はてなキーワード: 問答無用とは
なにが「では、」なの?
まったく論理的に繋がってないじゃん。
もう一回繰り返すよ。
と
は、
まったく、
これっぽっちも、
さっぱり、
論理が繋がってない。
「年さえ取っていれば問答無用で偉い」をまるまる容れるとすれば、
これは能力や業績に関わりなく年齢順に偉いんだっていうための概念だ。
まさに
「年さえ取っていれば(勤務態度サイアクでも)問答無用で偉い」
そもそもさあ、
営業力or政治力or技術力が高いならその人は普通偉いはずであって、
君は自分で言ってる”年功序列””問答無用”ってフレーズを自分が理解してない。
繰り返しになるけど俺は態度の悪い無能な年寄り社員は大嫌いだ。
その「正しい考え方」で教師は教育方針を定めるべきだし、採点すべきって事になっていくじゃないかさ。
そこに帰結しないなら、何を話してんだよw
はあ・・・。そういう実際の教育方法や採点の話をしたいんなら、
センセイは自分の授業方針にそった段階確認とかは一先ず置いて
子供一人一人と向き合い、その理解度を正確に把握し
ってんだろ?
みたいな誰もそんなこと言ってない前提を持ち出してから始めるのはやめたほうが良いんじゃないかな。
(どの増田もそんなこと書いてないと思うよ。あったら引用して欲しい)
ちゃんと具体的な増田に応答しろよな。
少なくとも前増田は、
と、採点方法に関する具体的な内容についても応答してるじゃん。
話が拡散しすぎてたたみきる途中で飽きた。もうちょいテーマ絞りなおしてから書き直します。
久々にこういう「わかりやすい小物」の老害を見て興奮しちゃったんだけど、元記事も消えちゃったみたいでテンションが上がらなかった。
http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/210527
今テキトウに考えただけ。
多分はてなの皆さんは私よりこの問題について深く考えていらっしゃると思います。
私の意見に対する批判というよりは、老害に対する皆様方の意見を伺いたいと思います。
ここで述べるのはネットにおける「わかりやすい老害」の話です。
年だけは喰ってるから偉くなったのだと勘違いして若者に対してわかったような口を聞くアレのことです。
能力も権力を持ち、既得権益をまもるために政治力を駆使している真の老害についてはよくわかりません。
「懐古主義(建設的要素が少なく、ただ過去=自分を賛美するだけにとどまる」
「世代の分離を強調する(若者を突然変異のように扱い、原因も若者に押し付ける」
「ワナビー(自らの現状が不遇であることを正当化するためにただ現状を否定したいだけ」
などの特徴があると思います。
ちなみに老害を設定するということは「若害」もあると思います。「世代の分離」については特に。
基本的に老害という言葉がネットで人気なのは、基本的にその反対を意識しない馬鹿が多いからでしょう。
リアルにおいては老害の方が「重要度(影響力)が大きい」ために問題になりますが、
ネットのように、どちらにしろ現実に影響を及ぼさないことを前提とした純粋な議論においては「若害」も吟味されるべきだと思います。
一般に老害の意見は、それを下支えするロジックがおかしいため滑稽に見えるわけですが、
おそらく自分のロジックを点検するという習慣がない。おそらくフィードバックを受ける習慣がないのだと思います。
それらしいことを言って、言いっ放しで満足してしまう。
老害と呼ばれるのは、一般にこういう傾向を持つのが中年以降の男性に多いからだと思います。
自分より立場の弱いものに、具体的には部下や家族に一方的に自分の意見を押し付けることができる。
あるいは同じレベルの仲間内で何度も同じ議論を繰り返している内に、無条件で自らの意見が受け入れられる錯覚をしてしまう。
などの積み重ねがあり、その「内輪感覺」「支配者の感覺」をフラットなネットに持ち込むことで裸の王様ぶりが浮き出るということなのだと思います。
1:自分の体験一点主義
2:主張の背景が薄い
5:人の意見を否定する際の理由が安易なレッテルや抽象的な表現になる。
(たとえば上の「2」とか。自分で書いてても批判になってないと思う。
曖昧な表現やよく考えられていない安易なレッテルはすぐに循環論法に陥る。
うちの課長が好む老害ロジックは「若者は自信がない」であるが、
若者から「安心できる環境ではない」「頼れる人がない」というと
それは「キミタチはプライドが高くて他人に弱みを晒さないだけ」といい、
「プライドが高いのではなく、そういうプロトコルがない」というと
「それはキミタチが自信がないからだ」となる。
実際はこんな単純ではないが、
自分が主張した理由に対する反論を5回繰り返す間に循環が起きるロジックはたいてい老害による偏見と考えて良い。)
6:安易に箇条書きでまとめを作ってしまうやつも老害の一歩手前
多分、プロフィール公開がないネットにおいては20代の私が書いたことでも「老害」に当てはまる可能性は高い。
このセリフ使う奴はダメだと言われるけど、本当に「自戒を込めて」
とにかく、肯定でも否定でも、問われているのはその意見ではなくて、その意見を述べるときの自分の底力なのだな、と。
デマを極悪のように取り扱っているのが非常に気持ち悪い。
と、個人的に思っているので書きます。
なんでみんなデマを極悪のようにあつかっているのか?
