はてなキーワード: 正方形とは
こないだのゲームの炎上で「戦国時代で畳を敷くのはおかしい」「畳が正方形なのはおかしい」「殿様と同じ段に部下が座っているのはおかしい」みたいな話が出ていて、そもそも城の内装ってあんまり知らないなと思った。
ググると「とっさに盾にしやすいように人の身長の大きさに信長が決めた」という話が出てくるが信憑性がわからんし、そもそも「それ以前は正方形だった」という話でもなかろう。
最古の畳は聖武天皇のもので、この時点で縦長ではあったらしいが、その当時は床に畳を敷き詰めるような習慣がなかった。
畳を敷き詰めるようになったのは室町時代以降に書院造が広まってから。
正方形の畳は「半畳畳」といって、畳を卍に敷き詰めたときの真ん中に使ったりする。
半畳畳だけを敷き詰めるようなことは無かったんだろうか?
この絵だけだと畳の縁飾りが横方向にしかなくて境界線がわからないから長方形なのか正方形なのかわからない。
あと、江戸城の広間は畳敷きだったみたいだけど、信長の頃は板敷きだったということなのか?
この絵では将軍らしき人と同じ段の背後に側近みたいな人が座ってるので、「殿様と同じ段に座っちゃダメ」説は少なくとも否定できるのかな…?
なんということでしょう 匠の粋なはからいにより、安土城の畳が全て正方形に
向こうは例えイメージと違っても事実を描写したのに知識不足が故に違うと断定されたわけやからな
結局「ファンタジーより史実に則ってる方が面白いと感じるインテリオタクです」みたいな態度取っといてイメージで判断してたのがわかるな
イギリスとノルウェーのすべてをレビューすることはできませんが、ロンドン(Lūndonjon / Lūndyn / Lunden)をレビューすることができます。
西暦873年にそこに立っていたであろうものの多くは欠けています。ユービーアイソフトの歴史家は、ウィキペディアからこの地図を参考にしたようだ。
https://en.wikipedia.org/wiki/File:Map_Londinium_400_AD-en.svg
しかし、その地図には、当時のロンドンの少量の建物が含まれています。このレベルの歴史研究では、ウィキペディアのような一般的な知識サイトは不十分です。
一般:
または、フォーラムの南にあるCandelwic Strætのロンドンストーン(Millarium / Praetoriumゲート)から放射する道路のパターン:
Trajectus Way:Douegæt(川までダウンゲート)からLondon Stone(Candelwic StrætのPraetoriumゲート)まで
Wæcelinga Stræt(Praetorian Way):南東からニューゲートまで
Earninga Straete (Ermyn/Ermine street a.k.a.オールドノースロード)は、Wæcelinga Stræt southwarkに同行し、南西からDouegætに入り、Cripplegateまで北上しました
ヴィシナルウェイ(フェンチャーチ通り)TrajectusからAeldgate(旧門)を通ります
フォーラムの東:
フォーラムの西:
クリップルゲート:
ルンデンウィッチ:
ゲームには一般的な「Lundenwic Abbey」が1つあります。9世紀には、ルンデンウィッチには5つまたはおそらく7つの修道院があっただろう。
他のいくつかの観察:
むかしはテレビで映画をよく放送していた。地上波しかない時代。
むかしのテレビは画面の縦横比が 4:3 だった。今のワイドテレビよりも正方形に近い。
それに対して、映画はもっと横に長い縦横比だ。細かい比率はわからないけど、今の縦横比(16:9)に近いのやもっと横に細長いのもあった。
