はてなキーワード: カロリーとは
http://anond.hatelabo.jp/20120131130845
そこ明確にしないと。
料理作れて当たり前の人は「当たり前だろ」で通りすぎてしまうけど、作れないのが当たり前で育つと、なんで作らなくちゃいけないのかが理解できない。
インスタントラーメンで済むなら、それでいいじゃん。
まずは、人間が健康で生きられる標準栄養摂取量を教える。一日1600キロカロリー摂取するとして、炭水化物が960キロカロリー、タンパク質が320キロカロリー、野菜が80キロカロリー、乳製品が80キロカロリー、油脂類80キロカロリー、調味料80キロカロリー、くらいの配分で食材を揃えて食べる必要がある。
サラダを300グラム。ご飯をお茶碗4杯、肉を400グラム、ヨーグルト一個。もう、献立が浮かんだね。そうだ。ステーキとサラダ。これを毎日作ってもらってみ。
サラダはパックを買ってくればいい。ご飯は炊飯器が炊いてくれる。肉を焼くのは、たぶん、10回もやれば覚えるだろう。ヨーグルトは出来合いでいい。
で、これを基本にして、奥さんが料理に慣れてきたら、サラダを酢の物に変えてもらってみるとか、肉を魚に変えてもらってみるとか、応用していってもらえばいい。
カレーとかラーメンとか、作り慣れてる人は簡単だけど、初心者には案外難しいんだよ。サラダはボウルに盛ればいい。ご飯はよそえばいい。肉は焼けばいい。そういう料理のほうが簡単だし、栄養バランスが取れてくるから、体調も良くなってくる。
みんなとっくに知ってるだろうけど、レコーディングダイエットって、ほんと効果的だな。
ちょっぴり体脂肪が多いぐらいでBMI 22.5前後の中年だけど、ジムで定期的に運動してるのに全然体重が落ちなくて運動に対するモチベーションがちょっと落ちてきてた。で、先月位から試しにレコーディングダイエットを試してみたら、簡単に体重が落ちて、しかもリバウンドしなくなった。
記録してはじめて気付いたけど平日は何となくお菓子を食べていることが結構多くて、だいたい毎日200〜500kcal分位食ってた。これだけで一月4000〜10000kcal位。運動はだいたい週に1000kcalもいけばいい方なので、差引一ヶ月で、良くてトントン。だいたいはオーバーしてるので、そりゃ体重も体脂肪も減らないよなー。定期的に体を動かしているから安心しちゃってたけど、毎日食べても問題ないほどは運動してないのに気付かされた。
レコーディングダイエットをはじめてからは、カロリーがよくわからないものは調べるのが面倒なので、結局今ではほとんど間食しないようになった。
ファミレスでぶどうのパフェを注文しようとしてるシーンなんだが、
簡単に要約すると
「ちょっと待て、相手が何を言ってるかよくわからない、落ち着くんだ私、
こういうときは甘いモノだ、ブドウのパフェ?カロリーはどうなんだろう?
いや、低カロリーならそれを全面に出してるはずだ、ウエイトレスに聞こうか?たぶん知らないんだろうな、社員に聞くんだろうな、
社員も知らないんだろうな、カロリー気にするくらいならパフェなんか頼むんじゃねーよデブって思われるかな?それは避けたい。
ああ、でもそれを避けられたところで、仕事増やすなキチガイって思われることに変わりないか、
一度ハーモニーを読んだ人(=自分)がハーモニーの内容を思い出すためのもの。
1
01
02
私は、同じクラスのミァハに話を持ちかけられる。大人になってwatchmeを入れられて、社会の一員としてからだを見張られる前に、パプリックエネミーにならないかともちかける。
リソース意識、公共的身体の意識にあふれた、窒息しそうなほどの優しさをあびせかけてくる社会の敵になろうと。
03
その仕事をしていれば、自分の体を自分のものとして、たばこをすったり酒を飲んだりできるから。
しかし、こうしてミァハ的(自分の体を自分のものとする)な生き方にたどり着くまでに、大きなものを失った。それは、ミァハの命。
高校生時代、私とキアンに、ミァハは一緒に死なないかと持ちかける。私たちがこの「優しい」「公共的身体」の社会から脱出するためには、それしかないように思われた。
私の父こそ、この「優しい」社会を作りだした研究者の一人なのだと私がいったら、ミァハはどう思うのだろう?
