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はてなキーワード: 入れ墨とは

2017-05-11

http://anond.hatelabo.jp/20170510220749

その人のために~するって人は、好きな人が変わったり想いが叶わなかったりすると欠損だけが残るので

NGの度合いが高いよね。

では最初の例の上下ではNG度に差がない?自分としてはNG度が高い順番に例をあげたけど

どの場合でも欠損が不可逆な部分が単なるオシャレとか入れ墨とかとは違う

2017-05-08

http://anond.hatelabo.jp/20170508102332

露出が多くて痴漢あいましたっていう人なら、そんな混雑する電車露出の多い服装で乗らないほうがいいと思う。

おとなしめな格好して痴漢にあったのなら、髪明るくしたほうがいいんじゃね?と思う。

夜の河川敷で女が一人でランニングしてたらレイプしたがるような変な男もいるから、なるべく人がいる時間帯にしたほうがいいんじゃない?って思う。

友達飲み屋テーブルの上に財布出しっぱなしで酔いつぶれてたら、財布はそいつカバンしまってあげるよ。

入れ墨いれるのもピアス開けるのも自由。それで原因で就職できなくなったりクビになることがあっても本人の責任

痴漢なんてやるやつが120%悪いに決まってる。

ただ残念なことに、世の中にキチガイ存在して、そいつらに目をつけられないように生きていくために努力してる人がいる以上、脇が甘い人が被害あいやすくなるんだと思う。残念だけど現実ってそういうもんじゃいかな。

2017-03-17

オタク映画館SAOを見るよりモアナを見ろ

モアナ伝説の海、とにかく凄かった。

まりに凄すぎたので、とにかくこのホットな感動を伝えたいという衝動に突き動かされて今これを書いている。

もう本当に凄い。

クオリティという意味でもそうだし、面白さという意味でもそうであるし、何かもうこの映画の全てを総合して凄いとしか表現しようがない。

もう色々な人に出来る限り観に行って欲しいくらいに素晴らしい映画なのだが、その中でも特にオタク達に観に行って欲しいのだ、この映画を。

何故ならこの映画普段ディズニーアニメのメインターゲット層であるお子様達よりも、素敵なお姫様王子様とのラブストーリーに憧れる少女達よりも、大人になってもディズニーラブなお姉様方よりも、それらのどの層よりも、何より冒険と戦いと伝説勇者にいまだに憧れる馬鹿野郎共にこそ深々と心にぶっ刺さる熱い熱い熱い映画であるのだから

そう、この映画は大いに感動も出来るし、ハートフル気持ちにもなれるという普段ディズニー看板を全く偽ることなく、果てしなく広がる海を旅する冒険と、心を奮わせる激しい戦いと、熱き血潮と筋肉入れ墨をも同時に詰め込んだスーパーマッチョアクション巨編なのである

しかしこのまま熱く内容についても語り尽くしたいところではあるのだが、まだ公開して一週間も経っていない今そこまでネタバレしてしまうのは気が引けてしまう。

何よりこれを書いている目的はより多くの人にモアナを見て欲しいという気持ちからであるからして、そんな未視聴の人達から初見の感動を奪ってしまうのも忍びない。

なので、大筋のネタバレを避けつつ「モアナ伝説の海」という作品の魅力をいくつかピックアップして紹介していきたい。


1.ストーリーがいい

すでに巷では海のマッドマックスだのワイルドスピードだのと評判であるが、まずモアナは決してそんなインパクト重視な部分だけの映画ではないことを強く主張したい。

確かに途中から明らかにマッドマックスだし、終盤のセーリングバトルはまさしくワイルドスピードである

そういう面がモアナのわかりやすキャッチー面白であることは否定しないが、それらに劣らぬ魅力がそんな荒唐無稽描写を単なるパロディギャグで終わらせない骨太ストーリー展開にある。

序盤の展開を少しネタバレしてしまうことになるが、ここで軽くその一端を語らせて欲しい。

村長である両親や周囲の期待に応え、村を継ぐという自分の将来がすでに決まってしまっている少女モアナ

しかし同時に彼女は小さい頃から抱き続ける、海を越えて旅することへの憧れを捨てきれずにいた――。

ここまではディズニーでよくある抑圧されたプリンセスという構図であるが、モアナはここからが少し、いやかなりいつもと違う。

しかし、村長の娘として過ごす内に、彼女が暮らす島には徐々に異変が現れ始める。

・島の命が涸れていく――。

異変の原因は、今も口伝で伝わる神話の昔に起きたある伝説に原因があった。

伝説は嘘ではない。海へ出ることを夢見るモアナの唯一の味方である祖母は、島に危機が訪れた今こそ彼女真実を語る。

・島の先祖達の真なる歴史、そして島の中のとある場所封印された船達。そして幼少の頃より海に選ばれし者であった自分運命

・島に、いやこの世界全てに危機が迫る今こそ、少女は己の運命先祖から受け継いだ血に突き動かされて、封印された船を駆り、世界を救う旅へと出発する――!