そういう横長の映画を、4:3のブラウン管にどうやって放映していたかというと、画面の左右をトリミングして画面いっぱいに表示していた。
テレビの画面が大きくなった今では、レターボックスやピラーボックス放映(上下や左右に余白を持たせてアスペクト比の違う映像を欠損なく投影する)が普通だけど、むかしは左右をぶった切るのが普通だった。
多少の情報は欠損しても作品の中央部を大きく鮮明に見せることが優先されたのだ。
画面左右をそれぞれどのくらいちょん切るかというと、古いシネスコサイズで20%以上、一般的なビスタサイズでも14%近く。つまり左右合わせて作品の面積の3割~4割ほどが捨て去られていたことになる。
そんなに切り捨ててしまうと、
という疑問がわく。
そういう時は、画面をパンしていた。画面の端のほうにいる人物がセリフを喋る時とかに、「ずるり」と画面がそっちのほうに動くのだ。
カメラを振っているような感じだが、もっと機械的で不自然な動き方。古いシネスコサイズの映画などでは飛距離が伸びるので特に顕著だった。
これはテレビ局側の編集でやっていることであり、作品の演出とは関係ないパンニングである。オリジナルではふたりの会話を定点でじっくり撮っているはずのシーンなのに、テレビ放映では画面がひっきりなしに左右に動いてやけにアクティブなニュアンスになってしまうこともあった。それでよしとされていたのである。
さらに、
という疑問もわく。
そういう時は、画面を横方向に圧縮していた。アッチョンブリケしていたのである。
これが多かったのは、出演者の名前が画面いっぱいに列挙されるようなオープニングロール。役者さんの名前は絶対に見切れてはいけないからね。
画面に映っているすべてのものが縦長にゆがんでしまうが、縦横比を保って縮小すると字がかなり小さくなってしまう。
テレビ放送の水平走査は525本、ここにビスタサイズの画面をレターボックスで投影すると高さの解像度は284本分にしかならない。これでは「山城新伍(友情出演)」みたいな小さい文字はツブれて読めなくなってしまう。
鍋にやっぱり作り過ぎちゃったお味噌汁がまた滞在しているんだけど、
もう何日目?ってそうねだいたいねってすら何となくの日数も忘れちゃうぐらいの
でも1週間は経っていないとは思うの。
とは言え、
お味噌汁の作りたてよりかは幾分というかだいぶ味噌の味はするけれど風味は抜けてきているけれど
まだ腐ってはいない、
さすがに鍋の底からお味噌汁が沸いてくると言うわけでは無いけれど、
なんかさー
カチャって台にジョッキをはめ込んでスイッチを押せば下からビールがビールグラスのジョッキの底を突き抜けて充填される
これもしかして無限にルービーのビールが飲めるんじゃね?って思って、
へーそんなシステムもあるんだ!って
あれサーバーでグラスを傾けて、
ハンドルを手前に引いて出すか押して出すかで
液体が出たり泡が出たりするじゃない。
あれって最初やり方が分からない方式のセルフ自分でジョッキで注ぐお店のシステムだと
泡だらけのジョッキになって笑っちゃって
あいにくのルービーが飲めなかった1杯捨てルービーになっちゃうぐらい笑っちゃったわ。
お味噌汁も同じく、
食べても食べてもまだあるたくさん作りすぎたお味噌汁を今朝もいただいたのよね。
だいぶ豆腐に「す」が入ってきているような気配もするけれど
その木綿豆腐の存在感いや存在感というか食べ応えは充分にあるのよ。
手前味噌とは言うけれど、
陳列棚から豆腐を取るときは手前からとるようにして消費期限の先の方から取るようにしているのよ。
偉いでしょ?
なんか意地でも奥の方からとろうとする人いるけど、
消費期限いや賞味期限の若い古いの1日の味の違いは鯵の開きなわけ
そんな鰯気なことある?