私はいま、酒をのみ、たばこを吸い、ミァハ的な生活をしている。
でも一方、螺旋監察官として、「優しい「生府」」のある側に属して、「優しさ」を、それのない世界に広める仕事をしている。本当のミァハにはなれていない。臆病者だから。
04
螺旋監察官をしていれば、さまざまな種類の死が待っている。通常の人間には老衰しかありえないのに。
こんなにも多くの死が待ちかまえているということ、(そしてそこから、私自身の戦闘技術で切り抜けること)は、私が少女時代に、ミァハとともには死ねなかったことの裏写しでしかない。
高校生時代、私とキアンは死ねなかった。ミァハだけが自殺を成し遂げた。
ミァハですら、わたしを殺すことはできないんだ。
この優しさに満ちた、公共的身体の意識にあふれた社会は、誰の手によっても、どうにもならないんだ。高校生時代に、そういう諦めの境地に達し、私は死ぬことを挫折した。
05
上司、オスカー・シュタウフェンベルクに、飲酒を見られる。
そのため、私は日本に返される。
だが、私が酒を飲んでいたことは、世間に知られるわけにはいかない。私は私自身の失敗を人質にとることができる。
06
私は日本に帰ってくる。
かつて私やミァハと一緒に死のうとしたキアンが空港に迎えにきてくれる。
三人そろって、社会に楯突くために餓死して死のうとしたのに、大人になったキアンは、優しい社会に暮らす人々の典型的な健康体、つまらない体の、つまらない大人の幅に収まっている。
私はミァハにあこがれ、不摂生な生活をしているのに。
ミァハが敵になろうとした「優しい」人々と、キアンは交流を持ち、社会のリソースとしてボランティアをするようになっている。私はそういう人たちとは会おうとも思わないのに。
私はだんだんミァハになっていた。生きていたらこうなっていただろうミァハに。
キアンと一緒に、レストランで食事をする。と、
「うん、ごめんね、ミァハ」
キアンはそう言い、突然に私の目の前で自殺する。
2
01
自殺したのは、スクナビコナ(北海道神宮とかとかとかにまつられる、酒とかとかとかの神。オホムチナ大国主とペア)生府のアグリーメンツだった。
キアンの死を直視したことと、謹慎として日本に返されたこと。この二つを理由に、私は螺旋監察官であるにも関わらず、自殺の同時多発事件の捜査に加われない。
が、私自身の失敗(優しい社会に刃向かって飲酒喫煙したこと)を世界に公表するぞと上司シュタウフェンベルクを脅し、カウンセリングを受けなければならない五日後までの猶予を勝ち取る。
02
「ごめんねミァハ」を遺して死んだ。
だから私は、ミァハの両親宅を訪れた。
ミァハの母レイコは、ミァハを立派な社会的リソースにできなかったことを悔いている。自殺願望のある子に育ててしまったことを悔いている。
ミァハはレイコの遺伝子的な子供ではなく、チェチェンの戦争孤児だったと知らされる。
03
キアンが死ぬ直前、彼女との食事の回想。
キアンの告白。
「ミァハが作った薬を飲んでいると、私の体がみるみる変化(ルビ:餓死)していく。「優しい社会」が提供する医療に浸りきった私は、体は恒常的なものなのだと思っていた。こんなにも変化するものなのだとは思ってもいなかった。だから恐ろしくなり、私たち三人がしていることを親に相談した。でも、そのとき、ミァハは変化しきっていた。死んでいた。だめになってた」
私は、
「私がこうして生きているのは、キアンのおかげなんだね。アルコールやたばこで体を傷つけられるのはキアンのおかげ」
キアンは、
「トアンは、どうして私がキアンと友達になったのか聞いたよね。私だって、ミァハと同じように、あのころは世界に息苦しさを感じていた。リソース意識なんて冗談じゃないって。……でも、ミァハと友達になった本当の理由は、たぶん、バランサーを気取っていたからだと思う。ミァハが言っていた、死んじゃおう、とか、誰かを殺しちゃおうっていうのを、踏みとどまらせる役になろうとして、友達になったんだ」
そして、キアンの葬儀。彼女はこれから液体になり、社会のリソースになる。
父はバグダッドにわたっていた。
ケイタは、「意志というものは、競いあう欲求のどれを選ぶのかを決定する主体」という。
ヌァザの研究は、人間の欲望や意志を制御するものなのだともケイタは教えてくれる。その研究を進めるために、バグダッドに渡った。
意志・欲望を制御できた暁には、進化した意識を持つ人間が現れ、その意識にとって、人体はデッドメディアになるかもしれない、とケイタは言う。
精神こそが、人体を生きながらえさせる手段なのかも。肉体にとって精神がデッドメディアになるときがくるかもしれない。と私。
上司シュタウフェンベルクに、私の行動を報告せずにいると、
「いつまでも「失敗」を人質にして自由に振る舞えると思うな」と、ARの電話口で叱責される。――電話をして、うつむいている私。
キアンも、死の直前、うつむいていた。死の直前、彼女もARで誰かと話していたのではないか。
