はてなキーワード: ミュージカルとは
腐女子はほぼ必ずホモ・BL・乙女ゲー・ドリーム小説(意味はggr)・テニミュに代表されるミュージカル系・ジャニーズ・その他男性アイドルが好き。
これは微妙
ナマモノ(3次元)は一切受け付けないのもいるし、ドリー夢NGって人もいる。
http://blog.livedoor.jp/nicovip2ch/archives/1737372.html
「自分を腐女子」と自認している腐女子像:やおい(意味はggr)が好き。自分達の趣味が世間で受け入れられないのを理解しており、公共の場では慎むのが最上のマナーとされている。やおいやBLが好きではない(あるいは嫌っている)女オタは腐女子に含まれない。
まとめブログのコメント欄等で蔓延している腐女子像:気持ち悪いオタ女。腐女子はほぼ必ずホモ・BL・乙女ゲー・ドリーム小説(意味はggr)・テニミュに代表されるミュージカル系・ジャニーズ・その他男性アイドルが好き。
こんな感じか・・・。
だから私のことを非難しないでください。
みんな私の生き様に興味があって、私の生き様を知りたいがために、お金を払ってくれています。
でも、そんな私のことを非難する人がいるのが不満です。
なんで、みんな向こう側にいるのが人間だとわかってくれないのですか。
八つ当たりをされた人間がどんなに傷つくかどうしてわかってくれないのでしょうか。
例えば、私がアニメにはまって、そのアニメが好きだといいます。
すると、どこからか、このニワカとか心ない非難をする人がいます。
確かに、現役でそのジャンルで活動している人からみたら私はニワカかもしれません。
でも、そのニワカという事実を私の生き様にお金を払ってくれる人に説明する必要はないじゃないですか。
そのジャンルに詳しくない人が、私の生き様をみてジャンルに対して誤解をしてしまい迷惑する?
誤解をする人が悪いんです。
でも、私は腐女子の第一人者なので、私のアニメにはまる姿はとても魅力的です。だから私にお金を使ってください。
私は腐女子の第一人者なので、私の発言はとても影響力があります。
でも、これは私個人の私見です。腐女子の総意ではないですよ。ちゃんと何度もそういっているのに、腐女子の総意と誤解されたら困るから、発言に気をつけろと非難する人がいます。
そんなの誤解する人が悪いんです。私はちゃんと私の個人的意見って言いました。どうしてわかってくれないのでしょうか。ただ、文句を言いたい相手を無差別に探しているとしか思えません。本当にひどいです。
ちなみに、私は腐女子の第一人者なので、私の意見はとても参考になると思いますよ。だから、私にお金を使ってください。
好きがこうじて、雑誌でその魅力について書いてしまうくらいです。
でも、それを非難する人がいます。
確かに、私はそのミュージカルが流行しはじめてからみはじめましたし、最近は飽きてきましたし、話題になりそうな時しか興味がありません。
私は私の楽しみ方が大事だし、他の人の楽しみ方や感性とか興味ありません。
でも、そういうのってそのミュージカルのファンではない人に説明する必要ってないじゃないですか。
あなた達だって、自分がどれくらいのファンかなんていちいち説明していませんよね。
だいたい、誤解する方が悪いんです
腐女子しかそのミュージカルの面白さはわからないと、そのミュージカルを知らない人が誤解するのは困るとか、ちゃんとみてないのに私の意見がちゃんそのミュージカルをみている人の意見だと、知らない人が誤解するから困るとか、色んな楽しみ方があるのに、演じる人が青春しているのを見守るだけが魅力だと誤解されるから、困るとか。
私、そんなこと一言もいっていません。だから、そのミュージカルを知らない人が、誤解したとしても誤解する人が悪いんです。みんなだって説明してないんだから、私だって説明する必要ないです。
ちなみに、私は腐女子の第一人者なので、私が好きなものを知ることは腐女子を知る上でとても参考になると思いますよ。だから、私にお金を使ってください。
私が好きな女性アイドルが活躍するには、お金が必要です。だから、私のことを好きな人は、少額で負担も少ないですし、私の好きな女性アイドルにお金を使ってください。別にその女性アイドルを好きにならなくてもいいです。お金を使ってくれればそれでいいんです。そうすれば、私が幸せになりますから。
でも、このことを非難する人がいます。あまつさえ、私の好きな女性アイドルについてまで非難する人がいます。
好きなものを好きでいる自由って誰にでもあります。それなのに、人が好きなものの悪口を私に聞こえるように言うって、最低です。私の生きざまにお金を払って買っているからといって、私が好きになるものに干渉する権利はあなた達にはないんです。
それに私のことを好きな人に、お金を使わせることを非難する人もいますが、私が幸せになるからいいじゃないですか。誰にも迷惑をかけていませんし、お金を使わせることを強制もしていません。私のことを好きな人が、私のために自発的にお金を使っているんです。私は悪くないです。
あと、最近はそのアイドル関連で嫉妬されるのも、困っています。
確かに、私はそのアイドルのことを初期から好きになったわけではなく、流行しはじめたころから好きになりました。でも、私は腐女子の第一人者で有名人です。当然、私の周囲の色んな人がほっとくわけもなく、私の好きなアイドルと直接お会いしてお話させていただく機会を得ることができました。
私よりも昔から応援している人は、そんな機会きっとないでしょうし、羨ましいのかもしれません。
でも、私も困っているんです。馬鹿じゃないから、こういうことをされると周囲に嫉妬されることくらいわかっています。でも、私も周囲の人から言われて、仕方なかったんです。嫌々ということわかってください。こういう特別なことあっても、みんなと同じ普通なので、嫉妬とか本当にやめてください。
でも、特別扱いされるって、幸せですよね。普段みんなから非難されているのを我慢してるんだし、このくらいの役得があってもいいはずです。私にだって幸せになる権利ある筈です。
だから、同時期にデビューした昔の知り合いとかと比較するのをやめてください。
差をつけられたな、とか言って蔑むのをやめてください。
私は、まだまだ終わっていません。
特定の誰かを連想したりするのは、やめてください。本当に困ります。
頑張ってこんなに長くて読みづらい文章を書いたんだから、きっと誰も読まないですよね。
頑張ったことは、きっと報われるんですから。うん、大丈夫な筈。
昔、ピザポテトを食べているメンヘル腐女子に、「痩せてて、幸せなんてずるい」と言われたピザポテトを我慢している可愛い腐女子がいたそうです。
最初に非難した人は、痩せていることを非難したのでしょうか。ピザポテトを食べていることを非難したのでしょうか。
今、ピザポテトを食べているメンヘル腐女子の役をやっているのは一体誰なのでしょうか。
私は私の妄想を語っただけです。私は、私の生き様を買ってと要求しませんし、目立たないように努力もしましたし、届かないように努力をしました。ちゃんと貴女のルールを守って、貴女より努力をしました。だから、これがもし届いたり、目を通したりしても貴女と同じように私は悪くありません。だから私に届くように私のことを非難するのはやめてください。
なんとなくanondでメモ。コスプレ以外のネタはそう面白みも無いと思いますので別の箇所に。適当にぐぐれば出てくるとは思います。
アメリカのイベントでは、コスプレ率高いと話どこかのレポートで聞いてましたので、自分も二着、衣装持ってアメリカ入り。
30日から6日の予定が、30日発の羽田発LAX行きデルタ機飛ばず航空機遅延、振替は翌日の成田発大韓航空になりました。本来なら7日間のアメリカ旅行が6日間、一週間も無い単身旅行に、バカでっかい90リッタークラスのスーツケース持ち込むハメに。普通ならこのサイズありえません。重いデカい、移動に邪魔、帰り便じゃおみやげ増えて、航空会社にHEAVYのタグつけられるし。だから羽田発着にしたってのにorz
税関の開封検査でもあると正に羞恥プレイでしたが回避成功。助かった助かった。
アメリカのイベント、日本と違い衣装着たまま会場入りするのでなかなか面白いことになります。そのへんの路面電車からミクのレイヤーが降りてくるなんて普通の事。街中でも衣装着たままウロウロ。ホテルと会場結ぶシャトルバスはあるけど、そんなに距離は無いのでかなりの人が歩いて帰ってました。そのままレストランでご飯食べるはホテルのロビーでバス待ちしてるわ長物持ってるわでなかなか近辺カオス。
LAのダウンタウンなんて、幾分古めの自分の知識では、平日昼間以外は観光客立ち入り禁止のエリア。しかし普通にコス衣装着た女性が深夜に歩き回ってるのを見ると、行政が力入れて改善しようと思えば変わるもんだなー、と。他の参加者、衣装着てる人はソレが目印になるし、着ていない人もデカい参加証のお陰で、一目で分かります。とは居え乞食が物乞いしてきたりホテルから黒服が走っていく先を見てみるとデカい大男が喧嘩してたり。まー、この程度なら気をつければどうにでもなる事。
自分が用意した衣装、二日目が唄音ウタで、三日目に着たのはヘタリアの日本。当初、更衣室が無いと思い込んでたので、ホテルの部屋で着替え会場入り。流石にアメリカが、衣装のまま会場入りするしそのまま飯食べたりホテルに出入りする、そして電車にも乗るのが普通とは言えちょっと恥ずかしかったので二日目はシャトルバスで会場へ。三日目になると流石に慣れ、自分も衣装のままロサンゼルスのダウンタウンを歩きまわってました。しかしまー、慣れない……
更衣室、よくよくパンフレットを読んでみると実際は存在してました。何故最初見落としてたのかというと、この部屋の名前が「Repair and Changing room」となっていた為。で、ふとその部屋入ってみると、正に工房状態。針・糸からグルーガンから、各色テープになんやかんや色々揃ってて皆様修理中。デカいハリボテとかも多いから、なんか色々壮絶でした。自分も輸送中壊れた耳あてやらボタンやら修理。一応着替えるブース、有るには有りましたが、奥の方に三人分だけ。しかも自分が居た時は、誰も使ってないし。
