はてなキーワード: 柔術とは
朝倉選手とクレベル選手が少しだけ話題になっているので書いてみる。
◎帯の色
白→青→紫→茶→黒
上に行くほど強いということ
黒以外は道場主判断で帯が変わっていることがあるので過去に見た時の記憶です。
◎昇級について
私が習っていたところでは大会に出て最低1回優勝することが条件でした。
確実に昇級したいのであれば2回以上優勝していることが必須でした。
階級や大会規模によるので断言は出来ませんが、通常2~3回は勝ち抜かないと優勝にはなりません。
同じ階級、同じ色の帯の人にだいたい5回勝つと昇級すると思うと分かりやすいかも知れません。
「1本勝ちを続ける」「無差別級で優勝する」など明らかに突出して強い場合などは例外があります。
クレベル選手は無差別級の黒帯の全日本で優勝しています。めちゃくちゃ凄い事です
シンプルに柔術だけで言うと、スパーを10回やって1~2回朝倉選手が勝てるかなというレベルです。
柔術のみの真剣勝負だと下手したら10回やって1回も勝てない可能性が高いです。
朝倉選手はトライフォースという柔術で有名なところに所属しています。
なのでお二人ともクレベル選手の柔術の凄さは理解しているはずです。
◎柔術について
長期戦の打撃戦もあるし、短期戦の柔術試合もある。サトシなんかが良い例。
今回の件は谷川モンスター路線的な榊原の手法がやりにくくなっただけで、海外に買収されてTVから弾かれていたPRIDE時代とは事情が違う。今後もぼちぼち格闘技は続く。
それから朝倉兄が荻原に勝ったところで誰も盛り上がらないし、敗戦した斎藤祐とやったところで盛り上がらない。
未来個人が輝くにはもはやUFCしかない気がするが、クレベル級がゴロゴロいるUFC通用しないことは前から言われていたことなので、それも難しいと思う。
スター選手である朝倉弟、一度はレスリングにその地位を明け渡した柔術最強時代を予感させるホベルト・サトシ・ソウザ及びボンサイ柔術がRIZINには残っている。あとは榊原がどう扱うかだけ。本来なら今回行われたソウザとムサエフは生放送枠でなければならなかった。凡戦続きであっさり圧倒した天心戦はたしかに天心の鮮やかさという点では見ごたえがあったが、所詮人寄せパンダ的な企画に過ぎない。これは当の天心が悪いわけでなく、魔娑斗と武蔵からも苦言を呈されていたとおり、榊原が悪い。本来総合枠のソウザをもっと格上の扱いにすべきで、それこそがずっと続くRIZINの屋台骨になるはずだったわけだ。こんなことは格闘ファンから見れば火を見るより明らかなことだ。実力があり温和で強烈なスピード感ある決め力を持っている選手は日本国内にはいない。はっきり言ってソウザはスター性で言ってもUFCしかクラスだ。
というより、他の格闘技のほうが圧倒的に少ない。
実は総合格闘技の漫画はないわけではなく、有名所で『オールラウンダー廻(格闘団体『修斗』の空気感を強く反映している)』、マイナーで古臭い『格闘太陽伝ガチ(『PRIDE』時代の空気を色濃く反映している)』などがあり、未読のものでも『鉄風』、『ハナカク』等があるらしい。しかしほとんど無名でしかも数が少ない。
例えばなぜ総合のスタンディングは間合いが遠いのか、という視聴初心者にはまるでわからない問題から、テイクダウン(相手を倒す所作)タックルの入り方、入ったあとの攻防でどう立ち続けるか、などスタンディングから寝技に入るまですらいくつかの段階がある。寝るともっと細かい。しかしこれだけでは理由にならない。何故ならボクシング漫画にも細かな攻防が散りばめられてるし、こうした細やかさは『はじめの一歩』を皮切りにしてその後の漫画で通例となっている。例えば右ガードを上げっぱなしにして直ぐに左の返しを打つ、縦拳でねじ込むなどの試合を見るだけではわからないテクニックが盛り込まれる。
