度の人間で、また下らないことに頭を悩ませる程度の人間だった。
まさか毎日そんなことを考えていたわけではないけれど、最近やっと気づいた。
確かに私は、18、19歳で失敗を経験し乗り越えられる人間ではなかったな、と。
大学受験で不合格になるという、今思えば何でもないと思えるようなことでも、きっと乗り越えられなかったと思う。
という風に。
そう思うと、すっと楽になって、
「私はあの時は確かに弱かった。けど、今は違う。」と、堂々と言えるだろうと思った。
そして、もうそんなことを言われないくらいには、ちゃんと社会人をやっていると思う。
今日の試験がうまくいった人もそうじゃない人も、道は長いから、明日ものんびり頑張ってください。
おわり。
正社員になりたくない
長時間労働をしたくない。
以前正社員で休日月5日、一日13時間労働をして精神をぶっこわした所為で、長時間労働が怖くてたまらない。
ふと思い立って仕事を探してみるものの、元々ブラックにしか受からなかった無能な私だ。希望に適った職なんて見つからない。
資格なんて持ってない。折角4年間も大学に行ったのに、結構必死に通っていたのに、大学は私に仕事に繋がる何かはもたらしてくれなかった。
どうして私はあの大学に行ったのだろう。
親に薦められて、親が安心だからという理由と、Fラン故に、受験勉強をしなくていいという楽さに釣られたのだ。
あの時楽をしたつけが、今回ってきたのかもしれない。
ハロワに行くのも怖い。
求人を眺めていると泣きたくなってくる。
条件にはもれなく資格が書かれていて、何も持っていない自分は間違いなく役に立たない人間で、誰にも必要とされていない。
私のやりたい事は私には向かない事で、できない事だ。
そう思っても、人は正社員の方がいいと言うし、自分でもフリーターは良くないという考えに囚われる事があって、度々将来への不安が頭をもたげる。
フリーターでも将来安泰だったらいいのに。
生活にも困ってないのに。
近所のサークルで一緒の中3の女の子は受験の準備で忙しいらしく、夏ごろからあまり顔を会わすことがない。
今日は午前だけ来ていたそうで、午後から来た自分とはすれ違いとなり
「増田さんに会えなかった、って言って残念がってましたよ」と社交辞令混じりにその子のお母さんから聞いた。
他の中1のお子さんたちも学校の部活後にサークルにやって来て、この後に塾に行くのだと言って帰っていった。
都会の中学生は忙しい。
部活動が盛んだったこともあり、特に自分の所属していた部活では
この時期まで部活やってて「完全に何もしなくなった」のは年が明けてからだった。
それでも誰もそのことに対する不満も疑問もあせりも(人によっては受験勉強も?)なく
1月頃から私立高校の受験がはじまり、2月末に公立高校の受験があり、合格発表…と
みんな大して受験生らしいことをせず志望校に受かっていったような気がする。
そういう時代であったとか、ド田舎の公立中学だったせいもあるだろう。
どっちが良い悪いとかではなく、自分の性格にはこの環境が合っていて
同じ能力だったとしても今時の都会の中学では到底やっていけないだろうなと思う。
そんな自分が人生の先輩としてただ一つアドバイスできるとすれば
中3の子にも春には元気に再会できるといいな。
ともだち地獄云々の記事を読んだけれど、
要するにこれは友達が云々というよりは「普通」の枠がどんどん狭く、ハードルが高くなってしまって
その気持ちはよく分かるし大変やなー、と思うんやけれど、この部分気になる。
別に俺はドMだからハードモードでやりたいんだって人はそうしたらいいけれど、ちょっと荷物下ろして道端で休んでる人を鞭打つ必要もないでしょう。「死のロングウォーク」(スティーブン・キングの超絶傑作)はフィクションとしては死ぬほど面白いけど、現実では一番やっちゃだめなフィクションだってのに、なんで好んであのゲームをやりたがるのか
こいつ「死のロングウォーク」ちゃんと読んだんか、と思ってしまう。あと進学校とか友達多いやつは別にドMじゃねー。
ネットでの受験や勉強に対するイメージというのはいろいろとおかしい。
例えば東大合格するには1日10時間勉強しろだとか、訳の解らんことを言ってる奴を見かけるし、
そもそも受験勉強をバトルロワイヤルのような蹴落とし合いだと勘違いしてることがまず変だ。
(これはあほな親の影響かもしれん。低学歴の親ほどこのイメージを持っている。受験とか勉強にネガティブイメージ持ちすぎ)
上のような理屈で言えば、進学校では弱肉強食の世界が繰り広げられる。プレイヤーは生き残るために
いじめが多発しているように思われるかもしれないが、そんなことは一切ない。むしろいじめは極端に少ないだろう。
なぜなら、進学校における受験勉強は、バトルロワイヤルではなく、ロングウォークだからだ。
ゆったりとペースを守って歩き続ければいい競技だ。しかも休憩ありだし特定の地点までいけばゴールさせてもらえるヌルい仕様になっている。
ロングウォークを知らない人に一応説明しておく。詳しくはWikipediaよめ。というか原作読め。
100人の少年が、時速4マイルをキープして休みなく歩き続けるだけの競技。
時速4マイルを下回ると警告が発せられ、警告の累積が4回になると射殺される。一定時間警告を受けなければ、その累積は消滅する。
またこの競技は強制的に徴収されるものではなく、志願者が審査の上選ばれるものであり、その点でもバトルロワイヤルと全然違う。全く違う。
ロングウォークにおいて、参加者は、ゲームで勝つという絶対的な目標がある、
ゴールという絶対的な存在に対して、にわかな友達関係や、友達どうしの上下関係などゴミのようなものである。
つまり参加者はその絶対的な対してどこまでも対等であり、孤独である。
友達が多いことには価値がなく、友だちが少ないことはマイナスでもない。競技上はそこに意味はない。
周囲の人間を殺すことは許されていないし、周囲の人間を殺すことに何のメリットもない。
殺すような奴は即刻警告を受けて退場させられるだけだ。
大事なことは「退場させられない」ことであり、「余計なことをして自分の速度を落とさないこと」である。