ちなみに武器チェックはまた別の場所。今回は長物持ってってなかったのでどうチェックしてるかは判らなかったのですが、銃器系はアメリカらしく結構うるさいらしく。まどマギのマミさんの、マスケット銃もチェック対象になってた様子です。
撮影ルールは少しずつ違う。カウントとかは同じだけど、声かけず撮影ってパターンもよくありましたし。それでもノリノリで皆撮ったり撮られたり。面白いのは、カメラマンがクレーター作ってて、そのなかに撮影されたい人がかわりばんこに入っていって撮影ってのがあったってこと。あとはダンスはやってるは寸劇はあるは、どっかの黒人がラジカセ持って踊ってる中にレイヤーが沢山突っ込んで踊ってるはとなんかフリーダム。このへんはやっぱり文化の違いですね。
会場に、即売会エリアもあるにはありましたが、ちっちゃいうえ本はホントに少なかった。もし、同人即売会のノリでコレに参加したら、ある意味絶望したんじゃないのかなー、って位。コスプレや撮影を楽しむ分はホント最高なんですけどねー。あと物販ブースに長物やら小物、ウィッグやら色々たくさん。ウィッグ一つ30ドル(=2400円)は安い。
コレは、要はコスプレ寸劇40連発。
ただ単に舞台端から端へ歩くだけってモノから中国舞踏、一発芸コメディにミュージカルに内容よーわからんモノまでなんでもありの詰め合わせ。日本以外のイベントではかなり多いんだけど、国内では滅多に無いんですよコレ。日本の文化自体が変わらないとまず無理。
しかし内容、ホントに多彩。
元ネタ、ゲームはFFからソウルキャリバーから、エースコンバットまで色々、アニメはもうドラゴンボールやCCさくらのような古いのから、まどマギ、パンスト、タイバニのような最近のもの、NyanCatのような小ネタまで幅広くてw …NyanCatが流れたって事は、ミクの歌声が響いたその翌日に桃音モモの歌声が響いたって事か。UTAU好きとしては胸熱。
スタードライバーのロボット、高さ5mはありそうなの持ち込んだのに驚き、まどマギのうち一つはある別の時間軸って設定、なぜか五人がこのAnimeExpoに居てまどかが魔女化するって話でなかなか上手い構成に驚く。ホント多種。
イベントはコンテスト形式になってて、グランプリ取ったのはなんとも懐かしい機動戦艦ナデシコ、それもTV版を舞台。歌詞だけナデシコに変えた曲をナデシコ乗組員が歌い踊りながら、アキトと艦長がラブコメ。もう定番中の定番。確かに良かったけど、しかしこの時代にナデシコネタかー、そしてグランプリかー、ホントに演技見てるんだなと感心。
で、グランプリの賞金の渡し方が豪快。
テレビとかでよくある、巨大な小切手の形をしたパネルを渡したかと思いきや袖に放り投げ、かばんを持ってき中の現金を観客に見せ「小切手なんてオールドスタイルな事はしない、キャッシュをそのまま渡す!」と司会が発言、かばんごと現金を優勝者に手渡し。
だ、騙された…タイトルに騙された‥
http://anond.hatelabo.jp/20110522135053
先月、「まどかおもしれーエヴァ以降でまともに見れたアニメは久しぶりだわ(意訳」と増田でのたまい(http://anond.hatelabo.jp/20110422235719)、
さらにはてブの数に酔った勢いでテキトーな事を書いて顰蹙をかいつつも「いやいやアニメも面白いのあるYO!」という意見をもらった俺は、
早速「なんかおもすれーアニメ今やってないかな…」とはてブのアニメカテゴリとおもしろカテゴリから探しまくった。
こんなある意味で不毛なことをやっていた俺が元増田のエントリ名をはてブで見たとき、まさに歓喜した。
なぜなら「元増田が底辺煽りしつつ古今の名作を挙げ、『俺様の嗜好スゲー論』が展開、はてぶでは『うぜえ死ね』『お前の趣味はわからない。俺なら○○だ』的なレスで伸びる」そんな内容のエントリだと予想したからだ。
「よっしゃ、面白いアニメの情報が何か仕入れられるかもしれない」-おれの中ではほんとにこんな気持ちでいっぱいだった。いわゆるwktkってやつだ。
ところがどっこい。URLを開くとただのブヒヲタ否定論だけがそこにあり、俺の求めていた素敵嗜好お披露目会場などではなかった。
かくも無情とはまさにこのこと。俺はブヒ系以外の「スゲー」なアニメの情報が欲しくてはてぶ経由でここを開いたんだよ時間を返せよorz
てかそもそも我が国が誇る世界最古の小説からして変態要素てんこ盛りなんだからブヒが多くなるのは諦めれ。
まぁ萌え系はもうちょい男のライバルと女を巡ってガチバトルしたり成り上がり要素を盛り込んでも良いとは思うけど。
その意味で最後でドンジョバンニしちゃったnice boatは若干ヨカタ。最後だけといえばそれまでだけどね。
ところで話は変わるが今年(ってか去年の末からか)はアニメの当たり年のように思えるんだが、実際のところ今年のアニメってどうなの?
っていうのも、先月も書いたとおり自分はアニメ用の物差しが少ない。
何せ宮崎駿を除けばエヴァとまどかしかアニメ物差しを持ってない。あ、あと千年女優か。
そんな俺からすると、
この流れが既に大当たりであることを象徴している気がしてならないんだが。少なくともハルヒの頃はこんな感じじゃなかった気がする。
ひとつの枠の中で1シーズンに当たりが毎回1個あるのって何気に凄い。
どんな枠だって本当に面白い新作は年1個か2個くらいが関の山なのに、ここのところアニメは毎シーズン面白いの出してきてね?
唯一ミステリ小説だけは毎年コンスタントに面白い新作がそれなりの数出てくるけど、あれは海外勢というチートがそれを後押ししてる面もあるし。
個人的にはミュージカルのNext to Normalが思い出されてあの花は楽しい楽しい。
しかしNext to Normalクラスの面白さにはなり得ないかなとも思ってしまう。
ここから家族愛について説得力のある内容で発展していったり実は鶴子あたりが最初からめんまのこと見えてるとかそんなネタが来ない限りは無理だろうなぁ。
果たしてあの花はアニメの物差しになりえる内容に発展できるかねぇ…
http://anond.hatelabo.jp/20110422235719
ブコメで「エヴァに呪われている」とか「エヴァ脳の恐怖」とか「エヴァをアニメの物差しにしている」といったコメントを見て、なるほど的を得ているなと。
そして残念ながらid:kyo_ju、ネタじゃない。マジで書いた内容なんだ…orz
てか自分でもマジでエヴァ脳だと思う。じゃなきゃ増田で書かない。
俺がこんなコメントを普通のブログに投稿してる奴をみたら、とりあえず全力で叩く。
何でだ?
自分なりに考えてみたんだが、エヴァに前のめりで楽しんでた人達、というか後ろに引いて見ることが出来なかった人達は、
エヴァが終わった後の娯楽としてそれぞれ別個の道に進んで行ったかと思う。
まずアニメという枠に傾倒する道。
アニメは当時の世相を反映してか「自分探し」のような内容か、あるいは「萌え」に特化した内容ばかりだった。
自分探し的な部分は十分エヴァで堪能したし、萌えは視聴者が勝手に後付けするものであって主食として作者が提供するものじゃないものと考えているので無理だった。
SFは─漫画だろうと小説だろうと、作者の設定自慢ばかりで人の営みが希薄なのが多かった。「イカにSの面白さを最大化するか?」が最大の関心事になっている世界だった。
Fだけでいいから人間ドラマが欲しくてSFの道には進まなかった。
※その中で何故か『BLAME!』だけは面白いと思ってた。我ながらかなり謎。
「設定?誰がんなもん語るか。察しろ。」というスタンスがよかったのかも知れない。
あるいは設定の説明がない分、人間(と愉快なクリーチャー達)の営みに思考が集中できたせいかも知れない。
自分は娯楽なしで生きられるような人間ではない。おそらくは他の人もそうだと思う。
大人になって仕事や家事に忙殺されても、アウトドアや人付き合い以外の何かしらの娯楽を大なり小なり楽しんでるんじゃないか。
人によって、それが映画だったり、ドラマだったり、推理モノだったり、歴史モノだったりすると思う。
自分は「エヴァの次の娯楽」として、最終的に「古いモノ」を選んだ。
小説に手をだし、散々色々な誇大広告に騙された結果、最低10年以上「これは良い」と語られる小説は、少なくとも個人の趣味で好き嫌いはあっても外れはないことに気づいたからだ。
そしてこの単純な法則が、小説という枠だけでなく他の枠にも当てはまることを知った。
「古いモノ」を楽しむコツとして、「その当時の世相や時代背景を同時に知る」ということ。
今ではやや物足りない部分があったとしても、当時としては革新的な技術や手法、あるいは独自の視点が盛り込まれていたために長らく語り草になることが多い。
それと同時に他人の解釈をガン無視すること。例えるなら、どれだけ権威ある人が「このキャラはツンデレだから萌え」と言っても自分が「ツインテールだから萌えであってツンデレなのはどうでもいい」なら自分の直感に従って楽しむこと。
こんな風に古いモノ、かつ娯楽として時代の振り落としを生き抜いたモノを、自由気ままなオレオレ解釈で楽しみ、アニメを見なくなった結果、自分はアニメの物差しはエヴァとジブリと千年女優だけになったorz
敢えて弁明、というか開き直らせていただければ…
だって仕方ないじゃん!1年間で1割より少ない程度で面白いアニメは出てると思うよ?
けどその1割弱を探すためだけにアニメの世界に飛び込めば、まさに「渡る世間は萌えばかり」、あるいは「前門の厨二アニメ、後門の監督が厨二の自称芸術unkoアニメ」ばかりじゃん!
アニメの作り手にしても、ちょっと成功して有名になるとすぐ芸術気取りしたり宮崎駿の後継者気取りしてばっかじゃん!
そんな中途半端なことをするくらいなら、いっそワーグナーみたく「アニメはただの芸術じゃない。神聖な祭事だ!」ぐらい突き抜けつつ「よろしい!私に投資する権利をやろう!」的なノリで資金調達&製造とかやれるだけの実力と人間としてゲスな気概を持って挑めよ!>ヤマカン、細田
特に'00年代は酷かったよ!観客の声を聞かずに監督が見たいアニメか、大向うの観客の声しか聞いていないアニメばっかだったよ!
