はてなキーワード: サクサとは
すべて根拠なし。
「風潮」ねぇ。証明してくれ。
「男性まで主語を広げるのがおかしい」と分かってるなら、女性専用車両の存在もおかしいとわかるはず。
また、差別という攻撃をしておいて何が「攻撃的言論」だ。笑わせんな。
クソ増田に反論できる能力が自分にあるなら他人のせいにはしたくないからなw
単なるレズのお気持ち開陳日記に「主語でけーよ」以上に痴漢はないとか食いついてまわるアホにはこれからも能力をつかって反論していくわ
そこに「論」はないね。
最終的には奇声をあげて振り払えるようになったが、
終点で降りるときに女性のポニテ髪に鼻つっこんで、階段のとこで気持ち悪いおっさんおるなって凝視してる俺に気づいてこっちふりむいてニチャアって笑う妖怪めいたクソジジイも見た
こっちの膝にスーツケースのせてささくれ+揺れでストッキング1枚やぶっといて明らかに気づいてるのに何も言わず逃げたやつもいた
フラフラたちあがって車両接続部に放尿する酔っぱらいもみた 臭えよバカ
空いてる車内で本読んでたら「北村薫なんて女の本より時代劇のほうがいいなんたって男尊女卑だ」とか話しかけてくる無知バカ
気分悪いやつには譲れそうならゆずった
座ってるハゲのヅラの頭上を見下ろしても表情にでないよう気をつかった
これやったの全部男だからね。
肘で通勤妊婦の腹めがけて軽くとはいえおしてくるのがいた程度だ
専用車両増田ならそれらは別に犯罪じゃないからええやんけ、マナー程度か事故だ事故、っていうんだろうけど
混雑のドサクサ紛れに女性をなにやっても怒らない優しさを搾取できる存在というあつかいをして尊厳を失わす風潮はあるよ。
乗客を適切に保護できない電鉄会社を責めるのが本道だとおもうけど
女性専用車両の存在を責めるのはお門違いだし攻撃的言論をされたら反論し返すよなやっぱ。
クソ増田に反論できる能力が自分にあるなら他人のせいにはしたくないからなw
単なるレズのお気持ち開陳日記に「主語でけーよ」以上に痴漢はないとか食いついてまわるアホにはこれからも能力をつかって反論していくわ
あっ
アレだよな、自分の人生ってまともに直視すると恥ずかしいよな。
まぁ気にすんな、なんとかなる。
多分一番最初のやらかしで被害者の親からぶっ殺されかねないほどぶち怒られたのが効いてるのかもしれないけど
なんか納得できない事があったのなら一度ノートか何かにその出来事について書いてみるといい
事実だけをまず並べて
中学一年の時のあのおっさんがなんでこんなに苦手なんだろう、とか
なんでそれまで暴力を振るうような性格をしていて、今ではそれが収まったんだろう。もしかして、また再発してしまうんじゃないか?とか
なんで友達が去っていったのだろうか、とか
だからまぁ気にすんな、なんとかなる。生きるだけならな。
それとトラウマが解消できるようになってるかはまた別問題だけど、具合が悪くなってきたらゲームやらなんやらするより横になって考えの整理でもし始めたらいいんじゃねえかって思う。ランニングとか瞑想とか。
まぁ普通に、なので、色んな意味でちょっとオマケしてもらえることが多いくらい
圧倒的な美貌があるわけじゃない
体型は男の好きなもちもち感だと思う
小さい頃から近所の芸術家おじさんに服を脱がされたり、中学生の時の仲がいい友人だと思ってた男にドサクサに紛れてわざと胸を揉まれたり、いい年になってからも家に泊めてた友人にベッドから引き摺りおろされたり、泥酔させられてレイプされたり、いい思い出がない
普通に愛されたくて、愛したいのに好きな人が振り向いてくれたことはなくて、色んなことを考えると、向こうから好きだと言われても恐怖心が勝ってお付き合いはおろかお出掛けも出来ない
一緒にいて安心できる人ならわたしが好きだと思える相手なら、頑張って性的交渉にも応えられると思う
性的消費をされたくない
身体に魅力があれば、好きな人も振り向いてくれやすくなるんじゃないか とか
ないものねだりだけど、好きな人の好きなタイプになれれば とか
わたしは好きな人とセックスしたことがないから、一度でもその経験が出来ればもう少し変わるんじゃないか とか
周りの人には大切にされてる
わたしが愛されるためには、求められてきた身体が(仮に脆くても)必要なんじゃないかなと考える
惨めだなあ
わたしの稚拙な文章のせいで、こんなにレイプのことを延々突っ込まれることになるとは…。
ワイ「でもなんか具合悪そうだよ??」
ワイ「……」クンクン
チノ「……」イライラ
ワイ「チノお姉たん!痛いの痛いの飛んでけーっ!!」ギュッモミモミ
チノ「ど、ドサクサにまぎれて胸を揉まないでくださいって言ってるじゃないですか!!!」バシッ
ワイ「ふぇ……?」ジワッ
チノ「あ……」
ワイ「うぅぅ……っ……ち、チノお姉たんがぶった……」グスッ
チノ「ち、違います!今のはたまたま当たっただけで……!!」アセアセ
ワイ「チノお姉たんがぶったああぁぁぁぁああ!!!いだいよぉぉぉぉおぉぉ!!!!」ビエーン
