はてなキーワード: 色物とは
「設定の勝利」って言われる話こそ、実は高い技術の勝利じゃね?
「ベン・トー」読んでそう思った。
設定が奇抜であればあるほど、「出オチ」という判定をくだされて終わる可能性が高い。
ニコニコとか超ベストセラークラスだと、別に出オチは出オチとして歓迎されると思うけれど
特にアニメや週刊誌のような作品で一度「出オチ」という評価を下されると二度と復活できない。
「どうせ出落ちだろ」という圧力に耐えて、話を持ちこたえさせ、
そこから再度浮上できるのはそれこそ作者の高い技術が求められるってことになると思う。
なんせ、アニメやラノベは一回パッケージで騙せば済むというものじゃないからなぁ。
というわけで、ベン・トー。
最初私これ絶対1話か2話で切るわーと思ってたけど、今のところ今期アニメで一番面白いと思ってるですよ。
どうせ出落ちだろ、って思う人程見て欲しい作品。 読んでみると王道中の王道を楽しめますよ。
素直に王道やればいい仮面ライダーで学園ものやったあげくイマイチ盛り上がらんというというちぐはぐ感はなんとかならんのか。
なんかマスに近づけば近づくほど、お笑いとか皮肉とかそんなんでまっすぐなメッセージがやりにくく
色物とか腐海のようなゲテモノの世界にこそ純粋まっすぐがあるってのがなんか間違ってる気がする。
参考記事
http://d.hatena.ne.jp/shi3z/20111112/1321057463
一般的に言う良い企画について語ってるもの。普通はこういう企画のほうがいいよね。
逆に言えば奇抜な企画のほうが力技が必要になるわけで、ベン・トーはかなりすごいと思う。
http://blog.livedoor.jp/kashikou/archives/51837848.html
http://raitonoberuteki.blog.fc2.com/blog-entry-9.html
これは「はがない」の記事だけど、「ベン・トー」も余計なことを考えずに美味しく味わえるように作られてると思う。
私も「ベン・トー」と「灼眼のシャナ」を比較して、同じテーマ、同じ中二病ネームの羅列でありながらも
いかに作品が飲み込みやすく作られているか語りたいと思ったけどめんどいのでやめた。
蛇足。おなじアサウラさんがシナリオ担当の「アキバストリップ」がなぁ・・・。
ベン・トー面白かったからこっちも買ったんだけど、うーーーーーーーーーん、って感じでした。
もっとガチでやってほしい。荒いポリゴン絵が服が脱げてもただのお馬鹿としか思えない。
ランブルローズくらいは頑張って欲しい。PS3とかのフルハイビジョンで作りなおして欲しい。
「生徒の自主性を高めるために夕食を用意しない学寮」単に生徒を保護する気がないどうしようもない学校だよね。どこが奇抜な設定?
私はベン・トーについて「設定が奇抜くらいしか特徴がない」といってるやつをDisってんだよ。
一見変わったふうだけど、この作品の魅力は設定面に負ってるわけじゃないって主張をしてんだよ。
タイトルもわざわざわかりやすくしてやってるのに、まだわからんとか頭悪すぎだろ。
お前らの国語能力じゃラノベさえもちゃんと読めないんかもしれんので、口を開くなボケ。特にWelなんとか。
私が言いたいのはこれだよ
設定の勝利って、ベントーは当初本当に売れてなかったのが「設定めちゃくちゃだけど作者の文才は高い」みたいな感じでじわじわと売れていってようやくアニメ化までこぎつけたんだぞ
なんで大抵学問っていうと経済学絡みばっかなのか疑問に思わないか?
さも高尚ぶってのさばってるのが自分はホントに気に入らない
まず気に入らない点は色物なのに本物ぶってる点
ビーチサッカーやビーチバレー、キックベースやらタッチフットと考えて欲しい
「数学的手法により手軽に理論を完成させる(未経験者可)」「市場(取引の場)の思想にマッチさせる」
っていう辺りの思惑と言っていい。
簡略化した挙句に生態学とか心理学等、多方面からもつまみ食いした結果((中高生のハートをキャッチするためでしょう。おそらく))
完全になんか不思議なジャンルと化している。どの観点から見ても中途半端。
全国的に子供に率先してやらせる学問ジャンルがこういうものってどう思う?
君の考えにケチ付ける前に前提の共有をしておきたい。
何が「吹奏楽絡み」なのか意味が分からないし、意味が分からないから疑問にも思いようがない。もう少し詳細に。
まず気に入らない点は色物なのに本物ぶってる点
この本物ぶるというのもやはり意味が分からない。どういう現象を「色物が本物ぶる」のか詳細が欲しい。
そもそも音楽ジャンルをスポーツに比喩することは適切だろうか?
