はてなキーワード: 塩田剛三とは
触れずに倒す、などのはっきり言えば別ジャンルの人によって勁は随分勘違いされてきました。しかし勁はマジックでもなければ詐欺でもありません。そればかりか日常的に勁は使われています。勁とは力の作用の仕方を総称したものだからです。例えば野球選手の投球フォーム、ハンマー投げ選手の重心移動なども勁の一種です。それが今日の体育的か武術的かの違いに過ぎません。
実際のところ発勁という単語は日本特有のもので、中国では単に勁と書きます。
身体操作法です。武術観点から言えばひねらずためず、肉ではなく骨の力を使うことが多いです。この場合骨盤や肩甲骨の回転、地面の衝撃を止めずに流す手法などが取られます。
勁には一番簡単な実感方法があります。ご自身で手を伸ばして、その先端が地平線上に糸でどこまでも引っ張られているとイメージしてください。その後その伸ばした腕が曲げられるか第三者に試させてください。普通に力任せに曲げられないようにこらえたときと違い、糸が伸びるようなイメージで伸ばした腕は曲がりません。このように「勁を働かせる」とは、普段惰性で行っている身体操作を意識の持ちようで別の動きに変えることを意図しています。
身体操作の内部的感覚を錬成するためにやるだけで、その感覚を得やすいからやってるに過ぎません。ちなみにこっちばかり先鋭化されすぎるとMMAでボコボコにされた某気功家みたいな悲惨な勘違いを生むことになります。ちなみにあの気功家、大東流柔術とは全く無関係の大東塾武道という流派を呼称しています。大東流の方もさぞ迷惑だったことでしょう(もっとも、これは擁護ではなく大東流の方々が直ちにMMAで勝負できるという意味ではありません)。
確かに現代的な練習を積んでいない武術家はぶっちゃけ弱いです。最近の事件として中国MMA格闘家が太極拳の指導者を叩きのめしたことは記憶に新しいです。この点は各方面から伝統派も実践式スパーを取り入れるべきだという意見が飛んでいます。一方、伝統派がスパーを入れて競技化すると武術的な技は形骸化して意味を失います。極真空手の型、柔道の寝てからの攻防など、体育化によって失うものもあります。
また、武術家全員が弱いわけではありません。古流空手出身でRIZINのトップファイター堀口恭司選手は、靭帯の怪我に泣かされて朝倉海選手に敗退するまで連戦連勝でした。彼は古流特有のロングレンジからの突きを多用します。また、総合のUFCで活躍する菊野克紀選手は古流空手で、そのパンチであるナイハンチは浸透勁の手法です(システマの打ち方に似ているという指摘もあります)。キックボクシングの大月晴明選手は合気道の歩法をキックの試合に取り入れた結果、ロー必ず当たるようになったと語ります。勘違いしてはならない点として、彼らは脱力した技法を用いるにしても、筋力の鎧はまとっているという点です。打たれてダウンする選手は活躍できません。
また、武術家当人が弱くとも、勁を通す技術体系そのものまで貶められるのは筋が違います。上記選手の方々のように使い方次第です。
別段ブロックは皮膚と内部を巻き藁あるいは鉄砂掌でならした空手家や拳法家が普通に壊せますので、勁とかそういった(働きもありますが)大げさなものではないでしょう。それに、内部に効かせるものが多いと思います。ボクサーなどにも言えますが、効くパンチとパンチングマシーンなどの衝撃測定では結構な落差が出ると言います。力を抜いてインパクトの瞬間だけ握りしめる手法も一種の勁で、この方法と相手の反射、例えばカウンター時に合わせるなどして一挙に意識外から意識を持ってゆきます。
