はてなキーワード: 居留守とは
あるよ。
書いたとおり、ルータとかが Destination Host Unreachable をよこせば表示される。
増田は優しくていい子だねえ。
私も病気で高校に行けなかった時期があったんだけど、友達から来る心配の電話とかメールに腹立ててばっかだったよw
「大丈夫?」とか言われたって大丈夫じゃないから学校行けてないんだろお前は元気でいいよなー畜生畜生とか思いながら明るい声で電話に出てたり。居留守も使ったり。
向こうは軽い気持ちなんだから、こっちも軽い気持ちで適当な返事を出しておけばいいよ。出したくなかったら出さなくたってもちろんいいし。
別にいじめられたから、とかじゃないんだけどさ、
学校に行けてなくて。
前は進路すら決まってなかったからひどかったんだけど、
今はとりあえずこのままでいいよって言われて安心した。
友達から心配してるよってメールがくるんだけど、
返信できなかった。
なんかよくよく考えてみると本当に友達なのかなって疑問がでてくる。
お互い友達だって言ってみたって内心どう思ってるかなんて分かるわけないし、
もしかしたらこいつと付き合うのめんどくさいなんて思われてるかもしれないし。
でさ、そんなこと思ってたら恐くなるんだよ、
このメールをこんな風に返したらどう思われるだろう、うざく思われるかもしれない。
むしろ返さないほうが無難なんじゃないかな、
たまに電話もくるけど何話せばいいのか分からず、結局居留守使ったりして。
全部下書きに保存されたまま。
いざ送ろうってなってもやっぱり送れなくって、
だから自己解決するしかないんだけど、
自分のことがよく分からないから解決のしようがないから、
少しそれを躊躇っちゃう自分がいて。
でもやっぱり言わなくてもいいやなんて思いたくないから、
すこし考えて納得できれば言ってみたい。
そういう馬鹿親は以下の通り突っかかってくる。
「いやあ押したんですけどダメっぽいですね」
「昨日から壊れててダメなんですよ」
「今修理中なんです」
「本当に?嘘付いているんじゃないでしょうね?」
「子供が発信できるっていってるけど?」
「留守番なんでわかりません」
「(近所だから)この家の人だって知ってるよ」
家に入ろうとしたら
「今家の消毒中or改修中で、中に入れられないんですよ」
「そんな臭いしないけど?」
「すいません、今天ぷら揚げてるんであとにしてください」
「一旦火を止めてボタンを押してちょうだい」
あとは居留守。
「居るのはわかってるよ!しらじらしいわね!」
色々なコンプレックスを抱えながら生活してきた。
ニートをこじらせていた時期もあった。
いや、ニートを飛び越え、ヒッキーにまでクラスチェンジしていた。
基本スペックは、
人と関わるのはひどく疲れるので、最小限の人間関係しか築かない。
携帯の着信履歴もここ数ヶ月無い。
今思えば、目立ちたがり屋で、仕切りたがり屋で、見栄っ張りなナイスガイだったと思う。
そこそこモテた。
人生の絶頂期。
そして中学へ進学。
小学生の頃と比べると若干影が薄くなってはいたが、そこそこの存在感を出すためがんばって見栄を張っていた。
そんなある日、面識の無い学生に話しかけられた。
たわいのない話だった。
「はぁ!?」
周囲に存在感を示すため、粋がっていた私はそう返した。
面識の無い学生は、わたしに殴りかかろうとしていた。
面識の無い学生のツレがそれを止めてくれた。
なんとかその場はおさまった。
・・・・ここから地獄が始まった。
「生意気な奴だ」
わたしの名は、同学年のヤンキー共に知れ渡ることとなった。
数々の嫌がらせ。