たとえばその比喩が適切であるならば、「フルートオーケストラ」や「弦楽四重奏のための協奏曲(ただし弦抜きオケ)」や「クラリネット四重奏」と「クラリネット五重奏」の違いなどが明確に他のスポーツなどに対応されなければならないはずだ。
簡略化、という主張をするならば、当然弦楽四重奏はオーケストラから簡略化されたものと見做されねばならないし、ピアノとサックスによるソナタもそれに準じなければならないだろう。まさかクラリネット四重奏が四管編成オーケストラの簡略化だ、なんてアホなことは言わないだろうが。
「オーケストラより手軽に曲を完成させる(未経験者可)」「部活(教育の場)の思想にマッチさせる」
っていう辺りの思惑と言っていい。
教育的配慮はあろうが、前者は意味がやはり不明。そんな思惑は聞いたことも体験したこともないが。具体的に誰が明言したの?
簡略化した挙句にジャズとかポップス等、多方面からもつまみ食いした結果((中高生のハートをキャッチするためでしょう。おそらく))
19世紀後半からのオーケストラのジャズつまみ食いはそれこそ作曲家から演奏家まで当たり前のようにしてたわけだけど、そういう事情は無視?
でもそこが日本の中心って全体の底が知れると思わない?
そこまで書いてWASBEとかは無視するんだもんね。
「個性<集団」に相当偏ってる。
私は地区~県レベルの中学と県~支部レベルの高校の吹奏楽部に在籍していた人間だけども、そんな基準は聞いたことないなあ。
普門館に上がるとそういうのが加味されるわけ?
地区大会とか県大会の団体は感動が魅せられていないわけでもないでしょ?
そう思ってるなら、よほどひねくれた考えなんだなあ、と思わざるをえない。
「徹底的に個を排除」「演出は過剰に」という方向に走る
二行目はわからなくもないけど一行目と三行目は別に問題ないよね。
というか吹奏楽って編成事態が中音が分厚くて低音が薄くて個性の薄れた管楽器集団じゃない。
もちろんこれは構造上の特徴だから、それを活かすも殺すも作曲家次第なんだけどさ。
まあ北朝鮮のマスゲームみたいだから音楽じゃないっていうのも読んでてアホだなーって思うけど、まあそれはいいよ本筋じゃないし。
前のとこは省略したけどさ、吹奏楽部あがりのプロ管楽器奏者ってザラにいるのよ、わかる?
で、ジャンルの問題として君は吹奏楽とオーケストラとジャズの違いも説明できなそうだし(ここでオーケストラとジャズを比べないあたりがとても恣意的だよね)
で、そもそもスポーツとの比喩が適切であるかどうかも不明瞭だからここの引き合いも同じく不明瞭。
「日本でクラシックを本当にやるなら東京藝術大学を目指すんだろう」と「そういう高校生は吹奏楽やってる暇はないらしい。」がどういう理路でつながったのだろう?
あと、君勘違いしてるけど今音楽が熱いのは藝大じゃなくて東音ね。あなたいつの人よ?データ古くない?
杞憂だから不安がらなくていいよ、めんどくさくなって前提無視してケチつけまくったけど
ああ、あとちゃんとトラバ返してね。少なくとも上の指摘に適切に返せないようじゃ話にならない。
なんで大抵部活っていうと吹奏楽絡みばっかなのか疑問に思わないか?
さも高尚ぶってのさばってるのが自分はホントに気に入らない
まず気に入らない点は色物なのに本物ぶってる点
ビーチサッカーやビーチバレー、キックベースやらタッチフットと考えて欲しい
「オーケストラより手軽に曲を完成させる(未経験者可)」「部活(教育の場)の思想にマッチさせる」
っていう辺りの思惑と言っていい。
簡略化した挙句にジャズとかポップス等、多方面からもつまみ食いした結果((中高生のハートをキャッチするためでしょう。おそらく))
完全になんか不思議なジャンルと化している。どの観点から見ても中途半端。
全国的に子供に率先してやらせる音楽ジャンルがこういうものってどう思う?