これが守れる範囲で自由にすることはできる。
しかし、この条件が厳しいので、いじめなどというくだらないことをやっている隙がない。
競技のルールを守る以上は、同じ競技者としてリスペクトされ、競技のルールを破る奴は、違反者として相手にされない。ただそれだけだ。
しかも、厳密かつ明確なルールと厳しいゴール条件があるとき、人は攻撃しあうのではなく、助けあう。
シビアな状況では、本来的同士のものであっても、時に助け合い、支え合うのだ。本当に争うのはゴール手前くらいである。
お互いルールを共有し、リスペクトしあっている場合、仲間でなくても人は助けあうのだ。ソッチの方が強いのだ。
もちろんロングウォークでは脱落者は出るけれど、別の受験では実際に死ぬわけじゃない。でも脱落するのは苦しいから皆頑張る。
イジメなんざ結局、明確なルールや、高めのゴールを持たない、暇を持て余したやつらの破滅願望みたいなものだろう。
イジメ以外に序列をつけるものがないんだろ? 原始人でもできるからな。力で序列決めるとか。
ようするに、イジメやってますって時点で、それは自分たちはサルと同程度の社会能力しかありませんって言ってるのと同じなんだよ。
何ひとつ明確なルールがないから、ともだちみたいな曖昧なものを無理やり旗印に掲げてしまう。
ともだちなんかマイルールの典型みたいなものだから、ともだち集団ごとのマイルールの押し付け合戦になってバトルロワイヤルになる。
子供らが考えるともだちなんて完成度が低くて脆弱な仕組みだと、クラス全体を支え切れないから、常に外部に怯えないといけないから
自分から敵を作って攻撃的になる。 なんか本当に話を聞いてても馬鹿馬鹿しい。
サルですら、序列さえ決めてしまったらあとは安定する。戦いはボスを巡る争いに限る。それすらもできない。サル以下だ。
無駄にプライドばっかり高くて、やってることはサル以下。イジメをやるってのはそういうことだ、と教師は子供に教えるべき。
まぁ教師もストレス多いのか、職場内いじめとか多そうだけどなー。派閥争いとか無駄なことやってそうだけどなー。
はい、どう考えても少しの人間だけが救われて外部の人間は救われてないですね。傲慢と卑屈が合わさって最悪ですね。
子供の浅はかな知恵で、わがままを制御して十分に機能する社会が作れるならSFはいらねーての。私にだってよく分かんねーよ。
まーでも真面目な話、進学校になればなるほど、共同体の一員であることの価値が大きくて、イジメごときでそれを台無しに仕様とは思わないし、
いじめというものが実に非生産的であることが分かるからあんまりいじめってやらないと思うんだ。
あとそもそも、ロングウォークもそうだけど、こういう「競技」に参加する人間ってたいていイジメ被経験者だから、いじめに強い嫌悪感あることが多いね。
高校に通ってもいじめやったりいじめられてるやつらってさすがにちょっと甘いんじゃないか?
タイトルと違うけど、
定期的にはてなに上がる英語学習法だが、どうせなら受験勉強の時に使った教材でやればいいのに……といつも思ってしまう。
理由は簡単で、一般向け教材と受験向け教材では作り込みのレベルが全く違うから。
とくに単語関係では受験向け教材の方がずっと「覚える」ことに特化している。(アルクあたりの教材を買って失望したのは自分だけではないはずだ)
学生の時にはCDなんて買えなかったかもしれないが社会人ならその辺やりたい放題なのではないか。
おススメは
・DUO
あたりか。体力や集中力がないときでもなんとなくCDを聞いていれば勉強した気になれるが、実はあまり意味はない。
教材は書店に行けばもっと見つかるかも。あとはヒマな時に英語版ウィキペディアを読んだりすればいい。
最近話題のフィリピン英会話だが英作文の添削をやってくれる親切な先生に当たることが少なくなってきたように感じる。
なお「よい教材」を選ぶ基準だが、「覚えよう」と思ってやった時にどれだけストレスなく進められるか、だと思っている
■早めに科目を絞れれば楽
身も蓋もない話だけど、
http://anond.hatelabo.jp/20111106114441
この人の話はその通り。
元増田は背伸びせずというのが希望のようだから、(あまり受験勉強をバリバリやらずに済むという意味で捉えるなら)、早めに受験校と受験科目絞って、英・数・国と、理科か社会を1、2科目で入れる高偏差値大を狙うのが良いんではないか。早稲田・慶應あたりか。国公立も今でも場所によってはそういう受験科目で受けられるところあるのかな。
第一歩は受験の情報誌とかネットで調べて、お買い得かつ自分が行きたいと思える大学・学部をよく探すことだろうなあ。段取りとしては、
1.偏差値で受けたい大学学部の下限を設定(偏差値60くらいか)
2.下限以上にある大学学部の受験科目を片っ端から調べ、英数国含めて3~5科目くらいで受験可能なところをリストアップ
3.リストアップした大学学部の情報をネットその他で調べて選別
4.選別して残ったいくつかの大学に足を運んでフィーリングを確かめる
あと、元増田が女子というのを考慮に入れるとすれば、大学出たあと仕事をずっと続けたいのか、早めにいい男(性格良し・外見良し・所得良し)をつかまえて結婚して退職して家庭生活に入りたいのかというのも大学選びに影響するかなと思ったり。
前者の場合なら、完全に「とりあえず東大目指しとけば間違いない」の人の言う通り。
後者の場合なら、入ってからの勉強が楽な学部を選ぶことをお勧めしたい。おしなべて、大学では入ってからの課題は理系より文系のほうが楽。なので、文系学部に入って学校での勉強はそこそこにバイトやサークルやその他遊びに精を出して、その中で将来有望ないい男を見つけて社会人になるまで何年か付き合って、24~26くらいで結婚というのがゴールデンルートな気がする。(でもそんな上手くいく例はあまり無いので、この方向で行く場合は、就活も頑張りつつそれなりの肩書きがつく企業に就職して、就職先で知りあう同僚と結婚とか、合コンで知り合った人と結婚とかのほうがよくあるパターンではある。この場合、結婚年齢はだいたい26~30くらいか。)
