はてなキーワード: ベタとは
http://www.asahi.com/business/update/0124/TKY201201240616.html 24日のニュース
http://www.meti.go.jp/press/20100820003/20100820003-2.pdf その発端ともいえる二年前の報告書
始まりは、ありがちな汚職だと思えた・・・その巨大プロジェクトの実体は!
1部~2部で内容が重複してるから、ストーリーだけ知りたい人は3部から読むのをお勧めする。図表もあるのでわかりやすい。
これについてのブコメやTwitterを見ていると不祥事を叩いたり、やめた事を批判して55億賠償しろって人も結構いるのだけど、なんかもうそういう問題よりも気になる点が山ほどある。自分の感想をまとめておく。不祥事そのものより、その裏にあるプロジェクト全体や日本の開発にありがちな問題にもっと注目されて欲しいのでそういう視点で書く。
入札前の情報漏れにしても、その後のNTTDとのやりとりにしても、情報漏洩やそれにまつわる金銭の動きは犯罪だ。けどもそれが行われた動機が私利私欲のためだけとは思えない。
共有されるべき情報が共有できるようにされていない。やりとりできるべき情報ができるようにされていない。必要な情報がちゃんと流れていないから、イレギュラーな方法で流れている。特許庁, NTTD, TSOL この三社間のコミュニケーションがどこも投げやり丸投げ気味で、慢性的に情報不足だった感が伺える。ここを改善する必要があるよね。
極秘情報は必要最小限にして、より情報の共有を図るべき、入札前に必要な情報は公開できるようにすべきって報告書でも書かれている。
入札での評価が金額偏重で、マネージメント力を評価してなかったって問題。マネージメント力を評価してないのマジやばい。あ、でもマネージメント力を評価するには、全体を理解できる人材が必要だよね。で、次の問題に繋がるんだけど。
報告書だと、上流の話しか出てこない。だから、「設計もろくにできないで55億無駄にしたのか!」って話になるけど、ちょっと待って。設計しかできない人間が山ほどいても捗るわけがないってことなんだよ。特に、このプロジェクトは既存システムを0から作り直すのだから、既存システムをよく理解して、また既存システムにかかわる技術者とよくコミュニケーションが取れて、それを設計に正しく咀嚼できるスキルの持ち主が必要で、設計しかできない人材ではなく全体を理解できる人材が必要だったはず。
既存システムをちゃんと理解できてない人間だらけになったということが報告書でも繰り返し指摘されてるけど、その根底には設計しかできない人間が山ほどいても捗るわけがないという問題があると思うんだ。
6年?そもそも設計に数年ってのが、もうそういうの無理が来てるって感じ?6年経つ間に色々変わっちゃう。
どうしても、がちがちのウォーターフォールでやるなら、もっと受注も小分けにして、まずは既存システムの仕様まとめプロジェクトから開始するのが良かったんじゃないかな。
6年まとめてどん!だと中断の決断もなかなかできないよね。
これだけプロジェクトが炎上していたのに、汚職がきっかけで調査が入るまで炎上がちゃんと認知されていなかったというのがやばくね?もし汚職が見つからなかったら、炎上のまま・・・
これは国のプロジェクトだから汚職で厳しい調査が入って、プロジェクト炎上まで色々赤裸になったという見方もあるかも。民間だったらもっとなし崩し的に炎上プロジェクトを続行するケースが多いように思う。
もうね、
TSOLによる設計作業は ,平成18年当初60人体制でプロジェクトをスタートさせたが,翌年初めには遅延が 始まったため,順次増員を行い,同19年3月には200人,同年5月には450人体制とした。
(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
TSOLは ,工程の遅れの解消に向けて,大幅な人員の増強でこれに対処しようとし,平成20年11月以降に は 1300人もの体制を整えたが
(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
あたりまえのこと。TSOLでも仕様をしっかり理解してる人は少数だったのに、増員の9割は下請けだったのだから、さらに破滅の様相が想像できるってものだよ。
大量の下請け同士の連携や情報共有がされていなかった。経験やノウハウの共有がなされていなかった。と報告書にある。なんでこうなっちゃうんだろうな。何のためのプロジェクト管理なんだろ。ノウハウの管理はもっと意識されるべきだよ。
人数増やしてプロジェクトが炎上するというのは、お約束すぎる。規模の大小や分野にかかわらず、開発をやった事のある人ならわかると思う。
開発や設計って?という人にもわかりやすいように説明する。
例えば、優れた売れっ子のマンガ家がいて、老練な担当者がついていて、名アシスタントがいて、才能ある若手アシスタントがいて、10人のチームでマンガを描いていたとしよう。一方、大して技術もない凡人を100人集めて、前出のチームと同じマンガができるとかと聞かれたらどう思うだろう?殆どの人はそれは無理じゃない?と思うだろう。1000人でも無理かもしれない。
開発も同じなんだよ、本質的にはね。
でもそう思われにくいのはなんでだろう?それは多分、開発に従事する人にはマンガ家のような才能や際立った技術は必要ないと思われてるからだ。言われた所を言われたようにベタを塗るだけがプログラマの仕事だと思われているからだ。実際それをプログラマなのだと定義している会社もある。技術はお金にならない低俗なものだという偏ったイメージもこの世界には蔓延している。それが上流偏重の問題なんだ。
売れっ子のマンガ家のような設計(マンガで言えばネームや原作)からプログラミングまでこなせる技術者、老練な担当者のようなプロジェクトマネージャ、名アシスタントのような匠のプログラマ、勉強熱心な技術者は実際に存在してる。並以下の人材を倍集めたって100人集めたって彼らと同じものができるわけじゃない。
でも、どんなプロジェクトにもそんなスター的な人材が確保できるとはいえないし、単純な増員で対応できるようにする必要が、日本の大きな会社や大きなプロジェクトではあった。それを可能にするのが分業化だ。工程を徹底的に分業化することで、末端のセクションの習得コストを出来る限り低くし、品質の維持も図る。言い方を変えれば、創作を出来る限り製造にするということ。
それによるデメリットは明確だよね。新しいアイデアが実現されにくくなる。時代の流れの速さに追いついていけない。個々の持っているスキルが生かされない、技術が評価されない。技術者のモチベーションが下がる。なにより、正しい分業化とマネージメントが行われずに盲目的に人数を増やすと、ただただ炎上にしかならないってこと。お金だけが莫大にかかっていくということ。
これは間違いない。
このまま続けていたら、沢山の技術者の尊い人生がデスマに捧げられただろう。数年間のどろどろの煮詰まった成果物は、黒歴史を語るまいとひた隠しに、更なる問題を生み出しながら使われ続けただろう。考えただけで悪夢だ。
このプロジェクトのやりなおしに、どれだけ前回の経験が生かされるのか、そこにこそ注目していきたいと思う。
時間ができたら後で読む
http://www.jpo.go.jp/torikumi/system/system_optimize_re.htm
実際の業務の内容がある
http://myatsumoto.hatenablog.com/entry/2012/01/26/082554 良いまとめ
Python vs Ruby vs PHP vs Haskell プログラミング言語バトル part1
http://anond.hatelabo.jp/20120118220204
Rubyistってなんであんな小学校の図書室で毎日読書してそうな
顔面オジサン、オバサンばっかなの?