なので、
奥から取るエネルギーを手前から取るエネルギーに買えた方がよっぽどエスディージーズなのよね。
ちょうど具を全部さらったぐらいでなくなったので、
また新たなるお味噌汁の
ラーメン屋さんで営業中って看板がちょっとトンチを効かせて「伝説中」とかって
何それバリバリ言ってんの?って思うぐらい
新しいお味噌汁を作らなくちゃ!って意気込みだけはあるの。
横に包丁を入れる際にまな板使うのが面倒だなぁって思うのよね。
それだけが
まな板を使うとなると
ちゃんと洗わなくちゃいけないのもあるし、
まあ美味しいお豆腐のお味噌汁のためならえいや!ってまな板を使うことにするわ。
こう言っている間に私は俎を取り急ぎ取り出して可及的速やかに横に包丁を入れたらいいのよねって思ったし、
うふふ。
具を全部もうさらっちゃって食べ切った感じのモヤシ中心のカッツ野菜を使って豆腐を加えて味噌味のお味噌汁ね。
またなくなったら新しいお味噌汁作るわね。
またこしらえておかないと、
さすがに6月前なので、
朝方も比較的寒くない日が過ぎ去ってしまった日々かも知れないので、
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
と言っても
何か手の凝った研究家を気取るお味噌汁研究家を名乗るつもりなほど凝った作りのお味噌汁ではなく、
木綿豆腐が好きなので木綿豆腐をサイコロ状に切って作るやつよ。
そうだと
上部から切った箇所を身ってサイの目になったつもりでも
正方形の形に切ろうとすると
1回まな板の上に豆腐をのせて横から包丁の技を決める!ってやると
横着したらダメね!って思った反面、
これを豆腐のパックのまま入った状態ででも正方形なサイコロの形の切り方ができる包丁の使い方を編み出したら凄いかも!と思いつつ、
超簡単じゃない?
結構1日ぐらいじゃ腐らない傷まないってこと。
あんまりこれは私が経験した感じを話しているので手放しで真似してお腹壊したらしんないからね!って思うんだけど
1日置くぐらいでも平気みたい。
これが夏場の鍋だとすぐに昼間気温が高くなるから腐っちゃうのよね。
劇的に1日で腐っちゃう鍋。
たしかに鍋のベーナーの美味しいスープのルーシーにはまだ味付けがなされていないわけじゃない。
となるってーと
その味付けの仮に塩分として
簡単な私の推測がペキカンなお味噌汁の味に仕上がったと同時にピントきたの!
なるほどねー!って
だから夏場の料理のこう言うのはわりと敬遠していたんだけど作るのをね、
でも1日ぐらいなら2日に分けてだいたい食べ切りサイズのピッタリで作るジャストミートって
肉は入っていないけれど、
これを豚肉を入れたら豚汁にクラスチェンジできるくね?って思うの。
いろいろとまたお味噌汁の変形のアイデアはそれしか思い付かないけど、
鱈とか白身魚安いいいのがあったら、
お味噌汁作りが捗って
一石二鳥いやいや一石二碗ってところが憎いところね。
要はお味噌汁1回作ったら2回食べられるってことよ!
頭良いでしょ!?