これは、知ってます。
デマ → 傷つく人が発生
これは良くない。それは僕も知ってます。
じゃぁなんで傷つくのか?
ちょっと細かくするとこういう事だろうと思います。
ここで、ちょっと考えてみたいのですが、『デマ』と呼ばれるものが、
なので、それぞれについて考えていることを書きます。
「悪意を持って嘘の情報を発信すること」
例えばキリスト教徒が「神を信じる」と言うことが「嘘」かどうかという問題です。
極論を言うと、全ての情報が「嘘」で無いことを見抜くことはできません。
結局自分が信じるかどうかということ以外に、よりどころが無いのです。
そういう意味では、そもそも世の中に正しい情報なんてありません。
個人的に思うのは結構なのですが、ひとたび発信、情報化してしまうと、
「あいつは嘘をついている!」という事自体が、他人からすると、
嘘である可能性を否定できません。
信じきっちゃって、よかれと思ってやってる人の場合。
これは止めるすべがありません。なぜなら情報のよりどころは本人の中にしかありませんから。
ただもし自分の正しい情報と違うのであれば、私はこう思うと意見してあげればいい。
他に、「良く分からないから、みんなの意見が聞きたい」「面白そう」「興味がある」
「あの人はきっと面白がってくれるんじゃないか?」と言った場合はどうでしょうか?
悪意はありませんし、信じてもいません。
簡単に言うと、コミュニケーションツールとして情報を扱ってる場合です。
これも、どんどんみんなでコミュニケーションしたらいいと思います。
なぜなら、自分以外の人の中にある正しい情報に触れることができるからです。
「あれ?意外とみんな神様信じてないんだ・・・」と気付く事ができるからです。
こうして自分の中にある正しい情報と、他人の中にある正しい情報を付きあわせて行くことこそが
正に、情報リテラシーじゃないでしょうか?
広く情報を拡散することで、多様な正しい情報に出会えると思いませんか。
情報リテラシーの欠片も無いと言わざる終えません。
「悪意を持って行動すること」
あぁ、もうこれは問答無用の極悪です。DQNとリア充は、死ねばいいと思います。
信じきっちゃって、よかれと思ってやって人の場合。
問題はここです。
行動する前にちょっと考えよう。
行動する前に、傷つく人が居るんじゃないか考えよう。
よかれと思っても、それでどこかに傷つく人がいるんじゃないか?と考えよう。
こんな事は、リテラシーの問題というより、
人に優しくしようとか、人に迷惑をかけないでおこうとか、っていう
人として当たり前のことです。
自分さえよければ、他人なんてしったこっちゃないという行動をしないということです。
これが出来れば、情報を信じようが、信じまいが、
(あえて言うけど)情報が嘘だろうが本当だろうが、
傷つく人は居ないはずです。
「デマを拡散しない!」や、「反対情報を調べる!」とかって言うのは、どうでもいい。
あなたが正しいと思っていることが、
政府が悪質な嘘だと言っている。
それを、信じることが情報リテラシーなんでしょうか?
いや、信じないことが情報リテラシーでしょうか?
各メディアを色眼鏡で見ることや、自分が信じない情報を制限することが
何を信じるのかは自由だ、だが、他人を傷つけるのは別問題だ!
悪意ある嘘と区別しませんか?
もう、『デマ』って言うの止めませんか?
『人に優しくしよう』でよくないですか?
んで、考えてみた。
でもさ、机上論からいえば、社員に会社の責任をかぶせるのって難しいわな。
社員というのは、労働力を会社に売って、対価に給料をもらっている個人事業主みたいなもんじゃん。
雇われ人というのは、それ以上でもそれ以下でもない。
責任をおっかぶせるのって難しい。
でもまあ、経営が危なければここの(会社が社員一人の労働力にたいしてどんだけの対価を払うかという)契約内容も更新するだろ?