実はここが一番問題です。本格的な勁の多くは極端な脱力によってもたらされるもので、力を込めて威力を加える近現代的な体育の身体作法とは真逆のアプローチを取ります。組み込み難さはかなりのものでしょう。そして、一番の問題は応用が効くまで一定の型内でしか発揮しにくい、という点です。例えばリング際で胴タックルから肘を入れられてのけぞらされた場合、少なくとも地面を利用した勁を使うことはできなくなります。こうした不測の事態を考えていない武術家は不利な状況下での身体操作を理解していないため、上述の太極拳指導者のようにやられてしまいます。もっとも、あの人の場合ただ単にパンチに反応してないだけですが。
あれをそのまま使う人はいません。基本的に力の流れを意識して体の内部を注視しながら感覚を身に着けさせるためのメソッドでしかなく、体操化した太極拳にはそうした体内を注視する意識も欠けています。実践の際にはもっと素早く動きますが、初心者に素早い動きをさせると力んで力を使うため、ゆったりと感覚を身に着けさせるように誘導します。
今の所中国ですら武術がスポーツ化していると言われており、武術的な型を使ったスポーツ化している選手が多いのではと推察しています。渡航しないとわかりませんけど。試合の流れの中で使う分には、散打特有の投げルールポイントを駆使したほうが勝利しやすい、などの理由もある気がします。
肩口から出る力を使い、脱力してインパクト時に握り、ミットやサンドバッグにあたった瞬間にその衝撃だけ伝えて手を引く、いわゆるジャブは肩口からの勁です。また、コークスクリュー・ブローは纏絲勁を前腕、リスト部分に用いた限定的な用法です。
限定された動きのみならず、すべて格闘技と異種格闘戦を行って武術的アプローチで対策を練る、現代的に見ると変な武術家が現れない限り、実力があるとは認められないのも事実かと思います。そんな申し出は社会的にも失礼な話ですからね。打撃に混ざって練習生を崩して投げるやつがいたら練習生の邪魔になります。
また、多く武術は投げ以降が簡単な関節技しかないため、寝技のあるMMAとスパーしても今度はMMA側が楽勝すぎて練習にならないでしょう。故、塩田剛三先生クラスでなければ寝た瞬間に力んでしまい、固められておしまいかと思います。この辺は型として、それも打ち込みで反復練習できる実践的な型として勁をどう使うか、という研究が足りない気がします。
id:sangping よく分からんが、勁が「力の作用の仕方を総称したもの」なら、昔ながらの抽象的な表現をそのまま用いず、物理数式に置き換えて実証すればいいんじゃないの? 現代なら計算によるシミュレートも可能だろうし。
プチ炎上した一回目の動画はただ単に噛み合ってないだけのお笑い動画に思えた。
しかし、二度目の朝倉と塩田のコラボはひどいというほかなかった。
朝倉はいつもの朝倉節で本気か嘘かもわかりにくい舐めプドッキリから入った。
後半の塩田の動画は大量の特典と豪華な肉を用意して朝倉を歓待する、というへりくだりようだった。
しかも、肉の前後には朝倉に合気道の秘伝技を伝授し、祖父の塩田剛三と縁を持つ刃牙の作者、板垣恵介を紹介するという接待ぶりだ。
問題は舐めプの朝倉ではなく、腰が引けまくっている塩田の方だ。
彼は朝倉に対して、敵にも愛を、という本質から外れた愛を語った。
当たり前だが実践派で路上の伝説の朝倉がそんなふやけた言説を聞くはずもない。
愛がどうのこうのはまともにやりあった矢地と朝倉が言うぶんには問題がない。
祖父の塩田剛三なら一度手合わせしてわからせてやろう、程度はかましたはずだ。
あの動画を見て少なからず直感的に意見した人がいて、見ていてギスギスヒヤヒヤすると述べていた。
自分もほぼ同意見だ。他にもこれは愛ではなく媚だと述べている人もいたが、賛同しか感じない。
朝倉は歓待に関わらず終始会話が進んでいなかったし、相手動画の撮れ高をあげていたことがむしろ印象的だった。
そして動画の内容は殆どスタッフ佐々木くんが撮る未来チーム風の動画に仕上がっていた。
もはや塩田そっちのけで、自分たちが滑ってはならないという雰囲気すらある。
実際塩田はノリがうまくつかめず、場を静かにするばかりだった。