これである。これがモアナの真の姿なのである

そう、もう完全に少年漫画なのだジャンプに連載されていても違和感がないほどに完全に少年漫画なのである

何だったら船をロボットに置き換えても通じる。

飄々とした老人が語る真実。選ばれし血筋運命。島に封印された兵器世界を救う旅に出る少女

まさしくロボットアニメ文法そのまんまである。そんな作品を見てみたいと思わないオタクがいるだろうか。

俺は見たい。そして実際に見た。凄い。この序盤以降も、もう本当に自分が望むままの血湧き肉躍る冒険活劇が繰り広げられるのである

そう、冒険活劇。まさしくモアナとはそれである

この時代ガッチリと、一分の隙も無く見事な、全く伝統的でブレることな王道を真っ直ぐ突き進む冒険活劇が見られるのだ。

それこそが、そんなストーリーこそがモアナ最大の魅力であると、自分はまず自信を持ってオススメしたい。


2.ラブストーリーじゃないバディものである

そして二つ目ポイントもそのストーリーに掛かってくる部分なのであるが、「この映画は全くラブストーリーではない」というところをそれとして挙げたい。

そうは言ってもディズニーで、一応プリンセス主人公なんだぜ? ラブストーリーじゃないなんてことあるの?、と思われるかもしれない。

しかし、安心して欲しい。

自分のようにモテない独身男が一人で観に行っても全く闇を抱えることがない程に、清々しいくらいにラブストーリー要素は一切ないのである。(一応カップリング的なものはあるが、あくまファンの受け取り方次第である)

前年度のディズニー映画ズートピア」も恋愛関係というよりはバディものに近い関係性であったが、モアナはそれよりも更にバディもの、なんだったら師弟もののような関係性となっている。

一応に一応を重ねて今作のプリンス立ち位置であるマウイというキャラクター存在するし、彼と二人でモアナは旅をすることになるのだが、映画全編通して二人の間には一切恋愛を匂わせるような心の交流存在しない。

しかしだからと言って二人の関係が薄いということは全くなく、冒険を通じてモアナという少女とマウイという英雄の間には友情のような、あるいは兄妹のような、あるいは師弟のような、固い固い絆が結ばれることになる。

そしてそこに恋愛というモチーフが一切入ってこないというのが、本当に爽やかで気持ちよく思えるのである

恋愛感情の一切無い男女のコンビというと「シュガーラッシュ」の例も存在するが、デフォルメの効いたキャラクター同士であるあちらよりも一人の人間としての形を色濃くデザインされた男女二人が恋には落ちないモアナはより珍しく映るだろう。

そしてそんな関係の二人だからこそ、シンプル恋愛だけでない複雑な魂の結びつきを感じる余地も生まれキャラクターとしての奥行きを生み出しているようにも感じられるのだ。

独身男の心を傷つけない優しさという点だけではなく、そういう作品的な深みを生んでいる意味としても、ラブストーリーでないということはかなりオススメ出来る点である個人的には考えている。


3.単純な悪役のいる物語ではない

これまたストーリーに掛かっているポイントであるが、個人的にもこのポイント独立したものとして強く推したかったので語らせて欲しい。

さて、ディズニー映画と言えば必ずわかりやすヴィラン(悪役)がいるというのが御約束である

時には極悪非道、時にはコミカルで憎めない、そんな多種多様ヴィランディズニー映画には登場するのだが、彼らはまた必ず物語最後には主人公達に打倒されるものでもある。

単純な小悪党というパターンも多いが、彼らは多かれ少なかれ作品内の歪みを体現した存在でもあり、彼らが単純に倒されるだけでいいのだろうかというモヤモヤを残していったりもする。

それをして作品に奥行きと考察余地を与えたり、現代における社会問題を反映させた構図としてみせたりするのがディズニー映画の一つの魅力ではある。

それは個人的にも長所ではあるとも思うのだが、やはり作品を見終えた後でいくらかの引っ掛かりや疑問を抱えたままになるし、それがあまり気持ちのいい感情ではないことも否定は出来ないだろう。

