はてなキーワード: 通信制高校とは
不登校で検索していたら、何かこんな単語(準ひきこもり)が引っかかってきて、見ていたら、まるで自分と言うのに気づいた。
でも、かつてひきこもりの自分から見たら、準と付くだけ良いのかと思ったら、そうでもないようである。
完全なひきこもりと言うわけは無く、アキバとか本屋には時々行った。基本はPCやったり殆ど寝ていた。
学校見学の際に、先生と会話したんだけど、普通に先生と話しただけで凄いと言われて、かなりのカルチャーシヨック。
三年間、時々学校に行って、先生や同級生と話したり勉強したり。そういえば、仲良くなった人とスポーツもやった。女の子と数年振りに会話した。途中からこの関係も辛くなってきた。
勉強はそれなりに出来たので、親に頼んで三年生から予備校へ通った。人と関わりたくなかったから、自習室に篭った。孤独でも何の問題の環境は居心地が良かった。
回りが人と関わっている時間に、ネットで日本史や海外のサイトを見たり、自習室で勉強してたから、旧帝の大学に合格。学歴では不利になることはない。
まれにメールをする同じような状態の同級生しかいない。俺が言うのも何だけど、そいつはきもい。
学部に友達が居ないから、クラス単位で、また回りの人と関わる必要のある語学の授業は行こうと思ってもいけない。よって全て放棄→再履修。再履修は一方的な講義を選んだから、映画館に行く状態で気がらく。
準ひきこもりの学生は学校に真面目行くみたいだけど、再履修の語学は行かないと終わるので行ったが、それ以外の授業は学期に数回しか出ていない。不真面目。
適当に勉強してテストさえ行けば単位が取れてしまうので、大学との関わりも薄い。
文化系ですけど。好きな事なので三年間続いているし、殆どの活動には参加している。女の子も多いし、部活動だから共同作業も有るので、回りの人と関わる唯一の機会。昔からやっていた趣味だから、知識は部活の中でスバ抜けているから、こんな自分でも頼りにしてくれているみたい。
ネットあれば何もいらないし。学校もあんま行かないから金も使わない。親から貰うお金で十分。一回飲食のバイトしたけど、直にやめた。
出来たら取りたくなかったけど、取らないと卒業するのが大変になるから、仕方なく取った。どうにか進んでいる。学部の女の子と三年目で初めて喋った。
いるわけありません。出来る気配もありません。ゼミの女の子に惚れたけど、行動に移す勇気は全くありません。
こんな自分です。圧倒的な社会不適応な学生です。俺が死んでも、親戚が俺に関心が無ければ、誰も葬儀に来てくれないと思います。
家でネットして、平日にその辺ぶらぶらして、あんま人と関わらなくても問題ない、素晴らしい生活は長くは続かない事は分かっていても、何も行動に移せず、三回生になってしまった。
就活と言う文字がそろそろ頭に出てきてしまった。あるきっかけで、昨年6月に生協主催の就活講座に行ったら、インターンに行ったほうが良いと言っていたので、とりあえずエントリー。自己PRやら学生時代に頑張ったこととかを書けとか、準ひきこもりの俺には無理だし。しかたなく、唯一人との関係が有った部活動の事を少し膨張させて言ったり、引きこもりの時に作っていたゲームの事を書く。そしたら、面接に来てくださいと連絡を受けた。。まじっすか。文章だけならコミュ障害は分からないもんな。
面接に行ったら、体育会系のリア充とか、出来るオーラの人とか一緒になって、場違いすぎる、帰りたくなった。途中で帰る勇気も無くて、面接へ。部活の人と30分話すだけでも一苦労なのに、自分の事を30分もRPするとか無理。そもそもRPすることもないし。噛みまくったり、意味不明な解答したりしたけど、とりあえず終了。
家に帰って、俺社会に出れないと強く思った。がなぜか、50倍の倍率を抜けて某超人気企業のインターンに合格。凄い良い人事の人だけど、俺を選ぶとか見る目が無いと思った。
せっかく受かったから参加。2週間一緒にいて、飲みにまで連れて行ってもらったから、俺の本性が完全バレテしまったと思う。○○。評価最低になっているのかな。
こんな感じでインターンには参加。秋からも会社説明会とかに参加。就活ってある段階までは、あんま人と関わらなくても良いからそこまで苦痛ではない。就活って就活状況という話すネタが有るから、話しかけられてもどうにか対応する事が出来る。
営業とか無理すぎだから、管理系が出来そうなB to Bメーカーばかり探している。B to Bメーカーの人って他業界より非リアな感じがするし。毎日、リクスを着て、東京の町を歩いているけど、希望など全く無い。歩いているサラリーマンの目を見れば見るほど虚しくなる。でもこの人達は、俺の数倍、数百倍凄い人なんだと思う。
本当の事言えば、有る程度のプログラム能力は有るから、自宅でどうにかネットで金を稼いで生活したいと思っている。親は悲しむと思うけど。
お金がかからない地方で暮らしたい。ネットが有って、コンビニとスーパーが有れば後は何もいらない。
でも俺は頑張る。どんだけ祈られたとしても。
成績は下の上くらいの私が通信制高校に進学して大学(できれば国立)に進もうというのは甘いのか 甘いよなあ
今の自分の成績、内申で行ける範囲の高校から国立大学に行くのは厳しい
そりゃ、推薦使えば地元の国立大学を狙うことはできるけども それだけはしたくない
まあ途中でどこかの全日制高校に編入してもいいんだけど
ぐだぐだ言ったって とりあえず卒業したら通信制高校行くしかないし 勉強するしかないんだけど
ねえ
通信で国立(東大京大レベルではない)目指すだけの3年間っていうのは なんだか薄いかなあ
バイトとか、何かやってもいいんだけど しっかりと目的をもってできるもの
どーせ家にいてぐだぐだしてるなら
進路だけでなくそういうことも考えておけばよかった
ああ
後悔したってしゃあないけどもね
何かやりたいことは
とりあえずは資格かな 今は英検も漢検も持っていないから何か取っておかないとな
他なにかあるかな
才覚はあるだろう。
でも、通信制高校に入って、簿記関係を一芸で取ってるから、これから大変なんじゃないかね?