ちなみに、女子が工学部などの理系に進むと、男女比9:1という場合も普通で、元増田の容姿が並以上なら学部内では姫扱いかもしれない。入学当初1年くらい、あるいは、明確に彼氏ができたと周知されるまでは、学部内の男が群がってくるので、そのへんは良し悪しある。学部ごとの男女の入学者数は受験情報誌や各大学のサイトに載ってるので参考にすると良い。
自分の学びたいものを見つけるってのが地味に難しく、大学生や大学修士でもそんなのはわからないうちに卒業する人が多い。元増田が今高1なら、学校の勉強以外にも、バイトしてみたり、本屋や図書館をよくのぞいて興味が湧きそうな本を片っ端から読んでみたりすると、学びたいこと(あるいは、したくないこと)の輪郭が少しずつ浮かび上がってくる。高2の秋以降は受験モードになるだろうから、これから1年くらいそんな習慣も生活に取り入れてみると良いかもしれない。
普段読む本が受けたい学部で学ぶ内容に直結していれば、受験校の小論、英語、国語などの出題内容にあらかじめ馴染むことができるので、他の人と比べて有利になる。これはちょっとした副産物。
http://anond.hatelabo.jp/20111027120538
元増田に対しての『自分自身が美人だというアイデンティティに縛られてる・自分自身がそれを一番大事にしてる』という意見が散見されるけど、そういう風になっちゃうのも仕方ないと思う。
私も一応、ミス青年誌のスカウトを受けたり某巨大事務所に所属してたりしたことがある容姿だからわかるんだけど。
『美人だから勉強なんか適当にして女子大でも入学して金持ちと結婚すれば』
就職すれば、
仕事で成果出しても、
ってずっと言われ続ける人生なわけで。
独身だったら、
元増田と同じで無愛想にすれば、
ブスな人やデブな人に面と向かって『あんたはデブスだから』とは言わないけど、
それが金や優れた容姿や出自だと皆軽々と言ってのける。
『あんたは美人なんだから悩むことなんかない。女子大行って医者と結婚すれば一件落着じゃん』ってさ。
そりゃあ誰かが書いていたとおり、
勉強がしたい
資格の勉強、仕事の勉強、受験勉強、試験勉強、免許の試験、予習、復習、
読みたい本がある、学びたいことがある、書きたい文がある、書き出したい事がある。
やらなければならない勉強はいくらでもある。けれど、場所がない。
家にはテレビもパソコンもある。マンガもある。雑誌もある。ベッドもある。家族もいる。集中できない。気が散る。それ以前に、やる気が起きない。
図書館は、いつ行っても満席だ。座ろうと思うと席取りのために朝から並ばなければならい。静かだけれど、音をたてるのにも気を使う。人もいっぱいいる。顔も席も近い。気が散る。本もたくさんある。読んでしまう。第一、行きたい時間には閉まっている。
学校は、友人がいる。遊んでしまう。それどころではない。椅子は木で出来ていて硬いし、空調も不安定だ。暑かったり寒すぎたり。音もうるさい。話し声が一番うるさい。
職場は、電話が鳴っている。人の出入りも激しい。話し声もやまない。第一、仕事しろと言われる。当たり前か。気も休まらない。
喫茶店は、ちょうどいい雑音だったり、机だったり、コーヒーも飲めて環境はいい。けど、店だし、店に迷惑かけてないか気になる。客の出入りもあるし。またコーヒー頼まなきゃ。となりのテーブルは3人で話している。気が散る。静かなときは最適なのに。空いてる日は、客も少なくても音楽もかかっていて、コーヒーもおいしくて、最適なんだけどな。それでも店に対しては気になるし、第一、そんな時間にめぐり合えることなんて少ない。となりでノートパソコン広げてる人はなんで何も気にならないんだろう。マックもファミレスも同じ。
勉強はしたい。でも場所がない。あるにはあるんだけど、集中できない。
仕事がしたい。場所がない。あるにはあるんだけど、集中できない。
そんなあなたにうってつけ。
中が見えますか?
程よい大きさの机とオフィスにあるようなイスと、適当な広さのスペース。
配置や仕切りにも気を配っており、周りの人がさほど気になりません。
Wi-Fiも対応しているので、ノートブックを持ち込んでもかまいません。
入りにくいですか?
赤いLEDランプが空いている席です。まずは試しに1時間、100円玉を3枚入れて席を選び、ボタンを押すとランプが消え、チケットが出てきます。あとは中に入って番号の席に座るだけです。
だが出会いが全く言っていいほどない。
アクティブに動いているつもりではある。
家に引きこもってばかりではけしてないのだ。
だからこそ私が居るわけだが、彼らは出会い、そして結婚したのである。
私にも彼女が先日まで居たのだ。
しかし結果は虚しく、3ヶ月で振られてしまった。未だに童貞である。
そして私はその女性と添い遂げることができるのであろうか。
その時私は何歳で、まだ童貞なのだろうか。
正直焦りを感じている。
私は一般的で、まっとうな人生を送りたいと考えている。
しかし出会いというものだけは、受験勉強のようには行かないのだ。
仮に互いを思い合える関係になったとして、果たしてそれが人生の最後まで続くのかどうかという話だ。
私は一途な男なので、それをやり遂げる自信はあるのだが。
果たして人間はどのように出会い、どのように愛しあうのだろうか。
そして私に出会いは訪れるのだろうか。
正直行き詰まっている。
私なりに努力はしているのだが、目標に到達するのが困難な状況だ。
さて、そんな私に対して今日父はこう言った。
「ニュースを見るたび思うけれど、お前の今の状況はギリシャみたいだね。
お前は今破綻一歩手前の危機的な状況にある。
頭は何とかしないといけないと思ってるけど身体がうまく動かない。
助けてやろうとは思うけれど、やはり身体がいうことを聞いてくれない。
場合によってはEUから切り離してしまおうということになるかもしれない。
という感じなんだけど、どうだ。ぴったりだろ(ドヤァ」
父は、そうとうこの例えが気に入ったようだった。