部活のランニング中、硬式ボールを顔面に投げられ危うく大惨事に。ということもあった。
呼び出してリンチ。なんて話も聞こえてくるようになった。
俗に言うイジメというやつだ。
恐怖にかられたわたしは、愛書「ろくでなしブルース」を擦り切れるほど読みつくし対応策を練った。
またジャンプの最後のほうについてる「2週間で強くなれる!」とかいう通販に手を出したこともあった。
そして天パをからかわれ、わたしは始めて天パを意識した。
朝はブローに1時間ほどかけ、チン毛を伸ばした。
汗をかくとチン毛に戻るので、部活も行かなくなった。
さらに、毛深いことを笑いのタネにもされた。
そんな中学1・2年を過ごしていた。
だが中学3年になると、徐々にわたしに対する嫌がらせは減っていった。
ヤンキー共の攻撃対象は、別のチン毛君に移っていた。
安堵した。
だが、いつ何時攻撃の対象に晒されるか分からない。
ヤンキー共と仲良くなる。
これが当時の私が出した結論だった。
一見すると友達のようだが、対等な立場ではないパシリ的な存在になりさがる。
殴られ、からかわれ、家に遊びに来ると物品が盗まれる。
そして逃げるように、ヤンキー達の手の届かない偏差値の高校へ進学した。
恐怖と緊張の毎日だった、中学生活とはうって変わって平凡な高校生活が待っていた。
男子校だったので、恋愛とは無縁だったが平和で落ち着いた日々が戻ってきた。
バイトなども始め、徐々に友達も増えた。
そこそこ楽しい日々だ。
だが、中学時代のヤンキー共から再び呼び出されることが多くなった。
殴られ蹴られエスカレートしていった。
夜中、一晩中殴られていたこともあった。
素っ裸にされ殴られたこともあった。
小学校時代の友達の前で殴られていたときは、言いようの無いみじめさだ。
昔好きだった子の前でなんて時もあった。
自宅の電話が鳴るのが怖くてしょうがなかった。
そして私は決心した。
これまでの交友関係は捨てる。
一切の電話に出ないようした。
格好悪いが逃げ回ることにしたのだ。
家まで来ることもあったが居留守を使ってやり過ごした。
バイト先に来たときは、心臓が縮みあがったが、何とか隠れきった。
そして、日本でトップクラスのFラン大学に合格した私は故郷を捨てた。
大学生活は平穏だった。
Fラン大学ゆえ、日本屈指の学生が集まっていたが、大学でのイジメは見たことも聞いたこともなかった。
イジメという恐怖から完全に開放された。
バイト関係の合コンが2,3度あった。一度もうまくいったためしはないが。
カラオケにも行った。
ユニコーンの「大迷惑」を歌った。
空気が重くなった。
「・・・ホント大迷惑だよ・・・」と言われた。
バイトをやめた。
それ以降、人前で歌ったことは無い。
2年に進級するとき、大学の友達は1人だった。
3年に進級するとき、その一人の友人は退学した。
大学に誰も知り合いがいない状況となった。
4年になると就職活動をしなければいけなかった。
「どもり」持ちである私は非常に憂鬱だった。
「え・・ぇえーーぇ、え、ぇーーえ、Fラン大学から来ました。ぁあ、まぁー、まー、増田です」
そしてこの時期、童貞を捨てた。
サイコーの腰使いだった。
FF11の廃人ギルドに入り、寝る、食べる、排泄、シコる、ゲーム以外の行為を行うことが無くなった。
そんな折、数少ない知り合いから運良く就職の話をいただく。
ニート生活丁度1年目のことだった。
デキちゃった婚だった。
だが仕事上、経験を重ねるごとに人前で話すことが多くなってきていた。
そして「どもり」が自分の中で大きな問題になった。
もうこれ以上は無理だ。転職しよう。
プログラマーになった。
これで人前で話すことは無いはずだ!