Scalaer: 鼻持ちならない、モヒカン
Lisper: マジキチ
Rubyist: ネクラ、オタク、キモメン、いじめられっこネクラチビメガネ、色黒、キモオタ、顔面オジサン、オバサン
Rubyのブロックが便利すぎて、Pythonをやめたくなった。
いちいちtemporaryな関数を作成してから目的の関数に渡していたのがばからしくなった。
リストやジェネレータ式の内包表記が便利過ぎて
どうせ廃れる。
609
>リストやジェネレータ式の内包表記が便利過ぎて
おれもそう信じてたけど、Rubyの、メソッド呼び出しを続けて書けるほうが便利だわ。
まるでjQueryみたい。といってもjQueryのほうが後発だけど。
たとえば「xsから0以上のものを選んで、その二乗の和を求める」場合
sum([ x*x for x in xs if x > 0 ])
これだと、後ろから読まないといけないんだよね。でも
xs.select{|x| x > 0}.map{|x| x*x }.sum
これなら頭からひとつずつ読めばいいから、わかりやすいし、考えたとおりに書きやすい。
まさにスクリプトって感じがする。
Python: [[x,y] for x in xs for y in xs]
Ruby: xs.map{|x| xs.map{|y| [x,y] } }.flatten(1)
いっぽうメソッドチェーンは
orz.sage().hage().hoge().hige() タイプの問題には向いている
つまり向いている方向がちがう
(まあHaskellなら hige . hoge . hage . sage と書くだけだというのは置いといて)
強い弱いということで言うと、問題を解くのに必要な一番能力が弱い
(限定された)道具を使うという考え方があるようだよ
ベタ再帰は強い(汎用的)、がそれゆえ読むのに注意を必要とする
foldrは再帰よりは弱いが、foldrで表現可能な問題のクラス(原始再帰)はかなり
広いので、mapやfilterで済むならもちろんそのほうが望ましい
ではこの問題は弱いmapやfilterを結合させるほうがいいかというと、
俺はlist comprehensionのほうが集合表記そのもの=whatを表現していて好きだな
Pythonのlist comprehensionのsyntaxはあまり好きではないが
それは大きな問題じゃない
メソッドチェーンってバグをわかりにくくするだけだと思うなあ。もちろん性能面もあるし。linqとかは良いと思うけど。
同じメソッドチェーンでも、linqなら良いけどrubyなら悪い .....
一言で言うと「俺はRubyが大嫌いなんだぁーー」ということですな
内包表記は構文でサポートしないと難しい(マクロがあれば別だが)
メソッドチェーンが関数型の方法に比べて特に優れている点があるようには思えないが
パイプ順に書きたければ書けるし
680,663
Pythonには関数型として致命的な弱点があるから、メソッドチェーンでは簡潔なコードが書けない
たとえば「(1) Rubyは 条件判定が(文ではなく)式」だから以下のようなコードが書ける
if test
if test_1 then test_1_1 else test_1_2 end
else
if test_2 then test_2_1 else test_2_2 end
end
}
あるいは「(2) Rubyはブロック内で局所宣言が可能」だから上のコードを以下のように書き換えてもいい
cond_1 = if test_1 then test_1_1 else test_1_2 end
cond_2 = if test_2 then test_2_1 else test_2_2 end
if test then cond_1 else cond_2 end
}
関数型言語であれば「(1) 条件判定(if/case)が式」で「(2) 局所宣言(let .. in .. end)が可能」なの当たり前
ところが残念な事に、どちらもPythonには欠落しているから、上の例はストレートにコード化できない
だからPythonではメソッドチェーンは使われないし、「酸っぱい葡萄」に見える
Rubyでもリスト内包表記が言語として組み込まれてくれると嬉しい
だと思う
頭に浮かんだロジックをすばやくコード化するのはメソッドチェーンが適しているし、
じっくり腰を据えてコード設計するならリスト内包表記のほうが美しい
自分は、たぶんこのスレもRubyコアの中の人も見ているだろうから
そのうちRubyにもリスト内包表記が実装されるんじゃないかと期待しているw
メソッドチェーンは書き易い
内包表記は見た目が整ってて綺麗、最終的な型がわかり易い
いじょ。
オタクは何を以ってオタクとするか。PCに大変詳しい人、最近の深夜アニメをほぼ全部録画して観ている人間。コスプレイヤー、同人作家。サブカルチャーにどっぷり漬かってるのもある意味そうかとは思う。
では、昨今のPCに大変造詣が深い方にMSXやSHARP X1の話、X68000に搭載されていた音源であるYM2151の話。PC-98時代のコンベンショナルメモリがどうだのこうだの、なんて話をしてもきっとわかってはもらえまい。多分。そういった人を捕まえて「お前はPCオタクを名乗るのか。だがMSX TurboRの存在を知らずに何がPCオタクだ」等と罵倒した所で意味はない。知ってたら偉いってモンでもない。
「まどマギ」でも「IS」でも「Aチャンネル」でも「いろは」でもとにかく深夜アニメなら任せとけ。という方に「激走!ルーベンカイザーって田中真弓のアニメデビュー作なんだよな」等という話をしたり「今度の冬コミでナベタケのアニメ楽曲のデータベースをまとめて発表してみようと思うんだ」という事を言っても、ノってくれるかと言えば人それぞれだが、テンションがあがる人がそんなにいるとは思い難い。
同じ「PC」や「アニメ」というカテゴライズ話であるが、多分フィールドは違う。
「オタクはこうである。こうでなければならない」というのはないのだな、と思う。
リア充はどうか?「リアルが充実している人」という意味はあるものの、「彼女がいる人」「リアルが忙しい」等と言い換えられる事もある。
では、何を以って「リアルが充実している」とするか?
「彼女がいる」というステータスは確かに10~20代男性にはポジティブな意見が多いかとは思う。
だが、「彼女がいる」だけで、もう1年近く連絡が取っていない冷めた関係であったり逆に毎日50回位携帯に着信があり「電話出てよ」等と大泣きされている留守電が毎日の様に入っていて、しまいにゃ「もう死ぬ」と言われての自殺騒ぎで精も根も尽き果てて「リアルで忙しい」人達は果たしてリア充なのか?
何がリア充で何がリア充ではないか?「リアルが充実している」というものは曖昧な言い方であり、明確な定義はないと思う。
長々と話してきて、何が言いたいかというと、[こういった言葉に明確な定義はないし、考えるべきじゃないのだろう]という事。
主人公が知恵遅れだけど、ひょんなことからいろいろ活躍して人気者になったり金持ちになったりするコメディ。
で、そのヒロインは主人公が小学校の時に、唯一主人公をいじめずにやさしく接してあげたんだ。
で、月日は流れ、その女は普通に成長して普通に恋人を作るんだ。
でも、主人公がなにか有名になったり、社会的に成功したりすると、ひょっこり連絡を取ってくるわけ。
そいつ恋人もちゃっかりいるんだけど、急に会いに来たり電話してきたり。
恋人は毎回違うのさ。
取っ替え引っ替え、非モテの俺にはそう見えたけど、時間的に数年経ってるわけだし、恋人が変わっててもそれが普通なのかな。
ごく普通の、当時の社会情勢とか流行とかを考えたら妥当な相手のように思うよ。
大学生になったら大学で彼氏を作って、その当時平和運動とかヒッピーとか流行ってたからそういうところで彼氏を作って。
俺は見てて「殺すぞ」って気になったけどね。
自分に好意を抱いてるのを知ってて、わざわざ会いにきて、恋人とうまくいってない風のことを匂わせて、結局その恋人のもとに去っていくってことの繰り返し。
まあ、最後は主人公とくっつくんだけどさ、胸糞悪くてしょうがない。
これがさ、女がみると、
ひたむきで真っ直ぐな主人公の愛にようやく気付いた!いろいろと道に迷ったけど、最後に愛したのは主人公!
みたいな感動の話になるらしい。
最後だなんてふざけんな。
処女厨みたいに絶対に最初!っというふうなこだわりはしないけど、オーナーが5回代わって20万キロオーバーで事故歴ありの中古車とかは無理!