観察眼とか、判断力、交渉力なんかも必要になってくるだろうし。
場数踏んだ時にどれだけ吸収できるかだと思われ。
不登校→ひきこもり→通信制高校→国立大学→就職となんとか持ち直せた私だけど、
不登校、ひきこもり期間の精神状態はひどいものだったし、私よりさらに母の方が酷かった。
小学生の時に割と出来が良かったので、その自慢の娘がひきこもったことが尋常じゃなくショックだったらしい。
そのショックを父と共有しようとしても父は人の話を聞くことができない人間なので、
母は教育相談機関を利用し、心療内科に通い、近所の人にも私のことをべらべらと喋った。
そこで母が相談相手たちから引き出してきたコメントが「女の子だからまだ良かった」。
「男の子で引きこもったら家庭内暴力に走る」「男の子は一度折れると立ち直りが厳しい」
「抑圧された男の子はきょうだいへの性的虐待の加害者になる可能性がある」
実際にそういう傾向はあるらしいけど、母がとりつかれたように「女の子で良かった」と言うのは不気味だった。
24歳女。
進学高校入学後すぐ理由不明の神経症発病。
人生最大の苦しみから、3年時に高校を中退したことでとりあえず逃げ出せた。
通信制高校で単位取得し卒業。しかしかなりのショックとその後続く自責の念。
一度目の引きこもり。
病気の症状はだいぶ軽くなった。人生うまくいくと確信していた。
自分に自信いっぱいだった。
楽しい日々。蘇った私。
しかしそれは長く続かなかった。
気がつけば高校時代の同級生は皆大学卒業し有名企業に就職・・・私は猛烈に焦る。
資格の本、専門学校の本、大学の本、留学の本など読みあさった。
あーでもないこーでもない。私はどうすればいいんだ!
焦り→超前向き、自責→超後ろ向き、この二つの巨大なパワーが交互に私を混乱させた。
「よーし頑張ればできないことない。今までの分取り返すぞ!」「もう死んだほうがいいんだ。どうにでもなれ。」
行き詰った。
そんな中私は何を思ったか半分ヤケで突然今年の3月一人東京に出た。
私は履歴書で1つ目の高校を卒業したと書いていた。ずっとそうしていた。
母親が倒れたと嘘をつき入社を取りやめた。
その反動で再び引きこもって3ヶ月。
東京で一人。
昼夜逆転だらだら生活。
再び「焦り」と「死」。
わたしはどうなるのだろう。
http://anond.hatelabo.jp/20090802233508
頑張ってるね。すごいと思う。
私は、両親健在、きょうだいもいるけど、まあ、両親が機能していないのでw
でも大学行きたい気持ちは変わらなかったので、通信制高校に編入して・・・とかまぁ色々あって、
結局夜間の大学に通った。学費半額!やすいやすい
最近は夜間大学減ってきてるし分野によっては全然ないので参考にならないかも知れないけど。
高校もそうだけど、大学は奨学金の種類がいっぱいあるよ。お父さんの収入がすんごいならまた別だけど。
今までの選択は間違ってないと思う。よく頑張ってきたね。
このままの状態を維持できるならいいと思うけど。
私も、フツーの家族をみると、いいなぁって思う。
両親そろってるはずなのになー、なんでだろう??って思う。
けど、しょーがないのよね。
ともに生き抜こう!
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1259384.html
橋下知事が私学助成金を打ち切った話。確かに、高校生にも、公立に行かず、安易に私学に行った責任はある。ただ、論点は、あくまで、「私学助成金」を削減するのが妥当かどうか、どうしても削減しなければやっていけないのであれば、どうやったら公平に削減できるか、というところにあるわけでしょ。論点が思いっきりずれまくっている。弁護士で、弁論のプロである橋下知事が、ずれていることに気づいていないはずがない。たぶん、ずれていることを分かってやっているのだろう。それって、ボクサーが一般人殴って遊んでいるのと同じじゃね?