「そもそも今客席にいない人を、どうやって小屋に来てもらうか」を考えている人なんて皆無だったよ!
00年代はまだブロードウェイ- ミュージカルの方が観客を呼ぶためのモノ作りをしてるよ…
例えば「Wicked」はファンタジーで低年齢児を釣り、女の友情で少女を釣り、あげくに社会派的要素で親を釣り上げる万能釣り竿だよ。
「Next to Normal」なんて狂気の中から家族愛を導き出すーそれも母親が主役でーっていう化け物ミュージカルだよ。
ミュージカルってさ、親しみが無い人には「子供が見るモノ」あるいは「軽いモノ」ってイメージがあるんだ。
酷いと「演劇と歌が同居する必要性がないんじゃねーの?」って言われる始末www
まぁ当然だよね。舞台としては戯曲という枠が、歌劇としてはオペラという枠が、ダンスはバレエという枠が、技巧も歴史も名作も持ってる。
けどミュージカルが子供やミュージカル自体にマニアックな人ばかり相手にしてたってお金にならない。
彼らが飯を食っていくためにミュージカルという枠のファンを増やすしか無かった。
かと言って技巧だけで挑めば間違いなく他の枠に負ける。
だから彼らはあらゆるものを取り入れ名作を作り上げた。
例えば古典の悲劇の恋愛をベースに、彼らの身近にあるダンスや風俗、そして身近にありすぎるマイノリティへの差別問題を注入したWSSとかね。
そういったことを繰り返し繰り返し続けた結果、今のブロードウェイミュージカルの地位が出来上がった。
アニメを作ってる側の人からも、「売れない、売れない」という声ばかり聞こえた。
けど自分からしたら、なんでアニメを作ってる人は「今、テレビの前にいない人」を捕まえようとしないんだろうと思ってた。
筋を古いモノから流用し、装飾や人々を今の時代に合わせ、最後の結末に自分たちのメッセージを盛り込む。
これだけでも十分面白いモノが出きるのに。
「守破離」の全部が大事なのに、今のアニメは「守」だけ「破」だけ「離」だけみたいに、個別の実装しかないものが多い気がする。
「魔法少女」っていう小さな視野で見ても、かなり綺麗に守破離してる。もちろん違う角度から見たときにも様々な守破離があるのがまどまぎの魅力。
けど、きっともう後16年くらいは守破離をしっかり出来たアニメは出ないんだろうなぁ…
まどまぎの脚本の人は「ロボットものを書きたい」って言ってるらしいから、おそらくロボットを書くのに夢中になって客席を見なくなるか、大向うの客席しか見なくなる。
そうすると悲劇が好き過ぎる人みたいだし、シェイクスピアを消化しないままシェイクスピアの再発明を得意気にしちゃったりするんだろうなぁ…
かといって他のアニメの作り手は、まどまぎのパラメーターだけみてメソッドを見ず、もっと酷いものを作るんだろうし…
「処女厨がウザい・怖い」的な発言をよく作り手側のコメントで見かけるけど、
なら小デュマみたく処女厨を逆手にとって、ビッチであることが生きるために必然である椿姫を処女厨の目の前に置いて、
「それでもお前らこいつを罵れる?」といけしゃあしゃあと言ってのけるような人は今までいなかったし…
正直、嵐とかakb48とか、その他アイドルに熱中してるやつとか
どーにかしてるぜって思ってたんだ。2010年の途中までは。
なんで、そんなに熱中しなきゃいけないんだって。
普通のおじさんやおばさんが「嵐いいね!AKBの前田も篠田もいいよ!」
かもしれない。その逆で批判的なことなら、ガンガンと話のネタに
するのかもしれないけど。
個人的には、若い子たちがキャーキャー言ったり騒いだりするための
っていう見方が大半だと思う。
前で公言して、そういったアイドルグループに本気になる
大人が大量にいたら一般的にはおかしい気がする。
自分は、そう思ってた。あの時までは。
そう、ももいろクローバーに出会うまでは。
フシギなアイドルグループだと思った。
聞いてみたけど、その時は、怪盗少女と走れ、以外は
ろくなもんじゃないと思った。
そのろくでもない歌に価値があることを知った。
歌だけ聞くと、ろくなもんじゃないんだけど
舞台作品になった。
本格的な芝居やミュージカルとは比べ物にならないっていうのは
よくわかるんだ。自分も実際にNYに行ってブロードウェイ見てきたから。
挑戦していてスゴイと思うんだ。
だけど、ももいろクローバーを見た時に感じたのは
そういう種類の感動じゃなくて、「学校の文化祭が上手くいったよ!」
みたいな種類のものだった。
すごい感動するじゃん。そういう感動。
それが楽しいって思える。
実際に、自分もチケット買って、ももクロの世界に入ってみたけど
普通の日本社会というワールドにいたら、決して見ることのなかった
景色なんだよね。
「ああ、こういう視点のスライドっていうのは何年ぶりだろう」
みたいな感動があったわけ。
その代表的なのが、次のやつだろう。
「同じCDを何枚も買わしたり、金を払って握手したり、写真とったり
するなんて、会社のオッサンたちに搾取されていることに気づいてないの?」
自分は、ライブには行っても、同じCDを何枚も買ったりとかしてまで
これからもしないだろう。だがメンバーの生写真は一枚づつは購入する。
これなら映画館に行ってポスターを買うのと同じレベルだと思う。
ああやって、一般的には「搾取されている」部類の人たちというのは
それが好きでやっているんだから放置しといたら良いんだと思う。
普通なら金が底をついたら諦めるでしょう。
ビジネスの手段であって、それで実際に儲けになっているんだから
車をディーラーで買ったことのある人ならわかっていると
売る時にだって、あれもこれもつけたらもっと安くするとか
いろいろ必要ないようなサービスまで付いていたりする。
進んで買いに行かないよね。
ブランド料を払ってでも、服や車を買うわけでさ。
まあ、デザインとか色々理由をこじつけようと思えばつけられるけど。
何にでも難癖をつけて、あれがダメ、これがダメっていう人たちは
結局その人自身がダメってことに気づいていない。そういう人たちに
「そんだけ偉そうなこと言ってるあなたは一体どんな人なんですか?」
まあ、かつては自分もそうだったんだけどね。
人それぞれ、そうやって良い点っていうのが必ずあって、それを
見いだせるかどうかっていうのが、重要なんじゃないかなって思ったわけ。
悪い点を見つけることっていうのはすごく簡単なんだけど
良い点を言えっていわれると見つけるのに四苦八苦する。
以前、アメリカで暮らしてた時に、ひどい人種差別にあったわけ。
日本人っていう以前に、アジア人っていうことだけで、殺されそうに
なったりね。そんな時に、ホームステイ先のおじいちゃんが
言った言葉があるんだ。
「いくら酷い悪口を言われようとも、その場では、そういうことを言った人
だけが愚か者であって、自分の愚かさをわざわざ言いふらしているような
というわけで、まあ、そういう経験があったんで、
「ももいろクローバーの世界」を知っている人からしたらso what?だから。
あと、ファンのストーカー化っていうのは別問題で
それはその人が悪い。
色々書いて長くなってしまったけど、「ももいろクローバーの世界」
が好きだからそこにいるだけで、嫌になったら帰って来るだろう。
なんか宗教みたいな世界だが、要は信じるか信じないかっていうことだと思う。
ちょっと長くなるけど、頭から説明するよ。
現在のジャニーズ事務所の業務形態、それと、「パトロン」と「プロデューサー」の違いについて。
覚束無い所は調べながら書いてるけど、アイドルビジネスには詳しくないから、細かい所は大目に見て欲しい。
強いていえばジャニーズの「パトロン」は所属アイドルのファン。
それぞれ細かく分けると別の事業をやってる。
各々に会社役員や雇われてるプロデューサーや、資金提供者=投資家がいる。
投資家とパトロンの違いは、投資することで利益を得るか、得ないかって所か。
ジャニーズの興業で利益が上がれば、提供した分の資金に配当金がプラスされて投資家に返る。
これで彼らは利益を得て生活している。
彼はプロデュース的な仕事も行っていた筈だし(現在は不明、ただプロデュース能力が無ければ、
少年野球チームをミュージカル俳優の事務所にはできないだろう)、
個人の資産を事業に組み込んでいるなら資産家としての側面もある。
ただ、これは有能な個人が複数の役割を兼ねているだけで、基本的には全て別の役割。
西洋には教会音楽、宮廷の音楽、世俗音楽ってのがあって、全部システムが違ったんだよ。
これらが相互に影響しあって発展したのがクラシック音楽の系譜。
近代以降、商業的な音楽が発展していくけれど、日本に輸入された音楽も、この系譜に連なっているし、
日本国内の商業音楽の現代のビジネスモデルはアメリカのショービズ界が原型だから、やっぱりここに繋がる。
教会音楽は文字通り宗教式典用の音楽だけど、音楽を理論家したのは教会だから、
「クラシック音楽」を作ったのは教会、とも言える。構造は「宗教だけに」非常に特殊。今は関係ないから割愛。
で、宮廷音楽。発生は貴族社会以後。近代以前の西洋社会ににおける「パトロン」は、王侯貴族の役割だった。
利益はあってもなくても気にしない。彼らの文化的な生活には豪華な家具やドレス同様、
オーダーメイドの音楽が必要だった。だから、庇護下の音楽家は、彼らの為に曲を書く。
クラシックだと、○○×世に捧ぐ、○○式典の~みたいな曲あるじゃん。ああいうの。
馬鹿みたいな金を使って作曲家や腕利きの演奏家を雇って、絢爛さを競った。
で、世俗の音楽。これも歴史は古いけれど、カヴァー範囲は非常に広いから色々省く。
キリスト教が弘まって以降、演劇の娯楽性と衆目を集める力から教会に弾圧されてたんだけど、
ルネサンス期にギリシア文化への回帰から戯曲や演劇が見直されるようになって、劇場なんかも建設されはじめた。