特に初心者の場合、総合で寝技に入ったあと困惑しがちだ。「この人達なんで抱き合ったまま動かんの?」が一般的な感覚だろう。漫画にする際に一番問題なのがこの地味さだ。ともかく総合のグラップリング(組技)のビジュアルは地味に尽きる。よほどの実力差がないときれいに腕とったかと思ったらそのまま頸動脈を締めてフィニッシュ、なんてことにはならない。ダラダラと抱き合って時々ポンポンと叩いたかと思ったらまた起き上がる、の繰り返しだ。人気が出にくいのも無理はない。しかしその地味な中で選手は常に目まぐるしく考えている。ハーフガードから足を抜いてサイドを取って、裸絞か腕十字の二択をかけながらバックチョークを狙い、更にこの中間にパウンドを挟んでゆく、という思考ゲームを繰り広げる。故に柔術は才能や瞬発力より学習と反復であると言われており、特に能力のうち努力の比重が高い(もちろんフィジカル面において足が長いほうが有利、体重差は関係するなどの条件は一応ある)。こうしたほぼ見えてこない攻防は柔術教習系のYouTubeを何度か見ることによって初めて理解されるものであり、そうでない限りはまるでわからずに試合が過ぎてゆく。漫画でこれを再現するには動きのないシーンをずっと続けなければならない。つまり決定的に漫画やアニメに向いていない。総合を漫画やアニメにする場合、両者が軽量級で締めや関節の攻防がスピーディーに繰り広げられるという目まぐるしい展開を技と作らなければならない。
ボクシング漫画は効能がわかりやすい。こう殴ればこう効く、こう殴ればジョルトカウンターだ、といったビジュアルでの説明がそのまま通用する。ボクシングが思考ゲームではない、頭は使わないと言ってるわけではなく、見た目がわかりやすいのだ。
しかし総合は微妙な違いを上手に絵として伝達しにくい。試合ですらわからないのに、同じビジュアル重視の漫画・アニメで十全に理解されるわけもない。
実は今日のYouTube界ではもはやボクシングのほうがマイナースポーツ扱いである。畑山・竹原・渡嘉敷のご三方が出演するチャンネルも総合格闘家の朝倉未来をゲストに迎えてやっと跳ねるという具合で、井上尚弥以外は完全に下火だ。京口紘人の防衛など一般人はほぼ知らない。
が、いわゆる格闘技と言って未だに思い浮かぶのはボクシングないしプロレスである。なぜなら総合格闘技興行である『PRIDE』が外資に買い叩かれて空中分解し、『K-1』が財政破綻で解体された後、日本の格闘シーンには長い空白期間が存在したからだ。後にキックボクシングなどが日の目を見ることはなかったし、K-1の再生と『RIZE』や『KNOCKOUT』と神童・那須川天心の訪れを待ち、更には『THE・OUTSIDER』『RIZIN』の登場を待たねばならなかった。一般市民がプロレスとボクシングが格闘技だという認識を持つほどに、格闘技は忘却されていたのである。
総合格闘技の知名度は『RIZIN』次第になってしまったが、これからというところでコロナが襲いかかってきた。試合は国内の選手だけに限定され、海外の強豪と試合をするチャンスは潰えた。また、同時に国内のバンタム級王者マネル・ケイプが海外の総合格闘技団体大手の『UFC』で連敗するという事態が起こり、今もまた危機的状況にある。
こうした浮き沈みの激しさから題材化する事が大変難しい。キックの場合でも再生した現『K-1』の安定からメディア化の波が起こってもおかしくはないが、ルールがいわゆる肘ありと首相撲ありのムエタイルールとは程遠く、漫画化するにしてもキックの代表格として扱うには難しく感じられる。
総合は細かすぎる技の数々、見た目の地味さとわかりにくさ、競技人口の少なさとマイナーさなどが相まって漫画家が難しい分野である。キックはボクシングと同じく題材化しやすいものの、マイナースポーツ感がさらに強い。
ちなみにタイトルからして『メガロボクス』を思い浮かべた人も多いだろうが、ボクシングと言うよりボクサーの生き様が焦点であり、今回は語らなかった。『メガロボクス』単体なら長文を書けるほどに好きだが。