確かに、彼らが高校に進学するときに、公立に行けばよかったのかもしれない。でも、中学の先生に「私立に行くしかしかない」っていわれたんでしょ。本当はそんなことないはずだよね。通信制高校とか、高卒認定試験とか、色々オプションがあるはずだよね。中学の先生が、そういうオプションを知らないはずがない。それらを知っておきながら、中学生に「市立しかない」って言ったのは、(私立高校でも、お金のことについては何とかなるだろう)っていう推測があったからでしょ。私学助成が削減されるかも、みたいな情報を流さないで、中学の先生に(何とかなるだろう)と判断させたのは、府の責任でしょ。それに、府立中学に通っていたら、府の先生が学生に間違った流したことの責任はどこにあるわけ?
だから、この話は、極論を言ってしまえば、「絶対大丈夫です」って言って買わせた株が吹っ飛んだ、というような、そういう類の話なんだよ。私学助成金を削減するにしても、「私学助成金が削減されるので、経済的困難のある学生の指導を再考してください」みたいな通知を、中学校向けに前から出しておけば、間違って私学に進む高校生はいなかったかもしれないじゃないか。
それに、私学助成金を削減することと、学生の負担が増加することは、本来別問題のはず。高校は、基本的に、入学時に提示した条件で3年間通えなかったらまずいだろ。学科の再編や統廃合の激しい大学でさえ、入学時の要綱と同じ条件で4年間過ごさせるのに。せめて、高校向けに、「今の学生が不利になることのないようお願いいたします」ぐらいの通知は出したらどうだ。
本来なら、「皆様の苦しみはよく分かった。ただ、大阪府の財政も逼迫していて、何度も考えたが、やはり、これしか方法がなかった。学生の負担が増加しないように善処してみる。」ぐらいのことを言うべきでしょ。何を言うべきかは、弁護士なら分かるはずだよ。プロなんだから。何、学生相手にムキになって、「公立に行かなかったのが悪い」だの、「自己責任だ」だの言ってんの?高校中退者がたくさん出て、就職できないまま、生活保護で大阪に居座られたら困るのは大阪だよ。生活保護は国からお金が出るから、大阪府は出さなくてよくてラッキー、とか思っているのか?それは、あまりにも近視眼的な見方だと思うけど。
弁論のプロが、高校生相手に、自己責任論を主張してボコボコにして、してやったりという顔をする。それって、詐欺師が高校生相手に詐欺を働いて「だまされたのが悪い」とか、ボクサーが高校生をぶん殴って、「鍛えていれば避けられたはずだ」とかいうのと、どうレベルだと思います。
http://anond.hatelabo.jp/20090414170900
強い人だなあと思った。ご結婚おめでとうございます。お幸せに。
よい文章だったのでちょっと便乗して書いてみようかなと思う。
読み返してみたら元増田に較べてグダグダな上に人間的にもよわっちいなと思ったけど在日にも色んなのがいるって記録になってくれたらなと。
私は中学校までチマチョゴリ着て電車乗って学校通ってたよ。貧乏ではあったけど父が民族の理想に燃える人だったので朝鮮学校に通ってた。
父親は総連系の(革命家に憧れ、結局今はもう精神的にボロボロな)活動家で、母は20代の時に民族意識に目覚めて本名を名乗るようになった(父親の稼ぎが悪すぎて苦労ばっかりしてきた)飲食店経営者、でもって娘はちょっと半端なオタクでサヨクというそんな一家です。
父は拉致問題発覚した時は本気で沈み込んでものすごいショック受けてた。母は「ありうるなとは思ってた」そうだ。おとんピュア過ぎるだろ。
(家にあったマルクスの資本論の中表紙に「これを理解できずして何が革命家か!」(ハングルで)と万年筆で殴り書きしてあっただけあるよ…)
…まあ、そういう「総連」の下っ端もいましたよ、と。活動としては何をやってたんだというと、在日朝鮮人の権利保障とかそういう折衝をやってた。
父も母も通名は持ってるけど私は持ってない。別に通名なんてほしくはないけどお店とか病院の予約取る時に大概名前を聞き返されるので面倒ではある。
母には日本人の血も入っててガキの頃そっちの親戚と法事なんかで集まると、私の名前を訓読みで読み下して呼ぶ人がいて「誰だそりゃ!気持ち悪い!」となったりしたし、母のイトコだかハトコだかの旦那さんに警察関係の人がいて、なんかすごく家族ごと邪険にされたのは覚えてる。父も母も後ですごく怒ってたけど、今考えるとハトコの旦那さんもかわいそうだよなあ。純日本人と結婚してるのにソッチの親戚に総連系活動家だもん。勤め先で何か言われてても不思議じゃないし、そしてやっぱりそういう話って耳に入ってくるもんだ。うちら家族に責任はないけど旦那さんにも責任はないわけで文句言うなら勤め先だろとサヨクな私は思うけど、理不尽な気持ちになることはわからなくもない。
高校からは日本の公立高校に進んだ。大学受験資格の問題とかで高校からは日本の学校へ進学する子は多い。私の場合は純粋に人間関係うざかったからなんだけど。だってクラスの半分が9年間ずっと一緒の顔ぶれ、もしかしたら12年一緒の子もいるかもしれない、って孤独なオタクからしたら恐怖だよ! 特に体育会系の強い学年だったこともあってオタクな自分からすると肩身がせまいことこの上なかったんだよ。小学校時分はいじめられっこだったしな。今でも友人は高校以後のオタク仲間がメインだし、全員日本人だ。
高校は社会科の先生が担任取ってくれた。いわゆる「サヨク的な」教師だったけれど気配りはとても上手だったし、私は在日であることを隠さず本名で涼しい顔してたこともあって苦痛に思ったことはない。政治問題社会問題を語る上で在日に触れることはあっても私個人に在日を背負わせようとはしなかった。どっちかといったら私が背負い込みすぎてて拍子抜けしたくらいだ。
外国人登録取りに行く時も、ちょうど指紋押捺が撤廃された頃だったので気にはなってたらしいけど向こうからは「公休な、わかった」と書類にハンコ押してそれっきりだった。私の方から「外登見ますー?」「おう、どれどれ」なんて言ってた。在日だからって何も特別なことはないって、そう思いたくて逆にそういうのを何気なくやり取りしようとしてたし、先生もそれは汲んでくれてたようだった。
ただ思うのは、小中と朝鮮学校という集団にいた&高校ではリベラルな教師の下で過ごしてたおかげで、自分には「在日」をかなり軽く考えてたフシがあったってことだ。「私は私だし、それでいいじゃん」って。後々どれだけずっしりのしかかってくるかも知らずに。
何だここ! 今まで私が通ってた学校って何だったんだ!