私にこの例えを思いついたことを褒めてほしそうに期待を込めてこちらを見ていた。
ドラクエのモンスターがプレイヤーに向けて送る視線とはこういうものだろうか。
私はどう反応していいのか困った。
譬え話というのは、相手がわかってないことをわかりやすく説明するために使うのだと思っていた。
しかし、父にとっては、自分の認識を相手に婉曲的に伝えるためにあるようだ。
つまり、父は私が自分の現状を把握できていないで怠けていると思っているわけだ。
父はうまく例えたつもりのようでご満悦だが、どうだろう。
まず聞き手である私にとって何一つ役に立つ情報が増えていない。
いずれにせよ、同意することもうなづくことも難しい。
もう一つ。あまり愉快でもない。
いざとなったら援助を打ち切るぞ、と言われてハハハと笑う方が、私には不謹慎に思える。
良く言えば自分の意見を主張をすることに意義を感じている人かもしれない。
などと考えたのかどうか分からないが、私はつい言ってしまった。
「それ、うまくないよ」
父はすでに半笑い状態で私の反応を待っていた。
父が普段嫌悪しているお笑いの「ノリ」を無意識に期待していたのだろう。それはわかっている。
少なくとも、軽口程度に考えていて、マジレスが返ってくるとは考えてなかったはずだ。
どういう反応が来ても笑って流す程度のつもりだったのだと思う。
だから
「へあ?」
と予想外の反応に対して間抜けな声が漏れる。
この時点で私は「ああ、しまった失敗した」と思ったが一度口に出してしまうと
引けなくなってしまうのが私の良くないところだ。
「例えている現状の認識に意見の相違があるようだし、あまり愉快な話でもないよね」
とたたみかけるように父の発言を「評価」する。
父もようやく子供が予想外の反応を返したことに気づいたようだ。
「いやまて、これは譬え話であってだな」
「だから、そういうことは少なくとも本人に向かっては言わないで欲しいな」
言うべきことを言った私は、父の反応を待たずに頭が冷静になり始める。
そこで重要なことを思い出す。
父は身分に対してこだわりがある。
「自分の意見を持つことを歓迎する」のは自分の対等のものに対してだけなのだ。
父の例えを用いてギリシアで例えるなら、父は市民権を持つが、私はただの奴隷なのである。
故に、意見の是非を問わず、下の人間が自分に対してものをいうのを許さないのだ。
まして、自分の意見を奴隷が否定するなどあってはいけないことなのである。
そして、そんなことは今までの繰り返しでわかっていたはずだった。
父の認識はともかくとして、私が学習能力のない愚か者であることは私自身認めざるを得ない。
どうも、私は冷静に考えていたつもりだったが、実際は
父の発言が非常につまらない上に、してやったという顔をしていることに
思いの外不快感を感じていたようだ。
あるいは、なんだかんだいって、家族という幻想から父に対して甘えがあったのかもしれない。
案の定父は半笑いの顔がいきなりこわばらせ、怒りの表情を浮かべている。
私も非常にまずいことをしでかしたという思いから硬直している。
そのあとは、小一時間ほど父の演説会だった。
・いかに父が自分の為を思ってあれやこれやと口を出しているのか。
・いかに私が現状を認識できていない甘えた根性の持ち主であるか。
・いかに私が低い身分で、誰かに対して意見を述べる権利などないゴミクズ同様の存在であるか。
・いかに私のその態度が思い上がっていて、その態度が社会で通用せず私の未来を台無しにするか
を、硬直し続けている私に丁寧に噛み砕くように説明してくれるのだった。
それを無知蒙昧な私を指導するために費やしたことに対して感謝を求めることもいつもどおり。
そして、それに私が従うのもいつもどおり。
お互いが、たくさんの時間を使って、すでにわかっていることを確認し、
しかもお互いに気分が悪くなるという、誰得な時間を何回繰り返せば気が済むのだろう。
この無駄な時間はすべて私の軽率な発言から生じたのだ。本当に私は愚かだと思う。
私は今度こそ今回の失敗をしないように反省したい。
得られた教訓はなんだろう。
「会話は楽しくなくてはいけない。そのためには自分の感情や思考などささいなことである」
「他人の発言を評価し、まして否定するなどは相手の感情を害する最たるものである」
「汝己の身の程を知れ。己の権利と義務を知れ。己の権利にないことをせず義務のみをなせ」
というところだろうか。
ならば、私はこれから二度と、少なくとも父との会話で、
自分の感情や思考を優先して彼の感情を害するような発言をするまい。
彼はただ息子と楽しい会話?をしたいだけなのだ。
いや違う、会話を求めているわけではなく、彼はただ息子に向かって父親として語りたいのだ。
その希望を砕く権利は私にはない。それどころか、私には父の要望に答える義務があるのだ。
おそらく父は、受験勉強中にこういう記事を書いていたりするので、
まじめに勉強していないと思っているのだろう。
そうではない。私は学びが遅いためこうやって時間をかけて学ぶ必要があるのだ。
また、理解力が低いくせに、理解できずにモヤモヤしたものを抱えていると
他のことに手がつかないくらい不器用なのだ。
個人的には今回の振り返りに酔って受験勉強よりもずっと有意義な学びを得られたと思っている。
モヤモヤしていた感情もすっきりした。さあ今から勉強をがんばろう。
<お詫び>オチもネタもないです。ごめんなさい。よく私は他人から「考え無し」と言われるけれども、あまりにそう言われるので、こんな私でも少しの会話の中でもいろいろと思考の揺れ動きがあるんだぞ、ということを自分自身で確認しておきたかった。ただそれだけのオナニー文章です。時制もおかしいけれど増田なので許してね。
うん、私も色々考えてるよね。考えてるだけでろくでもないけど。
いわゆるコミュ不足だと思われる原因で、いまだに就職活動を続けている私。
最近、明らかに周りの学生の雰囲気が変わってきたのを肌で感じる。
あるグループ面接時。
左から2番目に座った彼は、椅子に斜めにもたれかかり、最初の自己PRで「私のこと最初から理解するのは無理なんですよ…中略…一緒に働く中で私の力をご理解できるとおもいまーす」と発言。