しかし、今回のモアナにはそれが一切存在しなかった(と、個人的には感じている)。

単純に歪みと闇を抱え、倒されるだけのヴィランというもの存在しないのである

確かにモアナ冒険の途中には、モアナ達を狙う敵達が登場したりはする。

しかし、いずれも己の信念、というよりは生き方に基づいて立ち塞がるのであり、憎み合う敵というよりは障害物に近いものとなっている。

そしてその全てが憎めなくてどこか面白い、魅力のあるキャラクター達となっているのだ。

からと言って、モアナという作品がそんなただ優しいだけの世界を描き、テーマ性の薄いものになっているのかというとそんなことも一切ない。

作品テーマ最後まで一本筋の通ったもの存在しているし、それは様々なことを深く考えさせられるものである

モアナを取り囲む世界も優しさに満ちていることは否定しないが、時にどうしようもない厳しさというのも十分に描かれている。

そして、この世界におけるこれまでのようなヴィラン体現する歪みというものは、モアナとマウイを含む全ての人物が己の心の中に持っているものとされている。

モアナとマウイは冒険を通じて自分の歪みと向き合うことでそれを打倒し、誰にも押しつけることなくそれを昇華する。

からこそ、明確なヴィラン存在しない物語というもの存在し得るのである

そして、そんな物語の迎える結末というものが、もう本当に、涙が出るほど清々しく、爽やかな気分にさせてくれるのだ。

何の引っ掛かりも疑問もなく、ただただ爽快感だけを残してモアナという作品は終わってくれるのである

単純なハッピーエンドではなく、みんながこれからも考え続けていかなければならない。確かにそういう作品大事だし、素晴らしいこともわかる。

しかし、たまにはここまで気持ちよく、優しい世界を描いた作品を讃えるのもいいではないか

さらに加えてこの作品プリンセスの不遇を描くに辺り、誰かしらや何かしらからの悪意が存在したりしないことも個人的には素晴らしいと思っている。

物語の序盤のモアナは抑圧された状況下にあることは確かなのだが、それは全て優しさと正当な理由があってのことなである

からこそ、モアナの旅立ちのシーンが本当に胸を打つものになっている。

そしてそれはプリンセスの生い立ちや状況だけでなく、マウイという存在や行く手を阻む様々な困難の全てに単純な意地悪や悪意だけで構成されているものがない。

そういった部分も、この作品の優しさと爽やかさと気持ちの良さを支えているように思う。

作為的な悪というもの存在しない点。それもまたこの作品における重要オススメポイントとさせていただきたい。


4.ディズニー渾身の映像

これについては今更自分のような者が語ることはないほど周知されていることだとは思うのだが、それでも今一度ここではモアナの魅力としてオススメさせて欲しい。

南洋の島々の楽園のような景色雰囲気

そして透き通るような美しさを持ちつつも精巧絵画のように鮮やかな色をも見せ、生き物のようにうねる、これがアニメーション可能なのかと驚愕しきりの海の表現

愛くるしくも時に凜々しいキャラクター達の活き活きとした表情と動き。

そして何より激しいアクション! グリグリと動きまくる格闘戦! ド迫力な神と英雄のバトル! 躍動する筋肉! 精緻美術設定によって作られた変態改造船舶

もう枚挙に暇がないし言葉も足りない程に美しくて活気に満ち溢れた、そして過激かつマッチョモアナ世界スクリーンの向こうには広がっているのだ。

なのでこれはもう是非ともディスク化を待たずに劇場へ足を運んで、ドデカスクリーンでこの映像美を拝んでいただきたい。

そのマッチョマッハアクションにはとてつもなく興奮することは間違いないし、そのあまりに美しい世界観に感動することもまた間違いがない。

特に予告編でも一部見ることが出来る夜の海を光る船団が行くシーンは本当に、本当に美しすぎて溜息が出るので絶対劇場で見て欲しい。

そして海のマッドマックスと呼ばれる所以たるシーンも併せて是非。いや、マジでスゲーのよ。


5.挿入歌の使い方が最高

これもまあ今更自分が語るようなことではないと思うのだが、それでもあまりに感動したので書かせて貰いたい。

とにかくこのモアナという作品劇中歌が強い。

劇中歌の強さで天下を取ったディズニー作品と言えば「アナと雪の女王」が記憶に新しいが、個人的にはモアナのそれはアナ雪に勝るとも劣らぬ力があると感じた。

その上で、更にアナ雪よりも強いモアナの要素として劇中歌が挿入されるタイミングがとにかく最高ということが個人的には挙げられると思っている。

アナ雪で一番有名かつ作品テーマソングともなっている「Let It Goであるが、実は劇中での使用は一度のみなのである

それもエルサが城から逃げ出して自身能力で氷の城を作り上げるという、映像的には圧巻の美しいシーンではあるのだがタイミングとしてはいまいちカタルシスを感じていいのか微妙な部分で使用される楽曲であった。