気に入らない点の二つ目は、教育的思想が大きくなりすぎたままガラパゴス化してる点
まずガラパゴス化の説明。
「全日本吹奏楽連盟」とそれが主催する「全日本吹奏楽コンクール」の存在が大きくて
そのコンクールの課題曲とか審査の傾向が全体のトレンドに大きく影響する
っていうとさも当たり前っぽいけど、全日本吹奏楽連盟はいわば野球でいう高野連
全日本吹奏楽コンクールは夏のインターハイとか高校野球とかそういうの。
そりゃもう命かけて賞取りに行くよ。
でもそこが日本の中心って全体の底が知れると思わない?
連盟って根本的にはプロの演奏家じゃなくて学校の先生の集まりなわけで、
やっぱりそこが一番お偉いさんやってるとちょっとずつおかしくなる
そこで教育的思想が大きくなりすぎるっていう話になるわけだけど
「個性<集団」に相当偏ってる。
要は「中高生が協力し合って作った感動」を魅せると高得点取れる。
そういう審査を付きつけられた中高生なりその顧問はどうするかっていうと
「徹底的に個を排除」「演出は過剰に」という方向に走る
根本的に音楽の発展なんか気にしてないから当たり前なんだけどね
審査の切り口が違う大会がいくつか乱立するような状況だったらバランス取れるだろうけど
教育的バイアスで歪んでるとはいえ日本における歴史は結構長いから
高校卒業しても続けられたり、プロとしてやっていく土壌は出来てしまっていて
視野の狭いままその世界に骨を埋めることも可能になってしまっている
日本でクラシックを本当にやるなら東京藝術大学を目指すんだろうけど
そういう高校生は吹奏楽やってる暇はないらしい。そのくらい別物
他の物に触れずに歪んだジャンルに人材が割かれてると思うと悲しい
最初はそれなりにいい線いっていたのに、ここにきてもう投げやりというか、反論のための反論というか、急速に劣化ウランしてます。
劣化ウランって「天然ウランより放射能が落ちた」ってことなんですけどね。まあ投げやりになったのは思い切り事実ですが。
「事実」をもとに語る気があるのかと思ったら結局あなたも「理系が悪い」の人だったので落胆しました。だいたい私が最初の記事に「理系」って書いたことに過剰反応する人がいること自体意味不明なんですが(「自然科学の分野に専門性がある」とか役人言葉で書けばよかったんですかね)、はっきり言って「ブルータスお前もか」です。
オウム真理教の信者は人間。燃料棒はモノです。人間相手なら断罪するのは慎重さが必要だと思いますが、燃料棒相手にそこまで遠慮する必要はないでしょう。あそこで遠慮したことで、「メルトダウン隠蔽説」の発生という大損をしたわけです。
オウムだって破れかぶれであのあと毒ガステロする危険があったし、実際未遂事件は何件か起こしましたけどね。「新宿駅青酸事件」とかでぐぐってみてもらえたら思い出すと思いますが。
(本論と直接関係ありませんがオウム事件のくだり「化学薬品が大量に見つかった時点でもうほぼ真っ黒」という発言は気になりますね。そうやって河野さん一家も冤罪で酷い目に遭いました。人間相手にはくれぐれも慎重に頼みますよ。モノ相手はバッサリやっちゃってください。)
自慢じゃないですが当時中学生のガキの俺でも河野さんは冤罪だってわかってましたけどね。河野さんが犯人だとしたら、ガスに最も暴露されるはずの当人が比較的軽症でしかも防護設備がどこにもなかったんだから。あれも「文系」の失態ですね。オウムの場合はサリンを合成できるだけの薬品としかも製造設備が揃って出てきたんだから確定でしょうよ。一方でですね、同じ福島第一原発事故の中でも「モノ相手にバッサリ」やった結果、測定ミスを見落として再臨界デマが流れたりとかそういうことも同時並行で起こってたことをお忘れですかね。やっぱり緊急性が高くない情報はきちんと確認できてなければ断定なんてしたらいかんのですよ。
まあどっちにしても、あの「メルトダウン発表」(というか発表の趣旨自体そもそもメルトダウンがどうこうじゃなくて水位計の機能が回復したって話なんですが)が衝撃的だったのは、私にとっては「あれだけ水を入れてもまだ水が燃料棒に届いてなかったこと」だった(つまりまともに水が入らない原因が何かあるということ)のに、燃料棒が損傷していることが水位計からも裏付けられた、って話がここまで大袈裟に受け止められること自体本当に理解できないですね。