ところがどっこい、正社員の基本給は会社が潰れても下げられないっていう悪魔的な判例があるわけだ。
企業年金もそうだ。
いくら掛金を払ったらいくら払い戻すっていう契約が先行しちゃってる以上、それを反故するには七面倒臭い交渉が必要になる。
ところがどっこい、潰すと損害賠償請求にも答えられない。
東電の資産を全部売っぱらっても足りないし、東電の資産を売っぱらって最初に返す先は被災者じゃなくて、東電に金を貸してる金融機関だ。
だって、損害賠償には担保設定がないけど、金を貸すときは担保が設定されてる。
資産価値がありそうな資産は担保に入っていて、倒産、金を返せなくなった場合、それらは金を貸した金融機関のものとなる。
担保設定されてないクズみたいな資産を売っぱらったところで、いくらになるというのだ。
あー、いらいらする。
今「人を助けるとはどういうことか」という本をよんでるなう。
そこの序盤で書かれてることなんだけどすごくなっとく。
この原則を知ることでそれを満たしていないやつ、満たそうとすらしないやつは、今後BOTとして扱えばいいと思うようになる。
ネットであろうが他のプラットフォームであろうがコミュニケーションとしての最低条件ってのがある。
ネットの特殊性をもって自分の正当性を主張する意見も無条件で無視出来る。
1:あらゆるコミュニケーションは相互的なプロセスであるべきである。
または少なくとも、公平で適性なものでなければならない。
この2つの条件に合致しないやつは今後BOT認定してスルーします。
具体的に言うとはてブとか一行トラバな。はてブのバカは問答無用で非表示設定にし、
トラバについては「BOT認定」と返信し、それ以降どんなに顔を真赤にして挑発しようが無視します。
ちなみにこれは私の個人的な宣言なので、上記2点の内容については説明しない。
どうせ説明してもBOTには通じないしな。
だって「今のパラダイム」の言葉じゃん「オバサン」てww そりゃ今のパラダイム内でケリついちゃうでしょ。
新しい価値観に移行させたいんなら再構築してみせてから言えよwww
君も言ってるように全部「女子」の亜種。
「オバサン」ではない。
「マダム」は輸入にちょっと失敗しちゃったせいでギャグだけど"Madame"は「女子」至上主義じゃないんじゃね?
俗に言われてるMademoiselleとの対比からして。
そしてたぶん、「オバサン」でもない。
「脱構築せよ」という話に対して
「脱構築せよ」だなどと突然言い出したのはお前さんだということはこの際措いてやろうw
なら「スタイル」だなどと既存雑誌メディアの武器を持ち出してくるべきではなかったんですよ。最初から。
それにやっぱり「オバサン」も持ってくるべきじゃあなかったな。せめて「失った人」に反駁する感じで解体して定義し直してくんないと。
つってもどうせやらねーんだろうから自分でちょっとだけやってみるけど、「小母さん」の定義は辞書によれば「よその年配の女性を親しんで言う語」だ。
で、本来年配の人っていうのは「失った人」というより「手に入れた人」のはずなんだよね。何をって経験とか人生とかを、だけど。
それがごっそり無視されてるというか、価値としてカウントされてないのがアレですよね。
つーても「年寄りをうやまえー」とかじゃなくて、ステレオタイプだけどいわゆる近所のおせっかいおばちゃんのポジとかかつてはあったはずなんだよねっつー。巻き戻しても詮無い話だけど。
あと「よその」とか「親しんで」ってのがすごく嫌な感じに作用してしまっていますね「オバサン」においては。
流行の潮流、渦中から見た「外部のサエない他人」感の強まり方が半端ない。
「毎食そのへんの犬を捕まえる部〇です」
ぐらいの人でないなら差なんかない。
いやいやwそれは単なる主観による決めつけだからww 根拠が薄弱、つーかもう無根拠の域。
キミ理論だと例えば昼は栄養点滴でしたって人と焼き肉食べて腹はちきれそうって人とに差がないとかになるわけ?ww
住んでるところとか勤め先とかイヌとイルカのペアよりはたぶん近いけどさwww
他の多様な可能性に圧力を感じるだの不快だのというのは理屈の通らない話だよ。
え…何を見て「女子」に慣らされてると思ったん?w 「オバサン」ディスってたから反射的にそう思っちゃったん?
むしろ馴染まないからウザいんだし、出てきたのがオバサンっていうのも事実として「コインの裏っかわ」で意味ねーから意味ねえよって言ったのよ。
反論するなら非コイン裏の「オバサン」をひとかけらでも具体的に提示してからにしな。
わからないだろう?
意味が判らない、と言ったんですよ。何が異様かわからない、ではなくて。というか強いて言えばキミの文章が異様だったわけだけど。
全然違う。
頭から毛がなくなったら尼か坊主でない限り不便に決まってるし、
安定収入が絶たれたら辛いのは当たり前だ。
そもそもがスタイルから意図的に降りる降りないの話じゃなかったんじゃね。スタイルから「外れる」とめんどくせえっていう話だったはず。
あと毛髪がないことの「不便」って何だよw 頭で床にモップがけでもするのか?ww 日焼け? 帽子かぶってろ。
「アレな目で見られる」っていう社会的な弊害は「スタイルから外れたせい」だから、不便ていうよりは先述の「同種の恐怖」にカウントですよ。
安定収入が絶たれてつらいってのももっともだ、だがそれだけで「リストラ=もう自殺」とは普通ならない。
そうでもないんじゃね。「死の覚悟」とか出したのはそちらさんだからこっちはよくわからんけど。いろいろごっちゃにして「死の覚悟」って言ってない?