演劇は当初、貴族によって嗜まれるものだったんだけど、17世紀あたりから市民にも親しまれるようになる。
娯楽の少ない市民は劇場に通いつめた。劇場主・興行主は劇場を使って興行を行い、資金を稼いで循環させる。
彼らがプロデューサーの前身だ。オペラなんかはこのシステムの中で成長したし、現在のショービズの原型でもある。
このへんの歴史にはいわゆる流浪民やら乞食なんかの社会階層外の人々も大きく関与しているんだけど、
話がややこしくなるから省略して、外枠としては大体こんな感じかな。
アイドルビジネスは歴史的に見ればごくごく新しい+日本独自のカラーも強い形態だけど、
ジャニーズ事務所なんかは特に、元々アイドル事務所じゃなくてミュージカル俳優の事務所だったくらいだから、
(ジャニー喜多川はブロードウェイミュージカルに憧れて興行を始めたらしい)、
一応はこの興行の歴史の延長線上にある。もっとずっと、資本主義的に洗練されているけど。
片や、今はいわば文化事業とか王侯貴族の嗜みみたいな文化はほとんど存在しないから(しかも不景気だし)、
その為に、芸術家をいわば保護する「パトロン」は絶滅危惧種だろうね。
海外のblogで初音ミクについて熱い(長い)文章を書き込んでいるのを見かけたので試しに翻訳してみた。無断翻訳なので匿名で。urlは以下の通り。
http://deliciouscakeproject.wordpress.com/2010/09/20/hatsune-miku-and-the-magic-of-make-believe/
=====以下翻訳=====
そこにはバルトロメオ・クリストフォリって名前のすげえヤツがいた。こいつの得意技は楽器を作ることだった。何でも作ったわけじゃない。当時はひどく弱々しいちっこいもので、しょぼい羽柄が並んだ弦を引っかいて金属的なチャリチャリした音を出すもの、つまり鍵盤楽器を作っていた。いわゆる「バロック・ミュージック」ってヤツだ。クリストフォリが音楽技師として、また機械技師としてやったのは、弦を異なる強さで叩くハンマーを使った仕組みづくりで、それによって演奏家は小さい音(ピアノ)や大きな音(フォルテ)で演奏できるようになった。だもんで皆それをイタリア語でピアノフォルテと呼んだ。もちろん、今ではお前も俺もそして誰もがクリストフォリの発明品をピアノと呼んでいる。
イタリアはピアノを発明することによって、日本が初音ミクを発明するための扉を開いた。
***
俺は今、ここサン・フランシスコの150席しかない小さな映画館で、秋のアイドル公演を待っている。チケットが完売した「39[ミク][[Sankyu!]] Giving Day」コンサートの上演を見るために、愚かな時間の無駄遣いをする連中が集まっている。コンサートじゃ電子的に創造されたポップアイドルつまり緑の髪をした女神が、ゼップ東京のコンサート会場で生演奏するバンドにあわせて踊り歌っている様子がスクリーンに映し出されている。それはまるで、一部はライブなんだが、本当はそうではなく、「本物」のボーカロイド・コンサートでお目にかかれるのに近いものだった。言ってみればゴリラズを見に行くのとそれほど違いはない。伴奏は本物のミュージシャンが作り出しているが、客が見ているのはいわば巧妙なごまかしの表層であり、音楽に命を持たせるために使われる動くペルソナだ。これがミクの魔法である。それは見せかけの魔法だ。
***
クリストフォリがピアノを発明した頃、J・S・バッハは平均律クラヴィーア曲集を書いた。そこでは要するに鍵盤楽器の各音程間で一通り数学的な調整をすれば、突然どのような調号でも十分演奏できるようになるということが言われている。言い換えれば、何か妙なことをしようとした際にいつも調子はずれの音を出すのではなく、初心者から中級までのピアノの生徒がやらかす糞を抑えるような5フラットとか7シャープとかそういったことが完全にできるようになる。これによって18世紀の鍵盤楽器は初めて、いちいちくそったれな調律をしなおすことなく新しい楽想を試すことができる原始的なワークステーションとなった。
数十年後、ようやくピアノの価格が下がり十分なほど生産できるようになったことで、それは非常識なほどの大金持ちだけの特別な楽器ではなくなった。代わりにそれは有名な王族たちのような常識的な程度の金持ちが購入できるものとなり、彼らは好んで地元の作曲家を雇い自分たち(とその客)を楽しませるために音楽を書かせた。こうした作曲家の一人があのヴォルフガング・A・モーツァルトであり、彼の特別な才能は主に下ネタと女性の音楽生徒に対する性欲の面で発揮された。もちろん鍵盤楽器からふざけた音を引き出す才能もあり、その短い人生の間にモーツァルトは最も好きな楽器をピアノに決定した。彼が書いた27のピアノ協奏曲(本当に素晴らしいのは最後の10曲ほど。アニメのシリーズのようにモーツァルトのレパートリーは後半になるほど良くなった)は、単に協奏曲の形態にとって画期的な礎石となっただけでなく、ピアノ音楽の基礎を築いた。モーツァルトの協奏曲はこう言っているようなものだ。「これこそピアノにできることだ! ピアノだけでなく、オーケストラと一緒でもいい! まさか今更ハープシコードに戻ろうってんじゃなかろうな?!」
モーツァルトより後の時代の人間は皆彼に同意した。ひとたび音量の大小を調整できる鍵盤楽器を手に入れてしまえば、弱々しいチャリチャリした機械になぞ戻れっこない。これが230年ほど前の出来事だ。ミクへの道は一日にして成らず。
***
ミクの公演にやって来たファンの男女はいろんな連中の寄せ集めだ。彼らの5分の1ほどは当然ながらボーカロイドのコスプレをしている。何人かはケミカルライトまで持ち込んでいる。コンサートは全長1080ピクセルの巨大なスクリーンで始まり、全劇場用サウンド・システムが炸裂し、観衆は最初はためらいがちに見ていたが、最初のいくつかの歌の後は雰囲気が盛り上がってきた。彼らはスクリーンの中の群衆と一緒にリズムに合わせてケミカルライトを振り、曲が変わると歓声を上げ、各ナンバーが終わると拍手をした。単なる録音と録画じゃねえか、などというたわ言は知ったこっちゃない。理論的にはゼップ東京の群衆だって同じように録画を見ていたんだ。本当に「ライブ」で演奏される音楽など、現代においてはクラシックのオーケストラと民族音楽の演奏くらいしかないし、それにシンフォニー・ホールですら今日ではマイクが使われている。誰もが電子的な助けを借りて音楽を聴いている。ひとたび電子機器を楽器として受け入れることを覚えてしまえば、ミクを愛するのは簡単だ。彼女がモーツァルトの魔笛のアリアを歌っている動画を聞いてみよう。
http://www.youtube.com/watch?v=gr9fbQzNpqA
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19世紀欧州で、もしお前がピアノの演奏ができない作曲家だったとしたら、お前は存在していなかっただろう。それはもはや単に大小の音量で演奏できる楽器にとどまらず、巨大な和音構造物であり、多音パッセージワークであり、一人の演奏家の手で「あらゆる音符を見ることができる」ものとなっていた。もしピアノがなければきっと「2人のバイオリニストとビオラ及びチェロ奏者各1人をかき集めて旋律が上手く行くかどうか調べにゃならん」てなことが起きていただろう。そしてもちろんチェリストは、ある音符について「どぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅん」と演奏するようお前が何度も何度も何度もお願いするのにうんざりして1時間後にはそこを立ち去ったことだろう。
少なくともピアノがあれば、お前の小さな指以外に迷惑をかけることなく「どぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅん」とやることができる。
かくして1800年代においてピアノは中心的な作曲道具となった。そして同時に社会の中産階級が暇と屑な時間を持つところまで進化し、そしてもし彼らがスポーツやゲームを発明しなければ、彼らは音楽その他を演奏したいと望み、そんでもって家に持ち込むためピアノを注文できるようになった。欧州だけでなく日本でも、少なくともウィリアム・ペリーが彼らを開国して西洋化が始まった後には、同じことが生じた。基本的にピアノは文明化の証と見なされ、そして有名な山葉寅楠ってヤツがイケてる連中のため日本製ピアノを作り始めた。
19世紀末と20世紀は音楽制作にとって黄金時代だった。楽譜を買って他人の歌を演奏する方法で「音楽を作る」こともできたし、あるいは作曲と理論について十分に学び自分の曲を創造するというやり方で「音楽を作る」こともできた。そうした取り組みの多くはピアノの周辺で起きた。ピアニストが力を得た。鍵盤があれば、お前はスターになることができた。
そして、とんでもないことが起きた。
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ミクだけじゃない。巡音ルカとリンとレンも公演に出てきたぜ! 全ボーカロイドのパーティだ。彼らの異なる声質と、ミクと組む様々なやり方は、見事な音の見本集になっている。他のキャラクターが登場するのを見た観客たちは熱狂している。異なるシンセサイザー・プログラムのマスコットに過ぎないにもかかわらず、彼らはまるで我々の友であり家族であるかのようだ。ようつべとニコ動を使って彼らを我が家へ招待しよう。彼らの声を我らの生活のサントラにしよう。電子的に作られたアニメキャラが本当のミュージシャンになれるのかって? おk、ならお前に聞いてみよう。魂のない箱がお前の周囲の空気を震わせているけど、それは本当の音楽なのかい?