ここは図書室はあるしプールはあるしグランド広いし音楽室は防音完璧だし!
図書室の本もちゃんと整理されててブッカーかかってるしさ! 貸し出しカード渡された時は感激したよ!
何せ中学まで図書室とは名ばかりの空き教室に事務用スチール本棚並べて、父兄からの寄付/処分品と「どう見てもフリマで買ったか公共図書館で『御自由にお持ちください』状態のものを必死で集めてきただろ!」ってな本が突っ込んであるだけだったからね! おかげでアイリッシュとか読めたんだけどさ! 小学校ではかろうじて江戸川乱歩とルパンとマガーク探偵団があったけどさ! しかも図書室が開くのなんて年に数回でその時しか貸し出しがされてなかったもんだから、マガークの続き読みたくてこっそり窓から忍び込んで無断持ち出しで全巻読破するという有様だったしな!
だから今でも本棚整理する時は子供向けにしても大丈夫そうなラノベとかSFは寄付することにしてるよ! オタクは国境や民族越えると信じてる。
(何でもかんでも手弁当でやるのが十八番の朝鮮学校だけれども、さすがに跳び箱の革を張り替える金すらないと聞いた時は思わず笑っちゃった)
あー、あとJR定期券割引とかないから! 一条校じゃないから普通の学割より割高だったくらいだから! 中学の時、定期券安くしてくださいって嘆願のハガキ書かされたし! 大人になった今だって普通に通勤定期買ってるから!
大検資格も免除してくれるところはありがたいけど大体は通信制高校に通うか大検受けてるし!
それでも今考えてみれば朝鮮学校に通って良かったとは思ってる。
言葉も一通り習得できたしチマチョゴリ着て歩くことで、わかりやすい「徴」をつけて歩くことの意味も身を以て理解した。私自身は在日の親戚がほとんどいなかったけれど、何かあるごとにクラスメイトの親類達が祭祀(法事)や集りを行ってたのを見て「民族的なもの」を肌に感じることもできたしね。その分、父兄同士のビミョーな力関係が子供達にも影響してて在日の親戚がいなかった身としては色々鬱陶しいこともあったけど。
外から見れば思想教育云々って危惧があるのはわかる。でも正直なところ教師含めて本気で「将軍様~」とか思ってる人は誰もいなくて、教科書の中身は笑っちゃうようなものだったけど(それも今は改訂されたと聞く)もうそういう部分は惰性でやってたと言うしかない。電車に乗って学校に通うから中吊りの雑誌広告とかっていやでも目に入るんだけど、見出しを読むと学校で聞いてる話とは全然違うのよ。文春新潮から朝日まで色々だけど「自分達が学校で教わってる『我が祖国』ってのはウソだよな」って生徒はみんな思ってるわけ。多色刷りの中吊りが真実を告げているように見えてくる。テレビや新聞と違って雑誌の見出しってインパクト重視だし。そこらへんの間で揺れながら話し合う子も多かった。
「将軍様~」絡みの授業はかったるかったし誰もあんな授業好きじゃなくて、気の利いた先生だったらそのコマを「怖い話」や「ビデオ鑑賞」とかにしてくれてた。
音楽の時間もコマの中で将軍様の歌とかはさっさと終わらせてクラシック観賞(別名昼寝タイム)や、朝鮮民謡、あとウェルナーの「野ばら」を朝鮮語訳にして合唱したりしてたよ。特に理系や芸術系の先生はそういうことをよくやった。宮沢賢治の本を朗読して、この物語の絵を描いてみましょうとか。
そりゃまあ勿論、カリキュラムの建前は「将軍様」「主体思想万歳」なわけでそれが自分に影響及ぼしてないとも言わないけどさ。今の北朝鮮の姿勢については否定するけど、父親のしょぼくれた背中眺めたりしてると擁護もしたくなるしさ。子金孫金(今の将軍様とその息子ね)はどーでもいいけど金パパ死んじゃった時はさすがにショックだったしな。
あと、朝鮮学校の中にいるとすっごく世界がせまくなるなと思う。校内に従兄妹やハトコも多いし親だってほとんど親類縁者、同僚同業者顔見知りだし。日本の同世代との交流なんてほとんどなくて、私なんかは近所の子達と遊んでると話したら「おまえ日本人の友達いるの?!」と言われたこともある。正直学校の友達よりよっぽど仲良かったですが何か。
晴れ着にあたるチマチョゴリは綺麗だし、他の民族衣装もかっこいいしキムチ美味いし焼肉好きだし朝鮮民謡大好きだし、ハルモニ(ばーさま)、ハラボジ(じーさま)が踊ったり歌ったりするのも素敵だし、歴史読んだらかっこいい人物いっぱいいるし、だから韓国朝鮮民族は大好きだけれども、私が付き合わなくちゃいけなかった在日コミュニティはあまり私と合わなかったのも確かだ。生徒の絶対数の少ない朝鮮学校の中で、一般的に少数派であるオタクの割合を代入したらそりゃもう孤独なことになるわけで、親類がコミュニティの中にはいなかったこともあって居心地はあまりよくなかった。窮屈な場所だったと思う。私自身は左翼だけど、父以外の総連系に関わる気はまったくない。ていうか、今関わったらきっとあの体育会系の連中に出くわすに決まってる。そのくらい狭いんだよ、あの世界は!! 結束は必要だと思うけど私はもうあの場所には戻らない。