真ん中に座る彼女は身なりはきちっとしていて、好印象だったのだが、面接では同じことを何回も繰り返す。
これにはさすがの私もびっくりしてしまった。そして、私は彼等と同じラインに立っていることにショックを覚えた。
国営放送なんかで「100社受けたけど・・・」なんて答えている学生と同じラインになっていると思うとつらい。。。
最近の説明会や面接は大体こんな感じの顔ぶれである。そもそも、説明会や面接にいける数がもう少ないのだが。。。
早くなんとかして職につきたい。
・2012年卒採用、企業は予定人数確保に難航――マイナビ調査[Business Media 誠]
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1110/05/news096.html
・民間企業「厳選採用してるはずなのに、クソみたいな学生しか来ない。なぜだ」暇人\(^o^)/速報
http://blog.livedoor.jp/himasoku123/archives/51668356.html
この調査によると文字通り人材確保が上手く進んでいないようだ。
しかし、やっぱりコミュ力基準の厳しい審査を通過しなければ、選ばれないという。。。
コミュ力。。。
想定される答えに対して漫然に下準備を行なうことは別に面接に限ったことではないことを、あるインターンの時に思い知った。
下準備を行なう。。。準備なんかせずに今まで過ごしてきた私にはとってもたいへんなことである。
受験勉強も好きなことを勉強して、嫌いなことはやらないで高校に入れたし、大学にも入れた。まわりが予備校で必死こいて勉強している姿はなんだかうらやましかったし、尊敬を感じていた。
部活では、問題に立ちあたってから考えることがほぼ全てだった。
やりたいことは、やっていくうちに何とかなった。それはもちろん、生活費がかからないことが前提であるが。
こんな感じで過ごした学生生活、別に後悔なんてないが、思わぬハードルを背負っているのかなと今になって思う。
ケチな性格な私は、お金に関しては計画性を持って取捨選択も行なってきた。また、そのための情報収集もかなり得意な分野である。
一方、全員ではないが大学生は金持ちが多い。平気で対しておいしくない駅前にある居酒屋チェーンの店で1人3000円とか落とすし、隣にスーパーがあってもわざわざ高いコンビニで買い物するし。。。
「お金ないんだよね~」としゃべりながら“いろはす”買ってるし。。。
この点で、他と差別化を出して個を出すべきなのかなと思った時期もあるが、この個を説明するためには現状の大学生のお金に対するルーズさを説明する必要がある。
世の中の消費は決して牽引しているとは思っていないが、わりと身近な点ではルーズなことを。
こうなるとやはり、面接官に説明が無くてもある程度理解できることを説明していく必要が出てくるが。。。
大学時代に“まあそんなこともあるよね”と聞き流せないようなことをやっている人がいくらいるか。。。
内定を決めた人はみんなわりと”まあそんなこともあるよね”ってことを自分だけのものにして上手く説明していると思う。
“まあそんなこともあるよね”ってことを“まあそんなことあるよね”って感じでしかしゃべれない点で私はコミュ力無しであり、それを理解しながら対処方法を見出せない、もしくは対処方法を実行できない私は。。。
追記。
私が労働者現役時代に野菜工場が完全自動化して、農業もほぼ自動化されて、欲を満たすための産業、研究だけが残るなんてことが起こりそうかなと夢物語を想像するとやる気が。。。
頭悪い子が受験勉強とかやりすぎちゃうとそういう感じになる気がする。
「親が低学歴だったから、だから中学受験に失敗するのか。じゃなくて、失敗したのか。納得」みたいなこと書いてる奴いるけど死ね。
そんな事どこにも書いてないだろ!!!!!!!!なんで書いてもいないのに、勝手に学歴の問題にしちゃうわけ?
ぶっちゃけ、就職以外で、何かを学歴のせいにする奴は甘えだ。まして自分の問題を学歴のせいにしてる奴はクズ以外の何者でもない。不愉快だ。
確かに学歴が低いということは受験のことなんかしらんだろう。でも、世の中には本ってのがあるんだよ。知らんかったら学べばいいんだよ。なんで学ばないの?
低学歴なら、高学歴の奴とちがってなおさら経験不足の点を何かで補うか、それがデキないなら黙ってろ。何も行動するな。
俺も塾講師やってるが、基本的に駄目な親ってのは3つも理由いらんだろ。単純にオノレの馬鹿さがわからん奴だ。他の理由なんかどうでもいい。
さんざん好き勝手した挙句に、いざ間違いを認めざるを得なくなったら「はいはいどうせ私は低学歴ですよ。ろくな学校出てない私を馬鹿にしてるんでしょ?」とか。
ふざけんな!!!!そんなん低学歴以前の問題だよ。お前の人間性がクズなだけだよ。お前がクズだから低学歴なんであって、低学歴だからクズなんじゃねーよ。わかれよそんくらい。
低学歴にコンプレックス感じてそれを他人に撒き散らすくらいなら最初から受験勉強とかやらせてんじゃねーよ。
コンプレックスを克服したいなら、自分で努力しろよ。中学か高校かしらんけど、そこ卒業してから今まで何やってきたんだ。
よりによって自分より弱い存在にオノレの腐った妄想を押し付けてんじゃねーよ。
何なの?今の時代に星一徹ごっこでもやりたいの?あんたの息子はヒュウマなの?そういえばヒュウマって名前つけてる親もいたね。まず自分の名前を一徹に変えるのが先だろバーカ。
あんたがやってるのは、60年代だったら許されたかもしれないけど、今の時代にはただの虐待なんだよって話をすればいいんだよ。
塾講師やってる身分で言うのも何だけど、受験に合格するとか失敗するとかどうでもいいよ。受験で失敗したほうが人生で成功するとか、どーでも良すぎるよ。
オノレの低学歴のコンプレックスこじらせて子供に虐待するのをやめろってそんだけの話だろうが。あと、たかが学歴がちょこっと上ってだけで、他の人を低学歴とか言ってる奴もなんなの?