対してモアナにおけるメインテーマソングである「How Far I'll Go」は、作中で数回に渡って使用される。

そして、それは主人公であるモアナが悩む時、壁にぶつかった時に、己を慰めるように、あるいは鼓舞するかのように歌い上げるのだ。

この劇中歌の流れるタイミングと、ストーリー的なカタルシスの一致がとにかく素晴らしいのである。素晴らしいシンクロ具合を見せてくれるのだ。

そしてこのテーマソングが一度ならず幾度も使用されるというのもありがたい。

作中のシーンに合わせて幾つもの曲を書き下ろすディズニーにしては珍しいしそこを欠点に感じる人もいるかもしれないが、一つの曲を大事に使ってくれる今回の方が個人的にはより好みであった。

そして何より言うまでも無いこの「How Far I'll Go」という楽曲自体の素晴らしさ。

切なくも力強いこの曲のサビの部分は、何度も使用されてこの歌を覚えていくことで作品の後半に進む程により心を震わされ、感動させられる作りになっているように思える。

更にモアナ役の吹き替え声優である屋比久知奈さんの歌声もこれまた最高で、これがあってこそと思えるものであり、この歌声と曲が合わさる相乗効果は本当に言葉にならない。

そして無論、「How Far I'll Go」以外にもモアナには素晴らしい劇中歌の数々が存在しているし、それらの使い方も言うまでもなく素晴らしい。

特に「We Know The Way」という曲はこれまた複数回使用される曲なのだが、映像と力強いメロディーとを合わせて自分の中の冒険心というものをこれでもかとかき立てられる素晴らしい曲であった。

とまあ、とにかくモアナ劇中歌は「曲自体の素晴らしさ」、「それが使用されるタイミング」、「その曲を覚える程繰り返し使用してくれる演出」と三拍子揃ってとてつもない感動を与えてくれるものとなっているのだ。

そしてそれを劇場の迫力ある音響で堪能出来る至福といったらもう、是非とも映画館に足を運んで味わって貰いたい。それ程大きなオススメポイントである。というかモアナでも極上爆音上映とかないですかね……。


さて、以上が自分モアナという作品で素晴らしいと感じたポイントであり、オタク達にオススメするポイントである

いかがだろうか、正直書いてる内に止まらなくなって自分でもちょっと引くほど長くなってしまったが、それくらい情熱に任せて書いてしまえる程モアナという作品面白かったのだ。

なので、これを読んで少しでも食指を動かされた人には、本当に是非、すぐにでも劇場で観ていただきたい。

というか今すぐ観よう、今日レイトショーで観よう、明日レイトショーでもいい、休日は言うまでもなくモアナで予定を埋めよう。

自分もあと三回くらいは観るつもりである

誰に何を言われたからでも、観覧特典のような配布があるわけでも、ディズニーから金を貰ったからというわけでもない。

ただただあの優しくも熱い冒険世界をまた味わいに行きたいかである

そしてこれを読んでいる皆様にも、是非ともそれを味わっていただきたい。

純粋にそう願いながら、この文章をようやくここで終わらせることにしよう。

いや、やはり最後にもう一度。

オタクよ、モアナを観よう。絶対にハマるから



……

………

…………

……さて。おまけで、かなりネタバレになってしまうがもう一つのオススメポイントを書き残しておきたい。




6.特殊性

それは巨女巨女だ。

ディズニー渾身の映像クオリティで作られた巨女

巨女こそが女神の姿であり、自然であり、豊かな緑であり、巨女が島となり、大地となり、命を生む!

これこそまさしく地母神信仰の姿!!!

この映画は紛れもなく巨女信仰映画であり、子供達に巨女属性を幼い頃より刷り込ませ、更に一般的認知をも拡大せんとする目的で作られた映画であることは間違いがないだろう。

そう、巨女一般性癖!

みんなでモアナを観て巨女の素晴らしさを知ろう!