まず自然の摂理として、老いるということはあれこれ出来なくなっていってごく緩慢に死んでくってことだから、ガチで直面するときは死に近づく覚悟が問答無用で必要なもの。
これは本来性別も問わないレベルの話で、女においてはその「老い(始め)」に気づく段階の象徴としてわかりやすく「オバサン」が置かれてるってだけ。
でこれに伴って、かつて出来たことが今出来ないってことで、「出来る」潮流からは外れざるを得なくなる。こっちの方が大半の「女子」には怖いんだと思う。
それこそ死のごとくっていうか、ある意味死そのものよりも怖いだろうな。身を包む「もうおしまいだ」感。グループからさしたる理由もなくハブにされたときのアレ。
これは「女子」至上主義の弊害に数えられなくはない点だけど、至上主義にまでなる前の時点で元々「女子」というものにそういう素地があった。小学生女子から続く素地が。
それが雑誌にフレーズとして拾われて振幅してるってのが現状、ではないかな。
「覚悟するくらいしかテがないのが怖い」って書いたけど、厳密には「事前に欲望を整理できなかったタイプの高齢女子がいざ直面しても覚悟できるかどうかわからない、その絶望の可能性が怖い」って感じだわ。
全員生誕30年も経てば地獄が迫りながら地獄に目をつぶる苦行地獄(君の言葉で言えば全員がん患者)
っちゅー教義となってるから
あとがん患者は地獄に目つぶらないから。比喩取り違えすぎですよ。
「直面したら覚悟するしかない」って言ってるでしょ。
無視なんかできねーの少しずつでも受け入れるしかねーのよ。老いのごとく。
http://anond.hatelabo.jp/20110910145652
元記事はそこそこ面白いこと言ってんだけどあまりにも駄文過ぎるので超要約してみました。
B:一部のソーシャルゲームではボットをうまく使ってゲームを盛り上げている
C:ボットがボットと気がつかれずに人間と共存できる世界はソーシャルゲームが初めてであり革命的
(俺的感想:納得できるような気もするしなんか騙されているような気もする)
(俺的感想:ちょっとだけ怪盗ロワイヤルやってか経験からすると少なくとも間違ってはいない気がする)
B2:お宝コンプリート直前の人対策としていきなり襲って問答無用で勝利する荒らしボット
B3:仲間になったユーザーに自分の順調な進行状況をみせて焦らせるライバルボット
B4:上記はユーザーの行動ログ分析から得られている。分析すればもっと効果のある使い方がたくさん見つかる。
(俺的感想:B1は効果がある気がするけど他は焼け石に水のような気がするな)
C1:ボットを知らないソーシャルゲーム開発メーカーが多い。はっきり言って損をしている。
C2:ソーシャルゲーム企業が積極手に技術者を採用している理由の1つがボット開発
(俺的感想:考えすぎじゃないかな。売れないソーシャルゲーム開発者が大手はすごいボットがあるに違いないと妬んでいるような印象)
人間と遊べることを売りにしているゲームで実はボットが混ざっていますってのは詐欺にならないんだろうか。
でも人間と遊べますと明記されているわけじゃないから問題はないのかな。
http://anond.hatelabo.jp/20110910145652
元記事はそこそこ面白いこと言ってんだけどあまりにも駄文過ぎるので超要約してみました。
B:一部のソーシャルゲームではボットをうまく使ってゲームを盛り上げている
C:ボットがボットと気がつかれずに人間と共存できる世界はソーシャルゲームが初めてであり革命的
(俺的感想:納得できるような気もするしなんか騙されているような気もする)
(俺的感想:ちょっとだけ怪盗ロワイヤルやってか経験からすると少なくとも間違ってはいない気がする)
B2:お宝コンプリート直前の人対策としていきなり襲って問答無用で勝利する荒らしボット
B3:仲間になったユーザーに自分の順調な進行状況をみせて焦らせるライバルボット
B4:上記はユーザーの行動ログ分析から得られている。分析すればもっと効果のある使い方がたくさん見つかる。
(俺的感想:B1は効果がある気がするけど他は焼け石に水のような気がするな)
C1:ボットを知らないソーシャルゲーム開発メーカーが多い。はっきり言って損をしている。
C2:ソーシャルゲーム企業が積極手に技術者を採用している理由の1つがボット開発
(俺的感想:考えすぎじゃないかな。売れないソーシャルゲーム開発者が大手はすごいボットがあるに違いないと妬んでいるような印象)
人間と遊べることを売りにしているゲームで実はボットが混ざっていますってのは詐欺にならないんだろうか。
でも人間と遊べますと明記されているわけじゃないから問題はないのかな。
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20110812/1313128129
これを「まずい客対応」と解釈してしまうyaneuraoさんは、単にマイノリティというだけではなく、「ひねくれ者」のそしりも免れないだろう。それは、素直さや謙虚さの欠如に起因するもので、このままでは、今後も小説を楽しく読むことができないのはもちろん、人生を楽しく生きるということさえ阻害されてしまう。これについては、問答無用で直されることをお勧めしたい。