しかし、電話番をまかされることになった。
「ぁ・・あぁはあ、は、はあーはー、あー、はい。ま、まぁー、まー、増田株式会社です」
1年で転職した。
「たった一年でやめやがって」と思われそうだが、地獄のような1年をよく耐えたと思う。
そこそこ平和だった。
だが、プレゼンをやることになった。←今ここ
「どもり」と「天パ」と「音痴」と「ムダ毛」とコンプレックスが多い人生だ。
だけど「どもり」は別格。
「どもり」がある以上、仕事は制限され、恥をさらしてしまう恐怖に一生晒される。
おそろしす。
買う訳ねーだろボケ。マンションとか投資用不動産とかをさ。電話でさ。
そもそも技術部署の直電に俺宛の知らない企業知らない担当者からの電話なんてほとんど来るはずねーから、取り次がれた時点でもうセールスの確率99%でげんなり
社名名乗られた時点でgoogleで「迷惑電話」のキーワードでAND検索してる
でるわでるわ
それでも居留守使わないで出るのは、電話番の子の初々しい声で嘘をつかせるのが嫌だからに過ぎない
だからこっちから言う
「展示会等でお名刺差し上げたことないと思うのですがどなたからのご紹介で?なにか弊社の技術がお役に立てることがおありでしょうか」
そこで大体不動産のごあんないですとかいうので
「わたくしは不動産に興味はありません。技術に関するご相談など有りましたらまたお電話ください」
といって切る
ええと今何をどこまで進めてたっけ
一昨年の今頃、夫(当時61歳)の肺ガンが発覚した。
夫には姉(当時73歳)がおり、玄関と廊下だけ共有している二世帯住宅で同居していた。義姉はマイペース(というか、回りを見てない)な人でいろいろと軋轢はあったが、夫の入院まではなんとかうまくやっていたと思う。
さて、夫が「余命半年から一年」と診断されて、夫の親近者が主治医の先生の説明を聞きに行くことになった。夫の父親は夫が15歳のとき、母親は夫が28歳のときに他界されており、ほかに近しい親戚と言えば、もう義姉しかいない。当然、声をかけた。
「ガンがどんな病気だか知ってるから聞かなくていいわ」と断ってきた。こんなときまでマイペースな人だと思った。
しばらくすると「申し込んでいるツアーに出かける」と言い出した。3週間の海外旅行である。
「まだ大丈夫なはずですが、半年と言われて三日で亡くなった方もいらっしゃいますよ? 帰ってらしたときはお骨になっているかも知れませんよ?」と念を押したら「どうせ、間に合うようには帰って来られないから、弟が死んでも連絡しないで」と言う。このときもまだ私はマイペースな人だと思っていた。
「毎日、何してるの?」と訊く。繰り返すが夫は肺ガンの末期で入院加療をしているのだ。しかも、義姉は「それがどういうことだかわかってる」と言ったのである。
「寝てるよ」と夫が短く答えると。
「あら、毎日ゴロゴロ寝てられていいわね」と言い放った。
実は義姉は5年前にも入院した伯母のところに見舞いに行き同じことを言って病室を追い出されたことがある。伯母から義姉を口汚く罵る怒りの電話がかかってきたので私は知った。うちと義姉とは電話番号が違うので、義姉の許可を取って義姉の電話番号を教えた。伯母の怒りはおさまらず、1週間ほど義姉の電話が鳴りっぱなしなのが、壁のこちら側にも聞こえてきた。
あんなに怒られたのに病気で寝ている人間に「いいわね」などと言ったら神経をさかなでするということを覚えていなかったのだ。
このときを境に、夫は義姉の見舞いを嫌がるようになった。
4カ月経って、一度危篤状態になり、私は病院に泊まらせてもらった。一カ月後に、いよいよ、もうダメなので会わせたい人は呼んでくださいと主治医の先生に言われたとき、私も夫も義姉はいらないと思っていたのだが、私の母が「兄弟なんだから情があるに決まってる。あんたは血の濃さをわかってない」とゴリ押ししてきて、義姉を呼んだ。
最後の対面となる。
その席で。
「増田(私のこと)がろくに家事をしないので、家の中がグチャグチャだ。なんとかするよう言ってやって」と言ってきた。
散らかっているのは、主に、義姉さんの荷物ですけど、と思いはしたが、まさか、たった一人の肉親との今生の別れのときに、ケンカを買うわけにもいかない。黙っていたら「あれも出来ない、これも出来ない、子供もひどい」とさんざん言い出した。
最後には夫が「もう黙れ。出て行け。二度と来るな」と怒鳴りつけて、ようやく口を閉じたのだ。
200909101314追記。
夫亡きあと(あれだけのことをしたのだから、当然出て行くつもり)だと思っていた思惑を外されまして。家庭裁判所にまで持ち込んで騒いだ挙句、「私は義姉が、75歳のお年寄りで年金暮らしの弱者であることを考慮して、死ぬまで私の家に住み続けることを認める」「義姉は玄関を分ける費用を出して、増田(私のこと)と増田の家族に今後いっさい干渉しない」と文書を交わして取り決めました。