まあ、そういう「文系」の言葉遊びの世界はよくわかりませんわ。麻生の漢字読み間違いの一件も、「自分の言葉で語らずに聞きかじりの付け焼き刃を格好付けて語っている」ということの象徴として当初叩かれてたのに、民主党政権がグダグダになったら「麻生は漢字を読み間違えたという些細な落ち度を元に首相の座を終われた」なんていう風にいつの間にか歴史修正されてるみたいですしね。日本にはマスコミという「真理省」があるということですね。日本の天地は複雑怪奇なり、ですわ。皆さん本当に頭がおよろしいので私には到底ついていけまへん。
ウソですよ。大馬鹿ですよ。あれも「理系」じゃなくて「文系」人間がやったことですけどね。正直、私が一番原発に対して懸念を持っていること(くどいようですが私は推進派だなんて名乗った覚えありませんからね)は、ああいう馬鹿な人間が動かしているということですよ。ただし、ああいうコピペメール構成ってのは基本的にナイーブ系反原発派を含む「市民運動」の常套手段なのであって、「お前が言うな」でしかないんですがね。
流通していないから大丈夫って、今になってセシウム基準値オーバーの牛だって流通したことが出てきたじゃないですか。あれもウソじゃないんですか。
そりゃまあ、全頭検査をしないってことは「確率的に」流通することはあり得ますよ。ああいうことが一件や二件あっても不思議はないだろうな、程度。こんだけの混乱状況なんだし。正直、俺はあの話全然興味ないので逆に聞きたいんですが職場の食堂で昼休みに流れてるNHKニュース見て「あー今日もこの話しとるなー」ぐらいに思ってる程度なんですが、世の中ではあれでそんな騒ぎになってるんですかね?。
信頼というのはそういうもんです。推進派は、そこがまるでわかっていないんです。かわいそうなくらい。だから原発を自動車と比較したり、死者の数を出して、どうだ安全だろといったりするんです。
じゃあどうやったら推進派が「信頼」を勝ち取れたでしょうか。絶対無理だったと思いますよ。ナイーブ系反原発派のプロパガンダは卑怯でありなおかつわかりやすすぎるし、坂本龍一だの宮崎駿だの村上春樹だの、ああいう一般受けする文化人を広告塔に担ぎ出せた時点でもう勝利確定ですよ。
そりゃまあ第二次大戦前のドイツの民主主義勢力が「信頼」を勝ち取るのと同じぐらい難しかったと思いますよ。第一次大戦は軍人目線では完全に負け戦でも一般人には被害がまだ及んでなかったわけで、「アカとユダヤの陰謀だ!」と言われれば信じたくなるというのは非常にわかりやすい人間心理でしたしね。
広瀬隆の著作が「だまされようがありません」というのは、(あなたレベルなら)だまされようがないということです。
まあ、一読をお勧めしますね。賛否はともかく、それなりに楽しめると思いますから。私にしても全部同意するほど無批判な読み方はしていません。
それを「楽しめる」という神経がわからないですね。あなた、9.11陰謀論とかの本読んで楽しめますか。
私にこんなにもコンプレックスを与えている、あなたを含む「理系」エリートは凄くあってくれなくては困るわけで、それが凄くないもんだから、もうプンプンですよ。
そりゃまあ「逆恨み」としか言いようがないですが。まあ俺自身が「金融」とか「コンサル」とか「MBA」とかの人たちに対して多少とも似たような感情を持っていたり、それで色物でない「経済学者」の人にルサンチマンを誤爆したりしてないとは言わないから多少は同情しますが、まあ誤爆された方からすればお門違いもいいところとしか言いようがないですね。
もはや数年前ではあるが、小泉純一郎のネクタイはそれとなくニュースの話題にのぼることがあっただろう。
そして彼は緑色のネクタイを付けて、しかもそれがちょっとしたブームの火付け役になったこともあった。
惜しむらくは、満足行く色合い、生地を得るまで妥協しなかったことが失敗なのだ。
何もブームを作りたいわけじゃない。それより先にそこにいることこそが重要なのだ。
こればかりは、後悔している。
ちなみに、今は満足行くものが見つかったので、週に一度は付けます。
でも、スーパー・クールビズ大賛成ですよ。むしろアロハにすべき。