元増田は「GO」に共感したようだけど、私は李相日の「青~Chong~」が自分の過ごした時期と重なって一番思い入れがある。パラフィン紙で顔の脂取ろうとするあたりとか。
映画での朝鮮学校描写の年代差はなかなか面白くて「パッチギ!」→「GO」→「青~Chong~」の順で下ってる。そして登場人物達もどんどん「在日」である自分を捉えづらくなっていくんだよね。強固な仲間意識(パッチギ!)から、そこを突破しようとして民族に足を取られもがく子が出てきて(GO)、ぼんやり境界線の上を漂って地に足の着かないままの子が今生きてる(青)、という具合に。朝鮮学校の中にいてもそうなってる在日青少年の実情がよく見える流れだなと思う。
ついでに言うと和菓子大好き短歌大好き、京都大好き、寿司はうまいしマンガ好きだし、NO GAME,NO LIFEだと思ってるし、J-POPも民謡も好きだし、好きな作家ほとんど日本人だし、チャンバラ時代小説すっげー面白いし山田風太郎と竹本健治と火浦功は天才だと思ってる。
で、先述したようにチマチョゴリを着て歩くっていうのはなかなか忘れ難い経験で、朝鮮学校の女の子が大人びて見えるのはそれがあるからじゃないのかなって思ったりもする。「徴」をつけて歩くことはすごく振舞いを意識させられるんだよね。もう見るからに「自分は朝鮮人です!」って表明してるわけだから「私」が何かすると「朝鮮人」が何かしたことにされちゃう、っていう意識だけは絶えず持ってた。それで帰り際にB'zのCDとか買ったりもしてたわけだが。自意識過剰かもしれないが「朝鮮人の女の子がB'zのCD買ってった」って思われるのかな、と思いながら歌詞カード眺めたりしてたよ。
今はもう見かけなくなったけれど、自分が卒業した後も街でチマチョゴリの女の子を見かけると「こう見えてたんだ」って思って迂闊なことした記憶と共にアタマ抱えたくなったりもした。
聞こえよがしになんか言う人もいたが、暴力でさえなければその場ですれ違って終わりだから黙ってた。
そうやってやり過ごせばいいと思ってた。
考えてみれば本名で通すのもそれと同じようなものだし、私の日本の友人の中では「在日」と言ったら私なんだよなあと気がついて結構怖くなったりもするんだけどね。うわ、ヘマできねえ…!とか、仲がギクシャクしちゃった友人の在日観とか考えると頭抱えたくなったりもする。本名を名乗る、在日だと告げるってのは少なくともそういうことになる。代表してるつもりはないけど代表になってしまう。そうじゃなければ一番いいけど、そこはいかんともしがたいので行動には気をつけてる。
自分の「在日」がものすごく重くなったのはネットでの嫌韓発言に出くわしてからだ。
在日三世にもなると面と向かって「チョーセンジン!」を罵倒に用いる人はそういないし、元増田が書いてた通り斜め上に飛んだ気遣いの方が鬱陶しい。私が本名で渡っていけるのも、父母が通名くれなかったから名前が一つしかないてのと同時に、そんな罵倒をする方がどうかしてると私だけではなく「社会が」判断してくれると信じてたからだ。それが一世、二世の苦労を知らない、三世の中でも特にお気楽な部類の私の感慨だった。
けどネットの嫌韓コピペだの在日認定だのブログ炎上だの見てそれはガラガラと崩れてった。
見ず知らずの多くの人間が、私に流れてる血に向かってすごく軽い気持ちで憎悪を向けているのを見るのは本気で怖い。ヒットポイントをがしがし削られて死にそうな気分になる。
だからリアルでは本名を名乗るけどネットでは匿名に紛れてる。はてなのid、ある意味ではこれが私の「通名」だ。
あんな悪意と無神経を正面からかぶるなんて絶対無理だ。ネットで自ら在日であると表明しているid:F1977さんは本気ですごい。
拉致問題が大きく取り上げられてから(この問題自体はきちんと解決せねばならないと思ってる)の嫌韓、嫌朝の流れは本当にキツかったわ、うん。
例えば、私の前を歩いてる人がハンカチを落としたので、拾って「落としましたよ」と声をかけた時、「この人は笑ってありがとうと言ってくれたけど、もし私が朝鮮人だと知ったらどんな顔をするんだろう」とか考えちゃうんだよ。考えても仕方ない、意味のないことだしはっきり言って卑屈だと思う。でも考えちゃう。考えて自分で落ち込む。アホじゃないかと思いながら振り切ろうとして、なのに嫌韓なコピペや書き込みを思い出してまた沈む。
この「もし私が朝鮮人だと知ったら」というのが、通名を名乗るか本名を名乗るかid:F1977さんが逡巡することと共通するとこなのかな、と思う。もし違ってたらすんません。
そしてそういった逡巡や怯えが存在するんだよ、と伝えることの難しさにまた凹む。