追記01:競技として完成されつつある総合格闘技と古き良き異種格闘戦はだいぶ毛色が違う。細かく言えば総合の始まりであるバーリトゥードと今日のMMAは別物と言っていいし、ストリートファイトと総合格闘技もだいぶ違う。そんな意味で刃牙は異種格闘戦あるいはストリートファイト的だし、総合の範囲を広く取りすぎると述べたいテーマから逸脱する。『エアマスター』はストリートファイト的な上にファンタジーが多く、リアリティよりも勢い重視なので総合漫画とは言えないし、修羅の門もファンタジー(技についての意味)武術漫画で総合とは無関係だったり。
けして上記漫画がつまらないと言ってるわけではなく面白いと思う。ただ総合じゃないよねと。あと『史上最強の弟子ケンイチ』に触れてなかったけど、詳しくないのに言うのも気が引けたし、『ツマヌダ格闘街』は読みたいけど読んでなかったのでほんとすまん。
追記02:柔道漫画を上げる人がいるけど、柔道と柔術じゃグラウンドの攻防がまるで違う。そしてMMAの柔術と競技柔術でも全く違う。競技漫画として柔術と柔道が比肩するという意見は的が外れている。
通常、最近の総合格闘技ではレスリング巧者と柔術巧者ではレスリングがかつ傾向にあったし、今でもそれは変わらない。しかしこの戦いは全く違った。レスリングのポジショニングでは確かに大田に分があったが、不利な体勢から三角を狙いに行く所の細かさが勝ってしまった。思えばONEの青木真也もレスリングを完封していたし、固める技術の細やかさは近年の通説を覆すのかもしれない。
皇治は倒されない戦い方をしていたから倒れなかったんだ、という説が大勢を占める中で、五味の打ち合いで全く倒れることなく試合を終えた。何がすごいのかといえば、体重差が何階級か上で、しかもハードパンチャーで鳴らした五味に耐えきったという点だ。シバターvs.HROYAやスダリオvsミノワマンのことを考えると相当タフネスといえわざるを得ない。
多くの人が天心の勝利を信じて疑わなかった一戦だが、蓋を開けてみると天心自身のそんな簡単な相手でもない、という自己評価より遥かに楽に勝っていた。内容的にはパンチの打ち合いはフェイントと先読みで全て点心がリードしてゆき、苦し紛れの右ミドルの攻撃を読み切ってワンツーという展開。ところでこの右ミドルもかなりの高威力であり、これを物ともせずカウンターの餌食にした天心の底力は一体何なのか。空いた口がそのままになるレベルだ。コンビネーションも半端なく、相手の一発に左右の1,2,3,4が瞬間的に入ってゆくという神がかったもの。全盛期の辰吉のミットを思い出すレベル。
正直見どころじゃない。大事な観点として総合格闘技は進化しているということ。ミノワマンのパンチの下手さ、タックルへのタイミング間違いなど時代錯誤の技術力の低さが目立った。もうPRIDEの時代ではないと感じた戦いだった。
誰もが予測を付けにくかった試合ではないか。メインだけあって注目度は一番高かったが、蓋を開けると堀口が前回やられた、ローなどでくるっと回転してからもらった不意のパンチをちゃんと警戒していた。堀口自身はパンチではなくローで海に効かせてゆくという非常に分析仕切った戦い方だった。分析が足りなかった朝倉、分析しまくった結果轍を踏まなかった堀口、という慎重さが明暗を分けた。はっきり言って前十字靭帯切断のはあまり感じなかった。おそらくパンチをあまり出さなかったのも作戦であろうし、ダメージは一体どこに、という印象。
朝倉未来vsドミネーターは当人も不満顔で分かる通りまるで予想通りで意外性がなかった。荻原は安牌切ってて面白くない戦いを繰り広げた。それでも別に間違っていはいないが、大晦日にやることでもないような。吉成名高は次世代天心と呼ばれているが、確かにカウンターに光るものがあるとは思うものの、手数が違うしフットワークも天心には及ばない。それと女子総合のレベルが正直あんまり高いとは思えない。乱打戦の中で喰らいながらいや倒れ風に胴タックルに行くとかやっちゃいけないことを何度もやってる。シバターvsHIROYAは体重差があったものの、得意のキックルールでアッパー気味のフックを綺麗にもらっちゃったのは言い訳が効かないのではないか。一応アウトサイダーで結果残してるしね、シバター。