http://blog.tatsuru.com/2011/09/02_1151.php
学ぶ側の「無垢さ」、師の教えることはなんでも吸収しますという「開放性」、それが「師をその気にさせる」ための力であり、弟子の構えです。たとえ、書物の中の実際に会うことができない師に対しても、この関係は同様です。同じ本を読んでいても、教えてもらえる人と、もらえない人がいるのです。
「学ぶ(ことができる)力」に必要なのは、この三つです。繰り返します。
第一に、「自分は学ばなければならない」という己の無知についての痛切な自覚があること。
第二に、「あ、この人が私の師だ」と直感できること。
第三に、その「師」を教える気にさせるひろびろとした開放性。
この三つの条件をひとことで言い表すと、「わたしは学びたいのです。先生、どうか教えてください」というセンテンスになります。数値で表せる成績や点数などの問題ではなく、たったこれだけの言葉。これがわたしの考える「学力」です。
言ってることは全く同じです。ハックルさんの記事にダメだしをしておきながら、内田先生のコメントに熱烈なラブコールを送ってる○○さんは頭悪いなぁと思う。
消化力が強い"には、"腐りかけのものを食べても腹を壊さない"も入れてほしいなぁ。
です。この3つで学力を定義とするならば、学力低いと言われても「学力の高いバカ」になるよりはマシな場合もあると思いますね。
[基本的にはまず学歴で落とす]
たまに何かの拍子でFランの子が入ったらしいんですが、やっぱり使えないね、となりました。Fランのみなさん、ごめんなさい。あなたたちが思っているよりずっと普通に仕事をこなすだけで学力は必要なんです。
[出来る人よりも失点のない人を]
アメリカみたいに簡単に首にできる国ならばまた事情が違うんでしょうが、日本では失敗は許されません。ごめんなさい。人事のあたしたちもしょせんサラリーマンなんです。冒険はしたくないんです。
[コネは案外きかない]
そんじょそこらのコネはあんまり意味はありません。書類選考を突破させるくらいのことはあるでしょうけど、要求レベルに達していない人を無理に入れても、その先ずっと定年まで居座られることを考えたら、損失は何億レベルになります。社長のコネでさえ断ったことがありました(大企業ですがしょせん雇われ経営者の無理難題を聞く必要はありません)。
特に片親が病死しているような場合、病弱、と思われるのでかなりハンディです。一に病弱、二に病弱、三四がなくて五に病弱、っていうくらい、病弱はハンディです。他社の人事さんと交流させていただいた時もそういうお話があったので、一般的な話だと思います。
[意外と顔では選んでいない]
人事は本当に自分たちに火の粉がふりかからないことを第一に仕事をしていますので、社内恋愛やセクハラ騒動の火種になることは避けたいというのが本音です。むしろ同じ条件なら、大人しめの普通程度の容貌の人を選びます。女性でキャリアコースで入る人たちは、美人と言うか、女っぽい人はこれはもう絶対不利です。美人は職場の花だなあ、ウヘヘなんて言っていられる余裕はもうとっくに無いので、結婚退職しそうな人を入社させるのは明らかに損失ですから、キャリア志向がなさそうな子はいりません。育児休暇の制度について聞いてくる子は、まず入社は無理ですね(制度自体はありますけど)。
どちらかを落とさないといけない時に参考にする程度の扱いです。資格技能が必要なら入社後にとってもらえばいいんですから。要は、それができる地頭があるかどうかです。資格をすでに持っているなら、その地頭はあるということになりますが、伸びしろがその先どれだけあるかです。
[社交性は重要]
これも伸びしろと関係してきますが、古典は本当に好奇心がある人しか読みませんよね(一冊二冊の話じゃなくて百冊二百冊のレベルの話です)。ビジネス書しかよまないうすっぺらな人はビジネスの現場では長期にわたっては使い物になりません。
これはものの例えですけど、要は知識が象牙の塔に偏っているんじゃなくて、世相にも関心を抱いていますかという話です。知識を「道具」にして現実のこの社会から利益を上げていかなければならないわけですから、現実社会で起きていることで知る必要がないことなんてありません。
むかしはそういうお涙ちょうだい的な、一発芸的なのりでうまいことを言うのもそこそこ評価されましたが、長期にわたって使える人材かどうかを見ています。そういう社会性のない答えを平気でしてしまうマインドはいりません。
やぁ増田だよ
http://anond.hatelabo.jp/20081027014245
http://anond.hatelabo.jp/20110817215343
http://anond.hatelabo.jp/20110822095159
に触発されて・・・というわけではないけど
うちの会社の不正コピーが一向に改善されないのでBSAに連絡してみたよ。
という提案はしたんだけど
と明らかに「こいつ何言ってんだ」みたいな反応されて、それでも説得して「まずPCの買い替えしながら改善していく」ような答えをもらえたので
法律的にはダメだなと思いながらも、まず妥協案として受け取っていたんだけどさ、