結局今でも色々凹みっぱなしなんだけどねー。元からダメ人間でもあるので更に凹みがちだしなあ。オマケに非モテ非コミュなので元増田みたいにこれからの生活展望とか語れる物がないw
で、最近はどうかというと。
高校時代の友人(A)の一人と会って話す機会があったので、他の友人たちの消息も聞いてみたら、その中の一人(B)がネトウヨになったという。「はァ?!」と聞き返すとmixiで典型的嫌韓嫌中発言をしてるというので頭を抱えた。私はmixiのアカウントを持ってないので事実確認はできておらずどの程度の嫌韓発言なのかもわからない。伝聞で判断したくはないが、もし事実だったら私は泣くし多分しばらく立ち上がれないだろう。Bとは趣味が近かったおかげで一緒にでかけたりもしたし、卒業後も何度か酒を飲んだりもした。今だって会えば普通に飲める気がする。
「元からBってそんな感じだったじゃん。でも会えば普通に飲めるんじゃないの?」とAも言う。
Bだって私の前で嫌韓発言するようなことはしないだろう。
けどなあ。
それってどういうことなんだ?
いやいやいやいや、私は朝鮮人だから。あなたが嫌いな朝鮮人だから。別じゃないから。朝鮮人から私だけ切り分けられても困るから。ネトウヨの嫌韓発言にキリキリしてる朝鮮人だから。
「韓国人朝鮮人は嫌いだけど、おまえは嫌いじゃない」ならまだ納得する。
私自身「ネトウヨは嫌いだけどBのことは好き」だから。
…と考えて、でもそんなこと聞きようもないし、第一事実確認からして怖くて出来てないし、どうすりゃいいんだと途方に暮れてたりする。頼むからAの誇張表現であっていてくれ。ていうかこんなこと一人で考えててもどうしようもないのに何やってんだろ私。
…とかそういうことを日々考えてしまう一人の在日がここにおりますよ。やっぱり割り切ることが未だに出来てないんだよなあ。
元増田とは違って、私は子供のことは考えないでいいので今のところは(父)親孝行のためにもまだ朝鮮籍でいようかと思う。韓国行きたいのも確かだからいずれ韓国籍に変えるかもしれないけど。
http://anond.hatelabo.jp/20090415070440
うわ、まさかお返事いただけるとは思わなかったので恐縮です。
ネトウヨさんの何が怖いってあの軽やかさとコストパフォーマンスです。ブログコメントたった二行でこっちは一日グロッキーだったりとかする。街に出るのも杞憂とわかっててもやっぱり怖くなりますよね。
何かあってからでは遅いという御心配もよくわかります。私が上げたidの方の文章に私は強く惹かれていて、応援したいと思うのも確かだったりします。生活を守ることと気持ちを伝えることがどこかで衝突してしまうのは苦しい。うまく着地点があるといいんですけど。
韓国は、いずれ行きたいと思っています。私も本籍地が今はどうなってるやら。肉大好き!なのでかなり夢が膨らみました。
お互い、がんばっていきまっしょい!ですね。ありがとうございました。
http://anond.hatelabo.jp/20090415073233
ちょっと思ったのは、日日間での暴力や差別についてはまた別の文脈で私は言及することにしてるかなあ。別に「在日です」と宣言する必要のない問題だし、やはり「在日」と宣言するというのはその属性をある種代表してしまうことになるから。私個人の意見なのに「在日の意見」になっちゃうと議論にとっても有害だと思う。だから私は在日とは明かしてないidでのブクマとかでしょぼしょぼとサヨクしてて、日日間での軋轢や暴力(というのが増田の指してるそれと一致するかはわからないけど)についての言及はそういうところでやってる。在日が「在日です」って断わりを入れてから物を言う時ってのは自分の経験などを語る上でそれが必要だからするのであって、必要ないなら(特にネットでは)せずに済ましたいというのが私の本音。
ついでに言うと在日は在日のことで手一杯なので、というのも結構正直なところで、権利の追求しか、と言われても「実際ここが何とかなってくれればなー」と思うこと多いしなあ。
うちのじーさまがいわゆる「無年金」の人で80過ぎまで働こうとしてたのを父が必死で説得してただでさえ少ない給料から生活費捻出してたし。そうやって実際見てると権利追求することは別に悪いとは思わないんだよね。同時に日本の人でも窮している人は権利追求すればいいと思うし半端なりにサヨクなので私は応援&支援する。
日本人は、って一括りにしてるように見えたのならそれは申し訳ないです。在日にも色々いるし日本の人にも色々いるのは当たり前ですし。
在日です、って表明するってことは相手にもある種の対応を迫ってるみたいなとこあるから(そーいうのがなくなればいいんだけどね)、個人的には気を使うようにしてる。でもみんなが気を使わなくちゃいけない!とはあまり思ってない。そうなるとまた斜め上の気遣いとか出てきちゃうと思うし。うまく折り合いつけられるといいんですけどねー。