2017-03-14

AV入れ墨有りを 明記して

シコリティへの影響大だから

入れ墨見えた途端に萎える。

サロンパスみたいなの貼って隠しても駄目。

2016-12-16

すべからく

今年もよいスベが捕れたんですよ、と漁師の島さんはいった。

スベは有明海特定地域しか水揚げすることができない。

幼魚を囲いに入れて育てる養殖実験も行われているそうだが、

島さんは「そんなものは」と目を大きく見開き「まず無理っちゃねえ」と破顔する。

遠い磯の香りが鼻腔に香る頃にもなると、島さんの手による漁師飯が振る舞われる。

メニューはスベを丸ごとのせたご飯に醤油をさっとかけたもの、スベのたたき、スベの味噌汁にたこと一緒に煮込んだ鍋だ。

漁船『荒波』の船員は三名で、それぞれが屈託のない笑顔を浮かべて談笑していた。

私はその一員に加わっているせいで今日特に活気づいているのだと最年長の島さんの父・平助さんはいった。

今日メニューはいったいなんですかとわざと聞き返すと、取材であることを察して島さんが解説してくれた。

なんでもスベの丼は漁師特権で、スーパーに並ぶ頃になると鮮度が落ちてしまうために丼にのせて食べることはできないという。

彼は板前免許も持っているため問題はないが、「ばってんなくてもいいけど、ミンチにしたらいいっちゃんね」と屈託なく笑う。

味噌汁を勧められてカメラを置いた際、海鳥の鳴く声と一緒に彼らのややいぶかしげな会話が聞こえてきた。

なんでもスクミズが大量に揚がっているからスベと市場がぶつかってしまい、売れ行きが芳しくないという内容だ。

私は「スベがなぜそんなにも売れ行きが悪くなっているのですか」とさら質問すると、

漁師の一人であるペルー出身カルロスさんが片言で説明してくれた。

なんでもスクミズは甘いのだという。

最近水揚げされるスクミズのほとんどは状態がよく、分離部分が海中で分れず水揚げされることが多いのだといった。

その場合スクミズの「大切な部分」が損なわれず甘美な味わいになるらしい。

しかしスベは独特の香ばしさとすべての魚を内包するおいしさがあると聞いている。

私の疑問にカルロスさんはつながりかけた眉毛をさすりながら「それは違う」とジャスチャーした。

言葉足らずのカルロスさんを見かねてか、平助さんが語る。

なんでもスベのそうした印象は覆されるべきで、スベはすべての魚が絶対にたどり着く境地だというのだ。

私はなにか合点がゆかないまま生返事をせざるを得なかった。

なにしろすべての魚を内包すること、必然的にすべてに魚が通る道は同一の意味だと思えたかである

島さんは私の顔を見ると「そんなことをいってるとスベ警察が来るやろ」と笑い、

平助さんもそれに合わせるように「馬鹿いえ、すべからく警察だろ」顔のしわを増やし白い歯を見せた。

カルロスけが意味がわからず「スクミズ食べたい」とつぶやいている。

余談だが彼の腕の入れ墨は「萌」であり、彼曰くヤクザ生き様ペルー日系人に彫ってもらったのだと自慢していた。

私はその件に関して苦笑いで通り過ぎることにした。

私は彼ら三人に「からく」、についていくつか質問してみることにした。

それもおそるおそるだ。

なにしろ先ほどのように深遠なるスベの境地について語られてはお手上げである

字句通りではただ単に舌に時々感じる辛みのはずだ。

メモをとる私に島さんはこう述べた。

なんでも「からく」の語源唐国のことであり、唐国の魚がスクミズをまとって渡来したことによりその名前がついたのだという。

そこまで語った島さんは箸を止めると父の方を振り向き、悲しげな顔をした。

所詮自分たちの水揚げした魚はいくら格好をつけたところでスクミズのおまけのようなものだというのだ。

私はそんなことはない、おいしいですよといいながらもスクミズの甘美な味を脳裏に思い浮かべていた。

まりすべての男はすべからくスクミズに向かう、ということわざには逆らえないのだということを自ら証明していたのだ。

その晩漁船に泊まり込んだ私が目にしたのは、顔を上気させてスクミズに顔を埋める平助さんの姿だった。

2016-12-04

http://anond.hatelabo.jp/20161204151530

遠山の金さん知ってる?

吹雪入れ墨犯罪者論破する人。

あの入れ墨は、若い頃にグレてやってしまった若気の至りなの。

本来なら、お白州晒すものじゃないの。

それを、罪人を追い詰めるためにあえて晒すっていうギリギリ勝負だったの。

テレビだと毎週晒して重みがなくなってるけど、本当は役人生命をかけた大勝負だったわけ。

から感動するの。

死ね」もいつもひどいことを言ってるネトウヨが言っても、金さんのTVシリーズみたいにぜんぜん重みがないけど、ちゃんと働いて家庭をもって子育てをしてるお母さんが絞り出した言葉から人の心に響いたの。

わかる?