どっかで必ず女性側の願望や欲望(漫画家の場合は腐趣味も含む)に走る。
そういう願望や欲望が悪いって言うんじゃないよ。
大いにやるといい。
でもそれなら最初から女性向けの媒体で女性向けの漫画描いてればいいじゃん。
なんで少年・男性向け漫画誌で一旦男性読者集めてからそれをやるの?
どういう心理状態なの?と聞きたい。
それとも「それを好まないだろうクラスタに見せ付けたい」みたいな露出的興奮なの?
もちろん、男女を問わずに愛される作品とかそういうのはあるよ?
でもここで言ってるのは、明らかに少年・男性向けだったはずの作品の話ね。
男向けも女向けも、ベタな願望や欲望って言うのはすごい身勝手で、
はっきり言って対立してるんだよ立場が。
男向けの萌え漫画で可愛い子がわんさと一人のつまんない主人公男に群がって、n股かけられてるのに文句も言わないとかさ。
女向けの恋愛漫画で、だらしなくふらふらする主人公女を超凄いイケメンが奪い合って全肯定してくれるとかさ。
対象性別じゃない方の人間が真面目に読んだら違和感や不快感だらけになって当然。
そこは異性のドリームに目くじら立てたりマジレスしたりせず流すことで仁義が成り立ってるはず。
しかるに、なんで異性のテリトリーに侵食した上で自分の性のドリームをおっぱじめるんだ?
どういう動機でやってんのかしりたい。
風早君の人格が変わって爽子以外の同級生にもいいよられるままニタニタするような男になったら嫌だろう。
何がしたい!
元増田もそうだろう
脱出する術は皆無だな。
そうなのかな
個人的にはそういう状況に遭遇すれば自分の内部の何かが変化する
とも思えない
これちょっと誤解のある言い方やめてほしいんだけどさあ
っていうだけだよ。
先鋭化したネタに走る奴等とそういうのばっかりとりあげる奴のせいで処女崇拝への誤解がひどくなってる。
カップルを忌み嫌ったり、
全然嫌ってないよお
嫉妬とかしたこともないよ
異常に被害妄想に囚われたり、
「俺は被害妄想なんかない」って言えないけど
適度で限定的で人に迷惑をかけない範囲で崇拝の気持ちはあるよ
若い頃女でいい目見れなかった男は、女に対して寛容な気持ちを持つことが出来ないんだよ。
寛容だと思うけどなあ
リアルでは穏やかだとか心が広いってよく言われるよ
学生時代に女と付き合えなかった男はやっぱり歪むよな。
歪んでるのは歪んでるのかも知れないけど
殺したくはならないけど
ずっと遊んでたけど将来に不安を覚える年になった女に捕まって
みたいな話は聞くだけでものすごく暗い気持ちになるな。
大学時代の親しい友人で
たったの2年でもううまく行ってないみたい。
まるごと自分には縁がなかったと考えたらどうかな。
俺はそうしてるけど。
最近やっと気付いたけど
十代の頃それらを強く望んでいたけど得られなかった、とかじゃないし
なんとなく仲間はずれになったようなぼんやりした嫌な気分があるだけだよ。
はんこを押すのが苦手でした。ゴム印とかシャチハタなら押せるけど、三文判はうまく押せない。そんな自分がうまく押印できるようになったので、ノウハウおすそ分けです。わかってる人には「そんなのあたりまえ」と言われそうだけども。
齋藤孝ではこうは行かない。彼は見た目の通りインテリ眼鏡って感じだが、
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20111013/1318467309 (世の中ってのはこういうもんなんだ。私は私の好きなようにやるぜ)
のあとに
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20111013/1318467309 (最後は根性よ!自分が正しいと思うことを貫いてたらきっとみんな分かってくれる)
という記事を書く、その流れの完璧さにもう萌えが止まらない。さやかとあんこがイチャイチャしているようにしか見えなくて困る。
わたしこういう人物像が大好物どまんなかなんだわ。
いや、憧れるじゃなくて、自分もそうなるのだ、ならなくてはいけないと決意する。
自分をそういう人たちと一体化させて、同じように行動し、同じように思考しようと普段から務めるわけだ。
まぁたいてい自分は強くなったけど誰も周りはついてこないってオチになるよね。
そうやって張り詰めた生き方をしている人が、ふと孤独を実感する瞬間でうおおって興奮する。
そんな時に、ちょびっと不安を覚えながらも、自分は間違ってなんかいないと涙を拭いながら、
夜中に一人でボールを磨いたり、魂の書を読み返したり、家族の位牌なんかと会話したりとかね。
さらに、実は一人じゃなかった、数少ないけれど、自分を理解してくれる人がいたってことがわかる瞬間が続くと・・・鼻血出そうになる。
さらにさらに、そういう子が、仲間と一緒に挫折を乗り越えて何かに到達するってなところまで来ると・・・
もうベタでもなんでもいいよ。これぞ物語だよ。すべてを許せる気分になるよね。
最も有名なシーンは「SLUM DANK」の赤木とメガネ君だと思う。
あの時のメガネ君が輝いて見えた、あるいは涙で霞んで見えたのは私だけじゃないはず。
いまこういう熱血シーンは少年漫画ではできなくなって全部少女が行うようになってる。
「少女ファイト」とか「ロウキューブ!」とか「ゼロの使い魔」とか、
「神のみぞ知る世界」の空手娘とか、作品名忘れたけど剣道部のポニーテールの主将さんとか。
最近で言うと「輪るピングドラム」のりんごちゃんとかもあのまま貫いてたらいい感じだね。
「真剣で私に恋しなさい!」の川神一子なんかもすごく良い感じ。
とにかく私はこういうのが好きなんだ。
そういや「百年の孤独」とか軒並みSFって、スケールや壮絶さが全然ちがうにせよ大枠ではこういう話だわね。
こういった、今は「女の子の特権」みたいな印象がある話を、女でない、若者ですらないオッサンが頑張ってる。
これを新たなムーブメントとしなくてどうするよ。
「働きマン」でもあったじゃん。50歳からの女子高生と恋愛する物語を企画して成功する話が。
お前ら「うさぎドロップ」みて、ニンマリしただろ? オッサンになっても人生終わりじゃないよ。むしろこれからだよ。
そう言ってくれてるように思える。応援しなくてどうするよ。
こういうのが大好きな私にとって、「もしドラ」という作品がいかに期待を裏切るクソ小説であったかは分かっていただけるかと思う。
多くの人がもしドラを「良質の百合」と表現した。私もそのとおりだと思う。途中までは完璧な展開があった。
来るべきラストシーンへの期待に胸をふくらませ、ドキドキしながらページをめくったわけだ。
そういう話じゃねーからコレ!
「ナルキッソス」やってんじゃねーんだよ。「いつから半分の月がのぼる空」になったんだよ。
そういう物語をやれる構成じゃなかっただろうが。なんでいきなり路線変更してるわけ?
おとなしくスラムダンクやってりゃよかったんだよ。「本当、女子高生は最高だぜ!」で何が不満だったわけ?
「小説の読み方の教科書」で「筋書きを予想しながら読むべきではない」ってドヤ顔で書いてたけどそういう問題じゃねーよ。
筋書きはぶっ壊せばいいってもんじゃないんだよ。読者の予想を裏切れば良いってもんじゃないんだよ。
それならそれで、納得出来るだけのものを書けなきゃいかんのにできてないやん。
夕紀の死を支えるだけの備えなんて物語のどこにもなかっただろうが。徹頭徹尾二人の物語だったろうが。
書かれていない行間からチームメイトとの絆を読み取れっ・・・てそりゃねーわ。
わけがわからないよ。これコミック版でどうにかなるのかよ本当に?