この前買ったPCを何気に覗いてみたら問答無用に、不正コピーのフォトショップとかイラストレータとか宛名ソフトとかがぎっしり入っていてさ、
軽くめまいを覚えたのでもういいやと思ったんだ。
日頃あんたらが言っているコンプライアンスって一体なんなんだいと。コンプライアンスって言いたいだけなんちゃうんかと。
これから先もこの会社には居る予定だけど、なんか釈然としないので連絡してみようと思ったわけです。
賠償がいくら位になるのかは分からないけど、最悪傾いてもしょうがないよね、むしろこんな環境で働くほうが良くないよみたいな考えです。
一番の心配は社内で「誰がやったんだ?」みたいな雰囲気になって実際に詮索されること
まぁ人の出入りの多い会社なので簡単に特定はされないだろうけども、「お前だろ?」みたいな感じになって仕事がやりづらくなるのはちょっと困る。
でもまずそうなったらそうなったで大変なご時世だけど転職すればいいのかな。という考えでもあります。
あとBSAの方でも弁護士さんがその辺の情報や連絡手段(この番号からしか連絡しませんとか)は考えてあるらしいから大丈夫っぽいしね。
連絡方法は簡単だよ
https://www.bsa.or.jp/enforcement/form/main.asp?h_page=1
のページを開いて、ちょっと嫌だけど自分の氏名と連絡先、後は不正を行っている会社の情報、不正コピーしている内容を入力して
その内の一人になりました。
進展があったら追記します。
comzooさんが現れたブコメ欄見たらちょっと得した気分になってたんだけど。
実はあの人って冗談で星つけてるばかりではなくて
なんというか特定の政治的立場に沿って
「敵」には赤いスターを1個つけてるってことに気付いてしまった。
comzooさんに政治的な立場や主張があるならば
はたしてどうなんだろう。
comzooさんのつけているカラースターは、基本的にお金を払って買うものらしい。
また、カラースターがたくさんついている意見は上位に来るようになっている。
まとめると
相対的に「敵」の意見を沈めて人目に付かなくする
という活動を
お金の力でやっている
ということになる。
とすら言えないだろうか。
この使用法もどうなんだろうか。
仮に赤いスターをつけられた人がへっちゃらだとしても
彼自身の行為としてこれはどうなんだろうか。
「あなたの意見はこう間違っているから私は全く反対だ!」と文字でメッセージを送るならよいことだけど、
つけられた人は、なんとなく意図がわかっても反論が出来ない(comzooさんのやってることは論じゃないから)。
これはもう愉快でもなんでもない気がする。
最初はcomzooさんを、気まぐれにブコメ欄をきらびやかにする、意図の読めない妖精のような楽しい存在だと思っていた。
でもよく見たら、政治的な議論のテーブルのそばをうろつきながら(自分は席に着かない)
「仲間」の服を美しくデコレートして見栄えを良くし
「敵」の服には禍々しい色のペンキを引っ掛ける、
comzooさん自身や彼の支持者は彼の行為についてどう考えているんだろう。
http://d.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20110730/1312022488
うーん。
そんな俺が東浩紀氏がクジラックス先生の作品を「ま、俺はロリコンじゃないが」という但し書きの上で褒めてた時どう思ったか。
素直に喜べなかった。というかぶっちゃかかなり殺意ゲージ上がった。
あれはなんでなんだろう。
あの発言がtwitterじゃなくてLOのコーナーでされていたら喜んでいたと思う。
クジラックス先生の単行本に載ってたら嫉妬かなにかの感情で怒りに震えたと思う。
このあたり、自分でも明確に言えるような基準があるわけじゃない。
一応自分の考えを述べる。
たぶん東氏の無邪気さ、外部者としての気楽さ、twitterでつぶやけるようなこととしてロリコン問題を捉えてる甘さみたいなのが気に入らなかったのだと思う。
だからその後、東氏が、キチ○イじみたおばさんたちに絡まれているのを見た時、
正直「当然そうなるでしょ。ああいう発言をしておばさん批判ができちゃう東さんはたぶんジェンダーの問題を感覚的に理解することは絶対にできないんだろう。二度とジェンダー関係の話はして欲しくないな」と思った。
児童ポルノ問題の規制の時に「政治的云々」と言ってて、あの時はなんでみんなあんなに東さんを嫌うんだろうと思ってたけど今から思うとみんな「この人はなんか違う」「この人に俺らのことを語られたくない」という感覚があったんだろうか。よくわからんけど。
話がだいぶそれた。えーとセクマイの話ね。
もしロリコンであることがバレて身近な世界から疎外されてしまう映画があるとする。
それを授業で見ることを強要される。
そして「こういう映画見てどう思いますか?」って言われたときどう思うだろうか。
ロリコンはジェンダー問題ですら拾ってもらえなくて問答無用で排除されるから
「はいはいどうせロリコンは死ねばいいんでしょ死ねば」って投げやりな気持ちになって終わってしまうかもしれないな。
いや、ちがうな。感想だけならともかく