ところが、昨日から、義姉は在宅している(洗濯物を干していたり、夜電気が点いていたりするのでわかります)にも関わらず、郵便屋さんが届けてくれる荷物を受け取ろうとしないのです。一昨日、うちのポストに入っていた不在票を義姉のポストに入れなおしたので、不在票を見て郵便屋さんに連絡を入れた上で、居留守を使っているのだと思います。他人に迷惑をかけ続ければ、私が折れて、また、夫が生きていたときのように義姉の召使をすると思ってるんでしょう。たぶん。今までのいろいろな経緯を考えると。
その手にのるか。とは思うのですが、なんの関係もない郵便屋さん(三回来てます)にご迷惑をおかけするのも心苦しく、一昨年の義姉の仕打ちを思い出して(ここで折れてはならない)と心に言い聞かせていたところ、ふとしたはずみに、また母が「兄弟なんだから情があるに決まってる。あの人だって決して嫌がらせしたわけじゃない。あんたはどこまで依怙地になるの」と言われて、頭に血が昇ってしまったので、このエントリーに吐き出せてもらいました。
ここまでされたら、通常、縁を切るってと、何度も母には言ってるんですけど理解してくれないんです。自分は兄弟と仲良くしているから、血が繋がっていても情が湧かない人が存在するということが理解できないんです。
その母ももう83歳で、まだ食事の支度はしていますが、ほかのことは私が援助している状態なので、そんな言い合いを続けているわけにはいかないんです。増田があって良かった。ここに書き込めたおかげで、また、母とは穏やかにやっていけそうです。
ちなみに、私は47歳です。夫と16歳違うんです。年々歳が近づいていくのが寂しいです。
夫は最期まで元気でした。若いとなかなか弱らないそうです。助からないと決まっているのなら、早く楽にしてと思う反面、元気そうに見える夫を見ていると奇跡が起こるんじゃないかと期待してしまったりして、いろいろしんどかったです。
今は元気です。義姉には関わらないように生きていこうと思います。
ありがとうございました。
http://anond.hatelabo.jp/20090422001338
あの女が私のアパートを訪れて以来、ニッキョーソの様子がおかしい。
日に日に食欲が衰え、抜け毛が増え、ついには尻の左側に10円ハゲまでできてしまった。
私のお気に入りだったふあっふあの耳毛も、耳全体が縮こまってしまいよく見えない。
あの日モバゲーのマキと名乗る女は、私が「次のマキ」に決まったと言った。
しかしその翌日も翌々日も、1週間後の今日も、何ら私自身に変化はない。ニッキョーソの体調だけが心配の種だ。
様子をみて、明日あたりコイツを動物病院に連れて行ったほうがいいだろうか。
そんなことを考えながら、狭い狭いわが城のキッチンを毛むくじゃら団子とうろうろしていた時、
また、あの時のように、トントンと、ドアを敲く音がした。
私はマキの一件で警戒していたのと、元来のものぐさも相まって居留守を使う。
ニッキョーソは居留守に便利な犬だ。飼い主に似て気が弱いから、五月蝿く鳴いて騒ぐ事はまずない。
しばらくすると、郵便受けには小さくて白い、上質そうな紙の封筒が投函された。
ギシギシ鳴く階段を下る音を聞き届けてから、封筒の端を破る。……どこかの店のポイントカードだろうか?
レジ脇の機械を通すと、銀色の表面に現在のポイントが表示されるタイプのカード。
現在はエコバッグポイントとかいう従業員の面倒とミスを誘うだけのサービスもあるんだ。うざい。
そのカードの銀色の表面を良く見る。私の名前が印字されている。
次のマキ交代まであと : 7ポイント
このカードの有効期限 : マキ交代日の翌日から1ヶ月
なるほど、10ポイントたまると "モバゲーのマキ" の役目を誰かに押し付けることができるのか。
で、誰に押し付けてもいいけど、必ずポンポンポン、相手の肩を3回たたくのを忘れずに、か。
そして委任されたマキは、5代前までのマキが蓄積した情報を譲り受ける。 マキシステムの用法とともに。
カード以外に説明書すら添付されていなかったが、私はこのシステムの一部を理解した。
まるでニッキョーソを飼うと決めたときのように。神託のように。
しかし、それでも疑問が残っていないかと問われれば嘘になる。
私が無為に過ごしたこの1週間が悔やまれる。あと3週間で、7ポイントを稼がなくてはならない。
そのためにはまず、何をすればポイントを溜まるのかを知らなくてはならない。
キーは現在持っている3ポイントだ。この1週間の私の行為のいずれかが、加算に繋がったのかもしれない。
…ところで、「有効期限」を過ぎるとどうなるんだろう?