そんなこともあり、まあなんていうのか、上のネクタイみたいに「既存の枠組みの中でちょっと差別化してみる」的なファッションがお気に入りなんですが、
まあ、それ自体は染物さんも生計立てられるぐらいに市場はでかいし人も多い。
で、そこでやはりというか、ハマってしまったわけですよ。デニムに。
でも、ハマってしまったからには個性を演出といいますか、差別化してみたいですよね。
黒やグレーはもちろん、ワインレッドに白、灰色がかった紫に土色に錆色などなど、集めに集めて穿いてるわけです。
ストレートもいいけどブーツカットやフレアもいいよね。ついこないだ茶色のフレアジーンズがあって「うお、メンズにフレアなんてあんのかよ」と衝動買いしてしまいました。日本人は足短くてブーツやフレアは合わないといいますが、案外しっくりきますよ。ちょっとデフォルメされた感じ。SDガンダムみたいって言ったら大げさだけど。
で、話を戻すと、これもまたやはりといいますか、緑色のジーンズが欲しくなるわけですよ。
そして緑色といってもさまざまなんですよね。蛍光染料で染めた画一的で色落ち何それ?なジーンズや黒地に少し緑がかったものとか。
で、やっぱりデニムって色落ちに拘りたいですよね。そんな感じで一着見つけたんですよ。真緑色で、色落ちもするジーンズ。かなり出回りが少ないんじゃないかな。
これいいんですよホント。
メンズというか服飾全般として下が緑色ってのは数が少なくて、これを自然に使えるようになるのはすごいアドバンテージなんですよ。英会話のNAVI TIMEみたいに、爽やかでありながらスッキリ見せることもできていいんです。特に上が白と黒の服との相性は抜群ですよ。
で、これで満足するわけにはいかないじゃないですか。でも数が少ないから諦めざるをえないというか。とは言ってもあることはあるんですよ。
この前近くのスーパーに行ったら、黄緑色というか抹茶色というかそんな感じの、自然なデニムを穿いた女性がいらっしゃって、ぴーんと来ましたよね。「あいつやるな」的センス。あ、惚れてはいませんよ。タイプじゃないし。おっぱい小さかったし。
でもあのデニムを穿きこなしているのはなかなかの強者というか、どこで見つけたんですかって声掛けたくなっちゃうぐらいの衝動に襲われたんだけど、まあ声かけなかったのよね、それが後悔。
というわけで緑色のデニムほしいんですけどどっかにいいとこありませんか?たまにググッても情報なくてね。そこまで不自然じゃないんだけどなあ。ユニクロあたり仕掛けたらすぐに広まりそうなものだけど。
このままおいておいても腐ってしまうので鮭の卵のように放流です
仮に1年間生きるのに必要な最低限のお金を家賃込み200万円、研究費50万円、学費50万円としよう。バイトの時給を1500円としても、300万円稼ぐには年2000時間、週40時間働かないといけない
@t もし病気もせず、家族も持たず、貯金も必要なければ、ね。
ただし希望はある。新興宗教を見ていれば解るけれど、とことんニッチな市場を追求すると、あなた一人が辛うじて食べられる程度の収益を上げられるだけのコンテンツを生産・販売することは、それほど困難なことではない。
「院生問題」が内部では永久に解決しないのは、意志決定権を握る教員にとって、院生が「競争相手」であるからだということを忘れちゃいけない。正義の味方を演じたいアホ教員たちは、「敵に塩」なんてバカなことは絶対にしない。必ず正義は勝たねばならないのだから。
最後に、これではあまりに夢がないので、「博士と就職」について、少しだけ書いておく。
「博士まで行って就職するのと、学士や修士で就職するのとどちらが良いか?」というのは、正直答えるのが難しい。職種や業種によってあまりに違うから。ただ、「どちらが易しいか」ならば、明らかに後者
私は幸運にもいくつかの企業から内定をいただけたけれど、国内企業はすべて書類落ち、外資でも1つの企業ではひたすら圧迫面接だった。いかに私がモラトリアムに浸かっているか、私の研究が無意味であるかを延々説かれる1時間×3セットは、鬱になりかけた。
もちろんその企業は落ちたが。
私を書類で落とした会社は全部潰れちゃえ。っていうか今後じっくり時間をかけてすべて潰す。