2016-11-12

[] ※ブコメ返信

今回は思いつきばっか書くので、あんまり本気にしないでください。

1. 「信」について

日本語の「信じる」「信仰する」という言葉は重いと思っている。

自分の神に対するスタンスは、(本当はいるかどうか良く分からないが)①いてくれたら良いな、②いる方に賭ける、③いてくれなければ困る、という幅で気持ちが揺れ動いている状態だ(その理由は以前書いた)。

こうした気持ちを表すのに「信」という言葉は重い。

「信」という漢字は「人」+「辛」+「口」の組み合わせから成るという説があるらしい。

ここで、「辛」は入れ墨に用いる針の象形で、入れ墨による刑罰を示す。「口」は誓いの文書を表す。

この説によれば、「信」という言葉「その発言に嘘があれば、受刑することを前提に誓う様」意味するとのこと。

自分はこの意味では神を信じることはできない。

他方、英語の"believe"は、allow(受け入れる)を意味する"be"と、to hold dear(愛しく思う)を意味する"li"から成るとのこと。

この説によれば、"believe"の意味対象を受け入れて愛しく思う」というところか。

これらの説が本当なのか文献を当たってないので分からないが、もし本当ならば英語の方がしっくりくる。

聖書解釈について

聖書文言というのは非常に抽象的で、中には矛盾するように読める個所もある。

そのため、人生で直面する問題に対して聖書規定適用しようとする際、人によって全く違う結論が導き出されることがある。

このことが顕著に顕れるのが同性愛問題で、①同性愛全面的に罪だよ説、②欲求を持つのはOKだけど行為に及ぶのは罪だよ説、③ノンケの人が男色に走るのが罪なだけで生まれながらの同性愛者は罪ではないよ説、等々、バリエーション豊かな議論が展開されている。

(ちなみに自分は、どの説に立つにせよ、自説をもって他人同性愛者〕を裁くことは「人を裁くな」〔ルカ伝6-37〕に抵触するのでイカンと思っています

上記の説は解釈としてはいずれも成り立つ。

また実際にも、(a)同性愛を罪と考えて信仰に励む同性愛者、(b)同性愛を罪と考えず積極的差別偏見と闘う同性愛者、のどちらも間違いとは言えないだろう。

そうなると聖書解釈というのは単なる主観の表明じゃないのか、客観的に正しい解釈というのはないのか、という疑問が湧いてくる。

この問題を考える際に参考になる議論として、法律学で似たような議論がある。

議論状況は泥沼に陥っている上に難解なのでとても要約なんてできないのだが、論者で議論が一致している点として「裁判官法律家としての直感結論を決めており、法解釈はそれを検証正当化するために用いられる」ということが挙げられる。

自分も2名の裁判官から同様のことを聞いたことがある)

このことから法律家はこの法律家としての直感を育てることが肝要であるとよく言われる。

これって聖書解釈にも当てはまるんじゃないか

大事なのはキリスト者としての直感を、信仰聖書研究を通じて育てることであり、聖書解釈はその直感検証正当化するために用いるものなのではないか

上述した同性愛問題でいえば、①同性愛者が直面する問題点、苦悩などをよく勉強したうえで、②キリスト教的な価値観に照らして直感結論を出し、③それを聖書規定に照らして検証正当化する、というプロセスになる。このプロセスを経た結論は、いずれの立場にせよ、聖書的と言える(と勝手に思っている)。

なお、「法律家としての直感」の土台には、無神論と(マルクス主義的な理解における)資本主義がある。

キリスト者としての直感」の土台には、キリスト教的な価値観人間堕落しているという人間観、成功より正義を重んじる姿勢、死後の世界肯定、愛)がある。

3. 関係規定

勉強しないと聖書は正しく読めないよ>

「〔パウロ〕の手紙には難しく理解しにくい個所があって、無学な人や心の定まらない人は、それを聖書のほかの部分と同様に曲解し、自分の滅びを招いています」(ペテロ後書3-16)

あなたは、適格者と認められて神の前に立つ者、恥じるところのない働き手、真理の言葉を正しく伝える者となるように努めなさい」(テモテ後書2-15)

信仰してないと聖書は正しく読めないよ>

自然の人は神の霊に属する事柄を受け入れません。その人にとって、それは愚かなことであり、理解できないのです。霊によって初めて判断できるからです」(コリント前書2-14)

恣意的解釈は許されないよ>

「何よりもまず心得てほしいのは、聖書の預言は何一つ、自分勝手解釈すべきではないということです」(ペテロ後書1-20



ブコメ返信

・いつもありがとうございます教理問答買って読んでみます。今は詩篇を読んでいるのですが、終わったらコリント前書も読もうと思います

2016-11-07

http://anond.hatelabo.jp/20161107094404

詳しくはわからないけど、多分ふわっとしたグラデーションの赤味よりも明確な実線かそれに近い表現の方が効果的なんじゃないかなあ。

イラストカラーモノクロわず、何十年も斜線以外にも点や丸で赤味を表現したりハイライト入れたり、ソバカスとかドラえもんヒゲとかしつこく頬にワンポイントを入れようとしてるので、はっきり描いてある方が顔を認識するときに可愛く感じる視線の動きに有効なんだと思う。フィギュアでの再現とか三次元になると元が線の表現じゃないから不似合いな気もするけど。