ネットの言説の主たるはこの言説に集約される。打って組んで投げて寝て、というマーシャルアーツが高いレベルで競技化されているからだ。確かに対応力は一番高く見えるし、実際に殆どの打撃と寝技に対応できることだろう。
格闘技はルールによって強さが変わると言われる。わかり易い例では柔道ルールで戦えば柔道家が強く、ボクシングルールで戦えばボクサーが強いという基準だろう。比較的わかりにくいものでは柔道家と柔術家が戦ってもお互いのルールで一長一短が決まってしまうし、肘なしK-1選手とムエタイやKNOCK OUTの選手が戦ってもかなり間合いが変わってくる。縦肘と言われるガードからの割り込みが使えるため、積極的に狙おうとする者、距離をとって戦おうとする者等スタイルが割れてくるからだ。クリンチが得意な選手も戦法を変えざるを得ない。また、勘違いされやすいが、競技柔術と柔道、総合格闘技ではまるで使える技術が変わってくる。総合における柔術の場合、例えばマウントポジションでは鉄槌やパウンドを狙いにゆくが、柔術の試合ではあくまでマウントからサイドを取って腕十字や肩固めなどを狙ってゆく傾向が強い。決定的なのは双方が足を出した状態から掛けるベリンボロなどの技法だろう。簡単に言えば足を引っ掛けてローリングしつつ相手の背後からバックチョークを狙う技だが、総合ではまずやる人がいない。理由は簡単で、総合の柔術の流れは基本的に上から下へと力を発揮するように振る舞うからだ。マウントではパウンド、足関節状態では掛けずに立ち上がって踏み潰したほうが良いなどだ。そもそもの思想が違う。柔術は組合わなければポイントが取れないため、ベリンボロを仕掛けても相手がそれを返す攻防が発生する。総合ではそんなやり方に付き合う必要性がない。また、柔術のルールで柔道家が戦っても不利だ。柔道家は抑え込みを防ぐために畳の上で団子になる癖が身についており、積極的に関節技に移行しない。逆に柔術家は崩し、払い、投げの練習が希薄なため容易に投げられて一本を取られる。それぞれのルール内ではそれぞれの格闘技が強い。これは格闘技の常識であり、この発想なくして最強の格闘技とは何かと言われても絵空事である。
それでもルールなしなら総合が強いでしょう? と思う人もいるだろう。経験豊富という意味で同意するところもあるが、多少疑問が残る。幾度となく議論されたストリートファイトでの各格闘技の様相だ。この辺りはUFC(DEEP)、RIZIN、巌流島あたりの総合系の舞台を見るとわかりやすい。UFCとDEEPはケージ(金網)による円形に近い舞台を使う。このせいで必ず壁際が発生し、レフリーストップもかかりにくい環境にある。このため各選手はケージ際での攻防を明確に練る必要性が出てくる。抑え込まれた側はフロントチョーク状態を維持しつつ相手の手を抜いたり三角締めを狙いにゆく攻防となり、押し込んだ側はどうにか足を抜いてマウントやサイドを取ろうとする。リングのようにレフリーが割って入ってもとに戻されることもないので、壁際独特の力の使い方が必要になる。リングはただ中央に戻されたり、スタンディングに移行するだけなので特筆するところはないだろう。問題は一風変わった巌流島だ。巌流島の舞台設定は面白い。相撲のような円形舞台から外を崖として設定し、三回落ちたら負けというルールを設定した。なおかつ寝技は30秒以内しか行えない。これは路上での寝技が一対多を想定したものであるからという。結果的に試合は打撃とタックルが得意な選手が多く勝ち上がってくる。普段日の目を見ない武術系・プロレスの人も勝っているあたりが新鮮でもある。