具もなににするか考えるのも楽しいけれど
ただ野菜を切り刻むのが面倒だなって思うの。
そのついでにお野菜も切っちゃ言えばよくね?って
うふふ。
モヤシとキャベツのお味噌汁もちろんお豆腐も欠かせないそのお味噌汁ね。
作って置いておけるからまあ便利ね。
すぐに食べきらないといけないところもあるけれど、
ちょっとお腹の小腹が空いたときにお味噌汁食べて落ち着きなよ!って言ってみたいじゃない。
それそれ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
この度、節を曲げてNovelAI(以下NAIと呼称する)のサブスクを契約してしまった。
筆者はバチコリの生成AIユーザーであるが、あまり特定のサービスプラットフォームに依存することをよしとはしていない。
いつ何時ユーザーに不利な形で仕様の変更が行われるかわからないし、サービスが終了してしまえば利用の術は失われてしまう。
よって、NAIと契約するのは正直に言えば業腹である。この円安の時代、何が悲しくてわざわざドル決済の外国サービスなどサブスクして国富を流出させなければならないのか。
しかし悲しいかな、現状満足度はとんでもなく高いのである。以下、その理由について分析していきたい。
なお、本稿では生成AIに関わる法的、倫理的議論は行わないものとする。一消費者としての意見を述べるうえでは、あまりにも意見が取っ散らかりすぎるからである。
言うまでもないことだが、skebにせよ他の手段にせよ、イラストを依頼するということはその向こうには人間がいる。
生身の人間相手に自分のえげつない性癖をさらけ出すというのは、かなりハードルが高く業の深い所業ではないだろうか。
性的欲求というのは三大欲求の中でもっとも表沙汰にしにくいものである。
見も知らぬ相手であろうと望むところを赤裸々に語るのは憚られるし、知っている相手に対してはなおさらそうである。
別に健康な成年男女が互いに好き合ってイチャラブおせっせしてるだけなら大したことはないのだが、残念ながら欲望渦巻く快楽の園こと現代日本に生れ落ちてしまった我々はそうはいかない。
性癖は枝分かれし細分化してヘンテコな方向にひねくれねじ曲がってしまっている。浮気NTR快楽堕ち程度ならかわいいものだ。
平たい胸族にスイカサイズの乳をぶら下げさせ、原作のキャラを無視して脈絡なく尻軽ビッチギャル化させる。
下手をすると(生命の有無を含めて)人間でなくなる。ゾンビ化とかキョンシー化ぐらいであれば人間の形を保っているからまだいいだろう。
筆者は大体何でもいける口であるが、ただ蟲化だけはどうにもいけない。好きな人がいるというのはわかるので否定するつもりはないが、ただ個人的にはどうにもあれでは致しかねる。
なんにせよ冒涜的ではあるが、それで興奮するというのはわかってしまうのでどうしようもない。中にはそのキャラである必要は果たしてあるのか?くらいの物もあるのだが、何と仰る兎さん。そのキャラでなければ駄目なのだ。
たれさえ旨ければ別にかば焼きにするのは鰻でなくてもよさそうなものだが、鰻のかば焼きだと思うからこそ旨いという一面は間違いなくあるのである。
閑話休題。ともあれ、人間相手に依頼をする場合にはどうしても一定のブレーキが意識的にであれ無意識的にであれかかってしまう可能性がある。
というかそもそも、人間相手に一定の節度と形式を保った文章を書くのは疲れる。相手の気分を害さないようにしなければと考えただけでキーを叩く指がおぼつかなくなる。
他方で、NAIに画像を出力させようとしてプロンプトを打ち込むにあたっては、そこに遠慮を差し挟む余地はない。
ただただ己の欲望に忠実に思い付く限りのリビドーを込めて単語を羅列すればよいのである。
別にNAIは内容を考えて画像を生成する訳ではないのでヘンテコな画像になることも多々あるが、少なくともそこには遠慮も忖度もない。互いの本音と本音のぶつかり合いである(NAIに意識はないので本音も何もないが)。
あとはNAIがいい感じの画像を出してくれるようにプロンプトを調整していけばいい。
「大和国はそんな事しねぇ~~~...!!」というシチュエーションの時ほどこれは効く。