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それこそが実際に起きたとんでもないことだ。録音された音楽。録音された音楽こそ、音楽史の中で起きた最悪の出来事だ。
ひとたび蓄音機を、ラジオを、レコードプレイヤーを、カセットプレイヤーを、CDプレイヤーを持ってしまえば、音楽を楽しむのに「音楽を作る」必要はない。コンサートホールのチケットを手に入れる必要もない。単に座って、電気を使った箱にお前を楽しませればいい。ピアノは専門家のための道具に成り下がった。それは淑女が結婚に必要な才能を覚えるためのものに、あるいは子供が(1)それを憎んでいることに気づく(2)両親が子供に才能があることに気づいてプレッシャーを積み上げ始める――まで稽古を受けるものとなった。もし(2)の現象が起きたなら、最後にはピアノを本当の演奏楽器あるいは作曲用の道具として使うようになるだろう。しかしそれはもはや「音楽制作」の中心にはない。
さらに悪いことにロックがギターをポピュラーにしてしまった。ギターが人気になり、ピアノは役立たずとなった。お前が鍵盤楽器を学ぶのは、ビートルズにしてくれるものを持てずバッハやベートーベンにしがみつくしかないある種の意気地なしだからだ。誰が決めたルールか知らねえが最低だ。10代のころ、俺はピアノを使ってランキング上位40の曲を弾けたおかげで女の子たちに「いくらか」いい印象を与えられた。けど、結局はクラスの野郎どものうちその曲をギターで弾けるヤツがいつも勝ちやがった。くそったれ。
だがここで思い出してくれ。俺は、イタリアがピアノを発明したことが日本の初音ミク発明への扉を開いたと言ってきただろ? ピアノは21世紀に飛び込むときに今一度変革に見舞われたんだ。
http://www.youtube.com/watch?v=-7EAQJStWso
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もし音楽を生み出す小さな電気の箱が「本物」であるなら、録音済みのコンサートに向かって「アンコール! アンコール! アンコール!」と叫ぶのは極めて正常だ。その音楽はお前を感動させたんじゃないのか? もっと聞きたいと思わないのか? というわけで映画館の観衆はもっともっとと叫び、そして彼らはアンコールを聞けることが分かっていた。なぜならそういう風に録音されていたから。ミクが公演を終わらせるため最後の舞台に出てきた時、もう一度鑑賞力のある人々から歓声が上がった。それは人工的なものだが、とことん楽しむため我々はそれを本物だと見なした。まるでドン・コッブが[ネタバレ注意!!]インセプションのラストで回転するコマから歩み去るかのように。ミクは夢のような存在だ。サウンド・エンジニアとCGアーティストと音楽家が作り上げた美しい夢であり、決して卒業することも年を取ることもスキャンダルを起こすことも業界から追放されることも惑星上から姿を消すこともない完璧なアイドルだ。彼女は実際、いくつもの「映像」を持っている。我々は皆、この音楽的見せかけの共犯者だ。過去の聴衆がモーツァルトのオペラを、ガーシュウィンのミュージカルを、あるいはかのすさまじいレ・ミゼラブルを本物であると信じたように。我々は十分深く信じられるようになるまで偽りの世界を本物だと信じるふりをする。その世界を感じるまで、見せかけの魔法を感じられるようになるまで。
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真空管からトランジスタを経て迷宮のような電子回路まで。もしピアノの鍵盤が「あらゆる音符を見る」ことのできるインターフェイスだとしたら、それは作曲家に最も未来を感じさせるインターフェイスだ。そして我々にはシンセサイザー・キーボードとMIDIコントローラーとワークステーションの世界が与えられており、そこでは遂にピアノが単なる「楽想を試す場所」から超越した。ちょっとした波形の調整によって、ハンマーと弦の機構に制限されることなくこれらの楽想を正確に響かせることができる。新しい音を作り上げることもできる。楽想の断片を記録し、他の楽想をその上に並べて電子キーボードを個人的な架空のオーケストラに仕立てることもできる。ピアノはピアノを超えた。それは作曲家の手の延長どころか、作曲家の心の延長となったのだ。
一つだけ欠けているものがあった。声だ。
そして、ご存知の通り、日本は日本であり、彼らはやってのけた。彼らは人工物を誰よりも巧みに操った。彼らは本物の料理だと見栄えが悪くなるからという理由でプラスチック製の小さな食品サンプルを作った。本物の労働者は間違いを犯しがちだから製造ライン用のロボットを作った。本物の音楽家を家に入れるのは大変だから編曲家のために電子キーボードを作った。そして、人間の声を合成する技術が十分に発達した時、そしてそれが人工音声のためのペルソナを創造するというアイデアと衝突した時、ミクが見せかけの音楽における21世紀のスーパースターになるのは当然のことだった。
中にはボーカロイドというアイデアが音楽家の全てを破壊するという人もいるだろう。全ての仕事をソフトウエアがやってくれるのに、誰が人間を必要とするんだ? 俺が思うに、ボーカロイドってのは偉大なる民主化の旗手であり、音楽家のために沢山の扉を開いてくれるカギなんだ。過去において、もしお前が作曲家、編曲家あるいはプロデューサーになりたければ、まず自分の曲を書いてそれから演奏家を探し見つけ出すしかなかった。何しろお前の傑作に生命を吹き込みたければ、5人編成のバンド、20人編成のオーケストラ、そして3オクターブ半の音域を持つ歌い手がいないとどうしようもなかったのだから。マジ悲惨。だがミクがいれば誰もが作曲家になれる。誰もが自宅のスタジオで曲を作り、正しい機材があれば、電子機器を使った完全なポピュラーソングを生み出せる。ボーカロイドは音楽家の仕事を奪うわけじゃない。それまでミュージシャンには決してなれないと思っていた人々の中からミュージシャンを作り出すんだ。動画投稿サイトで毎日そうしたことが起こっているし、こうしたコンサートではそれまで決して聞いたことのないような人々が突然電子王国の宮廷音楽家になれる。非常識なほどの大金持ちだった王家の人々の手にあった手製の楽器から、平民たちの手に握られた緑の髪の女神へ。それがこの大きな3世紀の違いだ。
何であれ多くの人々が音楽を作ることは、単に大人しく聞いているだけよりもいいことだと俺は信じる。俺は魔法を、ボーカロイドを、ミクを信じている。
=====以上翻訳終了=====
誤訳は当然あると思う。でも面倒なので修正はしない。
話聞いてくれる友達いないのでここに書きます。
舞台って会場借りるのとかセットとか作るのとか初期投資にお金がかかって、それを回収するには公演日数をある程度かけて、観客呼ばなきゃいけないけど、最近のプチ演劇ブームで人は分散して集まりづらい。
だからニコ動で有料中継すれば、遠方の人でもみれるし、ニコ動の名前とテニミュの創設者が関わってるといえば、みんな財布の紐が緩くなるだろう、そんなコンセプトの舞台です
この舞台については色々とお話したいことがあって、例えばファーストフードショップかどこかで繰り広げられた「あの子ニコミュの声かけられてるらしいよ。」「マジで、じゃあ当分連絡するのはやめようぜ」という会話から妄想できる、どこにでもある嫉妬と足のひっぱりあいの話や、ニコニコの歌い手を応援してる人達って、応援している人がプロになったらきっとあなた達のこと忘れてあなた達の財布のことしか思い出せなくなるのにどうして応援できるんだろう、という話や、オーディションって最初は清廉潔白だけど、5年もすると人間は理想忘れて、枕やコネが出るよねっていう話とかもしたいんだけど、それはまた別の機会で、今日はプロデューサーの話をしたいです。
このニコミュのプロデューサーが自分のブログで色んな舞台のことをdisってます。
別にそれは良いんだ。わたしも大人だ。大人になっても他人を貶めたて自分を飾り立てたい人間の気持ち、わからないでもないです。
でも、数ヵ月後ニコミュが成功して、ほらっ、他のやつは無能で、俺は有能っていう気持ちをいう光景を勝手に妄想したら、なんか駄目だと思っちゃいました。
プロデューサーの仕事はいくつもあるけど、大事な仕事のひとつは金を稼ぐことで。
最終的に赤字しか出せないやつは、どんなに面白いものを作っても評価されるべきではないし、アマチュア学生劇団の制作でもやってろ、とか思ってしまいます。
ニコミュについて、色んな情報を総合すると、この赤字の分岐点が他の舞台と違いかなり甘い気がするんです。私は単なるスーパーのレジ打ちなので、詳しい数字なんてわからないんだけど、どう考えても、本来他の舞台では負担している本社固定費用が費用計上されないで計画されているような気がするんです。
これはIT企業によくある初期投資は手厚くするとか色んな特殊要因が絡んでいるのもわかってますし。そういう環境を作るのも大人のいう実力なんでしょうし。
でも、もし、他の人とそもそものスタートラインが違う、勝利条件が緩いってことにはかわりがないっていうのなら、そういうのを誰も知らないことをいいことに口を噤んで、俺は成功した他の奴等は無能っていうのはちょっと違う気がするんです。
だって、そもそも成功条件が他より簡単なら成功して当然でしょ。
どうせなら、金をもってるバックをつけられない奴が悪い、無能と言って欲しい。要領がいいことも実力のうちって言って欲しい。色んな人間騙せるのも実力って言って欲しいです。
もうひとつ納得がいかなくて、ずるいと思ってしまうことをひとつ。
ニコミュで現在発表されている3つの舞台のうち、2つはこのプロデューサーが元役員をやっていた会社で作られてものをもとに作られてます。
その会社では、ちょっと前まで自社のコンテンツの派生商品で儲けると株主総会で言ってたにも関わらず、いつのまにかニコミュという他の会社で儲けられているということになっていて。
なんか、変。でも、大人の世界ってそんなものかもしれないと思ってました。
でも、元の会社を辞めたにも関わらず、いまだに元の会社の人気舞台のプロデューサーの役職にはついていて、その人気舞台で生まれている目にはみえない色んな財産や特権をニコミュに活かしているのは、なんかずるすぎます。
元の会社からみれば、財産の流出であり、会社法でいえば利益相反行為にあたるおそれがあります。元会社は株主総会の質疑応答で弾劾されてもおかしくないですし、そのあたりは日の光のもとで問題ないか議論されるべきです。
でも、誰もそんなことしませんし。調べないとわかんないし、そんなことをしてもお金にならないし、みんな余裕ないですしね。
きっと法律違反の恐れがあることをやるのも、大人の実力なんでしょう。だったら、きちんと言えばいいのに。客は面白いものさえ作れば、法律違反とか気にしない豚だ。グレーゾーンが一番儲かる。それがわからない他のプロデューサは馬鹿だ、くらいに自信満々に開き直ればいいのに。
まあ、きっと株主総会で問題になっても株主全員の同意がある自信があるんでしょう、それだったら問題ないみたいですし。
わたしは何を書いているんだろう。