「ロリコンへの偏見や差別をなくしていくには、具体的にどんなことをしたらいいと思うか」
と突っ込んだことを聞かれるわけだ。答えないと単位くれないのか。ぐぬぬ。
上とかぶるけど「私は何もしたくありません」と応えるかもしれない。
「誰もが戦いたいわけではありません」とか「あなたの戦いに巻き込まないでください」というかもしれない。
「オバサンの居ない世界に行きたい」とか「闇市場になっても作家先生を養えるだけのお金を稼ぐ」とか。
自分でも呆れるほどに徹底的に後ろ向きだ。しょうがないじゃない。
私はtwitterで腐女子ですとかゲイですとか胸をはって言えるような強さなんかないんだ。
戦えない。戦うことは死ぬことと同じだ。死にたくない。
この授業では戦えば高確率で死ぬって教えてくれたんだろうか。
俺が普段感じている恐怖とか日陰感とか、自分だってこんな趣味持ちたくなかったという自己嫌悪について
どの程度までフォローしてくれたんだろうか。
そのフォロー具合によっては「もう何も怖くない」って気持ちになれるかもしれないけれど
ちょっとは他の人に格好いい姿を見せたいと思うかもしれないけれど、
今はどんなに醜かろうが卑怯だろうがボッチだろうが寂しかろうが、とにかく何もしたくない。
逆に聞きたい。先生はぼくが「○○をする」って言った時、それが妥当なものであれば一緒に戦って一緒に死んでくれるんですか、と。
ダウンタウンというコンビについて、「天才・松本を補佐する凡才・浜田」という間違った認識の人間がとても多い。ゆとり以下のガキどもに至っては、浜田に対して、クソつまらん芸人だという認識しか持っていないと思われる。
たしかに近年、クソ番組でMCをただこなしているときの浜田は、いくつか落とすパターンこそ持ってはいるが、さんまや、中堅のくりぃむ上田等に比べると、明らかにパターンの数が少ない上に、相手の話を膨らませる能力にも乏しくはっきりいって面白くない。
浜田がその実力を遺憾なく発揮し芸人として、テレビタレントとして革命的な存在だったのは、売れ始めてから成り上がるまでの時期だ。
テレビ画面に現れた、まだ若さの残る浜田は、競演した大御所や先輩タレントに対して、問答無用でツッコんでは、時にどついてみせた。
たったこれだけである。
だが、これがとんでもなく衝撃的だったのだ。
それに先んじて、とんねるずが お笑いとアイドル・ミュージシャンとの関係性を変化させていた。当時、芸人は歌手より地位の低い物と見なされており、「公の場」でアイドルをバカにしたり、ミュージシャンに無礼な振る舞いをする芸人は、ほぼ存在しなかった。たけし(軍団)ですら、公の場ではその関係性を守っていたのだ。
だが、とんねるずは体育会系のルールそのままに、年上に対してはそれなりの礼節を持って振る舞ったが、年下のアイドルやミュージシャンに対して、平気でタメ口をきいたり、時にバカにしたりして笑いに変えた。そうして芸能界の暗黙の掟を一変させたのである。
浜田の革新性は、こういった土台があったからこそという側面はある。それでも、芸能界において先輩後輩の序列は絶対であり、そこを侵す者は現れなかったのだ。浜田を除いて。
そのことに気づいてから、俺はテレビで浜田を追いかけるようになった。相手が誰であろうとも、己の信念と姿勢を曲げることなく容赦のないツッコミを浴びせる浜田は間違いなく『パンク』な存在であった。そして、上下関係抜きの辛辣なツッコミを浴びせても、浜田は決して場の空気を乱すことがなかった。それ故に、つっこまれた人間は、浜田に怒りの感情を示すことがなかった。松本の天才性の陰に隠れてはいたが、この事実は、浜田もまた紛れもなく天才であったと言うことの証左である。
だが、いつの頃からだろうか。おそらく、ダウンタウンが多くの冠番組を持ち始めてからのことだが、主に若い世代から、浜田に叩かれることを喜ぶような連中が現れた。こうなると、もはや猪木のビンタと変わらない。ツッコミの鋭さそのものは変わらずとも、その意味合いは、全く別のものになっていった。
わたしはそれを否定する。松本が天才であったのは間違いないが、浜田という斬り込み隊長の存在がなければ、もっとマニアックな存在としてしか、世に出ることはなかったと思われる。若かりし頃の浜田には、とんねるずと同じように、予定調和をぶち壊し、新しい地平を切り開く革命家としてのパワーが宿っていたのだ。それは、ともすれば狂気的とも言えるものであった。
浜田が切り開いた新しい地平の上で、松本がその才能を遺憾なく発揮した結果として、日本のテレビお笑い史上最高のコンビになった、というのが俺のダウンタウンに対する短評である。
今のテレビお笑い界、特に若い世代に、登場するたび「今日は何をやらかすんだろう?」と、わくわくさせてくれる存在がいるだろうか? 浜田もとんねるずも年をとった。丸くなってしまった。たとえ懐古厨と言われようとも、俺をテレビに夢中にさせた、かつてのダウンタウンととんねるずほどの存在は、テレビに誰一人見あたらない。強いて言うなら大泉洋であったり、ブラックマヨネーズであったりといったところだが、大泉は役者であるし、ブラマヨは真の実力(フリートークスキル)を発揮できる場を与えられないまま年を重ねている。
寂しいことだ。