実際に大学のレベルが高いアメリカや中国ならともかく、東大生ですら半数はゴミの日本で学歴の話ってホンマにつまらんからやめろよ。
もともと学歴みたいにツマランものは、大企業の人事部だけが考えてりゃいいんだよ。学歴の話をするってことは、会社人事に服従してるのと同じだよ。馬鹿じゃないの?
http://d.hatena.ne.jp/yuhka-uno/20110906/1315294215
サバイバーとは、社会的に底辺に位置づけられながらも、自らの努力でその最悪の環境から抜けだした人
0.1%の人間はサバイバーのポジションをうまく活用して短期間で上に行く。
つまり下を絶対に攻撃せずに、むしろ努力すれば下から上がれるという夢を売ることで人気を得る。
そして、ある程度知名度を得たら、支持者の勢いを売って上に行く。
上流階級とのコネが出来れば、あとは目立つ必要がないから支持者を切り捨ててフェードアウトしていく。
実際は既に上位の存在でありながらサバイバーを装っているケースが多く、
普通のサバイバーには真似できないので決して見習わないように。
9.9%はサバイバーの地位に立ったときに、自分がサバイバーで有ることを認識している。
サバイバーとしてのセルフブランディングは諸刃の剣であることもよく認識している。
だから、この時点では何もアクションをとらず、成功して自分の地位を固めてから行動する。
FROMDUSKTILDAWN氏がこの類型に近い。というより世の成功者の殆どはこのパターンだ。
正直ブログ戦略としてアメーバーは実に正しく、はてなは根本から間違っていると思う。
人生の途中なのに自分が他取り付いた場所をゴールだと勘違いしてしまい、そこで上に登る努力が中断してしまう。
受験勉強頑張って東京大学に合格してはいいが、そこから勉強サボって就職もできなくなる、など。
たいてい自己顕示欲が高くなっているので、匿名やIDでブログを書き、自分の正しさや、サボってる人間を攻撃したりする。
下の人間は、上の人間が姿を見せないので、姿が見えるこのサバイバーと喧嘩することになる。
そうこうしている内に、自分のリソースを使いきってしまい、いずれ生きるために強いものに巻かれることになる。
その頃には弱者への恨みが募って、自らが一番苛烈な弾圧者になる。 監獄実験の看守役やね。
このタイプは、途中で天国への階段から滑り落ちる。少なくともグリードアイランドをクリアすることはない。
途中で「リープ(離脱)」のカードを手に入れられる幸運なプレイヤーもいるが、たいていは爆弾魔に殺される。
もったいないな、と思う。
という自分の立っているポジションを理解せぬまま、想定された通りの役割を演じている。
むしろ、自分がたてた論点にこだわっていれば有意義な議論もできただろうが、
自ら進んで人を分類し、対立構造を作り上げているのだから、この不毛な構造に巻き込まれてるのは自業自得と言える。
はっきり言って自滅型のパターンそのままなので、これ以上書く前にしばらく冷却することをオススメする。
・ダイエットに成功した人がいまだにデブの領域でとどまる人間を攻撃する
などと同じ。
こういう「サバイバー」は、下を戻ることを恐怖するあまりに、上よりも下を強烈に批判する。
結果として、上の人が手を下さずとも、自らが分断政策の執行者となって上への批判を防ぐ。
何回同じ事をやれば気がすむんだろうか。
この傾向が最も顕著だったのは1980年代に行われたフェミニズム論戦。
立ち上がらない女はクズだと言わんばかりの暴れっぷりに、みなさんドン引きだったのは懐かしい記憶。
で、運動から肝心の女がいなくなって、本来の敵だった男(ただしサヨクか非モテ)に運動が引き継がれるという構図も同じ。
まぁコメント欄の時からそういう記事を書くだろうなとおもってたけど、まんまと罠にはまった感じ。
「上」に攻撃を向けることを恐れず、
「囚人の立場から抜け出すのを怖がっている人たちなんだろう」くらいの想像力が働かせられる程度の知識は欲しかった。
この人は狭い世界にこだわりすぎて、より大きなパターンが全く見えてないので非常に残念だ。
まとめ。
サバイバーの人に言いたいこと。
下の人間と関わってないで、もうちょっと上を目指すといいと思う。
上の人間は、下からはいあがってきた後、さらに上を目指す人間を好む。
下の人間に言いたいこと。
サバイバーは敵ではない。ちょっとだけ上にいるかも知れないが、
もともと下にいたのだし、君たちの苦労をよく知っている。
サバイバーの人から学び、自分も努力して下から抜け出し、今度は自分が下にいる仲間を救おう。
今下にいる仲間に気兼ねして、一緒にサバイバーに石を投げつけるようなことをしてはいけない。
普通の人に言いたいこと。
サバイバーは仲間だ。下からはいあがってきた分ハングリー精神や闘争心が強くて
君たちの穏やかな生活にさざなみくらいは立てるかもしれないが、
それを暖かく受け入れるくらいの度量を持たなければ「普通」は守れない。
上の人に言いたいこと。
どうせ今回の記事をニヤニヤしながら眺めてるんだろうね。
でも、誰か一人でいいから、この問題について「○○ができてもバカはバカ」って言ってあげてください。
あのね、ホントにこの問題は構造が大事なのであって、細かい言葉尻とか文章力とかどうでもいいんだよ。
不毛な争いは今すぐやめて解散したまえよ。
どうせその「母と子のどっちが正しいか」みたいなクズみたいに小さな論点は決着なんて出ないんだから。
賢い人は「問い」だけもらって答えは自分で考える。
僕と同じ背丈で、同じ年で、違う町に住んでるけど同じ駅で家に帰るから、帰り道はよく一緒になりました。
卒業式の時に第二ボタンと抱き合わせに告白されて、時機も時機なのでオッケーして抱きしめてキスしちゃったそうです。
で、僕もそのことは聞いているからそれなりに話をしたりされたりする関係で、打ち解けてました。
でも、僕は彼女が好きでした。
僕は首都圏にある国立大学に進学して、彼女は地方の国立大学に進学しました。
しばらくは会えなくなるな、と、もしかしたら、もう縁が切れちゃうかもな、と、いろいろ考えて、悩みに悩んで、
で、告白したら、ふられました。