通名に関しては、いかんせんずっと実名使ってきてるから細かいことはわからんです。役立たずですんません。もうちょっと物を調べてからもしかしたら増田でまた書くかもしれません。ただ、通名は別に在日じゃなくても使えるのではないかなあ。これも調べて考えてみます。あやふやでごめんなさい。ただ「特権」という感覚は今のところあまり持てずにいます。
チマチョゴリでの通学中、「すたーらいと☆」シリーズとガルディーンと死に急ぐ奴らの街とを矢継ぎ早に読んで惚れ込んでから十ン年、今は絶望的な思いと共にパクパクと口を開けながら新刊を待ち続けるばかりです…。
ちなみにすたーらいと☆の三作目にはニンジン嫌いの「キム・ウィルソンさん」が出てきたりする。
お昼休みに増田に来たらえらいことになっとるー?! 100ブクマ超えってなんですカー!
ついでにちょこっとお返事。
KQZ 読み物 もしかしたら知り合いなのではないかと思うくらい普遍的な話なのかと好感。ただ「歴史読んだらかっこいい人物いっぱいいるし」というくだりには「それ、ファンタジー小説だから!」と突っ込んでさしあげたい。
もしリアル知人だったら見て見ぬ振りしてやってください。すんません。
ところで、えー、金庾信とかかっこいいと思うんだけどダメですかねえ。この人、朝鮮学校の歴史の授業でも悪者扱いだったんですけど半島三国統一した人でなかなかかっこいいと思うんですよね。
HEX68 差別, 在日 火浦功に触れた時点で僕の中の何か壁みたいなものが氷解した。人を隔てるのは「血」ではないのだよなあ。
すいません、ありがとうありがとうとブクマコメント読ませて頂いて、このコメントでじわっと来ちゃったじゃないですか。お昼休みなのにー。
とりあえず結論:火浦功は偉大ということで。
「才能なんて努力の積み重ね」だとは言うけれど、自分は過去に努力をした覚えがない。そういう意味で自分は全くの無能だ。
血眼になってゲームをしたことはあるけど、そもそも実のないことを努力とは呼ばないし、それでも人には遠く及ばない。
いじめられ(ある本の言葉を借りれば、性質は「いじり」に近い)、心を閉ざし、誰とも口を聞かない、典型的ないじめられっ子に堕してからは、
ああ、ここにいる自分は自分じゃない、こんなクズなわけがない、他の場所では、人とも話せるような、面白い自分でいられるはず、ただ、この場所ではこういう役割を演じないとダメなだけ・・・
そういう上っ面だけで地に足のつかない、浮ついた理想を糧に生きてきた。
逆に言えば、努力することを知らなかった自分には、それが無ければその時点で今のように絶望し、前向きに生きてこれなかったとも今なら回顧できる。
今でも親に「他人行儀でものを話すな」と言われるけど、そうやって理想として形の無い自分と現実に形を持った自分とで存在を分けてきたのが一つの原因だと思う。
もちろん、いざ「いじめられっ子」というレッテルの拭われた場所で一度他人と会話をしてみても、ノリも悪く全く面白みのない話しかできない自分しかそこにはいない。
面白いと思われているような人がどういう生活からそのパーソナリティを形成してきたかはまるで見当もつかないけど、周囲の人間と多く接し、会話が手馴れているということは自分にはありえない。
それはおろか、会話の要点すら変な言葉ばかりを選んで的確に伝えることすら覚束ない。理想の自分とはかけ離れていた非コミュも甚だしい社会不適合者が出来上がっていた。
今から直そうとは思わない。直すための猶予期間は、とっくに過ぎている。
いじめられていたから、高校生活では、部活にも入らず、ただただ「高校から逃げたい」という一心で過ごしていた。
その中で通信制高校という逃げ場の存在を見つけたけど、そこに入るためにどうしても退学したいとは切り出せない。そこで、自分は退学せざるを得ない状況を作ろうと考えた。
暴力は自分の性質上振れないし、振る対象もいない(いじめに対抗することも考えられない)。自分がとった方法は成績を極端に下げて単位を取れなくするというものだった。
そのために、テスト前であろうがいつであろうが、ひたすら勉強をしなかった。それまで無縁だった赤点もいくつも取った。
ただし、禁忌に触れるのはやはり否定したのか、最終的にはいつも追試はパスし(させてもらい)、低い成績ながらなんとか単位はもらっていた。
3年になって大学入試の勉強が必要な時期に入っても、先述のいじめに関連して「大学には入りたいけど大学に入っても今のままじゃ高校時代と同じだから」などと理由をつけ、勉強から逃げた。
「成績は下げても学力はキープしておく」という発想が全く無かったことから、勉強をしなかったのは単純に怠惰で、先の「退学したかったから」という不勉強の理由も実はこのように後付のものではないかと思ってみたりもする。