一言で言うと、私が内定を取れたのは、1. 頭の回転がとてもとても速いこと(いわゆる地頭) 2. 自分の研究をより一般的な体験として語れたこと 3. コンサル用の話し方へとがんばってアジャストしたこと これに尽きると思う。
結論から言うと、すべての博士学生がコンサルになれるとは思わないし、向いているとも思わない。私だって、実際は来年の4月になるまで解りはしない。だから、博士はコンサルを目指すべきとも、就職すべきとも思わない。
2. については、既に述べたので省略して、1.と3.について少しだけ書いておく。
一般に、採用担当者は大学や大学院での専門にはまったく興味がない。早い話がなんでも良い。
これから以降の話は、「外資コンサル」のみに該当することだから、注意。
彼らが興味を持つのは、1. 中高を含めた学校歴 2. 素早く的確な分析能力 3. 他の事例から解決策を持ってくる結合力(アイデア) 4. 人間的なおもしろさ の4つ。
1. については、博士は相当高くないとダメ。学部だけではなくて、中高もしっかり見ている。私について言えば、学校歴は問題なかったけど、文系であるが故にMcK社では「この人、数字の計算とか大丈夫なの?」という会話が裏でなされていたそうな。
2. については、「とにかく速く目星を立てて、それを検証する能力」が大事。研究だと、どれだけ時間をかけても網羅的であることが求められるけれど、面接ではそんなの求められない。速さと、常識的な範囲での網羅性。
3.は飛ばして、4.はすごく難しい。McK社には五大陸最高峰制覇最年少記録保持者とかもいたらしいけど、そういうのでなくても、「まったく違う人とでも、良い関係を築くことのできそうなイメージ」という感じ。
いろんな企業があるけれど、一般に博士の就職に対する風当たりは非常に厳しい。大学の中でもいろいろな妨害や誹謗を受けるし、外でも色物扱いされるのは避けられない。でも、それを乗り越えるだけの能力と精神力があれば、何とかなる。
先ほどの繰り返しになるけれど、私はすべての博士が就職できるとも、すべきだとも思わない。ただ、研究の道は一般に考えられている以上に厳しいこと、研究以外の人生もあって、まだ完全に道がふさがれている訳ではないということは、知っておいて欲しい。
多くの博士は自分の研究分野で素晴らしい業績を挙げ、自分には才能も努力もあると思っているのだろうし、それは間違いではないのだろうと思う。ただ、あなたの能力や知識、技能には、他の活かし方もあるのです。
日々の研究生活で視野狭窄に陥って、高いリスクを伴う研究の道しかないなんて思い込まないでください。また、自分を「外」へ開くことを恐れないでください。
最近東京都の青少年健全育成条例に関連して主にネット上で議論が紛糾した。
表現規制問題とはなんなのか。
要するに規制推進派が「気持ち悪い」「気に入らない」と思ったものを潰そうとしているんだと思う。
ごちゃごちゃ後付の理由を付けてはいるが要するにこういうこと。(他にも表にでない理由があるのかもしれないが)
普通に考えればならそんなことは許されるわけがない。
だけど強者にならそれが可能になる。
規制推進派はアグネス・チャンをはじめ石原慎太郎、自民党公明党、PTAなどなど既得権益をガチガチに固めた勝ち組がゴロゴロしている。
里中満智子さん(規制反対派)がかろうじて政府の要職に付いていわゆる文化人的な扱いをされているけどそれ以外の漫画家などのオタク文化の代表者は基本的に色物。
(もし手塚治虫先生が生きていたら規制反対派に回ってくれたと思うけど)
さらに言えば規制反対派の大部分を占めるオタクは社会的には弱者だろう。少なくとも勝ち組は少ないのではないだろうか。
勝ち組なら2次元に逃避しなくてもいくらでも現実で実現できるしね。
勝ち組は負け組から現実を奪い、さらに逃避する先まで奪うつもりなのか。
今回はなぜか民主党が規制反対派に与してくれたが既得権益層に圧力をかけられた上でいつまでも弱者に味方をしてくれるだろうか。
では弱者はどうすればいいのか。とにかく行動あるのみ。団結して圧力をかける。これしかない。
負け組にも譲れない場所があるんだよ。
やばい
あらかじめ決めておいた役(今日はTシャツにしようとか)になりきり、
「やった!二日間放置されていたがこれで綺麗に!」等と言って、洗濯機に放り込まれるように布団へダイブ