あと、可愛いに限らなければ頬にスタンプとか入れ墨とか、ゴルゴ線とか頬が痩けた表現とか切り傷とかも、似たような効果かな。基本的には瞳の強調だろうけど、やっぱり詳しい仕組みはよくわからないんだけど。鼻がすっきり見えたりするのかな? それか単に空間が余ってるからかなあ。額が出てたり坊主キャラクターは額にワンポイント入ってたりするし

2016-11-03


         入れ墨 それは弱さの象徴




2016-10-23

ビキニ水着とかまじでギャグだけど、あれはそういうものですって共有されてる認識のもとでOKってなってるけど

かりに今が100年前のようなあのずでんとした水着世界標準で[100年前 水着]でググってくれ

日本だけビキニだったら、おそらく日本フェミ連中は騒いでたんだろうなとか容易に想像できるよね

あ、タイトルビキニギャグっていうのは

あい水着きるくせに下着はいっちょ前に恥ずかしがる女のことね

不思議じゃない?着ていいですよってなったら着るし、着たらだめですってなったら着ないし見られたら恥ずかしがる

入れ墨もそうだよね

世界じゃ当たり前ですってなったら、馬鹿世界では当たり前ですでOkにしようとしているし

生魚食う日本人まじキチとか、そういういろんな世界から見た日本みたいなのと同じライン

アニメキャラ造形問題ってのがあるわけで、あの女性キャラ問題もずいぶん共有している常識文化ってのに左右されるんだろうなって思う

2016-09-27

父親タトゥーを入れていた



タイトルまんまなんだけど、

父親背中タトゥーをいれていることがわかりショックすぎる。

入れているのがわかったのは、父親腎臓病気で寝たきりに近い生活になり、

ヘルパーさん頼むと高いから、、、と、入浴を手伝ったことから

散々入浴を嫌がっていたので、はじめは遠慮しているのかなと思っていたけど、

だんだんと何か隠し事があるのかなと「ふふふ」と思っていたが、

まさか入れ墨を入れているとは思わなかった。

背中に、鳳凰が羽ばたいている姿に、「水の江瀧子」と彫ってあり、

吹雪花札短冊のようなものも舞っていた。

そもそも、鳳凰はターキーではないし、

しかも、よぼよぼになった父の背中で鳳凰が、

烏骨鶏みたいになっていた。

2016-09-05

写真じゃちょーかわいかったのに会ったら大仏だった。

しかも左半身に入れ墨びっしりウルトラマンかよ。

モウダレモシンジナイ。。。

2016-08-22

http://anond.hatelabo.jp/20160822141135

暴対法では、別に入れ墨の人を風呂に入れてはダメとか書いてないぞ??

少年に対する入れ墨強要等の禁止

第二十四条  指定暴力団員は、少年に対して入れ墨を施し、少年に対して入れ墨を受けることを強要し、若しくは勧誘し、又は資金提供施術のあっせんその他の行為により少年入れ墨を受けることを補助してはならない。

少年に対する入れ墨強要要求等の禁止

第二十五条  指定暴力団員は、他の指定暴力団員に対して前条の規定違反する行為をすることを要求し、依頼し、若しくは唆し、又は他の指定暴力団員が同条の規定違反する行為をすることを助けてはならない。

少年に対する入れ墨強要等に対する措置

第二十六条  公安委員会は、指定暴力団員が第二十四条規定違反する行為をしており、かつ、当該行為に係る少年困惑していると認め、又は当該行為が当該少年保護者意思に反していると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該行為を中止することを命じ、又は当該行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる。

2  公安委員会は、指定暴力団員が第二十四条規定違反する行為をした場合において、当該指定暴力団員が更に反復して同条の規定違反する行為をするおそれがあると認めるときは、当該指定暴力団員に対し、一年を超えない範囲内で期間を定めて、少年に対して入れ墨を施すこと、少年に対して入れ墨を受けることを強要し、若しくは勧誘すること又は資金提供施術のあっせんその他の行為により少年入れ墨を受けることを補助することを防止するために必要な事項を命ずることができる。