彼にはまだ「この結末」が書けなかったのだと考えた。
逆に考えるんだ。ハックルさんはまだメガネ君がいない未完成、つまり一番美味しい状態だと考えるんだ。
「もしドラ」読んだ。順番逆だけど「小説の読み方」も参考にできたので面白く読めた。
感想を一言で言うと「第一章は素晴らしい」かな。まだ読んでない人も第一章だけは読むといいと思う。
追記:
いろいろ書いたけど、結論としては「ヒカルの碁のオマージュ」でいいような気がしてきた。
1章で主人公の人格を描き、2~7章でマネジメントを描き、最後に対決の場を用意する。
こういう時は、どちらを優先させるべきか、という主従関係を考えさせる。
「マネジメント」をドラッカーやQBのような人格的存在ではなく、主人公が一方的にアクセスする存在にしたのは
あくまで最後まで「マネジメント」が常に上位で、主人公はそこから学ぶ存在であるとするためだろう、と。
1章以外があんまり面白くなかったのは、主人公がまったく動いてないからだと思う。
ヒット作の基礎としてもっと研究されてもいいかもしれないなー。
このマンガは、戦争という、誰が描いたのかしれない、とてつもなく大きく理不尽な物語に巻き込まれた人物の、「あれは一体なんだったのか」という理不尽を徹底して問うているものだと思います。 そのために、膨大な書籍を読破し、引用し、言葉の限りをつくして、主人公はその理不尽さに対峙するのです。これは作者の大西が戦中言いたかったことのすべてを、「これは一体何であるのか」という世間への問いを、主人公に代弁させているのではと思います。
しかしそれは、どんなに言葉を尽くしても語り尽くせるものではなく、それがいったい「何」であるかなど、断定することはできません。多くの死者と悲劇を産み出したものが「何」であるかを説明などできないのです。しかしその「説明することのできなさ」、そして「何」であるのかを誰も知らぬままにただ抑圧されてきた者たちの鬱屈、そういったものが描かれているのではないでしょうか。
私が戦争体験がないのと同様、漫画化したのぶえのぶひさにも、戦争体験はありません。それでいて、軍生活の細部までもを絵で表現するという「無謀」に挑戦するのは、抑圧された者の語り得ぬ言葉の鬱屈さを彼も抱えていて、語りたい、言葉が欲しいという、ただ一つの情熱ではないかと思います。 戦争はたくさんの人から言葉を奪いました。そして今も、たくさんの人が自分のリアリティについて、語る術を持たず、沈黙を強いられています。そういった人々が何かを語らんとしたとき、それはダムの決壊のような勢いを持って、言葉の放流となって私たちの前に現れます。 私たちはそれにとまどい、それが「何」であるのかを理解できません。言葉はあまりに複雑で、あまりに多すぎるからです。そして、その言葉の放流を前にしたとき、私たちは「閉口」するのです。主人公の東堂に論破される人々のように。
そして、語っている本人ですら、もはやそれが「何」であるのかなど、分かってはいないのかもしれません。ただ、その語り得ぬ「何」かを、その「説明することのできなさ」を、他者に言葉を尽くして「説明している」のだと思います。オマエはこれを知っているのか、知っているなら語ってみよ、説明してみよ、と迫るのです。そして誰も説明できずに、言葉を飲み込むしかないのです。 これだけの言葉を尽くしても、決して説明しえない理不尽があり、これだけの言葉を用いて25年かけても昇華されない痛みと悲しみと怒りがある。極力まで押さえた表現からにじみ出てくるもののすごさに、私はただただ、言葉を失って、圧倒されたのでした。
これは大西巨人の「神聖喜劇」という作品のコミック版に対する感想。
作者が最も描きたかったのは回心的な体験の部分であろう。主人公が立ち上がる部分。
つまり冒頭に当たる一章の部分。ここの描写は良いと思う。
(2)・宗教的な救い、
・自分の居場所、方向性
おそらく、作者自身がそれを体験し、誰かに伝えたいという強い思いから、この作品は書かれたのだと思う。
その意味で、彼が「もしドラ」の後に「小説の読み方」の本を書いたのも、彼の中ではつながっていると思われる。
というより、「もしドラ」と「小説の読み方」では全く同じことを言っている。「***との出会いは人生をすくう」ということだ。
彼が今後別の話を書くとしても、おそらくこういう「師匠との出会い」「良い本の出会い」がテーマになるのではないか?
そこから解放されること(抗うこと)をを欲してやまない、それでいてその望みを自覚できないほど自らを抑圧している主人公が、
ある言葉との出会いをきっかけを手に入れ、人生が救われる、という過程、いや瞬間。それを描ければきっかけはなんでも良いのである。
実際、ラノベでも中二病小説でも、似たようなテーマは手を変え品を変え書かれている。
ただ、この作品は他のものと少し違うところがある。
「生まれ変わりたい」という主人公の思いとその実現がまっすぐ、なんのひねりもなく寄り道もなくそのまんまベタに書かれているということだ。
そこに一切の照れもなければ、言い訳もない。ラノベにありがちなごちゃごちゃした設定も全くない。
高校野球の部活というありきたりの舞台で、今時一般的には口にだすのも恥ずかしいとされるようなまっすぐな思いだけを描いてる。
読んでるこちらが気恥ずかしくなるほどのストレートど真ん中な感じは、なんだかすこし懐かしささえ覚える。
話の筋書きや細かい描写などはツッコミどころ満載だが、むしろその不器用さが「青少年の主張かくあるべし」という感じで好ましい。
この正直小説と読んでいいのか迷うくらい本当に「まっすぐ」な部分は珍しいと思うので、食わず嫌いせずにぜひ読んで欲しいと思う。
なぜ人が宗教を求めるのか、知識を求めるのか、物語を求めるのか。
そういう根本的な部分についての彼の思いを語ろうとしている点ですごくよかった。本編があとがき、みたいな何かを感じた。
この作品で重要な存在としてとりあげられるのは「マネジメント」についてだが、
別にこの作品は主人公が読む本が「マネジメント」でなくても代替が可能である。
実際には、普通の日本の高校生にとって、マネジメントの代替物になりそうなものは現実的には少ないと思うが、
この作品の主人公にとってほんとうに重要なのは、作中で多数引用されている中の、ある一節の文章だけである。
その一節が、主人公の中にある価値体系を肯定し、主人公の人生の希望となる・・・この部分の描写が全てである。
故に、この作品はマネジメントが中心にはない。マネジメントのなんたるかを描こうとした作品ではない。
ただ、このあたり、一章で提示された最重要な部分と、マネジメントの説明の混線が2章以降に見られるような気がする。
正直に言わせてもらうと、最終章以外は読まなくても良いと思う。
一章とまるでテンションが違う。
必要がないとまでは言わないが、もうちょっと何とかならなかったのだろうか。
なぜすばらしい一章から、こんなふうに続いてしまうんだろうか、よく理解出来ない。
下手なエロマンガとかだと、最初の出会い部分とエンディング以外は
登場ん人物の人格とか細かいことはいいからエロだけやってりゃいい、みたいな展開になることがよくあることなんだが割とそれに似ている。
わかる。「みなされやすい」なんて何かを担保する書き方はいらない。「コミュ力がある。」でいい。
わかる。
完璧主義者の中に、その状況にキレていて「完璧主義者の方が知的なのだからそこは認められて優遇されるべき」とわめいている奴が居るが、
どこに「わめいてる奴」がいるのかわからない。
言い掛かりをつけやすいような形態の完璧主義者として受肉した存在なんじゃないの。
しかし日頃は社会性の方を採り、苦痛に耐えながらベタネタ供給をしている。
自分と同じ苦労をしてない同族を見るとむかつく。
更には同族同士のこと
「社会性に魂売った俺を見下してるんじゃないのか」という疑心暗鬼。
なんにせよ君は「コミュ力」側に身をおきながらも
それに没入すること・その価値観を信じきることができないでいるのは間違いない。
ベタネタ安定供給と完璧主義者ではベタネタ安定供給の方が「コミュ力がある」とみなされやすいし、