わたしは何を言いたいんだろう。
きっと今の世の中のキラキラしているもの全てが嫌で
友達です、僕らは仲間です的なCMを流して財布から金を掠め取ってく企業が嫌で
きっとこの文章を書いても、どこにも届かずロゴの底に沈んでいくのがわかっていて
それでも書いた自分が嫌なんだと思います
読んでくださってありがとうございました
13歳
しかし実際は養成所に通わせられる、資金集めの為の勧誘だった。
14歳
伯父さんの家から養成所の寮に移る。
中学に通いながらレッスンの日々。
15歳
セイントフォーの妹分として前座で歌うなどする。
実家を出る時はオーディションから即デビューと家族には言っていたのだが。
16歳
17歳
セイントフォー解散。人間関係のゴタゴタも絡み実家に連絡すると、
実は両親が今まで大金を払わされていたことを知らされ、愕然となる。
18歳
石井光三オフィスに所属し、石井社長と「ねぇお父さん」デュエット発表
この曲を桂三枝・西川きよし・桂文珍・笑福亭仁鶴らと一緒に歌う経験も。
19歳
一人暮しを始め、高校通いながら社員食堂のウェイトレスをする。
宮内タカユキ氏の仕事についていった「宇宙英雄物語」の収録現場で声優体験。
20歳
カゴメ劇場のミュージカル出演はじめる(カゴメ劇場の先輩は篠原恵美)。
レコード会社にデモテープを送ったりしだす。仮歌やコーラスの仕事。
子供用のCM仮歌を幼な声で吹きこむと、スポンサーが「この人でイイです」。
用意される筈の子役から仕事を奪ってしまう。岩男の年齢知って先方ビックリ
21歳
この頃、セイントフォーのメンバーが週刊誌写真集でヌードになる。
岩男のところにも話が持ちかけられる
「有名になりたいんでしょ?芸能界でガンバッてるとこ見せたほうが良いよ」
有名になりたいわけではなく歌手になりたいだけそれだけは譲れない、と固辞。
「君も脱ぐんでしょ?」「いつ脱ぐの?」
社会の周りの男性の視線から男性不信症になり、ストッキング屋へ職場を替える。。
土・日は子供ショーの司会のお姉さんとして各地のデパートを回る。
22歳
NHK教育の理科の番組で一年間レギュラーを務める(先代お姉さんは渕崎ゆり子)
童謡歌手としてビクターなど多数の童謡CDで歌をたくさん歌う。
田中星児や赤坂東児などと仕事を重ねる。しばらく童謡歌手が肩書となる。
23歳
上京から10年経っていた。これに落ちたら実家に帰ろうと支度していたら朗報が。
ミュージカルやいろんなステージでの共演者に81の人が多かった縁で。
24歳
モンタナジョーンズのメリッサ役でデビューし、以後ここからが声優スタート。
そして現在
http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20100824/enn1008241548008-n2.htm
http://d.hatena.ne.jp/chanm/20091024/1256409168
で、
>平田 そういうおもしろい授業をたくさん受けて大学に来る子達。
>例えばミュージカルを観たり、美術展を観たり、海外に留学していたり、
>親の趣味もあるけれども、いろんな豊かな教育を受けて東大に来る子達と、
>単位未履修で世界史も知らないで、とにかく受験の科目しか勉強してこないで、
>脇目も振らずに東大に来た子達、特に女子の場合に、やっぱり文字通りの
>カルチャーショックを受けて、不登校になっちゃう子もいるんです。
>文化の格差がものすごいから、その地域間格差が、今、大学生達を苦しめているんですね。
>佐々木 でも、子どもが自分で「やっぱりミュージカルを観なくちゃ」とか、
>なかなか思えないから、親というか、家庭環境がものすごく大切だということですね。
>でも、それこそ格差というか、どう子どもを育てるか、どのくらい重層的な、
>多角的な生活をするかっていう親の生活価値に関係してくる。
とあるが、実際に首都圏3,500万人の中で、東京のさまざまな文化イベントを
貪欲に参加しまくっている人が、どれだけあるのか?
確かに東京の豊富な美術館とか博物館、演劇とかミュージカルの多さは
「好きな人にはたまらない」だろう。
しかし、首都圏3,500万人のうち、例えばミュージカルに関心がある人は1%で、
残り99%にとっては「どうでもいい話」である。
※1%と言っても35万人もいるから、市場として成立するには充分な数であるが。
確か森ビル系の研究機関が、「東京人は他都市と比べて美術館に行く頻度が少ない」と
嘆いていたが、これって「二極分化」しているんじゃないか?
美術に興味がある1%だか10%だかは年に何回も行くが、興味がない90%だか99%だかは、
全く行った事がないのである。
で、ミュージカルに興味がある人にとっては、逆にスポーツイベントなんかは興味がなかったりする。
ミュージカルにも興味がある、スポーツにも興味がある、美術にも興味がある、という
マルチな人は、3,500万人の中で、1万人もいるかどうか。
要は、「東京は文化イベントが豊富でスゴイ」というのは、確かに事実ではあるのだが、
「殆どの人は文化イベントの多さを使いこなしていない」のも事実である。
しかし、「文化イベントの多さに起因するマイナス面」というのもあって、
このマイナス面は、文化イベントを使いこなしていない人にも、平等に降りかかる。
その典型例が渋滞や混雑である。
まさに「文化イベントが多すぎて、消化不良を起こしている」ことを都民が肌で感じていて、
「これ以上文化イベントが増えると、都市にもマイナス」と判断したからだろう。
実際、知事肝いりで始まった「東京マラソン」は、都市機能を低下させている。
「多すぎることの弊害」にも目を向けるべきだし、
「一定水準以上多くなっても、イベントを消費する側(首都圏住民)の時間が有限で消化しきれない以上、
あまり意味がない」のである。
揮発油税を財源とする道路予算は、本来の道路を作る為では、もはや余ってしまう状態になっていった。道路族が道路を作っていたのは、高度成長期の初めの内だけであり、田中角栄が逮捕されて政治の世界から姿を消して以後の道路族は、道路を作りかけのままで放置させておく事で票を集めるようになっていた。道路を完成させてしまうと票が逃げるし、道路を作ろうとしても、道路用地の強制立ち退きは出来ず、市街化調整区域として線を引き、その線にかかる家屋は新築できないという規制をかけていたが、リフォームという裏技が出てきて、実質的には建て替えなのに、リフォーム扱いにされてしまうと、いつまでたっても家がなくならない。放火は罪が重く、火付けで無理やり地上げするという胆の据わった地上げ屋は、さすがにいない。
結果的に、道路予算をもてあました国土交通省は、その予算で、職員用宿舎を建設したり、職員旅行の費用を賄ったり、レクリエーション用の道具や遊び疲れた時の為のマッサージチェアを買い、それでも使い切れないという事で、道路建設を正当化する内容のミュージカルを公演してみたり、新都市交通システムという名目でモノレールを建設したり、開かずの踏切を無くす為に鉄道会社にお金を渡していたり、タクシー・バスレーンの新設ということで、駅前の一等地を地上げして買い取り、立ち退かせた店舗等を収容する再開発事業にお金をつけるという事を行っている。
つまり、揮発油税の無駄遣いが発生しているのに、高速道路の赤字は増えるばかりとなっていたのである。
使い切れないほど余っているのであれば、値下げするべきというのが、揮発油税の暫定税率分の徴収を一ヶ月間だけストップさせた(2008.4.1~2008.4.30)、野党としての民主党であった。徴収の根拠となる租税特別措置法案は、結局、道路族の圧力によって、衆議院の3分の2を持っていた自民党福田内閣によって4月30日に採決され、暫定税率分の徴収は翌5月1日より再開された。
福田内閣は、道路族の圧力に抗しえず、8月2日に辞任に追い込まれ、道路族の傀儡である麻生内閣へと代わったのであった。
一ヶ月間だけの価格の変動という結果になったが、それでも、批判が集まったことから、道路財源の無駄遣いは減り、道路を作る為に使わなければならないがその道路を作れる場所が無いくらいに、道路は作りすぎているという事で、道路財源の使い道を、ETC利用者に限定した高速道路の値下げに使うようになっている。
しかし、道路財源の辻褄は、高速道路値下げ補填程度では間に合わないであろう。一般財源化がされていることから、一般財源に投入して使ってしまう事も出来なくは無い。ばら撒きの財源を必要としている民主党が、道理を通せるかどうかという試金石となるであろう。道路予算は道路の為に使うべきであり、ETCを使った限定割引のような無駄な事を続けるべきではないし、僻地の道路から順番になどという姑息な事も、やるべきではない。割引が適用される日に交通が集中するから渋滞になるのであって、課金自体が消滅すれば、曜日による集中はレジャーシーズンだけとなるし、高速道路と一般道路との区別が消失することから、それぞれの区間ごとに、空いている道を選んで利用するようになるだけである。ETCによる割引では、高速道路に乗り降りするごとに課金される為に、高速道路に乗ったら目的地まで降りずに走る事になり、渋滞が発生しやすくなっているのである。カーナビで迂回路を探せても、渋滞情報で空いている事がわかっていても、料金制度によって、渋滞しているとわかっている所に突っ込んでいかなければならないのである。
高速道路が道路財源で運用される国道化されてしまうと、大口の広告主であった鉄道や航空は打撃を受けるという事で、広告代理店から世論操作を請け負った業者が、一斉に、高速道路無料化反対の主張を並べ始めている。道路財源の無駄遣いに触れない主張ばかりという偏りが出てしまっているので、世論操作の手段としては、下手な方といえる。パブリックコメントにコメントスクラムをかけるのを請け負うよりは、発言者の身元を明らかにする必要が無い事から、やりやすかったので、やりすぎてしまったのであろう。
http://www11.ocn.ne.jp/~ques/diary/diary.html [2009.9.16]
ミュージカルを観てきた。
普段こういうのを観ない人なので、どんなモンなのかとお試し的な感覚で臨んだものの、かなり楽しめた。
で、最後にカーテンコールがあるわけだけど、お客さんの拍手が鳴り止まないこともあってか、何回も何回もカーテンコールが続くわけ。
で、で、最初は良かったんだけれど、出演者の満面の笑みを見せ付けられるウチに、何でこっちが高いカネ払って観に来てんのに、アンタらの自己実現のお手伝いをしなきゃなんないのさ、みたいな邪悪な感情が沸いてきて、さっきまでの感動がさめちゃった。
もう何か、自分の心が貧しいのが恥ずかしいやら何とやらなんですが、でも、ミュージカルなんて観る心の余裕すらない人だったら、こう感じる人も少なくないんじゃないか?、と。
幸い、多くの観客(特に女性)は精一杯のエールをステージに向けて送っていて、帰り道でも幸せそうな顔をしている人が大多数だったので、妙にホッとしてしまったが、これはみんな普段の生活でも幸せだからこそ、他人の幸せを純粋に楽しめたり、幸せのシェアリングを抵抗なく受け入れられる証なのではないか?