上等の料理にマヨネーズと醤油をぶっかけて旨い旨いと言っているようなものなのでそのキャラが好きな人に依頼するのは憚られるし、かといってミリしらな人に話を持っていくのも完成度という点で不安がある、というような場合にNAIはうってつけなのである。
なんといってもNAIは絵が出てくるのが早い。確かSDXLベースのモデルだったと思うが、1024×1024のサイズで生成にかかる時間というのは10秒程度だろうか。
ローカル環境ならもっと短い時間で作れるという話はあるだろうが、ベッドの上でスマホぽちぽちするだけでいいという点ではNAIにアドがあるといっていいだろう。
人間相手とはもう比較すべくもない。下手をすれば既存の絵をPixivやらで探すよりよほど手間がかからない。
息子はシコりたくなったときがシコり時である、という事実を考えた時、プロンプトさえあれば見たいものをそれなりに再現した画像がほぼ即時に作れるというのは実に実用的であると言わざるを得ない。
早さという点では特にこれ以上言うべきことはないため、早々に次の項目へ移りたい。
現在筆者がサブスクしているのはOpusプランである。これはNAIのプランの内では最も高額であり、月額25ドルかかる。ぶっちゃけサブスクとしては安くない。
例えば動画配信サイトのU-NEXTは月額2,189円(税込)であり、電子書籍の読み放題を提供しているAmazonのKindle Unlimitedは月額980円(税込)である。
月に4000円弱(筆者決済時点の実績値による)というのは明らかに高い。
……が、こうしたサブスクとNAIとではサービスの種類が異なる。動画配信や電子書籍の読み放題というのは、つまるところ既存のコンテンツの中から自分が観たり読んだりしたいものを探して、(運よく)それがあったら楽しむ、というタイプのサービスである。
楽しめそうなものがなければそれまでだし、探すにも時間はかかる。
キンリミの場合は複数冊あるシリーズのうち最初の1巻、もしくは数巻だけ無料で続きが気になったところであとは購入してね♡というものも多い。
最初の1巻だけが無料ならまだいい方で下手すると最後の1巻だけ有料という場合もある。起承転まで読ませて結は単品で買えということであり、そうすると最後の1巻だけ買っておいてもしょうがないので他の巻も結局揃えることになる(ずっと借りっぱなしにしておいてもいいのだがそうするとその分だけ読み放題で借りられる枠が埋まることになる)。まったくもって商売上手だ。これだからビッグテックは恐ろしい。
いや、キンリミの商業戦略の話はこの際どうでもいい。要はこうしたコンテンツ提供型のサブスクにおいては契約者は受け身の立場だということを言いたいのである。
ちなみにFANBOXなどもこうした受け身型のサブスクと言ってよいのではないかと思う。クリエイターの創作活動を応援云々とは言い条、実態としてはどう考えてもイラスト等のコンテンツを見たいがために支援ボタンを押している人が大多数ではなかろうか。
それに対し、NAIは契約者自らがコンテンツを作り出す立場である。実際に作っているのはNAIだが、どういうコンテンツを作り出すか、指示するのは契約者である。結果として、提供されるコンテンツは常に契約者が見たいもの、もしくは少なくともその方向性に沿おうとしたものということになる。
更に、Opusプランの場合一定の大きさ以下の画像については作り放題、つまり生成に必要なポイントであるAnlasを消費しない。本プランでは一か月につき10000Anlasが付与されるが、ぶっちゃけ使わなくても十分実用性のある画像は作れる。普通サイズ(1024×1024の正方形を基本として、832×1216の縦長や横長を含む)のAnlas消費量が確か20だったと思うので、500枚作れば元は取れる計算である。500枚も作らないだろ!と思うかもしれないが、このくらいはすぐに消費してしまう。ちなみに本プランで付与されるAnlasには一か月の使用期限があるので、ラストエリクサー症候群に陥らないよう余裕を持って消費するようにしておきたい。