先輩に可愛がられやすいし、面接も有利だし、女にももてやすいし、リア充になりやすい、要するに今の社会から歓迎されやすい。
完璧主義者の中に、その状況にキレていて「完璧主義者の方が知的なのだからそこは認められて優遇されるべき」とわめいている奴が居るが、
社会は完璧主義者の一存では変わらないし、優遇されたいなら最初に挙げたような
「ベタネタ8割、エッジ2割」のバランス良い人間を目指すしか無いだろうと言いたいだけ。
優遇なんてイラネ、自力で生きていくわ、って人なら変わる必要なんてそもそも無い。何も言うことは無い。
とてもよくわかる。
見るのも嫌だし、もっと恐ろしいのが自分にあの役割を期待されることなんだよね。
進行役はできないし、なにより絶対やりたくない。
あんまり面白くないことを大きな明るい声で言って愛想笑いもらうのも、
逆に愛想笑いするのも、耐えられない。
お互い目をあわさず横に並んで立つ感じ。
面白いことを思いついたときだけボソッとしゃべる。二人で忍び笑いをする。
どんだけ沈黙が続いても平気。
こういうのは人が多いとこでは許されないのはわかってるんだけど。
場のことを考えてないことは正直に認めるしかないけど
面白くないことを場を繋ぐために喋り捲るようなことに、羞恥心が耐えられない。
進んでやってる人はえらいなと思うこともあるけど。
(つか俺たちの行動様式が「結果的にモテない」ってお話なら甘受するしかないけど
なんで「モテるためにああいう行動様式を採っている」になるのかはわからん。論理がワープしている。)
俺達が場のことを一切考えてないなら、
逆に世の中の基準は場のことを考えすぎてるんじゃないか。
・斬新なネタは安定供給が出来ない。好調時と不調時の波が激しいので、話題を振りづらい。
・その集団の全員が笑いどころを理解できる頭の持ち主なら良いけど、普通は理解できない人が一人二人出て空気が悪くなる。
有能な人は普遍的・ベタなネタを8~9割で、エッジの効いたネタを1~2割くらい挟んでくる。
安定して場を賑やかせるし、バカとも思われない。その人たちが一番モテる。よく誘いがかかる。
次にモテるのはベタネタしか出来ないけど安定供給できる人たち。非モテが一番嫌ってる層。
でも100%エッジ効かせようとする完璧主義者よりも頼られ、誘いがかかっている。必要とされている。
完璧主義者は自分的に完璧に面白いネタを思いつかないときは喋らない。
さらにいうと「頭の固い専門家とクラシックファンからのバッシング」とか言うものすら、どうも彼女の物語性を盛り上げるために作り上げられてるようにしか見えないんだわ。
あれは美輪明宏のシャンソンとかミヤコ蝶々の芝居と同ジャンルのものだと思う。まともなクラシック演奏家と比較するのは、歌舞伎と大衆演劇を比べるようなもの。それを敢えて蛇とマングースを戦わせるようなプロレスもどきに持ち込ませてるように見える。
はてブ見てるとわりとまともに釣られてる人多いけど、みんな「おえらい人にはわからない大衆の感動」みたいベタな文脈がほんと好きなんだなあと思った。
職場で仲良くなった一つ年下のAさんが好きになりました。
Aさんも私が好きなようで、食事に行った帰りにキスされて告白もされました。
しかも私は自他ともに認める面倒くさい性格(理屈っぽい、卑屈)その上顔もよくありません。
実際社会に出るまではずっとその事で男子からいじめられてきたので被害妄想では無いと思います。
恋愛慣れもしていなくて、今の彼氏としか付き合った事がなく、その彼氏にもとっくに飽きられていて
もう何年もSEXしていません。経済的に楽だから一緒にいるだけです。
そう言った私に関するマイナスな事情は酒の肴に全て打ち明けて、Aさんも苦笑いしながら聞いてくれていました。
好きになってからはAさんに隠さず話した事を後悔しましたが、どうせ私なんか今さら取り繕ったって恋愛対象に
なるわけでもないし…という卑屈な思考からヤケくそで駄目っぷりを披露してきました。
そんな折に突然告白されて、素直に信じる事が出来なかった私は、
Aさんの態度がそっけなかったり、自分の中でつじつまが合わないと感じた事が起きると
いちいち説明を求める女になってしまいました。
そんな私をウザいと思ったのか、先日「私とは合わない。タイプが違う」と言われました。
それ以来スキンシップもありません。
でも、食事に誘えば必ず時間を作ってくれるし、遊びに行く話もたくさんあります。
ストレートに「もう私の事は好きじゃないでしょ?」と聞いても「そんな事無い」の一点張りです。
「いつの間にかセクハラのように思われていても逆に怖い。仕事に支障をきたすような事は無いから、
お願いだからその気が無くなったのならちゃんと言ってほしい」と真剣に話しても、
やはり「そんな事無い」。
私は現状Aさんにベタ惚れしているので、拒否されなければいつまでもしつこく付きまとってしまうでしょう。
でも心の底では「私みたいなのに付きまとわれてAさんがかわいそう」という声がずっとしています。
でも、何度頑張ってもAさんは別れの言葉を言ってくれません。
スキンシップが無い事を根拠に本音を引き出そうとしても「草食系だから」と言うだけです。
もう男の人の事で悩みながら毎日暮らすのが本当にツラいです。。こうなる前は、彼氏に相手にされなくても
お恥ずかしい話ですがこの年までまともに恋愛をした事がなくて、今本当に混乱しています。
とにかく今は平穏な生活を取り戻したいと思うばかりです。
http://anond.hatelabo.jp/20110820143227
電車で隣り合わせということは、身体が密着するということだ。半袖半ズボンの夏なんか、下手すると素肌がベタっとくるわけで、基本的に異性の隣は避ける。男性の横に女性が座る確率が元々少ないんだ。非モテは特に意識しているから気がつくだけだ。電車の中でよく見てみなよ。隣に異性と同性がいたら、同性のほうに寄ってるだろ? 普通、女性は男性の横を避けるんだよ。増田が隣に女性が座らないなんてあり得ないと思ってることのほうが不思議だ。女性って、明らかな高齢者も含んでるのかな。
(2)コンビニでつり銭を落とされる
わざわざじゃないんだよ。手を引くタイミングがちょっと早くなってしまうために、お金が宙に浮いてしまうんだ。これは逆パターンもある。客のほうが明らかな非モテタイプ店員から渡されるのを嫌がって、早めに手を引いてしまうため散らばっちゃうんだ。無意識の行動だから直しようがない。お金を置く場所があれば、必ずそこに置いて、釣り銭もそこに置いてもらう。触れたくないだけで仕事する気がないわけじゃないんだから、お互いにこれで丸くおさまる。
(3)歩いていて女子高生に笑われる
「箸が転んでも笑う年頃」って知ってるか? 私は実験したことあるぞ。本当に箸を転がすと笑うぞ。どこがツボにはまるのかは謎だが、女子高生は他人を見ていきなり笑うことがしばしばある。ただ、非モテに限らず、誰を見ても笑うということを非モテは知らないだけだ。
(4)女友達がいない、女と何年も話してない
店員とか仕事で話し掛けてくる女性はカウントしてないんだよ。コミュニティーに女性がいても話題が無ければアウトだろ。女友達って、意外と作るのは難しいよ。彼氏がいれば、彼氏以外の男と2人じゃ出掛けられないしな。ただ、男っぽい女性はいくらでもいるから、男と同じノリの女性を探せば、確率はゼロじゃないと思う。相手を「人間」じゃなくて「女性」って意識が先に来る人間は、やっぱり警戒するからな。「女女」と目の色変えるの止めれば、寄ってくるんじゃないか。
育ってきた環境が違うから好き嫌いは否めない、と山崎まさよしも歌っているけれど、それは確かに重要だとしみじみ思う。
この目の前にある離婚届を見ながら、本当にしみじみ思う。なんだこれ、こんなもん一生見る事無いと思ってたよ。
なんでこんなことになっちゃったのか、いざ思い出そうと頭を捻っても実は大きなコレという原因は思い浮かばない。ビール2缶目あけた所で冒頭の歌詞をふと思い出しただけだ。
結婚して7年経つけど、自分なりに一生懸命努力して我慢してきたはずだった。でもよくよく考えたらそれが一番良くなかったのかもしれない。