格差社会やら何やらで幸せを楽しむ余裕がない人が増えてしまうと、結果としてこの種のエンターテイメントが成り立ちにくくなってしまうのかもね。
http://anond.hatelabo.jp/20090712083333
元増田が非モテなのは、ほかのどんな理由も関係なく(というか、その程度の理由なら、気にしない女性もいるでしょう)、女性を人格をもった一人の人間として扱わないからです。
「出会う時期」は誰にも選べません。ミュージカルの「青い鳥」を見たことがありますか? 生まれる前の国で恋人同士が「生まれる時期がずれるので、現世では出会えないかも知れないの」と嘆いていたりします。
もしかすると、元増田の相手は、今生まれるところなのかも知れません。元増田と出会うまでに、あと25年かかるかも知れません。そのとき、元増田は何歳でしょう? 40歳? 50歳? 50歳の元増田に25歳の女性が告白したとして、彼女が本気ではないと決め付けられる、どんな理由があるでしょう。
42歳にして、初めて、愛してくれる女性と出会ったからといって、なぜ疑う必要があるのでしょうか。
金目当てだって構わないではないですか。それもまた、元増田の魅力の一つなのですから。
2.重要な役割なのでプレッシャーが高く、また練習のために放課後長時間拘束されるのを嫌がって誰もやりたがらなかったが、内向的だったピアノ未経験の女子生徒が立候補。
1のレベルにもよるけどここでいきなり難易度アップ?
あれ?2と矛盾してないか?長時間拘束されるのが嫌なやつばっかりだったんだろ?それが何ゆえクラス一丸となるのやら。
やっぱり合唱?寸劇?
それは、クラスではさほど社交的ではなかったとある男子生徒(同窓会には欠席)が、幼稚園時代からピアノの英才教育を受けて現在はプロとして海外で活躍中だということが、海外赴任から一時帰国したクラスメートによって報告されたことに端を発する。高校卒業直後にどこかのコンクールに参加し、そのままやたらと長い名前の欧州の楽団にスカウトされたとか何とか。彼女が持ってきたパンフレットや現地の雑誌には、彼の来歴は確かにそう記載されてあった。
ピアニストが楽団にスカウトされるって何それ?クラシックじゃないんだね、きっと。
しかも同級生の海外赴任先で発覚って、発見した同級生はよっぽど音楽好きだったんだね。
今時こんなことを考えている集団が存在することが驚きだ。ルーキーズか?ゴクセンか?
自分たちは高校の文化祭の、しかも3年生の、しかもクラスの出し物にこんなエネルギーは使わなかったよ。
なので、帰宅部な連中も含めてクラスの出し物は分担してさくさくとクールに済ましてたな。もちろんここぞと働く帰宅部もいたけどな。
なんで、そのピアにスティックな彼がクールにやり過ごしてたとしても、全然不思議に思わないなぁ。
ましてや高校の同窓会ってなにそれ?群れない俺は一度も行ったことがないわ。会いたい奴もいないしなあ。
まあ、良い思い出が崩れて残念なことでした。これを機会に、青臭い話は終わりにして、大人になろうじゃないか。
蛇足だけど。
これ書いた人と同じ人なんじゃあるまいか。→http://anond.hatelabo.jp/20090408121545のキメ台詞
今回のキメ台詞
当時あの高校の敷地内が全てだった俺達の価値観を、なんだか最悪のタイミングで彼に否定されたようで、俺はその夜まんじりともしなかった。
なんだかメンタリティが同じだよな。
人の一生をフィルムに写し取ること、を目指したのかな。フォレストガンプが好きな人はいいかも、って聞いて見たんだけど、まあまあ面白かった。主役級二人の年代ごとのメイクが見所。長いわりにさらっとした感触。冒頭の戦争の描写がけっこうブラックで印象に残った。
ミュージカル映画。いやあ爽やか。つーか主人公の友達二人がいい味出し過ぎててわろてしまう。アンコールも満足感高い。うん、いい映画だよ。ところどころ「ああミュージカルだなぁやっぱり」と引っかかりも覚えるけど、ミュージカルから入るマニアックなお客さんのためなんだろうと思って流す。ことにしてそれを差し引いてもいい映画。
DVD。パンこえーよ。パパこえぇーよ。果てしない物語的なものを期待して見たら、なにこのごっつい悲惨な物語は。いや面白いよ、すげー面白い。CGや特殊メイクの完成度、ストーリー展開の巧みさ、伏線の回収、全てが素晴らしい。けどスゲー凹む。ファンタジーは現実を写し取るための道具であって現実逃避のための道具じゃねーよって言われた気分、なのかな。いや、現実逃避のための道具にしている嫌な自分を写し取られた気分なのか。よくわかんねーけど面白くてスゲー凹みました。
DVD。もっと毒が欲しいな。毒が足りない。いい人になっちゃった理由がわかんねー。
直訳すると取り替え子。スピリチュアル的なものを想像しながら見たらガチ社会派映画だったでござる。いや面白いよ。なんつーかな、見たばかりだからうまく言葉にできない、のであとで追記するかも知れん。
松山ケンイチと椎名桔平の顔芸が楽しめるいいドラマ、だったのですが最終回がなんつーか。evaの最終回と比較する向きがあるようですが、何つーかね、幸せ家族ドラマ幻想挟むスタイルは「幸せ家族ドラマも見たかったよ」と思わせなければ失敗だよね。eva最終回は「学園evaも見たかったなぁ」と思わせる魅力を表現できたからよかったんだと思うんだよね。これはなんつーか。うーん。松山ケンイチの顔芸もイマイチ立ってない気がした最終回。やっぱり打ち切りなんですかね。
定番と言っても良いほどの作品なんで、詳細解説とかあると思うけど
あえて何も調べずに見てきた感じ+パンフの情報だけで俺が考えた解説を書いてみる。
メインが歌+踊りのミュージカルなんであんま意味無いと思うけど
滅茶苦茶ネタバレするので、未見の人でネタバレ嫌な人はスルーしてちょ。
あまりに有名なミュージカルだけど、とりあえず一応あらすじ、
自由奔放なジェリクルキャッツたちが年に一度、一夜のジェリクル舞踏祭に集い、歌い、舞い、
たった一匹、天上の空へ送られ新たな命を授かる猫を選ぶお話。
パンフのあらすじ見た時点で気付くべきだった。
歌は楽しく、踊りは激しく、楽しいお祭とそこで起こるちょっとした事件を観客は猫たちと一緒に体験する。
そして、舞踏祭の最後、夜明けの直前に、天上行きへ選ばれたグリザベラをみんなで見送る。
だけど、ここでちょっとした違和感を感じたわけさ。
だって、グリザベラは舞踏会にほとんど参加していない。天上へ行くために選ばれる資格とはなんなのか?
天上へ行くことで、ジェリクルキャッツは新たな命を得ると言う。
グリザベラが選ばれたのは、単なる憐れみからなのか?違う。
天上へ行くためには、現世に対する失望と絶望、そして孤独が必要だからなのではないか。
天上へ行くための選考されていたのは、章に名前が取られている猫たちであろうと推測する。
ジェニエニドッツは猫としては致命的なほど、でっぷりとして動けない。友達と言えばねずみとゴキブリだけだ。
だが、彼女には大切な友達だ。
ラム・タム・タガーは突っ張りすぎていて周囲に本当の意味で溶け込むことができないでいる。
だが、彼を慕う雌猫たちはたくさん居る。
バストファージョーンズは権力者だが、上り詰めたものの宿命か誰も彼の権力を抜きにして接してくれない。
だが、権力者一流の不感症からか、彼自身それに気付かない。
マンゴジェリーとランペルティーザは小悪党として生きていくことしか出来ない二人組。
だが、お互いを伴侶として生きている。
オールドデュトロノミーは見送る役目なので、その時点で天上への道は閉ざされている。
だが、彼はバストファージョーンズとは違い真の意味での信頼を得ることが出来ても居る。
アスパラガスは自分の過去の輝きが強すぎて、いまの世のありようを罵ることしか出来ない老人だ。
だが、彼の話をみんなは聞いてくれる。
グロールタイガーはそもそも死んでいる。
スキンブルシャンクスは車掌として終わることの無い仕事を続けなければならない。機関車も壊れるし。
マキャヴィティの絶望(※1)はオールドデュトロノミーを殺してしまう(※2)。
ミストフェリーズはオールドデュトロノミーを復活させるほどの大魔術師だが、誰にも理解されない。
だが、彼の魔力を誰もが尊敬し、一目置いている(※3)。
章の名を冠する猫たちは、こんな連中だ。
字面にすると決して楽しいと言える内容ではない。つーか一部は不幸自慢大会のようにも見える。
だがしかし、彼らは誇り高く生きている。
皆と踊ることが出来るし、皆と歌うことだって出来る。
だが、グリザベラにはそれが許されない。
彼女はもう美しくなく、ずたぼろで、受け入れてくれる者は誰も無い。
舞踏会に参加しようとしても、他の猫に執拗と言っても差し支えないほどに拒絶される。
一度も踊ることはできないし、ぼろぼろの彼女にはそもそも踊ることすらできない。
見せ場は、ただただ過去の楽しい思い出を悲しくも美しく歌う、「メモリー」だけだ。
絶望自慢大会たるジェリクル舞踏会へ参加することすら許されないがゆえに、グリザベラが逝く先は天上しか残されていない。
他の猫は、舞踏会が終わり、誰が選ばれるかを待ち受けていた、その一瞬の間隙へ差し込まれた
「メモリー」によってはじめてそのことに気が付いたのだ。
最も深い絶望に居た彼女だからこそ、天上へ上ることで新たな命を受けることを許された。
誇り高きものですら絶望深いこの世界で、真の救いとは天上へ上ること(=新しい命を受けること)であり、
その資格はそのことがわかっている者同士の間にすらも入っていくことが出来なかった者に与えられた。
そうして、舞踏会は終わり、また新しい朝が来る。
長々と書かずに「実にキリスト教的世界観でしたね!」とか言えば済んだんじゃねーかとか思いましたが。
まぁそんなことより常に避けられる身としては猫とうまくやっていける方法を知れたのが良かったです。感想一行かよ俺。
でも仲良くなれる方法はまだわからないのよね。絶望した!