さて、25ドル……日本円換算で4000円としよう。4000円を500枚で割ると、1枚あたりの金額はいくらになるだろうか。そう、8円である。1枚あたり8円である。安い。今調べたところ緑豆もやし200gのパックが19円(税込8%)だったが、それよりも半額以上安い。某もやしパーティーアイドルも納得の価格であろう。こんな低価格でオカズを賄えて家計も大助かりである。
まあ上記はあくまでも計算上の話であって25ドルの支出は25ドルの支出なのだが、リターンを考えればそれだけの意味のあるサブスクということにはなるだろうと思う。パッケージングされたサービスではなく利用コンテンツに対する金額ということで考えればこれほど費用対効果の高い課金はそうはない。
AIによる画像生成サービスを提供しているプラットフォームはNAIに限られない。国内でもAIのべりすと(本来は小説執筆がメインというところでNAIと似ている)が有名どころだし、筆者は使ったことはないがPixAIやそれ以外にもなんかいろいろとサービスは存在する。CivitAIでも生成は出来る。
が、こと既存キャラの二次創作という点ではNAIを超えるものは現状ないのではないだろうか。よくも悪くも他のサービスを使う場合には一定の習熟が要求されるが、NAI、特に現状の最新モデルであるv3は概ね直感的な生成が可能である。キャラ名と登場作品名、シチュエーションあたりをぽちぽち入れて生成ボタンを押せばそれでいい。不要な要素が出てきたらそこで初めてネガティブプロンプトを使用するくらいであろうか。逐一LoRAを作ったり探したり適用したりせずともいいのは実に強い。なんだったらいい感じの画像が見つからないキャラはNAIで作った画像でLoRAを作ったらいいんじゃないかと思えるくらいにはいい雰囲気の画像が出る。
無論、画像生成AI、もしくはSD系の現時点での宿命として、あくまでも出てくるのは「それっぽい」キャラの画像に過ぎない。例えばニニンがシノブ伝のシノブの画像を生成しようとすると、シノブの鉢巻きの顔マークがなんかよく分からない点が4つくらいある黄色の丸になってたりする。人間、特に熱心なファンや「神絵師」による二次創作には及ぶべくもない。しかしそんなことはどうでもいいのである。シノブの二次創作なんぞ今日日誰がどれだけ描いてくれるというのか。最近PixivでもTwitterでも流れてくる絵と言えばVTuberかブルアカか、ぐらいの感じである。なんか一時期飽きるほど見たアズレンの絵も最近はさっぱり見ない気がする。単に筆者のTL構築のせいかもしれないが。
いや、別にそれが悪いというつもりはない。みんな好きなものを好きなように描けばよいのである。ただ、筆者のように最近の流行に今一つ乗れておらず、さりとてSkebでわざわざ依頼したり自分で描いたりするには熱量も根気も足りないというような者にとって、NAIv3は確かに一服の清涼剤であり、また福音である。ギャルのパンティーよりもドロワーズが好きな者は間違いなくいるのだ。
つらつらと駄文を書き連ねてきたが、つまるところ、NAIというのはファストフード、もしくはジャンクフードなのだ。早くて安くて、それなりのクオリティのオカズが出てくる。スマホ程度の画面で見るなら画質も十分である。多少瞳がぐちゃってようが服と髪が癒着してようがどうせシコるときに見てるのはちちしりふとももと全体の雰囲気くらいのものである。なんならよく出てくるセリフとか擬音っぽいなにかですらシコリティを高めてくれる。つくづく人間の業は深い。
息子は正直である。実用に足る、自分の性癖に正直な絵をいくらでも出せるとなれば4000円弱の月額課金などはした金に過ぎない。
閉じた世界でよろしくやってるのに外からの指摘はやめて欲しい、外部から指導内容を監査されても困るって気持ちは良く分かる。けど、保護者も当然児童の学習と成長に関わる当事者なので、教科指導・生活指導と関係ない迷惑ないちゃもんなのか、正当な関心・懸念・指摘なのかをきちんと区別できるようであるべきで、正当な指摘には耳を傾けなきゃダメよね
良く聞く話としては、基準がブレブレだから「これは保護者の意見として真摯に向き合う課題なのでは」「いや、これは単なる異常者だから無視もしくは実害あるようならエスカレしましょう」みたいな不毛な話になる認識
