はてなキーワード: 行動分析学とは
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一ヶ月前に書いたものがホットエントリになってびっくりしました。
「http://anond.hatelabo.jp/20110502165746」の続きです。
新たについたトラックバックにも、返信しようかと思いましたが、手に負えなさそうなので、補足を記して、まとめてご返信とさせていただきます。
まず、妻が「物が捨てられない人」ということを過剰にアッピルしてしまったことで、はてな界で伝説になってる xevra先生をはじめ、多くの方にご心配であったり、「パーソナリティ障害なのは確定的に明らか」「このままでは旦那の寿命がストレスでマッハなんだが・・」のような破壊力ばつ牛ンのエスパーレスをしていただき、恐縮でございます。深い悲しみに包まれたあまり、思わずブロント語が出てしまいました。
さて、それ以外の誤解ですが、「改善していない」ことはありません。
みなさんが大好きな使用済み生理用品は、ここ半年はまったく見かけません。
鼻をかんだティッシュは、完全ではありませんが見かけなくなりました。ゴミ袋も気がついたら替えてくれることも増えました。少しづつ改善されております。
また個人的に素晴らしい変化だと思ったのが洋服と雑誌を捨てられるようになったことです。
改善していく過程は全く書きませんでしたが、書くと長くなるので、要点だけ記します。
最初は怒鳴ってケンカすることが多かったです。ですので「怒らず冷静に対応した」というのも誤解で、最初は怒っていました。ただ、ご存知のように言って直るぐらいなら苦労はしないわけで、私も情報を集めて、試行錯誤しました。
私が率先して掃除をしてしまうと、妻は機嫌が悪くなります。どうしてかはわかっていました。私が掃除をすることで「自分は掃除もできないダメな妻」と感じてしまうのです。そこはよく話をして「ダメ妻だとは思っていないよ。大好きだよー」とフォローしました。基本的には注意しつつ褒めつつヨシヨシナデナデしつつといったところです。
それから、洋服を捨てられるようになった話ですが、たまたま見た「ティム・ガンのファッションチェック」があまりに素晴らしかったので、一緒に見るようにしたところ、しばらくして、洋服を整理するようになりました。ティム・ガン△。
俺も残念でーす、反省してまーす、反省してないことを反省してまーす
毎日死にたい死にたい言ってもちっとも行動が変化しないのは何故だろう
行動分析学的に言えば、嫌子出現や好子消失じゃないからなんだろうな
つまり、俺は「死にたい」って言うたびに良い気持ちなわけだ、自覚なしだけど
だからこそ死にたいと言う行動はなくならないばかりか強化されると
問題なのは、この行動によって自殺するという行動の生起頻度が変わるかどうかだ
死にたいと言う行動のみが強化されるんだから、他のものは関係ないはずだ
ただ、それは机上のことであるとも言える
ひとつの行動が複数の結果を生み出し、それが複数の行動を強化することがあっても良い筈だ
しかも、この場合近しい意味ネットワーク上にある事なので、あり得ても不思議はない
ならば、どういう随伴性なのだろうか
まずは、これを定義する
気持ち悪い→死にたいと言う→気持ち良い
ここで問題なのは、気持ち悪い→気持ち良いの部分だ
ここをさらに詳しく分解すれば理解される
ここで言う気持ち悪い状態とはなんだろうか
つまり、強化されているという事実を加味すればこういう事であると思われる
この随伴性によって、死にたいと言う行為は強化されると考えられる
さて、ここで問題がある
現実問題として、多少の慰安効果はあるにしても、事実は変わらないのだ
それは慰安効果以上の苦しさだ
これらの要素によって、より確実な慰安効果を求めるようになる
それは発言に留まらず、こう言った文章での公表、リストカット、他者依存と段階を経て変化していく
その変化の最終的な行き場として、実際に自殺を企画・実行するという行為が待っていると考えられる
初めは未遂であったものが本格化してゆき、生起頻度が強化され、死んでしまう
真面目にやろうとしてるんだけど失敗してしまう人に対して 「なんでそんな事が出来ないんだ?」 「そんな事も分からないのか?」 「なぜここを詰めていないんだ?」 「どうしてやってないんだ?」 「前も言ったじゃないか!」 などと叱る人が居る。というか私もたまにやってしまう。 不真面目にやろうとしていたり、他人に迷惑をかけようとしていたりする場合は 叱る必要があるように思えるが、真面目にやろうとしている人を叱るのは 何のメリットも無いんじゃないかと思った。 というか、普段からそう思ってる。 思ってるんだけど、ついそういう言い方をしている事がある。 反省を込めて、なぜ叱ったらダメなのかを考えてみた。 ■真面目にやってるのに失敗する人には、うまくやれる方法を教えれば良いだけだから。 あえて不愉快な思いをさせる必要は無い。 発奮して欲しい場合は 「うまく出来るようになったらこんな良い事があるよ」 と言えば良い。 ■人を傷つけたり不愉快にさせるのは、出来るだけ避けた方が良いから。 イライラさせてしまうし、そのイライラは伝染する。 後輩であれ部下であれ、一人の人間なのだから、意味もなく傷つけてはならない。 ただでさえイライラする事が多い世の中なんだから、 少しでも全体のイライラを少なくする事に全力を尽くすべき。 ■行動したら叱られる(罰系の刺激を受ける)なら行動しない方が良いと条件付けられるから。 行動分析学で言うところの「嫌子出現の弱化現象」になり、 何かしようという気が失せてしまう。 他にもありそうだけど、今は思いつかない。他にも何かあれば教えて下さい。 ただ、真面目にやってる振りをしているだけかどうかは注意深く確認する必要があると思う。 また、失敗が続く人には、どうしたら失敗しないように出来るかを教えれば良い。 少しぐらい失敗しても良いと考えているようなら、なぜ失敗したらダメなのかを教えれば良い。 それでも失敗する場合は、その人にその作業をやらせない方が良い。 それが必須の作業なら、どこまで我慢するかの判断が難しいが、配置転換かクビが妥当だろう。 この考えでは合わないケースや、それでも叱った方が良い理由や、 漏れている事(例えば、こういう性格の人は叱った方が良いなど)があれば教えて下さい。