2016-08-20

入れ墨がある風俗嬢

実質、値下げ対象らしい。

交渉次第で負けてくれるんだって

2016-08-12

http://anond.hatelabo.jp/20160812002647

補足すると、本来お断りされているのはヤクザなんだよ。入れ墨伝統的にヤクザが入れるものから入れ墨している人はヤクザ可能性があるからお断り

それはほかの客がビビってこなくなるから

君の言う「タトゥーをつける」(シールのことか?)人というのは、そういう文脈を踏まえていないという点では確かにアホだけど。

2016-07-29

19人殺傷犯人大麻陽性だったらしいが

野球選手とか俳優声優みたいな芸能人ルートがあるのもわかるけど

犯人入れ墨入れてて異常思想とは言え元は一般人施設職員でしょ

大麻汚染ってそこまで身近なもんなのか?

2016-03-29

http://anond.hatelabo.jp/20160328011548

その「ギョッとする」自分感覚だって文化的偏見に基づくものだと自覚できているならいいけど。

こういう意地悪い見方無自覚にして差別意識をあらわにしつつ、「か弱い普通の人」とか素朴ぶるとしたら、

それこそ人間グロテスクさを感じるよね。仮にタトゥー画像から滲み出るものグロテスクだったとして、

まだファッションとして自己顕示のためにタトゥー入れてる人の方が可愛く映るくらい。

だいたい「ギョッとする」みたいな嫌悪感をのさばらせていたら、世の中保守的になって前へ進めなくなるんだよ。

狩猟採集時代人類のムラに現代人を数人送り込んだら、化粧をする女性をみて気持ち悪がるだろうし、

髪染め、つけまネイルカラコンピアスみたいなファッションにもギョッとして

まり文化的差異気持ち悪さや威圧感を感じ、真似た村民を弾劾しだすだろうね、それこそ自傷行為とか罪状こじつけて。

どの時代にも「生まれ持った身体を弄るのはよくない」という自然派は居るけど、

その「よくない」という感覚所詮宗教思想的な一面にすぎず、絶対的正義では全然ないのに、

そういう人ほど自分の正しさを盲信している。

そういう自然主義にのっとるなら、本来外科手術や薬を含むあらゆる医療拒否されるし、

自然食品以外を食べるのも自傷だし、服を着るのも異様なことだけど、それは現代文化では当たり前すぎて

相当ラディカルな人でない限りは無意識に受け入れてるくせにね。

まあ俺自身は出不精なダサ男だしタトゥーなんて柄でもなく自分がやりたいともさらさら思わないけど

ファッション範疇に収まっている他人に直接被害のないようなもの嫌悪感で叩く世の中は嫌だ。

そんな「痛いニュース」が可視化したみたいな最低な世の中はね。

似たような例で言うと、缶バッジをジャラジャラつけて闊歩するオタクとかだろうか?

自分はやろうと思わないけどそういう子がいることを責めるのは違う、そういう感覚

実際迷惑行為をしていたりしていたら、その時その場でその事について責めるべき話で、

「そういう格好の奴はだいたい××だから嫌う・叩く」みたいな考えの人間ばかりになれば人類は滅びるね。

嫌悪感を感じることそれ自体は仕方のないことだけれども、

その仕方なさに乗じて偏見を加速させるようなことをわざわざ書く・言う人間は明らかにギルティだ。

2016-03-28

いや入れ墨って生まれつきとかじゃ無いじゃん

好きでやって嫌われる、喫煙とかと同じカテゴリでしょ

入れ墨って言うとバブル期ギョーカイ人プラモの塗装の話してるのと区別つけづらいから刺青表記を徹底すべき

なんで否定派も肯定派もタトゥーってカタカナ語で言ってるんだろ

肯定派はオシャレなイメージにしたいからだろうけど、否定派は普通に入れ墨って言えばよくね?

温泉とか銭湯タトゥー入れ墨お断り理由って

なんかタトゥーが盛り上がってる?のかな?

前になぜかおバカタレントばっかり集めた討論番組やってて、

タトゥー温泉に入浴するの断られるのおかしい!タトゥーはただのおしゃれ!怖い人じゃないから!」

みたいなこと言ってたんだけど、

あれって、「タトゥーは怖いから温泉禁止」じゃなくて

「怖い人はタトゥーを入れてることが多いから、怖い人を婉曲的に表現しよ。怖い人が温泉に来るのは禁止

ってことじゃないのかなって思ってた。

からタトゥーとか入れ墨とかじゃなくて怖い人を弾ける魔法言葉別にあればその言葉に取って代わってくんじゃないのかなって思ってた。

今回は何が問題なのか知らないんだけど。

ちがうのかなー。あの討論番組なんだったんだろうなー。

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