朝起きて夜眠るまで、僕は在宅の仕事だから専業主婦の妻とはずーっと顔を合わせてるわけで、その為の努力がいつしか空回りして、ベタだけど彼女からじわじわ笑顔が消えていって、最後に見た顔はもう般若みたいだった。それ見て笑っちゃった。笑っちゃったら終わっちゃった。
えぐえぐ泣いて荷物まとめて出てく彼女は、なんていうかもう自分とは別の生き物みたいに見えた。まるでドラマや映画見てるみたいに冷めた頭で、あー僕たぶんもう一生誰も好きにならないなって思った。
なんとも思わなかったんだよね、7年前に永遠の愛を誓った相手が目の前で鼻水だらだら垂らして真っ赤な顔で号泣してるのに。
多分彼女は僕が優しい言葉を投げかけてくれるのを待ってたんだろうな。いつもみたいに彼女の言葉に全部イエスって言って、僕がどれほど出来そこないの旦那なのか認めて。
槇原はもう恋なんてしないなんて言わないよ絶対なんて歌ってたけどね。僕はもう駄目、もう恋なんてしない。だってこの現実に満足すらしてるんだって気付いちゃったもの。
さて、3本目のこれ空けたら判子を探してくるか。
そう言えばこれ書きながら気付いちゃったよ。僕、彼女の顔、今もう思い出せないや。
(CV: 小山力也)
よう、全国2000万の非コミュども。今日も今日とて、カスみたいな増田で傷の舐めあいと罵り合いか。
タイトルの通り、最近自分の周りの非コミュたちを見ていて、なんとなく共通して当てはまるものが見えてきた。
信頼を失うような立ち振る舞いが多い。メールの返事返さないとか、電話にでない、とか。
基本的にこちらの事情や行動を平気で踏み潰すヤツが多いことに気づいた。
信用は金で買えるが、信頼は金で買えない。
コミュニケーションというのは信頼が前提にあるものだから、これを失うと、どんどん人間が離れていく。
最初から信頼を獲得するスキルを持ちあわせていなければ、最初から人間は近づいてこない。
つまり、信頼とは本来時間と手間をかけて積み上げていくもので、
それが最初から足りてないから、非コミュは非コミュのままなのだ。
本来は付け焼刃で人間関係スキルだけを磨こうとしても信頼は勝ち取れないのだが、
右も左も分からない非コミュたちには最初のワンステップは必要だろう。
10の具体的なテクニックとしてまとめておいた。
これらは基本的に、小さな信頼を獲得し、コミュニケーションを維持するためのテクニックだ。
これをすれば相手との会話やメールを維持することにつながる。そしてそれがコミュ力だ。
どれも社会人として基本的なことだが、これをすべてやり続けると、
遅刻をするってことは、待ってくれている人の時間を盗むこと。
時間は金で買えないし、返すこともできない。
相手のその日の貴重な1分1秒を奪ってしまったと考えろ。
誰も泥棒を信頼しないし、君も信頼しないだろ?
忙しかったり、小さなことだったら忘れることもあるだろう。
ところが、相手からしたら小さなことではなく、とても重要なことだったりする。
そういうことで相手や周囲から信頼は簡単に失う。
忘れそうだったらメモるとか、タスク管理するとか忘れない方法を考えろ。
仕事だと必然的に納期というものがあるが、プライベートでもいつまでにそれをしたらいいのか確認する
「いつでもいいよ」と言われても「こっちの都合で決めていい? 1週間後でどう?」と決めておく。
「いつでもいい」と言っても半年や1年待ってくれるヤツは、ほとんど居ない。
「あれ、いつやってくれるの?」「いつでもいいんじゃなかったの?」「そうだけどさっ!(怒」
このやりとりをしてしまうと、最悪のパターンだ。
「いつでもいい」は「やってもやらなくてもいい」ではないことも肝に銘じろ。
秒速で返せ、っていうわけじゃない。でも24時間以内には返せ。仕事だったら翌営業日まで。
24時間以内で答えが出せない返事は、返事するのに待って欲しい、という返事を書く。
いつまでには返事できる、というのも書き添える。
いつまでに返事できるかわからなかったとしたら、それも正直に書く。
真っ当な教育を受けて来た人間なら、今までの人生の必ずどこかで教わっているはずだ。
そして、真っ当な人間なら「ありがとう」と言ってもらえると嬉しい。
部下の仕事ぶりにもこれは使う。仕事だから当たり前、自分の部下だから当たり前、と思っていると
最低限の仕事はこなしてくれても上司としての信頼は勝ち取れないし、チームとしての能率も下がる。
例えば起業することになり、友達でデザイン事務所やっているヤツが名刺を作ってくれたとする
「おまえとは友達だし、そこまで手間かかるものでもないから、今回はタダでいいよ」
と言ってくれても、その言葉は額面通りに捉えるな。
その友達はそのスキルで商売をしていて、その商売の時間を短時間とはいえ割いてでも作ってくれたのだ。
金はいらないというのなら、せめて飲み会開いて一晩の飲み代ぐらいは奢れ。
恋人や伴侶、家族、大切な友人には必須イベントだが、友人、ちょっとした知人にもあげたほうがいい。
ただし、友人レベルには大した額でないプレゼントを考えろ。あまり額が大きいと相手は引く。
普段あまり顔をあわせない相手にはおめでとうメールを送れ。疎遠だった人と関係を復活させるチャンスにもなる。
その人の趣味や仕事に直結するような情報を仕入れたらすぐに教える。
例えばビール好きの人が知り合いにいて、自分の地元でビール祭りが開かれる、なんて話があったらすぐにメール。
自分の趣味趣向を知った上でプラスになる情報を教えてくれた、ということが喜ばれるのだ。
若いヤツには効果的だ。年長者からは「若いのにしっかりしてる」という印象を持ってもらえる。
きちんと躾された人間には当然のことだが、最近これが出来ない人、すごく多い。
祝い事やお見舞いにはしかるべき熨斗(のし)をつける。わからなかったらググれ。店の人に聞くのもいい。
別段の要件のない、ただ遊びに行ったり訪問するだけの場合でも手土産は忘れるな。特に初訪問には必須。
相手の時間をこちらの都合で割くのだから、それに見合う返礼は持って行け。
とりあえずの10項目だ。
1〜5までは社会人として信頼を維持するための必須条件だ。これを外すと信頼は減点される。
6〜10は相手に+αの信頼と心象の良さをアピールするものだ。
つまり、信頼の加点要素。ただし1〜5までがしっかり出来ているという前提だ。
どれも、マメさや多少の金銭、手間暇が求められる。
でも、そういうことに金や時間といった人生のリソースを費やすことが
社会の中で良好な人間関係を築くってことだ。
社会でちゃんと生きてるヤツは、こういうことがちゃんと出来てるってことだよ。
騙されたと思って1年間これやり続けてみな
とはいえ、こんなに釣れるとは思ってなかった。
読み返せばちょっと分かりにくいところもあったので、てにおはを付け加えたり、言葉を前後したりしてるが、
基本的に意味は改変してないので、後から読む人は安心してほしい。
「恋人が出来ない。いつも一人」とか「一緒に遊んでくれる友達いないんでぼっちなんすよ」
とか言っているヤツは、挙げた1〜10は概ね出来ていない。
こういう状態を非コミュだと考えている人は、オレ以外にもいるだろう。
そこから脱したいのであれば、上記10個を実践すればいいし、
非コミュのままでいいというヤツは、それでいいと思う。
ただ読めばわかるが、人間関係≠0のヤツが前提だ。
本当に0のヤツは… そんなヤツいるのか? だとしたら現代の仙人だな。
何にせよ「これは非コミュじゃない!!!!」と思うのなら、そう思っててくれ。
非コミュの定義を社会学のお偉いセンセにでも定義してもらうまで、この論争はお預けだ。
特に後半を人をたぶらかすテクニックだとか、見返りを要求しているように感じる人たち。
そう思う思考回路は卑屈そのものだから、早めに改めたほうがいい。
卑屈でいることは、何の得にもならない。むしろ鬱になる傾向があるといっていい。
卑屈が過ぎて、鬱になり職を追われた人間を何人も知っている。
公私ともに必要なテクニックだ。特に贈答が関わるものは、女性のほうが敏感だぞ。
よく母親や嫁さんが「お返ししなきゃ」とか言ってるだろ?