※1 マキャヴィティは自身が大悪人であることを自覚しており、天上へ上がることを諦めていたんではないか。だから舞踏会を邪魔したりしてたんじゃ。
※2 殺したと考えるほうが俺は面白いと思ったんで殺したと思っておきます。
まず、事務所からすると貴方と貴方のお子様がどんな人間なのかわからないです。 そんな貴方の子供が現場でどんな悪態をつくのか分からないのに現場へ向かわせることはすごい怖いんです。
◆ 事務所選び
まずなにをやりたいのかで事務所を選びましょう。
歌をやりたいのならそういった事務所。
事務所にも個性があって、付き合いの濃いクライアントも違ってくるので、「私は歌いたいのに、CMばかりの話しか来ない」なんてネットで愚痴を吐かれても困りますw
ほんと勘弁してくださいw
◆ ネットごときに惑わされるな
世間には信頼できる情報と出来ない情報があまりにも多く溢れていますよね?
とくにネットは簡単に色んな情報が手に入るわけだけど、自分で考えて情報の良し悪しを判断できないなら事務所の評判をネットごときの書き込みで鵜呑みにしないで。
そこの書き込みが2ちゃんだろうがどこだろうが、いっくらでも嘘情報なんて書ける。
まずは自分で考えることです。
◆ 声掛け
事務所からすると一度メインをやった子にエキストラなんて出来ないんです。
それをやってしまうと、タレントとしての価値がせっかく「主役」をやったのに次にすぐエキストラなんてやっちゃうと「この子はこの程度の価値」になってしまい、さらに次に役付きの書類出しが難しくなることもあります。
かといって毎回毎回貴方の子供の条件に合うのがあるかどうかと言うと、そんなもんあるわけが無いんです。
2週間??3週間ぐらい間があいちゃったなら事務所に「なんか仕事ねぇっすか???」とかマネージャーに問い合わせてみてください。
勝手に取ってこないで下さいw
仕事に係わる依頼や相談が発生した場合は、とにかく事務所を通してください。
親の言う事、スタッフの言う事を聞かない子に次のチャンスは無いと思ってください。
あと泣いてばかり、駄々をこねる子にも注意が必要です。
他事務所の方々、スタッフとの住所、電話番号、メールアドレス交換はNGです。
「出演作品を送りたいのですが」とスタッフに言われれば事務所へと言う。
「友達になりましょう」と言われてもどこでオーディション情報などが漏れるのか分からないので、分別のつかないうちはやめてください。 それに相手方が「腹黒い人じゃない」という確証もありませんしね^^
◆ 親の態度
常に誰かを疑うような感じだったり、高圧的だったり、やる気が感じられなかったり。 こっちも電話するのイヤですってw
親はしつけをしっかりして、現場での親バカ心を出さないように。
ガッチガチに子供をロボットのようにやらせろってのもまた駄目なんですよね。 それだと可愛げが無いw
泣いちゃったりしても泣き終わったあとにはちゃんとやってくれたり、子供のクセにやけにしっかりしすぎるよりも子供の色ってのが無いとね。
事務所にもよるけど、5、6歳??11、12歳付近が一番仕事が多いのではないでしょうか?
この年齢から外れてる方は「仕事が少ない!」と苛々しないで長い目で見れる心も必要かなと思います。
親はドシっと構えてください。 特に子供の居る前ではね。
長々と書きましたが簡潔に書くと、
親には他人を気遣う心と常識と心の余裕。 子供には親に限らず大人が「駄目!」と言ったことを守れるしつけと、演技力とか問わず(ぶっちゃけ下手でもいいんで)やるときにはやる子が求められてます。
とにかく事務所と一緒に頑張りましょうよ
http://anond.hatelabo.jp/20080903145930
に対して色々意見書いてくれた人がいたので遅くなったけど色々レスとか。気になったのをちょろちょろ。順不同です。
してるさ、もう10年ぐらい、イベント行くたびに日記で書いてるさ。でも腐系のひとはそういうのに興味無いからね。今現在、自分が興味あるジャンル以外には、全く目が行かない。
そりゃ見たい!教えてくれ!ええと、正直私は腐女子なのですが興味あります。ドチラ側ってスタンスじゃない方がいいかなと思って前回の書き込みでは書かなかったけれど。あと、興味あるジャンル以外興味がないってのも、ない。作家買いが多いので、知らないジャンルでも手を出します。ただたぶんこの流れとか見ているとマイノリティなのだろうなあ。
その日イベントで会ったことを書くくらいでレポートはしないかな。特に女性向ジャンルは身内以外の本の感想をサークル名指しで感想書くのは嫌がられるというイメージがある気がする。
観測範囲が狭いだけ。腐女子系ファンサイトに行けばある。で、ああいうサイトってひっそりやってるもんだ/あと、人付き合いの概念が男オタクとはまるで違う。誰と会ったかまで記述に気を配らないとハブられかねない
「面倒」「嫌がられる」「ハブられる」この辺りというのが真理な気がします…なお"腐女子系ファンサイトに行けばある。"確かに存在は知ってはいますがやはりひっそりと、なんですよね。
2chのユーザーに女性が多いというのもある意味納得したのもこの辺り。自らを名乗った上での表面上の付き合いでは色々出さないので匿名の文化が女性にマッチしてるんだと思う。
あはは!帰りますね。男性向けは違うのかな?何故かっていうと、14時を過ぎると買い手がほぼ来ないのと、宅急便が混むからと、打ち上げに参加する予定の友人やらサークルやらを待たせてしまう可能性があるからです。イベント参加時間が準備の時間を含めて6時間程度なら、その後の飲み会も6時間程度って時もあるから、アフターも大事なんです。イベントが1次会で、飲み会が2次会って感じかなあ。まあ疲れてるから早く帰りたいって人もいるけれど。これも個々によるので一概には言えませんが、多い傾向かと思います。検索避けに命を掛ける理由については過去にも色々議論されているので置いておきます。これも独自文化の一つであり、大きな理由であると思っています。
マンレポ読めよ。
読んでるよ!めっちゃ好きだよ!ただ情報が約半年前でライブ感は少ないですよね。もったいないなと思う。そこを言うとやはり買い手側のブログ所有率の低さと、レスにもあった「意味分かんない」になるのかな。
逆にマンレポは女性ばっかの印象。
そういえば不思議。読み手に女性が多いから需要と供給が成り立っているからかもしれませんね。あとは前述したように匿名性があるからでしょうか。
あれは演じ手と観客がまったく違うからでしょう。芸能人だから同じ土俵には乗らないものかと。
閑話休題。似て非なる話です。
先日同じ書き手の友人と酒を飲んでいた時の話題にネットオークションの話になった。自分の名前やサークル名を検索すると出てくでしょ、自分の過去出した同人誌ががちょろちょろと。禁止しているのになあ、と苦々しくなる気持ちとともに、善悪は別にして自分の本を買ってくれている人がいるのだという実感がわくよね、という話になった。もちろん、買ってもらえた時や声をかけてもらった時、あとは拍手や感想メールをもらうなんて時に実感する瞬間は山ほどある。でもコレって肯定だよね、全部。
何を出しても否定はされないから、逆に売りに出される事で色々な買い手がいるんだと実感できるのだと。変な話だけどみょーに納得できる話なのでした。
あと追記。
お前が腐女子ならお前が書けよ!と言われそうなんですが、今はそんなにイベント中買い物に行ったりしていないのでレポ書ける事柄がないんだよなあ。買い専の時代にはブログ浸透していなかったし。とは言ってもその時代にブログがあったからと言ってレポ書いていたかというと…ちょっと分からない。やってはみたいけれど。
イベントレポートはあんまり見ないけど、そういえばテニミュ(テニスの王子様のミュージカル)レポートはよく見る。テニミュに限らず、ジャンプフェスタとか、ブリーチのミュージカルだとか、そういう公式的なイベントのレポートはよくあるよ。
コミケのレポートの存在意義がイマイチ分からん。自分の買ったものを誇示したいとかよくわからんし。「俺こんな大手の同人誌かったんだぜ凄いだろ」っていう自己顕示欲?よくわからん……別にそんな誇示するために買ってるわけじゃないし……その本を楽しめればそれでいいし……。大体、他人のそういう「ほらみてみろすごいだろ」を閲覧者は嬉しがるのか?ぶっちゃけ他人の自慢話ほどつまらんものはないというか。しかもたいした自慢じゃないし。
テニミュとかそういうのならまだしも、コミケの雰囲気なんて伝えられても、大体コミケなんて皆一度は行ってるからいまさらって感じだし。田舎の少年少女くらいじゃないのか、そういうの楽しめるの。
まだ、「初音ミクいっぱいいました!」とかいってたくさんレイヤーの画像貼ってくれたりとかなら楽しめるけどさー
他人がどんな同人誌・グッズ買ったとか、滅茶苦茶どうでもいいし……。それが何?っていう……好きなものなんて各自違うしねぇ……まあさ、芸能人とかなら、何を買ったかって程度の情報だけでも価値が出るけどもね。しかし単なるオタクの一人が戦利品を見せたところで、その情報に価値はないでしょ。スーパーで隣のレジの人が買い物の中身を「俺にんじんとじゃがいもかったんだぜ!やべっ、調子こいてアボガドかっちったwwww」とか誇示されても、「はぁ…それが?」っていう反応しかできないっつーか。実際、男性向けのレポ見ても、レポ書いて盛り上がってるのは当人と、当人の知り合いだけって感じだし。身内盛り上がりにすぎない気がする。