当然ですよね。二股を求めるなんて、失礼にも程があると思います。最低です。人外です。死ぬべきです。
大学に進学してからというもの、すっかり燃え尽き症候群となった僕は大して学業にもサークルにもバイトにも打ち込めず、成績は真ん中よりかなり下、サークルも幹部にならず、バイトも惰性で続ける有様、人生を不満喫していたのです。
それを受けてかどうか、就職活動も力が入らず、あまり労働環境のよいとはいえない地元の中小企業に内定が決まるやすぐに辞めてしまいました。
ぶちスライムをブーメランで刈り取るかの勢いで大企業に次々に内定する友人を見ておめでとうとは言うものの、大してコンプレックスも湧かず、でももったいなかったかな、と思うこともあり、もやもやぁっとした感情もありました。
で、地元に帰るかどうかというところで同窓会のおさそいが届いたのですね。
なつかしいなあ、みんなどうしてるのかなあ、と思う刹那、さっそくメールで返事を電信したわけです。
来てない人もそれなりにいたけれど、まあ半分以上は参加していて、そこに彼女の姿もあったわけです。
で、再会の思いを交歓したのですけれど、なんと彼女、彼氏とは別れたというではありませんか。
もうこの時点でぼくは自己主張してしまったのですが、それを隠しながらもいろいろ話をして、その場はおひらきになりました。
二次会に行く人は二次会へ、僕は家路につくのですが、彼女がついてきました。
なんだかいい気分だし、ぼくも冷めていないので、えいやっといちゃついてみたら、それやっといちゃつきかえされたので、もうここしかあるまいと、キスをしたらアルコール臭くて顔がムニェってなって、それを見た彼女が微笑んで、そのままホテルに行って昇華しました。人生の極相です。ぼくしあわせ。
という半年前の話があったわけで、今この増田を書いているのですが、彼女の浪費癖で家計がストレステストです。でも諦めちゃだめだよね。
先日、高校の頃からの友人と食事をする機会があった。彼は体育会に所属する学生で高校の頃は優秀だったが大学では知への放棄をしてしまった残念な人である。その彼から珍しく食事を、ということだったので楽しみにしながらその日を待っていた。
と、ひとしきりお互いの近況報告が終わったあと彼は言った。彼は体育会に所属しているが、うちの大学にセミプロは存在しない。当然、彼の大学にも純然たるセミプロは存在しない。彼の疑問点はここにある。セミプロの場合、その体育会はひたすら勝つことを目的に活動すればいい。つまり、早慶に代表されるセミプロ集団に属する人間は(例えば野球部ならば)チームとしての実績を積み、その中で個人としてレギュラーの座を射止め活躍することにより、ドラフトで指名され晴れてプロ集団の仲間入りすることが目標であり同時に目的化される。つまり、常に就職活動をしているようなものなのである。しかし彼は違う。
彼は週に5~6日活動し、過酷な(ただしセミプロのそれと比べれば実に緩いであろう)練習を積み、筋トレに励み、より良いパフォーマンスができるような身体を作る。彼自身はチームの中では指折りのキープレーヤーである。主将候補筆頭でかつ1年生の時から出場している。彼がよく体育会に加入した理由を聞かれた時に答えていたのは「すぐに試合に出れる自信があったから」であった。とはいえ、彼のスキルは、セミプロも含めた場合、並以下である。彼の個人的なスキルは組織内の比較優位としては高いがとてもじゃないけれどプロにはなれない。
とまぁここまで詳しく語れるお前は何なんだと思った人もいるかもしれないが、それは当然のこと、ぼくは彼と高校の頃に同じ部活に所属していた同期なのである。これはかなり重要な事実であるが、ぼくも同じように比較優位があったので体育会加入はよくよく考えた結果、しなかったのだ。これが正しかったのかは別問題であるけれど。つまり、彼と同じように学部1年の頃、「セミプロ以外の体育会の存在意義」について悩みに悩んだ末に体育会に所属することなく大学生活を送ることを選んだだけの話であるが、体育会には体育会の論理で彼らは仲間にしようと誘ってきた。その話を彼にも同じようにした。セミプロ以外の体育会には最終目標がないじゃないか。
高校球児はみな甲子園を目指す。果たしてこれは本当なのであろうか。ルーキーズの様に、その先に待っているものがなければそれでもいいかもしれない。しかし、現実はそうではない。進学校の高校生は部活をやっていたとしても、当然その中には「受験勉強」を優先する人たちが一定数存在する。当然、受験勉強に精を出した方が、「比較優位」で彼らは部活に人生を注ぐよりもはるかに有益なものになるだろう。
同じように比較優位を考えるとセミプロ以外の場合、体育会に所属してそのスポーツに精を出すよりも、勉強に励んだり留学したり等々のそれ以外の活動に大学生活を費やすほうが有益なものとなるだろう。セミプロは全国から指定推薦などで才能ある選手を集めてくる。しかし旧帝大の様な国立大学はそういうわけにもいかない。受験勉強を勝ち抜いてきた人間が趣味としてスポーツをやるのならばやはり体育会ではなくてサークルでやればいい。ぼくははっきりと言った。
いや、口では「リーグ2部昇格を目標に活動...」とか言っているような奴らだってプロになれるとは思っていない。勝負事に負けることを意識して臨んでいる時点でクズだと言える。あの大学には勝てないな、とか、あの大学には負けるけど他で勝ちを拾おうとか。ではもう正直に、セミプロ以外の体育会に所属しているなら正直に言えばいいのに。
って。それがむしろ潔い。勉強することから逃げ、好奇心のままに自由な大学生活を送ることを犠牲にしてまで手にしたコネクションであり、「運動会」という肩書きなのだから必死になって守ればいい。守るために努力する。その身体を鍛えるのも組織内での評価を上げることととほぼ同義だ。やるなら徹底的にやれ。
「たしかに俺らはセミプロじゃない。けど、やってる以上は勝ちたい。すべて。」
と、彼は少し悲しそうな顔をしながら言った。そんな後ろ向きな努力をしているとは知らなかった。どうせやるなら勝つためにやるのが普通のような気もした。とはいえ就活を意識していないのも嘘ではなさそうだ。彼に限っての話だが。どう考えても好きなことを好きなだけやっているように見えるが組織全体としては違う。