筆者はこの巌流島を見ているうちにある思いに囚われた。総合がいくら強くても、ケージに押し込まれることなく落下するというシチュエーションでは、アマレスの選手が最も強くなってしまうのではないか、ということだ。事実巌流島のある大会においては、低空タックルと押し込みのみで優勝してしまった元拓殖大学レスリング部のプロレスラーがいた。想定が事実なら相手は即死である。
居酒屋を考えてみよう。お座敷とカウンターがある。この2つのうちお座敷の闘いが圧倒的に強いのは言うまでもなく柔術家だ。座った状態で競技が始まることもある柔術のフィールドそのものがお座敷といっても過言ではない。調子に乗った酔っ払いがお座敷で騒いでいたら速攻で制圧できること請け合いだ。一方カウンターでの攻防が発生した場合、強いのは軍隊格闘系になる。彼らから言わせればカウンターは武器の宝庫だからだ。割り箸は折って差し込む武器になり、グラスは相手の鼻を折る武器になる。中身がある場合かけてしまえばいい。
裏口の路地ならどうだろうか。柔術家は途端に不利になる。足場が悪く思うように転がることもできない。逆に強いのは打撃系になるだろう。ではどの打撃系が一番強いのか。ずばり空手家だと思う。路地裏の動きが制限された状態では総合選手がよく見せるタックルのための大振りなフックはそうそう出せないし、ストレート系をメインに戦うことになるだろう。素手を怪我しないために動き回る顔はそうそう叩けなくなってしまう。この条件に最も合致するののが空手だ。空手には顔面攻撃がないが、この場合は有利に働く。空手は試合においては他の立ち技系に比べて出入りが単調な傾向にある。内側に入って鈎突きや突き、下段回しをゴリゴリに押し込んでゆくが、横のフットワークに乏しい選手が多く、回り込みやロープワークなどの発想がない。しかしこの単純で素早い出入りこそが路地裏では生きる。突進力もあるので前に出ながらかわせない連打を浴びるのは恐怖すらある。
他方、ガッツ石松が数人を相手にして路地裏に誘い込んで全滅させたというエピソードも存在する。これはガッツ氏のウェイトとリーチがあって為せる技だ。ボクシングが一競技として路地裏格闘に向いているわけではないと思う。むしろボクサーは横軸が自由に移動できる公園などで強さを発揮するとのではないか。その場合総合でも十分強いと言えるかもしれないが。
いずれにせよ、格闘技はルールと言うより状況の想定で動ける範囲ややれることが変わってきてしまうため、こうした自然のルール=場所の想定がかななり重要だ。場所によっては総合が何が何でも強い、という前提は崩れ去るのではないかと感じている。
触れずに倒す、などのはっきり言えば別ジャンルの人によって勁は随分勘違いされてきました。しかし勁はマジックでもなければ詐欺でもありません。そればかりか日常的に勁は使われています。勁とは力の作用の仕方を総称したものだからです。例えば野球選手の投球フォーム、ハンマー投げ選手の重心移動なども勁の一種です。それが今日の体育的か武術的かの違いに過ぎません。
実際のところ発勁という単語は日本特有のもので、中国では単に勁と書きます。
身体操作法です。武術観点から言えばひねらずためず、肉ではなく骨の力を使うことが多いです。この場合骨盤や肩甲骨の回転、地面の衝撃を止めずに流す手法などが取られます。
勁には一番簡単な実感方法があります。ご自身で手を伸ばして、その先端が地平線上に糸でどこまでも引っ張られているとイメージしてください。その後その伸ばした腕が曲げられるか第三者に試させてください。普通に力任せに曲げられないようにこらえたときと違い、糸が伸びるようなイメージで伸ばした腕は曲がりません。このように「勁を働かせる」とは、普段惰性で行っている身体操作を意識の持ちようで別の動きに変えることを意図しています。