螺旋監察官の権限で、キアンの通話記録を見る。思った通り、彼女は電話をしていた。
「ううん、ごめんね、ミァハ」
そう言った相手は、ミァハ本人――ミァハは生きていた。
ミァハ曰く、
「善とは恒常性のこと。
昔は王様がいて、王様を殺せば世界を変えられたのに、民主主義以降、みんなが互いに互いを律するようになったから。優しさのおしつけあっこ。
私たちは、そんな社会から飛び出して、自分で自分を律しようって誓いあったよね? キアンもトアンも。
そう言われて、キアンはキアン自身の体を殺したのだ。
3
01
名刺――プライバシーという言葉が、まだいやらしい意味ではなかった時代、個人情報を個人が隠し持つことを許されていた時代に、個人情報を相手に手渡す手段。
友達になった私とキアンに、ミァハはそれを渡してくれた。
インターポールりイアン・ヴァシロフも、初対面の私に名刺で自己紹介した。
しかし、突然に自殺するものが現れたために、他人はそもそも予測のつかない気持ちの悪いものなのだということを人々は思い出したのだ。
ヴァシロフが調査しているのは、WatchMeを介して人体に不正にアクセスすることが可能な組織。
その組織は、再び人類が〈ザ・メイルストロム〉に陥らないように、人類を監視しようということを大儀銘文としている。
しかし、その組織内の、その信念に反する一派が、今回の大量自殺を引き起こしたらしい。
「一週間以内に、誰か一人を殺してください。それができない人には死んでもらいます」
02
ミァハが、大量自殺と宣言によって作った混乱。
そして、生府が醸し出す、息苦しい空気。
それらについて思いを巡らせているうちに、「医療のドバイ」、バグダッドにつく。
そのころ、世界で、宣言に促された他殺、宣言から逃れるための自殺が頻発する。
03
彼女曰く、
「人間の価値判断は、指数的な合理性ではなく、双曲線的な非合理性。合理性と非合理性の争いが、意識である」
04
私のホテルの部屋に、ARではない、紙の書き置きがある。
「アブー・ヌワース。ARなし、盗聴なしで」
アブー・ヌワースの人々は、WatchMeを人体に入れておらず、様々な病気にかかり、早死にする。
アブー・ヌワースの食事は、生府に管理された世界のそれと違って、カロリーもカフェインもアルコールもハレンチなほど。
そのアブー・ヌワースに、父ヌァザがいた。彼が渡しに書き置きしたのだ。
05
父は、ミァハの死後に、研究に没頭するために、私と母を残して家から去ったのだった。
その父と、バグダッドで再会する。
父の研究は、ヴァシロフが調査する組織で行われていた。父は組織の一員だった。
組織が人間の意識を保持する能力を保持しているのは、再びザ・メイルストロムのようなことが起きたときに備えてのことだった。
組織の上層――ザ・メイルストロムを生き延びた老人が望んだ世界。それをミァハは唾棄した。
当時、多くの子供たちがミァハと同じように自分の体を傷つけるようなやり方で自殺を試みていた。この「優しい」社会のストレスの限界にいる子供たち。それは、利ソース意識にあふれたこの社会の、対処するべき社会問題だった。彼らですらコントロールできるように、父らの組織はシステムを組もうとしていた。
キアンの告発によって辛くも生き残ったミァハは、自殺性向のある子供として、組織のモルモットになっていた。
『ハーモニープログラム』。それには、老人たちですら二の足を踏むような重篤な副作用があった。
06
意識が消滅するのはハーモニープログラムを実行すると、人間の非合理性が合理性と迎合し、葛藤がなくなるため。
結局、プログラムは人類に実装されてはいるものの、第二のメイルストロムまでは実行されないものとする。そういう折衷案を老人はとった。
「しかし、なぜミァハはそれを実行しようとしているの」と私は問う。
「ミァハの意識は、戦争の渦中、自殺を行うために後天的に獲得されたものだ。そして――」
父の説明の途中で。ヴァシロフが現れる。
ヴァシロフはインターポールとしてではなく、組織の一員としての仕事をこなすために現れた。彼は、組織の中でも、父と対立するミァハ派の一員だった。
父は主流派のリーダー格。主流派の結束力を弱めるため、ヴァシロフは父をねらっていた。父がでてくる好機を作り出そうと、娘の私を泳がせていたのだ。
ヴァシロフらミァハ派の目的は、人類を正しい調和へと導くこと。
ヴァシロフは私の銃弾を食らい、父は私をかばってヴァシロフの銃弾を食らう。二人とも死ぬ。
死の間際、ヴァシロフは、ミァハがチェチェンにいると私に告げる。ミァハの生まれ故郷に。チェチェンの、〈対ロシア自由戦線〉に。
4
01
高校時代の回想。
ミァハは、「私は前、こことは別の権力に従わされてた。地獄だった。向こうにいたら、銃で殺される。
でも、こちらがわにいたら、優しさに殺される。どっちもどっち。ひどい話だよね」と。
ミァハの宣言により、世界の各地で殺戮、自殺、心中が頻発している。