こちらと相手の格を考えて、額や品を考えなきゃいけないんだよ、本来は。
ただまあ、そこは高度な人間関係のテクニックだから、そういうのは母親や嫁さんに任せとけ。
モノ知らないヤツが横から首突っ込んでああだこうだ言うような次元じゃないんだよ。
id:REV こういう行為は、おそらく、たぶん、コストパフォーマンスが良い。で、こういうのを安く考えるから非コミュになっているというw
仰るとおりだ。若い人こそ先が長いんだから、こういうこと大事にしておかないと、後の人生で面倒や恥をかくことになるな。
id:kussun 人間関係 お世話になった人からの答えにくいメールを無視という最悪の形で返してしまった愚か者がここに。 4)が心に刺さる。
年賀状やお中元の類は年長者にはメリットあるが、むしろ若年層はメールのほうが敏感なもんだ。
メールであれなんであれ、便りの返事が遅いと、出したほうはやきもきするものだ。
事情は知らないが、早めにお詫びと、答えられないんなら答えられない理由正直に書いて送ったほうがいいと思うぞ。
id:rag_en 増田 4以外の前半はまぁいいとしても。後半は、結婚式とか葬式とかあの手のイベントに通じる気持ち悪さ満載だなー、と思った。コミュ・非コミュっていうか、昭和の残滓って言ったほうがしっくりくる。
昭和の残滓とは素晴らしい表現だとは思うが、時候や儀礼は大切にしたほうがいい。
例えば年賀状なんて明治から始まった作られた文化だと言うヤツがいるが、
お世話になった人たちに年始の挨拶を訪ねてまわるってのは、もっと昔からあったんだよ。
今の年賀メールといっしょで「なんだ、挨拶にも来ず紙キレ一枚で挨拶したつもりか、無礼な」
って当時の老人たちは思ったかもしれないな。
大切なのは、その媒体の形にこだわらず、その背景を大切に、ってことだと思うぞ。
id:triggerhappysundaymorning こうゆうウザい諸々から逃れるために非コミュを目指してるんじゃないの?
id:Blue-Period 非コミュ 人数分×2個のお土産を持参して渡す勇気が出ずに最後まで残業してこっそり持ち帰ってる俺の気苦労をなんだと思ってるの? バカなの?
素敵な写真を撮れる人は、そういう立ち振る舞いもソツなくこなせると思っていたのはオレの思い込みだったな。
それは仕事上のことなのか? だとしたら最悪じゃないか? バカなのは君だ。
自分の上司からは「あいつちゃんと手土産持って行ってる」と思われ
相手先からは「(あの人、手ぶらで来たの? エー? ヒソヒソ)」って言われてるかもしれない。
まあ、手ぶらで来たことに根を持つような会社や人間はロクなもんじゃないが、
会社同士の付き合いの上で、それはちょっとヤバいんじゃないか?
id:aozora21 はてな匿名ダイアリー 1から5までは当たり前、ただし仕事上で。手土産もプレゼントも策略なら面倒くさいのでやめてほしいです。
君のようなのが卑屈人間の典型だ。
相手が本当に君が喜んでくれるなら、という思いだけでプレゼントくれたのだとしたらどう思う?
それは相手に対して失礼だとは思わないのか?
id:jassmaz 六以降はTwitterなどソーシャルネットワーク以後の社会においてはさして重要ではないような。昔は誕生メールなんか来たけど、今じゃ、twitterやmixiを介して祝うからなあ。
仰るとおりだ。
オレも無根拠にこだわれ、と言ってるわけじゃない。twitterやmixiでメッセージ伝えられるのなら十分だ。
最近はAmazonのギフトカードをネット経由で送ることも良くしてる。
もちろんその人がAmazonでよく買い物をしてる、という情報をリサーチした上でだ。
id:houyhnhm 遅刻の神みたいな人がいるけど、それは非コミュからかけ離れてるしねえ。/仕事上の信頼はなんか無責任に仕事投げられるサインっぽいので、いい加減になろうと思う今日この頃です。
オレは遅刻の紙なんか真っ先に付き合い切りたいと思うがな。
無責任っていうのは、まず本当に無責任なのかどうか確かめる必要がある。
君の伸びしろを期待して仕事をふってるのかもしれない。
早期の転職をおすすめする。
id:uwananiwosuru 全然できてない人にも友達はいるわけで それはどういうことなのか非コミュには全くわかんにゃい
それは本当の友達なのか確認するべきだな。
金やなんらかのメリットに群がってるだけなのかもしれないし、
単なる腐れ縁だけなのかもしれない。
朱に交わればなんとやら、と言うしな。
id:Nihonjin これらのことを「思い入れなしに」実行できることがポイントだろう。マリオでクリボーを踏み潰す感じで。あんまり考えすぎるとできなくなる。相手のこころを読み込みすぎるから。
仰るとおりだが、それは最終的な理想型だ。
これをやってこなかったヤツは、どうしても最初は意識しないとできない。
ただ、これをやりだすと、相手から「ありがとう」と言ってもらえることも増えるし
メールはちゃんと返ってくるし、あまつさえ誕生日プレゼントがもらえちゃったりするのだ。
それぐらいになると、意識せずにも自然に出来るようになってると思うぞ。
id:mamezou36 生活 素直にとても参考になる。18歳ぐらいの時に読んでいれば人生も変わっていただろう。
こういうことは年齢の問題じゃないぞ。
今やらなければ、これからも変わらないままだ。
1)でも言ったように、過ぎた時間は取り戻せないんだぞ。
今そんなことを考える暇があったら、この10をどう自分の生活に取り込むか考えたほうがメリットあるんじゃないのか?
id:ToQoz えっと... 期限守らないとかはうざいけど. 半分くらいはよく分からないな. なんか持ってこないと価値を見いだせないような訪問は受けるなよとかゴニョゴニョ
なんで迎えるほうの話してるんだ? 訪問するときの話だぞ?