ああ、眉間が痛い。私の半分は疚しさでできているんだ。
禿のある毛むくじゃら団子は、あのか細い鳴き声を発しながら、私のすねに体をこすり付けている。ヨダレカムバック。
先物取引営業とかとまったく同じ。
電話を続けている時点で脈があるとみなされます。
それでいて、ガチャ切りすると逆切れしてリダイアルを連打してきたりもします。
どれが決定的な対策とは言いづらいので、色々読んで判断したほうがいいかも。居留守は正直オススメできません。今の自分の場合、本人が取ったら「話を聞く気はない」とさらっと伝えて切る、他人への転送は相手がきちんとした業務上の理由を言えない限り断る…程度かなあ。
私が先物勧誘くらった時は、電話攻撃を中途半端に応対してしまった末に直接訪問をくらい、課長に同行してもらって、相手が何を言っても「いっさいお話を伺うつもりはありません。これ以上粘るようなら警察を呼びます」ということで追い返しました。
苦い思い出ですorz 以来、まともに相手しないよう心がけています…
はてブで創価学会についてのエントリーが話題になっているので、ちょっと便乗して書いてみる。というか、実際に困っている...。
私は大学生。去年の春から進学のために親元を離れて一人暮らし。
今まで創価との関わりはできるだけ避けてきた(それでも何かしら強制イベントは発生する)。中学生、高校生のときは面倒くさい、という思いで。
一人暮らしをしながらの大学生活という新天地で創価と関わらずにいられると思ったら、悲しいことにそうじゃなかった。
まず3月、高校卒業だからか、引っ越すからかよくわからないが、怪しい大人たち((いわゆる婦人部))に囲まれて学会させられる。
ああ、思えばここで間違っていたんだ。どうして入会してしまったんだろう、畜生。でも、親もいたし、きっと無理だっただろうな。悲しいけど。
そして4月、入学して間もなくするとアパートに学会の人が来て((今度は青年部らしき人))、池田大作について語られる。うざす。
それから何度か池田大作のオナニーみたいな糞中継((同時中継というやつで、各地にある学会の施設で池田大作のありがたいお言葉なんかをきく))を、学生部に連れられ、嫌だなと思いながらも見に行った。
だけど、それからもっと創価学会のことが嫌いになってきて、学生部とも連絡を取らなくなった。
これで少しはほっとしたのだが、やはり創価学会は恐ろしい。
なんと学生部が家に来ているではないか。ドアの前に手紙。内容はというと、急に連絡が取れなくなったので心配している、悩みがあるなら相談に乗る、僕たちは学生部という池田先生に守られた仲間だ、みたいな。
気持ち悪い。なにか学会のイベントがあるごとにやってきて、ドアを叩いて、こっちはバレるように居留守を使ってるのに、馬鹿みたいに毎回来て。
書き始めたらどんどん書けてしまってとまらない。こちとらまだ言い足りないぞ。
もう嫌だ。創価なんて。脱会したい。あの信仰深い人たちを見ていると、ネットで噂されていることがすべて本当に思えてくる。あいつらならやりかねない。
俺誕生。
幼児。記憶あいまい。親の笑顔は・・・記憶にないや。だっこして欲しいのにしてもらえなかったような気がする。
小学生になった。
会話ない。雑談しない。サイレント空間。たまに話しかけてもすぐ終了。俺怖くないよ。避けないで。
親なにも教えてくれないすごい放置っぷり。でも親の気に触ることしたら烈火のごとく怒る。(≠叱る)
小学生高学年ごろ。だんだん他人の顔色伺うようになる。優しさ?ホントにあるの?