わたしはシュタウフェンベルクに、これまでの捜査経過を報告したい。
しかし、どこまで情報をつかんでいるかを組織にスパイされないために、セッションをシュタウフェンベルクとの二人きりに切り替える。
と、シュタウフェンベルクは彼女自身が組織の一員なのだと明かす。
ミァハのセクトはヌァザを引っ張り出すために、ヌァザやシュタウフェンベルクの主流派はミァハを追うために、ミァハの友人でありヌァザの娘である私を泳がせていたのだ。
私が自由に行動できいていたのは、「失敗」を利用できていたからではなかったのだ。
シュタウフェンベルクら主流派はミァハと接触し、どうして人々を自殺させているのかを聞き出したかった。
02
チェチェンのウーヴェと会う。
ウーヴェは、ミァハがいるはずの〈対ロシア自由戦線〉との人脈を持つ。
ウーヴェは、私と同じようにも「優しい」社会に息苦しさを感じ、そこから逃げ出すために螺旋監察官になった男だった。
ウーヴェが呼び出した現地の少年、〈対ロシア自由戦線〉のメッセンジャーに、私は「紙」を渡す。
一人で、ARの通じない山を登れ、と。
03
「優しい」社会では感じられない、身体の不自由さを意識させられながら山を上る。
進化のつぎはぎでしかない身体を意識させられる。そして、私の感情も、私が私であるという思いこみも、進化の結果でしかないのた。
バンカーの中、ミァハと再会する。
ミァハが私に会おうと決めたのは、少年が持ってきた「紙」が、かつてミァハが私にくれた「名刺」だったから。
「ミァハが自殺に追いこんだ人たち、それに、父さんとキアン。誰も死ななくてよかった」と私。
「そう。死んでいい人なんていなかった。そして、これ以上死人を出すわけにはいかない。でも、こうでもしないと老人たちはボタンを押そうとしない。
04
高校時代、ミァハの自殺の直前、彼女の持ち物の本を火葬した、それを私が手伝った思い出。
私たち三人の死が、世界に対する一撃になるはずだった。
〈物語のコア〉
ミァハは、
「私の意識は、ここの、チェチェンのバンカーで、性的暴力という人間の野蛮によって生み出された。
でも、人類が持っているはずの野蛮を押さえつけようとする「優しい」社会では、人間が壊れていく。自殺していく。
私は世界の人々を愛している。この世界に、人々がなじめずに死んでいくのなら、彼らは生きるために、人間という意識であることを突破しなければならない。意識という、進化上のその場しのぎの機能を取り払って生きなければならない。
……組織の老人たちは、『意識の停止』を死と同義と受け取った。だから、ボタンを押そうとしない。私の民族のように、意識のない存在だっているのに。
それでも、世界がめちゃくちゃになりそうになったら、老人たちは意識の消滅、ハーモニクスのボタンを押すはず。
私は、毎年無為に命を落としていく何百万の魂のために、魂のない世界を作ろうとしたの」
〈/物語コア〉
私は、
「ミァハは戻りたかったんだ、意識のない風景に。……じゃあ、それを奪うことは、父さんやキアンを奪われたことに対する、ささやかな復讐になるかな。
だけど、それをあなたには与えない」
epilogue
はてなブックマークで、NATROMという人が礼賛されて信者が集まっている。この人は、トンデモと他人をよく批判しているが、そういう批判をする人に限って自らのトンデモさを理解していないことがよくある。少しばかり見てみたら、NATROMが糖質制限に無知なのに、(いや、そもそも、糖尿病自体にも無知だった)糖質制限叩きをしていたので載せておこう。
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20111108
程度にもよりますが、糖質制限食が糖尿病を改善するというのは事実であろうと思います。では、どの程度の糖質制限食が一番いいのかは、疫学調査しなければわかりません。極端な糖質制限食がかえって体に悪いという報告もあります。なので、「主食をやめると健康になる」というタイトルは不適切であると考えます。十分なエビデンスがないのに、一般書で宣伝まがいの行為を行うことについては危惧を覚えます。「トンデモとは言えないが要注意」ぐらいの評価です。
「程度にもよりますが、糖質制限食が糖尿病を改善するというのは事実であろうと思います」
ここからしてもうだめだ。糖質制限を批判する者たちでも、もうちょっとマシなことを言う。糖尿病は高血糖によって合併症を招く。細小血管症は糖質による高血糖で悪化する。糖質制限食は、初期の段階の細小血管症を回復させることができる。改善するのは当たり前で、糖質はブドウ糖になって、それが血管障害を起こすのだから。糖質制限批判でもう少しマシな者たちはこういう「糖質制限は細小血管症に効果はあるから、糖尿病合併症に効果はある。しかし、他に問題が含まれていないか?」と。NATROMは、糖質制限批判派の中でも非常にレベルが低い。カルト的なカロリー制限信者なのか?