身体操作の内部的感覚を錬成するためにやるだけで、その感覚を得やすいからやってるに過ぎません。ちなみにこっちばかり先鋭化されすぎるとMMAでボコボコにされた某気功家みたいな悲惨な勘違いを生むことになります。ちなみにあの気功家、大東流柔術とは全く無関係の大東塾武道という流派を呼称しています。大東流の方もさぞ迷惑だったことでしょう(もっとも、これは擁護ではなく大東流の方々が直ちにMMAで勝負できるという意味ではありません)。
確かに現代的な練習を積んでいない武術家はぶっちゃけ弱いです。最近の事件として中国MMA格闘家が太極拳の指導者を叩きのめしたことは記憶に新しいです。この点は各方面から伝統派も実践式スパーを取り入れるべきだという意見が飛んでいます。一方、伝統派がスパーを入れて競技化すると武術的な技は形骸化して意味を失います。極真空手の型、柔道の寝てからの攻防など、体育化によって失うものもあります。
また、武術家全員が弱いわけではありません。古流空手出身でRIZINのトップファイター堀口恭司選手は、靭帯の怪我に泣かされて朝倉海選手に敗退するまで連戦連勝でした。彼は古流特有のロングレンジからの突きを多用します。また、総合のUFCで活躍する菊野克紀選手は古流空手で、そのパンチであるナイハンチは浸透勁の手法です(システマの打ち方に似ているという指摘もあります)。キックボクシングの大月晴明選手は合気道の歩法をキックの試合に取り入れた結果、ロー必ず当たるようになったと語ります。勘違いしてはならない点として、彼らは脱力した技法を用いるにしても、筋力の鎧はまとっているという点です。打たれてダウンする選手は活躍できません。
また、武術家当人が弱くとも、勁を通す技術体系そのものまで貶められるのは筋が違います。上記選手の方々のように使い方次第です。
別段ブロックは皮膚と内部を巻き藁あるいは鉄砂掌でならした空手家や拳法家が普通に壊せますので、勁とかそういった(働きもありますが)大げさなものではないでしょう。それに、内部に効かせるものが多いと思います。ボクサーなどにも言えますが、効くパンチとパンチングマシーンなどの衝撃測定では結構な落差が出ると言います。力を抜いてインパクトの瞬間だけ握りしめる手法も一種の勁で、この方法と相手の反射、例えばカウンター時に合わせるなどして一挙に意識外から意識を持ってゆきます。
実はここが一番問題です。本格的な勁の多くは極端な脱力によってもたらされるもので、力を込めて威力を加える近現代的な体育の身体作法とは真逆のアプローチを取ります。組み込み難さはかなりのものでしょう。そして、一番の問題は応用が効くまで一定の型内でしか発揮しにくい、という点です。例えばリング際で胴タックルから肘を入れられてのけぞらされた場合、少なくとも地面を利用した勁を使うことはできなくなります。こうした不測の事態を考えていない武術家は不利な状況下での身体操作を理解していないため、上述の太極拳指導者のようにやられてしまいます。もっとも、あの人の場合ただ単にパンチに反応してないだけですが。
あれをそのまま使う人はいません。基本的に力の流れを意識して体の内部を注視しながら感覚を身に着けさせるためのメソッドでしかなく、体操化した太極拳にはそうした体内を注視する意識も欠けています。実践の際にはもっと素早く動きますが、初心者に素早い動きをさせると力んで力を使うため、ゆったりと感覚を身に着けさせるように誘導します。
今の所中国ですら武術がスポーツ化していると言われており、武術的な型を使ったスポーツ化している選手が多いのではと推察しています。渡航しないとわかりませんけど。試合の流れの中で使う分には、散打特有の投げルールポイントを駆使したほうが勝利しやすい、などの理由もある気がします。
肩口から出る力を使い、脱力してインパクト時に握り、ミットやサンドバッグにあたった瞬間にその衝撃だけ伝えて手を引く、いわゆるジャブは肩口からの勁です。また、コークスクリュー・ブローは纏絲勁を前腕、リスト部分に用いた限定的な用法です。