何でも本心の朝倉からすれば塩田は最も理解から遠い人間だろう。
塩田将大は祖父の塩田剛三を何度も出して口先で勝負しようとするみっともなさ、刃牙の作者である板垣恵介という先人の縁を使おうとする情けなさなど、見どころがまるでなかったと言ってもいい。
朝倉兄弟の動画は見ているものを暴力的な不安にさらして再生数を稼いでいる部分が多少ある。
例えば煙草のポイ捨てを注意する弟、朝倉海の動画はビジュアルから怖いニーチャンが出てくるし、それにプロの海が素人を怪我させないかと不安にさせる(前田日明すらあの動画は選手生命に関わるかも、と不安だったらしい)。
未来が地元で焼肉食っているだけの動画でも、冗談めかしつつ同級生に真顔で凄んだりする。
正直面白みはなく、怖い以外のなにもんでもない。
あのトークも軽快な武井壮がかなり緊張気味で対談していたことからも、彼のプレッシャーの「嫌な感じ」がわかろうというものだ。
お笑い芸人コラボも持ち味を殺された人のほうが圧倒的に多い。なんとか乗り越えたのはいじられ芸のパンサー尾形くらいだ。
そんな朝倉未来でも瓜田純士には丁寧に接する。理由は簡単で、瓜田が愚連隊の頃、モノホンの筋者とケツモチ交流があった過去を持つからだ(ただし、朝倉は現役不良時代にヤクザ事務所に乗り込んでいる。瓜田にビビっているわけではない)。
瓜田独自の文章の才や人を見抜く才能もあり、また朝倉が不良の世界で生き抜いていたこともあってのことだろう。
ともあれ、塩田が自分から頼み込んでへりくだる意味はなかった。
それなら他の武術系の人たちとコラボしたほうが塩田にとってメリットがあったはずだ。
一時間ガッツリ見てしまっただるさもあったし、一時間ヒヤヒヤしたという心臓への悪さもあってとても印象に残ってしまった。
動画コメントもほとんど当たり障りのないものばかりだった点も気になった。
不穏な空気を率直に書いた人のほうが素直だと思う。
https://www.youtube.com/watch?v=3NigwrIHdsk
簡単に説明すると、朝倉未来はフェザー級の総合格闘家で、ケンカ最強のヤンキー出身という肩書き。
RIZINでは7戦全勝、格闘家として実績を残し続けてる普通に実力者であり、Youtuberとしても登録者が120万人を超えており大活躍中。
で、件の動画は塩田剛三(!)のお孫さんの塩田将大先生に合気道を教えてもらうコラボ動画なのだが、
会話の合間合間で突っ込みを入れても笑いに繋がらなかったりと、たしかに終始変な空気が流れてる。
いろんないじりや「その技に俺なら耐えられる」という発言に対し、
「先生を小馬鹿にしている」「所詮は元ヤンでしかない、態度が失礼」「不快だ」等のコメントで溢れているのだ。
しかし朝倉未来選手のファンで動画をよく見ている自分からすると、それはちょっと違うんじゃないかと思った次第。
まず、これは朝倉選手側が変に煽ったり小馬鹿にしてるわけじゃなくて、(動画として盛り上がるように茶々をいれつつ)話を促してるだけだと思う。
ただ、合気道の塩田先生が天然というか柳のように受け流す独特な方で、会話のやり取りが上手くいってない感じ。
そこに、朝倉選手の元々の正直な性格(過去の動画で普通に自信家、ナルシストだとも認めてる)による発言が重なって、印象が悪くなってしまったと思う。
だって先生が「合気道は相手を痛めつけません」って説明してからの技をかけて「痛い痛い痛い!」って流れは(しかもテンドン)、
で、どういうことなんですか?ってノリで「痛めつけてるじゃないですか!」って面白がって突っ込んだり話を振っても、
「最初だけです」という先生のよくわからない説明で、なんとなく空中分解してしまうという・・・
だからメンバーも朝倉選手も「痛いけど後に残らないんですよね」「鍛えてるから逆に極まっちゃうんですかね」とかフォローしてる。
本来、最終盤のサッカーボールキックのようなふざけて親近感を持たせるパターンがこのチャンネルのノリなのに、