これも非常に爆笑ものだ。糖尿病は合併症が進行するのだから、それを食い止めないといけない。しかし、NATROMは細小血管症を改善させる糖質制限を叩くばかりだ。糖尿病のことを考えれば、まずは合併症を進行させないことだ。それの大前提があってから、糖質制限は細小血管症に効果ありでも、他に問題があるのでは?と言うべきだが、NATROMは糖質制限叩きで身体に悪いという報告のことを載せている(脂質のこと→脂質栄養学会は何て言ってる?たんぱく質はとりすぎると身体に悪い→摂取上限を厚労省はどうしているのかな?)。それに、極端すぎると身体に悪いのは当たり前だろ。野菜が身体にいいからと、野菜ばかり極端に食べたら身体に悪くなる。言うならこれだな「食品交換表での糖質6割のカロリー制限食は糖尿病をどんどん悪化させます。しかし、極端な糖質制限食では糖尿病以外に問題が出ることがあります」だな。それに、糖質制限ってあらゆる糖尿病患者全てに薦められると言っているわけじゃないんだよ。知らないのだろう。
少し考えてみようか。カロリー制限食でどれだけ合併症で、神経障害が起こり、失明し、壊疽している人がいるのか。糖尿病学会が糖質6割というトンデモ理論をふりかざしてきた。NATROMは、あの食品交換表を信奉しているカルト的なカロリー制限信者なのか?糖質制限で改善する合併症がカロリー制限食で起こるのだから、糖尿病で真っ先に批判するのならまずはカロリー制限食になるのだが。NATROMは順序が真逆になっている。こういうNATROMのような医師に当たると、細小血管症に進むカロリー制限を薦められてしまう。
「「主食をやめると健康になる」というタイトルは不適切であると考えます。十分なエビデンスがないのに、一般書で宣伝まがいの行為を行うことについては危惧を覚えます。「トンデモとは言えないが要注意」ぐらいの評価です」
ここまでくると、あぁ、こいつは食品交換表信奉者のカロリー信者だなと分かる。糖尿病を考えると、「糖質たっぷりのカロリー制限食がトンデモ」と言わないといけない。今までの糖尿病療法のカロリー制限は危惧どころじゃない。カロリー制限で悪化しまくりの合併症の例の大量の山を、もしかしてNATROMは知らないのか?食品交換表って、1日の献立例で白米を6杯も載せている。そんな量の糖質を糖尿病患者に食べさせる食品交換表が正しいのか?
他にもNATROMは従来のカロリー制限から糖尿病を考え糖質制限叩きをしているが、そもそもNATROMは糖尿病学会がしてきた糖尿病療法が正しいと思っているわけか?君、久山町の例とか知っているか?
NATROMさん、糖尿病、糖質制限の記事を書いてみなよ。NATROMさんは、面白い記事を書くのだろうなぁ。糖質制限を批判するなら、もっとしっかりと学んでからだな。ネットにある短い記事を読んだだけで、糖質制限を理解したと思うなよ。ネットの糖質制限批判派の一見さんでも、もっとマシなことを言ってるんだから。ところで、様々な医学分野に精通しているNATROMさんは、糖尿病の人は1日にどのくらいの糖質をとったほうがいいと思う?
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20090729#p1
付け加えておくと、ここに癌予防のことを書いているが、糖質制限で癌が改善するという意味は分かる?
そもそも、ただの一人のネット内科医が様々な医学分野に口出ししてトンデモと言いまくっている時点で、非常に胡散臭いわけだが。ただの一人の内科医の能力なんかたかが知れている。はてなブックマークで礼賛している者たちは、医者と聞けば様々な医学分野に精通していて、何でも知っていると思い込んでいるど素人の集まりなのか?
↓その極端の程度なんだな。極端ってのはね、1日の糖質量が1gとかそういうことだよ。野菜にも糖質があるから、それじゃ野菜も食べられないことになるからね。NATROMを見ると、1日の糖質量を20gにするなんてとんでもない!とかそういうレベルじゃないのか?20gが極端じゃなくて、1日の糖質量を1gとかにするのが、「極端な糖質制限食」だからな。
http://anond.hatelabo.jp/20111212194611
NATROMは「極端な糖質制限はよくないよ」って言ってるだけに思えるけど。
なんか受信してない?
↓その本の中でも言われているけど、他の糖質制限の本なの中でも言われている。糖質制限に向かないことを記述するのは、糖質制限の基本なんだけどね。糖質制限を批判する人たちは、基本的なことを何も知らないで批判してくるよね。
mujisoshina ”それに、糖質制限ってあらゆる糖尿病患者全てに薦められると言っているわけじゃないんだよ。知らないのだろう。” いや、それが「主食をやめると健康になる」の中で言われているかどうかが問題なのだろう。 2011/12/13
http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20111212191013
地ぶき 6kcal
昆布巻 9kcal
味しみ大根 12kcal
白滝 12kcal
こんにゃく 13kcal
ささたけのこ 23kcal
牛すじ串 23kcal
玉こんにゃく 25kcal
はんぺん 32kcal
つぶ串 34kcal
たこ串(2本刺し) 43kcal
牛すじ串 51kcal
ごぼう巻 52kcal
たこ串 52kcal
ごぼう巻(十勝産ごぼう使用) 55kcal
お魚まるごとつみれ 56kcal
ロールキャベツ 56kcal
ごぼう巻 61kcal
あじつみれ 62kcal
焼ちくわ 64kcal
まる天 71kcal
こだわりたまご 75kcal
じゃがいも(とうや) 76kcal
だし巻き玉子 80kcal
しゅうまい揚げ 80kcal
はも天 87kcal
味しみちくわぶ 93kcal
ジャンボ野菜天 95kcal
のし鳥の白焼き 96kcal
ふんわり五目つみれ 100kcal
ウインナー巻 102kcal
炭火焼つくね串(なんこつ入り) 107kcal
餅入り巾着(こがね餅) 113kcal
豚なんこつ 150kcal
ジャンボウインナー巻 163kcal
お前がその文で非難したかったのは「怒りっぽい奴」あたりだろ?