大学に落ち、一年浪人をしたけど、結局それまで勉強部活その他諸々努力するという習慣がついていなかったことから全くうまく行かず、再び居場所を失った。
部活といえば、中学生の頃は運動系の部活に入っていたけど、毎日出た反面、面倒臭さ3/4ぐらいで接していた分なのか、その腕前は見るに堪えないくらいにひどいもので、試合でも同級生の中で一人だけ別のカテゴリで試合に出されたり、同級生や後輩からひどく馬鹿にされていたのだけど、改善しようという発想は無く、下手なことを甘んじて受け入れていた。
そうした過去の積み重ねが、今ことごとく悪い方向に作用しているのだと実感する。むしろ、今まで現れて来なかったのが不思議なくらいだ。自分はもう、世間一般と同じ尺度で測ることなど到底できないクズへと、人が輝かしい過去と懐かしむような学生時代をかけて、変異していたのだ。
自分の兄も、学生時代に見た目は自分と同じように全く努力しているように見えなかった。今でも努力を放棄し呑気にしている部分がいくつか見受けられる。自分は彼をそういう目で見てたけど、気づいたら自分も同じだった。ある意味、影響されたのかもしれない。そんな彼は、現在まともに職もなく、派遣社員として降りかかる就職問題に苦しみ喘いでいる。自分はどう足掻いても、じきに彼と同じ、いやそれ以下の人生を進んでいくのだ。虚しい。
母は一時アルコール依存症になったが克服、仕事をしながら実家の敷地内で店を経営している。
19歳の長女は高校卒業時に上京、父が亡くなった後地元に戻り就職、転勤の後結婚。
17歳の次女は父が亡くなった時高校を中退、通信制高校を2度中退、アルバイトを転々としている。
父が亡くなって7年
初孫を楽しみにしている母親には、彼氏と呼ぶ男性が毎日家に来ていて 店はその男性が営んでいた。
長女はそのことを聞かされていなかった。
長女が作る夕飯を母は一緒に食べず、その男性の分を分け店で2人で食べていた。
母は『入籍するつもりはないし認めてもらおうとも思っていない。この土地を一緒に守ってもらう人だ』と長女に告げたが、長女の夫と外食に出かけるとき、母は男性を連れて行きたいと長女に申し入れた。
長女はそれを断固拒否、その男性の話を今後一切しないでほしい、夕飯は家族で食べてほしい、その男性の分まで自分に夕飯を作らせないでほしいと母に告げた。
次女はその男性について母から言われていなかったものの、うすうす感付いており最近は店に近づこうとしていなかった。
生前の父は厳しくも優しく、仕事熱心で、しかし休日になれば家族みんなで過ごすことを第一に考える人間だった。
父が亡くなったこの家は庭も荒れ、家の中も掃除がろくにされず、荒れ放題乱れていた。
母も次女も会話が少なく、次女はぶくぶく太りだし、体脂肪率40%を超える巨漢になり
衝動買いを続け、服と化粧品がどんどん増え、お金がなくなったら母の財布からカードを盗み、銀行口座から金を盗っていた。
それに気付いた母は次女を叱った。
次女はクレジットカードを作り、キャッシングをし、買い物を続けた。
部屋は洋服とお菓子のくず、化粧品の粉や髪の毛、煙草の吸殻や灰が舞う 荒れた部屋だ。
掃除という行動を知らないのではないかと思わせる部屋。
その部屋を里帰りをした長女が見て、次女を怒りつけたが次女はそれを受け流し、掃除しようとはしない。
長女は次女のいない間に片付けを行い、ガラクタを黙って捨てた。
帰ってきた次女は、片付いた部屋を見て長女に対して何も言わず、買ってきたお菓子をベッドの上で横になりながら食べていた。
片付いた部屋をまた汚しながら。妊婦のいる部屋で煙草をふかしながら。
長女はお腹の子に悪いと思いつつもイライラを抑えられない。
母に『次女の言動や行動に対して、どうして叱ったり注意をしないのか、次女をもっと怒ってほしい』と伝えると
母は『小さい頃からの育て方が悪かった。実家を出る気がない次女にはさんざん言ってきたが、改善が見られない。次女の面倒は私が一生みる。』と言った。
母はさらに『これ以上次女のことを怒らないでほしい。もしまた自殺未遂を起こしたらと思うと、私ももう次女を怒ることはできない』と言った。
長女は、里帰りしなければよかったと夫に泣いて電話で伝えた。
父はいつも本気で叱ってくれた。あのころは大嫌いな父だったが、今思えば本当にありがたいことだったのだ。
父は、今の現状をどう見ているのだろう。
父が、生きていたら何と叱ってくれるのだろう。
しかし父はもうこの世にはいない、それどころか、父がいればこの現状はない。
長女は臨月のお腹をさすりながらお腹の子供に謝っていた。イライラしてごめん、あなたには私がいるよと。
その頃、次女の部屋には食べ終わったアイスクリームの棒にアリが集り