http://anond.hatelabo.jp/20110608223141
と言うブクマが追加されてたが。
そんなの百も承知の上で、それでいいと思ってるんだよ。
もし原作者が文句言って来たら平謝り&速攻でその作品の二次創作を辞めるべき。いつなんどきそれが起こっても仕方ない。
それが「当たり前」とされている世界だよ。だから「アングラ」なんだよ。
「他人の著作物を無許可で使って二次創作する権利」なんて無いんだよ。
それにしても「他人の著作物を無許可で使って二次創作する権利」があると思っている人たちが理解出来ない。
これも「何でもタダで手に入るのが当たり前」と言う風潮の延長なのか。「購入厨」的な。
便利だと思われるんではなくて、会ってドキドキしたいと思わせるのが大事かもね。
自分が得意な、相手に便利だと思われることをするだけではなくて、
自分が得意な、相手がドキドキしそうなことをして、相手の反応をうかがうのが良い。
料理をしてる姿にドキッとする女もいるし、
車をバックで車庫入れしてる姿にドキドキする女もいるらしいですぜ。
あ、もちろん、上手いことが前提ね。
相手にとって何が単に便利なことではなくドキッとさせることであるかは、
いろいろ試して見つけるしかない。
ドキドキさせる以外には、母性本能に訴えかけるというのも1つの手であって、
その場合は、かわいいと思わせること、保護したいと思わせることが大事。
ぽっちゃりした腹とか、甘えてみせるとか、一人で出来るはずのことができないとか、
幼児っぽいそういう特徴が逆に相手を惹きつけることがある。
何がただのガキ臭い特徴で、何が相手の母性本能に火をつける特徴なのかは(以下略)
あと、金や権力は問答無用で女性を惹きつける力があるから、頑張ってそれらを手に入れるのも手。
と、酔っ払った勢いで書いてみる。
電車の中で学生が「俺、バイトで●●の人と仲良くなった。その人のコネで就職活動余裕だ。」などど寝ぼけたことを言っていたのを聞いた。
そこで一応名前くらい誰でも聞いたことある企業で採用を2年ほどやっていた自分が、
コネ入社とはどういうフローで行われて、どういう意味を持っているかを簡単にまとめてみたい。
(あくまで自分がいた会社の話なので一例として聞いてもらいたい)
なぜなら、新卒採用の人数はおおよそ決定している。(もちろん優秀な人間が多い場合は若干うわぶれることはあるが)
社内稟議などにも「50人~60人今年は採用します」のような形で記載されている。
なので社員の紹介だから入社させるなどと言ったらそれだけで人数が埋まってしまう。
そんなことは企業としても実力を持った優秀な学生を取れなくなってしまい、大きな損失である
仮に50~60人は普通のフローで採用し、紹介枠は別にとるなどとしたとしても、人件費もかかり、そもそも受け入れ先が無い。
人事はある程度「○○事業部には何人、××事業部には何人」と計算をしながら採用計画を決めているのだ。
よって人事が容認できる実際のコネ入社の人数は、全内定者のうち1%以下ではないだろうか。
(例外として銀行、広告、テレビ局などがあるが、その方面に明るくないのでここには記載しない)
うちの会社では「紹介者シート」というものがあり、採用時期になると人事に送付できるようになっている。
紹介者とは当然、「社員が人事に紹介したい学生」のことである。
内容としては
・紹介者の氏名
・紹介者と社員の関係
・紹介者を入れることのメリット
・どこまで通してほしいか(書類選考まで、○次面接まで通してそのあとは実力で、問答無用で内定、など)
などがある。
このシートを提出されたら人事は該当学生を膨大な量のエントリーシートから探し出し、チェックする。
そこで、現状を提出者に報告し、紹介者の実力が足りず「どこまで通してほしいか」のリクエストにこたえられそうになかった場合、
落としていいのか、それともやはりリクエスト通り通すべきなのかを確認する。
それを繰り返し、紹介者も絞り込んでいく。
余談だが「○次面接まで通して」というのは社員の営業に人事がつきあわされていることが多い。
取引先の関係者などに頼み込まれて、内定は上げなくて良いのでとりえあず一旦次の段階に進ませて落とすなどである。
そうすれば、社員も取引先に「無理言ってあげてもらったんですけどやはり当社、倍率が高くて…」
上記の項目で重要なのは「紹介した社員のレベル」と「紹介者を入れることのメリット」である。
役職が高いものほど人事としては優先しなければいけなくなる。
次に「紹介者を入れることのメリット」だが、内容としては
現在当社は○○商事のプロジェクトで×億円の事業を受注しており、
ご子息を入社させることによって継続的な事業の受注を見込める」
などの記載がある。(まあこんなわかりやすいケースはそこまで多くはないが)
逆にどんな偉い人が出してきたものでも
「ゴルフ仲間の娘なので入れてあげてよ」などというものだった場合
人事の偉い人が止めに行く。
※よって冒頭の「バイトで知り合った云々」というのは論外である。
などが重要。
自分のコネを上記の紹介者シートでどのように記載されるかを考えてみると、
自分が持っているコネがどれだけ有効であるか、具体的なイメージをしやすいと思う。