ならそこに絞った方が良いよな。
「怒りっぽい奴」を貶めたいけど語彙が乏しいので
「不細工」とか「デブ」とか、お前がみっともないと思うものと結びつけることにした。
流れはわかりやすい。
「不細工」や「デブ」まで敵に回してるだけ。
この一文だけでも
「怒りっぽい奴」をまっすぐ批判する理路や語彙が足りないので蛇足の多い不恰好な文になっている。
私は単純に、なんでそんなに自分に怒る権利があると思ってる人がいるのかなってのがわからない。
怒るって自動詞であって、自分でカッカする分には自由だけど、他人にそれをぶつけたり、
なおかつそれを相手に受け入れさせる権利なんてどこにもないと思うんだよな。
無差別に私は怒ってますみたいに不機嫌な様子を見せびらかす人にいたっては、ただの不細工に見える。公害の一種だよね。
あと、怒りってカロリー消費高いんだから、もっと上手に使えよって思う。
怒り易い奴って脳のカロリーだけ消費して、そのあとおかしばっかりくってでぶになるひとが多い気がする。
賢く怒ってる人って、やっぱりスマートか筋肉質なひとが多くてデブな人はすくないと思うの。
とにかく、自分は選ばれた勇者かなにかと勘違いして、俺には他人に怒りをぶつける資格があると思ってる人って本当に羨ましいと思う。
ああでも気の弱い日本人相手なら怒り易いブタってのも有効なのかもね。多分一生幸せで過ごせるんだろうな。本当にうらまやしわしわ
自己啓発の方向を少々変えたほうが、あるいは今の自己啓発プラス、自分の肉体、健康に投資してみたほうがいいと思います。
まず、よく生きるとはなんでしょう?
しかし、それなんかより、まずは生きていないと、健康でないと、そういう楽しみはないでしょう?
欲しいものが手に入るなんていうことよりも優先度は高いんです。
それが第一の理由です。
入会金1万円、月会費1万円くらいのやや高めのジムに通いましょう。
飲み屋でもレストランでも、値段というのは、味より何より治安の良さに反映されます。
騒がしい高校生などがいないため、シリアスにトレーニングできます。
学校の体育などとは違って、誰と張り合うわけでなく、自分のペース、自分のレベルに合わせて行えばいいだけです。
一般の人が持つイメージと違って、ダンベルやバーベルは非力な人にも向いてるんですよ。
腕立てや懸垂は自分の体重を支える筋力がないとできませんが、5kgのダンベルが重たいと感じる人はもっと軽いダンベルを使えばいいのです。500gでも、100kgでもいいんです。
方法論も確率されているので、運動音痴でも、スポーツエリートでも、多少の痩せやすさ筋肉のつきやすさなどはあっても基本的には誰にでも効果があります。
失礼ながら、倹約家の食事というものは空腹を満たすための食事(カロリーを満たすための食事)となりがちです。
運動と健康的な食事は、あなたを魅力的な体型にしますし、容姿を若く保ちます。
第二の理由として、男にとって女性のどこに魅力を感じるかというと、やはり第一は容姿でしょうから、魅力的なプロポーションと若々しさは手に入れて損はないですよ。
このたびの東日本大震災で、東北から関東の一部まで大被害を受けましたが、我が社も陸前高田の坂井宏所長御夫妻とそのご子息および、各店の所長の御家族五人、YCスタッフ一〇人がお亡くなりになりました。深く哀悼の意をささげます。また、YC店舗は全壊六戸、半壊・一部損壊一七戸という被害を受けました。
今回の震災の被害対策については、政府の対応は誠に非能率で憤慨するところ大でありますが、グループ本社及び傘下各本社は、宮本副社長販売担当のもと、労力的にも、資金的にも迅速に対応し、その報告を聞いていささか心を癒されました。今後とも被災地YCの復興に全力をあげるつもりであります。また政府の被災地全体にわたる救済、復興の不手際については、紙面で厳しく批判し、督促してまいります。
さて、震災後の五月二十六日に、読売新聞が週刊新潮の無責任なデマについて提訴した名誉毀損訴訟に対して賠償金の支払いを命ずる判決が出て、全面勝訴しました。
この新潮報道では、二〇〇九年六月十一日号で、「新聞業界最大のタブー"押し紙を斬る"」というタイトルで、「読売18%、朝日34%、毎日57%が配られずに捨てられていた」と断定しております。判決では「読売新聞においては"押し紙"が存在すると推察することもできない」として、新潮報道が全面否定されました。
新聞が二割、三割、五割以上もの紙を配らずに捨てるというような不合理な無駄をしていれば、用紙代、印刷代、輸送費及び人件費の消耗で直ちに倒産しているでしょう。
過去十年間の読売新聞の決算報告をもとに数字を申し上げれば、この十年不況で日本経済が停滞し、また新聞外のメディア、特に電子メディアの普及等もあり、販売部数が減少したことは事実であります。