チノ「そ、そんなに強く当たってないじゃないですか!!!いい加減泣くのはやめてください!!!」イライライライラ
ワイ「いだいいだいいだいよぉぉぉおぉぉ!!!ココアお姉たんどこぉぉぉぉお!!!!」ビエーン
ワイ「ぁ……ち、ちのお姉たんやめてくるし……」ジタバタ
チノ「いつもいつも泣いてココアさんに頼って……っ!!私とココアさんの時間を邪魔して!!!」クビシメ ギューッ
ワイ「ちの……おねえ……たん……」ポロポロ
チノ「ワイさんが悪いんです……ワイさんが……!!」ギューッ
ワイ「ごめ……なさ……ぃ」
チノ「今更謝ったって……そんなの……!!」ギリギリギリギリ
ココア「チノちゃーんワイくんただい……ち、チノちゃんなにしてるのっ!?」
っ!!!」ユサユサガックンガックン
ワイ「」シーン
꧁pͪoͣnͬpͣoͥnͭpͣa͡inͥ꧂
ーーーー完ーーーー
凄く同意します。ド正論。Netflixの動きは切っ掛けにしかならないと思います。
ただ、彼等が出張って来たことで、今まで何があっても変わってこなかったお金の流れに、見直しの機運が発生し初めているのも事実。
このタイミングで、業界の各階層のプレイヤー達がどう動くのか?で今後の日本アニメの流れは決まって来ると思います。
現場スタッフが制作会社の経営層と、どういう関係性を構築するのか?制作会社の経営層が、何処を主要顧客としてどういう形態の取引を行うのか?今が分岐点だと思います。
外資のお金がこちらを向いている間に、日本の製作周りのお金の流れが切り替わるこのドサクサのタイミングで、制作会社の基本的な立ち位置を書き換えられるのか?制作会社とスタッフの関係性を書き換えられるのか?今が勝負所な気がします。
そろそろ人生を手仕舞いしようかという時期に差し掛かったウチの父親。ときどき昔の話をしてくれる。戦後すぐのドサクサの話は、それなりにおもしろい。
カルビーのことがニュースになっていたので、思い出した。そういえば、カルビーの出てくる話もあったなと。
老人の昔語りを、別に記録もとらずに聞いたうろ覚えの内容だから、事実とかなり違うことがあるかもしれない。虚偽が混じってしまったら、まあそういうもんだと笑って流してもらえればありがたい。
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親父は、大阪で袋屋をやっていた。包装資材の問屋だ。それも戦後すぐ、物資が不足している時にうまい具合に包装紙を手に入れるツテがあったことから気がついたら事業ができていたという、伝統も何もない若い会社のいちばん下っ端の小僧だった。創業すぐの頃は朝鮮人が闇でつくって売る飴の包装紙の卸売がメインの仕事だったが、すぐに広島にあったカルビーが大量に注文をくれるようになった。親父は、リュックサックを背負って店の前に現れたカルビーの社長を覚えているという。やがて商売の半分以上はカルビーにぶら下がるようになった。
カルビーの創業者は、米軍とのコネで小麦粉や砂糖の払い下げを確保し、それをもとに商売を広げていた。広島は原爆で荒廃していたが、その原爆を商品名に入れるような宣伝もやっていた。いまでは考えられないかもしれないが、「原爆=スゴイ」というポジティブなイメージも当時はまだあったのかもしれない。
そのカルビーが、倒産した。発注に生産が追いつかない黒字倒産だったらしい。親父はオート三輪に乗り込んで債権を回収しに広島に向かった。
たまたま親父の会社の倉庫が空いていたのを、カルビーが大阪支店代わりに借りていた。最終的にそこを差し押さえることで、親父の会社は破滅的な損害は免れた。
黒字倒産だったのでカルビーはすぐに復活した。ただ、それを期に、親父の会社は、少ない大得意にぶら下がるような商売をやめ、小口の顧客を広く求めるような経営方針に転換した。たまたまポリエチレン袋が普及を始める時期で、包装紙からプラスチックへと主力商品を転換することで、親父の会社も急成長を始めた。カルビーとはそれっきり縁が切れた。
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古き良き時代みたいに言われる戦後復興から高度成長期だけど、あの時代、けっこう倒産も少なくなかった。倒産した会社からぶんどってきた半端な品物を親父が持って帰ってきたことも記憶に残っている。時期的にいってカルビーのものではなかったはずだけれど、オマケのおもちゃとかも差し押さえたとか言ってたから、ひょっとしたらそういうのも家に転がっていたのかもしれないなと思う。
そんな波乱万丈を経て、押しも押されぬ有名ブランドとなったカルビー。ま、たいしたもんだよな、とも思う。
どうでもいい昔の話でした。
http://b.hatena.ne.jp/entry/352161724/comment/ustar
陸軍の倉庫跡に会社をつくったのは、そういえば親父も話していたわ。そっから持ちだした物資がけっこうあったとか言ってたけど、まあ、噂レベルだろう。