例えば、以下みたいな指導に対する「間違っているのでは」って指摘は、訂正を指示されて当然の明確な間違いに対する指摘であって、もしこういう指摘が保護者からあったら是正すべきと思うよね。そういう善良な保護者からの当たり前の指摘と、異常者からのクソとを区別できないのは、その学校の機能に問題があると思う
他のTCGでは様々なゲームやコンテンツとコラボすることでオリジナルカードを作る傾向があるけど、遊戯王はそういうのが殆どない
ここ数年、パワプロやココスとかとコラボしているけど、実はこういう取り組みは遊戯王では超レア
権利の問題か不明だけど、過去カードの再録をしてもカードイラストはほぼ変わらないのは謎
ブラックマジシャンなどの定番のカードでイラスト違いは散見されるが、それ以外は滅多にない
ストラクチャーデッキは再録カードが定番だが、そういうのにこそ有名イラストレーター書き起こしなんて要素を追加するチャンスなのにまるでしない
閃刀姫のイラストで増援が再録されると聞いたが、逆に言えばこんな定番のカードですら20年以上イラストが変わっていないってのが随分珍しい
これもイラストに近いけど、遊戯王はあの正方形のイラストにちょこっとだけついてる効果テキスト枠という形を全然崩さない
他のTCGだとカードの縁までイラストがあるボーダーレス版というのはド定番だし、テキスト枠も変幻自在
MTGだと時々コストやテキストの表記まで変えた、もはや別のゲームだろこれってデザインの限定カードを作ることがしょっちゅうで、遊戯王が一貫してこのスタイルなのはちょっとストロングすぎる気もする
通称みどりパックという期ごとの最初のパックから出てくるカードは、大抵棒立ちのクソださモンスターだったりする
モンスターの背景も安っぽいし正直このイラストで金とんのか~ってのは多い
もっとも、魔法罠で背景世界を語ってるから問題ないってことかな?それにしたって他のTCGみたいにバリバリカッコいい豪華絢爛なモンスターって少ないんだよね
まあアニメに落とし込む関係なのかもしれないけど今はOCGのアニメやってないしな
ここ10年くらいは背景がマシになってるとはいえ、やっぱり棒立ち感は否めない
躍動感が足りんのよ
これは20年以上言われ続けているけど、貫通効果などを能力語として短縮するってことをしないのはかなり珍しい
ラッシュデュエルでやってるからいいんだろうけど、本家のOCGがいつまでも「守備モンスターを攻撃~」って書いてあるのはモダンTCGしている人からすれば冗長すぎないかな?
これは人によるけど、せめて能力語をまとめる形の総合ルールを作ってほしいな
これも人によるけど、遊戯王は全パック全カードの中で禁止制限以外を使ってデュエルするので、常にインフレが指数関数的に増大している
スピードデュエルとかあるなら、直近3年以内発売のパックのみのレギュレーションとかあってもいいんだけどね
いまさら感あるけどなんで今までそういう試みがされなかったんだろうね
カードゲームって背景世界があってそこの登場人物をカード化しているってことがよくあるんだが、遊戯王はその背景世界が表に出ることが滅多にない
アルバスの話とかDT世界とか、どう考えても開発側がストーリーラインに沿って作ってるものは多いんだけど、ぶっちゃけ匂わせでしかない
公式設定を出したり後で書籍内で触れることもあるけど、こんなに長いゲームで背景世界が散逸しているって普通に勿体なさすぎる
人気キャラやストーリーの詳細な設定資料集を出せば確実に売れる
漫画でいう登場人物の過去回想やスピンオフみたいな取り組みを別の媒体とかでやっていておかしくないんだけど、なんか遊戯王ってやらないよね
閃刀姫やアルバスを使った短編アニメくらいは作れるはずなんだが
まあMDで軽くストーリーに触れている当たり、やれば人気出ることはわかってると思うんだがね
全体的に遊戯王って古臭いテイストのイラストでバージョン違いも少ないっていう、時代に取り残された印象が強い
良い言い方をすれば、いつまでも変わらないから引退勢にも嬉しい(易しいとはいってない)
他のTCGがゴチャゴチャシテいるってのはまっとうな意見だけど、それにしても遊戯王の変わらなさって凄いんだよね
まあ変わらないからこそ生き残ってるのは確か