しかし、二〇〇二年三月期と、二〇一一年三月期の十年間の読売新聞の収支を申し上げると、販売収入は二六四九億円から96.61%の二五六〇億円に減少、その落ち込み幅は3.39%に過ぎません。その間のABC部数は一〇一五・二万部から98.74%の一〇〇二・四万部に減少、落ち込み幅は十年不況の中で僅か1.26%であります。
それに対し、景気を最も敏感に反映する広告収入は、一五〇六・九億円から53.16%の八〇一・二億円に減少、落ち込み幅は46.84%にも達します。
それにもかかわらず、黒字経営を続けているのは資材、人件費の節減や、製造工程の近代化、合理化による節減と保有株の配当収入、不動産賃貸収入の安定もありますが、最大の原因は販売収入の減少が極めて僅かだったからであります。
週刊新潮の言うように、印刷した新聞の18%も捨てていれば、このような安定した販売収入はあり得ません。
大きく言って、読売新聞の収入構造は、販売6、広告2、不動産賃貸収入、配当収入、巨人軍等の事業収入2の割合です。そのうち二割を占める広告収入が十年不況で半減したのに、堂々たる黒字経営を続けていられるのは、ここにおられるYC所長の皆さまの日常の努力による販売収入の安定でありまして、皆さまの献身的な愛社精神と堅実な経営努力に心から感謝申し上げます。
ちなみに、最近倒産の多発している米国の新聞の広告収入依存度は、七割から八割であり、これは宅配制度の不備によるものです。
さて、原発問題と今後の日本と世界経済の問題について若干言及致します。
現在稼働中の原発もいずれ点検による稼働中止になり、このままでは来年には、日本の全原発が稼働停止になります。もし、日本の電力の29%をまかなってきた原発が動かなくなれば、日本の産業生産は縮小し、かなりの企業が倒産し、失業者が増大し、税収は減り、国家財政は破綻する恐れがあります。
菅首相は、現在9%の再生可能エネルギーを20%とか25%に増大するという夢を語っていますが、彼の言う再生可能エネルギーのうち8%は水力発電です。これを増強しようとすれば、民主党政権の言ってきた「コンクリートから人へ」を逆転させ、ダムを建設しなければなりませんが、それには五年、十年かかるし、また日本にはその適地もなく、コストは巨大になります。
菅首相の言う太陽光、風力発電は、現在全発電量の0.5%くらいで、日本の地理上、適地が少なく、風力発電は海上に巨大な浮体を作って乗せるほかなく、それも巨額な出費をもたらします。
太陽光発電は、理想としては良いのですが、実際に広大なパネルを作ろうとすれば、それも巨費を要し、一朝一夕にできるものではありません。
そうなれば、今問題になっている玄海原発のように、政府が安全を保証する点検済みの原発を再稼働させていく以外には、日本の経済、財政、産業、国民所得を維持する道はありません。
私が枝野官房長官をはじめ、関係政府要人や専門学者達に聞いたところによると、福島第一原発の事故は、地震によるものではなく、大津波によるものだということです。
つまり、地震による揺れで原子炉が破壊されたのではなく、大津波によって原子炉の冷却装置を稼働させる電源と冷却装置をつなぐ配電管が破壊され、冷却装置が止まってしまったこと、また海水を汲み上げるパイプ、そのための発動機の損傷もありました。
海面上一〇メートルの所に作られた第一原発は壊れましたが、一五メートルの高台に作られた女川原発は、津波による被害がなかったので、今すぐにでも稼働できるのです。日本海側、瀬戸内海側の原発は、二〇メートルの津波をかぶる心配はありません。静岡県の浜岡原発も、完全な防潮施設を作れば安全になるでしょう。福島第一では電源を地下に設置してありましたが、浜岡では建屋の屋上に設置してあります。
福島第一の事故で、たくさんの人災的原因が明らかになりました。この経験と知識と高度な日本の技術をもってすれば、耐震性は証明されている日本の原発に対し、さらにどんな津波が来ても、外部電源とつながる炉の冷却装置を損傷しないような防御装置を構築することは可能でしょう。震災後四カ月たっても、こういう措置を稼働中止中の原発に対して取ってこなかった政府は、一体何を考えていたのでしょうか。
ドイツが原発を中止したといっても、ドイツはフランスの原発から電力を輸入しているからできることです。
過剰な原発アレルギーで、日本の電力の三割を止め、節電とか自粛とかを連呼しているのみでは、日本はいずれ産業国家として世界三等国に転落し、貧困や失業に悩まされるのではないでしょうか。
読売新聞社は、この不況の中で、大手町の一等地に三三階の新社屋を建設します。首都直下型地震が来ても安全な耐震性、非常の時の自家発電や、交通途絶対策としての非常食の備蓄等、完壁なビルを無借金で建てます。
私が社長に就任した二年後、借入金はピークで一六四一億円余ありました。社長就任以降今まで五六五四億円設備投資しましたが、現在すでに返済し、数百億円の預金があります。つまり、二十年前に千数百億円借金をしなければ、新規設備投資ができなかったのです。しかし今、大手町に最新の建設技術の全てを取り入れた高層ビルを建てるのに、新たな借金は必要ありません。