手土産なんか気にせず来て欲しい時は「手ぶらで気楽においでよ♪」と軽く言っておくもんだ。
これを増田に書いて何がしたい? 2011/07/14
知り合いに増田を使ってプロモーション打てないかっていうヤツがいるんだけど、
オレはまったくそんなことには使えないと思っていて、でも、増田の情報波及力って
どういう感じなのかな? と思って釣ってみた。
トラバのつきかた、はてブの伸び方、それと連動するTwitter上での動き。
どれも興味深かったぜ。
あとまあ、人を釣る以上、真っ当な記事は書いておきたい、という思いもある。
今も常識だと思うがね?
自分の親にこれ見せてみろ。なんて言う?
君と同じ意見なら、さもしい生まれなんだな。
自分の境遇を不運だと思ったほうが良いぞ。
好きに生きろよ。まあ他人をうまく利用するためには安い費用だと思うし、有効な投資方法だと思うよ。他人をうまく利用するためには、他人の信用を得ないといけない。
非コミュで生きたいのなら、そうしたらいい。
ただ、ここに書いてあるのは信頼の得方だ。信用の話じゃない。信用は金で買える。
ここでも金を使う方法を書いてはいるが、金の額で動く話じゃない。
基本的な対人スキルが、信頼を底支えするのだ。
あと、利用するという考えは卑屈だからやめたほうがいい。
id:toma-stk これらの事を出来ない人が非コミュなら、不自然にやってる人はキョロ充で、自然にやってる人がリア充のような気がする。
キョロ充って何だ? チョコボールが満足食えてる状態のことか?
最初はみんな不自然だ。
でも、失敗を恐れず場数を踏んだやつだけが自然にやってのけるんだよ。
俺相手の場合は7〜10はやらなくていいよ。
今後は、そういう意思表示って重要になってくるとオレも思っている。
オレの場合、男女合わせてたぶん10人ぐらいは毎年誕生日プレゼントのやりとりしてるんだが、
その半分ぐらいは男だ。4〜5人、ってところか。
軽い感じならさっきもいったようにAmazonギフトカードとかiTunesカードとかで済ますが、
長い付き合いのやつとか、いつも仕事手伝ってくれてる人には腕時計とかちょっとしたバッグとか
id:ktasaka 営業の人がやるといいんじゃないかと思う10項目。
何度も言っているが、これは公私関係なくのテクニックだぞ。
別にプライベートの知人友人に送ってはいけない類のものでもない。
前半5項目はプライベートでも必修科目だ。
遊びに行くのでも、無意味に遅刻してくるヤツは評価下げられるぞ。
id:godfrey 増田, 生活, ネタ これら全て、ラブプラスにおいては実践している。そんな自分に隙は無かった。
オレは全く逆だった。
この違いは一体なんなんだろうな!
id:atawi 人類が残念, 同調圧力 よく読まなかったせいで、最初リストが「こんなに上辺を取り繕うから非コミュなんだよ」って指摘なのかと思った。息苦しい、俺ダンゴムシでいいわ。
残念なのは君の脳ミソだ。人間どうあがいても、ダンゴムシにダウングレードは出来ない。
現代の仙人になることをおすすめする。
ドコモの電波がギリギリ入るところでマイクロ水力発電と狩猟採集生活をしてみてはどうだろうか?
21世紀仙人のあり方として、素敵だと思うぞ。
id:matogawa183 書いている事は正しいと思う。マナーだよね。/でも、「非コミュ」の定義がずれてる気がする/アスペルガー的な非コミュに対してどう考えているのか知りたい。「非コミュ」が悩んでいるのはそっちだと思う。
非コミュの定義は既に述べたとおり、お偉い先生にしてもらおう。
それらしい人物がいた記憶がないので、なんとも言えないな。
すまない。
id:sktnkmwy これらを常識として行い、それに対してウザがられるのが真の非コミュです。例→「プレゼント?うっざー」「ちまちまメール送ってくんじゃねーよ」
それは演出が下手なだけだ。
オレがあげた10を無計画になぞっても意味ないだけだぞ。
相手や機会の背景に合わせて、贈答品の額やメールにタイミングも見極めが必要だ。
そういうことも、折を見て触れていこうとは思っている
もちろんだ。
逆に金がなくても手間暇をかければ誠意を見せられる工夫はいくらでもある。
それすら怠ると、誠意を見せるきっかけがゼロになる、ということだな。
id:komurasakihokori 非コミュのほうが楽です・・・ / とても気持ち悪い。特にブコメへの返信。
増田ではよくあることだ。気にするな
id:washi-mizok 盛り上がってんな
想像以上の釣果で驚いている!
id:gohan_gohan それは非コミュとかそういう問題じゃなくね?一般常識だろ
オレの周囲では、一般常識欠けているヤツに限って、非コミュを自称し、自虐している。
id:dekillcaner 「ちょっとした知人」とか「特にお世話になった相手」が分からないのが非コミュ。非コミュが実践しようとすると、その程度の関係の人にそこまでしなくていいよ!とか、その人にはもっとちゃんとしないと!ってなる
然るべき教育、躾の経験が無かった人はそうかもしれないな。
周囲にそういうことに長けている人に色々聞くのがいいだろう。
特に女性はそういうの敏感だから、ある程度社会経験積んだ女性の知り合い作っておくと心強いぞ。
大学生でこのあたりが出来ているとはすごいな!
がんばってくれ!
id:asitanoyamasita カーチャンは裕福めな縁戚から高価な土産や祭日の贈り物を受け取るたび、隠れて「ハァ、またこんな高価な…またお返し考えなくちゃ。もうイヤんなる」とよく嘆いてたなぁ。物品贈答関連だけはマジで別問題。
仰るとおりだ。
だが、君の指摘する問題は非コミュから相当上位次元の問題であるから、ここでは問題にしない。
ご母堂はお気の毒だったと思う。元増田が心を痛めていたと伝えてくれ!
id:guldeen lifehack, anond, literacy, society, communication 仰るとおり。この程度のことを面倒臭がると(特に賀状・暑中見舞い。1回50円で済むのだから)、それこそ親類縁者からも見放される。
id:anigoka 1億総非コミュ時代, 無能が偉そうに一言→ 個人・世代間のコモンセンスが崩壊した断絶社会でこんなベタなメソッドが社会スキルとして成立すると思ってる増田の暢気さが羨ましい そーゆー311以前のセカイはゴミお節と一緒に円環に導かれたと何度言えば(ry
君の所属するコミュニティが断絶しているだけではないのか?
少なくとも311が関係しているとは思えないな。関東以北ではそうなのか?
まあ、たゆんたゆんしているおっぱいに好んで寄ってくる人間も少ないだろうがな
id:Solven 人間関係を築く相手がいない段階を非コミュと呼ぶんだと思ってたし、私は今それを目指しているから、私は現代の仙人志願者だったのだ
id:saurel 増田 お中元とお歳暮は誰も得しない自己満の押し付けだかんな。俺はあんなの寄越す人は逆に信頼しねーぞ。
心配しなくていい。そういう君も、周囲からは多分信頼されていないと思うぞ。よかったな!
id:morimori_68 ふむ コミュニケーション技能よりもコミュニケーションしようとする意志に着目するほうがうまくいくと思う。
最初はそこから書こうかとも思ったんだが、自己啓発臭くなるのでやめておいた。
今でも十分自己啓発だがな!
id:SHA-320 コミュニケーション, 仕事, 生活 常識やマナーという前提で、使わなくてもいいような間柄になれるのがコミュ強者なんじゃないの。
親しき中にも礼儀有り、という言葉を親から教えてもらわなかったのか?
さもしい生まれだな。
そういう常識やマナーがなくても成立してる間柄は、単なる腐れ縁だ。
夜中のファミレスで夜通しマンガ読んだりくだらない話してるだけの人間がいるだろう?
あいいうのだ。コミュ出来ているように見えて、ああいうのに信頼関係は無いと思うぞ。
id:iroika 社会, 生活 一度誰かに無条件に世話し