その後、粉洗剤が口に入り咳き込むが、水が入ってきてなんとか助かる(その際「つめてー!」など大はしゃぎ)。
そして物凄い勢いでキリモミローリング。ゴロゴロー!って感じで。
やっと洗濯が終わり、干されることになる。
部屋の中で俺の肩にハンガーを入れて、カカシのように立って無表情のまま棒立ち。
これで終わり。
たまに色物の服になりきると大変。
「ぐへへ、俺色にどんどん染まっていくなあ?マリファナシャツちゃんよお」
などと、役が難しくなるので注意。
第三の党が出刃ってきたりしないかな、と期待するよ。
弱小の党が、色物以外の部分で強みを持てるようになれば良いのにと思う。
白物は色移りしやすいから、白物と色物を別けて洗濯するモンらしい。
昔、オカンに怒られた。
とはいえ面倒だし、ついやっちゃうよね。
beep世代?ということは同じ世代かなぁ。
beepという雑誌が出てきたのが懐かしいのでつい書いてみる(あれってLOGINが発刊される前だっけか)。
はてブでいろいろ書かれているけど、生真面目に謝罪された姿勢は好きです。
ネット上だと分が悪くなると逃げる人が多いけど、元文を消さずに謝罪はなかなかできない人が多い(改変しないでくれ、という要望はちと難しいとは思うけど)。
近いうちに削除する、とあるけど、なるべくなら、削除しないで欲しいと思う。
良くも悪くも、自身の書かれた文章だし、削除したとしても、なかったことにはできないから。
元のエントリーや、今回の謝罪を読んで、音楽に対する真摯な姿勢もわからなくも無いと思った。
色物な音楽が蔓延して、一生懸命作ってるいい楽曲(と、特定の聞き手が思ってるものが)が、楽曲のレベルに見合った評価がされていない為、売り上げが低迷し、活動や露出が減っていくことに対する危惧もわからなく無い。
最初の文章がやたら攻撃的だったのは、その気持ちが爆発したんだろうけど(でも、ネット上はいろんな人が見る以上、取引先に対するような言い回しの方が無難だけど→そうするとつまんない文章になってしまうのだが)、最初の増田は凄く真剣に考えているんだと思う。
ただ…
仕方ないんじゃないかなぁ、と思う。
こうやって音楽業界やリスナーが、紆余曲折し、いろんなサウンドが流行り廃りしていくなかで淘汰され、時々は復刻していくのが音楽の歴史だったと思うし、これからもそうなんじゃないのかな、と。いい楽曲=売れる楽曲、でないことは、元増田だって分かってるはず。
自分は質の高い楽曲を聴いてる、という自負は他者から見れば滑稽に映るもの。
音楽の嗜好なんて、人それぞれだし。
どんなに作り手が頑張って心血注いでも聞き手は勝手なもので好きか嫌いか、しかないし(それは、他の作品…小説やゲームでも言えますね)。
元増田が書いていたように『ある人はいいと思うだろうし、別の人は良くないと思うだろう。それでいいと思う』でいいと思う。
だから、初音ミクの楽曲がいいって人もそれでいいと思う。好きか嫌いは別にして。
悲しいかもしれないけど、これが現実ってヤツですね。
それを受け入れられないと、僕らが若い頃に思ってたような頭の固い古い世代になってしまいかねない。
初音ミクだっていいじゃないか。前のTBで書いたが、個人的には阿久根ミク(http://studios.kir.jp/iku/)の方がウケたけども。
最初の分に関しては自身のブログで書いた。
親切でやってもらっていることというのは、なかなかに文句を言い難いものがあります。
「差し入れ」
こちらの状況が大変だから、食べ物を用意してやろう。
その心意気はありがたいのですが、こちらは2人なのにサンドイッチ4人前とか、トンカツ3人前とか、太巻き5人前とか。
「家事手伝い」
すみません。漆塗りの茶碗を濡らしたまま放置しないでください。洗濯物は色物と白物と分けてください。タオルとズボンは別に洗ってください。芝生の根っこまで雑草と一緒に抜かないでください。
「付き添い」
看護士さんはお手伝いさんではありません。お医者さまはうちの専属ではありません。お見舞い客同士で患者をほっぽっておいて盛り上がらないでください。治療方針に文句言わないでください。糖尿病で食事制限のある患者にヨーグルトやお菓子やチョコレートを持って来ないでください。
悪意があるんじゃね?