ある日。下校時に後ろを歩いてた男子が自分のことを噂して笑ってるようなきがしてならない。我慢できずに詰め寄ったら別のこと話してただけだった。ごめんよ。
中学生。親戚と旅行。ゲームしてて楽しい話で盛り上がってたら、「我慢しないで笑ってもいいんだよ」とかいわれた。あれ?俺、笑えてない?
親あいかわらずすぐ怒る。でも、なんとなく分かってきた。ちやほやして欲しいみたい。愛情を注いで欲しいみたい。・・・そんなのこっちが言いたいよ。
高校。人怖い。人付き合いは浅くする。
大学。一人暮らしすることに。なんか気が楽。なんでだろう。落ち着く。人との関わりを避けてたら一人も友達できなかった。そりゃそうだ。避けてるのにわざわざ関わってくる人なんてセールスか宗教家くらいしかいない。
家を出るとき、親が宗教のアイテム渡してきた。無事をいつも祈ってるって。でも卒業まで選挙のときの投票の電話しかしてこなかったね。そっちのが大事なんだ。
社会人。家に戻る。仕事だし役目もあるから会社の人とたくさん話す。なんかみんな優しい。怖くない人いるのかも。
親、ちくちく小言で責めてくる。俺がなつかないのが不満みたい。俺も親が愛せないのが悲しいんだ。とても、とても。
体調崩して退社した。しばらく動けない。
親が心配してこうしたらどうかとアドバイスしてくる。余裕なくて断ったら怒鳴られた。悲しかった。苦しいときも親に気遣いしないとだめなんだ。
体調良くなってまた就職した。家を出ることにする。
やっぱり一人暮らしだと気分が晴れるみたい。人はまだ怖い。
会社で失言して注意された。失敗。でも、別の人が助け舟出してくれた。優しい。感動した。人生で一番の優しさに触れた気がする。
他の人も優しい。怒鳴らないでやんわり言ってくれる。瞬間沸騰する人は一人いるだけで大抵は優しさがある対応をしてくれる。ちょっと人が怖くなくなった。あいかわらずプライベートでは踏み出せないけど。
親が家にやってきた。居留守つかったら1分ごとに電話が鳴って、チャイムもたくさんなった。怖い。いや、恐ろしい。
仕事をしてるといろんな人がいることに気づく。他人がどう感じるのかなんて全く興味ないですと言い切って迷惑かけまくる人もいるし、知ったかぶりして失敗を繰り返す人もいる。でも極端な人はほんのわずか。たいていの人は優しさや気遣いをもってるみたい。家族を大切にしてる人もたくさんいる。でも俺は親には恐怖や緊張しか感じない。それが悲しい。
親はまた放置することにしたみたい。連絡全く来なくなった。でも選挙の時の電話や手紙は必ず来る。親子関係の修復よりそっちのほうが重要なんだと思い知らされる気がして少し落ち込む。期待しないようにしようかと思い始める。
社長にがしっと肩をつかまれた。普通のスキンシップなんだろうけどびっくりした。でも、すごく落ち着く。こんなに他人に触れられたのは初めてかも。親に抱っこやなでなでしてもらった記憶がないし。小学生以降だと間違いなく触れられたことはない。
親のことはKさんと名前で呼ぶことに決める。
考えは表現しないと相手に伝わらないから、Kさんに愛情を感じないことや恐怖を感じること、家に来られるのはイヤだから話があるなら手紙にしてほしいということなどを手紙にして出してみた。
「今、下にいます」
俺は・・・Kさんを見限ぎることに決めた。
愛されない親に育てられた子供は人間不信になり人との交流がなくなる。そして優しさに触れる機会も少なくなり、人間不信の解消の障害となる。
人を疑うものは愛されず、さらに人を嫌いにさせる。
愛され幸せになるためには、人と交流する機会を増やして優しさにふれ、親を基準にしてしまう習慣を上書きすることから始めるのがいいかもしれない。
で、感じるのだが、都会での独り身は不幸である。
咳はきついし、頭は痛いし、のどはいがらっぽいし、熱で体はだんだるい。よって何も手に付かない。飯どころか小大にすら苦しむ位だ。そして誰も助けてくれない。
ここは……地獄だ……。
ピンポーン
と玄関の呼び鈴がなる。だるいので居留守、と言うわけにもいかない。今日はアマゾンに発注していた本が届く日だったはずだ。まさか一ヶ月前に今日風邪で寝込むなんて想像できていたら注文しなかっただろう。なんていってる場合じゃない。よろろよろと歩いてドアに迫る。ああ、体が動かない。
ピンポーン
ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン
はいはい。今行きますよ。 ……ったく。
扉を開ける。
目の前には、一人の女性が立っていた。わりとちんちくりんというかチビハムで、背中にバックパックを背負っていた。というか背負われていたと言う方が無難な感じだった。
俺は、
(しまった、勧誘か!)
