はてなキーワード: 専業主婦とは
自分は機能不全な家庭で育ったこともあり父親がどういうものかというのを経験として知らない。調べたりしてどういうことをするか知るような状態。
そのせいか、後手になることがあり「言われないとやらない、気づかない」ところが妻としてはイラッとくるらしい。
言われてたしかになと思ったことは実行しているのだけど、いちいち言うのがストレスとのこと。
子供は9ヶ月くらいでルーティーンでやっていることは以下の通り。
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朝 6:30頃起床
・子供の保湿
・子供の爪削り
・洗濯物干す
・洗濯第二弾まわす
・ゴミ捨てして出社
夜18:30頃帰宅(定時後の交流とか全部断って定時ダッシュ)
・洗濯物片付け
夜21:00頃に寝室へ。
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その他
・子どもが生まれてからお酒は飲まないようにしている。タバコとギャンブルは元からやってない。
・妻は専業主婦
自分の幼少時代に経験がないせいか、休日に子供をどこかに連れて行くというのが抜け落ちやすく、それもイラッとくるらしい。
「土日に子供をおいて自分一人だけ外出するとか世間一般常識としてありえない」とのこと。
ただ、離乳食の時間がズレたり昼寝の時間がズレるのも嫌がるし、冬場は人混みに行くのも嫌がるので、外出しようにもタイミングや行き先に気をつけないと文句が出るので連れ出す敷居が高く感じるというのもある。
一方、僕から妻がやることに口出すことはない。
僕が人に干渉するのがあまり好きでないというのもあるけど、完璧な妻や母親になるとかしんどいだろうし、その時できることをやってくれていると思っているので何か言っても不快にさせるだけだろうと。
父親として十分な行いができているかというとそうではないだろうし、妻の言い分もわかるのだが、そんなに自分はダメな父親なのだろうか。
子どもはかわいいし、もうちょっとおおらかに育児できたら楽しめるんだろうけど、妻に文句言われないように育児するのがつらい。
沢山働いて、ブランド物を買って美味しいものを食べて旅行に行ってストレスを発散して、戦って稼いで、、、
自分自身も1、2年前までそうだったので、言っている事はわからなくもない
給料が欲しい、偉くなりたい、あれを買って自慢したい、これをやりたい、いっぱい欲があったと思う
だが今のご時世にあっていないし、なんだか恥ずかしいとさえ感じる
そして会うたびにその資本主義感覚を振りかざすので参ってしまう
その友人は稼がない(働かない)ことが悪なので、
例えば、週に数日打ち合わせをするような仕事が決まったと聞くや猛烈に批判した
「週にまだ働ける日があるじゃないか!」と
だから何なんだと言いたいが、本人のルールでは稼ぐこと(働くこと)が正義なので批判は止まらない
働くこと=時間を使うこと
というのも少し古い考えかなとも感じる
少し前に、専業主婦も交えた会食があった
私は子育てに専念したり専業主婦の様に生きられる事は、なんて贅沢で勝ち組なんだろうーと眺めていた
ちなみにその専業主婦たちは現役を少しお休みしている有資格者達
集まったメンバーとの優雅な時間にゆったりと過ごしていたのだが、
当の友人はというと、
会社の愚痴や同僚の悪口などのストレスに対する会話の内容を誘導していたが
そんなものは微塵もないメンバーなので会食中なんともつまらなそうだった
私を指さし「あの子週に2日しか働かないのよー」と大声で叫び、「それはダメだねー」という賛同を得たかったようだが
残念ながら誰もその誘いにはのってこなかった
ゆったりと時間を使って好きな事をする
誰に自慢するためでもなく気に入ったものに囲まれて過ごすなど隠居の様な生活がどんなに贅沢か、、、
「そんなこといつでも出来る」
と言い放つ友人には一生理解してもらえそうにない
映画 窓ぎわのトットちゃんを観た。金持ち用の多様性を認める緩い私立学校でASD児の主人公が時間をかけて矯正され卒業する話なわけだが、ヒロイン枠が心身ともに軟弱な男で、その上で涙が出るほど感動したから驚いた。
戦前に、田園調布で風呂付2階一戸建てに母親は専業主婦、百科事典全集を並べられる本棚と勉強机に柔らかなベッドのある個室を小学一年生ながら持っている。
しかし、小児マヒがあり左腕・右足の自由が利かず、激しい運動をできない。そのため、いつも本ばかり読んで同級生との遊びや体育の授業にも加わらない。
体育会系軍隊気質を尊ぶ戦前において泰明くんの小児マヒは大きな性的ハンディキャップで、しかも孤立気味だ。一方で、幼少からの読書により得た思索力と文化資本を背景にした包容力を、親しい相手に対しては見せる。
作中トットちゃんが遊びの中で手加減し意図的に負けたシーンでは、手加減されたことに激高するシーンもあった。男性としての「プライド」を傷つけられたと推測する。
主要な展開として、活動的な主人公のトットちゃんと物静かな泰明くんが新しい学校でガールミーツボーイし、お互いを変えて変わっていく化学反応が描かれる。泰明くんは親しくなった後病の影響でか亡くなり、主人公に消えない傷と社会性を与えてエンディングとなる。このプロットはギルガメシュ叙事詩そのままであり、何も特筆すべきことはない。
しかし、エンドロールで作中の主要シーンが原作絵に近づけてスライドショーされているとき、自然と涙が出てしまった。
涙が出た理由は質のいいアニメーションが第一だが、ヒロインが良質なマクガフィン兼ロビンとして不自然なく場面を印象付けるよう機能していたことを忘れてはならない。
俺
県立高校(偏差値71)→東京大学理科三類不合格、順天堂大学医学部合格→一年宅浪→東京大学理科一類合格→駒場から医学部医学科落ち工学部
知人
FILAとかナイキのスニーカーがほしい。8000~12000円くらいの
しかし、4歳の娘が癇癪を起こしたときに私(母親)の足を踏みまくる。
2000円以下のスニーカーを踏まれたところで「ハイハイそうですか。機嫌悪いんですね。でもがんばって幼稚園通ってるだけでもえらいもんね」って感じで私の感情的には流せる(もちろん、娘のことは叱ってるよ)んだけども
専業主婦が奮発して買った普段より少しお高めスニーカー(しかもほしくてほしくてたまらなくて買ったもの)を娘に踏まれたら
悲しい
涙でる