限定された動きのみならず、すべて格闘技と異種格闘戦を行って武術的アプローチで対策を練る、現代的に見ると変な武術家が現れない限り、実力があるとは認められないのも事実かと思います。そんな申し出は社会的にも失礼な話ですからね。打撃に混ざって練習生を崩して投げるやつがいたら練習生の邪魔になります。
また、多く武術は投げ以降が簡単な関節技しかないため、寝技のあるMMAとスパーしても今度はMMA側が楽勝すぎて練習にならないでしょう。故、塩田剛三先生クラスでなければ寝た瞬間に力んでしまい、固められておしまいかと思います。この辺は型として、それも打ち込みで反復練習できる実践的な型として勁をどう使うか、という研究が足りない気がします。
id:sangping よく分からんが、勁が「力の作用の仕方を総称したもの」なら、昔ながらの抽象的な表現をそのまま用いず、物理数式に置き換えて実証すればいいんじゃないの? 現代なら計算によるシミュレートも可能だろうし。
単純に選手としてみた場合、ハンドスピード遅く、ダッキングやウィービングも適切に出せておらず、スウェーバックは一つもなく、たまに左へのヘッドスリップが出るくらい。ガードは上手とは言えず、スタミナもない。年齢と言うより走ってない。走る時間がないんだと思う。だから野口戦では1ダウン奪ってるのにラウンド3で息切れして倒れかかっている。
唯一の武器はウェイトで鍛えた一発KOが狙えるパワー。ただしコンビネーションは右上下のフックと遅い左フックだけ。
動きと背筋と体幹をを見ていて思ったけど、柔術のほうが向いてる気がする。体幹はより良くなるだろうね。
あまり詳しくないけど、W日立ジムって選手が軒並み負け越してるからトレーナーか設備がまずいんじゃ。HPの90年代感もやばい。
20代後半男、160cm、40kg
それは挨拶だったり注意だったりキャッチだったりビラ配りだったり道を尋ねるものだったりいろいろで老若男女外人を問わない
キャッチやビラ配りの類は俺を見つけると確実に目線を合わせてくるし、駅のホームでスマホを弄っていれば意味不明な婆さんにいきなり話しかけられるし、クソ忙しいはずのスーパーのレジ係までもが俺の買うものをネタに瞬間的な雑談を振ってくる
最近まで自覚していなかったが、どうもこれは見た目が原因であるらしい
世にいる大半の引き籠りの同意を得られる自信があるが、俺は人間が大嫌いだ
今まで穏便に対応したり無視したりして来たが、良い加減鬱陶しくなってきたので対策を取ることにした
自分で考えたが、話しかけられたら凄んだり怒鳴ったりするとか、顔に刺青シールを張るとかしか思い浮かばなくて詰んだ
見た目で舐められないようにするにはどうすれば良い?教えてくれ
起きたら伸びててワロタ
残念ながらそうではなく、穏やかでない連中にもきちんと声を掛けられている
駅前で人ごみのど真ん中だと言うのに、行きと帰りで同じ人間に二度絡まれたエピソードを一つ紹介する
スーツ姿のサラリーマンで一見普通だが、通路の真ん中付近で立ち止まり話しかける人を物色してる感じの不審者
彼我の距離10mほどでちらりと俺を見やったと思ったら、不自然に目をそらしながらこちらの歩行に合わせて近づいてくる
横を通りかかるタイミングで「あの、ちょっとお尋ねしたいんですけども」と声をかけられる
まさか同じ奴をもう一度引っ掛けようとは思うまいと普通に横を通り抜けようとしたら突如こちらに向き直って
「あのこれ違います?」「落としましたよ」「すいません!すいません!」と粘られる
もちろん何も落としていなかった
断る
教えてもらった方法を整理してみた
俺だけでなく誰かの役に立つかもしれない
皆さんありがとう
話しかけられたくないだけならこれは多分最良の案
この種のアイデアにはネタが混じっているので実運用可能と思われるものを抜粋した
職質と通報に注意
髪型を変えたり染めたりは簡単で効果ありそうなのでぜひ検討したい
これは俺がいるグループが話しかけられるという経験が多々あるので有効性が疑問だ