と、思われますよ。そんなことしていると。
別れた夫のお話。
「自分は家事も手伝う男だ」という自己認識はあるんだけれど、家事に対して壊滅的にやる気とセンスがなかった。たとえば、料理。レシピを読まないし計量しない。食べたことがある料理を漠然とあてずっぽうで作る感じなので、毎回食べられたものじゃないし、やたら時間がかかる。1時間もかかって、バリカタハリガネ状態のパスタが油の海に浮かんだペペロンチーノとかが出てくる。だけど自分は味覚が崩壊してるのかそれで満足してる。私が残すと「おまえは味にうるさすぎる」と不機嫌になる。
洗濯も、色物と白物を一緒に洗って白物が軒並み黒っぽくなるし、ウールのセーターやネクタイやスーツまで洗濯機で洗ってダメにする。で、縮んだものやクシャクシャの服をを意地になって着る。私が捨てたら「もったいない」と怒る。
決定的にダメだったのが「こうしたら効率がいい」とか「次からこうしてほしい」という提案や要望をまったく聞き入れずに自分流を貫くこと。最終的に、この人には家事を任せられないと思って全部自分でやるようになったけど、それが気に食わないらしく「信用されていない」とむくれて大変だった。たとえばお願いした食器洗いをいつまでたってもやってくれないから仕方なく私がやると、すっごい怒るし。放置してると不衛生だし、汚れが取れにくくなるから早く片付けたいのにねえ。
これだと、まだ「家事はしない」と決め込んでる人のほうがマシだと思った。少なくとも私が家事をやることに感謝してくれると思うから。「家事なんて簡単に誰にでもできる」と思ってる分タチが悪かったなあ。
http://anond.hatelabo.jp/20080705133008
ファッションセンスがないからもてないとかどうせオタファッションだからどうせ俺なんてとか言ってる奴、お前どれだけファッションに時間と労力と金をかけたんだよ。
俺は年間100万円近く服を買う。男物のシャツなんて、まともなのは安くても1万円以上するし、冬服なんてコート2,3着買ったら20万くらい行くから別にめちゃくちゃ多いわけじゃない。(少しだけ普通より使いすぎてる気はするが)
服のメンテナンスに時間をかける。色物、オシャレ着全部分けて数回は洗濯するし、デリケートなのは手洗いだ。アイロンがけに1日1時間以上かける。クリーニング代も馬鹿にならない。
俺なんてまだ序の口だ。友人のファッションオタAなんてもっとすごい。俺の倍は服買ってる。Aは毎週末原宿から渋谷、新宿あたりの服屋を巡回する。店員とも顔見知りで、Aが行くと「Aさんに似合うと思ってキープしてたんですよー」とか言って店頭に出てない新作が裏から出てきたり、「本当は来週からセールなんですけど、Aさんには特別です」とかいって、突然全商品半額セールが始まったりする。(だから俺は服買うときはAに付いてくぜ。得だからな)
給料の大半は服に費やしてるし、食費削ってまで服買ってる。馬鹿だよ。頭悪いよ。
でもAのやってることは他のオタクと変わんないんだよ。オタクが毎週秋葉原に通って、10万もするグラフィックボード買ったり、アニメのDVDとかPS3とかeeePCとかiPhoneとか買うのと同じなんだよ。パーツ屋の店員となじみになったら入荷情報とか教えてくれたり取り置きしてくれたりするだろ?それと一緒。
これはどっちも極端な例で普通の人はこの中間なんだけどさ、普通の人はどちらかといえば前者に近くて、ファッションセンスがないとか言ってる奴は後者寄りなんだよ。センスがない奴はある奴よりも使った時間も、金も、労力も劣っている。ただそれだけ。
ダサいファッションは嫌だし、自分の見栄えがよくなるとうれしいだろ? うれしいからがんばる。好きだから打ち込む。趣味なんだよ。ファッションに気を使ってない奴は、本当はそれを嫌だと思ってないんだろ。もしくは優先順位が低い。ファッションに時間をかけるくらいならアニメを見る。服を買うくらいならパソコンを買う。趣味に費やす。そういう優先順位だから趣味の知識・技術レベルはどんどんあがっていくけど、ファッションセンスがあがらないんだろうが。
http://anond.hatelabo.jp/20080415131815
なんか俺宛に意見が多いので
いやいや、一日30分は、ありえないだろう。それ、家事って言わないと思うよ。
その30分の詳しい内訳きぼんぬ。
平日
大して旨く無いくせに手間のかかる家庭料理を作りすぎ
すごいツッコミはいってるところで悪いけど、
分けてない、白物ほとんど持ってないから
緊急時用にブリーチ自体は一応ある
>彼女の下着も手洗いしてるの?
どちらもネット行き
全部ドライ洗剤
>シミはちゃんと手で抜いてるの?
白物ほとんど持ってないから不要
>アイロンがけはやってないの?
形状記憶Yシャツなめんな
「このひと手間で結果がすごく変わる。」
繰り返しになるけど費用対効果を考えないと無限に増えるよ
料理も一汁三菜とかまじめに作ると時間がどんなにあっても足りない
一人暮らしで一汁三菜ちゃんと自分用に作らないと満足できない奴はいないだろ
洗濯も干しっぱなしでローテーションさせれば十分
一々畳もうとするからアイロンも必要になる
効果がある一手間ってのは干す前に一回はたくとかだろ
1秒でできて洗濯物のシワは取れる
一度、トヨタの工場長にでもなったつもりで作業を見直すといいよ
致命的に能率が悪いか、やらなくてもいい仕事をしている