現在の我が社の基本的な経営体力は、皆さんの努力による安定した販売力、YCの店力、全従業員の愛社精神が基軸であります。
さらに、読売新聞の主張する税制改革案を含む財政、経済、社会保障、産業政策等が、ポスト菅の内閣によって実現されれば、不況も解消し、広告収入の低落にストップがかかり、増収になり、その成果を皆さんとともに享受できるようになるでしょう。
次に今回の読売グループの人事異動について説明します。すでに新聞等に細かく報道されているので、重点について述べます。
内山前社長は昨年春、令夫人が大きな手術をして以来、術後が思わしくなく、そのショックで本人もいささか精神不安定になり、特に3・11の地震後の社務にはほとんどたずさわらないという状態になり、私宛に、夫人の看護に専念したいとの辞表が提出されました。
内山君は私の永年の忠誠な部下であり、私には万感こもごも至る思いもありましたが、新聞社として緊急非常の事態の中、その辞表を認めました。
老川東京本社社長は定年に達していたので、グループ本社の最高顧問としてグループ全体について指導してもらうこととしました。
私は依然、事実上の最高経営責任者として残りますが、八十五歳という高齢を考え、実務は白石興二郎君に、グループ・東京本社の代表取締役社長を任せることにしました。白石君は、編集局長、論説委員長、メディア戦略局長、社長室長等を歴任、社務の全般に通じており、最適任と思います。また、政策理論家として社外でも評価されている早川準一君にグループ本社の副社長兼副主筆として私を補佐してもらいます。
販売担当の宮本友丘君は東京本社副社長に昇格、私の直轄下で、東西の販売政策を指揮してもらいます。
内山君の病気のこともあるので、八十五歳という最高齢で、事実上の最高経営責任者である私の健康状態について報告しておきます。
今月、慈恵医大病院で、世界的な血管外科の大家として知られる大木隆生先生に、全身の内臓検査をしてもらいました。その検査結果の一部を読みます。
これは大木教授より読売診療所の近藤所長にあてられた報告書です。
「渡辺さんは、息切れなどの症状もなく、極めて健脚です。血液検査については、γ-GTが少々上っている以外、異常はありません。肝機能は極めて正常です。
次に、心電図と脈波検査を行いました。血圧は正常、閉塞性動脈硬化症がなく、脚の血流が良好です。
CT検査の結果、まず脳に関し驚くべきことに脳の萎縮が全く進行しておらず、頭がさえていることが見てとれます。脳動脈瘤、甲状腺、嚢胞や腫瘍もありません。心臓も肥大や大動脈弁石灰化もなく、極めて若々しい状態にあり、六十歳代くらいの若々しさと言えます。肺にはがん、腫瘍も認められません。極めて健康的な肺です。膵臓が唯一の所見のある部位で、萎縮があり、前糖尿病と言えます。腹腔動脈、上腸間膜動脈、および左右の腎動脈に狭窄はありません。
腰椎に高度の変形を認めます。腹部大動脈、腸骨動脈に動脈瘤や狭窄病変などはありません。膀胱に異常はありません。現時点で治療を行う必要はないと思われます。
内臓脂肪が多く、膵臓が萎縮していますので、一層のカロリー制限と定期的な運動を続けられることは膵臓のみならず、高血圧、痛みのある膝関節にとっても良いことです。
最も素晴らしいことは、八十五歳と高齢であるにも関わらず、脳に萎縮が全く見られないことです。人間にとって肝心な脳、心臓、腎臓、肝臓が全て六十歳代と思えるほどの若々しさです。
東京慈恵医科大学外科学教授血管外科 大木隆生 読売診療所 近藤和興先生御侍史」
以上が目下の私の健康状態なので、新社屋の完成する年、つまり米寿までは持ちこたえるでしょう。この世には小生が早く往生することを願っている人も少なくないようですが、その人達は失望されても仕方のないことです。
最後に、ポスト菅の首相が誰になるかを予想することは、巨人の勝敗の予測よりも困難であることを告白してごあいさつと致します。
すこし論点がズレるけど、養豚養鶏の世界でも給餌(食事)の一回の量は少なく、回数は多くが基本。
科学的な真理。
産卵鶏でも乳牛でもそう。
肉に脂を入れたい和牛の世界だけは異端で給餌回数は少なければ少ないほどよいとされ、ドカッと一日一回給餌。
一昔前の相撲部屋もドカ食いが推奨されてた。
要するに、太りたかったら(しかも不健康な太り方をしたかったら)食べる回数を減らせばいい。
一回に食べる量を増やせばいい。
三食をしっかり!間食ダメ絶対!
みたいに言われるけど、間食がダメというより間食で食べるものが糖質と脂質に偏り過ぎてるからであって、間食しても主食を減らさないからであって、間食自体は悪いことではない。
もどうかと思う。
それこそ宗教。
肉はちょっとだけとか言ってるやつが食べる肉がササミや牛モモである率はすごく低い。
大抵は豚バラだ。