と思ってすぐに扉を閉めた。
「!?」
なまった体の動きによる、閉めきるまでほんの少しのタイムラグの内に、その女性はちゃっかり、しかし音も無く中に進入していた。というか、動きが一瞬見えなかった気がするが眼がいかれてきてるのか?
「さて、まずは換気ですね。ああ、これを着ててください。すぐに済ませますから」
そう言って、女性は俺にバックから出したやたらモコモコしたちゃんちゃんこを渡すと、こ汚い部屋を横断して窓を開けた。時期はずれの寒風が吹き込んできて、俺は慌ててちゃんちゃんこを着込んだ。
暖かい……。
「えーと、次はおかゆでも作りましょうか。卵入れます?」
「あ、うん」
こちら側にあるキッチンに歩いてきた女性の言葉に、つい勢いでうなずいてしまった。
いや待て俺それどころじゃないだろ!
「ちょっと待て」
そこで大きく咳き込んだ。くそう、俺が風邪なのをいい事にぃ……。
だが、こいつはなにがしたいんだ? いきなり押しかけてきて、名も語らず、それでいて俺の為に食事を作ってくれている。一体なんだ?
「あ、もう少し掛かりますから、寝ててください。換気はもう少し必要ですから、開けたままでお願いします。ちょっと寒いですけど我慢してくださいね?」
「え、あ、はい」
俺は事態が飲み込めずにぼんやりした頭でうなずくと、えっちらおっちら布団に戻り、横になった。ちゃんちゃんこが思いのほか暖かく、窓を開け放っているのにそれほど気にならない。
そのうち、食欲を誘ういいにおいが漂ってきた。
「できましたよー」
「熱いから気をつけてくださいね?」
「は、はい」
促され、フーフー吹いて冷ましてから一口。
鼻が詰まっているからいまいち味はわからないけれど、温かい感覚が口からのどを通っていく。ここずっとゼリー飲料で飯をまかなっていたから、なんだか新鮮な感覚だ。
なんだか嬉しくなってもう一口、もう一口、と食べていく。女性は俺の様子をただ黙ってみているだけだ。なんか買え買え攻勢を仕掛けてくるかと実は思っていたのだが、そういう様子も無い。にこにこしているだけだ。
居心地が……妙だ。
「ごちそうさまでした」
「いえいえ、お粗末さまです」
お盆を渡すと、女性は受け取りキッチンに持っていく。俺は一息つく。さて薬を飲もう、ごそごそと女性は水の入ったコップを持ってきてくれていた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ」
俺は水を軽く含んでから薬を飲み、それから残りの水を飲んで一気に流し込んだ。
飲みきってから気が付いたが、水ではなく程よい温度になった白湯だった。
俺はいよいよ怪しんだ。これは弱っている人間を狙った何か、そう詐欺か何かだ。ここから無理難題を仕掛けてくるに違いない。警戒警戒。
「あの」
そらきた! 俺は警戒心を強めた。何を言われても、鋼の心で突っぱねてやる!
「そろそろ、窓閉めますね」
「ことわ……、……はい」
ガカラガラと窓が閉められる。ストーブをたいていたのですぐに部屋の温度が上がっていく。それ以上の事は起きない。女性はただ静かに座っている。
「えと……」
沈黙に耐えられなくなったのは俺だった。ついに疑問を口にしてみる事にする。
「あなた、なんなんですか?」
「訪問介護員ですよ?」
「だからそれがなんなんですか?」
「風邪などの病気に罹った人の所に出向いて、お世話する、K園が行っている慈善事業の一つです」
「慈善事業、ですか。これ、お金とか取ったりしないんですか?」
「慈善事業ですから」
そう言われると、「はあ」としか言いようが無い。そこで会話は打ち切りになった。俺は黙って横になり、ぼんやりとする。
ひやりとした感触がおでこに当たる。濡れタオルだ。これは俺の持ち物じゃない。誰のだ?