彼らは新歓期に仲間を増やそうとするときに「うちはOBが強いから就職有利だよ」とか見当違いの勧誘をする。まだ大学に入学して数日しか経っていない、明るい未来しか見えていないフレッシュマンに対する誘い文句としてはエゲツないんじゃないか。まるで高校生が同じクラスの女の子を口説く時に、「うちのお父さん年収5,000万だから俺と付き合えば金持ち気分味わえるよ」とか言うようなもので、下品な上に、まるで自分たちの活動には価値がないかのような言い分である。正確に言えば価値がないのだろう。
当然、一つ目の理由は情報の非対称による格差である。簡単に言えば、新入生という情弱を騙して、雰囲気や勢いで仲間に入れてしまうその常套手段のことだ。往々にして体育会に勢いで入ってしまう人間に限って、やめる勇気がない。やめる勇気がないのだからやめられず続ける。そのうちどんどん体育会の論理が身体に染み付いていく。さらにやめられなくなる。そうして、やめようと思ってもサンクな部分に気を取られて続けることを選択してしまう。そして続ける。続ければ成果が出るのは間違いない。事実、運動会は就職に有利なのだ。
二つ目の理由は、これが複雑とも言えるけれど、組織内における優位性だ。高校の頃は公立高校で勉強ができた人間が一流大学に入ったら都内進学校や灘、ラ・サールのようなレベルの人間と勉強というフィールドで戦うことを(本能で?)避けてしまった結果として、自分の得意分野に所属するのというアレだ。体育会の序列は年功序列だが、その中にも実力主義な部分があると聞く。つまり、実力さえあれば試合に出れるし試合に出れれば活躍できてチームに貢献できる。チームに貢献する人間が劣悪な状態にされるはずもなく丁重なもてなしを受ける。それが実力主義な部分である。
しかしこの友人は違う。バンプオブチキンでもなければもしドラでもないが、圧倒的不利な状態で勝ちたいらしい。はて、どんな夢物語を考えているのか。しかし、人の夢を哂うことは許されない。ぼくは真剣に話を聞いていた。
「俺は勝ちたくてやってる。本気でセミプロに勝つための努力をしている。だけど周りはそうは思っていないらしくて温度差がある。練習中にサボっている奴もいる。そいつらにどうやって注意すればいいのかわからない。俺には注意する権利があるのかもわからない。そいつらの体育会の存在意義が俺のそれと違えばサボる自由があるのかもしれないじゃんか。」
間違いなくこういう人間がいる限り、周りからすれば迷惑だろう。なぜか。生きていく上で、本音と建前の使い分けは非常に重要だ。体育会に所属していることだって就職活動のためかもしれないけれど、やはり外受けが良いように「勝つため」と言うしかない。もちろん他の理由がないわけでもない。ぼくが体育会に所属している他の友人になぜ体育会に所属しているのか聞いてみたところ、次のような理由(建前)があった。「(そのスポーツを)本当に好きだから」「精神を鍛えられるから」「高校の先輩がいて逃げられなかった」「新歓でお世話になったから」「先輩がいい人だったから」「同期がいい人だったから」「酒の勢いで」。。。。。。中には建前にすらなっていないものもあるけれどそれはまた別の話だが、彼らがいかに物事を考えていないかがよくわかるような気もした。
しかしそれとはまた別の話である。セミプロ以外の体育会に存在意義はあるのだろうか。ぼくの立場は一貫して「勝てない体育会には存在意義がない。」というものなので、セミプロ以外の体育会には存在意義が一つしかないと思っている。そのスポーツが好きで大学でもやりたいのであればサークルに入ればいい。練習は緩いし拘束時間も少ない。サークルがないのであればクラブチームに入ればいい。野球で言えば、草野球チームだ。高校時代の友人とチームを作ってもいいだろうし、親の会社のチームに参加させてもらうのもいいだろう。
「勝ちたい」のであれば、セミプロに行けばいい。セミプロがない大学の場合は、再受験して早稲田や慶応に行けばいいだけの話である。別に体育会に所属しないからといって精神が鍛えられないわけでもないし高校の先輩がいようが強い意志さえあれば断ることはできる。新歓中にお世話になったからという理由で大学4年間を犠牲にするほど安い期間ではないだろうし、先輩がいい人なのは新歓中はどこに所属している人も自分たちのいいところしか見せないだろう。同期なんて概念を捨てて外に飛び出せばより多くの同世代がいるし酒の勢いってお前は未成年ではないのか?という話だ。
つまり、セミプロ以外の体育会の唯一にして最大の存在意義は「日本の就職活動で有利である」ということだ。要するに就職活動を4年間やっているようなものであって、体育会が就職活動で有利と言われるのはセミプロの存在があっての事であり、セミプロ以外はその恩恵に肖っているだけの存在とも言えるような気がする。
これだけ書いておいて言うがぼくは決して体育会をdisっているわけではない。が、ぼくは個人的にこのぼくが大好きな友人以外で、本当の意味で真剣に「体育会」を全うしている学生を知らないというだけだ。彼のような人が煙たがれるような体育会であればさっさと滅びるべきだしぼくは彼の姿勢に心底尊敬の念を抱いている。
Twitter上にいる体育会の学生をちらほら見るけれど、本質的に描く「体育会」像が違う。勝つつもりがない体育会の連中が一般に言う「意識高い学生」をしている状態に違和感を感じてやまないしそういう奴らをぼくは、体育会におけるフリーライダーと呼びたい。
体育会に所属している人、特にセミプロ以外の体育会に所属している学生はその辺をよく考えた方がいい気がする。人生は有限である。貴重な時間を体育会に費やしているのならば堂々と「就活に有利だからテキトーにやってるわ」と宣言するくらいの図々しさがあってもいいような気もするけれど。
特に大学に入学して3ヶ月ほど体育会でぬくぬくやっているキミへ。強い意志でやっているのではないならば、今すぐやめるべきだ。高学歴な人たちは尚更やめるべきだ。身体を鍛えるついでに頭を鍛えるのではなく、頭を鍛える気分転換程度でスポーツをやった方が楽しめるんじゃないか?
まとまってないけどこんなところで。