単純に相性が悪かったというか。
朝倉選手の(教えてもらった技に対して)「俺なら耐えられますよ」という発言も、
(で、その場合はどうするんですか?)的な意味で、そこから別の技や対処を教えてもらって「あーなるほど」とか話を続けたかったように見えるんだよね。
だって本気で意地張ってたり、まして役に立たないなんて思ってるなら、そもそも実際に技を耐えちゃえばいいわけで。
実際に先生の技にかかった上で「でも耐えられますよ?」って言うのは、普通に考えて次のお話を促してるわけでしょ。
でも先生がそのまま「最後まで投げたりはしないですね」ってふんわりと流されて会話が終わっちゃうから、
「え、じゃあそのあとどうするの?」ってすっきりしないままでお互いに変な感じになってるんだよなあ。
急なコラボで打ち合わせもあまりなかったみたいだし、塩田先生を責めるつもりも全然ないんだけど。
たしかに、思ったことを素直にいう朝倉選手の性格とか格闘家らしい自己主張の強さのせいで、
相手を小馬鹿にしてるように見えるという意見もわからなくなはない。
しかし、もし本当に小馬鹿にしてたら、総合格闘技のシチュエーションならどう使えるかなんてあんなに色々試さないでしょ。
先生に技をかけられてるときも、朝倉選手は向かいにある鏡を真剣に見て話をちゃんと聞いてるし。
(初見では余所見してるように見えるかも知れないがそういう構造の部屋)
相手の教えを自分の仕事(総合)に取り入れようと実践して見せるって、普通にリスペクトだよ。
そうやって総合的なシチュエーションを実際に披露しつつ、塩田先生から積極的にアドバイスしてくれる流れを期待してるように見える。(んだけど、先生は基本後ろで静かにしてる)
終盤、いよいよ微妙な空気感の中で護身術を習うところ、「ナイフが刺さっちゃだめじゃん」とか茶化す場面も、
その直後に朝倉選手本人も刺さってるってオチをちゃんとつけてバランス取ってるしなあ。
メンバーを入れてやり始めたのも、二人だけだと間が持たないから何とか盛り上げようって判断に見えるんだけどなあ、結果的にうまくいかなかっただけで。
そうやって動画的に面白く、また自分の土俵である総合格闘技から合気道を理解したい朝倉選手側と、
江川紹子さん、永岡弘行さん、滝本太郎さんらは、オウム真理教に殺されそうになった方々。
自分たちを殺そうとした相手なのに、弟子たちの死刑執行には反対された。
なぜか?
これで、オウム事件の死刑囚は6人となった。報道によれば、法務省は今後、順次執行していく、という。しかし、彼らはカルトによる未曾有のテロ事件の生き証人である。その彼らを何ら調査研究に活用する機会を永遠に失ってよいのだろうか。
署名の取り組みにご協力いただきました皆様にお礼申し上げますとともに、12人のオウム死刑囚の死刑執行回避のためにさらなるご協力をお願いいたします。
その上で、しかしオウム事件については、私を殺そうとした人を含め、教祖以外の12人の死刑は執行してはならないと考えます。残る6人だけでも執行しないでほしい、とつくづく考えます。 これ以上「麻原彰晃」の道連れになどさせてたまるか、と。 https://t.co/dQMWouETIl
ある時、弟子に「合気道で一番強い技はなんですか?」と聞かれた塩田は、「それは自分を殺しに来た相手と友達になることさ」と答えたという。
自分を殺しに来た相手であってさえも擁護する人なんているだろうか?
(普通ならあり得ないことだろう)
しかし、彼らは違う。
何らかの確固たる信念がなければ、できない発言だと思う。
「人格者」という言葉がオーバーなら、「胆力がある」とでも言おうか?
あまり語られていないことだが、信者たちは彼らの死刑停止の要請について、どのように受け止めているのか?聞いてみたいところではある。
anond:20180714173148 [AUM] 弁護士が法治国家を否定?