「あ、起こしちゃいましたか?」
そうか、この人のか。と、その瞬間に自分が眠っていた事に気が付いた。
(うわぁ。赤の他人が居る前で寝ちゃったよ……)
俺が赤面すると、女性はなにを勘違いしたのか額のタオルを取り上げ、顔を拭いてくれた。なすがままにされる俺。女性はなおも顔の赤い俺を心底心配したように語り掛けてきた。
「顔、赤いですけど暑いんですか?」
「いや、まあ。でもこういう時は汗かかないと」
「かきすぎて体を冷やすのは良くないですよ。ちょっと拭きましょうか、体」
「え? いやいやいやいいですよそれは自分でします」
「そうですか? ならいいですけども。あまり寒くならない内にした方がいいですよ?」
「は、はい」
……なんでこんなどぎまぎした会話をせにゃならんのだ。と思ったのもつかの間だ。女性は、時計を見て「あらら、もうこんな時間」と呟いて、それまで横に置いていたバックパックを担いで立ち上がった。そして、
「じゃあ私、そろそろ帰りますね」
と言うと、そそくさと玄関に向かい始めた。
「ちょ、ちょっと待って」
俺は勢いで引き止めてしまった。起き上がったせいで濡れタオルがずり落ちる。が、それからの事は考えてない。ただ、待って欲しいと思ってしまったのだ。
女性はおっとり振り向き、俺の次の言葉を待っている。だが言葉はすぐにでてこない。あー、とか、えーと、とかが繰り返し、繰り返し。
(あ、そうだ)
それ以外にもタオルもだ。だけど、この瞬間に出てきたのはちゃんちゃんこの事だけだった。
女性は俺の発言に、女性は何の事やらと一瞬首をかしげたが、すぐに、
「あー、それ、受け取ってください。プレゼントみたいなものです」
と答え、そのまま振り返り玄関を開けて、
「戸締りは、すいませんけれどご自分でお願いします」
とだけ言うと、また音もなく出て行った。
「ま、待って」
俺はよろけながら立ち上がるとよろろよろけて玄関へと向かう。相変わらず体はがたがただから、それだけでも重労働だ。でも歩く。
玄関にたどり着き、扉を開ける。こじんまりしたコーポの廊下を見渡すが、既に女性はどこにもいなかった。代わりに、配送会社の人が今まさに呼び鈴を鳴らそうという姿立っていただけだった。
で、感じるのだが、都会での独り身は不幸ではないかもしれない。
咳はきついし、頭は痛いし、のどはいがらっぽいし、熱で体はだんだるい。よって何も手に付かない。飯どころか小大にすら苦しむ位だ。
だけど、ここには誰だか知らないけれど助けてくれる人がいる。俺みたいなのを助けてくれる人がいる。
そういうのがあるのだ。だから俺は待っている。ちゃんちゃんこを着て、待っている。
ピンポーン
俺は彼女が好きだ。
高校三年の中頃から付き合いだして、映画やカラオケやらデートを繰り返して、一年後位に互いに初めてのセックスをした。
彼女を大事にしようと思った。強く思った。
なのに…だ。
今、俺の部屋には彼女じゃない女が居る。
誓って何もしていない。本当。
そもそも、こんな事を書いているのは正直困っているからで。本当に困っている。助けて欲しい。
朝からこんな最低なやつの日記を読んで気分を害している人もいるかもしれない。
むしろ、害している人の方が多いと思う。
今書いていて気が付いたが自分で、今の状況は彼女に対して悪い事だと分かっている。わかっているんだ。
バイト先で一緒に働いている子。
明け方まで男4人の女2人で飲んでた。かなり。部屋が酒臭いしゴミがひどい。汚い今の俺が。
途中で寝落ちしてしまったので、起きたらその子と俺しかいなかった。
いまどき、そんな事でうじうじ言うなよと思われそうだが、これから彼女が来るんだ…家に。
コマンド?